アルヴェルラは湖の端から、湖に雪崩れ込む滝の裏を歩いていく。岩の足場は悪く、濡れていて滑りやすく、状態は最低だ。「っと、ヴェルラ?」「……」 アルヴェルラから返事が無い。 そうして丁度、湖の真ん中辺りの滝の裏に来たとき、アルヴェルラが足を止めた。「『開門。我・血を継ぐ者』」 アルヴェルラがそう言った途端、壁だと思っていた岩が消え、洞窟の入り口が姿を現した。「行くぞ」「ああ」 光源が無い洞窟の中は深淵の闇が満ちているかのような暗さだった。華月の眼でも五メートル以上先が見えない。そんな中、アルヴェルラは危なげも無く進んでいく。「何か、凄く暗くないか? 殆ど見えないんだけど」「普通の闇ではないからな。カヅキ、私の手を掴め」「え? ああ……」 華月がアルヴェルラの手を握る。その直後、闇の濃度とでも言うべきものが上昇し、正に一寸先が闇になった。「此処に満ちる闇は、我らダークネス・ドラゴンが創り出した闇黒だ。我らは竜族として闇の属性を持っている。その属性を発揮すると、この様に普通とは違う、永続する闇を生み出すことが出来る」「何で、それがこんな所に?」「此処が……。いや、この先がダークネス・ドラゴンにとって『聖域』であり『終着点』だからだ。他の存在に、無闇に踏み入られないようにこうして入り口の封印と迷宮構造と暗黙の闇の三重苦を仕掛けてある」「迷宮構造?」「普通に踏み入ると、ここは迷宮になっている。一直線に抜けるには条件がある。今はそれを満たしているから……ほら、抜けるぞ」 闇を掻き分けるように開けた空間に出た。 周囲は水晶のような結晶体が自発光しているらしく十分な明かりがあった。「ここって……」「先達たちの眠る場所。人間に言わせれば墓場と言う事になるか」 一枚の黒い石版のようなものが中央にあり、他は光る結晶があるだけの、何も無い場所。ただ、空気だけが普通ではなかった。 いや、石版の周囲には無数の武器が突き立っている。剣であり槍であり、形状に合致するカテゴリーが無いものもある。「武器……?」 主を失って久しいのか、朽ちてはいないが大半が苔生しているようだった。「先達たちの竜騎士の武器だ。形状は千差万別だが、どれもミスリルやオリハルコンなどを筆頭とする希少な不朽金属製だ。だから数百、数千の時を経て尚、朽ちる事も無く在り続けている。 墓標のようになっているのは、その竜騎士専用に創られている為、他の者に扱えず保管するしかないからだ。触るなよ、武器に拒絶されて怪我をする」 触りそうになっていた華月は慌てて手を引っ込めた。アルヴェルラが怪我をすると忠告するぐらいだ、激しい拒絶があるのだろう。「触るならその石版にしろ。というか、その石版に触れ」「え? 触ればいいのか?」「左掌で、な」 変な条件をつけられたが、華月は言われた通りに左掌を石版に押し付けた。「――っ!」 その瞬間、意識が身体から引っ張り出され、石版の中に引き込まれた。(な、何だっ!?)【慌てるな、若き騎士よ】【我らは、お前に害有るものではない】【現在を生きる闇黒竜の親たちというわけだ】 四方から様々な意識が触れてくる。【肉体が滅んだ後、我らが竜宝珠はこの場で一つとなる】【こうなれば何の力も無い。ただ、行く末を見守り、世界と同調する】【精霊に近いものといえよう】【む? お前は異界人か】 その数はそんなに多くない。それに一斉に雪崩れ込んでこない。華月を確かめるように、優しく触れてくる。【リーディアルの騎士以来だな】【アルヴェルラも変わり者だな】(ヴェルラが俺を選んだことに異論でもあるのか?) 自分を確かめられることに何の感慨も無いが、アルヴェルラを誰かと比べられたり、揶揄されるのは我慢出来ない。【ふ、気骨があるな。だが、猛るな】【アルヴェルラの選択に間違いは無いだろう】【あの者は現時点での我らが種族の最高の竜だ】【性格に難が有るが】(今、性格に難が有ると言った貴女、ヴェルラの母親ですね) 華月は目の前に感じた意識がアルヴェルラの母、先代竜皇のリーディアルだと感じた。アルヴェルラから感じる感覚と似たものがあった。【この領域で個を感じることは出来ないはず】(ん? さっきから個別に俺に触れてるじゃないか。声も随分差が有るし)【……《声》まで聴き分けるか】【これは面白い者を騎士にしたものだ】【知覚領域が人間の枠を超えている。成る程……】(先達たちよ、あまり我が騎士で遊ばないで頂きたい)【遊ぶなど、人聞きが悪い】【少しばかり、確かめていただけよ】(ヴェルラか?)(ああ。お前が戻ってこないから、どうしたのかと思ってな。普通なら、もう戻ってくる頃なんだが) 華月に寄り添うように一つの意識が現れた。どうやらアルヴェルラのようだ。【少し掛けすぎたか】【アルヴェルラ、良い騎士を見つけたな】【竜騎士細工に精霊石を使え。この者なら六属性全ての精霊石と感応するだろう】【入手は困難だろうが、それだけの価値がある】【精霊石は加工が難しい。エルフによく頼むことだ】(助言に感謝します。カヅキ、戻るぞ)(あ、ああ……。ダークネス・ドラゴンの先達が皆様。自己紹介が遅れたこと、お詫び申し上げます。アルヴェルラが騎士、瀬木 華月です)【アルヴェルラの良き助けとなれ】【励め、若き騎士よ】 そうして幾つもの意識が離れていくなか、一つだけ残っている意識があった。【……】(どうした? 戻るぞ)(少し待ってくれ。 総てを掛け、主・アルヴェルラの助けとなる事を誓います)【娘を宜しく頼むぞ】(か、母様か!?)【……】 アルヴェルラの問いかけには答えず、最後まで残っていたリーディアルの意識も去っていった。 そして、弾かれるように二人の意識も身体へ戻された。「……」「……」 戻ってみれば、華月の背後からアルヴェルラが覆い被さるように立っていて、左手を華月の左手に重ねていた。「答えてくれなかったが、あれは母様だな……」「ああ。ヴェルラと同じ感じがした」 アルヴェルラは華月を右腕でそのまま抱きしめる。「死して尚、私は心配されるほど未熟なのか」「……竜の考え方は俺にはまだよく解らない。ヴェルラは本当にそう思うのか?」 華月は右手をアルヴェルラの右手に重ねる。「いや、違うな。そこまで未熟なら意識体をどつかれている。 ……そうか。ああ、解った」「人間なら、親が子供を心配するのは、どれだけ子供が成長しても変わらないもんだ」「そう、だな。私だってそうだろう」 アルヴェルラは華月を放し、背を向ける。「皇宮に帰るぞ。もうそろそろ日が暮れる」「え? もうそんな時間か?」「あの中は時間の概念が少し可笑しい。数時間も放置された私は退屈で仕方なかったぞ」「わ、悪い。此処について少し記憶を浚ってから入ればよかったな」 少し拗ねたような声を出したアルヴェルラに、華月は詫びを入れた。「だが、これで主要な他種族への一通りの紹介と、先達たちへのお目通しは済んだな。 後は、お前が一人前になった時、同族にお披露目をするだけだ」「順番が違うような気もするけど」「これも考えての事だ。知識だけでなく、実際に見て、感じて欲しかった。 それと――」 アルヴェルラが振り返り、いつもの顔で笑う。「こうした方が、カヅキには効果的だろう? 色々な意味でな」「……性格を把握されてるってのは、こういう時に不利だな」 華月は肩を竦めて、苦笑する。「ふふっ。本当に、お前が私の騎士でよかったよ、カヅキ」 アルヴェルラが華月の手を取って、歩き出す。「さぁて、飛ばして帰るぞ」「加減してくれよ」 振り回されるのにも慣れてきて、こういうのも悪くないと思い始めている華月だった。