風を切るアルヴェルラは、放たれた矢のように一直線に東の方へ翔けていく。 目下には緑、翠、碧。 色彩豊かな自然が広がる。 人工物は殆ど無い。「緑豊かだな」「当然だ。悪戯に何かを造るような真似はしない。自然を切り開き、自らが都合によって建造物を築くのは人間ぐらいだ。我らも多少は居住などを作るが、それらは元から空いていた平地などを利用する。 世界は、在るがまま。それが一番だ」 当たり前だな。と結ぶアルヴェルラ。彼女らからしたら本当に当然のことなのだろう。 そうして、辿り着いたのは、切り立った絶壁から滝が無数に落ちる、そう大きくも無く小さくも無い湖だった。 辺に降り立ったアルヴェルラと華月。「ここは?」「水鏡の湖だ。ドラグ・ダルクに生息する他種族はエルフとドワーフだが、存在するのは他にも居る。 例えば――」「あらぁ? アルちゃん」「……私をアルと呼ぶなと言っているだろう、ロミニア」 水面が波打ち、水が形を作っていく。水は徐々に形を整え、美しい女性の姿に成る。元は透明なはずなのに、女性の形を取った水は蒼く染まっている。「え~? アルちゃんはアルちゃんよ」「呼ぶならヴェルラにしてくれと、会う度に言っているんだがな」 苦笑して、女性の形に整った水に対し、アルヴェルラはぼやく。「あらぁ、その子からアルちゃんの力を感じるわねぇ。もしかして、アルちゃんの竜騎士さんかしら?」「初めまして。主・アルヴェルラが竜騎士見習い、瀬木 華月です」「まあまあ、異界人さんだったの。 私はロミニア。水精霊ロミニアよ。 おめでとう、アルヴェルラ」 そこで、徐々にロミニアの雰囲気、纏う空気が変質していく。アルヴェルラは意に介していないのか、意図的に無視しているのか、表立っては現さない。むしろ華月の方が顔に出ていた。「彼女は四属性が水の精霊種だ。意志を持つ中級精霊で、私より古い存在だ」「も~、アルちゃんだって私をロミィって呼んでくれないじゃない? 昔は呼んでくれたのに」「礼儀を知らなかった頃を引き合いに出さないでくれ」 昔話をされたくないのか、アルヴェルラはたんたんと足を踏み鳴らす。「あら、そんなに苛々しないで。そう言う所もリディにそっくりね」「……」 アルヴェルラは物凄く何か言いたげだが、このほんわりした水精霊ロミニアには何を言っても勝てないと思い出したのか、黙っている。「それにしても、リディに引き続き貴女も異界人を竜騎士に選んだのね」「先代に習ったわけではない。私と契約できる人間が異界人のカヅキだっただけだ」「そうね。この世界に資質を持つ者は数居れど、竜皇の血を享けられる者は本当に極々一部だけ」 意味有りげな独白が始まった。「そして、異界人はどういう基準か不明なまま、未だこの世界に出現し続ける。人類種に多大な影響を与え続けながら」 華月に水が絡み付いてきた。華月は慌てず騒がず、動かない。「この子、この間の大規模召喚魔法で呼ばれた一人でしょう?」「そのようだ。途中で零れて、此処に――」「零れた。本当にそうかしら?」「――何が言いたいんだ、ロミニア」「この子の裡の水の流れ、とても見事よ。例え竜騎士とならなくても、このアードレストでなら、何かしらの分野で一角の存在に成っていたはず。 零れたのではなく、貴女が『呼んだ』――」「私が? 異世界への干渉が出来るほどの召喚魔法は大規模儀式級だ。それも複数の存在を同時召喚するなんて、竜種でも三人以上必要だ。魔力も莫大な量を必要とする。私がこの国でそんなものを使えば、同族は元より、精霊種も、妖精種も黙ってないだろう」 そこでロミニアは意味深な笑顔を作る。「そうね。あの召喚魔法はもっと大陸中央部の方で行使されていたわ。あの辺りは私たちが出現できる場所が無いから確認は出来なかったのだけれど。 でもね、アルヴェルラ。その中から、偶々貴女の騎士に成れる人間が、都合良く零れてくるのかしら」「……それこそ運命というものだろう」「この世界に満ちるのは、偶然という名の必然だけよ。そう在るから、そう有るだけ。意識しているにしろ、いないにしろ」「哲学で勝てるわけも無いな。発生より数千年、途切れていない貴女には」「ごめんねぇ。アルちゃんが来るとついついからかいたくなるの。 此処へ来たということの目的は解っているから、私は退散するわ」 そう言うと、華月に纏わり憑いていた水を引き上げ、一時的に身体を構成させていた水を解放し、姿を散逸させていく。 完全に元の湖面に戻ったところで、アルヴェルラが盛大に溜息をついた。「未だもって、私は小娘扱いか。敵わないな、全く」「ヴェルラより古い存在だったのか」「彼女らは発生からこっち、一度も代替わりしていない。六属性全ての精霊種は、肉体を持たない代わりに文字通り不滅の存在だからな。人類種が気付かないのが幸いだが」 アルヴェルラの言葉に何か引っかかるものを感じた華月だったが、本題が進まなくなりそうだったのであえて触れずに置いた。「まぁ、その辺りはテレジアか、魔法の講師にでも聞いてくれ。彼女らの方が詳しいからな」「ヴェルラは何が得意なんだ?」「速く飛ぶ以外に得意というほどの得意は無いぞ。竜皇として、何でも他の者以上に出来て当たり前だからな」「逆に言えば、出来ないことは何も無い。と?」「ある意味では、な」 その事では多少苦労したのか、アルヴェルラの顔色が悪くなる。「先代――母は、強大な力を持って生まれた私が竜皇を継ぐと読んでいたのだろう。その教育に手加減など無かった。ありとあらゆる事を文字通り叩き込まれたな。自由に色々やっていた妹が羨ましく、妬ましい時も有ったが……」 アルヴェルラが独白の途中で歩き出した。「付いて来い、カヅキ。先達たちに紹介しよう」「は?」 言われた通りアルヴェルラについていくが、言われた内容の後半部分が理解できなかった。