セフィールの中は驚くような構造をしていた。「壁面に水路か? どうなってんだ……」「フィーリアス、解説してくれるか?」「構いませんよ。 カヅキ君、我等が住処とするこのセフィールの大樹は、何本もの樹が寄り合い、絡み、共生して構成されています。そして、セフィールには流水管という水の通り道が目に見える形で存在し、それらは時々この様に内部構造の表面に露出するのです。自然発生するものなので、我々にも干渉できませんが、利用する事は出来るというわけです」「はぁ~……」「セフィールが濾過し、汲み上げているこの水は、文字通に無味無臭です。しかし、この水は調理に用いれば旨味を増し、武器鍛造に用いれば切れ味を増します。万能水の別名も付いているほどのものですよ。ダークネス・ドラゴンやアーズ一族も時折水汲みに現れます」「群生しているセフィールは他の大陸を見ても数少なく、このドラグ・ダルクのセフィールの大樹が今現在、世界一だ」 何故かアルヴェルラが得意気だった。「この地に住むエルフがセフィール一族とダークネス・ドラゴンとの関係は、後でアルヴェルラ殿かテレジア殿に聞いてください。そこでドワーフのアーズ一族の事も解るかと思います」 つまり、この三つの種族はそれぞれが此処に居る経緯が連動しているということだ。「特に、セフィール一族はアルヴェルラ殿の先代の竜皇、リーディアル殿には感謝してもしきれない恩があるのです。路頭に迷う所だった一族を此処に受け入れてもらいましたから」 フィーリアスの言葉を聞き、華月はアルヴェルラに確認する。「先代竜皇は、人格者だったのか?」「いいや、私と同じような性格をしていたぞ。先代は何を隠そう、私の母だからな」「……そ、そうか……」 何とも言えない微妙な答えに華月はそれだけ返して黙る。「私と母は似ていたんだが……。何から何まで似るというわけではないらしい。特にイナティルは外から中まであまり似ていなかったな」「そんなものか?」「さぁ? 竜の世代交代自体、まだ数代分しか蓄積が無いからな。あまり解っていない」「そういった面の話なら、最初期の種族にして地上最強の純竜種より、我々や、それ以降の後発種族の方が蓄積が多いですよ。といっても、エルフ族は参考になるほどの蓄積はありませんが」 苦笑するフィーリアス。(まぁ、エルフも寿命が半端無く長いらしいし、当然か)「さて、もうすぐ着きますよ。 ああ、と……。カヅキ君」「はい?」「工房の責任者のことなのですが、若輩者で思慮が足りないというか、慇懃無礼というか、こう、何とも言い難い性格をしているので、ご容赦を願います」「は、はぁ……」「ん~? お前にそこまで言わせるような奴が居たか? 責任者は誰だ?」 アルヴェルラが首を捻る。思い当たる相手が居ないらしい。「着けば解るかと思います。まぁ、アレもアルヴェルラ殿には敬意を払うでしょうから貴女には解らないかもしれませんが」 随分と含みを持たせ、フィーリアスは言葉を切った。 目の前に大きく開いた出口が見えた。「この先です。セフィール一族最大の構造物をご覧ください」 外に出ると、目の前に塔のように加工された一本の大きな枝が聳えていた。「構造物って、真っ直ぐに突っ立ってる枝じゃないのか?」「エルフの属性、水と樹。その二つを作用させ、植物に干渉し、ある程度自在に変形成長させる事で、この形を作りました。とは言っても、セフィールたちは中々に頑固で、説得するのに時間が掛かりました」 疲労感を滲ませるフィーリアス。彼が時間が掛かったということは数年程度ではないのだろう。セフィールの成長速度がどんなものか、華月はその横顔を見るだけで調べる気にもならなかった。「ここに来て早々に説得を始めて、完成したのはつい最近だったな」「ええ、文字通り長い時間が必要でした」「……」 ますます記憶を浚う気にならなかった。「ともかく、中へ」 先へ進むフィーリアス。と、ここで華月はアルヴェルラに小声で聞いてみた。「なぁ、フィーリアスさんって男なのか、女なのか?」「フィーリアスの性別? 変なことを気にするな?」「いいじゃないか、気になったんだ。今まで話してみても全く解らないし」 アルヴェルラは、華月に人の悪い微笑を向けた。「教えないほうが面白そうだ。教えてやらない」「……そうかい」 追求を諦め、フィーリアスの後を追う。 その枝の中へ入ると、またも華月は驚いた。「何だ、コリャ……」「今現在の位置は、丁度工房の真ん中の階層です。地下まで合わせ、全二百六十五層になります」「二百六十五層!?」「最下層は殆ど素材の貯蔵庫になっています。染色やら金属加工が下層、中層に最も歩留まりの悪い縫製などの中間工程、上層で仕上げ等の最終工程です」「ん? そんな構造になってたのか。しかし、染色なんかは風通しのいい上層の方が向いてるんじゃないのか?」「アルヴェルラ殿、染料の中には乾燥に非常に時間が掛かるものがあります。それらを完全に乾かす為に、下層で染め上げ、上層まで一旦引き上げ、折り返して下層で巻き取るのです」「ああ、この窓から見える細い紐は染色中の糸か」「ええ。そちらから見えるのが染色した糸で、反対側から見えるのが乾燥が終わり、下層が巻き取っている糸です」 二箇所の窓からそれぞれ何かが垂れていることが解る。目を凝らせば、それは正に糸のカーテンだ。「しかし、一回の染色でどのくらいの長さを染めるんだ?」「この時期はデルラン糸の染色時期ですからね、デルラン糸なら一回に5000メートルと言った所でしょうか」「5000メートルもか」「一番の収め先が貴女の所なのですが」「う……。無茶をする連中がしょっちゅう服を燃やしたりしてくるからなぁ」 アルヴェルラは居心地が悪そうだった。「まぁ、我々はそれでも構わないのですが。何もせずにこの寿命と付き合うのは時々うんざりする事もありますから。時間に縛られず、ゆっくりやれる縫製は我々の性に合っています」「……この糸って最初どうやって上まで上げるんですか?」「ああ、いい質問ですね。 我々エルフは、自慢ではありませんが非力です。その分、身軽さには自負がありますが、最上部が1500メートルの工房の上まで人手で上げるわけにはいきませんから、矢に結び付けて撃ち上げます」「1500メートルも上に撃てるんですか?」「エルフは目が良いですから」「いえ、非力だって言ったじゃないですか」「そこは魔法です。エアリス・アロウと言う魔法で射出した矢を風力加速させます。本来は長距離を高威力の状態で飛ばすための魔法なのですが」 肝心な部分はアナログに地味だった。「そこ! ここはお喋りする場所ではありません!!」 上の階から鋭い声が降ってきた。「全く、どこに無駄話をしている余裕があるというのです?」 降りてきたのは金髪碧眼のエルフ。身長が低いが顔はフィーリアスに似ている。微妙に造りこみが違うのと、髪が腰まであること、声が幾分高いこと以外、大きな違いは無い。(うわ、また性別不明なのが……)「族長、アナタが率先して喋るとは、どういう了見ですか?」「工房長、この場に居るのは私だけではありませんよ」「……。 闇黒竜族、アルヴェルラ陛下。ご無沙汰しております」「ああ、リフェルア=セフィールか。久しぶりだな。益々親に似てきたようだな」「……それは褒められているのでしょうか?」「一応、な」 リフェルアと呼ばれたエルフは微妙な顔をしたが、アルヴェルラはウィンクしてみせる。「それでは。有り難うございます、陛下」「その態度は昔っから変わらないな――。 ああ、フィーリアス。そう言う事か」「ええ、そう言う事です」 何やら納得したアルヴェルラと、相槌を打つフィーリアス。「さて。と、言うことは、私がすることはこれだな。 リフェルア=セフィール、紹介しよう。私の竜騎士、カヅキだ」「陛下の竜騎士? この少年が?」 華月を前に引き出し、リフェルアと対面させる。二人の身長差はほとんど無く、若干華月の方が高い程度だった。「主・アルヴェルラに仕える騎士見習い、瀬木 華月です」「……フィーリアス=ラ=セフィールが一子、リフェルア=セフィールと申します。以後お見知りおきを」 華月の挨拶に型に嵌った形式通り、丁寧に返すリフェルアだったが、その表情は微妙に胡散臭いものを見るものだった。「それで、だ。リフェルアに依頼がある」「解りました。リフェルア=セフィールの名に懸けて引き受けます」「……内容とか聞かないのか?」「竜騎士を連れた竜が、態々直接依頼に来るということで大体予想が付きます。そして、既に族長を連れているということは、了承されているということ。私に拒む理由は在りません。 大方、竜騎士細工と儀礼正装一式の依頼なのでしょう」「察しが良すぎて手間が省けるが……。そこも親譲りだな」 あっさり済んでしまったことで、アルヴェルラの方は拍子抜けしているようだ。「ただ、後日そちらに伺わせていただきます。私としても、実力の程度も知らない者の為に働くのは納得できませんので」「ああ、構わない」「では、今回は採寸だけさせていただきます。 さ、カヅキ。脱いでください」「は!?」 真顔であっさり、観衆の前で脱げと告げるリフェルア。一方華月はアルヴェルラ、フィーリアス、リフェルアへと視線を行ったり来たりさせ、挙動不審になる。「リーフェ、いくら何でもアルヴェルラ殿と貴女の前で、いきなり男に脱げというのは酷でしょう。せめて別室で測ってあげなさい」「解りました。ならばカヅキ、貴方の裸に興味など欠片もありませんが、着いてきてください」 リフェルアが踵を返して歩き出す。どうやら上の階に行くようだ。華月も置いていかれないよう素直に着いていく。(……ん? ヴェルラとリフェルアの前で男に脱げは酷? と、言うことは、二人は女。フィーリアスさんの前は問題無い? ……フィーリアスさん、もしかして男なのか!?) 内心、驚愕の事実が垣間見えたことに、かなりの衝撃を受けていた華月だった。