盆地の北の方に広がる原生林。それは中央に大木群を有する森になっている。「スゲェでかい樹だな~」「セフィールという種類の樹だ。滅多なことでは枯れず、寿命も無いと言って差し支えない。我らが祖先と同時期に芽を出して以来この地に置いて枯れたのは数本だ」 上空から近づくと、幾つもの巨木が固まり、一本の大樹のように見えていた事が解った。そして、その幹、枝に何か出来ていることも。「もしかして、あれが?」「ああ、エルフたちの住居などだ」 大樹セフィールの主な枝は、人間が横並びで10人並んで歩いても余裕があるほどに太い。様々な位置に家っぽいものがある。「さて、誰か捕まえないと」「ん?」「ああ、ここのセフィールの内部を歩くときは案内が要るんだ。施された迷宮の魔法で私でも迷う。それと」「それと?」「ドワーフ達に先に会っている事は言うな。大部分がかなり仲が悪いんだ」 微妙な顔で、アルヴェルラが告げる。「本当は、この領地においては種族間の揉め事は置いておいて欲しいんだがな。両者共に事情があって、近い場所に居を構えているのだから。 しかし、何事も上手くいくとは限らないということだ」 華月は知識から、火と地の属性を持つドワーフ族と、水と樹の属性を持つエルフ族は属性の反発があり、本能的に反りが合わない。と、言う事を理解する。「属性って、そんなところにも影響するんだな」「そうだな。織り成す四要素の属性は反発するもの同士は仲違いする事が多い。太極であり、完結する陰陽の光闇はそんな事は無いんだが」 六竜族も、フレイム、アクア、フォレスト、グランドの四つのドラゴンたちは属性の影響を若干受け、フレイムとアクア、フォレストとグランドは微妙な関係だ。表立って罵り合ったりはしないが、あまり干渉しあったりはしない。「まぁ、少し注意してくれ。 お、誰か居たな」 アルヴェルラが迷う前に見つかって良かったと一息つき、一本上の枝に腰掛け、布に刺繍をしているエルフに声を掛ける。「セフィールのエルフよ、我が声に答えよ」「――これは、闇黒竜族がアルヴェルラ殿」 すっと視線を向け、刺繍していた布を手早く纏め、軽やかにこちらに降り立ったエルフ。「なんだ、フィーリアスだったか。畏まって声を掛けた私が馬鹿みたいだな」「何だ。とは、少々酷い物言いですね。私でなければ傷付いているところです。我等エルフは繊細なのですよ」 口元に手を当て、くすり。と、柔らかく笑う。そして、その視線はアルヴェルラの半歩後ろに居た華月に向く。「おや、人間……ではありませんね。貴方は竜騎士ですね」「そうだ。カヅキと言う。私の可愛い騎士だ」「ついに貴女の血を享けられる竜騎士が現れましたか……。おめでとうございます」「有り難う? 随分と素直に祝ってくれるんだな」 拍子抜けしたようにアルヴェルラがそう言うと、フィーリアスと呼ばれたエルフは首を傾げ、納得したように頷いた。「竜騎士の実力は外見で決まるものではないと重々承知していますから。 ああ、先にアーズ殿にでも会いましたか」「……そう簡単に見透かさないでくれ。まぁ、その通りなんだが」 バツが悪そうに、アルヴェルラが左手で左目の辺りを隠す。その顔には苦笑が浮かんでいた。「あの方が言いそうな事は簡単に想像出来ますよ。おそらくは、彼を見て『これがお前の竜騎士か? 悪い冗談だ』とでも、言ったのではないですか?」「お前には勝てないな。その通りだ」 アルヴェルラの苦笑が深くなる。 一方華月は、フィーリアスを注意深く視察する。(このエルフは……男か? 女か?) 全体的に線が細く、長身で、ゆったりとした服を着ており、肩までの金髪、エメラルドのような碧の瞳、顔の造詣も中性的に美しく、声も澄んでいて、どうにも性別が判断し辛い。というより、判断できない。「おや、竜騎士殿? 私に自己紹介をして頂けないのですか?」 じっと観察していたエルフに、首を傾げながら声を掛けられ、華月は戸惑った。「――え? あ、ああ、失礼しました。 自分は瀬木 華月と言います。少し前から主・アルヴェルラに仕えています。現在は侍従総纏役・テレジアに教えを請う立場にある、竜騎士見習いです」 アルヴェルラの竜騎士として、失礼にならないよう、精一杯気を付けて、右手を胸に当てながら自己紹介をする。「はい、有り難うございます。 私はフィーリアス=ラ=セフィールです。ここ、大樹セフィールに暮らすエルフ族の族長を勤めています」 にっこり笑顔で、やはり優雅に自己紹介される。「テレジア殿に教えを受けているのですか。それは、その、随分と――」 が、よくよく見てみればフィーリアスの笑顔は微妙に引き攣っていた。「随分と、買われているのですね」「テレジアの教えは嵌れば効率が良いが、合わない奴はとことん駄目だからな。カヅキは良くやっているぞ」「でしょうね。彼女はある意味一途ですから」 微妙な顔でテレジアをそう評価するフィーリアス。何か過去にあったのだろうか。「さて、挨拶はこのくらいで。 フィーリアス、実は頼みがあるんだ」「おや、アルヴェルラ殿から直接そんな事を言われるのは、随分久しぶりですね。 はい、ここで構わないのであれば、今伺いますよ」「カヅキの為に、竜騎士細工と儀礼正装を作って欲しい。後、これは出来れば。で、構わないが、デルラン糸の黒染めで男物の普段着を十着」「デルラン糸の黒染めで男物の普段着十着は何時もの通りで良いのですか?」「ああ。カヅキの着れる大きさならな」「それなら直ぐにでもお渡し出来ますが、竜騎士細工と儀礼正装を、となると……」 フィーリアスの顔が少し困った顔になる。「私が改めて言う必要は無いと思いますが……。 アルヴェルラ殿、貴女はカヅキ君が、竜騎士としてそれらを纏う事が許される力量を持っていると、第三者の立場から見ても適うと、そう判断したのですね?」「ああ、そうだ。その点については竜騎士契約の初期に確認済みだ。資質は十二分にあると、私が太鼓判を押す。教育係のテレジアも、筋は悪くないと判断している」「では問います。彼は今現在、テレジア殿の教育でどの段階にありますか?」「体術の基礎課程が修了している。これから武器と魔法、発展体術に入る」「ここまでの訓練期間は?」「知識を詰めるのに無茶をして、数日昏睡したが、それを含めて一週間ほどだ」 それを聞き、フィーリアスが目を丸くする。「テレジア殿の教育で、実質四日程で体術の基礎課程を修了しているのですか!?」「ああ。私としても予想以上の速度で育っている事に若干驚いている。資質があることは解っていても、な」「……アーズ殿に先に会われたのでしたね。彼には何か頼んだのですか?」 フィーリアスに問われ、言うべきか瞬間的に悩んだアルヴェルラだったが、素直に話ことにした。「無碍に断られたが、武器の製作を依頼した」「その時、この話は?」「していない。その前にカヅキを馬鹿にされて、私も少し大人気無い事を言ってしまってな。売り言葉に買い言葉だったんだが」 後ろ頭を掻きながら、明後日の方を向きながらアルヴェルラが喋る。さっきの一件は自分にも非が有ると解ってはいるようだ。「まぁ、一見頼り無さそうな青年ですからね。彼の性格からすれば仕方ないかもしれませんが……。 解りました。アルヴェルラ=ダ=ダルクの依頼、引き受けましょう。フィーリアス=ラ=セフィールの名に懸けて」 右手を胸に、フィーリアスがアルヴェルラに告げる。「そうか。助かる。魔銀細工と服飾はエルフに頼むのが一番だからな」「フィーリアスさん、有り難う御座います」「お礼は出来上がった時にお願いします。 では、採寸しましょう。工房へ案内します」 フィーリアスが先頭となり、大樹セフィールの内部へと進んでいく。