入ってすぐに無数の横穴が目につく。「上の階層には誰も居ないな。 下の鍛冶場まで行ってみるか」 アルヴェルラはそのまま下へ下へと降っていく。 どのぐらい降りたのか、それすらあやふやになりそうになった頃、ようやく足場が見えた。「俺の眼がこんな薄暗さでもきっちり使える事に改めて驚くわけだが……。何だここ?」「最下層、『アーズの鍛冶場』だ」 熱気がある。湿度があるわけではないので単純にカラッと熱い。 華月がアルヴェルラから手を離し、地面に降り立つ。「随分と熱いな?」「この岩盤を五十メートルも砕けば溶岩流だ。熱源はそれだ」 アルヴェルラがさらっと、トンデモナイ事を言う。「危険じゃないのか?」「ドワーフは妖精種でも火と地の属性を持つ。その二つを備える溶岩は目に見える命こそないものの、彼らからすれば同類のようなものらしい。変調はすぐに判るし、滅多な事では脅かされることは無いらしい。 まぁ、我らの住むこの大地も一つの生命だとすれば、納得できる話だな」「こんな所でガイア論を聞くとは思わなかった」 華月が溜息をつきながら周囲を見渡す。すると、暗闇からこちらを窺っていたらしい二対四つの瞳を見つける。「ヴェルラ、誰か居るようだ」「ん? ああ、久しいな。ドレン=ド=アーズ、ヴィシュル=アーズ」 アルヴェルラが気安く声を掛けると、暗闇から名を呼ばれた二人が出てきた。「確かに久しぶりだな、アルヴェルラ=ダ=ダルク」「ご無沙汰しています、アルヴェルラ女皇陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」 現れたのは小柄で、しかし筋肉の詰まった体躯の男性と、やはり小柄で女性的だが筋肉質な体躯の女性。どちらも身長が小さい上に童顔で、暗闇だと年齢が読み難い。が、華月の美的感覚で言うと、それなりの美少年と美少女のように見える。「二人が揃ってこんな所に居るのは珍しいな?」「ああ、少し前に溶岩流が厄介なモンを運んできてな。それの処理中だ。俺一人じゃ手に負えねぇから、ようやく使えるようになってきたコイツの実習を兼ねて潜ってんだ」「ほう? ヴィシュルもようやく認めてもらえたのか」「お恥ずかしながら、まだ仮免許の身です。アーズ流鍛冶の皆伝とまでは、とても」「それでも十分進歩している。依然会った時は鎚を握ることすら許されていなかっただろう」 アルヴェルラの言葉に、女性=ヴィシュルは苦笑する。「もう十年も前の事です。流石に牛歩の速度では父に叩き潰されてしまいます」「ああ、それもそうだな。ドレンは身内にも厳しいからな」「ハン。アルヴェルラ、そりゃテメェもだろうが。未だに嬢ちゃんを認めてねぇじゃねぇか」「さて、何の事だか。 ああ、ドレンが居るなら丁度良い。仕事があるんだ」「アン? 何だ、気色ワリィ……。何時も使いを寄越す癖に、直接か?」「ああ、コレは他人任せに出来る事ではないからな。 ドレン、私の騎士に、武器を創ってくれ」 アルヴェルラがそう言って華月の肩を叩くと、少年=ドレンは、その言葉に「ハァ?」な、顔をする。「騎士? 俺の耳が腐ったか? この青瓢箪みたいな軟弱そうな兄ちゃんがお前の騎士だ。そう、聞こえたような気がするんだが」「随分な言い様だな。聞こえた通りだ。このカヅキが私の騎士だ。そして、カヅキの為に武器を創ってくれ」 アルヴェルラは、まだ笑っていられる。頼む側、下手に出るべきだと理解しているから。「オイオイ、冗談は程々にしてくれ。この兄ちゃんに俺の鍛えた武器を? ハッ、幾らアルヴェルラ直々の頼みとはいえ、受けられねぇな」 にべも無く拒絶される。アルヴェルラの雰囲気が変わる。「冷たいな、ドレン。当時、お前たちの同朋を受け入れる。と、決めた私の判断は、間違えだったか?」「……テメェ、解って言ってんのか?」 吐き捨てるようなアルヴェルラのセリフに、ドレンの顔が凄まじく険しいものになる。見た目は少年の様だが、積み重ねた時間と経験は本物で、ドスが効いている。「ああ、当然だ。ようやく見出した私の騎士にケチをつけ、軽い態度で頼みを断るような恩知らずには、丁度良いだろう?」 二人の間で火花が散る。「ヴェルラ、そこまでだ。どうやら俺は彼のお眼鏡に適わないらしい。またにしよう」「カヅキ? お前が見縊られて――」「ハハッ! よく弁えてるじゃねぇか! アルヴェルラ、この兄ちゃんの方が自分の『程度』が良く解ってるようだな!!」 ドレンの嘲笑にアルヴェルラの言葉が搔き消される。「そう、俺はまだ騎士に成り切れて無い。訓練中の未熟な身だ。どんな武器が使えるのかもこれから試すところだ」 アルヴェルラとドレンの間に立ち、華月はドレンを真正面から見下ろす。いや、睨みつける。「だから、『今』は、引く」 華月の身体が魔力を纏い、それは竜楯に変わる。「でもな、『次』は、どうなるか解らない。 それと――」 一歩踏み出す。 それだけで、踏まれた岩盤は罅が入り、少し窪んだ。 ドレンの後ろでずっと黙り、成り行きを見ているヴィシュルの顔が引き攣った。「アルヴェルラを、俺の主を馬鹿にするのは許さない。アンタがどれだけ偉かろうが関係無い。 それだけは忘れないし、絶対に赦さない」 華月は怒っていた。ドレンがアルヴェルラを小馬鹿にした。よりにもよって、華月を出汁にして。 アルヴェルラに見る目が無い。と、そう言われた事を。「因縁の付け方だけは一人前ってか。 アーズ流鍛冶の頭領、ナメんじゃねぇぞ、小僧」「どれだけ偉かろうが関係無いって言っただろ。聞こえなかったか? オッサン」 一触即発。この分だとドレンの方が先に手を出しそうだ。「お、お父さん! ダメ!!」 ヴィシュルがドレンを後ろから羽交い絞めにする。「何しやがる! 離せ、馬鹿娘!!」「ば、馬鹿娘!? ナンだとこのクソ親父!!」 素が出た。 ハッ! として、そのままドレンを持ち上げヴィシュルが反転。「頭に血が上っちゃったみたいなので、後日私がお話を伺います! 本日はこれにて失礼します!!」 ダッ! と、駆け出し、暗い洞穴の中に消えていった。反響する怒鳴りあう声。「ふぅ、カヅキ」「……」 アルヴェルラが溜息を一つ。華月に声を掛ける。「私の為に怒ってくれた事には礼を言う。だが、あれではお前の印象が悪くなるだろう」「……そんな事はどうでもいい。 頑固一徹のオッサンは、いくら口で言ったとこで無駄だ」 肩を竦めて竜楯を解く。「で、次は?」「そうだな。次はエルフの所にでも行くか。あちらにも用事がある」 アルヴェルラと華月は、次を目指して飛翔する。