部屋から着替えを取り、複数在る浴場の一つに向かう。「そうか、俺の着替えってわざわざ仕立ててもらってたんだなぁ」 代えの服に、一枚のメモが挟まっていた。 『替えが少ないので、大事に使うこと。一々仕立てるのは面倒です』 だったらこんな大穴空けないで欲しい。と、華月は少し溜息が漏れそうになった。と、同時に何だかんだと言いながら、代えの服にそういう注意事項のメモを挟んでおいてくれたテレジアは、やっぱり面倒見がいいんだなぁ。とも、思った。 浴場の手前の脱衣所らしき場所で服を脱ぎ、浴場に入る。 岩場をそのまま少し細工して作ったらしい浴室は、言わば半天然の露天風呂のような造りだ。 湯船のようになっている場所にも流れている源泉の一部をその手前に引いてあり、打たせ湯のように流している場所もある。華月はまず血糊やら埃やらをそこで洗い流した。こびり付いた血糊は中々取れなかったりするが、軽石のようなものも置いてあったのでそれで擦り落とした。 綺麗さっぱり汚れを落とし、湯に浸かってから行こうと思ったのが運の尽きだった。「あ~……はぁ~――」「気の抜けた声ですね」「は、ぁ?」 華月が脇を見れば、そこにはテレジアが居た。(今度はこのパターンか!!) この間はアルヴェルラと遭遇し、今度はテレジアの入浴中に乱入をしでかした。「カヅキ、どうしました?」「え!? いや、別にどうもしてない!」 テレジアは全く動じていない。「? 十分、挙動不審のようですが――ああ、そうですか」「何納得してんだ!?」「いえ、若い人間の男なら仕方の無い事かと」「濁さなくていい! ってか何で、一発で解るんだよ!! ああ、もう出るから!」「別に構いませんよ。その事についてこれ以上何か言うつもりはありません。見られて困ることなど、一切ありませんから」 やはりテレジアも泰然としていた。やはり根本的に違うのだろう。(なんか悔しいなぁ) 臍を噛むのはやはり華月で、仕方の無い事だった。他者に裸体を見られようとも何とも思わない種族が相手では分が悪すぎる。「それよりも、カヅキには少々質問に答えてもらいます」「は?」 テレジアはいつも通りの感情が読み取りにくい真顔で、こんな事を聞いてきた。「カヅキは、私や陛下、フェリシア様に欲情しますか?」「何臆面も無く聞いてんだよっ!?」 華月は思わずテレジアの頭に手刀を落としてしまった。それも加減せずに。「カヅキ。技術が上達することは私としても嬉しい限りですが、こういう事をする場合、魔力を篭めないのが、我ら闇黒竜族流です」「……突っ込み魔力を篭める竜族も居るのか?」「黄地竜族は篭めますね」 篭めるの居るんかい……。ゲンナリしたが、主題がズレていってしまっている事に、二人は同時に気がついた。「それで、さっきの質問に対する答えを」「……答えたくない」「陛下はそれで許したかもしれませんが、私は許しませんよ」 華月は内心ドキッとした。「何の事だよ!?」「陛下にも、同じような事を聞かれましたね。その時は答えなかったのでしょうが」「み、見てたのか? 聞いてたのか!?」「いいえ」 テレジアのポーカーフェイスが怖い。と、華月は心底思った。「ですが、カヅキと陛下の入浴時間が被った事は知っています。あの陛下の事ですから、この手の質問を半分冗談、半分本気で聞いたでしょうことは容易に想像できます。そして、その質問に対しカヅキが答えに詰まり、無言か無回答という選択をしたことは更に容易に予想できます」「……その通りだけど、俺はその質問には答えないからな!」 ざっ! と、湯から上がり、さっ!! と、逃げ出す。「やれやれ。この調子で私たち以外の竜とやっていけると思っているのですかね……」 止めもしなかったテレジアは、そう呟いて目を閉じる。「入浴は、命の洗濯です――」 心底心地よさそうに、柔らかく表情を崩す。 華月が髪も乾かさずに服だけ着込んで修練場に戻ると、アルヴェルラが暇そうに豪快な欠伸をしていた。「ま、待たせた……?」「ん? そんなに待ってはいないが、こう、ゆとりのある時間はカヅキを拾った晩以来なんだ。少し気が緩んだ」 テレジア以外にも煩いのが居てな。とは、アルヴェルラの弁だ。「まぁ、気にするな。 さ、では行こうか」「ああ」 ゆったりと羽ばたき、ふわっと浮いたアルヴェルラの両腕に摑まり、華月はそのまま吊り上げられていく。「良し。カヅキ、人の身では叶わない空の散歩だ。楽しめ?」「何故に疑問け――」 華月は言葉を続けられなかった。 恐ろしい加速度でアルヴェルラが飛んだからだ。 瞬間的に魔力を纏い、千切れる事だけは回避した。「あっはっは! 飛ぶぞ!! 飛ばすぞッ!!!!」 一直線に飛び上り、あっという間に周囲の空気は肌寒さを超え、刺さるような凍てつき方をしていた。「息苦し……耳イテェ……」「ん~、やりすぎたか?」 急激な変化に身体がついていけず、華月は凄まじい不快感に襲われるが、直ぐにそれらは治まっていった。竜騎士化した華月の適応能力は恐ろしい変化を遂げていた。高山病に罹る素振りすら無い。「ヴェルラ、いきなり飛びすぎだろ……」「済まんな。空を駆けるのは私にとって至高の楽しみなんだ。誰よりも速く、誰よりも華麗に、誰よりも遠くへ。それが私の矜持だ」「そうかい……。 で、何でこんな上空に?」 問いかけると、アルヴェルラはゆったりとこう言った。「ここは、我ら純竜種でも限界の高さ。周りを見ろ、カヅキ」 華月が周囲の様子を改めて観ると、成程。「成層圏か。もう直ぐ宇宙……。はは、これは絶景だな」 緩く弧を描き、丸く見える地平と水平。少し視線を上げればそこには無数の星の煌きすら見える。「少し上がりすぎたが、丁度直下にある大陸、これが我らの住む中央大陸『ウェルデシア』。 その上に半分だけ見えるのが北大陸『ヴァネスティア』、右側が東大陸『ヴォーディシア』、左側が西大陸『ウィデスティア』、下が南大陸『ウェンティア』だ。 壮観だろう?」「文句は無いな」 その風景は確かに壮観だった。人の身では簡単には御目に掛かれない。「さて、世界の後は国の紹介だ。降りるぞ」「それなりの速度で頼む」「ああ」 今度は行きのような阿呆な速度ではなく、高々秒速500メートル程度の速度で降りていく。それは徐々に緩くなる。 芥子粒のようだった山が、森が、その姿をはっきりとさせてくる。「皇宮は目立つな」「あれはドラグ・ダルク最大の建築物だからな。初代がドワーフの職人を数百単位で呼び寄せ、百数十数年の時を掛け築き上げた芸術でもある。ノーブル・ダルクと言う名もあるぞ」「へぇ、それはまた御大層な御名前で」「ふむ、そうだな。その関連ついでに用もある。ドワーフ達の居住に行ってみようか」 ぎゅんッ! と、急激な加速と方向転換。華月の三半規管が悲鳴を上げる。「おおぅ、込み上げる……」「戻すなよ。そして慣れろ」「俺のご主人様は厳しいね」「私の期待に、見事に答えてくれる可愛い騎士だからな。もっと期待してしまう」 からからと笑いながら、アルヴェルラはヴェネスド山脈のある一角に向かっているようだ。「おい、ヴェルラ……。あの山の噴火口っぽいところに突っ込む気か?」「ああ。あ、安心しろ。あれはもう死火山だ。地中深くに降りないと溶岩流すら見る事が出来ない」「いや、何でそんな所に突っ込むんだ?」「ドワーフ達はあの山の中を刳り抜いて住居にしている。一番大きく、入りやすいのが採光口に使われているあの噴火口跡というわけだ」 一旦火口よりも50メートルほど上昇し、そして噴火口跡に降下突入。