華月が意識を取り戻した時、すぐ近くにフェリシアとアルヴェルラの顔があった。「あ! カヅキ、大丈夫!?」「竜騎士となって初の死亡だ。何か違和感はないか?」「……テレジアは?」「ここに居ます」 華月が身を起こすと、布を一枚羽織った、人型のテレジアがいた。……口元に生乾きの血液が大量に付着している以外はいつもと変わらない。「俺、合格だったんだよな?」「はい。合格です」「……何で一回殺されたワケ?」「痛かったからです」「は?」 しれっ。と、答えたテレジアだったが、理由が本当ならあまりにも酷いだろう。「冗談です。確かに最後の一撃で私の頭蓋に罅が入りましたが、そんな事で殺したりしません。ただ、竜騎士は一度、必ずあの場で死を体験することになっているのです」「そうなのか?」 華月はアルヴェルラに確認を取る。「ああ。それは確かだ。というより、体術の最終訓練を一回も死なずに切り抜ける奴が滅多にいないから説明しなかっただけだろう」「何故陛下に確認を取ったのかは聞かないで置きます。 竜騎士の不死不滅を、一度は身を持って体験しておいてもらうためです。有事の際に慌てたりしないように」 一応筋は通っている。ように、聞こえる。聞こえなくも無い。「確かに、滅茶苦茶痛くて、意識が途絶えた瞬間と、気が付いた瞬間は凄く焦った。 でもな、これこそ事前に説明して ク レ ナ イ カ ? 」「私相手に凄んでも仕方ないですよ。私の教育方針に文句も何も無いのでしたね」「ははは、そう言ったな。確かに。 でもな、心構えぐらいさせてくれ!」「戦場において心構えなど……。何時死ぬか解らないのですから、自己満足以外の何物でもないでしょう。そんなもの、私が育てる竜騎士には不要です。常時戦場と心得てください」 テレジアは暗に常に死ぬ覚悟をしていろと言った。こう言われては華月としては何も言い返せない。自分の発言を少々後悔した。「まぁ、蘇生直後の硬直が解けるまでの時間も短かったし、成績は上々だろう?」「そうですね。まぁ、及第点でしょう」「テレジアは辛口だな。少しぐらい褒めたって良いだろう?」「陛下。貴女の騎士はこの程度で満足していいものではありません。この国に居るどの竜騎士より強く、高潔に、魅力あるものでなければなりません」 テレジアの理想の高さに、華月はさすがに辟易しかけた。そんなものに自分がなれるなど、微塵も思えないからだ。「ぷっ、あっはっは! それは高望みし過ぎだ! 我等六竜族の各竜皇と言えど、強く、高潔に、魅力ある皇が居るかと言えば答えは否だ。そんな絵に描いたような聖人が居るとすれば、それは創世神ぐらいだろう! 人は、それぞれ何所かが欠けているからこそ味が在る。絵に描いた聖人など、無味乾燥のセースと同義だ!」 アルヴェルラが腹を抱えて盛大に爆笑する。(無味乾燥のセース……? ああ、味のしないガムのことか) 浚った知識からセースが何か引っ張り出した。地球で言うところのガムのようなものだった。「それじゃ、カヅキには一体何を求めてるの?」「んん? 私がカヅキに望む事は強く在る事、心を亡くさない事。カヅキの人格なら、その二つを守れれば、後は特に求めない。むしろ、俗物なぐらいでも構わないな」 最後の部分を流し目で言う。「……何でそこまで――」「竜騎士について知識を浚ってみるんだな。主と竜騎士の関係について」「…………、畜生、そう言う事か! 俺の人となりは最初に意識を取り戻した時に筒抜けだったのか!!」「だから、私は最初に自我を残しているか確認したんだ。カヅキの性格は私好みだ。ならば、望む事はそう多くない」 人の悪い笑顔でアルヴェルラが笑う。 竜騎士として変質した後、主と触れた竜騎士は変質前の記憶以外の全てが主たる竜に把握される。作り上げられた人格から、身体の性能まで、全て。「まぁ、お前が悪人でなくて良かった。どんな性格をしているかは、私とカヅキの秘密だから言わないが、な」「……陛下好みの性格ということは結構ぐむっ!?」「テレジア、言葉にしてはいけない事というものもある。そこは黙っていろ」 アルヴェルラがテレジアの口を塞いだ。多少力が入っているのか、テレジアの頬にアルヴェルラの指が食い込んでいる様に見える。 しかし一方で、フェリシアが首を傾げている。 華月が項垂れる。「さて、基礎体術の最終訓練が呆気なく終了したわけだが。テレジア、これからはどうするんだ?」「私が個人で教育できるのは体術の基礎を叩き込む辺りまでです。武器の扱いと魔法についてはそれぞれ適任者を選出し、教育を要請します。 あ、発展体術の技巧教育は引き続き私が担当します。教育工程を決めますので、今日のところはここまでとしましょう。私も纏め役としての職務を、いい加減に消化しないといけないぐらい溜めているので。 と、言うことで今日は残り、自由にしてください。カヅキにしてみれば、随分密度のある数日だったでしょうし」 そう言うと、テレジアは皇宮の方へ向かって歩き出した。「さて。それじゃカヅキ、私と一緒にドラグ・ダルクを一周してみよう」「は? いや、一周するのは構わないけど、時間が足りないだろ?」「ん? 私が飛んで、カヅキをぶら下げて運べばいいだけだ」「あ、あたしも――」「フェリシアは、屋根の修理を終わらせること」「……はぁい……」 ばっさりと斬られ、フェリシアは涙目で飛翼を広げ、飛び立った。「……ヴェルラ、飛ぶのってあの格好でか?」「ああ。足でも腕でも腰だろうが摑まっていればいい」 そこでまた、流し目で微笑む。「何なら、ギュッと抱きついていても構わないぞ?」「……腕に摑まるから」「そうか」 華月で遊んでいるような感じがするが、アルヴェルラは簡単に引き下がって飛翼を展開した。フェリシアよりも大きく、立派な翼だった。「もしかして、テレジアもフェリシアもヴェルラも服の背中が大きく開いてるのはそういう風に翼を出すからか?」「ああ、その通りだ。基本的に六竜族の服はこのような構造をしている。解りやすい特徴の一つだな。人間の男の感覚的には露出が大きくて役得だろう?」「答えたくない」「無理強いはしない。だが、その反応で解るが」 やっぱり華月の反応を楽しんでいる。人の悪い笑顔がそこにあった。「まぁ、カヅキはその前に風呂だな。その血糊と埃とその他諸々を洗い流して来い。 私も飛ぶのは久しぶりだから、少し感覚を取り戻しておく」「ああ。それじゃ行って――」 アルヴェルラは一度の羽ばたきで一気に上昇していった。それを見送った華月は、呟いた。「……加速度で、俺……千切れるんじゃねぇか?」 次の瞬間に、華月はアルヴェルラの姿を見失っていたからだ。