翌日の早朝。「随分と気合が入っていますね」「ま、一日の時間が地球の倍あるからな。十分すぎるほど休めたわけだ」「そうですか。 では、始めましょうか。まずは魔力強化無し、単純な素の力です」「おお!」 テレジアが動き出した。その速度は華月に何とか捉えきれるものだった。(強化無しでギリギリとか、悪い冗談だ!)(眼が私の動きに反応していますね。これなら何とかなるわけですか) 地面を蹴り、テレジアの右ストレートが華月の真芯を捉えようとする。 華月はその動きに合わせ、左腕でそれを逸らす。(ただ逸らすだけじゃねぇぞ!) そのまま左腕を捻りテレジアの右腕を右手で掴み、重心を落として背負い、全力で投げる。 投げられたテレジアは空中で体勢を整え、華麗に着地する。「少しは使い方が解ったようですね」「まぁな!」「では、ここは飛ばし、魔力付与状態での訓練に移りましょう。速度、破壊力、その他が跳ね上がりますから、気を抜かないように」「ドンと来い!」「では、纏身防御『竜楯』。加速『瞬足』」 一気に速度が上がった。視認不可。「纏身防御『壁楯』(へきじゅん)」 竜楯に少々劣る纏身防御の技。だが、今の華月にはそれが限界だ。(研ぎ澄ませ。魔力を纏って動いて、魔力を使って加速しているんだ。そこには大きな魔力の流れが、必ずある!) 視覚を封じず、分割意識体の一つに感覚を使った探知をさせる。 連動して防御か攻撃か、身体を動かすためにその為に分割意識体を一つ待機させている。「そこかっ!」「っ!?」 華月の身体が反応し、虚空に蹴りを放つ。「視覚ではなく、感覚で探知しましたか」 腰溜めの姿勢で華月の足を両手で捕まえていた。攻撃に移った瞬間、華月の足の裏に円錐状の魔力の塊が形成され、あたかも千枚通しのようにテレジアを穿とうとしたからだ。「纏身攻撃系『竜爪』(りゅうそう)……。不完全で一本のみでしたが、防御よりも攻撃を取ったという事ですか」「いや、単に防御系は苦手みたいだ」 軸足を半回転させ、その捻転力を蹴り足に伝播させ、テレジアの手から足を外す。「……一晩で随分器用になりましたね」「ん? テレジアのおかげだ。色々ヒントをくれるから、テレジアの言う自己努力ってもんをやってみただけだ」「……貴方を甘く見ていたようですね。どうやら、戦闘技術については普通のペースを完全に無視しても問題なさそうです」 テレジアが竜楯を解除した。「ならば、段階を一気に繰り上げます。 魅せましょう、純竜種の本当の姿を」 言うなり、テレジアから膨大な魔力が溢れた。 虹彩が金に輝き、瞳孔が縦に割ける。 五指が節くれだち、爪が伸びる。 肌の表面に金属光沢の様な輝きを持つ漆黒の鱗が生える。 背中から一対の皮膜のある翼が展開される。「お、おいおい……」 身体自体が膨れ上がり衣服を破って膨張していく。 見る間に、華月の知識にある西洋の竜、すなわち翼を持った巨大な蜥蜴のような姿へ変わっていく。『どうですか。これが我ら純竜種の本来の姿。の、1/5です』「いや、何というか……。1/5でも、圧巻です……」 体長は7メートル程だろうか。前足の幅は直径60センチもあるだろうか。これで本来のサイズの1/5だというのだから文字通りスケールが違う。『では、掛かってきなさい』「……いやいやいや、さすがにこれは無理だろ!? その鉤爪で撫でられただけでスプラッタな惨殺死体の出来上がりだろ!?」『出来ます。これは体術訓練の最終試験です。貴方なら、今日中にこれを終えると判断しました』「幾らなんでも買いかぶり過ぎだ!」『いいえ、出来ます。自らの可能性を否定する事は止めなさい。カヅキ、貴方の可能性こそ未知数なのです』 と、ここまで言われ、テレジアの期待でもかなり大きいモノだという事をここでようやく悟った。(……ヴェルラの期待はこれ以上だったな。ははは――)「上等じゃねぇか! やれるだけやってやる!!」(浚い出した体術関連の技術だけじゃ足りない。もっと多方面に、あらゆるジャンルから引っ張って来ないと!) 普通の竜騎士とは素体の出来が違っている。なら、並の竜騎士がそれなりの期間で習得できる技術は簡単に習得できないと嘘だ。(驕りだって言われたって構うもんか。そうでも言って無理でも通さなきゃ!)「期待に応えたっていわねぇよな!!」 華月が全身に纏っていた壁楯が変質し、鱗状に固定された。一気に竜楯へステップアップした。魔力の密度が上昇し、制御が緻密になったからだ。(頭の玉が意思疎通なら、もう一個の玉はまだ覚醒してない。こいつは一体何の玉だ!?) 華月の心臓にある玉が、明確に覚醒の意志を叩きこまれ、膨大な魔力を『生成』していた。『この感覚……。まさか、カヅキ、貴方のもう一つの玉は――!!』「ご託は後だ! 往くぜ!!」 華月は今、使える能力を全て投入し、テレジアに挑みかかっていった。 修練場の方から普段聞く事のない同朋の咆哮がとても大きく響いてきた。「え? これ、テレジアの声……」 皇宮の屋根の補修をしていたフェリシアは、慌てて修練場を覗く。そこには暴れる竜と豆粒みたいな華月っぽい何かが戦っている様子が見えた。「ちょっと、何でテレジアが小竜化してるの!? まだ体術の訓練始めたばかりなのに!?」 道具を放り出し、肩甲骨に意識を集中し、部分的に竜化する。一対の飛翼が展開される。「ああ! ブレスまで吐いてる!! 少し本気出し過ぎじゃないの!?」 飛翼の先端まで魔力が行き渡り、その華奢な作りに見合わない強度と揚力効果を発揮する。 一気に踏み切り、宙へ身を躍らせる。「幾らなんでも手順を省略しすぎだよ!?」 あえて加速しながら滑空していく。 執務室から、修練場の様子を見るアルヴェルラは落ち着いていた。「昨日の今日で、体術の最終訓練か。テレジアも思い切った事をするな」 絶対的な信頼をテレジアに置いているアルヴェルラは冷静そのものだ。判断に誤りはないと確信している。それに、どう転んでも華月は死なない。「ま、私が無事ならカヅキは幾らでも復元されるからな。寧ろ死ぬのが何回で済むのか」 と、修練場に向かって一直線に飛んでいくフェリシアに気付いた。「はぁ、あの子も心配性だな。本当に誰に似たんだか」 今現在、ついさっきまで頑張っていたおかげで公務は区切りが付いている。半日以上一日未満なら空けても問題はない。「やれやれ、様子を見に行くか。まさかとは思うが、テレジアが殺されたりしたら洒落にならないからな」 アルヴェルラは窓から飛んだりせず、歩いて修練場へ向かった。 テレジアの後頭部に回し蹴り。 直後に振られた翼に弾かれ、地面を転がる華月。即座に身を起こしそこから移動する。一瞬でも遅れればテレジアの尻尾が唸りをあげて襲ってくるからだ。既に何発か喰らい、肋骨が何か所も粉砕骨折した。(デカイ図体で機敏に動きやがる!!) 内心華月は焦っていたし辟易していた。可動範囲が狭いのかと思えば、予想以上に柔軟に動く竜の身体。視界も狭いだろうと思っていたらかなりの視野を持っていた。このあたりは知識に記載がない。(対竜種戦闘は想定されてないってか! だったら今組み上げるしかないな!!) 分割意識体は限界数で事態の対処と対策の模索を行っている。少しでも効率が落ちれば即座にミンチになるだろう。事実、攻撃を避けきれずに右腕は肉を三割以上持っていかれたし、引っ掛けられた左目とその周辺はまだ修復されていない。丁寧に経験を積み上げていればここまで限界ギリギリのラインで動かなくても済んだのだろうが、ただでさえ平和ボケした国の出身である華月は、ここまで徹底的にやられてようやく、本物の恐怖を感じていた。『――――――!!』「ぐっ!?」 さっき炎のブレスを左腕に喰らい、腕を一度炭化させてから、あのテレジアの腹に響く咆哮が恐ろしくて仕方がない。だが、動きを止めれば間違いなく終わる。(大丈夫だ。まだいける!) 折れそうになる心を奮い立たせ、必死に対策を考える。足にダメージがないのが唯一の救いで、足を止められたら即座に詰む。(右腕が治ってきたし、左腕もそろそろ使えるか……。左目はまだかかる……) 粉砕骨折はとっくに治っていたが、元が無くなっているものを復元するのは時間がかかるようだ。(竜楯は維持できてる、加速の瞬足も大丈夫。反撃といくか!) 華月が動きを変える。 一瞬で切り返し、テレジアの身体の下に滑り込む。一気に反対側まで抜け、後ろ足の膝、腰、と跳ね上がり、右の翼の付け根に爪先で全力の蹴りを入れる。 脱臼したのか力なく垂れ下がる。『――――!!』 大口を開けテレジアが華月を噛み砕こうとする。「っとぉ!!」 何とか避け、ついでとばかりに横っ面にこれまた全力で拳を叩きつける。大きく首を撓らせダメージを回避される。 ここで華月の負った今までのダメージが完全に回復する。 それに気を取られ、テレジアが竜のツラで器用に笑った事に気付かなかった。 ばちこーん!と、尻尾の強烈な一撃で背中から弾き飛ばされ、修練場を囲う岩に激突。中々砕けない事で定評のあるヴェネスド岩を粉々に砕いた、粉塵が巻き上がる。そこにテレジアの炎のブレスが放射される。 黒焦げになったか、それとも芯まで焼けて消し炭になったか、どちらか。『っ!?』「おらぁっ!!」 テレジアが上を向く前に、華月が強襲降下し、テレジアの脳天に右肘を叩き込んでいた。どうやら粉塵が巻き上がった直後に上に跳んでいたらしい。(これで倒れなかったら、俺の負けだな!) 出来る限りの纏身防御と纏身攻撃、それを合わせて叩き込んだ。『合格です。ですが――』 テレジアの首が捻られ、華月の身体を銜えた。『一遍、死になさい』 鋭い牙が華月の身体を貫通していく。 そのままテレジアに噛み千切られ、華月の右上半身と、その他は泣き別れになった。