その日、結局ボコボコにされ続け、夜になってようやく解放された華月は、風呂に入っていた。「くぅ~、このドラグ・ダルクはどっかに火山でもあるのか? 随分良い温泉が出てるな」「小さい火山が海側にあるぞ。今は殆ど活動を停止している休火山だがな」「へぇ、そうなん……だ?」 自然に出来たらしい湯溜りに浸かっていた華月は、呟いた一言に答えが返ってくるとは思っていなかった。 思わず振り返ると、威風堂々とアルヴェルラが全裸で立っていた。「ぶはっ!?」「ん? どうした」 華月の奇妙な反応に首を傾げてから、何の躊躇もなく同じ湯に浸かった。「ん~、最近少し温くなってきたか。そろそろ活を入れる時期か」「な、な、な――」「さっきからどうした?」「いや、俺男なんだけど!」「そうだな。その形で女という事はないな。それがどうかしたか?」 一向に伝わらないのか、解っていても関係ないと思っているのか。「いや人間の生態について理解があれば俺が慌ててる理由も解るんじゃないか!?」「あ~……? ああ、女の裸体に発情するんだったか? 細かい事は気にするな。純竜種は基本的に女しかしないんだ。その内慣れる」「……は?」「ん? テレジアに聞かなかったか? 純竜種は個体数が減った時に同族から一人、一時的に雄体に変化して子を成すんだ。それ以外の時は全員が雌体だ」「そこまで詳しくは説明されてない。今確認したよ……」 同時にその辺りの風俗的な部分も検索し、様式の違いに溜息をつきたくなった。「そうか。何ならこの体、抱いてみるか? 人間の様に反応するかどうかは解らんが」「っ……。ご、ご主人様にそんな事はぁ、出来ないね」「おや、そうか。少し興味があったんだがな」 アルヴェルラがニヤニヤしながら華月に近づいてくる。華月としては非常に目のやり場に困る事になるのだが、どうやらアルヴェルラにそんな事は関係無いようだ。「ちょっと、何で寄ってくるんだよ!」「あんまり騒ぐな。知識を浚ったのなら解っているだろう? ダークネス・ドラゴンは、熱い湯に浸かるのを好むと。この時間帯のこの場所は私が使うと知っているから、他の者はあまり来ないが、時折誰かが来ることもあるんだ。私は困らないが、カヅキはどうだ?」「ぐっ……!」 伸ばされた右手が華月の頬を撫でる。見方によっては明らかに煽られているのだが。「お、面白半分にからかわないでくれ!」 たまらず、華月は湯から出てそそくさとその場を後にした。「ふふっ、少し遊びすぎたか。 テレジアの教育は順調なようだし、カヅキも頑張っている。見返りに少しぐらい。と、本気で思ったんだがなぁ」 少し残念そうに、アルヴェルラは呟く。「まぁ、もう少し時間が必要か」 肩まで湯に浸かり、目を細める。 宛がわれている部屋に戻り、華月はベッドに身を投げる。「っは~……。ああいうからかわれ方は苦手だ……」 さっきのアルヴェルラの悪ふざけが相当効いているようだ。「に、しても……。ヴェルラもテレジアもフェリシアも、美人やら美少女なんだよなぁ。竜種ってみんなああなのか?」 記憶を検索しても、容姿や容貌については何も出てこない。華月の頭に入っている知識が全てダークネス・ドラゴンの書き残した書物なら、それはそうだろう。わざわざ人間の価値観で『我らは美形揃いである』なんて書くことはないだろう。「そういえば、こっちに来てから他の竜には一回も会ってないな……何でだ?」 実は昏睡している間に見物されていたのだが、テレジアの一喝で華月に近づいたら拙いという空気が流れ、皆自粛している――というより、あえて避けているという状態だ。「まぁ、いいか。どうせしばらくはテレジアの直下で訓練三昧――」 そこまで呟いて、少しだけ気が重くなった。「……こっちの時間は地球の二倍有るんだったな」 思い直し、目を閉じ、意識を閉じ、心象風景の見える自意識の中へ埋没する。「さて、時間は余計にあるわけだし、予習と復習はやっておくか」 まず、分割意識体を三つ準備する。「復習だ。この分割意識体は主体がなく、俺の指示で与えられた題目に対し、俺と同じ能力で思考・肉体の操作をする事が出来る。言葉での指示は本来要らない」 この心象世界に来なければ、考えるだけでいいわけだ。「そして、この分割意識体に思考を任せれば、少し前では考えられない身体の動かし方も簡単にできる」 複雑なコンビネーションも複数に一つずつ行動させれば難無く行える。「さらに、魔力を纏う集中も任せられる」 そこまで復習し、どうにも気持ち悪い感覚に襲われる。分割意識体を、手を振る動作で消す。「……揃い過ぎ、だな。技法じゃなく、俺に、要素が……」 胡坐をかき、ふん、と、鼻息を荒くする。「それで、体術を覚えて、武器の扱いを覚えて、さらに魔法か? 全部習得出来たら、何か裏があるって思ったほうがいいなぁ、こりゃ」 都合がよすぎる。さすがに色々と疑いたくなるだろう。「まぁ、おかげでこの世界ではやりたいようにやれるわけだ。裏があるとしても、それにだけは感謝するか」 前の世界の記憶の一部がフラッシュバックし、顔を顰める。「……ハッ、下らないな。もう関係無い世界の事だ。俺はここでやれる事を、やるだけだな。期待してくれる人が増えたからなぁ。それには、答えたいからな」 自分で頭をガシガシとかき回し、立ち上がる。「さて、それじゃ今度は予習といきますか。まずは体術関連の技術事項を――」 思い直し、知識から引っ張り出した体術とそれに関係する技術の情報を片っ端から読みこんでいく。