全身が戦うことを拒否しようとする。 竦む。 ただ只管に敵わないと思う。実感する。 放たれる見えない圧力がビリビリと皮膚と感覚を刺す。「掛かってこないのですか? ならば――」 すぅ。と、華月と対峙するテレジアが、涼しい顔で滑らかに、自然に重心を移動する。両足に魔力が纏われ、陽炎のように立ち上る。「こちらからいきます」 テレジアの踏みだした地面が爆ぜ、姿がかき消える。 プレッシャーが一時的に消失したように感じられるが、それは違った。 華月の右の脇腹に異様な衝撃。テレジアの左フックが深々と突き刺さっている。「衝撃は徹しません。吹き飛びなさい」 衝撃を対象の内部に浸透・拡散させず、わざと表面で炸裂させ、作用と反作用を生み出し華月の体を吹き飛ばす。 上半身と下半身に分かれてしまいそうな威力を堪え、華月は衝撃に逆らわずに自ら跳ぶ。「ほぅ?」 領域を区切っているヴェネスド岩にぶつかりながら、華月は倒れることだけは避けた。「理屈は、解ってんだけどなぁ」 だが、やはり理解しているだけでは身体がついてこない。タイミング、その他の要素が掴めず上手く機能しない。「二つにならないだけマシですね。ですが、いつまでもそのまま成長しないようでは仕方がないのですが」 テレジアが変わらない無表情で淡々と喋る。これが華月の回復を待っている無駄な間だということは、間を与えられている華月も理解している。だが、悲しいかな。その与えられた間を使うしかない。正直、さっき食べた食事を逆流させないように堪えるだけでも一苦労なのだ。 人前で反吐を吐くなど、華月にしたらそれこそ耐えがたい屈辱だ。華月の意識に潜ったテレジアは、華月のそういった部分だけ浚い、そこに漬け込むような手段をとっていた。「さて、一発一発でそのザマでは――」 また、テレジアの姿が消えた。「私の連撃に、耐えられるのですか?」 華月の正面に現れ、右のアッパーカット。 寸前で何とか首を反らし回避。 だが、伸びきった姿勢では、「これは、どうします?」 振り抜いた右腕が若干たわめられ、今度は全身の荷重が一点に集中された右肘が、魔力を纏った状態で肋骨の中心に炸裂する。 今度は後ろに逃げるわけにはいかない。後ろは岩で塞がれている。「がっ!!」 今度は徹された衝撃が肋骨を圧し折り、「まだ、ですよ」 右足を軸に鋭く時計回りの回転。魔力を纏った左足が良く撓る鞭のように華月の右太腿を打ち据える。たったそれだけで大腿骨が砕かれ、姿勢が崩れる。 下に少し落ちた華月の右頬にテレジアの魔力+の左拳がクリーンヒット。「今の拳ぐらい、避けてもらいませんと」 左足でローキックを放って、足を引き戻してから左拳で殴った。そこには一拍の間があった。少しでも反応できていれば多少は防御できたものだったのだが。「まだ、無理でしたか」 テレジアが追撃を止めた。「ッメんじゃねぇ!!」 華月は崩れるままに任せ、体勢がある形に変化したところで怒声を上げ、左のショルダータックルを敢行する。「っ!」「どぉだッ!?」「まだ反撃を諦めなかった点は評価します。ですが」 両腕をクロスし、完璧に防ぎきった後、華月の身体を跳ね飛ばし、「詰めが甘い!」 華月の首を左脇に抱え込み、そのまま後ろに飛んだ。 結果、華月の頭は硬い筈の地面に見事にめり込んだ。「まだまだ、児戯のレベルを脱しませんね」 溜息でもつきそうな感じで、テレジアが起き上がる。「テレジア、鬼だねぇ」 その様子を岩の上から見学していたフェリシアが引き攣った笑いを浮かべていた。「私は鬼ではなく竜ですよ」「いや、そこに突っ込まれても……。よっと」 軽い身のこなしで岩から飛び降り、顔の半分まで地面に埋まっている華月に近づく。「カヅキ~? 生きてる~?」「……あっ!? 糞っ!! 何だこりゃ!?」 意識が飛んでいたらしく、反応までに少し間があったが、華月は大丈夫だったようだ。「フェリシア様。カヅキは死にませんから、生きているかと問うのは間違っています」「いや、解っているけどね? さすがにこんな恰好で地面に突き刺さってたらそう言いたくなるって」「くっ! ぬ・け・ろぉ~っ!!」 ばごん! と、いう奇妙な音と共に周囲の土をひっくり返しながら華月の頭が地面から抜けた。「……うわっ、血みどろ……」「さすがに一度、頭が割れましたか。まぁ、この辺の土は踏み固められていますから、滅多な事では割れたりしませんし。そんな処に頭をめり込ませれば割れもしますね」 やっておいてテレジアは涼しい物言いだ。「あ? 血がなんだ! まだ終わってねぇ!!」「一方的にやられて悔しいのは解りました。気付くかと思ったのですが、気付かないようなので教えますから少し落ち着きなさい」 ずどごん! と、これまた奇妙な音を立てながらテレジアの手刀が華月の脳天に叩きつけられた。「……ぉふぅ……」「あ~……痛いんだよねぇ、あれ」 同情するような視線を向けるフェリシア。「さて、カヅキ。初日の運動と先ほどの訓練で私が時々魔力を纏って攻撃していたことには気付いていましたね」「……あの、陽炎みたいなののことか?」「そうです。それが視認できるなら、魔力を扱うことができるということです」「ああ、確かに集中すれば同じような事は出来るみたいだけど。でも、そんな状態じゃ戦えるわけが――」「集中しないとダメというのは、分割意識体のどれかがその作業をしていれば済むでしょう。分割した思考も貴方なのですから」 華月の悩みをテレジアがさらりと解決してしまった。「……ああああっ!?」「……まさか、そんな事にも気付かずに愚直に身体能力だけでどうにかしようと思っていたのですか? さすがの私も武術の心得も無さそうな貴方に、いきなりそんな無謀な事は言いませんよ。 更に言うなら、戦うこと自体を分割した思考に任せて主体は総括すれば戦闘中に魔法を使ったり、スムーズな連携を簡単に行うことだってできます。慣れるまではそうすると思っていたのですが」 またもさらりと簡単な戦い方を示唆され、華月は頭を抱えたくなった。「おおおおっ!?」「……何のために分割思考のやり方と総括するという方法を、貴方の意識に潜ってまで実践して教えたと思っていたのですか。あれは私なりのヒントのつもりだったのですが。評価マイナスですね」 こんどこそ溜息をついて、テレジアが明後日の方向を見た。「か、カヅキ、あんまり落ち込まないでね? 普通、これって実践の前に理屈で説明することだから」「フェリシア様、甘やかさないでください。その為の知識はもう全部、カヅキの頭の中にあります。自己努力が足りないだけです」「テレジアは意地悪だよ! 実践で教えるのも大事だけど、まずはやり方とか使い方とか、ちゃんと説明してあげないと!」「全ての理屈はカヅキの知識として入っています。事前に何が必要か、その知識を浚えば全て揃います」 頑として意見を曲げないテレジア。対してフェリシアも意固地になり始めている。「それとも、フェリシア様は私の教育方針に何か文句がお有りですか?」「有るよ! 何も丁寧に一から教えろって言ってるんじゃないんだから、取っ掛かり位は始める前に言ってあげたっていいじゃないって言ってるの!」「平行線ですね。 解りました。文句があるというのなら、陛下に直談判してください。私に命令できるのは陛下だけです」「~~っ! 解った!! カヅキ、行くよ!!」「え?」 フェリシアは華月の手をとって、走り出した。「あぁぁぁぁぁぁっ!?」 ドップラー効果で引き延ばされる声を残し、華月はフェリシアに連れ去られた。「……」 残されたテレジアは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。