研究室に戻ると、助手が私に駆け寄って来た。
「喜んで下さい、鈴博士。危険地帯の住人が発信器を買い取りたいそうです。それと、転移装置と技師の貸与を……」
「……チャンスは有限。それを譲る事に対して嬉しいとは思わない」
笑顔の助手が、一瞬にして悲痛な顔になる。
「お願いします、鈴博士! 多くの人がこの技術を待ち望んでいるんです、お願いします!」
「……」
私が爪を噛み、それに答えようとした時、九條中尉が割って入った。
「鈴に許可を求めるな。鈴にこれ以上重荷を背負わせるな。そなたも助手なら、自身の裁量で行え。今までと同じように。鈴、そなたが技術の用途について頭を悩ませる事は無い。それでいいな、鈴」
「……?」
九條中尉は強張った顔をしていた。それを不思議に思う。私が九條中尉を見上げると、九條中尉は安心させるように微笑んで頭に手を置く。
「いいな、鈴。研究材料だのなんだのは、望めば私が用意しよう。例え、G元素だろうとな。だから、鈴は何も考えず己のやるべき事に励め。急いで処理する案件があるのだろう」
私はこっくりと頷いた。
助手は頭を下げて、去っていく。
まあ、発信器の追加と魔力測定器を作る位はしてやってもいいだろう。
それを心にとめ、私は戦術機乗りや転移技師を呼んだ。
でかい黒板に、私は図を書きつづる。
「リンカ―コア。誤解を恐れずに言うなら、魂に付与された臓器と予測。通常、触れる事は不可能。一定の処理を得て取り出し可能。リンカ―コアを破壊されれば人は死ぬ。また、リンカ―コアの酷使による縮小などが起こった場合、体調に重要な影響を及ぼす」
「リンカーコア? それは誰にでもあるのか?」
私は首を振る。
「リンカーコアは一部の人間しか持たない。遺伝で受けるがれる可能性が高く、突然変異で得たリンカーコアは強力、特殊な物が多い。魔力資質といって、ランクは最高ランクがSSS。九條中尉がこれ。次がSS、Sは有銘中尉、AAA、AA、A。Aが私。B、C、D、E、F。戦闘に使えるのはBからとなる。ただし、Bは対人の場合。戦術機型デバイスの使用には最低A、出来ればSからが望ましい。訓練と成長によって多少はアップするが、基本的に生まれ持った才による。このリンカ―コアの回復には睡眠が有効で……」
「魔力……やっぱり魔法だったのか。魔法陣が出たからもしやと思っていたが、何と不思議な……」
「鈴博士はAですか。意外と低いんですね!」
爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
発言した衛士は袋叩きとなり、翌日、何事も無かったかのように講習が再開された。
私は、最低限の魔術に対する講習をする。
「……以上で座学を終わる。次は実習。教えた魔術をやってみせる。各自、デバイスを持って集合」
「よっしゃあ! 待ってました!」
昨日袋叩きにされた衛士が元気よく答える。
「非殺傷設定をオン。試しに戦ってみる。ブラックホーク……セットアップ」
セットアップという声が続く。私は意識して多彩な魔法を駆使して戦った。
負けた。
爪を噛む。爪を噛む。爪を噛む。
衛士達は夢中になって訓練をしている。
そんな私に、九條中尉はドリンクを渡し、今日覚えたばかりの回復呪文をかけて苦笑した。
「そのように爪を噛むな。勇者は戦況を変えられない。でも、そなたが作った装置は戦況を変えた。本来、日本は陥落するはずだったのであろう。それを食い止めたそなたは、間違いなく一番だ。だから……そなたに、すまなく思う。狂っているからといって……狂うほどの思いだからこそ、裏切りたくはなかった。しかし、戦争はそれを許さぬのだ……。そなたを守れぬ私を、許すが良い」
……? 私は首を傾げる。
「時間を割いて貰って悪かった。しばらくは私達だけで訓練をしよう。魔法の使いすぎには注意するし、わからない事があれば聞く」
私は頷いて、量産型デバイスのコールの作成とリンカ―コアの検査機器の開発を始めた。
それは助手を大いに喜ばせた。
一ヶ月後。同時に五か所からコールの連絡が来て、全ての私の部隊や助手の殆どが慌ただしく出て行った。
1999年.原作など、何も関係がなくなった年の事である。
さすがに私は眉を潜める。
「ベータが同時に進軍……? そんな事、あるはずは……」
まさか、そこまでバタフライ効果が?
「大丈夫ですよ、鈴博士。何があろうと、鈴博士だけはお守りします。それより、この前の講義で、戦闘機人の事を話していらっしゃいましたが……。実際に作れるかどうか、やってみたいんです。デバイスの作成方法は教えて頂けますか?」
助手の進言に、私は爪を噛んだ。
「拒否。拒否。拒否。私が一番でなくなる」
「発見、開発したのは鈴博士です。誰が何を作ろうと、鈴博士が一番ですよ」
「デバイスだけは私が一番。絶対に譲らない」
神経質に爪を噛み続ける私に、助手はため息をついた。
「ならば、鈴博士が主体となって作成を」
「あれは……作るのが難しい……」
「鈴博士なら出来ますよ! 出来ればSSSクラスの量産をしたい。九條中尉や有銘中尉の戦闘能力はベータに対し、非常に有効です」
「九條中尉も一番にすると約束した。ライバルは作らない」
助手が笑顔のままに、私の手を掴む。
「いい気になるなよ、戦術機の亡霊。技術を独占するなら、お前が作るんだ」
その迫力に私が気圧されたその瞬間、息を切らせた九條中尉が私を庇った。その隣には、もう一人の助手が厳しい目で私の手を掴んでいた助手を睨んでいる。
「鈴に何をしている! 逸脱した行為をするな、オルタ6から外させてもらうぞ。約束したはずだ。鈴の安定が最優先だと」
「九條殿。掛かっているのは人類の未来ですぞ。皆が、ベータの作戦の犠牲となっておるのだ! 私の弟は、プレゼント作戦で命を落とした! まだ10歳だったんだ!」
口調さえ変えて、九條中尉に言い募る助手。
「日本は重慶ハイヴからの攻撃を防ぎきった。佐渡を取り戻した。今日、新たに五つのハイヴを奪還した。十分すぎる成果だ。鈴にあまり多くを望むな」
「そうですよ。鈴博士の精神の安定と研究の援助が私達の仕事。……今はまだ、鈴博士に壊れられると非常に困るのです。どうぞ行って下さい、鈴博士」
九條中尉と共に来た助手は私に言い、私は部屋へと逃げ込んだ。
褒め称えられるはずなのに、何故私が責められる?
私がガリガリと爪を噛んでいると、父さんが私を訪ねてきた。
「鈴。鈴や。誰が何と言おうと、私は鈴の味方だ。味方だ……」
父さんは、何故か泣いていた。
私は褒められるべき事をしているはずなのに、何故皆苦しそうな顔をするのだろう。
ならば、もっと褒められるべき事をしよう。
戦闘機人を、作ろう。
そして、もっと褒められよう。
私は何気なくデバイスを手に取り、少女の得たデータが中にコピーされているのを思いだした。
それを、取り出す。
それはオリジナルハイヴの地図と警備計画だった。
……これを出せば、褒めては貰えるだろうか。
私は起き上り、九條中尉にそのデータを持って行った。
九條中尉は、驚いた顔をして、ついで泣きそうな顔になり、抱きしめてくれた。
「今度は、私が約束を果す番だな。強い戦術機、敵のマップ。後必要なのは、精強な衛士だけだ」
ならば何故、泣きそうな顔になるのだろう。私にはわからなかった。
オリジナルハイヴ攻略の話が持ち上がるまで、長くは掛からなかった。
しかし、それは延期される事になる。理由はわからない。皆、浮足立った様子で。しかし私には決して教えない様にしていた。
わかるのは、九條中尉が確実に出撃する事だけ。
そして、私は軍の最高司令官を初めとする五摂家に、新たな武器の扱い方を教える為、目通りする事となった。
助手が、心配そうに私を見守る。
「そなたが、佐々岡鈴殿ですか。透殿から話は聞いています。此度の働き、誠に大義でした」
ゆったりとした口調で、悠陽殿下がまず告げる。
私は緊張に爪を噛みつつ、その手を差し出した。魔力を測る為である。まずこれをしないと、話にならない。
お付きの者達は何故か顔を顰めるが、殿下は笑顔で私の手を握った。
「魔力SSS……S?」
私は、驚愕に顔を染める。Sが一個多くないか? 武が主人公、武がライバルとばかり思ってきた。しかし、本当の敵は殿下だったのか?
私は爪を噛み始める。血が滴る。
「どうしたのですか、鈴殿?」
心配そうに問われた言葉に、私は答えた。
「魔力値SSSS。人間じゃない。一番を奪う者。許せない。許せない。許せない。そのリンカーコア、私が欲しかった」
「SSSS……最高ランクより、一段上……」
殿下が、驚いた顔で胸に手を当てる。私は次の五摂家の手を掴んだ。
「魔力値SSS」
「魔力値SSSS」
「魔力値SS」
「魔力値SSS」
何こいつら。何こいつら。何こいつら。
許せない許せない許せない許せない許せない。
私だけSSか……などと落ち込んでいる斑鳩家の当主の落胆が私の苛立ちに火をつける。
「鈴博士、落ち着いて下さい! 骨、骨が見えてます! 例えどんなに魔力値が強かろうと、鈴博士のデバイスが無ければ戦えません。すなわち鈴博士が一番! 一番ですから! どうかお気を鎮めてください! そうだ! これなら、香月博士が着手していると言うXG-70に勝てるんじゃないですか!?」
香月博士がXG-70に着手!?
「……完成したの?」
「げ! あ、その、はい……。し、しかし! 鈴博士のデバイスには及びませんって!」
「殿下。オリジナルハイヴ、御出陣を」
「げげっ鈴博士!? 無礼打ちされてしまいますよ、鈴博士!」
「御出陣を。私は一番。絶対にXG-70には負けない。オリジナルハイヴが最初のテスト試験なら、00ユニット以外に乗せられないと言う弱点と、ハイヴに接敵した時の精神的ショックによる自閉に対する対処はされていないはず。まだ勝てる余地はある。SSSSなら、オリジナルハイヴ攻略の可能性は高い。殿下、御出陣を」
「鈴博士!」
「よいのです。私に出陣を促したのはそなたが初めてです。……勝算はあるのですね?」
「SSSSが負ける要素など無い」
「殿下、私もSSSSです。私が代わりに……」
五摂家の一人の言葉を、私は遮る。
「私が望むのはこの場にいる者全員の出陣」
鷹揚に、殿下は笑った。
「よいのです。戦術機の亡霊よ。出陣には条件があります」
「条件?」
「そなたのデバイス作成の知識を、広めてほしいのです。もちろん、そなたより優秀なデバイスの製作者は現れましょう。しかし、一番の地位はそなただけのもの。そなたを、人間国宝に認定いたしましょう。それと、前々からの透殿からの願いを聞き入れましょう。そなたの望む一番の象徴、一番への君臨……それに興味はありませぬか?」
……私はガリガリと骨を噛む。絶対に、絶対にXG-70には、負けられない。負けられないのだ。そして、私は頷いた。
私の全ての魔法知識を、知る限りの戦闘技術を叩きこみ、1000人の助手を動かして、急ピッチで戦術機の改修をした。
そして、半年後。大分経ってしまったので警備計画が変わってしまったかもしれないと殿下に漏らすと、またもや、今度は六つのハイヴからコールが届き、最新のオリジナルハイヴの地図が届いた。ベータも今度は対策を取っており、たくさんの犠牲が出たそうだが。
そして、XG-70と征夷大将軍を含めた五摂家が出陣をする。
私と香月博士は、作戦司令室で、並んでそれを見つめていた。
「……何が月よ。貴方だって、太陽になれたんじゃない、鈴。でも、私だってここまで、血反吐を吐いてやってきたわ」
「……。一番は、渡さない」
「……ならば、奪い取ってやるまでよ。私も、聖女になりたいの。……それと、魔法には、回復するものもあるんでしょ? その指、治しなさいよ」
話している間に、電波が途切れ、魔法通信に切り替わる。
順調に進んでいく。
原作ならば自爆が必要な所は、SSSSのスターライトブレイカ―で吹き飛ばして済んだ。
勝ち進んでほしい。一番を取ってほしい。けれど、一番になれたら、今度は私がデバイスを教える約束だ。一番を取ってほしくない。
複雑な思いで私は殿下や九條中尉が進むのを見ていた。
頭脳級と最高司令官との会談。
決裂。
殿下の太陽のごとき魔法の輝きが画面いっぱいに広がり……。そして、戦いは終わった。
才能とはどこまでも残酷である。犠牲が0で終わり、私は一番の座を得た。