「殿下におかれましては、御出陣と勝利、誠におめでとうございます」
最初は、そのような挨拶から始まった。
「あの謎の戦術機、紫電といいましたか。映像を見ました。魔法陣……のような物が出ていましたね。帝国は、悪魔に魂を売られたか」
アメリカ大使の言葉に、悠陽は、首を振った。
「私が魂を売ったのは、死神姫だと思っています。本人は、並行世界の佐々岡重工の令嬢だと申しておりました」
「並行世界? それは興味深い……。その世界にもベータがいるのですか?」
ソ連大使の言葉にも、悠陽は首を振る。
「わかっているのは、並行世界で鈴が九條透と婚姻を結んでいる事。そして、彼女が一番の戦術機の作り手として称えられる事を望んでいる事だけです」
「その地域一帯を殲滅せしめた戦術機の作り手として、正当な願いですな。ぜひ鈴殿にお会いしたいものです。なんでも、鈴殿から戦術機の設計図を頂いたとか」
国連事務次官の言葉に、悠陽は少し考えるような真似をした。
「あれらは部品に過ぎません。彼らが要求して来た条件、それは戦術機の部品を主とする物資の提供です。一ヶ月後、その引き渡しを持って交渉を開始する事となっています。その時、出来るなら話しあいの場を持つ事を申し出ましょう。ただ……鈴と一緒にいた、並行世界の透殿は、『次は光州作戦の前の世界だな』と言っておりました。……彼らは、存外多忙かもしれません」
その言葉に、さすがにアメリカ大使が驚く。
「彼らは、多数の並行世界を救っていると?」
「恐らくは」
「……ならば殿下。その材料を用意する仕事、アメリカにも手伝わせてほしい。交渉対象が多数だという事は、そこから相手の時間を多く勝ち取らなければならないという事。しかも、競争相手は自分自身。他世界でも、恐らくはアメリカの力を借りているでしょう」
「ソ連も、あの戦術機を優先的に回してもらえるなら、援助を惜しみません」
「しかし、鈴は並行世界とはいえ日本の臣民であり、日本に交渉をしています」
榊首相が口をはさむ。ここで得たアドバンテージを手放す事はあってはならない。
「あれは恐らくオーダーメイド、量産型ではありえない。各国に行きわたるだけのデバイス作成は、かなり難しいと思うぞ」
「ほほう、どうしてそのように思うのですか?」
国連事務次官の言葉に、政宗(仮)は愛する女を語るように、つらつらと戦術機の使い心地を話して見せた。ますますそれに食いつく大使達。
衛士が心に抱いた願いを叶える戦術機など、無論聞いた事がない。恐るべき技術だった。
聞けば聞くほど、魔界で作られた戦術機としか思えない。
「なんとしても死神姫の協力を得なくてはなりませんね。所で、死神姫の加護を得し者……冥夜様は国連軍所属予定だとか。宵闇は国連軍で所有できるのでしょうな」
「同盟国として、ミスター九條の派遣を要望します」
「ならば、国連軍をソ連に派遣して頂きたい」
予想通りの要求だ。悠陽は微笑んで首を振る。
「私は、日本の領地をこれ以上削り取られぬよう、冥夜が慣れ次第、透殿と冥夜と共に戦場に出たいと思っています。しかし」
「しかし?」
「ここに、死神姫とその伴侶が役に立つと告げて置いていったデータ媒体があります」
「ほう……!」
「コピーさせていくつか用意させてあります。内容は、OSとそれに耐えうる電子回路の設計図。これを、各国に配布したく思います。条件は、これを提供した鈴殿を国を上げて称える事。その博士から援助要請があれば、答える事」
「それは……!」
榊首相が声を上げる。もっと条件は付けられるはずである。しかし、悠陽は首を振った。
「もともと、この技術は帝国の物ではありません。帝国に特許権をどうこういう権利はないと思うのです。代価を要求出来るのは、死神姫のみ。そうは思いませぬか?」
アメリカ、ソ連両国大使は深々と頷いた。
「条件をお飲みしましょう。これがそれほどの価値を持つ物であるならば、自然とそうなるでしょうが。……ところで、その並行世界にアメリカはあるのでしょうか? それならば、共に歩んで行けるかもしれない」
「聞いておきましょう」
悠陽は、深々と頷いた。
そうして、恙無く会談は終わった。
その頃のアメリカ
「あ、お母さん? 楽しんでる? お父さんが嫉妬して困る? あはは。なんかこっちではお母さんの銅像が立ったよ。鎌持ってて、すっごい怖いの。あ、こっち? 今アメリカ。各国を回ってデバイスの作り方を教えて回る事にしてさ。とりあえず帝国とオルタで合同授業やって、第二回の講習会はアメリカで開いているんだ。オルタ6って、コールぐらいしか複製できなかったみたいだね。魔力の大きさは人によって違うし、それによって加減の仕方も違うもんねー。まあでも、楽ではあるよ。それ以外の部分は出来てるわけだし。そうは言っても、全部教えるわけじゃないけどね。繊細な加減が必要なもの、暴走が必要な物は僕が一手に引き受けてる。忙しいけどやりがいあるよ。批判? ああ、プレゼント作戦と帝国以外に技術講習をする事についてね。あるけど、護衛の人がしっかり守ってくれるもん。それにもっとたくさんの人がお母さんは凄いって褒めてくれてるよ。大勢の人に褒められるってきもちいーねー。まあ、お願いは聞いても命令はさせないよ。ハイヴは残り十個かな。まあ、ここまで来たら負けないと思うよ。皆、火星や月をどうするかとか、戦後の事、考え始めてるくらい。全部が魔法に切り替わり始めてるのは嬉しーねー」
こちらの者達は、AMF……魔力無効化装置の存在を知らないから。有吉は哂う。そして、急いで思考を打ち消した。周囲に気を配ってはいるが、念には念を入れた方がいい。今、AMFの事を知られるわけにはいかなかった。
それを知られるのは、魔法による戦争が起こってからでいい。より、センセーショナルに。きっと世界は面白い事になるだろう。
「じゃ、切るね。……大丈夫。ちゃんとウィンウィンの関係を築けているつもりだよ。失敗したら三人を連れて逃げかえれば済む事だしね。うん、三人とも元気だよ。佐々岡のじぃちゃん孫にメロメロ。僕の事も子供扱いするから、くすぐったいよ。報酬? 戦術機研究所。お母さんみたいに次元の狭間に飛ばそうと思ってさ。別に家があるけど、大きな報酬ってそれしか思いつかなくて。何? 人手が足りない? 家に他人を入れたくない? あー。じゃあ、一緒に使う? なんだったらあげてもいいよ。人手は頼めばいくらでも用意してくれるだろうしさ。戦術機もいくつか融通できるよ。うん、じゃそうしよっか。じゃあね」
電話を切り、有吉は顔を上げる。
「さて、と。皆、出来たー?」
難しい顔の学者達が、頷く。無論、全員が魔力持ちだ。数名は慌てて魔力を込めている。
この三年で、魔力測定は義務となり、魔力が一定以上ある物は国家への奉仕が義務となった。その法案を制定した国は多い。彼らは、その中でも開発部門の第一陣だ。
「じゃあ、一個一個のデバイスを解析して出来を発表して行くよー。じゃあまずディビットさん。んー。これだとSランクの人しか使えないねー。砲撃特化かー。それ以外はちょっと実戦で使うには厳しいかな―。でも、砲撃の威力はワンランクあげてSSに届くんじゃない? ちょっと雑な部分があるねー。戦術機につける魔導炉作りたかったら、もうちょっと繊細な調整が出来ないと。Aの母さんが出来たんだから、AAAの君なら頑張れば出来るはずだよ。今、お母さんとの電話で良い知らせ来てさー。ベータを殲滅しても、兵器工場は安泰だから安心していーよー。詳しい事はまだ内緒だよ」
アメリカのターンは、今まさに始まろうとしていた。