時は夜、アパートの志貴の部屋である。この日も志貴とアルクェイドは、ちゃぶ台をはさんで惰性でテレビを見ていた。「えー……先日、公安当局の調べにより、元特命全権大使『北条晴臣』容疑者が『スフィア王国日本大使館』でさらに公金を横領していたことが明らかになりました。北条容疑者は現在、横領及び殺人の容疑で逮捕されており―――」「へぇ…。月の王国……ねぇ……」アルクェイドはニュースの内容にはさほど興味を示してはいないようだったが、やはり自身も『朱い月』と深いかかわりがあるのか、月面世界には興味を持ったようである。「私も一度は行ってみたいかな。ねえ、志貴。結婚したら、新婚旅行は『スフィア王国』にしない?」「いいかもしれないけど、お金、すごくかかると思うよ」夢のある(?)月旅行に目を輝かせるアルクェイドではあったが、対する志貴は非常に現実的であった。「そもそも、今の生活費だって―――」ピンポーン志貴が小言を言い始めたところで呼び鈴が鳴る。このタイミングで呼び鈴が鳴るとすれば、この男しかいない。*「僕も一度は『旅行』で月世界に行ってみたいさ……」やはり来訪者は総帥であった。自前のティーセットはもはやお約束であり、『旅行』を強調したり、月のスキャンダルニュースを見ては深くため息をついた。「まったく……『閣下』が余計なことしてくれたせいで、その調査と国交正常化のために僕まで駆り出されるとは……」総帥は『月王国』にも顔が利くらしく、今回の『閣下』こと北条晴臣の不祥事の件で月に出張で行かなければならないらしい。その後も総帥の愚痴がしばらく続き、「『あの方』の頼みでなければ、絶対に断っていた。ムーンレイスとの国交など僕の知ったことではない」などと不謹慎な発言までしていた。「でも、いいじゃない。すごく羨ましいわ」「なんなら代わるかね?」「え?いいの?」完全に渋い顔の総帥とは対照的に、アルクェイドはそれを羨ましそうに思い、あまつさえ総帥が代わるといったとき、嬉々として答えていた。「ダメですよ!外交問題の責任者として白羽の矢が立ったんですから、責任を全うしてください!」「……ダメか」どうやら総帥は、本気で月世界には行きたくなかったらしいが、志貴の全うな思考はそのいい加減さを否定する。「そういえば月の世界って、国王が元日本人でしたっけ?」これ以上、総帥とアルクェイドがわがままを言わないうちに、志貴はとっさに話題を変える。「ああ、『達哉・アサギリ・アーシュライト』国王か…」達哉・アサギリ・アーシュライト…旧姓『朝霧達哉』である。もとより彼は日本に住むごく一般の苦学生であったが、ひょんなことからスフィア王国の王女『フィーナ・ファム・アーシュライト』がホームステイすることとなる。まあ、そこから紆余曲折『いろいろすぎるほど』いろいろあり(主に国際問題)、見事二人はゴールイン。『地球人』と『ムーンレイス』の…しかも、『一般人』と『一国の王女』との結婚は、世界最大の国際結婚として注目を浴びたことは記憶に新しい。陣内と紀香の結婚式のことは忘れてください。「……彼とフィーナ王女に会えるのはいいが、駐在秘書官『カレン・クラヴィウス』君がキツイ人物でな……、だいたい、閣下が事務次官だったころも、『セクハラ問題』で閣下とカレン君で一悶着あったのを、僕がどれほど苦心したか……」尚、月王国を語る総帥の口ぶりは珍しくも感情的になっており、心底行きたくなさそうであった。それもこれも全ては閣下のせいである。*愚痴るだけ愚痴り総帥は、愛娘の待つ自宅へと帰っていった。その後も団欒の時間が戻ったかと思えば、珍しくもアルクェイドはこの日はハードカバーの本を開かずに、黙々と考え事をしていた。「どうしたのアルクェイド?」さすがにアルクェイドらしくないと、志貴は心配になり声をかける。アルクェイドは「ううん……」とだけ答えた後、しばらくして……「……なんか、地球人とムーンレイスが結婚…って、本当にすごいな……って思って」「………」「だって、地球人、ううん、日本人同士だって、結婚できない人は出来ないし、しても気持ちがすれ違って別れちゃったりするのに……って思うと、なんだか羨ましいな……って」どうやらアルクェイドの羨望は、月世界から異星人間の結婚へと変わっていたようだった。「なんだ、そんなことか」「そんなことって……」志貴の返事が予想以上に軽いものであったため、つい反論してしまうアルクェイドであったが、次の瞬間、志貴は後ろから畳に座るアルクェイドを抱きしめ……「だって、俺とアルクェイドなんて、人間と吸血鬼なんだぜ。完全に種族を超越して、こうして一緒に生きてるんだ。これってすごいと思わないか?」…と、優しく囁いたのだった。アルクェイドの憤り気持ちは完全に消えていた。そして、アルクェイドの方も志貴を抱きしめ返し……「莫迦……すごくないわよ……。当たり前のことじゃない……」と、なんともお約束な展開に持って行ったのは言うまでもない。*尚、閣下の尻拭い(国交正常化)のために月に赴いた総帥は、言うまでもなく閣下のことについてネチネチと執拗に言われ、その腹いせに『ムーンレイス』についての研究などという無理難題のお土産を研究所及び調査局に持ってきたことをここに追記しておく。