ここはとある街のアパート。この部屋に住む志貴とアルクェイドは、周囲の(というか妹の)大反対により駆け落ちしてきた異種族カップルである。アルクェイドは吸血鬼でありながらも、人間となんら遜色ない生活を送っている。「ねえねえ志貴~。今日相沢さんの奥さんからお土産もらったんだけど、一緒に食べる?」時は夕食も終わり、志貴はちゃぶ台のまん前で新聞を読んでいる中、アルクェイドは菓子折りの箱をもって台所から現れる。どうやらアルクェイドは、井戸端でもすっかり顔なじみとなっており、人間と何の遜色もないというよりは、完全に近所の奥様と化していた。「ん?ああ、『たい焼き』か~……って、何処でも買える気がするのは気のせいか?」アルクェイドが持ってきた菓子折りの箱の中には、レンジでチンするタイプの袋要りたい焼きが数個入っていた。「でも、とってもおいしいんだってさ」「ただの相沢さんの好物なだけだと思うけど。別に地方限定たい焼きってワケでもなさそうだし……」たしかに志貴の言うとおり、そのたい焼きは近所の屋台にでも売ってそうな、ごく普通のたい焼きであった。…まあ、なんだかんだ言いながらも、結局は二人と一匹(レン)、レンジでチンしたたい焼きを一個ずつおいしそうに頂いていた。ちなみに、この日は何故か志貴愛用の果物ナイフとトマトがちゃぶ台の上に置かれている。…別にこれから二人でトマトを生食しようというわけではない。これはいわゆる『サイン』である。何のサインかは読者の想像に委ねることにするが、まあ、とにかく駆け落ちしてしばらくは就職活動だのなれない勤務だの近所づきあいだので忙しく、お二人はほとんどご無沙汰の状態であった。お互いそれを意識しているのか、志貴とアルクェイドはややぎこちない感じで、ちゃぶ台と周辺を片付け始める。「………」「………」なんとなく気まずくもこそばゆい時間…二人は無言のまま、そのまま布団を敷―――ピンポーン…―――こういうときに限って来客とはあるものである。「…居留守…つかう?」しかも時は夜であり、別に出なくても問題はなさげではある。アルクェイドは若干気まずそうな感じで志貴に聞いてみた。「…一応、出るか……。どちらさまですか~?」性格的にやや真面目な志貴は、さすがに居留守を使うのは気が引けたのか、一応相手の名前を確認しながら玄関まで出る。「あ…あの……『神尾』というものですけど……」すると玄関のドア越しに、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。とりあえず志貴は玄関のドアを開けると……「こ、こんばんわっ」「く、国崎さんの奥さん!?」見覚えのあるポニーテールの元気が売りの女性……神尾と名乗った女性は、なんと国崎の奥さんだった。「そ、そうです。国崎往人さんの奥さんです。ぶいっ」「あ、観鈴ちん」すると、友遠方より来るありといった感じで、先ほどのだるそうな感じとは一転、機敏な動きでリビングからアルクェイドがでてきて、観鈴と対面する。「観鈴ちんこんばんわー」「アルクさん、こんばんわっ」どうやら完全にあだ名で呼び合うほど仲良しになっていたようだ。ちなみにアルクェイドは、相沢さんの奥さんは『あゆちゃん』、岡崎さんの奥さんは『渚さん』と呼んでいるらしい。「ず、随分、仲がいいんだな……」志貴もびっくりの地域社会への浸透っぷりである。ところで、志貴には一つ疑問に思ったことがあった。それは『神尾』姓についてである。志貴はヒソヒソ声でアルクェイドにその疑問について聞いてみることにした。「(国崎さんの奥さんって、なんで『神尾』姓なんだ…?夫婦別姓とか……?)」「(実は国崎さんは婿養子なんだって。職場では『国崎』なんだけど、本当は『神尾往人』なんだってさ)」さすがは奥様情報である。「ところで、観鈴ちんはどうしたの?」閑話休題…このような夜更け、アルクェイドは友人がこんな時間に何の用件でここに来たのかをたずねる。「あの…今日、お母さんが来てて、それで『今日は女だらけの飲み会タイムや』って言い始めちゃって」「それで、友達連れて来い…てわけね」観鈴の母は、どうやら相当強引なお母さんらしかった。考えるより行動…まさにそれを地でいった感じの飲み会の誘いである。…さぞかし国崎の苦労がしのばれる。しかし、志貴にとってはそんなことはどうでもよかった。この日は待ちに待ったしばらくぶりの『あの日』である。きっとアルクェイドも同じ気持ちであり、ここは断るであろう…………そう思っていた時期が俺(志貴)にもありました。「うん。いいわよ!じゃ、志貴。そういうことだからゴメン。また今度ね」「え?」げに悲しきは女の性。恋人との『あの日』より、主婦友のほうを選んだアルクェイドは、地域社会の浸透どころかもはや立派なオバサンと化していた。*ここはどこかの飲み屋のカウンター席。ここで志貴が『女同士の飲み会タイム』により我が家を追い出された国崎と酌み交わしていた盃は、なんとも悲しいものがあったと、後にここのバーテンダーは語っていた。