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No.25870の一覧
[0] 紫光は星空の彼方へ[キラボシ](2011/02/07 00:44)
[1] 一章[キラボシ](2011/02/07 00:45)
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[25870] 一章
Name: キラボシ◆5756c6a2 ID:5774e28a 前を表示する
Date: 2011/02/07 00:45
一章 あたしだって一人前なんだから!

 春の夜風は、まだ冷たい。
 桜の花びらが夜風に舞う。
 これが最後の景色だろう。
 短い人生だったが、後悔はない。
 不思議と、心は満ち足りていた。
 だから、俺は満足して逝く事が出来る。
 唯一の心残りは、彼女の心がどうなるか。
 俺は、彼女の心を連れて逝く事は出来ない。
 彼女の心は、こちらに置いていくべきなのだ。


 夜の七時を回った遊園地は静かだった。昼間の喧噪は嘘のように消え、煌びやかなネオンの明かりが、優しい月光を打ち消している。
 目の前に広がる湖には、コールタールのように黒い湖が広がっている。昼間はあれほど美しかった湖も、今は地獄の底のように暗い湖面をたゆたわせているだけ。唯一の彩りとして、湖面には白い満月が写り込んでいた。
「心配しないで」
 俺は横に座る少女に声を掛けた。
 「………でも」と少女は小さく声を発すると、シュンと顔を伏せた。
 まだ幼さの残る少女。高校一年生だが、中学生になったばかりだと言っても、まだまだ通用するだろう。
 今まで生きてきた十七年間。何一つパッとしなかった人生だったが、最後にこの少女と出会い、終わりの間際までこうして一所に居られる事は、まさに天がもたらした僥倖(ぎようこう)だった。
 ベンチに腰を下ろしたまま、無言の時が過ぎていく。辛い沈黙ではない。何も話さなくても、こうしているだけで良かった。少女は時折顔を上げると、空に浮かぶ満月を確認する。
「そろそろ、か」
 俺が独り言のように呟くと、少女はコクリと無言のまま頷いた。彼女が僅かに動く度、髪から流れてくるシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 もう少しこうしていたかったが、タイムリミットは迫りつつある。俺が立ち上がるのが分かっていたかのように、寸分違わず少女も腰を上げた。
 俺が歩き出すと、少女は真横に並んで歩く。光を受けて、少女の身につけている臙脂色のジャケットがキラキラと輝いた。少し大人びたように思える服装も、今の彼女にはよく似合っていると思う。
 俺は今にも泣き出しそうな少女の顔を、目に焼き付けた。最後の瞬間まで、その顔を忘れないように。視線に気がついたのか、少女も僅かに目を上げると口元に優しい笑みを浮かべた。
 俺たちが歩き出すと、待っていたかのように遊園地の照明が落とされた。昼間から夜へ、冷たい人工の光は姿を消し、空から降り注ぐ月光と星明かりが周囲を青く染めた。
 少女が俺の手を握ってきた。小さいが温かい手だ。俺はその小さな手を優しく、壊れないように握りしめた。
 終わりが、始まろうとしていた。


 二十世紀初頭、世界は豹変した。
 世界初の、全国家政府での同時中継。その内容は、見る人、聞く人を震撼させた。
 それは、第三種生命体と呼ばれる生物の存在。長い間、国家が隠匿してきた異形の者。神話や物語の中でしか存在しないと思われていた、神や悪魔の存在。
 政府は、人間や動物をこう位置づけた。
 人を第一種生命体。犬、猫、魚、虫など、広義の生物を第二種生命体。そして、神話や物語などで登場する、悪魔や神、妖精や妖魔、精霊に悪霊などを、第三種生命体とした。
 その基準は、第三種生命体の存在と共に発表された、龍子と龍因子の有無に関係があった。
 猿から人へ進化したと学者は言っているが、そこにはいくつもの疑問点がある。
 類人猿から人類までの進化に掛かった時間は、およそ二千万年。その二千万年という時間を、長いと見るか短いと見るか、それは人それぞれかも知れないが、人間がこれ程までの文明を築きあげるまでに至った時間としては、明らかに短いという学者もいる。
 そして、人類に起こった急激な進化には、外部から何らかの干渉があったのではないか。少数派の学者は、そう定義していた。そして近年、人の中に新たな因子が発見された。
 それが、龍子だ。
 ミトコンドリアと同じく、エネルギーを発生させる龍子は、不思議なことに、猿や魚、鳥などの第二種生命体には存在していないのだ。人類の親戚と言われるチンパンジーでさえ、龍子は持っていない。そして、人類の驚異となる第三種生命体には、龍子が備わっているのだ。
 政府は、人類の起源について、一つの種族の存在を定義した。それが、古代龍人だ。まだ文明を持たない人類と交わり、新たな人を産み落とした至高の存在。
 かつての地球は不安定で、様々な所で空間が歪み、別の次元から強大な力を持った神や悪魔が来訪した。古代龍人も、別の次元から来訪した神の一つだと言われている。
 古代龍人の力は絶大であり、不安定な空間に覆われていた地球を、結界を張って安定させた。空間が安定したことにより、別の次元から地球にくるのは容易ではなくなった。
 しかし、絶対数の少なかった古代龍人は、その力と文明を人類に託し、歴史の中に埋没していく。
 古代龍人の展開した結界により、第三種生命体という外敵がいなくなった人類は、龍子を軽んじ、科学を尊重するようになる。長い年月が過ぎ、古代龍人の張った結界の力が徐々に弱まったことに、人類の大半は気がついていなかった。
 政府は、第三種生命体と龍子、人類の祖となる古代龍人の発表と共に、もう一つ、新たな機関の発足を宣言した。
 それは、第三種生命体に対抗する政府の組織。日本では、妖魔攻撃隊と命名された。
 妖魔攻撃隊は、昨日今日発足されたわけではなく、遙か昔から、極秘裏に第三種生命体と戦いを繰り広げていたのだ。政府の巧みな情報操作により、その存在が公にされなかっただけで、第三種生命体と戦う人たちは、決して少なくはなかった。
 日本政府は、妖魔攻撃隊の発足と共に、ハンターのライセンスを発行した。これは、特定の戦闘レベルと、龍子の総量によりランク付けされ、E~A、S、SSとその能力によりランク付けされる。
 龍子は、極めて流動的で指向性のあるエネルギー、龍因子を発する。そのエネルギーにより、肉体を強化することも可能だし、使用者の意識を通して、様々な性質や効果を持つ魔法としても使用が可能だ。
 結界の綻びから萌え出る第三種生命体。彼らは、発生した時から身に纏っている簡易結界により、銃などの既存の兵器では傷一つ与えることができなかった。第三種生命体を倒すには、簡易結界が無効とされる近接攻撃か、既存兵器を遙かに凌ぐ魔法による攻撃しかない。
 つまり、第三種生命体を倒すには、ハンターでないと太刀打ちができないのだ。
 政府の発表から百年余り。人々は第三種生命体という存在に戸惑いながら、それを受け入れ、生活を続けていた。


 満月まで、後七日。

 飴色の光が重厚な室内を満たす。
 ダークブラウンの絨毯が敷き詰められた室内には、マホガニーのデスクが四つ、一つは南側を向き、他の三つは北側を向いている。部屋の片隅には、本皮の三人掛けのソファーが二つ、ガラステーブルを挟んで向かい合っている。
 ソファーには、二人の青年と一人の少女が向かい合って座っていた。と言っても、青年二人は寄り添うようにして一冊の分厚い本を読んでいる。
「んもう!イヤになっちゃう!」
 稲城紫はガラステーブルに足を投げ出すと、向かい側に座る二人を睨み付ける。睨み付けられた二人は、チラリと紫の小さな素足に目をやると、興味なさそうに鼻を鳴らし、再び本に目を落とす。
「良いじゃないか、別に」
「バイト代は入るんだし」
「カルトは良いわよね!」
 口を尖らし、向かって右側に座るカルトに突っかかる。
「ちゃんと仕事をしたんだしね。本当は、私の仕事だったんだけどね」
「詳しい話は聞いてないんだけど、一体どうしたんだ?随分手間取ったみたいだな」
 左側に座る青年は本から目を離すと、初めて紫を見た。
 常に悪戯な笑みを浮かべている童顔な青年、草薙大地。生まれつき色素の薄い髪は茶色で、高校では染髪疑惑が常に持ち上がっている。というのも、素行不良の彼は高校入学初日に不良グループを病院送りにし、停学処分を受けているのだ。それ以降、大地は不良のレッテルを貼られてしまった。
 紫はガラステーブルから足を退かすと、僅かに身を乗り出して大地に懇願するように言った。
「だってさ~、街の中に逃げ遅れた人がいたんだもん。その人を助けてたら、ワニちゃん逃がしちゃって~」
「その人、怪我はなかったのか?」
「ギリギリの所で助けたんだけど、色々あってね~。妖魔攻撃隊がちゃんと一般人を誘導してくれないから」
「仕方ないさ。でもま、人助けをしたんだ、もう立派なハンターだよ。紫も漸くボク達と肩を並べたな」
「あら~大地、嬉しい事言ってくれるわね~」
 紫が笑うと小学生のようにも見える。しかし紫は、つい先日高校に入学したばかりの十六歳だった。前に並ぶカルトと草薙大地は、一つ上の高校二年生だ。
「その人は、どんな人だったの?」
 分厚い古めかしい本から目を上げず、カルトは興味なさそうに尋ねる。
「どんな人って、良く覚えてないけど、私よりも少し年上かな。大事そうに本を抱えていてね、雰囲気はそうね~、カルトに少し似ていて格好良かったなぁ~」
「十分覚えてるじゃないか」
 そう言って、パタンとカルトが本を閉じるのと、部屋のドアが開いたのが同時だった。
 入ってきたのは、目を疑うほどの美女だ。彼女の名はセリス。海のように深い色の隻眼に、燦然と光り輝く陽光のようなプラチナブロンド。二十代後半の淑女だ。セリスは紫達三人の師匠であり、三人からは「先生」と呼ばれている。
「お疲れ様、紫。どうだった、実戦は?」
 部屋の空気をゆっくりと掻き混ぜながら、セリスは紫の隣に腰を下ろした。セリスがいるだけで、部屋の空気がピリッと引き締まった様に感じる。
「大したことなかったわよ~。でも、失敗しちゃったけど……」
「ふふ、流石の天才少女もこればかりは一筋縄じゃいかないわね」
「む~………!」
 紫がセリスに弟子入りして約三年。カルトと大地は小学生の低学年からセリスに弟子入りして鍛えられている。二人との実力の差は歴然としているが、それでも、紫は今年に入ってハンターのライセンスを取得した。それも、SS(スペシャルS)クラスだ。日本でも数百人しか持っていないSSクラスのライセンスだったが、セリスから言わせれば「まだまだヒヨコ」だそうだ。
「先生~、私も異名が欲しい!ハンターになったんだし、格好いいのが欲しいよ」
 紫は、甘えるようにセリスの腕を取る。白い肌に良く映える黒いイブニングドレスを纏ったセリスは、紫の手をヤンワリと外すと、その手を持って軽く握った。
「そんな物もらってどうするの?邪魔なだけじゃない」
「だって、先生は『白い破滅(ホワイトルーイン)』って呼ばれているし、大地は『東洋の五芒星(オリエンタルペンタクル)』、カルトは、カルトは………特にないか」
「あるよ!カルト・シン・クルトって名前がすで異名だ。カルトなんて名前の日本人が何処にいるよ!」
「あっ、そうだったわね。カルトなんて、古代龍人の王様の名前だよ~!」
「おいおい紫、異名はな自分で付ける物じゃない。畏怖の念を持って付けられる物なんだよ。カルトの場合は、マクシミリオンを持ってるだけで確定だけどな。ボクなんて、結界士を何年もやっていて、漸く呼ばれるようになったんだぜ?」
「結界士で東洋の五芒星でしょ?先生とカルトは魔法剣士でぇ~、白い破滅とカルト・シン・クルト。私はスペルマスターだから、ナントカカントカの魔女とか、ラブリーウィッチとかがいいな~」
「お前、人の話聞いてねーだろ?」
 大地の言葉を完全無視した紫は、期待の籠もった眼差しでセリスを見やる。セリスの碧眼に、虹色メッシュに瞳を輝かせた紫の姿が映り込んでいた。
「とりあえず、仕事成功させてからよ。紫の実力なら、すぐに異名がつくわ」
 パァッと紫の顔を綻ぶ。セリスは面白そうに紫を見て、ポツリと呟く。
「もっとも、紫の場合は不本意な異名を付けられそうな気もするけどね」
 その言葉に、カルトと大地が一斉に吹き出した。
「街破壊の魔女とか…」
「ラブリーじゃなく、トラブリーな魔女とかな!」
 カルトと大地が紫を挑発する。
「ちょっとぉ~!バカにするな、そこの二人!あたしはね、ド派手をモットーにしてるのよ!あんた達みたいな、魔法を帯びた剣で切ったり、結界や呪符を使ったチマチマした戦いは、あたしには向いてないのよ!」
「性格が大雑把なだけだろう」
「龍因子の微細なコントロールが出来ないと、結界士も魔法剣士もできないんだよ」
「あ~~~!言ったわね!あたしをバカにして!もう許さないんだから!なにさ!大地なんて注意力散漫な結界士って言われてるくせに!あたし知ってるんだからね!」
 紫はビシッと大地を指さす。
「雪女を倒しに行った時、あんた、相手が雪女と分かっていながらデレデレして、氷付けにされたでしょう!女と見ると本当に甘くなるんだから!そんな事だから、いつも依頼人をカルトに取られるのよ!」
「取られるって……!取られてね~!依頼人が勝手にカルトに惚れるだけだ!」
「でも、それでショック受けてるよな、お前は」
 カルトは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。しかし、そんなカルトに対しても紫は矛先を向けた。
「アンタだってそうよ、カルト!麟世さんと知り合って漸く社交的になってきたけど、それまでは何?王様の名前と剣を引き継いでおきながら、人とまともに視線すら合わせられないチキン野郎だったじゃない!まだ麟世さんに告白だってしていないんでしょう?あれほど綺麗な人、早くしないと他の男のものになっちゃうわよ!というか、カルトに麟世さんはもったいないわ!」
「なっ!麟ちゃんとは……告白とかそう言う関係じゃ………」
 ギャーギャーと喚く紫。いつもと変わらないこの風景。セリスは少しの間、弟子達のそんな風景を楽しんでいたが、いつまで経っても漫才のような掛け合いが終わらないのを見て、コホンと咳払いをした。水を打ったかのように、場が静まりかえる。
「バカ騒ぎは後でして頂戴。それよりも、一件、仕事があるわ。今回の依頼主は、また妖魔攻撃隊よ」
「またですか?翼の奴、たまには自分でやればいいのに」
 カルトが深い溜息を漏らす。
「妖魔攻撃隊のお仕事って、確か安いのよね?」
「かなりね。ま、ハンターと言っても、妖魔攻撃隊は公務員だからな。給料はそこそこ良いにしても、やっぱり公務員、たかが知れてる。第三種生命体と戦っていつ死んでもおかしくないんだ、安い給料じゃ人も集まらないだろう」
 「奴等には同情するよ」と、大地は付け加えた。
「でも、普通の人がフリーのハンターを雇うには、大金が必要となるわ。そんな人達が頼りになるのは、妖魔攻撃隊よ。例えハンターとしての質が落ちようとも、妖魔攻撃隊が先頭に立ってこの日本を守っている事に変わりはないわ」
「ま、そうですけどね」
 先ほど、カルトが口にした翼というのは、妖魔攻撃隊一番隊隊長。つまり、妖魔攻撃隊のトップに立つ人物の名だ。年は紫よりも三つ年上の十九歳。妖魔攻撃隊は、勤続年数や勤務態度で出世するのではなく、ハンターとしての実力で出世していくのである。十九歳で妖魔攻撃隊のトップに立てるほど、翼の実力は抜きん出ていると言う事だ。
 妖魔攻撃隊は各都道府県に支部を持ち、ライセンスがBクラスから三番隊に、Sクラスになると二番隊、SSクラスになると一番隊になる。上に行けば行くほど人の数は減っていき、一番隊のメンバーは全部で二十名ほどしかいない。
 その為、各都道府県の支部で手に負えないほどの事件が来ると、それらの依頼は格安でフリーのハンターに振られる事となる。妖魔攻撃隊からの依頼は、余程の事情がない限り、破棄する事は出来ない。ライセンスを取得する代わりに、それなりに責任を負うのが、フリーのハンターなのだ。
「で、依頼内容は?」
 大地がセリスの手にした封筒を見やる。
 その封筒には、依頼内容が記された紙が入っている。手にしている封筒は二つ。一方には依頼内容の書かれた紙が入っており、もう一方には何も入っていない。誰にでもこなせる仕事の場合、こうしてくじ引きの要領で仕事を振るのがセリス流だ。
 紫の眼差しは、自然とセリスの手元に惹き付けられる。何としてもまた仕事を回してもらい、今度こそ成功させなければいけない。
「簡単な内容よ。最近、市内で毎日のように起きている殺人事件は知っているわよね。その犯人が、第三種生命体だと判明したわ。妖魔攻撃隊の支部から送られてきた情報では、恐らく、相手は潜伏成長型の第三種生命体よ」
「潜伏成長型っていうとぉ~」
 紫は頬に指を当てた。
「人に寄生する、もしくは、人に成り済ましている第三種生命体だ。大旨、性格は狡猾で残忍。龍因子を消すのが上手くて、なかなか見つけられない。事件が長引くケースが多い」
「ああ、それそれ」
 カルトの説明に、紫はパンッと手を打つ。
 例外はあるが、第三種生命体は潜伏成長型に、捕食成長型と発展発生型という三パターンに分類されると言われている。
 潜伏成長型はカルトが説明した通り。捕食成長型は、人を喰らってどんどん強くなっていくタイプ。性格は単純で、隠れる事も滅多にしない。日中戦ったパナルカルプは、捕食成長型だ。被害は大きくなるが、発見が早いため事件の解決は早いのが特徴といえる。そして、発展発生型。これは、この世界に生じた瞬間から、強大な力と高い知能を併せ持っているタイプ。最初から完成されているため、人を喰らう事はないが、暴れ出したら止めるのは困難だ。ドラゴンや有名な悪魔、大天使や神と呼ばれる者達が分類される。
「カルトは別件で動いてもらってるから、今回の仕事は大地と紫の二人の内どちらかよ」
 セリスは二つの封筒をテーブルに置いた。紫は、すぐに手を伸ばすと二つの封筒を握りしめた。
「ハイハ~イ!あたしがやります♪」
「はぁ?お前、大丈夫か?相手は潜伏成長型だぞ。今日みたいに、妖魔攻撃隊が舞台をセットしてくれるわけじゃないんだぞ?こういう仕事は、ボクの方が向いている!」
「大丈夫よ~!あたしだって、もう一人前なんだから!あんた達二人の手は、煩わせないわよ~」
「まあ、良いじゃない大地。とりあえず、紫に任せてみましょう。ただし、いいわね、紫」
 セリスの発する気が変化した。室内の温度が、一瞬にして下がったように感じられた。
「今度失敗したら、少しお仕置きよ?分かったわね?」
 お仕置きという言葉に、紫の手は震えた。手にした二つの封筒が、突然重く感じられた。しかし、もうこの封筒を置く事は出来ない。セリスが承諾してしまった以上、この仕事は紫が解決するしかないのだ。
「あ、あのぉ~、先生、あたし女の子だから、手加減してね」
「分かってるわよ。安心しなさい。これは連帯責任と言う事で、二人の兄弟子にも責任をとってもらうから」
 その言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。カルトと大地が一所ならば、何も問題はない。どだい、紫はセリスの一撃で混沌してしまうのだ。あとは、紫の代わりに二人が半殺しに合えば済む事なのだ。
 だが、セリスの言葉に納得できないのは前に座る二人だろう。今度ばかりは、カルトも顔を引きつらせて反論している。
「ちょっと待って下さいよ!だったら俺がやりますよ!怪しい奴を、片っ端からマクシミリオンで斬ってやる!マクシミリオンの特異性があれば、人に巣くう第三種生命体だけを斬る事だって出来るんだし!」
「いいや、ボクがやります!ボクなら、確実に第三種生命体を見つけられる!」
「ダメよ、もう決まった事なんですから。それに、二人は補習があるでしょう?お情けで進級させてもらったんだから、一年生で足りなかった授業時間、補填してきなさい」
 セリスの言葉に、「うっ」とカルトと大地は言葉を詰まらせる。この隙を突いて、紫は立ち上がった。
「じゃあ、先生。すぐにでも仕事始めるわね!」
 ウインクを残し、紫は部屋から出て行った。扉が閉まる時、セリスは「で、カルトの方は順調?」と聞いていたが、紫は関与しなかった。自分のやるべき事は決まっている。被害を最小限に抑え、この仕事を何としても成功させるのだ。


 G県T市。関東平野の北部に位置するこの街は、東京の様に煌びやかで絢爛豪華に発展してはいないが、地方都市としてはまずまずの規模を誇っている。
 紫は商業ビルの屋上に立ち、目を細めた。北関東特有の強い風が、紫の髪を波打たせる。
 光を纏ったビルの足元には、様々な飲食店や居酒屋が並ぶ雑多な繁華街が広がっていた。普段ならば聞こえて来る下界の喧噪も、今日は強い風の音に紛れてしまい聞こえてこない。
 時刻は午後九時を少し回ったところ。紫はビルのヘリに足を乗せると、ジャケットのポケットから三枚の呪符を取り出した。セリスの屋敷を出る直前、大地の部屋に忍び込み数枚の呪符を失敬したのだ。これさえあれば、第三種生命体の気配を寄り敏感に察知する事が出来る。
 龍因子を呪符に注ぎ込み、空高く放る。良く晴れた夜空に、純白の呪符が舞う。呪符はヒラヒラと舞い落ちると、紫の周囲に留まらず、そのまま風に流されて夜の市街地へと吹き飛ばされていく。呪符は、あっという間に紫の視界から消えてしまった。
「…………」
 咳払い一つ。紫は気を取り直すと、再び目を細めて市街地を見つめた。
 すでにフェンスを越えているため、少しでもバランスを崩せば数十メートル下に真っ逆さまだったが、恐怖心はない。そもそも、落ちたら死ぬと思うから怖いのであって、ハンターならば、ビルの屋上から落ちたところで死ぬどころか掠り傷一つ負いはしない。
 紫は深呼吸をして目を閉じると、体内の龍子に意識を集中した。龍子から放出された龍因子が体内を巡り、夜の街へと放出されていく。この拡散した龍因子が、第三種生命体の龍因子に当たると、微かな反応として位置を教えてくれる。レーダーと同じ要領だ。一般人は龍因子の総量が元々多くないため透過してしまうが、第三種生命体は龍因子の塊と言っても過言ではないから、紫の放った龍因子が当たれば反応が返ってくる。もっとも、それは相手が龍因子を発散した時の場合だ。気配を消し、ジッと身を潜めているのならば、この方法では永遠に見つける事が出来ない。それに、狙った相手を見つけ出すと言う事も出来ない。もしかすると、関係のない第三種生命体やハンターの居場所を感じ取ってしまう場合もある。
(妖魔攻撃隊からの報告だと、相手は一日に一人ずつ人を殺しているんだったわね。だったら今日だって………。この方法は少し疲れるけど、そんな事も言ってられないわよね)
 何としても、一人で仕事を達成しなければいけない。そうしなければ、紫はいつまで経っても一人前として認めてもらえない。何歩も先に行っている兄弟子達に、少しでも追いつくために。
 紫は目を開ける。こうして見下ろす街は平和そのものだ。第三種生命体の存在が発表されて一世紀と少し。人々は第三種生命体の存在を受け入れたが、本当のところは、受け入れたのではなく、人事だと思っているだけなのだ。
 古代龍人の張った結界が弱まり、第三種生命体が多数出現するようになったが、人類の数から言ったらほんの僅か。第三種生命体の姿を見ず、一生を過ごす人の方が圧倒的に多いだろう。しかし、第三種生命体は確かに存在している。人々は、薄氷の上で生活している様なものだ。危険は常に身近に存在している。氷が割れて落ちてしまえば、自力では抜け出す事の出来ない無辺の闇が広がっているのだ。
 そのような人達のために、ハンターは存在している。紫がセリスに助けてもらったように、紫も第三種生命体に怯える人を助けたいのだ。その為には経験を積み、もっともっと強くならなければいけない。
「ッ!」
 背中を細い絹糸で引っ張られるような、微かな反応を感じた。紫は振り返ると、フェンスを跳び越えてビルの反対側へ移動した。紫は神経を針の先のように尖らせた。光る街並みに目を凝らし、ジッと獲物が掛かるのを待つ。
「………来た!」
 紫の放った龍因子が、第三種生命体の反応をキャッチした。距離は、ここから一キロ程度離れているだろうか。市街地から少し離れた住宅街のようだ。
「いくわよ、あたし。成功させるわよ、紫!」
 紫はフェンスの上に飛び乗ると、そこから夜の街へ向けてダイブした。小さな体が加速度を増して落下していく。暗くて見えなかったアスファルトの地面が、一瞬にして目の前に広がってきた。紫は落下の衝撃を細い足二本で受け止めると、何事もなかったかのように立ち上がった。ポカンと口を開けてこちらを見つめる酔っぱらいに愛想笑いを振りまきながら、先ほど返ってきた反応を頼りに、そちらへ向けて駆けだした。
 人の脇をすり抜け、車の上を滑りながら進む。信号を無視しようがお構いなしだ。ハンターのライセンスは、イコールで殺しのライセンスだ。人を殺そうが、街を破壊しようが、第三種生命体を討つという名目ならば、一切罪に問われる事はない。
 人の多い繁華街を抜け、紫は静かな住宅街へと入った。
 チカチカと明滅する街灯。
 湿り気のある風が流れる。
 そう遠くない場所から、まとわりつくような龍因子を感じる。
 気配から察するに、どうやら相手は止まっているようだ。
 紫はマフラー代わりに巻いていたカーディナルを手に取ると、小降りのナイフに変化させた。一車線の細い道だ。ここは小回りの効く武器の方がいい。
 気配を消し、流れてくる龍因子を頼りに歩を進める。路地を一つ、二つ曲がった時、ツンッと鼻をつく異臭を嗅いだ。血の臭いだ。
「しまった………!遅かった?」
 紫は駆けだした。胸の鼓動が早くなる。匂いからしてかなりの出血だ。これが人間だとしたら、恐らく、相手はもう……。
 紫の気配を感じたのか、相手が動いた。紫がT字路を右手に折れると、目の前にポツンと街灯が一つ灯っていた。冷たい光が照射されているその先には、血にまみれた一人の女性が横たわっていた。女性の手足は千切れ、胴体から離れた首は街灯の足元に雑に転がっている。生死は確認するまでもない。
 これでは、スポットライトに照らされた悪趣味なステージだ。
 紫は歯ぎしりをした。
 遅かった。助けられなかった。もし、これが紫ではなく、カルトや大地だったら結果は変わっていたかも知れない。せめて、紫が大地から拝借した呪符を巧く使えていたら。街へ消えてしまった呪符を見送ってしまった自分に、紫は激しい怒りを感じた。
 どうして自分はこんなにも迂闊なのだろう。注意力が散漫なのだろう。これでは、大地の事を悪く言えない。
 自分への怒りはそのままに、紫はこの悪趣味な演出をした第三種生命体を探った。
 後悔しても始まらない。ならば、次に同じ後悔をしないためにも、邁進しなければいけない。その為には、まずは彼女の命を奪った第三種生命体を倒す事だ。
 紫は遠ざかる第三種生命体を追った。相手は潜伏成長型だ。次も都合良く相手の気配を捕らえられるとは限らない。何としても、ここで滅しておくべきだ。
 第三種生命体の龍因子を追った紫だったが、不意に相手の気配が消えた。龍因子の残滓さえ残さず、消え去った。
「まさか、逃がした……?」
 第三種生命体の気配が消えた場所まで来た紫は、目の前に佇むアパートを見上げた。アパートは四階建てで、一階につき四部屋あるようだった。どの部屋にも明かりが灯っていた。
 紫はもう一度、第三種生命体の気配を探ったが、やはり、第三種生命体はこの辺りで忽然と姿を消してしまったようだ。アパートや一戸建て住宅が密集したこの場所で、第三種生命体は消えたのだ。
「くっそッ、こんな事なら、大地から呪符のちゃんとした使い方を習っておくんだったわ~」
 顔をしかめた紫は、途方に暮れたように周囲を見渡しながら、虹色メッシュの髪をクシャクシャと掻きむしった。


 カルト・シン・クルト。白河麟世は、コップを洗う手を休め、古代龍人の王の名を持つ青年をしげしげと見つめた。
 庇のように長い髪の下には、女性と言っても通じてしまうような、中性的で美しい美貌が隠れている。麟世の視線に気がついたのか、カルトは分厚い本から目を上げると、ニコリと笑ってコーヒーを一口啜った。
「どう?バイトは慣れた?」
「うん、お陰様でね。アルルーナの店長も優しくしてくれるし、とても働きやすいわよ。私ね、昔からこういう純喫茶でアルバイトしてみたかったんだ」
「そう、それは良かった」
 そう言って、カウンターに腰を下ろしたカルトは、再び本に目を落とした。時刻は午後十時を回っている。すでにアルルーナは閉店しており、照明もカウンターしか灯っていない。厨房では店長が明日の仕込みをしている。
 パステルカラーを基調とした店内は明るく、喫茶店と言うよりも、ファミリーレストランといった趣だ。制服であるパステルチェックのミニスカートに、シックな黒いブラウスは可愛らしく、女子高生にも人気がある。夕方には高校生や仕事帰りの社会人などで席が埋まってしまうほどだ。
 だが、閉店を迎えた喫茶店『アルルーナ』は、麟世とカルトだけの特別な空間だった。
 半年ほど前までは、彼の事を空気よりも存在の薄いクラスメイトだと思っていた。学校を休みがちで、誰とも深く付き合おうとしない。虐められているわけでもないのに、登校拒否の一歩手前。草薙大地同様、麟世はカルトの事を余りよく思っていなかった。しかし、それは麟世の一方的な思い込みだった。
 白河家の呪いのため、麟世はある第三種生命体に命を狙われた。その時、母親がセリスに依頼をして、派遣されてきたハンターがカルトと大地だった。二人は、本業である学業そっちのけで、バイトであるハンターの仕事をしていたのだ。学校に来たくてもこれない理由があり、人と仲良くしたくても出来ないジレンマがカルトにある事を知った。
 あの事件を切欠に、麟世とカルトの距離は急速に縮まった、と思っていたのだが、いくら麟世がそれとなく自分の気持ちを伝えても、カルトは全くの無視。いや、純粋に麟世の気持ちに気がついていないのだ。しかし、こうしてカルトは麟世のバイト先まで来てくれるし、家まで送ってくれる。決して脈が無いわけでないのだ。ただ、カルトは誰よりも臆病で、自分の領域に人を入れようとはしない。
 麟世はカルトの過去を知っているため、無理に彼の懐に入り込もうとは思わない。少しずつ、カルトが麟世を受け入れてくれるのを待つだけだ。今は麟世の片思いかも知れないが、いつかきっと両思いになれると信じている。
「所で、カルト君。ここ数日ずっと本を読んでいるけど、何をしているの?何か、捜し物?」
「捜し物、と言えば捜し物かな。妖魔攻撃隊の依頼でさ。ただ、いくら探しても見つからなくてね。仕方ないから、捜し物を見つける方法を見つけてる」
「は?」
 コップを洗い終えた麟世は、身を乗り出してカルトの読んでいる本を覗き込む。カルトは僅かに身を逸らすと、麟世が読みやすいように本を百八十度回転させてくれた。
「これ、ハンターのライセンスを持っている麟ちゃんなら見た事あるでしょう?」
「もう、からかわないでよカルト君。私なんてCランクよ。誰だって記念に取れちゃうレベルのライセンスなんだから」
 そう言った麟世だったが、確かにカルトの言う通りだった。この本は、読んだ事はないが見た事はある。かなり有名な、あの本だ。
「これって、もしかすると『レメゲトン』?」
「正解。十五世紀から十八世紀に掛けて記された『グリモア』の一つ。レメゲトンの第一部『ゴエティア』だよ」
「ゴエティアって言うと、確か、ソロモンの霊が列挙されている、あれよね?」
「そう、そのあれだよ。ちなみに、第二部は四方の悪魔を取り扱う『テウギア・ゴエティカ』、第三部は天使と黄道十二宮を扱う『パウロの術』、第四部は『アルマデル』で邪悪な精霊を列挙しているんだ」
「どうしてカルト君が今更?ソロモンの印象の復習でもしているの?」
「そんなの復習するくらいなら、学校の勉強をするよ」
 それもそうだ。カルトはもちろん、にわかハンターの麟世でさえ、ソロモンの印象は使えるのだ。ソロモンの印象は、ソロモンの霊七二人の力を借りるものだが、印象を龍因子で描くだけで発現できるため、龍因子の操作ができる者ならば、誰でも使用できる代物なのだ。しかし、その用途は広いため、素人からカルトのような上級者でも欠かす事の出来ない魔法となっている。
「捜し物をしているって言ったでしょう?それを見つけるためにさ、こいつ等の力を借りようと思ってね」
 細くしなやかな指がゴエティアを突く。
「印象を描くだけじゃないの?」
「それなら話は早いんだけどね。普段、俺たちが使うソロモンの印象は、龍因子とあっちの世界にいる悪魔や天使の力を等価交換で使っているのは知っているよね?」
「うん、それはね。だから同じ印象でも、私が使うのとカルト君が使うのとでは、威力が雲泥の差なのよね。それに、ソロモンの印象は印象を龍因子で描くけど、紫ちゃんが使うスペルマスターのスペルは、言葉を力に変えているのよね」
「紫のスペルは、言葉に意味があって強力な力を帯びているからね。だから、長い時間を掛けて術を綴る、いや、紡がなければいけない。だから、魔法とは区別してスペルって呼ばれている。だけど、俺たちの使う魔法は、指向性のある龍因子をイメージして具現化しているだけだから、詠唱なしで発動できる。技の名前なんかを口にするのは、よりイメージを明確にするためなんだよね。ソロモンの印象は、印象を描くだけだから、どんな人物でもある一定の力を引き出す事は出来る。逆に言えば、それ以上の事は出来ない。だけど、あちら側にいる悪魔をソロモン王のように使役してその力を行使できたら、それは恐ろしく強い魔法になるし、悪魔の持つ特別な力を使って、人の心を操ったり、知恵を得たり宝探しも出来る」
「まさか、カルト君。ソロモンの霊を使役しようって言うんじゃ?」
「そのまさかなんだよ、残念な事にね。といっても、俺はこれ以上ファミリアを持つ気はないからね。使役じゃなくて、正式な契約かな」
 カルトは深々と溜息をついた。
「契約と言っても、大変なんでしょう?」
「ああ、ソロモンの霊を召喚して、倒さないといけない。書類にサインするだけだったら、楽で良いんだけどね」
「悪魔が提示する書類にサインする方が、私は嫌な気がするけど。でも、カルト君なら楽勝でしょう?いつもみたいに、『この覇王の神剣マクシミリオンは、お前の闇と悪意を断ち切る!』なんてビシッと決めれば良いんだし♪」
 自分を守ってくれたカルトを思い出し、麟世は頬を赤く染めた。そんな麟世を見て、カルトはより深い溜息を吐き出す。
「ソロモンの霊くらい、メジャーな悪魔になると、それはもう、手に負えないくらい強い。彼らは典型的な発生発展型だからね。俺がカルト・シン・クルトの力を受け継いでいるとは言っても、所詮は人間。マクシミリオンの力だってまだまだ引き出していないしね。そもそも、万物を切り裂き、果ては時間軸さえ斬れるって言うけど、実際は相手の龍因子強いとそこでマクシミリオンは弾かれちゃうからね。マクシミリオンが俺の意志に合わせて斬れる対象を選別できるって言うのは、マクシミリオンが金属と龍因子の合いの子のような存在だからなんだよ。マクシミリオンが強いって言うのは、かつてのカルトが使ったからであって、俺が使ったら持ち運びに便利な良く斬れる剣でしかないんだよ」
 「と言うわけで」カルトはゴエティアの頁をパラパラと捲る。
「今回は、コイツと契約を結ぼうかと思っているんだ」
「これって、グレモリー?もっと別な、ベリアルとかアスタロトとか、そう言ったのにすれば?」
「勝てるわけないでしょう……。というか、俺の実力じゃ、アイツ等を召喚しただけで息が切れちゃうよ」
「だから、グレモリーなんだ」
「他にも理由はあるよ」
 カルトは唇を緩めてグレモリーの頁を見つめた。
 二枚目だが、どこか人を食ったような笑顔だ。こういう場合、カルトは決まってろくな事を考えていない。一見して無口そうな彼だが、自分の興味のある事には驚くほど饒舌になる。そして、クールだと思われているが、その実ユーモアに溢れている。ユーモアと言うよりも、子供っぽいといった方が良いか。まあ、この様な思いがけないギャップも、女性にとっては堪らない物なのだが。
「グレモリーはね、二六の悪魔の軍団を指揮する侯爵なんだ。過去・現在・未来について教え、隠れた財宝について語る。それに……」
「それに?」
「どうせ契約するなら、無骨な悪魔よりも、可愛い悪魔の方が良いでしょう?ラクダに乗ったエキゾチックな美女らしいよ♪」
 美女という言葉に、麟世は奥歯を噛み締める。学園で一番の美女と言われている麟世。実際には、そんな事を思った事はないのだが、カルトの口から美女という言葉が出てくると、やはり対抗意識を燃やしてしまう。それに、人間の美少女よりも、悪魔の美女を選ぶとは一体どういう事なのだろう。
「…………もう!どうなっても知らないんだからね!」
 吐き捨てるように言った麟世は、カルトが手を伸ばそうとした飲みかけのコーヒーを取り上げた。
「もう閉店です!」
 怒気を含んだ麟世の声に、厨房にいた店主がひょっこりと顔を覗かせた。


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