「それでは、先生。これがネギ先生の課題――だそうです」
「はぁ。それでは、責任もってネギ先生に渡しておきますね」
「はい。よろしくお願いします」
失礼します、と一礼して去っていく葛葉先生の背を目で追いながら……渡された手紙を電灯にかざす。
ふむ……。
まぁ、3学期ももう終りだし……何か課題は来る、とは思ってたけど。
これが実質の、ネギ先生の卒業試験か。
「大丈夫かな」
本心である。
神楽坂とは、最近はそれなりに仲良くしてるようだし、クラスにも溶け込んでる。
……溶け込み過ぎ、とも思わなくはないが、あの歳で嘗められるな、と言う方が難しいだろう。
放課後、明日の準備の途中だが――さて。
「大丈夫ですか、先生?」
「え、ええ――まぁ、どうでしょうね……」
はは、と自分でもその声が引き攣っているのが分かる。
きっと、今の俺より新田先生の方が絶対元気だろうな……。
しかし、赴任してきて約一月。ネギ先生に出来る事は――そう多くないだろうけど。
それでも、あの子が教職を目指してこの学園に来たのなら、これはどうしようもない問題でもある。
内容が内容なら、手伝いもできないのかもしれない。
はぁ……最近、頭痛を抑えるために目頭を手で押さえるのが癖になりつつあるな。
その事に内心苦笑しながら、目頭を手で押さえる。
「どうです、先生。この後久しぶりに飲みに行きませんか?」
「あ、あー……」
どうしようか。
きっと、今の俺の顔は教師らしくない顔をしているんだろう。自分でも何となく判る。
この前はまた黒百合の生徒と揉めたらしいし、女子寮の管理人からも苦情が来たし。
しかも、黒百合の方は高畑先生から報告受けた……勘弁してくれ。
まさか担任から外れられた後に迷惑を掛けてしまうとは。
女子寮の方は……まぁ、苦情と言うよりも注意に近いのだが。
どうにも、ネギ先生が入寮してから寮が騒がしいらしい。就寝も遅いし。
一応注意はしたが――こればかりは、ネギ先生にどうにかしてもらうしかない問題だ。
遊んでいる、というより遊ばれているんだろうけど。
「少しくらい息抜きしないと、パンクしてしまいますよ?」
「そ、それじゃ、少しだけ」
あまり羽目を外し過ぎないようにしないとな。明日も仕事だし。
自分で思っていた以上に疲れていたのか、そうと決まると気分も軽くなる。
我ながら現金なもんだ。
「急いで準備終わらせてしまいますから」
「いいですよ。こっちもあと何人か声掛けてきますから」
「そ、そうですか? すいません」
でも、あまり待たせるのも失礼だよな。
「考え込んだ時は、酒も良いもんですよ」
「は、はは」
バレバレですか。
恥ずかしいなぁ……。
「それでは、失礼。源せんせー」
はぁ……顔に出るようじゃ教師失格だなぁ。
もう少ししっかりしないと、担任なんて任せてもらえないんだろうな。
・
・
・
「そんなペースで大丈夫なんですか、瀬流彦先生?」
「大丈夫大丈夫、僕肝臓強いから」
いやまぁ、大丈夫ならいいんですけど。
明日二日酔いにならないで下さいよ?
俺も注文したビールで喉を潤しながら、焼き鳥を食べる。
どうして屋台の焼き鳥とかって、他のより美味しく感じるんだろう? 出来立てだからだろうか?
「飲んでますか、先生?」
「はい。あ、どうぞ源先生」
ちょうど、コップのビールが少し減っていたので注ぐのも忘れない。
しかし源先生、目の毒だ。うん。
「しっかし、大変だねぇ、先生も」
「そんな事は無いです――よ? はい」
「その間が非常に気になるけど、そういう事にしておくよ」
ちなみに、一緒に飲んでいるのは新田先生、源先生、瀬流彦先生と俺の4人である。
最初は弐集院先生も来る予定だったが、奥さんから電話があって来れなくなってしまっていた。
しょうがないよな、家庭持ちだし。
瀬流彦先生にもそれとなく聞いておいたが、先生は大丈夫らしい。
「それで、最近はどうなんだい? ……まぁ、噂は聞いてるが」
「ぅ……やっぱり噂してますか」
「女子寮に新任の先生が、と言うだけでも話題になりますからね」
ちなみに、その話題をネタにしたのは我がクラスの朝倉である。
……保護者側から苦情が来ないのが唯一の救いか。
まぁ、まだ知られてないだけかもしれないが。
はぁ。胃が痛くなる毎日だ……。
「私の部屋に招待出来れば良いんですけど」
「いや、それも問題でしょう」
男性職員と女性職員が同室とか……結婚やら婚約やらしてるなら、話は違ってくるんだろうけど。
「だねぇ。僕の家も家族が居るからね」
その気持ちだけで十分です、と残っていたビールを一気に煽る。
うー。
「お、いけるねぇ。どうぞ」
「……すいません」
おー、喉が熱い。
あんまり酒に強くないので、すでに出来上がりかけてます。
新田先生に酌をしてもらいながら、焼き鳥を口に含む。
「大丈夫かい?」
「まだ、大丈夫です」
もう少しは、多分。
俺だって、こうやってても毎日色々と疲れてるのだ。
これくらい飲んだって、別に罰は当たらないだろう。うん。
うぅ……。
「あんまり無理しないで下さいね?」
「二日酔いにならないくらいには、止めておきますよ」
「なら良いですけど……先生、あんまりお酒強くないんですね」
「ええ。寝付けに一杯飲むだけで、毎日ぐっすりです」
っと。
どうぞ、と新田先生に酌をし、自分のコップを空にする。
「ちょっとストップで」
「おや、もう限界かい?」
「はは、ちょっと休憩です」
もともと、そんなに量飲めないですし、食べれないんですよ。
飲みながら食べるのが、苦手なんだよな。
それに、これ以上は流石に明日に残りそうだ。
「どうです、先生。学校の方は?」
「楽しくやってますよ? 皆良い子ですし。新田先生の方こそ大変でしょう?」
生徒指導員は、生徒から煙たがれるでしょう? と。
「はは……でもその内、先生に任せる事になるかもしれませんねぇ」
「勘弁して下さいよ――自分なんかじゃ、クラス一つでも手に余ってるんですから」
そうみたいですね、と源先生に小さく笑われた。
そうなんですよ、と笑って答え、屋台の店主に焼き鳥を追加で注文する。
塩焼きでお願いしますー。
とりあえず、もう晩飯食べないで良いようにもう少し腹に入れておこう。
「真面目だねぇ、先生は」
「うぉぅ」
後ろからいきなり叩かないで下さいよ、瀬流彦先生。
酔ってるなぁ。
「どうぞどうぞ、もう一杯」
「お、すまないねー」
それに悪乗りして、酔い潰そうとする俺も俺か。
久しぶりに量飲んで、酔ってるなぁ。
「二日酔いにならないように、気を付けて下さいね?」
「大丈夫、僕肝臓強いから」
……さっきも聞いたような気がする。
顔は何時ものままだけど、もう止めないといけないようだ。
ふむ。
「もうそろそろ時間ですね」
「お、もうか……」
久しぶりに飲んだら、結構盛り上がってしまった。
はー……良い気分だ。
きっとまた明日から頑張れるな。
「瀬流彦先生、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよぉ」
一応、呂律が回らないほど、じゃないのか。
本当に強いなぁ、俺の倍くらい飲んでると思うんだけど……。
羨ましいもんだ。
「どうします? 家の方に連絡入れましょうか?」
「はい、先生。お水を飲ませてあげて下さい」
ああ、すいません。
「水飲めますかー?」
「う、ん。大丈夫」
っと、勘定もしないとな。
「新田先生、ちょっと、勘定お願いしていいですか?」
重い、瀬流彦先生重い――体重かけないで下さいよっ。
新田先生に財布を渡し屋台の椅子から立ち上がって、夜風に当たれるように移動する。
おー、涼しー。
「涼しーねー」
「ですねー」
ふぅ。
「大丈夫ですか?」
「……源先生は、お酒強いんですね」
俺とあんまり変わらないくらい飲んでたと思ったんだけど、顔が火照ってるくらいで、全然大丈夫そうだ。
明日は大丈夫そうですね、と言うと笑われてしまった。
「先生は真っ赤ですけど、大丈夫なんですか?」
「あー、多分……大丈夫かと」
そんなに顔赤いんだろうか?
夜風がこんなに気持ち良いんだから、そうとう赤いのかもしれない。
「瀬流彦先生も大丈夫ですか?」
「うん……だいぶ良くなってきたよー」
意識ははっきりしてるし、大丈夫そうだ。
多分、今日のメンバーの中じゃ俺が一番酒弱いんだろうなぁ。
別に意味も無いんだけど、ちょっとショックだ。
「瀬流彦先生も大丈夫そうだし、お開きにするか」
「あ、新田先生」
その声に振りかえり、渡された財布をちゃんとしまう。
酔って失くしたりしたら、目も当てられないしな。
「っと。瀬流彦先生と源先生は送っていくから、先生はまっすぐ帰って寝なさい」
「え? いや、瀬流彦先生は自分が送っていきますよ」
「そんな顔じゃ、瀬流彦先生が心配になってしまいますからね」
ぅ。
ペタペタと顔を触ると、やっぱり熱い。
顔に出やすいんだな、俺。
さっきも源先生に言われたけど、きっと真っ赤なんだろうなぁ。
「それじゃ、また明日な」
「気を付けて帰って下さい」
「じゃ、またねー」
うぅ。
「スイマセン、よろしくお願いします」
……気を、使ってもらったんだろうな。
酒の所為か、妙に感傷的な気分で帰路につく。
明日また、お礼を言おう――まだまだ俺も新米の一人なんだなぁ。
「はぁ――さむ」
まだまだ夜は冷えるなぁ。
明日も頑張ろ。
ちなみに、財布の中身は一円も減っていなかった……
ありがとうございます、新田先生、源先生、瀬流彦先生。
・
・
・
「あ、ネギ先生」
「え? あ、おはようございます、先生」
ちょうど職員室に入ろうとしていたネギ先生の小さな背を見つけ、声を掛ける。
おはようございます、と返し昨日葛葉先生に渡されて便箋を取り出す。
「ネギ先生の課題だそうです。昨日の夜渡されました」
「え!?」
内容、何なんだろう?
「何て書いてありました?」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」
流石に自分から見るのもアレなので、ちゃんと見えない位置に移動して、待つ。
おー、やっぱり少し緊張してるなぁ。
「………………」
「………………」
あれ?
「な、なーんだ。簡単そうじゃないですかー」
びっくりしたー、と笑いながら、その中身をこちらへ向けてくる。
ふむ。
中には達筆な字で2-Aの最下位脱出が条件と、書かれていた……。
「なるほど」
「ど、どうしたんですか?」
確かに、教育実習のシメには良い……のかな?
普通、論文やら報告書やら書くと思うんだが――それはまた別なんだろう。
「いえ――頑張りましょう、ネギ先生」
「はいっ」
しかし、これなら俺も少しは役に立てそうだ。
――と言っても、実際頑張るのはネギ先生でも俺でもなく、生徒達なのだが。
だが……と、思ってしまう。
不謹慎なんだろうけど……それでも、この2-Aが試されるのである。
今までずっと最下位だったが、今回は、違う。
あいつらはちゃんと勉強し、ちゃんと成績を上げてきているのだ。
今の調子なら――きっと、大丈夫。
「それじゃ、教室に行きましょうか」
「そ、そうですね」
クラス名簿を片手に、職員室を後にする。
「その」
「はい?」
生徒の居ない廊下を歩いていたら、話しかけられた。
「どうしました?」
「いえ――やっぱり、2-Aの皆さんは、成績が悪かったんですね」
「……ああ」
まぁ、そうですね。
そうなんですけど、
「ネギ先生」
「はい?」
「あまり、生徒の前で成績が悪いとか、そういうのは言わないで下さいね?」
前、神楽坂に言ったらしいですね、と。
「す、すいませんっ。あの時は、初めてだったんで……」
「じゃあ、もう駄目ですからね?」
「……はい、気をつけます」
そう言って頭を下げる姿を見ると、礼儀正しいし好感が持てるんですが。
どうにも押しに弱くて、生徒に巻き込まれるんだよなぁ、この先生。
「まぁ、そうですね。2年の時は、少し……ですね」
でも、下から2位との差もそれほどある訳じゃない。
平均点計算なので、問題さえ解決すれば一気に盛り返せる差だ。
「順位の計算は平均点の上位からですから、どうすれば点数が上がるか判りますか?」
「え? それなら、点数が……低い人に頑張ってもらえば」
「そうです」
ウチのクラスには雪広、那波と言った成績上位者もいる。
なのに毎回最下位なのは――まぁ、言わずもがなである。
でも、神楽坂達も、今の所は小テストを見る限り成績を上げてきている。
――問題は無いと思うんだが、油断はできないよな。
「それじゃ、今日の僕の授業の時に勉強会をっ」
この前の放課後した居残り勉強会で、味でも占めたんだろうか?
でも、
「……授業自体が、クラスでの勉強会みたいなものだと思いますけどね」
「ぅ」
まぁ、もう期末まであと一週間である。
何か対策をたてるなら今日からが良いだろう。
さって。
「どうしますか、ネギ先生?」
「え?」
「……だって、この問題はネギ先生の課題でしょう?」
はいはい、そんな顔で見上げてこないで下さい。
俺だって悪いと思ってるんですから。
俺だって副担任なんです――やるだけの事は、やりますよ?
でも、
「どうやって最下位脱出するか、ネギ先生が考えないと」
「あ、そ、そうですね……」
「何か手伝える事があったら言って下さい、手伝いますから」
「はい、ありがとうございますっ」
この1年一緒に居たんですから……ちゃんと、その結果を残したいですし。
2-Aのドアの前で、一度立ち止まり深呼吸を一回。
「それじゃ、今日も頑張りましょう」
はい、どうぞ、とクラス名簿をネギ先生に渡す。
「はいっ」
さて、今日も一日頑張りますか。
・
・
・
「それじゃ、この問題を――長谷川と桜咲、解いてくれ」
「ぅ」
「……はい」
「前教えた奴だからな。教科書見直していいから、自力で解いてみろ」
他の皆も、ちゃんと解いてみろ、と言っておく。
まぁ、試験範囲は終わらせてしまっているので、今日から数学は復習の時間になるんだが。
若い頃は記憶力が良い、と聞いた事があるが……覚えてるかな?
数学は、問題に公式を当て嵌める問題だ。
逆に言えば、公式が分からなければどうしようもない。
それを思い出してもらいたい訳だが――さて、どうしたものか。
2学期の時は、範囲を終わらせるだけで精一杯だったから、今学期はこの為に少し駆け足で進んだんだが。
「出来ました」
「それじゃ長谷川、黒板に答えを書いてくれ」
「はい」
うん、出来たみたいだな……桜咲は、もう少しか。
「ちゃんと思い出したか?」
教室の前に来た長谷川に、そう声を掛ける。
「えっと、教科書見たんですけど……」
「見て良いって言ったからな。間違って思い出すより良い」
本当なら、こう言うのは生徒のテスト前の復習勉強を信じたいのだが……。
生徒と言うのは、勉強嫌いである。
全員が全員そうだとは限らないんだろうが――きっと勉強好きな生徒はそういないだろう。
だから、授業時間に勉強をさせる。
今日から一週間。毎日約一時間の数学の勉強という訳だ。
「そうか――じゃ、解いてみてくれ」
「はい」
――うん、正解だ。
「その通りだ。良くやったな、長谷川。戻って良いぞ」
一度思い出せば、テストの時まで記憶に残ってくれてるかもしれないが……どうだろうか。
「桜咲?」
「あ、はい。出来ました」
「おう。それじゃ前に出て解いてくれ」
次は、神楽坂と……誰に当てるかなぁ。
・
・
・
「どうですか、ネギ先生。調子の方は?」
「は、はは……本気でマズイです」
授業から戻ってきたら、小さな頭が机に突っ伏していた。
まー、現実はそうだよなぁ。
「こ、こうなったら、やっぱりあの方法しか……」
あの方法?
「何かあるんですか?」
「実は、3日間だけ頭が良くなる魔法が――」
「へぇ」
どう言うおまじないだろうか?
隣の自分の席に座り、先ほど行った小テストの採点を始める準備をする。
うーん……ぱっと見た限りじゃ、間違いは少ないのは流石F組だなぁ。
毎回学年トップは伊達じゃない、と。
「どんなおまじないなんですか?」
「その代り、一月ほどパーになってしまうんです」
「止めて下さい」
なんて怖い事を試そうとするんですか。まったく。
「テストなんて普段の積み重ねですよ? そういう怖い事に頼らなくても大丈夫ですって」
「で、でも……授業中にじゃんけんして遊ぶんですよ!?」
「……………それは、帰りのHRで自分の方から言っておきます」
何をやってるんだ、あいつらは。
やっぱり、この歳じゃ嘗められるよなぁ……いくら頭良くても、まだ10歳だし。
どうしたもんかなぁ。
こればっかりは、どうしようもない気がするな。ネギ先生に頑張ってもらわないと。
はぁ。
「授業の方は、期末までの範囲は終わってるんですか?」
「そ、それが……」
「……もう一週間前ですよ?」
まだ終わってなかったのか。
まぁ、さっきの話を聞く限り、授業中にも遊んでるんだろう。
少し、厳しく言った方が良いのかもしれないな。
「期末までに範囲までいけそうなんですか?」
「それは、はい」
「……それじゃ、テスト問題の方は考えてます?」
「あ、問題も……」
はいはい、落ち込まないで下さい。
まぁ気持ちは判りますが。
「テスト問題の方は、土日で片付けるとして、問題は授業ですね」
「は、はい」
じゃんけんかぁ……どう怒ってやろうか、まったく。
それよりも、
「やっぱり、僕が子供だから……」
「…………」
上手い言葉が、浮かばない。
実際その通りと言えば、それまでなんだけど……どうしたもんか。
うーん。
「そればっかりは、どうしようもないですからね」
「あう……」
実際、見た目と言うのは大事なんだよなぁ。
新田先生が、まぁ例に出すのは失礼だが……見た目で仕事をしていると言える。
鬼の新田――この年代の子らには、怒った年配の方は鬼に見えるらしい。
……本当は、生徒思いで怒ってもそう怖くないんだけど。
逆にネギ先生は、怒ってもそう怖くないから、遊び感覚で授業を受ける。
可哀想な言い方かもしれないけど、教師として見られていないのだろう……最初から、心配していたが。
「どうしたら良いんでしょうか?」
「……そうですねぇ」
そんな顔で見ないで下さいよ。
あんまりこういうのは他人から言うもんじゃないと思うんだが……もう時間も無いしな。
でも、俺の方に正しい回答がある訳でもない。
「新田先生が、何で生徒達から怖がられてるか知ってますか?」
「え? 生徒指導の厳しい先生だから、ですか?」
「そうですね」
でも、少し違う。
「それは、間違った事をちゃんと怒るからなんです」
「怒る、ですか?」
「ネギ先生の事ですから、アイツらが遊んでいても、止めて下さい、って注意するだけじゃないですか?」
「ぅ……そうかも、しれません」
まぁ、でも。
この歳の子に、あの子達を怒れと言うのも酷かもなぁ。
「そういう事です」
「でも、怒って嫌われたら……」
「教師なんて嫌われる仕事ですよ」
全部の生徒から好かれてる教師なんていません、と。
あの高畑先生だって、そうなのだ。
「今度遊んだら、机でも思いっきり叩いてみたらどうです? 大声で止めるように言って」
「そ、それはちょっと……」
まぁ、そこまではまだネギ先生には難しいかもしれませんね、と小さく笑う。
「でも、怒る時は怒らないと駄目ですよ? 手は上げたらだめですけど」
「う――次は頑張ってみます」
「期末まで時間が無いですから、頑張って下さい」
ただでさえ、課題が課題なんですから。
後で新田先生達にもお願いしておこう。ネギ先生の課題の件。
「期末の結果は、先生に掛ってるんですから」
「プ、プレッシャーかけないで下さいよっ」
ははは、良いじゃないですか。
「大丈夫――上手く行きますって」
「そうでしょうか……」
「そうですよ」
そう不安そうな顔をするもんじゃないですよ、と。
「ネギ先生」
「はい?」
「先生なんですから、生徒を信じて下さいよ」
もう一度、大丈夫ですよ、と言い、俺は小テストの採点に戻る。
……もう少し上手い事を言えたら良いんですけど、すいませんネギ先生。
――――――エヴァンジェリン
「図書館島?」
「うむ」
学園長室に呼ばれたから何かと思えば……。
頭が良くなる魔法の本だと?
「2-Aの成績は、言うたら悪いがよろしくない――食いつくとは思わんか?」
「思わんな。いくらガキでも、そこまで馬鹿じゃないだろ」
……胡散臭すぎるだろ、それは。
「そんな噂を流してどうする? あの子供先生に取りに行かせるのか?」
「うむ」
「もしじじいの思惑通りに動いたら、教師失格だな」
「ほほ、手厳しいの」
ふん――くだらん。
そんな都合のいいもの、何処に存在するものか。
無条件で頭が良くなるなど、誰が信じるものか。
……ウチのクラスの連中は、信じるかもな、と一瞬思ったが、大丈夫だろ。うん。
「そんなのに頼るようじゃ、教師としては最低以下だ」
「しょうがないじゃろ。ネギくんに実戦を知ってもらう為に麻帆良に呼んだのに、ここんとこ、とんと襲撃者もこん」
「――そう言う狙いか」
確かに、図書館島の地下なら、確かに魔法を使っても問題は無いだろうが……。
「あのガキ、日常でもそれなりに魔法を使っているぞ?」
「……なんじゃと?」
「なかなかの魔力量じゃないか、オコジョになるのも時間の問題だと思うぞ?」
「―――マジで?」
「ああ。神楽坂明日菜には初日から気付かれているぞ?」
あと、宮崎のどかも怪しんでいるな、と伝えておく。
はは、頭を抱えるなよ学園長。
あんな魔力バカを呼んだのはお前じゃないか。
「ま、面白そうだ。噂は流してやるさ――どうなるかは知らんがな」
「う、うむ。よろしく頼む」
さて、どう揉み消す気なのか……それとも、このまま神楽坂明日菜を巻き込むのか。
「話がそれだけなら、帰るぞ?」
「……すまなかったな。話はこれだけじゃ」
どうする気なのかは知らんが、巻き込むなよ、と釘を刺して退室する。
「お疲れ様でした、マスター」
「ふん……無駄な時間だったな」
外に控えていた茶々丸を連れ、校舎の外に出ると――そこは黄昏色だった。
普通の吸血鬼なら、この時間帯から起きて活動するんだがなぁ。
どうにも、最近は調子が出ない。はぁ。
「溜息なんてついてどうした、マクダウェル?」
「……また先生か」
もう一度、溜息。
「それは流石に酷くないか?」
「気にするな。そういう気分なんだよ」
「機嫌悪いな、何かあったのか?」
ええい、鬱陶しい。
「何でも無い――それより、今日は早く帰るんだな」
「ん? そりゃ、仕事が終われば、俺だって早く帰るよ」
ったく。能天気な顔を……。
「マクダウェル達も、今から帰りか?」
「ああ」
「んじゃ、途中までどうだ?」
「断る」
「おー。それじゃ、また明日なー」
……なんだ。自分から誘っておいて、あっさり引くじゃないか。
まぁ、どうせ私が断るのが判ってたんだろうが――断らない方が面白い顔を見れたかもしれんな。
「なぁ、先生?」
私達を置いて歩き出した背に、声を掛ける。
ふと、面白い事を思いついたのだ。
「んー?」
「もし、もしもだ」
「ああ、どうした?」
「頭が良くなる魔法の本があったら、生徒に使うか?」
答えは判って入るが、聞いてみた――この先生とあの子供が、どれだけ違うのか、興味が湧いたのだ。
その問いに、最初はよく判らない、と言った風に首を傾げ……笑う。
「いきなりだな……まぁ、使わないけど」
「……だろうな」
ま、判り切った答えだな。
「どうしてだ? 次の期末、2年最後のテストで学年トップになれるかもしれないぞ?」
「でもそれじゃ、マクダウェルや神楽坂達の努力が無駄になるだろ?」
「……私は別に努力してないがな」
そこはしてくれよ、という呟きは無視。
「折角小テストとかで良い点とってるのに、本一冊でそれがチャラじゃ、誰も努力なんかしなくなる」
「ま、正論だな」
「マクダウェルはその本があったら使うのか?」
まさか、と首を振る。
そんな怪しいもの誰が使うものか。
「こっちから願い下げだ」
「……その本で、何かあったのか?」
「別に」
妙な所は鋭いな、まったく。
「そういう噂があるだけだ」
「魔法の本?」
「そう」
へー、と少し――本当に少しの驚いた声。
「ま、先生には必要ないものだろ」
「そんな本を探すなら、その時間をテスト問題考える時間に使うよ」
「嫌に現実的だな……」
「先生だからなぁ」
そういう問題か?
まぁ、もう期末の時期だしな――憂鬱だよ、まったく。
「簡単な問題にしてくれよ?」
「復習をちゃんとしてれば、点数取れるさ……多分」
だと良いが。
「じゃあな、先生」
「おー、また明日な」
ふむ――やはり、あの先生は飛び付かないか。
ま、信じてなかったというのもあるんだろうが……な。
「帰るぞ、茶々丸」
「はい」
さて、どうなることやら……。
「魔法の本の件、お前はどうなると思う?」
「……判りません」
「ふん」
まぁ、まだ“考える”機能が不完全だからな。
葉加瀬の話ならソレは成長するらしいが……何処までの物か。
「ですが、手に入らなければ良い、と思います」
「そうか」
……そうだな。
ま、じじいの思惑通りに事が運ぶのも、癪だしな。