―――――――エヴァンジェリン
さて、と。
試合を次に控え、選手控室で息を一つ吐く。
はぁ。
魔法勝負なら、いい経験になるんだろうが――魔法無しでぼーやとか。
面白味も無いよなぁ。
ま、さっさと片付けて、その後どうするかは、その時考えよう。
うん。
そう自分に言い聞かせる。
「落ち着いたかい?」
「別にどうもしていない」
ふん……まぁ、そりゃさっきの試合は無様だったと認めるさ。
ああ、アレは酷かった。
最初は目立たないようにあれこれ考えていたんだが……むぅ。
ま、過ぎてしまった事はしょうがないさ、うん。
問題は次だ、次。
ぼーやとの試合。
今度こそさっさと、目立たないように終わらせてしまおう。
ぼーやとの試合さえ終われば、目ぼしい選手はもう決勝まで居ないからな。
真名が本当に一千万を狙うと言うのなら手伝っても良いし、そうじゃないなら、そこでこの茶番からも切り上げよう。
「というか、お前も結構疲れてるんだろう? 少し休んでた方が良いんじゃないか?」
「はは、エヴァから心配してもらえるとはねぇ」
む。
そうおどけたように言い、肩を竦める真名を見上げるように、軽く睨む。
折角私が心配したと言うのに、こいつは。
まぁ、クーフェイが相手だったからな。
それなりに心配はするさ。
「おお、怖い怖い」
「ふん。本気で怖がってないだろう、お前」
「いやいや、怖いよ? うん」
……ふん。
だったら笑うな。
まったく。
真名といい、明日菜といい……どうしてこうも、私に馴れ馴れしいのか。
さっきの試合、応援なんかしてやらなければ良かった。
「さっきの試合はヤバかったからねぇ」
「そうだったな」
真名とクーフェイの試合は、真名の勝利だった。
羅漢銭で近付けないように試合運びをしたが、結局接近されたしな。
……本当、魔法使いでもないのに、よくやるよ。
特にクーフェイ。
アイツ、もう一般人じゃないよなぁ。
まぁ、真名もプロの意地があったのだろう。
最後は危なかったが、何とか勝利を拾っていた。
「いやぁ、エヴァの応援が無かったら危なかったよ」
あーっ、ったく。
肩を叩くな、馴れ馴れしい。
……はぁ。
「負けられたら、最悪決勝まで進まないといけないからな」
「はいはい」
っち。
本当だぞ? 面倒だから応援しただけだからな?
そう言うが、まったく相手にしてもらえない。
はぁ。
「というか、出費が凄いんじゃないのか?」
「う」
五百円玉ばっかり使ってたようだし、と。
もっと十円とかで頑張れば良かったのに。
そう言うと、十円じゃ威力不足らしい。
……値段?
「質量の問題だよ、質量の」
「ああ、そっちか」
「……一応、次は十円でいくつもりだけどね」
そうか。
次は……誰だったかな?
まぁ、名前も知らないような奴なら問題無いだろう。
その次は長瀬楓かアルだろうけど。
……どっちも厳しいだろうなぁ。
しかし、犬っころの一回戦の相手がアルだとはなぁ。
その時になるまで、まったく気にしてなかったが。
少し、同情してしまう。
と、そんな事を話していたら、歓声が控室まで届く。
「終わったようだな」
「いやいや、流石に開始5分ももたないなんて事は……ないんじゃないかな?」
あの少年も、それなりにやるんだろう? と。
いや、無理だろ。
相手はアルだぞ?
あの犬っころが“気”の力も無しに勝てるか、と問われたら答えは否だ。
というか、本気でも無理だろ。
遊ばれるのがオチだ。
アイツ、無詠唱でも肉体強化でそこらの魔法使いよりよっぽど規格外だからな。
おそらく、麻帆良の中じゃ私も危ない。うん。
……そう言えば、真名はアルがどういう存在か知らないんだったか。
教え……ない方が良いんだろうな。
今まで隠れてたみたいだし。
「ま、どっちにしろ終わったら誰か呼びに来るだろ」
役員が。
それまではのんびりしとくか。
そう言おうとした所で、
「エヴァー?」
「おじゃましまーす」
「…………………」
「おや? どうしたんだい、明日菜、木乃香?」
何しに来たんだ?
何故か役員が呼びにくるのではなく、明日菜と木乃香が選手控室に来た。
本当に、どうしたんだ?
「何かあったのか?」
「いんや? 応援に」
「帰れ」
「さらっと酷い事言うわね!?」
大体、ここは選手控室だぞ?
普通は選手以外は来ないものだ。
まったく。
「見付かったら怒られるぞ?」
「う」
「大丈夫大丈夫」
「何故お前が答える、真名っ」
はぁ。
「ねぇねぇ、エヴァと真名の2人だけ?」
「ああ。他の参加者は試合の観戦してるはずだよ」
「そうなんかー。ネギ君応援しよ思たんに……」
む。
「あ、ちゃうよ? 明日菜がエヴァちゃんの応援で、ウチがネギ君の応援に決まっただけやから」
じゃんけんで、と。
……うーむ。
なんだろう? 少し虚しい気持ちになってくるなぁ。
「でも、役員の人ってあんまり居ないんだね」
「超の主催だからね。そこまで人員の確保が出来なかったんじゃないかな?」
まぁ、だからこそ明日菜達がここまでこれたんだろうけどな。
流石に、参加者でもないヤツが控室には、色々問題があるだろうし。
不正とかの問題もあるだろうしな。
優勝賞金の額が、額なだけに。
「試合はどうだった? あの犬っころは善戦したか?」
「まだ終わってないんだけど……」
もう少し信じてあげなよ、と。
ふん。
あの犬っころがどうなろうが、別になぁ。
まぁ、勝ち上がれるなら見直してやる所だが。
アルも興味本位での出場だし、勝ちを狙うなら一気に攻めるしかないだろうが。
「なんか頑張ってるみたいよ? クウネルって人、手も足も出ないみたいだし」
「ほぅ」
手数で攻めてるのだろうか?
まぁ、私と話していたからな、正体は知らなくてもそれなりに注意しているのだろう。
中々どうして、警戒心の強いヤツだ。
真名も少し見直したのか、ほう、と小さく息を吐く。
「それより、こんな所に来てどうしたんだ?」
「? 別にどうもしないけど?」
「……何しに来たんだ?」
まったく。本当に話に来ただけか?
昨日のゴタゴタもあるんだ、木乃香は兎も角、明日菜はあんまりこういう所にはなぁ。
何があるか判らないし。
「あ、あはは……いやぁ、一回戦あんなだったから何かあったのかなぁ、って」
「何も無いっ」
お前もそういうのか。
別に何も無かったと言うのに。
そう言うと、何故か真名が肩を竦めていた。
……いや、本当に何も無いからな?
「そ、そんなに全力で否定しなくても……」
「そこは察してあげなよ、明日菜」
「何をだっ」
「さて?」
ちっ。
「機嫌悪いわねー」
「照れてる――」
「違うっ」
おー怖い怖い、と明日菜の後ろに隠れる真名。
……身長差で全然隠れてないからな?
はぁ。
「何があったん、真名?」
「聞くなっ」
「えー。仲間外れは酷ない?」
「ははは。別に言っても良いだろうに」
「……何も言う事なんか無い」
うん。
無いな。
そう頷き、目を閉じて顔を背ける。
「荒れてるわねぇ」
「というより照れ――」
「ち、が、う、と言ってるだろうがっ」
まだ言うかっ。
「はいはい」
そう気の無い返事をし、降参とばかりに両手を上げる真名。
ふん。
……大体、お前がアルと訳の判らない賭けをするからじゃないか。
そう考えると、こう。
アルを一発殴りたくなってくるな。
後で、どうにかして殴れないだろうか?
いや、そもそも。
今回のこのゴタゴタはぼーやの所為じゃないか。
うん。
次の試合は、ぼーや……覚悟しておけよ?
「ねー、ネギに勝てそう?」
「……私が負けると思うのか?」
「うんにゃ」
なら聞くな。
負ける気も無いし、見せ場を作る気も無い。
さっさと無難に勝つさ。
「でも、一応担任やし」
「担任だからと、負けてやる義理は無いがな」
大体、勝利というのは自分で手に入れるモノだ。
義理などで得ても、それには何の価値も無い。
メッキですらない、路傍のゴミに等しいものだろう。
そんなので優勝など――ナギを追うと言うのなら、それほどの侮辱も無いだろう。
「ま、一勝出来たんだ。ぼーやも満足だろうよ」
「厳しい師匠ねぇ」
「ふん。あんなのは弟子とは言わん」
自分の力量も把握できてないヤツはな。
まったく。
こんな茶番に付き合わされるこっちの身にもなってみろと。
お陰で、半日は潰れたからなぁ。
この後は部活の方の出し物もあると言うのに……。
「そう言えば、ネギって結構強いのね」
「ん?」
「田中さんに勝ったし」
ふむ。
というか、何であの試合の後から、皆あのロボットにさん付けなのだろうか?
……やはり、男の浪漫というのは判らないな。
明日菜と木乃香にいたっては女だし。
アンナののどこが良いんだか。
「ネギ君は頑張り屋さんやからなー」
「それでも、やって良い事と悪い事があるがな」
とは、2人に聞こえないように言う。
流石に今回のはなぁ。
じじいか先生に灸を据えてもらう必要があるだろう。
はぁ。こんな騒動に巻き込まれて……。
ま、判らなくもない、のかもしれない。
ナギを追う。
その背を追う。
それは、きっと――子供にしたら、当たり前の事なのだろう。
魔法使いとしてじゃない。英雄の息子としてじゃない。
一人の子供として。
だが、そうするには……ぼーやは背負っている物が違い過ぎる。
そして、それを自覚していない。
自分が、どういう立場で、どこに居るのか。
……まったく。世話の焼ける。
「ま、あの調子ならまだ負け知らずだろうしな」
「ん?」
「頭でっかちのガキだと言う事だ」
「……それは言い過ぎじゃない?」
先生に言うわよー、と。
……ふん。
言いたければ言えばいいさ、ああ。
私がそう言った事は事実だからな。
「負けた事が無いんだろうよ」
「? どういう事よ?」
「負けた事が無いから、自分の行動の意味を考えた事が無いんだよ、ネギ先生は」
私に続けるようにしてそう言うのは、真名。
なんだ、お前もそう思ってたのか。
「負けたらどうなるか、自分の行動がどう見られるか、自分がどんな立場か……それを考えきれてない、って事さ」
「それは木乃香も言える事だからな?」
「うち?」
「魔法使いがどんな立場か、その力にどんな意味があるのか。それは自分で学ぶしかない」
それは、教えられる事ではない。
いや、魔法学校で教えられはするのだろうが――それは、ほんの一部。
魔法使いの一般常識など、“こちら側”では意味が無いのだから。
ここは魔法使いの世界じゃない。
魔法の無い世界で、魔法使いが生活するには“ルール”を守らなければならないのだ。
今回のぼーやは、そのルールを破りかけた。
あの田中にも、気付かれなかったとはいえ、魔法を使ったのだから。
気付かれでもしたら……どうなるか判ったものじゃない。
オコジョ刑でも生温いだろう。
「魔法がどれだけ危険か。そして、魔法使いがどうやって生きていくか」
そういう意味では、真名も近いのだろう。
傭兵。
それでも、こうやって日常に生きている。
日常に紛れるではなく、生きている。
この違いの差。
それが、魔法使いには足らない。
この世界に紛れて生活するのか。
この世界に生きていくのか。
――そのどちらが、魔法使いの正しい未来なのか。
「木乃香。お前は魔法使いだ。それはきっと、これから先、ずっと付きまとう」
きっと、京都での事を後悔する時が来る。
知らなかったら良かったと。
「だから、これからは自分の行動に気を付けろ」
ま、いつも言っている事だから、今更と思うかもしれないが。
良い機会なので、ここでももう一度言っておく。
「……はい」
「良い返事だ」
でも、お前ならもしかしたら。
もしかしたら、刹那の為に、何度も同じ選択をするのかもしれないな。
刹那の為に魔法使いである事を選び続ける。
――羨ましい、と思う。
私にはそういう存在が居ないから。
だからこそ、こうやって教えているのかもしれない。
ま、今はそれはいいか。
「魔法使いっていうのも、結構難しいのね」
「そりゃなぁ」
楽して生きられたら、それが一番良いと思うがな、と。
こんな小難しい事を考えず、毎日笑って生きられたら。
それこそが、一番だろう。
「お前みたいに、能天気に生きられたらいいんだがなぁ」
「それって酷くない!?」
「褒めてるんだぞ?」
「絶対嘘でしょ!?」
そうか?
私としては、褒め言葉だと思うがな。
お前は能天気だからこそ、神楽坂明日菜だと思うよ。
「なんだ?」
「いや、別に?」
別に、というくらいなら笑うな、まったく。
小さく肩を振わせる真名を睨むが、どこ吹く風とばかりにその震えは止まらない。
ふん。
「仲ええなぁ」
「……今回ばかりは、素直に喜べないわ」
それは良かった。
・
・
・
しかし、だ。
「いやー、強いなおっちゃん」
「誰がおっちゃんですか。私はまだ若いです」
……なんで仲良くなってるんだ、お前達?
接点無いだろ。
試合が終わり、会場からこちらへ向かってくるアルと小太郎は笑顔。
しかも、やたら仲が良さそうだし。
アレか? 拳を合わせた仲だから、とか言うのか?
脳筋どもめ……。
「それではエヴァ、残りをお願いしますね?」
「ふん。ま、そこには礼を言っておくさ」
アルと小太郎の勝負は、当然のごとくアルの勝利だった。
というよりも、勝負にもならなかっただろう。
なのにこうも仲良くなっているのは、アルの服についた一撃の跡だろう。
うーむ。
本調子じゃないとはいえ、身体能力だけで一撃入れるとはな。
流石にそれは予想外だった。
何も出来ずに終わると思っていたからなぁ。
「中々どうして、若い方も侮れませんねぇ」
「何を言ってるんだ、お前は……」
まぁ、それだけその犬っころに懐かれたのが嬉しいのか。
それとも、単純に強い奴と戦えて嬉しいのか。
ま、私はどっちでも良いがな。
「エヴァー。頑張ってねー」
元気だな、相変わらず。
客席からでも、その声ははっきりとこちらに届いた。
……手を振ってるし。
恥ずかしくないんだろうか?
「ふむ」
ん?
何故か、明日菜の声援にアルが反応する。
「どうした?」
「いえいえ。仲のよろしいお友達ですね、と」
「ふん……別に、そんなんじゃないさ」
まったく。
私はのんびりと、静かに暮したいのだ。
あー言う元気が良過ぎるのは、どうかと思うがな。
「これからも、あの子を大事にした方が良いですよ?」
「なに?」
「お兄さんからの助言です」
「そんなに、あの犬におっさん呼ばわり――」
「お兄さんです」
……ま、どっちでも良いがな。
私にとっては、どちらもそう変わらないし。
「それではエヴァ、御武運を」
「負けんよ」
あんな“ぼーや”にはな。
そう言い、リングに上がる。
耳が割れそうなほどの歓声、とその向こうにはこちらを見るぼーやの姿。
まったく。
あんなに入れ込んで……まともに動けるのか?
田中との疲れもあるだろうに。
「エヴァンジェリンさん」
「どうした、ぼーや? 怖くなったか?」
ま、そうではないみたいだな。
その眼には、確かに力がある。
もしかしたら、アルから助言でもされてるのかもな。
それでも構わないか、と苦笑する。
私がやる事は変わらない。
「いえ……その……」
「なんだ? 言いたい事があるなら、ちゃんと言え」
まったく。
もじもじと、そうされるとまるで、こっちが虐めているように見えるじゃないか。
……こうも人目があると、流石に私もそんな気は起きないんだが?
「……怒ってますか?」
「どったの、ネギ君?」
「なんでもない。朝倉和美、さっさと始めろ」
いきなり話に入ってくるな、とも思ったが、ここは大会会場の真ん中だったな。
マイクを切ってあるだけ、まだマシか。
「ん? なんか話す事あるんじゃないの?」
「別にないさ。本人も、少しは自覚があるようだしな」
「ぅ……」
ふん。
ぼーやが何を思っているかは知らないし、その行動がぼーやにとってどれほどのものかも判らない。
だが、一つ判っている事がある。
ぼーや。
お前は少し頭を冷やす時間が必要だ。
「お前がどれだけ注目されてるか知ってるし、それに応えようとしているのも知っている」
それは、見ていたからな。
だが、その心の内は――声にしないから判らない。
まったく。
お前はあの人から何を学んだんだ?
「だが、まだ駄目だな」
お前を勝たせる訳にはいかない。
アルの言葉じゃないが、お前が勝つのは、まだ早い。
お前は勝つ前に、まだまだ学ぶ事が多過ぎるようだ。
『それでは第二回戦、第一試合――開始ですっ』
「来いよ、ぼーや」
腕をだらりと下げ、待つ。
来い。
頭でっかちのぼーや。
頭で考えて行動はしているが、自分が見えていないぼーや。
天才で、英雄の息子で、誰からも将来を有望視されてるぼーや。
大変だと思うよ。
そして、可哀想だとも。
だから、来い。
私が、お前に“負け”を教えてやろう。
「行きますっ」
それは、田中と戦ったの時のように“戦いの歌”を使ってからの直進。
確かにこれは、一度見て判っていても早いな。
だが――。
『おおーっと、子供先生倒れたー!? 何が起こった!?』
殴りかかって来たその腕をとり、その勢いのままバランスを崩させ足を払う。
ふむ、やはり単調だな。
初見の機械相手なら良いだろうが、それじゃ少し格闘技を齧った者には通じない。
おそらく、クーフェイや長瀬楓……この大会の予選を抜けた者には、厳しいレベルだ。
まぁ、それでも――私に向かってくる気迫だけは、及第点か。
「くっ――」
「立て」
倒れたぼーやに追撃はせず、また少し間合いを開けて、待つ。
田中と戦った時に、アルから聞いたのはこれだけか?
まだあるんじゃないのか?
「アルから何か聞いたんじゃないのか?」
「……アル?」
ああ、そう言えば、偽名使ってたんだったか。
面倒なヤツだな、あいつも。
額に手を当て、溜息を一つ。
何で私が、アイツの為に気を使わなければならないのか……。
「クウネルだ」
「あ……気付いてたんですか?」
いや、気付かない方がおかしいから。
魔法使いとしては。
ま、いいか。
……というか、やっぱりお前反則してるじゃないか。
後で文句……今更言ってもか。
はぁ。
「そういえばぼーや、ウェールズの方で誰かと争った事はあるのか?」
「え?」
「勝負した事だよ」
しかし、魔力を使えないっていうのは結構不便だな。
向こうは使ってるし。
うーむ。これは中々、スリルがあるな。
「いえ、そういうのは僕は苦手で……」
「だろうな」
やはり、私と真名の考えは正しかったか。
負け知らず。
それは聞こえは良いだろうが、あまり良い事ではない。
負けから学ぶ事もある。
そして、それはきっと――とても大切な事だ。
あの京都で、それを感じたはずなんだがな。
それとも、私の思い違いだったのか。
あの戦いでぼーやが学んだ事は何なのか。
今の生活で、ぼーやが学んだ事は何なのか。
「来い」
私が勝つ。
それは、ぼーやが負けると言う事。
歓声が遠い。
ぼーやを見ながら、小さく笑う。
勝つことしか考えていない眼。
その眼が、私を見ている。
顔は何処となく、ナギに似ているな、と。
うん。その力のある瞳は、ナギに似ているな。
成長したら、もっと似るかもしれない。
だが、アイツほど強いと言う訳ではない。
ぼーや。
お前の強さはなんだ?
ナギのような、人を引っ張っていく“力”じゃない。
ぼーやの強さは、なんだ?
それが判ったはずだから、私はお前を鍛えたんだがなぁ。
最短の距離を、最速の動きで詰めてくる。。
だが、直線的な動きは、どれだけ速かろうが単調だ。
その直進を読み、今度は――。
『こ、コレは痛いっ! 子供先生、今度は背中から叩きつけられたーっ』
合気の要領で、その勢いのままリングに叩き付ける。
それで、終わり。
今のぼーやの、個人の力量なんてこんなものだ。
私とは勝負にすらなりはしない。
そこに魔法があろうが、無かろうが、だ。
しかし――今度は躊躇無く魔法を使ってきたな。
さっきの一撃、拳に無詠唱で発現した魔法の矢を纏わせてたのか。
受けた右の掌が、焼けるように痛む。
おそらく火傷したのだろう。
……ま、この程度ならすぐに治るか。
そう思いリングを去ろうとして――。
『おーっと、立てるか、子供先生っ!』
そう朝倉が言うように、フラフラではあるが、立ち上がろうとするぼーや。
ふむ。
背中から落としたから、体中が痛いはずだがな。
……気合で無視しているとでも言うのか。
まるで先生の所の犬みたいだな。
そう思い、小さく笑ってしまう。
なるほど……こんな所くらいは、半人前程度はあるようだな。
だが。
『エヴァンジェリン選手、子供先生の立ち上がりを狙った一撃っ』
それだけだ。
立ち上がるのが限界だったのだろう。
右の掌打で顎を狩り、脳を揺らす。
それで、終わり。
気を失ったぼーやを見下ろしながら、小さく溜息。
気合以外は、半人前の半分も無いな。
はぁ。
『勝負ありっ! エヴァンジェリン選手。一回戦に続き、二回戦も危なげなく勝利しましたー』
これで、この大会に出場する意味も、一応は無くなったか。
この私に、その小さな体躯で向かってきた勇気は褒めるが、まだまだだな。
それではアルも私もじじいも納得は出来ん。
――本当に、まだまだだな。
殴り合いなんて、麻帆良に来るまでした事が無いと言っていた。
英雄の息子と喧嘩なんて、してくれる奴も居なかったんだろう。
だが、ぼーや。
それが今のお前の限界だ。
喧嘩をした事が無い。それは言い訳にもなりはしない。
勝負する以上、負けたら終わりなのだから。
ま、今度は負けない勝負をするんだな。
……もしくは、どうやって勝つか。どうしたら勝てるか。自分で勝負できるのは何か。
医務室でゆっくり考えると良い。
「いやはや、相変わらず容赦が無いですね」
リングから降りると、そう言いながらあるが寄って来た。
「手加減した方が良かったか?」
「貴女がそうしたいのでしたら」
なら問題無いだろ。
大体、手加減すると言うのは性に合わないしな。
それに、ああいうのは、一度こうやって鼻を折ってやるのが良いんだよ。
「ナギを追うなら、こんなのじゃなくて、もっとしっかりとしたのを追えば良かったんだ」
「ほう? 貴女はそれは、なんだと思うんですか?」
「……こんな所で教師なんかしなくて、ナギと同じ事をして追えば良かったんだよ」
アイツだって、魔法学園中退じゃないか。
ナギを目指すと言うのなら、真面目に学生をするなんて事……まず、そこからが間違いなのだ。
だと言うのに。まったく。
「まぁ、流石に父親が学校中退というのは知らされてないんじゃないですか?」
「……そうなのか?」
「恐らくですが」
なるほど。
……だったら、ぼーやの中のナギ像は一体どうなっているんだろうか?
やはり、清廉潔白な物語の英雄なのだろうか?
――ふむ、結構笑えるな。
あのナギが?
呪文詠唱すらカンペ用意してたようなヤツが?
私との勝負に、事前に罠仕掛けてたようなヤツが?
無いな。
「おーい、エヴァ」
そんな事を考えながら、控室に向かって歩いていたら、私を呼ぶ声。
考えを中止して、それに応えるように振り返る。
「どうした、真名?」
「ん? いや、怪我の調子はどうだい?」
「怪我?」
別に、殴られてはいないがな。
怪我らしい怪我も……。
「コレか?」
そういえば、右手を火傷していたな。
ぼーやにも困ったものだ、
いくら吸血鬼とはいえ、生きてる奴に魔法とは。
――その思い切りの良さは、まぁ……長所なのかもしれないが。
その、右の掌を真名に見せるように翳す。
「うわ……結構ひどいね」
そうか?
そう言われると、結構痛いな。
人目があったからあまり気にしないようにしていたんだが……真名に見せた後、今度は自分で見る。
……うわ。
「これはまた……」
ぼーや、一体どれだけの魔力を込めたんだ?
流石にこれはやり過ぎだろう。
手のひら全体の皮膚が焼けて、軽くだが出血までしてる。
うーむ。
これは治るのに、少し時間が掛りそうだなぁ。
……まぁ、一般人相手にこれをしなかっただけ、良しとしておくか。
流石に、コレはなぁ。
「医務室に行く?」
「遠慮しておくよ」
今から行くと、ぼーやも居るだろうしな。
流石に、試合に勝った手前、いきなり会うのも気が引ける。
というよりも、私が説教してしまいそうで会いたくない。
それは私の仕事じゃないしな。
「控室で時間潰してれば……血は止まるだろうさ」
傷は――まぁ、手の平だしな。
そう目立つような事をしない限り、気付かれるような事は無いだろう。
「ん、判ったよ」
さて、と。
真名は気付いたが、明日菜達は流石に気付いていないだろうな。
それなら良いか、と。
そのまま真名も一緒に控室にでも、と言うと。
「あ、ちょっと医務室に寄ってくるよ」
「ん? そうか、判った」
そう言って医務室の方へ歩いていく真名の背を、目で追う。
まぁ、担任だしな。
そう酷くはしてないとは判っているだろうが、心配――という事か?
ふぅん。あれで中々、人望はあるのかもな。
「フられてしまいましたね」
「そんなんじゃないだろ」
何を言い出すかと思えば。
そう言うんじゃないだろ。
心配だからとか、きっとそんな感じ。
ぼーやも、中々人に好かられる性格だからなぁ。
……性格と容姿か。
「どうします? 傷、治しましょうか?」
「別に良いさ。この程度の事で、お前に借りを作るのもな」
「お気になさらず。私を楽しませてくれればそれで十分ですから」
それが嫌なんだよ。
何で私が、お前を楽しませなければならないんだ? まったく。
「そう言うのはじじいに――って、お前の事、じじいは知ってるのか?」
「さぁ? どうでしょうか」
ふん。
ま、自分の事はそう喋らないと言う事か。
いいさ。
お前が生きていた、とりあえずされが判れば十分だ。
どれだけ探しても足取りが判らなかったというのに、いきなり人の前に出てきて。
……何も無いと良いんだが。
控室につき、適当な所の椅子に腰を下ろす。
そのまま、手の平の怪我を見つめる。
「どうしたんですか?」
「いや。コレを口実に棄権するかな、と」
迷うなぁ。
そう考えた時だった。
「エヴァー? 怪我したんだって?」
「エヴァちゃん、大丈夫?」
救急箱片手に、明日菜達が来た。
その後ろには苦笑いしている真名。
……お前、喋ったな?
・
・
・
やる事はやったので、武闘大会の会場を抜け出し、暇潰しを兼ねて茶道部の野点会場に。
昼時だからか、他の部員も昼食やら休憩やらで誰も居ない。
実質の貸し切り状態である。
そんな中で茶々丸の淹れた茶を飲み、小さく息を吐く。
うん。
「にが……」
「そう言う事は口にするな……」
まったく。
だから最初に言っただろうが、お前には合わないと。
だからこそ、意地になって飲んでるんだろうが。
まぁ、私の言い方も悪かったよ。うん。
しかし、負けん気が強いというかなんというか。
ま、それも明日菜の良い所か、と。
心中でそう納得し、もう一口、茶を啜る。
しかし、木乃香と刹那は残念だったな。
昼からクラスの方の出し物に回らないといけないとは。
今度、茶道部の方に誘ってやるかなぁ。
真名の方も、あの後アルの奴に負けてしまったし。
アイツも、少しは手加減くらいしろ、と。
大人げないというか。
ま、こんな場で考えるのもバカらしいか。
「あ、でも。後味は良いのねぇ」
「まったくだ。私もこういったお茶は初めてだけど、美味いもんだね」
「ありがとうございます」
そう言い、律義に頭を下げる茶々丸。
しかし……。
「どうかしたの、茶々丸さん?」
「いえ……」
そうは言うが、心ここに非ずといった感じでチラリ、と視線を逸らす。
それはその時々で違い、部室の方であったり、日除けの傘の方であったり。
まるで誰かを探すかのよう――というより、探しているのか。
そう苦笑してしまう。
表情はいつも通り、変化は無いんだがなぁ。
「誰か探してるのかい?」
「そういう訳では……」
そうは言うが、しばらくしたらまた、その視線はどこかへ向けられる。
誰を探しているんだ?
そう聞きたくはあるが、まぁ、そこは聞かないでおいてやる事にする。
かわりに真名が聞くが、その質問への答えは曖昧なもの。
もしかしたら、本人すら、誰かを探しているという感覚ではないのかもしれない。
無意識に、とでも言うか。
「でも、茶々丸さんのお茶って飲みやすいわねー」
「いえ、誰が淹れても同じかと……」
「そんな事無いって」
そう言って、用意されていた茶菓子に手を伸ばす。
マイペースだなぁ、相変わらず。
真名と2人で苦笑しながら、私ももう一口茶を啜る。
うん、美味い。
午前中は身体を動かしたからか、やけにゆっくりとした時間に感じてしまう。
……ああ、のんびりしてしまっているな、と。
やる事は多いんだが、そのほとんどは他の魔法先生達に手伝ってもらっている。
超を探すこと、そして、今回の騒動の目的。
魔法使い側としての行動。
だからこその、この、小さな自由な時間。
その事に頬を緩め、茶をもう一啜り。
「でも、茶々丸さんって着物も似合うのねぇ」
「そうでしょうか?」
まぁ、そこは私も思うがな。
身長もあるし、身体の関節部も隠れる。
だからこそ、茶々丸は着物が良く似合うと思う。
以前は髪も完全に纏めていたが、今は葉加瀬に止められてるから少し纏めているだけで首筋が少し覗いている。
でも、認識阻害の結界の中でなら、そう目立つようなものでもないだろう。
こう見ると、確かに人形には見えない。
そうやって誰かを探している様子は、本当に……一人の人間のようだ。
感情豊か、とは言えないのかもしれない。
でも、感情が無いとは言えないその仕草は、確かに茶々丸が生きているのだと、そう思わせる。
「明日菜さんと真名さんも、よく似合われると思います」
「そ、そうかな?」
そうだな。
明日菜も真名も、確かに似合いそうだ。
「明日菜は似合うだろうね」
「真名も十分似合うと思うぞ?」
身長あるし、髪も長いし。
明日菜も髪形を変えたら、十分似合うだろう。
それに何といっても……なぁ。
「なんだい?」
「いや、別に?」
そう小さく笑い、また茶を啜る。
どうにも中学生に見えないからなぁ、お前は。
真名と那波千鶴と雪広あやかは特にそうだろう。
あれは……うん。
どうかと思う。
「着てみますか?」
「へ?」
「着付けは出来ますが」
ふむ。
「着てみたらどうだ、明日菜?」
「うえ!?」
……お前。
驚いたら驚いたで、もー少しマシな声は出ないのか?
流石にそれはどうだ?
そりゃ、タカミチでも引くぞ……。
「えー……でも、似合わないわよ?」
「そのような事は無いかと」
だな。
身長もあるし、顔もそう悪くはない。
髪も長いから、纏めてみるのも面白そうだ。
それか、いっその事飾り付けて見るのも悪くないかもしれない。
うん。
想像の中ではだが、中々どうして、結構似合いそうじゃないか。
「明日菜さんなら、よくお似合いになるかと」
「ちゃ、茶々丸さんみたいに、私お淑やかじゃないし……」
「安心しろ。性格はともかく、顔はそう悪くない」
「褒めてないでしょ!?」
褒めてるだろうがっ。
後最近、何でお前は頭を押さえるんだっ。
ぐっ。
「仲良いねぇ」
「でしょ?」
「どこがだっ」
頭押さえながら、何で誇らしげなんだよ、お前はっ。
こ、このっ。
「マスター、明日菜さん?」
「ご、ごめんなさい……」
「す、すまん……」
……しかし、最近は茶々丸も感情を良く出すようになったもんだ。
うん。
決して怖いわけじゃないからな?
私が主人だし、立場は上だし。
しかしこー……なんというか。
「最近、茶々丸さんって言うようになったわねー」
「だなぁ」
「なにか?」
「いえ、なんでも……」
「いや、なにも……」
何というか、なぁ?
まぁ、良い事、なんだとは思うが。
以前の一歩引いた感じの茶々丸は何処に行ったのやら。
「そして、茶々丸さんには頭が上がらない、と」
お前も人の事言えんだろうがっ。
まったく、一人だけのんびりと茶を飲んで……。
「お二人とも、お茶を飲む時はお静かにお願いします」
「「はい……」」
むぅ。
私は悪くないと思うんだがなぁ。
「マスター?」
「いや、なんでもない……」
まぁ、ここは大人しくしておこう。
そうして、三人で茶々丸の淹れたお茶を飲んでいると、茶々丸の視線がまたどこかへ向く。
「どうしたんだい、茶々丸さん?」
「いえ」
そうは言っても、そうあからさまだとなぁ。
明日菜は判ってないようだが、真名は何か感じたのか、茶を飲んで口元を隠している。
というか、きっと判っているんだろう。
こいつは、こういうのは敏感だからなぁ。
恐らく、内心では楽しそうに笑っているのだろう。
私も人の事は言えないのだが。
まったく。
本当に――どう言えば良いのか。
人間らしい、と言うのか、人形らしくないというか。
喜ばしい事ではあるがな。
「でも、この時間って誰も居ないの?」
「はい?」
「だって、茶々丸さんだけじゃない。茶道部」
「……私も一応、茶道部なんだが?」
「着物着てないじゃない」
……それもそうだがな。
ま、だからと言って、誰彼に茶を振舞うつもないが。
「今は、皆さん休憩に行かれてますので」
「そうなの?」
「はい。私には、休憩は必要ありませんので」
ま、お前にはそれ以外の意味もあるんだろうがな。
しかし……来ないな。
そう思っていると、また茶々丸の視線がどこかへ向く。
そんなに熱心に探さなくても、どうせそのうち来るだろうに。
「茶々丸さん、もう少し落ち着いた方が良いんじゃないかな?」
「……何の事でしょうか?」
本当に判っていないのか、それとも判っているが気付いていないのか。
――それとも、まだ知らないのか。
きっと、知らないのかもしれないな。
そう思うとまた、茶々丸のその行動が、可愛らしく思えてくる。
まったく。
まるで……親を探す、迷子の子供のよう。
きょろきょろ、きょろきょろ。
あっちを探したり、こっちを探したり。
落ち着きが無いというか、何と言うか。
本当に、変わったなぁ。
いや、この場合は成長した、と言うべきか。
「真名、何か知ってるの?」
「さぁ?」
明日菜の質問にそう答え、また楽しそうに笑って茶菓子を摘む真名。
お前も大概、意地が悪いと言うか、何というか。
楽しんでるなぁ。
「どうかしましたか、真名さん?」
「いやいや。茶々丸さんを見ていると楽しいなぁ、と」
「?」
そう言われ、首を傾げる茶々丸。
まぁ、そうだろうな。
私も、こんな茶々丸が見れる日が来るとは思ってなかったしな。
これはこれで、中々見ていて楽しいものだ。
明日菜とは違ったものがあるな、うん。
「マスター?」
「ん?」
「……いえ」
怒った、とは少し違うのだろう。
だが、不機嫌――なのかもしれない。
からかわれて怒ったのか、それとも、自分の中の変化が判らなくて怒ったのか。
それともその両方か、または、全然違う変化なのか。
ここまで来ると、もしかしたら、茶々丸の中の感情は、茶々丸以外には判らないのかもしれないな。
そしてまた、視線はどこかへ。
……お前のそういう所は、本当に、何というかなぁ。
「なんか、私だけ仲間はずれな気がするっ」
「気のせいだろ」
「気のせいだよ」
明日菜の物言いに真名と同時に答え、茶菓子を一摘み。
しかし、待ち合わせは何時だったんだろうか?
……ま、いいか。
偶にはこんな、のんびりした茶会も。
以前は部活の連中や、茶々丸と二人だけだったお茶会。
なのに今は、そこに明日菜と真名が居る。
超の件、麻帆良祭期間中じゃなかったら、木乃香達も誘っても良いかもしれないな。
……私の周りにも、人が増えたもんだな。
そうしみじみと思ってしまう。
はぁ。
「茶々丸さん、なにがあったのー?」
「いえ、特には何も」
「明日菜、もう少し行儀良く出来ないのか?」
「う……」
まったく。
まぁ、私が言えるような事でもないんだがな。
とりあえず、物を口の中に入れて喋るな。
「まるで母親だね」
「勘弁してくれ」
こんな落ち着きの無い娘は要らん、と。
そういうと、また手で頭を押さえられた。
こ、この……っ。
「マスター、楽しそう」
「どこがだっ」
まったく。
「笑うな、真名っ」
「笑ってないよ?」
目茶苦茶顔がにやけてるだろうがっ。
はぁ。
「あ」
「ん?」
そうやってしばらくすると、茶々丸の視線が、一点で止まる。
来たか?
その声に反応して、茶々丸が見ている方に視線を向けると、
「おー、マクダウェル達も居たのか」
「遅かったじゃないか」
待ち人、で間違っていないのかな?
片手を上げて、のんびりとこちらへ歩いてくる先生に視線を向け、小さく笑ってしまう。
何と言うか、なぁ?
「そんなに遅かったか?」
そう言って、携帯で時間を確認し、
「というか、他に誰か居ないのか?」
「どうしてでしょうか?」
「いや……」
そこまで言って、周囲に視線を向ける先生。
まぁ、そうだよな。
流石に、生徒に囲まれてお茶会、と言うのもくすぐったいものがあるんだろう。
「先生、こちらに」
そう言い、空いていた自分の隣に先生を誘う茶々丸。
うーむ、これは……。
「あー、良いのか?」
「? ……構いませんが」
はぁ。
こういう、何というか……男の機微には、疎いなぁ。
ま、それも茶々丸らしいか。
茶々丸の近く、真名の隣に腰を下ろした先生に向けて、小さく笑う。
「そう笑わないでくれよ、マクダウェル、龍宮」
「いえいえ、外野は気にせずに」
「誰が外野だ。まったく……ちゃんと麻帆良祭は楽しんでるか、四人とも?」
「ばっちりっ」
「そりゃ良かった」
相変わらず元気だなぁ、明日菜は。
その物言いに真名と2人で苦笑し、先生は満足そうに一つ頷く。
「それにしても……茶道部の、他の部員はどうしたんだ?」
「今は休憩中です。お昼も近いですので」
「……何か悪いな、そんな時間に来て」
もう少し早く来れば良かったな、と。
別に、そういう事は……ないと思うんだがなぁ。
というか、そういう時間に誘ったんだろうけど。
「いえ、私がお誘いしましたので」
「でも、マクダウェル達の相手だけで手一杯だろう?」
「そのような事は……」
そこまで遠慮しなくても……と言うのは難しいかな、この人の性格なら。
何だかんだで、自分より生徒を優先するからなぁ。
そこがこの人らしいと言えるんだが。
先生の茶を新しく用意している茶々丸を見ながら、小さく笑ってしまう。
……なんというか、うん。
一生懸命、だな、と。
見ていて微笑ましいというか。
「そういえば、マクダウェルも茶道部だったな」
「私は茶を点てないからな?」
「そこでそうはっきりと否定しなくても……」
「今日は茶々丸の茶を飲んでやってくれ」
「まぁ、そのつもりだけどさ」
絡繰から誘われたしな、と。
そういうと、一瞬だけ――微かに、茶々丸の手元が震える。
はあ。
「少しは手伝ってやれよ、マクダウェル?」
「もう少ししたらな」
もう少しっていつだ、と言う声を聞きながら、茶を一啜り。
うん、美味い。
「先生、どうぞ」
「お、すまないな」
――――――
絡繰が点ててくれた茶を口に含むと、以前飲んだのよりも、若干香りの強いその味が口内に広がる。
へぇ、これは美味いなぁ。
「……どうでしょうか?」
「ん? ああ、美味いよ。前飲んだ時のよりも、こっちの方が飲みやすい」
うん。
こっちの方が、俺は好きになれそうだ。
「そうですか……良かったです」
前のは前ので美味かったけどな、と。
そう言うと、茶菓子を差し出される。
それを一口齧り、また茶を一啜り。
「こういうお茶って、部費で買ってるのか?」
「ああ。大体は顧問か部長が選んだヤツだな」
「へぇ。じゃあ、部費でこんな美味いお茶飲んでるのか」
羨ましいな、と。
うーむ。
俺も来年度は、どこかの部の顧問とかやってみたいな。
出来れば食べ物系で。
調理部とか……まぁ、もう顧問居るんだけどさ。
「でしたら、また飲みに来られても……」
「流石に、そこまでは出来ないだろ」
誘われたならまだしも、自分から飲みに行くのはなぁ。
それに、作法もそう詳しいわけでもないし。
「こうやって、誘われた時に飲めれば十分だ」
それに、これ以上舌が肥えたらなぁ。
「そうですか……」
「ま、先生にも体面があるからな」
「マクダウェルに言われるとなぁ」
「別に誰が言っても同じだと思うがな」
そりゃそうだけどさ。
流石に、生徒の部活にお邪魔して茶を飲みに行く、って言うのもな。
色々と恥ずかしいのだ。うん。
「ならまた、お誘いしても……?」
「まぁ、また何かあったらなぁ」
俺にも仕事があるからな、と一言断りを入れておく。
生徒にそう誘われるのも、こう、色々とあるしなぁ。
まったく、難しい職業である、教師と言うのは。
好意、と言うよりも善意か。
それを受けるにも、一つ考えないといけないのだから。
「それでは、またお誘いいたします」
「……お手柔らかに」
「?」
マクダウェル達が笑い、俺は苦笑してしまう。
絡繰だけ首を傾げるが……まぁ、なぁ。
もしかしたら、こうやって誘うのも初めてなんだろうか?
なのかもなぁ。
今までの感じから。
「大変だね、先生」
「他人事みたいに言わないでくれよ、龍宮」
こういうのは、あんまり良くないんだからな。
……嬉しいんだけどさ。
やっぱり俺も教師だし。
生徒から誘われるのは嬉しいもんだ。
しかし、それを直接受ける事が出来ないというか、何と言うか。
「先生、午前中は何をしてたの?」
「ん?」
「いや、話題話題」
ああ。
うーん……午前中、なぁ。
「見回りしてたな」
「相変わらず、真面目だな」
「それが仕事だからなぁ」
真面目とか、それ以前の問題だ。
これでも教師なんでな、仕事をしないと給料が貰えないんだよ。
「まぁ、息抜き混じりだけどな」
「不良教師だな」
「折角の麻帆良祭なんだ、楽しまないと損だろう?」
「それもそうだな」
こういう時は、楽しんだ者勝ちだと思うね。
適度に働いて、適度に楽しむ。
そうしないと、パンクしてしまいそうだ。
「一人で?」
「いや、源先生と2人でだけど?」
「……それは意外な組み合わせだね」
そうか?
まぁ、確かにそうかもなぁ。
源先生と俺じゃ、釣り合わないというか、何と言うか。
うん。無いな。
「源先生と、お2人でですか?」
「ん? ああ」
別に何も無かったけどな、と。
そう言うと、絡繰を除く三人から笑われてしまう。
まぁ、だよなぁ。
残念ながら、あんな美人と釣り合うほどに良い男、と言うわけでもないし。
今日のは本当に運が良かったとか、そういった所だろう。
「ま、源先生は、先生には荷が重いだろうね」
「ハッキリ言うなぁ」
まぁ、本人が一番良く判ってるけどさ。
やっぱりそう言われると、何と言うか、さ。
ま、こっちもそう期待してないから別に良いけど。
「でも、先生って源先生と仲良いの?」
「職員室で話すくらいだよ」
そう言い、茶を一口啜る。
あれ? 何でこんな話になってるんだ?
そう首を傾げるが、
「先生って、彼女居ないの?」
「……神楽坂。そう言う話を、教師に振るなよ?」
「えー」
なんか、変な火が神楽坂に灯っていた。
なんなんだか……。
何と言うか、本当にこの子は年相応と言うか。
はぁ。
他人の事より、自分の事を気にした方が良いと思うのは……まぁ、思うだけなら良いよな。
口に出すのは、教師としてアウトだろうけど。
「茶々丸さんも、興味あるよね?」
「……どうでしょうか?」
「いや、そこで聞き返されるとこっちも困るんだけど!?」
神楽坂、落ち着け。
そう視線を向けるが、気付いてもらえない。
なので、ストッパーのマクダウェルに視線を向けると、こちらはこの現状を楽しんでいるらしい。
うーむ。
龍宮は……龍宮もか。
本当、この年頃はこういう話題が好きだなぁ。
そんなに楽しいか? 恥ずかしいだけなんだがなぁ。
言う方も、聞く方も。
「マクダウェルは、誰か好きな人とかは居るのか?」
「――なに?」
「あ、それ気になるかもっ」
お、食いついたな。
良かった良かった。
……そう睨まないでくれよ、マクダウェル。
俺だって、悪いとは思ってるんだぞ? 一応。
まぁ、マクダウェルなら神楽坂みたいに教師が好き、と言うのは無いだろうし。
と言うよりも、居ないだろうし。
神楽坂の話題を逸らせれば、それで良いわけだし。
そう内心で言い訳を並べながら、茶菓子を食べる。
うん、美味い。
「別に――私の事は、良いだろ。別に……」
あれ?
「あ、ああ……」
何と言うか、うん。
予想していた反応と、全然違った。
居る居ない、じゃない。
どう言えば良いのか……うん。
そう恥ずかしがられるとは思わなかった。
それは神楽坂も同じだったんだろう。固まってるし。
「すまん」
無神経だった、と。
そう謝り……この微妙な空気はなんだ、と内心で溜息を吐いてしまう。
えーっと。
俺が悪い、よなぁ。
祭りで気が緩んでたとは言え、無神経すぎた。
マクダウェルだって吸血鬼だけど、女の子なんだなぁ、と。
しかし、マクダウェルがねぇ。
誰だろう、と興味がわいてしまうのも事実。
……流石に、そこまで聞かないけどさ。
「……ふ、ん。それより先生、これから何かするのか?」
「ん?」
俺?
「いや、特には……」
えーっと……うん。
特にする事は無いなぁ。
「午後からも見回りすると思う」
魔法先生達は、超とか、世界樹の問題とかで忙しいらしいし。
そうなると、魔法使いじゃないこっちが見回りは頑張らないといけないしな。
まぁ、
「夕方にはクラスの出し物見に行くから、シフトが入ってたらちゃんとしてろよー」
「う……」
それに反応したのは龍宮。
なんだ、龍宮は夕方からか。
「マクダウェル達は、これからどうするんだ?」
「とりあえず、どこかしら見て回るつもりだ」
「そうか」
しかしなぁ。
以前は絡繰だけだったマクダウェルの周りも、随分と賑やかになったもんだ。
「近衛達は一緒じゃないのか?」
「木乃香と刹那さんは、いま教室の方」
「なるほどなぁ」
なら、一緒には回れないか。
もしかしたら、時間が合ったらこの四人の中に近衛と桜咲……それに、月詠も一緒なのかもな。
本当に、賑やかになったもんだ。
前は2人だけだったのに。
今じゃ7人……もしかしたら、それ以上か。
本当に――変わったなぁ、マクダウェル。
「どうした?」
「いや、楽しそうだなぁ、と」
「……ふん」
俺の考えている事が判ったのか、龍宮も笑ってる。
うーむ。
そんなに顔に出るかなぁ?
自分じゃそんなつもりは無いんだけどな。
「それじゃ、そろそろお暇させてもらうよ」
「……もうですか?」
「ああ。見回る所も、まだまだあるしなぁ」
これでも結構忙しいんだよ、と冗談めかして言う。
この後は……どうするかな。
まぁ、それは動きながら考えるか。
立ち上がり、伸びを一つ。
あー……大分、ゆっくりしたなぁ。
「そうですか……」
「……えーっと」
落ち込んでる? 表情変わらないけど。
もしかして、もう少し……って言うのは考え過ぎか。
「それじゃ、またなー」
「ああ、また夕方に」
「先生も、お仕事がんばってー」
「おー」
龍宮と神楽坂の声を聞きながら、野点の会場を後にする。
しかし……うーむ。
何と言うか、なぁ。
あの時。あの雨の日から……ちょっと、マクダウェル達との距離感が曖昧と言うか。
前からそんな所があったけど、なぁ。
少し考えないとなぁ。
そんな事を考えながら、頭を掻く。
ただの教師と生徒の関係、か。
源先生から言われた言葉が、頭をよぎる。
……問題、だよなぁ。
いかんいかん。
俺達にそのつもりは無くても、周囲がそう見ないって事はあるんだし。
気を付けよう、本当に。
とりあえず、見回りをちゃんとするか。
それが仕事だし。
野点に誘われたからって、浮かれてる場合じゃないぞ、と。
自分にそう言い聞かせる事にする。
「はぁ」
……俺って、勘違いしやすいタイプなのかもなぁ。
いかんいかん。
――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――
うーむ。
結局優勝は、あのクウネルってオッサンかぁ。
あの小太郎をなん無く退けただけはあったなぁ。
しっかし、姐さんは何でまた棄権なんかしたんだろうか?
折角だから、優勝して賞金貰えば良いのに。
「これからどうしましょうか?」
「だなぁ」
本当なら、あの超って嬢ちゃんを探さないといけないんだが……どこにいるか判んねぇしなぁ。
そうなると、この麻帆良中を探さないといけないわけだ。
……考えるだけで憂鬱だぜ。
「マァ、目立タネェヨウニ探スシカネェダロウナァ」
「っすね」
はぁ。
姐さんも、無理言うよなぁ。
ま、魔法使いの方も動いてるらしいし、見付からなくてもそう怒られねぇだろ。
そう考えるとまだ少し気が楽だな。
「それじゃ行きましょう、カモさん」
「んあ? そう急がなくても……」
「駄目ですよー。お祭りは後一日と半分しかないんですから」
どうせ屋台を冷やかすしか出来ないってのに。
まぁ、そう楽しそうだとこっちも楽しくなるけどな。
「んじゃ、行きましょうかチャチャゼロさん」
「オー」
……こっちは対照的に、やる気無いっすねぇ。