うーむ。
なんというか、まぁ、うん。
ぼーや……あー、えーっと。
「いやはや、近頃は化学もバカになりませんねぇ」
「……そんなレベルか?」
何と言うべきか迷い、とりあえずそう答える。
うん。
「駄目だろ。科学部」
「科学部じゃなくて、工学部ですよー」
……問題はそこじゃないだろ、葉加瀬。
私の隣に立つ葉加瀬が、律義にそう返してくる。
麻帆良武道大会の第一試合。
ぼーやと、田中とか言う奴の勝負だったのだが……だ。
むぅ。
空いた口が塞がらないと言うか、溜息も出ないと言うか。
顎に手を添え、とりあえずコメントは控えておく。
もう、なんだ。
色々酷いと思う。
あと茶々丸? お前後でお仕置きな?
なに暢気に大会の解説なんてやってるんだ。
そりゃ、お前に何をしたらいけない、とは言ってないが……。
流石に、こういった大きな大会に関係する事をするなら、一言言ってくれ。
「うっわ、すっげぇ!? 姉ちゃん、ロケットパンチやでっ」
「そ、そうだな」
その葉加瀬の隣では、小太郎が年相応の子供のようにはしゃいでいた。
そして、会場の約半分であろう――男連中のテンションも、上がってきている。
なんでだろう?
そんなにロケットパンチが良いのか?
あんなの、効率的じゃないだろうに。
一回使ったら回収しないといけないんだぞ?
田中のは有線だから、線切られたら多分もう使えないんじゃないのか?
実際、一発撃ったら線を巻いているのだろう。連射は出来ていない。
不便じゃないか。
……そう言ったら、物凄く怒られた。
…………納得がいかん。
が、面倒なので反論はしないでおく。
ちなみに真名は長瀬楓の激励に、控室へ行っている。
このテンションの連中の中に置いていかれると、こう、なんだな。
「エヴァンジェリンさんには、浪漫が無いです」
「まったくや」
…………物凄く、納得がいかない。
私が悪いのか?
だって有線だぞ?
明らかに効率悪いじゃないか。
まだ手に火薬仕込んで、単発のミサイルパンチにした方が便利だと思うんだがなぁ。
……言わないけど。
さっき葉加瀬に怒られた時、少し目が血走ってたから。
あとクソ犬? お前、この私に良くもそんな口が聞けるなぁ。
「ロケットパンチとドリルは男の浪漫ってヤツや」
「そ、そーか」
そういうものなのか?
……良く判らん。
「杭打ち機は流石に許可が下りませんでしたが……」
「……死ぬだろ、ソレ」
というか、ロケットパンチはともかく、ドリルと杭打ち機は殺傷能力が高過ぎるだろう。
レーザーもあまり言えないだろうが。
あれって熱線だろう?
ルールに引っかからないんだろうか?
まぁ、朝倉も何も言わないし、良いんだろうなぁ。
というか、何気にアイツ、反射神経良いよな。
上手い具合に田中のレーザーやらロケットパンチやら避けてるし。
半泣きだけど。
ざまぁみろ。
しかしまぁアルの奴も子供みたいにはしゃいで……こういうのが好きなんだろうか?
「なぁ、アル?」
私を挟んで、葉加瀬の反対側に立つあるを見上げながら、声を掛ける。
……お前、もう結構良い歳だよな?
あんな非効率的なのを見て、どうにも思わないのか?
「なんですか、エヴァンジェリン?」
「……こー言うのが、お前好きなのか?」
「男なら、田中さんの可能性に胸を躍らせない人はいないでしょう」
「…………そ、そうか」
そういうものなのか。
男というのは、良く判らんのが好きなんだなぁ。
あんな筋肉ダルマの、どこが良いんだか。
「エヴァンジェリンには、まだ男の浪漫は早かったようですね」
「……はぁ」
なんだ。
言い返す気力も無い。
とりあえず、頑張れ田中。
私の為に。
……そう応援する事すら、なんか嫌だ。
視線の先。
特設リングでは、ロケットパンチやら、レーザーやらを避けるぼーやが頑張っている。
何でだ?
ロケットパンチは連射出来ないんだから、その合間に攻めればいいじゃないか。
そう言ったら、また怒られた。
……何故怒られたのか、全く判らない。
私か? 私が悪いのか?
むぅ。
「まぁ、良いか」
このまま、ぼーやがあの田中とかいうロボットに負ければ、仕事が一つ減るし。
後は、反対側のトーナメント表の小太郎が負ければ、私がこの大会に出る理由も……。
……あー。
「なぁ、アル?」
「なんですか、古き友よ? 今少し忙しいんですが」
何もやってないだろうが。
まったく。
「田中さん、頑張って下さい」
応援し始めてるよ。
お前、ぼーやが勝つのにか賭けてるんじゃないのか?
……相変わらず良く判らんヤツだ。
楽出来るから、別に問題は無いが。
というか、だ。
お前、今まで隠れて生活してたんだろうに、そうやって声出して応援して良いのか?
まぁ、これだけ回りも応援してるならそう目立たないだろうが。
なんか良く判らん“男の浪漫”とやらで田中を応援する男連中と、見た目可愛らしい子供であるぼーやを応援する女連中。
どっちもどっちと言うか……格闘技の事は、誰も楽しんでないよなぁ。
ふぁ……賑やかな連中に囲まれながら、欠伸を一つ。
なんだかなぁ。
なんといか……。
「暢気なもんだ」
それは私の事か、私の周りで騒ぐこいつ等の事か――両方か。
超鈴音の事もある。
それでも……それを判っているからこそ、暢気だな、と。
どうしてだろうか?
昨日はああも慌てたが、今日はそう慌ててはいない。
そりゃ、超の目的が判らないから、というのもある。
どう行動するかも予想できないしな。
じじいからは、魔法先生はこの事に当てると言われている。
超の行動への対応へと。
タカミチも、超のマークについているはずだ。
その代り、魔法生徒は見回りを、と。
魔法生徒の件は聞いていなかったが、律義に真面目な魔法生徒が報告しに来たしな。
……はぁ。
そりゃ、私も魔法使いの一人だ。
そうやって言ってもらえると助かるが……なぁ。
やはり、何と言うか……そうやって言ってもらえると、何かと助かる訳だ。
いろいろと。今まではそんな事は、こっちで調べるか、無視してた訳だし。
「おや、エヴァンジェリン。楽しんでないようですね」
「考える事が多いんでな」
「おやおや、そうですかそうですか」
……ムカツクなぁ。
誰かこいつを、一回黙らせてはくれないものか。
物理的にでも良いから。
「しかし良いのか? このままじゃ、ぼーや負けるんじゃないのか?」
明らかに、劣勢だし。
これが魔法有りなら、ぼーやの勝利は揺るがないだろう。
ロケットパンチやらを確実に避けれる距離から、魔法で攻撃すれば良いだけだから。
だが今は違う。
“戦いの歌”で肉体を強化して避けてはいるが、そこまでだ。
そこから先――近付いてからの攻撃が無い。
それはそうだろう。
私は、ぼーやを砲台として教育してきたのだから。
それはぼーやも判っているはずだ。
一人では戦えない。
勝負以前の問題だ。戦闘になりはしない。
近付かれたら何も出来ない、典型的な魔法使い。
それが今のぼーやだ。
しかも、逃げ道の無いリングの上。
それでも、何か策があるのか、とも思っていたが。
……あの調子じゃ、なにも無いんだろうなぁ。
田中の攻撃を無様に避ける姿を見ながら、小さく溜息。
「あの子も、必死なんですよ」
「ん?」
「ナギの事です。手掛かりを求めてこの大会に出場したんだと思います」
ナギ?
……まぁ、そうかもな。
15年前は、この麻帆良に居たわけだし。
それに、日本にもいくつか隠れ家を持ってるみたいだし。
京都然り、である。
だが、それと今回のが何か関係あるのか?
「以前。この大会にナギが参加した事があるんですよ」
「……は?」
なんだそれは?
初耳なんだが。
というかじじい、お前知ってて何で黙ってるんだ?
まぁ、こっちは知らなかったから、聞いていないんだが。
「知らなかったのですか?」
「ああ。本当なのか?」
「ええ」
そう言い、楽しそうに笑う。
それは本当に――楽しそうに。
「子供が親を求めて、ああやって頑張ってるんです」
「ふぅん」
なるほどなぁ。
しかし、こんな大会に出ても、ナギの情報なんて何もないだろうに。
親を求めて、か。
はぁ。
「馬鹿だな」
「貴女から見たら、そう見えるかもしれませんね」
ふん。
それじゃまるで、私以外には別のように映っていると言うのか。
だがまぁ、ナギ、か。
「アル。お前の仮契約カードを見せてくれ」
「嫌ですよ」
む。
「答えが簡単に判ったら、面白くないじゃないですか」
「……ならせめて、それをぼーやに見せてやれ」
そうすれば、もうこんな馬鹿な事はしないだろう。
少なくとも麻帆良に居る間は。
アルビレオ・イマはナギ・スプリングフィールドの友人であり、従者。
それは、魔法界側の一部では良く知られている事だ。
そして仮契約カードは、ある意味で最も有効な生存確認に使える。
生死でカードの模様が変わるからだ。
「言ったでしょう? 時期尚早だと」
「どういう事だ?」
「あの子が私を納得させられるだけの“力”を身に付けたら、教えましょう」
「……別に、そこに“力”が必要か?」
教えるだけならタダだと思うがな。
まぁ、私も無料で教えてやるほどお人好しではないしな。
「ええ」
聞くだけで“力”が必要か?
まぁ、試練と言えば、聞こえはいいが。
お前はムカツク奴だが、そんな意地悪はしないと思っていたんだが。
「だってあの子。ナギが今どういう状況か知ったら、きっと何もかも捨てて行動しますよ?」
「……あー」
否定は出来んなぁ。
現に、今は勝手に動いた結果が、この大会の、この状況な訳だし。
アルが言う“力”は、私が考えていたのとは、少し違うのか。
まぁ確かに。
それだと“力”は必要だな。
毎回こんな行動をされていたら、じじいの首がいくつあっても足らないだろうし。
「そういう訳です」
「そこは気長に待つしかないなぁ」
地道な毎日が一番の近道とは……きっと、ぼーやには思いもしないだろうな。
だがまぁ……それを教えてやるほど、私も、世界も優しくはないが。
何時それに気付くのか。
それとも気付かぬまま、麻帆良での任期を終えるのか。
そこはぼーや次第か。
「それに、英雄の息子なら確かな“力”が必要なのも事実です」
手を抜いた私を下せる程度の、と。
それはどうだ?
10歳の子供にそこまで求めるのは……まぁ、世界は求めるんだろうが。
そう考えると、ぼーやも可哀想だな。
人並の子供の幸せ、か。
それがどんなものかは私も忘れてしまったが、少なくともぼーやには縁遠いものなのだろう。
「今のままじゃ、他人も自分も守れません」
そうだな、と。
可哀想に。
そう思うのも間違いなんだろうが、そう思ってしまう。
あの年頃なら、まだ誰かに守ってもらう立場だろうに。
それは魔法使いでも、そうでなくても変わらない当たり前の事。
……ぼーやには、その“当たり前”すら遠いのだ。
英雄の息子である故に。
「ですから、私が口を挟むのは、あの子が自分を守れるようになってからです」
そうか、と。
それは何時になる事やら。
英雄を特別視する世の悪意、それはぼーやには荷が重すぎると思うがな。
ま、今はそれにすら気付いていないだろうが。
「貴女は、ナギの事は聞かないのですか?」
「ん?」
ついで聞かれたのは、私に対しての、ナギの事。
ナギの事、か。
「生きているんだろう?」
「……どうでしょうか?」
ふん。
お前の態度を見れば判るよ。
それに、仮契約カードを見せない所も……きっと。
以前ぼーやが言ったのは本当だったのか。
ナギが生きている――か。
「それが判れば、十分だ」
「おや?」
ふん……なんだ、そんなに驚いて。
そんなに変な事を言ったか?
「以前の貴方なら、一も二も無く飛びつくと思ったんですが」
「――どうだろうな」
そうなのかもな。
それとも、そうじゃないのか。
今となっては、もう判らない。
15年前の私が、今この時……どんな行動を起こしたのか。
確かに私は、ナギが好きだ。
うん。
……好きなのだ。
死んだと聞いた時は泣いたし、生きていると聞いた時は嬉しかった。
そして今も、アルとの会話で生きていると確信し――嬉しいのだ。
胸に手を添え、そこにある想いの感触を確かめる。
確かにここに在るのだ。
ナギへの想いは。
「生きているのが判れば良いさ。探しに行けば良いだけだしな」
登校地獄の呪いの目処も立っている。
来年にでも良いし、高校くらいまではここに居ても良い。
それか……まだ少し待つのか。
ま、先の事はまだ判らないか。
「ふむ――貴女にしては、やけに殊勝ですね」
「お前にだけは言われたくないがな……」
本気で顔の形を変えてやろうか。
まったく。
「ですが……」
ん?
「エヴァンジェリン。あなたが――貴方の求めた彼と再び会える日は、来ないかもしれません」
「……お前の、下らん予言か?」
「そうかもしれません」
――そうか、と。
私の求めるナギ、か。
それと会える日は来ないかもしれない、と。
そう言われ……空を見上げる。
空は高い。
きっと、あのバカも、こんな青い空をどこかで見ているのだろう。
この世界か、それとも別の世界かは判らないが。
生きて、空を見ているのだろう。
「どうだろうな?」
「はい?」
「……なんでもない」
願って、叶わない事が多いのは知っている。
世界とはそういうものだ。
どうしようもなく残酷で、平等だ。
それは、誰よりもきっと――私が知っている。
叶わない想いもあるだろう。
報われない願いもあるだろう。
だがきっと――届かない言葉は無い。
目を閉じ、息を深く吸う。
ナギ。
ナギ=スプリングフィールド。
息を吐きながら、心中でその名を呼ぶ。
それでも。
それでも私は、この名前を呼び続けよう。
「私が何者かは、お前も良く知ってるだろう?」
「ふむ……」
私は吸血鬼、永遠を生きる存在だ。
そしてナギは生きている。
なら、後は簡単だ。
「アイツが死ぬ前に探し当てるさ」
「貴女らしい答えですね」
「ふん――いつか必ず、どこかで会えるさ」
それがどんな形であれ、どんな場所であれ。
私は必ず、またナギと出逢うさ。
私がそう望む限り。
「強くなりましたね」
「……お前に言われると、無性にムカツクのはなんでだろうな?」
「なんででしょうね?」
ちっ。
お前が、私をまるで――吸血鬼として扱わないからだろうが。
詠春を少しは見習えというのだ。まったく。
そう思いながら、視線を試合会場に移す。
試合の方は、ぼーやが劣勢。
このまま負けるかな?
それはそれで楽ではあるが……。
「む」
「賭けは私の勝ちのようだな」
流石に、もうそろそろ疲労もピークだろう。
それなりに体力強化の修行もしたが、実践と訓練じゃまた疲労の度合いが違う。
特にぼーやは、こんなに大勢の前で戦うのは初めてだろうし。
開き直れるような性格でもないしな。
魔力はまだあるだろうが、体力が先に底をついたか。
ま、これで自分がどれほどのものか良く理解できただろう。
「ふん。さっさと写真を寄越せ」
「――――――」
そう言うと、無反応。
このまま賭けを反故にするつもりか、と思いアルの方を向くと、
「お前、何やってるっ」
「何の事ですか?」
なにしれっと――。
「いま――」
「試合がありますからね、少し瞑想していただけですが?」
「――んな」
わけあるかっ。
「今お前――ッ」
「なんですか? 私が何かをしていましたか? 目を瞑っていただけですが?」
――い、言えるかっ。
と言うかお前、私の前でよくも堂々とっ。
慌ててぼーやの方を向く。
すると、視線がこちらを向いていた。
いや、正確には私ではなく私の方……。
隣を見る。
……口笛なんか吹いてた。
「反則だろ、それはっ」
「何の事ですか?」
とぼけるなっ。
今お前、念話――あの時か!?
控室でぼーやの頭撫でた時っ!
こ、こいつ……。
「そこまでして勝ちたいかっ」
「何の事か、さっぱりですねぇ」
「嘘吐けっ」
な、な、な……。
「田中ぁっ、勝てっ!!」
「おお、エヴァンジェリンさんも、やっとタナカの良さに――」
そんなんじゃないわっ。
くっ――まだだ。
ぼーやの体力は底をついている。
なら後は……。
「さぁ、ここです」
「――――」
アルのその言葉は無視。
田中のロケットパンチを、今までのように大きくではなく、最低限の動きで避ける。
その際に、間合いを間違えて左の二の腕を軽く裂き――そのまま駆ける。
そこは、今まで通り。
ここからだ。
ここから先の武器を、ぼーやは持っていない。
それをどうアドバイスしたのか――。
“戦いの歌”で強化した脚力で一気に間合いを詰め、その懐へ――。
潜り込む前に、田中の口が開く。
レーザー。
それを判っても、その足は止まらない。
いや、更に加速し、一気に懐に潜り込む。
さっきまでのぼーやには無い、思い切りの良さ。
おそらく、自分で考えたのではなく――誰かのアドバイス。
その誰かの足を踏みながら、右の親指の爪を噛む。
田中、勝て。
まだやれるだろうが。
――ただの一撃くらい耐えてみろ。
しかし、
『おぉっと!? 田中選手……選手? まぁいいや。子供先生のボディへの一撃でダウンっ』
「立てーっ!!」
「田中さん、立って下さいっ」
「タナカーっ」
『この大声援に答える事が出来るか、田中選手っ』
……やけに人気あるなぁ、田中。
なんでだ?
私としては、確かに勝ってほしいんだが……どこが良いんだ?
さっぱりだ。
それよりも、だ。
「遅延呪文か」
しかも、使ったのは魔法の矢・光の一矢。
雷属性のソレなら、機械の田中は耐えられないか……。
「まぁ、動きながらは慣れてないようで、一矢だけですが」
「……やはりアドバイスしたんじゃないか」
「いえいえ。見てただけですよ?」
嘘吐けっ。
このっ、このっ。
さっきまでのぼーやが、そこまで頭を回して戦えるかっ。
ただでさえ、戦場を見る目も育ってないというのにっ。
「ははは、キティ? そんなに足を踏んでも、痛くありませんよ?」
「五月蝿いっ」
反則じゃないかそんなの。
賭けは無効だっ。
あとキティと呼ぶなっ。
「しかし、賭けたネギ君が勝ったとはいえ……田中さんには、もっと頑張ってほしかったですね」
「……いや、賭けは無効だろ? 反則だろ? さっさと写真寄越せよ」
「何を言ってるんですか?」
お前こそ何を言ってるんだ?
殴るぞ、本気で。
「私は真名さんと勝負しましたからねぇ」
「だったら代わりに、私がその写真を貰うっ」
「駄目ですよ、賭けは賭けなんですから」
「五月蠅いっ! いいから寄越せっ!」
あんな写真、誰それに見せられるかっ。
……ああ、どうして私は、昨日あんな格好で予選に出たんだか。
面倒臭がった罰か……はぁ。
「それでは」
「あ、ちょ――待てっ」
そう一瞬油断した時、その隙にアルは気配を消した。
……器用だな、アイツ。
魔法使いなのに、並みの気の使い手以上に気配の消し方上手いし。
まるで本当に、目の前から消えたように錯覚してしまいそうである。
と、妙に感心してしまったが、そうじゃない。
「おい、犬」
「……その呼び方、いい加減にやめへん?」
「今はそんな事はどうでも良い」
「良くないって!?」
ふん。
「先生は何処に居るか判るか?」
「兄ちゃん?」
「ああ」
あのアルの性格だ。
絶対あの写真を――。
「麻帆良のどっかにおると思うけど……」
「役に立たないな」
「酷いっ」
何がだ。
まったく……しかし、どうしたものか。
ああ、そうだ。
携帯があったな、そう言えば。
そう思い出して取り出そうとし……。
そう言えば、控室に置いてきたんだった。
――――――
うーむ。
「先生、そちらは美味しいですか?」
「中々ですよ?」
源先生と二人、並んで歩きながら、同じように右手にアイスを持って見回りを続ける。
しかし、熱いなぁ。
人が多いから、余計にそう感じてしまう。
と言うか、人並に攫われそうで……。
「源先生、大丈夫ですか?」
「え、ええ……でも、毎年ですけど、この人混みには慣れませんね」
「で、ですね」
何と言うか、近い。
うん。
はぐれない様に、離れないように、というのは判るんだ。
というか、俺も源先生も意図してこう近づいてるわけじゃないんだが……それでも、少し近い。
「今年は、特に多く感じますね」
「なんでも、何年かに一度の現象が見られるとか……」
葛葉先生が、と。
ああ、そういえば。
マクダウェルも何か言ってたな。
世界樹がどうとか……なんだったかな?
思い出せない、というか、なんか隣の源先生が近くて頭が回らないというか。
「それ目当ての人も多いんでしょうね」
「なるほど」
それもあるのかもなぁ。
しかし。
「これじゃ、前に進むだけで疲れますね」
「ふふ、お若いでしょうに」
ははは、と。
そう乾いた笑いを洩らし、足を進める。
しかし、実際問題。
これじゃ見回りどころじゃないな。
昨日はここまで人は多く……あったか。
昨日は瀬流彦先生と回ってたからなぁ、隣を気にしなくて良かったもんな。
今日は……。
「ふぅ」
「だ、大丈夫ですか?」
「……え、ええ」
そろそろ、どこかで休憩した方が良いか。
もう結構な時間、歩いてるし。
さて、と。
そうなると、だ。
どこで休むかな……この辺りに、良い喫茶店とかあったかな?
…………いや、源先生に聞けば早いんだけどさ。
何と言うか、男の見栄と言うか。
うん、すまん。
そんな不純な事を考えながら……俺って、そういう店はあんまり知らないよなぁ。
そう内心で溜息を吐いてしまう。
今度散歩する時は、店を回ってみるかなぁ。
「そうだ」
「はい?」
そうだそうだ。
そう言えば良い店があったんだった。
「あ、いえ。源先生、あんみつは好きですか?」
「あんみつですか?」
「はい。この先にあんみつの美味い店があるんですけど、休憩にどうです?」
以前近衛に教えてもらった店が、近かったはずだ。
あれ以来行ってないけど、場所は覚えている。
……まぁ、源先生があんみつが好きかは知らないんだけど。
「いいですね。少し休憩しましょう」
ほっ。
そう嫌いじゃなかった……のかな?
この人混みに疲れただけかもしれないけど。
店はすぐ近くなので、歩いてもそう時間は掛らない。
源先生とはぐれないように注意しながら、その店の方向に歩いていく。
「ふぅ」
「疲れましたねぇ」
二人で案内された席に座り、そう一息吐く。
本当に疲れた。
二日目でこれなら、明日はもっと大変だろうなぁ。
たしか、マクダウェルの話だと、明日が世界樹の何とかは本番らしいし。
なんだったかな、と思いだそうとするが思い出せない。
ま、今は良いか。
とりあえず、店員に冷たいお茶と、源先生があんみつを頼む。
「良いお店ですね」
「ええ、以前教えてもらったんですよ」
生徒にですけど、と。
そういうと、小さく笑われてしまう。
「先生は、生徒の皆さんと仲が良いんですね」
「そうでしょうか?」
結構嫌われてると思いますよ、と。
小言も多いですし。
「ふふ、私はそうは思いませんけど」
「そう言ってもらえると……」
言ってもらえると、なんだろう?
嬉しいか、それとも、また違うのか。
不意にそう思い――苦笑する。
教師は嫌われる仕事だとは判っているけど、それでも、仲が良いと言われるのは嬉しいものだ。
「どうかしましたか?」
「いえ。それより、自分よりは源先生が生徒達とは仲が良いんじゃないですか?」
女子校ですし、と。
やはり男の教師より、女性の教師の方が色々と相談もしやすいだろう。
それに、男には判らない悩みもあるだろうし。
「そうでしょうか?」
「自分から見たら、そう思いますけど?」
自分なんて、まだまだです、と。
仲が良い、と言えるのだろうか?
確かに1年の頃よりは生徒達とも良く喋る様になったとは思うけど……。
まぁ、高畑先生やネギ先生みたいな“仲が良い”は、また少し違うんだろう。
俺や源先生の“仲が良い”は。
「でも、私は先生みたいに……相談事、というのはまだされた事は無いんですけどね?」
「…………はい?」
相談事、ですか?
って。
「……何か、見ました?」
「ふふ」
そう小さく笑い、視線を逸らされる。
あれ?
相談事?
……さて、その相談事と言うのは……何の事なのか。
小さく、それは楽しそうに、口元を隠して肩を振わせる源先生に、引き攣った笑顔を返す。
えーっと……。
「一人の生徒に肩入れするのは、あまり良くないと思いますよ?」
「な、何の事でしょうか?」
一人の生徒?
相談事……と言うと、だ。
「近衛さんですよ」
「近衛ですか?」
「以前、学園で二人で話してませんでした?」
「あ、あれっ。見てたんですか?」
多分、源先生が言っているのは修学旅行の時の事だろう。
近衛から桜咲の事で相談を受けた時。
うわ……見られてたのか。
「でも、近衛だけって訳でも……」
「そうなんですか?」
「当たり前です」
そう。別に、近衛だけを特別に、と思った事は無い。
丁度運ばれてきた、冷たいお茶を一口飲み、喉を潤す。
うはぁ、生き返るとはこういう事を言うのかもなぁ。
「生徒を特別扱いはできませんよ」
「あら、真面目ですね」
「しょうがないですよ。先生ですからね」
それが仕事ですし、と。
そう言うと、また笑われてしまう。
「先生は、生徒に好かれようとはしないんですか?」
「好かれよう、ですか?」
?
「自分だって、生徒達から好かれたいですけど?」
「いえ、そうじゃなくて……うーん」
いや、そこで悩まれても。
もしかしたら個人的に好かれる、という事を言いたかったのだろうか?
それはちょっとなぁ。
この歳で職を失くしたくはないしなぁ。
「相手は中学生ですよ?」
「あら? 高畑先生だって、先生のクラスの……」
「あー……それ以上は、ちょっと」
……神楽坂?
お前、どれだけの人に知られてるんだ?
学園長の耳に入ったらどうするんだか……いや、新田先生の時点でアウトか。
「折角、学園祭期間中は面白い“伝説”がありますのに」
「はは……それこそ、自分には無関係ですよ」
生徒達から告白されても。
まぁ確かに、嬉しくはありますけど……どちらかと言うと、困ると言った方が大きいですし。
流石に、生徒に手を出す訳にもいかないですしね、と。
「折角の麻帆良祭なんですから、もう少し羽目を外しても良いと思いますけど?」
「それはせめて、歳の近い人にして下さい」
何が悲しくて、一回り以上年下の子に羽目を外さないといけないんですか、と。
そう言うと、また楽しそうに笑われてしまう。
うーむ。
源先生、こういう話が好きなんだなぁ。
そう言えば、昨日もこんな話をしたような気がするし。
「源先生は、そう言う相手は居ないんですか?」
「私ですか?」
「ええ。自分には居ませんからね」
また話を振られる前に、先に言っておく。
……いや、自分で言うのも情けないんだけどさ。
そりゃ、恋人欲しいよ?
けど、仕事が忙しくてそれどころじゃないって言うのもあるしなぁ。
「私も、今は仕事が恋人で……」
「は、はは」
それは失礼な事を聞きました。
そう言い、源先生はあんみつ攻略に取り掛かる。
「あら、美味しいですね」
「そうでしょう? 近衛もここのあんみつはよく食べてまして」
あの時は、どれくらい食べただろうか?
相当量食べてたのは覚えてるが……。
「近衛さん?」
「ええ、ここは……」
あれ?
ここは近衛に教えてもらったって、言ってなかったっけ?
……言ってない気がするなぁ。
「本当に、ただの教師と生徒の関係なんでしょうか?」
「本当に、ただの教師と生徒の関係です」
さっきの話が話だからなぁ。
でも、源先生は笑ってるからそう気にしては居ないのかな?
だと良いなぁ。
「怪しいですね」
「はは。近衛に聞いてもらっても良いですよ?」
「ふふ、そんな事はしませんよ」
先生の事は信頼してますから、と。
ぅ……。
そう笑顔で言われ、頬を掻きながら視線を逸らす。
むぅ、そう返されるとは予想してなかった。
「もうすぐお昼ですけど、どこかで食べますか?」
良いお店聞いてますか、と。
知っている、じゃなくて聞いているという所が、何というか。
信頼されているのかそれともまた少し、違うのか。
判断に迷うような聞き方だなぁ。
「どこか、美味しいお店知ってますか?」
「ふふ――女性をエスコートするのは、男性のマナーですよ」
「それは手厳しい」
お茶を一口啜り、どこで食べるかなぁ、と。
この辺りの店って、あんまり知らないんだよな。
それこそ、近衛の方が良く知ってるだろうけど……聞く訳にもいかないだろ。
どうするかなぁ。
「源先生は、和洋中どれが好きですか?」
「洋食……を良く食べますね」
……あんみつに誘ったの、失敗だったかな?
そう思わなくはないが、今更どうしようも無いので、それは置いておく。
ファミレスのパフェでも誘った方が良かったかもしれない。
「そういえば。先生、最近は料理の方はどうですか?」
「さっぱりです」
思い出した、と手を小さく叩いてそう聞いてきた源先生に、即答で答える。
言ってて情けないが、料理の腕は相変わらずなので、他に答えようも無い。
「料理の本片手に、毎日頑張ってますよ」
「あらあら。楽しそうで羨ましいですね」
「そうですか?」
同居人には、不安がられてますけど、と。
特に小太郎。
文句言うなら、少しは手伝えと。
月詠を見習え、月詠を。
あいつは、今朝みたいに偶に手伝ってくれるからなぁ。
「最初は皆そうですよ」
「そうですか?」
なんか、源先生は最初から簡単に作ってそうなイメージなんですけど。
雰囲気的にというか、何と言いますか。
「私だって、最初は……まぁ、アレですよ。ええ」
「そうなんですか?」
「誰だってそうですよ」
まぁ、そうは思いますけど……やっぱり、うん。
なんだろう?
源先生は、家事炊事は人並以上に最初から出来てるようなイメージがある。
「私をどう言う風に見てるんですか……」
「……えーっと」
「まぁ、そう言う風に見られるのはそう悪い気はしないんですけどね?」
それは良かった、と胸を小さく下ろす。
「でも、そのうち先生もそう言う風に見られるかもしれませんね」
「はい?」
自分がですか?
「仕事は真面目で、料理が出来る、って」
「料理出来ませんよ?」
「自分で作るようになりましたら、大丈夫ですよ」
「……そういうものですか?」
「そういうものです」
そういうものなのかな?
作っているこっちとしては、何というか。
料理は難しいと思うし……正直、そう言われても自信が無い。
それが顔に出たのか、小さく肩を震わせる源先生。
「今度、御馳走してもらおうかしら?」
「……勘弁して下さい」
とても人様に出せるレベルじゃないです、と。
そう言うと、今度は声を押し殺すみたいに笑われてしまう。
むぅ。
そんなに面白い事を言った覚えは無いんですけど。
と、
「すいません、失礼します」
その時、携帯が鳴る。
誰だろうか?
一言断りを入れて、携帯を取り出し……って。
「どうした、マクダウェル?」
『先生か?』
ん?
何をそんなに慌ててるんだ?
『そっちに変人が行ってないか?』
「あのなぁ、人をそんな風に言うもんじゃないぞ?」
何回も言ってるけど、本当に直らないなぁ。
最近は少しは大丈夫だと思ってたんだけど。
『ぅ……い、いや。それより、そっちにローブ姿の男は来なかったか?』
「いや、来てないけど……」
一応周りを見回すが、それらしい人は居ない。
ローブ姿って言うくらいだし、相当目立つだろうけど……。
「うん、そんな人は居ないな」
『そ、そうか……あ、あーっとな……』
「ん?」
いや、電話口で口籠られてもだな……。
「マクダウェル? 良く聞こえないんだけど?」
『……とにかくっ、そいつから何か渡されたら、捨ててくれっ』
「?」
いや、何が?
って。
「……そこで切られてもなぁ」
何の事だ?
まったく話が判らないんだが?
しばらく携帯を眺め……ま、そのローブ姿の人が来たら、聞けば良いか。
「大丈夫だったんですか?」
「どうでしょうか? 人が来たらとか言ってましたから、その人と会ったら聞く事にします」
何を、とかは俺も判らないけど。
なんだったんだろうか?
今度会ったら聞くか。
……うーむ、しかし、見事に会話が切れたな。
どうするかな。
「さて、と。それじゃ、見回りを再開しましょうか?」
「あ、大丈夫ですか?」
「ええ。これでも体力には自信がありますから」
そうですか?
「あまり、無理はしないで下さいね?」
「ふふ――大丈夫ですよ」
それに、その時はちゃんと言いますから、と。
なら良いですけど……まぁ、そこまで俺が言う事でもないだろう。
源先生なら、ちゃんと自分の事は判るだろうし。
「それでは、行きましょうか」
そう言って、伝票を受け取り、会計を揃えて済ませてしまう。
こういう時は、と。
やっぱり、女性に出させるのはアレだし。
「すいません」
「いいですって。こっちこそ、いつも助けてもらってますから」
今回くらいは奢らせて下さい、と。
まぁ、小さな男の自尊心と言いますか。
そう言って笑うと、苦笑を返される。
「それでは、今度は思いっきり美味しいお茶でも入れてあげますね」
「……それだと、また今度奢らないといけないですね」
「それじゃ意味が無いじゃないですか」
「確かに」
堂々巡りですね、と。
近衛お勧めの店から出て、小さく笑い合う。
「それでは、もう一頑張りしましょうか」
「そうですね」
……しかし、この人混みは気が滅入るなぁ。
ま、源先生と2人だし、気分だけでも楽しく行くかぁ。
――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――
「こんにちは、カモくん」
「ん?」
誰だ? この白ローブの旦那は?
「ナンダ、御主人ト話シテタンジャネェノカ?」
「ええ、そうだったんですが」
? チャチャゼロさんの知ってる人?
ってことは、姐さんの知り合いかな?
「どちらさまですか?」
「おや、可愛らしい妹さんですね」
「ツイ最近ニナ。ソレヨリ、何デコンナ所ニアンタが居ルンダ?」
「いえ、コレをある人に渡してもらおうかと」
そう言って、オレっちに一枚の写真を……って。
「姐さんじゃねぇっすか」
「ええ、先ほど、それを渡しに行ったのですが……」
私も、馬には蹴られたくありませんので、と。
なんだそりゃ?
「うわー、エヴァさん可愛いですねぇ」
「そうでしょうそうでしょう」
んで、なんでそんなに嬉しそうなんだ?
良く判らん人だなぁ。
その写真をさよ嬢ちゃんから受け取り
「で、誰に渡せば――」
…………さ、殺気!?
「それでは」
って、消えたし!?
「誰に渡せば――ぶぎゅ」
踏まれた。
……姐さん、オレっち何かしたかい……?