その日、携帯の電子音で目を覚ました。
うー……。
枕元にあるそれを止め、二度寝しないように上半身を起こす。
ねむ……。
昨日に続いての、早い時間の起床。
ふぁ、と欠伸を一つしてベッドから抜け出す。
この新しい部屋での生活二日目……この場合三日目になるんだろうか?
まぁいいや。
とにかく、今日も朝食と――今日は、昼食も作らないといけないのか。
昼食というか、弁当。
弁当である。
……やっぱり、一回誰かに料理というものを教わった方が良いかなぁ。
そんな事を考えながら、キッチンへ。
うん、ご飯は炊けてるな。
「ふぁーーーーー」
ねむ。
一回顔洗うか。
丁度キッチンだし……って、タオル無いや。
……絶対指切るよな、俺だし。
内心で肩を落としながら洗面所へ行き、顔を洗う。
少しさっぱりした。
とりあえず、頑張るか。
小太郎達が起きてくる前に着替えてしまい、その上から昨日買ってきた藍色のエプロンを付ける。
……ちなみに昨日の朝食時は付けて無かったので、シャツを一枚駄目にしました。
油って跳ねるんだ、という事を知りましたね。
そんな事を思い出しながら、キッチンにたつ。
弁当って言ったらやっぱり卵焼きだよなー、と。
うむぅ。
一応メニューとしては、卵焼きに焼き魚、アスパラの肉巻きとサラダの予定。
楽そうだし。……卵焼き以外。
スイマセン、多分料理舐めてます。
まず最初に心中で謝ってから、キッチンに立つ。
ふぅ。
「よっし」
気合を一つ。
今日からはあの子達も学校だ。
昼は弁当が必要だろう。
ついでに朝食の分も作るとして……うーむ。
どれくらい作れば足りるんだろう?
その辺りの分量が、さっぱりわからない。
……少し多めに作って、余ったら晩飯にすれば良いか。
グリルに昨日買った塩サバを入れ、まずはアスパラを豚のバラ肉で巻く事にする。
アスパラ2本をバラ肉でグルグルに巻き、爪楊枝で形が崩れないように。
それを一人2つだから……6つ。
一応作り方は、昨日ネットで調べたんだけど、結構簡単だな。
後は塩コショウを振って味付けだろ?
俺って料理の才能あるのかもなー、と調子に乗りながら、人数分作っていく。
……この時点で、30分くらいかかってた。
何で気付いたかというと、途中で魚が焼き上がったから。
うん。俺に料理の才能は無いな。
そう再確認して、肉巻きを油をひいたフライパンで焼いていく。
良い匂いだなぁ。
というか、少し煙い……換気扇回してなかった。
むぅ。
「おはよー……」
「おー。おはよう小太郎、顔洗ってきたか?」
「まだー。ええ匂いしたからー」
匂いで起きてきたのか……そう言えば昨日より10分くらい早いな。
「顔洗って来て、テレビでも見ててくれ」
「おー……」
朝弱いのかな?
昨日は結構目が覚めてたけど。
まぁ、疲れが取れてないんだろうな。
それに、いきなり他人と一緒に生活……環境が変わったんだから。
精神的にもキツイんだろう。
こればっかりは、慣れてもらうしかないしな。
っと。
程良く焼けた肉巻きをまな板に取り上げ、フライパンは流しへ。
さて、と。
「おはよーございます~」
「おはよう、月詠。……?」
あれ? 小太郎は?
「小太郎知らないか?」
お前より先に起きてきたんだけど、と。
「見てまへんえ~」
「そっか。顔洗ってきたか?」
「いえ~」
「なら、先に顔洗ってきてくれ」
はい~、と少し間延びした声。
聞いてると眠くなってくるなぁ、と苦笑い。
「おはよう、兄ちゃん」
「おー。さっぱりしてきたか?」
「おう」
月詠と入れ替わりに来たのは小太郎。
顔を洗ってたのか。
そう言いながら、テレビを付けてニュースを見始める。
その音を聞きながら、肉巻きを包丁で二つに切り分ける。
あとは……卵焼きか。
サラダはキュウリとレタスを適当に切って、マヨネーズを使えば良いだろうし。
……卵焼きである。
フライパンを手早く洗い、コンロの火を点けて乾かす。
「兄ちゃん、朝飯はー?」
「ちょっと待ってろー」
上手くいくだろ、うん。
使う卵は3つ。
ボウルに纏めて割り、それを解く。
これくらいかな?
「お兄さん、調子はどうですか~?」
「おー、小太郎とテレビでも見て待っててくれ」
「…………ん~」
そうは言ったが、なんでかこっちに来る月詠。
「どうした?」
「おいしそーですね~」
「……食うなよ?」
昼飯無くなるからな。
解いた卵に砂糖を入れながら、そう言う。
目分量って書いてあったけど、これくらいかな?
「生殺しですわ~」
「そう思うなら、テレビでも見てなさい」
まったく。
凄く強いらしいけど、こういう所は子供だなぁ、と。
でもまぁ、ここで甘やかすと今日の弁当が無くなるしなぁ。
そんな事を考えていたら、呼び鈴が鳴った。
「ちょっと見てきてもらって良いか?」
「はい~」
新聞の勧誘とかだったら断れよー、と。
まぁ、こんな時間に新聞の勧誘なんて無いだろうけど。
……そう考えると、こんな時間に誰だ?
うーむ。
ま、いいか。
「よし」
一つ気合を入れ、フライパンに解いた卵を少し垂らす。
それを薄く伸ばし……一つ気付いた。
あれ? 卵焼きって四角じゃないっけ?
フライパン丸いんだけど。
……あれぇ?
薄く伸ばした卵を、箸で何とか四角にしそれを丸めようとしたら……崩れた。
うむ。
それを一か所に纏め、残った卵を垂らす。
さっきまとめた卵で巻いていくんだよな……。
そう考えながら、箸を動かす。
月詠が部屋に入ってきて何か言ってたので、適当に相槌を打つ。
ここをこうして……。
……失敗した。
やっぱり、丸いフライパンで卵焼きは無理だよなぁ。
ちなみに卵は、スクランブルエッグになりました。
――素人だからしょうがないさ。
そう自分に言い訳をする。
ゆで卵でも作るかなぁ。
「こっちですえ~」
「ん?」
月詠?
「おはようございます、先生」
月詠の後に部屋に入ってきたのは絡繰だった。
なんで?
「料理を出来る方が居られないと聞きましたので」
「…………おー」
こう言っちゃ悪いんだろうけど、絡繰が救世主に見える。
しかし、だ。
「その背中は何だ?」
「マスターです」
何で寝てるんだ、そいつは。
はぁ、と小さく溜息。
まぁ早い時間だしな。
「俺のベッドで良かったら、寝かせてやってくれ」
「……申し訳ありません」
いやいや、こっちこそ来てもらって悪いな、と。
油断した。
多分、一昨日超包子で晩ご飯を食べた時だろう。
あの時の話を覚えてたのだ。
「良かったですね~」
絡繰と挨拶をしている小太郎を見ながら、そう一言。
……教師としては、情けない限りではあるが、本当にそう思う。
やっぱり、独学で料理は少し無謀だったか。
甘く見てたなぁ。
「で~、これは何でしょうか?」
スクランブルエッグを指差しながら。
むぅ。
「今日の朝飯?」
「上手いこと言いますね~」
褒めてないだろ、絶対。
まぁ判るけどさ。
「お待たせしました」
「いやいや、全然待ってないぞ」
「そうですか?」
あ、
「エプロン、使うだろ」
自分が使っていたのを脱ぎ、絡繰に差し出すと……首を傾げられた。
なんで?
あ、男物だし、やっぱり気にするのかな?
「制服が汚れるぞ?」
「そ、そうですね」
どうしたんだろ?
もしかして、男物が恥ずかしいとか?
……うぅむ。
まぁ、絡繰に限ってそれは無いか。
ほら、受け取ってエプロン着たし。
「ご飯はどうします~」
「そのまま詰めるつもりだけど……」
「おにぎりにでもしません?」
「……おにぎりか?」
別に良いけど。
「あと、何を作る予定だったのでしょうか?」
「あ、えっと……あと、卵焼きとサラダを」
「了解しました」
でも、
「フライパンそれしかないけど、大丈夫か?」
「問題ありません」
うお……。
「心強いですね~」
「おー」
本気で、今度なんか絡繰にお礼しないとなぁ。
その手元を見てると、俺なんかとは違い、スムーズに行動している。
だって片手で卵割ってるし。
なにそれ。凄すぎるんだけど……。
もうなんか、次元が違うな、うん。
「見とれてないで、おにぎり握りましょ~」
「お、そうだったな」
「……………………」
さて。
おにぎりか。
炊飯ジャーを開けると、ちゃんとご飯は炊けている。
「月詠、おにぎり握った事あるか?」
「おにぎりくらいでしたら~」
うお、そうか。
俺は無いなぁ。
まぁ握るだけだろ? 卵焼きに比べたら、簡単過ぎるな。
そう思ってた時が、俺にもありました。
「ぷっ」
「……あれ?」
何で丸?
三角にならないんだが?
どうしてだ?
手をくの字に曲げて、握ってるんだけどな……なんでだ?
あれー?
「ほっ、と」
「……上手だなぁ」
真似してるつもりなんだけどなぁ。
何が違うんだろう?
これで三つ目である。丸のおにぎり。
「おい、小太郎ー」
「んー?」
「ちょっとおにぎり握ってみてくれ」
えー、とは言いながらもこっちに来る小太郎。
少しは興味あったのかな?
そう考えていたら、隣に小太郎が来る。
「マクダウェルは?」
「めっちゃ寝てる」
……さすが吸血鬼。
朝は苦手なのか、やっぱり。
でも今まで起きれてたんだが……って、それでもまだ早い時間なのか。
学園も近いし、この時間に起きれるなら楽出来るなぁ。
「うお、丸おにぎりやんか」
「……今日の昼飯だ。お前も握ってみろ」
「おっけー」
そう言って袖をまくりあげる小太郎。
流石に4人だとキッチンが少し狭いので、一歩下がって、後ろから絡繰を見る。
……丸のフライパンで、どうやって四角の卵焼きが作れるんだろう?
本気で凄いな。
「…………………」
「凄いな」
「……そうでしょうか?」
「おー」
どうやったんだろう?
まぁ、今日の帰りにでも四角のフライパン買ってこよう。
卵焼き用のって売ってあるよな?
「あれ?」
「お犬も人の事言えまへんなぁ」
「うっさい。ちょっと待っとれっ」
ん?
「何だ小太郎。この丸いの」
「……兄ちゃんだって、丸やん」
「……まぁ、なぁ」
うむ。
だがまぁ、何となく嬉しい訳だ。うん。
「男の人は、料理が下手ですな~」
「「……むぅ」」
言い返せないのが辛い。
この丸が答えだし。
って言うか、炊いてたご飯が全部おにぎりになっていた。
まぁ、朝食に食べても良いか。
「お野菜は、適当にお使いしても?」
「おお。そっちもお願いして良いのか?」
「構いません。少々お待ち下さい」
……絡繰は凄いなぁ。
俺もう、頭上がらないな……。
・
・
・
おにぎりを弁当箱に詰め終え、朝食を運んでいたら、マクダウェルがベッドの上で上半身を起こしていた。
絶対まだ寝てるな。
……どうして制服姿なんだろう? 絡繰が寝てる間に着せたのかな?
「…………何で先生が居るんだ?」
「そりゃ、俺の部屋だからなぁ」
あ、俺たちか。
「…………なに?」
「顔洗ってきたらどうだ?」
玄関の隣に洗面所あるぞ、と。
「……ああ、そうする」
アイツ、本当に朝弱いんだな。
フラフラと部屋から出ていくマクダウェルを目で追いながら、そう思う。
……そう言えば、寝起きのマクダウェルは初めて見た気がする。
まぁ、生徒の寝起きなんて見る機会無いんだけどさ。
「どないかしたん、兄ちゃん?」
「んあ、いや」
「はよ、飯にしようや」
「そうだな」
小さなテーブルにおにぎりやら、弁当の残りやらを置きながら、テレビを点ける。
……今日は晴れか。
来週も晴れだと良いんだが。
「さ、ご飯たべましょ」
「だな。絡繰も一緒にどうだ?」
「はい」
四人で小さなテーブルを囲み……マクダウェルが戻ってくる。
「中々良い部屋じゃないか」
「新しいからな」
「そうだな。あまり汚さないように、気を付けるんだな」
だなぁ。
掃除もしないとなぁ。
視線は、まだ開けていないダンボールへ。
まぁ、こっちは俺の私物だからいいか。
「掃除の当番も決めないとなぁ」
「……マジでか」
「マジでだ」
まったく。
おにぎりを一つ取りながら、そう問答する。
まだまだ、決めて無い事とかいろいろあるなぁ。
やる事も多いし、多分まだ気付いて無い事もあるだろう。
「お、うまい」
「おおきに~」
やっぱ、三角おにぎりは良いなぁ。
ちなみに、何の罰ゲームか、丸のおにぎりは弁当箱の中に一個ずつ収まっている。
……勘弁してほしい。
朝食は、おにぎりにスクランブルエッグ、サラダに味噌汁である。
――絡繰には、本当に頭が上がらない。
「それで、どうして私は先生の部屋に居るんだ?」
「……さあ?」
俺に聞かれても。
絡繰が連れて来たとしか言えないんだが。
そう思い絡繰を見ると、
「…………………」
黙々とおにぎりを食べていた。しかも、丸を。
「…………美味いか?」
「はい」
そりゃ良かった。
「聞いてるか?」
「絡繰が連れてきたんだが?」
「……茶々丸?」
「なんでしょうか?」
はぁ。
「食べながら話すんじゃない、絡繰」
「申し訳ありません」
一応、形だけだがそこは注意しておく。
月詠はともかく、小太郎は確実に真似するだろうから。
「だからな? どうして私を先生の部屋に連れてきたんだ?」
「朝食をこちらで取れば問題無いかと」
「……いや、おかしいだろ」
そう言うマクダウェルに意見に、俺も頷く。
「ですが、マスターの同意もいただきました」
「……なに?」
「今朝早くにですが」
…………絶対寝惚けて相槌うったな、マクダウェル。
「でも。助かったけど、そう言うのは良いからな?」
「……はい」
うーむ。
今度、誰かに料理教えてもらうかなぁ。
「美味い飯が食えるなら、俺は大歓迎やけどなぁ」
「そう言う訳にもいかないんだよ」
色々あるのだ、教師には。
……世間体とか、色々。
大人の世界ってのは、難しい。
「ま、いい。とりあえず食うか」
そうしとけ。
なんか小太郎が凄い勢いでおにぎり食べてるから。
すぐ無くなるぞ。
「しかし、これは無いだろ」
「う」
まぁ、なぁ……。
なんで丸なんだろう?
ちゃんと月詠の真似をしたんだがなぁ。
「下手だなぁ」
「「う」」
むぅ。
「そう言うマクダウェルは、おにぎり握れるのか?」
「三角に握るだけだろう? 簡単だろうが」
……ふむ。
絶対握れないな。
そう思いながら、味噌汁を飲む。
朝から味噌汁が贅沢に思えるのは、今までどんな食生活だったのか。
まぁ、そう言われたらコンビニ弁当だったんだけど。
味噌汁なんて、何時振りだろう?
豆腐とわかめの味噌汁を飲みながら、おにぎりを食べる。
つい数日前は一人の朝食だったのに……一気に賑やかになったなぁ。
「どうしたんですか~?」
「いやぁ、賑やかだなぁ、って」
こう言うのも偶には良いなぁ、と。
そう思い、苦笑。
これからは、しばらくは一人の朝食じゃないんだな、と。
・
・
・
「おはよーございます、せんせ」
「うわ、今日は賑やかね、エヴァ」
「……ふん」
結構な人数で学園に向かっていたら、学園近くの十字路で神楽坂達と会った。
といっても、その話しぶりだとマクダウェルを待ってたって所か。
「おはよう、2人とも。龍宮と桜咲もおはよう」
「おはよ、先生」
「おはようございます」
「ネギ先生、おはようございます」
「おはようございます、先生」
しかしまぁ……。
「賑やかやなぁ」
「だなぁ」
しかも、男は俺と小太郎、ネギ先生の三人である。
まぁ、仕事柄……と言って良いのかな?
ネギ先生は、こんな気持ちをずっとなんだろうなぁ。
歩きだした女子の一団を後ろから眺めながら、そう思う。
「女子寮の生活も大変なんですね……」
「は、はは……」
「なんや、ネギ。お前女ん所に住んでんのか?」
「え、う――」
コツ、とその頭にゲンコツを軽く落とす。
まったく。
「ネギ先生、な?」
「う……わ、わかった」
ま、同い年くらいだしな。
そう堅くも言えない……のかな?
「ま、せめて休みの日以外はそう呼んでくれ」
「……あ、ああ」
「小太郎君は本当に先生と一緒に暮らしてるんだね」
ん?
「ええ。昨日もそう言ったじゃないですか?」
「先生は、この前まで魔法の事なんて何も知らなかったじゃないですか」
……まぁ、そうですね。
というか、存在してるのは知ってますけど、まだ見た事無いですけど。
見せて、って言ったらやっぱり怒られるんだろうな。
魔法使いって秘密らしいし。
「そういや、ガッコこっちやったか」
「ん?」
ああ。
「そうか、ちゃんと授業受けるんだぞ?」
「判ってるって」
「それと、判らない所はちゃんと聞くんだぞ?」
「はいはい」
「はい、は一回」
「はい」
えっと、あとは……。
「喧嘩はするなよ?」
お前、なんか喧嘩っ早いらしいし。月詠の話だと。
そう言うのはすぐ目を付けられるからなぁ。
「う……ま、まぁ気ぃつけるわ」
「よし」
うん。
「頑張ってこいよー」
「……はぁい」
しかし……大丈夫だろうか?
心配だ。凄く。
俺たちとは別の方向に歩いていくその背を、目で追う。
担任の神多羅木先生には話はしてるんだが……大丈夫かな?
うぅむ。
やはり、初日くらいは付いて行くべきだったか。
けど、神多羅木先生も魔法使いの先生らしいし、事情は判ってくれる……だろう。
うん。凄く不安だ。
「どうしたんですか?」
「いやー……小太郎が、ちゃんと出来るかなぁ、と」
「小太郎君だって、授業はマトモに受けますよ」
「だと良いんですが……」
先生は心配性ですね、と言われてしまった。
でもですねぇ……うーむ。
口悪いからなぁ、アイツ。
心配だ。
――――――エヴァンジェリン
「それでは。月詠さん、入ってきて下さい」
「はい~、失礼します~」
ふあ、と欠伸を一つ。
眠い。
しかしまぁ、このクラスは賑やかだなぁ、と。
「今日からこちらでお世話になります『犬上 月詠』言います~」
「ええ!?」
まぁ、驚くよなぁ。
あのじじいも何考えてるんだか。
もしくは、詠春の方か?
……どっちでも良いか。
「き、聞いて無いんですがっ」
立ち上がり、そう言うのは朝倉。
昨日、先生言わなかったしな。
それに、学園に来たのが先週末……数日前だしな。
「はいはい。まずは落ち着け。知らなかったんだよ」
「うー……転校生がいきなりなんて、アリエナイし」
「判った判った。すまんすまん」
「すごいおざなりな返事っ!?」
あー、うるさいなぁ。
「家族構成は!?」
「弟が居ます~」
そうは言っても、ちゃっかり質問してるし。
というか、アレは弟なのか。
「今どこに住んでるの?」
「センセーと一緒に、この近くの家族寮にすんでますえ~」
「先生と!? って、家族寮?」
「あー……遠縁の子でな。今度、こっちに越してきたんだ」
「親戚って――やっぱり先生、月詠ちゃんの事、事前に知ってたんじゃないっ」
「……しまった」
その朝倉に同調するように、数人……鳴滝姉妹や早乙女のヤツが騒ぎ出す。
「皆さん、お静かにっ。ネギ先生の迷惑になりますわよっ」
「……いや、クラス全体の迷惑だろ」
その呟きは届かない。
まぁ、別に良いがな。
「ふぁ……」
ねむ。
目じりに浮かんだ涙をぬぐい、視線を教卓に向ける。
……あの戦闘狂が、ねぇ。
朝見た限りじゃちゃんと馴染んでたが……どうなることやら。
「それじゃ、席はエヴァンジェリンさんの隣に」
「んな」
いま、聞き捨てならない言葉が……。
「聞いて無いぞっ」
「言ってなかったからなぁ」
「そんな問題かっ」
私の隣って……。
「席が無いぞ?」
「HRが終わったら持ってきます」
ぬぅ……。
まぁ、一番後ろにスペースがあるからしょうがない……のか?
なんか納得いかないなぁ。
「という訳で、HRはこれで今日は終わりだ。席持ってくるまで、質問タイムだ」
「っしゃー!!」
「……女の子が、その声はどうかと思いますよー」
もっと大きな声で言ってやれ、ぼーや。
・
・
・
「本当に、ウチのクラスに来たんだな、月詠」
所変わって昼休み。
最近は恒例となりつつある昼休みの昼食時、今日は何時もの面子で屋上に来ていた。
天気良いし。
……これにも慣れたもんだ。
「あれ? 刹那さん、犬上さんと知り合いなの?」
「月詠でええですよ、明日菜さん~」
「え? 会った事あったっけ?」
ああ、そう言えば明日菜は……一応簡単に説明したけど、ごたごたしてたからな。
「明日菜、あの時――先生が浚われた夜、簡単に説明しただろう?」
「攫われた? ああ……え? 犬上さんが脱走した人?」
「はい~。先輩と、エヴァンジェリンさんから聞いてますえ~」
弁当を広げながら、そう言う月詠。
ふむ。
「中々美味そうじゃないか」
「そうですか~」
「月詠、お前料理で来たのか……」
何ダメージ受けてるんだ、お前は。
まぁ、あんまり料理出来るイメージじゃないよな、お前も。
「作ったのはお兄さんですえ~」
「お兄さん?」
「センセーです」
「へぇ……うわ、何気に上手くない?」
だなぁ。
初めて作ったにしては……。
「卵焼きとサラダは茶々丸さんです~」
「……茶々丸さん?」
あ、喋った。
さっきまで黙ってた木乃香が、茶々丸の名前に反応する。
名前が出た茶々丸は、軽く一礼して自分の弁当を開く。
「はい。先生は、あまり料理が得意ではありませんので」
「えー!? ズルイっ」
何がずるいんだ。
まったく。
「月詠さんにも手伝っていただきました」
「おにぎりですけどね~」
ふぅん。
そう言えば、朝のおにぎりはコイツも握ってたな。
「うー」
「お嬢様、箸を噛まれるのはどうかと……」
「木乃香も、明日作りに行ったら?」
「うん」
そこは即答なのか。
明日菜とぼーやはどうするんだ?
「あ、その時はあやかの所にでもお世話になるから」
ネギが居れば大丈夫だし、と。
そ、そうか……ぼーや、大変そうだな。
一応、少しは同情しておいてやるからな。
「だが、あまり良い顔はされないぞ?」
「ウチらは助かりますけどね~」
だろうな。
誰も料理出来ないらしいし。
あの人も、ついこの前までコンビニ弁当と外食の二択だったからな。
「でも、形バラバラなおにぎりやねー」
「……ウチの男性陣は、丸いおにぎりしか握れませんから~」
「せんせも握ったん?」
「はい~」
そう言って、先生が握ったであろう丸おにぎりを食べる月詠。
……たかがおにぎりだろうが、木乃香。
「多芸だな、あの先生も」
まったくだ。
そこは真名に同意だ。
「うー」
「どないしました~?」
「うー」
なにを鳴いてるんだ、お前は。
「そんなに良いもんか?」
料理下手だぞ、あの人?
朝食べたの、一個は塩辛かったし。
「でも、ええ天気ですね~」
「そうね。それに、もうすぐ麻帆良祭だし。月詠さんも良い時に来たわね~」
「そうなんですか~?」
「うん。ウチの祭りは凄いわよー」
「お祭りなんて、初めてですわ~」
「そうなの?」
そして、早速仲良くなってるな、明日菜は。
もう一種の才能だな。
……まぁ、そう言う所が明日菜らしい、と言えるのかもな。
「午後からは出し物決めるし。今年は何になるのかなー?」
「喫茶店じゃないか?」
「真名は巫女服だったっけ?」
「……勘弁してくれ」
というか、アレは怒られてただろうが。
普通の喫茶店じゃないのか?
ま、どうでも良いか。
――どんな出し物だって、きっと楽しいだろう。
もう慣れた……というか飽きた麻帆良祭だが、今年は少しは楽しめそうだ。
――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――
「腹減った……」
「オ前モ災難ダネェ」
「うぅ」
何で今日は茶々丸の嬢ちゃん居ないの?
ぬぅ……女子寮の方も、この時間帯だと誰も居ないんだよなぁ。
はぁ。
軒先で日向ぼっこしながら、丸くなる。
腹が減った時は、動かないに限る。
「良イ天気ダシ、狩リニデモ行ッタラドウダ?」
「いや、無理ですよ」
「即答カヨ」
狩りなんて何年振りか……。
「……飼イ馴ラサレテルナァ」
そこは言わないで下さい。
うぅ……腹減ったよぅ、茶々丸の嬢ちゃんー。