「おはようございます、新田先生、葛葉先生」
俺が集合場所になっている駅に向かうと、もうすでにいくつかの見慣れた影があった。
……一応1時間前には来たんだけど、もう少し早い方が良かったか。
次に同行する時はもう少し早く来ないとな、と考えながら挨拶をする。
「おはようございます、先生。早いですね」
「おはようございます」
新田先生に早いって言われてもなぁ。
苦笑いで応え、荷物を床に置く。
「やっと修学旅行ですね」
「やっとって……これからが本番ですよ?」
いやまぁ、そうなんですけど。
俺としては初めての修学旅行なのです。
出発すら、不安でいっぱいなのだ。
「準備とかも大変だったんで……」
「そう言えば、先生は修学旅行に行くのは初めてでしたね」
「はい。今年初めて副担を任せてもらえたもので」
楽しみなんですけど、不安で、と。
そう言うと二人から笑われてしまった。
「生徒達より緊張してるじゃないですか」
「はは、昨夜はあんまり眠れませんでした」
何だかんだ言っても、生徒を数日学園外で預かる事になるのだ、何かあったら、と考えてしまう。
事故したり、何か問題に巻き込まれたり。
考え出したらキリが無い。
お陰で少し寝不足である。
「出先で寝られても困るからね?」
「は、はい。気を付けます」
「そう堅くならなくてもよろしいでしょうに」
そう、葛葉先生に苦笑交じりに注意されてしまう。
ははは、と。
こればっかりはどうにも。
まぁ先輩教師が居る事だし、と思う事にすれば……まぁ、少しは楽かな?
「ちょっと飲みもの買ってきます、何か飲みますか?」
「それじゃ、お茶を貰おうかな」
「私もお茶で」
判りました、と。
少し落ちついて、飲み物でも飲もう。
苦笑し、人数分のお茶を買い戻る。
「おはようございますっ」
「あ、おはようございます、ネギ先生」
戻ると、二人と一緒にネギ先生も来ていた。
ありゃ、擦れ違いだったか。
「あ、どうぞ。ネギ先生も何か飲みますか?」
「え? 良いんですか!?」
朝から元気だなぁ、と。
俺もこの元気の半分でも分けてほしいものだ。
「ええ。それで、なに飲みます?」
「そ、それじゃミルクティーで」
「はい。少し待ってて下さい」
よっぽど京都が楽しみだったんだろうなぁ、あの様子だと。
苦笑し、自販機のボタンを押す。
……あ。
間違えた。
「はぁ」
まぁ120円くらい良いか、と思いもう一本。
今度はちゃんとミルクティーを買う。
うーん……お茶、誰か飲むかな?
自分の分も合わせて計3本の缶を持って戻る。
ま、新幹線の中で飲めばいいか。
「一本間違えてしまいました」
「幸先悪いですね」
うぅ、言わないで下さいよ、葛葉先生。
気にしてるんですから。
「はは――はい、ネギ先生もどうぞ」
ふぅ。
「先生、大丈夫ですか?」
「はい?」
何がですか、と。
低い位置にある顔に視線を向けると、心配そうに見上げられていた。
「いえ、疲れているようなので」
「あー……」
そこで笑わないで下さいよ、二人とも。
まったく。
そんなに顔に出てるかな?
……生徒達が来る前に、もう一回顔洗いに行った方が良いかもなぁ。
「まぁ、少し寝不足でして」
「先生がですか?」
何でそこで驚きますか。
俺だって緊張するんですよ?
「はは。まぁ、これでも修学旅行に生徒と行くのは初めてなんで」
「僕もですよっ」
そりゃ新任1年目で担任まかされるなんてありませんから、初めてでしょうと苦笑してしまう。
楽しそうだなぁ、と。
俺が何か言って緊張させたりしてしまうのも悪いし、
「京都は初めてなんですよね?」
「はいっ、ずっと楽しみだったんです」
「確かに、京都は外国の方から見たら異文化の最たる街ですからね」
とは葛葉先生。
そう言えば、
「葛葉先生は京都の出身でしたね」
「はい」
「いつも、京都への修学旅行の時はお世話になってますからね」
ネギ先生も、京都に行く前に色々聞いておくのも良いかもね、と。
そうなのか……ふむ。
「やっぱり、旅行先だと生徒たちの相手って……」
「それは、まぁ――御想像通りかと」
ですか。
それにウチのクラスは……元気が有り余ってるからなぁ。
もう苦笑するしかない。
そんな事を話していたら新幹線の出発まであと30分ほどになっていた。
そろそろ生徒達も駅に集まり始める頃だろう。
職員である俺たちは、それより早く来ないといけないと言うのは判るのだが。
だが、だ。
「早く来たなぁ、お前ら」
もうすでに来ている2人を見る。
マクダウェルと絡繰。
うん。
「……良いだろ。いつもの登校の時間に目が覚めたんだ」
「まぁ、集団行動で時間前に行動してもらえると助かるしな」
「おはようございます、先生。今日からよろしくお願いします」
そう言って、軽く一礼。
礼儀正しいなぁ、絡繰は。
クラスメイト全員がこうだと良いのに……まぁ、アレも一つの個性か。
「時間はまだあるし、どっかに座って待ってろよ」
「そうさせてもらうよ」
そうしているうちに、生徒達が駅にやってきた。
・
・
・
「それじゃ、班ごとに分かれて……分かれたら班長連絡に来てくれ」
「連絡は僕の方にお願いしまーす」
出発十数分前には全員が揃っていたので、点呼をとる事にする。
しかし賑やかなもんだ。
傍を通る出勤途中の方々の視線が痛い事……もう笑うしかないなぁ。
「全員来てましたか?」
「はい。それと、皆さん席にちゃんと座ってもらえるように言っておきました」
それはまぁ、新幹線が移動しはじめたら意味も無いでしょうけどね、と。
お互いに苦笑してしまうが、まぁそこはどこのクラスも同じだろう。
「……それで、何で揃って枕持ってきてるんだ?」
そんなネギ先生の隣に居たのは宮崎に綾瀬、和泉だ。
その手には、何故か枕が持たれてるんだが……。
「いえ、枕が変わると……」
「寝れなくなるので、マイ枕持参です」
「ウチもや」
なるほどなぁ。
確かに、環境が変わると寝れない人もいるしな。
「その大事な枕は落とさないようにバッグに入れとくように」
「は、い」
「判りました」
「はーい」
よろしい、と。
「それじゃ、宮崎さん達も席に座ってもらって良いですか?」
「は、はい……ネギ、先生?」
「はい? なんですか?」
「よろしく、お願いします」
「はいっ」
「――――――っ」
おー。
顔真っ赤だな……。
「のどか、元気です」
「元気やねー」
「だなぁ」
「??」
神楽坂や雪広、次は宮崎か。
……中学生って、異性の教師に憧れたりするもんなんだろうか?
そう言えば、瀬流彦先生も前似た様な事言ってたような?
うーん。
「ま、いくら旅行だからって、あんまり羽目を外さないようにな?」
「判ってるです」
「了解や」
本当かなぁ。
疑わしいが、まぁそれも修学旅行の醍醐味なのかもな。
まぁ、綾瀬はその辺りは……大丈夫だろう。うん。
早乙女よりは信頼できるし。
「ほーら、お前らそっちじゃなくてこっちだぞー」
間違えてなのか、それとも意図してなのか。
別の車両へ行く生徒に声を掛け、ちゃんと誘導していく。
最初だけでも、決められた席に座ってくれよ、と。
「ささ、ネギ先生こちらへ」
「い、いえっ。僕にはまだ仕事がっ」
「……ゆーきーひーろー」
「あ」
まったく、油断も隙も無いやつだなぁコイツは。
少しネギ先生から目を離した隙に、何をやってるんだか。
「また、あやかったら」
「止めてくれよ、那波……」
はぁ。
「ほら、さっさと席に行きなさい」
パンパン、と手を叩いてネギ先生の隣に立つ。
「う……まぁ、見回りに来た時に」
「……お前の班には俺が見回る事にするか」
「酷いっ」
酷くはないだろ、まったく。
こっちも、仕事だからなぁ。
お前には悪いが、ネギ先生にも迷惑というモノがあるのだ。
すまないなぁ。
「はいはい、那波?」
「ほら、行くわよあやか。あんまりワガママ言わないの」
「はい。まぁ、先生にご迷惑を掛けるのは本意でありませんし」
そりゃ良かった。
修学旅行中さっきのノリだったら、対応に困ってしまう所だったぞ。
苦笑し、その背を見送り、
「相変わらず大変そうですね、先生」
「ん?」
おー、長谷川か。
「ま、先生だからなぁ」
「……ふーん」
ふぅ、忙しいな。
後来てないのは……
「先生、おはよーっ」
「おー、神楽坂。ちゃんと遅刻しなかったな」
「う、流石にこんな日までギリギリまで寝てませんよ」
はは、と笑い通路の脇に退く。
「ま、お前もはしゃぎ過ぎないようにな」
「はーい」
っと。
「おはよう、近衛、桜咲」
「おはようですえ、先生」
「おはようございます、先生」
お、朝から一緒なのか。
この前より、随分と仲良くなったなぁ。
うんうん。良い事だ。
「気合入ってるなぁ、近衛」
「はいっ。今日からよろしくですえ、先生」
「……お嬢様、行きましょう」
手を振っている近衛とは対照的に、桜咲は若干表情が硬い。
やっぱり、そう簡単にはいかないか。
頑張れよ、近衛。
「ふむ、中々刹那も大変そうだね」
「うぉ」
いきなり傍に立つな、龍宮。
びっくりしたぁ。
「すまないね、先生」
いや、面白がってるだろ? まぁ良いけど。
「龍宮も応援してやってくれないか?」
「そりゃ勿論。あの堅物な刹那がどう変わるか、面白そうだ」
「……動機が不純だなぁ」
「欲望に忠実なのが人間さ」
「はぁ。ま、早く席に行ってくれ」
「ああ。それじゃ先生、これからよろしく」
うーん……今頃の中学生って、何か色々凄い。
龍宮、お前中学生に見えないぞ。
・
・
・
客室内は賑やかだった。
いや、比喩ではなく。
「元気なもんだ」
「まったくだな」
それと、だ。
「なんでこっちに居るんだ? 皆と喋ってくればいいのに」
神楽坂とか、近衛とか。
昨日はあんなに楽しそうだったのに、と。
「ふん、邪魔をするのも悪いだろ」
「そうか?」
別に邪魔だとは思わないだろうけど。
特に近衛と桜咲の所は誰か真ん中に立つ人が必要だろう。
後で様子見に行くかぁ……でもなぁ、お節介すぎるかな?
ネギ先生は、なんかカードゲームに夢中になっていた。
……あー言う所は、年相応だよなぁ。
まぁ、今は特にする事も無いから、生徒を見てくれてて助かるし。
「そんなに景色ばかり見て、楽しいか?」
「ああ。新鮮だな」
そうか?
まぁ、こういう時に見る景色はまた違ったように感じるけど。
対面に座ったマクダウェルにならう様に、窓から外の景色を見る。
うん。早い。
こんな所は、大人は損してるんだろうなぁ。
そう思い、苦笑してしまう。
感受性というか、何と言うか……きっと、マクダウェルはそういうのが豊かなんだろうな。
「ふむ」
そう思いながら、視線を前に。
何と言うか……本人は認めないだろうが、凄く楽しそうだ。
楽しそうと言うか、感動していると言うか――年相応に見えた。
こんな顔もするんだなぁ、と。
普段の毒舌やらどこか達観したような感じは無く、ただ純粋に楽しんでいる。
そんな感じ。
「先生、何か飲まれますか?」
「ああ……じゃなくて。絡繰も皆の所に行ってきて良いぞ?」
マクダウェルは見とくから、と。
それに首を振り、
「いえ……コーヒーでよろしいですか?」
「そうか? まぁ、いつでも行って良いからな?」
それじゃ、コーヒーで、と。
そんな騒がしい周囲の中の、のんびりした空間。
少し、眠い。
昨日はあんまり寝れなかったからなぁ。
「眠そうですが、大丈夫ですか? どうぞ」
「あー、すまん」
自前の保温ポットで用意されていたコーヒーを受け取る。
香りからして、結構良いヤツっぽい気がする。
それを一口飲み。
「美味いなぁ」
「ありがとうございます」
少し、眠気が飛んだ。
更にもう一口。うん、美味い。
コレがあるなら、京都まで寝ないで大丈夫かもしれないなぁ。
いやしかし、本当に美味い。
缶コーヒーじゃ、この味は無いな。
「絡繰が淹れてきたのか?」
「はい。紅茶もありますが?」
いや、と。
俺はコーヒー派だし。眠気覚ましにはちょうど良いし。
そうやってのんびりしていたら、一人の生徒がこっちに来る。
「あ、先生。ミカンどうです?」
「朝倉か。お前から勧めてくるなんて珍しいなぁ」
「いやー、えへへ」
そう言って、俺の隣に座る。
ん?
「なんだ」
……ああ、そう言う事か。
その片手には、デジタルカメラ。
そして、俺の正面には普段では見れないマクダウェル、と。
「ま、いいか」
ミカンの皮を剥きにかかる。
怒るだろうか?
まぁ、ミカン半分で許してもらおう。
――――――エヴァンジェリン
まったく。
「屈辱だ」
「そうか? ほら、ミカン半分やるから機嫌直せよ」
「あ、先生と二人で映る?」
アホか。
その手からミカンを全部奪い、一欠片を口に含む。
ん、中々旨いな。
「まだこの仕事をクビになりたくないから、勘弁してくれ」
「へ? これくらいじゃ大丈夫でしょ」
「いやいや、今の時代どんな事でクビになるか判らないもんだ」
「まぁいいや。後で焼き増そうか?」
「いらん」
はぁ。
「折角の修学旅行なんだから、溜息ばっかり吐いてちゃ楽しくないよー、エヴァちゃん」
「そうだそうだ、言ってやれ朝倉」
お前は……はぁ。
「良いんだ。私は一人で、のんびりと、静かに旅行を楽しむ」
「ほう、それは3-Aへの挑戦状とみた」
「どうしてそうなるっ」
ああ、頭が痛い。
あまり目立ちたくないと言うのに。
だからこうやって、先生の傍に居て、隠れていたんだが。
「ふふふん……ま、いいや」
他の人も映してこよー、と去っていくマイペース娘。
まるで台風だな。
……忘れるか。
「大変だなぁ」
「誰の所為だっ」
あのパパラッチが来たなら教えてくれていいだろうに。
ああいう空気を読まない奴は苦手だ、本当に。
「いや、良い記念になるだろ」
今度焼き増ししてもらえよ、と。
誰がしてもらうか。
「中学3年の修学旅行なんて、一生に一回だからな」
「……ふん」
そんなの言われなくても判ってるさ。
もう一度、視線を窓に向ける。
出発したばかりの時は人工物が目立ったが、いまは緑の方が多い。
美しい景色だ。本当に。
15年ぶりの外は、本当に新鮮で――綺麗だ。
「あまり私の邪魔をするな」
「判った判った。今度朝倉が来たら教えるよ」
そう言いながら、コーヒーを口に含む。
「茶々丸、ウチにコーヒーなんかあったか?」
「はい。用意いたしましょうか?」
「ああ」
私は紅茶ばかりなんだが……。
まぁ、偶には良いか。
茶々丸から渡されたそれを飲み、
「砂糖とミルクはあるか?」
「はい」
苦いな。
いくら年月を経ても、味覚とかは10歳のままだからな。
食事とかで多少の慣れはあるだろうが、ブラックは苦い。
よくこんなのが飲めるもんだ。
「マクダウェルには、まだ早かったか」
「ふん。糖分は疲れた頭にちょうど良いんだよ」
「なるほど、確かに」
笑われた。
……くそ。
それに味覚にもあまり良くないんだ。
あと、胃にも優しくないしな。
つまり、ブラックなんて、良いもんじゃないという事だ。
「私は、ブラックの方が美味しいと思います」
「そうか? と言うか、絡繰はブラック大丈夫なんだな」
「はい」
そうなのか?
「お前がそう言うなんて珍しいな」
「そうでしょうか?」
ああ。
記憶している限りじゃ、そう言った事は一度も無いはずだが。
ふむ……まぁ、私の知らない所で何かあったのかもな。
それはそれで良い事だ。
口元でだけで笑い、砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲む。
「あ、エヴァが美味しそうなのを飲んでる」
「……はぁ」
またうるさいのが……。
「いきなり溜息って酷くない!?」
そうか?
っと。
「お前、それ……」
「しょうがないじゃない。私が目を離すと、皆変な食べ物食べさせるんだから」
その手には、例のオコジョが入ったケージが持たれていた。
まったく……。
ぼーやは何をやってるんだか。
ちゃんと面倒を見てないと、後で後悔する事になるぞ?
「お、ネギ先生のオコジョ」
「そう。カモって言うの」
「おー」
しかし、やたらぐったりしてるな。
何か食べさせられたのか?
「あんまり、触らない方が良さそうだな」
「今はちょっと……あ、茶々丸さん、私もコーヒー良いかしら?」
砂糖とミルクも、と。
はぁ。
「きゃーーーーっ!!」
そして、私ののんびりとした時間は終わりを告げる。
・
・
・
「誰かのいたずらかな?」
「……どうだろうな」
前乗っていた奴が忘れたのかもな、と。
先生の手に持たれている透明なゴミ袋の中には、気色悪いカエルが……数えるのもおぞましいほど入っている。
これだけの数が揃うと、流石に気色悪いな。
しかし……まさか、本当に一般人に手を出してくるとはな。
敵ながら、油断ならんヤツかもしれん。
……もしくは、ただの遊びか。
まぁ、これで“敵”が居ると言うのは確定した訳か……憂鬱な事だ。
「一応、アナウンスしてもらえるように言ってくる」
「ああ」
「あーーーーっ!?」
今度はなんだ?
声はぼーやだったが……。
「ま、待てーっ!」
ああ、まったく。
次から次に。
別の車両に向かって走っていくぼーやを目で追い、視線を桜咲刹那に向ける。
視線が合う。
首を横に振り、ぼーやの走っていった方に足を向ける。
お前は近衛木乃香の傍に居ろ、と。
「茶々丸、来い」
「……はい」
今回は後手に回ったか……まぁ、特に問題はなさそうだが。
あとで近衛木乃香に何か細工がされてないか、確認しとかないとな。
傍には桜咲刹那が居たから、大丈夫だと思うが。
一応、私も確認した方が良いかもな。
「ぼーやには私が言っておくよ。ついでにトイレに行ってくる」
「あ、ああ……まだカエルが居たのかな?」
「さぁな。とにかく、その気色悪いのをどうにかしてくれ」
忌々しくさえあるソレを見る。
くそ……折角の旅行を。
「行くぞ」
「それでは、先生失礼します」
そのまま、別の車両へ。
式、と言うやつか?
見た感じ、アレだけの魔力ならもう少し実体化してられるはずだから先生にはばれないだろう。
本当なら私が処分しておきたい所だが、そう言いだしたら不自然だしな。
茶々丸や桜咲刹那でも同じだろう。
あれだけの騒ぎだ、瀬流彦か葛葉刀子の方で気付いているはずだ。
そっちで対処してもらおう。
それより、だ。
「こら」
「いたっ」
人前で杖を抜いていた愚か者の背に蹴りを入れてやる。
「何をやってるんだ、ぼーや?」
「え、エヴァンジェリンさん!?」
「もしかして、また人前で杖なんて使おうとしてたんじゃないだろうな?」
「あ……すいません。でも、親書が!」
はぁ。
周囲に視線を向ける。
……人の行き来はまばらだし、今は大丈夫か。
「茶々丸、親書を」
「はい」
茶々丸の懐から出された一通の手紙をぼーやに渡す。
「あ、あれ?」
「あのなぁ、ぼーや? 親書なんて別にどうでも良いんだよ」
「へ? で、でも」
はぁ、まぁわざと言ってなかったから仕方が無いか。
「今回の件は、英雄の息子であるぼーやが呪術協会の総本山に行くのが大切なんだ」
「え?」
「そんな紙切れは、形だけと言う事だ」
渡しさえすればいいんだよ、と。
「何回奪われようが、何枚失おうが、お前が渡しさえすれば、それが“親書”だ」
「えっと……もしかして?」
「ああ。じじいに用意させてある、どんどん奪わせてやれ」
さっきも必死に追った所を見られただろう。もしかしたら油断するかもな、と。
まぁさっきのカエルを見る限り、どうにも雲行きが怪しいがな。
まさか、京都へ向かった5クラス150人強全員に目を配る訳にもいかない。
そっちは瀬流彦たちに任せるか。
……じじいの仕事不足だ、過労で倒れても文句は言うなよ。
「落ち付け。人前で魔法は使うな。私に迷惑を掛けるな。判ったな?」
「は、はい」
近衛木乃香には桜咲刹那が離れずにいるから大丈夫だろうが……。
はぁ、これじゃ先が思いやられるな。
――旅館も安全じゃないな、この調子じゃ。
――――――今日のオコジョ――――――
い、いかん。
これはいかん。
まさかこんな白昼堂々、一般人の前で手を出してくるなんてっ。
「あー、びっくりしたねー」
「まったくアル。でも、良い訓練になったアル」
「クーフェイは何でも訓練にするでござるな」
しかし……さすが兄貴のクラス。
あの異常事態にまったく動じてねぇ!
……オレっちの方が驚きだよ。
すげぇ、いろんな意味ですげぇぜ。
「きゅう」
「夕映!? 大丈夫!?」
凄いのと普通のの差が激しいクラスだぜ。
「所で、カエルとオコジョってどっちが強いアル?」
姉御!? 明日菜の姉御!! 早く迎えに来てーーー!!!