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No.25761の一覧
[0] 源平剣豪伝(魔改造歴史剣豪物)[空鞘](2011/02/01 20:13)
[1] [空鞘](2011/08/15 11:45)
[2] [空鞘](2011/08/15 11:45)
[3] [空鞘](2011/08/15 11:46)
[4] [空鞘](2011/08/15 11:46)
[5] 幕間壱[空鞘](2011/06/06 16:17)
[6] [空鞘](2011/08/16 04:48)
[7] [空鞘](2011/08/15 22:07)
[8] [空鞘](2011/10/18 20:47)
[9] [空鞘](2012/12/01 10:20)
[10] [空鞘](2013/05/22 19:15)
[11] 人物紹介。[空鞘](2011/05/29 02:24)
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[25761] 源平剣豪伝(魔改造歴史剣豪物)
Name: 空鞘◆fe0cdfe9 ID:159035d5 次を表示する
Date: 2011/02/01 20:13

ひとつめ 『京の鬼。剣の鬼。京の夜叉。』







 京の都に、鬼がでる。
 その鬼、巨大な体躯にて数え切れぬ武具を背負い、五条の橋にと現れるという。

 京の都に、夜叉がでる。
 その夜叉、痩躯に似合わぬ太刀を背負い、京の夜を彷徨い歩くという。

 鬼も夜叉も、目的は同一である。
 ただ、平氏の強者との邂逅のみを求めているのだと。
 そんな噂がいつしか流れ始めていた。



 鞍馬の山より源氏の牛若が逃げ落ちてきたのは、折しもそんな噂の流れる時期だった。





 女が歩いている。

 黒。

 闇に融けるような艶やかな黒髪を後ろで結わえ、櫛も通さず無造作に垂らしている。

 その女の姿は、京の都を歩くには些か奇抜すぎた。
 全身が黒いのである。
 黒い髪、黒い衣、黒い手甲、黒い足袋。その姿全てがまるで墨を落としたかのように黒い。
 そして極めつけは、その背に背負う黒鞘だった。その刀は分類としては太刀に属するだろう。だが、明らかにその太刀は他の物よりも長い。それは馬の首すら一閃しかねぬ代物だった。比較的小柄なこの女が背負うには、あまりにも非常識な大太刀。

 そも、女性が太刀を佩くこと自体が珍しい世である。いつの世も武士でありたいと心の内で思う女は数少ないながらも無くなりはせぬが、それでもこの様な異装はしまい。

 野宿でもしていたのだろうか。黒い衣のあちこちに泥や埃、ほつれや傷跡なども見える。本来は白いはずである肌も、埃や煤に紛れるように薄汚れている。
 その中で、ただ唇だけが血の様に紅かった。

 女は歩き続けている。
 その歩みは迷い無く、早くもなく遅くもなく、ただ夜に消え入るように進んでゆく。
 時折、何かに耳を傾けるように止まり、また時折、駆け出したりもする。かと思えば、夜空を見上げ、そこにある月を陶然と見上げていたりもする。

 まるで、年端もいかない童のよう。

 事実、女は少女と言っても良いような相をしていた。年の頃、十四か五か。その程度の年齢にしか見えなかった。

 夜の月を見、少女は嗤う。

 嫣然と嗤うその様は、その美しさと相まって人ではなく化生の類。

 そして少女は駆けだした。
 足音もなく、気配もなく、呼気もなく。

 夜の闇を寄せ集めて人の形にしたようなものが、京の通りを駆けてゆく。
 ふと、その足が止まる。

 前方から三人。歩いてくる者がいた。
 その者達を見て、黒い少女はただ。

 嗤っていた。






「ねえ、そこの」

 最初、大塚左門義家(おおつかさもんよしいえ)は空耳だと判断した。

 大塚は二人の従者と共にある場所へと向かっていた。
 夜遅く通りを歩くのはわけがある。大塚は平氏に与する武士であった。彼は大安の世であっても武士(もののふ)は武芸を常に尊ぶべしとの考えを持っており、源義朝と平家の決戦の折にも、常に兵たちの先頭に立ち敵を切り伏せている。

 早い話が剣狂い。それが、大塚左門義家を一言で表すに相応しかった。

 今日も自ら部下達と剣を交え、叩き伏せる。敵兵は決して遠慮をしてくれぬとの価値観から、手加減無く木剣にて部下を叩きのめすその姿は、まるで鬼のようだと常々評価されていた。

 近頃、京女達の間で交わされる他愛もない噂話。五条の大橋に出るという大鬼と、大太刀を背負うという夜叉。共に、平氏の武士のみを相手取るという化生。

 大塚はそれを眉唾とばかり思っていた。平氏の世を嫉んだ者達が、その様な在りもせぬ幻想を作り上げ、噂として流したのだと。現実で勝てぬのならばせめて夢想の中で勝たせようとの、弱き者達の精一杯の抵抗。大塚はそう思っていた。先日、部下の一人が橋の麓に屍となって転がっている姿を見るまでは。

 どの様な凶器にて殺されたのだろう。戦場での死体というものを見慣れている大塚にすら、その姿から想像も出来なかった。

 刀、ではない。

 腹の部分を胴丸ごと吹き飛ばされた様に両断されている屍。それは太刀で作れるような傷痕ではなかった。そも、如何に腕の良い者が揮う太刀とて、甲冑に叩きつければ刃は通らぬ。甲冑とは刃を防ぐためにあり、鋭いが細い太刀でその防御を完全に貫くことなど、生半な者には出来はしなかった。

 殺された部下は大塚の弟子の中では一番の使い手だった。ただ無防備に胴を薙がれるはずがない。確かに、優れた者が持つ太刀は胴丸ごと敵を切り伏せることも出来うるかもしれない。だが、それは胴丸を持つ方も同じだった。薙がれる際に刃筋が立たぬ様に自ら刃へと胴丸を押し当てる。それにより刃は物を切る適切な角度がずらされ、胴丸の表面を掠り逸れて止まる。それは、大塚が幾たびもの戦で編み出した極意であり、当然、殺された部下にもその極意を伝授していた。数いる部下の中で最も腕が立つ者だったので、それもまた当然だった。

 相手の刃を甲冑で受け止め、逸らし、その隙に太刀で鎧の隙間を突く。自らの負傷を最小に抑え、立ち塞がる敵には必殺を。それが、大塚左門義家の剣理。

 しかし、その剣理は明らかな敗北の形となって、大塚の目に映っていた。

 胴丸ごと吹き飛ばされた男。断じて、太刀などではなかった。もっと巨大で、圧倒的で、重厚な、そんな見たこともないような凶器。それが、部下の身体を二つの骸にした物だろう。

 身震いした。
 大塚の中に潜む剣鬼が、まだ見ぬ強敵の確かな存在に、悦びの声を上げているのである。

 五条の橋の大鬼。数えきれぬ程の武具を背負うという、化生。

 戦ってみたかった。しかし、大塚にも立場という物がある。まさか、甲冑姿で京を徘徊するわけにはいかなかった。

 ならば、夜。人々が眠り、草木も眠り、魔性が騒ぐ丑三つ時。

 思えばあの部下も、同じことを考えていたのではないかと今さらになって気付く。だからこそ、完全な戦具足のまま、屍となって打ち捨てられていたのだと。

 そして、腹心の部下を従者として連れ出し、大塚は夜の都へと出た。他ならぬ、五条の橋へと向かうために。

 例え今宵大鬼が現れなくても大した問題ではなかった。それならば丑の刻参りの如く、毎夜でも通い詰めよう。そんな決意と共に歩いていたのだが。

「あんた、平家の侍?」

 何もない闇から、鈴のような声をかけられた。
 空耳などではなかった。距離にして三間(凡そ5.5㍍)。その先に、妙に青白い何かが浮かんでいる。

――生首?

 大塚にはそう見えた。儚げな中にも凛とした刃を秘めた、そんな印象を持つ生首が、三間先に浮かんでいると。

 だが、それが誤っていることに、大塚は気付いた。全身を黒で塗り固めた様な姿をした者が、そこに佇んでいるということに。

 愕然とした。かつて、これほど近間まで何者かを気付かずに近寄らせた事など、果たしてあっただろうか。それほどまでに大塚は武芸に秀で、目の前の存在は幽鬼じみていた。

「何者か!!」

 漸く、従者の二人が正気を取り戻したのだろう。主である大塚を護るべく前に出て、大音声で問いかける。

 しかし、その問いがなくとも、大塚は答えを知っていた。ここは未だ、五条の橋ではない。ならば、目の前の化生は大鬼ではなく。

「京の夜叉か」

 もう一つの噂、大太刀を背負った夜叉に違いなかった。

 そして、太刀を抜く。
 従者二人もそれに倣い太刀を抜き、三者が共に、八相に構える。右手が上、左手は下。切先は天。太刀を立てて体の側面に。攻守に堅い青眼でも、威力の勝る上段でもなく、八相。それは、相手に先を取らせ甲冑にて防ぐという戦法のために大塚が出した結論だった。通常の八相よりも右に傾いだ大塚達の構えは、彼の剣の極意である。わざと無防備に近い左半身を晒すことで、左方からの斬撃を誘う。左方には鞘があり、胴丸があり、肩当てがある。目立ちすぎることを避けるために兜までは用意できなかったが、これだけあれば大塚達は相手の剣を確実に防ぐことができる自信があった。

「話が早い。行くよ」

 鈴のような声。京の夜叉とは少年であったかと、今さらながら大塚は思う。
 そして、夜叉が背中の大太刀を抜く。柄拵えから鞘までも黒く、その姿を見ることも困難だった大太刀は、月光を跳ね返す煌めきとなって初めてその存在を主張する。しかし、太刀の長さは測れない。夜叉が刃を脇に構えたためだった。

――右、脇構え。なるほど、刃の長さを測らせず、一太刀にて勝負を決める所存か。

 距離は変わらず三間。しかし、二人の従者も黒き夜叉も、摺り足にて距離を詰める。

 じりじりと。じりじりと。

 この瞬間が大塚は好きだった。相手と自分を、文字通り命を賭けて比べ合う一瞬。それに至るまでの無限に思える時間。この時のみが、大塚に至福を与えてくれる。
 数の理はこちらにある。だが、これほどまでに世間を騒がせた夜叉が、たかだか三対一の数の差に呑み込まれるかどうか。やはり、この時間が堪らなく愛おしい。

 そして二間。状況に代わりはない。未だじりじりと両者は進み続けており、その刃はまだ一度として交わっていない。



 しかし、大塚の聴覚はその音を聴いていた。



 ヒュゥと。妙に甲高い音が、前方から聞こえていた。大塚はこの音を知っている。その人生の中で、幾度となく聴いてきた音。

 人が、喉を切り裂かれた状態でなお、呼吸をした際に立てる音だった。

 やがて、従者二人が前のめりに倒れ伏す。

 意味が解らなかった。いったいいつ、あの二人は斬られたのか。夜叉は未だ、変わりなく立っているではないか。あの大太刀を脇に構えて。

 そしてようやく、大塚は気付いた。いつの間にか、右に構えていた夜叉の刃が、左側へと移動していることに。

 左構え。つまり、夜叉は右から左へと刃を振り、そのまま左脇に構えていたのか。

 見えなかった。恐らく、斬られた二人すら気付いていないのだろう。それほどまでに今起こった出来事は常軌を逸している。

「いいのかい。その位置で」

 唐突にかけられた、声。

 そして気付く。いつの間にか夜叉は大塚から一間の距離に居た。信じられぬ。一体いつ如何なる間に入り込んだのか。

 “間”とは“魔”でもある。それを大塚は熟知していた。間は扱いをしくじれば魔へと変貌し、容易く牙を剥いてくる。しかし、その魔を上手く操ることが出来れば、相手の攻撃すら自由自在に操ることが出来る。大塚はそう心得ていたはずだった。今この瞬間、ありとあらゆる魔を夜叉に操られるまでは。

 しかし機は大塚に味方していた。大塚の構えは右側に構えた八相。対して、夜叉の構えは左脇構え。即ち、大塚にとって右側に刀があることになる。夜叉がその構えから最速の斬撃を繰り出すには、必ずや八相に構えた大塚の太刀が邪魔になる。先程の二人のように、一瞬で首を裂くなどということは出来はしない。
 もし、構えを変えようとの動きを見せたのならば、その瞬間にこちらが最速の一撃を叩き込む。
 脇構えは防御が弱い。夜叉が青眼に切り替え防御に回すよりも、必ずや八相の構えからの一撃の方が早い。その筈だった。

 距離は一足一刀。相手の間合いまではわからない。あの大太刀がどれほどの長さなのかはわかっていない。しかしその緊張が、大塚に至福の時を与え続けている。命どころか来世の生すら削りかねない至福の時を。

 踏み込めない。踏み込まれない。

 相手が動かぬということは、その刃はまだ届かぬのか。
 しかし既に、そんなことは大塚の脳裏からは消えている。ただ確実な後の先をとるためにのみ、大塚は立っていた。

 時が流れる。
 汗が止まらない。自然と呼吸が荒くなる。
 だが、夜叉の方は汗こそ見えるが、呼気は見えない。目を瞑るとまるで何もない闇が広がっているかの様に、その存在感が全くない。それほどまでの静謐。

 不意に、月が翳った。
 流れる雲が月光を遮ったのである。



――動!



 夜叉の手の動き。今度は見える。身体ごと捻るように一歩を踏み出し、独楽のような回旋と共に神速の一撃が襲い掛かってくる。

 しかし見えている。大塚は必死の想いで刃を動かすと、自らの首と大太刀の間を遮る絶対の壁として君臨させた。



――勝機ッ!



 身体ごと叩きつけられた大太刀の切っ先は、恐らく凄まじい重さと勢いを持って大塚の刀を襲うだろう。しかし、それに耐えたとき、この大振りへの代償が、夜叉を襲う筈。必至の隙という形として。そこを――――殺る。



 だが、大塚は目にしてしまった。一歩を踏み出した夜叉の左足。その足が、その膝が、滑らかな動きで沈み込む様を。



 その絶妙な運足は、振り抜かれる太刀筋へと多大な影響を与えていた。刃は大塚の予測位置より遙かに下段を通り過ぎ、その左手の筋を籠手ごと断ち切ってゆく。

 大きく地を踏む音が聞こえる。夜叉の回旋はその、地に憎しみを叩きつけるかのような運足により急停止し、大太刀の切っ先は真っ直ぐに大塚の首へと伸びてくる。

 大塚は痛みと驚愕のために為す術もなくその刃を睨み続けていた。防御など、間に合うはずもない。だが、例え致命の刺突からも目は逸らさなかった。自らを殺すであろう宿命であろうとも、決して退かぬと叫ぶように。



――見事。



 自らの首に刃が埋もれてゆく中で、大塚は声にならぬ賞賛を目の前の夜叉へと告げていた。剣に狂った男が、剣に敗れたからこそ洩れた、心の底からの賛辞であった。

 名を知らぬのが、残念だな。

 思った刹那に引き抜かれる刃。引き抜く際に夜叉の足で腹を蹴られていたがために、大塚の身体は後方に倒れ伏す。

 強かに頭を打ったはずだが、今の大塚にとってそんなことはどうでもよいことであった。

「ぁ……は……」

 名は何という。
 そう口にしたはずなのに穴の空いた喉ではそんな言葉すら紡げない。

 しかし夜叉は、その思いを正確に汲み取っていたらしい。

「シヅカ……。それがあたしの名前だ」

 倒れ伏す大塚に鈴のような声で名乗った夜叉。その眼差しにはどこか賞賛の様なものが含まれているような気がする。

――何と。おなごであったか……。名の通り激しくも静謐な太刀筋であった。まさに、剣に生きた儂の最後に相応しい。

 それが、大塚左門義家の最期の思考だった。







 十八ヶ月。
 それが、男がこの世に出ることを拒んだ時間である。

 意味を求めていた。
 自らがこの世に生まれ出でた意味を。

「鬼め」

 生まれてすぐ。人であることを否定された。

「鬼め」

 人と会うたびに、人であることを否定された。

「鬼め」

 何かを成し遂げるたびに、人であることを否定された。

「鬼め」

 そして、今も尚、否定され続けている。

 男はその肉体が母の胎内にあった頃より、自意識という物を持っていた。
 男が未だ胎児であった頃から、男は誰よりも聡明であったのだ。

 自らの異常さを誰よりも噛み締め続けていた胎児は、生まれ出でる以前からもただ一つのことだけを願っていた。

 愛されることがないことを知っているが故に。求められることがないことを知っているが故に。否定されることを知っているが故に。

 私をこのまま死なせてくれ、と。

 しかしその願いは、叶うことなく。
 男は世に生まれ出でてしまった。







 夢を見ていたらしい。遙か昔の夢。未だ自らが名という物すら持っていなかった頃の。
 橋の中央にまるで仁王の様に立ち尽くしながら、鬼はそのまま過去へと思いを馳せる。

 山を下りて幾年。鬼は願い続けた。どうか、自分の存在に理由を与えてくだされと。そのためならば他には何もいらぬのだと。愛もいらぬ。友もいらぬ。敵も味方も隣人他人あらゆる者もいらぬから、ただ異形に生まれた自分に生きていても良いという理由を、と。

 初めに殺したのは僧だった。

 殺すつもりなどなかった。ただ、自分に信仰という物の素晴らしさを教えてくれた僧を、感極まって抱きしめたくなっただけだった。そして、抱きしめたら恩人は死んだ。

 次に殺したのもやはり僧だった。

 恩人を殺し茫然としていたところを、棍で思い切り打擲された。なんてことをするのだ、と。しかし、その棍は肩に当たって砕ける。そんなつもりはなかった。あの人を殺すつもりなどなかったと、そう言い訳したかった。その際に相手を振りほどくように払った腕で、その男の頚はへし折れた。

 鬼が未だ十になったばかりの頃の話である。

 その後、鬼は自ら寺を出た。僧を殺してしまった以上山には居られない。そもそも鬼は、恩人をその手にかけてしまったことに酷く後悔していた。やっと得られたかもしれなかった存在理由を、自分ですら制御できぬ力により破壊してしまったことは、鬼にさらなる絶望を与えた。

 山を下りた鬼はまず、力を求めた。誰かを打ち倒す力ではない。自らの異形を制御できる力。矛を止めると書いて武という文字となる。ならば、達人とまで呼ばれる人物の武ならば、鬼に自らの矛を止める術を与えてくれるかもしれぬと。

 しかし、漸く探し求めた達人は、鬼の姿を見るなり襲い掛かってきた。その、人にあらざる巨体は、達人の危機感を煽ったのかもしれぬ。その、薙刀を持った達人は、結局鬼が身を守るために繰り出した拳により果てた。

 この圧倒的に巨大な鬼の身体では、誰かに教えを請うことすらままならない。ならば、自ら武を鍛え上げるしかない。達人の亡骸を前に決意した鬼は、その薙刀を拾い、彷徨うこととなる。

 誰かを屠ると武器が残る。ただその場に打ち捨てられた武具をそのままにしておくことは、鬼には出来なかった。これは、自らが殺した者の悔恨の念そのもの。それが地に落ち朽ち果てるのを見捨てることは出来なかった。その意味を失くした武具が、意味を持たぬ鬼の境遇と重なるがために。鬼はそれら全てを背負い生きてゆくことに決めた。

 そうして十数年が過ぎた。

 既に、目的は変わっていた。鬼は数多の修羅場を超えて、自らの力を制御できるだけの武を手に入れることが出来た。もう、この力に振り回されず生きてゆくことが出来る。そう確信できる頃には、集めた武具は三百を超えていた。

 しかし、それでも鬼が鬼であることには変わりなかった。

 意味が欲しかった。だが、鬼は人とは程遠いが故に、誰からも恐れられ遠ざけられ続けた。誰よりも理知的な鬼は、鬼であることに耐えられなかった。孤独であることならば耐えられる。人に恐れられるのも耐えてゆける。しかし、自分の存在が無意味なのではないのかという疑問には、彼は耐えることが出来なかった。

 役目が欲しかった。誰よりも強い肉体を持って生まれ、誰よりも武を修めた自分にしかできない使命が。
 しかし、それは誰からも与えられることはなかった。なぜなら彼は鬼であったのだから。ただ、誰かに恐れられるだけの鬼なのだから。

 人でありたかった。人ならば使命を与えられるやもしれぬ。人から生まれたにも関わらず、なぜ自分は人ではないのか。それは、闇のように深い絶望だった。

 そして鬼は、幼き頃の教えを思い出す。自らの剛腕で絞め殺してしまった、誰よりも暖かな言葉をくれた大恩ある僧を。僧は言っていた。祈ることに意味があるのではない。祈り続けることにより意味が出来るのだと。一の祈りでは叶わぬかもしれぬ。ならば十。それでも届かぬのならば百度祈れと。

 百という数は特別な意味を持つ。意志弱き人間には辿り着けぬその数。全身全霊を籠めて百度も祈れば、神や仏も見てくれるだろうさと。

 だが、自らは鬼である。人ではなく鬼という存在が、誰よりも厚かましい願いを神仏に祈るのだ。百ではたりぬ。その倍あっても恐らく届くまい。

 ならば、千。

 千という数は人には辿り着けぬ。千に至るまで命を懸けて何かを貫き通すことは、人の領分を超えている。自分は今まで三百もの悔恨を背負ってきた。ならばあと七百。千もの想いと呪いを背負う意志さえ持てれば、鬼である自分にも神仏の慈悲は与えられるやもしれぬ。

 数多の悔恨と絶望の果てにその様な答えに辿り着いた鬼は、さらなる修羅場をくぐる決意をした。時には武士を。時には山賊を。十名以上の敵と戦い、重傷を負ったことすらあった。しかしそれでも鬼は生き残ってきた。その巨躯と膂力が故に。

 鬼は集めた武具を一本一本山の頂へと突き刺してゆく。山とは一つの生命である。数多の命が混じり合い、巨大な一つの生命となったそれは、時に神として崇められる。鬼は神にその武具を奉じていたのである。

 やがて、捧げた武具が九百を超えた頃、鬼は京へと辿り着く。平家にあらずんば人にあらず。その様なくだらぬ噂が飛び交うほどの魔境と化した京へと。

 平家の武士。世を統べた彼等ならばまた、神に捧げるに相応しき力量と武具を備えているやもしれぬと。

 だが、その期待は外れてしまう。世を統べたとはいえ、所詮彼等は人であった。鬼である自分に抗えるほどの力量を持つ武士など、数えるほどしかいなかった。

 京に辿り着き心躍らせた出会いは三つだけ。一つは名も知らぬ大鎧の男。一つは二十もの兵との戦い。そしてもう一つは。



「今夜はたぶん来ないよ。大鬼殿。あたしが三人斬っちまったから」



 この、幼き女夜叉との出会い。

「三人とはまた、奮発したものよな。夜叉殿」

 正面より出でた黒い影。大太刀を背負う女夜叉。三人を斬ったというその貌には、微かに血の飛沫の様なものがかかっている。返り血。

「たぶんね、あんたの所に行く連中だったと思うんだ。三人が三人とも、まるで戦にでも向かうような具足姿だったからさ。横取りするのは悪いと思ったんだけど、すまないね。我慢できなかったんだ」

 この夜叉は、七尺(凡そ二㍍十㌢)をも超えようとする鬼に対しても、この様な口調で話す。決して、自分に対して畏れを抱いていないその在り方は、酷く眩しく映る。

「で、まだ集まらないのかい。あたしは楽しみにしてるんだけど。千本目はあたしとやるって約束だろ?」

 鬼が今まで集めた武具は、未だ九百九十五。後五本で千に届くというところで、鬼の脳裏に迷いが浮かんでしまう。この様に容易く達成できる試練で、本当に神仏は我に慈悲を与えてくれるのだろうかと。

 しかし、その迷いは目の前の夜叉と出会うことにより霧散した。これが、これこそが最後の試練なのだと。自分とは違う類の物の怪。自らが鬼の力と姿を持って生まれたのならば、目の前の夜叉は悪鬼が如く業(わざ)を持って出でた物の怪なのだと。それを打ち倒すことにより、我が祈祷は完遂するのだと。鬼は彼女を見た刹那より、そう確信していた。

「すまぬな夜叉殿。恐れをなしたのか夕刻以降は誰もこの橋を通らなくなった。四日ぶりの武士も、そなたに奪われてしまったようなのでな。もしそなたが奪わなければ、今頃はそなたと仕合えておったのかもしれぬが」

「ふざけんな。大体あんたが馬鹿みたいにでかい図体しているから、誰もが恐れて近寄ってこないんだよ。あたいの所為にするなんてお門違いじゃないのかい」

「まったくもってその通り。しかし、今宵は随分と楽しんでこられたようだな。夜叉殿」

 目の前の夜叉の様子はおかしかった。酷く高揚している。普段はもっと冷静冷酷な雰囲気を纏っていたものを。
 余程の強敵と出会えたのだろう。酷く羨ましく思うと同時に、彼女が生きていたことに安堵すらしている。矛盾である。鬼自身が殺そうとしている相手が死ぬことを、鬼自身が許せない。それほどまでに鬼は目の前の夜叉に惹かれている。

「ああ、あの三人は最高だった。たぶん今までで一番の使い手だ。少しでも気を抜いたら自分の首に太刀が刺さっている姿が思い浮かぶんだから。特に、最後の一人になんて、思わず名乗っちまったよ」

 名乗った? 夜叉には名があったのか。出会ってから十日近くなるが、お互い名乗りあったことはない。互いが互いに、名など無いとでも思い合っていたのかもしれぬ。

「あたしにだって名前くらいはあるさ。けど、今のところ死人になる奴相手にしか名乗ったことはないけどね」

「なるほど。ならばワシの死に様にはその名を土産にもらいたいものだな」

「変なの。そんなものが土産になるとは思えないんだけど」

「なに。冥土に持ち込める物はあまり多くはない。末期に聞いた言葉などは、その数少ない中の一つだろうよ」

 そういうもんなのか。首をかしげながら夜叉は歩き出す。向かう先は橋の下。水を浴びて血飛沫を落とすのだろう。以前など、鬼の前で素裸になりそのまま行水まで始めたほどだ。市井の女に見られるような羞恥心や常識など、夜叉にはありはしなかった。

「水浴びも良いが、もうじき日が昇る。早く戻った方がよいかもしれぬ」

「じゃあ、先に戻っていてくれるかい。火でも熾しておいてくれると助かるよ」

「承知した」

 二人が出会ったのは八日ほど前。その折に、あろう事か夜叉は、橋の下に棲んでいた鬼を自らの棲処へと誘ったのだ。いずれ殺し合う定めにある相手であることを、判っておりながら。

 鬼と夜叉の棲処。それは荒れ果てた廃屋だった。どこぞの武士の家だったのだろうが、度重なる乱により主を亡くしたのだろう。手入れする者のいないままに数年が過ぎ、打ち捨てられていたところを夜叉が棲みついた。山の麓にほど近いため、鬼や夜叉は食料に困ることはなく、未だ他の者に見つかってはいない。昼間は一切外出せず、ただ獣の様に眠るだけ。そして夜になると徘徊を始める。二人してその様な生活をしているのだから見られていなくとも不思議ではなかった。

 鬼は歩き出す。後ろを振り向くことすらしない。背負った巨大な七つの武器を揺らしながら、五条の橋を去ってゆく。

 今宵の夜叉の笑顔。それが心から離れない。生まれ落ちて二十余年。最も美しいと思ったものが、年端もいかぬ少女の血にまみれた笑顔などとは。つくづく己らしいとも思う。人ではなく鬼。人ではなく夜叉。共に化生。だからこそ惹かれるのか。

 だが、数日後にはどちらかの命が潰える。それは間違いがなかった。鬼は相手の武具を求める。例え逃げ出そうとする相手からも、武器だけは奪う。その信心と祈祷のために。しかし夜叉にとって背中の大太刀は唯一無二のかけがえのない物であろう。その命がある限り、決して鬼に渡そうとはせぬはず。さらに夜叉が鬼に与えられた試練である以上、他の者では代わりにならない。

 つまり、化生同士の命懸けの共喰いを避けることは決して出来なかった。そもそも夜叉の目的は、強者を斬り殺すことなのだから。いつしか鬼を切り伏せる時を、夜叉は誰よりも楽しみにしているのだから。

 ままならぬものよな。心からそう思う。

 千に辿り着き、神仏に願う。己に人としての意味を与えてくだされと。それは鬼が十数年以上も抱き続けた、悲願。

 しかし、鬼にとっては夜叉と出会ってからの数日が、かけがえのないものへとなってしまっていた。夜叉は鬼を恐れない。それは夜叉自身の強さによるものか、それとも同じ化生であるが故か。畏れを抱かぬ夜叉の態度は、鬼に懐かしいものを抱かせてくれる。あの大恩ある僧と共にあった、たった数日の出来事。涙を流すほど感極まった、あの満たされた刹那。その温かかった何かに近い物を、鬼は今、胸の内に感じることが出来る。

 “今”が“無限”に続けばよい。そんな浅薄な考えすら浮かぶ。

 本当に、ままならぬものよ。心からそう思う。

 鬼若という名の鬼が、その人生を賭けて求め続けた瞬間。
 千に辿り着くという、何よりも求め続けた瞬間が、永遠に来ないことを鬼は願っているのだから。








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