夜の森の静けさの中、凄まじい速度で動いている人影たちの姿がある。それはまるで山道など何でもないかのように突き進んでいく。その中には明らかに人ではない物の姿も交じっている。それは大きな化け猫、子狐の妖怪。そして人影たちは珊瑚たち退治屋たち。珊瑚たちは真剣な、緊張した面持ちを浮かべながらも森に中を疾走していく。並みの人間ならとてもその速度には付いていくことできないだろう。ついに珊瑚たちは目的地に辿り着く。そこは珊瑚たちにとっては慣れ親しんだ場所、故郷である退治屋の里だった。
「みんなっ!!」
里に着いた瞬間、珊瑚は大声を上げながら里の中に飛び込んでいく。その顔は焦りと不安に満ちている。そんな珊瑚の胸中を嘲笑うかのような光景が目の前には広がっていた。破壊されつくされた建物、荒れ果てた畑、そしてそれらを行ったであろう無数の妖怪たちの死骸。まさに地獄絵図と言っていい光景だった。
珊瑚は自らの故郷である里の惨状に言葉を失う。まるで信じられない物を、あり得ない物を見てしまったような表情でその場に立ち尽くすことしかできない。珊瑚の後に続くようにお頭や琥珀たちもやってくるもその光景に珊瑚と同じように眼を見開き、その場に呆然とすることしかできない。
それは自分たちが罠におびき寄せられている間に襲われてしまった里の無残な姿だった。その逃れられない残酷な現実に珊瑚たちが絶望に包まれかけたその時
「お頭……珊瑚……?」
そんな聞きなれた男性の声が珊瑚たちに向かって響き渡る。驚きながら振り返ったそこには里の守りに残っていた退治屋の中の姿があった。いや、それだけはない。それに続くように身を隠していたのか次々に人影が姿を現していく。それは里の住人達。
「え………?」
その光景に珊瑚たちは目を丸くすることしかできない。間違いない。目の前にいるのは座との仲間達だ。そして一目見た中でも誰ひとり欠けている様子が無い。中には怪我を追っている者の姿もあるが居なくなっている者は見当たらなかった。そして珊瑚は気づく。
それは里の惨状。無数の妖怪の死骸はあったもの、その中には一つも里の人間は混じっていなかったことに。その事実に珊瑚は思わずその場に座り込んでしまう。それは安堵。誰ひとり欠けることなく生きていたことに対する喜び。それは琥珀たちも同様だった。里の者たちはお頭たちの帰還と無事を知ったことで喜びの声を上げながら集まってくる。その人だかりでその場は一瞬で何かの祭りの様な騒がしさに包まれてしまう。だがそれは無理もないこと。もしかしたらもう二度と会えないことになっていたかもしれない。それほどの危機が里に訪れていたのだから。珊瑚はそんな騒ぎの中に巻き込まれながらもある疑問を抱く。
それはこの状況。確かに里の者たちは妖怪退治屋であり、それに相応しい強さを持っている。だがこの妖怪の死骸の数。とても尋常な数ではない。それは里の者が応戦したとしても倒しきれる量を大きく超えている。本来なら間違いなく里は全滅していてもおかしくないはず。だが怪我を負っている者はいるものの誰ひとり死んでいない。そんなことがありうるのだろうか。珊瑚がそのことに驚きながらも戸惑っていると
「だから言ったじゃろう!おらと犬夜叉が妖怪たちをやっつけたんじゃ!」
そんな子供の声が里に響き渡る。それは雲母の上に乗っている七宝。まるで自分がそれをやってのけたのだと言わんばかりの態度でふんぞり返っている。珊瑚たちはそんな七宝の姿に呆気にとられてしまう。
『里が妖怪に襲われた』
その情報を珊瑚たちは城から離脱している途中に七宝から得ることになった。それは珊瑚たちを納得させるには十分な物。自分たちを罠にはめたこの任務を考えれば十分にあり得る事態。珊瑚たちはそのまま全速力で里へと戻ってきた。しかしその最中、七宝は里が助かっていることを何度も口にしたのだが聞き入れてもらえなかったため今に至っているのだった。
「本当だ、お頭。犬の耳をした妖怪がわしたちを助けてくれたんじゃ。」
七宝の言葉を肯定するように里の者の一人が珊瑚たちに事情を説明していく。
珊瑚たちが依頼のために里を出ていってからしばらくして無数の妖怪の大群が里を襲ってきたこと。そのことに驚きながらも里に残ったものたちで何とか応戦はしたもののその圧倒的物量に為す術がなかった。里の中の手練である珊瑚たちが出払ってしまっていたことに加え、突然の奇襲。それは無理もないことだった。だがそれでも妖怪退治の里である住人達は必死に立ち向かっていく。だがそれを覆すことはできなかった。無数にわいてくる妖怪の大群の姿。その絶望的な状況に村人たちがあきらめかけたその時、
赤い着物を着た犬耳の妖怪がその場に乱入してきた。
初めは新たな妖怪の敵かと身構えたがその妖怪はそのまままるで自分たちを庇うかのように妖怪の軍剤たちをその爪をもって薙ぎ払って行く。その光景に里の者たちは目を奪われるしかない。何故妖怪が自分たちを庇うようなことを。だがそれは些細なことだった。その本当の理由はその強さ。まるで妖怪の軍勢など何でもないと言わんばかりのその強さに目を奪われてしまったのだった。だが妖怪はそんな自分たちにその場を離れるよう言い放った後、一人妖怪の軍勢の中に飛び込んでいく。
村人たちはその声によって我を取り戻し、すぐにその場を離脱し守りを固めていく。その動きには一切の無駄がない。それは村人たちに希望が芽生えてきたからに他ならなかった。そしてしばらくの間の後、里は静けさに包まれる。まるで誰もいなくなってしまったのではないかと思えるほどに。村人たちが恐る恐る里に近づいていく。
そこには妖怪の返り血によって血まみれになった犬耳の妖怪の姿があった。そしてその妖怪を囲むように無数の妖怪の残骸が積み上がっている。その光景に村人たちは息を飲みながらも悟る。目の前の妖怪が一人であれだけの妖怪の大群を葬ってしまったのだということに。村人たちはどうしたものかとその場に立ち尽くしていると妖怪が突然村人に向かって声をかけてくる。
『珊瑚と琥珀はここにはいないのか』と。
そんな質問に村人たちは呆気にとられるしかない。当たり前だ。何故目の前の妖怪がそんなことを聞いてくるのか。何故二人のことを知っているのか。考え出せばきりがないほど。だがそんな中、村人一人がそれに答える。珊瑚たちは依頼を受けて出かけており、この場にはいないと。本来ならそれは言うべきではないこと。自分たちを恐らくは救ってくれたといえ正体不明の妖怪に教えるのは普通ならあり得ない。だがそうしなければならない。そう思わせるような空気が、雰囲気がその妖怪にはあった。
妖怪はその言葉を聞いた瞬間、苦渋の表情を浮かべる。まるで何かを失敗してしまったかのように。自分たちには理解できない事態の連続に村人たちが戸惑っていると一つの小さな子猫が妖怪に近づいていく。それは雲母。いつもは珊瑚と共に依頼に付いて行っているのだが今回は里の守りのために残っていたのだった。雲母はそのまま変化をし、大きな化け猫に姿を変えながら妖怪に近づいていく。その光景に村人たちに緊張が走る。それは雲母が妖怪に戦いを挑むつもりなのではないかと考えたから。だがその予想は大きく外れることになる。雲母はそのままその背中を妖怪に向ける。
村人たちはその姿に驚きを隠すことができない。その行動は雲母が誰かを背中に乗せ、飛ぶ時の物。雲母は今初めて会ったはずの妖怪に自分の背中に乗れと、そう訴えていた。妖怪もその姿に一瞬驚いたような表情を見せるものの、すぐにその背中にまたがる。同時に森の中から小さな子狐の妖怪が姿を現し、慌てて雲母に乗りこんでいく。雲母はそのまま二人を乗せたまま空に飛び立って行ってしまう。村人たちはその光景をただ黙って見送ることしかできなかったのだった―――――
「そうだったんだ……」
村人たちの説明を一通り聞き、事情を把握した珊瑚はそんな声を漏らす。それは二つの驚きからのもの。
一つはその強さ。確かに自分は犬夜叉の強さを知ったつもりになっていたがそれは大きな間違いだったらしい。目の前に広がる妖怪の残骸の山。話通りならこれを犬夜叉はほぼ一人でやってのけたということになる。いくら自分でもこれだけの妖怪と一人で戦うことはできないだろう。
二つ目は犬夜叉の行動。それはまるで自分たちを救うための動いているかのよう。だがその理由が珊瑚には見当がつかない。自分と犬夜叉は出会ってから一週間ほどの関係。それも依頼の中での物。深い仲になったわけでもない。にもかかわらずどうして犬夜叉は自分や琥珀を助けるような行動をしているのか。いや何よりも何故自分たちが窮地に陥ることが分かっているのかのように動いているのか。そのタイミング、手際からそう思わざるを得ない程の違和感がある。初めは自分たちを陥れようとした奈落という妖怪とつながっているのかとも考えたがそんな気配もない。
そんな珊瑚とお頭の視線が交差する。どうやら父も考えていることは同じ様だ。だが何はともあれ皆、一人のかけることなく危機を乗り越えることができたことには変わりない。とりあえずは今晩をしのげるように準備をしなければ。そう珊瑚たちが動き出そうとしたその時、一つの人影が森の中から姿を現す。
それは犬夜叉。
その姿に里の者たちの視線が一斉に注がれる。だがそれは当然だ。今回の事件全てに関わっている存在であり、自分たちを救ってくれた存在。だがその正体も全く変わらない。どう対応したらいいのか。里の者たちはそんな戸惑いに包まれていた。そんな中
「犬夜叉、遅かったではないか!」
村人たちと楽しそうにおしゃべりをしていた七宝が喜びの声を上げながら犬夜叉に飛びついていく。それはまるで子供が父親に飛びついていくかのような光景。
「上手くやったのか、七宝?」
「当たり前じゃ!」
どこか面倒くさそうに七宝をあしらいながらも犬夜叉は七宝にそう尋ねる。七宝はそれに自信満々に胸を張って答える。珊瑚たち城からの離脱と里への帰還を促すことが七宝に託されたこと。それを無事成し遂げることができたことで七宝は上機嫌になってしまっているようだ。そんな二人の光景に里の者たちの雰囲気も和らいでいく。七宝と戯れる犬夜叉の姿は里の者たちにとっても安心を与えるものだったらしい。
だが犬夜叉はそんな七宝を引きはがした後、どこか真剣な視線を里の者たちに向ける。その視線に里の者たちはどこか恐れを感じてしまう。その視線は珊瑚と琥珀に向けられたところで動きを止める。そして
「大人しくお前達が持ってる四魂のカケラ、全部こっちによこしな。」
そんな言葉を口にした。
少年は里の者たちに視線を向けながら考える。どうやら大事には至らなかったらしい。妖怪たちはほとんど自分が倒したがあれだけの数。そのすべてから村人を守ることは自分にも不可能。ある程度は自衛をしてもらうのを期待するしかなかった。だがやはり退治屋の里だけあってその実力は侮れるものではない。あれだけの妖怪の軍勢を相手にしながらもどうやら怪我人だけで済んだらしい。
だが自分は里の者たちを救うためにこの場を訪れたわけではなかった。自分は珊瑚と琥珀の居場所を確かめるためにこの妖怪退治屋の里を訪ねていた。奈落による罠の依頼がいつ行われるか分からない以上、面倒だか珊瑚たちに気づかれないようその動向を知る必要があったからだ。だが里に訪れた瞬間、少年は妖怪の軍勢の臭いに気づく。そこには今まさに里が滅ぼされようとしている光景が展開されていた。同時に少年は思い出す。珊瑚たち退治屋の里が奈落の策略によって滅ぼされてしまったことを。
少年はそのまま里を守るために戦闘を開始する。だがそれは予想以上に困難なもの。自分だけなら造作もなかっただろうが里の物を守りながら戦うのは骨が折れる。鉄砕牙が使えれば一振りで妖怪たちを薙ぎ払うこともできるがそれは叶わない。里の者たちを避難させることで何とかそれを成し遂げることができた。そして珊瑚たちが既に奈落の罠にかかり、城に向かってしまったことを知る。その事実に少年は冷や汗を流す。まさに入れ違いの形になってしまったようだ。
だがそれは結果的には幸運だったと言える。何故ならもし珊瑚たちと共に城に向かってしまっていれば里は間違いなく全滅してしまったはずなのだから。
そして犬夜叉は何とか当初の目的である琥珀を救うことに成功した。奈落もあの場で倒すことができれば完璧だったのだがそれは仕方がない。何にせよこれで自分の役割は終わりだ。あとは最後の仕事を済ますだけ。それは
この里にある四魂のカケラを手に入れることだけだった。
「なっ……!?」
犬夜叉の放った言葉によって里には動揺が広がって行く。当たり前だ。自分たちを救ってくれた筈の妖怪が今度は自分たちに向かって四魂のカケラを渡すように脅してきたのだから。だがその殺気と視線がそれが冗談ではないことを物語っている。犬夜叉は自らの爪に力を込め
「とっとと渡した方が身のためだぜ。」
不敵な笑みを浮かべながら里の者たちに向かって近づいていく。その姿に里の者たちは思わず後ずさりをしてしまう。それは目の前の犬夜叉の力を理解していたから。今の自分たちでは、いや例え万全の状態であっても犬夜叉には敵わないことは誰の目にも明らかだった。そんな事実を理解しながらもどうするべきか、打開策をお頭が模索していると一人の少女が犬夜叉に向かって近づいていく。
それは珊瑚だった。
珊瑚はまるで自然体そのものでそのまま犬夜叉へと近づいていく。その光景に犬夜叉はもちろん里の者たちも呆気にとられるしかない。だがそんな犬夜叉の姿を見ながらも珊瑚はそのまま犬夜叉の目の前まで近づき動きを止める。その視線は真っ直ぐに犬夜叉へ向けられていた。
「お、おい」
そんな珊瑚の姿に気圧されながらも何とか犬夜叉が言葉をかけようとした瞬間
犬夜叉は意識を失った。
それは珊瑚の持つ飛来骨による一撃。それを頭部に受けた犬夜叉はまるでねじが切れた人形のようにその場に倒れ込んでしまう。一同はそんな光景に言葉を失う。だが珊瑚はそんなことなど全く気にした風もなく犬夜叉を担ぎ
「七宝、ちょっと犬夜叉を借りてくよ。」
そう言い残したまま森の中に入って行ってしまう。七宝はそんな珊瑚に頷くことしかできない。今の珊瑚には逆らってはいけない。そんなことを考えながら里の者たちは二人が消えていった森の中を見つめ続けるのだった………
「てめえ、何しやがる!!」
凄まじい剣幕で犬夜叉は目の前にいる珊瑚に向かって食って掛かって行く。今、犬夜叉と珊瑚は里から少し離れた森の中で対面していた。先程まで意識を失っていた犬夜叉だったのだが目を覚まし、事態を把握した後自分を殴り倒した珊瑚に向かって詰め寄って行く。それはある意味当たり前の行為。だが
「自業自得だよ。あんなことをみんなの前で言うんだから。」
珊瑚はそんな犬夜叉の姿を見ながらもどこ吹く風といったように答えるだけ。それは自分はまるで当たり前のことをしたと言わんばかりの態度だった。
(こ、こいつ………)
犬夜叉はそんな珊瑚の姿に呆気にとられてしまう。本当に珊瑚は自分を殴り倒したことを悪いとも何とも思っていないようだ。確かに自分の言い方も悪かったかもしれないがそのこととこれは話が別だ。自分もまさかそんな行動をしてくるとは思っていなかったため不意をつかれてしまった形だ。だがそれ以上にさっきの珊瑚の飛来骨の一撃には強い既視感を覚えていた。そして犬夜叉はついにその正体に気づく。
それは言霊の念珠。
まるで言霊であるおすわりを食らってしまった時のような感覚を自分は先の一撃に感じてしまった。まるで避けることができない、いや避けることを許さないような力が先の一撃にはあった。その事実に犬夜叉の背中に冷や汗が流れ始める。それはある光景を記憶の中から思いだしたから。
それはかつての弥勒の姿。
弥勒は幾度も珊瑚の尻を撫でまわしては平手打ちを食らっていた。それは犬夜叉とかごめの間で言うおすわりの様なものだったのだろう。そしてそれが今、自分に向けられたらしいことに犬夜叉は気づく。だが半妖である自分相手だからなのか平手打ちではなく飛来骨の一撃にグレードが上がってしまっているらしい。その証拠に以前も飛来骨の一撃によって木から落とされてしまったこともある。
「何やってんの、犬夜叉?」
珊瑚は不思議そうな表情を見せながらそう声をかける。そこにはまるで自分を警戒し、犬の様な体勢を取っている犬夜叉の姿があった。
「う、うるせえ!てめえこそ俺に何の用だ!?」
犬夜叉は珊瑚から少し距離を取りながらも態度を大きく見せながら声を荒げる。そんな犬夜叉の胸中を知ってか知らずか珊瑚は溜息をつきながらその理由を話し始める。
「あんたが里のみんなを怖がらせるようなことを言うからさ。みんなあんたに感謝してるのに何であんなこと言うんだい?」
それが珊瑚がこの場に犬夜叉を力づくで連れてきた理由。里の者たちと違い自分は一週間と言う短い時間であったが犬夜叉の人となりは理解している。そのため先程の姿と言動が犬夜叉の嘘であることを見抜いていたのだった。もっともそれは七宝にも言えることなのだが。
「けっ、俺は四魂のカケラを手に入れるためにここに来たんだ!感謝なんかされる覚えはねえ!」
犬夜叉はそんな珊瑚の言葉を聞きながらもそう吐き捨てるように答える。だがその姿が何か無理をしているのは一目瞭然だった。
「つくんならもっとマシな嘘をつきなよ。四魂のカケラなんてどうでもいいって前言ってたじゃないか。」
「くっ………!」
痛いところをつかれたのか犬夜叉はそのままどこか歯ぎしりしながら黙りこんでしまう。珊瑚はそんな犬夜叉の姿をどこか呆れながら眺めているだけ。完全に犬夜叉は押されてしまっている状態だった。
(くそっ……何でこんな面倒臭えことになっちまったんだ……)
少年はどこか恨めしさすら見せながら珊瑚に目を向ける。どうやらいらないことを自分はしゃべりすぎてしまったらしい。どうせもう会うことはない、これ以上纏わりつかれるのは厄介だったため本当のことをいくつか話してしまったことがこんなところで災いするとは考えてもいなかった。本物の犬夜叉のように完全な妖怪になるために四魂のカケラを集めていると言った方が良かったかもしれない。いや、そんなことを言えばきっと珊瑚は自分をずっと追いかけ回しかねなかったためどっちにしろ選択の余地はなかっただろう。
加えてどうやら七宝がかなり珊瑚にいらないことを吹き込んだようだ。そのせいで余計自分に疑念の様なものを抱いているらしい。ただでさえ予期したように里と琥珀を救っているのだから尚のこと。面倒なことになる前に里にある四魂のカケラを手に入れ去るつもりだったのだが予定外の事態になってしまった。四魂のカケラについては置いていってもいいのだがどうしてもそうなれば奈落が再び里を襲う確率が増してしまう。そうなっては自分がしたことが何の意味もなくなってしまう。それだけは避けたい。
だが話し合いでそれを譲ってもらえるほど退治屋達は甘くないことは分かり切っている。ならば力づくで奪って行くしかない。そう思い行動したのだがどうやらそれは珊瑚には見抜かれてしまったらしい。どうしたものかと少年が頭を悩ませていると
「とにかく、色々聞きたいことはあるけど一つだけ言わせてもらうよ。」
「………?」
珊瑚はどこか大きく咳ばらいをしながら犬夜叉に向かってそう宣言する。犬夜叉はそんな珊瑚の言葉と姿に驚きながらも目を向ける。珊瑚はどこか恥ずかしそうにしながらも
「あ、ありがとね。あんたのおかげで琥珀も里のみんなも助かったよ。」
そう犬夜叉に向かって礼の言葉を告げる。それが犬夜叉をここまで引っ張ってきた本当の理由。皆の前でそれを言うことが恥ずかしかった珊瑚の照れ隠しだった。
だがいくら待っても何の反応も返ってこない。そのことに気づいた珊瑚が目を向けるとそこには何か信じられない物を見たかのように呆然としている犬夜叉の姿があった。珊瑚はそんな犬夜叉の姿を不思議そうに眺めている。そんなに自分はおかしいことを言ったのだろうか。いやただ単にお礼を言っただけだ。なのに何故犬夜叉がそんな態度を見せているのか分からない。
「…………ふんっ!」
そして犬夜叉もすぐに我に返るも慌てながらそっぽを向いてしまう。そんな素直になれない犬夜叉の姿に珊瑚が笑いを漏らしていると
「おい、犬夜叉!里のみんなが料理をごちそうしてくれるらしいぞ、早くこっちに来んか!」
嬉しそうにはしゃぎながら七宝が二人の前に姿を現す。いきなりことに呆気にとられる二人をよそに七宝は犬夜叉の手を引きながら里に向かって走り出してしまう。その騒々しさと素早さに珊瑚も口をはさむことができない。
「おい、七宝!そんなに引っ張るんじゃねえ!」
「早く行かんと料理がなくなってしまうぞ!」
犬夜叉はそのまま七宝に引っ張られたまま里に向かって連行されていってしまう。どうやらあの犬夜叉も子供である七宝には強く出ることができないらしい。その姿はまるで年相応の少年のよう。とても先の城中で見た冷徹な獣の様な姿と同一人物だとは思えない。
そんな犬夜叉のギャップと様々な疑念を胸に抱きながらも珊瑚は二人の後を追って行く。自分の家族と仲間がいる退治屋の里に向かって―――――