春の暖かい風が吹き、桜が舞い散っている晴天の青空の下、一人の少女がどこか緊張した面持ちで歩みを進めている。それは日暮かごめ。だがその姿はいつもの制服ではない。それは白を基調にしたワンピース。そしていつもはしない化粧もしている。そのためいつも以上にかごめの女性らしさが際立っている。それは普通の男なら間違いなく振り向いてしまうほどの物。かごめはそのまま足早にある場所に向かって行く。それは駅前。今日のデートの待ち合わせ場所だった。
(ちょっと早く来すぎちゃったかな……)
そんなことを考えながらもかごめは待ち合わせ場所に向かって進んでいく。今日は日曜日、そしてデートの相手は言うまでもなく闘牙。だが今日はいつものデートとは事情が異なっていた。先日の友人たちの指摘以来かごめは様々なアプローチを闘牙に掛けてきた。中にはかなり大胆なものもあったのだがそのすべてを闘牙は気づかず、スルーされてしまった。そんな自分の恋人である闘牙の鈍感さにかごめは呆れ果てるしかない。もっともかごめも人のことは言えない程のもの。ある意味似た者同士と言えるかもしれない。
だがこのままではいけないと考えたかごめは意を決して今日のデートを闘牙に持ちかけた。これまでもかごめは何度もデートをしてきたがそのほとんどが闘牙からの誘いによるもの。そのためかごめから闘牙を誘うのはかなり珍しいことだった。結局、面と向かって言うのが恥ずかしかったのでメールを使ってしまったのだが。何はともあれデートの約束はすることができた。この日のためにこの服や様々なものを新調してきた。一つ大きなプレゼントもある。準備は万端。
だがこんなに意識をしながらデートをするのはいつ以来だろうか。今では学校の帰りや近所のお店へ行くことは頻繁にあったがこれほど緊張することはなくなってしまっていた。まるで戦国時代で恋人同士になったばかりの様。そして今日は近所ではなく少し離れた海鳴市に最近できたショッピングモールへ行く予定になっていた。
それは友人たちの入れ知恵であったのだが気分を変えると言う意味では悪くないはず。そんなことを考えているうちにかごめは駅前に到着する。日曜日であるためか人通りもいつもより多い。だがまだ約束の時間まで一時間以上ある。やはり早く来すぎてしまったようだ。少しどこかで時間をつぶそうかとかごめが辺りを見渡そうとした瞬間
「………かごめ?」
そんな聞き慣れた声が後ろから掛けられる。慌てて振り向いた先には私服姿の闘牙が驚いた顔でかごめを見つめていた。
「闘牙!?」
それに負けず劣らずの驚きを表しながらかごめも声を上げる。間違いなく目の前にいるのは闘牙だ。だがまだ約束の時間には一時間以上あるはず。なのに何でこんなところに。そして二人はすぐに気づく。互いに約束の時間よりもはるかに早く待ち合わせ場所についてしまったことに。
「ず……随分早えじゃねえか、かごめ?」
「と、闘牙だってそうじゃない………」
どこか気恥ずかしいのか互いに顔を赤くしながらも闘牙とかごめは戸惑ってしまう。それは互いに早く来すぎてしまったという恥ずかしさもあったがその姿に驚いてしまったから。かごめはもちろんだが闘牙の姿もいつもとは違っている。いつもはラフなTシャツとジーパンなのだが今日は異なっている。それは今日のために闘牙が新調してきたもの。久しぶりにかごめからデートに誘われたことも理由だが一番は最近のかごめの様子に思うところがあったのが本当の理由。
かごめは気づかれていないと思っていたようだが最近のかごめの様子とアプローチには流石の闘牙も気づいていた。だがいきなりのことであったこと、かなりきわどいものもあったため闘牙もどうしたものかと考えていた。そしてそんな流れの中でのデート。意識してしまうのも無理ない話だった。
そんな闘牙の姿に自分と同じように今日のデートを意識していたことにかごめも気づき、恥ずかしいのかそのまま黙りこんでしまう。闘牙もそれは同じ様だ。だがこのままずっとこの場にいても仕方ない。
「と、とにかく時間は早いけど行くか。このままじっとしててもしょうがねえだろ。」
「そ、そうね。」
闘牙の提案に頷きながら、かごめも動き出す。二人はそのまま予定より一時間以上早く電車に乗り、目的地へと出発する。それが今日のデートの始まりだった―――――
「おお!」
「凄い!」
二人は同時に感嘆の声を漏らす。その視線の先には巨大なショッピングモールが広がっていた。その大きさは全てを回り切るのには一日では足りないのでは思わせるほどの物。噂には聞いていたがここまでの物だとはかごめも思っていなかった。そしてオープンしてから間もないこと、休日であることから訪れている人々の数の半端ではない。家族連れ、そしてカップルで溢れている。自分たちも周りから見ればカップルに見えるだろうか。いや、間違いなくカップルなのだが。そんなことを考えていると
「じゃあとりあえず適当に回って行こうぜ!」
闘牙がどこか興奮した様子でかごめに話しかけてくる。どうやら人の数と熱気にあてられてしまったらしい。まるで新しいおもちゃを見つけた子供の様だ。いつもはもう少し落ち着きがあるのだが二人きりになると少し子供っぽくなる癖が闘牙にはあるらしい。
「うん!」
そんな闘牙の姿に微笑みながらもかごめは闘牙と並んで歩き始める。その姿は間違いなくカップルの姿。そのまま二人は目についた店に訪れながら楽しんでいく。まだ二人とも学生であるためあまり多くのお金を持っているわけではないのでそれはウインドウショッピングといった感じの物。かごめもその数えきれない程の店を回りながら二人きりの時間を楽しんでいく。
今の時間、光景は二年前、戦国時代にタイムスリップし、闘牙と出会ってからずっと夢見ていたもの。一度は闘牙が元の体に戻れなくても戦国時代で生きる決意もしたのだが無事にこうして現代に戻ってくることが、再会することができた。
今、自分は本当に幸せだ。
でも時折考えることがある。それは四魂の玉の最期の問い。あの時私は四魂の玉の消滅を願った。それが闘牙との別れを意味していると覚悟した上で。だが私たちは再び出会うことができた。
でももし、もし私が闘牙と一緒にいたいと願っていたら。
そしたら一体どうなっていたのだろう。そんなあり得ないこと、いやあり得たかもしれないことを考えていると
「どうしたんだ、かごめ?」
いきなり目の前に闘牙の顔が現れる。かごめは思わずそのまま後ろにのけぞってしまう。闘牙はそんなかごめの姿を不思議そうに見つめている。どうやら少し長く考え込んでしまっていたらしい。
「ご、ごめん。ちょっとボーっとしてて……!」
意識を切り替え、どこか慌てながらかごめはそう弁明する。だがやはり先程までの雰囲気は隠し切れてはいなかった。闘牙はそのまま何かを考え込むような仕草を見せる。いやまるで何かをしようとして悩み、戸惑っているよう。だが
「…………ほら、さっさと行こうぜ。」
そう言いながら闘牙はかごめに向かって手を差し出してくる。そしてその顔は赤く染まりながらもそっぽを向いている。その光景に一瞬、かごめは目を奪われてしまうがすぐにその意図に気づき
「………そうね、行きましょう、闘牙!」
差し出された手を握り返す。その手には確かな力が込められている。この温もりを、手を決して離さないように。
二人はそのまま手を握ったまま再び、デートを再開する。その姿は先程までとは大きく違う。それは自然体そのもの。闘牙が騒ぎ、それをかごめが諫めながらも楽しそうに見守る。そんないつも通りの二人の姿。だがそこには確かな二人の絆がった。かごめもそんな中、気づく。
そうだ。これが自分と闘牙の関係。
一緒に笑って、泣いて、遊んで、学校に行く。私が望んだ、願いの形。
確かに友人たちの言う通り少し私たちは遅れているのかもしれない。でもそれでいい。焦る必要なんてない。私たちはもう離れ離れになることはないのだから。
かごめはそんな当たり前の、そしてもっとも大切なことを思い出す。そんなかごめの姿に内心安堵しながら闘牙はその手を引っ張りながら走り出す。賑やかな二人のデートは続くのだった―――――
「もう、しっかりしてよ。闘牙。」
「う、うるせえな……仕方ねえだろ……」
どこか呆れたかごめの言葉に闘牙はそう反論する。しかしその姿は何かに怯えてしまっているのかのように情けないもの。それは今の二人の状況のせい。二人は今、観覧車に乗っているところだった。いくら大きなショッピングモールといってもまさかそんなものまであるとは思っていなかった。せっかくだから乗って行こうとかごめは闘牙に提案するも闘牙はどこか顔を引きつらすことしかできない。それを不思議に思いながらもかごめは半ば強引に闘牙と一緒に観覧車に乗りこんだ。そして思い出し、気づく。何故闘牙がそんな状態になっていたのかを。
「まだ高いところが苦手なの治ってなかったの?」
「当たり前だ!そんなに簡単に治るんなら苦労しねえ!」
かごめの言葉にどこか必死さすら見せながら闘牙は反論する。高所恐怖症。それが闘牙が観覧車に乗りたくなかった理由だった。それはかつての殺生丸からの修行によるものであり、一種のトラウマでもあった。
「でも犬夜叉の時にはよく飛んでたじゃない。」
「あ、あの時と一緒にすんじゃねえよ!」
かごめの疑問に闘牙は言葉を詰まらせながらもそう口にする。確かに自分は犬夜叉の時には空を飛んでいたがあれは半妖の体であったこと、戦闘というある意味緊急事態の中だからこそできたもの。苦手であることにはやはり変わりなかった。
「分かったわよ………でも、もうあれから一年以上経つのね………」
闘牙の言い訳に呆れながらもかごめはそう呟く。その脳裏にはかつての戦国時代での旅が蘇っていた。
神社の井戸を通ってのタイムスリップ、四魂の玉、妖怪。とても現実とは思えないような出来事の連続。
「ああ………今でも時々夢だったんじゃねえかって思うくらいだ………」
かごめの言葉に何か思うところがあったのか闘牙もそう言葉を漏らす。闘牙にとっては二年以上前の話ではあるがそれでもまるで昨日のことの様に思い出せる。
自分の前世である半妖の犬夜叉に憑依し、四魂の玉を巡る戦いに巻き込まれた日々。多くの出会いと別れ。
もしかしたらあれは夢だったのではないか。現代に、元の体に戻ってから闘牙は何度もそんなことを感じる。だがあれは決して夢などではない。
かごめがここにいる。それがその何よりの証でもあった。
「そうね……みんな元気にしてるのかな………」
かごめはそう言いながらかつての仲間たちに想いを馳せる。もっとも仲間たちは五百年前の人々であるため元気にしているという表現は少しおかしいかもしれないが。
「心配ねえさ、あいつらのことだからな。」
闘牙はそうどこか確信に満ちた様子でかごめの言葉に答える。それは犬夜叉の記憶によってかつての仲間たちがどうなったかを断片的に知っていたから。
弥勒と珊瑚は結婚し、子育てに勤しんでいることだろう。自分が知っている子供は三人だったがきっとそれ以上の大家族になっているに違いない。
七宝も楓も村で元気に暮らしているはず。もしかしたら七宝も成長し立派な妖怪になったのかもしれない。
師匠、殺生丸とりんについてはどうなったかは分からない。記憶の中ではりんは人里でも暮らせるように楓の村で暮らしていたが、自分が知っている二人はその時とは状況が違うためもしかしたらずっと一緒に邪見も加えて旅をしているのかもしれない。何にせよ殺生丸がいる以上何の心配もいらないだろう。
それは誰に言っても信じてもらえないようなお伽噺。だがそれは確かにあった。そして自分とかごめはそれに加わっていた。それだけは間違いない。
「そうね……闘牙はやっぱり犬夜叉の姿に戻りたいって思うこともあるの?」
「そうだな………でもやっぱり今のままでいい。闘うのはもうこりごりだ。それにもう一度同じことやれって言われても絶対無理だ。今の俺はただの人間だしな」
かごめの問いに闘牙は苦笑いしながらそう答える。半妖の犬夜叉の体。その力が恋しくなることが無いと言えば嘘になるが仕方ない。何よりも現代の世界であの力が必要になることなんてないだろう。妖怪もほとんどこの世には残っていないはず。
もしいたとしてもここにはかごめがいる。かごめは自分とは違い今でも巫女の力を持っている。その弓の腕も健在だ。そう言った意味では今の自分よりもよっぽど強い。男として少し悔しいところもあるがこればっかりは仕方ない。むしろ人間でありながらあの世界で共に闘っていたかごめの凄さを元の体に戻ってから思い知ることになった形だ。
今の自分はただの人間。例え目の前に妖怪が現れたとしても逃げ出してしまうのが落ちだろう。
だがそれでも構わない。今、自分は一番欲しかったものを手に入れたのだから。
「確かに、私も闘うのはもういいかな。」
闘牙のそんな姿を見ながらかごめは笑顔を見せる。だがその胸中は闘牙とは違っていた。口ではそう言っているがきっとその時が来れば闘牙は再び闘うことを選ぶだろう。例え半妖ではなく人間だとしても。
あの戦国時代で闘牙が闘えたのは半妖の体があったからではない。それは闘牙だからこそできたこと。それを自分は誰よりも知っている。
そんなどこか意味ありげな笑みを浮かべているかごめを不思議に思いながらも闘牙はできる限り外を見ないようにしながら観覧車から降りるのをひたすら待ち続けるのだった―――――
あっという間に時間も過ぎ辺りもすっかり暗くなってしまった。午前中から歩きまわっていたため流石に自分も闘牙も疲れてしまっている。少し早いがこのまま帰ることになり、二人は光によって夜の姿に変わってしまった街を並んで歩いている。その手はまだつながれたまま。最初は人前で手をつなぐことに気恥ずかしさがあったがもう今はそんなこともない。もっとも知っている人の前でやる勇気はないが。かごめがそんなことを考えていると
「……………え?」
何か不思議な感覚がかごめを襲う。そのせいでかごめはその場に思わず足を止めてしまう。その感覚にかごめは戸惑いを隠せない。それは知っているから。これに似た感覚を自分は知っている。それはかごめの巫女としての力が捉えたもの。
(この気配………四魂のカケラ……!?)
それはかつて戦国時代で感じた四魂のカケラの気配に酷似していた。しかもそれはかなり近くにある。間違いない。だが四魂の玉は間違いなく消滅してしまったはず。なのに何故。かごめが突然の事態に混乱していると自分の隣にいた闘牙がそのままどこかに向かって歩き出す。
「闘牙!?」
かごめは慌てながらその後を追う。その際に声をかけるも闘牙はそれが聞こえていないかのように一人、歩き続ける。かごめは気づく。闘牙が向かっている方向。それは自分が気配を感じた方向と全く同じだった。そして闘牙は突然立ち止まり、その場に屈みこみ、何かを拾い上げる。かごめもその拾い上げたものを同じように見つめる。
それは青い石、いや宝石だった。何か数字の様な物が刻まれており、淡い光を放っている。
かごめは悟る。それが普通の宝石ではないことを。自分の直感が正しいならそれは危険なもの。自分はともかく何故闘牙がそれに気づいたのだろう。自分は巫女の力でその存在に気づいた。だが今の闘牙にはもう半妖の力はない。それなのに何故。闘牙はそれに魅入られてしまっているようだ。かごめが何か漠然とした不安を感じ、話しかけようとしたその時
「あの……すいません!」
突然自分たちに向かって声が掛けられる。闘牙とかごめはその声に驚きながら振り返る。
そこには栗色の髪をツインテールにした少女の姿があった。
そんな少女の姿に二人は驚きを隠せない。歳は恐らく十歳ぐらいだろうか。どこかの小学校の制服を着ており、その肩にはフェレットの様な動物の姿もある。何故いきなりそんな少女がこんな時間に話しかけてくるのか。そして何よりもこのタイミングで。
「ごめんなさい、その青い石………私の友達の探しものなんです。返してもらってもいいですか?」
少女はそうどこかぎこちない様子で闘牙に向かって話しかけてくる。だがそれが嘘であることは二人の目にも明らかだった。しかしかごめには分からない。何でこんな少女がそんなことをしているのか。
そして気づく。少女から何か不思議な力の様なものを感じる。それは自分の様な巫女とは違うが特別なものであることは間違いない。どうするべきかかごめが迷っていると
「そうか、そいつは悪かった。ほら。」
闘牙がその青い石を少女の掌に渡す。少女もかごめもそんな闘牙の行動に驚きを隠せない。かごめはもちろん、少女もこんなに簡単に渡してくれるとは思っていなかったからだ。だがそんな二人とは対照的に闘牙は自然体そのものだった。
「あ、ありがとうございます!」
少女は驚きながらも渡された青い石をその手に包む。その瞬間、青い石から感じていた力が弱まって行くのをかごめは感じる。
「ああ。でももう遅いからな。あんまり出歩くんじゃねえぞ。」
闘牙はそうどこか笑みを浮かべながら少女の話しかける。それはまるでどこかで会ったことがあるかのような自然さがあった。
「はい、ありがとうございました!」
少女はそんな闘牙に笑みを浮かべながら元気に走りその場を去っていく。闘牙とかごめはそんな白い少女の後ろ姿を静かに見つめ続ける。
「闘牙、あの宝石………」
「ああ……でもきっと大丈夫だろ。」
かごめが何を言いたいのか悟った闘牙はそう答える。どうやらかごめもその力を感じたらしい。何故自分がそれを感じ取ることができたのかは分からない。恐らくはあの少女はそれを探していたのだろう。そしてあの少女ならあの石を預けても大丈夫なはず。そんな言葉にできないような確信が闘牙にはあった。かごめはそんないつもとは少し違う闘牙の様子を静かに見つめ続けている。そして
「………ねえ、闘牙。ちょっと目をつぶってくれる?」
いきなりそんなお願いをしてくる。闘牙はかごめの言葉に驚きを隠せない。一体何故そんなことを。
「何だよ、いきなり………」
「いいから、いいから。」
戸惑いを隠せない闘牙を尻目にかごめはそう捲し立ててくる。その姿に根負けした闘牙は言われるがままに目を閉じる。いきなり何を言い出すのかと闘牙が呆れているとある感覚を闘牙は感じる。それはかごめが自分に近づいてきていること。
瞬間、闘牙の心臓が跳ねる。この状況でかごめが自分に近づいてくる。いくら鈍感な自分でもこの状況が何を意味するかくらいは分かる。だがそんな内心の動揺を悟られないようにしながら闘牙は目をつぶりながらその時を待ち続ける。だがいつまでたってもそれはやってこなかった。そして
「これでよし!もう目を開けてもいいわよ、闘牙。」
かごめがどこか満足気にそう告げる。闘牙が意味が分からないまま目を開けるとそこには
自分に掛けられた首飾りの姿があった。
「なっ!?」
闘牙はそんな声を上げることしかできない。それはかつて犬夜叉の姿の時に掛けていた物。言霊の念珠にそっくりの首飾りだった。それはかごめがずっと探していた物。それはいつかの約束。闘牙が自分にくれた首飾りのお返し。かごめはそれをやっと見つけることができたのだった。
「どう、懐かしいでしょ?」
「くっ……紛らわしいことすんじゃねえよ!」
闘牙は首飾りをいじりながらも顔を赤くしながら食って掛かってくる。それは自分が全く見当違いの勘違いをしてしまったため。首飾りのプレゼント自体は嬉しいがこれでは喜びも半減だ。
「じゃあ何を考えてたの?」
闘牙の様子を見ながらどこか楽しそうにかごめが捲し立てる。それは間違いなく確信犯。闘牙は自分がはめられてしまったことに気づき、怒りをあらわにする。
「おい、かごめ………」
闘牙がそのままかごめに怒鳴り散らそうとしたその瞬間
「おすわり!」
それはかごめの言葉によって遮られてしまう。同時に闘牙はその言葉によってその場に固まってしまう。それは条件反射。その言葉に加えて首に掛けられている首飾りのせいで闘牙の体がびくりと震える。それは一年ぶりのおすわりだった。
かごめはそんな闘牙の姿が可笑しかったのか涙を浮かべながら笑い続けている。その光景についに闘牙の堪忍袋の緒が切れてしまう。
「かごめ、てめえ待ちやがれ!!」
「いいじゃない、もう言霊は効かないんだから!」
怒りの形相で追いかけてくる闘牙から逃げ回り、かごは笑いをこらえながら謝罪する。しかしそれでも収まりがつかないのか闘牙はかごめを追いかけ続ける。そんな二人の姿を通行人達は不思議そうに見つめ続けている。そんな人の目など知らないと言わんばかりに二人の騒がしい鬼ごっこは続く。
それが闘牙とかごめの日常。
長い旅の末、遠い道の先に辿り着いた場所。
これからもきっと少しずついろんなことが変わっていく。
でもきっとずっと変わらないものもある。
私はここで生きていく。
闘牙と一緒に。
毎日を積み重ねていく。
私と闘牙は、明日につながっていく。