赤い夕陽が自分とかごめを照らしている。
かごめは……俺を膝枕してくれているらしい。
もうほとんど目も見えず……体も動かない。
それでも……俺は何とかかごめの言葉に相槌を返し続ける。
でも……段々……意識が遠のいていく……。
かごめの姿も……声も……温もりも……分からなくなっていく……。
ごめんな……かごめ……。
約束……守れなかった………。
「ん………。」
ゆっくりと目を開きながら起き上がる。うつろな意識の中で俺は辺りを見回す。そこには見たことのない部屋の光景が広がっていた。そし自分が畳の上の布団に寝ていたことに気づいた。
一体どうして俺はこんなところで寝ているのか。そして俺は自分が火鼠の衣ではなく現代の服を着ていることに気づく。それと同時に俺は咄嗟に自分の頭に手をやる。そこにはいつもある犬の耳がなかった。しかも外の明るさから今は昼間、朔の日だとしても人間に戻るのは夜の間のみ。つまり……
(これは……俺の元の体……?)
そのことを少年がついに理解した時、
「あら、起きたのね。」
部屋の入り口からそんな女性の声が聞こえてくる。そこにはかごめの母の姿があった。
「心配してたのよ、御神木の前で倒れてるのを何とかここまで運んだんだから。」
そう言いながらかごめの母は少年に向かって飲み物を差し出してくる。少年は困惑しながらもそれを受け取り喉を潤す。
「君、名前は?」
そんな少年を微笑ましく見守りながらかごめの母が尋ねてくる。少年はその質問に答えようとする。そして
「闘牙……闘牙です……。」
少年は自分がそう呟いた瞬間、自分の名前が闘牙であることを思い出した。それと同時に闘牙は自分の生まれ、経歴を一気に思い出していく。
「闘牙君ね。とにかく良かったわ。一度目が覚めそうになったんだけどまたすぐに眠りこんじゃうから心配してたの。闘牙君はいくつなの、親御さんに迎えに来てもらう?」
「年は……十四……中学二年生です。一人暮らしなので……一人で帰ります。」
そうどこか機械的に答えながら闘牙は立ち上がる。どうやら体には大きな問題はないようだった。とにかく早く家に帰って休もうとそう考えた時
「中学二年生か……かごめと同じね。」
かごめの母の言葉によって闘牙は動きを止めてしまう。その瞬間、闘牙の頭にこれまでの犬夜叉としての記憶が蘇ってくる。それは一年間の仲間とのかごめとのかけがえのない旅の記憶。そして自分のかごめを想う気持ちだった。
「かごめは……かごめはどこにいるんだ!?」
闘牙は思わずかごめの母に詰め寄りながら尋ねる。かごめの母は急に詰め寄ってくる闘牙に困惑するしかない。そんな様子に気づいたのか闘牙はその場を離れ何とか落ち着きを取り戻す。そしてかごめがまだ中学二年生であることに気がついた。
「かごめは……中学二年なんですか……?」
「ええ……あなたかごめのお友達?」
かごめの母の質問にも答えないまま闘牙は一人考え込む。自分が犬夜叉の体で出会ったかごめは中学三年生だった。なのにどうして。答えが出ないまま闘牙は一人混乱する。しかしいつまでもここにいるわけにもいかない。闘牙はそのままかごめの母にお礼を言った後
「俺が御神木の前で倒れてたこと……内緒にしておいてもらえませんか……?」
そう闘牙はかごめの母に頼む。何か理由があったわけではない。でもそうしなければいけない。そんな漠然とした予感が闘牙にはあった。
「何か理由があるのね……分かったわ。約束するわ。」
かごめの母は闘牙のそんな頼みを快く受けてくれた。闘牙はかごめの家を後にし御神木を一度見上げてから自分の中では約一年ぶりに自宅に帰って行った……。
次の日の朝、闘牙は一人学校に登校していた。昨晩はいろいろなことが頭の中をめぐりほとんど眠れなかった。しかしその記憶の内容はとても現実の物とは思えないようなものばかりだった。普通なら夢だと切って捨てられるだろう。しかしその内容があまりにも鮮明で膨大すぎる。とても一度倒れた間に見た夢とは思えない物だった。一体自分はどうしてしまったのか。そしていつの間にか着いた学校の校門に差し掛かった時、
一人の少女に目を奪われた。
それは自分が初めて好きになった少女。
一年間、一緒に旅を続けてきた少女。
自分が愛する恋人。
日暮かごめだった。
「かごめっ!!」
闘牙は我を忘れてそのままかごめに詰め寄って行く。もはやここが学校の校門であることなど闘牙の頭にはなかった。
かごめが……かごめが今、自分の目の前にいる。
辛い別れをさせてしまったかごめがここにいる。
でも……また……また会うことができた……。
闘牙の目には涙が溢れていた。しかし
「あなた……誰……?」
かごめはそんな闘牙を不思議そうな顔で見ながらそう呟く。その表情は本当に事情が分からないことを物語っていた。闘牙はそんなかごめの反応に困惑する。まるで本当に自分のことを知らないかのような反応だったからだ。
「分からねえのか、俺だ、犬夜叉だ!!」
闘牙はかごめの肩を掴みながらそう叫ぶ。
「いぬやしゃ……?」
しかしかごめは犬夜叉という言葉にも全く反応しない。何かがおかしい。そう闘牙が考えた時、
「どうしたの、かごめ?」
「何、また告白されてたの?」
「かごめちゃん、モテるもんねー。」
かごめの友人たちが騒ぎを聞きつけ集まってくる。それだけではない。闘牙とかごめの周りには人だかりができていた。闘牙はそのことに気づき慌ててその場を逃げ出すしかなかった……。
そして闘牙は理解する。
今のかごめは、犬夜叉に出会う前のかごめなのだと。
つまり自分とかごめは本当は同い年。
戦国時代で出会った自分たちは違う時間から来ていたことに闘牙は気づいた。
闘牙はそれから何度もかごめに接触する。しかしそのたびにかごめはまるで自分と初めて出会ったような反応を繰り返すだけ。周りもそのことには全く気付かない。いやまるで見えない力によって気づかないようにされているようだった。そして闘牙は犬夜叉だった時かごめから闘牙の話を一度も聞いたことがないことに気づく。これだけ接触している同級生のことを恋人である自分に話さないなんてことがあるだろうか。つまりかごめは恐らく中学三年の卒業式まで闘牙である自分のことを覚えることができないのだろう。
そのことに気づいた闘牙はそれ以来かごめに近づくのはやめた。
本当ならしゃべりたい。触れたい。しかし今のかごめは自分を覚えることができない。
本当に……本当に……辛い日々だった……。何度もかごめのことを考えないように、忘れるように自分に言い聞かせても……そんなことができるはずもなかった……。
そして闘牙は……自分が犬夜叉でなくともかごめのことを本当に愛していることに気づくのだった………。
そして一年後、闘牙はかごめと同じクラスになった。そしてかごめが度々学校を欠席するようになる。闘牙はかごめが戦国時代に行き始めたことに気づいた。その欠席の頻度に本当に驚いた。よくこれで高校に合格できたと思うほどだった。
そしてしばらく経って、学校の近くの公園で殺人事件があったことが大きな騒ぎになった。そしてそれが四魂のカケラを得た肉付きの面の仕業であることを闘牙は思い出す。それは確かかごめが神通力で倒したはずだった。なら心配することはないと自分に言い聞かせる。しかし妙な胸騒ぎが闘牙を襲う。悩んだ末闘牙はそれからしばらくかごめを見張ることにした。幸いにもかごめは自分と会ってもそれを覚えることができない。尾行していても何の問題もなかった。しかし自分はもしかしてただのストーカーなのではないか。そんな自己嫌悪に陥りながらも闘牙はかごめを見張り続ける。
そしてついに肉付きの面とかごめの闘いが始まる。自分も一緒に戦いたいが今の自分はただの人間。足手まといになるのは明らかだった。かごめはひとり家を飛び出し人気のないところに肉付きの面をおびき出そうとしているようだ。そして闘牙はあることに気づく。かごめは自分に警官が現れてその隙に肉付きの面を倒すことができたと言っていた。しかし周りには本当に人気が全くなく誰かが通報してくれるとは思えない。
もし警官が現れなかったら……かごめは死ぬ。
そのことに焦った時、闘牙は全てを理解する。ここにはかごめと自分以外誰もいない。ならその警官を呼んだのは誰だったのか。
闘牙はすぐさま自分の携帯を取り出し110番をする。そして近くの交番から警官がかごめのいる工事中のビルに向かっていくのを見届ける。かごめは無事、肉付きの面を倒すことができたのだった……。
それから月日はあっという間に過ぎて行った。闘牙はかごめが行くと言っていた高校に受かるために決して得意ではない勉強にいそしんでいた。それはかごめとの約束を守るためでもあった。そして闘牙はその甲斐もあり何とか志望校に合格する。
そして卒業式が近づくにつれ闘牙は不安に襲われる。
もし卒業式を過ぎてもかごめに覚えてもらえなかったら………。
もし犬夜叉ではない自分を受け入れてもらえなかったら………。
闘牙はそんな恐怖に襲われる。
もしそうなったら自分はどうしたらいい。
かごめと一緒に生きて行く。
それが闘牙の夢だった。
そして卒業式の日がやってくる。
その次の日、闘牙は自分の中の不安を隠せないまま過ごしていた。そして学校に忘れ物があったことに気づきそれを取りに向かう。そこで
中学二年の教室で誰かを必死に探しているかごめの姿があった。その顔は今にも泣きそうなのを必死にこらえているようだった。そしてそんなかごめを学生たちは奇異の目で見る。
しかしかごめはそんなことはどうでもいいといった様子で必死に誰かを探し続けている。
そんなかごめの様子を見た闘牙は自分がどんなに臆病者だったかを気づかされる。
今のこんな自分をかごめに見せるわけにはいかない。
闘牙は決意を新たにしすぐさまその場を後にする。
そして闘牙は一つの首飾りを探し続ける。
それは犬夜叉である自分がかごめにあげた初めてのプレゼント。
しかしそれは自分のせいで壊れ歪な物になってしまっている。
それでもかごめはそれをいつも首にかけてくれていた。
犬夜叉はそれが嬉しくもあり、また悔しくもあった。
犬夜叉としてではなく闘牙としてかごめに首飾りをプレゼントする。
それがこの二年間の想いをかごめに伝えることになる。
闘牙はそう信じ、首飾りを探し続ける。そしてついに闘牙は首飾りを手に入れる。
奇しくもそれは高校の入学式の前日だった。
次の日、闘牙はそのまま神社の御神木に向かって歩き出す。
そこにかごめがいる。
闘牙にはそんな確信があった。
そして闘牙は階段を上って行く――――
最愛の少女がいるその場所を目指して――――