竜骨精が敗北した。
その事実は竜骨精に従っていた妖怪たちにもすぐさま伝わっていった。その中でも特に優れた妖怪たちは竜骨精の妖気が消え代わりにそれ以上の力を持つ異なる妖気が生まれたことに気づきすぐに逃げ去って行った、しかしそれに気づかないもの、竜骨精がいなくなった今、自分が覇権を握ろうとする妖怪たちがその妖気の元に向かって群がって行く。そしてその先には長い銀髪をした青年の姿がある。その姿は満身創痍。恐らくは竜骨精との戦いで負った傷だろう。今の相手なら自分たちでも勝機がある。妖怪たちはそう判断しすぐさま男に向かって襲いかかって行く。それに合わせるように男は刀を抜きそれを妖怪たちに向け振り抜いた。
その瞬間、妖怪たちは一匹残らず消え去ってしまった。
「凄え………。」
「流石は殺生丸様!!」
犬夜叉はその光景に目を奪われながら思わずそう呟く。その隣では邪見が殺生丸の強さに興奮し、はしゃいでいる。かごめとりんは犬夜叉と同じように目の前の光景に目を奪われていた。そしてその一撃によって竜骨精に従い群れをなしていた妖怪たちは逃げ去っていく。
この瞬間、竜骨精との大戦は終結したのだった………。
「犬夜叉、かごめ様!」
「大丈夫、みんな!?」
「かごめ――!!」
それからすぐさま雲母に乗った弥勒、珊瑚、七宝の三人が犬夜叉たちの元に降り立ってくる。その姿は皆傷だらけで先の戦いの苛烈さを物語っていた。しかし犬夜叉とかごめは誰ひとり欠けていないことに安堵し笑顔を浮かべながら三人に駆け寄って行く。
「お前ら無事だったんだな!」
「よかった、心配してたんだから!」
そして七宝は待ち切れなかったようにすぐさまかごめに抱きついてくる。
「かごめ、おら頑張ったぞ!」
「そうね、七宝ちゃんのおかげよ。」
かごめはそんな七宝を抱きしめながらそう優しく答える。犬夜叉はその間に弥勒、珊瑚の元に近寄りながら事情を説明する。
「そうですか……では竜骨精は殺生丸が……。」
「あの竜骨精を倒すなんて……流石だね……。」
弥勒と珊瑚は犬夜叉の話を聞いた後、殺生丸に目をやる。その体は闘いの傷によって満身創痍だがその妖気、闘気は以前とは比べ物にならないものになっていた。あれなら竜骨精を倒せても不思議はないと二人は確信する。そんな話をしているとかごめと七宝が再び犬夜叉たちの元に集まってくる。
「これで全部終わったのね……。」
かごめが皆の心の内を代表しそう呟く。
「ああ……俺たちの勝ちだ!」
犬夜叉は笑顔を見せながらそう強く宣言する。その瞬間、かごめたちは歓声を上げる。それは命を懸けた絶望的な戦いを終えた喜びを表していた。その騒ぎに殺生丸の近くにいたりんも邪見を引っ張りながら加わってくる。殺生丸はそんなりんたちの様子を少し離れた所から見守っている。犬夜叉たちは心から皆の無事と勝利を喜んでいた。そして
その瞬間を待ちわびていたもう一人の存在があった。
「えっ?」
かごめが急に戸惑ったような声を上げる。その視線の先には自分が持っていたはずの四魂のカケラをもった最猛勝が自分の傍から飛び立っていく姿があった。そして同時に竜骨精が吹き飛ばされていた場所に残っていた四魂のカケラも最猛勝に持ち去られようとしていることにかごめが気付く。
「犬夜叉っ!!」
そうかごめが叫んだ瞬間、辺りには強力な瘴気が放たれた。突然の事態に犬夜叉たちは混乱し、身動きを取ることができない。同時に犬夜叉たちは先の闘いで力を使い果たしている。そのまま為すすべなく瘴気に飲み込まれかけたその時、殺生丸の持つ爆砕牙の剣圧によって瘴気は一瞬でかき消された。そして視界が晴れたその先には
狒々の皮を被った奈落の姿があった。
「奈落……っ!!」
犬夜叉は傷だらけの体を何とかごまかしながら鉄砕牙を構える。それに合わせるようにかごめたちも戦闘態勢を取る。しかし奈落はそんな犬夜叉たちを嘲笑うかのように話しかけてくる。
「感謝するぞ……竜骨精の強さはわしの想像をはるかに超えていた。四魂のカケラを使って操ろうとしたのだがそれすら通用せん。貴様らが竜骨精を倒してくれなければわしも四魂のカケラを手に入れることができなかっただろう……。」
奈落は四魂のカケラを竜骨精に使うことで操り、犬夜叉たちを殺した後、四魂の玉を完成させその体を取り込む算段だった。しかし竜骨精の強さは桁外れのものであり四魂のカケラの力すら通用しなかった。そこで犬夜叉たちが竜骨精たちを倒し、油断したところを狙って四魂のカケラを奪う手にでたのだった。
「本当なら竜骨精の体を取り込みたかったのだが……まあいい。今、わしの手には完全な四魂の玉がある。それだけで十分だ……。」
「てめえっ!!」
間髪いれずに犬夜叉が奈落に向かって鉄砕牙を振り下ろす。しかし奈落はそのまま両断され、後には木でできた傀儡が残っているだけだった。
『残念だったな……犬夜叉、次に会う時がお前の最期だ……楽しみにしているがいい……。』
そう言い残しながら奈落はその場を去っていった……。
「ごめん……犬夜叉……。」
「気にすんな、かごめ。俺たちが奈落を倒せばいい。それだけだ。」
落ち込んでいるかごめに向かってそう犬夜叉は慰める。実際、今のタイミングではどうしようもなかった。悔しいがその意味では奈落に敗北したと言っていいだろう。そして犬夜叉たちは皆、真剣な表情で奈落の去って行った方向を見つめ続ける。
今、再びこの世に戻り飛び散った四魂のカケラが一つになり、四魂の玉が完成した。そしてそれは奈落の手の内にある。次が奈落と四魂のカケラとの因縁を断ち切る最後の闘いになる。そのことを確信した犬夜叉たちは決意を新たにしていた。そんな中
「構えろ、犬夜叉。」
突然、殺生丸がそう言いながら犬夜叉に向けて天生牙を構える。
「え?」
犬夜叉はそんな殺生丸に驚き思わず声をあげてしまう。しかしそんな犬夜叉の様子を全く意に介さず殺生丸は犬夜叉に向かって天生牙を振り下ろした。犬夜叉は咄嗟に鉄砕牙でそれを受け止める。
「殺生丸様っ!?」
「犬夜叉っ!?」
りんとかごめがそんな二人に向かって叫ぶ。その瞬間、刃を交えた鉄砕牙と天生牙が共鳴する。
(これは……!!)
そしてそれが収まった時、犬夜叉の手には刀身が黒く染まった鉄砕牙が握られていた。
それは鉄砕牙の最後の形態、冥道残月破。この瞬間、鉄砕牙は本来の姿を取り戻したのだった。
「鉄砕牙が……黒くなった?」
いきなりの出来事に着いていけないかごめが疑問の声を上げる。それはかごめ以外も皆同じだった。しかし犬夜叉と殺生丸、二人だけにはその意味が通じていた。
「師匠………。」
犬夜叉が鉄砕牙に目をやった後に殺生丸に目を向ける。闘いの天生牙の力である冥道残月破を鉄砕牙に譲り渡した。それは殺生丸が犬夜叉を、少年を認めたことを意味していた。
「奈落は貴様が責任を持って片付けろ。」
殺生丸はそう言いながら天生牙を鞘に納め踵を返す。そして
「……鉄砕牙の継承者として負けることは許さん。」
そう言い残し背中を向けたまま殺生丸はその場を去って行く。そんな殺生丸の背中を見ながら
「……はい!!」
犬夜叉はそう力強く答えた。
「お……お待ちください、殺生丸様!」
邪見がいつものように慌てながら殺生丸の後を追っていき、りんもそれに着いていく。りんは犬夜叉たちに向かって振り返りながら
「ありがとう、みんな!またね―――!!」
太陽のような笑顔を見せながら殺生丸と邪見の元に向かっていった………。
殺生丸たちが去った後、犬夜叉たちもそのまま楓の村に戻ってきていた。楓と琥珀に迎えられた犬夜叉たちは自分たちの居場所はやはりここなのだと実感し、安堵する。
「そうか……四魂の玉は奈落の手に渡ったか……。」
そう静かに呟く楓。犬夜叉たちからこれまでの経緯を聞いた楓はそのままどこか遠くを見るような表情を見せる。楓にとって四魂の玉は自らとその姉である桔梗の運命を大きく狂わせた存在。そしてその因果によって楓は少年とかごめに出会った。そしてそれが終わろうとしている。そんな気配を楓は感じ取っていた。
「お主らがこの世界に来てからもうすぐ一年か……。犬夜叉、かごめ、お前達には迷惑をかけてしまったな……本当にすまない。」
楓は本来なら断られても仕方がない四魂のカケラ集めを続けてくれた二人にそう礼を述べる。本当なら自分が行わなければならないことを二人に押しつけてしまっているという罪悪感を楓はずっと感じていたからだ。
「もう、そんなこと言わないでよ。楓ばあちゃん。」
「そうだぜ、まるで俺たちが死んじまうみてえじゃねえか。」
かごめと犬夜叉が苦笑いしながらそう楓に応える。その言葉によって家には笑いが起こる。楓はそんな二人の言葉に救われたのかいつもの様子に戻るのだった。
「弥勒、風穴は大丈夫なのか?」
唐突にそう犬夜叉が弥勒に尋ねる。犬夜叉は弥勒が先の闘いで風穴を行使したということを聞きずっと気にしていたからだ。
「大丈夫……といいたいところですが今更隠してもしょうがありません。やはり少し広がってしまいました……ですが次が最後の闘い。ならば問題はありません。」
弥勒はそう犬夜叉たちに告げる。犬夜叉はその言葉に黙ってうなずくしかない。しかし心のどこかで弥勒の風穴は限界に近いのではないかという疑念は付き纏っていた。そんな犬夜叉の様子に気がついた弥勒は
「それに珊瑚に私の子を産んでもらうまでは死ぬわけにはいきませんからね。」
そう何でもないことのように犬夜叉たちに告げた。
「え……?」
「それって……?」
弥勒の言葉に犬夜叉とかごめがあっけにとられたような表情を見せる。それに満足したかのように弥勒がさらに言葉を続ける。
「いえ……先の闘いの時に珊瑚が私に」
「言わんでいい!!」
そしてそんな弥勒の言葉をさえぎるように珊瑚が飛来骨で弥勒の頭を殴りつける。弥勒はその衝撃でその場にうずくまってしまう。そんな二人の様子を見ながら犬夜叉とかごめは二人の間に何があったかを悟る。
「珊瑚……その飛来骨で殴るのは本当にやめなさい……。」
「ふんっ!」
弥勒が息も絶え絶えにそう訴えるも珊瑚は顔をそむけたまま黙り込んでしまう。そんな光景に皆が笑い合う。そして奈落との最後の闘いを前に豪華な宴会が行われることになった。
犬夜叉と七宝が騒ぎそれをかごめが諫める。
弥勒が珊瑚にちょっかいを出しては返り討ちにされる。
そんな様子を呆れながらもそこか楽しそうに眺める楓と琥珀。
それはこの旅の中でできた仲間たちの当たり前になりつつある光景だった。
「ん………。」
ゆっくりとかごめが布団から体を起こす。その横には七宝が静かに寝息を立てていた。宴会も終わりかごめは楓の家に泊まることしたのだった。まだ外は暗く月明かりが辺りを照らしている。楓たちもまだ静かに眠っていた。そしてかごめももう一度寝ようとした時、犬夜叉が家にいないことに気づいた。
(犬夜叉……?)
何度か辺りを見渡してみるがその姿はなかった。どうやら家にはいないようだ。かごめはそのまま起き上がり家の外に出てみるがやはり犬夜叉はどこにもいなかった。しかしかごめは迷うことなくある場所に向かって歩き始める。
そこに犬夜叉はいる。確信に近い想いがかごめにはあった。
一本の御神木、その前に犬夜叉は一人佇んでいた。犬夜叉はそのまま御神木を見上げながら何か考え事をしているようだった。話しかけていいかどうかかごめが迷っていると
「かごめか?」
匂いで気付いた犬夜叉がかごめに振り向きながら話しかける。かごめは少し慌てながらも森から姿を現し犬夜叉に近づいていく。犬夜叉はそんなかごめの様子に苦笑いしながら再び御神木に目を向ける。
「御神木を見てたの……?」
「ああ……。」
かごめの言葉にどこか心ここにあらずと言ったように答える犬夜叉。そんな犬夜叉を不思議に思いながらもかごめも一緒に御神木を見上げる。
ここは犬夜叉が封印されていた場所。
そして少年とかごめが初めて出会った場所だった。
「私たちが初めて会ったのはここだったわね……。」
「そういえばそうだな……。」
かごめの言葉に少年が静かに答える。同時に二人は出会ったばかりのころを思い出す。少年は犬夜叉の体に憑依したこと、かごめは戦国時代にタイムスリップしたことに戸惑っていた。
「初めの頃は喧嘩ばっかりしてたっけ……。」
「そうだったか……?」
少年はそう不思議そうな表情を見せる。かごめと恋人になったのはつい最近のことのように思える。しかし初めの頃はたった一年前にもかかわらず何年も前のように少年には感じられていた。
「そうよ。私、犬夜叉に何度おすわりって言ったか分からないもの。」
そうかごめが口に瞬間、少年はそのまま地面にめり込んでしまった。それは本当に久しぶりのおすわりだった。
「おい………。」
「ご……ごめん、犬夜叉。」
未練がましそうに睨みつけてくる少年にかごめは慌てながら謝る。二人の間にはもう言霊の念珠は必要なくなっていた。
「でも本当にこの一年間はあっという間だったわ。七宝ちゃんや珊瑚ちゃん、弥勒様……たくさんの人と出会えたし……。」
「確かに一年とは思えないような時間だったな……。」
二人はこれまでの旅を思い出しながら再び御神木を見上げる。辛いことや悲しいこともあったがそれらを含めてこの一年の二人の旅はかけがえのないものだった。
「そういえば犬夜叉、憑依する前に神社に行ったって言ってたけど何の用事があったの?」
かごめが突然、思い出したかのように少年に尋ねる。神社の御神木の前で少年が意識を失ったことは聞いていたが何で神社にいたのかは聞いていなかったからだ。
「それは……」
少年はそのまま自分が神社を訪れていた理由を思い返す。そしてその理由を思い出した瞬間、少年は顔を真っ赤にする。
「犬夜叉……どうかしたの?」
そんな少年の様子を訝しんだかごめが少年に近づいてくる。
「な……なんでもねえよ!」
少年は何とかこの話題をそらそうと必死にかごめに抵抗する。かごめもそんな少年の様子にますます意地になり迫ってくる。少年はそんなかごめを鎮めながら自分の願いが既に叶っていたことに気づいたのだった……。
「犬夜叉、奈落を倒したら弥勒様たちと妖怪退治屋をするの?」
何とか落ち着いた後、かごめは真剣な様子でそう少年に尋ねる。
「………ああ、そのつもりだ。」
少年はそんなかごめの様子に気圧されながらもそう答える。かごめはそのまましばらく黙りこんでしまう。二人の間に長い沈黙が続く。そして少年がそれを何とかしようとした時、
「犬夜叉、私もそれに加わろうと思うの。」
かごめが意を決したようにそう告げる。少年はそんなかごめの言葉に驚きを隠せない。妖怪退治屋をするということ、それは少年にとってこの戦国時代で生きて行くことを意味していたからだ。そんな少年の様子を見ながらかごめはさらに続ける。
「弥勒様が言ってたでしょ……もしかしたら犬夜叉は元の体に戻れないかもしれないって……私、それからずっと考えてたの………」
かごめはそのまままっすぐに少年を見つめる。少年もそれに合わせるようにかごめを見つめ続ける。そして
「私……犬夜叉とずっと一緒にいたい。だからもし元の体に戻れなかったら……私もこの時代で生きて行くって決めたの。」
かごめは迷いなくそう犬夜叉に告げる。それはこれまでの間、ずっと考え続けてきたかごめの答えだった。
少年はそのまま驚いた表情のまま固まってしまう。かごめは顔を真っ赤にしながら犬夜叉の返事を待ち続ける。そして
「ふっ…はは……ははははは!!」
突然、少年は目に涙を浮かべながら笑いだしてしまった。
「な……何よ、何が可笑しいのよ!!」
かごめは自分の一世一代の告白を笑われたことに怒り、少年に食って掛かる。しかし少年はそのまま笑い続けてしまう。かごめはそのまま不貞腐れてしまった。
「悪い……まさかかごめの方からプロポーズされるとは思ってなかったから……」
「私の方からしたら悪いって言うの!?」
いつものかごめならプロポーズという言葉に反応していたかもしれないが気が動転しているのかそのまま少年の迫って行く。少年はそんなかごめに
「ありがとな……かごめ……。」
そう笑いながら答える。かごめはその言葉に我に返り顔を俯きながら顔を真っ赤にする。
「でもちゃんと高校には行けよ。」
「わ……分かってるわよ!」
二人はそのまま御神木の下で他愛ない話を続ける。そんな二人を月明かりが静かに照らし続ける。
これが犬夜叉とかごめが一緒に過ごした最後の夜だった………。