「つまりかごめが放った破魔の矢が四魂の玉を砕いてしまったということか。」
屍舞鳥を倒した後二人は楓の家に戻り事情を説明していた。
「犬夜叉、お主の記憶の中にも同じことがあったのか?」
「あぁ。」
犬夜叉は不機嫌そうに答えた。
「なぜそのことを言わなかったのだ?」
「かごめが矢を放った時に思い出したんだよ。」
どうやら犬夜叉の記憶はその出来事に関するなにかがない限り思い出すことができないようだった。
「そうか、すまなかった。しかし厄介なことになった…。」
そう言い考え込んだ後に楓は
「犬夜叉、かごめ、お主ら二人の力で四魂のカケラを元通り集めてはくれんか?」
そう二人に提案した。
(そんな…。)
かごめは内心困っていた。いきなり戦国時代にタイムスリップし妖怪にも襲われた上さらにその妖怪たちが狙っている四魂のカケラを集めて欲しいと頼まれているのだ。
いくら自分に責任があると言ってもそこまでする必要があるだろうか。
そして何より
(早く家に帰りたい…。)
かごめは何とか現代に帰れないか考えていた。何も言えないままこちらの世界に来てしまったのだから家族も心配しているに違いない。四魂のカケラは犬夜叉と楓に集めてもらおうと思っていた時
「断る。」
そう犬夜叉が答えた。
「なぜだ?」
楓は少し驚いたように犬夜叉に尋ねる。
「忘れたのか楓ばあさん、俺は本物の「犬夜叉」じゃない。別に四魂の玉なんかいらねぇ。なんでわざわざ集めなくちゃいけないんだ。」
確かに犬夜叉の言うとおりだった。楓も犬夜叉が未来の人間であることは分かっていたがこうもあっさり断わられるとは思っておらず驚いていた。
「しかし、さっきは四魂の玉を取り戻そうとしてくれたではないか。」
「それは…。」
犬夜叉は言い淀む。
実はそのことに一番驚いているのは犬夜叉自身だった。四魂の玉が奪われたあの時、取り戻さなければならないという強迫観念のようなものが犬夜叉を襲いそれに突き動かされるように動いてしまったのだ。犬夜叉は自分の身体が他人のものだということを改めて感じ不安を感じていた。
「あの時はとっさに動いただけだ。それに俺はこの身体をうまく使えねぇ。カケラ集めなんて無理だ。」
体がうまく使えないことが犬夜叉が提案を断る最大の理由だった。
犬夜叉は四魂のカケラが災厄を生むことは記憶が戻らなくとも朧気に理解していた。
しかしこれまでの戦闘で自分は記憶の中では弱い妖怪にすら歯が立たなかった。記憶の中で犬夜叉とかごめがカケラ集めができたのは犬夜叉の強さがあったからだ。自分がかごめと旅をしてもあっという間にやられてしまうだろう。
「しかし…」
楓は犬夜叉の事情も理解していた。できることなら自分がカケラ集めを行いたいが年老い、霊力も弱っている自分では難しい。しかし村の巫女として四魂の玉を放っておく訳にはいかない。何か手はないかと考えていた。
犬夜叉はなかなか諦めようとしない楓に苛立ち
「だいたい四魂の玉が砕け散ったのは俺のせいじゃないだろ。」
ついそう言ってしまった。
「私のせいだって言うの?」
いきなり自分にすべての責任があるかのような言い方をされかごめは反論した。
「あんたを助けようとしたんじゃない!それなのに何よ!」
かごめの剣幕にひるむ犬夜叉。
「でも壊したのはお前だろ。」
苦し紛れにそう反論する犬夜叉。
二人の間に緊張が走り
「おすわりっ!」
かごめの一言でその緊張は弾けた。
次の日、犬夜叉は一人村の中を歩いていた。
昨日はかごめが怒り話し合いは中止となった。朝になり起きてみると既にかごめと楓の姿はなかった。どこかに出かけてしまったのだろう。
村では畑仕事をしている者、商売をしている者などで溢れていた。犬夜叉は自分が戦国時代に来てしまったのだと改めて実感していた。そして村人たちが自分を見るなり遠ざかって行くことに気づいた。
「半妖」
その言葉が常人より遥かに耳の良い犬夜叉には聴こえてきた。
半分が人間で半分が妖怪。人間と妖怪そのどちらにもなれない存在。
記憶にある犬夜叉の人生はこの「半妖」という言葉との戦いと言っても過言ではなかった。
(胸糞悪い…。)
少年は元は人間だが今は半妖の身体になっている。自分に向けられる悪意に憤りを感じていた。
(かごめの奴どこに行ったんだ?)
犬夜叉が村の中を歩き回っていたのはかごめを探しているからだ。昨日の言葉はさすがに言いすぎたと反省した犬夜叉は謝罪をしようと思っていた。しかし村の中はあらかた探してみたもののかごめの姿はなかった。
(どうしたもんかな…。)
そう考えていた犬夜叉はあることに気づく。
(匂いで探せばいいんじゃねぇか!)
犬夜叉は犬の妖怪と人間の間の半妖。匂いで人を探すことなど朝飯前だった。
早速かごめの匂いを追う犬夜叉。しかし、
(何か大切なものをなくした気がする……。)
地面に這いつくばりながら犬夜叉はそう思った。
かごめの匂いは村のはずれに向かっていた。
(こんなところでなにしてんだ?)
犬夜叉は疑問に思いながらも匂いの後を追っていく。すると段々と匂いが近づいてきた。川の近くいるようだ。
(このあたりか。)
犬夜叉が森から川に出たところで
「え?」
「ん?」
全裸で水浴びをしているかごめと目が合った。
次の瞬間犬夜叉は地面にめり込んだ。
「おや、犬夜叉来ていたのか。」
かごめの側にいた楓が声をかける。
「いやらしいわねっ、のぞきなんてして!」
「誰がお前の裸なんて見るかっ!」
「なんですって!」
痴話喧嘩を始める二人。
「そのぐらいにしてかごめ、まず服を着てこんか。」
かごめは楓に言葉で自分が裸のままだったことを思い出し急いで着替えに行った。
「犬夜叉、お前ももっと大人にならんか。」
「俺はまだ十四歳だ。」
ふてくされて答える犬夜叉。
「大方昨日のことを謝りに来たんだろう?いい加減素直になったらどうだ。」
あっさり楓に見透かされますます不機嫌になる犬夜叉だった。
「あんたあたしになにか恨みでもあるの?」
暫くすると着替え終わったかごめが戻ってきた。
「そんなもんあるわけ…」
言いながら振り返った犬夜叉は巫女姿のかごめに目を奪われた。
「犬夜叉、私がどう見える?人間に見えるか?」
■■が犬夜叉に話しかける。
「あー?なに言ってんだてめえ。」
「私は誰にも弱みを見せない。迷ってはいけない。妖怪につけこまれるからだ。」
「人間であって、人間であってはならないのだ…。犬夜叉、おまえと私は似ている。半妖のお前と…だから…殺せなかった…。」
「けっ、なんだそりゃーグチか?おめーらしくな…。」
「やっぱり…私らしくないか…。」
■■は儚げに笑った。
「犬夜叉お前は人間になれる。四魂の玉を使えば…。」
「明日の明け方、この場所で…私は四魂の玉を持ってくる。」
そう■■は言った。
俺は■■となら人間になっても一緒に生きていけると思った。
約束の日。
自分に向けて■■は矢を放ってきた。
「犬夜叉!!」
■■の封印の矢が胸に突き刺さる。
(なんでだ…■■…!!俺は本当にお前のことが…。)
「…叉…夜叉…犬夜叉ってば! !」
「え?」
かごめに何度も呼ばれ正気に戻る犬夜叉。
「どうしたのよ。何度も声をかけたのに全然反応しないし……。」
かごめは少し心配そうに犬夜叉を見つめる。
その姿に戸惑う犬夜叉。
「かごめの姿が桔梗ねえさまにそっくりだから驚いておるのだろう。」
犬夜叉の状態を察した楓が代わりに応えた。
「私ってそんなに桔梗に似てるの?」
「そんなこと知るかっ!」
視線をそらす犬夜叉。
そう言いながら犬夜叉はかごめから視線をそらした。これ以上巫女姿のかごめを見ていると自分が自分でなくなってしまうような不安に駆られたからだ。
「なんでそんな服を着てるんだ?」
何とか桔梗の話題から離れようと犬夜叉はかごめに尋ねた。
「だって制服は破れちゃったし、これしか代わりに着るものがなかったのよ。」
不貞腐れながらかごめは答えた。
「だったら家から着替えを持ってくればいいだろうが。」
「どうやって帰れって言うのよ!」
好き勝手を言う犬夜叉にかごめも強く言い返す。
「そんなもん井戸を通って帰るに決まってんだろうがっ!」
その言葉にかごめが固まる。
「井戸を通れば帰れるの?」
次の瞬間、かごめが犬夜叉に詰め寄ってきた。
犬夜叉からすれば当たり前のことなのでかごめも知っているものだとばかり思っていたのだ。そして犬夜叉もあることに気づく。
(俺も現代に帰れる!)
そう、犬夜叉はかごめと同様に骨食いの井戸を通ることができる。
「そうだ! 帰れるぞ、かごめ!」
急に上機嫌になった犬夜叉に驚くかごめ。それにおかまいなしに犬夜叉は続ける。
「すぐに行くから早く背中に乗れ!」
そう言いながら屈む犬夜叉に一瞬戸惑うもののおぶさるかごめ。
「しっかり捕まってろよ!」
犬夜叉はかごめを背負ったまま走り出した。
「全く騒がしいやつだ。」
一人残された楓は呟いた。
二人はすぐに骨食いの井戸にたどり着いた。
「本当に大丈夫なの?」
底が見えない井戸に不安が隠せないかごめ。
「大丈夫だ、俺を信じろ。」
自信満々に答える犬夜叉にかごめは渋々納得した。
「行くぞっ!」
二人は同時に井戸に飛び込んだ。
「…ここは?」
うす暗い井戸の底でかごめは目覚めた。
「あたし確か犬夜叉と一緒に井戸に飛び込んで…。」
かごめがなんとか状況を理解しようとした時
「井戸の中なら何度も見たじゃろう。」
「だって姉ちゃんは本当にこの中に…。」
二人の聞き覚えのある声が聞こえた。
「じいちゃんっ! 草田!」
かごめは力一杯叫んだ。
助け出されたかごめは家族に事情を説明していた。
「なんとそんなことが…。」
「じいちゃん僕が言ったとおりだっただろう。」
かごめの祖父と草田が言い合っている中
「それは本当なの?かごめ。」
かごめの母親が訪ねる。
「本当よ。犬夜叉と一緒に井戸を通って帰ってきたんだから。」
かごめは説明をしながら
「あれ…?」
犬夜叉がいないことに気づいた。
「くそっ!」
拳を地面に叩きつける犬夜叉。
何度試しても犬夜叉は井戸をくぐることができなかった。
しかし一緒に飛び込んだかごめはいなくなっていたことからこの井戸が現代につながっていることは間違いない。
(俺が本物の犬夜叉じゃないからなのか…。)
考えられる理由はそれしかなかった。
「ちくしょおおおおお!!!」
この世界から逃れられる唯一の方法がなくなり犬夜叉は絶望した。
(やっぱり夢だったのかなぁ。)
家に戻りお風呂に入り食事を済ませたかごめは自分のベットに横になりながら考えていた。
戦国時代へのタイムスリップ。妖怪。四魂の玉。お伽噺話のような体験だった。
しかし夢ではない確かな証拠がある。
かごめの手のひらには四魂のカケラがあった。
(やっぱり夢なんかじゃない。あたしは確かに戦国時代に行ったんだわ。)
かごめは自分が体験したことが事実だったことを確信した。
そして同時に一つのことが気にかかった。
(犬夜叉どうしたんだろう…。)
一緒に飛び込んだはずの犬夜叉はいつまでたっても現れなかった。
(どこか違うところに行っちゃったのかな、それとも通れなかったのかな…。)
考え出すとキリがなかった。
(もう一度あっちに行ってみようかな…。でももう戻れなくなっちゃうかも…。)
向こうへ行けばもう二度と帰って来れないかもしれないという恐怖がかごめを襲う。
(でも…やっぱり放っておけない!)
喧嘩ばかりしていたが自分を助けてくれた犬夜叉をかごめは放っておくことができなかった。
そうと決まればかごめの行動は早かった。
あっという間にリュックに必要なものを詰め家族の制止も振り切り井戸の前までやってきた。
(大丈夫よ…さっきは通れたんだから…。)
「えいっ!」
かごめは再び井戸へ飛び込んだ。
「あ…。」
目を開けると井戸の外には青い空が見えた。
(戻ってきた…?)
かごめは壁に絡みついている木の枝に掴まりながら井戸を登っていった。
「よいしょっと。」
何とか井戸を登りきったかごめは周りを見渡してみた。
そこに地面に座り込んでいる犬夜叉の姿があった。
「犬夜叉……?」
後ろ姿を見ただけで犬夜叉の様子がおかしいことにかごめは気づいた。
「どうしたの、犬夜叉?」
「井戸を通れなかったんだ…。」
呟くように犬夜叉が答える。
「そうだったの…。」
他にどう言えばいいのか分らないかごめ。
しばらくの沈黙の後かごめが尋ねる。
「これからどうするの、犬夜叉?」
「…ぇだろ…。」
「え?」
「お前には関係ねぇだろ! !」
犬夜叉はかごめを怒鳴り散らした。
「お前はいいよな、元の世界に帰れるんだから!」
感情を抑えきれない犬夜叉はさらに続ける。
「俺はこれからもこの世界で生きていくしかない!こんなわけもわからない身体でだ!同情なんていらねぇ!二度とその顔見せるな!」
いきなり罵声を浴びせられたかごめも怒って反論する。
「何よ! 人が心配して見にきたのに何でそんなこと言われなきゃならないのよ!」
「うるせぇ! とっとと帰れ!」
戻れなくなる危険がある中戻ってきたのに心ない言葉を浴びせられかごめも我慢の限界だった。
「言われなくても二度とこないわよ!」
振り返り井戸に向かうかごめ。
「さよなら。」
そう言い残しかごめは元の世界に帰っていった……。