「はあ~。」
かごめが大きな溜息をつく。今、かごめたちは新たな四魂のカケラを一つ手に入れ楓の村に戻ろうとしているところだった。しかしかごめは四魂のカケラが手に入ったにもかかわらず憂鬱そうな顔で歩いていた。
「どうしたのかごめちゃん?」
「お身体でも悪いのですか?」
そんなかごめの様子を心配して珊瑚と弥勒が話しかける。そしてかごめのかわりに犬夜叉がそれに答える。
「もうすぐテストなのに勉強してないことに焦ってんだよ。」
「てすとですか……?」
聞いたことのない単語に弥勒が疑問の声を上げる。
「物書きの試練みたいなもんだ。かごめの奴もう一週間以上こっちにいるからな……。勉強する暇もなかったし……。」
そう言いながら犬夜叉は暗いオーラが漂っているかごめの背中を見る。桔梗との接触、弥勒の捜索が立て続けに続いてしまったためかごめは完全に帰るタイミングを失ってしまっていた。何とか弥勒も仲間になり一段落ついたもののテストまでほとんど時間がなくなってしまっていることにいまさら気付いてしまいかごめは意気消沈してしまっているのだった……。
(どうしよう全然勉強できてない……早く戻って勉強しないと…………そうだ!)
そんなことを考えながら何かを思いついたようにかごめは犬夜叉に向かって振り返る。
「犬夜叉……」
「お前の勉強に俺を巻き込むなよ。ちゃんと家に戻って勉強しろ。」
かごめが言い終わる前に犬夜叉はそうきっぱり告げる。犬夜叉は以前かごめのテスト勉強に巻き込まれたことをいまだに根に持っていた。
「う……まだ何も言ってないじゃない……。」
そう言いながら涙目になるかごめ。
「未来の世界も大変なのですね……。」
「そうだね……。」
「かごめ応援しとるぞ!」
三人はそんなかごめを見ながら励ましの言葉をかけるのだった……。
「ただいま。」
「今帰ったぞ。」
犬夜叉たちは一週間ぶりに楓の家に帰ってきた。
「おお、戻ったか。今回はいつもより長かったな。」
楓が驚いたようにこちらに向かいながら出迎えてくれる。
「こちらの法師様は……?」
一行の中に見たことのない男性がいることに楓が気付く。
「はじめまして、弥勒といいます。これから犬夜叉たちと一緒に四魂のカケラ集めをさせていただくことになったのでよろしくお願いします。」
礼儀正しく弥勒が自己紹介をする。そんな弥勒を見ながら
(この男が犬夜叉が言っておった不良法師か……)
楓はそんなことを考えていた。
その日の昼食は弥勒の歓迎会を兼ねていつもより豪勢なものになった。いつものように犬夜叉と七宝が騒ぎかごめがそれを叱り珊瑚がその様子を楽しそうに眺めている。
(誰かと一緒に食事をするというのも悪くありませんね……)
そんなことを考えながら弥勒も食事を楽しむのだった。
歓迎会も終わり犬夜叉たちがくつろいでいると
「犬夜叉、かごめ……少し話がある……。」
楓が真剣な様子で二人に声をかけてきた。
「楓ばあさん……?」
そんな楓の様子に犬夜叉は得も知れぬ不安を覚える。
「珊瑚、七宝。私たちは席をはずしましょう。」
楓の雰囲気を悟った弥勒が珊瑚と七宝に声をかけその場から離れて行く。
「そうだね。」
「待て、弥勒!」
珊瑚と七宝も事情を察したのか弥勒跡に続き家を出て行き家には犬夜叉とかごめ、楓の三人だけになった。
そして楓は二人に話し始める。
桔梗が楓を訪ねてきたこと。奈落のことについて桔梗に伝えたこと。そして少年が恐らく犬夜叉の生まれ変わりであること。
「桔梗ねえさまがおっしゃっていたことだが……恐らく間違いないだろう……。」
楓が難しい顔をしながらそう犬夜叉に告げる。犬夜叉はそれを身じろぎひとつせず黙って聞き続けていた。
(犬夜叉の……生まれ変わり……)
かごめはそんな犬夜叉の様子を心配そうに見つめながら考える。
自分も桔梗の生まれ変わりであり、生まれ変わりという点では少年と同じ境遇だった。しかしかごめは桔梗ではない自分自身の体と記憶を持っている。そのため自分が桔梗の生まれ変わりだと知っても驚きこそすれそれほど悩むことはなかった。だが少年は大きく事情が違ってくる。少年は自分の名前も生まれも分からず体も半妖である犬夜叉のものになってしまっている。そして桔梗に関しては犬夜叉の記憶に振り回され自分が無くなりかけたことすらあった。かごめは少年が自分が犬夜叉の生まれ変わりであることを知ってどうなってしまうのか大きな不安を抱いていた。楓の話が終わり三人の間に沈黙が続く。そして
「少し一人にさせてくれ……。」
犬夜叉はそう言い残し家を出て行ってしまった。
「犬夜叉!」
かごめは慌ててその後を追っていった。
「ハアッ……ハアッ……。」
急いで後を追ったかごめだったが犬夜叉の速度に追いつけるはずもなくその姿を見失ってしまった。どうしようか考えようとした時
「どうしたのかごめちゃん?」
「何かあったのですか?」
かごめの慌てた様子を心配した弥勒と珊瑚が声をかける。
「珊瑚ちゃん、弥勒様!犬夜叉を見なかった!?」
かごめは事情を説明し二人に尋ねる。
「犬夜叉ならさっき森に向かって走って行くのを見たけど……。」
珊瑚がそうかごめに答える。
「森のほうね!」
かごめがそのまま急いで森に向かっていこうとした時
「かごめ様、犬夜叉のことは私に任せていただけませんか……?」
そう弥勒がかごめに提案する。
「え……でも……。」
かごめは弥勒の言葉に戸惑ってしまう。弥勒は犬夜叉の事情については全く知らないため任せていいものかどうか分からなかったからだ。弥勒はそんなかごめの様子を見ながら
「男同士でなければ分からないこともあります。ここは私に任せてください。」
そう告げるのだった。
森の中、犬夜叉は御神木を前にして佇んでいた。ここは犬夜叉が封印されていた場所であり、少年とかごめが初めて出会った場所でもあった。
(俺は……誰なんだ………?)
犬夜叉は自分の体を見つめながら考える。桔梗との戦いからは体への違和感もなくなりこの世界で生活することにも慣れいつしかかごめや仲間がいるこの世界でこのままここで生きて行くこともできるのではないかと思い始めていた。しかし自分が犬夜叉の生まれ変わりであることを知り、少年は改めて自分の置かれている状況の不安と恐怖を思い出してしまった。そして
(それじゃあ……俺がかごめを好きなのも…………)
そう犬夜叉が考えていた時
「こんなところにいましたか……。」
弥勒が苦笑いをしながら姿を現した。
「弥勒……?」
かごめならいざ知らず弥勒がやってくるとは考えもしなかった犬夜叉は驚き面喰ってしまう。弥勒はそんな犬夜叉の心境を知ってか知らずかそのまま話し続ける。
「大きな御神木ですね……。どれだけの時間を生きているのか想像もつきませんね……。」
弥勒は御神木を見上げながら言葉をつなぐ。この御神木は時代樹と呼ばれるもので骨喰の井戸もこの樹を使って作られていたものだった。
犬夜叉は弥勒の言葉を黙って聞き続ける。弥勒はさらに続ける。
「犬夜叉……私はお前が何に悩んでいるのかは分かりません。恐らくそれは私たちでは力になれないものでしょう……。しかし仲間として…年長者として助言をさせていただきたい……。」
弥勒は真剣な様子で犬夜叉を見据える。
「犬夜叉……『後悔』だけはしないようにしなさい。」
「後悔……?」
犬夜叉は弥勒の言葉に疑問の声を上げる。
「そうです……。私は生まれた時からこの風穴という呪いを受けていました。不幸を自慢するわけではありませんがやはり自分の寿命が人よりも短いと知った時は不安と恐怖で一杯でした……。しかしある日父に言われたのです。後悔がないように生きろと。」
弥勒はそう言いながら自分の右手にある風穴を見つめる。
「人間の寿命は妖怪に比べれば短く儚い……。さらに風穴という呪いを受けた自分たちはそれよりもさらに短い寿命を持って生まれてしまっている。しかし……だからこそ、その短い時間を決して後悔しないように生きろと……そう父は私に言い残しました……。」
「弥勒………。」
弥勒の儚げな表情に気付いた犬夜叉が心配そうな声を上げる。
「もちろん私は死ぬつもりはありません。そのために奈落を追っているのですから……。犬夜叉、お前は一人ではありません。私も珊瑚も七宝もあなたのことを大切に思っています。それを覚えておいてください。」
弥勒はそう言いながら犬夜叉に背を向け歩き出す。
「たまには一人で自分を見つめなおすのもいい機会でしょう。夕飯までには戻ってきなさい。あまりかごめ様に心配をかけるものではありませんよ。」
弥勒はそのまま村に向かって姿を消した。犬夜叉はその後ろ姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
(全く……柄にもないことはするものではありませんね………)
弥勒は慣れないことをしたせいか大きな溜息をつきながら楓の村に戻って行くのだった……。
「弥勒様!犬夜叉は!?」
楓の家に戻ってきた弥勒にかごめが尋ねる。その剣幕に弥勒は思わずのけぞってしまう。
「だ…大丈夫です。少し考え事をしたいから一人にしてほしいと。夕飯には戻ってくるでしょう。」
「そう……よかった……。」
弥勒の言葉に安堵するかごめ。
「全く……これほどまで想ってもらえるとは……犬夜叉は果報者ですね……。」
弥勒はぽつりと本音を漏らしてしまう。その言葉を耳にしたかごめは顔を真っ赤にしてしまった。そしてそれを否定しようとした時、近くに四魂のカケラの気配を感じ取った。
「これは………。」
かごめがそのことに驚きの声を上げる。何よりもその四魂のカケラの気配はこれまで感じたことのない大きさと邪気を纏っていた。
「どうされました。かごめ様?」
突然かごめの様子がおかしくなったことを訝しみながら弥勒が尋ねる。
「村の外の森の中に四魂のカケラの気配があるの!」
かごめは弓を担ぎながら弥勒と珊瑚にそのことを伝える。
「村の近くに?」
「あっちからこちらに近づいてきたってこと……?」
珊瑚もそれに合わせて戦装束に着替える。弥勒も戦闘の用意をしているようだ。
「犬夜叉はどうする?一度呼んでから行こうか?」
珊瑚がかごめに向かって尋ねる。そうしたほうがいいのは確かだがその間に四魂のカケラが遠ざかってしまう恐れもある。かごめが悩んでいると
「とりあえず、我々は先に行きましょう。七宝は犬夜叉を呼んできてください。」
弥勒がそう決断し、七宝に頼む。
「分かった、任せろ!」
七宝はそのまま急いで御神木に向かって走って行った。
「行きましょう、かごめ様、珊瑚!」
「うん!」
「分かった!」
弥勒たちは気配のある森の中へと向かっていく。そしてそこに近づくにつれ森が瘴気に包まれていくことに気付く。珊瑚と弥勒はそれに備えて防毒面をつける。かごめは巫女の力なのか瘴気に対する耐性があった。
「この瘴気……間違いない……!」
珊瑚の顔が怒りに歪む。かごめもこの瘴気の正体に気付き顔をこわばらせる。そしてその瘴気の中心には大きく姿が変わった奈落の姿があった……。
「久しぶりだな……。犬夜叉はいないようだが……。」
そう言いながら奈落は邪悪な笑みを浮かべながらかごめたちに話しかける。その姿は以前とは違い禍々しい鎧の様なものを纏っている。そして姿だけではなくその妖力、邪気も以前とは比べ物にならないほど強力なものになっていた。
「奈落っ……!!」
今にも飛び出していきそうな勢いで珊瑚が叫ぶ。その手には既に飛来骨が握られていた。
そんな中かごめは奈落が持っている四魂の玉の気配に気づく。
「どうしてあんたがそのカケラを……?」
かごめが驚いた声を上げる。奈落の持っている四魂のカケラは間違いなく自分が桔梗に奪われたものだった。
「そうか……貴様たちは知らなかったのだな……。これは桔梗がわしによこしたものだ……。桔梗はよほど貴様らが憎いと見える……。」
奈落は心底面白いといった様子でそれに答える。
「嘘よ!桔梗が仇であるあんたなんかに力を貸すわけないわ!!」
かごめはそんな奈落の言葉に立ち向かうように叫ぶ。
「ふん……わしの手に四魂のカケラがあることが何よりの証拠よ……。おかげでわしは以前とは比べ物にならんほどの力を手に入れた……。」
そう言った瞬間奈落の体から強力な妖気と瘴気が溢れる。
「お前が奈落か……。」
弥勒が一歩前に出ながら奈落に向かい合う。
「弥勒か……じいさんに似て女好きそうな顔をしているな……。風穴も順調に広がっているようだな……。」
奈落の言葉に弥勒の目つきが鋭くなる。そして次の瞬間、戦いが始まった。
「飛来骨!!」
「はあっ!!」
珊瑚は飛来骨、弥勒は破魔の札を奈落に向かって放つ。しかし奈落はそれを見ても全く動こうとはしなかった。珊瑚と弥勒はそんな奈落に違和感を感じる。そしてそれらが奈落に届こうとした時、何か見えない壁の様なものによって容易く弾かれてしまった。
「なっ!?」
三人が驚きの声を上げる。奈落は球体の結界によって身を守っていた。
「どうした、それで終わりか?」
奈落は三人を見下すような態度を取りながら笑みを浮かべる。
(まずい……今の破魔の札は私が使える法力で最も強力な物……。おそらく珊瑚も先程の一撃は全力に近かったはず……)
弥勒は自分たちの攻撃が全く奈落に通じなかったことに驚愕する。そして
(ならば……!)
弥勒は自分の右腕の風穴の封印を解こうとする。しかしその瞬間、奈落の周りに大量の毒虫が現われる。
「くっ……!」
弥勒はそれを見て慌てて封印を解く手を止めた。弥勒は犬夜叉から最猛勝のことを既に聞いていたため何とか風穴を開かずに済んだのだった。
「どうした弥勒、風穴でわしを吸うつもりではなかったのか……?」
奈落はそんな弥勒をあざ笑うかのように挑発する。
「調子に乗るな!」
珊瑚がその隙を突いて奈落を強襲する。しかし飛来骨を放とうとした瞬間、一本の鎖鎌が珊瑚を襲う。珊瑚はそれを驚きながらも何とか防ぐ。視線の先には
「琥珀っ!!」
生気のない目をし操られている琥珀の姿があった。琥珀はなおも珊瑚に襲いかかってくる。珊瑚はそれを紙一重に所で躱し続ける。
「珊瑚ちゃんっ!」
かごめがそんな珊瑚を見て叫ぶ。そして何とかしようと弓に手を伸ばそうとするがそれを邪魔するかのように奈落の体から伸びた触手がかごめに襲いかかる。
「こんなもの!」
かごめは神通力でそれらを浄化していく。しかし浄化しきれなかった肉片が辺りに瘴気を発生させていく。そしてそれは防毒面をしているとはいえ珊瑚や弥勒の体を徐々に蝕んでいってしまう。
(このままじゃ前と同じことになっちゃう……!!)
そう気付きながらも自分を襲ってくる触手を浄化することをやめるわけにもいかない。かごめは八方ふさがりの状況に陥っていた。
「琥珀……。」
「………。」
珊瑚と琥珀が向かい合いながら対峙する。そんな様子を見ながら奈落は琥珀に命令する。
「さあ琥珀。珊瑚を今度こそあの世に送ってやれ……。」
その瞬間、琥珀は珊瑚に襲いかかる。そしてその刃が珊瑚に届こうとした時、珊瑚は腰の刀を抜きそれを防いでいた。
「はあっ!!」
そのまま珊瑚は凄まじい勢いで琥珀に向かっていく。その姿には一片の迷いも見られない。そんな珊瑚の猛攻に琥珀は防戦一方になってしまう。
(こいつ……!)
そんな珊瑚に奈落は舌打ちをする。琥珀を使うことで以前と同じように珊瑚に揺さぶりをかけるつもりだったが珊瑚には全く迷いが見られない。むしろ逆に先ほどよりも動きが良くなっているようにさえ見えた。
「ほう……我が身かわいさに実の弟を殺すのか……珊瑚よ……。」
なおも奈落は言葉で珊瑚に付け入ろうとする。しかし
「違う!あたしは琥珀をあんたから取り戻す!そのために戦っているんだ!」
珊瑚はそんな奈落の言葉にも全く動じず琥珀に迫って行く。
「犬夜叉もかごめちゃんも法師様も……こんなあたしと琥珀のために力を貸してくれるって言ってくれた……!だから琥珀……お前も戦うんだ!!」
珊瑚はつばぜり合いをしながら琥珀に叫び続ける。
「お前は弱虫で…臆病だったけど……本当は強くて優しい心を持ってた……!だから奈落なんかに負けるんじゃない!あたしが……みんなが力を貸してあげるから!!」
珊瑚の言葉は聞こえているはずだが琥珀の表情には何の変化も見られない。しかし徐々にその動きが鈍ってきていた。まるで自分のしていることに迷いが生まれてきているようだった。
(おのれ………)
完全に琥珀を操ることができなくなっていくことに奈落が気付く。このままでは厄介なことになりかねないと判断した奈落は琥珀に離脱の命令を出す。
「琥珀っ!」
珊瑚の叫びも空しく琥珀は森の中に姿を消してしまう。そしてその隙を奈落の触手が襲う。
(しまった!)
珊瑚が自分のミスに気付き身構えた瞬間、触手は弥勒の錫杖によって切り裂かれた。
「法師様……。」
「珊瑚……悔しいだろうが今は奈落に集中しなさい……。油断しているとやられますよ。」
弥勒が珊瑚に諭すように話しかける。
「分かった、ありがとう……法師様。」
珊瑚は落ち着きを取り戻し再び飛来骨を構える。
「無駄なことを……そのまま仲良くあの世に行くがいい!」
奈落の攻撃がさらに激しさを増していく。三人はそれを何とか防ぎ耐え続ける。そして
(やはり……奈落はかごめ様を集中的に狙っている……!)
弥勒はそのことに気付く。かごめはまだ破魔の矢を使っていない。いや正確には使えないようにされていた。それは逆にかごめの破魔の矢なら奈落の結界を破ることができるかもしれないということだった。
(このままではいずれ力尽きる……ならば……!)
弥勒は珊瑚とかごめを庇うように前に出る。そして風穴の封印に手をかける。
「法師様っ!?」
珊瑚はそんな弥勒に驚きの声を上げる。
「かごめ様……私が隙を作ります……その間に矢を……。」
弥勒は奈落には聞こえないようにかごめに話しかける。
「本気か……貴様。この状況で風穴を開けばどうなるか知っておるのだろう……?」
奈落はハッタリに違いないとタカをくくり弥勒を挑発する。しかし
「ふっ、私を誰だと思っている。大切な仲間と引き換えに長らえたい命など……この私は持ち合わせておらん!!」
そう叫びながら弥勒は風穴を解放する。そしてその力が奈落を襲う。
「ちっ……!」
奈落は風穴の力の範囲から逃れようとし攻撃を止める。その間にも風穴には次々に最猛勝が吸い込まれていく。
「ぐっ……!!」
その毒による痛みによって弥勒の意識は段々と朦朧としてくる。しかしそれでも弥勒は風穴を閉じようとはしなかった。
(弥勒様……!!)
かごめは弥勒の覚悟を感じ取りすぐさま自分のやるべきことに気付く。奈落が弥勒に意識を集中している今なら矢を射ることができる。かごめは弓を構え奈落に狙いを定める。その瞬間、弥勒が風穴を閉じた。そしてそれとほぼ同時に
「奈落、覚悟!!」
かごめは全力の破魔の矢を奈落に向かって放った。
「何っ!?」
自分に向かってくる破魔の矢に驚きの表情を見せる奈落。しかし奈落はすぐさま自分の結界に力を込める。次の瞬間、破魔の矢が奈落の結界に突き刺さる。両者の間に激しい霊力と妖力のせめぎ合いが起こる。そしてついに奈落の結界が敗れ矢が奈落を貫いた。
「やった!!」
かごめがそれを見て喜びの声を上げる。そこには右腕を失った奈落が佇んでいた。
(我が結界すら貫くとは……やはりあの女……桔梗の生まれ変わりか……!)
奈落がかごめの正体に気付き自分の甘さを痛感する。普通の傷ならば再生することもたやすいが破魔の矢ではそうはいかない。
「これで終わりよ!!」
かごめがとどめを刺そうと再び矢を構える。しかしその時かごめたちの周りに霧が立ち込めてきた。
「え……?」
「これは……。」
弥勒を支えながら珊瑚が疑問の声を上げる。霧はどんどん濃くなり自分の姿すら見えなくなってしまう。
「ふ……このわしが何の意味もなく貴様らをこの森に誘い込んだと思ったか……?我が妖術、幻影殺で幻にとり殺されるがいい……。」
そう言いながら奈落は四魂のカケラに妖力を込める。かごめたちはそのまま霧に飲み込まれてしまった……。
(何だ……ここは……?俺は一体……)
弥勒は見たことのない森の中をさまよい続けていた。そしていきなり目の前に一人の法師と小さな子供、年老いた和尚の姿があった。
(あれは……俺……!?)
小さな子どもは幼い頃の弥勒だった。そして次の瞬間、法師の右腕が風穴に飲み込まれていってしまう。
「父上――――!!」
「行ってはいかん弥勒!お前まで親父殿の手の風穴に吸い込まれてしまうぞ!」
和尚が弥勒を大止めながら叫ぶ。弥勒の父親はそのまま風穴に飲み込まれてしまう。その後には大きくえぐれた地面が残っているだけだった……。
(親父………)
弥勒がそのまま自分の右手の風穴に目をやる。そこには封印が効かないほど広がってしまった風穴があった。
「なっ!?」
弥勒はそのまま風穴に吸い込まれてしまった……。
(みんな……どこにいるんだ……?)
珊瑚は仲間を探しながら森をさまよい続けていた。そして一歩前に進んだ時何か水溜りの様な物が足元にあることに気付く。それは血でできた水溜りだった。その先には血だらけになり息絶えている犬夜叉たちの姿があった。
「みんなっ!!」
珊瑚が慌てて犬夜叉たちに近づこうとする。しかしその瞬間、珊瑚の背中に鎖鎌が突き刺さる。それは琥珀が投げたものだった。
「琥珀……お前が……みんなを……?」
ふらつきながら何とか琥珀に向き合う珊瑚。
「ありがとう姉上……。姉上はいつも俺の命を守ってくれた。おかげで奈落様の命令通り働ける……。姉上も早くあの世に行ってください……。」
そう告げた瞬間、珊瑚は琥珀の手によって切り刻まれる。
(琥珀……みんな………)
珊瑚はそのまま意識を失った。
「弥勒様!珊瑚ちゃん!」
かごめは一人森の中をさまよい続けていた。そしてやっと人影を見つける。
「犬夜叉っ!!」
かごめは喜びの声を上げながら犬夜叉に近寄る。しかし犬夜叉は自分に気付いていないのか全く反応しなかった。
「犬夜叉……?」
そんな犬夜叉に違和感を感じさらに話しかけようとした時、犬夜叉の前に一人の女性が現れる。それは死魂虫を連れている桔梗だった。
「桔梗っ!?」
かごめが思わず声を上げるも桔梗も犬夜叉同様自分には気づいていないようだった。
(もしかして……私が見えてないの……?)
そのことにかごめが気付いた時
「桔梗………。」
犬夜叉が儚げな表情で桔梗に話しかける。
「犬夜叉……私がおぞましいだろう。お前への怨念に突き動かされ死者の魂をまとってこの世にあり続けているのだから……。」
桔梗が自嘲しながら犬夜叉に語りかける。しかし
「馬鹿野郎!お前は俺を憎んでるかもしれねえけどな……俺は……」
犬夜叉は桔梗にまっすぐ向かい合いながら
「俺は一日だってお前を忘れたことはなかった!!」
そう告げる。
(犬夜叉………)
かごめは黙ってその様子を見続けるしかない。そしてかごめは自分の目から涙が流れていることに気付く。
(私……どうして……)
かごめは自分の胸を襲う痛みに戸惑う。
「犬夜叉………。」
桔梗はそのまま犬夜叉を抱きしめる。犬夜叉もそれに答えるように力を込める。そして二人は口付けをかわす。そのまま桔梗は犬夜叉を地獄に引きずり込もうとする。
「犬夜叉っ!しっかりして!」
かごめが叫ぶも犬夜叉には声が届かない。二人はそのまま地面に引きずり込まれていってしまう。
「犬夜叉……私を…私を置いていかないで―――!!」
かごめはそれを見ながら泣き叫ぶことしかできなかった……。
奈落は幻に惑わされている三人の様子を高みから見物していた。その手には四魂のカケラが握られていた。
「ふっ……そろそろか……。まとめてあの世に送ってやろう……。」
奈落は自らの体から触手を生み出し倒れている三人に向けて放った。そしてそれが三人を貫こうとした時一陣の風がそれを切り裂いた。
「何っ!?」
その風は三人の周りにあった霧も同時に薙ぎ払う。そして三人の前には鉄砕牙を担いだ犬夜叉の姿があった。
「犬…夜叉………。」
何とか意識を取り戻したかごめが犬夜叉に話しかける。
「すまねえ……遅くなっちまった……。」
犬夜叉はかごめを庇うようにその前に立つ。
「ううん……よかった……来てくれて……。」
かごめは犬夜叉を見て涙を浮かべながら微笑む。
「後は任せろ……。」
犬夜叉はそう言い残し奈落に対峙する。
「犬夜叉か……姿が見えんから逃げ出したのかと思っていたぞ……。」
「何でおれがてめえから逃げねえといけねえんだ……。逃げてんのはてめえのほうだろうが……。」
二人の間に緊張が走る。そして
「貴様も我が幻影殺の餌食にしてくれるわ……。」
奈落が再び四魂のカケラに妖力を込める。すると犬夜叉は霧の中に取り込まれてしまった。
「犬夜叉………。」
かごめが悲痛な声を上げる。あの幻には犬夜叉でも敵わない。何とかしようとするもかごめは体を上手く動かすことができなかった。弥勒と珊瑚もまだ気を失ったまま。まさに絶体絶命だった。
「ふん……他愛ない……。」
奈落がそのままかごめに近づこうとした時、霧の中から犬夜叉が飛び出してきた。
「はあああっ!!」
そしてそのまま鉄砕牙で奈落に斬りかかる。しかしそれは奈落の結界によって阻まれてしまう。
「馬鹿な……!?」
結界によってダメージは受けなかったものの奈落は驚きを隠せない。
(幻影殺は四魂のカケラの力を使ったもの……破れるはずがない。現に巫女であるあの女もこの術には抗えなかった。一体……?)
奈落は予想外の出来事に戸惑う。そしてその隙を犬夜叉は見逃さなかった。
「風の傷っ!!」
犬夜叉は全力の風の傷を奈落に向かって放つ。威力もタイミングも完璧なそれは奈落を巻き込んで大きな爆発を起こす。その衝撃で辺りの凄まじい暴風にさらされた。
「ハアッ……ハアッ……」
しかし犬夜叉はそのまま鉄砕牙を構えたまま動こうとしなかった。そして煙が晴れたそこには結界を張った奈落が存在していた。先程かごめにやられた右腕以外には傷は一つも見当らなかった。
「この程度か……。」
予定外の出来事にうろたえはしたものの犬夜叉の風の傷が自分に通用しないことを知り奈落は再び冷静さを取り戻す。そして逆に犬夜叉は焦燥に駆られていた。
(ちくしょう……!)
犬夜叉の額に汗がにじむ。奈落の姿を見た時から気付いていたが今の奈落は間違いなく四魂のカケラの力を使い力を増していた。記憶の中でもこの姿になってからは風の傷で奈落に傷を負わすことはできなくなっていた。ここは何とか退却するしかない。村には結界があり中に入りさえすれば時間が稼げる。そう犬夜叉が考えた時
「ふん、逃がすと思っているのか。自分の技で仲間もろとも消し飛ぶがいい。」
奈落の結界から強力な妖力波が放たれる。それは先程犬夜叉が放った風の傷だった。
(くっ……!!)
犬夜叉は何とかそれを躱そうとする。しかし自分の後ろにはかごめたちがいる。避けるわけにはいかなかった。犬夜叉は風の傷を真正面から受け止める。
「ぐっ……が……!!」
犬夜叉は鉄砕牙とその鞘を自分の前に突き出し風の傷を受け流す。しかしその威力で徐々に後ろに押し出されていく。火鼠の衣も切り裂かれ体が傷だらけになって行く。それでも犬夜叉は退こうとはしなかった。
「ああああああっ!!」
犬夜叉が絶叫すると同時に風の傷が収まる。かごめたちは何とか無事だったが犬夜叉は満身創痍になってしまっていた。犬夜叉はそのまま鉄砕牙を支えにし膝を突いてしまう。
(ちくしょう……ここまでなのか………)
風の傷も通じず逃げることもできない。自分はここまでなのか。しかし一つだけ手は残っている。しかしそれは諸刃の剣。誤れば間違いなく自分たちは全滅してしまう。あきらめが心を支配しかけたその時、鉄砕牙が騒いでいることに犬夜叉は気づく。
(鉄砕牙………)
それは鉄砕牙が自分を信じ共に戦ってくれるという意思の表れだった。
(そうだな……いつだってお前は俺を信じてくれたもんな……)
犬夜叉は鉄砕牙を構えながら奈落に向かい合う。
(鉄砕牙……俺に力を貸してくれ……!!)
「ふん……避けようと思えば避けれたものを……。やはり貴様ら人間は脆く脆弱な存在だ。他人に縋らなければ生きていけないのだからな……。」
戦闘態勢を取りながら奈落が犬夜叉を嘲笑する。しかし
「ふん、お前が人のことを言えるのかよ……。」
犬夜叉は逆に奈落に向かって笑いながら
「桔梗に縋りついてるお前がよ……!!」
そうはっきりと奈落に告げた。
「貴様っ……!!」
その瞬間奈落の顔が憎悪に歪む。同時に無数の触手が犬夜叉に向かってくる。それを見据えながら
「風の傷っ!!」
犬夜叉は再び全力の風の傷を放つ。それは触手を薙ぎ払いながら奈落を飲み込む。しかしやはりそれは結界に阻まれ奈落には届かなかった。
「とうとう自棄になったか……この奈落を侮辱したことを後悔しながら死ぬがいい!!」
その言葉と共に風の傷が跳ね返り犬夜叉に向かってくる。しかし犬夜叉は避けるどころか逆にそれに向かって飛び上がった。
「犬夜叉っ!?」
かごめが思わず悲鳴を上げる。しかし犬夜叉は決して止まろうとはしなかった。犬夜叉の目の前に風の傷の妖力が迫る。
(思い出せ……師匠との修行を……)
犬夜叉は目を閉じながら殺生丸との修行を思い出す。
(あの時の感覚を……!)
犬夜叉の鉄砕牙を握る手に力がこもる。鉄砕牙の刀身には既に風の傷が渦巻いていた。
そして
(―――ここだっ!!)
犬夜叉の鼻が風の傷の匂いをかぎわける。犬夜叉は鉄砕牙を振り上げ
「爆流波――――――!!!」
全力でそこを振り切った。
その瞬間奈落が放った風の傷が逆流を始める。それだけではない。それに加えて犬夜叉の風の傷をも巻き込みながら威力を増し奈落に向かってくる。
「何だと!?」
奈落は咄嗟に結界に力を込めるしかし爆流波はそれをいともたやすく突き破る。そして結界内にたまった風の傷は奈落を巻き込み大爆発を起こした。その衝撃で森の大地が次々に吹き飛ばされていく。辺りはまるでミサイルでも落ちたのではないかという惨状になってしまった。
「ここは……。」
珊瑚が目を覚ますと目の前には雲母に乗った弥勒と七宝の変化した風船に乗ったかごめの姿があった。
「起きましたか……珊瑚……。」
「法師様!」
毒のせいで顔色が悪いものの何とか持ちこたえていた。
「これは一体……」
珊瑚は自分の見ている光景を疑う。先程まで自分がいた森が消し飛んでしまっていたからだ。
「犬夜叉の力です……まさかここまでのものだったとは……。」
弥勒は仲間である犬夜叉に一瞬でも恐れを抱いてしまう。それほどまでの威力だった。
「犬夜叉……。」
かごめは犬夜叉の身を案じ戦いの地を見つめるのだった。
(何という……ことだ……)
頭だけになりながら何とか奈落は意識を取り戻す。先程も攻撃のせいで殆どの力を失ってしまっていた。何とか四魂のカケラだけは手放さずに済んだのが不幸中の幸いだった。
(この混乱に乗じて撤退せねば………)
そう考え奈落はその場を離脱しようとする。しかし
「何度も同じ手が通じると思ってんのか!!」
目の前には先回りをした犬夜叉の姿があった。
「しまっ………!!」
奈落はその瞬間、自分の死を悟る。
「終わりだ、奈落!!」
犬夜叉がそう言い鉄砕牙を振り下ろそうとした瞬間、
犬夜叉の意識はこの世からなくなった。
(なんだ………ここは………?)
少年は朦朧とした意識の中にいた。周りは明るいのだろうか。日の光の様なものを感じる。体を動かそうとするがそれも叶わない。手や足どころか目をあけることすらできなかった。
そのままいくらかの時間が過ぎた時、自分の近くに人の気配が近づいてくることに気付く。
犬夜叉は力を振り絞り何とか眼を開けようとする。その微かな隙間から姿を探る。女性の様だ。
「…………、………………?」
女性は自分に何かを話しかけてきているようだ。何とかそれを聞き取ろうとした時少年の意識は途絶えた………。
「……叉、……夜叉!………犬夜叉!!」
犬夜叉はその声に反応して飛び起きる。目の前には弥勒と珊瑚、七宝そして自分に縋りついているかごめの姿があった。
「俺は………。」
犬夜叉は自分の状況を理解しようとするが何が起こったのか全く分からなかった。
「突然、犬夜叉の意識が無くなってしまったのです。」
そんな犬夜叉を見ながら弥勒が説明する。
「びっくりしたよ……奈落にとどめを刺そうとした瞬間に倒れるんだから……。奈落に何かされたのかと思ったよ。」
安堵した表情で珊瑚も続く。
「そうだ、奈落は!?」
「どうやら逃げおおせたようです。ですが悲観することもないでしょう。あれだけの深手……。しばらくはまともに動くことすらできないでしょう……。」
弥勒の言葉に溜息を突く犬夜叉。
「心配掛けるな、馬鹿者っ!!」
七宝が泣きながら犬夜叉に飛びついてくるそして
かごめが自分の胸に顔をうずめたまま動いていないことに犬夜叉が気付く。
「かごめ………?」
恐る恐る犬夜叉がかごめに声をかける。かごめはそのまま
「犬夜叉……っ!犬夜叉……っ!!」
嗚咽を漏らしながら泣き続ける。
「かごめ………。」
犬夜叉はそのまま優しくかごめを抱きしめる。
「どこにも行っちゃやだよ……犬夜叉………。」
かごめは子供のように犬夜叉から離れようとはしなかった。
「ごめんな……心配掛けた……。」
犬夜叉はかごめの頭を撫でながらそう告げる。
弥勒たちはそんな二人の様子を微笑みながら見守っていた。
自分は犬夜叉の生まれ変わりかもしれない。
それでもかごめへの気持ち、仲間への想いは決して犬夜叉の記憶ではなく自分のものだと
そう少年は確信したのだった………。