ある城の中で長髪の若い男が一人薄暗い部屋で座り込んでいる。それはその城の殿に成り代わった奈落の姿だった。
(体の治りが遅い……)
奈落は自分の体に目をやる。一見何の怪我もないように見えるが実際に中身はまだ治りきっておらずその回復にも時間がかかっていた。
(やはりあの女の矢のせいか……)
奈落はその時の戦いを思い出す。自分を貫いた矢は間違いなく破魔の矢だった。
(ただの破魔の矢ならこれほどまで回復が遅れるはずがない……やはりあの力は……)
そう奈落が考えていると
「殿、よろしいですか?」
この城の家来から声がかけられる。
「なんだ。」
どうでもよさげに奈落がそれに答える。
「いえ…殿にぜひ会いたいという巫女がおりまして……」
「巫女……?」
奈落がその言葉に反応し振り向いた瞬間、家来は糸が切れたように床に倒れてしまう。そしてその後ろから巫女姿の女性が姿を現す。
「貴様は……!!」
その巫女の姿に奈落は目を見開く。その巫女は間違いなく自分が殺したはずの桔梗だった。
「どうした、そんなに私が怖いのか…?せっかく会いに来てやったというのに……。」
桔梗は冷たく笑いながら奈落を見据える。
(この女…死人か……)
奈落は桔梗が纏っている雰囲気から桔梗が死人であることに気付いた。そしていつでもこの場を逃げれるように算段をつける。
「死人がわしに何の用だ……?」
平静を装いながら奈落が尋ねる。
「ふ……あの鬼蜘蛛が上手く化けたものだ……。今は妖怪…いや…半妖奈落か。」
桔梗がそう口にした瞬間、奈落から凄まじい殺気が溢れだす。
「わしが…半妖だと…?」
「上手く化けたつもりだろうがお前に混ざり込んだ人間…野盗鬼蜘蛛の気配は消せはしない。」
桔梗はさらに続ける。
「だからこそお前は四魂のカケラを欲している。完全な妖怪の体を得るために……。」
そして桔梗は奈落に向かって何かを投げつける。それはかごめから奪った四魂のカケラだった。
「……そこまで分かっていながら何故四魂のカケラを渡す……?この奈落は五十年前、貴様を死に追いやったに憎い仇…それを知っていながら……。」
桔梗の狙いが分からない奈落は桔梗を問いただす。
「ふっ…あの時、私の肉体は滅びた……だが…むしろ今、仮の体でこの世にある今のほうが生きている気がする。」
桔梗は自嘲気味な笑みを見せながら
「愛することも憎むことも…私の魂はあの頃よりずっと自由だ。」
そう告げる。
そして桔梗は奈落に背を向け部屋を出て行こうとする。
「私は逃げも隠れもしない。私に会いたくなったら使いをよこすがいい。鬼蜘蛛……。」
そんな桔梗を見ながら
「ならばわしがこの四魂のカケラを使って犬夜叉を殺してもかまわないというのだな?」
奈落はそう挑発する。しかしその瞬間、桔梗の殺気が奈落を貫いた。
(くっ……。)
その殺気に飲まれ奈落はそれ以上桔梗に話しかけることはできなかった。
(桔梗が何を考えているかは知らんが……この四魂のカケラを使い今以上の力を…そして桔梗を想うこの鬼蜘蛛の心も消し去ってくれる……!)
奈落は四魂のカケラを握りながら新たな力を得ようとしていた……。
ある森の山中でりんと邪見は地面に座り込んだまま向かい合っていた。
「殺生丸様どこに行っちゃったのかな、邪見様?」
「そんなことわしが知りたいわい……。」
りんが邪見に話しかけるも邪見は不機嫌そうに答えた後大きな溜息をつく。
(まったく……本当ならわしもついていけるのに、りんのお守にわしが残らなければならないとは……。)
殺生丸は今この場にはおらず二人を残してどこかに行ってしまっていた。当然邪見たちも付いていこうとしたのだが殺生丸によってそれを禁じられ今に至っていた。
「邪見様、溜息つくと幸せが逃げるんだよ。」
「うるさいわい!」
りんはそんな邪見の心境を知ってか知らずか次々に話しかけてくる。
「ねえ邪見様、殺生丸様はどうして旅をしてるのかな?」
「ふん、そんなことも分からんのか。殺生丸様は強さというものを追い求めておられる。そしてその強さで父君を超えることが殺生丸様の目的なのじゃ。」
邪見は威張りながらそうりんに告げる。もちろん殺生丸がそう邪見に直接話したわけではないがそれは事実だった。
「じゃあ殺生丸様はもっと強くなるの、邪見様?」
「当然じゃ、その暁には父君のようにこの国を支配するに違いないわい!」
「楽しみだね、邪見様。」
りんは邪見の言葉を真に受けそう答えるしかし
「りん、お前それまでわしらと一緒におるつもりなのか?」
邪見は驚いたようにりんに尋ねる。
「え……ダメなの?」
そんなことを言われるとは思っていなかったりんは思わず邪見に聞き返してしまう。
「ダメではないが……殺生丸様といえど国を支配するには長い時間がかかるじゃろう。わしら妖怪にとって百年やそこらはどうってことないがお前は人間じゃからな。そのころにはとっくに死んでおるじゃろう。」
邪見は淡々と事実をりんに伝える。
「大丈夫だもん!りんは……殺生丸様と邪見様とずっと一緒にいるんだもん!!」
りんは邪見の言葉を認められず大声で反論する。
「し…仕方なかろう……。」
その様子に驚きながらもりんを諭すように邪見は言葉を続ける。しかし
「邪見様の馬鹿っ!!」
りんは涙を流しながらそのまま森の中に走って行ってしまう。
「こ…こら、りん!待たんかっ!………げふっ!!」
その後を邪見が慌てて追おうとするが足がもつれ転んでじまう。邪見が顔を上げると既にりんの姿は見えなくなってしまっていた……。
りんと邪見たちがいる森から少し離れた場所を一人殺生丸は進んでいた。そしてある一本の木の前に辿り着いた瞬間、殺生丸は足を止めた。
「そろそろ尋ねてくる頃だと思っとった…殺生丸……。」
そして突然その大きな木から老人の様な声が聞こえてきた。
「私が来ると分かっていただと……?」
殺生丸が鋭い目つきで木を睨みつける。すると木から老人の様な顔が浮かび上がってきた。
「わしの所に来たということは刀の話であろう……。」
木の老人はそんな殺生丸にも怯むことなく話しかける。
この木の老人は朴仙翁(ぼくせんおう)と呼ばれる樹齢二千年の朴の木であり鉄砕牙と天生牙の鞘はこの朴仙翁の枝から削り出されたものだった。
「ふん……朴仙翁、貴様なら知っているだろう、天生牙の冥道残月破の冥道を広げる方法を……。」
表情一つ変えず殺生丸が朴仙翁に問いただす。朴仙翁は少し思案した後
「殺生丸……お主、天生牙をただの武器だと思っているのではないか?」
そう殺生丸に聞き返す。
「何……?」
言葉の真意をつかめない殺生丸はそのまま朴仙翁を睨みつける。
「天生牙と鉄砕牙は意志を持っておる…。そして自らが認めた使い手にしか力を貸さん。だからこそ天生牙はお主を、鉄砕牙は犬夜叉を使い手として認めたのだ……。」
朴仙翁の言葉を聞きながら殺生丸は腰にある天生牙に目をやる。
「そして天生牙と鉄砕牙を真に使いこなすためにはそれにふさわしい使い手の強さと心が必要になる……。」
「強さと心だと……?」
「左様、犬夜叉の心については鉄砕牙は完全に認めておる。しかし鉄砕牙の強さに犬夜叉の強さが追い付いておらん……。そして殺生丸、お主は犬夜叉とは逆だ。天生牙はお主の強さは認めておるがその心を完全に認めてはおらん。」
(心だと……)
殺生丸はかつての刀々斎の言葉を思い出す。刀々斎は天生牙を打ち直す際に自分の心に足りないものがあると言っていた。そして同時にある言葉が殺生丸の頭をよぎる。
『殺生丸よ……お前に守るものはあるか……?』
それは父が自分に最期に遺した問いだった。
「お主が天生牙を持つにふさわしい心を手に入れた時、冥道残月破は完成するだろう……。」
朴仙翁はそう言い残し姿を消す。殺生丸はそのまましばらく天生牙を見つめた後その場を後にしたのだった……。
(邪見様の馬鹿……)
りんは一人森の中で膝を抱えたまま座り込んでいた。邪見の言葉を認めたくない一心で怒り飛び出してきてしまったもののどうしていいか分からずりんは途方に暮れていた。
(人間か……)
りんは自分と殺生丸たちの違いを考える。人間と妖怪には寿命や強さなどどうしても越えることのできない壁が存在している。それはどうしても覆すことができないものだった。
(りんも妖怪に生まれてれば殺生丸様たちとずっと一緒にいられたのかな……)
そんなことを考えているとりんは近くの茂みに何かの気配があることに気付いた。
(なんだろう……妖怪かな……?)
りんが恐る恐る音がしたところを覗き込む。そこには
「あんた、誰……?」
りんと同じぐらいの年齢の少女が座り込んでいた。
「それでね、邪見様が崖に落ちちゃったの。そしたら殺生丸様がね……」
りんが少女に向かっていろいろなことを話し続けている。しかし少女はそれを嫌がっているわけではなく真剣に話に聞き入っていた。少女の名は紫織(しおり)。この近くの村に住んでいる少女だった。初め紫織はりんを怖がっていたのだがりんの天真爛漫さに触れ二人でおしゃべりをすることになったのだった
「ごめんね紫織、りんばっかり話しちゃって。よくうるさいって怒られるんだ。」
りんはずっと自分ばかりが話し続けていることに気付き紫織に謝る。
「いい、りんの話面白いから。」
しかし紫織はそんなことは全く気にしていないようだった。
「そういえば紫織はどうして一人で森にいたの?」
りんが今さらになって紫織に尋ねる。紫織は少し悩むような仕草を見せた後
「……うち、半妖だから……。」
そう呟く。紫織は半妖だということで村でも腫物のように扱われていた。そのため自分が半妖だとバレるとりんも自分を怖がるのではないかと思いなかなか言い出せないでいたのだった。しかし
「半妖なんだ。犬夜叉様と一緒だね。」
りんは特に気にした風もなくそう告げる。紫織は自分が半妖だと知ってもそれまでと同じ様に接してくれるりんに驚いてしまう。
「どうしたの、紫織?」
突然黙り込んでしまった紫織を心配してりんが話しかける。
「ううん、何でもない。」
紫織はそんなりんを見ながら微笑むのだった。
「じゃあ、紫織は父親が妖怪で母親が人間なの?」
「うん、父上はもう死んじゃったんだけどかあちゃんは元気。」
二人はおしゃべりをしていく内に身の上話へと内容が移って行った。
「りんのおっとうとおっかあは野盗に殺されちゃったんだ……。」
りんはその時のことを思い出したのか少し悲しげな表情を見せる。それに気付いた紫織は心配そうにりんを見つめる。しかし
「でも今は寂しくないの。殺生丸様と邪見様が一緒だから!」
りんは元気一杯にそう告げる。
そんなりんの姿に紫織が思わず見とれていると
「紫織、こんなところで何してるんだい?」
「かあちゃん……」
一人の女性が二人のほうに向かって森をを進んでくる。紫織の母親が紫織を探して森までやってきたのだった。
その後りんは紫織とその母親に誘われ二人の村に訪れていた。ちょうどお昼時であったためりんは二人に昼食を御馳走になっていた。
「ごちそうさま、ありがとう!」
りんが紫織の母親に向かってお礼を言う。りんはすっかり二人の家になじんでしまっているようだった。母親はそんなりんの様子を見て優しく微笑みながらりんに話しかける。
「初めての紫織の友達だからね。これぐらいはしてあげないとね。」
紫織は母親の言葉が恥ずかしかったのか部屋の隅の隠れてしまう。
「でもこれからどうするんだい?また一人で森に戻るの?」
「大丈夫。殺生丸様と邪見様が迎えに…」
そう言いかけたところでりんは自分が邪見と喧嘩をしてしまっていることを思い出す。
(邪見様怒ってるだろうな……。もうりんのこと嫌いになっちゃったかな……。)
りんが急に落ち込んでしまったことを心配し紫織の母が話しかけようとした時
「百鬼蝙蝠が出たぞーっ!!」
村中にそんな叫び声が響き渡った。
「ひゃっきこうもり……?」
りんが自分の知らない言葉に首をかしげる。そして紫織と紫織の母親がつらそうな顔をしていることに気付いた。
「……さあ、行くよ。紫織。」
「………」
紫織は母親の言葉に従うままに家を出て行こうとする。
「紫織?」
りんは慌ててその後を追っていった。
百鬼蝙蝠は人間や妖怪を餌にして血を吸う恐ろしい妖怪であり村には巨大な百鬼蝙蝠の頭領であり紫織の祖父でもある大獄丸が訪れていた。
「約束通り紫織を連れに来たぞ……。」
大獄丸が紫織の母に向かって話しかける。
「約束だ、娘は引き渡す!そのかわり二度と村を襲うなよ!」
紫織の母は気丈に振る舞いながら大獄丸に叫ぶ。
「げへへへへ、ああ約束だ。」
大獄丸はそんな紫織の母の様子が可笑しいのか笑いながら約束する。
「さあ、紫織、祖父殿の所に行きな。」
紫織の母は紫織に振り向きながらそう告げる。しかし
「……うち、やっぱりいやだ。じいさまこわいよ……。」
紫織は怯えながらそう答える。だが
「行ってくれ紫織。」
「村のためだぞ。」
村人たちがそんな紫織に向けて心ない言葉を放つ。
「………。」
紫織の母はそんな村人の様子を見ながらも何も言い返さない。
「かあちゃん……。」
紫織は悲しげな表情をしながら大獄丸の元に向かっていく。
(紫織……そっちのほうが……お前は幸せになれるんだ……)
紫織の母はそう自分に言い聞かせる。そして紫織が大獄丸に連れて行かれようとした時
「紫織っ!!」
りんの声が村に響き渡った。
「どうしてみんな紫織にひどいこと言うの!?紫織を助けようよ!!」
りんは村人たちに向かって訴える。しかし村人たちは一人としてりんの言葉に耳を傾けようとしなかった。
「紫織っ……!!」
そんな村人の様子に失望し一人で紫織を助けようとりんが大獄丸に向かっていこうとする。しかしそれを紫織の母はりんを抱きとめながら止める。
「何だ、その小娘?」
大獄丸がそんな様子に気付き問いかけてくるが
「何でもない、もう用はないだろう!早く村から出て行ってくれ!」
紫織の母はりんの口を塞いだままそう答える。
「ふん……まあいい。確かに紫織は譲り受けた……。」
「………」
そう言いながら大獄丸は紫織を連れ村を去って行く。紫織は最後まで母とりんを見続けていた……。
「どうしてみんな紫織を助けてくれないの?」
百鬼夜行たちが去り何とか落ち着きを取り戻したりんは改めて紫織の母に尋ねる。
「………」
紫織の母は難しい顔をしたままそのまま黙りこんでしまう。しかしりんの真剣な様子に何かを感じたのか理由を話し始めた。
紫織の父親である月夜丸(つくよまる)は優しく人間を殺さない百鬼蝙蝠であり、紫織が生まれてからは仲間を説得し村は百鬼蝙蝠に襲われることがなくなったこと。
しかしある日、月夜丸が亡くなり止める者がいなくなりまた百鬼蝙蝠が村を襲い始めてしまった。
時同じくして月夜丸の父、紫織の祖父にあたる大獄丸が村を訪れ紫織を引き渡せば村には手を出さないと言ってきた。それは大獄丸や月夜丸は代々百鬼蝙蝠の巣を守る役目をしておりその血を引く跡目として紫織が必要であるためだった。
「あちらで暮らしたほうが…あの子のためだと……。それで村が助かるならと思って……。」
紫織の母は苦渋の表情でそう呟く。
「………」
りんは話の内容をすべて理解したわけではなかったが紫織の母が紫織を嫌ってあんなことをしたわけではないことが分かりそれ以上何も言えなくなってしまった。
そして時間が流れりんが何かを話しかけようとした時、家の外が騒がしいことに気付いた。
「いったい何が……?」
紫織の母が慌てて家の外の様子を見に行こうし、りんもその後に続いく。家の外に出た二人が見たものは百鬼蝙蝠に襲われている村人たちの姿だった。
「そんな……どうして……。」
目の前の光景を信じられない紫織の母はその場から動けなくなってしまった。そして百鬼蝙蝠たちが紫織の母に気付き襲いかかってくる。
「早くここから離れなきゃ!」
りんが必死に紫織に母を動かそうとするがりんの力では女性の体を動かすことはできなかった。百鬼蝙蝠たちがりんの目の前にまで迫ってくる。その恐怖でりんは声を出すこともできなかった。
(殺生丸様……!!)
りんはそのまま眼を閉じる。しかしその瞬間
「人頭杖!!」
どこからともなくりんを守るように炎が百鬼蝙蝠たちを焼き払っていく。それは邪見が持っている人頭杖によるものだった
「大丈夫か、りん!?」
邪見が慌ててりんに近寄る。りんは邪見がいることに驚き動きを止めてしまう。そして
「邪見様―っ!恐かったよーっ!」
そう言いながらりんは邪見に飛びつく。りんの目には涙が溢れていた。
「全く……あまり面倒をかけさせるでない!」
邪見はそのままりんを庇うように百鬼蝙蝠に向かって人頭杖を構える。百鬼蝙蝠たちもそれを警戒し距離を取る。そしてしばらく緊張が続いた時
「ほう…余計な邪魔が入ったようだな……。」
そんな老人の声が村に響く。その声の主は大獄丸だった。そしてその手には紫織が乗っていた。
「紫織……!!」
紫織の母がそのことに気付き声を上げる。
「村が……。」
村の惨状を見た紫織は言葉を失ってしまう。
「気にするな紫織、お前や母をいじめた奴らだ……それに安心せい。結界でわしをちゃんと守れば母の命だけは助けてやるからの。」
大獄丸はそんな紫織を言葉巧みに説得する。そして大獄丸がやってきたことで士気が上がったのか百鬼蝙蝠たちが再びりんたちに襲いかかってくる。その数は先ほどまでの比ではなかった。
「邪見様……。」
りんはその様子に不安そうな声を上げる。
「心配するなりん、わしから離れるでないぞ!」
邪見はりんを背中に庇ったまま己を奮い立たせる。
(りんに何かあればわしが殺生丸様に殺される……!!)
邪見は百鬼蝙蝠よりもそのことを最も恐れていた。
そして百鬼蝙蝠が邪見たちに近づこうとした瞬間、村はとてつもない衝撃破に襲われた。
「きゃあっ!」
「何じゃっ!?」
りんと邪見が驚きの声を上げる。砂埃がおさまった後には自分たちを襲おうとした百鬼蝙蝠たちは一人残らず消え去ってしまっていた。
「こ、これは……」
邪見が状況を理解しかけた時
「何をしている……りん、邪見……。」
闘鬼刃を手に持った殺生丸がこちらに近づいてきた。
「せ…殺生丸様……!」
思わず声を震わせてしまう邪見。その背中は冷や汗でびっしょりになっていた。
「殺生丸様っ!」
りんは嬉しそうな声を上げながら殺生丸に近づく。大獄丸は自分の仲間を一瞬で葬った殺生丸に視線を向ける。
「貴様……妖怪のくせに人間の味方をするのか!?」
大獄丸が戦闘態勢に入りながら殺生丸に向かって恫喝する。しかし殺生丸はそれを全く気にせず闘鬼刃を大獄丸に向けながら
「気に食わん臭いがしたから斬りに来た……それだけだ……。」
そう告げた。
その瞬間、大獄丸は殺生丸に向かって強力な妖力破を放ってきた。しかし殺生丸はそれをりんと紫織の母を抱えながら難なくかわす。
「ひょええっ!」
そんな中、邪見だけは置いてきぼりを食らい自力で何とか難を逃れていた。
そして殺生丸は二人を地面に下ろし大獄丸に向かって飛び上がって行く。その時
「殺生丸様、紫織は騙されてるだけなの!だから……!」
りんがそう殺生丸に懇願する。殺生丸はりんを一瞥した後すぐさま大獄丸の向かっていく。
「貴様っ!!」
大獄丸は避けることができない至近距離で妖力破を再び殺生丸に向けて放つ。
しかし殺生丸は闘鬼刃の剣圧のみでそれをかき消してしまった。
「何っ!?」
自分の全力の一撃がこうも簡単に防がれるとは思いもしなかった大獄丸は怯んでしまう。
「終わりだ。」
その言葉と共に殺生丸が闘鬼刃を振り下ろす。その瞬間、大獄丸は闘鬼刃の妖力破をまともに食らってしまった。そしてその衝撃で辺りは煙にまぎれてしまう。
「おお、流石は殺生丸様!」
邪見がその様子を見て感嘆の声を上げる。しかし煙が晴れた後には無傷の大獄丸の姿があった。その周りには赤い球体の結界が張られていた。それは紫織の力によるものだった。
「げへへへ、でかした紫織。」
「………」
紫織は無表情のまま何も答えようとしない。
「殺生丸様……。」
りんは戦いの邪魔にならないところに紫織の母とともに移動しながら殺生丸と紫織を心配する。
(いくら強力な結界といえど殺生丸様の攻撃で無傷で済むはずが……もしや本当に半妖の小娘を傷つけぬように手加減を……!?)
邪見があり得ないと思いながらもりんたちの後に続く。
「大獄丸!もうこれ以上は……」
無言で村の惨状を見続けていた紫織の母だったがついに大獄丸に向かって叫ぶ。
「ん?」
「この村は……お前様の息子、月夜丸殿が生きている間は平和だった!月夜丸殿が守っていてくれたからだ!」
紫織の母は紫織にも届くように月夜丸の想いを大獄丸に伝える。そして紫織もその言葉に耳を傾けていた。
「私と紫織の平穏な暮らしを願って…この村を襲わずにいてくれた!その月夜丸殿が遺された気持をどうか察して……。」
目に涙を浮かべながら紫織の母は大獄丸に懇願する。しかし
「奴が遺した気持ち…か。世迷言を……。」
大獄丸は邪悪な笑みを浮かべながらそれに答える。
「月夜丸…我が息子ながら愚か者であった。人間の女になぞ惚れたばかりに死期を早めたのだからな……。」
「……どういうことだ?」
大獄丸の言葉に言い知れぬ不安を感じながら紫織の母が聞き返す。
「お前の言う通り月夜丸はこの村を守るといった。もしそれが叶わぬならこの大獄丸から受け継いだ結界の守り役の座を捨てて一族を去るとまで……。もはや奴は心まで人間の女に骨抜きにされおった。だから……。」
大獄丸は紫織の母を見据えながら
「このわしが月夜丸をあの世に送ってやったのよ。」
そうはっきりと告げた。
「そんな………。」
紫織の母はそのまま力なく地面に座り込んでしまう。りんはそれを何とか支えようとする。
「ひどい……ひどいよ……。」
りんの目には涙が溢れていた。
「………」
殺生丸はそんな二人の様子を見た後に鋭い目つきで大獄丸を睨みつける。
「何だ、貴様も月夜丸と同じように人間に骨抜きにされた妖怪か?ならばお前もわしの手であの世に送ってくれよう。」
そう言いながら大獄丸が再び殺生丸に向かって戦闘態勢を取る。
それに合わせて殺生丸も闘鬼刃を構えようとした時、腰にある天生牙が騒ぎだしていることに殺生丸が気付く。それは殺生丸の心の変化に天生牙が応えたものだった。
(抜けというのか……)
そして殺生丸はそのまま導かれるように天生牙を鞘から抜く。
「ふん、貴様の攻撃は結界を破ることができなかったではないか!」
大獄丸は絶対の自信を見せながら殺生丸の襲いかかろうとする。
「紫織、結界を張り続けるのじゃぞ!」
大獄丸がそう紫織に命令する。しかし
「………出て行け。」
「あ?」
先程までと紫織の様子が違うことに大獄丸が気付く。
「父上の仇だ。」
「な!?」
そう紫織が告げた瞬間、大獄丸が紫織の結界からはじき出される。
(たかが半妖の分際でこのわしを…いや…この小娘にこれほどの力があったとは。この大獄丸ですらこのように結界を操ることはできなんだ……!)
そして大獄丸はなんとか体勢を整える。紫織は結界を解いてしまったことで空から地面に落ちて行ってしまう。
「紫織―――っ!!」
紫織の母が何とか受け止めようと走るが間に合わない。そのまま紫織が地面に激突しかけた時
「ふんっ!!」
邪見が危機一髪のところで紫織を受け止める。
「邪見様!」
りんがそんな邪見を見て思わず歓声を上げる。
(全く……なんでわしがこんなことばっかり……)
邪見は心の中で大きな溜息をつくのだった。
「どうした、半妖の小娘がいなければ何もできないのか?」
殺生丸が冷たく大獄丸に言い放つ。
「くっ……この大獄丸をなめるでないわ!!」
そう言いながら大獄丸は赤い玉の様なものを取り出す。それは血玉珊瑚と呼ばれる百鬼蝙蝠に代々受け継がれてきた宝玉であり強い結界を作り出すものだった。
大獄丸は血玉珊瑚の力を使い再び結界を張る。
「貴様はわしに傷一つ負わせることもできんっ!捻りつぶしてくれるわ!!」
そのまま大獄丸は殺生丸を握りつぶそうと向かってくる。殺生丸はそれを見据えながら
「冥道残月破!」
天生牙を振り下ろした。
その瞬間大獄丸の体は巨大な黒い球体に包まれる。それは完全な真円にはなっていなかったが大きさはこれまでの人間大しかなかったものとは比べ物にならなかった。
「ば…馬鹿な!?結界をすり抜けて……!?」
大獄丸は自分の結界を無視してくる未知の攻撃に恐怖する。何とかそれから逃れようとするが大獄丸はそのまま冥界へと送り込まれてしまった……。
「ごめんね……紫織……辛い思いをさせたね……」。
「かあちゃん……。」
紫織と紫織の母は抱き合いながら涙を流す。そしてそんな二人をりんたちは少し離れた所から眺めていた。
「よかったね、邪見様。」
「ふん、人間の親子のことなどどうでもいいわ。」
りんの言葉をそっぽを向きながら邪見は否定する。そしてりんと邪見がじゃれあい始めると
「行くぞ。」
そう言い残し殺生丸は村から森に向かって歩き出す。
「お…お待ちください、殺生丸様!」
邪見が慌ててその後を追う。りんもその後を追おうとした時
「りん!」
紫織がりんに向かって声をかけてくる。りんはその言葉に振り返る。そして
「ありがとう、また来てね!」
紫織は恥ずかしそうにしながらも精一杯の声でりんにそう告げる。
「うん、またね!」
りんは満面の笑顔でそれに答えるのだった……。
村から出発してしばらくして殺生丸が一人先を歩いている状況で邪見はりんに向かって説教をしていた。
「今回のことで懲りたじゃろう、りん。これからはきちんとわしの言うことを聞いて……ってこら、りん!」
説教を聞いていたはずのりんがいつの間にか殺生丸の横に並んで歩いた。
「助けてくれてありがとう、殺生丸様!」
りんは微笑みながら殺生丸のお礼を言う。殺生丸もその声は聞こえているはずだがそのまま無言で歩き続ける。そしてりんもその横を黙って歩き続ける。それから少しの沈黙の後
「殺生丸様………もしりんが死んでも…りんのこと覚えていてくれますか……?」
そう殺生丸に尋ねた。
殺生丸はその言葉に思わず足を止めてしまう。その表情は驚きを現していた。
りんは少し儚げな表情で殺生丸を見つめる。しかし殺生丸はすぐにいつもの無表情に戻り
「………馬鹿なことを。」
そう言い残し先に歩いて行ってしまう。そしてその後にすぐに邪見が二人に追いついてきた。
「こら、りん!わしを置いていくなと言っておろうが!」
「ごめんなさい、邪見様。」
りんは笑いながら邪見に謝る。それが気に入らない邪見はさらに怒りながらりんにむかって説教をする。そして阿吽も三人を見つけその後についていく。
一行は今日もにぎやかに旅を続けて行くのだった……。