夜のある城の中。
妖怪退治屋の者たちが城の主からの依頼で大蜘蛛の退治を行っていた。そしてその中には珊瑚と琥珀の姿があった。琥珀は珊瑚の弟であり今回の依頼が初めての実戦だった。
「うわっ!」
戦闘に慣れていない琥珀が大蜘蛛の吐く糸に捕まってしまうが
「飛来骨!!」
珊瑚の飛来骨によって琥珀は糸から解放される。
「あ……ありがとう、姉上。」
「しっかりしな、琥珀。また来るよ。」
琥珀をフォローしながら珊瑚は大蜘蛛に向かっていく。そして珊瑚の父たちもそれに加わり大蜘蛛を追い詰めていく。大蜘蛛はついに力尽き地面に倒れこんだ。
(簡単すぎるな…この蜘蛛、妖気も薄いし…)
そう思いながら珊瑚が気をぬきかけた時
珊瑚の父親たちの首が飛んだ。
「なっ…!?」
それは琥珀の持つ鎖鎌によるものだった。鎖鎌が血によって真っ赤に染まる。しかし琥珀はそれを手にしながらも無表情のままだった。
「琥珀!!なぜ父上たちを…!?」
珊瑚が琥珀に問いかけるが琥珀はそれを全く意に介さず珊瑚に襲いかかってきた。
「やめろ琥珀!あたしが分からないのか!?」
必死の珊瑚の言葉も空しく琥珀は鎖鎌で珊瑚を斬りつけてくる。珊瑚は腰にある刀を抜き何とかそれを防ぎ続ける。そして二つの武器が重なり鍔迫り合いになった。
「目を覚ませ琥珀!!」
珊瑚は鍔迫り合いで琥珀の武器を封じながら詰め寄る。そして珊瑚は琥珀の首に蜘蛛の糸が繋がっていることに気付く。それは城内にいるこの城の主につながっていた。珊瑚は城の主が琥珀を操っている妖怪であることを理解する。
「貴様かっ!!」
珊瑚は刀に力を加え琥珀を押しのける。そして城内にいる妖怪に向けて飛来骨を構えた。
「乱心したか、殺せ。」
「はっ!」
城の主に化けている妖怪が護衛の者に命令する。そして護衛の者たちが放った矢が珊瑚を襲う。
「くっ!」
何とかそれを防ごうとする珊瑚。しかしその時珊瑚の背中に琥珀の鎖鎌が突き刺さった。
「あ……。」
一瞬何が起きたのか分からなくなった珊瑚だったがすぐに正気に戻り琥珀に振り返る。
琥珀は先ほどまでと違い体を震わせていた。そしてそのまま地面に膝をつく。
「あ…姉上…。」
琥珀は自分が起こしてしまった惨状を目の当たりにし涙を流しながら怯えていた。
「琥…珀…?」
その様子を見た珊瑚は琥珀が正気に戻ったことに気付く。
「姉上―っ!!」
正気に戻った琥珀は傷だらけになっている珊瑚に気付き走りながら近づこうとする。しかし城の者が放つ矢が琥珀の体を貫いていく。琥珀はそのまま地面に仰向けに倒れてしまった。
「こ…琥珀…。」
珊瑚が血だらけの体を引きずりながら琥珀に近づく。琥珀の体には無数の矢が刺さり地面は血に染まっている。もはや助からないことは明らかだった。
「あ…姉上…怖いよ…。」
もう目が見えていないのか視線を泳がせながら琥珀は珊瑚に助けを求める。
「だい…じょうぶ。あたしが…ついて…。」
珊瑚がそう言いながら琥珀に寄り添う。しかし琥珀はそのまま目を閉じ動かなくなった。
そして珊瑚は意識を失った。
「琥珀っ!!」
叫びながら珊瑚は布団から起き上がる。そして珊瑚は自分が見慣れない家の中にいることに気付いた。
(ここは…あたしは一体…)
何とか自分の置かれている状況を確認しようとした時
「よう。気がついたか。」
珊瑚の横であぐらをかいている犬夜叉が話しかけた。
「貴様っ…!」
犬夜叉に気づいた珊瑚は咄嗟に襲いかかろうとする。
「何だ、まだやる気か!」
思わず犬夜叉も珊瑚に対して身構える。二人の間に緊張が走る。そして
「おすわり。」
「がっ!」
かごめの一言でそれは消え去った。
「ごめんね、悪い奴じゃないから許してあげて。」
かごめは珊瑚に微笑みながら話しかける。犬夜叉はまだ床に這い蹲っているままだった。そんな様子に珊瑚が戸惑っていると
「珊瑚、犬夜叉様たちは手傷を負ったお前を放っておけなかったのじゃ。」
そう言いながら冥加が珊瑚の肩に乗る。
「冥加じい…。」
珊瑚は見知った人物に会い落ち着きを取り戻す。そして冥加は事情を珊瑚に説明した。
「奈落…そいつが琥珀や父上たちを…。」
珊瑚は自分たちが奈落の謀略によって弄ばれたことを知り憎悪に顔を歪ませる。そしてそのまま立ち上がり家から出て行こうとする。しかし痛みによってすぐに床に座り込んでしまった。
「ダメよ、そんな体で無理しちゃ!」
かごめが慌てて珊瑚に近づき介抱する。
「そんな体で行っても返り討ちにされるだけだぜ。」
「何だとっ!」
犬夜叉の言葉に反応する珊瑚。
「犬夜叉もそんなこと言わないの。珊瑚ちゃんも今は無理に動かないほうがいいわ。」
「そうじゃ。大怪我しとるんじゃからの。」
かごめに続いて七宝も珊瑚をたしなめる。珊瑚も自分の体の怪我に気付いたのかそれ以上は動こうとはしなかった。
「かごめ、話がある。」
犬夜叉は珊瑚が眠ったのを確認した後かごめと一緒に家の外に出た。
「話って何?犬夜叉。」
真剣な様子の犬夜叉に気付いたかごめが尋ねる。
そして犬夜叉は珊瑚の弟の琥珀は恐らく奈落によって四魂のカケラを使われ生きていること。今も操られているであろうことをかごめに伝えた。
「そんな…。」
かごめは珊瑚のあまりにも過酷な状況に言葉を失くす。
「このことはまだ珊瑚には言わないでくれ。今言うとあいつは何をするか分からない。」
その後かごめと話し合い、少なくとも体が治るまで珊瑚には伝えないということになった。
珊瑚は疲れ切っていたのかそのまま眠り続けていた。一安心した犬夜叉たちは夕食をとることにした。
そして夕食を済ませた後、かごめは本を読みながらくつろいでいた。そこに
「かごめ、珊瑚が治るまではカケラ集めは中止するから一度家に帰ったらどうだ?」
犬夜叉がかごめに提案する。
「え?」
予想外の提案だったのかかごめが目を丸くする。
「えって…お前ここのところずっと家に戻ってねぇじゃねぇか。家族も心配してんじゃねぇか?」
「それは…。」
犬夜叉に言われてかごめはかれこれ五日間現代に戻っていないことに気付いた。しかし
「私がいなかったら珊瑚ちゃんの看病はどうするのよ。」
かごめはその心配があるため、まだこっちに残るつもりだった。しかし
「珊瑚は俺が面倒見とくから気にするな。」
犬夜叉は何の気なしにそう言う。その言葉を聞いたかごめはしばらく考え込んだ後、
「……やっぱり私しばらくこっちにいる!」
そう宣言しそのまま本を読み始める。
「おい、かごめ…。」
その後何度も犬夜叉がかごめに話しかけるがかごめは不機嫌なままだった。
(鈍い奴じゃ…。)
そんな様子を見ながら七宝は一人溜息を吐くのだった。
かごめたちが寝静まった後、犬夜叉は一人これからのことを考えていた。
(奈落は珊瑚に使った四魂のカケラを取り戻すために必ず仕掛けてくる…)
犬夜叉はそう考えながら鉄砕牙を握る。
(今の俺は記憶の中のこの時期の犬夜叉に比べて強くなってる…。今の奈落なら確実に倒せるはず…。)
加えてかごめも神通力を使えるようになっている。犬夜叉は初めは鉄砕牙を使わず戦い、油断して現れた奈落に確実に風の傷を食らわせる方法で奈落を倒そうと考えていた。しかし犬夜叉は気づいていなかった。
奈落の恐ろしさは強さではなくその狡猾さにあることに…。
それから数日後、楓が犬夜叉に地念児からもらった薬草が足りなくなっていることを伝えてきた。珊瑚の傷は思ったよりも深く治りも遅かったからだ。
「じゃあちょっと取りに行ってくる。」
犬夜叉はそう言い支度を始める。そして
「私も一緒に…。」
かごめがそう言いかけるも
「かごめは珊瑚を見てやっててくれ。いつ奈落が襲ってくるか分からねぇからな。」
「…うん。」
犬夜叉の言葉に返す言葉もないかごめ。
「それに一人のほうが早く行けるからな。半日もあったら帰ってくる。何かあったら狼煙を上げてくれ。」
そう言いながら犬夜叉が出かけようとすると雲母が犬夜叉の前に現れる。そして巨大な化け猫の姿になり背中を犬夜叉に向ける。
「乗せてってくれるのか?」
犬夜叉の言葉に頷く雲母。
「分かった、頼むぜ雲母。」
犬夜叉は雲母に乗り飛び立っていった。
それを見送りかごめが家に戻ると珊瑚が壁を伝いながら歩いていた。
「珊瑚ちゃんっ!」
かごめが慌てて珊瑚に近づくも
「大丈夫だよ。ちょっと歩く練習をしてただけさ…。」
珊瑚はそのまますぐに布団に戻る。
「ゆっくり休んでなきゃ…。今、犬夜叉が薬草をもらいに行ってくれたから。」
「犬夜叉が…?」
珊瑚は意外そうな顔をした後しばらく何かを考え込んでいるようだった。
それからさらに数日が経ち珊瑚は一人で歩くことができるほどに回復した。そして夜はそのことを祝っていつもより豪華な食事になった。
「こら、行儀が悪いわよ。七宝ちゃん。」
顔にご飯粒をつけながら慌てて食べる七宝にかごめが注意する。
「何やってんだ七宝。」
犬夜叉はかごめに叱られている七宝をからかう。そしてそれに怒った七宝は犬夜叉のおかずを横取りする。
「何しやがんだ、七宝!」
「悔しかったら捕まえてみんか!」
そして犬夜叉と七宝の鬼ごっこが始まる。
「全く、静かに食べれんのか…。」
楓はそう言いながら黙々と食べ続ける。
「犬夜叉、おすわり!」
かごめの一声で鬼ごっこは終わり犬夜叉と七宝はかごめに叱られる。
そんな様子を珊瑚は黙って見続けていた。
その日の深夜、一つの人影が村の外に向けて歩いていた。そして森に入ろうとしたところで
「どこに行くつもりだ?」
犬夜叉は人影に向かって話しかける。
「犬夜叉か…。」
月明かりが二人を照らす。人影は飛来骨を背負った珊瑚だった。
「決まってるだろう…。奈落を倒しに行くんだ…。」
珊瑚はそのまま村を出て行こうとする。しかし犬夜叉は珊瑚の前に立ちふさがる。
「その体じゃ無理だ…。それに一人より俺たちと一緒のほうがいいはずだ。四魂のカケラを狙って奈落は必ずあっちから現れる。」
犬夜叉はそう珊瑚を説得する。しかし
「でも…あたしはあんたにひどいことをした…。これ以上迷惑はかけられない…。」
珊瑚はそう呟く。
「なんだ、そんなこと気にしてたのか。奈落に騙されてたんだからお前は悪くねぇだろ。」
あっけらかんとした様子で答える犬夜叉。そして珊瑚はそんな犬夜叉の様子に戸惑う。
「なんであんたは見ず知らずのあたしにここまでしてくれるんだ…?」
珊瑚はこれまで疑問に思っていたことを尋ねる。
「それは…」
犬夜叉は自分の記憶のことも話すわけにもいかず言葉に詰まる。そしてしばらくの沈黙の後
「お…お前は喧嘩が強いからな…。俺の…修行相手になってほしいんだ。」
何とか気のきいたことを言おうとした犬夜叉だったが結局記憶の中の犬夜叉と同じようなことを言ってしまった。それを聞いた珊瑚は
「ふっ…」
犬夜叉の言葉がおかしかったのか笑いを漏らした。
「な…何だ!なんか文句があんのかっ!」
犬夜叉はそんな珊瑚の様子を見て顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「いや…そんな誘われ方されたの初めてだったから…。」
そう言いながら笑い続ける珊瑚。
「ふんっ。」
犬夜叉は完全に不貞腐れてしまった。珊瑚は改めて犬夜叉に向かい合う。そして
「妖怪退治屋の珊瑚だ。よろしく。」
そう言いながら手を差し出した。
「…犬夜叉だ。」
犬夜叉は不貞腐れながらもその手を握り返す。
その瞬間、新たに珊瑚が仲間に加わった。
その後二人が一緒に家に戻ってくるのを見てかごめが不機嫌になったのは言うまでもなかった。
ある渓谷の中を進んでいる一行があった。
それは殺生丸たちだった。
「犬夜叉様どうしてるのかなー、邪見様?」
阿吽と呼ばれる二つの頭を持つ龍のような妖怪の背中に乗っているりんが邪見に話しかける。
「ふん、そんなことわしが分かるわけがなかろう。」
邪見は不機嫌そうに答える。
「一度会いに行こうよ、邪見様。かごめ様にも会ってみたい。」
ここ数日りんは犬夜叉のことを気にかけていた。
最近、犬の半妖と人間の女が四魂のカケラを集めているという噂が広がっていたからだ。
りんはあの修行以来犬夜叉のことが気に入ったのか度々話題に上げていた。そして犬夜叉から聞いたかごめに会ってみたいと思っていた。
「ふん…。」
そう言いながら邪見は犬夜叉のことを考える。口には出さないが邪見は犬夜叉のことを認めていた。あの殺生丸に一ヶ月半挑み続け手加減されていたとはいえ一太刀浴びせたのだ。認めないわけにはいかなかった。しかしそれを表に出せない理由があった。
それは殺生丸が犬夜叉をどう思っているか分からないということだった。犬夜叉といっても中身の人間が変わっているので本当の意味での犬夜叉ではないのだが。そして修行が終わって以来、りんが犬夜叉の話題を上げたとしても殺生丸は以前ほど剣呑な雰囲気を放つことはなくなっていた。
特に最近は戦いの天生牙と闘鬼刃を手に入れたことで機嫌が良くなっていることもあるのでそれも関係があるのかもしれない。殺生丸の様子は余人が見ればいつもと変わらないように見えるが邪見とりんはその変化に気付いていた。
邪見はそんなことを考えていると
「じゃけんさま~♪ じゃけんさま~♪ お~い~て~く~よ~♪ 」
りんが歌声に合わせて邪見を呼ぶ。見ると殺生丸たちは邪見を残し先に進んでいた。
「お…お待ちください、殺生丸様!」
邪見は慌ててその後に続く。
「しかし殺生丸様、一体どこに向かわれているのですか?」
何とか追いついた邪見は殺生丸に尋ねる。しかし殺生丸は答えない。
(ああ…やっぱり答えてくださらない…。)
機嫌はいつもより良くなっているはずなのに殺生丸の邪見への態度は変わらなかった。
そして邪見は渓谷の先に何か巨大なものがあることに気付く。
「わあ、すごーい!」
りんが驚きの声を上げる。
その視線の先には牙によって崖に磔にされた巨大な竜の姿があった。
「こ…これは…もしや竜骨精!?」
その正体に気付いた邪見が怯えた声を上げる。
「リュウコツセイ?」
聞いたことがない単語に首をかしげるりん。
「貴様は知らんで当たり前じゃ。竜骨精は殺生丸様の父君と並び称された東国を支配していた大妖怪じゃ。二百年ほど前に二人の間に大きな戦があり殺生丸様の父君によって竜骨精は封印されたのじゃ。」
邪見は胸を張り威張りながらりんに説明する。殺生丸はそれを意に介さず一人竜骨精に近づく。
しばらく竜骨精を見上げる三人。そして
「じゃあ竜骨精は殺生丸様より強いの?」
唐突にりんが邪見に尋ねる。
「そ…それは…」
邪見はその言葉に驚き考え込む。そして殺生丸が自分を睨んでいることに気付いた。
「せ…殺生丸様のほうが強いに決まっておろうが…!」
慌てながら答える邪見。
「本当、邪見様?」
邪見の怪しい態度を訝しむりん。邪見は何とかりんを黙らせようと騒ぐ。殺生丸はそんな二人から目を離し再び竜骨精に目を向ける。
(父上…)
殺生丸は二百年前のことを思い出す。
竜骨精との戦が始まる時、殺生丸の父は殺生丸に戦に加わることを禁じた。
しかし殺生丸はその言葉に従わず戦に加わろうとした。そして殺生丸の母によって戦の間封じ込まれてしまった。
そして父は戦に勝利したものの深手を負いそのまま犬夜叉の母を救うため最期の闘いに赴き亡き人となった。
(父上…なぜ私を共に戦わせてくださらなかったのですか…。)
殺生丸は封印された竜骨精を見上げながら今は亡き父に想いを馳せるのだった。