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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/20 19:38
海鳴にあるそのビルは天上を突く為に立てられた、そう言う者もいる。それほどの高さを誇る高層ビルは、この街の一番の規模を誇るホテル。
街の中に一際大きなソレは、どのビルよりも高く、どのビルよりも存在感を持っている。異常であり異様なそれの最上階にあるのは、海鳴の街を一望できる展望レストラン。高級な品格を持ちながらも、一般市民も利用する機会のあるレストランなのだが、今はまったく人の気配がない。
いや、それは的確でありながら、的確ではない。
無人のテーブルが幾つも並べられるなか、ある一か所だけが無人ではなかった。その一か所にあるテーブルは全部で七つ。白いテーブルクロスをかけられた上に、このレストランの中で特別クラスと呼ばれるメニューばかりが並べられている。いや、それだけではない。一般市民でも食べる事ができるリーズナブルなメニューもあれば、誰が頼むかわからない珍妙な料理もある。つまり、そこに並べられたのはこのレストランのメニューに記された全てが並べられていた。
もっとも、そのほとんどは既に空となり、サラが山の様に詰まれていた。
そして、それを食べていたのは―――たった一人の男だった。
「…………相変わらずの食欲ね。いえ、暴食というべきかしら?」
ガツガツと一心不乱に料理を胃袋に押し込める男を、月村忍は呆れ顔で見ていた。
「こっちの胃が重くなりそうよ」
「なら、お前さんも喰うかい?」
「人の話を聞いてる?私はいらないわ。でも、珈琲くらいは貰えるんでしょうね」
忍は男と同じテーブルに着くと、背後から気配なく初老の男がすっと現れた。
「どうぞ」
男は忍に珈琲を差し出す。忍は礼も言わず、珈琲の匂いを嗅ぐ。
「毒は、無いみたいね」
「当然だ。俺は食には最低限の礼儀を持つ男だ。食に毒なんて不躾な物は入れんよ。仮に、入れるような男が俺の執事だったら、そいつはクビにする」
男はラストスパートの様にテーブルに置かれた皿を空にする。
「下げろ」
初老の男は無言で皿を片づけると共に、透明な液体が入った瓶を差し出す。男は瓶のふたを開け、一気に喉に流し込む。まるでジュースを飲む様にグビグビと飲む様子に忍はまたも呆れ顔をする。
「世界で最高のアルコール度数を持つ酒を、そんな風に飲む奴はアナタだけよ」
「これで最高だというのなら、この世界はまだ小さいんだよ」
「相変わらずの強欲だことで―――で、漸く私の呼び出しの応じてくれたのは、事を理解しているという考えでいいのかしら?」
瓶をテーブルに置き、男は頷く。
「あぁ、わかってはいるさ。俺としてはお前さんみたな美女とこうして食事する機会は多い方が好ましい。しかし、だ。こう見えて俺は世界中を飛び回る忙しさだ」
ニヤッと、笑う。
その笑みはいやらしさはない。しかし、好印象を抱かない。
「この街の中で引きこもっている月村とは違うんでな」
「この街すら満足に管理できないバニングスとは違うのよ、月村は」
「カカッ、言ってくれるよ」
またも笑う。
今度は単純におかしい気持ちからくる笑いだった。
相変わらず良くわからない男だ。忍は心の中で思った。
普通の人はめったに着ない赤い色のスーツを纏い、金色の髪を逆立て、右目に赤、左目に金という二つの色をもった男。身長はおそらく190以上はあるであろう長身。体つきはあれだけの料理を平らげながらもスマートな体格。女性としては羨ましいが、その体を隠す赤いスーツの下に隠された鍛え上げられた肉体を羨ましいとは思えない。
そして何より、男は若い。忍が二十代前半としてはかなり羨ましい美貌を持っている。それに対し、この男は【その十倍以上の年齢】だというのに、未だに二十代後半の様な姿をしている。
「まぁ、あれだ。この街は俺とお前さん達の管理によって成り立っているが、実際はお前さん達、月村が殆ど管理している始末だ。その点において俺は大人しく頭を下げよう」
「結構です。おかげ様で、この街の実権の半数以上は私達に流れていますから」
「そうらしいな。カカッ、俺もうかうかしてられんな」
忍の言葉にまったく動揺は見せない。彼女は今、この街にいる権力者の半分以上を手元に置いているといっていると言った。だというのに、この男はその事にまったく危機感を抱いていない。
「私が言うのは何だけど……アナタ、それでいいの?」
「それでいいのとは、どういう意味だ?」

「私がこの街の支配権を全て独占して、アナタを追い出す事も可能だと言っているのよ―――デビット・バニングス」

デビット・バニングス。
この街の半分、この街の【富】を支配するバニングスの一族。
この国だけでなく、世界にまで手を伸ばす財団の長。
「構わんさ。なんなら、俺はこの街を月村に譲ってやっても良いと思ってるくらいだ」
「譲ってやる、か……随分と舐められたものね、私達も」
「怒ったか?怒っていいが、あんまり怒るとストレスになるぜ?そして、お前さんが怒っても可愛いだけで、ちっとも怖くない」
舐められているのは事実だろう。だが、それはきっと違うと忍は確信している。この男は、デビットは自分を舐めているのではなく―――眼中にないのだ。
内心、怒りが膨れ上がる。
この街の支配権の半分を持っているバニングス。その歴史は深くは無い。そもそも、この街は当初、月村だけが支配するだけだった。それが十年前―――そう、たった十年で立場を半々にされた。しかも、十年前に海鳴の街に現れたバニングスは一年の足らずで三分の一を手に入れ次の年に半分まで奪い去った。
バニングス財団、十年前までそんな財団はなく、小さな会社の名前がそうだった。しかし、今では世界を股にかける程の大企業と成長したのは十年間という短い。昔の様に高度経済成長やバブルの波に乗ったというわけでもないのに、不景気の時代にたった十年で世界的な企業まで上った。
それもたった一人の男の手によって。
このデビット・バニングスという男一人の手によってだ。
「正直、この街にはあんまり興味はないんだよね、俺」
「なら今すぐ、出ていって欲しいわね」
「いやいや。それは駄目だ。なにせ、俺の夢は世界征服だからな」
本気で言っているのかと思う者が多い。もちろん、冗談と思う者が殆どだ。そして、それが冗談ではなく【それすら過程】だという事を知っているのは、少数だけだろう。
「子供みたいね、アナタは」
「大人さ。子供じゃ世界征服は出来ないから、大人になったんだよ」
「いいえ、大人になってなんかいないわ。アナタは私の数倍は長く生きている。なのに、未だに子供みたいな事を言ってるじゃない」
「夢を捨てない男なんだよ、俺はな。夢は素晴らしいぞ?夢さえあれば何でもできる。何でも実行できる。実行する為の力と金が手に入る。世界にはそういう夢と希望が詰まっているのさ、お嬢様」
「アナタが言うと反吐が出るわ」
少なくとも、あの教師の言う夢と希望とは程遠い事だろう。だからこそ、この男の夢など壊れてしまえと忍は心の底から願っている。
「酷いもんだ――――それはさておき、今日は何の話だっけ?」
男は煙草に火をつけ、忍を見る。
「今、この街で起こっている事件について」
「この街はいつだって事件だらけだ。小さいモノに構ってなんかいられんよ」
「そうね、でも小さなモノの中に奇妙なものが含まれているのが問題よ。その小さなモノはいずれ大きな火種になるわ。外と私達の争いの火種にね」
数日前から続いている連続殺人事件。
病院での事件が最初で、それから犯人は通り魔に変貌した。犯人が同一とは言い切れないが、やり方が同じという点で調査は開始されている。
「――――お、そういえばそうだったな。飛行機の中で見た新聞じゃ、珍しくこの街の事件が載ってたな。普段はこの街の危険性をばかりを載せて雑誌も、これ幸いとばかりにグチグチ書いてたよ」
「それが今の、アナタの言う小さなモノよ」
「小さいだろ、この程度。俺の取引先では今、大規模なテロが毎日起こっているぜ?多分、そろそろ戦争になるだろうな」
「それは外の話よ」
「世界に眼を向けようぜ、お嬢様。あんまりこの街に固執すると、小さい人間になっちまうからな」
男はそう言って立ち上がる。
「勘違いしてほしくないのは、別にこの街を蔑にしろってわけじゃない。むしろ、この街を大事に出来ない奴に頂点に立つ資格はない」
「なら、アナタはまさにその典型ね」
「残念。俺は違う。この街を蔑になんてしないさ――――この街も一緒に制服するつもりなんだよ、俺は」
巨大なガラス張りの窓から、外を見る。
「世界を相手にするのに、この街を蔑にするのは駄目だ。逆に、この街を相手にするから世界を後回しにするなんてのも駄目だ。何事も同時進行が好ましい。それこそ王者として相応しい行いだと想わないか?」
「どうだか。アナタのそれは単なる我儘よ、子供のね」
席に座り、今更ながら後悔した。
デビットを相手に少しながらの情報くらいは得られると思った。
少なくとも、デビットは味方ではない。だからこの事件の裏にはこの男がいる可能性だってあった。そうすれば、その事実を持ってこの街の全権を手に入れる突破口にはなるだろうと思った。
しかし、そうはうまくいかない。
「それで、アナタはこの事件をどう思っているの?」
デビットは答えない。
「カカッ、良い空だ」
関係ない答えを口にする。
「良い空だ。空は青い、雲は無い、太陽は素晴らしい輝きを持っている……やはり、この世界に生まれたからには光ある世界に生きるべきだと想わないか?」
「…………」
「この太陽の光を愛している。この身を焼き、俺を否定する太陽が大好きだ。昔から、【俺の時代の連中】はこの光を嫌っていたが、俺はそうじゃない。この光こそが俺の渇きを癒す最高の酒だ」
「…………アナタ、狂ってるわ」
「何故だ?」
忍はスッと眼を細め、冷たい声を吐き出す。
「私達、今の私達なら太陽の光は天敵じゃない。でも、昔はそうだった。そして、その昔から居たアナタは太陽を憎む側だったはず……それなのに、その光を手に入れる為にアナタは【私達】を裏切った」
「気にするな。ほんの数百年前の話だ」
「長老は、今でもアナタを許していないわ」
「あのガキはまだ生きてるのに驚きだな。いやいや、随分と長い気なガキだな。俺が若造の時なんて俺の後ろをちょこまかと走ってたガキが今や長老だ……世の中はわからんね」
忍にはデビットに対する敵意はある。だが、憎悪はない。憎悪を抱くのは彼女よりもずっと長い時を生きた者達。夜の一族が生まれた頃から存在していた者達だ。
そして、このデビット・バニングスも同じ様に【最初の者】だった。
「アナタは夜の一族全てを敵にしているわ」
「そうか、俺は眼中にないけどな。この世界の半分、夜の世界にしか興味のない若造共が俺に牙を向けるのは一向に構わんさ。その時は、丁重にお引き取り願うとするよ」
無論、とデビットは言う。

「この街に色々とちょっかい出す連中もまた、お引き取り願うさ」

「―――――やっぱりね」
忍は溜息を出す。
「どうしてアナタはそうやって大事な事を口にしないのかしら」
そう言った忍は、このレストランに来て初めて笑みをこぼす。それを見たデビットは微笑を浮かべ、
「お嬢様。あんまり敵の前で笑いをこぼさない方がいいと、アンタがガキの頃に言ったはずだぞ」
「そうだったわね、デビット叔父様」
月村忍は確かに彼に敵意を抱いている。だが、それと同時に別の感情を持っている。バニングスという敵。月村に害なす敵。その全てがデビットという男の存在だ。
だが、困った事にこの男はその全てを流すどころか受け止める。
来る者は拒まない。一切拒まない。否定するのは稀な事で、大抵は全てを受け止め、受け入れ、そして豪快に笑うのだ、この男は。
「私もね、【立場上】は叔父様と敵対しなくちゃいけないのよ」
「大変だな、若き当主様は……」
「そうでもないわ。私が叔父様の立場だったのなら、素直に降参するか、自害しているでしょうね」
一族全てを敵に回す事は出来ない。それは死を意味する事と同義。自分一人だけではなく、自分の家族すら犠牲になる可能性もある。
そんなギャンブルに手を出すなんて、とてもじゃないが出来なかった。
「私は叔父様みたいに強くないですからね」
「カカッ、そうだな。だが、気にするな。女は強くもあるが弱くもある。男は強くなければならんし、弱くてはいけない。だから男は女を守る。その逆も然り―――なんてのは、俺のプライドが許さんよ」
幼い頃。
バニングスがこの街の一部に噛みついた頃。
月村とバニングス、月村とデビットの間に激しい抗争が起こった事があった。表だった高層ではないが、アメリカとロシアの冷戦の様に全てを巻き込む大戦争が起こってもおかしくない状況が起こっていた。
その最中、忍はデビットと出会った。
抗争中だというのにデビットは忍を敵とは認識せず、実に紳士的に接していた。
色々な話をした。
色々な物を見せてくれた。
幼い忍の眼に映るデビットという男は、そういう男だった。
だが、今はそうじゃない。
デビットは変わらなくとも、忍は変わった。
姿も、性格も、そして立場も。
「私は叔父様の敵だけど、叔父様は私を敵とは見ないのね」
「見ないさ。全ての女は俺の敵じゃない。女で在る限り、お嬢様は俺の敵にはならない」
「なら、私が男だったら?」
「その時はその時だ。いいかい、お嬢様。男は臨機応変に態度をコロコロ変える権利がある。だが、その権利を持つ男は―――態度を変えても全てを守ろうとする意思がある男だけだ」
そう言って、デビットは忍の頭を大きな手で撫でた。幼い頃、こうやって撫でられた記憶がある。
「もう子供じゃありません」
「なら、キスしようか?」
「奥さんがいるでしょうに……」
「アレはアレ。お嬢様はお嬢様、さ」
でも、きっとデビットはしないだろう。そういう男だからだ、と忍は確信している。
「それはそうと、お嬢様――――なんか良い事あったか?」
突然、デビットは尋ねる。
「なんか前に会った時よりも随分と丸くなったというか、棘が無くなったというか……あぁ、さてはあれだな」
デビットは悪戯を思いついた子供の様な顔をした。
「お前さん、好きな野郎が出来たな?」
「――――なッ!?」
忍の顔が真っ赤になる。
「図星か……そうかそうか、やっとお嬢様に春が来たのか。このままじゃ、何時までたってもお嬢様がメンヘル処女で墓の下にいくんじゃないかと心配だった」
「な、なななな、何を言ってるんですか!?」
「そうか、やっとお嬢様に春が来たか……で、相手はどんな野郎だ?俺よりもカッコいい奴か?」
「叔父様には関係ありません!」
「という事はやっぱりいるんだな、好きな野郎が」
「はぅッ!?」
ニヤニヤと笑うデビット。
真っ赤になって焦る忍。
そして、



向かいのビルから飛んでくるロケット弾



爆音が響いた。
爆風が薙いだ。
レストランの美しい装飾品が一瞬にして炎に飲まれ、黒コゲになる前に粉砕される。
静かでもあり、騒がしくもなった店内は爆炎に飲まれ、黒い煙を充満させる。
ホテルの真下にいた人々は何があったのかと叫んでいる。
ホテルの中にいた人々は爆発によって一瞬呆然とし、すぐに何があったのかもわからず逃げ惑う。
そして、向かいビル。
ホテルよりも随分と低い場所にあるビルの屋上から、ホテルを見上げる者が数人。
「当たったか?」
「あぁ、命中だ」
その中の一人、サラリーマンの様な恰好をしている男は閉じた瞳をゆっくりと開ける。
「確かに見えた」
男は人妖だった。彼の能力は自身の視界を別の物に移動させるという能力を持っていた。それ故に別の一人が打った操作可能なロケット弾に視線を移し、ロケット弾を捜査していた。
「あの男に命中した」
先程までサラリーマンの男の視界に写った映像では、打ち出したロケット弾はデビットの身体に確実に命中、そして爆発。その後は視界を自身に戻したので確認できないが、あの爆発を見る限りでは確実に死んでいるだろう。
「だが、良かったのか?あの場所には月村忍がいたのだぞ」
「構わんさ。前からあのお嬢様にはデビット・バニングスと繋がっている線があった。つまり、我々を裏切る可能性とてあった」
しかし、それは建前だった。
夜の一族とて一筋縄ではない。様々な派閥はあるし、敵対する派閥もある。そして、この男達は月村と敵対する派閥が送り込んだ殺し屋。
「問題は無い。何も無い。それよりもさっさと逃げるぞ。それから当主に連絡。バニングスは死亡。そして【偶然、不幸にもその場にいた】月村忍は死亡……とな」
そう言って男達は撤収の準備をする。

「――――――それは少々困りますなぁ」

男達の視線が一か所に集中する。
「アナタ方には色々と聞きたい事があります故……あ、それはもちろん強制でも任意でもありません。私は警察でもなければ軍でもなりませんので」
初老の男が立っていた。
「これはあくまで、アナタ方の誠意によって成り立つ取引です。ですので、お手数をかけますが―――――」
老人の言葉を聞き終える前に、一人の手に拳銃が握られ、引き金を引かれた。
弾丸は真っ直ぐに初老の男に向かい、

発砲した男の首が吹き飛んだ。

「―――――あ?」
「―――――な!?」
聞こえたのはゴスッという拳が何を叩く音。その音の後に男の首が吹き飛ぶ――スイカを銃で撃った映像に似た感じで、吹き飛んだ。
それを成したのは初老の男。
男は真っ赤に染まった白手袋を脱ぎ捨てる。
「敵対行為には敵対行為で対処しますので、悪しからず。まぁ、あれですな。私とアナタ方では戦力的に差があります故、あまり無駄な抵抗をしない様にするのがお勧めです」
「お、お前……何者だ!?」
「執事ですよ。唯の執事。旦那様に仕える、時代遅れの老人のようなものです」
執事が人の頭を拳一つで粉砕するなんて話は聞いた事がない。これは漫画ではないのだ、これは現実なのだ。
現実にこんな者がいるなんて信じられない。
「人妖、か……」
「違います」
初老の男、執事はキッパリと否定した。
「私は唯の執事です。人妖でもなければ、アナタ方の様な特異な力はございません――――ですが、」
執事の眼光が変わる。
和やかな顔から、鬼の顔。
善人から悪人に変わる様な、そんな変化を前に全員の背筋が凍る。

「俺の主に手を出す愚か者を前に、牙を向かぬ執事など存在しねぇんだよ、若造共が……」

全員の手には武器がある。その身体にも異能が宿っている。だというのに手にある武器が、身に宿る異能を総動員しても、目の前の執事を相手に出来るとは到底思えなかった。
震える、恐怖からくる震え全員が思考を乱される。
だから、幻想を見た。
幻想が見えたのだろうと、全員が思った。
執事の後ろ、ビルに備え付けられている給水塔の上。

赤い色のスーツを来た金髪の男が、女性をお姫様抱っこしながら佇んでいた。

女性は気を失っているのかピクリともしない。だが、胸の上下を確認する限り、生きてはいるらしい。反対に男の方はというと、頭から血を流し、スーツをあちこちに傷があり、その傷から真っ赤な血が流れ出ている。
「―――――おい、テメェ等」
声で殺された。
戦意を殺された。
如何なる武器も、如何なる異能も、その声一つで全てが無と化した。
デビット・バニングスを前に、殺されるという想いでいっぱいになった。
「俺を殺しに来たんだろ?俺だけを殺しに来たんだろ?あの場所には月村忍がいたんだ。貴様等と同じ一族の忍がいたんだ――――なのに、どうして撃った?」
無表情な顔だったが、その額にははっきりとした青筋が浮かんでいた。それを見た男達は恐れ、執事は諭す様にデビットに向けて言う。
「旦那様。あまり気を荒立てない方がよろしいかと……」
「そう言うな、鮫島。俺はこう見えてガキらしいからな。ここは忍の言う通り、ガキに戻ってガキみたいにするべきだと思うんだよ」
「ですが、それではこの者達の上にいる者がわかりません。旦那様が相手をするという事は、殺すと同じ意味なってしまいます」
「あぁ、そうだな。でも、殺す。とりあえず殺す。女に手を出す男は死んでいい。事故なら情状酌量の処置もあるが、コイツ等は絶対に違う。忍がいたのに撃ったんだぞ?」
デビットは執事の隣に降り立ち、忍の身体を預ける。
「傷はないが、丁重に扱え」
「はぁ、了解いたしました……では、私は忍様をファリン様に」
「早く行って安心させてやれ。女が悲しむ姿は見てられん」
デビットは歩き出す。
一歩歩くごとに足下に血が堕ちるが、そんなモノはまったく興味がない様に思えた。
「―――――テメェ等に教えてやる。男ってのはどうして男に生まれてくると思う?」
誰も答えない。
答えるより前に、逃げる事を優先的に考える。
「わからない?こんな簡単な問題もわからないってか?ふん、つくづく馬鹿な連中に生まれたらしいな、テメェ等は……親の顔が見てみたい」
拳を鳴らし、赤い瞳に炎を宿す。
首を鳴らし、金の瞳に光を宿す。
金色の髪の逆立ちが、一本一本が針の様に鋭く尖り、周囲にパチパチと静電気が生まれる。
それを見た男達の中で冷静――周りの中では冷静に近い感覚を持っていた男は、それを見てバニングスの能力を電気に関係があるものか、と思った。
しかし、それは違う。
「教えてやるよ」
静電気が生まれた理由は何か、と問われれば一つだけ。
怒りという感情によって激しく発動した異能の一部が、デビットの身体に収まり切らず、周囲に漏れ出しているに過ぎない。
静電気に意味はない。
知るべきなのは、それが何を現すだけ。

「男が男として生れてくる理由はたった一つだ。それは、女を幸せにするためだ」

拳を握る。あまりにも強く握り過ぎたのか、掌の皮が剥け、血が流れる。
「男だったら女を大事にしろ。それを拒み、男が女を傷けるのなら世界を滅ぼすだけの度胸を持て。それも持てないのなら、テメェ等に女を傷ける権利は一つもありはしない!!」
恐怖が最高潮に達した。
「それ以前に―――――女に手を上げる馬鹿野郎は、殺しても文句は言えないよなぁ?」
男達は理解する。
デビット・バニングスという存在を理解する。
そして思い出す。
噂だと笑い、馬鹿らしいと一蹴した作り話という【真実】

数百年前、彼等の一族をたった一人の女の為に敵に回し、そして勝利した【夜の一族の裏切り者】

デビット・バニングス。
世間では人間と思われている人外。
金の狼。
太陽を抱く吸血鬼。
世界征服を企む大馬鹿者。



「さぁ…………鉄拳制裁の時間だ」



屋上から聞こえる破壊音を背に、鮫島という執事は忍を抱えて歩き出す。
「やれやれ、旦那様にも困ったものだ」
執事は歩く。
そして考える。
自分はとんでもない主を選んでしまった。
かつて、彼が幼い頃に出会った天狗、彼に戦い方を叩き込んだ師匠が仕える子供の姿をした妖怪の方が数倍はマシだった。
そう言えば、と執事は思い出す。
今、この街にはその師匠のもう一人の弟子がいるはずだ。自分と同じ流派を持ち、今では師すら凌ぐと言われた豪傑。
機会があれば、会ってみるのも悪くない。
「おっと、そんな事を考えている場合ではありませんな」
今すべきことは、炎上するホテルの前に呆然と座り込み、忍に仕える従者の肩を叩く事だろう。
もう一度、破壊音が聞こえた。
「――――――まぁ、ほどほどに、ですな」
答える様に、ビルの屋上が吹き飛んだ。








【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』








ある公園の前に、ビニール袋を抱えた少女が立ち止まった。
少女の名前は高町なのは。今は夕御飯の食材の買い出しの帰りだった。ビニール袋の中身を見る限り、今日の夕飯はカレーのようだった。
「…………あれ、なんだろ?」
なのはの眼に留まったのは山だった。
山といっても海鳴にある緑の山ではなく、白やら黒の山。その山を形成するパーツは色々な種類の犬であり、首輪をしているところから飼い犬らしい。そして、その首輪についたリードを一生懸命引っ張っている数人が犬達の飼い主というわけだろう。
つまり、犬が何かに群がっているのだ。
飼い主達が賢明に何かから犬を放させようと頑張っているが、犬達は尻尾を振りながら何かにじゃれる様に群がっている。
一体何に群がっているのだろうと興味がわいたのか、なのはは公園に足を踏み入れる。
「離れなさい!」とか「迷惑でしょう!」とか飼い主達が騒いでいる。なのはが近付くと、本当に沢山に犬達が何かに群がっている様に見えた。そして、犬によって出来た山の中から―――にゅっと小さな手が伸びた。
「人!?」
人の手。それも子供の手だった。なのはは急いで手を掴み、犬によって埋もれた誰かの救出を試みる。だが、大型犬から小型犬まで、様々な犬達が群がる山から人一人を引っ張りだす程、なのはには体力的なものが欠けていた。
周りの飼い主達も次第に焦りから乱暴に犬達を剥がそうとするが、まったく言う事を聞いてはくれない。
閑静な住宅街で、テレビで見る様な救出劇が繰り広げられるとは思ってもみなかった。そして飼い主達となのはとの連携プレイによって数分後、やっと埋もれた誰かが抜け出てきた。全身を犬の毛やら唾液でベトベトにされた人、少女は心底やってられないという顔で犬の群れから解放された。
「…………」
「…………」
そして、少女となのはは見つめ合う。
「え、えっと……」
「…………」
なんだ、文句であるのかという顔で少女はなのはを睨む。心なしか、自身の失態に恥じる様に頬を微かに赤くしているのが可愛らしく、胸がキュンっとなったのは本人には言わないでおこうとなのは思った。
「だ、大丈夫、かな?」
「…………えぇ、大丈夫よ」
別に何も無かったと貞操を整える様に立ち上がり、少女―――アリサはなのはと犬達に背を向けた。
「アリサちゃん!」
なのはの声にアリサは面倒そうに振り向き、
「な――――」
何よ、と言おうとしたのだろう。だが、たった一言は口にする前に止まる。というより、強制的に止められた。
再度、アリサを犬達が襲った。
襲ったという表現は些か間違いはあるのだが、この場合は襲ったという表現であっている気がした。
どうやら、この少女は随分と犬に気に入られるらしい。


「―――――犬に好かれるんだね」
「不覚だったわ」
二人でベンチに腰掛け、なのははアリサにハンカチを差し出す。アリサは一瞬躊躇したが、自分の格好に流石にコレは必要だと感じたのだろう、素直に受け取った。
先程まで犬に飲まれていたアリサの髪は何時もの様にセットされた綺麗な髪ではなく、寝起きのボサボサ頭になっていた。顔も犬の唾液でベッタリという特殊な性癖の者が見れば興奮モノだろう―――無論、そんな者は此処にはいないのが救いだった。
顔をハンカチで拭き、髪を手櫛で梳かして応急処置は完了。犬の唾液が付いたハンカチを見て、
「洗って返す」
とアリサは言うが、なのは気にしなくていいよ、と言う。それでも絶対に洗って返すとアリサは言って、なのはも素直に頷いた。
「…………」
そして、アリサは黙り込む。
まさかこんな場面を見られるとは思ってもいなかった。
犬という動物にどういうわけか異常に好かれる体質持つアリサ。その為、街を歩いて散歩する犬とすれ違えば、その犬は飼い主の命令を無視して襲いかかってくる。この襲い掛かるという表現はアリサ目線であり、犬からすればじゃれてくる、なのだ。しかし、アリサからすれば迷惑以外のなにものでもない。
そして今日、これも実に最悪だった。
学校からの帰り道、近道をしようと公園を突っ切ろうとした際、公園で遊ぶ犬達に遭遇―――後は、言うまでもないだろう。
「犬、好きなの?」
どこをどう見ればそう見えるのだろうか。
「嫌いよ」
本当の事を言えば好きだ。だが、毎回毎回あんな目に会うので、出来るだけ犬には近づきたくない。以前、ふらりと入ったペットショップでゲージに入った犬達がゲージに体当たりしてアリサにじゃれつこうとして以来、ペットショップにも迂闊に近づけない。ちなみに、アリサは知らない事だが、その時に犬達は新しい飼い主の所にいってもまったく懐く事をせず、何匹かはペットショップに返却され、今でもアリサの来店を心待ちにしているらしい。
「でも、好きそうに見えるけどなぁ」
「見かけで判断しないでほしいわ」
「ご、ごめん」
的確に言われているだけに腹が立つ。それ以前に、どうして自分はこの子と話をしているんだろうと疑問に思う。ハンカチを貸してもらったから、仕方なく話す必要なんてない。さっさと帰ってもいいはずだ。
なのに、
「…………」
「ん?どうかした?」
どうも調子が出ない。元々、人付き合いが得意な方ではないが、こうも積極的に来られると色々と狂ってしまう。
だから、なんとかさっさと会話を終わらせ、家に帰る事にしよう。そう思っていたのだが、
「――――夕飯の買い物?」
聞いてしまった。
「あ、コレ。うん、そうだよ。今日はカレーなの」
カレーと来たか、アリサは心の中で苦笑する。カレーというスパイスが効いたものは自分にとって天敵とも云える。特にカレーに入っているある食材は天敵中の天敵だ。
「ニンジンにジャガイモ、タマネギにお肉、あと福神漬」
「タマネギ……」
これだ。
これだけはどうしても駄目だ。
人妖になり、味の無い物ばかりを食すようになる前から、アリサはタマネギが天敵だった。
「そんなものは食材じゃないわ」
思わず言ってしまった。それから、しまったと想い、なのはを見る。なのははポカンとした顔で、袋に入っているタマネギを手に取る。
手に取り、
「タマネギ、嫌いなの?」
「別に……好きじゃないわけ」
「苦手なんだ」
「苦手じゃない」
「大嫌いなんだね」
「大嫌いでもないわ……嫌いでもないし、好きでもないだけ」
「それってつまり、苦手な野菜って事だよね?」
楽しそうに言うなのは。コイツは自分に喧嘩を売っているのだろうかと思ってしまう。
「意外だなぁ。アリサちゃんって何でも食べそうなイメージがあるよ」
「人をそんな勝手なイメージを植え付けないで―――あと、タマネギは苦手じゃないから」
あくまで認めない。
「――――――ほいっ」
当然、なのはがタマネギを放り投げる。それを普通にキャッチするなのは。
「あ、普通に触れるんだ」
「アンタ、人を何だと思ってるの?」
「てっきり触れない程に嫌いなのかと……」
絶対に喧嘩を売っているに違いない、アリサは確信した。
「そういうアンタは、嫌いなものは何なのよ?言っておくけど、私は別にタマネギが苦手ってわけじゃないからね」
「あくまで認めないんだね……そうだな~」
顎に指を当てて考えるなのは。数秒ほど考え、
「嫌いな物はないかな。何でも食べれる様にならないと駄目だってお母さんが言ってた」
「でも、苦手な物に一つくらいはあるでしょ?何でも食べなくちゃ駄目っていうには、絶対にあるはずよ、そういうものが……ま、私には無いけどね」
「タマネギは?」
「しつこい」
それからしばらく、アリサは逃げ出すチャンスを失い話し続けた。というより、なのはがアリサがタマネギが嫌いだと言う事を認めさせようとして、アリサがそれを拒んだので自然と話していただけに過ぎない。
しかし、それでもしっかりと二人は話をしている。
アリサにしてみれば、これはクラスメイトと初めて交わす、授業中ではない会話だった。
「…………」
胸がワクワクしているのはきっと事実だ。こればかりは経験は無くとも、事実だろう。嘘ではなくホントの感情。
「そっか、こういうものなんだ」
「アリサちゃん?」
アリサの呟きに、なのはは不思議そうな顔を見せる。
「ううん、何でも無い」
きっと、こんなに楽しいのだろう。月村すずか、なのはの友達の彼女は。そして周りにいる人達の友達付き合いというのは、こんな風なものなのだと知った。
少しだけ嫉妬しそうになる。でも、嫉妬はしない。嫉妬は出来ない者が出来る者に向ける感情だ。でも、自分はそうじゃない。
自分は出来なかったわけじゃない。しなかったのだ。努力し、自分から前に進めば出来た事をしなかった。サボっていたわけじゃない。わからなかったと言ったら言い訳になるから言わない。
だから嫉妬はしてはいけない、のだろう。
孤独と孤高。
父から受け取った言葉は言い訳には出来ない。言葉の意味はわからないが、言い訳に使って良い言葉じゃないはずだ。だが、もしもその意味がアリサの考える様な事だとすれば、自分は一生孤独に生きなければいけないのではなかろうか。
「ねぇ、高町」
「なのはでいいよ」
「それはお断り」
友達じゃないから。
「高町は……月村と一緒で楽しい?」
「え?」
言葉は詰まらせる。
困った様な、言い難い様な顔をしている。その顔を見て思い出す。あぁ、なるほど、と。この子は自分とすずかのアレを知っている。いや、知っているどころか見ているのだ。
三年前。
殺し合いと言ってもいいであろう、潰し合い。
原因はわからない。
その前後の記憶も曖昧だ。
だからきっと、何かがあったのだろう。
初めて他人に対して振るった自身の力。満月というもっとも力が膨れ上がる日だった。だから自分は恐らく勝ったのだろう―――勝って、何になるのだ。
「ごめん。言いにくいわね、私の前じゃ」
「そんな事……ないよ」
優しい子だ。
前後の記憶は曖昧でも、潰し合いの最中の事だけは覚えている。
飛び散る壁、花壇に咲いた花は散る、抉られた地面―――そして、何かを必死に訴えるなのは。
聞こえていなかったと言えば嘘になる。でも止められなかった。まるで内なる自分が戦え、潰せ、殺せと言っている様に思えたからだ。
その夜。
ベッドに入って思い出すのは、あの時の、暴力を振るった時の感触。
酷い感触だった。
味わいたくない感触だった。
そして、言いの様ない後悔が押し寄せて来た。
「いいの……答えなくて、いいわ」
「アリサちゃん……」
「―――――ホント、どうかしてたわ……」
クシャッと、紙を潰した様な笑顔だった。作りたくもない笑顔で、見せたくもない笑顔で、それでも誤魔化すような笑みは作ってしまったアリサも、見てしまったなのはも、二人とも痛いと思ってしまった。
心が痛い。
何かが痛い。
痛いのに、泣かない。
そして、泣けない。
「――――――すずかちゃんは、良い子だよ」
絞り出す様に、なのはは言った。
「凄く良い子。みんなは怖がってるけど、全然そんな事ない。優しいし、恥ずかしがり屋だし、可愛いし……笑った顔がね、とっても可愛いの」
「そう……」
どんな気持ちで聞けばいいかわからない。なのはもどんな気持ちで言えばいいのかわからないのだろう。言葉を探り探りするように、ゆっくりと紡ぎ出す。
すずかと初めて話した時。
授業でわからない所をすずかに教えてあげた時。
一緒にご飯を食べた時。
体育時間でペアになった時。
掃除の時間に一緒に机を運んだ時。
そして、すずかの口から友達になって欲しいと言われた時。
「すずかちゃんはきっと……一人は嫌だったんだと思うの」
「誰だってそうじゃないの」
自分だってそうだ、とアリサは思った。心の中だが、すんなり認められた事に驚いた。
「でもね、頑張ろうって思ったんだって。頑張って皆と同じ場所で勉強して、頑張って皆と話して、頑張って皆と友達になりたくて……それで、」
「最初の一人が、アンタだったって事でしょう」
羨ましい。
きっとすずかは、なのはの言う様に本当に頑張ったのだろう。月村である事で差別を受け、周りからは怖がられ、それでも教室に現れた。
すずかが教室に現れた時、アリサは表情こそ変わらなかったが、かなり驚いていた。きっと来ないものと思っていた。教室の一番後ろは常に空席で、その席に座るはずの少女は何時だって図書室にいた。
それが普通で、結末だと想っていた。
だが、それを打ち破った。
「凄いわよね、あの子」
「うん、凄いと思う」
だから笑えるんだろう。
三年間、笑う事が出来なかった少女は、今ではそれを取り戻す様に毎日の様に笑みを浮かべている。それは当然の権利で、当然の報酬だ。自らの殻を破り、自ら得た報酬を前に捨て去る馬鹿はいない。
「でも、皆はまだ怖がってる」
それだけが不安だ、となのは言う。

「大丈夫よ」

しかし、アリサはあっさりと言い放つ。
「クラスの連中も、なんだかんだ言って月村の事を気になってるわ」
「本当に?」
「えぇ、本当よ」
だって、見ているから。
「月村の前の席の松村。この間の数学の時間に月村が居眠りしてた時、教師にも月村にもばれない様に起こしてた。学級委員の斉藤は少しずつだけで月村と話す様になってる。この間なんか、好きな本の話で盛り上がってたわよ。水富士はちょっと月村に気があるのかもね。別のクラスで月村の悪口言ってた男子達と決闘してた―――まぁ、惨敗だったけど、後悔はしてないみたいね。柏木は月村と少し話しただけでガッツポーズしてたし、佐藤は月村の代わりに黒板消しを叩いてた」
すらすらと出てくる言葉に、なのはは呆然としてる。
「少しずつだけど、皆が月村の事を受け入れてるのよ。まぁ、あの煙草臭い教師の影響もあるんでしょうけどね―――って、どうしたのよ、間抜けな顔して」
ハッと我に帰り、なのははポツリと、
「アリサちゃん、凄いね」
と言った。
「何が凄いのよ」
「だ、だって!私もすずかちゃんも知らない皆の事を凄く知ってるから」
「普通でしょ、こんなの」
別におかしい事じゃない。
クラスメイトと話はしないが、それでも見てはいる。人間観察の一種なのだろう、男子でコイツは馬鹿だけど優しい。この女子は暗いけど心が優しい子だ。普段は仲の悪い二人だけど、片方が教師に怒られて気分を落していると、慰めていた―――こんなものは、見ていればわかる事だとアリサは思っている。
「ううん、全然凄いと思うよ!!」
何故か力強く言うはのはに、アリサは本当に不思議なものを見る目を向ける。
「凄くないわ。大体、この程度なんて全員が知ってる事でしょう?」
「私は知らなかったよ」
「…………あぁ、アンタはそうかもね。この間の国語の授業に楽しそうに落書きしてたら、授業が終わって全然ノートを取って無いって月村に泣きついてたくらいだから」
「それ、すずかちゃん以外には秘密なのに……」
「え、そうなの?」
それは驚きだった。
「そっか……アリサちゃんってやっぱり凄いんだ」
「いや、だから凄いとかじゃいでしょう、こういうのは」
「皆の事をちゃんと見てるんだもん、凄いと思うよ」
「見てるだけでしょ?誰にでも出来るわよ」
凄い事なんかじゃない。
見ているだけなら、誰だって出来るのだから。
「でも、ようやくわかったよ。アリサちゃんがどうして皆に慕われてるのか」
「はい?」
初耳だ。
自分がクラスメイトに慕われている、なんて話は聞いた事がない。そして見た事もない。
「嘘でしょ、それ」
「ううん、嘘じゃないよ……」
「信じられないわ。私って他の人には空気みたいなもんだから、誰も私の事なんて気にしてないわよ」
だが、なのはは首を横に振る。
「ちょっと近寄り難いけど、優しい子だって皆は思ってるよ」
以外過ぎる評価にアリサは驚いた。
「無口であんまり他の子と接してないけど、気づけば色々と助けてくれたりしてたよ、アリサちゃんは」
「私、が?」
なのはは言う。
アリサにしてみれば覚えのない事だ。覚えるまでもない事だった。しかし、なのははそれが皆の気持ちだと代弁するよう言葉にする。
それは小さな事から、大きな事まで。
教科書を忘れた生徒に無言で教科書を見せたという事。
教材を一人で運んでいる生徒が、教材を落してばら撒いた時に、何も言わずに手伝ってくれたという事。
体育の時間で怪我をしたが隠していた生徒を無理矢理保健室まで連行した事。
隣にクラスと喧嘩した生徒がいて、モップで相手を殴ろうとした生徒を無言で蹴りつけ、おまけに相手のクラスを睨みつけて喧嘩を仲裁した事。
どれもこれも覚えはある様な気はするが、しっかりとは覚えていない。
「アリサちゃんは皆の事を良く見てるけど、皆もアリサちゃんの事を見てるんだよ」
勿論、私もだとなのは言った。
「普段は全然喋らないし、誰かと遊んでる所も見た事ない。だからアリサちゃんがどういう子なのかきっと皆は知らない。でも、知っている事はあるんだよ――――無口で無愛想だけど、悪い子じゃない。絶対にそうだって、皆は思ってるよ」
今度はアリサが呆然とする番だった。
知らなかった。
全然、これっぽっちも、まったく知らなかった。
それ以前に周りから自分がどう思われているかなんて考えた事はなかった。精々、バニングスという名前だから避けられているんだろう、程度には考えていた。
それだけの奴なんだと想っていた。
最初、アリサがクラスメイトの事を色々と話した時、なのはは知らないと言っていた。だから周りを全然見てない馬鹿な子なのかと思っていた。だが、今はその立場が逆転していた。
周りを見ていると言う事は、周りも見ているのだ。
クラスメイトのアリサ・バニングスという少女の事を。
「―――――だから、すずかちゃんだって……」
そして、すずかの名前を口にされた。
「すずかちゃんだって、本当はアリサちゃんと仲良くしたいんだと思うよ……」
「そんな事は」
「あるよ。絶対にある。すずかちゃん、私と話している時も良くアリサちゃんの事を見てたよ。どうしたのって聞いても教えてくれなかったけど、悲しそうな顔してた」
「…………」
「アリサちゃんはすずかちゃんの事、嫌い?」
嫌いかどうか―――それはわからない。
「わからないわ」
正直に答える。
嫌いかもしれない、好きじゃないかもしれない。その反対に、嫌いじゃないかもしれない。好きかもしれない。どっちが本当なのかはアリサ自身もわからないのだろう。だから考える。どう思っているかを考える。
すぐには出ない問題。
でも、実は既に決まっている事かもしれない。
虎太郎が言う様に、わからないと想っているだけかもしれない。
わからない、という言葉の意味は、別にあるかもしれない。
好きかもしれない、嫌いかもしれない―――もしくは、誤魔化すのかもしれない。
「月村が私の事をどう思っているかなんて、関係ない」

「嘘だよ」

間も置かず、なのは言い放った。
「それ、嘘だよ」
「なんでそう思うのよ」
少しだけムッとした。だが、なのはの自分を真っ直ぐ見つめる瞳を見て、何も言えなくなった。
「だってアリサちゃん――――すずかちゃんの話をした時、凄く辛そうだった」
心の中を見透かされた気分になった。
「そしたら、今度はクラスの皆がすずかちゃんの事を考えてるって言ってた時は、凄く嬉しそうだった……すずかちゃんの事が嫌いなら、あんな顔はしないよ」
「そ、それは……」
「私は、ね」
なのはは、アリサの手を握る。
「アリサちゃんと、すずかちゃんに、仲直りをしてほしい」
仲直りという言葉に、何故か背筋が凍りついた。
「本当は嫌なんだよね?すずかちゃんと仲直りしたいんだよね?」
「違うわ。私はそんなんじゃない」
冷静に答えられたのは、きっと凍る様に身体が寒いからだろう。この感覚は知っている―――これは、恐怖だ。
「別にあの子と仲良くする義理もないし……あ、あの時の事だって、一年生の時じゃない。もうどうだっていいと思ってるのよ、私も月村も」
「嘘だよ」
またもや、はっきりと言われた。
「なんで嘘だって決めつけるのよ!」
なのはの手を振り払い、立ち上がる。
「当の本人がそう言ってるのよ!!私だけじゃない。月村だってそうよ!!あの子が私を見てるのだって、きっと私が怖いからに決まってるわ!!」
「違うよ」
「なんでそう言い切れるのよ!?」
激高するアリサとは対照的に、なのはは落ち着いた声で、

「私の当事者だもん。他人事なんかじゃない」

言葉を失う。
「あの時も当事者だった。そして、今はすずかちゃんの友達だっていう当事者……ほら、全然関係ないわけじゃないでしょ?」
ニッコリと笑うなのはに、アリサは自然と後退する。
「それに……これは私の我儘でもあるんだよ」
立ち上がり、アリサの眼を見る。

「すずかちゃんとアリサちゃん、二人が仲良くできたら……私も嬉しいから」

怖いと思ったのは、それだった。
無関心を装っていても、アリサはすずかを気にしていた。
座る者のいない空席を虚しいと感じながらも、同時にあれがずっと空席である事を望んでいたのかもしれない。
きっと自分は、すずかが学校を止めれば―――ほっとしていたに違いない。
見ているからわかった。
周りばかり見ているから、わかってしまっていたのだろう。
友達の作り方を知らない―――それは他人を必要としない。だが、それと同時に存在するもう一つの意味。
友達の作り方を知らないという意味には、もう一つの意味があった。そして、それがこうして心の底から生まれる恐怖の原因になる。
「…………無理よ」
両肩を抱き、自分で自分を抱きしめる。
「私なんかじゃ……無理、絶対に無理」
「アリサ、ちゃん?」
身体が震える。
震えてしまうのだ、自然と。
六歳の頃から封じこんでいた本当が蘇った。
誤魔化しであるにも関わらず、本当になってしまった想い。悟ったつもりになった想いが、本当に悟りになったのだと思った。
嘘は嘘でしかない。だが、嘘を突き通せば真実になる。
嘘が真実を、塗りつぶす。
「―――――嫌われるのよ、私は……」
恐怖、恐怖、恐怖―――恐怖が込み上げてくる。
「謝ったって、許してくれない。友達になりたいって思っても、なってなんてくれない……あんな事をしたのに、一緒にいてくれるはずがない!!」
助けたのに、嫌われた。
笑顔を向けて欲しいのに、泣かれた。
「そんな事は……」
母は泣いていた。
自分が泣かせた。
自分が人妖だから泣かせた。
「そんな事は無いよ」
「勝手な事を言わないでよ!!」
無い、なんて事は無い。
「だったらなんで……なんで泣くのよ?」
「泣く?」
本当でも嘘でも、嘘でも本当でも、思えは嘘にもなり本当にもなる。そして真実は消え、何もかもが嘘によって塗り潰される。
そして、それが真実になる。
「なんでママは泣いたの!?守ったのに、助けたのに、なんで私の事でママは泣いたのよ!!」
怒りを、理不尽な現実に抱いた怒りをぶつける。
「怖いからでしょ?私が、子供の私が自分よりも全然強い力があって、それが何時自分の身に危害を及ぼすのかが怖くて……それが、そんな力が自分の子供に宿ったのが悲しいから、泣いてたんでしょう!?」
家族に縛られた鎖。
人妖に目覚め、その力で母を助け―――泣かせた。
「守ったの?守ったら誉めて貰えると思ったのよ?ありがとうって、良い子だって頭を撫でてくれて抱きしめてくると思ったのよ!?でも、違った。ママは怖がるだけ。私の力が怖くて、泣いたの――――だから今度だってそうよ」
仲直りなんて出来るはずがない。
三年前、アリサはわけもわからず、すずかを傷つけた。
そんな相手にどうやって仲良くしようなんて言えるだろうか―――そんな言葉は腐って捨てればいい。
「どんなに頑張ってもどうにもならない事あるの!私みたいな奴じゃどうにもできない現実っていうのがあるのよ!!」
結局はそれがアリサの中の本当だった。
アリサの眼に映る光景が自身の全て。
この瞳が映し出す世界は、自分を求めてなどいない。
「だから、だから!!」
だから、これ以上自分を惑わす様な事を言わないでほしい。自分に構わず、一人でいる事を容認してほしい。どう足掻いても何も出来ないのだ。何も得られず、結局は堕ち込む事になるしかない。
なら嫌いなままでいい。
相手にも嫌われ、自分自身にも嫌われたままでいい。
こんな自分を好きになれるはずがない。
目の前が真っ暗になる。真っ暗な光が差し込み、アリサの世界を照らしだすようだった。光の世界なんて必要じゃない。光の世界だってアリサを必要とはしていない。
こんな奴を必要とする者なんて、存在しない。
だから堕ちるだけ。

堕ちて、堕ちて、堕ちて、光の届かない世界に向かうだけ――――

しかし、アリサは勘違いしていた。
光の世界がアリサを必要としていない。だが、それは光の【世界】がアリサを必要としていないに過ぎない。
世界とは全てという意味にではない。
世界の意味はそれだけじゃない。
世界、全て―――この二つの言葉は【個】がなければ構築されない、という意味だってあるはずだ。

「―――――全然わかってないよ」

世界という全てが見捨てても、その世界に住む個が必要としているのならば、
「やっぱりアリサちゃんは、全然わかってない」
それはまだ、不必要という意味にならない。
「さっきもそうだけど、アリサちゃんって自分の事は全然わかってないよね?」
なのはは苦笑を浮かべる。
「わかって、ない?」
「うん、全然わかってない―――アリサちゃんの言いたい事はわかったよ。でも、言いたい事がわかっただけで、そうなんだって理解はしない」
苦笑を浮かべながらも、瞳は笑ってはいない。
「アリサちゃんは自分で考えて自分だけで終わらせてるだけ……それじゃ、他の人の事なんて要らないって言ってる事と同じだよ」
「――――ッ!?」
「そんな風に思ってたら、きっとすずかちゃんの事だって全然わかってないんだよね?」
なのはは言う。
「ずっと見てたって言ってた時は凄いと思った。皆の事、良く見てるんだなって思って本当に凄いと思った―――――でも、見てるだけだったんだよね、それじゃ」
見ている、見ているだけ、それでは知っているとは言わない。
「アリサちゃんは皆の事をずっと見てた。でも、見てるだけだった。だから知らない。自分がどう思われているかも知らない。何にも知らない……アリサちゃんは、結局何にも知らないだけなんだよ」
どうして、どうしてここまで言われなければいけないのだろう。
どうして、こんな自分と同じ様な子に、こんな事を言われなければいけないのだろう。
「アンタに、私の何が分かるって言うのよ!!」
「全然わからないよ」
あっさりと否定した。
「だって、アリサちゃんとお話した事はなかったからね。私も、私達もアリサちゃんの事を見ているだけだった。色々と助けて貰ったけど、それだけで良い人だって決めつけるのもおかしかったんだ……決めつけちゃ、いけなかった」
見ているだけでは足りない。
行動している姿を見ているだけで、他人を評価する事はできない。
勿論、話すだけで分かると言うわけでもない。
人は嘘を吐く。それを本当か嘘かを判別するのは難しいだろう。だから本当に意味で他人を理解するのは難しい。
それでも、
「だから知りたいんだ。アリサちゃんの事を」
諦めて良い、今知っている事だけで良い、というわけにはならない。
「私の事だって知って欲しいし、すずかちゃんの事も知って欲しい」
なのはは自分の胸に手を当て、それからアリサの胸に手を当てる。
自分の心の音を聞き、アリサの心の音を聞く様に。
「少しだけアリサちゃんの事を知る事ができたけど、きっと足りないかな……」
アリサの胸に当てた手を放し、アリサに差し出す様に止める。
「私は、アリサちゃんと友達になりたい」
衝撃が走った。
身体中に電気が奔った様な気分だった。
それは、その言葉は、
「私、と?」
欲しかった言葉だった。
心の底から欲しかった言葉だった。
「私、なんかと?」
「アリサちゃんとだよ。アリサちゃんと仲良くしたいから、良く知りたいから、友達になりたいんだ」
でも、いいのだろうか。
これでは自分は何もしていない。
何もせず、受け入れるだけしかできない。
拒否する事でも出来るだろう。だが、それでは何も変わらない。
なら、どうする。
「…………どうして、良く知らない相手にそんな事を言えるの?」
「知りたいから、かな……アリサちゃんの事をもっと知りたいから。犬が大好きで、犬にも好かれるアリサちゃん。タマネギが嫌いなのにそれを隠しているアリサちゃん。誰かが困っていたら助けてくれるアリサちゃん……そして、本当はすごく臆病なアリサちゃん。私が知っているはこれだけだから。アリサちゃんを見て、話を聞いて、わかったつもりになったのは、これだけ」
人は欲深き生き物だと言うのなら、
「もっと知りたい」
今はそれでも良い。
それで止まる者など、進む権利は無い。

「だから、私と友達になって欲しいの……私と、すずかちゃんと」

汝、孤高で在れ。
汝、孤独で在れ。
父の言葉が蘇る。
この言葉を意味は本当に意味はわからない。だが、今の段階で知っている事は、自分がこの手を振り払う事が必要だという事だけ。
だが、いいのだろうか。
本当にこの手を振り払ってもいいのだろうか。
孤高であり、孤独である必要があるのなら、これは邪魔でしかない。
邪魔でしか、ないはずなのに。

「か、考えさせて……」

こう答えるのがやっとだった。






忍が事故にあったという知らせを受けた時、すずかは図書館にいた。
毎日たくさんの本を読む彼女は、良く学校の帰りに図書館に寄っていた。最近はなのはと一緒に帰る時が多かったので、最近はあまり着ていなかったが、今日はなのはが用事があるらしいので家に帰る前に図書館に寄る事にした。
そして、知らせを受けた。
すずかは急いで図書館を出て、タクシーに乗って忍が運ばれた病院へ向かう。メイドの話を聞く限り、目立った外傷もなく、気を失っているだけらしいが、それでも心配にはなる。家族なのだ、当然の事だ。
タクシーの後部座席ですずかは両手を握って祈る様に額に手を当てる。確かに外傷ないので心配はないが、精密検査で何か問題があるかもしれない。姉には健康で元気なまま自分の元へと帰ってきてほしいという願いでいっぱいだった。
一般道であるがゆえにタクシーの速度は平均並だ。だが、遅いと感じる。普段なら気にならないのに、今だけは歩いた方は早いのではないかと思うほどだ。
そして、タクシーの窓からふと外を見る。
夕方という事で帰路を歩く学生やサラリーマン。買い物帰りの主婦に道草をくっているすずかと同じ年の子供達。
誰もタクシーなど見ていない。道路を走る車なんて見てる者はいるはずがない。だというのに、何故か視線を感じた。
タクシーが横断歩道の前で止まった。
その時、一瞬だったが確かに感じた。
すずかの眼と、誰かの眼が交差する。
誰かは歩道から見ていた。
すずかの乗ったタクシーをじっと見ていた。
ボロボロとコートを纏った誰かの背は低く、子供の様だった。そんな子供の姿を周りは奇異の眼で見ている。そして、通り過ぎてればすぐに興味を失う。
そして笑っていた。
銀色の――まるで一本一本が刃の様に尖った歯を見せ、笑っていた。
「――――――ッ!?」
本能的に眼を反らした。見てはいけないものを見た、見てしまったような恐怖。歯の全てが刃という奇妙奇天烈な人間なんているはずがない。例え、それが人妖だとしてもいるはずがない。いたとしたら、異常な姿だ。
すずかは眼を反らしたが、視界に入れていないという事が逆に恐ろしく感じた。ゆっくり、恐る恐る視線を戻す。

そこには誰もいなかった。

安堵の息が漏れると共にタクシーが発進する。
今のは何だったのだろうか、幻の類なのだろうか、頭の中で整理するのに時間がかかりそうになる。そして、こんな幻が見えるのはきっと姉の事が心配しすぎた結果なのだろうと考えを完結させる。
早く病院に行って姉の元気な姿を見よう―――そうすずかは心に決めた。
タクシーの窓から忍の運ばれた病院が見える。
病院の前に小さな公園があった。
公園のベンチに二人の子供がいた。
「あれ?」
二人とも知っている。一人は友達のなのは。もう一人はクラスメイトのアリサ。どうしてあの二人が一緒にいるのだろうと首を傾げる。
「もうすぐ着きますよ」
運転手の声にすずかは窓から視線を外して、わかりましたと声に出す――否、出そうとした。

【―――――グィガガィィ】

ドンッという衝撃。
運転手の驚愕の声。
ボンネットの上に立つ、先程見えた幻。
刃の様な歯が見える程、歪んだ笑みを作る。
腕を振り上げると、その手には無数の刃が生えている。
その腕を―――叩きこんだ。
「ぎぃあッ……」
運転手の声と共に、その身体に腕が突き刺さる。突き刺さり、貫通し、シートすら突き抜ける。
「―――――――ッ」
声にならない悲鳴。
運転手は一撃で命を奪われ、運転する者を奪われたタクシーは蛇行運転を繰り返し、電柱に激突した。
動物的反応か、人間的反応か、どちらにせよ命の危機に出会ったすずかは本能的に身体の中のリミッターを解除した。後部座席のドアを蹴り破り、車が激突する瞬間に外へとダイブする。
アクション映画ばりのスタントを行ったすずかは地面を転がり、後に続くのはタクシーが壊れた音。

そして、地面に刺さる刃の音。

【ギィィィィギギギィィィ】
刃と刃が擦れる音が響き、視線を上げる。
そこには少女がいた。
少女だと思える何かがいた。
全身から無数の刃を生やし、眼からも口からも耳からも、全てから刃を生やしたソレは人間でも人妖でもない。
完全な、化物だった。
【ギギギィィィィギィギィ】
何を言っているかは分からないが、この化物は確実にすずかを見ていた。そして、嗤っている。刃で出来た歯の隙間から、金おろしの様な舌を伸ばし、自身の頬を撫でる。それだけで人間の肌だった部分は削り取られ、肌の下に隠されたピンク色の肉が見えた。
「―――ぅううッ!!」
悲鳴よりも吐き気が襲いかかる。
化物の肌の下には確かに肉があった。だが、その肉の下から刃がじゅぶじゅぶと音を立てて捲り上がり、肉を斬り裂き血管を断裂し皮膚を作り替える。
肌の一部が刃となった。
人の肉が刃となり、人の肌が刃となる。
それが変貌の開始だった。
最早、すずかは言葉を発せる事が出来ない。

刃が人を食っている。

人の形を刃が崩し、人の細胞を刃が奪い、人の進化の果てを刃と化す。
いや、それは進化などではない。むしろ、刃が元の姿に戻るろうとしている様に見えた。
人から刃に帰る。
人は元は刃だった。
時間が経つと共に、刃は人に化けた。
そして今、人は刃へと帰還する。



「――――メタモルフォーゼ」
医者は双眼鏡を目に当てながら、そう答えた。
「ドミニオンが作りだしたのは、人妖の力を一時的に上げる力だ。でも、それでは不完全だったんだ。僕達の国の研究では、人妖という存在は病気によって誕生した種族ではなく、【進化した形】だと想われている」
「進化?あれが、進化だというのか?」
下手人はスナイパーライフルを構えながら、信じられないと口を挟む。
「あれが人間の進化の果てだと言うのか?」
「う~ん、多分違うね。僕の考えを口にするなら、あれは進化の果てではなく【退化】なのかもしれないね」
「それも奇妙な話だな」
医者は言う。
人妖とは進化した人間ではない。人間が昔に戻ろうとして失敗したのが、人妖なのではないかと。
例えば人間は猿から進化した。猿も同じ様に元があり、その元も当然存在する。そして人妖とは元に戻ろうとする身体の行動。いわば、人間が猿に戻ろうとしている行動と同じだと言う。
「――――まさか、あの実験体の元はアレだと言いたいのか?」
「僕はそう考えるよ。ちょっとファンタジーな話になるけど、人妖の祖先はああいう人ではない存在だったかもしれない。だが、時が経つにつれて彼等は世界に適応していった。人が多ければ人の形に進化する。ほら、元は水中生物だったものが進化して陸上生物に変わった様なものさ」
「化物が俺達の祖先、というわけか」
嫌な話だ、と下手人は苦笑する。
「まぁ、あれだね。人魚姫が人間のままハッピーエンドで終わった場合。その子孫は人魚の遺伝子を持っていた、という事になるだろうしね―――そして、あの薬はそれを加速的に退化させる薬なんだよ」
進化する薬ではなく、退化させる薬。
人であった名残を根こそぎ奪いさり、怪物が怪物としての本来の姿を取り戻させる。
「この国の言葉を借りるなら、先祖返りってやつさ」
「所詮、化物は化物という事か……だが、あれは予想よりもかなり早い退化だな」
「そうだね。こればっかりは予想外だね。これじゃとてもじゃないが運用は出来そうになる。なにせ、あんな風に自我を失ってしまうほどの代物だ」
「失敗作というわけか」
「エジソンを習うなら、失敗は成功の母という話だよ」
レンズの向こうに写る姿は、最早、完全な化物だった。
少女の形をしていた刃は、その形を崩している。
現在の姿は刃で構築された獣。
衣服は破り捨てられ、刃となった肌が見える。一枚一枚が鋭い刃。振れただけで全てを切り裂き、一切の干渉を否定する盾と化している。
そして何より、骨格自体が変貌していた。
人の骨格は崩れ、二足歩行である身体を四足歩行に変化させている。それに加え、背中には刃で出来た背ビレが生え、その先に連結刀の様な尻尾が存在している。
怪物、その一言だった。
「流石にこれは効き過ぎというか、思った以上に力が強すぎたみたいだね」
「あれでは実戦では役にたたんぞ。自我どころか命令すら忘れた、ただ殺すだけに特化した生物兵器なんて使えない」
「同感だ……まったく、だからこの国から盗んだ薬で作りより、最初から僕達で作った方がよっぽどマシな物になるのに……」
まるで他人事だった。
レンズの向こうで刃の怪物によって殺されそうになっている少女がいても、二人の男はそれにはまったく感心を示さない。
「まぁ、いいさ」
「そうだね。いざとなったら廃棄処分にするだけだしね」
彼等の手によって怪物にされた少女は死んだ。あの場にいるのは少女の殻を斬り裂いて生れた刃の怪物。
その中にある意思は一つだけ。
斬り殺す。
目の前のアレを斬り殺す。
それだけしか存在していない。
医者と下手人は一つだけ勘違いしていた。
確かに今の怪物に自我は無い。だが、予め植え付けれていた記憶と命令だけはしっかりと残っている。本能と命令の二つアレを動かす衝動。そしてそれを完結させる獲物が目の前にいる。
恐らく、怪物が獲物を殺した瞬間―――怪物は本当の怪物に変わるだろう。
眼に映る全てを切り裂く、斬り殺す。
それだけが唯一の本能であり、存在理由。
哀れな少女は、完全に死んでいた。
名も消され、記憶も消され、残った自我すら消され、存在を自身の祖先によって消された。
既に少女という存在は消えた。
そこにあるべき怪物の名は一つ。
刃という怪物。
怪物という獣。


そして、この国に遥か太古に存在していた怪物の名を―――【胴切】と申す。




あとがき
うん、前後篇で終わりませんでした。そして、人妖先生が出ていない。
そんなわけで暗殺者の少女の先祖は【胴切】になりました。アイディアをくださった【ふぬぬ様】ありがとうございました。
そして、アリサパパの登場。ものすっごい人外キャラになりました。個人的なイメージではポルフェニカに出てくるレオンというキャラですね。
大体な設定は人物設定にて。
次回こそ、アリサお嬢様編の終了です。
そして、ちょっと間話を挟みますよ。


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