――――退屈なとき、異なる世界の話をしよう。
我々とは森羅万象の法則が異なる世界、違う者達が生きる世界の話を。
昔々、あるところに一人のエルフが居ました。
栗色の髪に薄黒い肌を持ったエルフはその外見の為に仲間達から除け者にされていました。
何も悪い事をしていないのに嫌われました。
少し肌の色と力が異質なだけで嫌われました。
だからエルフは良い事をしようとしました。
良い事をすれば、きっとみんなが自分を仲間だと認めてくれると信じ、良い事をしました。ただ、一つだけ問題だったのはエルフは何が良い事を知らなかったのです。良い事とは何だと仲間に聞いても答えてはくれません。何をすれば自分はみんなの仲間になれるのか聞いてもエルフの言葉に耳を貸してくれる者は一人も居ませんでした。
エルフは考えました。
考えて考えて―――想い付いたのです。
そうだ、仲間が教えてくれないのならば、外に出よう。森の外に出れば自分達とは違う種族がいる。沢山の種族、沢山の人、多くの人に良い事とは何か、良くない事とは何かを聞いて回れば、きっとみんなが喜ぶ良い事が出来るに違いない。
エルフは住んでいた森を出ました。
それを見ていた仲間のエルフ達は口々にこう言いました。
【ダークエルフ】が出て行った。
【ダークエルフ】が出て行ったのは良い事だ。
【ダークエルフ】が出て行ったおかげで森は平和になった。
【ダークエルフ】が出て行ってくれたからもう安心だ。
勿論、【ダークエルフ】という種族は存在しません。エルフはエルフ。唯一存在する別のエルフは半分エルフで半分人の【ハーフエルフ】だけ。ですが、みんなは肌の黒いエルフを【ダークエルフ】と言います。
ただ、肌が黒いだけ。
ただ、髪が栗色なだけ。
ただ、森の誰よりも力を持っているだけ。
森を出たエルフはそんな仲間達の言葉が聞こえなかったのか、歌を奏でて歩きます。
音は世界に染みわたり、夜の闇すら明るく照らすのです。聞いた者を虜にさせる人魚の歌声の様に、エルフの歩く場所、歌う場所にはたくさんの光が集まるのです。
歌、歌。
光、光。
歩いて、歩いて。
並んで、並んで。
エルフは歌って歩くのです。
その背後に【桜色】の光を従えながら――――
――――退屈なとき、そして新たなる出会いの物語の為に、異なる世界の話をしよう。
我々とは森羅万象の法則が異なる世界、違う者達が生きる世界の話を。
母が死んだのは、今から五年前。
優しい母だった。
怒ると怖かったが、それでも優しい母だった。
自分は母との血の繋がりはないが、母は自分を本当の子供の様に育て、愛してくれた。自分も母を本当の母親の様に愛し、ずっと一緒にいたいと心の底から願っていた―――けれども、それは無理だった。
母が身体を壊したのは七年前。
以前から長くは生きられない様な事を言っていたが、幼い自分はそんなのは嘘だと、一切信じる事をしなかった。ずっと母と一緒に居られる。母だけじゃない。母の周りにいる人々と永遠とは言わないが、十年、何十年も一緒に居られると願っていた。
しかし、母は死んだ。
七年前、母はずっとベッドの上で過ごす様になった。その時点で医者からは後一年生きられれば良い方だと言っていた。周りは自分にそれを聞かせない様にしていたが、自分でも何となくはわかっていた。
母は長く生きられない。
一年もしたら死んでしまうかもしれない。
そんなのは嫌だと泣いてみたが、自分の涙で何かが変わるはずがないと気づいたのは、丸一日泣いてから。そこからはどういう顔で母と会えばいいかわからなかった。母の前では元気な顔で、笑った顔でいようと心に決めたが、いざ母と顔を合わせれば顔は酷い位に歪んでしまった。
涙が止まらない。
息が苦しい。
母を抱きしめ、抱きしめ返され、死なないで欲しいと懇願した。ずっと一緒にいて欲しいと願った。自分が如何に泣き虫で弱虫なのか思い知った。母は自分にとって大切な存在だから、自分が自分として良いと教えてくれた人だから、どんな事があっても自分を助けてくれると言ってくれた人だから。
神様に願った。
大好きな母を連れて行かないで願った。
自分から奪わないで欲しいと願った。
だが、神様は何も言ってはくれない。空の上から地上を見下ろし、自分の願いを聞いて「だから?」と言っているに違い無いと怒りもした。神様なんて信じない。自分の願いを聞き届けてくれない神様なんて死んでしまえ。死なないなら自分が殺してやる―――そう思った時、自分が憐れに思えた。
なんだ、自分は何も変わってないじゃないか。
あの時と同じ、新しい人生を始める前となんら変わらない醜い子供。気に入らない事があれば泣き叫んで殺す愚かな道化。
だったら、自分はどうすればいいのだろうか。
どうすれば母は死なないのだろうか。
どうすれば、どうすれば、どうすれば――――そんな事を考えている間に一年が経った。
母は、生きていた。
母は生きようとしていた。
日に日にやつれて弱ってはいるが、懸命に生きようとしていた。そんな母を見て、自分に何が出来るか考えた。母の為に何が出来るのかを考えて、幼い頭の悪い思考を何度も何度も繰り返し、ある事を思いついた。
自分はハーフエルフの執事に尋ねた。
お屋敷の仕事をさせて欲しい、と。
ハーフエルフの執事はどうしてか、と尋ねた。
自分は、母を安心させたいからと言った。
自分は泣き虫で弱虫だ。そんな自分はきっと母に心配をかけているのだろう。自分がこんなままならきっと母は自分の事を心配し過ぎて楽になれないし、死んでも幽霊になってしまうかもしれない。
この時点で、漸く自分は受け入れた。
母は、死ぬ。
死んで欲しくないが、死ぬのだ。
神様は奇跡を起こしてはくれないし、奇跡は万人に訪れる者でもない。母だってそれを知っているし、自分もそれに気づいた。こんな自分を酷いとか非道とか思う事はあったけれど、母の行く末に抗ってどうにかなるものではない。自分は医者でも神様でもない。当然、英雄でもない。
だったら、自分が出来る事は一つだけ。
母の前で笑える様になる為に、母が安心して天国に行けるように、自分が娘で良かったと思えるように、自分が出来る事を精一杯やろう。
それから一年、自分は頑張った。
失敗は何度もした。母の様に器用に仕事をこなす事はまったく出来なかったが、自分が出来る事を精一杯しようと頑張った。お屋敷の仕事が終われば母に会いに行き、今日は失敗した。昨日も失敗した。だけど、明日はきっと上手くやれるに違いないと根拠もない自信を見せた。
母はそんな自分に決まって言う。なら、明日はきっといい知らせが聞けそうね、と。
これの繰り返し。
失敗して、明日は上手くやれると言って母にそう言われる毎日。時々、本当に上手くいった時は恥ずかしくて母に言う事が出来なくて、また同じ事を口にする。
失敗と成功を繰り返し、一年はあっという間に過ぎた。
「強くなりなさい」
母は言った。
「誰よりも強くならなくても良い。英雄になれとも言わない。だけど、誰かを助けられるくらいに強くなりなさい」
あの人と同じ言葉。
鬼と同じ言葉。
「いきなり沢山の人を助けろとは言わないけど、そうね……一人ずつでいいわ。ゆっくりでいいから、今まで助けてもらった分を他の人に与えてあげなさい」
握った母の手に力は無い。
自分はぎゅっと母の手を握り、約束すると頷いた。
それを見た母は心の底から安堵した顔をして、笑った。
「頑張りなさい、そして、幸せになりなさい―――イチナ」
優しく頭を撫でながら、
母―――コゼット・レングランスは永遠の眠りについた。
瞳を涙で濡らしながら、眼を覚ました。
「……夢、だよね」
身体を起こし、大きく背伸びをする。どのくらい眠っていたかは知らないが、妙に身体が痛い。寝過ぎたせいか、それとも慣れない仕事の手伝いをしたせいかもしれないが、普段あまり感じない痛みに顔を顰める。
関節を鳴らしながら、半分寝ぼけた頭のまま立ち上がる。
立ち上がり、首を傾げた。
「森?なんで森?」
見渡せば森の中。
確か、自分が居た場所は古い遺跡だったはず。周りは砂漠で草木が一本も生えてない辺境の地だったのだが、此処はその逆。自然に囲まれた見事な緑一面。久しぶりに嗅いだ草の匂いに若干不快感を覚えるが、すぐに良い匂いだと思えるようになった。
「寝ぼけて砂漠越えをした……わけないよね?」
寝相も寝起きも悪い事は自負しているが、そこまでびっくりな人間になった覚えはない。そもそも、遺跡から自然の木々がある場所まで歩いて三日はかかるのだ。一晩で寝ぼけて砂漠越えなど全力で走っても転がっても無理だ。
「―――――あ、」
そこで漸く意識が正常になる。
思い出した。
自分は確か、留年回避の為に遺跡の発掘作業の手伝いをさせられ、砂漠の遺跡を訪れていた。
「えっと、発掘作業は三日目くらい、だったかな。トラップ解除しながら先に進んで、墓荒し対策のゴーレムと戦闘になって……それから、どうなったんだっけ?」
ゴーレムは大した事はなかったが、数が多かった。一緒に居たスクライアとかいう人々と協力しながらゴーレムを倒し、先に進んだ先は広い空間があった気がする。大きな空間で、軽い寒気を感じる奇妙な場所だった事は覚えている。
「そうそう、そこで紅い宝石を見つけたんだ」
空間の中央、台座の様な場所に置かれた手の平程の大きさの宝石。その宝石をリーダーである少年、ユーノ・スクライアが調べている間に自分は周囲の警戒をしていた。ゴーレムは居なかったはず。トラップらしきものもなかった。
「そこから先は――――う~ん、覚えてない」
何か白い光があった気はするが、詳細には覚えていない。
ともかく、紅い宝石を調べている間に何かがあり、自分は此処にいるという事になる。此処に来るまでの間に何があったかは不明だが、とりあえず辺りを散策する事から始めるべきだろう。もしかしたら、自分以外の人もいるかもしれない。
身体の痛みは多少あるが、動けない程ではない。移動している内に痛みも消えるだろうと楽観的な考えを抱きながら、移動を開始する。
移動しながら自分の持ち物を確認。と言っても、実際に自分は殆ど手ぶらに等しい状態で遺跡に入ったので特に荷物らしい荷物はない。唯一の荷物と言えば、腰に巻いたベルトに吊るされた【顔の無い面】だけ。これさえあれば何とかなるだとうと思っていたが、今はこれを使用する機会があるとは思えない。どっちかと言えば、通信機の一つでも持っておくべきだったと軽く後悔する。
「さてさて、何が出るのかな……」
森は直ぐに開けた。
「うにゃぁぁあああああああああああああああッ!?」
『オイ、逃げんなクソガキ!!戦え、戦って勝ちやがれッ!!』
【UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!】
視界に写った光景は単純。
まず栗色の髪の少女が走っている。
黒いスライムの様な怪物が追っている。
「…………」
何がどうなってこうなっているかは知らないが、
「今、助けるッ!!」
一瞬の迷いもなく、
弾丸の如く―――イチナ・L・ガープリングは疾走する。
――――退屈な時間が終わり、二つの世界が交わる時、物語は始まる
次回『Encounter』
あとがき
ども、散々雨です。
かなり短いですが、弾丸執事編開始です。
主役は全員、メインはイチナ、九鬼、なのは。
どんどんキャラが増えてきて動かすのが大変そうですが、何とかやっていこうと思います。
では、第一話でお会いしましょう。