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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/02 23:56
始まりがあれば終わりがある。
終わりがなければ、物語は永久に続き続ける。結末がなければエンディングもスッタフロールも流れない。それは人生では当たり前であり、当たり前な程苦しくて、苦しくて狂いそうになる。
狂いそうだからこそ、当たり前を受け入れない者がいるのは、必然だろう。誰しもが他人と同じにはなれないのだから。
そうした狂っている、狂った人生を送り続ける限り、終わりを望まなければ救われない。救いが欲しいと願い、終わりこそが救いだと信じる事しか出来ない怪物にとって、終わりこそが救いだった。
終わらせたい。
終わりたくないけど、終わりが必要だ。
幸福だったから、許せない。
幸福だったから、憤怒する。
幸福だったから、呪う。
自分が許せず、憤怒し、呪う。
自らを。
怪物を。
リィナ・フォン・エアハルトというフランケンシュタインの怪物を。
「バイバイ、美羽ちゃん」
こうして物語は終わる。
幸福を知った怪物が幸福を投げ出し、幸福から背を向けて死へと向かう。
だが、怪物は―――彼女は、わかっていなかった。
彼女は自身を怪物だというように、
彼女を絶対に怪物だと言わない者達がいて、
彼女を絶対に怪物のまま終わらせないという願いがあって、

それらが合わされば、陳腐な結末を生み出すのだと、彼女は知らない。

今宵、物語は終わる。
最後に怪物の心臓に止めを刺すのは、何者か。
それを怪物は、知らない。








非日常な戦いから二日も経てば、海淵学園の面々は通常通りの日常に回帰する。
真夏の炎天下、太陽に攻撃されながらもグラウンドを走る昴の息は荒く、身体中から滝の様に汗が流れている。走り込みを初めて一時間。一定のペースでずっと走り続け、ペースは一向に落ちる気配がない。
「ほんと、体力馬鹿よね」
走る昴を見ながら、ティアナは木陰の下でかき氷を口にする。口に入れた瞬間に広がる甘みと、氷の冷たさは夏のお供として十分すぎる。こんな至福の瞬間があるのに、クソ暑い太陽の真下で走っている昴の気がしれない。
「というか、なんでアイツはあんなに元気なのかしら?」
まさに体力馬鹿だ。部活をやっているとかやっていないとかじゃない。午前中は補習で教室に缶詰になり、それが終われば生徒会の雑務。他にも色々とやってはいたが、全てが重労働以外の何物でもない。それらを全てこなした後にこの走り込みだ。素直に感心するが、マネはしたくない。
一心不乱に走り続ける昴を見つめるティアナの横に、すっと腰を下ろす誰か。
「……暑くないんですか、その恰好」
「慣れればそうでもないわね」
隣に暑苦しい格好をしている相手がいると、心なしか先程までの快適な気分が消えてしまうような気になる。その元凶である銀河は、何時もと変わらず白ラン姿で、自殺志望者なのかと疑いたくなる事に熱々のお茶を手に持っていた。
妹が妹なら、姉も姉。
「お宅の妹さん、元気すぎですよ」
「それだけが取り柄だからね、あの子は。それに、あれはあの子なりの日常に帰る為の儀式みたいなものだからね」
二日前の戦い。
怪物との戦い。
あれは学生が関わって良い事件では決してない。だが、現に自分達は関わってしまった。色々な理由と思惑があり、気づけば事件の中心人物であるリィナの救出にまで首を突っ込む始末。学生の夏休みの体験としては、大量のおつりが来ても問題ない出来事だろうとティアナは思う。
「銀河さん、一つ聞いて良いですか?」
「何かしら?」
聞いておきたい事―――というよりは、聞かなければならない事だ。
「銀河さんは、あの子の事をどこまで知っていたんですか?」
「リィナの事?勿論、何も知らなかったわよ」
「本当に?」
「えぇ、本当に」
嘘は言っていない。言っている様には見えないのはティアナにもわかる。だが、言っている様に見える事が、信じられない要因としてある。この生徒会長は普通じゃない。戦闘能力とか、そういう眼に見えるモノではなく、眼に見えないモノこそが怪しく、危険で、そして異質。
「この機会だから言っておきますけど……この学校、普通じゃないですよね」
「何を今更。此処は街の中でも屈指の不良高校。まともな人なんて数えるくらいにしかいないわ」
「まともな人、まともじゃない人がいるのは知っていますよ。でもね、銀河さん。私が何よりも怖いのは、その中に【異質】な人が紛れ込んでいるって事ですよ」
「……と、言うと?」
わかっている癖に白々しい。
「言ってほしいですか?」
「えぇ、言ってほしいわね。何事も言葉にしないと始まらないわ」
銀河の笑みは―――胡散臭い。
なら、口にしてやろう。言葉にしてやろう。
「私のクラスにいる佐々木、まずアイツはまともな奴じゃないですね。やってる事は変態ですが、変態という役を演じている様にしか見えない。あんな普通に変態な奴なんているわけないじゃないですか」
「それは個性の否定よ」
「個性じゃない個性を否定しても、何の問題もありませんよ。アイツ、時々ですけど私達を変な眼で見るんですよ。変質者の眼じゃなくて、観察者の眼って言うんですかね……ともかく、アイツは私達を実験動物みたいな眼で見る時があるんですよ」
「……気のせいじゃないの?彼、変態だから」
「彼を庇うんですか?」
まさか、と銀河は苦笑する。別に自分は彼を庇う意味など無いし、精々生徒会長として、生徒の個性を守ろうとしているだけに過ぎない―――なんて心にもない事を口にしている銀河こそが、ティアナにとって一番の異質だ。
佐々木が自分達を実験動物の様に見ていると言うのならば、銀河は自分達を【物】としか見てない。どの様な物かは未だに理解は出来ないが、一番当たり障りない物に例えるならば、銀河は自分達を【サンドバック】に見えるのかもしれない。
自身の力を高める為の道具。
殴り蹴られ、絶対に自分に反抗される事が無いと確信している事実。そして力を示してそれを皆に守るように押し付ける様な感じは、ずっと感じていた違和感だ。唯一の例外と言えば、昴だけだろう。
家族だから、なのか。
家族以外の何かだから、なのか。
ティアナにはわからないが、昴と銀河にはそういった家族としてどこか歪なモノを感じる。無論、自分が正しい家族の形を知らないだけからなのかもしれないが、決して的外れだとは思っていない。
中島銀河は、何かを秘めている。
秘めているからこそ、昴との間に溝を生じている。
その溝は昴にとって別の意味を生み出し、それぞれが生み出した溝のせいで互いは離れている。仲の良い姉妹に見える癖に、誰よりも離れている姉妹。
原因は全て銀河にある。
「ティアナは、私の事が嫌いなのね。私、アナタに嫌われる様な事、したかしら?」
「別に嫌いじゃないですよ―――怖いだけです」
正直な言葉だ。
「アナタは怖い。笑っているのに笑っていない。怒っているのに怒っていない。悲しんでいるのに悲しんでいない……全部が嘘偽りにしか見えない」
しかし、底が知れないという意味では決して無い。
「銀河さんの本当の顔が見えるからこそ、私は怖い」
「本当の顔……へぇ、それってどんな顔かしら?」
冗談交じりに、おどける様な顔をしている仮面の下には、
「鬼みたいな怖い顔、ですかね」
鬼がいる。
血に飢えた鬼がいる。
生徒会長という、女子学生という、女という顔の下にあるのは、そういった悪鬼羅刹の類だ。それに気づいたのはずっと前。その一度しか見た事は無いが、それで十分だ。それ以降、ティアナは銀河の仮面の下に存在する修羅の存在に恐怖している。
恐怖しているからこそ―――挑める。
「銀河さん、ついでに一つ聞いておきたい事があります」
「どうぞ」

「――――ヴィクターって男は、何処に行ったんですか?」

この質問は目の前にいる銀河の、仮面の下の修羅に尋ねている。
「どうして私がそれを知っていると思うの?」
「勘ですよ、勘。私の勘って結構当たるんですよ」
ヴィクター・フランケンシュタインこと、ヴィクター・フォン・エアハルトがどうなったのかは、誰も知らない。
ティアナはあくまで後になって聞いただけだが、スノゥと美羽、そして銀河が彼を見つけた時、彼はもう戦う気力を失った廃人と化していた。理由はわからないが、余程の絶望を味わったのではないかとスノゥは言っていた。自分が囲まれている事にも気づかず、自分が負けている事にすら興味を示さず、黙々と譫言の様に何かを呟いていた。
その時点で戦いは終わっていた。
怪物は一体残らず駆逐され、怪物達は海鳴の街から姿を消した。後始末はティーダが月村に頼み、この事件は秘密裏に隠蔽される流れとなったらしいが、その辺も学生であるティアナの知るべき場所ではない。
怪物の事件は闇の中に消え、自分達はリィナの救出に成功したと言えるだろう。
「ヴィクターは月村に引き渡された。私はそう聞いていますけど、実際はどうなんですかね?」
「おかしな事を言うのね。アナタは今、彼は消えたと言ったじゃない。つまり、消えたって事でしょう?逃げたのか、消されたのかは知らないけどね」
そう、知っている。
月村に引き渡された件はティーダから聞いているし、ティーダが過去、そういった仕事をしていた事も知っている。別に気になって聞いたわけじゃないが、ティーダが何気ない感じでティアナに教えたのだ。
本当に何気なかったのか、それとも何らかの理由があったのかはわからないが、あまり自分にそういった事を教えない兄が、自分に教えるという意味は、まさしくそういう意味だ。
知っておけば、意味が生まれる。
死っていれば、その意味から身を守る事が出来る。
事実、ヴィクターは姿を消した。
正確に言えば、胴体を残して、彼は消えた。
彼の本体が首から上、つまり頭部である事はプレシアの話から知る事が出来たが、
「彼は逃げたのか、それとも【逃がされたのか】は、私にはわかりません」
それが問題だ。
彼が送られた場所は月村が管理している施設の一つ。主に街に何らかの危害を加えた外から来た者達を収容する施設らしいが、そこは厳重な警備によって守られ、出る事も入る事も出来ない。現にその日も施設は月村の私兵が警備に当たっていた。数までは不明だが、一介の刑務所並の厳重な警備状態だったと聞いている。

その私兵が【死体すら残らず消えた】。

現場に残されていたのは大量の血と私兵達が装備品、そしてヴィクターの胴体。
「月村の監視下にありながら、彼は消えた。それが出来る者は誰かと考えれば、」
「私になると……それ、少し私を買いかぶりすぎじゃない?」
「別にアナタ一人でやったとは言っていませんよ」
「でも、私がやったとは思っている、と」
「もしくは、関係しているか、ですね」
確信している。
この件に銀河が関わっている。
ティアナが銀河の恐怖を覚えると同時に、ティーダは銀河を危険な存在だと思っている。故に銀河の身近にいるティアナの身をあんじて、彼は自分に情報を与えたとティアナは考えている。
あくまで勘。
あくまで兄に対する盲目的な愛情故に。
「―――――仮にそうだとすると、彼を逃がして私にどんな利益があるのかしら?」
「そんなの知りませんよ。ただ、私はアナタ以外にそんな事をするわけがないと思ってますから……」
そう言ってティアナは立ち上がる。
「銀河さん、これだけは言っておきますよ」
同じ生徒会の仲間として、友人の姉として―――何より、一人の友人として、
「その仮面の下の修羅、どうにかしないと……アナタは昴に嫌われますよ」
捨て台詞を吐き捨て、ティアナは昴のもとへと歩く。その背中を見ながら、温くなったお茶を口に含み―――修羅が、少しだけ顔を出した。
「嫌われる?私が?」
本当におかしな事を言う子だ。
「あの子が、昴が私を嫌っていないわけ、ないじゃない」
その顔は確かに修羅だった。
だが、修羅であるはずなのに、気のせいだろうか。

「私は……あの子に許される姉じゃない。許される家族でもない―――家族ですら、無いんだから……」

修羅であるはずの顔が、どこか悲しげに見えた。




「――――お前にしては、随分な不手際じゃねぇかよ」
『アナタに言われるまでもないわ。あの男の事は全力で捜索中よ……絶対に逃がしはしないわ』
「どうだかな。大方、今頃街の外に出てる可能性の方が高いだろうよ。いや、【運ばれている可能性が高い】って言った方が良いかもな」
学校の屋上。
ティーダは携帯を片手に煙草を吸っている。
電話の向こうには、悔しそうな声を漏らす月村忍の声が響く。
『そうね、その可能性が高いわ』
「まぁ、別にお前のせいってわけじゃ無いだろうよ。相手が誰かは想像はついてるが、お前の私兵程度じゃ相手にならんだろうな、きっと」
『……誰だか知っているみたいね。あの男を逃がした、運びだした者の事を』
紫煙を吐き出し、間を置いてティーダは答える。
「多分、【死神】だろうな」
『死神……』
「二週間くらい前かな、死神と【残飯処理】が街の外で目撃されてるんだわ。何を追っていたかは知らないが、外で結構ドンパチ騒ぎをしてたみたいだぜ?可哀そうに。あんなおっかない連中に追われるなんて、追われてた相手に同情するよ」
死神は殺し屋だと言う者もいれば、亡国に属する始末人と言う者もいるが、実際の正体はわからない。唯一わかる事は、様々な機関にも属さず、様々な機関にも協力するフリーランスの戦闘屋。人か人妖かはわからないが、相手が誰であれ必ず殺すと言われる都市伝説に近い存在。それ故に金さえ積めば死神はどんな組織の依頼にも答える。
『残飯処理も一緒に居たって事は、雇い主は【ドミニオン】ね』
「だな。死神の正体を唯一知っているのは残飯処理だし、死神が唯一殺せないのも残飯処理。そんな残飯処理の首輪を持っているのはドミニオン……思えば、変な話だよな。同じ組織に属しているわけでもないのに、死神と残飯処理はコンビ扱いされてるなんて」
『そうね。でも言い換えればそれは残飯処理がいるから死神がいるとも言えるわ』
「どっちも同じさ。あの二人が居るところ、必ず死人が出る。死神は標的を殺し、残飯処理が余った者を喰らう……今回は死体すら残っていないみたいだが」
『残飯処理が喰ったんでしょうよ』
『なるほどね。要はあれだな、あの二人はきっと花と蜂の関係なんだろうよ、きっと―――おっと、話がずれたな。そういうわけで、俺はあの二人、もしくは片方がヴィクターを運んだと推測してるんだが……」
だとすれば、探すだけ無駄という結論に至る。
死神も残飯処理の後を追うという事は、必然的に死に繋がってしまう。月村の私兵、精鋭が全滅し、運ばれたという時点で詰みだ。
『まったく、なんでアナタが関わると碌な事にならないのかしらね』
「俺のせいにするなよ」
『いいえ、全部アナタのせいよ。私に嫌がらせする事に全力を注いでいるに違いないわ。えぇ、そうよ。絶対にそうに違いないわ』
酷い言われ様だ。
別にティーダは忍に対して個人的な恨みは無い。むしろ、好意を抱いていると言っても良い。ただし、ティーダにとって女性を全て好意抱く存在なので、別段彼女が特別というわけでもない。
『お願いだから、この街に居続けるつもりなら、おとなしくして……ただでさえ、最近は内輪でも色々と問題が起こっているっていうのに』
「内輪?なんだよ、また同族から殺し屋でも送られてきたのか?」
『そっちの方がずっとマシよ』
忍の声から普段にも増して疲労している事が窺える。何時も気丈に振る舞ってはいるが、彼女も一応は女だ。女である以上、ティーダとして力になってやりたい。無論、邪な下心は当然ある。
「俺でよければ相談にのるぜ?」
『アナタに相談した時点で終わりよ……でも、そうね。アナタをこちらに引き込んでおくのも悪くないかも』
これは重傷だ。
普段の彼女なら決して口にしない事を言われて、少しだけ背筋が寒くなってきた。それを証明するように、忍の口から出た言葉はどんでもない厄介事であり、尚且つ海鳴の街に致命的な打撃を与えかねない事象だった。
「――――なるほど、それは厄介だ。正直、聞きたくなかった」
『でしょう?その上で聞くけど、私に協力する気、ある?』
「そうだな――――いいぜ、了解だ。その時になったら呼べ」
煙草を揉み消し、ティーダは電話を切る。
「さて、と……面倒な事が終わった後に、また別の問題か」
空を見上げれば、変わらない太陽の大きさ。自分もあんな風に何があっても変わらない程、大きな存在になりたいものだと本気で考えた。
海鳴を支配する月村とバニングス。
二つの支配者の関係が、次第に歪みを生み出して街全体を呑み込もうとする。
「俺としては、静かに堕落して過ごしたいんだが……まぁ、いいさ」
守るべきモノなど、自分には一つしかない。
ならば、その為に頑張るとしよう。
身を汚してでも守りたいモノがあるのならば、それに答えるのも自分の務めだ。
「お兄ちゃんも大変だよ、マジで」




テスタロッサ家は絶賛改築中。
その為、プレシアとアリシアとペット達は別荘での生活を余儀なくされている。使用頻度は年に一回か二回。利用する度に自宅は半壊していると事態は頭が痛くなる。あまりにも頻繁に壊れる世界か、保険会社のブラックリストに載っているらしい。
そんなわけで仮の自宅として機能する別荘は絶賛清掃中なのだが、
「母さん、お風呂場にゴキブリが……」
「叩いて捨てなさい」
「母さん、寝室の床が抜けた」
「板で塞いでおきなさい」
「母さん――――」
「次は何ッ!?」
久しく使っていないとはいえ、次々と起こる問題にプレシアは等々キレた。
「父さんから電話」
「アナタぁぁぁあああああああああああああああああッ!!」
そして直ぐに黄色い声を上げた。
「……リニス、娘としてああいう母さんが可愛いと思うのは、駄目な事かな?」
アリシアの問いにリニスは興味ないと欠伸で返す。
「何時までも新婚気分なんだよなぁ、母さんは」
正確に言えば、プレシアのみが新婚気分であり、夫は既にその域を出ている。現にアリシアの父は海外に出張中。恐らく、今日も色々と危険な場所で危険な事をしているのだろう。心配ではあるが、あの父がそう簡単に死ぬとは思っていないし、死ぬ可能性があればプレシアの第六感が発動して、飛び出していくだろう。
「案外、その内に二人目の妹が出来るかも」
リニスを撫でながら、それはそれで嬉しいと思うアリシア。
フェイトに続いて二人目の妹。もしくは初めての弟。フェイトは自分と同じ身体を共有しているから出来ない事が色々とある為、触れる存在が居たら良いなと思う事は何度もある。それはアリシアだけの想いではなく、フェイトも同じ想いだという事は知っている。
以前、あの白い空間でそんな話をした時、アリシアとフェイトは妹か弟が出来た時はどんな風に可愛がろうかという話で盛り上がった。
「……フェイトも、他の人達にもあんな風に話してくれたら良いのになぁ」
フェイトにとってこの世で愛すべきは家族のみ。それ以外はどうでも良いという想いが占めている。それではいけないと何度も口が酸っぱくなる程言ってきたが、フェイトは聞く耳を持ってはくれない。というより、聞き流している様にさえ思える。
同じ身体を共有しているから難しい事ではあるが、アリシアとしてはフェイトに同年代の友達が出来れば良いと思っている。ティアナや昴はフェイトの事を友人と思ってはいるが、フェイトからすればアリシアの友人という認識でしかない。その認識をどうにかしようとした事があるが、結局は無駄に終わってしまった。
「リニス、フェイトにはどんな友達が良いと思う?」
猫に聞かれても困ると、リニスは心なしか渋い鳴き声を上げる。
「フェイトは結構ドライな感じだから……そうだね、あの子に冷たくされても一歩も退かない強い子が良いと思うの。それでね、フェイトが私に相談する。あの子がしつこいから困ってるって。私はそれを良い事じゃないって言うと、フェイトが相談する相手を間違えたって言って母さんに相談するの。そしたら母さんも同じことを言って、フェイトが困るわけ」
想像するだけで楽しい。
「その子はフェイトと友達になろうとして頑張るんだけど、フェイトも頑固だから冷たい事しかその子に言わない。でも、その子は強いから諦めない。そうしていく内にフェイトがその子に興味を持って、私にまだ相談するの。あ、でもこの時はきっと相談じゃなくて、愚痴になるのかな……ふふ、その愚痴はきっと聞いてる私からすれば、愚痴じゃなくて惚気みたいな感じになったら良いよねぇ。あの子はしつこいとか、あの子は鬱陶しいとか、あの子は私の都合を考えてくれないとか、そんな風に言いながら、フェイトは笑うの。その子の事を想って笑うの。そしたら私がその子の事を少しだけ悪く言うと、フェイトが庇うの……」
これが想像で無くなれば良い。
フェイトに本当の意味で友達と呼べる存在が出来れば良い。
「そうなったら、今度は私と身体の取り合いになるかも。姉妹喧嘩か……私、一度はやってみたかったんだよね、そういうの」
大切な家族で、大切な妹だからこそ、そういう友達を作って欲しい。
そして、失わないで欲しい。
大切な、失った時に悲しいと想える友達を。絶対に失いたくないと想える友達を。一人でも良い、沢山じゃなくても良い、生涯で唯一言える友達が妹にも出来て欲しい。
「これは、私の我儘かな?」
心の中で、我儘だという声が聞こえる。アリシアはその声に微笑み、外を見る。この別荘からは海が見える。何時だって見える海。外に繋がっていて、絶対に外に出れない海。もしかしたら、彼女がこの海を越えようとしているのかもしれない。
人間でない彼女であるならば、それも可能かもしれない。その気になれば、船乗りの身体を奪って渡る事も出来るだろうが、彼女はそれをしないだろう。
そう信じているし、そう思いたい。

リィナは姿を消した。

あの戦いの後、病院に運ばれたリィナは、翌朝に姿を消した。病院中を探し回り、街中を探し回っても彼女の姿は無かった。だから、きっと彼女はこの街にはいないのかもしれない。そう思った瞬間、心の中に重い何かが積まれた気がした。
大切な友人が一人、自分の近くから消した。
きっと戻ってこないと想えるから悲しくて、少しだけ怒りを感じる。
「ずるいよ……リィナ」
頑張ったから報われて欲しいと思うのは、きっと我儘な想いかもしれない。けれど、そう思いたのは自分の為だけじゃない。誰かの為に報われて欲しいと思っても良いじゃないか。頑張ったのは、あんな目にあっても走り抜けたのは、こんな結末の為じゃない。
「私だって、話したいことが色々とあったのに」
アリシアだけじゃない。皆が彼女に言いたい事があったはずだ。何より、あの小さな先生が伝えたいことがあったはずだ。だというに、彼女は姿を消した。逃げ出した。
ずるい。
酷い。
悲しい。
それ以上に、心配だ。
もう海鳴に居ないかもしれないリィナを想い、こうして外を眺めるだけしか出来ない事が悔しい。
「…………」
悔しいと、思うのならば、
「――――よし、行動しよう」
小さく自分に気合を入れて、父と電話しているプレシアの横を通り過ぎる。
結局、自分はこんな人間なんだろう。心にそんな想いが少しでも残っているのならば、黙って現実を受け入れる気なんて皆無。出来る事はしよう。出来ない事はしない。今はきっと出来るけどしない事をしないようにしたいだけだ。
外は暑い。
当然、夏だから暑い。
心の中でフェイトが溜息を吐いているのがわかる。でも、今回だけは―――いや、今回も付き合ってもらう。どうせ、別荘に居てもゴロゴロするだけの無駄な時間を過ごすだけなら、少しでも意味のある事をしよう。
決着がどうあれ、自分の心に正直になりたいから。
「今日も、暑いなぁ……」
太陽を見上げ、アリシアは走り出す。
意味など無く、これから意味を作る為に。




夏だ。
そう、まだ夏だったんだ。
私はそんな簡単な事も忘れていた。
周りを見れば夏らしい格好をしている人達が沢山いるのに、私だけが長袖を着ている。寒がりでも暑がりでもない、体温というものを失っている私からみれば、そんな事はどうでも良い事だった。周りに合わせて夏らしい格好をしても良いとは思ったが、今更そんな気にはなれなかった。
寒くもない。
暑くもない。
怪物にはそんな概念はない。痛みはあっても、人間らしい四季を感じるような身体ではないのだ、私の身体は。
私、リィナ・フォン・エアハルトこそ、フランケンシュタインの怪物にとって、人様の世界など手を伸ばしても届かない世界でしかないのだから。

歩いて、歩いて、歩いて……

気づけば私は意味もなく海鳴の街を歩いていた。周囲を高い壁に囲まれ、何処に行く事も出来ない閉鎖的な街。閉鎖的にされてしまっている街は、この街の住人にとって狭いのか広いのかはわからない。ずっとこの街に住み続けたいとは思えないが、法律的にも個人的に、外に出る事など不可能だ。
外から入る事は出来ても、中から出る事は出来ない。
そう決められ、入った者はそれを選んだ自業自得の結果。だが、それは身を守る為に絶対的に不可欠な事なのだから、しょうがないと皆が諦めている。
海沿いを歩く。
潮風が髪を撫で、夏でも此処は涼しいと普通の人なら感じるだろう。周りを壁に阻まれているとしても、此処だけは唯一外と繋がっている場所だ。海に飛び込んで、泳いで外にでる事だって可能と言えば可能だ。無論、その後に待っているのか監視艇から銃撃。良くて海自体に殺されるという結末だけだが、年に何度かは無謀にもトライする馬鹿者がいるらしい。
チャレンジ精神があるのは良いが、無駄な事で命を無駄にするなんて馬鹿げているとティアナは言っていた。冷たい回答に昴はもうちょっとオブラートに包めと苦笑し、アリシアは一度やってみたいと馬鹿な事を言ったのを覚えている。そういえば、前に夏休み中に皆で海に行こうと計画した事があった。海の近くに住んでいるのに、海に行こうとは矛盾していないかと言った事があるが、海に行くというのは泳ぎに行くという意味だったらしい。
浜辺には幾つかのビーチパラソルと海水浴を楽しみ人々。実に夏らしいし、実に羨ましい。
「あの水着、結局一度も皆に……」
前の身体のサイズで買った水着は、今の身体にはフィットしない。こんな事になるなんて思ってもみなかったと言えば諦めもつくが、実際は未だに未練はある。皆で選んだ私の水着。大人っぽいとか、子供っぽいとか、水着一つ選ぶのに店を何件も梯子して、終いにはまったく関係ない買い物をしてしまった。それで別の日に買いに行く事になったらなったらで、結末は同じ。
結局、一人で買い物をしている途中に見つけた水着を買った。
皆には当日にお披露目してやろうと思って選んだ水着は、子供っぽい水着になってしまったが、それはそれで満足のいく結果だった。
きっとティアナは子供っぽいと言うに決まっている。昴とアリシアは可愛いと言うかもしれない。
その水着は、もう燃えるゴミの中に放り込まれ、燃やされているだろう。

歩いて、歩いて、歩いて……

海辺を通り過ぎれば、公園があった。海淵公園とは別に、緑豊かな公園では子供達が元気に遊びまわっている。金髪の外人みたいな子がブランコを立ちこぎして飛び降り、ウルトラCを決めている。それを見ていた綺麗な黒髪の子が拍手している。そんな二人を栗色の髪をした子供がベンチに座り、アイスを食べながら笑って見ていた。
そういえば、前に此処で買い物帰りのフェイトとばったり会った事があったなぁ……
その時はフェイトだけじゃなくて、飼い犬のアルフも一緒だった。アルフは私にはちっとも懐いてくれなくて、私が近づくだけでワンワン吠えてた。やっぱり動物は本能的に私がどういう者かわかるのかもしれない。けど、そんな私を不憫に思ったのか、それともアルフが吠えるのを煩いと思ったのか、フェイトはアルフを叱り、私が撫でても吠えてはいけないと言い聞かせて触らせてくれてた。
「気持ち良かったなぁ……」
あの感触は今でも覚えている。生きているモノに触る感触。人間とは違い、サラサラで手触りの良い毛並を撫でて、自然と笑みが零れた。あまりにも気持ちが良すぎて、軽くトリップしてしまって知らない内に私はテスタロッサ家の前まで来ていた。軽くフェイトにさっさと帰れ的な顔をされたので、速攻で帰った。帰ったというか逃亡した。
翌日、その件がフェイトからアリシアに伝わったのだろう、私はそのネタで一日弄られた。弄られた上に、ついでだから帰りはペットショップに行こうなんて話になり、私以上に動物に嫌われているのがティアナだという事がわかり、今度はそれをネタにして笑ってやった。
私とティアナ、二人で動物嫌われコンビの誕生だ。
あのペットショップは、まだあるのかな?

歩いて、歩いて、歩いて……

公園からしばらく歩き、繁華街に出た。
帰り道によく立ち寄った店。アリシアは漫画が好きだから本屋に寄る機会が多かった。好きなマンガがあれば次々と詰んでレジに持っていく。買った後になって今月のお小遣いがピンチだと嘆いていたが、翌日にはそんな事など綺麗さっぱり忘れて同じ行動を繰り返す。
少しは学習すれば良いのにと思ったが、彼女から借りた漫画に私もはまって同じ行動をしてしまったのは、失敗だった。
少し歩けば、今度はアイスクリーム屋があり、此処は昴のお気に入りの店だ。
部活をしている癖にあまり熱心ではなく、サボってはこの店に来る。毎回三段重ねのアイスを三つ頼んで、そんなに食べたら太ると釘を刺して、その分動くから問題ないと口にする。現に彼女は食べてもあまり太らない体質らしく、周りの女子達からすれば敵だ。特に食べるとすぐ体重に響くティアナにとっては彼女は友であり敵だったのだろう。
私にはわからない事だったけど、やっぱり女に生まれて以上は体重というのは永久に戦い続ける敵なのだろう。
更に歩けば、ティアナが此処を通るたびに中を覗いていく男性用服屋がある。この服は兄さんに似合うとか、これは兄さんの見栄えが損なうとか、毎回毎回ティーダ先生に似合いそうな服を探し、良いのがあれば買っていく。その為に彼女は沢山のバイトをしているし、何故か昴もそれに付き合っている。
ちなみにだが、私の知る限り、ティーダ先生がティアナの買った服を着ていた姿を見た事は一度もない。前にその事をティアナに告げると、あれはティーダ先生の私服として使用するのではなく、自分の勘賞用らしい……意味がわからない。
ティアナの想いが届く日が来るのかどうかはわからないけど、多分ありえない事だろう。

歩いて、歩いて、歩いて……もう、嫌になってくる。

足が止まり、天を仰ぐ。
この街には、思い出が多すぎる。楽しかった思い出が、幸福な思い出が、怪物である自分が普通の人間、女子高生だったと勘違いしてしまいそうな、幸福すぎて死にたくなるような歪められた現実が多すぎる。私はそんな現実に居て良い人間じゃない。人間ですらない怪物だ。馬鹿らしい、吐き気がする。怪物がいっちょまえに人間のフリをして、人間らしい幸福を噛みしめるなんて神様だって許してはくれないだろう。
だけど、そんな幸福を私に与えたのも神様だ。神様が私にそんな幸福を、不幸にも与えてくれた―――だとすれば、きっとそれは神様からの嫌がらせだったのかもしれない。お前は人間じゃない。怪物だ。怪物の癖に人間に溶け込んで高校生活を送らせてやろう。
そして、神様はこう私に尋ねる。

どうだ、惨めだろ?―――と。

惨めだった?
冗談じゃない。
最低だ。
こんな気持ちを持つとわかっていたのなら、私は最初から皆と触れ合ってなどいなかった。海淵学園に入っても、誰とも会話なんてしなかった。自分に与えられた仕事をだけをして、怪物らしく人間の心に唾を吐き捨てていれば良かったのだ。
それが出来れば、こんな気持ちにはならなかった。
こんな惨めな気持ちは抱かなかった。
こんな……こんな、悲しい気持ちにはならなかった。
幸福がこんなにも辛いモノだとは思わなかった。コレは麻薬だ。得た瞬間は絶頂していても、切れれば―――失えば最大の苦しみを味わう事になる。叩き落される気分だ。いや、現に私は叩き落された。
痛くて、苦しくて、泣いてしまいそうになる。
私は胸を押さえ、心臓を―――私自身を握り潰してしまいたい衝動に駆られた。
無駄な事だ。
私は、臆病だから。
臆病者には死すらない。死ぬ勇気もありはしない。だから、逃げる。何処に逃げるかはわからないが、逃げる。逃げれば、きっと自分は救われる――――なんて思っていたのは、昨日まで。
「―――私は、死ねるよ」
今は死ねる。
どんな死も受け入れられる。
車に轢かれる死も、屋上から落ちる死も、首を吊って死ぬも、どんな死だって受け入れられる。死は怖くない。怖いのは生きている事だ。存在している事だ。この醜い存在が生きているだけで、何もかもが狂ってしまう。
何かが狂う前に、思い出が汚される前に、終わらせたい。
そうして私は歩き出す。
もう一度、死に場所を求めて歩き出す。
結果、私は歩くだけで自分を苦しめる事になる。
この街は、思い出が多すぎるのだから……


そして、私が最後に訪れたのは、バイト先の小さなバーだった。
時刻は夜の七時。
開店時間まで少し時間があるが、きっと今日は誰もない。私が起こした事件のせいでこの辺りに人は寄り付かなくなったのもあるが、今日はこの店の休店日だ。
人気のない路地を進み、バーの前に立つ。
小さな扉に触れ、学校が終われば此処で働いていた。マスターはちょっと変わった趣味を持っていたが良い人だった。その人にも迷惑をかけたかもしれない。私が死んだ事に悲しんでくれたかもしれない。色々な傷を負わせたかもしれないと思うのは勘違いかもしれないが、そんな風に思ってしまう。
もう、此処に来る事は無い。
扉を撫で、ドアノブに手を当てると―――ドアが開いた。
鍵が開いていた。
どうして開いているのか疑問に思ったが、私は無意識に重い扉を開けた。
開けた先の空間に、灯りが灯っていた。
「――――あ」
誰も居ない筈のバーに、カウンター席に人影。
「随分と遅かったのですね。お寝坊さんですの?」
スノゥ・エルクレイドルが座っていた。
勝手にグラスにウィスキーを注ぎ、カウンター席に座って誰かを待っていた。無論、それはきっと私だろう。本来であれば、私は踵を返して逃げるべきだったのだが、足は自然と中に進み、彼女の隣に座っていた。
「何かお飲みになります?今日は私のおごりですわ」
私はアルコールではなく、ソフトドリンクを手に取ってグラスに注いだ。スノゥがグラスを掲げ、私とグラスが小さな音を奏でる。
私とスノゥの二人だけの店内にジャズがゆったりとしたテンポで流れ出す。この店ではあまり流れない曲だ。きっと彼女の趣味なのかもしれない。
「まったく、アナタには随分と迷惑かけられましたわ」
不意にスノゥが私を見て言った。迷惑だと言いながらも、どこか楽しそうに見えた。
「お相子だよ。アンタと最初に会った時、私はアンタに迷惑をかけられた。だから、お相子さ」
「そうですわね……でも、あれと今回の件を一緒にされると、どう考えても私の労働量の方が多い気がしますわ」
「気のせいさ」
スノゥの飲むペースは速い。元々酒に強かったのか、アルコール度数の高いウィスキーを水みたいに飲んでいく。一本瓶を開ければ、次に手に取ったのはウォッカ。それをあろう事か同じグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
「酒強いんだな」
「伊達に長生きしていませんわ。お酒との付き合いは、他人との付き合いよりも熟知しているつもりですので」
「他人との付き合い、ね。アンタからそんな台詞が聞けるとは思ってもみなかったよ」
この人は自分以外の人間が嫌いなものだと思っていた。私は自分が嫌いで、スノゥは自分以外が嫌い。似ている様で似ていない。でも、同じベクトルを持つ者同士、何となく意気投合が出来た気がした。
「長生きって言ってたけど、アンタって何歳なんだ?もしかして、その見かけで実は五十過ぎとか」
「その倍は生きてますわ。無駄に長く生きて、無駄に生き足掻いている。生きた分だけ失敗して、生きた分だけ失ってきた。長生きするって事はそういう事なんですのよ?」
「長生きするのも大変なんだな」
「そういうアナタは幾つですの?」
「五歳かな」
「お子様ですわね」
「あぁ、お子様さ」
何も知らない子供だけど、正常な子供じゃない。怪物として生まれ、怪物として五年も生きた。色々と学び、色々と取り落としてきた。得ようとしても手に入らず、手に入っても消えていく……違うか。きっと私自身が知ろうとしなかっただけなんだ。
光も、温かさも。
人間らしい部分を全て、諦めてきた。
諦めるしかなかった。
「お子様なら……もう少し頑張って良いのでなくて?」
「……何を、頑張れって言うんだよ、今更」
「今更、ですか。今更という程、アナタは長生きしているわけではないでしょうに……高校生という身分を持っていたとしても、所詮はその半分も生きていない。年相応ではないでしょうけど、もう少し生きてみようと思っても罰は当たりませんわ」
「それこそ冗談だ。なぁ、アンタはわかってるんだろう?全部知った上で、そんな意地の悪い事を言うのなら、アンタって結構悪人なんだな」
魔女ですから、とスノゥは言う。
魔女。確かにアンタは魔女だ。魔法みたいなことをするし、確か空だって飛ぶとかも言ってた気がするから、きっと本当の魔女なんだろうな。
童話の魔女。
悪い魔女。
「可哀そうな魔女だな」
「そう言われたのは初めてですわね……可哀そうな魔女、ですか。ふふふ、まるでこの先に良い事が待っていると言われているようですわ」
驚いた。
「アンタ、本当にあの夜にあった奴か?」
別人に見えた。
自分の事を負け犬だと言っていた人の言葉とは思えない。自信に満ち溢れているってわけじゃないけど、自分を卑下する様な素振りはない。まるで何らかの救いを見つけたかのような雰囲気が、スノゥをそうさせているかもしれない。
「案外、別人かもしれませんわよ?」
「そうか、なら納得だ」
羨ましいな。
「アンタは、アンタ等人間はそうやって別人になれるんだもんな、ずるいよ。同じ人なのに別人になれるってさ、私には出来ない事なんだよ」
ほんと、羨ましい。
「けれど、どう足掻いても私達は私達のままなのですよ。姿形を変えようとも、本質までは変えられない。陳腐な言葉を使うのならば、魂だけは変えられない。綺麗な魂、気品ある魂、勇敢な魂。人との魂はそういった綺麗なモノでありながら、時に醜く変貌してしまう」
「私は最初から歪んだ醜い魂だよ、きっと」
「それはアナタがそう思っているからですわ――――私と、同じようにね」
同じ?
アンタみたいな人が私と同じだって?
「馬鹿言うなよ」
「自分が体験した事だからこそ、わかる事もあるのですよ。いいですか、リィナさん。私もアナタも、結局は同類ですわ。互いに気づくのが遅すぎて、取り返しのつかない事になって初めて手にあったモノの大切さに気づき、気づいたところで全てが手遅れ」
壊してしまった。
自らの手で壊し、自業自得に失った。
「そして……何よりも同じだと思ったのは、私達は自分が誰よりも自分を知っていると思っていた事、ですわね」
ウォッカの瓶も空になった。スノゥはそれ以上酒を注ぐ事はなく、空になったグラスを手に持ち、残った氷をぶつける。
「情けない事に、私はそれを子供に教えられましたわ。私の半分の更に半分も生きていないクソ生意気な子供にね」
「子供に?」
「そう、子供に……誰も私を必要とはしない。どれだけ優れていても、後に残る結果だけを見られ、誰も私を正当な評価を下してはくれなかった。どんなに頑張っても、力をつけても、頭を良くしても、結果は失敗ばかり……未来永劫、失敗を繰り返す負け犬の魔女、それがスノゥ・エルクレイドルだと……」
それを否定されたと、スノゥは苦笑する。
清々しい苦笑で、何かが取り払われたという苦笑だった。
「ですが、どうやら私の知らない所で、私をしっかりと見ていてくれた子がいたと知りました。その子は私の力も知能も関係なく、私の偽りだけを見て、私という一人の個を信用していた。私はそんなあの子を裏切っていたというのに、あの子は私を恨んでいないというのですよ?変な話ですわね」
そういったスノゥの顔は、不覚にも同性だというに心を奪われた。あの夜には決して見る事がなかった、自傷する笑みしか浮かべなかった彼女が今、心を奪われそうな微笑みを浮かべている。
「あの子は本当の私を知っているというのに……ほんと、おかしな話ですわ。おかしな話なくせに……信じてしまいました」
スノゥは私を見る。
「アナタの言うとおりでした。私自身がどれだけ自分を卑下したとしても、こんな私を必要としてくれた人がいる……騙して傷つけて、利用して捨てようとした私を、許すと言ってくれた……多分、生まれて初めて私は、救われたという想いを知ったのかもしれませんね」
真っ直ぐに見つめられた瞳を見て、私は知る。
あぁ、この人は私と同じと言うけれど、私はこの人とはまるで違うんだな、と。
「アンタは、その子の所に戻るんだろう?」
「どうでしょうね」
何を迷う事があるんだ。
「帰る場所が、居るべき場所があるなら、そうした方が良い」
アンタにはちゃんとあるんだ。
アンタをアンタとして迎え入れてくる人が居る場所が、温かい場所が。帰る資格を持っているアンタは、その場所に居なくちゃいけないんだ。私とは違って、アンタはちゃんとした人間なんだから。
「沢山の人を殺した。言われるがまま殺してきた。殺して殺して殺して、奪って奪って奪って、命も身体も人生も。奪えるモノは全部奪ってきた。それが自分の意思じゃないと言っても言い訳にしかならないのはわかっている……でも、それが現実だ。私の手は汚れて、どれだけ洗っても消えない汚れと匂いがあるんだ」
血の匂い。
命の匂い。
奪った匂いが消える事がない。
「わかっていたんだけどなぁ……そうさ、私はわかっていたんだ。こんな事になるんだって、こんな風に思っちまうんだって……どうしようもない自分の生まれが、存在が普通の人間の生活の中に入れるわけがない。入れたとしても、それは入ったんじゃなくて、潜り込んでいるだけ……人の皮を被った怪物が、無様に自分から逃げているだけなんだ」
スノゥ、アンタは自分と似ているって言ったけど、決定的に違うモノがある。アンタには帰るべき場所、居て良い場所がある。それは色々と難しい部分があるかもしれないが、頑張ればどうにかできる部分があるんだ。
それを証明するように、アンタの血の匂いは、私ほど酷くは無い。
言い訳できる匂いなんだ。
これしか方法がなかった。殺すためじゃなくて生きる為に、奪う為じゃなくて奪われない為に―――ちゃんとした理由が作れるんだ。
私にはそれがない。
私は生きる為に殺すんじゃなくて、殺す為に殺した。奪う為に奪った。
違うんだよ、私とアンタはさ。
「所詮さ、怪物は怪物のまま……人間とは違うんだ」
「それがアナタの言い分ですか?」
「違う。真実さ。真理さ。覆す事が出来ない、当たり前すぎな自業自得の結果なんだよ」
「――――それで良いのですか?」
あぁ、良いさ。
良いに決まっている。
「怪物は怪物らしい最後を迎えればいい。今回の事は、怪物にとって幸運すぎる、出来過ぎな奇跡だったってだけ。これに勘違いして、人間の中でも普通に生活できるなんて思ったら――――それこそ、無様だ」
後悔はしていない。
この結果に後悔はしていない。
後悔など出来るはずがない。
後悔する権利などあるはずがない。
だから、
「えぇ、無様ですわね」
どうして、
「本当に無様ですわ」
アンタが、
「アナタは私よりも無様ですわ」
そんな悲しそうな顔をするんだよ?
「しょうがないんだよ……もう、どうしようもなんだから」
「それが無様だと言っているんです」
気づけば、音楽は止まっていた。
聞こえるのは私とスノゥの声だけ。
「自分の事を怪物だ怪物だと言いのなら、アナタはどうして最後まで怪物でいようとしなかったのですか?」
スノゥの、悲しい怒りの声。
「人の輪に入ったせいで怪物だという事を忘れていたとでも言うのですか?怪物だから人の温かさを知って、怪物らしくない生き方を望んだとでも言うのですか?」
そうさ、そうに違いない。
「だとすれば、アナタは怪物失格ですわ。最初から最後まで、何もかも……アナタは怪物らしくない。出来そこないの怪物ではないですか」
出来そこないの怪物。
私をそう言ったスノゥは、自分がどんな顔をしているかわかっているのだろうか?
きっと、わからないんだろうな。
「怪物なら、美羽さんを見捨てる事など簡単だったはずです。ヴィクターに襲われた時も、私の下手な芝居に騙された時も、アナタは何時だって彼女を助けようとした。怪物であるならば、あそこで見捨てる事こそが本当の怪物だったはずです」
アンタの顔はさ、すごく怒っているよ。
優しい怒った顔だ。
そっか、それが本来のアンタなんだな。
「ヴィクターのもとに行ったのもそうです。アナタは彼女を、彼女達を守る為にそうした。それが怪物のする事ですか?怪物が誰かの為に、人の為にそんな事をするのですか?するわけがないでしょう……出来るはずが、ないでしょうに」
「そうだな。私は出来そこないの怪物だ。でも、怪物なんだよ」
「…………否定すればいいじゃないですか」
出来ないよ。
私は怪物なんだ。
「怪物である自分を否定するのではなく、自分が怪物なんかじゃないと否定すればいいだけの事です―――だというのに、アナタは否定する部分が間違っている。そういう否定ではなく、自分が怪物じゃないと否定する自分を否定しているのが、今のアナタです」
どうなんだろう。
わからないな。
正直さ、もう自分が何をしたいのかもわからない。死にたい、消えたいと思う以外の事があやふやで、本当の自分の考えなんてのもわからない。
わからない事だらけで、嫌になってくる。
「自分を人間だと思えば良いじゃないですか。そう思う事で、アナタの中にある怪物という思い込みをどうにかする事が出来るはずです」
スノゥ、もうそんな無理な話は止めようよ。
私はもう決めたんだ。
ヴィクターみたいな怪物と同類である事を自覚したし、否定する事なんて出来やしない。怪物が人になりたいなんて思えないし、否定する部分が間違っていると言われてもどうとも思えない。思考まで怪物になれるたら良いと思ったけど、そういう部分ではもう立派な怪物だ。
怪物の定義なんてのは知らないけど、私は自分を怪物だと思い込んでいる。それが出来れば、もう怖くは無い。諦めるのが怖くは無い。
心に決めた思いは、揺らがない。
怪物みたいに冷たくなろう。怪物みたいに残酷になろう。出来そこないの怪物は、これから本当の怪物になって終わるんだ。怪物として生まれた人生を悔やんで、後悔して消えていく。
そこそが、怪物としての終焉に相応しいはずだ。
席を立ち、なけなしのお金をカウンターに置いた。足りるかどうかと言えば、きっと足りない。怪物は無銭飲食だってするはずだ。けど、私は出来そこないだから、お金を払う。
「じゃあね、スノゥ。もう、会う事は無いよ」
「――――逃げるのですか」
「うん、逃げる。怪物だから、出来そこないの怪物だから、逃げるんだ」
逃げて、終わる。
先は必要ない。
必要なのは終わる場所だけ。どこで終わらせるかは考えてないけど、どうせなら海鳴じゃない場所が良いな。
「では、最後に一つだけ教えてくれますか?」
スノゥに背を向けながら、私は頷いた。
「アナタは自分の死を偽装しました。それは、ヴィクターから逃げる為だったのですか?それとも、他に理由があったのですか?」
「前者じゃないかな」
「……嘘ですわね」
嘘じゃないよ。
仮に嘘だったとしても、その質問に何の意味もない。
「アナタは……人として死にたかったのでしょう?人として死んだという証拠が欲しかった―――違いますか?」
「――――――」
何故だろう。
心臓が、私自身がその言葉に衝撃を受ける。
どうしてだろうか?
いや、答えはわかっている。
単に図星だったからだろう。
「怪物ではなく、人として。リィナという怪物ではなく、リィナという一人の人間として死にたかった」
「うん、そうだよ」
色々な目的とか想いとかがあったけど、最終的にはそれが正解だったのだろう。

「私は……人になりたかった」

怪物ではなく、人に。
フランケンシュタインの怪物ではなく、唯の学生として、留学生として。
沢山の命を奪ってきた怪物だけど、私が出会った人達は私を一人の人間として受け入れてくれた。真実を知らなかったからというのは大きいかもしれないが、それが堪らなく嬉しかった。
知らなかった優しさが辛かった。皆を騙しているという事実に恐怖した。だから、せめて最後くらいは自分を誤魔化したかった。自分と周りを誤魔化して、この街を出ようと思ったんだよ。
最初から最後まで、死ぬまで怪物である私は絶対に人にはなれない。人になれないなら、せめて、
「思い出だけは、人の皮を被ってきた思い出ぐらいは欲しかった」
思い出になりたかった。
リィナ・フォン・エアハルトは普通の留学生で、不幸にも事件に巻き込まれて死んでしまった憐れな被害者。卒業アルバムの隅に写された学生としての写真が、私が人なんだっていう嘘を現実に残す事が出来る。
怪物としての死はいらない。
人間としての死は欲しかった。
「私は思い出になりたかったのかもね……それが、私にとっても、周りにとっても一番最良の選択だったんだ」
けど、もう遅い。
私が怪物である事を皆は知っている。
人としての記憶など無い。怪物としての記録でしかない。
「結局は全部失敗しちゃったけどね……」
もう良いだろう。
扉を開けて、外の世界へ。
幸いにも今は夜だ。
怪物が歩いても良い時間だ。人妖の住まう街を、たった一人の怪物が歩いて消えていく。最高のクライマックスじゃないか。怪物は一人闇に消え、朝になれば人の生活が始まる。二度と怪物は現れず、世界は平和に回りだす。
思い出にもなれない私は、そうして記録として残って消えていく。
そうして私とスノゥの会話は終わるんだ。
終わる事こそが、正しい流れだと言うのに、
「あの時……私は自分を負け犬だと言って逃げましたが、アナタは怪物だと言って逃げるのですね」
スノゥの声が私の背中を打つ。
「あの時、アナタは私にこう言いました―――自分がどう思っていようとも、自分が思ってるだけが本当じゃないはずだ、と。自分が要らない人間だと思っても、誰かが必要としてくれる人間だって思ってくれるかもしれない、と」
まるであの夜の再現をするように、
「そしてアナタはこうも言った。少なくとも、自分にはいた。だから、私にだって誰かいるはずだ。そういう人がいたのではいか、と……」
これがあの夜の再現だというのならば、私はこう答えるのが正しい。

「いないよ、そんな人は」

いるかもしれないが、それは希望だ。希望を抱いて生きていける程、私は強くない。弱いから、希望すら抱けず消えていく。
誰もいないと思える事こそが、唯一の救いなのだから。
闇夜に消える私の背中に、
「アナタは、私以上に無様ですわ」
批難する事が突き刺さる。
「だから、アナタは何もわからない。私と同じように、何もわかっていない」
その言葉から逃げるように、私が走り出した。
それでも声は聞こえた。
はっきりと、

「私がなのはさんをわかっていなかったように……アナタは、彼女をわかっていない」

聞きたくない本当に耳を塞いでも、声は届いた。



結局、私は臆病なのだろう。
死ぬ死ぬと言いながらも、気づけば街中を巡り、私がこの街で過ごしてきた軌跡を見てきた。それはきっと、最後に目に焼き付けておきたいという願いではなく、惨めにも続けたい、この街での思い出をずっと続けておきたいだけだったのかもしれない。
本当に惨めで、無様だなぁ、私は……
楽しかった日々は刹那にも似た感覚。必ず訪れる終わりを知りながらも、未だに捨て去る事が出来ない日々は、私にとって刹那だった。終わるのに、諦めきれない。捨て去るべきなのに、手放させない。
思い出を手放す事が出来れば、簡単なのに。思い出は頑固な汚れと同じ様に、私の心にしっかりと刻み込まれて、どれだけ拭いても消えてはくれない。私自身がそれを拒んでいるのか、それともそういうモノなのかは、今となってはどうでも良い事だ。自覚してもどうにもならない。
終わりは目の前にあるのに、まだ継続を求めている。
怪物のくせに。
出来そこないの怪物のくせに。
「私も、ヴィクターみたいに本当の怪物だったら良かったなぁ……」
兄、ヴィクター・フォン・エアハルトの様に心まで怪物となり、人をゴミの様に見下せれば捨てる事も簡単だっただろう。そもそも、ゴミとすら思わないかもしれない。自分以外の全てが同列の下級。触れれば払い、眼にすれば無視し、縋り付かれれば踏み潰す。人など相手にするに値しない存在と出来れば――――楽だったんだよね、きっと。
「あ~あ、失敗したなぁ……ほんと、失敗だよ、こんなの」
何処を見ても思い出が付き纏う。
振り払う事すら出来ずに、だらだらと引き摺り、擦り切れるまで歩いてもまったく消える事がない思い出。私自身が消える事を拒んでいるに違いない。
「来なければ良かったよ、こんな街」
最低の街だ。
この海鳴という街は、私が見てきた中で最低最悪の街に違いない。
「海と壁しかなくて、人は変な力持って……力に似合った変な人ばっかりで、反吐が出るくらいにお人好しで、放って置いてもくれなくて、邪魔ばっかりして、こっちの想いなんて知らずに勝手で、振り払っても勝手に付き纏って、逃げれば追い掛け回されて、終いには説教までする始末だし……みんな、始末が悪いにも程があるよ」
こんな場所よりも良い場所、良い世界なんて幾らでもある。世界には六十億もの人がいて、此処はその中でもちっぽけな、世界から見れば塵みたいな街だ。世界を見れば、此処よりも素敵な人がいるし、素敵な街だってあるに決まっている。
もっとも、私はそれ以外の街は知らないし、これから行く事もない。
だって、私は此処で消えるから……消えて、終わるから。
人の作り出した光から眼を反らし、次第に暗闇が増えていく。温かい光など皆無。寒気がする暗闇が私を包み込み、時が経てば私は闇に食われて消えていく。
「大っ嫌い……みんな、大っ嫌いだ」
だから、お願い。
お願いだからさ、私……
「もう、なんなのよ……大嫌いだって、心の底から言わせてよ」
泣かないでよ。
泣いたら、嫌いになれないじゃない。
この街も、街にいる人も、私が出会った全ての人を、嫌いになれないじゃないか。
頬を伝う涙は私のモノじゃない。これはきっと、私が身体と命を奪った女の人のものに違いない。決して私が流している涙じゃない。怪物は泣かない。怪物は泣けない。怪物は人の心なんてわからず、持つ事もないんだ。
夏の夜は暑いのに、汗よりも涙が流れる方が速かった。死んでいる身体のはずなのに、私の身体でもないのに、どうして涙が出るのだろう。奪った女の人が泣いているのに、どうして私の心が苦しくなるのだろう。どうして、私は思い出を前に泣いているのだろう。
止まらない涙。
締め付ける胸。
嗚咽する私。
涙は止まらず、枯れる事すらなく流れ続け―――気づけば、私は街の中でも一際高いタワーの屋上にいた。
決して観光の名所にならない、電波塔の役割を持つ地味なタワー。東京にあるタワーの様に展望台はあるが、わざわざ此処に来て街を見回す物好きは少ない。何故なら、この街を囲んでいる壁が全て見えて、あの先に広がる世界が嫌でも自分達の現実を突きつけられる結果となるからだ。
確か、ティアナは此処に登る事が好きな人がいるとするならば、その人は自分の置かれている環境に酔い痴れる事が好きな、ドMに違いないって言ってた。
確かにそうだと思う。
何処に行く事も出来ない。
出る事も許されない。
一生籠の中の鳥として扱われ、人々から忌み嫌われる私とは違う怪物。
「綺麗……」
人の作り出した光は綺麗だった。
星の輝きにも負けない、人造の光。私と違って意味のある人造。意思無き無機物達が放つ光が人に安らぎを与え、希望をもたらすのだとすれば、この人造達は生きる意味を獲得しているに違いない。
嫉妬はしない。
嫉妬できるほど、私は馬鹿じゃない。
自分の立ち位置を理解している。
理解しているからこそ、羨ましい。
意味のある人造を羨む、意味なき人造。仮に意味がっても悪しき意味を持つ人造。人を殺し、不幸にする事しか意味を持たない人造は、此処で終わる。
地上から遠く、少しだけ空に近い場所で私は終わる。
そうだ。
私の終わりは、こういう終わりが望ましい。
天に、星に、届かないモノに手を伸ばして地に落ちる。
この高さから落ちれば、きっと全てが潰れるに違いない。
重力に引かれて落ちて、地上に弾かれて飛び、激痛を感じて苦しみぬいて死ぬ。この身体は潰れて、私の本体である心臓も潰れて、この喜劇は漸く終幕するのだ。
カーテンコールだ。
アンコールはない。
アンコールを望む声もなければ、アンコール用の出し物だってない。
足を前に。
『アナタは怪物だと言って逃げるのですね』
そうだ、逃げるんだ。
『アナタは、私以上に無様ですわ』
うん、無様だよ。
そして、アナタは無様じゃない。
「この街に、幸あれ」
馬鹿な事を言ってみる。
「この街に住まう人々に、幸あれ」
阿呆な事を言って、少しだけ自分に酔ってみる。
「私の大好きな人達に、」
漸く嫌いになれない、大好きな人達なんだって事を受け入れ、
「――――幸あれ」
私は、虚空に向って身体を――――

何かが鳴っている。

ポケットの中で何かが鳴っていた。
携帯電話。
女の人の携帯。
思わず私は動きを止めていた。
止まらない音、何時まで経っても止まらない携帯。誰がかけてきているかは知らないが、私は持ち主じゃないから、出る事が出来ない。それでもあまりにも長いから、私は携帯を手に取り、誰から掛かってきたかを確認する。
「…………はぁ、しつこいよ」
呆れか、安堵か。
画面に表示されている番号は、この携帯に登録されていない番号だが、私はこの番号を知っている。元々数字など、モノを覚える事は得意だったし、そういう機能も持っている。一度見た番号は忘れない。
だから、この番号がどんな番号かも知っている。
この番号は小さな教師の番号だ。
知っているからこそ、私は電話に出ず、終話ボタンを押す。着信は止まり―――また、鳴った。もう一度ボタンを押して、また鳴った。何度も何度も、何度も何度も、何度も何度も、こっちの意図を少しは理解してほしいと、呆れながらもボタンを押す。それでも鳴り続ける携帯を捨ててしまえば楽だった。むしろ、そうする方が適切で正しい選択肢なのだろう。
繋がっている。
電話が繋がっている。
まだ、あの人は繋がろうとしている。
それが堪らなく嬉しくて、悲しくて。
「お願いだよ……もう、やめてよ」
何度も電話を切っても、掛かってくる。
「お願いだから、お願いだから……」
切り、繋がり、
切り、繋がり、
切り、繋がり、
「こんなの……辛くなるだけじゃない……なんで、わかってくれないの?」
涙交じりに懇願するも、それを相手に伝える事は出来ない。出なければ永遠にかけ続けるに違いない。あの人は、そういう人だ。些細な期間での繋がりだが、それは嫌でも身に染みている。
この街の住人じゃないが、同じような場所から来た小さな教師の卵。
小さな背で黒板に文字を書き、緊張しながら教科書を読んで、皆から可愛いとしか評価されず、マスコット的な扱いをされているのが不服で、時々怒ってはみるが、それも可愛いとしか思われない。
でも、あの人は諦めなかった。
諦めず、背伸びして教師をやって、成功したかどうかも分からず―――皆に受け入れられた。
思い出が、私を苦しめる。
苦しいから、逃げる。
携帯を、圧し折った。
もう鳴らない。
鳴る事はない。
鳴らないから、
「バイバイ、美羽ちゃん」
全てを、投げ出す。



幸福を知った怪物が幸福を投げ出し、幸福から背を向けて死へと向かう。
だが、怪物は―――彼女は、わかっていなかった。
彼女は自身を怪物だというように、
彼女を絶対に怪物だと言わない者達がいて、
彼女を絶対に怪物のまま終わらせないという願いがあって、
それらが合わされば、陳腐な結末を生み出すのだと、彼女は知らない。



『―――――私の声が、聞こえますか?』



ならば、此処に陳腐な結末を書き記そう。









【人造編・最終話】『幸福な怪物』







その声は怪物の耳に届いた。
いや、怪物だけではない。
突然聞こえた声が、怪物だけではなく、【街中】に響き渡っていた。
人の声が聞こえる。
当たり前な事だが、あまりにも馬鹿げた規模で声は街中に届いていた。
中華料理屋のラジオ。
本来であればラジオの有線から人気アイドルグループの歌が流れている筈なのだが、別の声が歌を聞こえなくしている。客も店主もラジオの調子がおかしくなったと思ったが、どうやらそうではないらしい。
電気店の前に並べられたテレビ。
画面ではゴールデンタイムのドラマが放映されているが、男の役者が喋っているのに声は女。店員は首をかしげてチャンネルをザッピングしてみるが、どの放送局でも同じ声が流れている。
スピーカーから流れ出る全ての音が、その声に占領された。歌も声も、本来流れ出るはずの音という音、全てが声にジャックされ、誰もが首をかしげた。。
声が響く。
この街、海鳴の街に響き渡る声。
『―――――私の声が、聞こえますか?』
皆が混乱した。
皆が困惑した。
新手のテロの一種かと思ったが、
「……うわぁ、すっごい事やるなぁ」
その声を聴いていて、これが何を意味するか理解している者がいた。
「ねぇ、ティア。これってもしかして……」
「でしょうね……」
昴とティアナはバイト先の中華料理屋のラジオから流れる声に作業を止め、二人で苦笑いをした。
「普通ここまでやる?あの人、頭おかしいんじゃないの?」
「否定できないね」
声の主が誰か知っている分、驚きと呆れが同時に顔に出てしまう。
『私の声が、アナタに届いていますか?』
声の主は、自分の声が特定の誰かに届いていると信じているのだろうか。それとも、届いていると確信しているのだろうか。
「否定できないけどさ―――なんか、流石って感じがするよ」
「一応、これって犯罪行為だって事を知っててやってるかしら?いや、きっとわかっててやってる臭いわね」
「凄いなぁ」
「尊敬はしないけどね」
「届いているかな?」
「届いてるでしょうよ。っていうか、此処までやって届いてなかったら、あの人は本当の馬鹿で大間抜けよ」
などと言いながらも、ティアナと昴は確信していた。
届かない声など、ない。
真に誰かを想っている声は、能天気に寝ている神様にだって届く。それが夢物語で、お伽噺の様な出来過ぎた奇跡だとしても―――届くのだ。



『届いていると信じて、話します』
台所で洗い物をしながら、プレシアも声を聴いていた。
テレビで流れているのは若手芸人の漫才だが、声は彼女が良く知っている声。食器を洗う手を止め、リモコンで音量を上げる。アルフとリニスが何事かとプレシアを見る。プレシアは二匹に静かにするように言って、耳を傾ける。
『アナタにずっと言いたかったことを、まず言います―――生きていて、良かった。無事で、良かった。それをまず言いたかった。何よりもまず。アナタが無事に生きている事を、私は喜びたい』
こんな事をやってのけるとは思ってはいなかった。見た目は子供みたいで、少し気弱な所はあっても強いモノを持っている人―――その程度の認識でしかなかったが、プレシアはこれを聞いて自分の認識が間違っている事に気づいた。
『これを聞いてくれているのなら、私は嬉しいです。身体は大丈夫ですか?怪我は痛みませんか?お腹は空いていませんか?せっかくアナタが無事で安心したのに、そんな事になってたら、私はまた心配しなくちゃいけなくなってしまいますから、身体には気を付けてくださいね……本当に、大丈夫ですよね?ちょっと心配になってきました』
こんな事をしておきながら、まるで世間話をする様な話し方に、思わずプレシアは噴出した。
『自分の身体は自分が一番わかっているとか、そういうのは無しですよ?そういう事を言う人程、自分の身体の扱いは雑なんですから。だから、痛いなら休む事。お腹が空いているなら食べる事。まずはこの二つです。守らないと怒りますよ?私、結構怒ると怖いんですからね』
「それは知らなかったわ」
怒っている所など見た事がないし、想像したら逆に可愛いとさえ思えてしまう。きっと今頃、腰に手を当てて絵に描いた様な怒ったポーズをしているのかもしれない。
想像するだけで微笑ましい。
『何をするにも、まずは健康が一番です。健康だったら楽しいし、ごはんだって美味しいはずです。美味しいごはんが食べれる事は幸せの第一歩なのですから、これだけは守る事。良いですね?』
ソファーに腰掛け、声を聴く。
「……最初は、随分と可愛らしい先生としか思わなかったけど……私の眼もあまり信用できないわね。そう思わない?」
二匹に尋ねると、二匹はまるで同感だと言うように同時に頷いた。
「あらあら、アナタ達もそう思う?」



『わかりましたか?わかったのなら、次はお説教です。アナタは迷惑な人です。私も人の事を言えませんが、アナタ程じゃないと思います―――あ、決してアナタが悪い子って話じゃないですよ?そこを間違わないでくださいね。えっと、この場合はなんて言ったらいいのかな?』
「何よ、この萌える声?」
ベッドに寝転びながら、アリサはテレビから聞こえる声に耳を傾ける。好きな番組を見ていた最中に突然流れた声に若干イラッとしたが、次第にそれも消えていった。
「というか、これって立派な放送事故よね」
だが、テレビの映像は未だに変わらない。代替え映像も、お詫びのテロップも流れない所を見ると、全国規模で行われているというわけではないらしい。
『と、とにかく、私、ちょっとだけ怒ってるんですからね!!突然いなくなって、私がどれだけ探したと思ってるんですか?今日だって一日中街を歩いて、アナタを探し回ったし、携帯を鳴らしたのに出てくれないし……何なんですか?反抗期ですか?不良さんになったつもりですか?窓ガラス割ったり、盗んだバイクで走り出してるんですか!?』
「例えが古いって……」
『学校に迷惑かけるのは駄目ですし、バイクなんて乗っちゃいけません!!少なくとも、免許も無いのに乗るのは禁止です。アナタ、免許持ってないですよね?私、そういうのは厳しいですよ。説教しちゃいますよ。反省するまで延々とネチネチ言いますよ』
驚いたのは最初だけ。
この声に悪意はない。
そのくらいは自分でもわかる。この声にある想いは一つだけ。誰かは知らないが、声の主が自分の声を、想いを伝えようとしている一人だけ。その一人を想い、電波ジャックな事をしている。
『大体、アナタは自分勝手すぎます。最初からそうですし、今までだってそうです。なのに、これからもそんな自分勝手をして、社会に通用すると思ってるんですか?世間の荒波はそんなに甘くないですよ。特にアナタみたいに自分勝手だと、周りから固執して、周りに相手されなくなって鬱病になっちゃうんです。鬱病になったら嫌ですよね?私は嫌です。アナタはそんな風に周りに溶け込めなくなったら、悲しいです』
相手の事を想い、一心に言葉を紡ぎ続ける。多分、何を話すかなんて考えてないに違いない。ただ、自分の想いを一心不乱に言葉にして相手に伝えている。一体、こんな馬鹿な事をしている者が、どんな馬鹿者なのか見てみたいとさえ思えるが、
「このアナタっていう奴も、結構な馬鹿なのかもね」
何となくわかる。
この声が向けられる相手は、馬鹿に違いない。
自分よりも馬鹿で、自分みたいに周りに迷惑をかける馬鹿。
でも、一人じゃない馬鹿。
まだ自分を一人だと思っている馬鹿で、それに今になって気づいた馬鹿だ。
「私も人の事は言えないか……」



『あんまり心配させないでください……私がどんな気持ちだったかわかりますか?私、すっごく不安だったんですから。不安で夜も眠れなくて、毎朝起きるの大変だったんですからね』
「いや、それって寝られてるって事じゃない」
突然起こった電波ジャックの対応に追われながら、忍は届かないツッコミを入れる。
「忍様、どうやらこの声は海鳴の外には届いておらず、海鳴内部のみに流れている模様です」
「そう……発信源はわかる?」
「いえ、不明です。電子機器を用いての行為というわけではない様です」
「つまり、能力の可能性が高いってわけね」
人妖能力を用いてのジャックだというのならば、探すのは簡単だ。どこで行っているかは、電波を送出している箇所の絞り込みをかけれる。一番可能性が高いのは電波塔だろう。街に建てられている電波塔の内、街全体に電波を飛ばせる場所となれば、一つだけ。
人物に関しては海鳴に住んでいる者の人妖能力をリスト化している為、すぐに検索も行える。
犯人は直ぐに絞り込めるし、数分の内の電波ジャックを止める事は可能。犯人を捕まえ、どんな処罰を与えるかも考えるには十分すぎる。
だが、忍は手を止めていた。
「忍様?」
「止めときましょう」
「は?」
「だから、止めるの終わり。これ、最後までやらせましょう……念の為、緊急無線は使えるようにしておいて。警察、消防、救急、そこいらの回線まで使えないなんて状況になったら、何かあったら拙いしね。予備だけでもキチンと使えるようにしておかないと、犯人にとってもあんまりよろしくない事態になっちゃうからね」
まさか月村の自分が街を騒がせようとしている犯人のサポートをする事になるとは、思いもしなかった。だが、そうしたいという想いは確かに生まれてしまった。悪意のない想い、誰かを真に想う言葉は、決して蔑にしていいモノではない。
「責任は私が全部取るわ。関係各所にはそう言っておいて―――私にこれだけやらせておいて、変な結末になったら許さないわよ?」



街中に響き渡る声。
人々は何事かと首を傾げるが、不思議とパニックにはなっていない。
「まったく、とんでもない事をしでかしますわね」
皆がこの声を聴いている。
皆がこの声に耳を傾けている。
「けれども……確かにこれはこれで、良いモノですわね」
空に浮かぶ魔女も街中に広がった声に耳を傾ける。
『私だけじゃありません。アナタの事を心配している人は、大勢います。皆さんが、アナタの為に皆さんが手を貸してくれました。それは私の力じゃない。皆さんがアナタを想っていたから、無事でいて欲しいという願いがあったから、私に力を貸してくれたんです』
「いいえ、それだけじゃない。アナタだからこそ、私達は手を貸した」
一人だけ、信じた。
一人だけ、彼女の為に動こうとしたからこそ、皆が手を貸した。そう想わせるだけの行動をしたからこそ、今がある。決して彼女に力が無いわけじゃない。彼女には皆にそうさせる力があった。
スノゥはそう思っている―――そう、信じている。
『迷惑だったかもしれないけど、仕方がないじゃないですか。アナタはそれだけ価値のあるある人なんです。掛け替えのない一人で、失えば悲しむ人がいる一人だった。それは決して恥じる事じゃない、誇るべき事なんです』
届くと、信じる。
この時だけは、異世界の神や魔王よりも、たった一人の小さな教師の言葉の方が、信じる事が出来る。この行動は無意味には終わらず、必ず何らかの結果を生み出す。最悪な方向に転がる事があっても、転がってしまった結末をもう一度転がす事だって可能なはずだ。
人は神じゃない。
願いは無碍にされ、現実に絶望する事だってある。むしろ、そっちの方が多いと言っても過言ではない。
それでも、人は願う。
願う事こそが力であり想いだ。最初は小さくとも、次第に大きな力になる時だってある。彼女の様に、たった一人から始めた行動が掴み取った結果を見たからこそ、
「無様かもしれないが、良いではないですか」
無様こそ、人の真骨頂。
無様の先にある栄光こそ、真に英雄と呼べる存在。
力なき英雄は誰も救えないと思うかも知れないが、スノゥは確かに見たのだ。力はないが、想いがある。決して諦めず、無意味と思っても足掻きぬいた英雄を。
小さな英雄こそ、誰もが英雄となれると証明しているのだから。
『アナタは一人じゃない。一人じゃないから、今があるんです。なのに、それを捨てるなんて勿体ないじゃないですか。一人より二人、二人より三人です。沢山いれば良いって話じゃないですけど、アナタは確かに持っているじゃないですか―――持っていた、じゃない。持っているんです。アナタが掴んだモノは、今もこの街にはあるんです』
故に、頑張れと口に出来る。



足が動かない。
身体が動かない。
声も発する事が出来ず、ただ私は聞こえる声に耳を傾ける事しか出来ないでいた。
なんて馬鹿な事をしているのかと驚き、なんて馬鹿な事をしているのだと怒り、なんて馬鹿な事をしているのだと、泣いてしまいそうだ。
「ずるいよ、美羽ちゃん」
こんな事を言われたら、決心が鈍ってしまうじゃないか。今から終わらせようとしているのに、こんな風に声を聴いてしまったら、最後まで聞きたいと思ってしまう。聞き終えてしまえば、きっとさっき程の決心はない。新しい思い出のせいで悔みながら終わるに決まっている。悔むのは終わったはずなのに、また悔みが生まれてしまう。
「ずるい、ずるいよ……」
怪物にこんなに優しい言葉かけてくれるのは、自分達も怪物として扱われているからかもしれない―――人でなしの私は、そんな事を想う。
最後の悔いを無くす為に、そんな馬鹿な事を考えている。そうしたら、美羽ちゃんの言葉を単なる綺麗事で、自分の現状を理解している憐れな人間の戯言だと思えれば、きっと私は救われる。
でも、それは本当に救いなのだろうか?
救いなど求めていないくせに、実は誰よりも救いを求めているだけじゃないのか?
『私達は、人妖は世界から嫌われています……世界中の人達が私たちを怪物だと罵る。普通の人達と私達は一緒に住む事が許されない。望んでそうなったわけじゃない。ただ、そんな風になってしまっただけなのに……そんな世界で、私達の唯一の居場所は此処です。私のいた街と、この街だけ。二つの街だけが、私達にとって安心して過ごせる街だった』
「だから皆がお互いを求め合うんですね」
人でなし、人外と罵られたが故に、人妖は微かな世界で生きていくしかない。この病は治る事が無いだろう。この先も永遠、人妖は隔離されて、害悪として過ごすしかない。だから同じ境遇の者達が身を寄せ合い、静かに暮らすしかない。
自由に世界を歩く事も、自由に誰かを出会う事も、全てこの小さな世界で行うしかない。けどさ、それはそれで幸せな事なんだと思う。
私は世界を見てきた。
残酷で、誰にも優しくない血で汚れた世界。怪物の私に相応しい、どうしようもなく、救い様のない世界。
それに比べれば、この街は幸せだ。
侮辱しているわけじゃない。侮辱するべきは私の過ごしてきた世界。
こんなにも明るく、光ある世界。

『――――でも、だから私達が出会ったわけじゃない。求め合ったわけじゃない』

まるで私の言葉が聞こえたように、美羽ちゃんは否定した。
『私達は人妖です。狭い世界で、小さな出会いしか得られない……それは不幸な事なんですか?仕方がないから出会ったんですか?その人達しかいないから、お互いを求め合ったんですか?』
美羽ちゃんの声に力が籠る。
街中に響かせた声は、全てが私だけに向けられる。
『そんなのは、たったそれだけの事なんです。たったそれだけ。人間という枠組みの中に含まれた、人妖というありふれた人種でしかない。国籍が違うとか、肌の色が違うとか、言葉が違うとかと同じ事なんです……だったら、それは人妖である必要なんてない』
怪物である必要すらない―――そう言っている様に思えた。
『アナタの出会った人達は、皆さんはそんなちっぽけな事で誰かと一緒に居たいと思うような弱い人ですか?そんなつまらない人達ですか!?』
ちっぽけ事なんかじゃない。
でも、美羽ちゃんはわかっていないよ。
私は人でも人妖でもない。
怪物なんだ。
死を冒涜し、死を操って人を殺すような怪物なんだよ?その怪物を自分達と一緒なんて言ったら、美羽ちゃんが皆を馬鹿にしている事になってしまう。
私は、違うんだ。
皆とは、違う。
『皆さんが力を合わせて真実に、アナタに辿り着いたのは、アナタだからです!!人妖だとか、怪物だとか、そういう事じゃない。アナタがアナタだからこそ、アナタに辿り着いた。アナタと出会ったから。アナタと過ごしたから。アナタと思い出を作れたから!!』
綺麗事だ。
テンプレな謳い文句と同じだ。
今更そんな言葉でどうにかなるはずがない。
それが通用するのは物語の中だけで、現実では上手くいかない。人と人は共存できても、怪物と人は共存してはいけない。どの世界の英雄譚でも怪物は人によって駆逐される。
私達は、そういう関係なんだよ、美羽ちゃん。
『現実は、私達には優しくありません。運命も何時だって意地悪ばかりします。それは人も人妖も関係ない。生きていれば、そういう事だって沢山あります―――でも、だから何だって言うんですか?だから諦めろとか、我慢しろとか言われても、出来るわけないじゃないですか。だって……簡単に幸福になれないと同じように、私達は簡単に不幸になれないんですから』
―――――あぁ、そうだった。
また思い出が蘇る。
また思い出が私の邪魔をする。
簡単に幸福になれないのは知っている。でも、それと同じくらい不幸にもなれない。
不幸になるのは、難しい。
少なくとも、今の私は不幸になるのは難しい。
周囲の幸福に失望していた時、私は不幸を知った。けれども、それに対して失望する事が出来たのは、もしかしたら幸福だったのかもしれない。人間らしくなかった、怪物である私がそういう感情を抱けたのは、辛くとも一つの幸福と言えなくもない。
そして、その幸福は止まらなかった。
私に話しかけてくれたアリシア。それに続いて昴、ティアナ。更に連鎖は続き、何時しか私の周りには変な人達ばかりで、気づけば私もそんな変な人達の仲間になっていた。
それらを捨て去れば、私は不幸になったのだろう。だが、一度知った幸福を捨てる事は難しい。幸福の温かさを知り、大切さを知り、得た絆が何よりも私の宝物になった。
この絆を続けたい。
この宝物を増やしていきたい。
汚れきった怪物であるにも拘らず、私はそうした雑念を持ってしまった。
それは全て、

『それでも生きていよう、誰かと共に居ようと思えるのは、そう思える誰かがいるからです!!』

一緒に居たい。
一緒に笑い合い、触れ合い、日々を継続させていきたい。
『だから……出会わないほうが良いとか、思わないでください。思い出になりたいなんて、思わないでください。思い出になったら、先がないじゃないですか。先がないなんて、つまらないですよ』
やっぱり最低だよ、美羽ちゃん。
そんなのは知っていたし、理解もしていた。だけど、諦めるしかなかった。何より私がそれを望んでいたけど、受け入れる事なんて出来ない。受け入れたら最後、私は本当に意味で怪物になってしまいそうだった。
人を殺したのに幸せになるなんて、おかしい。多くの人の信頼を踏み躙り、利用して殺してきた私が幸せになるなんて間違っている―――間違ってるんだよ!!
『アナタはそんなのは許せない、自分のしてきた事を無かった事に出来ないって言うのなら、それは仕方がない事かもしれません』
そうとも。
美羽ちゃんは許せるの?
人を殺してきた怪物を、許す事が出来るの?

『――――だったら、逃げないでください』

静かに、しかし大きく響く声はそう言った。
『私は聖人君子じゃありません。神様でもありません。身内だから許すとか、大切な人だから見逃すとか、そんな事を平気で言えません―――だから、私が言える事は一つです。逃げないで。自分のしてきた事から、逃げないでください』
許さないと言っているのではない・
見逃さないと言っているわけでもない。
『許す事が優しさかもしれませんけど、私はそうじゃないと思うんです。やった事にはキチンと責任を取るべきです。責任を放棄して逃げるなんて、それこそ悪い事です。だから―――』
逃げるな―――その言葉が、少しだけ意外だった。美羽ちゃんは結構、いや、かなり甘い人だからそんな事を言う感じじゃないと思っていたけど……そっか、美羽ちゃんも結構厳しい人なんだね。
逃げるな、か……
此処から飛び降りれば、全てが終わる―――そう思っていたのは、私だけだった。それは終わらせるんじゃない。逃げになるんだ。死という逃避は、自分のしてきた事を全て投げ捨てる事と同じ。私が罪の念に苛まれ、怪物である事に憤りを抱いているとしても、歩こうとしている先が死、逃げだというのならば、
「キツイなぁ……それ、死んだ方が楽じゃないか」
此処にいない美羽ちゃんに辛いと言ってみるが、当然返答は無い。それどころ、声が聞こえなくなっていた。
逃げるな、それを最後に美羽ちゃんは話すのを止めたらしい。だとしたら、最後にとんでもないヘビィな事を言ってくれたものだ。
あぁ、笑える。
爆笑ものだ。
辛いから笑える。苦しいから笑える。笑って笑って、許しを乞いたい気持ちで満たされるが、私が許しを乞うべき相手はもういない。全部私が殺してしまった。これこそ、既に遅いって事になる。もう遅い、手遅れ、実に馬鹿げている。死人にしてやれる事すらわからない死人が此処にいる。
「勘弁してほしいなぁ……」
その場に崩れ落ちた私は、一歩も動く事が出来なかった。這ってでも前に進み、タワーから落下する事は出来たかもしれないが、そんな気力も沸かない。
壊された。
完全に、木っ端みじんに砕かれた。
ベタな謳い文句で、テンプレみたいな説得を前に、私の決心はあっけなく消え去り、終わらせる気力を根こそぎ奪い取ってしまった。
ずるいなぁ、美羽ちゃんは。
酷いなぁ、美羽ちゃんは。
可愛いくせに厳しいなんて反則だよ。
風が吹く。
夏なのに冷たい風が、心地よい風が。
何処に行っても吹き続ける、遠い誰かにも届く風は何時までも吹き続ける。
その音に消された私の嗚咽は、何時か誰かに届く事はあるのだろうか?




「……これで良かったの?」
アリシアは美羽に尋ねる。美羽は頷き、歩き出す。
「後は、エアハルトさんが決める事です」
そう言って見上げる先は、リィナの居るタワーの屋上。
「もしも、リィナが飛び降りたらどうするの?」
「しないと信じます」
「それって人任せじゃないかな?」
「テスタロッサさん、教師だって人間です。教師の卵の私は、それ以下です。だから、出来るのは此処まで。後はエアハルトさんの意思がどうするか、どうなるか、です」
冷たい事を言っている様に振る舞ってはいるが、アリシアには不安で堪らないという様子にしか見えない。無理をしているのはわかる。今にもタワーを駆け上がり、リィナのもとに行きたいのだろう。それを我慢する理由は一つ、物理的に止めても意味がないとわかっているからだ。
「美羽ちゃんは頑張り屋さんだね……」
「どうでしょう……ただ、臆病なだけかもしれません」
「臆病な人は、電波ジャックして大演説なんかしないよ」
初めて見た美羽の人妖能力。
特定の物体を中継点として、声を発する能力。
過去、彼女はぬいぐるみを媒介として他者との会話をしていた。最初はその程度の能力と彼女自身も思っていたが、ある時、ふとした拍子に能力の可能性を知った。例えば携帯電話。通信機器である携帯電話は普通に遠く離れた相手と会話する事が出来るが、仮にそれが壊れればどうだろう。無論、通話など出来ない。
だが、彼女は壊れた携帯電話で通話をする事が出来た。携帯電話を中継点として、相手に繋げる事に成功した。この時は、もしかしたらこれで携帯料金を誤魔化せるのではないか、などという想いが頭を過ったが、当然やるわけがなかった。以降、この能力をそのような方法で使う事は一度もなかった。
今回の現象は、その延長。
携帯電話と携帯電話をつなげるのは電波だ。壊れた携帯電話から通話が可能だったのも、世界中に目に見えない電波があったからだとすれば、それを利用する事も可能だろう。電波塔であるタワーを触媒にして、街中に流れている電波の行先全てを掌握する。電波だけではない。有線だろうと無線だろうと【繋がっている】ならば、幾らでも能力は発動できる。
その為、テレビやラジオ、もしかしたら電話回線すら美羽は手中に収めていたかもしれないが、彼女自身、そこまで深くは考えてはいなかった。
ただ、伝えたい想いがあった。大事な生徒が勝手に全てを終わらせようと、諦めようとしているのを指を咥えて見ている事など出来なかった。
その一心で起こした電波ジャック。
それが彼女の本来の能力を超えている現象だとは、誰も知らない。
在り来たりな言葉を使わせて貰えば―――これは陳腐な奇跡だったのかもしれない。
「ふふ、明日の新聞が楽しみだよ」
茶化してみたが、美羽の表情は優れない。無理なんてしなければ良いのに、と思いながらもアリシアは美羽の選択を黙って見守る事にした。
結果はわからない。
もしかしたら、明日の新聞にはタワーから飛び降りた死体を発見という記事が出るかもしれない。天を見上げれば、今にもリィナが落下してくるかもしれない。不安なのはアリシアも同じだが、
「ねぇ、美羽ちゃん。美羽ちゃんはさ、どんな結末が良かったの?」
「何も起きなかった結末です」
何も起きず、普通の日々が続き、美羽は教育実習を終わらせて神沢に帰る―――それこそ、現段階では最高の結末になっていただろう。だが、それは夢物語だ。起きた事は起きた事、無かった事にはならない。起きた出来事を覆すなんて奇跡は起きない。
現実はどうしようもない程、残酷で過酷なのだから。
「テスタロッサさんはどうなんですか?」
「私?う~ん、そうだなぁ……うん、わかんない」
起きた事は起きた事で、無かった事にはならないと理解している。そこまで子供じゃない。駄々をこねても神様はこっちの都合など知った事じゃないと言うだけ。救いようのない結末が訪れるのを今か今かと待ちかねている可能性だってある。
「わかんないから、美羽ちゃんと同じ。リィナを信じるよ」
もうタワーを見上げたりはしない。
不安な想いを胸に抱きながらも、歩く先は前。後ろには足を向けない。前に歩いて、事態の進展を待つしかない。
やるせないが、これも現実と受け入れる
「現実は冷たいよね。漫画だったら、美羽ちゃんの説得でリィナが改心して、また普通の生活が始まるんだけど……これ、現実なんだよね」
「えぇ、そうですよ。冷たい現実、それが私達の生きている世界です。物語みたいに終わりを迎えても、その先があるんです」
幸福な終わりの後に不幸があるかもしれない。その逆も然り、どう転ぶかなど誰にもわからない。
「俺達の戦いはこれからだ!!―――みたいな打ち切りで終わるのは、漫画の特権だね」
「そうですね」
伝えたいことは全て伝えた。
自分勝手に伝えて、後は彼女に全て任せる。
一個人に出来る事は限られている。人の一生に作用する衝撃を与える事は不可能。言葉は言葉でしかなく、想いは想いでしかない。美羽が言うように現実は冷たい。都合よく回る世界は存在しない、終わりが素晴らしい結末も存在しない。
幸福を願い、不幸を払い、満足する結末だけを用意するなんて神のシステムを美羽は持ち合わせてはいない。
「美羽ちゃんさ、フランケンシュタインの物語、読んだ事ある?」
「無いですけど……」
「私もちゃんと読んだ事は無いけど、あれさ、最後は怪物を作った博士は死んで、怪物はどこかに消えちゃうらしいよ」
ハッピーエンドじゃないエンド。
怪物を作った博士は復讐を果たせず死に、怪物は孤独に消えて終幕する物語。これが物語でも救いようのない話だ。
「怪物は一人が嫌だった。だから自分と同じ存在を博士に作って欲しいってお願いしたけど、博士は拒んだ。拒まれた怪物は博士の奥さんを殺してしまった」
怪物は自身の醜さを呪い、周囲も怪物を醜い怪物だと決めつけた。そんな孤独から怪物は同族、同種の花嫁を求めた。自分と同じ他人を、怪物に相応しいもう一人の怪物を。
「救いは、あったと思うんだよ。怪物は自分の周囲しか目が行ってなかった。だったら、怪物は周囲から一歩、外に出れば良かったんだ。そうすれば、何か変わったかもしれないじゃない」
「怪物を認めてくれる人がいるかもしれない、ですか?」
「うん。勿論、あくまで推測だし、物語の話だからどうにもならないんだけど……」
もしも、怪物が周囲を、狭い周囲を世界の全てだと思わなければ、結末は違ったかもしれない。
「怪物を認める人が世界に一人くらい、居たんじゃないかなって思うんだ。怪物を怪物として認めながら、存在を拒むんじゃなくて受け入れる様な人がさ」
怪物は心を持った。
人の心を持ってしまったがばかりに人に絶望し、同種を求めてしまった。
早計だったとアリシアは思う。
この世界には、怪物を認めてくれる人がいるはずだ。それを救いとは言わないだろうが、それは可能性として十分にある事だ。何十億といる人達の中で、ほんの一握りの物好きが居ても良い筈だ。そして、怪物がその一握りと出会う可能性だって零ではないだろう。
「エアハルトさんは、その一握りに出会ったんですね」
「この街は物好きばっかりだからね」
「多分、この街だけじゃないですよ。世界には、きっとそういう素敵な人達がいるはずですから」
「……美羽ちゃんってさ、もしかしなくても綺麗事とか好きなタイプ?」
美羽は当然だと頷く。
自分も怪物の一人だから。
人よりの怪物。
人妖は世界から怪物として見られている。だが、中にはそうじゃない人だっているかもしれない。人妖を人妖として見ずに一人の人間として見れる者。もしくは、人妖として受け入れる者がいるかもしれない。
「全部の人間が怪物を作った博士や怪物を拒んだ人達と同じじゃない。そう信じている事が綺麗事だと言うのなら、私は喜んで綺麗事を選びます。それに、私は綺麗事があると知っていますから」
美羽は思う。
綺麗事というのは、決しては相手を傷つける、侮辱する言葉ではない。人がそうありたいと願う限り、人がそうであると知る限り、生きる者の中にはきっと綺麗事を好きな部分があるはずだ。


「この世界は決して楽じゃないですけど……それに見合ったモノが得られる、そんな世界なんですよ」




次回『後日談』


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