<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25741] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』
Name: 散々雨◆27b9e8ec ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/21 20:08
白い空間。
誰もない、誰も知らない。
彼女達だけしかいない。彼女達だけが知っている。
一つの身体に二つの心を持った姉妹が互いを見つめ合える唯一の場。
「――――もう安心」
「何が?」
「これで、先生は事件を追わなくなった」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてそう思わないの?」
真っ白なテーブルに二つのカップ。
真っ白なお揃いの椅子に座る、真っ白なワンピースを着た二人の少女。
「だって、先生の知りたかった事はもうわかった。だったら、もう先生は事件を追う必要なんてないでしょう?」
「フェイト、それは解決じゃないよ」
白い空間で、アリシアは自分に似ている妹に語りかける。
「あぁ、そうだね。変なおじさんの事もあるし……」
「ううん、そうじゃないよ……そうじゃないの」
悲しそうな顔をするアリシアに、フェイトはどうしてそんな顔をするのか尋ねた。アリシアは困った顔をして、ただ笑うだけ。
言っても無駄だから何も言わないのか、それともわかってほしいから言わないのか。
同じ身体を使っている二人でも、心までは一緒ではない。フェイトにはフェイトの考えがあり、アリシアにはアリシアの考えがある。こんな場所があっても心までは完全にはわからない、幾ら家族でも、姉妹でも、分からない事はある。分からない事がなければならない―――そうでなければ、姉妹の心など、とっくの昔に壊れている。
「ねぇ、フェイト……フェイトはどう思うの?」
「事件の事?それとも、リィナの事?」
「どっちも」
「……どうでも良いかな」
さも当然の様に言い捨てる。
「今回はそうしないといけないから、そうしただけ。アリシアが手伝ってあげてって言ったから手伝ったし、母さんが先生を守れって言ったから守っただけ」
「でも、アナタは先生の部屋で自分の意思で―――」
「違うよ」
助けようと思った。
手伝ってあげようと思った。
心配してあげようと思った。
その全ての思ったのは、決して美羽の為ではなく、自分の為でもない。
「アリシアは先生の事が好きなんでしょう?なら、先生がいなくなったらアリシアが悲しむ。アリシアが悲しいと母さんも悲しむ。二人が悲しむのは嫌だ。だから、助けたの―――凄く嫌だったけど」
この場所だけで、フェイトは本当の事を口にする。
この場所だけは、本当の事を口にしてくれる。
「アリシア、私は先生の事――――大嫌いだよ」
「…………」
「嫌い、凄く嫌い、大っ嫌い。あの人のせいで、変な怪物は襲ってくるし、お家は壊れるし、アリシアも母さんも迷惑する。全部あの人のせい。あの人が面倒な事をしなければ、私達はいつも通りに過ごせたのに、あの人が全部を台無しにした」
「…………」
「私が迷惑するのは構わない。死んでるから。でも、アリシアと母さんは生きている。死んじゃ駄目。だから私が守る―――ねぇ、アリシア。アリシアは先生の事が好きなんだよね?」
「…………」
「だったら、私はそれで良い。私はあの人が大嫌いだけど、アリシアが好きで、アリシアがあの人の事を守ろうって思うなら、私は守ってあげる……けど、本当は守りたくなんてない。あの人がどうなろうと、私には関係ない。私にはアリシアと母さんとアルフとリニス――――ついでに父さんもいれば、それで良い」
悪意などない。
純粋なのだ。
無知故に純粋であり、残酷なのだ。
フェイトの線引きは極端だ。
家族とその他。
アリシアの友人であろうと、フェイトにとっては家族以外のその他でしかない。だから、別に好きになろうとは思わない。守ろうとも思わない。アリシアがその他を大切にしたい、守りたいと思うなら、フェイトはその身を犠牲にしても守ろうとする。逆にアリシアが何も思わなければ、守ろうとはしない。勝手に死ねば良いと思うし、勝手に消えれば良い。
所詮はその他。
同時に、フェイト自身は自分をその他にも含まない。
死んでいるから。
死んでいるから、生きている者には干渉しない。
生と死はそれだけ離れている。関係はあっても、互いが互いを憎み、求め、そして決別している最中、死んでいると自負している少女は残酷に線引きをして、仕分けする。
「フェイトは、友達が欲しいとは思わない?」
「思わないよ。必要ないから」
「楽しいよ、友達がいると」
「今も楽しいから、別に良い」
「……それは、寂しいよ」
「関係無いよ、死んでるから」
口癖は【死んでいるから】。
死なないのは【死んでいるから】。
関係を求めないのは【死んでいるから】。
生まれるはずだった命は、死んでいる身体で生まれ、死んでいるまま生き続けている。もしくは死に続けている。
「アリシアに友達がいるなら、私はいらない」
「スバルもティアも、銀河さんだってアナタを友達だと思ってるよ」
「私は思ってない」
そもそも、友達が必要な理由もわからない。
孤独が嫌だから友人を求めるのならば、そんなもの空腹を感じたからコンビニで食事を買う行為となんら変わらない。
孤独が嫌だから人を求める。
お腹が空いたから食事を取る。
変わらない。
何も変わらない。
そう思うのは恐らく、死んでいるからだろう。
死んでいるから、求めない。
死んでいるから、孤独も空腹も感じない。
「だって、私は死んでるから」
「何時もそうやって【言い訳】するんだね、フェイトは」
アリシアの悲しそうな顔は、死んでいるのに心が痛い。
どうしてそんな顔をするのかわからない。
死んでいるから。
死んでいるから。
死んでいるから。
死んでいるから―――
「口癖じゃない、言い訳だよ。フェイトの言うそれは……」
「何が言いたいのか、全然わからないよ」
「本当に?本当はわかってるんじゃないの?」
「わからないよ。死んでるから」
理解する事を拒絶している様にも見えた。
その理由は何となくわかる。
フェイトには分からなくても、アリシアにはわかった。
何となくだが、フェイトという存在が自身の中に生まれた瞬間、何となく理解した。
死んでいるから、死なない。
死んでいるから、興味がない。
なら、死んでいる事が原因だ。
そう思っている事が原因だ。
不死の身体を持つ代わりに失った【何か】は、そうやって妹を蝕むと同時に守っている。
ならば、もしも妹がそれを理解して、変わろうとしたらどうなるだろうか―――答えは単純だ。
単純で、残酷だ。
姉として、家族として、それを願う事は残酷かもしれないが、願わずにはいられない。

妹の、フェイトの幸福を






【人造編・第九話】『当たり前な決意』






もう一つの現実に戻るという事は、目を覚ますという事だ。
見慣れた天井に、温かな感触。
二日ぶりのベッドの感触と、その温かさにアリシアはもう一度眠りに戻りたいとも思い、瞼を閉じたが頬を何かが叩く。
「……リニス?」
リニスがアリシアの頬を叩く。
早く起きろ、この寝坊助と言っているのかもしれない。普段は自分以上に寝ている猫に言われるのは癪だが、時計を見ればもう昼の十二時。
「……まだ十二時じゃない」
癪は癪だが、まだ夏休みなのだ。もう少し寝ても別に問題はないだろう。再度、瞼を閉じて眠りの世界へダイブする―――が、その前にリニスに爪で頬を引っ掻かれた。


頬に刻まれた爪痕を摩りながら、アリシアはリビングに降りてきた。
「おはよう……」
「随分と、お寝坊さんなのですね。もう昼時ですよ」
「寝る子は育つんですよ」
「高校生ならば、身よりも心を育てるべきですわ」
「そんな先生みたいな事を言わないでよ――――ん?」
リビングに敷いた座布団の上でお茶を飲んでいるのは、どう見てもテスタロッサ家の住人ではない。
「なんで居るんですか、スノゥさん」
「今更ですわね」
「――――あ、そっか。確か、」
思い出して、気分が落ち込む。
スノゥが此処にいる理由は一つ。
昨日、フェイトが家に連れて来たのだ。勿論、フェイトの意思ではなく、美羽の意思だったのだが、スノゥは特に渋る事もなく、あっさりと招きに応じた―――確か、その辺はフェイトから聞いていたのだと思い出す。
「というか、驚かないんですね、私がいて」
「フェイトさんに聞いていませんか?私、魔法使いなんですよ」
「そういえば、そうでしたね……もしかして、最初に会った時から気づいてました?」
「いいえ。フェイトさんに会ってから気づきました。人妖でも、アナタ達の様な能力は初めて見ましたわ」
アリシア自身、これを能力だとは思っていない。むしろ、能力と言われる事はあまり好きじゃない。能力だと言ってしまえば、まるでフェイトが人ではない様に思えてしまうからだ。
フェイトが自分の妹ではなく、単純な意思の無い力――――それは否定しなければいけない事だ。
「能力じゃありません……ただ、人とは違う姉妹の形です」
「……なるほど、これは私に非がありました。申し訳ありません」
「あ、いえ、別に謝るほどの事じゃないので……」
アリシアも美羽と同様に違和感を覚えた。
最初会った時と別人に思える。
外見は変わらないが、中身は別。
いや、別ではないのかもしれない。
詳しい事は分からないが、多分中身は以前と違って何らかの変化があっただけ、なのかもいしれない。
「――――ところで、母さんは?」
「プレシアさんなら、お買い物に出ています。冷蔵庫が空だったそうで」
「こんな時に?」
「こんな時だから、だそうです」
主婦の考えは良く分からないが、そういうものらしい。自分も何時か母の様になるのかと思うと、嬉しい様なぞっとするような、ともかくそんな気がする。
「アナタの分のお食事は冷蔵庫の中ですわ」
「わかりました。スノゥさんは……」
「もう頂きました。久しぶりに美味しいお食事でしたわ」
冷蔵庫の中からラップされた昼食を取り出し、レンジで温めてから食べた。食べた後は食器を洗って、一息つく。
台所から改めてリビングを見ると、何とも酷い有様だ。リニスやアルフからすれば、下手に物の無い方が好みかもしれないが、人間である自分達には住みにくい環境になってしまった。
普段なら、昼間は漫画やテレビでも見ながらソファーの上でのんびりするのが定番だったが、そのソファーも消えている。
リブングに騒ぎの後が刻まれている。
騒ぎの後。
もう解決してしまったかのような、そんな痕と後。
「事件は、終わったんでしょか……」
「どうでしょうね……一つの事件を二つに分ければ、一つの事件は終わりました。残った方は長期戦になるか短期戦になるかはわかりませんが、それまでは油断はなさらないほうがよろしいでしょうね」
一つの事件。
リィナ・フォン・エアハルトの事件。
終わったのだろうか。
事件は被害者だと思われていたリィナが犯人であり、事件にはもう一人の被害者がいて、そのもう一人こそが真の被害者だった。
「ショックでした?」
「まぁ、ショックだったと言えば、ショックですけど……」
あまり実感がわかないのは、どうしてだろうか。
現実を受け止められないのか、それとも別の理由があるのか、どっちに転んでも分かっている事は一つ。
クラスメイトは人殺しだった。
最低なオチだ。
「リィナは、なんであんな事をしたんでしょうか……」
「それは私にはわかりませんわ。聞こうにも本人は逃亡中ですしね」
スノゥは今日の朝刊をアリシアに見せる。
朝刊にはファミレスで起きた事件が掲載されていた。
繁華街にあるファミレス内で暴漢が暴れまわった。犯人は逃走してしまい、警察が全力を挙げて捜査中というありきたりな内容だ。
どこにもファミレスにリィナが居たという文章は無い。
「スノゥさんはどう思います?」
「何がでしょうか?」
「リィナがどうして人を殺して、なおかつ自分を死んだように見せかけたのかという事です」
「ですから、私にはわかりませんわ……けど、彼女は去り際にこう言いました」

【失いたくなかっただけなんだけどなぁ……】

失いたくない。
彼女は何を失いたくなかったのだろう。
そして、何故姿を消さなければならなかったのだろう。
わからない事だらけで、事件が解決したとはとても思えなかった。
「リィナさんは人を殺した。許されざる罪を犯した。その理由は何であれ、司法はそれを許すとは思えませんわね……もっとも、法など関係なしに人がそれを許すとも思えませんが」
自傷する様なスノゥの笑み。
「まったく、無様ですわね……私もリィナさんも、ああいう事をする輩は、大抵は無様なものです。目的があろうとなかろうと、人を殺した者の末路など、無様なモノでしかないというのに……」
「まるで、自分が人を殺した様な事を言うんですね」
「ふふ、そうですね」
また、自傷する笑み。
彼女の過去に何があったかはわからないが、
「後悔してるんですか?」
仮にそうだとするのなら、自身を無様と苦笑する彼女に後悔はあるのだろうか。
「仮に、私が人を殺した事があるとするならば……殺した事ではなく、人を殺さなければいけない環境に身を落とした自分を無様に思っているのかもしれませんわね。それは後悔ではなく、同情でもない……」
後悔は権利ではない。
想いの一つである後悔は、自然と生まれる現象に似ている。
止める事の出来ない心は、勝手に後悔して、理性的な部分でそんな自分を哀れに思える。無様すぎて、哀れにしか見れない。
「もっとも、どんな理由があったにせよ、アナタから見れば立派な人殺しでしょう?」
そうだ、と即答する事は出来ない。
勿論、人を殺す事は悪い事だ。
悪だ。
そう教えられてきた。
けれども、
「理由が、あったら―――」
いや、違う。
それは戯言だ。
「理由があれば人を殺しても良いと?リィナさんと同じように」
優しげな言葉なのに、ナイフの様に鋭かった。
それが正論なのかどうか、アリシアにはわからない。殺したい程、人を恨んだ事はない。人を殺さなければいけない状況になった事もない。いくら考えたとしても、あくまで推測でしかない。
実体験ではなく、妄想だ。
「年上からの忠告ですわ。どんな理由があったにせよ、人を殺せば罰せられる。どんな罰かはその人によりますが、必ず罰は受けます。殺される時もあれば、殺されるよりも辛い目に会う時もある。人殺しの末路など、そうでなければいけないのですから」
そうでないと許されない―――スノゥは言う。
「アリシアさんは人を殺したいと思った事はありますか?多かれ少なかれ、本気であれ冗談であれ、そんな事を思った事は?」
「ありません……って言うのは嘘ですが、本気で殺そうと思った事はありません」
「えぇ、それが普通ですわ。殺すだの、死ねだの、そういう言葉を人は平気で口にします。本気だろうとなかろうと、口にするだけなら問題ありません。ですが、嘘が真実になってしまえば、それはもう取り返しのつかない事態になってしまう」
命は一つです。命は大切です。だから人を傷つけてはいけません、殺してはいけません―――道徳の授業で誰しもがそんな事を教えられる。それは命を奪うという行為は決して許されない行為だからだろう。
どんな理由があっても、許されない。
何故、許されないのだろう。
「人が愚かであるから、許されないのでしょうね」
「愚か?」
「そう、愚か。愚かであるが故に勝手な理由で人を恨み、殺すのです。愚かであるが故に自分よりも愚かな者、愚かな行為を見つけて罰を与えねばと思い込む。全ては愚かであるが故の愚行。許す、許さないもまた、愚かであるが故の行為なのでしょう……」
「それは悪い事、なんでしょうか?」
「それを決めるのは人それぞれです。アナタはどうですか?」
そんなのは急には答えられない。
けれども、仮に自分の親しい誰かが見ず知らずの他人に傷つけられ、殺されたら怒りを覚えるだろう。そして、殺してやりたいと願う事だってあるだろう。罪を犯した誰かが、罰せられもせず、のうのうと生きているなんて間違っている―――簡単に、そう思ってしまうかもしれない。
「リィナさんの殺した誰かは、誰かにとって大切な人かもしれない。なら、その誰かは彼女を許さないでしょう――――しかし、殺された誰かは、死んだ事すら奪われた」
名前も知らない黒髪の女性。
彼女は死んでいる。
だが、リィナによって身体だけは生き続け、世間的には殺されたとは思われていない。それどころか、リィナを殺したとさえ疑われているかもしれない。リィナは彼女を殺し、身体を奪い、死を奪い、彼女の人生さえも奪った。
それは許される行為か否か―――答えは、自分には出せない。
「スノゥさんは、どうなんですか?リィナを許す事は出来るんですか?」
「私の事は関係ありませんわ。所詮、私のした事は単なる……八つ当たりなのですから」
「八つ当たり?」
「そう、八つ当たりですわ……」
しかし、本当はそうじゃないかもしれない。。
あれは八つ当たりなのではなく、明確な怒りを持ってリィナの正体を露わにした。
裏切り、だったのかもしれない。
裏切られたから、裏切り返しただけなのかもしれない。
真実、今となっては陳腐な言葉だ。
スノゥにとって、あのままリィナが死んだまま、殺されたという事が真実のままだったら良かったのかもしれない。あの場で、迂闊にも自分らしくない行為をしてしまったが為に醜悪な真実を知り―――勝手に裏切られたと思った。
あの晩、リィナがスノゥにかけた言葉は、スノゥの様に罪を重ねた者には決して口にする事の出来ない言葉だった。それ故に、何の罪もない少女から受けた言葉は、自分にとって眩しく、与えられる事すら許されない美しい言葉に思えた。
しかし、蓋を開ければ違った。
あれは同類からの言葉だったのだ。
罪を知らない少女の言葉ではなく、罪に塗れた同類の言葉。
だから、怒りを覚えたのかもしれない。
彼女が同じ場所に立っている事を。
彼女が自分と同じ無様な存在になり下がってしまった事を。
そうした想いが、あんな行動を生んだ。
結果、自分のした事は本当に単なる八つ当たりだったのかもしれない。
勝手に自分の理想を押し付け、そうじゃなかったから怒りを覚えた―――ただ、それだけの無様な行動。
現にリィナは姿を消した。
自身の罪を暴かれ、怪物である事を告白し、失いたくなかっただけだと言い残し、彼女はあの場から逃げるように姿を消した。
その後は誰も追おうとはしなかった。
美羽も、フェイトも、そしてスノゥも、誰も彼女の後を追う事はしなかった。もしくは、出来なかったのかもしれない。求めていた真実は、残酷な真実になってしまい、求めていた結末はこんなはずじゃなかった。
なら、自分達の求めていた結末とは何だったのだろうか。
リィナが死んで、犯人が捕まって、それでハッピーエンドになるという、三文芝居の様な結末を望んでいたとでもいうのか。
そもそも、自分はそんな事をする様な魔法使いだったか―――違うだろう。
何をしても失敗する、何も成し遂げられない、負け続ける魔法使いだろう。
なら、きっと今回もそうだったに違いない。
今回も失敗したのだ。
終わりも見えず、失敗して、後悔だけを残して、失敗して、残ったものは何もない。
失敗して負け続ける魔法使い、それがスノゥ・エルクレイドルだったはずだ。
「果たして、私は何を期待していたのですかね……」
行動せずに後悔するよりも、行動して後悔した方がマシ―――それは、成功した事のある者の言葉だから、綺麗に聞こえたかもしれない。何度も何度も失敗した自分だからこそ、その言葉の美しさに見惚れ、自身の愚かさから眼を背けた。別にあの子を責めるつもりはない。これは自分の失態だ。
【君は悪くない】
悪いのは自分だ。
【単に運が悪かっただけさ】
それは言い訳だ。
【大丈夫さ、次を頑張れば良い。私にはわかる。君ならやれる。絶対に―――】
まるで諦めろと言わんばかりの言葉に、怒りを覚えた。
ノイズの癖に頭の中で響く呪い言葉を消し去っても、後悔は残る。
何よりも強く残ったのは、去る彼女の顔。
彼女の顔に見えたのは――――悲しみだったのかもしれない。
「――――期待しても、良いと思いますよ」
アリシアが言った。
「スノゥさんが何に落ち込んでいるかはわかりませんけど、期待しても良いと思います。だって、期待するよりは期待した方が人生は楽しいと思いますから」
「……はぁ、若者らしい考えですわね」
「スノゥさんだって若いじゃないですか」
少なくとも、百年以上生きている様には見えない。
「人生はアナタの思っている以上に面倒で、残酷で、期待の無いモノなのですよ」
「それはまぁ、そうかもしれませんけど……けど、それを知ったからと言って、期待しないようにするなんて無理じゃないですか」
「…………」
「私は期待しちゃいますよ?この先、どんな素敵な事があるんだ、とか。何時か、素敵な人と出会って素敵な恋をするんだ、とか。楽しい事は期待するだけはタダです。なら、期待した方が何倍もお得ですよ」
「その結果、期待に裏切られても、ですか?」
「期待するもの、期待に裏切られるのも、結局は自己責任じゃないですか?相手に期待するのも自分の勝手。自分に期待するのも自分の勝手。勿論、期待に裏切られる事だってあります。私だって、何度もあります。それでも期待する事は止められません」
若いから―――などでは無い。
生きている年月など関係ない。どれだけ辛い経験をしていたのかも関係ない。
アリシアは自分の胸を手を当て、答える。

「私達は、期待しなくちゃ生きられない生き物じゃないですか」

未来はきっと幸福だなんて言えない。
この街に閉じ込められている時点で、少なくとも本当の自由なんて知る事は出来ないかもしれない。仮に外に出ても、世間からは怪物扱いされ、白い目で見られるかもしれない。人妖として生きている以上、それはずっと昔から知っている。
「これはそうですね……きっと、私達の【性能】なんですよ」
知ってはいるが、止められない。
麻薬にも似た快楽を求める性が、最初から持たされているに違いないとアリシアは思っている。そうした快楽を、幸福を感じる様に最初から出来ているに違いとも思っている。
「楽しみたいとか、幸せになりたいとか、そういうのって勝手に思うものですよね?賭け事でも負けるつもりで挑むなんて事はないですよね?勝負だってそうです。負けるとわかっていても、心の何処かでは勝てるかもしれないって思ってる。そうなる【性能】が私達の中にはあるんですよ」
「……なんだか、機械みたいですわね、それは」
だが、きっと人も機械も変わらないのかもしれない。
【生きる事】と【在る事】は同じ。
共にその場所に存在するという意味なら、どちらも変わらない。同時に、人も機械も共に勝手に生れるモノではなく、生み出されるモノ。
人も、機械も。

皆――――【人造】なのだから

「私もスノゥさんも、きっとそういう期待する【性能】があるから、気分が落ち込む事があります。それでも期待する事って止められます?止められませんよね?だって、それが私達の【性能】なんですから」
確かにそうかもしれない。
何度も何度も敗北と挫折を繰り返してきたのに、自分はまた期待していた。今度こそは成功すると期待するし、今度こそは勝てるかもしれないと期待する。どれだけ、裏切られ続けようとも、期待する事だけは決して止められない。
「まったく、嫌になる【性能】ですわね」
「でも、そっちの方が楽しくないですか?」
「楽しくはありませんが……そうですね、なんだかしっくりきますわ」
しっくりとくるから、気づいた。
「――――なら、彼女も期待しているのかもしれませんわね。こんな【性能】のせいで」
今、この場にいない彼女。
昨晩、真実に裏切られた彼女。
「もしくは、もっと別の何かで動いているのかもしれませんが……」
時計を見る。
もうすぐ昼の二時。
「アリシアさん、ご一緒にお散歩でもどうですか?」
「お散歩ですか?」
「えぇ、外は相変わらず暑いですが、クーラーの効いた部屋でいるよりも、もっと面白い事が起こるかもしれませんよ?」
「面白い事ですか……うん、良いですね、それ」
準備してくると言って、二階に上がるアリシアを見つめ、小さな溜息を吐く。
まったく、この街の住人はこんな奴ばかりなのか、と。
「いいえ、そうじゃありませんわね」
見ようとしなかったのだ。
そういう人間は世界中にいるかもしれない。だが、自分はそういう人間を無様だと罵り、軽蔑してきた。本当に軽蔑されるのは自分自身だというに、無駄な自信に騙され、運が悪いと勘違いして、見ようともしていなかった。
敗北する事には慣れている。
自分が敗北する事など、自分の【性能】の一つだ。
けれども、今回はそうじゃない。
童話の中の悪い魔女が負けるのはセオリーだが、
「惨めに頑張る主人公は、負けてはいけませんよね」
なら、もうちょっと頑張ってみよう。
結末は最低でも、結末の先にはもうちょっとまともなモノがあるかもしれない。
あの小さな教師が頑張っているのだ。
悪い魔女も、もう少しだけ、頑張ってみる事にしよう。
大丈夫、問題ない。
自分は負けても、負けるはずのない想いを持った主人公はいるのだから。




美羽が見上げるマンションは、自分の住んでいるアパートよりも高級感が漂う作りだった為、少しだけ後ろ足を踏みそうになった。
二十階建てマンションの入り口はセキュリティー管理がしっかりとしている為、中に入る事は難しい。その為、マンションの管理人に話を通す事から始めた。
自分の身分を明かしても、美羽の背格好から教師は愚か、大学生にすら見られない事が多い。それでも根気強く説明し、何なら学校に確認を取っても構わないとまで言ったところで、管理人は信じてくれた。
管理人として不味い行為という事は分かっているらしいが、美羽の熱意は信用するに値するものだと思ったのだろう。目的の部屋の鍵を渡して、中に入る事を許可してくれた。
エレベータの十階まで登り、一番奥の部屋へと向かう。
表札は無い。
外されたのではなく、最初から無い様だ。最近はこういう表札の無い部屋が普通にある為、別段珍しいものでもなかった。
鍵を差し込み、回す。
ドアを開け、中に入る。
ドアを閉め、靴を脱ぐ。
廊下は長く、リビングに着くまでの間に幾つかの部屋があった。物置、トイレ、脱衣所、寝室。自分の部屋よりも充実している作りに、何時かこんなところに住んでみたいものだと感心し、危うく目的を忘れそうになる。
リビングに入れば、高級そうな家具がズラリと並んでいる。
並んでいるが、それだけだった。
部屋に入って最初に感じたのは、生活感の無い雰囲気だろう。家具はあるし、テレビもあるし、女子高生が一人で住むには随分と充実している―――だが、それだけ。
ただ置いてあるだけに見える。
家具も置いてあるだけ。
テレビも置いてあるだけ。
まるで人形の部屋だ。
子供が遊ぶ人形の部屋。全てが作り物の可愛らしい家具は、大人になってみれば可愛らしいと思うよりも、不気味に思えてくる。人が入るには小さく、人形が生活しているわけでもない部屋は、生きているという認識が欠片も感じられない。
此処はそういう部屋だ。
部屋の中を見回し、人が入った形跡がある事に気づく。
当然だろう、此処は既に警察が入って探し物をしたに違いない。そして、それ以上に何者かが入った形跡が強いのは、ベランダにつながるガラス窓。中から鍵をかける仕組みのドアに片手くらいなら入れる事の出来る小さな穴が開けられていた。
誰かが侵入した。
警察では無い、堂々と入る事の出来ない誰かが。
冷房の入っていない部屋は少しだけ蒸し暑かったが、我慢して部屋の中を捜索する。何か探す物があるわけではないが、もしかしたら何か見つかるかもしれないという微かな望みを持って、部屋のあちらこちらを探す。
この部屋はもうすぐ空家になるらしい。
住んでいた者が死んでしまい、契約を更新する者もいないのだ。家具も売りに出されるか、処分されるかのどちらかだ。
リィナ・フォン・エアハルトは、この部屋の中でどのように生活していたのだろうか。
想像するが、全て間違いだろう。
何もかもが新しく、新品同様。
掃除はきちんとしている様だったが、綺麗すぎる為に不気味に思える。
本当に人形の部屋の様だ、この場所は。
冷蔵庫を開ければ、入っているのは飲料水だけ。冷蔵庫の横には段ボールに入った缶詰。キッチンも綺麗に掃除されてはいるが、使われた様子は無い。
確か彼女は一人暮らしだと聞いている。
一人暮らし。
肉親はいない。
孤独。
「エアハルトさん……」
リビングを出て、寝室へ。
入って少しだけ安心した。
此処だけは、少しだけまともだ。
毎日此処で寝ていたのだろう。
ベッドの上にある毛布は乱れて、そのままにされている。
衣装ケースは沢山の衣服が詰め込まれ、壁には学校の制服が吊るされている。
彼女はあの後、この場所には戻らなかったのかもしれない。
名前も知らない黒髪の女性を殺し、身体を奪い、此処には戻らずにずっと外に居た。その間、どのような生活をしていたのだろう。きちんとご飯は食べていたのだろうか、ちゃんとした場所で眠っていたのだろうか、危険な場所に足を踏み入れてはいなかっただろうか―――次々と心配事が生まれ、気づけば頬を伝う透明な雫が一滴。
「……生きていて、良かった」
あの時に言えなかった言葉を、本人の居ない場所で口にする。
「良かった……生きてて、本当に良かった」
伝えられなかった。
伝える事が出来なかった。
真実を前に、自分はリィナに何も伝える事が出来なかった。
何も言えず、何も出来ず、美羽は去りゆくリィナを見ているだけだった。後を追う事も出来ただろう、待てと口にする事も出来ただろう。出来る事、出来た事は沢山あったはずなのに、残った結果は無力の一言。
否、無力ではない。
何もしなかっただけだ。
リィナが生きていた喜びと、何もしなかった後悔が合わさり、涙となる。
嬉しさと後悔。
どちらも強く、どちらが大きいと比べる事は出来ない。
今はただ、二つの感情に身を任せ、頬を伝う涙が床に落ちる事を見守るだけ。
そうしてどれだけ泣いていただろう。
泣いているだけじゃ駄目だと、涙を拭いて捜索を再開しようとした。
「ん?もう良いの?」
突然、背後から声をかけら、飛び上がるほど驚いた。
「ちょっと、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか……」
寝室の入り口に背を預け、腕を組んで美羽を見ている者がいた。
「――――ら、ランスター、さん?」
制服姿のティアナがいた。
「気づくのが遅すぎです……」
そう言ってティアナは美羽にハンカチを差し出す。
かぁっと美羽の顔が真っ赤になる。泣いているところをずっと見られていたのだ。恥ずかしさのあまり何処かに隠れてしまいたくなったが、隠れる場所もない。仕方なくハンカチを受け取り、涙を拭く。
「鼻はかまないでくださいね」
ハンカチを鼻にあてた瞬間に言われた。
「そういうお約束はいりませんから」
「……はい」
ハンカチを返して、まず聞く事は一つ。
「あの、どうしてランスターさんが此処に?」
「何となくですよ、何となく……」
何となくは良いが、一体どうやって入って来たのだろうか。ドアが開いた音は聞こえなかった。
「あぁ、簡単ですよ。ちょっと街中でロッククライミングしてきただけです」
「ロッククライミング?」
「便利になりましたよね、鍵が無くてもドアから入れる優れ物があるんですから」
「…………もしかして、ベランダの窓にあった穴って」
「秘密ですよ?」
どうやら、リビングの窓ガラスに穴をあけた本人が目の前に居たらしい。
「私が入る前から居たんですね……」
「えぇ、十分くらい前から。いやぁ、びっくりしましたよ。急に誰か入ってくるから」
「何処に隠れていたんですか?」
「ベランダ」
彼女には一度、教育的指導をしっかりとした方が良い様な気がしたが、多分それでも更生はしないだろう。なにしろ、彼女はあのティーダの妹なのだから。
「はぁ……ランスターさん、これって住居不法侵入ですからね」
「知ってますよ」
「なら、やらないでくださいよ……」
「反省しています。次はもっと巧くやります」
やはり、反省する気は無いらしい。


「ふ~ん、そんな事があったんですか」
美羽はティアナに昨晩の事を話した。
最初は話す気は無かったが、美羽の誤魔化すような言動を不審に思ったのか、それとも美羽の誤魔化しがあまりにもだった為か、原因かは分からないが、あっさりとティアナに看破されてしまった。
「被害者が犯人ねぇ……これまた、意外な真相ですね」
真実をティアナに、生徒に聞かせて良いものか迷った。
自分のクラスメイトが人を殺していたなんて事実を、彼女に聞かせて良いモノか。もしかしたら、知らない方が幸せなのかもしれない。そうすれば、生徒達は何も知らず、リィナの死を、被害者としての死と受け入れたかもしれない。
「……ごめんなさい」
「なんで先生が謝るんですか?」
「それは……えっと」
「自分が悪くないなら、謝らないでください。そういうの、ウザイですよ」
「ごめんなさい……」
情けないと思った。
生徒達が街中を走り回っている最中、自分は真実を見つけたというのに、その真実を前にして何も出来なかった。ショックがあったのは事実だが、何も出来なかった事に変わりは無い。
「……はぁ、あのね、先生。先生は別に悪くないでしょう?今回の事だって、先生は自分なりに一生懸命した。その結果、何も出来なかった。これは別に先生が気を落とす事じゃありません」
「何か、出来たかもしれない……出来たかも、しれなかったんです」
「過ぎた事は過ぎた事でしかないんです。どうやっても過ぎた事を変える事は出来ません……っていうか、なんで私がこんな事を言わなくちゃいけないわけ?」
ティアナはベッドに腰掛け、部屋を見回す。
「随分と殺風景な部屋ね。アイツ、意外と淡泊なのかしら」
「ランスターさんは、平気なんですか?」
「リィナの事ですか?えぇ、別に平気ですよ」
特に気にしていないとティアナはあっさり口にする。
「この街に来る連中なんて、大抵はロクでもない連中ばっかりです。外で迫害を受けたとかで外に居られなくなった奴は、自然とロクでもない風になって行くんです。私の見てきた限りは、そんなもんですよ」
「でも、皆さんは良い人達ばっかりじゃないですか」
「それは見た目だけです」
天井を見上げ、ティアナは冷たい眼をする。
「ロクでもない連中が身を寄せ合って、ロクでもない事ばかりをするのは、少しでも自分達が他となんら変わりのない人間だって思いこむ為です。変な力があっても、人間らしく馬鹿な事が出来る。外と変わらないんだぞって下手な主張するだけなんですよ」
海淵学園はそういう連中ばかりが居るのだとティアナは言う。
確かに昔はそういう生徒達が多かったらしい。
元々は他の学校で問題を起こした生徒達が集まる場所だったが、今は生徒会長のおかげで何とか表向きは平穏を保っている。
「それが、何時の間にか自分達が何をしたかったのか、何を証明したかったのかもわからなくなる」
それは何時か破裂する風船の様なものだ。
「下手な主張をしている内に、最初の想いを忘れてしまうんでしょうね。自分達は外と変わらないと示す為ではなく、自分と外を恨み、馬鹿な事をする連中だってまだまだいます。そうした連中のおかげで、昔よりマシになったとはいえ、未だに海淵学園は不良の巣窟呼ばわり……だから、別に驚かないです。ショックも受けません。最初からわかっていた事なんですから」
外で化物呼ばわりされた者の心には、何時しか本当の化物が生まれる。
その化物を押し留める方法は一つ。
化物らしい悪になるのではなく、人間らしい悪になる事。
「馬鹿みたいですよね。化物になりたくないから、不良になるなんて……」
「ランスターさんは、どうなんですか……」
「私ですか?私は……どうなんでしょうね」
自分の事は自分が一番わかっているはずなのに、時として一番理解する事が出来ないのは自分。
自分は人間として悪いのか、それとも化物として悪いのか。
「先生はどう思います?」
「良い子だと思いますよ」
そう言うと、ティアナは吹き出した。
「あはははは、こんな歳にもなって良い子って……馬鹿にしてます?」
「誉めてるんですよ」
「そうは思えませんけどね――――けど、先生のそれは嘘じゃないってのは、わかります」
「嘘じゃないですよ」
「そう、嘘じゃない。嘘じゃないから、こうして此処にいるんですね」
人を殺した生徒は、良い生徒なのかと問われれば、多くの人は否だと答える。
美羽もそんな一人かもしれない。
だが、そんな一人だとしても、心のどこかでこう思っている自分もいる。
良い生徒とは、どんな生徒の事を言うのだろうか、と。
世間一般の良い生徒。
誰にも迷惑をかけない生徒。
悪い事をしない生徒。
間違いを起こさない生徒。
そんな生徒は、いない。
マニュアル通りの良い生徒など、いるはずがない。生徒は人間だ、神様じゃない。神様でない以上、間違いは起こす。時に道を誤り、誰かに迷惑をかける行為をする時だってある。なら、そういう時に良い生徒じゃないからといって見捨てるのかと問う者がいれば、美羽はこう答える。
「私も、良い生徒じゃありませんでしたから……」
ティアナの横に座り、昔を思い出す。
「特に悪い事をしていたってわけじゃありませんけど、昔の私は自己主張する事が苦手で、人と普通に話す事も出来ない子でした」
「へぇ、苦い青春の思い出ってやつですか?」
「苦くはないよ。苦くならなかったのは、そんな私の周りに凄い人達が一緒に居てくれたから」
「あぁ、そういえばそんな事も言ってましたね……どんな人達だったんですか?」
色々な人達が居た。
昔を思い出すだけで自然と笑みが零れる、そんな人達。
こんな自分でも受け入れてくれる人達、こんな自分でも助けてくれる人達だった。だから、こんな自分でも変わろうと思えた。
最初はぬいぐるみが無ければ人と話せない自分も、頑張って人と話すように努力した。意見を口にする事も恥ずかしかった自分も、頑張って意見を言える様に努力した。以前の自分、あの街に来る前の自分よりも、少しだけ前に踏み出す事が出来たのは、そんな人達が居たからだ。
「先生の青春時代か……もしかして、その人達の中に好きな人も居たりしたんですか?」
「うん、居たよ。私の初恋の人」
「へぇ、その人とは?」
「少しの間、付き合ってた」
茶化すようにティアナが口笛を吹く。だが、【少しの間】という言葉に、顔をしかめる。
「別れたんですか?」
「うん、別れちゃった」
「振られた?」
「う~ん、どうだろう……振られたというか、振ったというか。今でもちょっとわからない感じなんだけど」
初恋の人。
小さくて、力持ちで、優しい先輩。
少しの間だけど繋がっていて、少しだけど楽しい時間をくれた先輩。
「……ちなみに、別れた理由は?」
「聞きたい?」
「興味はありますね。私の周りでは、そういう話は全然だったので」
別れた理由、別れた話など、普通は人に聞かせる様なものではないが、その話をする自分は拒否する気はわかなかった。
その時、自分はどんな事を思っていたのだろうか。
自分の気持ちの整理をする為に言葉にしたのかもしれないが、不思議とその時の気持ちは、はっきりと思い出す事が出来る。
少しだけ甘くて、少しだけ苦い。
語る分には少しだけ辛く、少しだけ温かい。
そうとも、この話は辛い話ではないのだ。
少なくとも、新井美羽にとっては。
「まぁ、無理にとは言いませんけど……」
「それでも聞きたいって顔してるよ」
「……是非とも聞きたいですね」
自分に正直な子だと想い、自然と笑みが零れる。
「――――その人にはね、幼馴染がいたの。私の先輩だったんだけど、私から見ても凄いお似合いの二人だった。私のライバルはその人で、その人に負けないぞって、ずっと思ってた」
小さな勇気を振り絞り、ライバルに負けるものかと自分を奮い立たせ、手に入れたその人の隣。
涙が出そうな程嬉しくて、もう死んでもいいやと思えるくらい、最高だった。
交際した。
学生らしい交際をした。
ちょっとだけ冒険もした。
ちょっとだけドキドキもした。
そうしている内に、自分の中で何かが生まれた。
「負けない、負けたくない―――そんな風に思っていたからかな……付き合っていた時も、先輩がその人と一緒にいるのを見たと、凄く胸が苦しかった。私は先輩と付き合っているのに、恋人なのに、先輩があの人と話していると……凄く苦しくなる」
不安だったのだろう。
先輩があの人と自分、どっちの事が好きなのかと。
「そうしている内にね、気づいちゃったの。私と一緒にいる時と、あの人と一緒にいる時と、先輩の顔が全然違うって」
「うわぁ、彼女居るのに他の女も好きってことですか?最低ですね。その人」
「あ、違う違う。そうじゃないの」
気づいたのは、自分。
それに気づいた時、多分後悔したと思う。
気づかなければ、知らないままだったのなら、きっと自分は彼とずっと一緒に居られたかもしれない。
「変な話なんだけどね、私も何となく……納得しちゃったんだ。あぁ、この二人はお似合いだなぁ、この二人は一緒にいる方が良いなぁって……」
そして、それ以上に、
「先輩は、あの人と一緒にいるのが幸せなんじゃないかなぁ……ってさ」
「…………」
「――――うん、そうだ。私から振ったんだ」
美羽は笑っていた。
こんな話をしているのに、恋人を別の人に取られた悲しい思い出を話しているのに、ティアナの眼に映る美羽の顔には、まるでその事が誇らしいと思っている程―――綺麗だった。
「勿体ないですね、それは」
自分には考えられない話だとティアナは想っていた。
これを自分に当てはめれば、兄が他の女に取られたと同じ意味だ。だとすれば、自分ならとりあえず相手を殺すかもしれない。殺して兄を取り戻す事だって構わない。それほど、自分は兄を愛しているのだ。
「勿論、すごく勿体ないよ……あの後も凄い後悔した。泣いたりもした。でも、何時かそういう痛みも慣れてきて、自然と笑えるようになった。先輩とも、その人とも、前みたいに普通に接しられるようにもなってた」
大きな悲しみだと思っていたものは、何時の間にか小さな痛みにしかならないと知った。それを引きずり、心をすり減らしたところで何が変わるというわけじゃない。
そういう風に割り切った。
割り切る事を覚えた。
少しだけ大人になって、割り切れたのかもしれない。
そうしている内に時間は流れた。
色々な事があった。
先輩もその人も卒業して、自分も卒業した。
大学に進んで、昔を思い出して教師を目指すようになった。
別の先輩、如月双七と一乃谷刀子が結婚した、その先輩と一緒住んでいる友人、如月すずの自棄酒に付き合った。
トーニャが頻繁に街から姿を消すようになった。頻繁に帰っては来るが、何をしているかは不明だった。
友人、姉川さくらに彼氏が出来た。のろけ話がウザイと思う時がたまに傷だった。
自然と日々は進み、変わるモノと変わらないモノに気づけるくらいになった頃、ある知らせが飛び込んできた。
先輩とその人の間に子供が生まれた。
可愛い男の子だった。
「複雑じゃないですか、それは」
「複雑だったよ……だから、最初は会いに行くか迷った。迷って、悩んで、それでも会いに行こうって決めた」
怖かった。
命の誕生を祝福する事が出来るか不安だった。
「……そこで漸くわかったんだ」
生まれた命を抱きあげた。
小さくて、守ってやらねば生きていけない命。
両腕に収まってしまう小さな命だったが、確かに命の鼓動を感じる事が出来た。トクン、トクンと小さな鼓動。生きている、生まれてきた、此処に居る、命として存在している。
自分の事ではないのに、自分の事の様に喜んで、涙を流した。
そして、口にした。
祝福の言葉を。
大好きだった先輩、上杉刑二郎に。
刑二郎との間に子を授かった、七海伊緒に。
そして、新しい命に。

おめでとう、と言う事ができた。

「最初は後悔していたけど……その後悔も、あの子が生まれたおかげで後悔じゃなくなったのかもしれない」
瞳に映る家族の姿を前にして、後悔などするはずがなかった。
あれは初恋だった。
確かに実って、確かに終わっただけの初恋。
少しの間だったが、幸福を感じる事の出来た恋は、終わりと共に別の何かに繋がり、新しい命に出会う事が出来た。
「好きだった人は幸せになった。だからといって私が幸せじゃないって事じゃない。私は私の幸せがあるし、あの人にはあの人の幸せがある。なら、後悔していた自分が馬鹿らしく思えてきたんだ」
「先生はその頃からお人好しだったんですね……普通、そんな結論に行きますか?」
「しょうがないよ。そうなっちゃったんだから」
過去の自分。
現在の自分。
自分と他人が作り上げた、新井美羽という一人の存在。
成功は少ない、
失敗は沢山ある。
幸福は少ない。
不幸は沢山ある。
だからといって、それで自分が幸福じゃないかと言われれば、それも違う。
沢山の不幸は、多いだけの不幸に過ぎない。
そんな数だけの不幸など、一つずつが大きな幸福に負けるはずはない。
そして、幸福も不幸も自分の人生の一部だ。
後悔は、何時か終わる。
どんな辛い事があっても、引きずらなければ歩けない荷物を持ったとしても、取り戻せないかもしれない失敗をしたとしても、そこで足を止める事の方がよっぽど不幸だ。
「……今の私の後悔は、エアハルトさんに何も言えなかった事。生きていて良かったって、言えなかった事……だから、もう一度会いたい。会って伝えたい」
「リィナは会いたくないかもしれませんよ。なにせ、人殺しですから」
「それでも会いたい。これは、私の勝手だから」
「…………はぁ、リィナも厄介な人に目を付けられたわね」
人を殺した事の罪悪は自分が決める事ではない。それを決めるのは法であり、自分以外だ。
しかし、だからと言ってそれを度外視する気はさらさらない。事と次第によっては彼女に自首を勧める事だってあるだろう。
自分は、彼女をこのまま放っておく事など出来る筈がない。
何故なら、どれだけ未熟だとしても、生徒を放っておくような教師は、自分のなりたい教師ではない。
「先生、そんな見た目で熱血教師だったんですか?」
「なんか、そう言われると恥ずかしいものが……」
「不良高校にやって来た熱血教師……九十年代のドラマですね」
「もっと古いかもよ?」
こんな冗談も言える様になった。
あの頃のぬいぐるみは、もう役目を果たしたのかもしれない。
今度は、この口で、この心で、相手に伝えたい事を伝える。
「それじゃ、私はそんな熱血教師に手を貸すクールな生徒って所ですか……そういうポジションって最終回で更生するパターンですね」
「ランスターさんはそれで良いと思うよ。ティーダ先生の事を好き過ぎるのはちょっとアレだけど……」
「先生、教え子の恋を応援するべきでは?」
「そういう事をランスターさんが言うと、脅しに聞こえる」
「脅してますから」
「脅してるの!?」
後悔しない生き方なんて、実は無いのかもしれない。
どんな生き方、道を歩んだとしても、何処かに必ず小さな石ころがあり、躓いて後悔する時がきっとくる。こんな事になるなら、こんなものを選ばなければ良かったと後悔する時が来るだろう。こんなはずじゃなかったと想う時だってきっとあるだろう。
だが、それは一時の後悔でしかない。
躓いて、転んで、膝を擦り剥いて血が流れたとしても、立ち上がらなければいけない。立ち上がる理由は小さくていい。絆創膏を取りに立ちあがってもいい。服が汚れるから直ぐに立ちあがってもいい。そうやって立ち上がり、歩きだし、痛いと泣きながら歩いたって、何時か涙は止まる。
「―――――さて、と。それじゃ、こんな馬鹿話してないで、さっさと家探ししますか」
「その言い方は泥棒みたいだよ」
「やってる事は変わらないでしょう?」
「まぁ、そうですけど……」
今は、前に。
後悔しながら、前に。
「私はリビングを探しますから、先生は下着を漁ってください」
「その言い方は止めて!!私、変態じゃないよ!?」
「おっと失敬」
後悔しても、前に。
強くなくていい、弱くていい。
それでも、前に




「で、結局になにも見つからないと」
「ふぅ、疲れました……」
リィナのマンションを後にして、二人は並んで街中を歩く。ティアナは自前のバイクを押しながら、その横を美羽が歩く。ちなみに、一応海淵学園はバイク通学禁止の上に免許の取得は高校三年の後半と校則で決まっている。もっとも、それを守る生徒など皆無。その為、教師達も口煩く言う事もなく、精々事故や問題を起こさないように、と言う程度だった。
「リィナの奴、消える前に色々と処分したみたいね」
「え?そうなんですか?」
「そうなんですよ。部屋の中とか見れば、色々と……でも、そうなると完全に手詰りですよ、これは」
リィナを見つけるのは簡単ではないのはわかっていたが、こうも手掛かりが無いとお手上げに近い。警察に何らかの情報を貰えればいいのだが、残念ながら一般市民に捜査状況を提供してくる優しい警察など居るはずもない。
「下手したら、もう街から出てるって可能性もありですね」
「それじゃ……」
「―――あくまで仮説の一つです。諦めるのはまだ早いですよ、先生」
「……はい、そうですね」
生徒に元気を貰い、改めて自分に気合を入れる。
気合いを入れて―――ぐ~、と情けない音が響いた。
「そ、そういえばもう夕方ですね」
「もうそんな時間ですか……先生、何か奢ってください。私、結構頑張って手伝いましたから」
「普通、それって私から切り出すものであって、ランスターさんから切り出してしまっては、単なる集りです」
「それじゃ集ります。奢ってください」
間違った方向に正直な人だった。
「はぁ……わかりました。何がリクエストはありますか?」
「ステーキかお寿司」
「牛丼にしましょう」
「意外とケチですね」
「教育実習生の懐事情を舐めるな、です」
あまり財布の中身に余裕があるわけではないが、一応手伝ってくれたのだから、それなりのご褒美は与えよう。これも立派な教育だ―――多分。
テイクアウト可能な牛丼屋に向かう途中、美羽は周囲を見回し、呟いた。
「……居ない」
「何か言いました?」
「ううん、なんでもないです」
スノゥは言っていた。
街中を死人、怪物達が歩き回っている。
何かを探しているのかもしれないと言っていたが、今となってはそれが何か理解できる。
怪物はリィナを探していたのだろう。
美羽と同じで、理由は別で、リィナを探して街中を歩き回り―――今は、消えた。
消えた。
今日一日、美羽は怪物の姿を見ていない。
単に美羽が見つけられなかっただけかもしれないが、一度も見ていない事が逆に不安を煽る。
居ない、見つからないという事は、もう怪物達が探しまわる必要が無くなったという事になるのではいか。
必要がない。
見つかったから、必要がない。
足が、止まった。
「―――先生?」
怪物は、ヴィクターは、見つけた。
「ちょっと、どうしたんですか?」
目的の【モノ】を見つけた。
目的の【者】を見つけた。
見つけて、消えた―――確保した、という事だろう。
血の気が引いた。
嫌な予感が、予感ではなく、確信に変わった。

その時、携帯が鳴った。






相も変わらず趣味の悪い部屋だった。
無駄に豪華な装飾のされた部屋の中で、無駄に金のかかった家具、無駄に強欲を見せつける様な絵画や骨董品。全てに金はかかってはいるが、バラバラのパズルのピースを嵌め合わせた部屋は、美しさの欠片もない。
集めた本人に物の価値などわかるはずがないのだろう。単に高価で、単に持っているだけで価値があると勘違いしているだけにすぎない
「…………」
そんな部屋の中で、リィナは一人ソファーに座っていた。
こんな場所にいるだけで吐き気がする。
自分が使っていたマンションの部屋もそうだが、高級な物というのは自分の大きさを相手に見せつけるだけの必要のない物でしかない。そんな物に囲まれて生活する事が出来る人間の神経を疑ってしまう。少なくとも、品の悪い部屋は、居るだけで気分が滅入る。
今すぐにでもこんな部屋、出て行ってしまいたい。
だが、今の彼女にそれは不可能な事だった。
リィナの手足は鎖で拘束され、鎖の先は床の突起物に接合され、身動きが出来ない。
「…………」
部屋の趣味も悪ければ、これも立派な趣味の悪さだ。
昔からアレの趣味は最悪だ。
最悪の一言だ。
嫌悪する。
そして、自分もまた、アレと同じ存在である事もまた、嫌悪するに値する事実だ。
いっそ、このまま舌を噛んで死んでやろうかと思ったが、舌を噛んだくらいで死ねるものなら、もうやっている。怪物である自分はその程度では死なない。少なくとも、自分の本体である心臓を潰さない限りは、死ぬ事はない。
「…………」
死ぬ事も出来ないなら、逃げればいいのだが、それも出来ない。鎖に繋がれている事は問題ではない。今の彼女を縛る物は、眼に見えない鎖だ。
ギィっと扉が開く。
「やぁ、お待たせ」
待ってなどいない。
リィナは扉の向こうから現れたもう一人の怪物を睨みつける。
「おいおい、そんな顔をしないでくれ。私だって、別に好きでお前をそんな格好にしているわけじゃないんだぞ?」
「どうだか……」
「信用してくれないのか?この私を、【君の兄】である私を!?」
「だからだよ、【兄様】。私の中でもっとも忌み嫌う存在は、私とアナタだ。そんなアナタを信用するなんて出来ないに決まっている」
リィナが兄と呼ぶアレは―――ヴィクターはわざとらしく大きなため息を吐く。
「そうか、それは残念だ……まぁ、それでも私には関係のない事なんだがね」
そう言ってヴィクターはリィナと向かい合って座る。
「こうして会うのは一年ぶりだ……その身体は私の好みではないが、実に美しい。うん、やはりお前は美しいよ、リィナ」
「醜いさ。人の身体を奪わなければ、ただの肉片でしかない私など、この世でもっとも醜悪な存在だ」
「ははは、それは面白い答えだ。でもね、リィナ。僕が美しいと言っているのは、何もその女の身体ではない。美しいのはお前という存在だ。あのクソ爺の作ったモノの中で、私はお前が一番のお気に入りなんだ――――だから、お前だけは残した」
ヴィクターがリィナの頬に手を添える。
ゾッとするほど、冷たい手だった。
自分と同じ、死人の手が頬を舐めるように触り、唇に指をあてる。
ヴィクター・フランケンシュタインと名乗る男。
本名をヴィクター・フォン・エアハルトという怪物は、リィナが兄と呼ぶ存在であり、ある者に作られた怪物の一人―――いや、一つだ。
見た目は関係ない。
リィナの最初の身体は既にこの世には無い。時と場合によって様々な人間の体と人生を奪っていった事は個を表す姿など失っている。
「お前は他の失敗作とは違って美しい。他の失敗作とは違って、お前だけは私と同等の傑作だとクソ爺は言っていたが、クソ爺は何もわかっていない。アレにはお前の美しさがどれほどか何もわかっていない」
「私は美しくなんてない……兄様と同じ、怪物だ」
「怪物の何が悪い?人間などという未完成なモノよりも、我々の方がよっぽど完成している存在だ」
死人と死人が戯れている。
醜悪な光景だ。
「そんなお前をこんな未完成品共の住まう街に行かせるのは、私は反対だったんだ。だが、クソ爺は愚かにもお前を此処に送り込んだ。あぁ、なんて悲劇だ。こんな悲劇はシェイクスピアだって想像できない……」
ヴィクターは気味の悪い顔で、リィナの顔を見つめ続ける。
彼女が海鳴に移り住んだ、潜入したのはすべて、ある者の命令だった。
その者をリィナは【創造主】と呼んでいる
リィナとヴィクターを作り上げた科学者にして、ネクロマンサー。リィナと同じ怪物を作り出すことに生涯を捧げた愚者であり、厳格な異常者だ。
リィナが創造主の命令で海鳴を訪れた理由は、創造主の単なる気まぐれだった。
人工的に生命を作り出す実験を続けていた創造主は、研究に行き詰っていた。その最中、創造主は仕事の合間に出会った科学者との会話で、人妖の話を聞いた。最初は興味など無かった。自分は一から命を作り出す科学者だ。既に生まれている生命の事など、等の昔に先祖が調べ尽くしている―――しかし、ふと気づいた。もしくは、漸く気づいたのかもしれない。
創造主は人妖に新たな可能性を求め、今更になって人妖の調査を開始した。その手初めとして、自分の手駒を日本に送り込む事を決めた。
「お前も可哀想だよ。こんな島国のちっぽけな田舎町に送られるなんて」
彼は心の底から同情していた。あまりにも的外れな同情だったが、笑う事すら出来なかった。所詮、彼の言う事は彼の中のちっぽけな認識の範疇でしかない。
此処は、怪物達に囲まれた生活よりも、何倍も価値のあるものだった。
その価値を、リィナは自分で壊そうとした事を後悔していた。
「人妖の生態調査、もしくは確保なんて、お前のする仕事じゃない。お前にそんな雑用をさせるなんて、クソ爺も末期だったんだよ、きっと」
調査と確保。
友人を調査し、可能であれば確保―――誘拐するのがリィナに与えられた醜悪な使命だった。この口は各国の研究機関や情報機関によって絶えずそうした脅威に晒されているのは知っていたが、自分がその一人になるなんて、吐き気がする。
この国、この街に住まう人々は、人間なのだ。生きて、意思を持って、生活している生命だ。
それを、彼らは理解しようともしない。
「―――――なぁ、兄様。一つ聞いて良いか?」
「何だい?何でも聞きたまえ。優しい兄はお前の言う事を何でも聞いてやろう」
「なら、聞きます――――この事を、創造主は知っておられるのですか?」
創造主は自分の意思こそが全てであり、目の前にいるヴィクターがこんな行動をしている事を知ったら、絶対に許さないだろう。
「知っているとも……知っているが、もう関係ない」
ヴィクターは嗤う。
「クソ爺は、もうこの世にはいない」
その言葉に衝撃を受けた。しかし、衝撃を受けながらも、彼がこうして目の前にいる時点で何となく想像はしていた。兄は、ヴィクターはずっと創造主を憎んでいた。自分が創造主に作られたという事が許せず、創造主が自分に命令する事をずっと不快に思っていた。
ならば、何時かはヴィクターが創造主を手に掛ける事もあるだろうと想像していたが、
「愚かだな……兄様は愚かだ」
「違うな、リィナ。私は愚かではない。愚かなのはクソ爺だ」
「創造主を殺して、自由になったつもりか?解放されたつもりか?」
「あぁ、そうだ。お前を自由にして、お前を解放したんだ」
リィナの為と口にしながらも、その瞳に宿る狂気は自分の為である事を示している。この怪物に他人を思いやる気持ちなど無い。あるのは自分とそれ以外。自分と塵。自分こそが最上級であり、その他は全て下級。
「クソ爺の最後を聞きたいか?」
「聞きたくはない」
拒否をしても、勝手に話しだす。
創造主がどのように苦しみ、どのような最後を遂げたのかを自分に酔った喜劇役者の様に語る仕草は滑稽を通り越し、嫌悪感しか湧かない。
リィナにわかる事は、これで目の前の者を止める存在がいなくなったという失望。
「リィナ、我々は自由だ。自由になったんだ。もう我々を縛る愚か者はいない。此処から好きに生きて良いんだ。好きに生き、好きに殺し、好きに奪い、好きに――――」
「兄様!!」
不快な言葉を叫びで遮る。
「約束は覚えているか……」
「約束?」
「あぁ、約束だ。私はこうして兄様の下に戻ってきた。もう兄様の下から逃げようとは思わない。兄様の言う事なら何でも聞く――――だから、」
「だから?」
ヴィクターがこの街に現れた時点でこうするべきだったのかもしれない。彼はリィナを探す為、確保する為、それだけの為に平気で人を殺す。現に美羽達を殺そうとしたのは予想の範疇でありながら、あって欲しくない現実だった。
それでもリィナは逃げた。
逃げられると思っていた。
身体を変え、この街から逃げ出し、ヴィクターの手から逃げるつもりだった。逃げて、逃げて、そして時がくれば―――止めよう。そんな妄想を抱くだけ無駄だ。どの道、自分の行った残虐な行為は既に美羽達に知れている。自分が人殺しであり、怪物であり、人間ではないという事実を彼女達が知った今、自分に残された道は一つしかない。
「皆には手を出さない……この約束を守るという約束だ」
狙いが自分であるならば、こうするしか手はない。
この街には死んで欲しくない人達が沢山いる。傷つく事だってして欲しくない。だが、傷なら既に負わせてしまった。自惚れでないのであれば、自分は既に美羽達に失望という傷を負わせている。
だから、これ以上の傷を負わせる必要はない。負わせる事を許せるはずがない。
「守ってくれるんだろうな?
嘘も偽りも許さないという眼でリィナはヴィクターを見る。彼は無論だと頷く。
「私を誰だと思っている?私はお前の兄だ。お前の願いは全て聞き届けよう」
「本当だと信じても良いんだな」
「本当だとも。お前が私の下に戻って来たのなら、もうこの街には用は無い。二人で遠い場所に行き、好きに生きる。それが出来れば、私はもう何も望まない」
「そうか……なら、良い」
それを聞ければ、もう良い。
もう諦める事が出来る。
仕方がないのだ。
これ以外の方法は無いのだ。
自分が死んだ事にして、姿を消そうかと思っていたが、自分の死を美羽達が調べようとするなんていう予想外の展開が起こり、美羽達が怪物達に襲われるという最悪の展開が起きてしまった。
全ては自分のせいだ。自分が引き起こした事態なら、自分が責任を取るしかない。
「うんうん、私は優しい兄だ。優しい兄はお前の言う事を何でも聞いてやるとも」
そう言ってヴィクターは歩きだす。
諦めと安堵が同時に襲ってくる。
絶望と、ちっぽけな希望。
なのに、どうしてだろう。
ヴィクターは歩きだして、何かを思い出したように振り返り、言った。
「――――ところで、」
ドクンと心臓が大きく鼓動する。
「リィナ、お前の望みはお前の死を探っていた者達の命を助けて欲しい、だったな?」
額から嫌な汗が流れる。
ソレを見つめる瞳が閉じられない。
喉が異常に渇き、唾を飲み込んでも潤わない。
「あぁ、助けるとも。助けてやろうじゃないか――――しかし、だ」
ソレの眼がスッと細まり、口元が三日月の様に歪む。

「私を辱めた者達を殺してはいけないとは、言ってないよな?」

その一言で十分だった。
自分の中で何かが切れるのには、十分過ぎる。
力を込め、一瞬で鎖を引き千切る。
手足の拘束はあっさりと消え、座っているソファーを蹴る。ソファーはリィナの脚力により真ん中から真っ二つに折れ曲がりながら、ソレに向かって飛来する。ソレは自分に向かってくる砲弾と化したソファーを前にしても驚かない。
それどころか、面白いと嗤う。
ソレが手を前に差し出す。
成人男性と変わらない太さの腕だが、巨大な砲弾を受け止めるには不十分と思われた。だが、その腕に砲弾が激突した瞬間、破壊されたのはソレの腕はなく、砲弾。
くの時に折れ曲がったソファーが、逆のくの字に折れ曲がった。
ソレはその場から一歩も動いていない。
「癇癪かい、リィナ?」
ゲラゲラ、不快な嗤い声。
リィナは獣の様にソレに襲いかかる。
「――――ヴィクタぁぁああああああああああああああああああああああッ!!」
ソファーを砲弾に変えた脚力で飛び上がり、人間の身体を文字通り押し潰す事が出来る腕力でヴィクターに殴りかかる。
部屋に轟音が響き渡る。
突き刺さる拳。
血走る瞳。
怒りに満ちた意思。
その全てをヴィクターは片腕で受け止める。
「淑女として、そんな顔をするものではないよ、リィナ」
「黙れッ!!その減らず口を二度と叩けない様にしてやるッ!!」
「それは私を殺すという事かい?」
「あぁ、そうだッ!!殺すッ!!」
「そうか――――なら、」
怪物を前にして、

「教育してあげよう」

もう一人の怪物の瞳が、怪しく光った。




夜闇を切り裂き、一台のバイクが疾走する。
運転手はティアナ。後ろにティアナの腰に手を回して掴まっている美羽。二人は法定速度を無視して海鳴の街を走っていた。
先程、鳴った携帯はティアナの物だった。電話ではなくメールだったが、ティアナはメールを見た瞬間にバイクのシートの入っているヘルメットを美羽に投げて、乗れと命令口調で言った。
美羽は何がなんだかわからなかったが、素直にティアナの言う事を聞いてバイクの後ろに乗った。
十分ほど走らせ、バイクが止まった場所はテスタロッサ家。
正確に言えば、

テスタロッサ家の残骸だった。

「―――――」
美羽は言葉を失い、ティアナは胸糞悪そうな顔をする。
残骸という言葉が示すように、美羽の目の前にあるそれは、重機で徹底的に破壊された家の跡。家も、庭も、門も、全てが破壊された場所は、数時間前まで一軒家としてあった事が幻と思える程だった。
「これはまた……見事にぶっ壊れてるわね」
「そんな、どうして……」
二人はヘルメットを脱いで壊れた家に近寄ろうとしたが、これだけ破壊されているのだ、近所の住人が通報したのか、家の周りは警察官が取り囲んでいる為、近寄る事が出来ない。
その光景を見て、最初に想った事は住人の安否だ。
美羽が出る前に家の中にはプレシア、アリシア、スノゥの三人がいたはずだ。美羽は野次馬の一人に何があったのか、怪我人はいるのか尋ねたが、返答はわからないの一言。その一言で一気に不安が襲い掛かり、思わずその場に崩れ落ちた。
「先生、大丈夫?」
「ランスターさん、どうしよう……中に、居たら……」
「その点は大丈夫だと思いますよ」
そう言ってティアナは自分達の反対側の封鎖されている場所を指差した。
そこにはティアナと美羽に向かって手を振っている少女、昴の姿があった。昴は二人が自分に気づいた事を確認して、遠くを指差す。その方向には、確か小さな公園があったはず。どうやら、そこで合流しようといっているらしい。
二人は直ぐにその場から離れ、昴の指定した公園に向かう。
「中島さん!!」
「美羽ちゃん、良かったぁ……てっきり美羽ちゃんにも何かあったと思って心配したよ」
「私よりも、他の人は―――」
安否を尋ねるよりも早く、美羽の視界に公園のベンチに腰掛けるプレシアとアリシア、スノゥの三人の姿を見つけ、安堵の溜息を吐く。
「よ、良かった……」
「ほらね、あの家の住人はあの程度で死にはしないわよ」
三人とも外に出ていた為、怪我はなかったようだ。その代り、家の中に居たであろうアルフとリニスは少し埃を被っており、プレシアとアリシアが二匹の身体に付いた埃を手で払っている。
「はぁ……家のローンがまだ残っているのに」
「父さんが帰ってきたら、腰を抜かすかもね」
「それよりも、明日から何処に住もうかしら」
「別荘でいいじゃない?ほら、あそこってこんな時じゃないと使わないから」
「確かにそうね。最後に使ったのは何時だったかしら?」
親子の会話にまったく緊張感を感じられないが、逆にそれが安心できた。
「お二人とも、結構余裕があるのですね。普通は、もっと慌てるか呆然とするものなんですが……」
スノゥはそんな二人を前に呆れ返っている。
「慣れですよ、慣れ。ほら、家って結構こういうトラブルが多いんですよ」
「どういうお宅なんですの?」
「父さんと母さんは色々な怖い人から恨みを買ってるみたいで、そのせいで割と年一くらいでこういう事があるよ」
「…………」
「ちなみに、家が壊れるのはこれで三回目かな?あははははッ!!」
どうやら、家が破壊される事はテスタロッサ家では笑い事に入るらしい。
「ランスターさん、テスタロッサさんのお宅って……」
「私の知る限りでは、アリシアのお父さんって、その筋では名の知れた運び屋らしいです。プレシアさんは―――」
「いえ、もういいです。なんか、聞いたら色々とアレな気がするんで……」
無事は無事でいいのだが、今度は別の意味で不安になってきた。気にしたら負け、今は目の前の事に集中しようという現実逃避で何とか美羽は持ち直した。
「えっと……それで、一体何があったんですか?」
美羽が尋ねると、プレシアが待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「お隣の奥さんの話じゃ、顔色の悪い大柄の男達が車で乗り込んで行ったらしいんだけど」
「もしかして、ヴィクターを取り戻しに?」
違うとプレシアは首を振る。
「アイツなら、とっくに逃げ出してるわ」
それは初耳だった。
プレシア曰く、胴と首を切り離して、首だけで通風孔から逃げ出したというウルトラCを決めたらしい。一体、彼がどんな身体をしているのか気になるが、機能特化型なんていう怪物を作り出したのだから、自分の身体を改造するのも別に不思議ではない。
「つまり、これはヴィクターの仕返しなんでしょうか?」
「恐らくはね。まったく、私達が家に居ないってわかったら、出直してくるべきだと思わない?」
「いや、そういう問題じゃない気がしますけど……」
「家だってタダじゃないのに」
「だから、そういう問題ではなくてですね」
話が別の方向に流れ始めたが、軌道修正したのはティアナだった。
「ご自宅の事はとりあえず置いておきましょう。問題は、こっちです」
そう言ってティアナは自分の携帯を開く。
「さっき、街に散らばってる連中から連絡が来ました。私達が探していた人物―――リィナなんですけどね、それらしい人物を見かけたって情報があったそうです」
「本当ですか!?」
「はい。容姿は先生の言ったリィナの姿と一致していますから、多分リィナ本人です」
街中を探しているクラスメイト達には、リィナが殺害された晩に会っていた人物としか知らされていなかった。だが、街中のあらゆる場所から得た情報、捜索によってリィナが発見されたという。
時間にして三時間前、真夏だというのにコートを着た黒髪の女性が港に向かって歩いてく姿を目撃したという。
「港?どうして港なんでしょうか?」
「そこまでは知りませんよ」
港に泊まっている船に密航して国外に逃亡する気だろうかと考えたが、それが有力な候補だとは思えなかった。人妖隔離都市である海鳴には、そういう方法で外に逃げようとする者がいなかったわけではない。現に過去に何度かあった為、港から出航する船は厳重なチェックを受ける。
「けど、リィナの能力なら、切り抜けられる可能性は高いか……」
「そうでしょうか?私はその可能性はあまりにも低いと思いますわ」
スノゥは否定的な意見を口にする。
「ティアナさん、でしたわね。確かに彼女の能力なら、それも可能でしょう。ですが、私の見た限り、彼女がこれ以上自分の姿を変える可能性は低いはずですわ」
「その理由は?」
「彼女自身が、自分の力を忌み嫌っている様に思えるから、ですわね」
リィナは言っていた。
自分の能力は殺した相手の身体を奪い、自分の物とする忌まわしき能力だと。
「ですから、リィナさんがこれ以上、無意味な殺生を行うとは思えません」
「……それだけ?」
「えぇ、それだけですわ」
理由になっているようで、なっていないとティアナは指摘する。
「リィナが形振り構わずになってたとしたら、それは関係ないんじゃないの?」
「形振り構わない人が、あんな事をするとは思えませんがね」
「あんな事?」
「―――――あ、そっか」
思い出した様にアリシアが言う。
「美羽ちゃん、メール。確か、怪物が家を襲った時にメールが来たんだよね?」
「え?あ、はい……確かに来ましたけど」
アリシアはスノゥに尋ねる。
「これがリィナから送られてきたメールの可能性が高い、ですよね」
「私はそう思いますわ」
スノゥは言う。
リィナは何らかの理由で姿を消した。姿を消す為に人を殺し、殺した人物に成り代わった。その時点で彼女は姿を消す事に成功していたと考える事に違和感はない。だが、違和感はそこから先だ。彼女は姿を消したにも関わらず、この街に留まり、怪物がテスタロッサ家を襲撃する直前に逃げろとメールを送った。
「ファミレスの件だってそうです。彼女はまるで美羽さんを見守っていたかのようにあの場にいて、美羽さんが私の作った偽の警察官に連れて行かれるのを妨害しました」
「あれって、スノゥさんのお芝居だったんですよね」
「えぇ、そうですわ。美羽さんから死人が襲ってくる前にメールが届いたというお話を聞いて、もしかしたら彼女が美羽さんを近くから見ている可能性が高いと思いました」
リィナは姿を消したが、逃げてはいなかった。むしろ、姿を消した上で美羽をずっと監視していた。
「なるほどね……」
納得したとプレシアが微笑む。
「つまり、アナタはリィナちゃんが先生を見捨てる事が出来ないお人好しだと思うわけね?」
「お人好しというよりは、甘ちゃんですわね。彼女が成り変わった女性を殺したのは、彼女にとって最後の手段であり、最悪の手段だったのでしょう。だから、その手段をもう一度行使するとは考え難いのです」
「……なんか、納得いかないわね」
「当然ですわ。私だって自分で言っておきながら、半信半疑です―――けれど、」
そう思いたい―――とスノゥは言う。
その言葉に皆も同じ想いを抱いていた。
冷酷な殺人者ではなく、唯の人間に近い殺人者。
人を殺したことに後悔し、自らの犯した行為のせいで知り合いが危険な目に会う事を放って置く事が出来なかったお人好し。
「形振り構っていられない状況でも、まだ彼女には人間らしい部分があったという事ですわ……もっとも、だからと言って彼女が殺人を犯した事が許されるなんて免罪符にはなりませんけど」




扉が閉まり、ヴィクターは手についたリィナの血を光悦とした表情で舐めとる。妹の血をねっとりとした舌で何度も何度も舐め、付着した血を全て舐めとった後にハンカチで唾液を拭く。
「ふふ、初めての兄妹喧嘩も悪くない。あぁ、悪くない」
手に残った妹を痛めつける感触を思い出すだけで興奮する。あんなにも楽しく、あんなにも興奮する事を今までしなかった事を後悔さえする。
「全部が終わったら、またやろう。そうだな、裸にして、殴って、犯して、蹴って、犯して、痛めつけて、犯して、嬲って、犯して――――これは、私にだけ許された権利だ」
お前達もそう思うだろう、とヴィクターは尋ねた。
扉の外は体育館並みの広さを持った空間が存在し、その中には死色の怪物達が並んでいる。
怪物達の視線は一斉にヴィクターに注がれる。
怪物達はヴィクターの問いに答えない。
ただ、主に命を黙って待っている。
「―――まぁ、お前達はお前達なりの楽しみを見つければいいさ。なんなら、殺す前にお前達の無意味な性行為の対象にでもしてやればいいさ」
この国に来る前に作り出した怪物は、当初よりも数は減ったが問題はない。これだけの数さえあれば、たかが数人の人間を殺す事など造作もない。
怪物達には既にターゲットの顔はインプットさせてある。後は一言、たった一言怪物達に命令するだけでターゲットへと向かい、殺して帰ってくるだろう。
ターゲットは四人。
名前も既に判明している。
新井美羽、フェイト・テスタロッサ、プレシア・テスタロッサ、中島銀河。自分を辱めた許されざる人間達だ。彼女達を殺さなければ、大手を振ってこの国を発つ事は出来そうになる。そうしなければ、自分のプライドが許さない。
「殺せ。徹底的に殺せ。嬲り殺しにしろ。肉片一つ残さず、苦しめて苦しめて、絶望を与えて殺せ」
命令する。

「ヴィクター・フランケンシュタインが命令する―――諸君、虐殺せよッ!!」

怪物達は動き出す。
主の命を受け、標的となった者達の処理に。


そんな中、ヴィクター達の知らない内に一つの現象が、この中で起こっていた。
広い空間の中に、小さな物体。
怪物達を監視するようにギョロリと動く眼球。
誰もその視線に気づかず、眼球は瞼を閉じるような仕草をして―――その場から消え去った。






携帯が鳴った。
美羽の物でも、ティアナの物でもない。
「あ、私だ」
話し合いに参加はしていたが、終始黙り込んでいた昴は電話に出て、しばらく話していると、似つかわしくない深刻な表情を浮かべる。
電話を切り、
「――――港に怪物がいるってさ」
皆の表情が固まる
リィナは港に向かい、港には怪物がいる。
「港に停泊してるコンテナ船。その中に沢山の怪物と、趣味の悪い恰好した男―――後、鎖で縛られてる黒髪の綺麗な女の人を確認できたみたい」
情報を送ったのは、佐々木という男子生徒。彼は任意の場所に自身の視覚を転移させるという能力を使い得た情報から、その場所にリィナが居る事はまず間違いないと確定された。だが、その情報からすれば現在、リィナはヴィクターと怪物達と共にいる事になる。鎖で縛られているという点を踏まえれば、捕まっている可能性が格段に高くなる。
ティアナは昴に怪物達の数を尋ねるが、沢山という以外はわからないらしい。つまり、数えきれない程の怪物がその場所に居るという事になる。
「しかもね、目的は美羽ちゃん達みたい。変な男が皆を殺せって命令してるってさ」
プレシアは溜息を吐きながら、苦笑する。
「それはまた、随分と大人数で押しかけてくる気みたいね……昴ちゃん、リィナちゃんに怪我は?」
昴は眼に微かな怒りを灯らせ、
「結構、大怪我してるみたい」
「そう……」
その怒りが、プレシアにも移る。
敵はリィナを確保し、自分達を殺す為に大勢の怪物を街に放とうとしている。大勢の怪物達が街に出れば、最悪大パニックになる可能性も考えられるだろう。現に春頃に百鬼夜行を思わせる騒ぎが起こった時の事も考えれば、結果は見えている。
昴は携帯を見せながら、
「警察に連絡しますか?」
プレシアに尋ねるが、
「無駄でしょうね。顔色の悪い人を全員逮捕してくれって頼むわけにもいかないし、アレをこの街の警察だけで相手するには、少々難しいし……仮に相手ができるとすれば、月村の私兵部隊かバニングスさんくらいなんでしょうけど……」
「でも、このままってのは――――」
警察に通報するのが普通だろう。だが、問題は二つ。プレシアが言うように怪物相手に警察が相手になるのかという問題と、警察がこの話を信じてくれるかという問題だ。最悪、通報しても悪戯として処理され、最悪の事態が起きた段階で漸く出動という後手にまわる事になるだろう。
そうした考えを巡らせる中、美羽は無言で歩き出す。
「美羽さん、何処に行くのですか?」
「…………」
スノゥの問いに美羽は答えない。
だが、足を止め、空を見る。
夏の夜空は綺麗に輝いている。地上でこんなにも凄惨な事件が起きようとしているのに、空はまるで地上に無関心を決め込むように綺麗だった。その光景が、少しだけ腹立たしい。
「…………リィナさんを、助けに行く気ですか?」
「――――はい」
危険が迫っている。
自分達に危険が迫っているのは一目瞭然だが、それ以上にリィナには命の危険が迫っているかもしれない。既に大怪我を負っているのならば、最悪死に至る事だってあるかもしれない。
「放って置けません……」
助けに行く。
何もできない、ひ弱な自分が誰かを助けようとしている。
少しだけ滑稽だと思えた。
自分に何ができるというのだと、自分の中の冷静な部分が嘲笑っている。助けられてばかりで、自分一人では自分の身一つ守る事の出来ない弱者が、一体どうやってリィナを助けるというのだ。
わかっている。
そんな事は誰よりも自分がわかっている。
それでも、
「私は、したくないんです……何も出来ない事が、何も出来ないから何もしないなんて事は、したくない」
守りたいと思う事は愚かなのだろうか。
「私はあの時、エアハルトさんに何も言ってあげられなかった。何もしてあげる事が出来なかった。今だって、自分一人の力で何かが出来るとは思っていません。けど、それで何もしなかったら、きっと私は――――また後悔する」
無力でも何かしてあげたいと思う事は愚かなのだろうか。
「やらずに後悔するより、やって後悔したい―――そう思っているのなら、それは単なる自己満足ではなくて?」
「違います」
後悔なんてしたくない。
やらない後悔も、やった後悔も、どっちも結果はリィナを失うことになるというのなら、

「やる後悔も、やらない後悔も関係ない―――後悔する様な結末になる事が嫌なんです」

小さな手に力を込める。
小さな身体の中にある心に火を灯す。
「例え無力でも、後悔する結末なんて絶対に認められません。そんな結末は、私が辛くなるだけなら耐えられるけど、エアハルトさんにとって不幸な結末なだけです。だから、私はそんな結末は認めません。後悔する結末なんて認めません」
小さな教師の瞳に宿る想いは、建前でもなく、嘘でも偽りでもない。心の底からそう願い、その未来を否定する意志が宿っていた。
美羽の瞳に宿る意志―――決意を見た瞬間、スノゥは自然と笑みが零れた。
無様だ、と。
なんて無様なのだ、と。

こんな眼をした人々を、無様だと嘲笑っていた今までの自分は、なんて無様な存在だったのだろか、と。

きっとリィナはわかっていたのだろう。もしくは、わかってしまったのだろう。無力なくせに人並み以上の事を平気で口にし、実行しようとする美羽の想いに偽りはない。
だから彼女は守ろうとしたのだろう。
人を殺して、姿を消して、全てから逃避を行ったとしても、自らを必要とし、心配してくれるお節介でお人好しな小さな教師を。
だから皆が、力を貸そうとした――――否、力を貸そうとしている。
「でしたら、アナタは自分が如何すればいいのか、理解しているはずですわ」
スノゥの視線、美羽の視線が同じ場所を見つめる。
アリシアは大きなドラムバックを持って頷く。
プレシアは娘がやるなら当然自分も、という顔をしている。
ティアナは面倒だが仕方がないと溜息を吐く。
中島は「あれ?流れ的に私も強制参加じゃね?」な顔をしながら覚悟を決めた。
美羽は何も言わなかった。
言うはずの言葉は既に必要なかったと理解した。それでも言いたかった。こんな自分でも成し遂げたい事があり、自分一人の力ではどうにも出来ない。
だから、こう言うのだ。
「――――皆さん、お願いします」
返答はない。
返答はもう必要ない。
終わらせよう。
皆で終わらせよう。
最低な結末は認めない。
幸福な結末など無くとも、最低な結末だけは許せない。
「さて、それでは強襲に強襲を行いに向かいましょうか。こんな事件、さっさとケリをつけるべきですわ」
その為に小さな教師と負け犬な魔法使いは歩き出す。
「そうですね―――早く終わらせないと、」




「明日の補習に遅れちゃいますから」








次回『決戦な血戦』






あとがき
ども、散々雨です。
ノートPCからデスクトップPCにランクアップしました……Windowsをインストールすると自動でWord等が入ってると思っていた僕は阿呆です。というわけで、Word2010を購入してようやく投稿できました。
そんな阿呆が書いた第九話でした。とりあえず、

君、もう美羽じゃないよね?

最初はぬいぐるみ越しでしか話せなかったけど、次第に普通に話していた色々あって彼女がさらに成長した結果……もう原型ねぇよ!!見た目だけ同じで中身別人だよ!?反省してます。
以上が、七話くらいから考えていた事です。
次回はクライマックスなバトル回ですね、うん。
では、また次回。

PS
デスクトップPCにあやかしびとのデータを移したら、あやかしびとのデータだけ壊れました。装甲悪鬼村正はセーブデータが消えました……泣ける


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.049037218093872