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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/14 21:29
時系列に沿っていくのなら、事の発端はとある一人の男性、筋肉モリモリの素敵なナイスガイ、デビット・バニングスの一言から始まった。
「なぁ、鮫島」
「なんでしょうか?」
「ククリナイフってさ……浪漫があると思わね?」
リムジンを運転しながら鮫島は、また馬鹿な事を言いだしたと内心で溜息、表向きにしかめっ面で主へ返答を返す。
「そうですなぁ……浪漫があるかどうかは知りませんが、殺傷能力がある事は確かでしょうな。世間一般的にはバタフライナイフが有名ですが、漫画的に言えばククリナイフが印象深いですな」
「だよな。とある美少女ガーディアンだって持ってるし」
「何処の美少女ガーディアンかは存じ上げませんが……しかし、急にどうしたのですか?」
後部座席で腕を組みながらデビットは光悦した表情を浮かべている。明らかにヤバメな顔った。
「あの小僧の持ってたククリナイフを見てな、俺もたまには拳一つの戦闘からああいう感じにクラスチェンジしたいと思うんだよ。格闘家から戦士に転職する感じな」
「左様ですか。でしたら、今度発注しておきましょうか?二日三日もあれば届くと思いますが」
「今欲しいな」
「……それは困りましたな」
「俺は今、欲しい。鮫島、執事として主の所望するモノを五秒で用意するのが一流だと思わないか?俺はそう思う。だから今すぐ買って来い。ドンキとかに売ってるだろ」
「流石に殺しの道具は売って無いかと思われます」
「そうか?あそこは大抵のモンは揃うはずだ。ナイフから核ミサイルまで、よりどりみどり」
「はっはっは、そんな危険地域にあの愉快なBGMは似合わないと思いますよ、私」
こんな感じで二人は何時もの様に馬鹿な話をしていた。
とある海外の某国で起きた事件。
殺人思考者が好んで所属する秘密クラブの野外活動に運悪く巻き込まれ、そこで出会った人間離れした少年の持っていたククリナイフに厨二心を燻られた百歳超えの吸血鬼。
「どっかに売って無いかな……ファミマとか」
「ファミマにもローソンにもデイリーにも売ってませんよ」
「そっか、残念だ」
無いモノはしょうがない。どうせ、明日になればこの気持ちはあっさりと消えるだろう。欲しいモノは今すぐにでも欲しいが、時間が経てばその気持ちも薄れる。それよりも優先する事があるとすれば、愛娘の為に素敵なお土産を用意する事だ。某国では血みどろのドロドロな惨劇しか起こらず、お土産の一つも用意できなかった。いっそのこと、あの少年が連れていたモビルスーツのバ○ゥみたいな犬でも攫ってくれば良かった―――と、そんな事を考えていた矢先、
「――――鮫島、ちょっと止めろ」
吸血鬼の第六感がそうさせた。
ベンツは止まり、デビットは足早に車を降りた。何事かと鮫島が目を向けると、デビットの向かす先に奇妙な存在があった。
きぐるみ、なのだろうか。
一人(もしくは一匹)は細長いタヌキのきぐるみを着た―――いや、きぐるみというよりは、完全にUMA的なタヌキに近い生命体がいた。
その隣にはこちらはどうやら人間らしいが、白い猫のきぐるみから可愛らしい顔を出している少女。
つまり、タヌキと猫(のきぐるみを着た)がそこにいるのだ。
一匹と一人は道端に茣蓙を広げ、その上に様々な代物を並べている。どうやら路上販売か何からしい。この海鳴の街にもああいった露店商がいるのかと鮫島は微かに驚きを覚えた。
「おい、嬢ちゃん達」
そして主の発言に驚いた。
嬢ちゃん達、という事はどっちも少女なのだろうか。一人はどう見ても猫のきぐるみを着ている少女だが、もう一人―――否、一人というよりは一匹はどう考えてもタヌキだ。誰がどう見てもタヌキだ―――ぶっちゃけ、タヌキかどうかも疑問だ。タヌキにも見えるしキツネにも見える。どっちにしても本家に失礼な気がするが、とりあえず此処はタヌキだ。
「これ、売り物か?」
「およ?もしかしてお客さんかにゃ」
タヌキが喋った瞬間、そこに居たのはタヌキではなく、中学生くらいの少女だった。鮫島は目頭を押さえ、頭を振ってもう一度見たがタヌキではなく際どい服装の少女がいる。はて、自分は今まで幻想を見ていたのだろうか。しかも、隣にいた猫のきぐるみを着た少女は何時の間には大陸の導士の様な服に変わっているではないか。
「こんな場所で露店か?客足も悪かろうに」
「此処に来れるって事は、それを望んだ人が居るって事さ。もしくは、それを必要とする誰かが居るって事。わかりやすく言えば、週刊スト○リーランドの常連のおばあさんみたいな感じだね」
「なるほど、わかりやすい」
ちっともわかりやすくない。
「で、あの婆さんみたく素敵でバッドエンドしかない様な物でも売ってるのか?」
「まさかぁ。僕はあくまで良心的な物しか売らないよ。決して使い方を間違えてバットエンドになるような面白商品をお客さんに売ったりしないよ」
「…………どうだか」
導士服の少女が呆れた様に呟く。
「あのですね、お客様。念の為に言っておきますけど、此処に置いてある商品は全てが試験段階でボツに成る事が確定されてボツの中のボツ、キングオブボツな商品ばかりです……ですから、踵を返してさっさと帰った方が宜しいと私は宣言します」
「もう、鏡ちゃん。そんなお客さんを不安にさせるような事を言っちゃ駄目だよ?これ売らないと、今日の僕達の晩御飯は素麺確定だよ?全部ピンク色の素麺なんか嫌でしょう?」
「えぇ、そうですね。視覚的にもとても気持ちの悪い食材ですよ、あれ」
「当たりって言われるけど、ぶっちゃけ外れだよね、あれ」
「お前さん達の夕食には興味はないが……ほぅ、中々に面白いモノがあるじゃないか」
そう言ってデビットは幾つかの商品を見て行く。
「娘のお土産になりそうな物はあるか?」
「娘さんの年齢は?」
「九歳だ。多少大人びていて糞可愛くて、目に入れて二度と出て来れない様に消化したいくらいに愛らしい娘だ」
「親バカだねぇ、お客さん」
「むしろ、ちょっと怖いです……」
執事的にも怖いと思った。
「けど、そんな可愛いお子さんにお勧めなのは、この商品――――」
際どい服装の少女が手にしたのは、キラキラの装飾がされたステッキ。日曜八時半からやっている小さな女の子と大きな男の子が好きそうなキャラがブンブン振り回していそうなステッキだった。

「その名も【特定年齢&異性専用マジカルステッキ】だよ!!」

ジャジャーンと後ろに隠してるラジカセからBGMを流し、少女はステッキを天に掲げる。
「これさえあれば誰でも一瞬で魔法少女に変身可能!!別に白いナマモノと違法契約する必要もなければ、R指定な作品でありがちな副作用も展開もぬふふな展開もない、正真正銘の魔法少女になれる優れものさ!!」
「……まぁ、玩具にありがちなキャッチコピーだな」
デビットはステッキを受け取りマジマジと見て―――何故か、悪寒は走った。
言い様のない寒気。恐怖に近い何か。でも自分以外に振り掛る不幸であればちょっと楽しめそうな素敵な展開が待っていそうな高揚感。
「玩具、だよな?」
「もちろん玩具だよ…………普通の女の子が持てばね(モスキート音並の小声)」
「―――今、聞き逃してはいけない何かを聞いた気がするぞ」
吸血鬼の聴覚ではっきりと不安を煽る様な言葉を吐いた少女。
「あれ?聞こえちゃった?でも大丈夫。娘さんが持つ限りは何の問題もない。害もなければ不幸もない。誰も傷つかずにトラウマも残さない、正真正銘のプラスチック製のちんけな玩具だよ」
「…………」
物凄く不安になる事を言われた気がする。
「…………本当に大丈夫なんだろうな?」
「もう、心配性だねぇ、お客さんは。よし、だったらオマケでもう一本付けて上げるよ。更にでレギオン飼育セットも付けてお値段なんてたったの五百万円!!」
「安いな」
「安いんですか!?」
導士服の少女のツッコミをスルーして、デビットは財布から札束を出していた。
「現金でだ。ちなみに、クーリングオフは効くのか?」
「僕達を見つけられれば効くけど、多分、二度目は無いと思うよ。ボーナスキャラみたいな感じだから攻略掲示板でも見ないとほぼ見つからないね」
二本のマジカルステッキを一瞬でラッピングし、オマケでレギオン飼育セットと共にデビットに手渡す。
「良かったね、これでパパの株もウナギ登りだ」
「あの、お客様……悪い事は言いませんから、買わない方が良いかと。今なら返品可能ですので……」
「ちょっと鏡ちゃん、何を言うのさ?」
「アナタは黙っててください、マグダラ」
「五百万だよ?五百万。これだけあれば雨風凌げる場所でゆったりライフして、鏡ちゃんの次のバイト先を見つける事だって可能だよ?その気になれば就職だって出来るよ?」
「しゅ、就職……」
その言葉に特別な魅力があるのか、少女は額に手を当てて考え込む。
「何はともあれお金は大事。これだけあれば面接用のスーツも買える。その服で面接行って試験官にグチグチ言われなくて済むんだよ?」
「う、うぅ……」
「ほらほら、誘惑に負けちゃいなよ。基本的に誘惑に弱い駄目駄目っ娘なんだから、さっさと堕ちちゃいなよ―――そして僕の為にお金を稼いで来てよ」
この二人がどういう関係かは知らないが、あまり深く聞いてはいけない様な気がしたのでデビットは早々に立ち去る事にした。
その間、二人はお金と生活という実に現代的で、ファンタジー要素ゼロな会話を繰り広げていたが、今は関係ない。
ともあれ、こうして事件の発端となったモノは登場した。
時間はこれからしばらく進む。
四月の事件が終り、五月はそこそこに平和に終り、梅雨も明ける六月の後半へと時は進む。




【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』




ジメジメとした空気も終り、カラッとした乾いた空気が戻り始めた頃。なのはとアリサは放課後の教室で馬鹿な話をしていた。
何時もの様に馬鹿な話、つまりは中身が何もないという事だ。
こういう場合、最初に馬鹿な事を言うのは決まってアリサ・バニングスである。
「魔法少女ってさ……どう思う?」
「あ、アリサちゃんがまた馬鹿な事を言ってる」
「黙りなさい。前回もそうだけど、私の事を馬鹿馬鹿言い過ぎよ、言っておくけど、成績的には私の方が上なんだからね」
「成績は、ね」
なのはの発言は何時も通りなので、アリサも何時も通りにスルーする事にする。
「とりあえずさ、魔法少女ってどう思う?」
なのは曰く、
「所詮、大人の為の偶像」
「アンタ、少しは子供らしくしなさいよ」
とても子供っぽくない発言だった。
「でもね、アリサちゃん。九歳になったのに今更魔法少女って……いや、少女だけど」
「夢がない子供ね。少しは子供らしくしなさいよ」
「え~」
「え~、じゃないの。大体さ、前々から思ってたんだけどアンタには子供らしさってのが無いと思うのよ。私を見なさいよ。私こそ子供、どこからどう見ても子供、古今東西の全ての何かに愛された子供の中の子供よ!!」
「まぁ、いいけどさ……で、魔法少女がどうしたの?なりたいの?なりたかったらアリサちゃんに【ゼロのアリサ】って二つ名をあげるから」
「あれは魔法少女じゃないわよ」
「え?そうなの?」
「そうよ。詳しい事を語れば二時間三時間は余裕で語れるけど、今は置いておくわ。とりあえずは今の私達が語るべきは魔法少女よ」
職員室に行ったすずかが速く帰ってくる事を望みながら、適当に相手をする事にした。
「その前にアリサちゃん。その手に持っている奇妙な物体は何?」
「見てわからない?マジカルステッキよ。魔法少女の基本アイテム。後はマスコットがあれば私もアンタも今すぐ魔法少女よ」
「うわぁ、なりたくないな~」
こんなキラキラでピカピカで安物臭いステッキを持った自分を想像して、
「鬱になりそう」
「なんで鬱になるのよ?いいじゃない、魔法少女。リリカルでもマジカルでも好きなキーワードを使って魔法少女になりなさい」
「嫌だよ。大体さ、魔法少女って需要あるの?」
「あるに決まってるじゃない。過去はサ○ーちゃん、現在はマ○カ。日本という国は昔から魔法少女という偶像を追い求める習性がある。それ故に需要も無くならない。ネット的にいうなら俺得よ」
自信満々に言うのは良いのだが、こんな玩具を学校に持ってくるのはどうかと思う。教師に見つかったら確実に没収されるだろう。
「その点は大丈夫。実は昨日の内に没収されて、さっき返してもらった所」
「アリサちゃん、学校をなんだと思ってるの?」
「社会の縮図」
「変なとこだけ大人ぶらないでよ」
「良いのよ、そんな些細な事は。とりあえず、これはアンタの分よ」
そう言って手渡されるが、
「何で私の分?」
「似合いそうだしね、アンタ」
「止めてよ。九歳になって魔法少女って……人として恥ずかしい」
「…………なんでかな、アンタが否定したら色々と問題がある気がするわ」
「良いんじゃない?」
「……まぁ、良いけどさ。それはさておき、これをどうしてアンタに渡すかと言えば……なんだけど」
アリサは鞄の中から一冊の本を取り出した。
「何それ?」
「取り扱い説明書」
「何の?」
「マジカルステッキの」
「…………これ、玩具だよね?玩具なのになんでこんなに分厚い説明書があるのかな?」
タウンページ並みの分厚さだった。
「最近の玩具は優秀なのよ―――と、言いたい所だけど実はそうじゃないかもしれないの」
何故か神妙な顔でアリサはページを捲る。
「この取り扱い説明書。妙に生々しいというか、無駄に凝っているというか、読んでいる内にこれが本物なんじゃないかと想いこんでしまうくらいに」
「病院に行こうか」
「もうちょっと人の話を聞きなさいよ!!」
「だってアリサちゃんの話っていっつも似たり寄ったりっていうか、話の内容が固定されてるというか、同じというか、つまらないというか、面倒というか―――ぶっちゃけ、面白くない」
「……アンタ、本当に私の友達?」
「うん、友達だよ!!」
友人の笑顔に若干の偽りを感じる。
「ま、まぁいいわ。ともかく、このマジカルステッキなんだけど、どうも本物臭いのよ」
「言ってる意味が良くわからないけど……根拠はあるの?」
見た目は玩具売り場で普通に売っていそうな何の変哲もない玩具のステッキだ。だが、触ってみれば、
「あれ?」
なのははステッキを手にした瞬間、奇妙な感覚を覚えた。身体の中に何かが沁み渡り、玩具のステッキであるにも関わらず【力を備えている】という事が感じ取れた。だが、この感覚はなんだろうか。まるで【昔から知っている事】を思い出す様な、失くしていたモノを手に入れるような、そんな感覚だった。
「別に根拠はないけど、私の勘がそう言ってるのよ。これは本物だって事。そして説明書を読んでこれは物凄く面白い事になるだろうって事がね」
悪党な顔をするアリサだが、彼女は気づいていないのかもしれない。なのはが感じたのは勘という曖昧なモノではなく、確かにこのステッキに通っている【知らないけど知っている力】があるという事だ。
「というわけで、これをアンタに持って帰って欲しいのよ」
「どうして?」
「これを見て」
説明書の最初の一ページ。そこにはこう書かれていた。

【このステッキは成人男性用です】

「…………」
「どう?」
「いや、どうって……どういう事?」
「そのままの意味よ」
「いやいや、この子供用で尚且つ女の子用のステッキがなんで男性用なのか説明してほしいよ」
何処の世界に男性専用のマジカルステッキがあるというのだ。ファンタジー映画に出てくる白ひげの魔法使いが浸かっているステッキ、杖なら問題は無いかもしれないが、これはアニメで良く見るステッキだ。その風貌、異質さからしてとても男性用とは思えない。
「だから説明書に書いてあるのよ。このステッキは成人男性。二十歳以上の男の人しか使えない特別仕様だって」
「お酒も煙草も二十歳からだけど、マジカルステッキが二十歳からって話は初耳だよ」
「斬新でしょう?」
「作った人、もしくは考えた人の頭を疑うよ」
そしてこれを信じて自分に託そうとしている友人の頭もだ。
「これが本物なら……ククク、虎太郎がこのステッキを使ってマジカル中年に大変身……最高じゃない」
「アリサちゃん……」
「あ、デジカメも渡すから。その様子をしっかりと撮ってくるのよ。いい?これは最優先事項よ」
「…………」
どこからツッコンで良いかわからなくなってきたが、とりあえず現時点でアリサの頭の中はこれが本物だと認定している。ゲームのやり過ぎで現実と幻想の区別がつかなくなってしまったという話を良く聞くが、まさか友人がその被害者になるとは思ってみなかった。
目頭が熱くなり、顔を反らす。
「ん?どったの?」
「アリサちゃん……私、どんな事があってもアリサちゃんの友達だよ」
アリサの手を掴み、なのはは心に決めた。
どんな事があっても、頭が馬鹿という常識的な範囲をホップステップジャンプで飛び越えてしまい、可愛そうな所まで逝ってしまった友人が目の前にいる。だが、それでも自分は彼女の友達だ。自分だけは、自分だけは彼女の為に親身になってあげよう。それが友達というものだ。
齢九歳の、重すぎる決断だった。


そして時間は更に進み、事件は起きた。




一日の労働を終え、九鬼耀鋼はアパートにようやくたどり着き、一息ついていた。
今日は客先でトラブルがあり、予想以上に仕事が長引いてしまった。時計をみれば既に時刻は夜の十時に近い。
途中、コンビニで缶ビールとツマミ、煙草を購入して明日は今日の後片付けかと若干気が滅入りそうなるが仕方がないと自身に言い聞かせ、虎太郎となのはが待つアパートのドアに手をかけ、ドアを開く。
「帰ったぞ」
そう言ってドアの向こうを見て、
「―――――失礼、間違えた」
ドアを閉めた。
「…………」
奇妙なモノを見た気がした。
いや、奇妙というよりは奇抜、もしくは奇怪なモノを見た。
あれは夢か幻か、仕事のしすぎで疲れが溜まったのかもしれない。そういえば、有休が溜まっているので消化しろと言われている。そろそろ有休を使って休むのもいいかもしれない。そうだ、そうしよう。一日仕事もせず、のんびりとするのも悪くない。
だからあれはきっと幻に違いない。
自分にそう言い聞かせ、自分が立っている場所が虎太郎が借りている部屋である事を確認し、言い知れぬ不安感を拭い去れないまま、再度ドアを開けた。



加藤虎太郎が魔法少女の恰好をしていた。



ドアは再度閉じられる。
「―――――――なんだ、あれは?」
今まで数多くの死地を駆抜け、数多くの強敵と闘ってきた彼は、此処に来て久方ぶりの戦慄という感覚を抱いていた。
少なくとも、先程見えたのは虎太郎であって虎太郎ではない。仮に虎太郎だとしても変態という名の虎太郎に違いない。むしろ変態だ。ド変態だ。別に女装趣味にとやかく言うつもりはないが、あまりの出来事に流石に思考が追いつかない。
ツッコミでもボケでもない自分にはとても対処できない気がした―――そういう意味では九鬼という男はある意味で一般人的な部分を持っているのかもしれない。
頭を抱えているとドアが開き、もう一人の同居人であるなのはが顔を出していた。
「あ、あの……九鬼さん」
「なのは。どうやら俺は疲れているらしい。あり得ない幻想を見てしまった」
「えっと……多分、幻想じゃないかと想います―――ぶっちゃけ、現実です。最悪な事に」
「……現実、か」
「はい。現実です」
現実ならば受け入れるしかない。
そして挑む必要がある。
九鬼はドアを開け、部屋の中に入る。
部屋の中央には魔法少女の恰好をした虎太郎が咥え煙草をして腕を組み、哀愁漂う表情を浮かべながら窓の外を見ていた。
「……加藤、お前」
「言うな。何も言うな……」
「いや、しかし―――」
「お前の言いたい事はわかっている。俺だってこれが現実だと信じたくない。何度か自分に石化した拳を叩きこんで二、三回失神してみたが……」
煙草のフィルターの部分を噛みしめる。
「これが、現実だった」
「そうか……」
なんと言えばいいのだろうか。
どういう対応をすればいいのだろうか。
「九鬼さん……」
なのはが不安げな顔で九鬼を見つめ、隻眼となった瞳を閉じ――――現実を受け入れる覚悟を決めた。




時計の針は十一時を告げる中、加藤家は未だに全員起きていた。
ちゃぶ台の上には口の空いた缶ビールが二本並び、加藤と九鬼がそれぞれ無言で口にする。なのははオレンジジュースをちびちびと飲みながら二人の様子を窺っている。
誰が最初に言葉を発するのか、何と言うのかを考えている。
そんな中で最初に口を開いたのは九鬼だった。
「念のために聞いておくが……お前にその手の趣味はあるのか?」
「無い」
虎太郎は即座に否定し、煙草に火をつける。短時間の間に煙草は既に十本を超えている。
「本当か?」
「本当だ」
「俺は別にそういう趣味に否定的ではないぞ……無論、俺はやる気もないが」
「俺にだってない……」
「そうか……」
重苦しい雰囲気が部屋の中を支配する。
なのはは困惑していた。
虎太郎が魔法少女―――魔法中年に変身してしまった事はもちろんの事だが、それ以上にこの状況になっても加藤と九鬼、互いに実に大人な対応をしているという事にだ。
これがアリサやすずかが居る時を想定した場合、ボケとツッコミは怒涛の勢いで繰り広げてギャグ的な雰囲気が強くなるのだが、
(お、重い……この二人が一緒だと、とてもギャグにならない!!)
見た目はどう見てもギャグなのだが、二人の間には完全なシリアスな雰囲気が漂ってしまっている。このままではどう考えても緩い空気にも軽い空気にもなりはしない。
ダンディな大人が真剣に事の現状を把握しようとしている空気は、とてもじゃないがふざけた事を口にする事は出来ない。それどころか、普通に自分が口を挟んで良いかもわからない。
「さて……とりあえず、どうしてこんな事になったのか教えろ」
「原因はこれだ」
虎太郎がなのはがアリサから貰ったマジカルステッキを九鬼に見せる。
「何だそれは?」
「マジカルステッキ、らしい」
「マジカルステッキか」
「あぁ、マジカルステッキだ」
(マジカルステッキっていう単語がこれほど似合わない二人がマジカルステッキっていうと何かシュールな気がするけどやっぱりシリアスモードになって全然面白味がない!!)
虎太郎は事の経緯を話しだす。
発端はなのはが学校から持ち帰ってきたマジカルステッキだった。先日、アリサが学校にこの玩具を持ちこんで居たので拳骨を喰らわせるついでに没収し、今日の放課後に返したのだが、そのステッキが何故かなのはの手にあった。九歳といってもまだ子供、こういう物が好きなのかと想ったが様子が何かおかしかった。マジカルステッキを持ちながら虎太郎をジッと見つめ、何かを言いだそうとして止め、それでも勇気を出して口を開き、やっぱり止めるという行動を繰り返す。
そして、等々覚悟を決めたのか、なのはは虎太郎にマジカルステッキを渡した。そして持ち手の部分にあるスイッチを押してくれと言われたので、虎太郎は特に疑問に思わずスイッチを押下し――――悲劇は起こってしまった。
「奇妙な事もあるものだな」
「まったくだ」
(それだけ!?それだけなの!?)
現在の虎太郎の恰好はまさに魔法少女の恰好をした変態だった。
フリフリなスカートに胸元にリボン。白のハイソックスに頭には猫耳。全体的にカラーリングは虎柄。大阪のおばちゃんが着ていそうな派手な柄をした派手は魔法少女の姿が此処にある。
「その服は脱げないのか?」
「試したがまったく脱げない。この服自体が俺の身体の一部の様にまったく離れない。どんな力があってこうなっているかは知らないが、手の込んだ事をしてくれる」
十本目の煙草を消し、即座に十一本の目の煙草を口に加える。
「服以外に変化はあったか?」
「特にはないな。強いていえば無性に甘いモノが喰いたくなった―――が、喰ったら取り返しのつかない事に成る気がして気合で我慢している」
「懸命だ。一種の薬物依存状態に近いのかもしれいが、そこで接種してしまえば何が起こるかわからん。最悪、今よりも酷い状態に成る可能性もある」
「元々、甘いモノは好きじゃないんでな」
黙々と現状把握を続ける大人達に、なのははおずおず手を挙げ、
「あ、あの……こういう物があるんですけど」
アリサからデジカメと一緒に受け取った説明書を取り出す。とてもじゃないが、この状況でデジカメなんて出せる雰囲気じゃない―――最悪、死ぬかもしれない。
「取り扱い説明書か……なるほど、確かにこういう物がなければこんなモノは運用できまいよ。細菌兵器とて、使い方がわからなければ被害を被るのは使用者自身だ」
九鬼は説明書を開き、最初の一文。つまりは【成人男性専用】という一文を読んで眉を顰める。
「男性専用……男性専用にする意味があるのか?」
「精神的苦痛を伴うとすれば男の方が大きいだろうが、もしかしたらそれ以外の何かがあるのかもしれんな」
「男のみに作用する理由がある、という事か」
「恐らくは」
(単なる嫌がらせだと思うんだけど……)
ページを捲り、マジカルステッキの性能をじっくりと見つめる二人。
「なるほど、どうやらその服には耐衝撃など、戦闘用に優れた部分があるらしい。耐衝撃性の他に耐熱に耐寒、オマケに耐刃に耐弾とは……何処かの機関の兵器の一つ、という事か」
冷静に的外れな事を口にする九鬼。
「その可能性は高いな。しかし、この無駄に派手な格好に意味があるのか?」
「敵の目を引きつける、という点では優秀な部類に入るだろうな。そんな恰好をした奴が戦場に立てば大抵は度肝を抜かれる」
「お前さんにも効果があったという事はそれなりに的確だという事か……面白い考えだ」
(本気で言ってるの!?実はツッコミ待ちとかじゃないですよね!?)
更にページを捲ると今度は服ではなくステッキ自体の詳しい性能が記載されていた。
「ほぅ、これは中々面白い代物だ」
九鬼が微笑を浮かべ、虎太郎に説明書を渡す。
「……専用の動作とキーワードを組み合わせる事で複数の攻撃が可能?」
「火、水、風、雷……まるで魔法だな」
「伊達にマジカルステッキというわけじゃないらしいな。面白い」
(今の二人の状態の方がよっぽど面白いですよ)
「仮にこれが全て実現可能だとすれば、何処がこれを開発した?」
「さぁな。俺が知る限り、こんな奇天烈なモノを作る機関は無い」
「だが、仮にこれを作った連中がこれを本格的に軍事利用しようとすれば―――」
「トンデモない事になるな」
(無いと思うけどなぁ)
話の方向が段々血みどろな方向進んでいる気がする。某国の陰謀だとか、某組織の発明品だとか、数年前に潰した暴力団の話とか、某政治家の裏とか、某大統領の性癖だとか、とにかく一般人が聞いてはいけない事はもちろん、小学三年生が聞いてはいけないような話題にシフトチェンジしようとしていた段階で、なのはが口を挟む事は出来ない。
何とかしてこの状況を打破しなければならないという想いはあるのだが、なにぶん事態が事態だ。如何にアホらしくても、そろそろ眠りたいなと思っても、なんか最後まで付き合わないといけない雰囲気がプンプンする。
だとすれば、とりあえずどうすれば虎太郎が元の姿に戻れるのか確認す方法として、アリサにでも聞けばいいという事になる。
説明書に書いているかもしれないが、二人は真剣な表情で一枚一枚じっくりと読んでいた。多分、携帯電話の説明書を熟読するタイプに違いない。ちなみに、なのはは熟読するタイプだ―――関係ないが。
二人に気づかないようにその場から忍び足で抜け出し、外に出たら即座にアリサに電話する。
『―――――はいはい、アナタのお耳の恋人、アリサちゃんですよ~』
「アリサちゃんの耳を病気にしたいくらい小言が言いたい気分だけど、とりあえず今は止めとくね……アリサちゃん、あのステッキなんだけど」
なのははアリサに事の次第を伝える。案の定、電話の向こうでアリサは大爆笑。
「もう、笑い事じゃないよ……ねぇ、アリサちゃん。どうしたら虎太郎先生を元に戻せるの?」
『え?知らないよ』
「知らないって……あれ持ってきたのはアリサちゃんでしょう!?使い方くらいはわかるはずだよ!!」
『そんな事言われてもなぁ。ほら、私って説明書は読まないタイプだし』
「読もうよ!!あんな如何にも怪しいモノを取り扱う時くらいは読もうよ!!」
『大丈夫、大丈夫。説明書は困った時に読めばいいのよ』
大抵そういう場合は手遅れになる事が多い気がする。
『それよりも、写真よ写真!!私の渡したデジカメで虎太郎の恥ずかしい写真を激写よッ!!』
「私に死ねって言ってるのなら、もう友達辞めようか?」
『…………』
「迷ってる!?」
『あ、いや。迷ってないわよ。あははは、迷うわけないじゃない。私を誰だと思ってるの?』
アリサだから若干本気な気がするとは、あえて言わないでおいた。
本気で頭が痛くなってきた。
「ねぇ、アリサちゃん。このままじゃ虎太郎先生が変態さんになっちゃうよ?変態さんに間違われて捕まっちゃうよ?」
『アイツを捕まえられる人なんているの?』
「いないね」
少なくとも、並の人間、もとい人妖である虎太郎を捕まえるには警察とかじゃ駄目な気がする。最悪、軍隊でも呼ぶべきだろうか。
『でしょう?だから、このままアイツには女装趣味の変態中年魔法少女として世の中を平和にしてもらうべきなのよ』
半分本気で言ってるからこの友人はタチが悪い。
『とりあえずさ、ああいうのって時間が経てば何とかなるもんじゃないの?』
「時間の経過と共に虎太郎先生が危ない道に走りそうな気がしないでもない」
『大丈夫だって』
ちっとも大丈夫じゃないのだが、アリサに相談してもどうにもならない事だけはわかった。むしろ、時間の無駄であり、電話代の無駄だ。
「……アリサちゃんには、いつか天罰が下るね、絶対」
『天罰が怖くてバニングス名乗ってないわよ』
「アリサちゃん家はロクでもないって事だけはわかったよ」
電話を切り、大きな溜息を吐く。
空を見上げれば満天の星空があるというのに、心の中は曇り空。その理由が自分の担任教師が魔法少女のコスプレをしているという奇天烈な理由。まさか、こんな下らない事で悩む日が来るとは思っていなかった。
生きていれば色々な事があるとは誰かが口にはするが、これは何か違うだろとツッコミをいれたい。
「……はぁ、時間が経てば元に戻るってアリサちゃんの言葉を信じるしかないよね」
そうだ、それしかないと思いこむ事にしてなのはは部屋の中に戻った。

白髪の魔法少女のコスプレをした男がいた。

「――――――――増えてる!?」
ゴキブリを一匹見れば、五匹はいると思えとは言うけれど、魔法少女のコスプレをした中年を一人見れば実は二人いる。
「…………」
「…………」
先程までの無駄に真面目な会話をする気もないのだろうか、二人目の魔法中年マジカルオーガは火のついていない煙草を加えながら無表情で座っていた。その向かい側で魔法中年リリカルタイガーは何とも言えない顔でビールを口に運ぶ。
何がどうなってこうなったのかを聞いて良いのか迷った。
下手に聞いてロクでもない事になりそうな気がプンプンするのはもちろん、何も聞くなオーラが九鬼から立ち込めているのは決して気のせいではない。
とりあえず、ちゃぶ台の上に置かれた説明書に眼を向ければ、【変身方法】という欄だった事から、うっかりスイッチを押してしまい、こんな悲劇が起こったのだと想像するしかない。
ちなみに、九鬼の姿は虎太郎の色違い。虎太郎は虎柄だが、九鬼は白と黒とシンプルな色。
何も言わずに黙り込む二人に、なのはは意を決して話しかける。
「あ、あの……」
大丈夫ですか、と口にする前に九鬼の口から、
「―――寝ろ」
と、ドスの利いた言葉が飛び出し、
「…………おやすみなさい」
なのはは自分も無力を呪いながら、布団の中に潜る事になった。
どうか、眼が覚めれば全てが夢であり、朝の目覚めと共に二人は元に恰好に戻っている事を願う――――まぁ、そんなわけもないのだが。



翌日。
救いがあるとするならば、今日は土曜日で世間的には一応は休みの日。土曜日に仕事がある方々はそうでもないが、大抵の人は休日。
しかし、こんなに殺伐とした休日の朝はそれもう……色々とキツかった。
目覚めのなのはの眼に映ったのは居間に散乱した缶ビールやら一升瓶やら煙草の吸殻やらと酷い有様だった。その中央に位置するのは昨日の晩と同様に眼の毒にしかならない中年二人組。どうやら、一晩中飲み明かしていたらしい。しかし、どれだけ飲んでも現実から逃げる事が出来なかったのか、二人は昨日と変わらず無表情で煙草を吸っている―――いや、違う。
なのはは理解した。
確かに見た目は殆ど変わらないが、実は二人には微妙に変化があった。
虎太郎と九鬼、二人には明らかなら違いがある。もちろん、恰好はそのままなので変わらないが、雰囲気が違う。
言ってしまえば余裕の違い。もしくは受け入れるか受けれないかの違い。
「……虎太郎先生、なんか余裕が見える様な気がするんですけど」
「まぁ、一晩あれば慣れるさ」
「慣れるんですか?というか、慣れて良いんですか?」
「大人になればわかる―――と言いたいが……まぁ、結局はあれだ。今までどれだけギャグ空間に身を置いていたか、と言う事だ」
灰皿に煙草を押し付け、九鬼を見る。
「そういう点からすれば、俺は慣れてるが、あっちは慣れてないな」
その言葉に九鬼の額がピクリと動く。
「……どういう意味だ?」
「わからないか?ならば教えてやる」
何故か勝ち誇ったかのような顔をする虎太郎。傍から見てもどっちも負けなのだが。
「九鬼耀鋼。確かにお前さんは様々な死線を抜けて来たのだろうな。借金取りと戦ったり、雀荘でヤクザと戦ったり、カジノでマフィアと戦ったり」
「それはお前だけだ」
「そうか?だが、とりあえずお前さんはそういう意味でなくともシリアス的な部分で死線を潜り抜けているのはわかる―――しかし、だ。お前はそんなシリアスに慣れ過ぎている」
「お前は何を言ってるんだ?」
「わからないようだな。いいか、俺は教師だ。教師といえば学校だ。学校と言えば学園モノだ。学園モノと言えば――――ラブコメだ」
虎太郎先生は何を言ってるんだろうか、なのはは首を傾げる。当然、九鬼もだ。
「ラブコメとはラブとコメディーが重なった青春の甘ったるい砂糖の様で麻薬的な非現実的な空間だ。その空間の中で俺は教師だった。つまり、俺のいた場所は常に馬鹿げた事が起き続けるというヘンテコ空間故に、俺はそこに身を置いていた事によって、耐性が付いている」
「お前の言ってる事が良くわからんのだが……」
「私も良くわかりません―――っていうか、ラブコメとは程遠い場所に位置する世界な気がしますよ、此処」
こんな恰好になって頭がおかしくなったのかもしれない。
「ツッコミとボケのオンパレード。常人程、背景と化してしまう戦国時代の中で俺は今まで生きて来た……ある時はボケ、ある時はツッコミ。俺はどちらかと言えばボケだったが、時にはツッコミに徹した事もある様な気もするし、無かった様な気もする。そもそもだ。お前さんは俺と違ってカウントダウンボイスという本編と関係ないようで関係ある場所でしかそういう役割になっていないのが問題だ」
九鬼が何言ってんだ、コイツ?と言う顔をする。
なのはも同様。
「いいか、九鬼。お前さんに足りないのはそういう部分だ。自分のキャラを守るのは良いが、守りに徹し過ぎては前には進めない」
「……いや、何か違うだろう」
「いいや、違わない。もっと自分を解放しろ。解放してこの状況を楽しめ」
「先生が楽しんでたら、私はドン引きしますよ」
「とりあえず、この恰好で雀荘に行くぞ。話はそれからだ」
「それから以前に終りだろう。色々な意味で終わりだぞ、それは」
どうやらステッキの副作用で頭が変になるのかもしれない。だとすれば、意外とこれはヤバイ事態なのかもしれない。虎太郎がこんな状態なのだから、時間が経てば九鬼もこんな変な状態になってしまったら―――もう眼も当てられない。
「どうしよう……本気でどうにかしないと」
「あぁ、同感だ。俺は今日も仕事なんだ。この恰好で言ったらクビにされても言い訳がきかんぞ」
「というわけで、俺はちょっと外に出てくる」
本気で外に出ようとする虎太郎を全力で止める。
「なのは。どうにかしろ」
「私にそれを言いますか?無理ですよ」
「お前は、アリサで慣れてるだろ?」
「あっちはあっちで問題ですけど、こっちはもっと問題ですよ!!」
というか、この状態をどうにか出来そうな人間などいるはずがない。
「うぅ、なんか収集がつかなくなりそうな気がします……」
「まったくだ」



カオスというか気持ち悪いというか、とりあえず頭と胃がすこぶる痛くなる様な現実から逃れたい一心でなのははアパート近くのコンビニへと足を運んでいた。勿論、逃げようにも逃げられない状況に置かれている今、コンビニは素敵な聖地と化していた。
「はぁ、憂鬱……」
雑誌コーナーで月刊マガ○ンを立ち読みしながら、背中に暗い影を落とす小学生に周りの者達は若干引き気味だった。
「家に帰っても胃が痛いし、あの状況な虎太郎先生達を置いてきても頭が痛い……私、どうしたら良いんだろう?」
こうしてコンビニに来たのは、別にただあの空間から逃げたわけではない。単純に三人分の朝ごはんを購入しに来たに過ぎない。だが、すぐに帰るのも面倒というか億劫というか、色々な諸事情による立ち読みしているのだが、
「帰ったら元に戻ってたら良いなぁ……まぁ、無理だよね、うん」
小学三年生とてある程度の現実は知っている。
都合の良い現実は何時だって裏切られるのだ。
「うぅ、これも全部アリサちゃんのせいだよ……」
考えれば考えるほど、暗くなりそうなのでもう考えるのを止めたくなってきた。そんなわけで、現実逃避を止めてさっさと弁当を買って帰る事にした。
棚に残っているのは唐揚げ弁当、海苔弁当、ジャンボでゴージャスな特製弁当。
「えっと、虎太郎先生は海苔弁で、九鬼さんは唐揚げ……私は当然ゴージャス!!」
後ろ後ろと考えても物事は進展しない。ならば、とりあえず前向きに考えていこう。その為に朝ごはんはやっぱりゴージャスに行くべきだろう。
弁当の次にお菓子コーナーで棚に陳列されたよ○ちゃんイカを全てカゴに入れ、ついでに隣にあった酢昆布もまとめて購入。飲み物は明らかにハズレ臭がプンプンして一カ月後には確実に棚から無くなるであろう飲み物を購入し、レジへ。
レジへ行ってカゴを置いた瞬間、視線が急にグンッと上がった。
「あり?」
背が急に伸びたわけでもない。
なんだか誰かに抱きしめられたような気もする。
背後を見た。
帽子にサングラスにマスクを付けた男がいた。
「…………」
レジを見れば店員が青白い顔をしている。
「…………」
もう一度背後を見る。
如何にも怪しい風貌の男が荒い息を吐いている。
「えっと……」
これは、つまり、その、あれだろうか。
「金を出せ!!すぐに出さないとガキを殺すぞ!!」
コンビニ強盗とエンカウントしてしまったらしい。



虎太郎と九鬼が気持ち悪い格好をして閉じ籠っているアパートの一室―――の隣の部屋。
「ねぇねぇ、鏡ちゃん。これって角のコンビニだよね?」
部屋の住民であるマグダラは雑魚寝をしながらテレビを見ていた。
「何の話ですか、マグダラ?」
その後ろで鏡はバイトに向かう為に着替え(いつもの導士服)をしている。
「コンビニ強盗だってさ。しかも、立て籠もり。馬鹿だねぇ、このご時世でこの街で立て篭もりなんてどう考えても無理難題って話だよねぇ」
煎餅を齧りながら尻を掻いている姿はとても余所様に見せられない格好であり、見た目通りの年齢の少女のする事ではない。もっとも、彼女が見た目通りの年齢であるわけはないのだが、それを知るのは鏡以外に【この世界】にはいない。
「はぁ……そうですか」
別段、興味を引くような内容ではなかった。それよりも、鏡にとってまた今日もバイトなのかと鬱になる想いをなんとか立て直し、労働意欲を持つ事のほうが重要だった。
このボロいアパートに身を置き、早一ヶ月。目標は高く設定して、すぐにもこの一室から脱出して、木造から耐震構造に優れた部屋に移り住むという願望はあるが、貯金は一向にたまる気配がない。その理由はマグダラにあり、彼女の浪費癖が半端ない為に何時まで経っても貯金通帳の桁が五桁になる事がない。
「一か月前まではあんなにお金があったのに……」
マジカルステッキなどという如何わしい商品のおかげで大金が入ったのは既に過去の事。あのお金で今後の生活に若干の余裕が出た事に感謝すると同時に、油断していた。
貧乏生活が板について来たおかげで、あまり不用意な買い物をしない様に節制してきたのだが、あくまでそれは鏡一人の話。同居人であるマグダラがその大金を毎日毎日、飲み屋だのホストクラブだのギャンブルだのに費やし、あっという間に大金は消え去った。
結局、マグダラがいる限り貧乏生活を抜け出す術など無いのではないかとさえ思えてくる。
「ねぇ、ちょっと野次馬に混ざりにいかない?」
当の本人はまったく反省の色がない上に、完全なニート生活を楽しんでいるのがムカつく。一度、本気で説教してやろうかと思ったが、結局は無駄になる事も知っているため、実行しようとは思わない。
「私はこれからバイトです」
「バイトよりも野次馬だよ、野次馬!!ほら、見てよ。人質は幼い幼女だよ、幼女」
「楽しむポイントがずれてますよ。あと、趣味が悪いです」
「ダメだなぁ、鏡ちゃん。これから面白い事が起こるって僕の悪趣味センサーが―――」
「そんなセンサーは即座に捨てなさい……あ、電話が」
「あれ?鏡ちゃん、何時の間に携帯なんて」
「携帯ないと日雇いの仕事も貰えないんですよ―――はい、鏡です。ランスターさん?はい、はい……あぁ、なるほど。わかりました、私は構いませんよ、はい、はい、それでは」
「ん、どったの?」
「ランスターさんが急な都合で今日のシフトに入れないから、代わりに棚卸をお願いします、だそうです」
「へぇ、ランスターってあれだよね?お兄ちゃん大好きっ子ちゃん」
「仕事は出来るんですけどね……ともかく、そういうわけで私は出掛けます。あ、お昼は作っておきましたから、後でチンして食べてくださいね」
「OK!!」
「それでは行ってきます」
そう言って扉を開けた瞬間、目の前を一陣の風が通り過ぎた。
「―――――」
風と言うにはアレすぎる風だった。
多分、風と一緒にペストとかそういう悪いモノを運ぶ風に違いなのだが、若干現実離れした光景に茫然としてしまった。
「……あれ?どったの鏡ちゃん?そんな鳩が弾丸喰らって跳ね返したような顔して」
「どんな顔ですか――――いえ、なんか今……ものすごいモノを見てしまったもので」
「すごいモノ?」
「えぇ……何と言いますか、」
気のせいだと良いな、と本気で思った。
多分、あれはお隣さんだろうし、その内の一人は滅茶苦茶知っている顔だったし、あんな格好をしているだけで世界観をぶち壊しにするような光景だったので、一度頭の中で整理してみる。
無論、どれだけ考えても結果は変わらない。
「二人はプ○キュア【ガチムチ中年編】、みたいな感じの人達が猛スピードで走って行きました……」
「ふ~ん、色んな趣味の人がいるんだね」
朝から頭が痛くなってきた。
「そ、それでは、今度こそ行ってきます……」
「いってらっしゃ~い!!」
扉を閉め、脳裏に焼きついたあの気持ち悪い光景を思い出す。
「……何をやってるんですか、九鬼耀鋼」
彼女の記憶の中にある、凛々しい男と現在の彼の姿を重ね合わせたら、どっちが本当かわからなくなってしまいそうになる。




そして、二日後。
月曜日になって学校に登校してきたアリサは新聞を広げて笑っていた。
その理由はなんとなくわかる。何故なら、彼女が見ている新聞は昨日の新聞であり、我が家でも取っている海鳴新聞だから内容だって知っている。
「おはよう、アリサちゃん……楽しそうだね」
「ぷ、ぷぷ……お、おは、よう……ククク……」
息をするのも苦しいと言わんばかりに笑っているアリサを冷めた視線で見つめるなのは。アリサが見ている記事はやはり、昨日の我が家で問題に上がった三面記事。

【謎のコスプレ中年二人組、コンビニ強盗を撃退!!】

何度も見ても苦笑いしか出てこない。
記事の内容はこうだ。
土曜の早朝、コンビニに押し入った強盗が店員に金を要求したが、偶然通りかかった警官に発見され、少女を人質に取って立て籠もった。
犯人の要求は逃走用の車とコンビニの売上金という何とも割に合わないものだったが、人質がいるせいで警察も中々手を出す事が出来ない。事件は次第に海鳴のテレビ局にも知られ、朝から生中継を行われるほどの事件になってしまった。
犯人の理性と人質の体力も限界に差しかかり、いよいよ突入かと思われた瞬間、それは現れた。
魔法少女だった。
魔法少女のコスプレをした男だった。
顔は覆面をしていたせいでわからなかったが、とりあえず男だった。そして気持ちが悪かった。
颯爽と現れたコスプレ男は警官隊の包囲をあっさりと抜け出し、コンビニに突入。犯人に重傷を負わせて、人質の少女を救出して風のように姿を消した。
「最高ね、これ。何度読んでも笑えるわ」
「笑いごとじゃないよ。大変だったんだよ!!」
「あぁ、そうね。なのは、ナイス!!」
「アリサちゃん、その私も共犯者的な言い方は止めてくれないかな?」
「でも、アンタのおかげでアイツの面白い姿が見れて最高だったわ!!」
この友人はまったくこちらの苦労など汲み取ってはくれないらしい。
あの日は最悪だった。
コンビニ強盗の人質に取られたのも最悪だったが、問題はその後だ。
なのはを救出した二人は、即効でアパートに戻ろうとしたのだが、何故か背後からパトカーの群れ。どうやら、なのはが変態に誘拐されたと勘違いしているらしい。当然の反応なのはわかっていたし、なのはだけを置いて二人は身を隠せば良かったのだ―――しかし、二人はなのはを離さず、そのまま逃走した。
結局、警官隊とガチンコをする羽目になりながら、何とか家に辿り着いたのは深夜。その頃には二人の格好は魔法中年からいつもの格好に戻っていたのだけが、唯一の幸福だったのだろう。
そして、この記事だ。
この記事を読んだアリサは爆笑。
この記事を読んだなのはは苦笑い。
この記事を読んだ魔法中年の教師と土木作業員はステッキをへし折る。
「何時か罰が当たるよ」
「大丈夫よ、私の今日の運勢は最高だって朝の占いでやってたわ」
「へぇ、そうなんだ……」
もうどうにでもなれと思い、なのはは自分の席に着き、携帯を取り出す。
「―――――あ、私です。当人に反省の色はないです。はい……えぇ、お願いします」
「ん?誰に電話してんの?」
「ねぇ、アリサちゃん……やっぱりさ、天罰ってあると思うんだよ」
その一言に、背筋がゾッとした。
言いようのない不安に襲われ、アリサは周囲を見回し―――絶句した。
先程まで教室の中には沢山の生徒がいたのだが、今は一人もいない。教師の中にいるのはアリサとなのはの二人だけ。
「な、なのは?」
なのはは天使の様な悪魔の笑顔をアリサに向け、
「今回は流石に私も助力が出来ないから」
それだけ言い残し、なのはも教室を後にする。
残されたのはアリサだけ。
獣の本能が叫ぶ。
今すぐこの場から逃げ出さなければ酷い目に会う。いや、酷い目に会うどころではない。最悪、命に関わる重大な危機に直面するかもしれない。
アリサは本能に従い、即座に教室から出ようとするが、

一匹の虎が立っていた。

「どこに行く気だ、バニングス?」
手には真っ二つに折れたマジカルステッキ。
表情は無表情だが、額には青筋が浮かんでる。
「ちょ、ちょっと……トイレ?」
「そうか、トイレか」
「だ、だだだ、だからさ、そこ、通してくれる?」
「通すと思うか?」
無理だ、と直感する。
ならばと踵を返し、向かうべきは教室のもう一つの出口――つまり、窓からダイブを決行した。
着地と同時にすぐさま駆け出せば逃げられない事はない。今日は満月ではないが、今の自分の身体能力なら何とか逃げ出す事も可能―――と、思っていた。
着地はした。
ただし、誰かの腕の中に着地した。

鬼の腕に、着地した。

「――――――」
鬼は笑っていた。
悪鬼の様に笑っていた。
「お嬢ちゃん、選べ」
背後に漂うオーラがどう見ても人間のモノではない。人間と呼ぶには異質で凶悪。近くに居るだけで身も心も凍りつき、砕かれそうになる悪質なオーラを前にアリサの獣の本能は抵抗は無意味だと理解する。
「―――刺殺、絞殺、撲殺、斬殺、圧殺、完殺、全殺、惨殺、狂殺…どれでも選べ。どれかを選べ……」  
「お、大人として、それを子供に、え、選ばせるのは……どうかと、思うわよ?」
震える声で一応は言ってみたが、
「子供の悪戯を叱るのも務めだ」
逃げは無い。
虎はアリサの後を追って飛び降り、着地。
「バニングス。流石にこれはやり過ぎだ……あぁ、やり過ぎだ。このままお前の悪戯を無い事にして許すのは―――教育に悪いんだ」
「待ちなさい!!話せば、話せばわかるわ!!」
「問答――――」
「――――無用!!」
こうしてマジカルステッキが引き起こした事件は、首謀者の粛清という結果に終わった。
しかし、この悲劇はこれで終わったわけではない。
何故なら、マジカルステッキはもう一本ある。
そのマジカルステッキが引き起こす事件はこれから数カ月後に起こる。
これよりも悲惨で悲劇的な事件が。
「うぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」
そんな事など露知らず、校庭から馬鹿の悲鳴を響き渡り、その光景を見守っていたなのはは、遠い目をして呟いた。
「悪は滅んだ―――わけないよなぁ……」
アリサがこれに懲りてくれればいいのだが、それは無いだろうと確信している。
とりあえず、今回の事件でなのはが学んだ事は一つ。
「やっぱり、魔法少女なんてロクでもないよねぇ……」


頑張れ、なのは。
負けるな、なのは。
数カ月後の事件の犠牲者にはしっかりと君の名があるのだから!!




第二次魔法中年事件―――別名、魔女事件に続く。


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