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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/08 15:56
お伽噺での魔女の役目とは何か。
お伽噺でも魔女と魔法使いの違いは何か。
様々なお伽噺の中で語られる魔女の姿は何時だって同じ形を持っている。主人公やヒロインの邪魔をする役目、不幸を送り届ける為だけの役目、そして最後は倒れされ、負け、そして【幸福によって押し潰される】だけの役目。
それは妥当な結末なのかもしれない。
何時だって、どんな時だって、魔女は誰かの為に力を使うのではなく、己の欲望の為だけに力を振るい、結果的に敗北する。
負ける事が魔女の存在価値。
主人公達の邪魔をして、邪魔をした報いを受ける存在価値。
物語において敵役や憎まれ役がいるのは当然の道筋だ。そんな存在が居る事によって子供達に伝えられる何かがある故に、そういう役割、存在とて必要となるのは必然。
魔女は何時だってそういう役割を持っている。
お伽噺において、魔法使いは主人公を助け、魔女は邪魔をする。
昔から決められた一つのパターンが其処にある。



敗北しなければ、魔女ではないのだから





雷光が煌めき、大地を揺らす。
拳撃が貫き、大地を揺らす。
夜明けの近い街、海鳴の中で踊るは二つの影。
空を舞う魔女の影と、地を駆ける小さな狼の影。
ぶつかり合い、罵り合い、殺し合う。
「―――――本当にアナタは私の邪魔をする事が大好きの様ですわね」
「別に好きじゃないわよ。ただ、アンタが居るだけで面倒な事が起こりそうな気がする―――それだけよ」
魔女はスノゥ・エルクレイドル。
狼はアリサ・バニングス。
「その認識がそもそもの間違いですわ。少なくとも、今回の私は何もしておりませんわ」
「だったら何でこの街にいるのよ?」
「偶然ですわ。単なる偶然―――こんな街、すぐにでも出て行きたいと思ってるのですよ、私は」
「ならさっさと出て行きなさいよ」
「アナタが邪魔をしなければ――――ねッ!!」
雷光の次は焔が舞う。
焔が闇を照らし、地を駆ける狼を取り巻く。
「アンタが言うか、それをッ!!」
「言いますわね、何時だってッ!!」
ぶつかり合い、叩き潰し合う。
春の頃、同じ様に潰し合った二人は再度激突する。
あの時のスノゥには目的があり、最後までアリサの相手をする気はなかった。それが結果的にスノゥが逃げるという汚点を作り出す結果となった事のは、言い訳もできないだろう。
だが、今回は違う。
「私の事を目障りだと言いますが……私とてそれは同感ですわ。アナタが目障りです――――それ以上に、耳障りですわッ!!」
今、この瞬間だけは、敵対する理由がある。
「昨日といい、今日といい、最低な気分ですわ!!どいうもコイツも、誰も彼もが―――心の底から苛立つ事ばかり口にする……実に最低な気分です」
「八つ当たりっていうのよ、そういうのは!!」
「結構です!!八つ当たりで、結構ですわッ!!」
潰したい。
消し去りたい。
この存在が、この小さな邪魔者が、かつての生徒だった少女が、心の底から潰して消して、殺してやりたいと思った。
あの時だってそうだ。
邪魔をする事しかしない。
最初から最後まで、このアリサという人妖の少女は邪魔だった。
「――――アナタは八つ当たりのまま、八つ当たりによって死になさい」
「やってみなさいよ、負け犬」
「―――――――――お前がソレを言うかぁぁぁああああああああああああッ!!」
魔女の怒りが力を倍増させる。
しかし、狼も負けてはいない。
空から降り注ぐ炎、氷、風、雷。自然の猛威を人の力で解放したこの世界にはない魔法という術式を振るう魔女に対し、狼の力は実に単純だ。
己が拳、己が脚、己が身体一つで迎え撃つ。
月の満ち欠けによって左右される面倒な力ではあるが、今宵は満月。その力を全開まで解放して使う事ができる。
相手が魔女であろうとなかろうと、狼に退く理由は皆無。
相手が空に居るのならば跳んで近づく。跳んで近づけなければビルを駆けあがる。人間を超えた力を持った人妖と魔女の戦いはある意味で幻想的あり、本当の意味では物理的だ。
力と力。
幻想と物理。
自然と人間。
相対する力によって互いは激突する。
戦う理由があるのか、そう誰かが聞けば魔女はこう答える。
目の前のコレが、気に入らない。
戦う理由があるのか、そう誰かが聞けば狼はこう答える。
目の前のコレが、誰かの邪魔になるから。
「消えなさい――――消えろ消えろ消えろ消えろ―――消えろ、このクソガキが!!」
「ガキ扱いすんな、クソババア!!」
戦う理由など、もしかしたら無いのかもしれない。少なくとも、魔女にはそれがない。相手が襲い掛かってくるのならば戦う。相手が退くのならば追いはしない。だが、相手は自分を敵だと認識して襲い掛かってくる。
それだけで十分だ。
それ以上の理由など必要がない。
八つ当たりの理由など、それで十分だ。



思い出の無い記憶を呼び起こそう。
思い出の持ち主すら忘れた記憶が此処にある。
それは今から百年以上前のお話。
魔女が、少女だった頃の話を



昔々、此処とは違う世界のとある場所にて可愛らしい少女が生まれました。
空から綺麗な雪が舞い落ちる日に少女は生れ、少女はスノゥと名付けられました。
スノゥは優しい両親の下ですくすくと育ち、誰からも好かれる優しい少女に育ちました。
彼女の住まう場所は深い森の中、エルフと呼ばれる頭の良い、長生きな種族の住まう小さな集落。その集落には百年以上生きているエルフもいれば、スノゥと同じ様に生れて数年しか経っていないエルフも住んでいました。
そんな中でスノゥは他のエルフと違い、少々変わった才能がありました。
最初、それに気づいたのは母親でした。
スノゥは本を読むのが大好きなのか、食事中も本を読んでいました。母親は行儀が悪いと言ってスノゥを𠮟りますが、スノゥはやめませんでした。母親は呆れ、父親は本が好きなら将来は偉い学者さんになるかもな、と笑っていました。
しかし、何時しか母親は気づいてしまいました。
スノゥは何時もの様に本を読んでいました。
本を読みながら何かを書いていました。
本の内容を写し取っているのだろうと思いましたが、どうも違うらしい。母親がスノゥの書いているモノをこっそりと見ると、スノゥの読んでいる童話とは関係のない数式。童話と数式という奇妙な組み合わせに母親は首を傾げ、スノゥに聞いてみました。
この数式と童話にどんな関係があるのか―――すると、スノゥは笑って答えました。
関係ないよ、と。
これは学校で出された宿題。だけどこの本も読みたいから【同時にやっているだけ】だと言いました。
母親は驚きました。
幼い我が子に特殊な才能があるという事に驚き、心の中で恐れにも似た感情が湧きでた事に驚いたのです。
可愛い我が子、お腹を痛めて産んだ我が子―――だというのに、自分にも夫にも無い才能がある事に、どうしようもない不安感を覚えてしまったのです。
それから母親はスノゥの行動を観察するように見ていました。
食事をしながら本を読むのは当たり前。本を読みながら宿題をするのも当たり前。学校の教師に聞けば、スノゥは違う教科の勉強を同時に行う事も平然とこなす。
頭の回転が速いという話ではなく、まるで【複数の動作を同時にこなせる才能】があるようでした。
もちろん、そんな者は普通にいる。一つの作業の合間にもう一つの作業を行うなど、それほど驚くべき事ではないでしょう―――しかし、一つの作業の合間に一つの作業を行うのではなく、一気に二つ、ましてや三つも四つも同時に行う事は普通なのだろうかと、母親は疑問に思う様になりました。
勉強だけではなく、スノゥは誰かと会話をしている時も同じだった。スノゥ曰く、最高で五人までなら同時に会話が出来るという。
しかも、順番にではなく【同時に会話できる】というのだ。
スノゥが十歳になる頃には、不安感などは消え、代わりに表に出てくるのは恐れでした。
これが本当に自分の子供なのか、こんな異常な才能を持った子がこのまま普通に生きていく事ができるのか。
母親はスノゥに対して愛情は持っていました。母親の感じた恐怖というのは我が子が【他人と違い過ぎる】という事に対する恐怖であり、他人がそれを受け入れられるのか、という恐怖でした。
母親は悩みました。
才能がある、何かの才能がある我が子に悩み―――それを見計らったかのように神は悪戯を起こしたのです。もしくは悪魔だったのかもしれません。神か悪魔かはわからないが、確かに何者かが行動を起こし、スノゥの前に現れた。
エルクレイドルという名前の魔法使い。
とても人の良さそうな魔法使いがスノゥの村を訪れ、スノゥを自分達の家族に入れたいと言ってきました。
普通ではない才能があるのならば、それを伸ばすのも親の務めだと【人の良い笑顔】で魔法使いは言いました。
両親は悩みました。
スノゥは嫌がりました。
スノゥはこの場所が大好きでした。
優しい両親と大好きな友達。そしてこの村の空気が大好きなスノゥは嫌だと何度も何度も言いました―――ですが、母親は言いました。
行きなさい、と。
アナタは特別な才能がある。その才能は誰かの役に立つかもしれない。その為にあの魔法使いの下で学び、誰かの役に立つ人になりなさい―――母親は優しくスノゥに言い聞かせました。
スノゥは最初は嫌がりましたが、母親の真剣な表情と、優しい言葉に頷く事にしました。
誰かの役に立つ事。
誰かに必要とされる事。
それは偉大な英雄の様になるという事に近いのかもしれない。英雄になれなくとも、誰かの為に何かをできる者になれるかもしれない。そうすれば誰からも喜ばれるだろう、誰からも好かれるだろう、そんな風に子供ながらにスノゥは思いました。
そして、スノゥは親元を離れ、魔法使いの一族の住まう場所に足を踏み入れました。
心の希望を抱き、何時か家族の下に戻る事を心の底から願いながら。

だが、優しい童話の様な世界は、此処には無かった。

世界の様々な場所から集められた子供達。スノゥのその中の一人。特別扱いなどされる筈も無く、むしろ魔法という術を扱う中では一番の下に属すレベルだった。周りは魔法の才に溢れた子供達であり、見た目がそう見えるだけで年齢はスノゥよりもずっと上の子供――いや、者達ばかりである。
そんな中に放り込まれたスノゥは、どうすればいいかわからなかった。
一般的な知識しか持たないスノゥと魔術的な知識に優れた周りとは天と地ほどの距離があり、尚且つ周りは互いをライバル視する者達ばかり。
エルクレイドルの一族に入れるのは、この中の一握りの者だけ。それ故に激しい争いが起こるのは当然とも言えよう。
優しい世界に生れた、育ってきたスノゥにはその世界はあまりにも厳しすぎた。周りに助けてくれる者はいない。スノゥが助けようとしても周りはそれを否定し、助けようとした者ですら敵意を向ける始末。
誰かの役に立てる魔法使いになる―――それは周りからすればあまりにも陳腐な目的だった。
厳しい修行の中で次々と堕ちて逝く者達の中で、スノゥが残っていたのは奇跡的とも言えた。周りとスタートラインが違う故に努力し、なんとか追いつこうとした結果なのだが、周りはそれを憎み、嫉妬するだけ。
嫌がらせなど何度も受けた。
杖を折られた事もあれば、師に見えない所で脱落しろと脅された事もある。それでもスノゥは挫けなかった。母親の言葉は、今は自分の一つの夢となっている。だからその夢を途中で投げ出す事なんてしたくはなかった。
自分の為であり、母親の為にもなる。
この冷たい場所から温かい家族の下に帰れる事を願いながら、

スノゥは子供である事を【辞めた】

子供は周りを見て育つというが、スノゥはまさにそれだった。周りが汚い事、酷い事をするのならば、同じ様に汚い事も酷い事もする。目には目を歯には歯を、応酬には応酬を、力には力を―――正面から受けて立つのではなく、正面から背後に回り込み、蹴落す。
何時しかスノゥはそれが普通なのだと思う様になった。
邪魔者には容赦はせず、逆らう者には力を持って制裁する。
優しい少女の姿はそこには無く、ある意味で誰よりもエルクレイドルに近い者になっていた。その結果、彼女は最後まで残り、エルクレイドルの名を継ぐ魔法使いの弟子となるまでに至った。
しかし、それでも彼女は完全に周りに染まり切っていたわけではなかった。生き残る為にそうなってはいたが、あくまで見た目だけ。中身は最初の頃と何も変わらない優しさを何とか保っていた。
あくまで、保っていた程度だが、それが何とかスノゥがスノゥでいられる為に必要なモノだった。それを無くせば最後、スノゥは完全に自分を見失う事になっていただろう。

それが、最後の望みというちっぽけな望みだとしても、だ。

優しい事と、優しい言葉を吐ける事は違う。
その事をスノゥは知らなかった。
彼女の師であるエルクレイドルは優しい人だった―――少なくとも、スノゥの眼にはそう見えていた。修行は厳しかったが、師の優しい言葉によって何とか耐える事ができた。地反吐を吐く程に努力をし、師から天才だと言われる度に嬉しくなり、頑張った。その結果、彼女は次代のエルクレイドルの名を継ぐに相応しい者となっていく。
そう、この時に気づけば良かったのだろう。
師と出会った時から。
師に指導された時から。
優しいと優しい言葉は同一でないという事を、知るべきだった。

それは呪いだった。

誰よりも優しい言葉を吐く師は、誰よりもスノゥの才能を憎んでいた。それ故に師は彼女に厳しい修行を付け、諦めさせようとした。だが、結果的にそれが彼女を次代のエルクレイドルにさせてしまう事になったのは予想外だったのだろう。
だから師は方針を変える事にした。
スノゥがエルクレイドルを継ぐのは良い。だが、自分よりも大成する事は許さない。だから呪いをかける事にした。
優しい言葉は呪いの呪文。
良く出来た、という言葉の裏には呪詛。
笑顔の裏には嫉妬の炎。

それを何の疑いもなく受け続け、何時しかスノゥは一人前の魔法使いとなり――――呪いは完成する。

師から今日からアナタは一人前だと言われた瞬間、スノゥは今までの努力が無駄にならなかったと喜んだ。エルクレイドルの名を継ぎ、唯のスノゥがスノゥ・エルクレイドルになると決まった瞬間、涙を流して喜んだ。
彼女はすぐさま数年ぶりに自分の村に飛んで戻った。
自分はやったのだと、母に言われた言葉を胸に抱き頑張り、一人前の魔法使いになったと伝えたかった。
だが、喜びはすぐさま悲しみに変わる。
村に帰ってみれば、村などなかった。
あるのは廃屋だけ。
エルフの民は誰もいない。
誰もいない、生き物すらいない。
そして、森すらなかった。
エルクレイドルの一族で修行を受けていた頃、彼女は外の世界と完全に剥離されていた。そのせいで何も知らなかったのだ。
村は滅んでいた。
理由はわからなかったが、滅んでいた。
焼け野原のなった森に残った廃屋は奇跡的に残った一つの証明。何かが起こり、森は焼かれ、人すらも焼かれた。友達も知り合いも、家族すらいない。生きているのか死んでいるのかもわからない。
その場に崩れ落ち、泣いた。
何時間も泣いて、なんとか立ち上がり彼女は悲しみを抱きながら師の下へと戻って至った。
師は彼女を慰めた。
優しく慰め、優しい言葉を吐き散らし、可哀想だと一緒に泣いてくれた。
両親は消息不明、生きているのか死んでいるのかもわからない。だが、もしかしたら生きているかもしれない―――死んでいるかもしれないが、そう思う事は止めた。心に希望を抱きながら、彼女は外の世界に飛び出す事を心に決めた。
エルクレイドルの名を完全に継ぐには時間がかかる。その間、世界に出て魔法の腕を磨き、誰も文句が言えない程に偉大な者になる必要がある。
だが、そんな事はどうでもいい。
別に偉大になどならなくていい。
自分にあるのは母親との思い出と約束だけ。
母親の言う様に、誰かの役に立つ。
母親の願いは、完全に自分の夢になり、それだけが彼女に残った唯一の思い出であり、夢となる。
夢を胸に抱き、一人の魔法使いは外の世界に旅立った。
それから幾年かの時が過ぎ、スノゥは偉大な魔法使いとして名を残す事になる―――なんて事はなかった。
失敗。
失敗。
失敗。
敗北。
敗北。
敗北。
スノゥに刻まれたものはそれだけ。
行動する為に失敗し、守ろうとする度に失敗し、敗北。その身にある才能など何一つとして評価される事もなければ、誰かに感謝される事もない。
彼女に向けられたのは蔑みと侮辱。
何一つ救えず、何一つ成し遂げられないという結果だけ。
失敗の連続。
敗北の連続。
どうして、とスノゥは悩む。
どうして何も成し遂げる事が出来ないのだと悩み、苦悩し、絶望しそうになる。だが、それでも彼女は諦めなかった。何度も何度も挫け、絶望しても彼女は立ち上がった。その胸にある夢を唯一の頼りとして様々な不幸に挑み―――敗北した。
狂いそうになった。
何をしても巧くいかない。それどころかどんどん深みにはまり、周りから次第に不幸を呼ぶ者とすらいわれる始末。
辛かった修行すら無意味に思えるほどの年月を耐えながらも、何とか立ち止まらず、世界に負けない様に出来たのは夢と師の言葉があったからだ。
だが、彼女もまた生きる者の一人。
限界は訪れた。
戦争があった。
魔銃戦争と呼ばれる戦争よりもずっと小さく、歴史の教科書に残されない程のちっぽけな戦争だった。沢山の人が死んだ。沢山の人が殺しあった。種族も関係なく、敵と味方に別れた戦争は小さくとも戦争。
その戦争にスノゥは身を投じる。
殺す為ではなく、助ける為。
誰も殺さず助ける為。
それが義務ではなく、最後の賭けだったのは彼女が一番良く知っている。
結果はどうかと言えば、言うまでも無い。それでもあえて言うのであれば、戦争が終わった時の彼女の姿だけだろう。
難民が押し掛けたキャンプの中で、燃える世界の中で、敵も味方も全て命を落す中で、経った一人の少女を抱きしめながら天を仰ぐ魔法使いが一人。
抱きしめた少女に命の鼓動はない。
死んでいた。
死んでいる。
キャンプの中で自分に懐いてくれた少女は、誰が何といおうと死んでいた。
慟哭の叫びが天を突く。
枯れる程に泣き喚き、血涙が流れる程に涙を流し、枯れない涙が永遠と流れ続け、戦争は終結した。
失意の中、師の下に戻った彼女に師は優しい言葉を吐く。
君は悪くない。
運が悪かっただけ。
不幸が強すぎて、誰にも回避できなかった。
君は悪くない。
悪くない。
悪くない。
誰も、悪くない。
「――――――ならば、どうしてあの子が死ななければならなかったのですか?」
スノゥは問いかけた。
【それは運命だったからかもしれないね】
「そんな運命をどうにかしたくて、私は力を求めたのです」
【運命は強大だ。力一つでどうにか出来ない程に強大で、願いすらそれには及ばない―――だから、アナタは悪くない】
悪くない。
自分は悪くない。
悪く――――ふざけるな。
スノゥは叫ぶ。
ふざけるな、と叫ぶ。
あの子が死んだ事が運命だとしても、守れなかった事には代わりは無い。それは自分が悪かっただけ。守れなかった自分が悪いに決まってる。それを運が悪いの一言で片づける事なんて出来るはずがない。
涙を流しスノゥは叫ぶ。
叫んで、気づいた。
【君が悲しいと私も悲しいよ……だから、私も一緒に泣いてあげよう】
そう言った師の顔は、
【さぁ、君の涙を―――私に分けてくれ。共に悲しもう。そして、明日にはまた歩き出そう】
誰がどう見ても、



幸福を感じる様に、嗤っている様だった



殺した。
師を殺した。
名を奪い、エルクレイドルと名乗りながら殺した。
気づいてしまったから、殺した。
優しい言葉の裏には、何時だって自分を呪う姿がある事に気づき、殺した。
優しい事と優しい言葉を吐く事の違いを知り、殺した。
この瞬間、呪いは成就する。
完全な意味で、呪詛は確定した。
同時に彼女の中で一つの想いが消えたのも事実。
母親との約束も夢も、全てが消えた。
残ったのは師から学んだ魔法と力だけ。
この力で誰かの役に立つという想いは、この時に別の意味へと変換される。
役に立つのではなく、認められる事に。
誰かの為になるのではなく、誰かが自分を必要とする事。
同じ意味でありながらまったく方向の違う意味を抱き、彼女は再度外の世界へと足を踏み入れた。
当然、結果は同じ。
失敗と敗北。
表の世界と裏の世界。
共に彼女を評価する事はなく、邪魔者だと蔑みを送りつける。
敗北の魔女、負け犬の魔女、不幸を呼ぶ魔女、死を招く魔女。
魔法使いはこうして魔女になった。
死ぬ事もなく、他者の死を招く魔女として名を残し、一つの世界から姿を消した。別の世界に来てもそれは同じだった。元の世界に戻るという願いに敗れ、常に敗北を重ね、己の本当の想いすら消し去り、残ったのは負け犬な無様な自分。
スノゥは呪う。
誰かに必要とされる誰かを呪う。
自分を必要としない誰かを呪う。
それ以上に、

――――――な、【  】を呪う






アリサは叫ぶ。
「人の友達にあんな事をしておいて、許されると思ってんの!?許されるわけ、ないでしょうがぁ!!」
拳を地面に突き立て、その勢いで宙を舞う。
「アンタのした事は絶対に許さない!!」
スノゥに拳を突きたて、睨みつける。
「アンタみたいな奴に、大切な友達を利用されたのは勘弁ならない―――だから、アンタをぶん殴る!!」
杖を防ぎながらスノゥはスゥッと後ろに退る。
「…………」
再び地面に降り立ったアリサ。
「…………」
何処か冷めた眼つきでスノゥはアリサを見下ろす。
「何よ、その顔は」
「…………」
「何とか云いなさいよ。言い訳なら聞く気はないけどね」
「…………くだらない」
冷めきってる眼。だが、冷たいが故に痛みを抱いている。痛みを抱く程に冷たく、同時に熱い。
「どうして、そんなくだらない事に夢中になれるのですか?」
「くだらない、ですって?」
「えぇ、くだらない。実にくだらないですわ。友達、友達、友達……それ以外に言葉を知らないわけではありませんよね?だとしたら、アナタはとても低能は猿と代わりませんわね。もしくは、頭が悪く、躾の行届いていない野良犬ですわ」
アリサはスノゥを睨む。
鋭い眼光はとても子供できるモノではなく、完全に野生の狼が獲物狙う眼付と変わらない。その眼を正面から見据えるスノゥは尚も吐き捨てる。
「大体、友達がそれほど大切な存在なのですか?友達など所詮は他人。大切なのではなく、単に趣味が合う、馬が合う程度でしょう?それを大切だと仰る意味が私にはわかりませんわ」
偶然の出会い。
その言葉は実に運命的だが、冷たく言うなら確立論でしかない。それを運命だと言いながら大切な絆だと言う少女を前に、蔑みの念しか抱かない。
「友達など、つまりは自分にとって都合良いだけの存在でしょう?一人では暇だから誰かと話したい。一人でいるのは寂しいから誰かと一緒に居たい。その為に用意するのは人形か人間かの二択。つまりはその程度ですわ」
「言ってくれるじゃないの」
「えぇ、言いますとも。そして何度でも言い捨てますわ――――友達の為など、くだらないとね」
「―――――アンタって、心底私を怒らせる天才よね」
何かが切れた。
アリサの中で空を泳ぐ女が、敵以上に憎い存在に想えてならない。
「アンタがくだらないって吐き捨てるのはね、私にとっては家族と同じくらいに大切なモノなのよ。それを良くも知らないくせにグダグダ言って……ふざけんじゃないわよ!!」
「五月蠅い小娘ですわね」
スノゥの手から炎が噴き上がり、アリサに向かって叩きつける。
地面を削り取る程の威力を秘めた炎を避け、アリサは再度宙を舞う。脚が地面についていない状態ではあまり力が籠らないが、それでも常人の倍はある筋力と握力、そして速度を持って牙となり、スノゥに襲い掛かる。
微かに上昇するだけで避け、スノゥは更に炎を生み出し攻撃する。
「私はそういう類が大嫌いなのですよ。他人との絆やら触れ合い。それは慣れ合いではないですか。そんなモノに執着する事が実にくだらないと学校では教えない―――これが教育の駄目な部分ですわね」
更に上昇し、ビルの屋上に降り立つ。
「もっとも、教育など友達と同じ様に自分に都合の良い誰かを作り出す……その程度のモノなのですけどね」
「だから、それがムカつくって言ってんのよ!!」
ビルを駆けあがり、拳を振り上げるアリサ。
「アナタの言う事の方がよっぽど、ムカつきますけわ」
周囲に風の渦を作り出し、アリサに叩きつける。
「―――ッ!?」
風に押し戻され、落下するアリサ。それに追い打ちをかける様に氷の槍を放つ。
「少しは頭を冷やしなさい」
高速で降り注ぐ槍を身体に受けながら、アリサの身体は地面に叩きつけられた。
四階建のビルから落下し、普通なら即死なのだが吐血一つで済ませる程の強靭な肉体。同時にその傷を直す回復力。
ダメージを受けながらも立ち上がるアリサに送るは称賛ではなく、呆れ。
「頑丈ですわね。普通は死にますわよ?」
「それだけが取り柄なのよ、私は……」
微かにふらつきながらも、眼は死んではいない。
ビルの屋上に佇む敵を睨みつけ、
「こんな取り柄しかない私だけどね……守りたいモノはあるのよ」
「……それが友達ですか?」
「そうよ。アンタみたいな友達が一人もいない様な奴にはわからないだろうけどさ」
その言葉が、
「――――――えぇ、わかりませんわね」
氷を氷解させる一言となる。
「わかりませんとも、アナタには……アナタの様な、人には」
パチパチとスノゥの周囲に放電現象が起こる。
静電気と桁が違う、眼に見える程の電撃の渦がスノゥの持つ杖の先に集まる。
「グダグダ、グダグダと……友達友達友達と……耳障りなのですよ、それはッ!!」
杖の先から放たれる電撃がアリサに向かう。
咄嗟に避けると同時に地面を揺るがす轟音が響く。
地面に刻まれた巨大なクレーターに戦慄を覚えながらも、
「へぇ、中々やるじゃない」
余裕に吐き捨てる。
「あの時は全力じゃなかったってわけね……いいわ、燃えてきた」
苛々する。
「だったらこっちも全力で行くわよ。手加減してやるつもりだったけど、アンタが全力ならこっちも全力で――――」
苛々する。
「黙りなさい」
吐き捨てる。
苛立ちと共に吐き捨てるは、怒り。
「アナタの囀る言葉の全ては苛々しますわ……えぇ、そうでしょうとも。私には決してわかりはしませんわ。アナタのお気持ちも、友達なんていうくだらない者も」
心の奥に隠された何かが開く。
目の前の障害がそれを呼び起こした。
目の前の障害の囀る呪詛がそれを目覚めさせる。
「―――――わかるわけがない……」
わかってたまるものか。
誰かの為に戦える者になど、わかるはずがない。
怒りが力を増し、先程よりも更に大きな放電現象を起こす。
「友達という者がいる人に、誰かから必要とされる人に……」
人の力では遠く及ばない力。
自然の力の一部を捻じ曲げ、己の力とする者。
周囲の存在するマナと呼ばれる原子を操る者。
それが魔法使い。
杖を天に掲げ、マナを収束する。
「アナタの様な、誰かが居る者が、自分を必要としてくれる誰かが居る者が――――私にどうこう言う資格など、ないッ!!
杖と空が繋がる。
雲一つない夜空に突然暗雲が立ち込める。
空の全てではなく、スノゥの立つビルの周りにだけ立ち込める暗雲は閃光を放つ。
殺してやりたい。
こんな奴は殺してやりたい。
心の底から殺意が芽生え、自分の全能力を駆使して殺害する。
そうとも、魔法とはそういうモノだ。
天変地異を招く自然の力を模範し、自然に似た力を操り殺す為だけに特化した凶術。
誰かの為に振るう力ではなく、己の為だけに振るう力。
それが魔法。
魔女の操る呪いの術式。
熱を宿した頭がぼんやりとする。
殺意の飲まれた頭が思考を停止させる。
身体に刻まれた経験が自然と呪文を紡ぎ、膨大な量の魔力を身体から奪い去ってゆく。
「アナタにはわからない……私の事などわかるはずがない」
意識の全てが相手を殺す事に専念する―――その為、心が制御できない。
スノゥも気づかぬ内に口から零れ出る独白。
「わかりますか?誰かに必要とされない悲しさが。わかりますか?誰かに必要とされない無力が。わかりますか?誰かに必要されない絶望が」
そして、それを知った時の慟哭の叫びを上げた想いを。
「知らないでしょう。えぇ、知っているはずがない……アナタには何もわからない。必要とされる嬉しさを知らない者の事など、知る筈もないのでしょうね……」
暗雲は雷雲へと姿を変え、スノゥの持つ杖に破壊の力を宿す。
「…………何故、私は誰にも必要とされないのですか?」
ずっと疑問に思っていた。
思わない様にしても、思ってしまう。
疑問を封じても何度も蘇る疑問。
「私には力がある。誰に負けない力がある。その力を持っているのに誰も私を必要としない。それは何故?私の力に魅力が無いから?魅力なんて感じず、恐れるだけ?どうして恐れるの?この力は何時だって――――【誰かの為にあったはずなのに】」
まるで救いを求める様だった。
記憶が呼び起こされる。
誰かとした約束があった。
その約束が夢になった。
夢を叶える為に努力して、力を得た。
百年以上前に、誰かと約束した夢を思い出す。
だが、それは完全に思い出せたわけではない。むしろ、思い出す事を拒否している。だというのに口から次々と零れる【本音】は止まらない。
「誰かに必要とされたかった。私の力を誰かの為に使い、誰かに必要とされたかった……でも、誰も私の力を必要とはしなかった」
雷雲の叫ぶ轟音は、何処か悲しげに聞こえる。
「力など、誰も見てはくれなかった。力では無く結果を見ていた。結果は何時も散々で、誰も私の力も、頑張った事すら見てくれない―――結果だけ。結果だけなのですよ、全ては!!」
叫ぶに応じて轟く雷。
「そして、最終的には誰も結果すらなかった事にする。必要とされず、必要とされるのは力のある私ではなく、力の無い誰かだけ。助けようとする私ではなく、助けようとすらしない誰か……必要とするのはそんな者ばかり」
スノゥは気づいているのだろうか。
彼女の見上げるアリサの眼に敵意はなく、あるのは同情にも似た悲しみ。
そう思わせるほどに、
「負け犬……そう、私は負け犬。誰にも必要とされない使えない負け犬」
泣いている様に見えた。
【大丈夫。君は負け犬なんかじゃないよ】
呪詛が聞こえる。
スノゥは悪くないと吐き捨てる優しい呪詛がまた聞こえた。
【君は誰よりも優れている。周りがそれを認めようとしないのは、単にそれを悔しいと思っている蔑みなんだよ。だから、君は大丈夫。君は誰よりも―――素晴らしいのだから】
呪詛すら自分を辱めている様だった。
こんなに惨めな心に突き刺さる呪詛は、何時もよりも数段痛みを増す。
頭が痛い。
脳がかき回される様だった。
この手にある力を、雷雲が呼び起こす魔法の力をこのまま自分に向ければどれだけ楽になるのだろうか――――だが、きっと失敗する。
自分は死ねない。
どれだけの死地に立ったとしても死ななかった。
英雄を前にしても生き残り、無残な姿を晒して生き残った。
死ねれば楽だったのだろう。
師を自分が殺した様に、自分も死ねれば良かった。だが、死のうと思うよりも自分を誰かに認めされる方が大事だったのが間違いだ。
誰にも認められない癖に、誰かに認めて欲しいという心が強く残る。
「だったら、もう誰にも必要とされなくていい……私は、一生負け犬のままでもいい」
この魔法を放った所で、きっと自分は勝てないだろうとスノゥは確信していた。以前も殺すつもりで虎太郎に同じ魔法を放ったが、結果的には彼は死ななかった。
誰も殺せず、救おうとすれば殺される。
殺せないくせに、殺される。
自分ではなく、誰かが殺される。
あぁ、そうだったとも。
自分は常にそうだった。
誰かを殺せるのは他人だけ。
自分の手で誰かを殺した事は一度だってなかった。
命令すれば誰かが誰かを殺す。しかし、自分の手では誰も殺せなかった。
殺す事すら出来ない、哀れな魔女。
お伽噺と同じだ。
魔女は絶対に成功しない。
相手を殺そうとしても死なない。成功したと思っても死んでいない。失敗するのだ、何もかもが失敗し、ハッピーエンドに押し潰される。
哀れだった。
自分もあんな魔女と同じ様に、お伽噺の悪役と同じ様な末路を辿るのだろうか。いや、それもきっと無理だろう。
自分は白雪姫のお妃の様に真っ赤な鉄の靴で踊れもしない。灰かぶりの継母の様に眼球を刳り抜かれもしない。
与えられるのは失敗だけ。
失敗だけなのだ。
さぁ、ならばさっさと解き放とう。
この力を解き放ち、射ち放し、あの人狼に叩きつけ―――失敗して負けてしまおう。殺してはくれないだろうから、また無様に逃げのびて、また策を練って失敗して、死なずに逃げて策を練り、そして失敗して―――失意のまま、死んでいこう。
「死になさい」
無駄だ。
「アナタの様な者は、さっさと死んでしまいなさい」
とうせ当たらない。
死なないだろう。
「――――雷王ガレドゥム……我が望むは天の意志による天の鉄槌、天の煮えたぎる怒り、天の荘厳たる奇跡なり……」
なんて無駄な事しているのだろうと、自分自身で疑問を抱く。
「我が敵を殲滅する為、貴公が武器――――雷槍グラルを与えたまえ……」
天から授かった雷の槍は神々しく輝いていたとしても、これは紛い物だ。
スノゥの手元に巨大な雷の槍が備えられ、標的を見据える。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね――――死ねッ!!」
死ぬはずがない。
虚しく囀る言葉に誰も答えはしない。
答えが無いから解き放つ。
神雷の槍を振りかざし、射ち放つ。

轟音が響く―――無意味な
閃光が煌めく―――見た目だけな
爆風が吹き荒れる―――形だけな
静寂が訪れる―――敗北な

そして響くは呪詛だろう。
何時もの様に頭の中に響き、慰め陥れ、堕落させる師の呪い。
【スノゥ、君は素晴らしい】
聞きなれた声に虚無な心を抱きつつ、続けられる呪詛を受け入れる。
【だから心配しなくていい。今回も君は悪くない。今回も前回も、ずっとそうだったけど……君は単に運が悪いだけだ。だからきっといつかは成功するさ。私はそう信じている。君が必ず大成すると信じている。そうだとも何時か、君は成功す――――】



「―――――――アンタ、本当に馬鹿ね」



呪詛すら消し飛ばす声。
粉塵立ち込める街にて、響くは狼の呟き。
あぁ、やっぱり死んでいない―――と、スノゥは溜息を吐く。
「やはり、負け犬は負け犬、という事でしょうか……」
自傷を始め、敗北の準備をしよう。いや、既に敗北は決まっている。どう足掻こうと失敗は失敗。敗北は敗北だ。
素直に受け入れ、そして負け続けよう。
自傷な笑みを浮かべ、天を仰ぐ。
その間に狼は天へ飛翔し、スノゥの背後に立つ。
攻撃もせず、黙って立ち続ける。
どうして何もしないのかと、背後を振り向けば、何故か顔を顰めながらスノゥを見据えるアリサの姿があった。
その表情に首を傾げるスノゥに、アリサは言い放つ。

「―――――あの子は、そうじゃないでしょう?」

時が一瞬だけ止まる。
「あの子、そうじゃなかったはずでしょうって言ったのよ……」
何を言っているのだろうか、この少女は。
何の事を言っているのだろうか、この少女は。
「アンタは言ったわよね。自分は誰にも必要とされない負け犬だって。周りはアンタを必要とせず、アンタとは違う誰かばかり必要としていた――――そう言ってたわね」
静かに言い、そして呆れと【納得できない怒り】を足した表情でアリサは続ける。
「本当にそうだった?」
「何が……言いたいのですか」
「だからさ、アンタは本当に今までそうだったのかって言ってるのよ。今まで、【一度だって誰かに必要とされなかった】って言えるのかって、私は聞いてるのよ」
逆に聞きたい。
こんな自分を何時、誰が必要としてのかと。
その疑問にアリサはあっさりと回答を示す。
「―――――高町なのは」
「え?」
「アンタの言葉を全部引っくり返す名前よ。アンタが利用して、三年間騙し続けた、私の大切な友達の名前……まさか、忘れたなんと言わないわよね?」
忘れるわけがない。
自分がこんな場所にいるのは、全てあの少女のせいだ――いや、あの少女のせいではなく、あの少女を利用しようとしたのが原因だったのだろう。
だが、どうして此処であの少女の名前が出てくるというのだろうか。
「多分、世界中の誰もがアンタの事を認めはしないけど―――あの子だけは、なのはだけは違う」
「…………」
「アンタは確かにあの子を騙した。それは絶対に許されない事よ。私だって許さないし、誰も許してなんかない……だけどね、ムカつく事に、その騙された張本人は―――」
一度、言葉を区切る。
言いたくない言葉を口にしようとして、顔を歪める。
そして決心してアリサは紡ぐ。
一人の少女の事を。



「高町なのはは、アンタを恨んでないのよ」



「恨んで、ない?」
馬鹿な。
そんな馬鹿な話があるわけがない。
三年間という長きに渡って騙し、利用してきた自分を恨んでいないわけがない。仮にそんな者がいるとしたら、その者はとんでもないお人好しか馬鹿のどちらかだろう。
「ホント馬鹿な話よね。自分を利用して、三年間も騙し続けてきたアンタを、なのはは全然恨んでない」
「う、嘘です……そ、そんな馬鹿な話があるものですか!!」
「あるのよ、これがね」
言っているアリサ自身が信じられないという顔をしている。
だが、これは事実だとも言っている。
「ふざけた話よ、ホントにさ……こっちがどれだけアンタの事に怒っても、あの子は何時だってアンタを庇うのよ。わかる?騙されたくせに庇うっていうのがどういう事か。少なくとも私にはわらないし、わかりたくない。私なら怒るし恨むし、許すなんて発想すらうかばないのよ――――だけどね、あの子はそうなのよ」
あの少女は言っていた。
魔女を恨んでいない、と。
魔女の事を許して欲しい、と。
信じられない事を本人がそう言っているのだ。
「どうして……」
「どうして?アンタがそれは言うのはお門違いってもんよ」
スノゥがあの少女を利用してきたのは誰が見ても間違いはない。
この世界に来て、元の世界に戻る為の手段を探している時に見つけた【膨大な魔力】を秘めた少女がいた。スノゥの居た世界とは違う力だが、これを利用すれば元の世界に帰れるかもしれないという望み。それを成す為には力を解放させるしかない。
その為に利用した。
自分の言う事を聞く様に躾け、利用させてもらった。
少女の家族に会いたいという望みを利用して最低な手段だった。とても許される事ではなかったはずだ。無論、スノゥとて許される気はない。それを承知で彼女は少女を利用した。
だが、結果は失敗。
当然の様に失敗した。
「あの子はね……ずっと良い子を演じてきた。誰にも迷惑をかけず、自分の本音すら隠してずっと演じ続けてきた。それがどれだけ大変で苦しい事なのかは、あの子しかわからないでしょうね――――けどさ」
金色の瞳がスノゥに問いかける。
「それは本当に演じてきただけ?」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味よ。本当にあの子の全ては嘘と偽りで塗り固めた仮面だったの?私と接する時も、すずかと接する時も、常にその仮面だけだった?」
アリサは言う。
「ぶっちゃければさ、それは私にもすずかにもわからない。虎太郎だって九鬼だってそうよ――――悔しいけど、それを知っていて、わかっているのは……アンタなのよ」
「私?」
嘘しかなかった。
「アンタにはわかってたはずよ。少なくとも、あの頃のあの子が【唯一心を開けた相手】が居たのは事実。それが誰かは、言うまでも無い筈よ」
少女に向けた笑顔の裏にはいつだって嘘と偽り、そして利用する者の思考しかなかった。
利用する者とされる者の関係はそれだけしか生まなかったはずだった。
「本当にムカつくわ。心の底からムカつく」
憤りを感じたのは、アリサはスノゥを睨む―――が、すぐにそれが【嫉妬】である事を重々承知しているのだろう、すぐに溜息を共に吐きだす。
「その様子じゃ、アンタも気づいてなかったみたいね……」
「嘘ですわ……嘘に決まっています!!」
「嘘じゃない。アンタが認められない様に私だって認めたくないわよ。でも、嘘じゃないのよ。あの子は、嘘は言って無い」
信じられるわけがなかった。
頭を振ってスノゥは否定する。
あり得ない、と。
信じられない、と。
騙そうとしても無駄だ、と。
「グダグダと……大人のくせに見苦しいのよ」
「嘘を言うアナタの方が――――」
「やっかましいッ!!」
アリサの足がコンクリートをズンッと踏み抜き、スノゥの言葉を遮る。
「見苦しいにも程があるわよ……誰も自分の力を認めない?誰も自分を必要としない?ふざけた戯言をほざいてんじゃないわよッ!!」
天を劈く程の咆哮・

「誰よりも力を必要とされたくないのは―――アンタでしょうが!!」

「―――――なッ!?」
「アンタは何?魔法なの?魔法なんていう【力だけの存在】なの?違うでしょうが……アンタはアンタ。そんな事もわからないくせに、魔法なんて力に何よりも踊らされたのは、アンタなのよ」
「ア、アナタに、私の何がわかると―――」
「わからないわよ、アンタの事なんて……けど、これだけは知っている。アンタが今も誰かに必要とされたいと足掻いていたのは無駄だって事だけ」
「無駄、ですって」
「無駄も無駄、大無駄よ」
言いたくも無い言葉を言う様に、アリサはスノゥから眼を反らし言った。



「だって、アンタは三年間も―――なのはを支えてきたんだから」



ピシリ、と何かに亀裂が走る。
「思い出しないさいよ……アンタが三年間騙し続けた子の事を。アンタと一緒に居た時のあの子の事を!!」
思い出す―――拒否する。
「黙りなさい!!」
杖の先から炎が飛ぶ。
アリサは避ける事すらせず、腕で払う。
肉を焼く音がする。が、アリサは顔色一つ変えず、踏み出す。
「あの子がアンタの嘘に騙されたと同時に―――アンタの嘘と、アンタ自身に支えられて生きてきた」
「だから、黙れと言っているのです!!」
氷の槍、風の刃、杖の先から出る魔法の全てを薙ぎ払う。
身体に傷を負いながらもアリサの歩みは止まらない。
「私はあの子じゃないから理解はできないけどさ、親のいない子供が誰の手も借りずに生きる事なんて出来ないんじゃないの?少なくとも、あんな子に出来なかったと思う」
火傷を負い、凍傷を負い、切り傷すら負いながらも、止まらない。
否定されてはならない事があるから。
目の前の魔女にだけは否定されてはならないから。
どれだけの痛みを負いながらも、絶対に退いてはならない想いがあるから。



「――――そんなあの子が一人になった三年間……その間のあの子を支えたのは――――アンタなんじゃないの!?」



杖を掴み取る。
この距離で魔法を放てば確実にアリサは殺す事は可能だろう―――だが、スノゥの口から出る言葉はない。魔法の詠唱すらできず、小さな少女の威圧感に敗北していた。
「騙していたとしても、嘘を吐いていたとしても、アンタがあの子の傍にいたから私達はあの子と出会えた。それが作られた偽物の絆だとしても構わない……アンタが居たからあの子は三年間、生きてこられた……違う?」
思い出してはいけない。
思い出を認識してはいけない。
騙し偽る事を前提に接してきた、一人の少女との過去を思い出してはいけない。
だが、その想いは別の想いによって一蹴される。
「眼を背けるな!!アンタが救ったモノは、今もこの街でアンタの事を想っているって事から、眼を背けるな!!アンタが利用して、不必要だとほざいたモノは、誰よりもアンタを必要としている誰かに伝わっているって事から眼を背けるなッ!!」
言葉の拳は打ち砕く。
認識を壊し、過去の真なる姿を露わにする。




これは魔女の思い出でありながら、一人の少女の思い出。
家族が消えた一年目。
最初の頃、少女は誰もいない家の中で暮らしていた。
夜、誰もいない家の中で少女は寂しくなった。誰かの温もりが欲しくて、悲しくなって涙を流す毎日だった。
そんなある日、学校からの帰り道。
家路を歩く少女の隣に影が差した。
スーパーのビニール袋の沢山の食材を詰め込んだ――――教師の姿。
その日、家族の居ない少女の家に笑い声が響いた。
温かい食事と微かな温もり。
利用し利用される者の団欒は作り物めいているのかもしれない。だが、それが偽りだったとしても少女の感じたソレは嘘なのだろうか―――否、嘘ではない。
誰かの作ってくれた食事。
一緒に入ったお風呂。
ベッドに入って共に眠った夜に寂しさは無い。

ある日、少女は風邪をひいた。
苦しさと不安に押しつぶされそうになったが、夕方になって一人の教師が家に入ってきた。水で濡らしたタオルを額に乗せてくれた。汗を拭いてくれた。おかゆを作ってくれた。眠れるまで手を取ってくれた。
次の日、少女の風邪は治り、教師は風邪をひいた。

ある日、授業参観があった。
子供達の親が学校を訪れ、張り切って手をあげる子供達の中で少女は一度も手をあげなかった。そして下校の際に親に手を引かれて帰る子供達を見ながら一人で帰ろうとする少女に、教師が声をかけた。
生徒と教師は、一緒に手を繋いで帰った。

家族が居なくなって二年目。
少女は教師の誕生日を知った。だが、微かなお小遣いしかない少女の教師を喜ばせる物など買えるはずもなかった。だから少女はお菓子を作る事にした。学校の図書室からお菓子の本を借りて、一生懸命作ったクッキーは黒コゲだった。美味く作れなくて悲しくなったがすぐに気を取り直し、再度挑戦。
失敗は何度もした。
材料が底をつきそうになり不安になった。
それでも何とか出来たクッキーは見た目が最悪だった。こんなクッキーでは教師は喜んでくれないと思ったのだろう。少女は台所に失敗作のクッキーを放置したまま、失意の中で眠りにつく。
翌日、少女が眼を覚ますと台所にクッキーはなく、あったのは一枚の書き置き。
そこには、今度から塩の代わりに砂糖を使う様に、と書かれていた。

ある日、少女は今日が自分の誕生日だという事に気づいた。
当然、祝ってくれる人などいないだろう。そもそも、自分で祝って欲しいと口にするのは良い子のする事ではないと思っていた少女は黙っていた。
だが、家に帰れば玄関に小さな箱とラッピングされた袋が一つ。
開けてみれば、箱の中には小さなケーキ。袋の中にはぬいぐるみが一つ。
そして、バースデーカードが一つ。
誕生部、おめでとう―――その一言。

全てには裏がある。
裏しかない。
策しかない。
優しさなど一欠けらもなかった。
それが魔女の認識だった―――しかし、それは魔女だけの認識でしかなかった。
三年間の空白は、本当に空白だったのか。
寂しいだけの空白だったのか、孤独だけの空白だったのか―――否である。
例え偽りであろうとも、騙されていたとしても、利用されたとしても、少女が感じたモノは冷たいだけではなく、温かいモノが確かにあったと断言できる。
それが少女の答え。
それが少女が教師を必要としていたという事実。
誰もが必要としていたとして、決して否定されない本物の想い。
偽りは偽り故に本物。
嘘は騙す為だけではなく、救うモノにもなる。
魔女が否定しても、別の意味で捉えた少女にとって―――誰よりも自分を救ってくれた恩人である事には代わりはない。
否定してはいけない。
否定されてはいけない。
悪人が誰かを支え続けたという事実。
負け犬が誰かを支え、救ってきたという事実。
魔女は幸福の為の犠牲ではないという事実。



スノゥ・エルクレイドルは、高町なのはを支えていたという事実は――――否定してはいけない


「私はアンタに同情なんてしない。アンタがどれだけ苦しい想いをして生きて来たとしても、それは私とは何の関係も無い事だからね」
許す気などない。
大事な友達を利用するだけ利用し、裏切った魔女を許す気はまったくと言っていい程に皆無だ。
「だけどね、そんなアンタにもあったのよ。アンタが否定した、否定したかったものが此処にはあった……この海鳴にはね」
春の事件は終わっていなかった。
スノゥにとっても、アリサにとっても、そして今頃は布団の中で眠っている少女にとっても。それを終わらせる事が出来る者は誰なのかと問われれば、
「……無様ですわね」
誰よりも他人に認められたいと想いながらも、
「あんな子供に同情されるなんて、無様としか言えませんわ」
誰よりも他人に認められなかった魔女が、
「本当に無様ですわ……こんな無様な私だから失敗し、負けるのは当然という事ですか。はは、無様無様――――嗤いなさい。こんな私を嘲笑いなさい」
自らを認められた時だけ。
「笑ってやるわよ、幾らでも」
そう言いながらも笑顔はない。
「アンタの馬鹿さ加減になら幾らでも笑ってあげるわ。でも、アンタの【してきた事】は笑わない……普通さ、笑えないでしょう?」
同情するからではない。
「一生懸命頑張ってきた奴を笑うなんてさ、最低じゃない」
「……それは同情ですか?」
「違うわよ、ば~か」
腰に手を当て、心底呆れたとアリサは溜息を吐き、
「いい事、この馬鹿女……確かにアンタの魔法は何も成さない愚術だとしても――――【アンタ自身】は誇って良い程の存在なのよ」
アリサは握った杖を見る。
「いい加減、目を背ける事を止めなさいよね……アンタが認められたいのはこんな杖から出てくる力じゃなくて、アンタ自身なんでしょう?だったら、前を見なさいよ。アンタが見ているのはこの杖だけ。アンタが必要とされたい誰かは杖に映って無い。アンタの眼が前を見て、アンタの瞳に映るのよ」
何の為に力を欲したのか。
何の為の力なのか。
その起源は力に関係する事ではなかったはずだ。
力は手段でしかない。ならば、力など無くても良かったのではないか。この力は手段ならば、本当に必要なのは力ではなく、想いのはずだ。
忘れていた何かを、忘れてはいけない自身の起源を知り、そして受けいれなければならない。
大嫌いな綺麗事は、本当に嫌いだったのか。
違うはずだ。
眼を背けず、前を見れば誰かが映る。
杖ではなく人を見る。
見れば誰かが居る。
「見方を変えなさいよ。アンタが嘘と偽りで騙していたあの子が、アンタを見る眼は騙されるだけだった?アンタが培ってきた嘘で創り上げた、必要とされる―――【先生】だったんじゃないの?」
「…………」
「それを認めなさい。じゃないと、アンタを好きだった子供が救われないじゃない」
「…………」

『私は馬鹿だから良くわからないけどさ……あんまり自分の事を負け犬とか言わない方が良いんじゃないか?』

そう言う事で納得したかったのかもしれない。

『あんまり人の事をどうこう言えないけど、私だって周りから見れば負け犬みたいなもんだよ。誰からも必要とされる様な人間じゃないし、【取り換えの効く存在】だと思ってるし、その通りだと思ってるよ――――けどさ、そんな私にもちゃんと心配してくれる人がいた』

それはお前だけで、自分はそうじゃないと思っていたのは、何も見えてなかったから、なのかもしれない。
誰からも必要とされないと想いこむ事が普通すぎて、それを認める事ができなかった。
誰も必要としなかった―――なんて事はなかったはずだ。
少なくとも【本物の自分】など、誰も必要とはしなかったのは事実かもしれないが、本当である必要などあるのだろうか。
例え、偽りであろうとも。
例え、嘘であろうとも。

『自分がどう思っていようとも、自分が思ってるだけが本当じゃないんじゃないか?自分が要らない人間だと思っても、誰かが必要としてくれる人間だって思ってくるかもしれないんじゃないか?』

そんな人間ならいた。ただ、その人間からの想いから自分は眼を背け続けていた。
前を見るのではなく、何時だって見ていたのは自分の力だけ。
認められたいのは力なんかじゃない。
力が認められたとすれば、それは自分を認められるのではなく、力だけが認められたに過ぎない。それは本当の意味で誰かに必要とされるという意味ではないはずだ。



『少なくとも、私にはいた。だから、アンタだって誰かいるはずだ。そういう人がいたんじゃないか?』
「―――――えぇ、どうやらアナタの言った通りの様ですわね」



「ん?何か言った?」
「―――――別に。ただ…………アナタは子供のくせに生意気だと言っただけですわ」
そう言って、
「だから、邪魔ですわ」
杖を横薙ぎに払う。
「っと、ととと……」
アリサは背後に跳んでそれを避け―――ニヤリと笑った。
「人が善意で言ってあげてるってのに……アンタ、性格最悪でしょう」
「自覚はしてますわ。そういうアナタも性格最悪だと思いますわ―――ふふ、やはり類は友を呼ぶと言いましょうか……」
魔女は、魔法使いは、スノゥ・エルクレイドルは―――クスリと微笑んだ。
「こんな性格の悪い子がお友達なら、あの子もそうとう性格が悪いという事ですわね。まったく、どうしてこんな子ばかりが私のクラスに集まっていたのかと思う……彼も大変ですわね」
「失礼ね。私はあの子みたいに性格悪くないですよ~だ!!」
いつの間にか、日が昇っていた。
ゆっくりと海鳴の街を照らす様に水平線から朝日が昇る。
星達が照らす光はない。
月が照らす光もない。
此処からは太陽の時間。
太陽が世界を照らし、今日もクソみたいに暑い一日が始まる。
だが、まだ微かながらに夜の時間だ。
スノゥは杖を回し、突き立てる。
「さて、随分と無駄話をしてしまいましたが――――」
アリサを見て笑みを顰め、尋ねる。
「まさか、私がアナタの説教程度でどうにかなると?」
「思ってるわけないわよ。それとね、説教とか言うな。私は説教とかする奴が大嫌いなのよ」
「そうですか。ならば自覚するべきですね……アリサさん、アナタは将来絶対に説教臭くなりますわ、確定事項ですわ」
「カッチーン……今のは、かなり聞き捨てならないわね。訂正しなさい」
「お断りですわ。なにせ、性格が最悪ですので」
そして、魔法使いと狼は距離を取る。
互いが互いを気に入らない。
言葉と言葉の応酬はこれにて閉幕。
これからは―――魔法と拳の時間を再開する。
偽物は偽物故に本物。
アリサが言う様に、偽物と言う本物に、自分は既になっていた。
ただ、認められなかっただけ。
自分が認めたくなかっただけ。
魔法という唯一の取り柄と才能ではなく、何よりも憎い教師という役目が得た本物。
【―――――――――――】
「もう、アナタの言葉はウンザリですわ」
声は聞こえない。
【―――――――――――】
聞こえるのは雑音だ。
眼を瞑れば聞こえなくなるだけの雑音。
耳を塞ぐ価値もなく、【無い】と思えばそれで十分だろう。
もう否定はしない。
大嫌いな教師という役職は―――誰よりも自分に合っていたのだろう。
最低な教師を知っているからこそ、その通りにならないと心に決められただけで演じられた教師という仮面。その仮面が何時しか自分の顔となり、誰かに必要とされる何かになっていた。
「さぁ、お仕置きの時間ですよ、アリサさん。こんな時間まで起きている様な子はお仕置きです」
「何よ、先生みたいに五月蠅いわね」
嘘の自分はもういらない。
偽る仮面ももういらない。
過去の想いは此処にある。
過去の夢は胸にある。
過去に置き去りにしてきた願いは―――この手にある。



「えぇ、私は教師でしたから……いえ、教師ですから」



言い切った。
清々しい笑顔で、魔法使いは言い切ったのだ。
それを見たアリサは一瞬呆けたが、すぐに【悪ガキ】な顔を返す。
「へぇ……いいわよ、この反面教師。こっちは伊達に虎太郎が手を焼く問題児をやってるわけじゃないのよ――――お仕置きしてみなさいよ」
夜と朝の境目。
人と人妖と魔法使いが住まう場所にて、教師と生徒の【喧嘩】が開始される。










【人造編・第六話】『Snow of Summer』











戦場は四階建のビル。
最初のステージは屋上。
朝日に照らされ、二人の影が姿を現す。
「―――――ッ!!」
初手は的確に、そして確実に。
スノゥの持つ杖は特別な樹木から削り取り、魔法を使う為にもっとも適したエンチャントをした特注品。それ故にその杖は―――強靭である事を此処に記す。
ズンッと突き立てた杖は屋上のコンクリートを砕く。
突き刺さるのではなく、【砕く】。
その細腕にどれだけの力があるのか、もしくは何かの魔法による破壊か、屋上のコンクリートで舗装された床は砕かれ――――落下する。
「なッ!?」
足下が崩れ、アリサは宙に飛ぶ。そしてスノゥも杖にまたがって飛ぶ―――と推測したが外れ。スノゥは崩れ落ちる床と共に下に落ちていた。
無論、笑みを張り付けたまま。
飛んだアリサは自然に落ちて行く。
地面にではなく、落下した床。

ステージチェンジ。

ビルの四階部分。
そこはとある悪徳金融の事務所。
複数の電話と複数のパソコン。趣味の悪い虎側の絨毯に高級感が憎たらしい皮のソファー。その全てに瓦礫が落下し、儲け一部を根こそぎ破壊する。
結果、一つの悪事が潰れた事になるのだが、当然そんな事は関係はない。
四階に降りたったアリサに襲い掛かるは焔の渦。
螺旋を描く様に炎の渦がアリサに襲い掛かる。
「―――ッち!!」
舌打ちをかましながら炎を避ける。右に左に、上下に避けるも炎は迫る。避けながらこの炎を操るスノゥを探すがいない。
気づくのが遅い。
部屋の中には誰もいない。
だが、【廊下】には誰かが居る。
炎が姿を消した。
それと同時に壁が弾け、現れるのは氷の刃。先程見せた氷に槍ではなく刃は壁を切り裂き、砕き、アリサに向かって襲い掛かる。
しゃがんで避け、飛びだす。
相手は廊下に居る。
砕けた壁の横、本来の出入りをするドアを蹴り破り、廊下に飛び出す。
視界に捕えるは杖を構えたスノゥ。
「疾ッ!!」
床を踏み砕く勢いで蹴り、突進する。
相手は魔法使い。
得意分野は接近戦ではなく、間合いを離した近距離戦だ―――少なくとも、アリサはそう確信している。
されど、接近戦が苦手な魔法使いは此処にはいない。
スノゥは杖に魔力を通し、強度を増して―――迎え撃つ。
拳撃を杖で受け、蹴撃を杖で捌き、がら空きの頭部へと突きを繰り出す。空を切る杖、カウンターを返す拳。
「が、あぁ……!!」
拳が腹部に突き刺さり、くの字に身体が折れる。
貰ったと笑うアリサに、
「捕まえましたわ……」
哂いで返す。
スノゥの杖は先端がカーブを描いている典型的な魔法使いの杖。カーブを描いている部分でアリサの首を引っかけ、自分の下に引き寄せる。
突然の行動にアリサの身体はスノゥの方に寄り、
「お返しですわッ!!」
回転回し蹴り。
額を撃ち抜く一撃に蹈鞴を踏むアリサに追撃の杖での脳天打ち。
無理矢理にお辞儀をさせられる様に項垂れるアリサに、更なる追撃。
高速で紡ぐ呪文にアリサの背筋が凍る。
避けるか捌くか、どちらかにしなければ―――という思考が既に遅い。
杖の先がアリサに身体に密着。
零距離からの風圧。
身体がバラバラになりそうな程の風力がアリサの身体を持ち上げ、壁に叩きつける。
「っがはぁッ!?」
吐血。
「オマケですわ!!」
輝く杖。
追撃がくる。
咄嗟の判断、動物的な勘、戦闘者の本能。
その中の最後の一つを使い、アリサはありったけの力を込めて地面を撃つ。
拳ではなく脚で。
強靭な足腰によって放たれた雷震は床を揺らし、砕く。

ステージチェンジ。

ビルの三階部分。
資材が放置された倉庫のフロア。
無数の段ボールが置かれた空間に飛び降りたスノゥは即座にアリサを索敵―――既に背後にいた。
「―――――ッ!?」
反射的に頭を下げると同時に、殺人的な速度で蹴りが飛んできた。避けると同時に地面を転がり、近くにあった部屋に飛び込む。そこも廊下と同様に段ボールが乱雑に置かれた場所。
中身はコピー用紙。
紙ならば、燃やす。
一瞬にしてコピー用紙に炎が燃え移り、その瞬間に飛び込んできたアリサは脚を止める。その隙を逃さない。
サウナよりも暑い灼熱地獄の中に氷の槍が出現する。ただし、今度は下から。
下から上に突き上げる氷の槍がアリサの脚を微かに傷つけ、血が宙を飛ぶ。
痛みに顔を顰めるよりも早く、スノゥの第二撃。
植物の様に生えた氷の槍を真空の刃にて砕き、高速詠唱にて風の壁を撃ちだす。砕けた氷の結晶が弾丸の如くアリサに襲い掛かる。
氷の弾丸を前にアリサは―――正面から突っ走る。
両腕をクロスさせ顔面を守りながら、身体中に氷の弾丸を受けながら突っ込む。その神風戦法にスノゥは驚愕し、次なる魔法を繰り出そうとするが遅い。
室内での戦闘は魔法使いではなく、狼にこそ軍配が上がる。
スノゥの腰にタックルを喰らわせ、壁に叩きつける。
「ッぐはぁッ!!」
背中の衝撃が肺から空気を根こそぎ奪い去り、視界を白く染める。
「つ、かまえ、た!!」
そのままアリサはスノゥを抱えたまま背中を大きく反らしバックドロップ。
見事なブリッジを決めてスノゥの脳天を床に叩きつける――――が、感触がない。
「それはこっちに台詞ですのよ」
スノゥの身体は【浮いていた】。
一瞬で空気の塊を自分が叩きつけられるはずだった頭部に集中させ、衝撃を殺す。派手な技を使うのならばそれ相当のリスクは付物となる。頭部に集中させた空気の塊を掴む様に手を伸ばし、上に、天井に向けて射ち放つ。
天井にクレーターが生まれ、一気に崩れる。瓦礫から逃れようとスノゥの身体を解放した瞬間、今度はアリサが捕まる。
後転しながらアリサの首を掴み―――床に叩きつける。
顔面、胴体、腕と脚、全てをノーガードで床に叩きつけられた。
身体中を襲う衝撃―――それでもアリサは動く。
「舐めんなッ!!」
倒れた状態から身体を回転させ床に火花を散らせる程の速度をもって、スノゥに蹴りを喰らわせる。スノゥが床を滑り、段ボールの箱を吹き飛ばす。
「ってて……なんで魔法使いが肉弾戦なんかするのよ」
「伊達に敗北を繰り返していませんのよ。悪いですが、こちらはアナタよりもよっぽど凶悪なトカゲの化物と戦った事のあるのですから」
「それ、どんな化物よ?」
「影を扱う化物ですわ……それ故に、私もそこそこ格闘術は学んでおります故に―――こんな事も出来ますのよ!!」
詠唱と構えを同時に、右手に炎を纏いて突き出す。
跳んで避けたアリサの服を炎が焦がす。
「続けて行きますッ!」
跳んだアリサに追いつき、脚に纏うは風。
脚を振り上げ縦に回転―――風を纏ったサマーソルトがアリサに直撃。
蹴りの威力と風の風力。
二つの力が合わさった一撃が、肋骨の数本を根こそぎ持っていく。
「――――――ッ!!」
「オマケに――――持って行きなさい!!」
空中でアリサの身体を掴み、膝を胴体に入れて回転。そのまま地面に落下する。落下の衝撃によって膝が腹部に突き刺さり、更に数本の骨を奪い去る。
「いぃ、がぁぁああああああああああああ―――――ッ!?」
絶叫。
激痛にのたうち回るアリサにスノゥは微笑みを投げ捨てる。
「アナタがどれだけ強いかは知っていますが。生憎、戦いの年数も敗北の回数も、私の方が上なのですよ……勉強になりましたか、ビギナーさん?」
「―――――――調子に乗んないでよね、ヴェテラン!!」
スノゥの脚を掴み、腕の力だけで振り回す。
突然の凶行に反応できなかったスノゥは勢い良く回され、
「床とキスしろ、クソババア!!」
防御などさせない。
顔面から床に強制キスをする音は酷い音だった。
とりあえず、鼻の骨は折れたのだろう。
鼻の中に血が流れ込み、呼吸が出来ない。
「あははははッ!!鼻血ブーしてやんの!!カッコわる―――ブへっ!?」
お返しとばかりに顔面に蹴りを入れられ、同じく鼻から血。
「あ、アンタねぇ!!こんな美少女の顔面に蹴りとか入れる、普通!!」
「あら?アナタが美少女なんて何処の何方が言いましたの?紹介してくださるかしら、その趣味の悪いひ―――ぎゃひィッ!?」
反撃のグーパンチ。
「じょ、女性の顔にグーパン!?それが女の子にする事ですか!?」
「子供の顔に蹴りを入れる奴に言われたくないわよ!!」
接近戦の次はマウント合戦。ただし、やっている事は子供の喧嘩と代わりがない。
「ふ、ふぐぐぐぐ……」
「このにゃろう……」
アリサの指がスノゥの鼻に、スノゥの指がアリサの頬を引っ張る。
ただし、勝敗は肉体の強靭差によってアリサに軍配が上がる。鼻に指を突っこんだまま、スノゥは持ち上げようとしたが、背丈の問題で無理だったので―――走った。
女性限定必殺技、鼻フックランニングデストロイヤー炸裂。
「痛たたたたたたッ!!鼻、鼻が捥げる!!」
「捥げる前にクタバレこの野郎!!」
室内を高速で走り続け、フィニッシュとばかりに全力で投げ捨てる。
「ミギャッ!!」
ベチーンと音を立てて壁に叩きつけられた。
「―――ふん、子供舐めんな!!」
「痛たたたた……鼻、私の鼻、取れてない?」
「残念ながら取れてないわよ」
「そう、良かった――――じゃないわよ、このクソガキ!!」
杖を手に取り、床に突き刺す。

三度目のステージチェンジ。

舞台はビルの二階部分。
今度は――――なんかヤクザっぽい人達が勢揃いしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
強面な方々が手に銃やらドスやらを持ちながら、一斉に天井から落ちて来た二人を見る。
どうやら上での騒ぎを何処かの組の蹴撃だと勘違いしたのか、全員が臨戦態勢を完了。
アリサとスノゥはヤクザ屋さん達を見つめ、それから互いに目配せして立ち上がり、スタスタと入口に向かって歩き、

「「――――間違えました」」

そう言って外に出ようとしたが―――まぁ、当然無理なわけで。
「テメェ、何処の組の者じゃコラァ!!」
「タマ取ったるぞ、ゴラァ!!」
「女子供でも容赦はせん……殺せ」
殺る気満々な本職の方々が一斉に襲い掛かって来た。
「ち、違いますのよ?この子はともかく、私は善良なる市民ですので、見逃してください!!」
「あ、自分だけ逃げようとしてる!?オッサン達、悪いのは全部このババアです!!」
「まぁ!!人の事を棚に上げて、自分だけ助かるつもりですの!?私、そんな風に教育したつもりはありません事よ!!」
「アンタに教わった事なんて一つも無いわよ!!」
互いに罵り合いながらも、襲い掛かるヤクザ屋さんを次々と撃退する二人。
「こ、コイツ等……強ェ……」
「退くな、一歩も退くんじゃねぇぞ!!」
ドスを腰に構えて突っ込んでくる一人を杖で殴り飛ばし、銃を構えた者は引き金を引く瞬間に顎を蹴られた即倒する。
見る見る内にやられていく構成員を見て、組長らしき男は後ずさる。
「て、テメェ等……何者だ!?どの組の者だ!?」
「通りすがりの小学生です」
「通りすがりの魔法使いです」
「んなもん信じられるかぁ!!」
組長らしき男が日本刀を鞘から抜き、二人に襲い掛かる。
「だから、」
アリサは弓を引く様に腕を引き絞り、
「私は、」
スノゥは杖を振り上げ、
「部屋を、」
「間違えただけだって言ってるでしょうがッ!!」
拳が組長の腹に、杖が組長の側頭部を撃ち、窓を突き破って外に跳んで行った。
そして、誰もいなくなった。
「…………」
「…………」
二人は惨劇の跡をしばし呆然としながら見据え、今度こそスタスタと外に出て行き、ドアを閉める―――――瞬間に戦闘再開。
アリサの蹴りを避け、後ろに跳んだスノゥは即座に詠唱を紡いで炎を射出。
廊下の壁を蹴りながらアリサはスノゥに接近。
激突。
激突。
激突。
拳と杖が鬩ぎ合い、互いの視線がぶつかり合う。
終りなき激突は周囲のモノを破壊し、継続。
魔法の力と物理の力。
幻想を薙ぎ払う物理。
物理を抑え込む幻想。
魔法使いと狼の激突は次なるステージで終了する。
二人の戦いに耐えられなくなった建物は地面から崩壊を始め、二人は最後の落下をする。

ステージチェンジ・ラスト。

ビルの一階はエントランス。
広い空間で二人は対峙する。
ゆっくりと距離を取り、互いの一手を見極める。
スノゥはアリサを、アリサはスノゥを、互いは互いの今までの戦法を思い返して即座に万全の策を練る―――が、策よりも優先すべきは意思。
グダグダと長引かせる戦いなどもう沢山だ。
目の前の敵を一撃で必殺する術が必要となる。
「―――――次で決めますわ」
「―――――上等」
互いに宣言。
これで逃げ場無し。
基より退く気など一切無し。
負ける気など一切無し。
敗北は相手、勝者は自分。
全力全開の力を持って相手を打倒する以外に選択は存在せず。
「―――――――」
アリサが繰り出すは一つ。
この自慢の拳で、
「正面から、打ち砕く……」
拳を腰に、地面を踏みしめる。
スノゥが紡ぐが必殺の呪文。
杖を前方に構え、
「正面から、射ち貫く……」
すぅ、とスノゥは息を吸い込み、呼吸を整える。アリサは直感的に何かとんでもないモノが来ると予感する。だが、それを撃たせる前に撃てばいい―――などという思考は愚考だ。
相手が全力で来ると言うのならば、その全力を正面から叩く。
それこそが勝利。
それこそが自分。
狼の咆哮を上げる時は、完全勝利のその時以外にありはしない。
その事がスノゥにも伝わったのだろう、口元に微かな笑みが浮かぶ。
笑みは一瞬―――詠唱を開始する。
炎の渦か、氷の刃か、風の塊か―――今までに見せた中でどれを選択するかはわからない。だが、アリサはどれでも構わないと思考する。
それ故に、驚愕する。
詠唱を開始する。
ただし、それは今までとは違う。

高速で紡ぐ呪文ではなく、ゆっくりとそして長く――――連結する。

「風針‐wieed‐」
風の刃を招く呪文。
「氷槍‐cicran‐」
氷の槍を生み出す呪文。
「猛き焔よ、爆ぜ、砕け‐lame bur clan」
炎を巻き起こす呪文。
「雷矢‐arrtni‐」
雷を射出する呪文。

四つの呪文を続け様に唱えながらも、その全てが生み出される事はない。それどころか、連続して紡ぐ事で別の意味を持つ様にさせ思える。
嫌な予感がした。
あの詠唱を止めなければならないと本能が叫ぶ。だが、その本能を押さえつける。

本来、魔法とは連続して放つ事は出来るが【同時】に放つ事は出来ない。強化の為に使われる魔法もそれと同義。重ね掛けは出来ても同時に全ての強化を施す事は出来ない。そういう仕組みが存在する。
だが、それを出来る者が此処にいる。
一つの魔法に更なる魔法をエンチャント。エンチャントされた魔法に更なるエンチャント。エンチャントにエンチャント重ね、本来は存在しない新たなる魔法を創り上げる。
一人の少女だったエルフ。
魔法の才能があったのは事実だが、それ以上に少女にはある才能があった。その才能があるが故に彼女はこれまで生き残り、此処に立っていられた。
風の魔法を生み出し、氷の魔法をエンチャント。
風氷の魔法に相反する炎をエンチャント。
その魔法に雷の魔法をエンチャント。
四つの元素、エレメントを練り合わせ、構築し、再現するは過去にも現代にも存在しない新たなる可能性。
風、氷、炎、雷―――四つを【弾丸‐カートリッジ‐】として【杖‐デバイス‐】に送り込み、魔法を練成する。
高速詠唱はもちろん、詠唱の長い呪文よりも更に長い時間を使い、彼女の、スノゥ・エルクレイドルの真の力を顕現させる。
同時に複数の行動を可能とする彼女の才能から生み出される【連結術式‐マルチタスク‐】こそが、彼女の真骨頂。
構成、構築、装填―――全行程完全終結。
「さぁ、行きますわよ」
杖を握り締め、地面を踏みしめる。
宣言こそが本当の意味での開戦。
最後に一手にてして最強の一手を此処に解き放つ。
スノゥの準備は完了。
アリサの準備も完了。
魔法と拳。
勝者は二人も要らぬ、必要なのはたった一人の勝者のみ。

無音

無音

無音



――――――――鳴り響くは互いの咆哮



地面を全力で蹴り、アリサが突貫する。
武器は拳、繰り出すも拳、打ち出すも拳。
己の全力を込めた一撃にて相手を打倒するべし。
距離は微かに離れているが一秒もあれば十分に届く距離。
「もらったぁぁああああああああああああああああああああッ!!」
杖の先から、スノゥの身体を通して送られた練成された術式が解放される。
「撃ち砕け、罪なる者は此処に得る、汝が罪は我が裁きて、我が許す」
高速で紡がれる詠唱はアリサが地面を蹴った瞬間に開始され、間合いが半分になる前に完了する。
「天の裁きを否定し、天に代わり汝に鉄槌を――――これ即ち、」
トリガーワードを紡ぐ。
撃鉄を――――撃ち込む。



「汝を射抜く、神々、諸共‐Divine Buster‐」



巨大な光の柱が出現する。
天から降り注ぐ裁きの光ではなく、小さき者の兇器から降り注ぐ破滅の光にして破壊の暴虐。
神が許しはしない聖なる戯言より生み出された光は、フロアの全てを飲みこむ程の膨大な極光となって敵を打ち砕く為に撃ち放たれた。
目の前に迫る光の奔流を前に、狼は脚を――――止めない。
相手が如何に強大であろうと退くなど愚の骨頂。
宣言した。
正面から打ち砕く、と。
されど逃げ場無し―――――だが、それも良し。
物理が勝つか、魔法が勝つか。
この世界が勝つか、異界が勝つか。
強大な光に挑む。
真っ向勝負の想いに偽り無し。
互いが互いの勝利を信じ、
「私の」/「私の」
最高の一手で挑んだ勝負は、



「勝ちよッ!!」/「勝ちですわッ!!」



一つのビルを倒壊させる結果と共に決着する。









「―――――重いですわ」
「うっさい。アンタは黙って飛んでればいいのよ」
「落としますわよ」
「そん時はアンタも一緒だからね、この犯罪者」
「また私のせいにするのですか?」
「だってそうじゃない。見てみなさいよ、周りはパトカーだらけ。周囲一帯には避難勧告まで出てる始末よ……これ、完全にテロよ、テロ」
「まったく、ああ言えばこう言う……そんな事ばかり言っていると殿方に嫌われますわよ」
「アンタこそ、その性格直さないと嫁の貰い手がいないんだからね」
アリサとスノゥは空の上にいた。
杖に跨るスノゥと、杖にしがみ付くアリサ。
互いにボロボロになりながら太陽の昇った海鳴の街を優雅に空中散歩していた。もっとも、別に好きでこうしているわけではなく、倒壊したビルから何とか抜け出した所にパトカーのサイレンが聞こえ、逃げようとしたが逃げ道がない事に気づき、こうして空に逃げているというわけだ。
更に正確に言えば、一人で空に逃げようとしたスノゥの杖に無理矢理に掴まってアリサも空に逃げ出した、というのが正しい。
「まったく、ただでさえ街が騒がしいのに、更に騒がしくしてどうすんのよ」
「だから、それはアナタが言うべき台詞ではありませんわ……はぁ、アナタの将来が心配ですわ、本格的に」
毒吐き合いながらも、二人はしばらく空の上にいた。朝日が昇り切っていても、まだ温度はそれほど上がっていないのだろう。頬を撫でる風は涼しく、気持ちが良かった。
「―――――私は、無様なのでしょうか」
不意にスノゥが呟いた。
「何よ、藪から棒に」
「……無様、なのでしょうね」
結局、自分の中で何かが変わったというわけではない。仮に変わったとしても過去は変わらない。別に後悔しているわけではない。ただ、何となくそう思ったのだ。自分は昔も今も変わらず、ずっと無様なままだという事に。
「何も掴めず、何も成し遂げられず……永遠に失敗と敗北を続ける私は、誰の目から見ても無様なのですよ、きっと」
「…………アンタさ、実は結構ネガティブ体質?」
「どうでしょうね。前まではどんな失敗も単に自分の運が悪いの一言で済ませていましたが……自覚すれば逆に重くなるものですよ、この無様な自分が」
知ってしまえば簡単な事だった。
運の善し悪しなど関係がない。
自分は弱くて惨めな魔法使いでしかなかった。
「まったく、なんて無様」
「―――――さっきも言ったけどさ、無様なんかじゃないわよ」
その言葉に振り返れば、杖に掴まったアリサがスノゥを見ていた。
真っ直ぐに、
「私はアンタの事が大嫌いだけどさ……この街にはアンタの事が好きな奴がいるって言ったわよね。アンタはそんな奴の前で言えるの、その台詞」
「…………」
「一つだけ認めてあげるわ――――アンタは無様なんかじゃない。少なくとも、前のアンタよりはずっと無様じゃない。そうね、精々カッコ悪いってレベルかしら」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアリサ。
「良いじゃない、少しはレベルアップしたって事でさ」
「レベルアップ、ですか」
「そう、人としてレベルアップ。魔法使いとしては雑魚だし、私よりもすっごい弱いアンタだけど、前よりはマシよ」
「待ちなさい。誰がアナタよりも弱いですって?アレはどう見ても私の勝ちですわ」
「む、聞き捨てならないわね。私の方が強いに決まってるじゃない」
「いいえ、私ですわ」
「私よ、私」
睨み合い―――折れたのはスノゥだった。
「もういいですわ。えぇ、アナタの方が強いです。はいはい、強い強い、おめでとうございます」
「ムカつくわね、その言い方」
静かな空の上でスノゥは街を見下ろす。
「…………不思議な街ですわね」
心の底からそう思えた。
「人妖である故に周りから認められない、必要とされない者達ばかりだというに……どうしてか、皆が強く生きている」
「…………」
「傷の舐め合いをしているのでもなく、一人一人がしっかりと地面に脚をつけている。本来なら自分一人で精一杯だというに、それを良しとしないお人好しばかり。不思議な街ですわね、此処は」
羨ましい。
この街はこんなにも、
「まるで、こんな街だからこそ持っている様ですわね――――誰の心にも【夢と希望】という幻想を」
「――――アンタもそうなんじゃないの?」
「私も?」
「夢と希望って奴をよ。最初から持っていなくても、何時の間にか誰かからそれを貰ってる。私もそうだったからね……」
「……そうかも、しれませんわね」
夢があった。
希望があった。
かつての自分はそうだったが、今の自分にはない。
それが少しだけ悲しい。
「まぁ……アンタにも見つかるんじゃないの?夢と希望っていうのがさ――――でも、アンタみたいな性格悪い奴の夢なんて小汚いボロ雑巾でしょうけどね」
「…………」
呪いとして存在する善意の言葉よりも、少女の汚い声の方が不思議と心地良い。
「だからさ、何時までも空の上でプカプカ浮いてるのは止めない?アンタのその足で歩く地面には、アンタが既に得ているモノが沢山あるのよ。そして、アンタが得ていない、見つけたいと思う何かが沢山ある」
この街には夢も希望もある。
「――――空から見下すのも良いけど、たまには地面に降りてきなさいよ」
この性格が悪くて口の悪い少女の様な人々が沢山いる街。
海鳴という人妖隔離都市。



「降らない雪なんて、子供は楽しめないじゃない……雪は降って積もるものよ―――空じゃなくて、地面にね」



この日、海鳴の街に雪が降る。
降り方を思い出した雪が降ってくる。
季節外れの雪は自身を無様だと言うが、地面に降り注ぐ雪を見つめた少女は違うと口にする。


夏に降る雪は―――決して無様では無いのだから










次回『閑話・魔法○○事件~マジカルステッキの悲劇~』









あとがき
ども、なんとか続けられてる散々雨っす。
最近、DOADの為にNDS3Dを買うか、シュタインズゲートとBBCS2の為にPSPを書くか迷っております……まぁそんな事はどうでもいいですね。
というわけで、アリサに必殺技が出来ました。

鼻フックランニングデストロイヤー

相手の鼻に指を突っ込んで全力で走るという必殺技。
コマンドはレバー三回転+ABCDです。
そんでもってスノゥさんの新しいフラグです。本当にフラグを立てるのが大好きな女性ですね、ぷぷぷ……

次回は長い長い夜が明け、物語はクライマックスに突入します。
その前に閑話でマジカルステッキ。シリアス書く前にマジカルステッキ。マジカルベイルじゃないけどマジカルステッキな回です。
基本的に大人達が酷い目にあいます。
あの二人も犠牲者です。
誰が得するのか謎の回です。
スベり倒します。

それでは、さようなら~



PS さと、スパイラルカオスの為にPSPを買おうか迷ってます




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