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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/14 03:54
とある世界のとある者の過去の話。
本来の自分の姿すら忘れた負け犬な魔女の話。

夜の闇を照らすのは一軒の廃屋が燃えゆく姿。
オレンジ色の炎が廃屋を燃やし、周囲の木々にすら燃え移り、次第に大きな炎へと姿を変えていく。
燃えゆく周囲、炎に囲まれながら二人の魔法使いは語り合う。
片方は地面に倒れ、片方は地面を踏みしめながら倒れた者を見つめる。その眼には自分が殺めようとしている者が映っているにも関わらず、感情の色は見えない。
ただ機械の様に殺し、操られる人形の様に殺したかのように。
少女は杖を倒れ伏した者へと構える。
倒れ伏した者は嗤っている。
吐血を吐き、身体中を血で染めながらも、自らに迫る死を楽しむ様に嗤い、淀んだ瞳に映る少女へと言葉を紡ぐ。
【あぁ、可愛そうに】
口から零れる言葉だというに、その者の声は直接少女の頭の中に叩きこまれる様に、脳に何かを流し込む様に、意思が無数の蟲によって犯される様に聞こえた。
【どうしてこんな事になってしまうのか……どうしてアナタがこんな事をしてしまったのか……ソレを考えるだけで私はとても悲しいのです】
まるで演劇の台詞を吐く役者の如く、その者は言葉を吐く。
人の意思が宿った言葉ではなく、台本を呼んでいるかのような心のない言葉だった。だが、その言葉は少女にとっては聞きなれた心なき言葉である事には変わりは無い。
「お師匠様……」
師匠と呼ばれた者は弟子である少女に手を伸ばす。
助けを求める様に手を伸ばし、

【―――――ですが、アナタは悪くない】

少女の首を掴む様に、
【そう、アナタは何も悪くない。悪い者なんて一人もいない。神も悪魔も悪くは無い。これはただ運が悪かっただけに過ぎないのです―――ですので、私はアナタを恨まない。えぇ、恨むものですか……】
少女の心を、鷲掴みにして、壊す様だった。
師匠の顔が歪む。
口が三日月の様にグニャリと曲がり、呪詛を吐き出す。
【悪くない、アナタは悪くない、悪いわけがない、誰かがアナタを罰しても私は罰しない。アナタは良い子だから悪くない。良い子だから悪くない。神が許さなくても私が許す。魔王が許さなくても私が許す。アナタを許す。悪くないアナタを許すのは私だけ。私だけがアナタを許し、誰もアナタを許してはいけない】
少女の手が震えた。
今から殺されようとしている師匠の言葉に、生物として本能的に恐怖を感じる。この言葉を聞き続けてはいけない。この言葉を聞き続ければ自分の大切な何かが汚され、壊れる。それが怖かったから少女はこんな行為を行った。こんな事になったから少女は手を汚してでも、目の前の【コレ】の存在を消したかった。
【さぁ、殺しなさい。私を殺してもアナタに罪はないのだから。アナタは誰よりも大成する素晴らし才能のある子なの。アナタ程に素晴らしい才能のある子を私は知らない。だから世に出て素晴らしい魔法使いになりなさい―――師を超え、死を超え、史を超え、誰よりも素晴らしい魔法使いになるべき者なのですから】
言葉は真実を紡がず、嘘ばかりを紡ぐ。
師の言葉の全てが嘘だった。
初めて出会った時ではわからなかった、師の本質。
この人は、少女を弟子などと思っていない。
最初から最後まで、この瞬間まで。
気づかなければどれほど幸福だったのだろうか―――だが、既に遅い。
【私は幸福です。アナタの様な子の師であれた事に、神に、エル・アギアスに感謝しましょう。ノーライフキングに感謝しましょう。この大地に存在する全てに感謝しましょうッ!!】
紡ぐは呪い。
紡ぐは不幸。
紡ぐは敗北。
紡ぐは死すら幸福と思える最低最悪の善意。
全ての善意に唾を吐き、己こそが善だと全世界に誇らしげに吐き捨て、師を名乗る者は嗤い続ける。
少女の叫びが木霊する。
振り下ろされた杖から放たれた雷撃が師の身体を破壊する。
師は死に、弟子は生き―――そして呪いは完成する。
これが今から百年以上前に起きた出来事。
エルクレイドルの歴史に刻まれて、師匠殺しの魔法使いの話。

負け犬な魔女、スノゥ・エルクレイドルの始まりの物語。








【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』








深夜になれば人の数は自然と減っていく。
都会の夜とは違い、この地方都市である海鳴は眠らない街にはならない。ポツポツと人の数が減っていき、ポツポツと人の数が少しずつ増えていく。それでも減っていく数には遠く及ばず、路面に転がる者達と夜だけ仕事する者達、そして夜の世界に足を踏み入れる事が誇らしいと豪語する若者達の姿があるだけ。
そんな風景の中にスノゥはいる。
繁華街の消え逝く光を見つめながら、ベンチに腰掛ける彼女の声をかける者は少なくない。声をかけては失敗。別の者が声をかけては失敗。次第に声をかける者が少なくなり、最後は誰も彼女の声をかけなくなった。
街の中に消え逝く光と同じ様に、人の波に消える人の個人という部分。誰かは誰かに関係ある存在でありながら、別の誰かは関係の無い存在。誰しもに関係のある者などいる筈も無く、何時しか人は誰からも必要とされない。
生きようとも、死のうとも、関係という接続する言葉は酷く冷たい言葉なのだとスノゥは思う。
親しい者が死のうとも、親しい者だけが人の全てではない。唯一無二の親友であろうとも、所詮は一人が消えただけ。消えただけで終るのは消えた本人、それに関係のある者の人生が消えるわけではない。
リサイクルはしなくとも、サイクルはする。
一人が消えれば別の誰かが現れる。
そうやって関係という陳腐な言葉は続いてく。
スノゥに声をかけた者とてそうだ。
最初はスノゥに惹かれて声をかけ、断れればすぐ次に行くだけ。女は彼女の一人ではないし、簡単に引っかかる者とているのを知っているからだ。
絶対に必要な一人などいない。
そう、個人など幾らでも替えが効くのだ。
そんな事を考えながら、スノゥはふと我に帰る。
時計の針は気づけば深夜零時を回っている。
昨日から明日へ、今日は昨日へ変わっていた。
「やれやれ、ですわね」
今日は最低な一日だった。
朝起きれば頭が痛く、日中は太陽の光に襲われ、夕方になれば人の死を知り、最後は死を追いかける奇妙な二人組に捕まった。
あの二人はもう家に帰ったのだろうか。一人は教師で大人でも、もう一人はまだ学生だ。こんな時間まで夜道を歩いていれば警察に何かしら言われるだろうし、親も心配するだろう。そもそも、学生が、子供がこんな事件に首を突っ込もうとしている事が間違いなのだ。学生は学生らしく、子供は子供らしく、学校生活を楽しんで夏休みを謳歌していればいいのだ。そうする事で社会の邪魔にならない事に勤めれば―――
「って、何を考えてるのですか、私は?」
これでは教師の思考ではないか。
馬鹿げていると頭を振り、過去に捨て去った別の名前に思考を凌辱されている事に気づいた。
自分は帝霙ではなく、スノゥ・エルクレイドル。
小学校の教師ではなく、魔女。
「はぁ……無様ですわ」
口癖になってしまいそうな言葉を吐き出しながら、スノゥは立ち上がる。こんな時間だが今日の宿を探さなければならない。出来る事なら布団の上で眠りたいというのが彼女の欲求。野宿も出来ない事もないが、出来る限りしたくは無い。
懐から財布を出せば―――中身は空っぽ。最初から何も入っていない財布なのだ、当然だろう。
何時もの様に適当なホテルを探し、従業員に暗示をかけ一晩の宿にする。
腹が空けば道を歩く者に適当に声をかけ、暗示を行って食事を奢らせるか、金品を奪う。
欲しい物があれば奪う。
「いつから私は強盗の真似事をする様になったのでしょうか……」
落ちぶれたものだと自傷する。
少なくとも三か月前は違った。
偽りとはいえ、教職という立派な仕事に付き、毎日毎日子供達に授業をしてお給金を受け取り、自分で得た金で物を買って食事をして寝泊まりしていた場所に帰る。
だが、それは過去となった。
帝霙という偽りの戸籍は消え、帝霙が造った口座は見事に消え去り、今の自分は内でも外でも追われる立場。
馬鹿らしい。
こんなに馬鹿らしい事はあるだろうか。
自業自得だとは思わない。そういう風に思えないからこそ、思わない。それ以前に自分が堕ちたと考える事すらしない。
全ては運が悪いだけ。
自分がちんけな小者ではなく、時々こういった失敗をしてしまう癖があるというだけに過ぎない。
しかし、
「本当にそうなのでしょうか?」
財布をじっと見つめる。
この財布は何時買ったのかを思い出す。
遠い昔の事は思い出せなくても、三年前の事は知っている。
【帰る手段】である少女を見つけ、彼女の通う小学校に入りこみ、一か月程経った時だろう。初めて得た給料を見て、こんなに少ないのかと毒を吐き、必要な金はこんな仕事ではなく別の所から手に入れようと心に決めた。現に頃からスノゥはこの街に住まう支配者の一人、月村とバニングスに眼を付け、この一族の敵対者となる者達に接触した。
簡単だった。
自分の人妖能力ではなく、他世界の魔法という力を見せつければ、彼等は見事なまでに自分を必要としてくれた。
力も情報も、そして改竄工作すらやってくれた。
故にこんなちんけなはした金など必要がなかったのだ。
だが、ある日。
スノゥは街で歩く一人の女性を見た。特に特徴があるわけでもなく、これから必要になる者でもない。そこら辺にいる普通の女性だった。
その女性が持っている財布を見て、なんとなく自分の使っている財布を見る。
あっちは皮張りの高級な財布。こっちは安物で財布。
少しだけ、本当に少しだけだが、悔しくなった。
スノゥは銀行口座から教職で得た賃金の全て下ろし、財布を買った。
後にして思えば、なんて馬鹿な事をしたのだろうかと後悔する。とりあえず、零が四ケタもある装飾品を買うなんて馬鹿げている。これが儀式に必要のあるマジックアイテムであるのなら話は別だが、金を入れるだけの道具にこんな金をつぎ込むなんてアホらしくてしょうがない。無論、だからと言って捨てる様な事はしない。
結果的に、今の彼女の持ち物はこの財布だけ。
今着ている服は盗んだ物だから無料だが、これだけは違う。
「…………」
教師だった時のまま。
三か月前の頃と同じまま。
存在しない銀行カードと戸籍の無い免許書と使いようのないポイントカード。
これだけだ。
こんな役に立たない物が自分の全財産。
「…………」
心の中に小さな波紋が起こる。
今の自分と三か月前までの自分。
本来の自分、スノゥ・エルクレイドルがこんなにも情けないというのに、偽りの帝霙はあんなにも、
「――――――ッ!!」
財布を地面に投げ捨てた。
投げ捨てて、踏みつけた。
「こんなもの……こんなもの!!」
何度も何度も踏みつけた。
何度も何度も踏みつけた。
何度も何度も踏みつけた。
そして、次第に脚が止まり、
「こんな……もの、こん、なもの……」
わかっているのだ、本当は。
本物は偽りに負ける。
偽りの自分は誰かを利用できるのに、本物の自分は誰かに縋っている。
本物の自分は魔法で誰かを操り飯を食わせてもらい、偽りの自分は魔法で誰かを操り策を練る。
本物の自分は魔法で衣服や物を盗み、偽りの自分は魔法など使わず衣服や物を手に入れる。
負けているのだ。
本当という言葉が、偽りという言葉に負けている。
泥だらけになった財布を拾い上げ、握り締める。
「…………無様、ですわ」
悔しいと思った。
こんなに悔しい事はなかった。
今まで思ってもいなかった事が、何故か今頃になって濁流の如く、気づき始めた。
どれだけプライドがあると口にしても、結果はこんなにもみすぼらしい。どれだけ自分に実力があると口にしても、結果はこんなにも無残。
そして、どれだけ運が悪いと口にしても、



無様な負け犬である事には変わりがない。



『私は馬鹿だから良くわからないけどさ……あんまり自分の事を負け犬とか言わない方が良いんじゃないか?』
いいや、自分は負け犬だ。
『あんまり人の事をどうこう言えないけど、私だって周りから見れば負け犬みたいなもんだよ。誰からも必要とされる様な人間じゃないし、【取り換えの効く存在】だと思ってるし、その通りだと思ってるよ――――けどさ、そんな私にもちゃんと心配してくれる人がいた』
それはお前だけで、自分はそうじゃない。
誰からも必要とされなかった。
そうだとも、誰も必要としなかった。
少なくとも【本物の自分】など、誰も必要とはしなかった。
『自分がどう思っていようとも、自分が思ってるだけが本当じゃないんじゃないか?自分が要らない人間だと思っても、誰かが必要としてくれる人間だって思ってくるかもしれないんじゃないか?』
なら、そんな人間を今すぐ前に出して見せろ。
ほら、誰も無い。
そうだとも、誰もいないんだ。誰一人としても、自分を必要とはしない。誰かに必要とされる人になりたくて魔法使いになっても、自分が望む未来など来てはくれない。
『少なくとも、私にはいた。だから、アンタだって誰かいるはずだ。そういう人がいたんじゃないか?』
だから、いなかったんだ。
誰も、一人も、今も昔も、いなかった。
身に付けた術は人を救うのではなく傷つけるだけの本来の意味しか成さず、人を傷つける事すらまともに出来なかった。
何時だってそうだ。
何かを成し遂げようとする度に自分は失敗する。それを周りは蔑んだ眼で見るが、自分は単に運が悪かっただけだと吐き捨て―――また失敗する。
思い返せばずっとそうだ。
自分は一度だって反省した事がない。
反省しようと少しでも思おうものなら、

【大丈夫。アナタはアナタのするべき事だけをしなさい。向き不向きは当然あります。今回はそう……単にアナタに【合わなかった】だけに過ぎませんよ】

こうやって声が聞こえる。
遠い昔に、自らの手で殺してやった師の声が響く。まるで呪いの言葉の様に、師を殺した自分の背中を押す様にして、奈落に叩き落とす声が聞こえる。
このせいで自分はずっと自分は悪くないのだと思い続けた。
思い続けたと同時に、呪い続けた。
聞こえてくる声を呪い、呪いに負けている自分を呪う。
本当は気づいていたのに、嘘をつき続ける。
そうしている内に誰も自分に関わろうとはしなくなった。当然、同じ様に自分も誰かに関わろうとはしなかった。
それが原因かはわからないが、多分それも一つのきっかけ。
自分は、スノゥは不死の魔王を信仰するようになった。
いや、本当は信仰などしていない。
信じる事を信仰というのならば、縋る事は信仰ではないはずだ。
これは打開案だ。
単に【正道】を歩く者に必要とされないのなら、【邪道】を歩く者に必要とされる様になろうと思ったに過ぎないという打開案。
この力を誰も認めてくれないのなら、誰も認めない者の為に使えばいいのかもしれない、そんな想いが頭を過った。
そうしてスノゥは神に反逆する魔王を信仰する集団に身を投じる事になった。彼女の存在を誰もが注目した。それも当然だろう。エルクレイドルという名門の出であり、尚且つエルクレイドルの名を継いだ者が自分達の仲間になったのだ。それが注目されないわけがない。
皆から自分に注がれる注目という視線に彼女は喜んだ。初めて自分が誰かから必要とされる存在になったのだと心が躍った。
しかし、それは最初だけだった。
邪教の集団に入って数ヵ月後、彼女は結局同じ場所にいた。
周りの注目という歓喜は薄れるどころか消え去り、視線は蔑みに変わっていた。
【何も出来ない役立たず】
【コイツが居ると全て失敗する】
【邪魔者】
【疫病神】
【死神】
スノゥに降りかかる言葉の全ては邪道も正道も関係がなかった。彼女が何らかの作戦に加われば、その作戦は失敗。参加した者達は全員が死亡し、スノゥだけが生き残る。作戦は失敗してもスノゥは死なず、必ず戻ってくる。魔法に長けていようとなかろうと、結果は失敗と敗退。
彼女は生き残り続けた。
自爆テロまがいの作戦ですら彼女は生き残った。
英雄と戦おうとも彼女は生き残った。
味方に殺されそうになっても彼女は生き残った。
死なず、失敗して生き残った。
ある殺し屋にこう言われた時があった。
「お前さん、ある意味で凄ぇよ……神様にも魔王様にも嫌われてるのに生きてるなんざ、マジで凄いわ」
誉め言葉の様に聞こえるが、決して誉められてはいない。
そうして彼女は此処でも必要とされなかった。
死なず、失敗だけを味方に送り続ける不幸の使者。忌み嫌われる魔王よりも嫌われる魔女。
負け犬な魔女はそうして生きてきた。
今も尚、生きていた。
【―――――――――――――――――――】
呪いの言葉が囁いている。
【―――――――――――――――――――】
何時もの様に囁いているが、頭に入ってこない。
【―――――――――――――――――――】
唯の雑音と化した声を聞きながら、スノゥは一人歩く。
胸に汚れら財布を抱きしめ、周囲の視線に映らない様に歩く。
この街は周囲から恐れられる力を持った者達が集まる場所だというに。
必要とされない者達が集まる場所だというのに。
どうしてそんな者達すら、自分を必要としないのだろうか。
それは当然だろう。
彼女は誰も必要としなかったから。
困った者に唾を吐き、救いを求める者を操り恥ずかしめ、家族に会いたいと望んだ少女を騙して利用して、そしてこうして負け犬となった者。
そんな者を誰が必要とするのだろう。
仮に必要としても、何時もの様に失望させるだけ。
「無様……なんて無様」
苦笑すら出てこない。
自分自身を嘲笑う事すら出来ない。
偽りに負けた本物に何が出来るというのだろうか。
夜の闇の中に消える事が出来るのなら、どれだけ幸福なのだろう。自らの意思も捨て、死んだ様に眠って、そのまま地獄でも何処でも行ってしまいたい
【――――――――――――――――――】
囀る呪い。
【――――――――――――――――――】
囀るだけしか能のない呪いなど、知った事ではない。
交差点で立ち止まり、微かに視線を上げれば赤信号が眼に入る。
夜になろうとも車は何台も通り過ぎる場所で、眼に入るのは信号の隅に立向けられた花束。此処で誰かが死んだのなら―――此処で自分が死ぬ事すら可能なのだろう。
「私でも……出来るのでしょか?」
今まで死ねずに生き残ってきたが、こんな自分でも怪我するし、痛覚だってある。だから死ぬ事は可能なはずだ。今までは単に死のうと思わなかっただけ。
思えば、死ねたかもしれない。
スノゥの顔に小さな笑みが生まれる。
信号は赤。
近くに車の音。
身体を前に倒せば、それだけで死は訪れる―――かもしれない。
「馬鹿らしい……」
すぅっと息を吸い込み、吐き出す。
「死は唯の逃げだというに、どうして私がそれを選択しなければいけないのでしょう?実に馬鹿らしい……本当に、馬鹿らしい」
だが惹かれるモノがあるのも事実。
事実に気づき、また自分が惨めに思えてくる。
気づかなければ良かった。
自分がこんなにもちんけでみすぼらしい存在などと、気づかなければ良かった。それに気づいたのはきっと、昨日の晩に死んだ少女と会ったせいだろう。
少女には必要とする者がいた。自分は必要とされない人間だと言いながら、彼女の眼にははっきりとした輝きがあった。そんな者が自分に「お前を必要とする誰かはいる」なんて言葉を吐けば、こんな事になるのは当然だ。
持っている者に持っていない者の心など知るはずがない。
善意の言葉であっても絶望は感じる。絶望を無視して生きていても、不意に気づいてしまう事もある。
運など悪くない。
単に自分が、負ける事しか出来ない役立たずなのだから。
供えられた花束を見つめ、ふと思い出すのは一人の少女。
それは死んだ少女、リィナ・フォン・エアハルトの事。
昨晩、彼女は希望を口にしていた。希望を口にしていながらも死んだ時、彼女はどんな想いを持っていたのだろうか。悔しかったのか、悲しかったのか、死んだ者に何を尋ねても答えはしない。それでも生きた者には疑問として残る。
死の瞬間、彼女はそんな想いだったのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、花束から視界を反らしたスノゥの瞳に、

奇妙なモノが映り込んだ。







「ありがとうござました」
コンビニ店員の元気な声を背中に受けながら、昴は外のむわっとした空気に身を投じる。冷房の利いたコンビニの店内から一歩外に出れば嫌おうにもこの空気とご対面するしかない。当然だろう、季節は夏なのだから。
「暑いなぁ……」
時計の針は零時を差し、日付が変わって数分が経った。普段なら寝ている時間なのだが、なんとなく外に買い出しに来た事を後悔した。コンビニの袋の中には粉から作るスポーツ飲料のパックと氷菓子がぎっしりと詰まっている。スポーツ飲料は明日の部活の為、氷菓子は風呂上がりの一杯ならぬ一本用。既に一度風呂に入ってはいるが、蒸し暑い熱帯夜にこうして出歩けば汗は滝の様に流れ出てしまう。
「うぅ、暑い。暑いのはいいけどジメッとするのが嫌なんだよなぁ……」
だらしなく舌を出しながら脚を引きずり歩く姿は嫁入り前の少女とは思えないのだが、女子高生に要らない幻想さえ抱いていなければこんなものだろう。
家までの道のりで挫折しない様に、さっそく買ってきた氷菓子の一本を取り出して口に加える。舌に甘みと冷たさが同時に襲い掛かり、光悦な表情を浮かべる。
「やっぱり夏はこれだよ、これ!!」
もっとも、夏だろうと冬だろうと関係なく氷菓子を頂くので特に季節は関係がないのだが、夏には夏の良さ、冬には冬の良さあり、当然春の良さも秋の良さもあるらしいのだが、友人二人にはあまり伝わらないらしい。
シャリシャリと齧りながら夜道を歩く昴。
治安が最高に良いというわけでない海鳴において、少女が一人夜道を歩くというのはあまり推賞が出来ないのは言うまでも無い。しかし、そんな不安などこれっぽっちも感じていないのか、昴は鼻歌交じりに夜道を歩く。
こういう所が神経が図太いと周りから言われる所以なのだろう。本人はそれをしっかりと、きっぱりと否定しているが、周りはこれっぽっちも信用しない。
それが彼女の悩みの一つでもある。
昔から能天気や危機感が無いとか色々と言われているが、年頃の彼女からすれば溜まったものじゃない。特に一番言われて嫌なのは【姉が姉なら、妹も妹】という言葉だ。
別に姉である中島銀河の事が嫌いというわけではないが、一緒にされるのはちょっと嫌だ。少なくともあっちは学校の生徒会長でこっちは普通の生徒。一応生徒会に入ってはいるが居ても邪魔になる事が多い為、放課後は部活動に専念している。
似ているのは外見だけ、中味は姉とは大違い―――これは自分でもわかっている。昴は銀河を尊敬しているとまではいかないが、自分にとって超えられない壁の一つなのだと思っている。
勉強も出来れば腕っぷしも強い姉と、勉強も苦手なら腕っぷしがそれほど強いわけじゃない妹。周りから比べられるのは当たり前なのだが、だからといって一緒にはされたくない。
何故なら、自分はまだ姉の足下にも及ばないから―――昴は常にそう感じている。
昔からそうだった。
姉は自分よりもずっと優れている。
学校の勉強だって、姉と同じ学校で同じ教師から教わっているのに点数は差がある。姉がその歳の頃と同じ成績ではない事が昴にとってあまり我慢できる事ではない。だから一生懸命勉強もした―――だが、姉はどんどん先に行ってしまう。
追いつけないと諦めたのは中学三年の頃。
夕食の席で何となく銀河が口にした一言。
「私、生徒会長になったから」
こんな一言で父は凄いと喜び、昴もおめでとうと口にした。
内心では、酷い絶望感を抱いていた。
顔には出さず、言葉にも出さず、食事の味もわからなくなる程にショックを受けていた。
何一つ姉には届かず、どれだけ足掻こうとしても姉には追いつけない。その事をティアナに相談した事があるが、彼女が言う言葉はアドバイスではなく、当たり前な現実の言葉。
「アンタのあの人じゃ出来が違うでしょうに……勿論、私達ともね。一応言っておくけど、あんまりお姉さんの背中を追いかけない方が良いわよ―――じゃないと、潰れるわよ」
言いかえす事が出来なかった。
誰の眼から見てもそうなのだと知り、これ以上姉を追いかける事は止めようと思った。それでも進学先は姉のいる海淵学園に行こうとしたのは自分の意思なのか、それともティアナが兄であるティーダが教師として務めている海淵学園に行こうとしていると知ってなのかは、今でも疑問だ。
追いつけないと諦めたくせに、こうして姉と同じ場所にいるのは果たして正しい事なのか。
何時か答えを出さなければいけない事なのだが、今でも遠まわしにしている。
逃げているとも言えるだろう。
こうして何時しか、昴の中で銀河は姉であり、超えるべき壁であり、それ以上にコンプレックスの一つになっていた。
それに拍車をかけているのは、銀河が昴に対する態度だろう。
銀河は大抵のお願いは聞いてくれる。
普通なら断ってもおかしくない事を頼んでも、銀河はそれを受け入れ―――あっさりと解決してしまう。
何でも、だ。
何でも解決してしまう姉が羨ましく―――妬ましい。
好きだか妬ましい。
大切な姉だが妬ましい。
嫌いではないが妬ましい。
大切な家族だが妬ましい。
コンプレックスはそうしてどんどん積み重なっていく。
これは誰にも相談した事がない。
だから積み重なる。
やはり、自分と姉は違うのかもしれない。

姉は【人妖】であり、自分は【普通の人間】であるという事実が、差と溝を作っているのかもしれない。

もっとも、
「あ、当たったッ!!」
どれだけの悩みやコンプレックスがあろうとも【それを上回るモノ】がある限り、彼女はこうして明るい少女として居続けられるのだろう。
「ラッキーッ!!明日コンビニ持っていけばもう一本ゲットだね!!」
当たり棒を天高く上げながら喜ぶ姿には、悩みがあると言っても信じはしない。
「あれ、でもコンビニって交換してくれるのかな?」
そして現在、彼女の悩みは当たり棒をコンビニに持って行って交換が出来るか出来ないか、しかない。
しかし、そんな悩みなど軽く吹っ飛ばす程のトラブルがこの先に待っていた。
そのトラブルを持ってくるのは、
「お、こんな時間に何してんだよ、昴?」
「ふぇ?」
素肌の上にスーツを着込んでいるホストみたいな恰好をした男―――これでも一応教師なティーダ・ランスターだった。
「あ、お兄ちゃん先生」
「その呼び方は止めろ。何時の前に全校生徒に浸透してて軽く鬱になったぞ」
お兄ちゃん先生ことティーダは額を押さえながら溜息を吐く。
「それよりも、こんな時間になにやってんだよ。もう日も変わってるぞ」
「そういう先生だってそうじゃん。こんな時間まで何してたの?」
「女の家に行ってた」
躊躇なしの一言。
「うわぁ、ティアが聞いたら激怒しそうだね」
「アイツには仕事で遅くなるとだけ言ってある……チクるなよ?チクったら単位はやらん」
「それ、先生の言う台詞?」
「教師としての俺の時間は学校に居る間だけだ。外に一歩出れば、俺は夜の狩人だ。大体な、どこの世界に学校から出ても教師でいろ、なんて教師がいるんだ?そんな堅物教師がいるなら俺の目の前に連れて来いよ」
「世界中の教師をしている人達に土下座して謝るべきだよ、先生は」
相変わらず教師に見えない教師だと昴は心の中で想う。
その格好は勿論の事、行動からして教師じゃない。授業中はマトモに教鞭を振るうのだが、いざ休み時間、昼休みになれば女子生徒を口説くという始末。
噂だが、この色モノ教師と関係にある生徒は一人や二人ではない、という。
「ふん、誰がなんと言おうと、俺は学校の外で教師なんぞやる気はない!!外で教師やらせたかったら時間外手当を出せって話だな」
そう言ってティーダは【肩に担いだ包み】を担ぎ直す。
ティーダは学校内でも外でも常に素肌にスーツというホストみたいな恰好(こんなホストがいるかは不明だが)をしているが、それ以上に眼を引くのはオレンジ色と頂点だけ緑色に染めた通称果実ヘアと、肩に担いだ細長い包みだろう。
長さは二メートルに匹敵する長さでティーダの身長よりも大きい。その包みを皮のベルトで縛り、肩に引っかけて担いでいる姿が彼のデフォルトである。
「それ、相変わらず重そうですね」
「慣れればそうでもないさ。なんなら持ってみるか?」
肩から外し、ポイッと軽く昴に放り投げる。
「あ、ちょっ――――――ォオッ!?」
受け取った瞬間、昴は強制的に膝を折る結果になった。
持てない事はないが、腕にはとんでもない重さが掛る。鍛えていない普通の女性に持てる重さでなければ、男性とて怪しい重さだった。
「きゅ、きゅうに……投げ、ないでください……あと、重い、です」
「そうか」
片手で包みを掴むと、ティーダはまたヒョイッと持ち上げた。その様子に重さは感じられない。まるでティーダの手に渡った瞬間、包みが重さを失った様に見えた。
「まだまだ、だな。この程度持てないと嫁の貰い手がないぞ」
「百キロ近い物を片手で持てる様な女性と結婚したいんですかね、最近の男性は」
「まぁ、居ないわな。少なくとも俺は勘弁だ。やっぱり、女はひ弱で美人でスタイル良くて性格もお淑やかで料理が美味くて夜の生活もばっちりな方がいいよなぁ」
「そんな女居ぇよ」
「居ると信じるのが男で、居ないと信じるのが女だ―――メモっとけ。今度のテストに出すからな」
「これで本気で出すから始末に負えないよね、先生は」
ちなみに彼の担当は地理歴史なのだが、前回のテストで本当にこんな問題を出した事がある。学年秀才を誇る生徒がその問題に不正解となった事で学年トップを落したのは有名な話であり、その後、ティーダの給料がカットされたのも有名な話であり、ティアナがその問題だけを回答して職員室に呼び出されたのも有名な話だ。
「誉めても点数も単位もやらんぞ」
「点数と単位くれないと今日の事、ティアに言うよ」
「ほぅ、教師を脅すか……良い覚悟だ」
「教師を脅す先生に言われたくないですよ……で、今日は何処の部屋に行ってきたんですか?またキャバクラからお持ち帰りですか?前にそれで頬に傷のある人達とトラブルになったってティアが言ってましたけど?」
「勝ったから問題ない」
「おおありだよ、自重しようよ、少しは懲りようよ」
馬耳東風、馬の耳に念仏、この教師にどれだけ言っても意味ない事は誰もが知っている。こんな教師、もとい男を止められるのは彼の妹であるティアナだけだろう。
「だがな、昴よ。お前も高校二年だ。高校二年の夏休みなのに毎日の様に部活に補習とはつまらないだろう?どうだ、これから先生と夜の課外授業でも……」
昴の肩にすっと手を伸ばすティーダに、本気で嫌な顔をする昴。
「妹の友達に手を出す、普通?」
「俺がお前を大人にしてやるよ」
「ティアに言いつけるよ」
「―――――なぁ、その脅迫止めないか?マジで怖いんだよ。俺が他の女と話してるだけで酷い目に会うんだぞ、俺。この前なんかお婆ちゃんの荷物を持ってただけで料理に洗剤を入れられたぞ」
「それは何と言うか……先生の日頃の行いの結果じゃないかな?」
「おかげで市販の洗剤の味なら何でもわかる様になった」
通称、洗剤ソムリエことティーダはげんなりとなりながら、昴から手を離す。
「でもよ、実際の所はどうなんよ?お前も彼氏の一人や二人、さっさと作った方がよくないか?アリシアもお前も、あと特にティアもそうだが、作ろうと思えばすぐに出来そうな美人揃いだ……そういうの興味がないのか?」
「興味はあるけど、今は友達と一緒の方が楽しいし……それに……まだ、そういう人に出会ってないから……」
「ナンパでも合コンでも何でもいいじゃんか。お前等、そういうの全然してないだろう?なんなら、今度俺がセッティングしてやるぞ」
「い、いいよ、そんなの……」
何故か昴は顔を朱に染めながら、恥ずかしそうに顔を背ける。
「ん、何だよ?もしかして、もう意中の奴がいるのか?」
「いないけどさ……いないけど、何時か出会うかもしれないじゃん……その、道の角でぶつかったりとか、同じ商品を取ろうとして手が触れ合ったりとか、道端でオレンジを零して偶然拾ってくれたりとか――――そういう感じ」
「…………………………乙女かッ!!」
「乙女だよッ!!」
深夜だというに叫ぶ生徒と教師、実に近所迷惑だった。
「そんな偶然あるかッ!!そんな漫画とかドラマみたいな展開が現実にあるわけねぇだろうが。というか、古い。一々出会いの仕方が古いんだよ、お前は!!」
「いいじゃん!!私、そういうベタが好きなんだから!!」
「って事は何か?そういう運命的な出会いじゃないと嫌ってか?だから合コンとかも駄目ってか!?その考えも古いんだよ、お前は何処の大正浪漫娘だよ!?そんな夢ばっかり見てると気づけばオバンになるぞ!!」
「いいもん!!オバンになってもいいもん!!オバンになって運命的な出会いを待つもん!!白馬に乗った王子様を待つんだもん!!」
「オバンになって出会うのは白馬に乗った王子様じゃなくて、吐く場で倒れるオッサンだけだっての!!」
ギャーギャー喚く二人はそれから十分程、乙女と現実について熱く語った。
「はぁ、はぉ、はぁ……この頑固者が」
「そ、そういう……先生だって……夢が、ない……よ」
「ったく、お前な、少しは俺の妹を見習―――いや、やっぱ見習わなくていい。あんなのが二人に増えたら最悪だ」
「こっちもそんな気はさらさらないよ。この歳になって将来の夢は大統領って言うのは恥ずかしい」
「だな、日本に居るのになんで大統領なんだよ」
「え?日本に大統領はいないの?」
「…………え、マジ?」
「……………………冗談だよ?うん、冗談」
生徒のマジ発言に軽く思考停止になったが、冗談という言葉を信じる事にした。
「まぁ、その辺は置いておくとして、だ。とりあえず、夜も遅いから家まで送るぞ。言っておくが、拒否権はない」
「ティアに見られたら私も殺されそうだよ」

「誰が誰を殺すですって?」

心臓は止まりかけた。
いや、もしかしたら一瞬止まったかもしれない。
二人はゆっくりと背後から聞こえた、聞こえたのは幻聴だと信じながら、振り向いた。
「何を深夜に物騒な話をしてるのよ、アンタ等は」
両腕を組んで二人をジッと見るティアナがいた。
「お、おおおお、お前、なんで、此処に?」
「ティア!?あ、言っておくけど私は別にお兄さんと何か変な事をしようなて思ってもないよ?本当だよ?こんなチャラ男に手を出すくらいなら自殺する覚悟だから、大丈夫だよ!!」
「テメェ、そこまで俺の事が嫌いか、コラぁ?姉妹揃って同じ様な反応しやがって――――じゃなくて、ティア。こんな時間に外を出歩いてちゃ駄目じゃないか、お兄ちゃん心臓ドッキドキで今にも死んじゃいそうだぞ」
慌てふためく二人を尻目に、ティアナは溜息交じり言う。
「兄さんが遅いから迎えに来たんじゃない。そしたら昴と一緒なんだからこっちもびっくりよ、本当に」
そう言ってティアナはティーダの手を握り、
「ほら、さっさと帰るわよ。明日も学校なんだから早く帰って寝る。昴、アンタもよ」
「……うん、わかった」
「ちょい待ち、ティア。こんな時間だから昴を家まで送らなくちゃいけないんだ。ほら、俺も一応教師だし」
ティーダはティアの手を離し、何故か昴の後ろに隠れる。
「何で隠れるんですか?」
「素肌にキスマークを付けたまま家に帰れってか?殺されるって」
「だったら付けないでくださいよ。あと、教え子にそんなくだらない事で頼らないでください……マジで」
呆れながら教師を見る眼は、とても教師を見る様な眼ではなかった。
「なに?昴を送ってく?」
「あ、あぁ、そうなんだよ。ほら、最近この街も騒がしいからさ、女の子の一人歩きは危ないだろう」
「私、兄さんを探しに一人で出歩いてたんだけど……」
「あ、うん、そうだな……良し、昴を送って行ったら二人で帰ろうな」
「逃げ道無しですね」
「五月蠅い。これも全部お前のせいだろうが」
「私のせいにしないでくださいよ……」
完全に呆れ顔の昴をティーダはさっさと手を引いて歩き出す。
「…………はぁ、仕方がないですね。さっさと昴を送って帰りますよ」
そう言ってティアナも歩きだす。
昴の背後を歩く。
「――――――ところでさ、ティア」
背後を歩くティアナに昴は問いかける。
「何よ?」
「うん、大した事じゃないんだけどさ」
すぅと呼吸を整え、
「先生――――女の人の家に居たんだってさ」
大暴露した。
「ちょ、お前!?」
焦るティーダは振り向き、
「ふ~ん……」
ティアナは苦笑を浮かべながら、
「おさかんなのは良いですけど、こんな時間まで長居するのは頂けませんね……その人にも迷惑でしょう?」
そう言った。
瞬間、



昴は背後を歩いていたティアナに、回し蹴りを叩きこんだ。



ガンッという音が響き、とっさに両腕でガードしたティアナは蹈鞴を踏んで後退する。
「な、何すんのよッ!?」
防いだ腕には昴の靴の跡がクッキリと刻み込まれていた。狙ったのは女性の顔、その顔に一切の手加減無しに叩きこまれた一撃は、尋常ではない威力を秘めていた。
そんな回し蹴りを放った本人は、先程まで一度も見せなかった冷たい表情で友人を、
「―――――アナタ、誰?」



【友人を偽っていた者】を見据えた。



「――――は?な、何を言ってんのよ、アンタは」
「だからさ、アナタは誰だって言ってるの……」
「誰って……私よ、アンタの友達のティアナよ」
「ふ~ん、友達……ねぇ」
うろたえるティアナから距離を取る昴。
それを見ていたティーダは、
「――――お前さ、余計な事をするなよなぁ」
酷くガッカリした顔で額を押さえていた。
「このまま最後までいってたらさ、もしかしたら最後までいけたかもしれないのに……」
「先生。この状況でその冗談は無いと思いますよ」
「馬鹿言え。俺がこんな事で冗談を言うかっての。いいか、あちらさんはこっちが【ティアナだと思い込んでいると思い込んでるんだ】ぜ?だったら、そのまま最後までいって、そこからベットにもつれ込むパターンだろうが」
「どういうパターンですか、それ?」
ティアナを置いて勝手な話を進める昴とティーダ。
「それよりもさ、先生。とりあえず、あの【偽者】をどうするか考えた方が良くない?」
「そうだな。縛るか吊るすか……昴、鞭とか持ってる?」
「持ってるわけないでしょうが!!」
「そうか、残念だ……で、アンタはどうする?」
ティーダはティアナ―――の顔を偽っている者に話しかける。
「…………」
偽る者は黙り込み、ジッと昴とティーダを見据える。心なしか顔には感情の色はない。まるで人形の様に、機械の様に、一切の感情を削除した表情で二人を見る。
「…………」
無言で兇器を抜く。
【身体の中】から兇器を抜く。
抜いたという表現は些か間違っているかもしれない。何故なら、偽る者の身体は予め兇器を内蔵できる機関があるかのように、腕が外れ、二つの銃口を持ったショットガンが姿を見せたからだ。
「おぉ、サイボーグみたいだ」
「ロマンを感じますね……いや、感じちゃ駄目でしょう」
「お前だって眼をキラキラさせんなよ。好きなんだろう?ああいう身体の中に内蔵されてる武器とか超好きなんだろう?ちなみに、俺は大好きだ」
「……好きですけど、銃ってのはちょっと……やっぱりドリルとか良いですよね」
「それはロマンを感じるぜ」
馬鹿な話を繰り広げる二人に偽る者は腕に装着されたショットガンの銃口を二人に狙いを定め――――躊躇無く引き金を引いた。
闇夜を劈く爆裂音。
二つの銃口から吐き出された弾丸は無数の飛礫となって昴とティーダに襲い掛かる。
「ちょっと失礼」
もっとも、それよりも早くティーダは昴を脇に抱えて飛び上った。
偽る者が引き金を引くよりも早く、彼女の頭上を飛び越えた。
背後にティーダが着地すると同時に偽る者は即座に振り向き、次弾を装填させた―――が、銃口を向けた瞬間、金属音と共に腕が弾かれる。
「―――――ッ!?」
「遅せぇよ、ノロマ」
ティーダの手には二メートル近くある細長の包み。皮のベルトで拘束されているが故に中身はわからないが、音からして金属に近い何かが入っているのだろうと推測する。
「俺は女に手は上げない主義だが……時と場合による。今回みたいに俺の命を狙うとか、生徒の命を狙うとかは別に良い」
「良くねぇです」
「良いんだよ、これがな」
ティーダはベルトの金具に手を付け、ガキンッと音を立てて拘束を解除する。
「俺が今回、アンタに手を上げる理由はたった一つ……【女の顔しているくせに女じゃない】という理不尽に怒ってるからだ!!」
「その理由も立派に理不尽だよ、先生」
ベルトの拘束から解放された物体は姿を現す。
包み布が宙を舞い、解放された物体の姿は偽る者の持っている兇器に良く似ている。
それは銃だ。
二メートルにも及ぶ鉄の銃。
近代的なシルエットではなく、江戸時代に使われたような火縄銃に酷使しており、同時に西洋のアンティーク銃にも似ている。

その銃器は、マスケット銃と呼ばれるまさしくアンティークな銃だった。

「…………」
細長いマスケット銃は木製ではなく鉄製。
腕に掛る重さは先程、昴が持った時と同様に百キロを近い兇器。
そんな銃をティーダは片手で持ち上げ、肩に乗せる。
「さて、と……で、どうするよ?俺は怒っているが寛容でもあるんだ。お前さんがさっさと尻尾を巻いて逃げてくれれば逃げがしてやる――――が、やるんだったら無傷で返すと思うなよ?俺は女には甘いつもりだが、サイボーグには厳しいんだよ」
余裕の笑みを見せるティーダに偽る者は囁く様に口を開く。
「疑問が一つ……何故、わかった?」
「あ?」
「疑問が一つ、何故自分の偽装を見破った……回答を求む」
「あぁ、そんな事ね―――昴、答えてやれ」
「私?」
「当たり前だ。一番最初に手を出したのはお前なんだから、答えるのはお前だってのが普通だろう?それとも何か、まさか何となく、とか言うんじゃないだろうな?」
まさか、と昴は苦笑する。
「簡単だよ、簡単」
昴はティーダを指さす。
「理由は色々とあるけど、あの子を知ってる人なら誰でも疑問に思う事だけど―――まず一つ、ティアがとんでもないブラコンだって事」
ブラコンという単語に偽る者は首を傾げる。
「ブラコンとは何か……回答を求む」
「ブラコンも知らないの?ブラコンっていうのはね、お兄ちゃんが好き好き大好きな変態さんの事だよ」
若干間違った解釈であり、昴が普段彼女をどういう眼で見ているかわかる回答だった。
「姿形は確かにティアに似てたよ。でもね、中味はそうじゃない。言っておくけど、ティアのブラコンぶりは周りが軽く引くくらいのブラコンなんだからね。小学校から同じ私でも引くし、初対面の人が見たら即通報ものだよ」
「……なんか、兄として悲しくなってきたな」
「先生にそれを言う資格は無いと思うよ、実際」
昴の知るティアナ・ランスターとはどういうものか。
一言で言い表すなら――――兄馬鹿だ。
兄離れのできない妹とも言えるかもしれない。故に彼女の中でしっくりくる言葉は一つだけ。
超兄馬鹿だ。
もしくは変態。
女子にセクハラするとか、色々と淫らとか、そういう部分での変態なら救いはあった。だが、彼女の変態な部分は兄に対する変態なのだ。
ここで具体的な所業を上げても良いのだが、開示した瞬間に彼女の評価が著しく下降する事は間違いないだろう。故に、此処で彼女がどれほどの変態なのかを口にするのかは止めておこう。
いずれ、否応にもその姿は見れるのだから。
「そんなティアが、先生が他の女の人と一緒に居て【相手の迷惑なんて考えるわけない】んだよ、普通はね。むしろ、先生を半殺しにしてから相手の人を全殺しにするくらいなんだから」
「――――つまり、私の擬態は不十分だという事か?」
「不十分というか、成り済ます相手を間違えたって感じかな?変装する相手も、変装して騙す相手も悪かったってだけ……それにね、」
言葉を吐き出すと同時に昴は動いた。
前方にいる偽る者ではなく、何も居ない背後に向けて、先程と同じ様に回し蹴りを放っていた。
空振りはしなかった。
ガンッと鈍い音を響かせ、何かが倒れる音がする。
見れば背後に灰色の肌をした上半身裸の男が倒れていた。
「ティアならこんな攻撃、簡単に避けるよ?――――っていうか、この人誰?変態さん?」
「昴。何時も言ってるだろう。誰かれ構わず攻撃するなって」
「それ、初めて聞いた」
「そうだっけ?」
気づけば―――否、気づいても口にはしなかったが、二人は完全に囲まれていた。
偽る者を中心に、腕や脚、身体の至る個所が普通ではない灰色の人型が二人を囲んでいた。
「―――――で、これもやっぱり先生のせいかな?また変な事して頬に傷のある人に追われてるんでしょう?もう、私を巻き込まないでよね、この変態教師」
「酷い言われようだが、今回は俺も知らん―――と、言いたい所だが、思い当たる所はあるんだなぁ、これが。ちなみに、これは俺のせいじゃなくて、そんな情報を寄こした俺の知人が悪い。俺は悪くない。断じて悪くない」
「言い訳は聞かないよ。ティアに言いつけてやるんだから」
「そしたらこんな時間にお前と二人っきりだったってバラす事になるけど、良いのか?アイツ怒るぞ~?すっごく怒るぞ~?」
「うわぁ、生徒を脅す不良教師がいるよ、最低」
囲まれている事など知った事ではないと、二人は互いを罵り合う。それを余裕と見たのか、無表情の偽る者は静かに手を上げ、
「マスターからの命令は一つ――――回答、抹消」
それが合図となった。
二人を囲む集団は一斉に襲い掛かってくる。
「やれるな?」
「当然ッ!!」
一言には一言を、確認には了承を。
テスタロッサ家から遅れる事、一時間。
新たな騒ぎが開始する。




銃声と反射。
轟音と反射。
撃ちと弾き。
弾丸と鉄鋼。
室内戦の為にテスタロッサ家に送り込まれた怪物達の殆どが物理的な武器、それも鈍器や刃物と云った室内戦闘を基本とした装備だった。対して、此処は屋外。室内の様に【狭い】という認識は皆無であり、遮蔽物の様な邪魔も少ない一般道。唯一の難点を上げるとするならば辺りに民家がちらほらとあり、騒音を響かせれば寝ている住民を起こしてしまうという危険性だけ。
だが、戦場は自然と民家がある場所から繁華街へと向かっていた。
怪物達がそうさせたのか、それとも怪物達と相対する二人がそうさせたのかはわからないが、結果的に遮蔽物の無い場所、車の殆ど走っていない一般道でなら銃器の方が一歩上手といったところだろうか。
銃声と反射。
轟音と反射。
射ちと弾き。
弾丸と鉄鋼。
この場での怪物達の兇器は偽る者と同じ様に銃器。
鉄の牙にて相手の身体を射ち貫き、内臓を破壊して死に至らしめる子供でも安易に扱える兇器。
故に戦いは一方的になるはずだ。
一人はマスケット銃というアンティーク銃を使用しているが、所詮はアンティーク。現代の銃器と古臭い銃器の差は歴然とするのが当然。弾丸の装填数から連射速度、そして使い易さまで次元が違う。
そしてもう一人は無手。
無手、武器すら持っていない。
ただの少女の無手など相手にはならない。
戦力的に圧倒的に怪物達、自分達に分がある事は目に見えている。
偽る者―――擬態に特化した怪物は考えるまでもなく、脳内にあるデータとして弾きだした答えに一切の不安などない。
如何に擬態が見破られ様とも、目標を消す事に変わりは無い。最初は騙し打ちで消すつもりが他の旧型の力を借りる事になったのは予想外だが、それはそれ、これはこれだ。
故に虐殺。
故に瞬殺。
弾丸の餌食になった人間の肉片が地面を真っ赤に染め上げるのに時間はそう掛らないだろう――――掛らないはずだろう――――掛らないと、本気で想っていた。
「――――チョイサァッ!!」
何とも気の抜けそうな掛け声と共に、ティーダの持つマスケット銃が火を噴いた。ただし、火を噴いたというのは表現の一つ。彼の持つマスケット銃からは一発の銃弾も発射されていない。
つまり、彼がどういう風にアンティーク銃を使用しているのかと言えば、

殴っているだけ、だ。

百キロ近い重量を軽々と振り回し、銃としての扱いが限りなく間違っている方法でティーダは怪物の一体を叩きのめした。
怪物の側頭部に叩き込まれた金属の兇器は、如何に死人であろうと人間の強度しかない頭蓋をあっけなく砕く。
一体はそうして死んだ。
倒れた一体の背後から怪物が銃を構えていた。
銃を構えた怪物は他の怪物と違って細く力もない。代わりに銃を手にすると同時に脚にポンプの様なモノを装着する事によって脚に力を蓄え、移動速度を増しているらしい。どのような仕組みになっているかはわからないが、ポンプが上下すると同時に怪物の速度は倍になる。
これも一つの機能特化の形。
移動特化であり乱戦特化の怪物。
そんな怪物の放つ弾丸は真っ直ぐにティーダの心臓目がけて放たれ、



弾き返された。



自身が撃った弾丸がそのまま怪物の額に吸い込まれた。後頭部から噴水の様に血を噴き出し、特化型の怪物はあっさりと死んだ。
その様子を見ていた怪物達。自我もなければ、感情もない怪物達は、その光景に動きを止めた。
「銃で俺に挑むたぁ……百年早いっての!!」
銃声再び。
今度はマシンガンの銃声。
連発して放たれる弾丸をティーダは跳んで避けると同時にマスケット銃を横に構え、
「お―――――らぁッ!!」
フルスイング。
無数の弾丸の一群をたった一丁の銃で叩き返した。
そう、叩き返しているのだ。
ティーダ・ランスターの戦闘スタイルはマスケット銃を鈍器として扱うと同時に、【弾丸を撃ち返す】という馬鹿げた戦闘スタイル。しかも、それが一発一発を銃口から吐き出すタイプの銃ではなく、マシンガンの様な連発式の銃であろうと関係ない。
マスケット銃によって叩き返された弾丸、およそ十発は撃った怪物の身体をハチの巣にする事となる。
「ヘイヘイ、ピッチャービビってる?」
銃弾が吐き出されると同時に反射して帰ってくる弾丸。
銃弾という殺戮兵器が跳弾として自身に戻ってくるというコメディー映画の様な光景ならいざ知らず、相手に真っ直ぐ飛んでいった弾丸が【撃ち返されて戻ってくる】などと誰が考えようか。
銃が通じない相手がいるとしても【銃を鈍器としてしか使用しない銃撃手】が何処の世界にいるというのだろうか。

「ほら、続けて来いよ……どんな野郎だろうと、撃って打って射って、討ち尽くしてやるよ」

こうして銃撃手の戦いは続く。
そしてもう一人。
この戦場において唯一無手で挑む人間がいる。
人妖能力もなければ特別な拳法を用いて戦う拳士でもない。
ただの女子高生である中島昴がいる。
彼女はどうしているかというと、
「ほら、先生。後ろいったよ~」

一人安全な場所に隠れて応援していた。

「お前も戦えよ!?」
「え~、無理だよ、無理。私、普通の女子高生だもん。こういうのは先生や銀姉とかフェイトの仕事だから、私の仕事じゃないよ~」
「さっき当然ッて自信満々に言ってたじゃねぇかよ!!」
「やれるか、と聞かれて、当然、と答えたからと言って、決して戦えるなんて思わない方が良いよ、マジで」
しかし、一人隠れようとも敵は大勢。
昴の背後にこっそりと近寄って来た怪物が一匹。
隠れている昴に気づかれない様に背後に近寄り、腕に装着した斧を彼女の頭上目がけて襲い掛かる。
「あ、ヤベ」
咄嗟に避ける昴。追撃する怪物。
斧の一閃を紙一重で避けながら、
「もう先生の馬鹿!!討ち漏らしてるじゃんかよぅ!!」
意外と余裕な様子だった。
「この……調子に、乗るなッ!!」
振り下ろされた斧を捌いて反らし、地面に突き刺さった斧を踏み台にして怪物の身体を蹴る様に駆け上がる。
斧、膝、腹、そして頭を踏みつけ、怪物の頭上に躍り出た昴は重力に引かれる様に落ちながら、怪物の頭部に肘を叩きこむ。
怪物の頭部がガクンと落ちると同時にもう一度頭を踏みつけ、怪物の背後に跳ぶ。
「こんなか弱い女の子にそんな兇器を振るうなんて、女の子にモテないよ!!」
背中に強烈な蹴りを加え、転倒させる。
しかし、転倒させただけで倒せたわけではない。怪物はダメージを一切感じていない様に立ち上がり、昴に向き合う。
その様子に昴は顔を引き攣らせる。
「うわぁ、だからこういう人外担当は私じゃないんだってば……」
ちょっぴり瞳に涙を貯めていた。
「先生!!何とかしてよ!!」
「自分で何とかしろ。お前、一応は銀河の妹だろうが」
「銀姉と一緒にしないでってば!!私、普通の人間だよ?人妖じゃないんだよ?」
「人妖を差別する生徒は落第だぞ~」
昴の頭上を斧が掠める。
「うひゃあっ!?」
情けない声を上げながら尻餅を着き、起きる暇も無く襲い掛かる斧を転がって避ける。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!死ぬ、これマジで死ぬって先生!?」
「人に頼るな~、自分で何とかしろ~」
完全に生徒を見離す教師に絶望しながら、これは本気でどうにかしなくては確実に死ぬだろうと確信する。とはいっても、無理なものは無理なのだ。見た目はグロいし力も及ばない。海淵学園の生徒としては至って普通のポジションにいる彼女からすれば、こんな人外は手に負えない。
「ったく、しょうがねぇなぁ―――おい、昴。良く聞け」
「何さ!?」
「こういうピンチになったら主人公っぽい奴はきっと隠された力が覚醒して凄くなる―――とりあえずピカ~って光ってみろ、ピカ~ッて」
「出来るか!!」
「大丈夫だって。お前なら出来るって。先生はお前の事をよ~く知ってるからわかる。お前はやれば出来る子だって。自分を信じろ!!お前の中に隠された力を解放するなら今だ!!」
「完全に諦めてない!?私の事、見殺しにしようとしてない!?」
「――――――まぁ、主人公といっても途中で主人公降板とかって普通にあるよな。特に続編ものとかまさにそうだ」
「諦めた!?完全に諦めてるよね、それ!!」
とか言っている間に追い詰められる昴。
背後には壁、目の前には化物。
刃物の鈍い光が月の光に照らされて、余計に恐怖を増す。
「ちょ、ちょっとタイム……タイム、わかる?」
「…………」
怪物はじぃっと昴を見つめる。
「あ、通じた」
んなわけなかった。
昴の腕の数倍はある巨腕が昴に伸び、
「ったく、しゃなぁねぇなぁ―――――ちょいと頭下げろや!!」
怪物の背後に飛来するは銃を構えた打撃手。着地と同時にマスケット銃を振りかぶり、
「バックスクリーンまで跳んでけやぁぁあああああああああああああああああッ!!」
背後からの一撃。
胴体にめり込む鉄の兇器が怪物の内部を破壊し、身体の形を変形させ、その巨体を宙に舞わせる。
「……ふぁ……助かった」
「あんまり世話焼かせるなよなぁ、おい」
「あんな怪物無理って!!人間ならまだしも、どう見ても人間じゃないじゃん!!」
「そうは言うがよ、昴……」
残る怪物達を見据える。
数は残り三体。
ティアナに擬態した怪物を含めて、三体。
「あれも一応は人間だぞ」
「人間?」
「まぁ、な……正確に言えば元人間って所だな――――ホント、まさか俺が巻き込まれるとは思っても無かったよ、これがな」
楽しそうに笑いながらマスケット銃をクルリと回転させ、地面に突き立てる。
「どうだ?この辺でお開きにする気はないか?アンタ等が何を望んでいるかは大体察しは着くが、俺もコイツもその件には関係がない……こうして無駄に戦力を減らす価値はないと思うぜ?」
「それを選択する権利は我等にはない」
「融通のきかない奴だ」
なら、とマスケット銃の銃口を怪物達に向ける。

その男、海淵学園の教師ヶ一人。
その男、海淵学園の人間ヶ一人。
その男、海鳴の街の上位ヶ一人。



銃を持ち、銃を撃たず、銃で打つ【銃撃手‐ガンスリンガー】―――ティーダ・ランスター



「―――――最後まで付き合ってやるよ。言っておくが、俺はベッドの上以外でも……そこそこ強ぇぞ?」







それは奇妙な恰好をした女だった。
夏だというのに生地の厚いコートを着込み、その下にタートルネックのセーターを着込み、尚且つ首にはマフラーまで巻いている。
見ているだけで暑苦しい恰好をしていた。
女が静かに音も立てずにスノゥに歩み寄る。近づいてわかった事は、マフラーによって口元は隠されているが、鼻の部分まで追おう様に包帯が巻かれ、薄らと血が滲んでいるという事と、彼女が凍えている様に震えているという事だ。
「――――今日は寒いですね」
女の声は微かに震えていた。言葉の通り、本当に寒がっている様だった。
「…………」
明らかに不審者だった。
「あぁ、寒い。本当に寒いわ……アナタ、そんな薄着で平気なんですか?」
「…………」
世間話するには話題が間違ってる。
「私は寒いです。ずっと寒いのよ。年がら年中、外でも中でも関係なく寒いの……」
包帯の下に隠された口が動いているのだろうが、女が喋る度に血の滲みが濃くなっていく。
「この国は私の国よりは温かいかもしれないけど、私にとっては寒い。凄く寒い。どうやっても温かくならないわ――――ねぇ、この辺りに温かい飲み物を売っている場所はあるかしら?コンビニという建物に入っても温かい飲み物が一つもないのよ」
目元が微かに歪む。
どうやら笑ってるらしい。
そのせいで尚も包帯の赤は濃くなる。
「…………申し訳ありませんが、私は存じませんわ」
「そう、残念だわ……」
肩を落として女は言葉通り、残念そうな様子を作る。それが酷くワザとらしく、奇妙と思う心が警戒心を呼び起こす。
「しょうがない、今日はもう少しだけ我慢する事にするわ」
ありがとう、と言って女はスノゥに背を向ける。
「―――――待ちなさい」
「何か?」
女は振り向き、スノゥを見る。
改めて見れば、女の眼は濁っている。
白と黒でもなく、白と蒼でもなく、白と灰色でもなく―――白と赤で濁っている。白眼の部分に亀裂が入っている様に血走った目になっており、中心にある赤が漏れ出している様にも見えるだろう。
赤い瞳。
赤すぎて気味の悪い瞳だった。
その眼を見て、まず思い出すのはアリサ・バニングスという少女の瞳。彼女の瞳は人妖能力を発動させると紅く染まる。だが、アレは宝石、ルビーの様な赤い瞳だ。この女の瞳はそうじゃない。
人工的に作られた赤色。
子供が絵具と絵具を混ぜ合わせ、創り上げた出来の悪い赤い色。
赤というよりは赤錆の色だろう。
女の瞳を見ながら、スノゥは言う。
「この辺りは物騒ですわ。女性の一人歩きは良した方が宜しくてよ」
「あぁ、そうですか。これはご丁寧にどうも……この国の方は親切なのですね。実は、昼間も私、道に迷っていた所を親切な男性に話しかけられたのです。私が道に迷っていると言うと、その方は自分がその場所まで案内してやると申しました……本当に親切な方でした」
頬に手を当て、女は微笑み―――赤を濃くする。
「ですが、残念ながらその方は勘違いしていらした様で、私が行きたかった場所ではなく、人気の無い建物に私を連れていきした。おかしいですよね?最初は私の日本語がおかしいのかと思いましたが、日本語はこの国に来る前に頭に叩き込まれていたので、問題はなかったはずなのです……ですから、私はもう一度言いました。此処は私の着たかった場所じゃない、と」
赤は濃くなっていく。
女は微笑んでいるのではなく、笑っているのだろう。
口元を引き攣る程に、三日月の様に歪める程に、笑っているのだろう。
「男性は此処で良いと言いました。此処であっていると言いました。私は違うと言っても聞いてくれませんでした」
「もう良いですわ」
「いえいえ、此処からが【傑作】なんですよ」
話は止まらず、尚も【傑作な話】は続く。
「どうやら、の男性は私の身体が目当ての様でした。おかしいでしょう?こんな私の身体なんて何の価値もないのに、何故か男性は欲情していました。私を押し倒すと、建物の奥から沢山の男性が出てきて、笑っていました」
スノゥは思い出す。
あぁ、そういえばこんな事もあったな、と。
蒸し暑い日中帯に外を歩いていた際、廃ビルの周りに警察が集まっていた。一体何事かと少しだけ野次馬根性を出してしまい、その様子を見ていた。
「―――――ですが、おかしいのはこれからです。男性の方々が私をナイフで脅したので、私は素直に服を脱ぎました。コートを脱いで、マフラーを外して、スカートを脱いで、シャツのボタンを外して、一糸纏わぬ姿になったのですが―――男性の方々は何故か恐ろしい物を見た様な顔をするのですよ?おかしいでしょう?」
おかしいだろう、とスノゥは呟いた。
「そう、おかしいのです。とても、おかしいのです」
廃ビルで事件があった。
惨殺事件だ。
夕方のニュースでリィナの事件の前に報じられた事件だった。
現場には重軽傷者など一人もおらず、あったのは人間の死体だけ。
パズルを崩した様にバラバラになった人間の身体。それだけの惨劇がありながら、現場には一滴の血液も無く、第一発見者は壊れたマネキンが放置されていると思った程だ。
被害者が身体をバラバラにされただけでなく、身体から血液を吸い取られていた。
一滴も残さず、全て。
「アレは、アナタがやった事でしたか……」
「アレとは何ですか?それに、私の話はまで終わっていませんよ」
「いいえ、もう聞くまでもありませんわ――――アナタからは、血の匂いがプンプンいたしますわ……反吐が出る程にね」
瞬間、女の口元を隠して包帯が―――千切れた。
「―――――ッ!!」
スノゥは反射的に後方へ跳ぶ。が、間に合わなかった。
右腕に燃える様な痛みが走り、血が噴き出す。
「あら、残念」
女は嗤っている。
【耳まで裂けた口】で嗤っている。
「美味しいですね、アナタ。とても美味しい。昼間に食べた男性よりもずっと美味しいですわ―――この血、最高です」
女は人間ではなかった。
少なくとも、首が一メートルも延びている人間などいないし、耳まで裂けた口の中に鋭い注射針の様なモノが一つの機関としてある人間などいない。
女の裂けた口の中にある針がスノゥの腕を貫いたのだ。
「まさか、此処まで人間ではない者を見るなんて、久しぶりですわ」
「そうなのですか?私の周りはこんな方々ばかりでしたので、これが普通だと思っていました。そうですね、確かに昼間の親切な男性の方々はこんな当たり前はなかったですし、道を歩いても誰も私と似た様な方はいませんでした」
蛇の様に首をうねらせ、女はスノゥの傷ついた腕を見る。
「ですが、血は万国共通で美味しいという事には変わりはしませんね」
女はコートを脱ぎ捨てる。
タートルネックのセーターの中にある女の身体が波うち、何かが突き出された。
鋼の牙、とも言える。もしくは爪だろうか。女のわき腹から左右三本ずつ、胸からそれを小さくした物が同じく左右三本。そしてスカートの下からは長い尾がゆらりと持ちあがった。
「確かに、そんなモノを見せられれば、どんな人間も恐怖しますね……普通の人間は、ですが」
「そんな酷い事を言わないでくださいよ……悲しくて、」
女の持ちあがった尾が振り下ろされ、地面を激しく叩く。
「アナタの血を――――飲みたくてしょうがなくなってしまいます!!」
尾が地面を叩き、その衝撃で女の身体は天高く舞い上がる。
「キシャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
手を大きく広げ、胴体に生えた爪も広がり、そのままスノゥに向かって落下する。
「さぁ、アナタの血を、私に―――――――」
女の言葉は終わるよりも先に、
「無様ですわ」
スノゥは囁く。
囁くと同時に、そんなモノは今まで何処にも無かったというのに、一瞬でスノゥの手に細長い杖が現れた。
杖を落下してくる女に向けると、スノゥは眼を細めて何かを呟く。
そして、次の瞬間に起きた事を女が意識する事が出来なかった。


この女はフランケンシュタインの怪物の【機能特化型】の一つ。隠密特化型や擬態特化型と違い、完全に戦闘目的、もしくは虐殺目的に作られた特化型だった。
その機能は相手の血液を吸い尽くす、吸血鬼に似た、蚊に似た能力を持った特化型である。元々は血液採取を目的として作られたが、その異形さ故に接種などという生易しい作業に向く筈もなく、血液を摂取した相手を殺すまで血を吸い尽くす結果にしかならない。
吸血特化型、と女を作った者は名付けた。
この特化型の戦闘方法は至って単純。
身体能力はそれほど高くはないが、それを補うのが尾である。この尾一つで車の一台は軽く持ち上げる強力を持ち、今行った様に尾を地面に叩きつけて跳躍が可能となる。その尾を利用した移動によって相手に近づき、胴体に生えた爪で相手を突き刺し拘束、それから口の中に装着された針を突き刺し、血を吸うという―――まさしく、吸血行為こそが戦闘方法となっている。
が、それだけにして、言える事は二つ
戦闘特化したタイプの中でも女の能力はそれほど強力ではないという事。
そしてもう一つは、



今宵、手にかけようとした相手が魔女だという事。



魔女の呟きは術式の構成。
世界に存在する魔法を使う為に必要な力を瞬時に集め、言葉によって力の使い方を選択し、トリガーとなるキーワード一つで力を発現させる。

我が躯は鳥の如く‐dir d litwing‐

魔女は飛ぶ。
跳ぶのではなく、飛ぶ。
魔女の持つ杖に掛った魔法によって杖は羽の様に宙に浮き、地面を蹴る事によって空へと舞い上がる。
特化型の視界から魔女が消えた。
「――――消えた?」
そう見えるだけ。
魔女は既に特化型の真上へとポジションを取り、次なる術式を構成する。
タイミングは既に決まっている。
特化型が地面に降り立ち、真上にいる自分を目視した瞬間、

風針‐wieed‐

不可視の刃が特化型の尾を切り裂いた。
「あ、」
間抜けな声は特化型が再度地面に尾を叩きつけ、跳ぼうとして何も音が鳴らなかったから。そして自分の尾が無い事を確認する為に臀部を見てしまった時の二度。
「無様ですわ、アナタは」

氷槍‐cicran‐

上空から襲いかかる無数の槍は全てが氷槍。雨の様に降り注ぐ氷槍が特化型の身体に次々と突き刺さり、悲痛な叫びを上げさせる。
肩に、脚に、腹部に、そして裂けた口の傷をさらに広げる様に特化型の側頭部付近を氷の槍が抉り取る。
「――――――――――――――――ッ!!」
声にならない悲鳴を上げ、特化型は地面を転がる。
「おや、痛みは感じる様ですね……」
旧型の怪物には痛みはない。
だが、特化型には痛みはある。
何故ならば、痛みを感じる必要があるからだ。
命令を聞くだけの旧型には基本的に痛みを感じない様に細工はしてある。しかし、特化型はそうではない。それぞれの機能に特化しているが故に残しておかねばならぬ個所が必ず存在する。
例えば此処に居ない隠密型と擬態型とて、全ての感覚が失われているわけではない。隠密型は様々な場所に潜入するが故に気配を感じる必要がある。様々な音を聞き分ける強靭な耳、周囲で何かが動けばすぐに震動が伝わる程の敏感な肌。
擬態型とてそれは同じ。
他人の姿を借りるだけで擬態とは言わない。借りたい相手の顔の作り、動作などを真似るには【人と違ってはいけない】のだ。だからこそ、擬態型には通常の人間と同じ様に六感全てが備えられてる。
そして、この吸血特化型も同様。
人間に似せる事の必要があり、尚且つ人間に近いからこそ欠かせないのが神経。
感情は必要なくとも、動く為の神経は人と同じでなければならない。
それ故にこうして特化型はもがき苦しむ。
恐怖はなくとも痛みだけを感じ、苦しみ叫ぶ。
「見苦しい上に聞き苦しい……これを無様と呼ばず、なんと呼びましょうか」
宙に浮いた杖に腰掛け、魔女は特化型へと人差し指を向ける。
「見た所、人では無い様ですし――――壊しても誰も文句は言いませんよ?」
人間であろうと、
「アナタは寒がりの様ですし、どうせなら最後は温かくして差し上げますわ。この夜の熱さよりも尚に熱い―――業火の中で眠りなさい」
人に似た怪物であろうと、



猛き焔よ、爆ぜ、砕け、極大‐lame bur clan max‐



魔女に挑みし愚かな者は焼かれて死ぬ。
特化型が空を見れば、自身に迫る巨大な炎弾。視界を焼き、身体を焼き、周囲の空気すらも焼き捨てる業火の炎にて温かい激痛が贈られる。
轟音が響き、爆音が支配し、夜の街に火柱が立ち上がる。
残された炎は闇夜を照らし、炎の中に燃え散るは、一度は死んだ死人の身体。
死して尚、動き続け、埋葬すらされなかった死体は、異国の地にて火葬され、天へと参る。
浄化の炎ではなく破壊の炎で、神ではなく魔女の炎にて、幾人かの死人の血液を身体に溜めこみ、灰となって消え失せる。
炎が消え、残されたのは燃えた道路と微かな灰。
そして宙に漂う一人の魔女。
「―――――やれやれですわ……」
今日はもう寝ようと決めた。
ホテルで寝る気も無い。一々ホテルの従業員に暗示をかける気すら起こらない。今日はその辺の公園で適当に寝る事にしよう。
もう何も起こらないでほしい。
起こるならば、魔女が目を覚まし、朝食を食べて、シャワーを浴びてからにしてほしい。
魔女はそんな事を想いながら杖に乗って宙を舞う。


海鳴の夜に魔女が飛ぶ。




音がする。
「―――――ん?」
風を切る音がする。
聞き覚えがある様な気がする。
思い出したくなくも無い事でありながら、思い出さなければいけないと本能が叫ぶ。
音は次第に近づき、音がする方向を見て―――思い出した。
点だ。
点が飛んでくる。
覚えている。
これは点ではない。点は次第に大きくなり、線となる。線となるモノは遠くて小さく見えるが、それは決して小さきモノではない。スノゥの身体の数倍はある物体だ。
思い出す。
この音を知っている。
この現象を知っている。
嫌な予感を感じるよりも早く、スノゥは回避姿勢を取る。
物体がスノゥのすぐそばを通り過ぎ、近くにあったビルの側面に突き刺さる。轟音を響かせ、ガラスはおろか、壁ごと破壊して物体は止まった。
突き刺さったのは―――看板だ。
この夏の新商品として某ビール会社が話題の女優を使って撮った渾身の一枚。その渾身の一枚を渾身の力で投げ飛ばし、こうしてビルに突き刺さる。これはこれで宣伝の効果がある様な気がするが、今はたいして問題ではないだろう。
額に流れる汗は暑さからではなく、冷や汗。
「……なんだか、酷いデジャブを感じますわ」
見たくも無いが、スノゥは飛んできた方向を見る。
何かが動いている。
小さな影がビルからビルへと飛び移り、こちらに向かってくる。
まさか、と思いながらも既に否定はできない。
この街でこんな馬鹿げた事を平気で行う者を、少なくとも一人だけ知っている。その人物は三か月前の事件で同じ様にこうして看板をスノゥに向かって投擲し、これが挨拶だと言わんばかりに襲い掛かって来た。
スノゥは額を抑え、今日はなんて日だと心の底から想った。
昨日の晩に出会った少女の死を知り、少女の知り合いに巻き込まれ、そして良くわからない人間ではない怪物に襲われた―――だが、そんな事はこれから起こるであろう事にくらべれば前哨戦にもならない。
日が変わったというのに、まだ自分の運は最低らしい。これは運だ。これだけはそう言わせてもらう。昨日から自分はとことん運が悪い。
近づいてくる影は小さくとも、速い。
数十メートル離れた場所からスノゥの視界に完全に収まるまでわずか数秒。
それは、ビルの屋上に滑る様に着地した。
「……匂うわねぇ」
小さな影はそう言ってスノゥを見上げた。
あの時の同様に、【真っ赤な瞳】を輝かせ、スノゥを睨むように見据えている。
「匂うのよ……本当に」
スノゥは本格的に頭が痛くなってきた。
忘れていた。
完全に忘れて、そして油断していた。
「見た目は全然違うけど――――私の鼻は誤魔化せないわよ」
海鳴の街に戻って来た時、スノゥは顔を変えてる。帝霙の顔から、誰も知らない異国の女性に姿を変え、声も変えていた。それだけで簡単に周りは騙せると本気で思っていた。
それが失敗だった。
また失敗した。
この擬態を、この偽装を見破れる者が居ないと本気で思っていたのが―――失敗だ。
「まさか、まだこの街に居るとは思ってもなかったわ。逃げたって話は聞いてるけど、あれだけ盛大にやられたんだから、二度とこの街には戻って来ないと思ってたけど……あぁ、驚いた、驚いた。本気でマジで驚いたわ、私は」
今宵は満月。
真っ赤な瞳を宿した金色の狼にとって、もっとも力を行使できる危険日。
金色の狼にとっての危険日ではなく、金色の狼に【敵対した者】にとっての危険日。
それをスノゥは実感している。
「何処かでお逢いになりましたか?」
「すっとぼけてんじゃないわよ」
完全に捕えられた。
月光に照らされた金色の髪をなびかせ、少女は尖った歯をギラリと光らせた。
「アンタの匂いは覚えてんのよ……気のせいかと思ったけど、案外私の記憶力も捨てたもんじゃないわ」
小さな狼だ。されどその身体に宿した力は常人を凌駕し、この街の中でも上位に食い込む存在となる。
「そうですか……なら、今更誤魔化しても無駄の様ですし――――」
スノゥは諦めた。
どれだけ姿を変えようと、声を変えようとも、身体に残り、染みついた匂いは消せない。身体を洗おうとも関係ない。
何故なら、自分を見ている金色の狼の嗅覚は人間の数倍もあるのだ。



「――――お久しぶりですね、アリサ・バニングスさん」



屋上に腕を組んで仁王立ちする少女、アリサ・バニングス。
「余裕綽々で月夜の空中散歩?アンタ、私を舐めてんのかしら」
「別に舐めてはいませんよ……ただ、アナタの存在を完全に忘れていただけですわ」
「それもムカつくわね。けど、いいわ。おかげで私はこうしてアンタを見つけられた。それで十分よ」
こっちはちっとも十分ではなかった。
「それで、今度はどんな悪巧みをしてるのかしら?」
「別に悪巧みなんてしていませんわ。今日は最低な日だったので野宿でもしようかと思っていた所です―――それよりもアリサさん。小学生がこんな時間に外を出歩いてはいけませんよ。さっさとお家に帰って寝なさい。幾ら夏休みだからといって、夜更かしは感心しませんわ」
「教師みたいな事をほざいてんじゃないわよ」
吐き捨てる様にアリサは言う。
「アンタなんぞに言われると身体中の毛が逆立って寒気がするわ。何?今更になって教師ズラするなんてどういう風の吹きまわしかしら……」
周囲の空気が軋む。
目の前の小さな少女一人に、全ての空気が軋みを上げる。
「―――――まぁ、いいわ」
拳の骨を鳴らしながらアリサは歩き出す。
空に浮かぶ魔女に向かって、歩みを進める。
「アンタがどんな理由で此処にいるのかなんて知らないし、あんまり興味ないわ―――けどね」
戦闘態勢は十二分。
先程までの戦いは戦いで在らず。
戦いはこれから。
「またアンタが、あの子に手を出さないとも限らないから……」
魔女と人狼とのリターンマッチこそが、戦い。



「二度とこの街に来たくないと思うくらい、徹底的にぶっ潰させてもらうわよッ!!」



「―――――既に思ってますわ、本当に……」
スノゥの呟きはアリサには届かず、

リターンマッチのゴングは鳴り響いた。







次回『夜明けな人狼』







あとがき
…………これ、面白いか?
人造編の五話を書き終わった段階でふとそう思ってしまいました。
元々高校編、四話程度で終る短編だったものを無理矢理に長編にしたのがそもそもの間違いだったのかもしれませんね。そのせいで色々と問題が出てきました。
まず一つ目、メインの美羽がまったく活躍しない。まぁ、バトルメインなお話の中で、戦闘要員じゃない彼女をバトル要因にもってく必要は皆無なので良いのですが、問題はメインが美羽からスノゥに変わりつつある、と言う事ですね。
いつからお前の話になったんだよ、おい
そして二つ目、キャラが崩壊し過ぎてる。僕の中で今回の人造編でキャラを(欠片でも)保っているのはフェイトさんだけという問題。
感想の方でもおっしゃっている方がいますが、

これ、リリカルでもあやかしびとでも無いじゃん……

なんか、もう人造編を削除して弾丸執事編に行こうかと少しだけ想っております。キャラ設定はそのままで、こういう事件があったんだよ程度な感じで行こうかな~とか……ちょっと悩み中。



それでは、次回お逢いしましょう…………これ、本当に面白いか?



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