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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/27 17:17
時計の針は時に戻る。
物語を語る上でそれは必要な行いでありながら、現実ではあり得ない事だ。時計は前に進む事が普通、戻るのは壊れた証拠。
だが、時間と時計は同じものではない。
時計は時間を刻むモノだが、時間と時計は関係ない。時間は時間であり、時間を示す為に時計を作り上げた人間達の都合など知った事はないのだ。
戻るのも時間の勝手。進むのも時間の勝手。止めるのも時間の勝手。
そして、時間は戻る事を選択する。
戻る時間は夏の夜の一時。
夜が明けて朝が来て、リィナ・フォン・エアハルトの死体が発見されるよりも前に戻る。
時刻は夜十時。
肌にねっとりと張り付く様な熱帯夜の中、戻った時間は過去を映し出す。

――――しかし、その時間を映し出す前にとある世界、とある異界の世界を映し出す事にしよう。

我々とは森羅万象の法則が異なる世界、違う者達が生きる世界。
しかし、どこかで繋がっている遠くもあり、近くもある世界。
そんな世界のある街の、ある店の、ある二人の師と弟子の会話風景。
狙い澄ました様に、海鳴の深夜十時と同じ様に店の時計の針は夜の十時を指していた。

「―――――お師匠様、お手紙が届いてますよ」
「手紙?誰から?」
「えっとですね……エルクレイドルっていう人から―――あれ?この人って前からずっとお師匠様にお手紙を出してる人ですよね」
「はぁ……またアイツ等か。いいよ、捨てといて」
「またですか?お師匠様、一度くらいは目を通しましょうよ。この人だって何度も何度もお師匠様にお手紙を書いてるんですから、読むくらいはしても―――」
「いいの、いいの。とうせ面白くもない夜会への出席とか、茶会とか、良い弟子が出来たら会わせたいだとか、そんなどうでもいい内容なのよ、どうせね」
「割りとどうでも良くない気がしますけど」
「どうでもいいの。大体さ、こっちが全然返信してないんだから、いい加減に諦めればいいのに」
「うわぁ、手紙も読まない人の言う台詞じゃないと思うなぁ~」
「なんか言った?」
「いいえ。何でもないですよ。お師匠様、もしかして幻聴ですか?病院行きます?」
「…………まぁ、いいわ。後でちょっと模擬戦をしましょう。手加減はしてあげるけど、生かしも殺しもしない模擬戦をね」
「それ、最早模擬戦とかじゃないですよね、お師匠様」
「だったら、余計な事を言わないの……まったく、誰に似たのやら」
「お師匠だったら嫌だなぁ。あと、セルマでも嫌だなぁ」
「今度、セルマ嬢ちゃんに伝えてあげるわ」
「お師匠様大好きです!!」
「私も大好きよ――――でも、許さん」
「あうぅ~」
「まぁ、それはさておき」
「おいておいて欲しくないです」
「うっさい。とにかく、差出人がエルクレイドルって名なら、私に見せなくて良いから捨てなさい」
「勿体ないですよ」
「勿体なくないのよ、全然勿体なくないわ。そんな手紙を読むよりなら、振り込め詐欺の手紙を読む方がよっぽど有意義な時間を過ごせるわよ」
「はぁ、そうですか……でも、どういう方、どういう方達なんですか、このエルクレイドルって?」
「あぁ、そう言えばアンタは知らなかったわね。この際だから説明してあげるけど、この位は自分でも調べときなさい。どの場所でどんな事をしている魔法使いが居るかを知る事も、それなりに修行になるからね」
「わかりました、お師匠様」
「よろしい。それじゃ、説明してあげる―――エルクレイドルっていうのはね、古くから存在する名門中の名門―――と、言われていた魔法使いの一族よ」
「過去形、ですか……」
「過去形よ。確かに昔はそれなりに大きな権力を持っていたし、弟子の数だって相当数がいたわ。でも、時間が経つにつれ、時が進むにつれ、エルクレイドルは力を失っていった。どうしてかわかる?」
「わかりません」
「即答禁止。少しは考えなさいな。まぁ、いいわ。理由は簡単よ、名門が故に名門という名に潰された、という所かしらね」
「名門が故に?」
「古くから名門だったが故に、怠慢になったり傲慢になったりする連中が居る中で、エルクレイドルもそういう連中の一員になったというだけ。昔は義理や人情、誇りを持った連中がいたけど、今のエルクレイドルは義理も人情も失った誇りだけ……プライドだけを持った一族になってしまった」
「典型的といえば、典型的ですね」
「まったくもってその通り。でもね、数十年前まで……そうね、少なくとも百年前まではそうじゃなかった。私の中では最後のエルクレイドル、第六十八代目のエルクレイドルは能力だけは高い奴だったわね」
「お師匠様がそういうなんて、凄い人だったんですね」
「アンタがどういう風に私を見てるか聞きたい所だわ」
「ノーコメントです」
「後で追及するからね―――ともかく、第六十代目のエルクレイドル、先々代の奴は相当の腕を持った魔法使いだった。私も何度か会った事があったけど、類稀に見る魔法使いだったのは確かよ」
「へぇ、そんなに凄い人だったんですか……どんな人だったんですか?」
「―――――最悪ね」
「え?」
「最悪の一言よ、奴は……」
「最悪、ですか」
「最悪以外に言う言葉はないわ。あんなに記憶に残る最低はそうそう見ないわね」
「そ、そんなに、なんですか?」
「えぇ、そうよ…………別に稀代の悪党とか、魔王に匹敵する残虐非道な人物っていうわけじゃないけど、ある意味では最低な部類に入る奴だと私は思ってる。奴はね、言葉と中身がとんでもなくかけ離れている様な奴なのよ」
「言葉と中身?」
「奴は何時だって善意を語るわ。誰が見ても綺麗事で、誰が聞いても善なる言葉。でも、その中身は決してそんなものではなく、全てが嘘偽りだけ、それだらけな気味の悪い存在……大体の人はそういうものだと思うけど、あれだけはっきりとした奴も珍しかったわね。珍しいが故に誰もその言葉が本物だと思い込み、誰も奴の正体には気づかなかった」
「なんか矛盾してます」
「気づけば矛盾してるけど、気付かなければ矛盾はしていない。現にそれに気づかない連中は奴を英雄の様に見ていたわ。誰よりも勇敢であり英雄に近かった魔法使い。だけど、その本質に気づけば誰もが嫌悪するであろう最低な魔法使い」
「想像が難しいです」
「そうね……例えばアンタが悪い事をして怒られたとする。怒ったのは私よ。そんな時、アンタはどうする?」
「反省します」
「それが普通ね。でも、心の何処かに自分は悪くないって考えがあるはずよ」
「そんな事は……無い、とは言えないですね」
「自分が悪いと思っているのと同時に、誰だって自分は悪くないっていう想いを持ってるわ。自身の行動には自身の義務があり意思がある。それを否定されるがあったら、それを否定されなくないって思うのも当然の理よ。そして、奴はそんな理に付け込むのよ」
「理に付け込む……えっと、どういう事ですか?」
「簡単よ、アナタは悪くない。アナタは決して間違った事はしていない。今回は単に運が悪かっただけで、アナタ自身に責任はない。だから次回からはもっと巧くやれ、怒られない様に巧くやって、【自身が悪くない事を証明しろ】……こういう囁いた時、アンタはどうする?」
「えっと……なんか、単に開き直っただけだと思いますけど」
「普通はそうだろうね。今回は私が言ってるだけで奴が言ったわけじゃない。でもね、これを奴が言うとまったく違うのよ。どんな犯罪者だろうと極悪人だろうと絶対に【堕ちる】のよ」
「…………」
「わかる?アンタが今、それは開き直ってるだけで意味がないと思うのは、私が言ったから。でも、奴が言うと下手をすればアンタは自分は悪くないって思いこむのよ」
「そんな事は無いです!!」
「熱くならないの。これはあくまで例えよ。私だって本当にアンタがそう思い込むなんて想ってないわ……まぁ、想ってたら尻をひっぱたいてでも矯正するけど」
「ぼ、暴力反対」
「愛の鞭だと思いなさい。ともかく、奴はそうやって相手に思い込ませる事が出来る。言葉という魔法でね。奴は魔法使いとして上等ありながら、詐欺師としても上等だった。むしろ、魔法よりも言葉を操り人を操る事に長けていた」
「言葉で人を操る……なんか、怖いです」
「怖いと想えれば、アンタは大丈夫よ。言葉なんて大した事がないって思い込んでいる様な連中はあっさりと堕ちるけど、そんな想いがあればなんとかなるかもね」
「あの、お師匠様。言葉を操るというのは人心操作の魔法、誘惑の魔法に特化しているという事なんですか?」
「違うわ」
「違う?」
「奴の言葉は魔法じゃないのよ。言ったでしょう、奴は詐欺師としても上等だって……奴はね―――魔法を帯びていない言葉で相手を操る」
「魔法を、帯びていない言葉で……そ、そんな事が可能なんですか?」
「まぁ、当然と言えば当然ね。詐欺師だって一番の武器は言葉。言葉一つさえあれば相手を騙す事が出来る。舌先三寸あれば国すら滅ぼせると豪語した愚か者もいるくらいだし、それだけ言葉とは重みがあるのよ……愛してるという言葉だって想いが籠ってなくても口調を変えるだけで籠っている様に思わせられる。優しい言葉をかける時だってそういう口調を込めればあっさりと優しい言葉になるわ。実質は意思の無い石みたいな言葉だけどね」
「……確かにそうですね。言葉って、魔力が無いのに、魔力がある」
「魔力がない言葉でもコツさえ知っていれば魔法になるなんて最低じゃない?こんな事を平然と息を吸う様に出来る最低な詐欺師で魔法使い――言霊使いなのが私が知っている先々代のエルクレイドルよ」
「お師匠様がその人を嫌うのは良くわかります」
「でしょ?奴ったら、初対面の私にいきなりそんな方法を使って話しかけて来たから、思わずぶっ飛ばしちゃったわ」
「過激ですね。というか、過激すぎです、お師匠様」
「過激にする価値のある相手だって事。そんな奴だから、奴に弟子入りした子が可哀想で本気で引き取ろうと思ったくらいよ」
「そんな人でも弟子を取ろうとしてたんですか?」
「一応は魔法使いだからね……エルクレイドルは一子相伝だけど、別に血筋は関係はない。才能さえあればどんな種族からでも一族に取り入れた。その中で特に才能がある者を時代にエルクレイドルになる。この辺はどこも同じ様なもんだけどね」
「それで、その子はどうなったんですか?」
「才能はあったわね……ううん、才能があり過ぎた。アンタの前で言うのはちょっと心苦しいけど、あの子が私の弟子なら今頃私は魔法使いの看板を下ろしてるわ」
「うぅ、未熟な弟子ですみません」
「そう想ってるなら精進する事ね……でもね、そうはならなかった。あの子は私の弟子ではなくエルクレイドルの弟子になり、先代のエルクレイドル、第六十二代エルクレイドルになった」
「――――あれ?でも、そんな凄い才能があった人なら、今頃有名になってるはずですよね。私、今までエルクレイドルなんて名前は知りませんでしたよ」
「当たり前よ。その子は才能はあったけど大成はしなかったんだから」
「どうしてですか?」
「言ったでしょう?才能があり過ぎたって……いい、時に師匠は弟子の才能に嫉妬する事があるのよ――――まぁ、私はしなかったけどね」
「そんな偉そうに言われると私としても傷つくんですけど……」
「事実だからね。ともかく、奴もそういう嫉妬する部類の器の小さい奴だって事よ。そんな器だから奴は自分の弟子に嫉妬した。魔法の才能は自分よりも上であり、このまま育てればエルクレイドルの一族は安泰だろうと言われる程の実力があった……けど、そうはならなかった。奴がそうはさせなかった」
「あの、もしかして……」
「アンタの想像する通りよ―――奴はね、師としてはやってはならない事をやったのよ。自分の弟子に奴の十八番である言葉による魔法をかけた。自分の弟子が絶対に大成しない様に魔法を、呪いをかけた」
「そんな……」
「結果、どうなったと思う?結果は単純明快。次代のエルクレイドルを名乗りながらも、その子は大成はしなかった。ううん、それどころじゃないわ。その子はね―――【成功すら出来ない存在】になったのよ」
「…………」
「どんな事をしても成功しない。魔法を使うだけなら簡単に出来る。だけど、魔法を使った何かを成し遂げようとすると必ず失敗する。例えば、病気になった子供を助けようとした。その子の実力なら簡単だったはずの魔法は、何故か失敗して子供は死んだ。例えば、犯罪者を捕まえようとした。その子の実力なら簡単だったけど、何故か失敗した犯罪者を取り逃がし、罪を重ねさせてしまった。例えば、ある国の重要なポジションに立つ事に成功して、重要な案件を成功させようとして失敗させ、国の一つを滅ぼした」
「…………辛い、ですね」
「だから私は奴が嫌いなのよ。奴が、師匠を名乗っていた事が過去だとしても、その過去すら私は許せない。才能が有る無しに関わらず、一人の子供の未来を奴は奪った……奴はもうこの世にはいない。だけど、この世にいないにも関わらず、奴は今でも弟子を苦しめ、陥れ、絶対に大成も成功も出来ない存在に変えた―――奴は、許されない魔法使いなのよ」
「あの……その子は、今はどうしてるんですか?」
「――――わからないわ。最後にあの子を見たのは十年も昔。今は何処で何をしているのかわからないし、一度本気で探そうと思ったけど出来なかった」
「もしかして……亡くなった、とか」
「生きているか、死んでいるかもわからない。エルクレイドルの連中もそんな大成しない子の事なんてそうそうに過去に捨て去って、新たなる当主を立てた。けど、その結果は散々よ。大した才能の無い未熟な師匠が育てた弟子はどれもこれも未熟な存在にしかならなかった。才能を失くした一族に残ったのは安いプライドだけで、技術を残る術すらないのよ」
「少しだけ、可哀想ですね」
「それに気づかない限り、アイツ等に未来はないわね……あの子が、先代のエルクレイドルが奴に弟子入りなんてしなかったら、こんなに廃れる事は無かったでしょうに」
「お師匠様、その子……先代のエルクレイドルは、なんていう名なんですか?」
「…………スノゥよ」

「その子の名前は――――スノゥ・エルクレイドルっていうの」

そして、場面は元の場面に戻る。
時間は夜の十時。
となる異界で師と弟子か語り合っていた同時刻。
場面は、海鳴にある小さなラーメン屋の屋台から始まる。









【人造編・第二話】『負け犬な魔女』










「へっくちッ!!」
蒸し暑い夜、ラーメンの屋台で一人の女性がくしゃみをした。
「お客さん、風邪ですかい?」
「いいえ、多分何処ぞの方が私の噂をしていたのでしょう……モテる自分が怖いですわ」
「それ、自分で言う事じゃないと思いやすが……」
「あら?何か不満がありまして?」
「いんや、ちっとも―――ヘイ、味噌ラーメンお待ち」
「ありがとうございます」
熱い季節に食べるラーメンは格別だ、とは言わない。そもそも、こういう庶民的なモノはあまり好きじゃない。食べるならフランス料理の様な気品溢れる食事の方が性に合うのだが、今はそんな贅沢は言えない。
「頂きます」
礼儀正しくラーメンに頭を下げ、女性はラーメンを進む。
まずはスープを一口。それから麺をすすり、飲みこむ。美味しいとは言えないが不味くは無い。口に合わないはずが口に合う。合ってしまうのが情けない。
ラーメンを胃の中に収めながら彼女は、スノゥ・エルクレイドルは惨めな自分を認めない。
これは惨めではない。
これは惨めなはずがない。
惨めなのは惨めだと思う事だ。惨めだと思う事は自分自身が惨めだと認めている事になる。そんな自分を認める事は出来ない。
何故なら、自分はスノゥ・エルクレイドルだからだ。
ゴルトロックに存在する誇りあるエルクレイドルの魔法使いが、自分を惨めだと思う事は許されない。
例え、三年もかけてゆっくりと、着々と進めて来た計画が一晩で覆されたとしてもだ。
思い出すだけで腹ただしい―――とは思わない。
過去を顧みるのは馬鹿らしい事だ。見るべきは常に未来であり、過去ではない。過ぎ去った過去に縛られ、今を台無しにするような生き方は自分に相応しくない。
だが、それでも忘れたわけではない。
「――――無様ですわね」
と、無意識に言葉は漏れる。はっとなってすぐに頭を振り、そんな言葉を吐いた自分を戒める。
だが、忘れられない。
苛立ち、腹が立つ。これはどれだけ忘れようとしても忘れる事が出来ない。
三か月前、スノゥを殴り飛ばした加藤虎太郎という男。そして自分の計画を邪魔した者達全員を思い出せば、今でも苛立ち、腹を立てる。
そして、そんな自分が惨めになり、
「無様ですわ……」
また同じ言葉を吐き出す。
いい加減、認めなければならないのかもしれない。
そうだとも、自分は敗北した。
あんな下等な連中に敗北し、顔に泥を塗られ、地に這いつくばった。
なんて無様だ。
これがエルクレイドルの一族である自分の姿だと思うと情けなくてしょうがない。
あの事件の後、スノゥは自分が如何にちっぽけで矮小な存在なのかを沈痛する事になった―――いや、正確にいえば自分がどれだけ穴だらけな存在だと言う事を【再認識】する事になったとも言える。
スノゥはあの後、この街の力を支配する月村の手によって何処かに閉じ込められていた。恐らく、彼女がどういう存在で、どういう力を持ち、何処から来たのかなどを尋問しようとしたのだろう。
薄暗い部屋の中で、拘束具を付けられ、三日ほどその部屋に閉じ込められていた。もっとも、出るだけなら簡単に出れる。閉じ込められたのではなく、閉じ込められてやっただけだ。自分に必要なのは薄暗い部屋の中から脱出する方法ではなく、どうして自分が失敗をしたのかを反省する事だけ。
しかし、結局のところ、それは無駄な時間に終わる。
わからないのだ。
どうして自分が失敗したのかをわからず、失敗から何かを学ぶという事が出来ない。
昔からそうだった。
何かを成し遂げようと失敗し、自分の何処が悪いのかを考えようとすれば、頭の中で囁く様に、囀る様に声が聞こえる。

【君に悪い所なんて何もない。単に運が悪かっただけだ】

そんな言葉が聞こえ、スノゥはあっさりと思考を放棄する。
自分は悪くない。
悪いのは自分の運だけ。
高町なのはを利用としようとして、運悪くそれを誰かに知られ、運悪くそれを邪魔する者が現れ、運悪く自分は敗北し、運悪く計画は失敗した。
全ては運のせいで、自分自身に落ち度などない。
そういう結論に至る。

毎回、自然とそういう落とし穴に堕ちる―――彼女自身、それに気づかずに。

「運が悪いというのも考えモノですわ」
本気でそう想い、本気でそう口ずさむ。
「ねぇ、大将。どうしたら運気が向上すると思います?」
ラーメン屋台の大将はあっさりと、
「寺にでも参拝したらどうだ?」
「私、仏教ではないので無理ですわ」
「なら教会にお祈りするとかはどうだい?仏教じゃないならキリスト教だろうな」
「あぁ、そうですね……ですが、どうもああいう神は好きにはなれませんわ」
自分の敵であり、魔王の敵である神に似た存在を頼るなど言語道断だ。
「そうかい。なら、俺にはわからんね。生憎、運気に頼る気はさらさらないんでな」
そう言って大将は豪快に笑う。
「そうですか……まぁ、そうでしょうね」
確かにその通りだ。運に頼るのは運に負けた事になる。運なんてあるかどうかもわからないモノに負けるなんて言い訳以外の何物でもない。そんな考えに何度も何度も陥りながら、それでもスノゥはまた同じ場所に戻る。
運なんてモノはなくても、自分は運のせいで失敗する。
堂々巡りから抜け出せず、抜け出せない事にすら気づかず、彼女はこうして失敗をし続ける。
結局、彼女は自分が失敗したのは運のせいにして結論に行きつく。そうして答に行きついた彼女は閉じ込められた部屋からあっさりと抜け出し、海鳴の街を出る事に成功した。
だが、それでも彼女はこうして海鳴の街に戻って来た。
理由は単純。
外に出た彼女を待っていたのは、何者かの蹴撃だった。
海鳴から送られた追跡者ではなく、海鳴の外から来た追跡者。
しかも、化物な追跡者だった。
不死身の化物といえば馬鹿らしいが、アレはまさに不死身の化物だった。
殺しても殺しても殺せない。
嗤いながら、スノゥを狩る事だけに楽しみを持っている様な不死身の化物。
不死身でありながら、身体の中に無数の武器を宿した化物はスノゥを毎日毎晩毎時間も追い回し、結局スノゥはこの街に戻って来た。
どうしてこの街に入ったらアレが追ってこないのかは知らないが、今となってはどうでもいい。
今考えるべきは、これからどうするかだ。
この街には敵がいる。
自分を見たら確実に狩りにかかるであろうと、虎と鬼がいる。
「無様ですわ」
三度の目、もう気づかない。
麺と具を全て平らげ、残ったのはスープだけ。
スープに映った己の顔は三カ月前の顔ではなく、新たに作り出した顔。
教師の顔は終り、今度は異人の顔を選んだ。
髪は金色にした。
顔は少々童顔にした。
背は変えられないが服は変えた。以前着ていたスーツではなく、そこら辺にいる普通の女性な恰好――――ゴシックロリータというらしい。
「にしてもお客さん、変な恰好をしてるね」
「変ですか?」
「変といえば変だが……けど、外じゃそういう恰好が流行ってるとも聞くし、変じゃないか。いや、こんな街にいると流行って奴がわからなくてなってな」
「なら外に出れば良いではないですか。アナタは、人妖なのですか?」
大将は違うと首を横に振る。
「俺は普通の人間さ。もちろん外にだって出る事は出来る。出ようと出まいと、俺みたいなオッサンには流行なんてわからんって事だな」
開き直って笑う大将は、見た目は五十代といったところだろう。もっとも、それでもスノゥよりもずっと年下という事には変わりは無い。
スノゥ・エルクレイドルはエルフだ。
エルフは十年経っても二十年経っても姿にあまり変化はない。普通の種族の倍は余裕で生きる事が可能で、知識をその分溜めこむ事だって可能だ。
だが、それは何の意味もない自慢。
エルフであっての己じゃない。
己であってエルフじゃない。
スノゥ・エルクレイドルという魔女、それが自分。
エルフである事を誇りに思っていても、スノゥである事の方がよっぽど誇れるとさえ思っている。
誇れる自分――――なら、どうしてこんなにも、
「無様ですわ」
こんなにも、無様なのだろうか。





夜道を歩けば時間が時間が故に酔っ払いを目にする事もある。
「うぃ~、もう一件いくじょ~!!」
「トーニャ先輩。飲み過ぎです……あと、オヤジ臭いです」
異人の女性を小さい、中学生らしき少女が抱えて歩いている。あんな子供と一緒に酒を飲むなんてこの国の教育はどうっているのだろう。
「……まぁ、私には関係の無い事ですが」
教師なんてくだらない職業を三年の続けていたせいか、思考がそんな風になってしまうのもしょうがない。この思考もしばらくすれば綺麗さっぱりと消えるだろう。
教師なんて、師なんてモノはロクでもない存在なのだ。
憎悪すらしない、見下して嘲笑うべき存在だ。
加藤虎太郎然り、教頭然り―――スノゥの師然り。
夜の街はまだ賑やかた。
平日という事もあり、サラリーマン達が歩いている中で学生らしい姿もちらほらと見る事が出来る。中には制服をきた少年少女もいる。制服から判断する限り、あれは海淵学園の生徒だろうか。
私立海淵学園。
昔からこの辺りの下等な人間、社会に興味も示さず、己のルールだけに生きようと粋がる哀れな者達が集う場所。スノゥが教師をしていた頃にも彼等、彼女等の評判はよく耳にする。
人妖が住まう街で唯一人妖能力を校内で許されたあり得ない場所。それが問題になるはずなのに、どうしてか許されるおかしな場所。しかも、それが校則としてあるのだから問題だ。小学校であろうと中学校であろうと、どんな場所でも人妖能力の使用は必ず制限があるにも拘らず、それを使っても良いと学校側で了承しているのが変なのは、誰の目から見て明らかだ。
なんでも、それを最初に校則に用いようと提案したのは当時一年だった現生徒会長だという話から、救いようのなさが良くわかる。
師も師なら弟子も弟子。それと似た様に教師も教師なら生徒も生徒、という事になるのだろう。
どちらにせよ、海淵学園という場所はそれだけふざけた連中が多い場所という事だろう――それがスノゥの認識だった。
当てもなく歩く街。
騒がしい街は時間が経てば次第に静けさを呼びだす。静かな時間には静かな時間の住人がおり、その住人は普通の人間には合い知れない存在なのかもしれない。
自分の様に、光の下では生きられない者達ばかり。
それを愚か者と呼ぶ事は、自分すら否定する事になるからしないが、それでもスノゥは他人を見下す。
自分ではない他の全ては、自分より下等な存在ばかり。
足は自然と表から裏へ。
人通りの少ない裏道には地面に座り込む浮浪者にドロップアウトを決めこんだ若者。それを狙うハイエナの様な眼をした鋭い眼光をする大人達。
夏は少年少女を変える季節とも言うが、こんな者達を見て憧れ、そして堕ちて行くのだろうと考えれば、馬鹿らしいと蔑む事すら簡単だ。
裏路地を更に奥へ進む。
理由は特にない。
行くべき場所も無ければ自分がいなくてはいけない場所だってない。
そもそも、自分とは何だろう。
顔を変え、姿を変えても生き方は変える事は出来ない―――だが、自分がどんな生き方をしていたのかもわからない。
ふと足を止め、ドアにある割れたガラスを見つめる。
そこには過去の自分はいない。
過去すらわからない自分がいる。
何度も何度も顔を変え、姿を変え、気づけば何十年も経っていた。そうしている内に自分がどんな顔をしているかさえ忘れている。
「…………フェイスレスであり、ハートレス。でも、私はネームレスではない」
名前だけが有り続ける。
名前なんて記号だ。自分自身を現す記号でしかない。だが、それだけが自分が自分であるという証。
スノゥ・エルクレイドルという―――誰か。
「感傷に浸る歳でもないですわね」
苦笑して馬鹿らしくなる。
誰でも良いではないか。
過去の自分の顔すらわからなくなり、長年月を費やしたとしても、自分が変わるわけじゃない。忘れている、思い出せないというのなら、それで十分に問題がない。
全ては十全。
己が己である事に偽りなどない。

【君はそのままで良い。そのままの君でいれば、何時か大きな君になれる】

大嫌いな師の言葉を思い出す。
自らの手で殺した師の言葉は、呪いの様にスノゥの脳裏に刻み込まれた。
この世で一番嫌いなのは教師、師という存在なら、その頂点にいるのはスノゥの師。アレの存在だけは何よりも嫌う。
アレは一度だって自分を誉めたりしなかった。魔法を成功しても誉めもせず、ただもっと頑張れと口にする。最初はそれが師なりの励ましなのだと思っていたが、次第にそれが違うと気づく。
アレは何時だって自分を呪っている。
自分の才能を呪い、成功する度に心の無い言葉を吐き出し身を汚す。言葉によって蝕まれ、言葉によって犯される。思い出すだけで脳内に激痛が走り、何かをしようとすると思い出すのは師の言葉。
「ウンザリですわ」
教頭はそんな師の事を認める様な言葉を吐いていた。だが、それは間違いだ。あの教師は師の事を何も知らない。アレを目の前にしたら誰だって顔を顰める。
スノゥにとって誰かの師になる存在など、皆が愚かな敵でしかない。
「けど、そういう意味では……私は、未だに師に捕まったまま……というわけですわね」
わかっているのだ。だが、認められないのだ。
「私は私ですわ……だから、もう私の邪魔をしないで……」
この手で殺した者は消えない。
死んでも尚、スノゥを苦しめる存在として刻み込まれている。
頭が痛くなってきた。
視界が歪み、気分が悪くなる。
思わずその場にしゃがみ込む。
立ち上がろうとするが身体が重くなる。
思考が巧く働かない。
脳裏に過るのは師の姿と言葉。
ニッコリとした腐りきった仮面を付けた師。
言葉は刃であり針であり呪いであり、そしてその手は自分を犯す手。
思い出す。
思い出して吐きそうになる。
吐いた。
先程食べたラーメンを吐き出した。
気持ちが悪い。
気持ちが悪い。
何もかもが気持ちが悪い。
自分も周りも、全てが気持ちが悪い。

「―――――おい、大丈夫か?」

気持ち悪い言葉が聞こえる。
「なんか具合が悪そうだけど……救急車でも呼ぶか?」
歪んだ視界に映るのは小さな少女の姿。
メイドの様な恰好をして、頭に犬耳を付けている少女。
スノゥは首を横に振る。
「そうか……なら、ちょっと待ってろ」
少女が駆けだし、近くの建物に入ってすぐに戻って来た。手にはミネラルウォーターのペットボトル。それをスノゥに差し出す。拒もうとしたが、今の彼女にはそれがポーションに似た物にさえ思える。
受け取り、飲む。
少しだけ気分が良くなった。だが、まだ悪い。
「やっぱり救急車が必要じゃないか?」
「…………結構ですわ」
ペットボトルを少女に返し、歩きだす―――そして、倒れる。
「お、おい!!」
地面に倒れ込む寸前、少女の小さな身体がスノゥを支える。支えた手がスノゥの手に触れ、人間の物ではない様な冷たさを感じた。
それが今だけ、今だけは―――心地良いと感じる事が出来た。
それを知り、スノゥは少しだけ安心した。
自分はまだ、人間だったと。
それを知り、スノゥは少しだけ苛立った。
自分はまだ、人間だったと。
「全然大丈夫そうじゃないな……ちょっと店で休んでけ。いいな?」
有無を言わさず、少女はスノゥを抱えて建物の中に入る。
抵抗する事も出来ず、スノゥは無言で息を吸うだけの物になる。
「――――無様ですわ」





薄暗い店内には、スノゥとリィナ・フォン・エアハルトと名乗る少女の二人だけ。
スノゥは店にあるソファーに寝かされ、リィナはカウンターにある椅子に腰かけている。
メイド服から海淵学園の制服に着替えたリィナを見て、こんな小さくても高校生なのかと少しだけ驚いていた。
「まったくよ、あんまり飲み過ぎんなよな」
年上を敬うという言葉は欠片もない様子に、ムッとなって思わず反論する。
「言っておきますが、私は酒など一口も飲んでいませんわ。酒を飲むなど馬鹿のする事です」
「世界中の酒飲みを敵に回すような事をいうなよ」
小さい成りをしている癖に態度だけはデカイ、それがスノゥがリィナに持った最初の印象だった。
「それよりも、どうしてアナタみたいな子がこんな店で働いているのですか?とても、アナタの様な年齢というか背の子が働いて良い店じゃはずでは?」
「背は関係ないだろう、背は……それに、初対面のアンタにどうこう言われる筋合いはこっちには無い」
教師みたいな事を言うな、とリィナはそっぽを向く。
その言葉は、スノゥにとっては侮辱になる。
「私は教師などではありません。私はあんな属種と一緒にしないでほしいですわ」
「なんだよ、教師が嫌いなのか?」
「えぇ、大嫌いです。この世の中で一番低俗で醜悪な存在だと思っていますわ」
「なるほど、そういう人もいるんだな」
そう言ってリィナはカウンターを飛び越え、棚に並んでいる瓶を何本か手に取る。
「さっきまでの私なら、その意見に頷く事もできたけど……今は無理かな」
瓶の中の液体を小さな器に流し込み、慣れた手つきでシェイクする。その姿はいっちょまえにバーテンダーの様に見えない事もない。
「…………アナタの歳は幾つですの?」
「十七歳。高校二年生」
「なら、お酒を飲める年齢ではありませんね」
「国が決めた事であった私が決めた事じゃない。だから私の勝手だ」
なんて言い草さ―――と、考えたところで、まるで自分が教師みたいな事を言っている事に気づく。
軽く自己嫌悪する。
「はぁ、毒されてますわね」
「独り言か?」
「えぇ、独り言です。ですので、お酒を飲むのなら一人で勝手に飲んでください。ただし、静かにお願いしますね」
スノゥは目を閉じる。
気分はまだ悪い。
頭がガンガンする。身体が冷たい、寒い。毛布が欲しいと思ったがそこまで言う気はない。これではこんな少女に甘えているようであり、自分に負けているような気がしたからだ。
シャカシャカとシェイクする音が聞こえる。リズム良く、小さい音でありながら存在感のある音に、何故か心地が良いとさえ思える。
「――――手慣れてますのね」
「一応、ここの店員だからな。実際に客に出す事はないけど、たまにマスターに頼んで作らせてもらってるんだ」
「不良さんですわ」
「不良が怖くて不良やれるかっての……不良じゃないけどな」
リィナのニシシという笑い声。
「こう見てもな、私は学校じゃ風紀委員なんだ。どういう事をするかは良くわかんないけど、風紀委員って名前がかっちょえぇだろ?」
「典型的な外人の考え。浅はかですわ」
「アンタも外人だろうが」
「…………そういえば、そうでしたわね」
帝霙という偽の名を使っていたせいか、たまに忘れそうになる。そして、自分がこの世界にとっての外人、異邦人である事を思い出す。
いや、違う。
異邦人ではなく―――迷子。
帰る家もない迷子。
帰る家もなければ方法もわからない迷子。
迷いに迷って、こうして倒れている馬鹿な迷子。
「お国はどちら?」
「外人にそれを聞くと嫌われるってテレビで言ってたぞ」
「私も外人ですわ」
「なら許す……国はドイツだ。こっちには去年留学生として来た」
「そうですか……此処に、海鳴に来たという事は……人妖ですの?」
シェイクする音が少しだけ乱れた。
「そういうアンタは人妖か?」
「いいえ、私は――――」
エルフ。
魔女。
人間でも人妖でもない。
「私は……何なんのでしょうか」
「おいおい、随分と哲学な事を言うな。自分の人種を応えるだけだろ?」
「人種、ですか……ふふ、実は私、人間じゃないんですのよ」
「へぇ、ソイツは驚いた。びっくり仰天だな」
まったく信用していない口調。当然だろう。人間じゃないと言って信じる馬鹿はいないし、人間だと信じられるのも嫌だ。
「でもさ、その考えもわからないわけじゃないかな……人妖なんてやってるとな、たまに自分が本当に人間かどうかもわからない時があるんだ」
「人間でしょうに」
これはあっさりと肯定できる。
「人妖は人間です。ただ単に人にはないおかしな力があるというだけの、なんて事のない人間ですわ。それを周囲は勝手に人間じゃないとか、化物だとか言いますが……それが実にくだらない事だと気づかないのがおかしいのですよ」
「…………」
「人間など百年生きれば長生きに値する短き生涯しか送れない存在。なら、そんな短い生涯が故に……そんな生涯だからこそ、その程度の力を備わってもおかしくない……私はそう思いますわ」
スノゥからすれば、人間など下等だ。
短い命で、愚かで単純で、それでいて他人を認めず己の意思しか尊重できない劣等種。そんな存在のくせに人間は差別する。自分達が差別されている事に気づかず、同族で差別を繰り返す。
力の無い者が力のある者を妬み、それを恐れ、そして阻害させる。
「実にくだらない。くだらないのですよ、人妖であるとか無いとか」
「…………」
「力のある者を恐れるあまり、相手が人である事を認められないのは愚かな事です。愚かも愚か……愚か過ぎて笑いたくなりますわ」
なら、そんな愚かな種に負けた自分は何なのだろう。
運が悪いだけなのに、どうしてか悔しい。
同じ種族に負ける事もあって、それが運が悪かっただけだと決めつける事は何度もあった。それが正しい事だと思っている。自分は運が悪いだけ。自分は愚かでも弱くもない。
だが、今回は違う。
負けた事に、悔しいと感じている。
あぁ、そうだ。
悔しいのだ。
悔しい、悔しい―――何故か、悔しい。
今になって肯定する事が出来た。
自分は悔しいのだ。
負けた事が悔しくもあり、自分の何かを否定された事が悔しくてしょうがない。

【もっと頑張りなさい。そうすれば、何時か君は誰よりも強く、誇り高い者になれるのだから】

呪いの言葉が脳裏を過る。
また気分が悪くなる。
「―――――あのさ」
リィナの声がすぐ近くに聞こえる。
目を開けるとリィナはスノゥの寝ているソファーのすぐ近くに立っていた。
「もしかして、アンタって良い人?」
「――――は?」
何を言っているのだろうか。
「だってさ、さっきの言葉……なんか、慰めているみたいに聞こえたからさ」
照れくさそうに頬を掻き、小さく微笑む。
「何故アナタを慰める必要があるのですか?」
「だよな、私もそう想う」
「ならば、変な事を言わないでください……胸糞悪いですわ」
微笑まれるのが、嘲笑われている様に見えた。
「そいつは失敬」
「……アナタ、外人の癖に妙に日本人っぽいですわね」
「そうか?私はそうは思わないけど……けど別にいいか。それより、これ飲みなよ」
差し出されたのはグラスに注がれた薄い黄色をしたカクテル。
「病院にお酒とは、見上げた根性ですわね」
「悪酔いには酒って相場が決まってるんだよ。それに、コイツはカクテルだけでアルコールはゼロだ」
「本当ですの?」
「本当ですのよ」
身体を起こし、グラスを受け取る。
甘い匂いが鼻を擽る。
「…………一応言っておきますが、私は下戸ですわ」
「下戸でも飲めるカクテルだ。大丈夫、私を信頼しろって」
初対面の相手を信頼する馬鹿はいない。
なら、これを飲んでアルコールが含まれていたのなら、慰謝料でも払ってもらおう。本気でそう想いながら、一口飲む。
口の中に甘みが広がる。
「――――これは……」
「どうだい?酒っぽくないだろ。本当なら酒っぽくなるんだけど、私の腕じゃどう足掻いても唯のミックスジュースだからな」
確かに味はジュース、完全にミックスジュースだ。
酒と言われれば酒っぽいかもしれないが、味はジュース。
「これ、ただのジュースですわね」
「でもカクテルさ。名前はシンデレラ。レシピはオレンジジュースとパインジュース、そしてレモンジュースをミックスしただけの簡単なもんさ。これをいかに酒っぽくするのが腕によるんだが……私じゃそれが限界だ」
「シンデレラ……」
この世界にある童話の中に登場する女性。
悪い継母とその娘達に虐げられ、ある日舞踏会で出会った王子と婚約して大逆転するという予定調和な物語。
その物語、その女性の名前を付けられたカクテルは酒でありながら酒ではない。
「美味いか?」
「……唯のジュースですけど」
「唯のジュースなら美味いだろ?」
「……まぁ、不味くはありませんわね」
美味い、とは言いたくない。
実際は美味いのだが、口には出せない。
「まだまだ、ですわね」
「精進するさ、これからもな」
嬉しそうに笑うリィナを見て、妙に腹立たしいと感じてしまう自分がいる。
どうしてそう想うかはわからないが、腹立たしい。
それは嫉妬なのか、それとも憎悪なのか、それとも―――――




それからしばらく、どうでも良い会話をする時間が流れた。
スノゥは殆ど聞く側で、一方的に喋るのがリィナ。
学校での事が殆どだった。
自分の学校は変な場所だ。
自分の学校にいる生徒は変な奴ばかりだ。
スキンヘッドの暑苦しい奴。覗き魔な変態。忍者みたいに消える生徒。ブラコンな優等生。人間の癖に妙に強い空手少女。時に大きく、時に小さい親孝行な生徒。一年の時に生徒会長になり、騒がしい学園を作った生徒会長。生徒会長に振り回される副会長。ブラコンの妹持つ可哀想な教師。
そして、教育実習生としてやってきた小さな先生。
まったく興味のない事ばかりな上に、で会ったばかりの自分に言うべき事か疑問に思うような話題ばかりが飛んでくる。
とりあえずわかったのは、学校にいる事が楽しいという事。
周りから白い目で見られるような場所にいるというのに、そんな事など些細な事だと笑い飛ばせると思える程に、今の場所が好きだという事。
そんな事ばかりだ。
興味がないから、適当に頷くだけ。それでもリィナは次々とマシンガンの様に色々な話をしてくる。
うんざりしてきた。
学校なんて場所に楽しみを抱く少女が馬鹿みたいだと思えた。
だが、気づけば頭の痛みは消えた。
気持ち悪さはない。
あるのは長い様で短い時間だけ。
楽しくも嬉しくもない時間だというのに、気づけば時間は深夜零時。次の日が訪れていた。
「―――――あれ、もうこんな時間か」
「話過ぎですわ。幾らアナタの学校が夏休みでも、大人の私はそうじゃないのですよ?」
「あれ、アンタって働いてたのか?そんな姿をしているから、てっきりフリーターとかだと思ってたよ」
「人を見た目で判断しないでください」
強ち外れではないが、否定はしておく。
「ふ~ん、ならアンタの職業って何さ?」
「…………」
無職、これは違う。
魔女、これも違う。
教師、とんでもない。
逃亡者、職業ですらない。
「私は……何でしょうかね」
「またそれか。何?アンタって記憶喪失とかなの?」
「そんなわけありませんわ。ただ、ただ……わからないだけです」
スノゥ・エルクレイドルというエルフであり魔法使いであり魔女。
だが、今の自分はそのどれかに含まれていながら、そのどれもを口に出来ない。
「一つだけ、わかる事があるとするのならば……」
わかっている事は一つだけ。
どうして自分が此処にいるのかという事だけ。
その事を明確に現すのはたった一つのシンプルな言葉。
「私は――――」
それを認める様に、スノゥは囀る。
言葉を囀り、現実を直視する。



「私は――――負け犬ですわ」



ゆっくりとドアを開ける。
冷房の効いた店内から一歩外に出れば、むわっとする暑さに顔を顰める。
肌に張り付くような暑さに嫌悪感を抱きながら、スノゥは小さく溜息を吐く。またこの蒸し暑い外を歩かなければならないのかと思うと憂鬱になってしまう。今着ている服がそもそも生地が厚いせいもあるだろう。とりあえず、明日になったら別の服に替える事にしようと決めた。今度はゴシックロリータではなくワンピースにしようと決めた。
白いワンピース。
雪の様に、白いワンピースにしよう
「一応、お礼は申し上げますわ。助けていただき、ありがとうございました」
「いいよ、別に。店に近くでぶっ倒れてる相手を捨て置く程、私も人間辞めてないからな」
人妖だしな、とリィナは微笑む。
「またぶっ倒れたくなったら、この位の時間に此処に来いよ。私は大抵毎日此処でバイトしてるからさ」
「バイトもいいですが、学生の本分は勉強ですのよ?」
「先生みたな事を言うなよ……けど、少しだけ考えとくよ」
どうだか、と思いながらスノゥは歩き出す。
その背中に、
「あのさ!!」
リィナの声が振れる。
「私は馬鹿だから良くわからないけどさ……あんまり、自分の事を負け犬とか言わない方が良いんじゃないか?」
スノゥは振り向かない。
お前に何がわかるんだ、と叫びそうになった。
だから振り向かない。
だが、
「…………」
歩く足は止まる。
「あんまり人の事をどうこう言えないけど、私だって周りから見れば負け犬みたいなもんだよ。誰からも必要とされる様な人間じゃないし、【取り換えの効く存在】だと思ってるし、その通りだと思ってるよ――――けどさ、そんな私にもちゃんと心配してくれる人がいた」
「…………」
「自分がどう思っていようとも、自分が思ってるだけが本当じゃないじゃないか?自分が要らない人間だと思っても、誰かが必要としてくれる人間だって思ってくるかもしれないんじゃないか?」
「…………」
「少なくとも、私にはいた。だから、アンタだって誰かいるはずだ。そういう人がいたんじゃないか?」
自分を必要としている相手がいる。
そんな人間はいるのかと聞かれれば、いるのかもしれない。
「―――――ックク」
だが、それは【いたかもしれない】であり、【いたがどうした?】という言葉に繋がる。
「クハハハハハ……」
馬鹿らしい。
実に馬鹿らしい。
「いませんよ、そんな人は」
いない。
誰もいない。
振り向いてもそんな人間はいない。今、スノゥの眼に映るのは今日初めて会った他人だけ。
「私にはそんな人間はいませんわ。そもそも、私は必要としていない―――必要だと思った事もありませんわ」
「そんな事はないはずだ」
「いいえ、そんな事もあるんですのよ、お嬢ちゃん」
スノゥは誰かを必要だと思った事はない。
だが、一時だけ誰かがスノゥを必要としてくれた時はあった。
「誰かが誰かを必要とするのは、誰かが必要なのではなく……誰かを利用する為だけに存在するのですよ……私は誰も必要としませんが、私を必要とする人間は確かにいました―――そして、私はその人間を利用した」
懺悔はしない。
間違った事などしていない。
己自身に恥じる行為など一つも無い。
「だけど、その利用しようとした人間は―――利用しようとした子は、私を必要としなくなった。わかりますか?利用する側と利用される側、この二つが人間関係というものです。ですから、私は誰にも頼らない。誰も私を頼らない―――頼る事すらおこがましい」
良いだろう、開き直ってやる。
自分は自分を必要とする少女を利用した。
利用して元の世界に戻ろうとした。
だが、それは失敗した。
少女は自分を必要としたはずなのに、最終的に自分以外を必要とした。
それを後悔しているのか―――とんでもない。
「アナタはそれでいいでしょうね……でも、私はそうじゃない。そうじゃないんですのよ、お嬢ちゃん」
後悔などしていない。
自分は誰だ―――魔女だ。
スノゥ・エルクレイドルという魔女だ。
神を信じず魔王を信じる、全てを敵に回す存在だ。
「遅いのですよ、何もかも」
「アンタは……それで良いのかよ?」
「良いのですよ、それで。それ以外は要らない。親愛も友愛も愛も好意も何もいらない。私が利用する相手が必要で、私を利用する相手が必要じゃない。そういう関係こそが私の意味あり、全て」
魔女は魔女らしく。
童話にでてくる魔女らしく、最終的に負けるだけの存在として堕ちればいい。だが、ただで堕ちてはやらない。挑むからには勝利だけを狙う。負けなど必要がない。必要なのは自身の幸福だけで、それ以外は邪魔だ。
「だからお嬢ちゃん……今日の私はアナタを利用しただけの他人ですのよ。故に絶対に二度と会おうなどと考えない事ですわ……でないと、次の私は必ずアナタを都合の良い人間として利用し続ける魔女として、現れるでしょうね」
そう言って、歩きだす。
夜は魔女の時間。
魔女の時間に人間はいらない。
いるのは己と利用する阿呆のみ。
会心などしない、心変わりもしない。
初めから終りまで―――魔女として生きて、魔女として死ぬ。

【君は君を誇りに思えば良い。そうすれば、何度だって君はやり直せる。だから、君は何度も何度も失敗していい。何度も何度、十回でも百回でも千回でも万回でも失敗すればいい……そうすれば【死ぬ前までには成功するかもしれない】だろう?】

呪いの言葉は再発する。
病魔の様に蘇り、心と体を蝕み続ける。
それを病魔とも知らず、スノゥは歩き続ける。
何度も何度も失敗し、次こそは成功すると決めて、失敗する。それでも立ち上がり挑み敗北し、失敗する。それでも負けるかと立ち上がり、再度挑戦して這いつくばり、失敗する。
大成も成功もしない。
存在自体が負け続ける、敗北の死者。
それは童話に出てくる魔女そのものだ。
ハッピーエンドの為の噛ませ犬として生み出され、描かれ、書き出され、そして決められた不幸を振りまき、決められた逆転によって滅ぼされ、ハッピーエンドの文字の下に沈められる敗北者。
魔女は踊る。
月夜の熱帯夜に踊る。
終わらない敗北のワルツを踊り、これからも負け続ける。
笑いながら、楽しそうに微笑み、踊り続ける。





翌日の夕方。
スノゥは繁華街の備え付けられた大型ディスプレイを見上げていた。
映し出された夕方のニュースには、この辺りで惨殺事件が起こったという知らせだった。
「…………」
街を歩く者達はそんなニュースになど見向きもせず、今日という一日を普通に過ごしている。誰も足も止めず、互いしか見てない。
此処でそのニュースを見ているのはスノゥただ一人。
白いワンピースを着て、見上げたディスプレイに映し出された映像と人名。
こう記されていた。

私立海淵学園、二年生―――リィナ・フォン・エアハルト

何を想ったのか、何を感じたのか、それを知る者は誰も居ない。
ただじっとそのニュースを見つめ、それが終わればニュースは次のニュースを映し出す。外の世界のニュースは政治家の汚職問題、夏休みのレジャースポットなど。先程まで報道されていた事件などあっさりと忘れる様子に笑いすら込み上げてくる。
笑っている様に―――無表情。
「…………無様」
ディスプレイから眼を反らし、スノゥは歩き出す。
無数の人の波を流す様にゆっくりとたゆたい歩き、静かに呟く。
「本当に無様ですわ」
蒸し暑い日だ、今日も。
「ですが――――」
誰かが死んでも、何も変わらない蒸し暑い日だ。

「アナタは、無様ではないはずだったのでは?」

こうしてスノゥ・エルクレイドルは退場する。
関係のある者に無関係を言い渡し、静かに舞台から降りる。



―――――はず、だった。



「あ、あのッ!!」
声をかけられた。
振り向けば、見た事があるような顔をした少女が一人。
そして、見た事のない海淵学園の制服を着た金髪の少女。
日本人の少女と異人の少女。
「何か御用ですか?」
少女はおずおずとしながらも、意を決した様にスノゥを見据える。
「間違いだったらすみません……アナタにお尋ねしたい事があります」
少女の隣に佇む少女は何も言わず、ただ黙ってスノゥを見る。どうやら用があるのは制服を着た少女ではなく、もう一人少女らしい。
「…………」
自分に尋ねたい事とは何だろうか。
「アナタは昨日……リィナ・フォン・エアハルトさんっていう子と、会ってましたよね?」
その名前に無表情だったスノゥの顔に驚きの表情が張り付く。
「アナタ達は、誰ですの?」
スノゥが尋ねると、二人の少女―――正確に言えば一人の教師と一人の教師は名を名乗った。
「私、新井美羽と言います」
「アリシア・テスタロッサです」
こうして、退場したはずの舞台は続いていた。
長く広い、一つの街を舞台とした事件に、魔女であるエルフは巻き込まれる事のなった。いや、既に巻き込まれていたのだろう。
昨夜、彼女がリィナと出会った事によって。



【フランケンシュタインの怪物】の犯した事件の役者は、こうして出揃った。







次回『複雑な彼女達』





あとがき
歩く負けフラグ製造機こと、魔女さんの再登場です。
やる事成す事、全てが負けフラグに繋がる呪われた魔女さん、今回のお話からびんびん負けフラグが充填されていきます。
さて、殺人事件から始まる物語ですが、当然これはミステリーでも何でもありません。トリックもなければ意外な真実もない。
ましてや、

美羽が名探偵になる事もなければ、迷刑事も出てこない。
そんなわけで次回は美羽、アリシア、スノゥが事件の真相に挑む。
存在する謎の集団の影ッ!!
奴等は何者かッ!?
美羽は事件の真実に辿りつく事が出来るのかッ!?

人形探偵・新井美羽の事件簿

「あの~、犯人、わかっちゃんですけど……」



なんて事にはならないよ?
それでは、また次回にお会いしましょう~


PS
日常の「命を燃やせ」に大爆笑して煙草を足に落して超あっちぃです。


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