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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/27 17:16
人妖隔離都市・海鳴。
人と人妖と妖が住まう隔離された街。
そこでは常に様々な事件が起きている。小さければ、大きくもあるある事件の数々。その多くが人妖と呼ばれた隔離された人々が起こした事件である。しかし、その事件は決して負の連鎖を生む様な悲しい事件ばかりではない。中にはテレビで観る様な少しだけ心が温まる事件も起こるのも必然だろう―――しかし、それでも無意味な事件は何時だって起こるのだ。
時に騒がしく、時におかしく、時に幸福な事件。

季節は夏。

とある少女達が夏休みに突入していた頃、とある場所でも夏休みになった―――なったのだが、その場所には学生服を着た少年少女達が並べられた席についている。
夏休みだというのに、だ。
その場所を私立海淵学園と言う。
海鳴市にある高等学校の内の一つであり、特別学力が高い、就職と進学率が高い、全国で活躍するする部活動がある―――なんて事は一つもない。
むしろその逆で学力は低い。就職率も進学率も低い。風紀は乱れに乱れ、学校という場所に相応しい程に壊れきっている学校だった。
だが、それはあくまで二年前までの話。
現在は学力は普通。進学率は相変わらず低いが就職率は普通になり、風紀の乱れもそこそこに安定している。つまり、海淵学園は普通の高校になろうとしている。
「で、ですから、この式にこれとこれを代入して」
生徒達は揃いの学生服、セーラー服に袖を通し、同じ様な机で同じ様な教科書を開いている―――いや、開いているだけだった。
誰もがやってられるかという顔をしており、唸るような暑さに完全にノックアウトされている。それでも誰も言葉を発せず、この拷問の様な時間がさっさと終わる事を望んでいる。
そんな生徒達の気持を理解しながらも、教壇の子供は―――いや、違う。子供みたいに背が低い少女は頑張って教鞭を振るっている。
少女、というには既に二十を過ぎている彼女の名前は新井美羽という。
一ヶ月前。とある魔女が引き起こした馬鹿騒ぎから一ヶ月後、梅雨の季節に彼女は海淵学園に教育実習生として派遣された大学生である。
神沢市の大学から特例でやってきた教師の卵は夏休み真っ最中の生徒達を相手に夏期講習という名目の補習の講師をやっていた。
教室の隅で黒板の上の方に数式を書こうとして「ん~」と背を伸ばしている姿が微笑ましい。
美羽はその姿のせいか、教育実習初日から人気がある。やはり、全校生徒の前での挨拶で転ぶ、マイクに頭をぶつける、噛む、アタフタする、それでも顔を真っ赤にしながら頑張って自己紹介を済ませた彼女を、全校生徒はまるで子供が頑張っている姿を見ているような感動を味わった―――無論、美羽はそんな生徒達よりも年上なのは事実。
舐められていると言えば言葉は悪いが、実際は似た様な物なのは変わらない。しかし、生徒達は生徒達でそれなりに彼女を教師と認めているのだろう。
認めているからこそ、
「やってられるかぁぁああああああああああああああッ!!」
ちゃぶ台返しの要領で机が宙を舞う。
「ふぇっ!?」
生徒の絶叫に美羽は肩をビクッと振るわせる。それは完全に子供であり小動物そのものだった。
「熱い、だるい、面倒くさいッ!!なんでこんな時にこんな場所で勉強せんとならんのだ!?」
叫んだ生徒。
「か、葛城くん……その、今は一応授業中なので……」
「いや、違う。違うぞ新井教諭!!今は夏休みなのだ。夏休みは遊んだり恋したりバイトしたり恋したり恋したり間違いを犯す大切な時期なのだ……それを、どうして俺達はこんな場所で授業なんぞ受けなければならんのだ!?」
「私に言われても……そ、そもそもですね」
美羽は彼女的には大きな声で、周りからすれば消え入りそうな小さな声で反論する。
「皆さんが期末テストで全員赤点とるから、こうして夏期講習をしてるんですよ?」
「夏期講習と言えば聞こえはいいが、実質は補習ではないか。確かに俺達は馬鹿だ。大馬鹿だ。全教科を赤点という不抜けた結果になったのは素直に詫びよう―――だが、しかし!!何故に俺達がこんなクソ熱い日に勉強なんぞせんといかんのだッ!?」
「だから、赤点とるから、だと思いますけど……」
「赤点がそんなに悪いのか!!」
もちろん、悪いのだが、無駄に叫ぶ暑苦しい生徒に思わず声を詰まらせる美羽。そんな彼女に助け舟を出す様に一人の少女が口を挟む。
「ふん、負け犬が吠えるのは勝手だが、俺達という言葉を使わないでほしいね」
声は前方。
教壇に一番近い席に座っている美羽と変わらぬ――美羽よりも背の低い少女が腕を組んで笑っていた。
「全教科赤点は貴様だけで、私はそうじゃないよ?」
やらたと偉そうで傲慢な喋り方をしているが、その声は実に可愛らしい声。言動と声が一致していない何とも奇妙な少女だった。
「―――そういうお前はどうだったんだよ、リィナ?」
少女の名はリィナ・フォン・エアハルトという。
ドイツからの留学生として一年前に海淵学園にやってきた。ちっこいなりをしているが、これでも早生まれということで歳は十七歳―――ただし、見た目は小学生。
「私は――――二教科以外は赤点を回避している」
「つまり、それ以外は赤点という事だな」
「それがどうした?このクラスの最低ランクの貴様に比べれば十分であろうに……悔しかったら私よりも良い点を取ってみろ!!」
わざわざ机の上に登って偉そうに言うが、
「あの……エアハルトさんの場合、赤点を回避しているといっても、実質は赤点に近いんですけど……」
クラスで二番目の馬鹿という意味である。
「――――待て、待て待て待て、待つのだ美羽ちん」
「美羽ちん言わないで、先生を付けてください」
「わかった美羽ちん先生」
「…………はぁ、もういいです。美羽ちんでいいです」
「そうか、ならば美羽ちん。私は確かに赤点に近いかもしれが、結局は赤点ではない。つまり私は馬鹿ではない」
「とりあえず机の上から降りませんか?」
「人の話を聞け、美羽ちん」
「エアハルトさんに言われたくないです」
このクラスの成績は実を言えば芳しくない。ぶっちゃけマジやべぇだった。学年最下位は当たり前で、問題児が多い学園の中でも更に問題児が多いのがこのクラス、二年C組。
「とりあえず、机から降りてください。そして授業を受けてください」
「ふむ、良いでしょう。私とて無駄な争いは好まんさ」
リィナはこの学園の風紀委員。その証拠に、制服の腕には風紀委員と書かれた椀所がぶら下がっている。
「なにせ、私は風紀委員だからな」
ちなみに、何故彼女が風紀委員をしていのかと言えば、
「このかっちょええ文字の様に、かっちょええ私は真面目な生徒なのさ」
外人特有の「漢字ってカッコよくね?」的な考えからである。もちろん、これは偏見だろう。しかし、この偏見に見事に当てはまるのが彼女。風紀委員を務めて置きながら未だにどういう事をするのかわかっていないリィナであった。
席につくリィナと、納得いかない顔で座る生徒。
「そ、それでは、授業を再開……」
これで安心して授業を再開できる―――と思ったのが間違いだった。
視線を感じ、美羽は足下に視線を向ける。
目があった。
目があったから目が合った。
ギョロリと鋭い眼光の目玉が床にあり、まっすぐに美羽を、美羽の履いているスカートの中を凝視していた。
「……………」
脚を上げ、
「てい……」
目玉を踏みつけた。
「あんぎょらぁぁああぁぁあああああああああッ!?」
その瞬間、教室に絶叫が響き渡る。
「目が、目が、目がぁぁぁああああああああああああッ!!」
顔を抑えながら門絶するのは眼鏡をかけた優等生っぽい風貌をした少年―――覗き魔。
「酷い、酷いですよ美羽ちゃん!?なにもいきなり僕の眼を踏みつけるような事をしなくてもいいじゃないですか!?」
美羽はスカートを押さえながら、覗き魔を睨む。
「佐々木くん、エッチなのは駄目だって何回言えばいいのかな?」
「何回言っても僕は辞めませんぜ?なにせ、僕はこの世の全てを見通す目を持つ者ですから」
「言ってる事はカッコいいと思いますけど、やってる事はただの覗きですから」
「全知全能の眼を持ちながら、全世界の半分を敵に回し、全世界の半分からは称賛される男―――それが僕だ!!」
彼の人妖能力は自分の視界はいたるところに移す事が出来る。そんな能力があれば使う事はたった一つしかないと言わんばかりに、覗きを繰り返す問題児。というよりも犯罪者である。
「犯罪者じゃないよ、僕は。いいか、美羽ちゃん。僕が見るのは可愛い女の子じゃない。綺麗な女性でもない。エロスを感じる人でもない。僕が見るのは――――見た目と年齢が合致していない、アンバランスな人のパンツだけだ!!」
「完全にアウトですよね、それ……」
こんな特殊な性癖のせいか、彼の魔の手、もしくは魔眼に狙われるのは美羽ともう一人。
「おい、この下朗」
何時の間にか再び机の上に立つリィナはまっすぐに覗き魔を見据える。
「貴様、何度私にボコられれば気が済むんだ?なんなら、その眼球を抉り取って焼却炉に捨ててきてやろうか?」
「リィナちゃんにボコられるのは楽しみだけど、目を奪われるのがちょっと困るかな……ならば、勝負だ」
「どういう流れでそうなったの?」
「いいだろう」
「そして、なんで受けるの?」
良くわからないやり取りで何故かバトルモードに入った二人。
「僕の眼にはどんなものですら映り込む……君の動きは完全に見切ったし、君の履いているパンツの色も見切った」
「パンツ如きで欲情するとは、所詮は童貞――――甘の甘甘ッ!!」
「エアハルトさん、一応女の子なので、そういう発言は……」
無論、そんな台詞は彼にスルーされる。
「行くぞ、下朗」
「来い、しましまパンツ」
激突する両者。
慣れているが故に簡単に批難する生徒一同。
そして慣れてないが故に巻き込まれた美羽。

これが教育実習生、新井美羽の日常の一コマである










【人造編・第一話】『川赤子な教師』












某大型ハンバーガーチェーン―――のパチもんな店の店内にて、美羽はグダ~とだれていた。
「あら、随分と疲れてるみたいね」
「はぅ、凄く疲れました」
向かいって座っているのは彼女の高校時代の先輩であるアントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナ、皆はトーニャと呼んでいる。
「お疲れ様」
そう言ってトーニャはオレンジジュースを差し出す。美羽は手ではなく顔を持っていき、ストローで音を立てながらジュースを飲む。
「ず、随分と疲れてるのね、美羽」
「疲れてます……」
あの後、結局まともな授業など続けられるはずもなく、気づけば誰も教室から居なくなっていた。
「明日こそ……明日こそは」
と、意気込んでみたはいいが、明日も同じ事になる気がしてならない。というより、明日は何人が出席するかわからないのが現実だ。
「大変そうね」
「わかってくれます?」
「まぁ、ね……でも、アナタが選んだ道でしょう?なら、死んで頑張りなさい」
「死んだら駄目だと、思いますけど……ところで、トーニャ先輩」
ポテトを豪快に一気食いしているトーニャに美羽は尋ねる。
「何時までこちらに居られるんですか?」
「むぐむぐ……ん、そうね。特に決めては無いけど……長ければ一か月。短ければ一週間と言った所かしら」
此処から遠く離れた場所に、彼女達の住まう神沢市がある。そこからこの海鳴に、外に出るのはかなり厳しい審査があり、それを突破しても枷の様に様々な規則が存在する。例えば、旅行として外に出る事に成功した者がいるとして、その者は旅行のプランを街に提出し、その通りに行動しなければならない。
他には滞在地についた際には旅館、ホテルに向かう前にその場所の警察署に寄り、滞在日数を告げ、許可を得るという事も必要となる。それに加え、時には警察が旅行の際に同行するという事すらある。
そんな様々な決まり事があるというのに、トーニャにはそんな素振りはない。彼女は自由気ままにこの街を、神沢市の外を出歩いている。どのような裏技を使っているのか、それともあの【子供みたいな偉い妖怪】の手を借りているのかはわからない。
わかる事は一つ。
彼女は数年前から神沢市を何も言わずに出て行く事が多くなった。
何をしているのかは聞いても答えてはくれなかった。だが、何があっても必ず神沢市に帰ってくるトーニャを信用しているのも事実。
「刀子先輩なら、何か知ってるのかな?」
「ん、何か言った?」
「いいえ、何でもないです……一週間か一か月、ですか……なんだかあっという間ですね」
「そうかもしれないわね。こうしてアナタと会う機会もあまりないかもしれない」
学生の頃なら、今も学生と言えば学生なのだが、今の美羽は一応は教師なのだ。夏休みなどあって無い様なもので、今日だって補習という事で学校に出向いていた。
「でもまぁ、会える機会があるなら会っていた方がいいでしょうね―――ところで、美羽は先生とは会ってるの?」
先生、といえば一人しかいない。
「はい、加藤先生とはこの街に来た日に一度だけ。その後はあまり会う機会がないので……」
「私も一度会っただけね……ふふ、でもあの人がまさか小学校の先生をしてるなんて想いもしなかったわ」
それは同感だった。
高校の教師としての彼が自分達よりも幼い子供達の先生になっている姿は想像しようとしても想像できない。
「似合わないけど、違和感は無い感じがします」
「教師、先生という点から見ればそうね……私達にとっては、先生と言えるのはあの人だけだから」
「そう、ですね……」
子供の頃から神沢市にいたわけではないが、それでも記憶に残っている教師と言われれば、加藤虎太郎という教師以外にはいない。
それほどの教師かと言われれば、ちょっと首を傾げたくなるが、思い出に嫌でも残る人であった事は確かだろう。
「どう?会いに行ってみる?」
トーニャがそう言うと、美羽は首を横に振る。
「今は……まだ」
「…………そう、アナタがそう言うのなら、それでいいのかもね」
会ったら泣き事を言ってしまいそうだった。こうしてトーニャに泣き事を言うのと、彼に泣き事を言うのは違う気がする。別に他人と割り切っているわけではない。彼には、虎太郎にはこの道を選ぼうとした時に沢山泣き事を言ってしまった。
だから、今だけは自分の力で、自分自身の力だけで、どうにかしなければならない。
無理の無い範囲で、それでも力は抜かずに一生懸命になって、だ。
「それよりも、この後は暇?」
「はい、暇ですけど……」
「だったら、積もる話もあるだろうし……一杯ひっかけにいく?」
オヤジ臭い、とは言わない。
以下に手でコップをグイッとする動作がそれらしいとは言え、オヤジ臭いとは言えない。
「――――美羽、オヤジ臭いとは想ってないでしょうね?」
「ま、まさか……」
相変わらず鋭い。
「お、お付き合いさせていただきます……」
たまには良いだろう。
良く知った仲で語り合う、今と昔。
「なら、行きましょう。奢っちゃうわよ?」
「……ゴチになります」



私立海淵学園には当然の如く校則というモノが存在している。
他の高校と同様な部分も多く、それは当然だろう。その中の一つにこういう記述がある。難しい言葉ではなく、簡単な言葉で一つ。
バイト禁止、という一文。
別に働く事は悪い事ではないし、社会勉強にもなる。そして、これがあくまで建前であり、この校則を知っている者など殆ど居ないのも事実。
バイト禁止であろうとなかろうと、高校生にもなれば色々と金は必要であり、親からの小遣いだけで凌ぐにはキツイお年頃だろう。
故に夏休みといえば、遊ぶ以外にも小遣いの稼ぎ時という半面も見えるわけだ。
だが、しかし、
「……………」
それでも一応は学生である。
学生らしいバイトというものはどういうものかはわからないが、それでも世間一般的な学生らしいものと、そうでないものがあるのは事実だ。
「……………」
とりあえず、美羽の目の前にある光景はとてもじゃないが学生らしいバイトではないだろう。
「あら、どうしたの美羽?」
トーニャと美羽が入った店は居酒屋ではなく路地裏にひっそりとある古びたバーだった。外からの外見からかなり渋い感じがした。美羽はこの店の事は知らなかったが、トーニャが何故かこの店にしようと言ったので賛同した、のだが、
重苦しい扉を開け、絶句した。
「おかえりなさいませ、ご主人様ッ!!」
出迎えたのはメイドだった。
メイド服を着たメイドだった。
何故か頭に犬耳をつけたメイド、犬メイド(ちょっと卑猥な表現)だった。
そして何より、
「――――――ゲッ!?」
という声をあげた犬メイド。
「あの……何してるんですか、エアハルトさん?」
美羽の目の前にいたのは、犬耳をつけてメイド服を着た海淵学園風紀委員、リィナ・フォン・エアハルト、その人であった。
ギギギ、と錆びた扉みたいな音を立てながら、リィナは美羽から視線を反らし、トーニャを見る。
「な、なん、で……」
呆然と尋ねるリィナにトーニャはニヤリという擬音が付きそうな嫌な笑顔を作る。
「どうしたのかしら?私はただ、知り合いの後輩と一緒に店に見たお客よ」
「いや、そうじゃなくて……」
「ほらほら、さっさと席に案内しなさい」
「そうでも、なくて……」
何となく想像できた。
恐らく、リィナとトーニャは顔見知りだ。そして、リィナはこの仕事の事を誰にも知らせずにいた。そして客であるトーニャにどういう経緯かはわからないが自分の事を話したのだろう。
そして、その結果がこれだ。
「なんで、美羽ちんとトーニャさんが?」
「あら、知り合いだったの?へぇ、知らなかったなぁ~」
わざとらしさ大爆発。
「えっと、エアハルトさん……これは、その……」
どう言ったらいいかわからない。
此処はとりあえず学生らしいバイトじゃないからメッです、とか言った方がいいのか。それともその格好似合ってるのね、と言うべきなのか。
いや、違う。
今、この時、この場所で言うべき言葉は唯一つ。
「ご、ご愁傷様です」
だろう。
このトーニャという色モノに目を付けられ、その後輩である自分、そしてその生徒である彼女が運良く―――いや、運悪く交わった結果として、この言葉が相応しいだろう。


「―――――この事、誰にも言わないでくださいね……」
魂が抜けきった顔で哀願するという何とも巧妙なテクを駆使して、リィナは言う。
「え、えっとですね……」
「お願いします。バレたら、バレたら……死ぬ、死んじゃいますから!!」
土下座しそうな勢いで言われて、嫌だとは言えない美羽。とりあえず、わかったと無言で頷き、席に着く。
隣に黒い尻尾を生やした悪魔を座らせながら。
「偶然って怖いわねぇ。こういう偶然が普通にあるなんて―――トーニャびっくり」
「どう考えても確信犯ですよねッ!?」
「おほほほ、何を言ってるのやら。それよりも早く注文取りなさい。とりあずウォッカで。美羽はどうする?」
メニューを見る。
生ビールはわかるが、それ以外はどういう酒かわからない名称が多い。多分カクテルだと思うが、あまり度数の強い酒は飲めない。
「お勧めはウォッカね」
「それはトーニャ先輩だけです」
「それじゃ、ウォッカのウォッカ割とかもお勧めね」
「だから、私飲めませんよ」
悩む美羽にリィナが助け舟を出す。
「とりあえず、度数の強くない、甘いカクテルが良いのならコレと、コレ」
お通しのナッツを差し出しながら、メニューのカクテルを指さす。
「それじゃ、コレで」
「はい、了解です」
そう言って立ち去ろうとするリィナ―――の、肩をガシリと掴むトーニャ。顔には先程から変わらぬ悪魔の顔。
「な、なんでそしょうか?」
「ねぇ、リィナ。どうもさっきから変だなぁって想ってたんだけど……どうして何時もの様にしないのかしら?」
リィナの顔が真っ赤になる。
「な、なななな、何の事で、しょうか」
トーニャは後ろを指さす。そこにはリィナと同じ恰好した犬メイドが、
「かしこまりましたご主人様。それでは、少々お待ちくださいだワンッ」
と、言っていた。
「…………」
リィナは言葉にならない声で言っている。
アレを、アレをやれというのか。
知らない客ならいざ知らず、目の前には自分の学校での姿を知っている教育実習生がいるのだ。その目の前であんな事を口走れと言っているのか、この悪魔は。
「ほら、何時もみたいに―――ワンワンって言いながら、ね?」
心の中で、あぁ、この人は全然変わらないなぁと感想を漏らし、この人から逃げる事はきっとリィナには出来ないだろうと確信して可愛そうになる美羽。
「ほら、ワンワン、ワンワン……さぁ、勇気を振り絞って……」
「う、うぅ……」
顔を真っ赤にして、震えながら口を開くリィナ。だが、口は想っていた以上に固く、中々言葉を出す事が出来ない。
「ううううう……」
さて、ここまでだろう。
美羽は小さく溜息を吐き、
「トーニャ先輩。あまり私の生徒を苛めないでください」
「そう、ならもういいわ」
あっさりと引き下がるトーニャ。
「え、あ、あの……」
「エアハルトさん、ごめんなさい。この人、悪い人じゃないんです……ただ、ちょっと性格がねじ曲がってるだけなんで」
「美羽、全然フォローになってないわ」
「フォローする気もないですから」
「っく、しばらく見ない間に後輩が強くなった嬉しいやら悲しいやら……というよりもムカつく?」
「トーニャ先輩は全然成長していないですね―――――胸とか」
「お~し、外でろ外。ちょっと先輩後輩関係をそのちっこい身体に叩きこんでやるわッ!!」
そんなトーニャを無視して、美羽とリィナは会話を進める。
「……言わない?」
「うん、言わないよ。エアハルトさんが嫌なら言わない。約束するよ」
「…………」
「それにさ、その格好。凄く可愛いよ。何時ものエアハルトさんはカッコいいけど、今のエアハルトさんは可愛いよ」
「…………うぅ」
リィナの瞳にブワッと涙が溢れる。
「うぅぅぅ………うわぁぁぁあああああああああああああああんッ」
突然泣きだすリィナに美羽は慌てる。
「え、エアハルトさん?」
リィナは床に手をつき、
「ごめんなさいッ!!今まで、不真面目でごめんなさいッ!!これから、この瞬間から心を入れ替えます。入れ替えて真面目に勉強します。もう赤点とりません喧嘩もしません美羽ちんの事を新井先生って呼びますッ!!」
日本伝統芸能、土下座を繰り出すドイツ人。
「そこまでしなくても……」
「いえ、もう決めました!!私、今日から真面目になります。心の中で新井先生の事を「っは、この胸無しに教師なんて務まるのかよ?」とか想いません!!」
「胸は関係ないと思うよ!?」
まさかの評価にちょっぴり心をズタズタにされた。
それはさておき、
「先生……私、先生と出会えて幸福です」
リィナは美羽に抱きつきながら泣いている。
そんな感動的な光景を目にして、周りからは何故か拍手が巻き起こる。
「―――――ふふ、美羽も立派な教師ね。もう、私が教える事は何も無いわ」
カウンターに肘をついて、ハードボイルドにグラスを傾けるトーニャ。
「いや、トーニャ先輩にそれを言われたら色々と台無しな気がします」
「そんな謙遜しなくても」
「いえ、ですから」
「マスター、この子の―――いえ、この新たな教師の誕生に相応しい酒を」
「人の話を聞きやがれ」
なんかわからんが、感動的になった気がするのは――――絶対に間違いだろう。

閑話休題

時間も進み、アルコールも程良く頭に周り、盛り上がりを見せる。美羽は静かにカクテルを飲み、トーニャは店に置いてある狸の置き物に何やら青年の主張みたいな事を言っていた。
「先生、おかわりは?」
カウンターの向こうでリィナがグラスを拭きながら尋ねる。普段から美羽ちんと呼ばれている為に急に先生と呼ばれるのはなんだかむず痒い感じがしたが、嫌ではない。
「私はもういいよ」
「本当に?なんなら一杯くらいならサービスするよ」
「本当に大丈夫だよ。私、あんまりお酒強くないから」
「そっか……本当なら私も飲みたいんだけど―――駄目ですよね」
「もちろん。先生の前でお酒は駄目」
だよね、と笑う。
「それにしても、どうして此処でアルバイトしての?」
「あ……もしかして、やっぱり拙いかな」
拙いと言えば拙い分類に入るだろう。バイト先を選ぶのは個人の自由だが、学生である限りはそれなりの領分というものがある。この店は雰囲気も良いし、怖い方々が沢山来るという感じでもない。だが、それを知らなければバーで働く学生というものに眉を顰める者だっているはずだろう。
「…………学校にバレなければ良いと思うよ」
美羽は言う。
「エアハルトさんが此処で働きたいのなら、私はそれで良いと思うな。あんまりお勧めは出来ないし、教師―――の卵としても本当ならいけないって言わなくちゃいけないと思うけどね」
「いいの?」
「うん、いいよ。ここで見た事は私の中だけの事にしておくよ。トーニャ先輩だってそう簡単に周りに言いふらす事はしないだろうし、言いふらすとしてもきっと人を選んでるはずだから……あはは、こう言うと私が良い人みたいだって自慢しているみたいだね」
「そんな事ないよ。先生は良い人、良い先生だと思う。学校のみんなだって先生の事を美羽ちゃんとか言ってるけど、ちゃんと先生として見てると思うよ。そうじゃなければ、今日の補習だってあんなに人は集まらなかったはずだしね」
生徒の言葉に思わず目頭が熱くなる。
本当に自分は教師としてやっていけるのか不安だった。生徒達はそれぞれが灰汁が強すぎて個性的な生徒ばかりだった。授業中に騒ぐし、休み時間に色々な騒ぎを起こすし、時々学校の外からの苦情だってくる。
「私達は確かに周りから見れば……駄目な生徒だよ」
「そんな事は……」
「ううん、そんな事はあるよ。私は留学生だから良くわからなかったけど、他のみんなはそうだった。先生は私達の学校の噂、知ってるよね?」
知っている。
【低俗な学校】と呼ばれる海淵学園。
数年前、正確に言えば二年前まではこの辺りではろくでなしが集まる巣窟だった。そんな学校に来る者達は皆が優秀とはかけ離れたろくでなしばかりだった。
それを変えたのは一人の生徒。
別に人の心を動かしたとか、学校を改革したとか、そんな綺麗な事は起きなかった。
「あの人が、あの生徒会長がいたから海淵学園は少しだけ変わった。多分、根っこの部分はちっとも変わってないかもしれないけど、昔よりはずっとましになった」
「…………」
「それでも周りから見れば奇異の目で見られる。だってそうでしょう?私達の学校では【全生徒が人妖能力を自由に使える】。けど、それは他から見れば規則も校則も関係なしのやりたい放題っていう風に見えるよね」
確かにそうだ。
人妖能力。
人妖病になった者が手に入れた異能は小さい大きいを関係なしに異端だ。そんな能力を自由に使ってしまえば問題なんて湯水のように溢れだし、大きな問題となる。
神沢学園だってそうだ。
生徒の身を守る為でもあり、生徒を外から守る為の規則。
それを海淵学園は行使していない。
もちろん、昔はそうだった。
二年前はそういう校則が形だけはあったが、誰も守りはしない。守ろうと心に決める者が誰もいなかったからだ。
「私は一年の時にこっちに来たから知らないけど、昔は本当に酷かったみたい。何度も何度も廃校の危機っていうのに見舞われて、それでも何とか残っていたのはろくでなしな人達を一か所に集める為……まぁ、監獄みたいな感じだったのかな」
生徒の口から語られるものは、全てが真実。
現に美羽とて海淵学園に行く事が決まった時に大学の講師にそう言われたのを覚えている。
だから最初は怖かった。
神沢学園だけしか知らない美羽にとって、最初からそんなうわさが流れている様な場所に行く事は、恐怖の対象以外の何物でもない。
「ねぇ、先生はどうしてこんな所に来ようと思ったの?まさか、熱血教師みたいに学校を変えてやりたい、なんて想ってたとか」
それこそ、まさかだ。
美羽は静かに首を横に振る。
「どうしてかって言われたら、正直今でもわからない。何処でも良かったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない……でもね、わかる事は一つだけ。どんな場所、どんな学校にも色々な人がいる。良い人も、悪い人もいて、そのどちらも持っている人もいる」
能力は関係がない。
人妖であるとか、人間であるとかも関係がない。
「学校ってさ、凄く素敵な場所だから……どんな人でも入った時と出た時では人間性が変わっている。良い方向にも悪い方向にもね」
「先生もそうだったの?」
「うん、そうだよ。私ね、昔はすっごく恥ずかしがり屋でね、人前で巧く話す事が出来なかったの」
ぬいぐるみが自分の口の代わりになっていた。
ぬいぐるみが言葉の代弁をして、ぬいぐるみを盾にして人と接してきた。
「そんな自分が嫌だった。でも、変われるとは思ってもなかった。一生このままかもしれないって思うと怖かったけど、それもしょうがないって諦めてた―――だけど、そんな私でもいつの間にか変わってた」
あのぬいぐるみは、今は実家に置いて来た。
何故か。
簡単だ。
「伝えたい想いは口で伝えたい。伝えたい人には目を見て、真っ直ぐに言葉を向けてあげたい。そうじゃないと伝わらない想いがあるってわかったし、伝わった時には凄くうれしかった……」
「…………そっか、先生も頑張ったんだね」
「まだ頑張ってる最中だよ。今でも授業している時は緊張するし、誰かと話す時は緊張する。でも、全部は自分の中にある言葉を相手に伝える為に、自分の口から直接相手に向けようと思った。そうじゃないと、みんなにも失礼だからね」
美羽はリィナを見る。
「ねぇ、エアハルトさん。これは私の本当の気持ち。嘘偽りない、新井美羽のホントの想いだから……聞いてくれる?」
リィナは頷く。
「私は――――海淵学園に来れてよかったと思ってるよ」
教師として来れて、人間として来れて、後悔なんてない。
「みんなはちょっとやんちゃだけど、心は優しい良い子ばっかりだし、私みたいな教師の卵をちゃんと先生として接してくれる。最初は馬鹿にされてるかもって思ったけど、そうじゃないってわかった」
だから、と美羽はリィナの手を掴む。
「自分でろくでなし、とか言わないでほしいな。たった二ヶ月だけど、私にとっては初めての生徒のみんなが自分をそんな風に思ってるなんて、悲しいから」
教師として生徒に何かを教える事はなかったが、教師として生徒に教えられた事は沢山あった。
無駄な時間は一つもなく、後悔するべき事も一つもない。
そう言った美羽を見て、狸の置き物に説教したフリをしていたトーニャは安堵を息を漏らす。
美羽に教師なんて不安以外の何物でもなかったが、どうやらそれは自分の考え過ぎ、心配し過ぎだったのかもしれない。
変われるから。
どんな状況でどんな境遇であろうと人は変われる。
恥ずかしがり屋の女の子は立派な大人になろうとしている。
「成長した……か」
素直に感心して、少しだけ寂しい。
後輩は何時の間にか大きく成長しているのが誇らしく感じる半面、もう世話を焼く必要がないと知る。
リィナと語り合う美羽を見て、トーニャは手元に置いてあるグラスを一気に飲み干す。
喉がカッとなる熱さを感じながら、
「―――――大きくなったわね」
祝福を紡ぐ。







白い部屋の中だった。
大切な人が泣いている。
どうして泣いているのかわからなかった。今日は大切な日になるはずなのに、きっと誰もが笑って祝福する日だというのに、その場所に笑顔の一つもありはしない。あるのは悲しみだけ。
大切な人が泣いている。
大切な―――母が泣いている。
どうして泣いているのかわからないが、どうしていいのかわからない事のほうが辛い。
元気をだしてと言えばいいのか。
何も言わずに笑いかければいいのか。
それとも自分も一緒に泣いてあげればいいのか。
自分は考えて、何も出来なくて、悲しくて―――気づけば、泣いていた。
母は泣いている。
連れ添った父は何も言わずに母を抱きしめる。
自分は、母に歩み寄り手を握る。
母は涙を流しながら私を抱きしめた。
温かいのに、頬に伝う涙は温かいのに、何もかもが冷たく虚しい。
「………ごめんね」
どうして謝るのだろう。
「ごめんね……ごめんね」
誰も悪くないはずなのに、母は謝る。それが堪らなく悲しくかった。だから自分は精一杯の笑顔を作り、大丈夫だと言った。
誰もが泣いていた。
自分も、母も、父も―――誰もが泣いて、誰もが絶望して、何時しか過去となる一日だった。
幸福な日は訪れず、心に傷を付けるだけの日になった。
「ごめん、ね……」



この日、新しい家族が――――生れなかった



「――――――――うわぁ、最悪」
最悪の目覚めだ。
こんな最悪の目覚めは本当に久しぶりだ。
寝汗がびっしょりな上に頭がガンガンと痛い。これは昨日の晩に友人と飲酒したのが原因だろう。やはり、こんな歳で飲酒は駄目だ。元々あまり美味しいと感じないし、ノリと勢いで飲むものではないと確信した。
「お酒は二十歳になってから、だね」
ベッドからのろのろと起き上がり、シャワーを浴びて朝食を作る。あの夢のせいかとてもじゃないがガッツリな朝食なんて食べてやれない。胃にも自分にも優しく、夏らしく今日は素麵にする。
サッとゆでた素麺を麺つゆにつけて一気に啜りあげる。
食事をしていると足下に飼い猫が寄ってきて、自分にも飯を寄こせとせがんでいる。
「ちょっと待っててね」
朝食を一度止め、台所にあるキャットフードの袋開けて飼い猫用のお椀に盛る。飼い猫は食事を差し出されると一気にかぶりつく。
「こらこら、ちゃんと味わって食べないとお腹壊すよ」
飼い猫の背中を撫でながら言うが、飼い猫はちっともこっちの言う事を聞きはしない。普段は物分りの良い子なのだが、どうして食事をする時はこんなにも唯我独尊なのだろうと疑問に思う。
「まぁ、猫だからね」
と、自分に言い聞かせる。
飼い猫と自分の食事を終わらせ、学校の制服に着替える。
今日は夏期講習――ではなく補習だ。昨日の補習はちょっと用事があって出る事ができなかったが、今日はきちんと出る事にした。友人達も今日は面倒だが出ると言っていたので、それで自分が出ないのはまずいだろう。
鏡に映った自分の姿を確認し、何処にも問題はない。
大きなスポーツ用のドラムバックを持ち部屋を出る。自分の部屋の隣にある母親の部屋を軽くノックして、
「母さん、学校に行ってくるね」
そう言うと、中から
「車に気を付けるのよ」
と、高校生の娘にいう台詞か疑問に思う言葉が帰って来た。少女は苦笑しながらもう一度、行ってきます、と言って階段を下りる。
飼い猫が玄関で少女を出迎える。
「リニス、行ってくるね」
飼い猫、リニスは小さく鳴いて少女の肩にピョンッと飛び乗る。
どうやら飼い主の事情など知った事ではない、それよりも自分と遊べと言っているらしい。
「遊ぶのは帰った後でね?」
リニスを肩から下ろし、少女は玄関を出る。
玄関を出ると庭先に犬小屋があり、そこには珍しい赤毛の犬が眠っていた。
少女は犬を起こさない様に小さな声で、
「行ってくるね、アルフ」
飼い犬、アルフは少女の声には反応を示さず、眠り続ける。
自分にあまり懐いていない飼い犬に少しだけ不満を覚えながら、少女は家を後にする。
今日は暑い。
夏も始まったばかりだというのに、太陽は先月よりも数倍強く輝いている。蝉達もミンミンとオーケストラを奏で、それに混じって子供達が暑いというのに元気に走り回っている。
「はぁ、子供に戻りたい」
羨ましい、あの中に混じりたい、そんな考えを抱きながら少女は走る。
時間はギリギリでもないが、昨日出れなかったので遅刻はしない様にしたい。
走って数分後、何時も学校に行く前に寄っているコンビニの前で見知った顔を見つけた。
少女よりも少しだけ背の低い蒼髪の少女。少女と同じ制服を着ているところを見ると、同じ学校の生徒だという事がわかる。
そんな蒼髪の少女は学校指定の鞄の他にコンビニで買ったであろう大量のアイス(ガリガリする奴)が入った袋を持っていた。
「昴、おはようッ!!」
ソーダ味のアイスを咥えている蒼髪の少女、中島昴は少女を見て手を振る。
「おはよう、アリシア。今日も暑いね」
「そうだね。あ、一本貰える?」
「いいよ。当たったら棒は回収するから悪しからず」
昴からアイスを受け取り、口にする。口の中に氷菓の冷たさと甘みが広がる。暑い日にはこういうアイスが何よりも救いになる。
「ねぇ、昴。前から聞こうと思ってたんだけど、朝からこんなに食べて太らないの?これはカロリーが低そうだけど、普段はソフトクリームとかじゃない」
「食べた分動いてるからね。むしろこんなんじゃ全然足りない感じかな……甘い物が別腹にもならないのが辛いね」
「昴の胃袋はどこまで大きいの?」
「運動すれば良いんだよ、運動すれば」
運動するだけで体重が減ればどれだけいいか、と少女は心の中で嘆く。あまり太らない体質であるが、それでも太った場合は中々体重が元に戻ってくれない。前に昴の言う様に運動してみたはいいが、体重が落ちずに筋肉が付いてしまったという経歴がある。
「私からすればそっちの方が羨ましいよ。筋肉の突きやすい体質ってのはかなり魅力的かな」
「ボディービルの選手になるのは嫌だよ、私は」
「同感だね~」
アイスを食べながら学校に向かっている最中、背後から大きなエンジン音が響いた。聞き覚えのある音に振り向くと、そこには真っ赤なスポーツバイクに乗った制服を着た少女がいた。
「あ、ティア。おはよう」
バイクはゆっくりと二人の隣に止まり、少女はヘルメットを縫いでバイクから降りる。
「おはよう……アンタ等、朝からアイスって……太るわよ」
彼女の名前はティアナ・ランスター。
フルフェイスのヘルメットの中に隠された長いオレンジ色の髪を手櫛で梳かしながら、朝からアイスを食べている二人を呆れた目で見る。
「まぁまぁ、そう言わずにティアも一本」
昴は袋からアイスを取り出して差し出すが、ティアナはいらないと首を振る。
「いらないの?もったいない」
「そんなもんよりも、今はスポーツ飲料が欲しいわ。こんな季節にバイクとかマジで死ねるわ」
「だったらフルフェイスをやめればいいと思うよ、ティアナ」
少女の指摘はもっともだが、少女は渋い顔をするだけ。
「そうしたいのは山々だけど、顔隠さないと面倒なのよね、私の場合」
「まぁ、うちの学校ってバイク通学禁止だからね―――なら、乗って来なければいいのに」
「遠いのよ、私の家は。バスとか人が多いから嫌だし、歩くのも遠い。なら、必然的にバイク通学になるよ。一応、【会長】には話を通してるから問題ない」
「生徒会長が通学にOK出すのっていいのかな?そこら辺、どう思うのか聞いていいかな、昴?」
「ノーコメントで」
ティアナはバイクを近くの駐車場に留め、三人出歩きだす。
「にしても、何で補習なんて受けなくちゃ駄目なのかしら?」
ティアナは面倒な顔をして腕を組む。
「いいじゃん、とうせ暇だし。私は部活あるから暇じゃないけど、ティアとアリシアは暇でしょう?」
「というよりも、私達も赤点取ったから補習は受けなくちゃ駄目だよね」
そう言って少女、アリシア・テスタロッサは苦笑する。
アリシア・テスタロッサ、中島昴、ティアナ・ランスターは私立海淵学園の二年生、三人とも同じC組である。
彼女達がこうして夏休みの朝早くから学校に向かっているのは補習の為だ。
「赤点取ったのはアリシアと昴だけ。私は違うわよ」
「え?ティアも赤点じゃなかったっけ?」
「そうだよ、ティアナも赤点だったよ。確か、一教科だけ白紙で出して先生にこっぴどく怒られてたよね?」
「えぇ、怒られたわね」
まるで反省の色はない―――というより、何故かは頬を赤らめてる。
「あぁ、兄さんに怒られた……最高の時間だったわ」
これが夏の暑さのせいだと思いたい二人だが、残念ながら違うと知っている。
「また始まった。ティアのブラコン病」
「正に不治の病だね」
「あの時の兄さん、カッコよかったなぁ……うふふ、私だけ、私だけをしっかりと怒ってくれる兄さん……」
「まさか、ティーダ先生に怒られる為だけにテスト白紙で出すとか――もう、ティアナは色々な意味で駄目だよね、昴」
「前から知ってた分、慣れはしたけど……」
友人二人の呆れ顔など知った事じゃないという顔で悶えるティアナ。
そう、彼女はブラコンだ。それも重度のブラコンだ。
「ティーダ先生も可哀想だよね。妹がまさかそんな不純な動機で自分の教科を白紙で出だすなんてさ」
「本人に悪気はないんだよね……うん、悪気はないけど不純なんだよ」
見た目はマトモ、中味は変態。
それがこの少女、ティアナ・ランスターである。
「普通にしてれば優等生なんだけど、どうしてお兄さんが絡むとこう……馬鹿になるのかな?」
「ティアは頭が良いだけで馬鹿だからね。性根が腐ってる馬鹿だから」
「ちょっとアンタ等、さっきから人の頃を馬鹿馬鹿言い過ぎよ」
「馬鹿じゃん。ティアは兄馬鹿じゃん」
「いやん、兄馬鹿だなんて……誉めても何もでないわよ?」
重傷だな、と二人は心の中で確信した。
「うふふふ、家でも一緒。そして学校でも一緒。しかも季節は夏。夏といえば間違いが起こる季節……夏の蒸し暑い教室で兄さんと私が手と手を取りあう個人授業」
「あれ?なんか何時の間にか二人だけの補習になってない?」
「駄目だよ、アリシア。ティアの頭の中じゃ私達の存在が完全に消えてるから」
「兄さんと二人だけ……間違いが起きちゃうかもしれない……いや、起こるのよ。間違いが起きて、めぐりめく一夏の思い出という名の季節事実が生まれて――――やっふぅぅうううううううううううううううううッ!!」
鼻血を出しながら悶える彼女は、誰の眼から見ても変態だった。
「アリシア。どうして私達ってティアの友達やってるのかな?」
「多分、放っておいたら捕まるからじゃない?」
「一度捕まった方が世間の為というか、ティアの為というか……むしろ、突き出そっか?交番、すぐそこだし」
「ちょっと良い考えに思えて来たなぁ――――あ、でもさ」
アリシアが思い出した様に言う。
「私達の補習って全部美羽ちゃんがやるんじゃなかったけ?」
ティアナが停止する。
「そうだよ。ティーダ先生は他のクラスの担任だから、私達のクラスは必然的に美羽ちゃんがやるって事になってるから。ティーダ先生の科目はプリントだけだよ」
「…………」
踵を返して来た道を戻るティアナ。その腕をがっしりと掴む昴。
「何処行くの、ティア?」
「帰る」
「駄目だよ。補習はちゃんと受けないと」
「兄さんのいない補習なんて受ける価値もないわ」
「価値はないかもしれないけど、受けなくちゃ駄目だから、ね?」
「いぁぁぁぁやぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁッ!!帰るぅぅぅううううううううッ!!帰るのぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」
泣き喚くティアナをがっしりと捕まえたまま、昴は学校に歩き出す。
その間、無駄に喧しいティアナに手刀を食らわし、黙らせる。
「やっぱり、夏は頭に色々と湧く人が多いね」
「ティアナは別存在だと思うよ。年中お兄さんに盛ってるから」



教室には沢山の生徒がいた。
補習で沢山いるというのは、恐らく駄目なのだが夏休み中に皆と会えるのは少しだけ楽しいものだと感じる。
席に付き、補修が始まるのを待つ。
外は暑い。
教室も暑い。
当然だ、夏なのだ。
楽しい夏で、嬉しい夏で、思い出が沢山できると希望を持つ夏。
教室のドアが開き、美羽が姿を現す。
良い事でもあったのか、普段よりも少しウキウキしている様にも見える。
「それじゃ、補習を始めま―――あれ?」
その顔は不意に止まる。
美羽の視線の先あるのは空席が一つ。
教壇の一番近くにある席、いつもならリィナ・フォン・エアハルトが座っているであろう席。だが、その席は今は空席となっていた。
「あの、エアハルトさんは……」
誰も答えない。
知らないからだ。
「遅刻、でしょうか?」
誰も答えない。
知らないからだ。
美羽はしばらく考え、補習を始めると宣言する。
アリシアも特に疑問には思わない。とうせ、サボっているか遅れてくるかのどちらかだろう。
昴も特に疑問に思わない。とりあえず、アイスを食べ過ぎたせいで腹痛に耐える事に頑張ろうと心に決めた。
ティアナも特に疑問の思わない。とりあえず、兄のいない補習に興味がないのかそうそうと不貞寝に入ろうとしている。
誰も応えず、誰も疑問に思わない。
「それじゃ、まずは昨日のおさらいからですが――――」




同時刻。
海鳴の繁華街の路地裏。
普段は人気の無い場所には、沢山の人でごった返していた。そのほとんどが同じ制服を身に付けた者達。学生ではなく、そういう仕事を生業としている者達―――警官とも言う。
野次馬を下がらせ、彼等は何とも言えない顔で一か所を凝視する。
「…………」
言葉を発せず、ただ黙りこむ。
一人の警官の瞳に映り込むのは虚ろな瞳。
意思の無い瞳。
意思を失った瞳。
動かない瞳。
「…………酷いもんだ」
薄暗い路地裏には夏の暑さを感じる事は出来ても、その暑さを奪い去る程の冷たさが充満している。
その中心にいるのは一人の少女の姿。

赤い地面。

真っ赤に染まった血の海の中心に細い人形の様な手足が地面に【打ちつけられている】。
手足の無い胴体を鋭利な刃物で切り刻まれ、【中身】が漏れ出していた。
首は無い。
顔は無い。
それは地面ではなく壁に。
髪の毛を太い釘の様な物に巻き付け、その釘を壁に突き刺さしている。
その先にぶら下がったのは、少女の顔。
手足をバラバラにされ、身体をズタズタにされ、首を切り落とし見世物にされた少女の姿。
その近くに学生所が堕ちている。
私立海淵学園の生徒手帳。
そこには少女の名前が記されていた。

リィナ・フォン・エアハルト

季節は夏。
楽しい夏で、嬉しい夏で、思い出が沢山できると希望を持つ夏。
その夏の最中、一人の少女が【死んだ】。
海鳴の街で、人が死んだ。
そして始まる。




【フランケンシュタインの怪物】と呼ばれた、何かの物語が―――





次回『負け犬な魔女』





あとがき
教育実習生編、改め【高校編】の開始です。
最初の予定と大きくかけ離れた内容になってしまった高校編ですが、まぁ、何時もの事なので気にしない方向で。
予定では四話くらいで終わる話が長引いてしまいそうです。
主要人物は美羽、アリシア、リィナ、そして歩く負けフラグの四人です。
いつも通りの予定調和な高校編ですが、なんとか頑張って弾丸執事編までいければいいと想います。



PS
あやかしびと、クロノベルト、エヴォリミットのドラマCDを買おうか迷ってます。というか、こんな所に売ってたんですね……




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