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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/14 20:50
さぁ、戦争を始めよう




鬼の一撃が人形を粉砕する。
粉砕された人形を足蹴にして新たな人形が襲いかかる。
人形は鬼に手を伸ばす。
鬼は人形の手を払い、掌打にて応える。
一対多の攻防は、一方的な殲滅戦へと変わっていた。
スノゥ・エルクレイドルの描いた脚本は未来はこんな事にはなかった。そもそも、月村すずかを殺すという脚本自体が適当に、そして片手間で作り上げた穴だらけの脚本だったのだ。それに完全性を求めてはいない。完全でなくとも事足りるだろうと本気で思っていた。
しかし、それがあまりにも小さな怠慢だと知る事になった。

鬼がいた。

一対多というあまりにもスノゥに有利な展開、戦場、舞台、盤面だというに、一匹の鬼の力は一対多という盤面をあっさりと覆した。
足手まといは数には入らない。
守りながら戦うのは辛くはない。
何故ならば、こんな相手を数に入れるのも、辛いと思うのも、ましてや負けるなどと思う事自体が馬鹿らしい。
「―――シャッ!!」
鬼の掌打が人形の頭を砕き、その隙に背後から襲いかかろうとした別の人形に肘を撃ち込み、胴体を砕く。
「っふん、足りんな」
人形では駄目だ、ならゴーレムなら。
しかし、ゴーレムを出した所で結果は変わらない。
砕けないだろう。
壊せないだろう。
だが、砕く必要も壊す必要もない。
鬼の、九鬼の掌打とは、
「固ければ、偉いというわけではあるまいッ!!」
身体を回転。
掌打ではなくて蹴り。
回し蹴りでゴーレムの胸元にある宝石へ。
掌打の方が【波】は相手に伝わりやすいだろう。この手、この技は岩の様に堅い身体をした人妖を相手にでき、この技の元となった武術は人外の存在と戦う為に生み出された武術。
ならば、この程度の敵。
「―――ハッ!!」
掌打ではなく、蹴りだとしても、

衝撃の波を伝える事など、苦にもならない。

「まぁ、威力は落ちるがな……だが、脆いんだよ」
九鬼の蹴りは宝石を砕き、ゴーレムの身体はあっさりと壊れる。
「まったく、そこが弱点ですと自分から言っている様な使用だな……なんだ、ここはそういうボーナスステージか?」
肩をすくめながら、隻眼にてスノゥを見据える。
「悪いが、こんなに生ぬるいステージなら最高得点なんぞ余裕で出せるだろうな……それとも何か?まさか、この程度でハードステージだと言う気じゃないだろうな?」
意地の悪い笑みに、スノゥは歯を食いしばる。
その通りだ、その通りだとも。
人間相手にはこの程度で十分だと思っていた。いや、それ以前にこれが自身の【最高戦力】なのだ。
それを、こんなにあっさりと撃破されるとは思ってみなかった。
これが人間か。
いや、これは人間なのか。
「アナタは……人間、なのですか」
「人間さ。どこからどう見ても人間だ。人間以外の何に見える?」
「とてもじゃありませんが、人間には見えませんわ。アナタが人間の基準だというのなら、人間の軍だけで神はあっさりとアナタ方に殺されますよ」
「誉めてるのか貶しているのかは知らんから、礼は言わないでおこう――――それよりも、誰か俺に説明してくれる奴はいるか?とりあえず戦ってみたはいいが、実はどっちが悪者なのかわからないんだ」
そう言いながらも、九鬼の行動は決まりきっている。
善か悪などとは知らない。
今わかるのは、この人形達と魔女のコスプレをした女が、自分の顔見知りを襲っているという理由だけ。
それだけの理由――――十分過ぎてお釣りがくる。
「さぁ、誰が話す?話す間にこの出来そこない共は壊しておいてやる。その時点でお嬢ちゃんと教頭が悪かったら仕方がないから謝ろう。お前さんが悪かったら、もうちょっとマモトなのを作れと言ってやる」
話すまでもない。
聞くまでもない。
スノゥは理解する。この男は話を聞いても関係なく【敵】になる。
九鬼は理解するつもりもない。この魔女が仮に正しくとも、関係なく【敵】にする。
言葉は要らない。
「…………どうやら、私に人を見る目も随分と甘いモノの様ですわね。まさか、アナタのような化物を見逃していたなんて」
「酷い言われ様だな。こんな唯の人間を化物呼ばわりとは―――本物の化物に失礼だぞ」
「どの口が……アナタを化物と称するのならば、それ以外の化物など化物ではありませんわ――というより、アナタは本当に人間?」
「お前さんの人間を見る眼が弱いだけだ。言っておくが、俺が知っている限り、こんな事を壁でやる人間なんてゾロゾロいるぞ。そうだな、例えば【高町士郎】という男がその一人だ」
高町という名にスノゥが反応する。
「高町士郎……ですか。その名を知っていると言う事は、アナタが此処に現れたのは偶然ではないのですね。まったく、何が忘れ物を取りに来たですか、私の邪魔をする気以外の何物でもありませんわね」
「いや、忘れ物は本当だ。あと、偶然だぞ、偶然」
「今更誤魔化しても無駄ですわ。アナタも私の邪魔をする敵だという事は明確ですのよ!!」
さて、どうしたものかと九鬼は考える。
どういうわけか話の流れ上、自分がまるで全てを知っているから此処にいる、という認識になっているのだが、
「悪いが、何の事を言ってるんだ?」
「ですから、誤魔化す必要なんてありませんわ。というより、そんな白々しい演技は辞めてくれます?不快です」
全く知らないというのが真実。
自分は本当に忘れ物を取りに来ただけで、こんな戦闘に巻き込まれている。だが、どうしてか誤解されていう現状。
「――――とりあえず、誰か事情を話してくれんかねぇ」
小声で呟き、苦笑する。それをスノゥは「ふん、お前の事なんて百も承知だ!!」という感じの笑みに見えたのだろう、忌々しい奴だと九鬼を睨みつける。
若干の認識の相違が起こっているが、現実にはあらすじをしっかり説明してくれるオプション機能などあるはずもなく、
「いいでしょう。アナタは私の敵という事にしてあげますわ。月村さんや教頭先生は敵と言うよりも獲物……つまり、その二人を殺せば私の勝ちという事ですわね」
「いや、全然違うと思うぞ。あと、俺の話を聞け」
「問答無用ですわ――――ですが、私も忙しいので、こういう手法を取らせてもらいます」
そう言ってスノゥは指をパチンと鳴らす。
音は周囲に溶け込み、空気を変える。
空気は風に溶け込み腐臭を放つ。
腐臭は周囲の地面を腐らせ、正常な地質を異質なモノに変貌させる。
這い出るはゴーレム。
創造するは人形。
先程までいたゴーレムや人形とは形が違う。今までのモノはあくまで人に似た形をしており、それを前面に出している傾向があった。だが、今度は違う。
人形の身体は完全な異形。人の形をした者は一切おらず、そのほとんどは童話やお伽噺に出てくる怪物の身体をしていた。
ゴブリン、人狼、ドラゴン、リザードマン。
そしてゴーレムも同様に土くれとは違い、強度を増したのだろう。鉄色のゴーレムとして姿を現し、胸元にあった赤い宝石は鉄色の身体に完全に隠れ、見る事が出来ない。
「これが私のとっておきですわ。悪いですが、全力で狩らせていただきましてよ」
「まるで人形劇だな……にしても、随分と沢山作ったもんだ」
その数は――――数えきれない。
無数の異形の人形は虚空の渦から姿を【現し続ける】。
鉄色のゴーレムは地面から【這い出し続ける】。
「製作費、幾らだ?」
「ハリウッドには負けませんわ」
「そうかい。なら大作だ、きっと大コケするぞ」
「製作費だけしか能のない映画監督とは違いますわ。私の場合、中味にも拘りますので。拘るからこその製作費であり、拘るからこその性能です」
スノゥは何処から取り出したのか、魔法使いが使う様な箒を取り出す。
「それでは皆様、ごきげんよう。恐らく、二度と会う事はないと思いますが、生きていたら二度とその顔を見せないと嬉しいですわ」
箒が宙に浮かぶ。
「それ、飛ぶのか?」
「羨ましいですか?」

「いや、飛ぶのなら―――撃ち落とすのが面倒だなってな」

九鬼の口元が吊り上がる。
言い様の無い不安感、もしくは恐怖が背筋を襲う。
それを否定するようにスノゥは叫ぶ。
「ふ、ふんッ!!負け犬の遠吠えなら、言うのが速いですわよ。そういう台詞は、これから死んで負けて殺されてから言いなさい!!」
箒が天高く飛び上る。
「…………本当に飛んでるな」
まさか本当に空を飛ぶとは思ってもみなかった。なるほど、どうやらアレは魔女のコスプレをしているのではなく、本当に魔女という存在らしい。
もっとも、特に驚くべき事でもない。
「妖怪も神様もいるんだ。魔女くらいはいるさ」
あっさりと受け入れ―――現実と直面する事にした。
「にしても、この数は少々面倒だな」
確かに先程まで一対多でも問題なかった。だが、どう見てもアレは一対多でも問題ないとは言えない。無論、負ける気なんてさらさら無いのだが、面倒ではある。この戦いはアレを全て倒し、すずかと教頭を守りきれば勝ち、という理屈になる。
だが、その考えではいけないと言う様に、すずかが口を開く。
「まさか……なのはちゃんの所に」
夜空を駆ける魔女を見て、すずかはそう言った。
「なのは?どうして此処であのお嬢ちゃんの名前が―――」
そこで気づく。
先程、九鬼は自分の口から【高町士郎】という言葉を出した。そして、あの少女の名前は高町なのは。
「なるほど……どうやら、人違いじゃないらしいな」
どういう事態なのかはさっぱりだ。
だが、あの魔女はなのはを狙っているらしい。
そして、それを邪魔したからこの二人と自分を殺そうとしているらしい。
「っち、面倒な事になった」
これも己が行った事に対してのツケなのか、それとも罰なのか―――知った事ではない。
己が何をしたかなど、それは自分自身の問題でしかない。自分自身の問題と目の前の問題。それが一緒くたになって襲いかかってきたというのなら、一緒に片を付けるだけでいい。
細かい疑問は置いておく。
事の状況を把握するのは後でいい。
今、するべき事は、
「おい、お嬢ちゃん」
九鬼はすずかを見て、
「助けたいか?」
そう尋ねた。
裏切った相手を助けたいか、と。
あんな事を吐き捨てた相手を助けたいか、と。
自分を傷つけて、友達の振りをした高町なのはを助けたいか、と。
【友達を助けたいか】、と。
答えは既にある。
九鬼耀鋼が尋ねる前から、魔女を目の前にする前から、最初から答えは決まっている。
「助けて……くれるん、ですか……」
「俺が助けたいかなんて関係ないだろう?俺が知りたいのは、【月村すずか】が助けたいか、と言う事だ」
どうして、とすずかは思った。
どうしてそんな【当たり前の事】を聞くのだろうと思った。
九鬼を見て、それから教頭を見た。教頭は静かに頷き、すずかに微笑みかける。
やりたいようにしない―――そう言う様に。

「――――助けたい、です……私は、なのはちゃんを助けたいです」

それを望んでいないかもしれない。もしかしたら、それはお節介以上に迷惑で自分勝手な善意の押しつけかもしれない。
でも、構わない。
あの魔女がなのはと関係がある。そして、自分達をあっさりと殺そうとする相手がなのはと一緒に居る事に危機感だって感じる。
だから、どうにかしたい。
どうにかするには、十分な理由だから。
「だから……手伝ってください」
「あぁ、いいとも」
答えは即答。
背後から襲いかかるゴブリンを一撃で蹴り沈める事で意思を証明する。
「コイツ等の相手をするのは時間の無駄だ。アレを追うぞ。」
魔女の姿はもう見えない。だが、向かっている先は想像ができる。
「お嬢ちゃんの家に向かっているのは明白だ。なら、アレよりも先に―――」
家につけばこちらの勝ちになるだろう。
だが、そんな単純でいて難しい勝利条件に、更に重荷を乗せる様に、
「あ、でも私……なのはちゃんの家、知りません」
すずかの一言。
「なら、私が案内します」
それをあっさりと跳ね返す教頭の言葉。
「知ってるのか?悪いが、職員室に戻る暇はないぞ」
「生徒の住所と電話番号なら全部頭に入っていますよ」
頭を叩きながら、教頭は言う。
「これはたまげた」
「教師なら普通ですよ、普通」
「普通、なんですか……」
「普通なんだな、きっと」
絶対に普通じゃない気がする、とはこの場の空気を読んで言わないすずかと九鬼だった。
だが、これで前に進める。
九鬼は襲い掛かる敵を沈め、二人を守りながら教頭に聞く。
「車はあるか!?脚がなければアレには追いつかんぞ」
「私の車があります」
「なら、走るぞ」
三人は走りだす。
目の前に回り込んだ小型のドラゴンに掌打を叩きこみ、同時に襲い掛かってきたゴーレムの頭部を蹴り飛ばす。しかし、先程のゴーレムとは違い、堅さが違う。
「一々相手をする気はない――去ねッ!!」
身体を低くし、足払いでゴーレムの脚を払う。体勢の崩れたゴーレムの下敷きになる様にドラゴンを入れてやり、二体は仲良く地面に倒れ込んだ。
「行くぞ、走れ」
駐車場には少しだけ遠い。
後ろには無限とも思える敵。それは時に空から、真下からと襲い掛かり、邪魔をする。それでも止まる事なく走り抜けたのは奇跡とも言える。
駐車場に一台だけ留まっていた白のワゴンカーに教頭が飛び乗り、すずかが後部座席へ。九鬼は車が動く間に敵を止める役目を負う。
エンジンが掛ると同時に車が急加速して九鬼の元に向かう。敵に囲まれている九鬼を乗せるには一度車を止めるしかないだろう。だが、車は止まらない。止まらず走り抜け―――次々と異形達を跳ね飛ばす。
「九鬼さん!!」
後部座席からすずかが身を乗り出し、叫ぶ。
「頭を下げろ!!」
そう言うやいなや、九鬼は目の前の敵の頭上を飛び、群がる敵を足場にして【走る】。
どういうバランス能力を持っているのか、そして本当に人間かと疑いたくなる光景を目にしながらも、すずかは車の屋根に飛び乗る九鬼を確認し、ドアを開く。
「邪魔するぞ」
後部座席のドアから車の中に滑り込む。
ソレを確認すると車は一気に加速して九鬼が壊した校門を抜け、夜の街へと躍り出る。
「とりあえず、これで一安心ですね」
ハンドルを握りながら教頭は安堵の息を漏らす。だが、それはすずかの一言で無と帰る。
「お、追ってきます!!」
教頭はバックミラーではなく、直接自分の眼で背後を見る。



百鬼夜行――――そんな言葉が良く似合う。



日本妖怪の姿はない。存在するのは全てが外国の化物ばかり。だが、それは全てが架空の生き物でありながら、存在してはいけない化物ばかり。その化物がこうして人々の前に姿を現し、夜の街を奔り飛び、そして謳歌している。
案の定、街はパニックに陥る。
異形達の狙いはすずかと教頭だというのが、唯一の救いとなったのだろう。異形達は自分達の姿にパニックになる人々など目にもくれず、真っ直ぐに白いワゴンカーを狙う。
「もっと飛ばせ、追いつかれるぞッ!!」
「やってます、やってますけど……」
悪い事は続くものだった。時間は既に九時を回ろうとしているというのに、どういうわけか人通りは多く、車の数も多い。飛ばそうにもアクション映画の主人公ではない教頭はアクセルをベタ踏みして運転出来る程の運転技術はない。
「こうも車は多くては」
「なら代われ。俺がやる」
九鬼はその大きな身体を奇妙に滑りこませ、助手席からハンドルを握る。
「ちょ、ちょっとアナタ!?」
「早く退け。じゃないと事故るぞ」
横からハンドルを操作する九鬼。もちろん、アクセルやブレーキは教頭が操作しているが、それでも九鬼のハンドルさばきは並ではない。そして、このハンドル捌きの前に自分は邪魔だと判断したのだろう、教頭は運転席の背を倒し、後部座席へ。九鬼は空いた運転席へ。
「――――よし、シートベルトは締めたか?」
バックミラー越しに九鬼の邪悪な笑み。
本能的にヤバイと感じたのだろう、二人は即座にシートベルトをする。
それが彼女達の命を救う事になるのは、言うまでもない。
何処にでもある白いワゴン車は、一瞬にして暴れ馬へと変貌する。
アクセルはベタ踏みの全開。ブレーキは撫でる程度に踏むだけ。車と車の間を無理矢理に進むという暴挙は、ギギギという金切り音と響かせ、車に傷を付ける。それでも速度は一向に落ちない。当然、カーブを前にしても速度は堕ちる事なく更に加速。信号が赤なら歩く通行人を避ける様に突っ込む運転。
「前、前に人が!?」
「九鬼さん!?ぶつかる、ぶつかるからスピード緩めて!!」
「私の車ですよ!?あ、今警察車両が――――お願いですからスピード緩めて」
「死にます、マジで死にます!!追いつかれて殺される前に死んじゃいますって!!」
背後で響く悲鳴は無視する。
「おい、道はこっちであってるんだろうな?」
「あってます、あってますからスピード落してください!!」
「そいつは無理な相談だな」
フロントガラスに写るのは、目の前から一直線に突っ込んでくるドラゴン。ハンドルを切ってそれを避けると、背後にいた車両に激突、炎上した。
「これだけ出しても、まだ足りんから――なッ!!」
後輪を滑らし、ドリフトを決めたカーブを曲がる。
「道路を使っているだけこっちが不利か……」
こちらは車。
道路、もしくは走れるだけ舗装された道ではないと走れない。しかし、相手は違う。ドラゴンは先程と同じ様に空から襲いかかれるし、それ以外の者達は人間には出来ない高い身体能力を駆使して車の上を移動してきたり、ビルの側面を走った取りと、反則染みた事を平気でしてくる。
「―――――ッち、今度は前からか……」
ヘッドライトが映し出すのはゴーレム。
ゴーレムの腕が天高く上がり、道路に向かって一直線に振り下ろされる。
地面が砕かれ、道が壊れる。
「道が……」
背後から聞こえるすずかの声。
道路に巨大なクレータとゴーレム。
これでは前に進めない。
「進めないものかよ」
アクセルは―――踏み込む。
急加速した。
「ちょ、ちょっと――――ッ!?」
「無理ですって!!」
「信じろ。お前の車をな……」
「私の車は国産車のもやしっ子ですから無理ですってば!!こういうのはアメリカ産の車に任せるべきはなくて!?」
「出来るさ。ハリウッドに出来て、俺達に出来ない事はない」
「一緒にしないでください!!」
「止めてぇぇぇええええええええ――――!!」
二人の脳裏にある思いが宿る。
もしかしたら、この男に任せない方がよっぽど楽に死ねたのではないか―――というか、もう死んだ方が全然マシだった。

しかし、飛ぶ物は飛ぶのだ

車はクレーターの上を飛び、回る車輪が絶妙な高度差を作り出し、ゴーレムの頭部を叩く。
結果、クレーターはクリアーした。
「ほら見ろ。国産車とて、やる時はやるさ」
誇らしげに言う九鬼を放っておき、
「きょ、教頭先生?私、生きてますよね……実はもう、天国にいるとか、ないですよね!?」
「月村さん、ちょっと私の頬を抓ってください。えぇ、夢です。これはもう夢です……だからお願い、夢なら覚めて!!」
半狂乱になっている二人を見ながら、
「やれやれ、この程度の根を上げたら、アレと戦う事は出来んぞ」
情けない、と言う九鬼に対して、二人は声を揃えて「お前が言うな」と叫ぶ。
だが、幾ら叫ぼうとも車は海鳴の街を走り続ける。
いや、走るしかなくなった。
「――――――新手か?」
バックミラーに、異形達の他に黒い車が見えた。全てが同じ色をして、全てが同じナンバーのない車。異形達はそんな黒い車を一瞥しても攻撃しない。むしろ、それが味方だとでもいう様に車の屋根にと飛び乗る。
「ここで映画なら、きっと窓が相手銃を持った連中が出てくるだろうな」
「お願いです。お願いですから、変な事を言わないでください……」
「九鬼さんが言うと、本当に起こりそうで怖いんですよ」
「というより、お嬢ちゃん。九鬼さん九鬼さんと言うが、別にオジサンで構わないと言ったはずだが?」
なんて事を言っている間に、九鬼が言った様に、黒い車から銃を持った男達が身を乗り出した。
一斉射撃。
男達の手にある銃が火を噴き、白いワゴン車に銃弾が次々と撃ち込まれる。
初めて耳にした銃の爆音にすずかは耳を押さえ、教頭はすずかの身体を覆い隠す様に抱きしめる。九鬼は九鬼で頭をさげて銃弾を避ける。
「敵は化物だけじゃないか……」
面倒な事だと言いながら、銃声が鳴り止んだ瞬間に九鬼は車のブレーキを一気に踏み込む。それによって車は激しい音を響かせながら減速し、背後にいる車の一番先頭を走っている車の横につく。
銃を持った男と目が合う。
男は九鬼を見て、一瞬怯んだがすぐに銃を構える。
「判断が遅いな、素人め」
ドアを開け放ち、銃が火を吹く前に銃口を掴みあげ、
「そら、堕ちろ」
一気にこちら側に引っ張る。銃を打つ為に身を乗り出していた男はあっさりと九鬼の方に引っ張られ、道路に落下した。
悲鳴と鈍い音と肉切り音。
運転手は驚愕し、九鬼の手に握られた銃の――マシンガンの引き金を引き絞る。
フルオートでの乱射によって運転手の身体を撃ち抜き、黒い車は操縦不能の死に馬となり、よろよろ蛇行運転をしながら黒い車の何台かを巻き込み、激突。
爆発と炎上。
「…………化物の次は人間か。どうやら、アレは随分とお友達が多いらしいな」
「大丈夫ですか、月村さん」
「は、はい……何とか」
割れたガラスを払いながら、二人は身を起こす。後ろの追手はまだ多い。だが、先程の爆発で幾らか距離は離す事は出来た。
「おい、今の内に話して貰おうか。あの魔女のコスプレをした女が誰で、あのお嬢ちゃんがどうして危ないのか」
すずかと教頭は語りだす。
九鬼は何も言わずにそれを黙って聞き入る。
結果、わかった事はアレが本物の魔法使いであり、高町なのはを使って何かをしようとしているというだけ。
「何をする気だ?あのお嬢ちゃんにそういう力でもあるとでも言うのか?」
「それは私にもわかりませんけど、なのはちゃんを狙っているのは本当だと思います。だって、あの人は私の事を邪魔だって言ったんです。なのはちゃんの傍にいるのが、邪魔だって……」
「邪魔、か」
あの少女に何があるというのか。
力があるのだろう。
あの魔女が欲する程の何かがあり、それを利用しようとしている。だが、何があるか。何に利用しようとしているのか。
「これだけの騒ぎを起こしてやる事、か」
「あの……騒ぎを起こしているのは九鬼さんだと思います」
「細かい事を気にするなよ、お嬢ちゃん。悪いのは全部あっちだ。ほら、昔から言うだろう?―――――言ったもん勝ちってな」
つまり、悪くないと言ってしまえばいいだけ。
「俺達は悪くない。悪いのはその帝とかいう教師―――じゃなくて、女だ。だからソイツに全部を押し付ければ良いんだよ」
「一応、教師の私の前でそんな悪い顔で生徒に変な事を教えないでほしいのですが……」
悪どい顔をする九鬼に、頭を抱える教頭。
「にしても、だ。人形モドキやゴーレムはわかるが、あの連中は何だ?まさか、この街の警察はあんな使用、だとは言わないだろうな」
「そんな事はないでしょうが……むしろ、どうして警察は出てこないんでしょうか?こんなカーチェイスをして被害はウナギ登りだというのに――――アナタのせいでね」
「おいおい、どうして俺のせいなんだ?だから、これは全部あっちが悪いんだよ、あっちがね」
だが、一向にこちらが不利である事には変わりは無い。
異形の襲撃に何故の男達の襲撃。敵は多く味方は少ない。ここで教頭の言う様に警察でも来てくれれば多少は楽になるのだが。
「確かに解せんな」
警察はこない。それどころか段々人通りも少なくってきている。車を運転するには非常に好ましい状態なのだが逆にそれが怪しい―――と、思ってると、
「クソッ、やっぱりそう来たか……ッ!!」
急ブレーキをかけながらハンドルを切る。
「頭を下げろッ!!」
真横にスライドする車。
その先にあるのは車で作られたバリケードと、その上に乗った銃を構えた男達。
ハンドルを舵を切る様に回し、助手席の窓に向けて銃を乱射する。
窓は砕け、銃弾がバリケードをなった車に当たり、男達も反撃とばかりに撃ち返してくるだろう。だが、銃を撃つまで間が一秒でもあれば十分。横滑りになった車は交差点を曲がり、すぐに直進を始める。その後に銃声が聞こえ、舌打ち。
「先回りされた上にコースを外されたか……おい、こっちの道からでもつくのか?」
「多分、大丈夫かと思われますが」
だが、ちっとも大丈夫とは事は動かない。
バリケードを作っていた男達は背後から車で迫り、異形もそれに続く。そして、車の向かう先、およそ二百メートル先の道にまたしてもバリケードを発見した。
挟まれた―――いや、道はある。
このまま真っ直ぐにいけばバリケードに当たるだろうが、曲がれば高速に入る。高速に入れば一時の危機は避けられるが後の危機には対処しづらく、尚且つなのはの家にたどり着くには大きく遠回りになる。
自分一人なら問題は無い。だが、後部座席にいる二人の為の危険は冒せない。
戦う為ではなく護る為。
守るが故に歯痒い想いをしなければならない。
矛盾しているが、決して違う道ではない。同じ道でありながら、歩く過程が違う道。
近道を選んで死なせるか、遠回りをして護るか。
考えるまでもない。
九鬼はハンドルを切り、高速へと車を進入させた。
当然、追撃は来るだろう。
「―――――教頭、この先の出口で降りた場合、どのくらいで着くと思う?」
「恐らく……三十分かと。高速に入ったのは不味かったと思います」
「あぁ、同感だ」
追手はもうすぐ追いつく。
打つ手はあるが危険。
カードは少ない。
少ないが、
「――――――――俺に、命を預けられるか?」
九鬼は二人に尋ねる。
カードが無いわけではない。如何に手札が敵を相手に出来ないカードしかないとしても、それで戦うしかない。そして、手札のカードが弱ければ、この弱いカードだけでなく、カードを使う為の頭脳で戦えば良い。
「……九鬼さんを、信じます」
「この状況で、信じられるのはアナタだけですよ、まったく」
了承は得た。
「捕まってろ」
車は―――――Uターンした。
高速道路でのUターンという行為に相手を驚いているだろう。ならば尚更丁度良い。相手は驚いているが、反撃はしてこないだろう。なにせ、アクセルは全開、逃げ場は向こうにあってもこちらは無い。
「さぁ、チキンレースと行こうかッ!!」
高速道路を逆走する車。
逆走をした車を負っていた車の運転手は狼狽する。
真っ直ぐに向かってくる。
アクセル全開で向かってくる。
追いかける者が自ら向かってくるのなら好都合だ―――が、これはただ向かってきているのではなく、【特攻】だ。
フロントガラスに写る運転手の顔は見えない。反対に九鬼の顔が相手には、はっきりと見える。

その顔は――――嗤っていた。

勝つか負けるかのチキンレースではなく、生きるか死ぬかのチキンレースの会場と化した高速道路。そのレース場に上がってしまったが最後。
人は鬼と戦わなければならない。
ハンドルを握る鬼は―――ハンドルを手放した。
腕を組み、アクセルを全開にして、目前の車を見据える。
運転手は焦る。
焦って―――ハンドルを切ってしまった。
結果、横を走る車に当たり、それが始まりとばかりに玉突き事故の様に次々とぶつかる車。たった一台の車に、ボロボロの車を前に、優勢であるはずの自分が逃げてしまった。
ギリギリ逃げたわけでもなければ、寸前まで待ったわけでもない。
九鬼の顔を見た瞬間に、逃げた。
目の前の状況を見据えた九鬼は、ハンドルを握りアクセル全開のまま巧みにハンドル捌きを行い、車を回避していく。
飛び交ってくる異形を何体か跳ね飛ばし、天井に縋りついたゴブリンを車体を左右に振って振り落とす。
数秒後、背後で爆音が響く。
「…………滅茶苦茶しますね、アナタは」
「良く言われる。だが、良く言われる程、大した事でもないさ」
なんて事ない風に言いながら、九鬼は高速を逆走しながら先程の入口に車を滑り込ませる。一般車両の運転手が目を見開いて運転操作を誤っていたが、それは知らない。
「よし、戻った」
「あの、九鬼さん。関係ない車がクラッシュしてますけど……気にしちゃ、駄目なのかな?」
「月村さん。ここまで来たら現実という言葉は捨てなさい。私はもう捨てました。じゃないと、この運転手に殺されそうです――――ストレスで」
「わかりました……」
何やら後ろで酷い事を言っている気がしたが、この際は置いておく事にした。それよりも、未だに追手は減らない。
むしろ、多くなっている。
異形の数は勿論の事、黒い車の数も多くなっている。異形はただ追ってくるだけだが、車に乗った人間達は頭を使う。この先の道で待ち伏せをするなり、先程の様にバリケードを作るなり、色々としてくるだろう。
「やれやれ、面倒な事だ」
九鬼がそう呟く。
すると狙い澄ましたかのように携帯が鳴り響く。
「あ、私のです」
携帯を取り出し、電話に出るすずか。
「………あれで警察に連絡した方が早かったんじゃないのか?」
「まぁ、そうですね……というか、通じたんですね、電話」
「いや、普通は通じないだろう……通じない、はずだよな」
九鬼と教頭は揃って自分の携帯を見る。
電波はしっかりと三本。
「…………」
「…………」
こういう場合、普通は携帯とか通じないんじゃね?という疑問が二人の脳裏に過ったが、どうやら色々と間違った認識をしていたらしい。
「意外とずぼらだな、あの魔女」
そんな事はさておき、すずかが電話に出ると聞こえて来たのは、
『すずか様。ファリンです』
「ファリン!?丁度良かった、お姉ちゃんはいるかな?」
『いえ、忍様は私の【近く】にはいません。ですが、そちらの大方の情報はこちらにあります―――とりあえず、運転している方と変わって貰えますか』
こちらの現状がわかっているという言葉を信じて、すずかは携帯を九鬼に差し出す。
「――――もしもし」
『初めまして。九鬼耀鋼、様で宜しいでしょうか?』
自分の名前を言っている事に若干の警戒心を抱いたが、
『まずは、すずか様を助けて頂いた事に、感謝させていただきます―――ありがとうございます、九鬼様』
「偶然だ。そこまで言われる義理もないさ……それで、どうして俺に電話を変わった?」
『情報は必要なはずですが?それとも、何も知らずに追いかけっこをしますか?』
「……聞こう」
携帯を耳に当てながらハンドルを握る。
『アナタ方が追っている者については後で言うとして、まずはアナタ方が向かうコースについてです。この先三百メートルの方向には既に新手が潜んでおりますので、次の角で右に曲がり、そこから百メートル進んだ先で大通りに抜けてください』
「遠回りにならないのか?」
そう言いながらも九鬼はファリンに言われた通り右に曲がる。
『多少遠回りになりますが、これ以上の遅れはないでしょう。その先に出たら、大通りを真っ直ぐに抜けてください』
「おい、待て。そしたらそこでアイツ等とばったり対面する事になるぞ」
『その点も問題ありません。いいですが、その大通りを進む時、絶対に右側を走ってください。いいですね、【道路の右側を絶対に外れないでください】』
妙に念を押されながらも、九鬼は素直に頷く事にする。そして、ファリンの指示した百メートルが過ぎた所で大通りに出た。
瞬間、車の屋根に何かが堕ちて来た。
「――――ッ!?」
堕ちて来たのが何かはわからない。だが、何かを確かめる前に天井を突き破って鋭い爪が現れた。
「新手か!?」
九鬼は車を左右に揺らすが、何者かは天井に手を突き刺した事で振り落とされる事はない。それどころか、もう一本の手も突き入れ、天井の穴を広げる。
穴から見えたのは人間でもなく、人妖でもない。
金色の瞳を輝かせ、異常に発達した犬歯から唾液をたらし、車の屋根の天井から後部座席にいる二人―――すずかを見てニヤリとほくそ笑んだ。
「―――――月村の妹……天誅ッ!!」
それは妖。
夜の一族と呼ばれる、妖の者。
人間離れした身体能力で車の屋根を壊そうと腕を振り上げる。片手がしっかりと天井を掴んでいるせいで振り落とす事もできない。
『そのまま真っ直ぐでお願いします』
「この状況でかッ!?」
『問題ありません』
電話の向こうにいるファリンという女性がどんな人間かは知らないが、この状況でそんな見た事もない相手の言う事を信じる程、

『【姉】が――――迎撃します……』

信じる程―――他人を信用するのも悪くないと思った。










【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』










魔女には協力者がいた。
その協力者はこの街の深い場所に根を張る者であり、同時にこの街の住まう者の中でもっとも高位な場所にいると自負する者達ばかりだった。
彼等の事を、彼等を知るものはこう呼ぶ―――夜の一族、と。
夜の一族は世界中にその根を張っているが、その世界の中の小さな島国である日本。日本という島国の中に存在する小さな街に住まう夜の一族の末裔。
姓を月村、という。
月村という夜の一族は周囲からはあまり良い目では見られていない。何故なら、この家の現当主である月村忍は、同じ街に住まうバニングスという存在と親しい仲だからだ。もちろん、それだけではないだろうが、それも理由としては立派な理由だ。
月村を陥れ、滅ぼすという目的を前にしたら、立派すぎる理由だ。
バニングス家の長であるデビット・バニングスという男は昔、一人の人間の為に夜の一族を裏切った許すべき存在である。そんな者と親しい仲という忍は裏切り者と見られてもおかしくはない。
ただ、そう思う者は大部分でありながら、全てではない。
一族の長は、そんな争いに口は出さない。
しかし、行き過ぎた争いには口を出す。
ならば、この海鳴で行われている争いは既に行き過ぎているのではないか、そう思う者も多いだろう。それは長とて同じだった。行き過ぎた争いが故に口を出し、手を出し、一族同士が争い、朽ち果てない様にするのも長の務め。
だが、この街だけは例外だった。
世界のあらゆる所に存在する夜の一族。そのもっとも上位にいる長と呼ばれる存在ですら海鳴には手を出さない。
何故か、何故なのか。
その事について、ある者が尋ねた事のある。
何故、この争いに何も手出しをしないのか。何時ものアナタならとっくに手を出しているだろう。
長はしばし口を閉ざし、こう言った。
理由は二つ。
一つ目は、海鳴の【力】を支配する月村の当主の願い。自らの力で全てを勝ち取り、この闘争に勝利し、海鳴を一つにするという言葉を信じた事。
二つ目は、海鳴の【富】を支配するバニングスの当主の言葉。その内容を思い出して長は苦笑し、それ以上は語らなかった。
一つはわかったが、二つ目は謎。
謎は謎にしたままで良い、という事なのだろう。
そうして長は海鳴という街には手を出さない。
海鳴に住まう若き当主と、裏切り者と呼ばれた【自身の兄貴分】を信じて。

だが、それが悪い方向に繋がる事もある。

「月村、滅するべし」
「月村、滅べし」
「月村、断つべし」
「月村、討ち取るべし」
悪しき心は人の心。本人達はそれは当然だと思っていても、結局は単なり傲慢な想いでしかない。傲慢は自身よりも高い位置に居る者を恨み、妬み、陥れようとする。
その為に力を欲した。
その為に魔女に手を貸した。
数年前、突然現れた謎の力を使う魔女と呼ばれる存在。
その魔女は自分の望みを叶える為に協力すれば、何でも望みを叶えてやると口にした。
当然、そんな事は誰も信じない。だが、魔女は言った。私の言う事は信じなくてもいい。だが、代わりに我らが王の事は信じるべきだ。そうすれば無限の命と無限の力を手に入れる事が出来ない。
当然、そんな妄言を信じる者はいない。
だが、数年後の今はどうだろう。
彼等は信じた。
魔女の言葉を信じ、神ではなく魔王を信じた。
魔女の信仰する邪神の中の邪神。異世界の一つを滅ぼしかけた不死の魔王の存在を、彼等は信じてしまった。最初は馬鹿らしいと思っていた。そんな者はいる筈もなく、信じる事すら時間の無駄だと本気で思っていた。
今は本気で信じている。
「月村を断つ。そして、その命を我等が王に、ノーライフキングに捧げる」
魔王を信じる。
魔王を信じて敵を討つ。
己が正しく、他は間違っている。
そんな妄念にかられた結果、彼等は一人の少女の障害を完膚なきまで暴虐する事に協力し、一人の少女の全てをねじ曲げた。
そして、時は来た。
魔女が言っていた【儀式の日】が来たのだ。
その儀式が終われば、自分達の望みを叶えられ、その命は消える事なく不死の肉体を得るだろう。
その為に討つ。
邪魔者を討つ。
邪魔者の中には月村の一人がいる。
ならば、討つ。
討ち殺し、射ち殺し、撃ち殺して地獄に落としてやる。
そんな中の一人、夜の一族の若き男の一人が白いワゴン車の上に飛び移った。ボロボロになった車に手を突き入れ、車の屋根を破る。隙間から見えたのは殺すべき月村の一人。月村すずかという裏切り者。この少女を殺せば良いと魔女には言われている。そんな事はこちらも望んでいるから、言われるまでもない。
「―――――月村の妹……天誅ッ!!」
殺す。
この手で突き殺し、絞め殺し、刻み殺す。
そして、男は腕を振り上げ―――――何かに気づいた。
何かが来る。
嫌な予感がする。
何が来るかはわからない。
だが、何かが来るのは確かだ。
前方、何もいない。
右方向、仲間がいる。
左方向、何もいない。
後方、仲間がいる。
なんだ、誰もいない。なら、気のせいに違いない。そう思った。そう思ってしまい、周囲への警戒を完全に怠ってしまった。
そんな時だった。
男の常人よりも優れた聴覚が、運転している男の耳に当てられた携帯電話の音を拾った。
『【姉】が――――迎撃します……』
男の顔に影が差し込む。
比喩表現ではなく、本当に影が差しこむ。
今は夜だというのに、その影ははっきりと見えた。
月光に照らされ、男の真上にある満月を隠しながら、影は徐々に大きくなり、男はやっと自身の失態に気づいた。
前も横も後ろも見た―――だが、【上】は見なかった。
男は上を見る。

視界に映るのは月光を背に、腕に煌めく刃を男目がけて突き刺すメイドの姿。

男の顔面に銀色の刃が突き刺さり、男の頭部を切断する。
野望に燃える一族の一人は、こうして生涯の幕を閉じた。
死後の彼の魂は―――不死の魔王の下へは向かわなかった。





天井に衝撃。
横の窓に見えるのは顔の半分を切り取られ落下する男の死体。
そして、それから数秒遅れて後部座席の窓に映る知らないメイドのむっつり顔。
「ノエル!?なんで、此処に!?」
車内から外にいるノエルというメイドに声をかけても届かないのだろう、彼女は何も言わずに頭を上げる。
反対に九鬼は、
「アレがお前さんのいう姉って奴か?」
『えぇ、そうです。姉の名前はノエル・K・エーアリヒカイト。私は妹のファリン・K・エーアリヒカイトと申します。以後、お見知りおきを』
「了解した」
九鬼は携帯を耳から話し、運転席の窓を開け、顔を出す。
上を見ると、車の屋根の上で片手にブレードを装着したメイドが立っていた。この強風の中で、良くあんな恰好で立っていられるなと感心した。
「――――任せるぞ」
「――――えぇ、任されました」
ノエルは背後にいる敵を見据え、ブレードを構える。九鬼は運転席に戻り、後部座席にいるすずかに言う。
「お嬢ちゃん、良いメイドを持ってるな」
「メイドじゃありません……家族です」
「そうか、家族か……なら、良い家族だ」
その会話は外のノエルにも、携帯越しのファリンにも伝わっているのだろう。ノエルは静かに微笑み、受話器の向こうから微笑みの音が聞こえる。
『それでは、此処からは私がナビを務めさせていただきます。姉の事は特に気にせず、アクセル全開でぶっ飛ばしちゃってください』
「本当に大丈夫なんだろうな?」
『大丈夫ですよ。心配なら、多少の援護はしてもよろしいかと』
「この状況でどうやって援護しろと?」
『九鬼様の今の武器はそのハンドルです。そのハンドルがあれば、姉の【足場】になれると思いますが?』
なるほど、と九鬼は頷き。
「なら、それで行こう。お前等、しっかり捕まってろよ……こっからは、全力で行くぞ」
嗤う九鬼。
そして後部座席にいる二人は心の中で、まだ本気じゃなかったんだ―――と天を仰いだ。
『――――それでは、いっちょうド派手に行きましょうか』

それを合図に、カーチェイスは第二ラウンドに突入した。

背後から迫る車、そして無数の異形。その中の一台の上には人狼とゴブリンが立っており、車が近付いた瞬間に飛び上った。だが、二匹は車に飛び移る事すら出来ずに落下する。
銀光一閃。
ノエルの右のブレードによって二体は腰から上と下が永久の別れを迎える。地面に落ちた異形はただの人形となり、車に潰され無残に砕ける。
それを見届ける暇もなく、今度は上空からドラゴンが襲いかかる。
急降下してくるドラゴンを迎え撃つべく、ブレードを真上に突きだし、跳ぶ。落下してくるドラゴンの頭部をブレードで突き刺し、同時に首根っこを掴んで地面に叩きつける。道路の上で跳ねるドラゴンの上にノエルは着地し、左腕を飛ばした。
そう、飛ばしたのだ。
ノエルが左腕を突き出した瞬間、まるで腕にロケットでも着いているかのような勢いで左腕が射出され、まっすぐに白い車のトランク部分を掴む。腕と身体は中に仕込まれたワイヤーによって繋がっており、車の勢いに引っ張られる様にノエルは高速道路を滑る。
さながらサーフボードを操る様に、板にされたドラゴンは車の速度に耐えられないのか徐々に体を削られていた。
「――――――次」
冷徹な呟きと共に、サーフボード代わりとなっているドラゴンを体重移動で動かし、並走する車の一台を標的とする。
車のドアが開き銃を撃ってくるが、当たる前に両足を車の方向に向けて突きだす。それと同時にサーフボード代わりのドラゴンが、今度は盾代わりになる。
銃弾を全て受け止めたドラゴンを再度地面に叩きつけながら、体勢と低くしてブレード一閃。車のタイヤを両断する。
タイヤを斬られた事によって車は操作不能となり、道路わきの電柱に激突した。
「―――――次……ん?」
白い車を追っている車が突然横に移動し、車を掴んでいるノエルの腕のワイヤーに引っかかる。ノエルの腕の備え付けられた腕は確かに強度は高いが、決して切れないというわけでもない。
ノエルは即座に腕を放し、腕を戻す。その結果、車に引っ張られていたノエルの身体は車から離れる事になるのだが―――その前に跳ぶ。
サーフボードとなっていたドラゴンはノエルの跳躍と同時に砕け、ノエルが着地したのは敵の車の一台。当然、それを見ていた車内にいた者達は一斉に天井に向けて銃を乱射する。
当然、駄弾など当たりはしない。
天井を一足にて跳躍し、隣の車に跳び移る。天井の上にはゴブリンが三匹ほどいたが、一瞬で塵に反し、灰となって消し去る。
車内にいた男達は先程の車と同じ様に天井に向けて銃を構えようとしたが、時すでに遅く、ノエルは行動を開始していた。
ボンネットに跳び下り、エンジン部分目がけてブレードを突き刺す。
火花が散り、ボンッと小さな爆発。
それを確認して再度跳躍し、跳躍しながら左腕に右腕と同じ様なブレードを出現させる。ただし、その長さは右腕の数倍の長さをほこり、まるで光の粒子が集結して作り上げられた光の剣の如き閃光を放っている。

その刃を持って、跳び移った車を【真横から両断】する。

「…………気のせいなら良いんだが。今、あのメイドの腕からビームサーベルみたいなモノが出てた気がするんだが」
流石にビームサーベルは見た事がなかったというか、科学的にあんな事を平然と出来るのがおかしいと思った九鬼であった。
『そういう世界もあるのですよ、九鬼様』
「でも、駄目だろう。アレは色々と駄目だろう。というか、さっきはロケットパンチとかしてただろう、アイツ」
『姉も抵抗したんですが、ロケットパンチが嫌ならおっぱいミサイル。ビームサーベルが嫌ならドリルという二択を突きつけられまして……』
「……大変だな、お前等も」
『慣れました……えぇ、慣れましたとも!!』
なんだか悲しくなってきたから話を中断する。
九鬼は車を横に移動させる。ノエルの足場となる為だ。別の車をビームサーベルで両断したノエルは九鬼が寄せた車に跳び移る。
バックミラーで背後を確認し、敵の数が減った事を確認する。もちろん、減ってなどいない。むしろ、増えていると言ってもいいだろう。特に増えているのは異形。ゴブリンや人狼、リザードマンといった陸上専門を異形は減ったが、代わりに空を得意とするドラゴン、そしてガーゴイルらしきものすら出現している。
「追いつくどころか、徐々に離されてるな」
離されているという表現すら希望的観測でしかない。
もしかしたら、魔女は既になのはの家に着いている可能性が高い。
『その点は心配ないかと思われます』
「どういう事だ?」
『相手は確かに空を飛べる様ですが、所詮はそれだけ。あんな自分の証拠をあちこちに残す様な輩を捕まえるなど、容易い事ですよ』
自信満々に言うファリンだが、
「だが、どうやって捕まえると言うんだ」
『捕まえるとは言っていません。捕まえるのではなく、足止めをする、もしくは撃破するのか、このどちらかです――――現状と致しまして、我が主ともう一方の頭の中には捕まえるなんて甘い考えはございません』
何やらキナ臭く、そして妙に殺伐とした答えだった。
やれやれと首を振り、九鬼は天井をガンガンと叩く。すると、運転席の窓に逆さになったノエルがぬっと姿を見せる。
窓を開け、
「怪我は無いか?」
「………いえ、特に問題はありません」
「そうか、ならいいが……あまり無理はするなよ」
「そうだよ、あんまり無視しちゃ駄目なんだからね」
二人に言われ、ノエルは小さく微笑む。
「はい、わかりました。怪我もなく、大事もなく、すずか様と一緒に屋敷に帰りますよ」
そして、ノエルは同じ様に九鬼を見て、
「九鬼様も、無理はなさらぬ様に心がけてくださいね」
「無理はしないさ。無理をするほど若くないというのが本音だがね」
「教頭先生。九鬼さんってアレで無理してないっていうのなら、無理したらどうなるのなか?」
「わかりませんが、私達は死にますね」
「そう、ですよね……九鬼さんが無理したら死ぬよね」
「えぇ、そうです」
背後で聞こえる不気味な呟きは無視する。
「あの、九鬼様……」
不安そうな顔をするノエルに、大きな咳を一つで黙らせる。
「後ろの二人の戯言は信じるな」
「はぁ、そうで―――――ッ、九鬼様、前を!!」
そう言って顔を引っ込めるノエル。
それに釣られて九鬼も前方を見て―――今度こそ、完全に車を止めた。
ドアを開き、車から出る。
「挟み込まれたな」
「えぇ、そのようです」
前方には無数の人だかり。その全てが武器を持参した完全武装の人々。そして後方にはドラゴンという異形の種と夜の一族。
「おい、ファリンとやら。これはどういう事だ?」
『どういう事と言われましても……まぁ、予定通りという事ですかね』
まさか、という疑念が頭を過る。
しかし、その疑念を振り払うのはノエルだった。
「それは勘違いですよ、九鬼様」
車の屋根から飛び降り、両手のブレードを仕舞う。
「私の妹は裏切ってなどおりません。此処に着くのは予定通りです」
「だが、現にアイツ等はこうして待ち伏せしているぞ。その点はどう言い訳する気だ」
「ですから、それも勘違いです。我々は此処におびき寄せられたわけでも、彼等が待ち伏せしていたわけでもありません」
ノエルは静かに空を見上げ、
「全ては反対なのですよ、九鬼様」
同じ様に空を見た九鬼は―――気づいた。
「あぁ、なるほど……」
鬼とメイドは笑う。
その意味をわからない車内にいるすずかと教頭は不安な表情を浮かべ、車を取り囲んでいる男達は高笑いを上げる。
「ガハハハハハハハ、漸く観念したようだな!!」
「手こずらせやがって……」
「けど、これでお終いだな」
「男は殺せ。女もメイドも殺せ。月村は特に念入りに殺せ……」
「殺せ」
「殺す」
「死ね」
狂喜と呪詛をまき散らしながら、男達は武器を構える。
だが、九鬼もノエルもそんな男達を前にして表情を崩さない。九鬼は懐から煙草を取り出し、火をつけようとした所で横から火を差し出すノエルに気づく。
「どうぞ」
「あぁ、すまんな」
ノエルの火に煙草を当て、火を付ける。
「―――――ふぅ、ちょっと休憩したいな。やはり、老体に鞭打って動くのは疲れる」
「私には、まだお若い様に見えますが……」
「社交辞令として受け取っておくよ。だが、どうも駄目だ。同居人には成長していると言われているが、そんな気はまったくしない。ところで、こんな歳で成長するなんてありえるのか?」
「そうですね、あり得ない、とは言えませんね。そういう人間もいうと聞いた事はありますし、九鬼様がそういう人間であるという可能性も捨てきれません」
周りを無視して世間話に花を咲かせる二人。
「て、テメェ等!!今の状況わかってのか!?」
一人の叫びに九鬼は煙草の煙は吐き出しながら、
「当然だ、阿呆」
意地の悪い笑みを浮かべる。
「まったく、こいつは良く出来た仕掛けだ。確かに、俺達は此処におびき出され、お前達の待ち伏せにあった―――そう見るのが正しいだろうな、普通は」
「正しいも何も、そうに決まってるだろうが」
「だが、コイツは違う」
煙草の煙は空に昇る。
ゆっくりと、ゆっくりと空に昇り、消えていく。だが、それは消えるのではなく、隠している。白い煙が空に隠れ、白い煙を夜の闇が隠す。

「これは【俺達が連中を誘き出し、お前達を待ち伏せしていた】―――こういう理屈だな、ノエル」
「えぇ、正解でございます」

それが正解。
ジャキッという音が周囲から響く。
男達は何事かと顔をあげ―――驚愕に身を染める。
周囲には何時からいたのか、それとも最初からいたのか、完全武装の男達を上回る武装をした者達が潜んでいた。
ビルの屋上から赤外線の付いた銃が男達を狙い、地上でも同じ様に赤い線が男達を狙っていた。その数は五十を遥かに超え、夜の闇に走る赤外線が無数に存在している。
男達は動けない。だが、異形達は動ける。それが如何に殺傷能力が高い武器であろうと、死を恐れる事のない異形達には何の関係もない。
ドラゴンとガーゴイルの群れが一斉に襲い掛かる。
「――――で、さっきからこの馬鹿デカイ殺気を放ってるのは、お前さんの主様のものか?」
「それでも正解でございます」
異形に声は聞こえても、声を理解しない。彼等の脳内にある意思をプログラムとするのなら、そのプログラムは実に簡単な命令しか聞く事ができない。今の彼等の頭の中にあるプログラムはこうだ。
九鬼耀鋼、月村すずか、教頭、そしてソレに協力する者を殺害せよという命令。だからこそ、今はそこにノエルというメイドが一人加わっている。
周囲を取り囲み、一斉に襲い掛かり、



闇に喰われた



一瞬だ。
一瞬で消えた。
一瞬で喰われ、一瞬で消え失せた。
それを成したのは何者か、人間か人妖か、はたまた魔女か。
いいや、違う。
地の底より響きし唸り声は、巨大な狼の顎。黒き狼が地より顔を出し、偽りの命の事如くを地の底へと引き摺りこむ。
巨大な狼は首だけ、首だけでビルの四階ほどの高さをもっていた。その巨大な顎で異形達を食いちぎり、飲みこんだ。
「…………」
「…………」
「…………」
誰もが言葉を失くす。
その殆どは夜の一族の者だった。
夜の一族だからこそ、わかっている。あの狼の正体を、あの狼がこんなにも巨大な存在となっているのかという意味を知っている。だが、それを認めた瞬間に己の中にある柱が折れ、この行動自体が無駄に終わってしまう。
それを許せるか―――否、断じて否。
勇敢にして愚かな者は銃を手に取り、黒の狼の討伐に挑む。彼の手にあったのは人を殺すには十分な殺傷能力を持っているアサルトライフル。だが、黒の狼に挑むにはあまりにも陳腐な玩具に想えてならない。
狼の黄金の瞳が勇者を睨む。
戦う意思を持っていかれる。挑むという意思を喰い殺される。あの巨大な存在を前にして、己の小ささを実感し、それを受け入れれば死なないとさえ思えた―――しかし、悲しき事に、この者は勇者という勇気ある者、戦士という言葉が良く似合う【愚か者】だった。
「うぅ、うわぁぁぁあああああああああああああああああああああッ!!」
銃を乱射しながら狼に突っこむ。
それを止める者はいない。
男達を囲む者達も彼を止めず、九鬼もノエルも止めない。
勇者は挑む。
勇敢なる者は巨大な怪物に挑む。
愚かだが、賞賛に値する。

【――――――しかし、愚直だわ】

牙が肉を抉った。
黒い狼の牙は白く、彼の肉体を抉った瞬間に赤く染まり、彼の脊髄をかみ砕いた瞬間に血の味を感じ取り、一人の命という存在を喰い殺す。
誰もが言葉を発しない。
黒い狼の残虐なる食事風景を見ながら、誰も言葉を口にしない。
九鬼は煙草を吸いながら、人を死ぬ光景を懐かしいと感じ、溜息を吐く。
ノエルは表情を崩さずに、人が飲まれる光景を見ながら、横目ですずかを見る。
すずかは見ていない。
何かを感じ取ったのだろう。それとも【最初から知っていたのかも知れない】。教頭がすずかの眼を塞いでいた。
それに少しだけ安堵し、狼を見る。
アレは覚悟を決めた。
この力を行使して、己が敵に叩きつける覚悟を決めたのだ。
黒き狼はゆっくりと、身体が霧状の物体になって消えていく。霧は黒い霧で闇よりも尚深い暗黒の闇。闇の底より組み上げられた闇色の水が蒸発し、黒い霧となって周囲を覆う。
黒の霧は地面に降り注ぎ、真っ黒な血の池を作り出す。
その上を、一人の令嬢が歩く。
ピチャリ、ピチャリと足音を立てながら歩く。
黒いドレスに白い肌。
靴は履いていない。
裸足で黒い血溜まりの上を歩く。
口元にはべっとりと染みついた、血。
手にはべっとりと染まった、血。
その手で殺し、その口で食したという意味。
「月村……忍」
一族の男は恐怖を感じた。
アレはなんだ、と。
あんなモノが居て良いのか、と。
あんな、あんな【化物】と本気で殺せると自分達は思っていたのか、と。
全てが黒に染まる。
血は紅いかもしれない。だが、紅が染まれば次第に黒くなり、それが血で在る事すら忘れてしまうだろう。血は赤くはない。血は黒い。どす黒いソレは化物の足下に広がり続け、周囲を飲みこんでいく。
血だまりの上を歩く忍は、脚を止めて九鬼を見る。
冷たい瞳だった。
人形の様に冷たい、無機質な瞳ではなく――――決意を秘めた絶対零度の瞳。
冷たくもあり、熱くもある。
【ここは、引き受けます】
声は口から洩れるはずなのに、忍の声は不思議と脳内に直接響いた。
【私の妹を……よろしくお願いします】
「あぁ、わかったよ」
車に乗り込む九鬼を見て、それから後部座席にいる妹を見た。妹は姉である忍を見て、驚いている。いや、もしかしたら恐れているのかもしれない。
だが、構わない。
【すずか……】
忍は妹、すずかに背を向け、
【頑張ってきなさい】
そう言って、歩きだす。
「―――――お姉ちゃん……」
歩きだした脚を止め、
「お姉ちゃんも……頑張って」
振り返った時に見せた顔は、

「お姉ちゃんに任せなさいってッ!!」

化物ではなく、一人の姉の素顔。
そして、男達に見せる顔に優しさは要らない。
車が動き出すが、誰もそれを止める者はいない。
否、止める事すら忘れている。
目の前の存在を前に、目を反らさないという選択肢を取る方が何倍も生き残る確率を高める方法だった。
【…………】
視線の先には完全武装の男達。一人一人が吸血鬼としての力を十分すぎる程に有しているにも拘らず、その手には近代的な武器が握られている。
情けない、これが感想。
堕ちたものだ、これが本音。
可愛そうに、これが同情。
【貴様等は、それで我が一族の戦士か?】
情けない、情けない、情けない。
月村という存在を裏切り者と称し、己こそが上位にあると偉ぶり叫ぶというのなら、何故その手には人間の武器があり、それでいて己を恐れるというのか。
【あぁ、そうか。これは冗談なのだな?いいぞ、待っていてやる。さぁ、変身しろ。狼に変化して我が身体を噛み千切れ。霧に変化して我の攻撃を全て凌げ。蝙蝠に変化して我の血という血を飲み干し殺せ……それが出来ないのなら、使い魔を呼んで挑んでも良い。暗示で我を自殺させても良い。何でもいい。何でも構わない。どれか一つでも出来るというのなら合格だ】
だが、誰も出来ない。
堕ちたのだ、彼等は。
化物を失望させるほどに、堕ちた吸血鬼なのだ。
【出来ないのか?】
踏み出す。
踏み出して身体を蝙蝠に変化させる。
無数の蝙蝠が男達に襲い掛かる―――いや、群がっているだけだった。
それでも男達は可愛らしい悲鳴をあげた。
【まさか、この程度も出来ないのか?】
蝙蝠は突然と黒い霧に姿を変え、周囲の者の身体を取り囲む。
【初歩の初歩も出来ないのか?】
黒い霧は足下に堕ち、血の池を作り出す。その池の中から黒い狼が出現し男達をパニックに陥れる。
【―――――情けない】
目は無数に、口は無数に、耳も無数に、全てが無数に。
血の池に耳を無数に、狼の身体に無数の眼を、蝙蝠の翼に無数の口を。
【空も飛べず、身体も変化させる事も出来ず、己が身体一つで戦うどころか、近代兵器に頼るという愚劣な選択――――そんな貴様等に夜の一族を名乗る権利は無い】
言葉の一つにナイフがある。
男達の心を刺し殺すナイフがある。
ナイフは心を突き刺し、自尊心を傷つける。その傷の痛みが勇気ではなく怒りを湧かせる事に成功し、男達は銃を取る。
「言わせておけば、この小娘が……」
「裏切り者のバニングスと共にいる、誇りを捨てた貴様にどうこう言われる筋合いはない!!」
「殺してやる……ぁ、あ、こ、ここ殺して、やる!!」
【威勢だけは一人前だな……よし、わかった】
忍は大きく手を広げ、
【特別サービスだ。私はこれから十分間だけ動かない。身体も変化させないし、攻撃も防御もしない。貴様等のしたい様にすればいい。その鉛弾で私の身体を貫くも良し。ナイフで切り刻むも良し。その出来そこないの人形共に襲わせても良いし、ゴーレムらしきもので潰すのも良い―――――だが、】
ニタリ、そんな表現が似合う恐ろしい笑顔を浮かべ、忍は最終通告を選択する。



【十分以内に私を殺せなかった時は―――――貴様等、全員犬の餌だ】



忍は手を叩く。
パンッと小さく、そして絶望の鐘を鳴らす音が響き。
【さぁ、スタートだ】
悲鳴と銃声が木霊する。





「カカッ、無理しちゃってまぁ」
屋上の上、闇夜に照らされるは深紅のスーツを着込んだ金髪の大男。
男の名前はデビット・バニングス。
そして、その隣に佇むのは執事である鮫島。
「いやぁ、久しぶりに返ってきて見れば、随分と面白い事になってと思わねぇか、鮫島」
「左様でございますね。ですが、これを楽しいと言ってしまう辺り、デビット様もアレな部分も地に堕ちてしまいそうな勢いですな」
「いやいや、やっぱり元・夜の一族の俺としては、お嬢様のあんな成長した姿を見てびっくり仰天なわけなんだがね」
手を叩きながら笑うデビットに、鮫島は静かに尋ねる。
「それでは――――デビット・バニングス様個人としては、どうですかな?」
「無理し過ぎなんだよ、お嬢様はよ」
急に声のトーンを落とし、舌打ちをする。
「本当はしたくもない癖にあんな事をする辺り、心はそのままと見たね。しかも、あんな敵役悪役憎まれ役を三拍子を演じるなんて子供であり未熟だな。男として、可哀想で見てられんよ」
「ならば、手をお出しになれば宜しいのでは?」
デビットは首を横に振り、
「生憎な事なんだが。男ってのは女の覚悟を不意にして良いなんて権利はなんだよ。女は逆に男の覚悟を不意にする、止める権利はあるがな」
「深いのですね、男の道というのは」
「深すぎて、時々自分が嫌になるね」
銃声は鳴り止まない。
男達の叫びも鳴り止まない。
「死ね、死ね、死ねよ……なぁ、死んでくれよ!?じゃない、と、じゃないと俺達……う、うぅぁぁぁぁ、死ね!!死ね!!死ね!!」
「嫌だぁ、死にたくない。死にたくなんて、ないのに!!」
「殺せ!!あの化物を殺さない、殺されるのは俺達だ――――殺せぇぇぇええええええええええええええええええええええ!!」
惨いな、とデビットは呟く。
「生きる者ってのは、生にしがみ付くとああなるんだな」
「生きる者ではありませんよ。ああなるのは【挑む覚悟の無い者】だけです。挑む覚悟がない者は己が負ける事など考えない。死ぬ事も、殺される事も、何も考えてはいない……だから、いざという時にあの様な醜態を知らしめる事になるのですよ」
時計の針は進む。
残り三分。
カップ麺が出来る時間が過ぎれば――――この辺り一面は血に染まる。
「俺にこんな役目を与えるなんざ、あのお嬢様も随分と優しい事だな―――なぁ、ファリンちゃんよぅ?」
デビットと鮫島の背後に、携帯電話を持ったメイド、ファリンが立っていた。
「申し訳ございません、デビット様。この様な役をアナタ様に押し付けてしまって……」
「構わんよ。確かにあんな重装備の連中を集めて―――止められる自信はないだろうだ」
真下では、重装甲の者達がいる。彼等は月村忍によって集められ、ある目的の為にのみ動く部隊。部隊員の殆どは警察や自衛隊、または元軍人や傭兵といった者達ばかりだ。
彼等が此処にいるのは、ある目的の為。
九鬼は確かに言った。
これは夜の一族の連中を誘い込む為の罠であると―――だが、残念な事にそれは間違っている。
彼等は夜の一族を相手にする為に呼び出されたのではない。

月村忍を止める為に、呼び出されたのだ。

「力を支配する者が、力に溺れる……いや、己が力を支配しきれないとはな」
「皮肉な事でございますな」
「本来なら俺が務める役目だからな、そういうのは。だが、あのお嬢様は頑として首を振らなかった……それがアレだ」
残り時間は、あと一分。
「死なぬ化物、殺せぬ化物。他人にとっても化物であり、己にとっても化物。お嬢様よぅ、アンタは力を求め過ぎるには―――早すぎたんだよ」
煙草を咥え、火を灯す。
赤い瞳の先に見えるのは、黒いドレスの女が一人。
銃弾に身を貫かれ、刃に身体を切り刻まれ、爆弾によって身体を吹き飛ばされ―――それでも生きている。死ぬ事なく、殺される事なく、ただ破壊と再生を繰り返す。
痛みを感じないわけがない。
苦しくないわけがない。
幾ら不死身に近い肉体をもっていたとしても、痛覚が死んでいるわけではない。激しい痛みを身体を襲われながらも、黒きドレスの女は、成すがままにされている。
「どんな、気分なのでしょうか……」
ファリンがポツリと呟く。
「私は長年忍様の元に居ました。ですが、だからといってあの方の全てを知っている、わかっているというわけではありません……むしろ、知っているからこそわからなくなるのです」
わからない事が悔しく、悲しいのだろう。
「私達が……弱いからでしょうか?頼りにならないからでしょうか?忍様が、ああして出向いて―――力を使うのは」
「そいつは違うだろうな」
デビットは言う。
「別にそんな事は関係ないのさ、あのお嬢様にとってはな。アンタ等が強かろうと弱かろうと、頼りになろうとなかろうと、お嬢様にとってあの力を使う事は使命なのさ。使命というか義務でもあり、権利でもあり、そして運命なのかもな」
銃声が止む。
時間は来た。
時は満ちた。
月村忍の力は解放する。
「だから、アンタ等はお嬢様から、家族から目を反らすな。それが今のお嬢様にとって絶対に必要不可欠な事だ」
黒のドレスは闇に熔け、夜の闇に金の瞳が輝く。
殺戮が始まる。
殺戮を開始して、終わりを始める。
血の海が生まれた。ただでさえ足下は血の池となっているにも関わらず、その上に新たな血液が吹き出し、血の池の量を増やしていく。
その原因となったのは、一人の男の首が【消し飛んだ】という事に関係があるのだろう。男の隣にいた者は、何時の間にか消えた男の顔を探し、遠く離れた忍の手の中にある事を確認し、悲鳴を上げた。
忍は首を天高くあげ―――握りつぶした。
トマトを潰す様に、首は忍の細くい指先によってミンチとなり、血肉を辺り一面にまき散らす。手から滴り堕ちる血を、忍は舌を出して舐める。
何度も何度も舐め、それから男達を見る。
敵を見るのではなく、獲物を見る様な眼だった。
【―――――時間切れだ】
絶望の言葉を囀り、忍は跳ぶ。
一瞬で男達の目の前に現れ、一番近くにいた男の身体に手刀を叩きこむ。ズブッという艶かしい音がすると同時に、胸から背中に突き抜けた忍の手には今もなお動き続ける心臓があった。
それを握りつぶす。
悲鳴、絶叫、阿鼻叫喚の嵐。
男達は逃げる。
先程までの威勢が完全に消え、今はただの狩られるウサギへと変わってしまった事に気づく。もう遅いが命乞いをする。もう遅いが逃げようとする。もう何もかもが遅いが助けを呼ぼうとする。
だからこそ、もう遅い。

黒い狼が妖の上半身を喰い殺す。

黒い霧が妖の内部に入り込み、中で姿を成して内から殺す。

黒い無数の蝙蝠が妖の血を根こそぎ吸い取り、殺す。

化物は嗤って殺す。
命に価値はないとばかりに暴虐し虐殺する。
月村忍という女性は、そこには存在しない。そこにいるのは人の形をした【吸血鬼】という化物が一匹。
笑い、
嗤い、
哂い、
「――――まるで、泣いているようですなぁ」
「他人事だな、鮫島」
「えぇ、他人事です。生憎、私は己の事などどうでもよい人間ですので―――だから、こうして他人事でなければ、動けぬ人間なのですよ」
「ふんっ、まったくいい加減な男だな」
「主様も」
「あぁ、同感だ」
その姿を見て、男と執事は立ち上がる。
「助力、してくださるのですか?」
「そうじゃなきゃ、此処にはいないさ。それと、他の連中は退かせろ。あの程度の装備じゃ、お嬢様を止める事は出来ないし、居ても邪魔だ」
「その通りでございますな。いやはや、月村のお嬢様も己の力を過小評価し過ぎてございます。あれでは無駄な被害を出すだけだというのに」
そう言って、二人は屋上から飛び降りていった。
「…………」
屋上に残ったファリンは、祈る様に携帯を握りしめる。
忍の力は確かに強大だ。だが、それがあまりにも強大過ぎた。その力は忍自身も制御できない程であり、一度解放してしまえばもう止まらない上に止めれない。
そもそもの話、吸血鬼がという化物が最初からあんな力を持っているわけではない。本来ならゆっくり、人間が成長していくように、ゆっくりと年月を重ねる事によって生み出される吸血鬼としての力。
それ故に三十年生きても、身体能力が高い程度の能力しか持っていない者も少なくない。五十年生きている者でさえ、身体を蝙蝠に変化させる事が出来れば十全だろう。
だが、忍は二十代にして【全ての力】を発現させた。
身体を霧にする事も、身体の一部を狼とする事も、蝙蝠に成って空を飛ぶ事も、それ以外にも吸血鬼、夜の一族として百年以上生きないと発現しない能力の全てを持っている。
天才だと誰もが思った。

だが、彼女は天才にはならず、天災となった。

屋上から見える光景を見て、それが幻想的だとはとても言えない。戦争の映像を見ている方がまだマシだと思える程に、凄惨は光景が其処に広がっている。
人間らしい死に方が出来た者は一人もいない。
四肢を砕かれ、四肢を切り刻まれ、四肢を干乾びさせ、四肢を噛み殺されていた。
「忍様……」
忍は、そんな中で佇んでいる。
黒いドレスを身に纏い、素足で血だまりを歩き、真っ赤に染まった手を舐める。
目は黄金に輝き、口元は三日月の様に歪んだ笑みを作る。
血に酔い、力に飲まれた化物。
こうなる事がわかっているというのに、彼女はその力を使った。何故か、問うまでもないだろう。
遠くから聞こえる車の音。
大事な妹を守る為に、化物になっても構わないと思ったのだろう。
その為になら、二度と元に戻れなくなって、あっけなく殺されたとしても後悔はしないだろう。
だが、そんな事など許されない。
彼女が誰かを守ろうと思っているのと同じ様に、彼女を守ろうとする誰かがいる。
「デビット様。どうか、どうか忍様を……」
助けてください、と口にした。
聞こえないだろう。
聞こえるわけがないだろう。

「――――――男たる者、女に助けを求められたら、有無を言わさず手を取るべきだよな?」
「左様でございますとも」

化物に挑むは怪物。
「それにしても懐かしいですなぁ……こうして忍様のこの状態と死合うのは、冷戦以来でしょうなぁ」
「確かにそうだな。もっとも、あの時より面倒だぞ今回は。なにせ、あれから成長しているからな、お嬢様も」
しかし、二人の男は余裕の色を消しはしない。
「とりあえず作戦でも立てるか?」
「そうしましょう。なにせ、こういう戦いに置いて作戦は重要ですので」
そう言って鮫島は拳を握り、
「私が殴りますので」
デビットが嗤い、
「俺が蹴り飛ばそう」
作戦会議終了。
化物が二人を認識する。
親しい者ではなく、獲物だと認識し―――すぐにそれは違うと修正する。
アレは、アレは獲物ではなく敵だ。
己が力と同様か、もしくはそれ以上の怪物だと本能が叫ぶ。
「それはそうとデビット様。こんな時になんですが、昨日のお話の続きなのですが」
「あの話か。なんつったっけ?確かお前の使っている流派の新しい流れを生み出したいから、ちょっと金だせやって言ってたアレだろ」
「えぇ、そうです。私もいい歳なので、そろそろ新しい事にチャレンジしてみたいのです」
「色々と間違ってる気がするが……まぁ、最近は古武術ブームだし、いいんじゃねぇか。俺の会社もそういう方向に手を出すのも悪くないしな―――で、なんていう流派だっけ?」
鮫島は何時もの構えとは違う、構えを作る。
「名前はまだ考えておりませんが……そうですな【鴉心流】というのはどうでしょうか」
「あしんりゅう、ねぇ……いんじゃねぇの?アリサとか喜んで習いそうだしな」
「そうなれば嬉しいのですが、生憎な事にアリサ様には昔、ちょっとした遊び心で【我が流派】を教えたのですが……」
渋い顔をする鮫島。
「ん、どうしたよ?」
「流石はデビット様の娘といいますか、主人公体質といいますか――――あまりにもあっさりと私の技を盗みまくるので、ちょっと本気でボコってしまいました」
「…………あぁ、だからお前の事が嫌いなのな、アイツ」
「私もまだまだ若いですからなぁ」
「さっき、いい歳って言ったばっかりじゃねぇかよ…………というか、人の娘に何してくれてんだよテメェは!?」





数多の異形は白い車を追い詰める。
住宅街を抜け、人気の無い深夜の臨海公園へと追い詰め、車は止まった。
ゴーレム、ゴブリン、ドラゴン、ガーゴイル、異形の群れは車を囲み、中にいるであろう人間を滅多刺しにしてやろうと牙と爪を研ぐ。
ドアが開く。
中から白髪隻眼の男が姿を見せる。
「木偶人形がこれだけ揃うと、これはこれで十分すぎる程に滑稽だな」
ニヤッと嗤いながら、口には煙草を咥えている。
「だが、所詮は人形というわけか―――揃いも揃って能無しの木偶と言う事には変わりはないな」
ゴブリンが動く。
動く前に、
「鈍い」
鬼の一撃をまともに喰らい、破壊される。
呆気なく破壊された同胞を見ても、彼等は何も思わない。それよりも逃げようとせず、戦おうとしている鬼を見て、敵意を抱く。
とうとう観念し、戦う事を選択したのだろうと、彼等に意思があればそう思うだろう。だが、彼等は気づかない。彼等の作り物の眼には男の姿しか映っておらず、車の中にいる者の姿を見ようともしない。
本来、彼等が与えられた命令は少女と教師を殺すという命令であり、この男はそれを邪魔する障害でしかない。それでも限られた命令しか出来ない彼等は無い頭を使ってこう考えた。
この男を殺せば、残る二人はあっさりと殺せるだろう、と。
しかし、それ故に気づかない。
彼等も知らぬ内にターゲットを男に絞り込んでしまったせいで、車の中に【一人しかいない】という事実に気づかない。
「教頭。そこから動かないでもらいたい。その代わり、車には一匹足りとも近づけはしない」
「…………わかりました。アナタを、信じます」
「ご期待に添う様に、がんばりますとも」
鬼は腕を突き出し、掌を相手に向ける。
守るべき者は二人はなく一人。
二人いたはずの一人は、先程【走行してる途中で降りた】ので、此処にはいない。
「防衛線は得意じゃないが、やれん事もないだろう」
敵は無数。
味方は己一人。
負けはあるかと聞かれれば、否と応えようではないか。
ましてや、この程度の連中を相手にする事に不安など感じない。不安があるとすれば、降りた一人が目的を達する事が出来るかどうか、という一点だけ。
「後はお嬢ちゃんの頑張り次第と言う事か……」
恐らく、今頃少女は走っているだろう。
大事な絆の為に、嘘を嘘で終わらせない為に、小さな身体で頑張っているだろう。
「―――――さぁ、来い」
鬼は挑む。
鬼は戦う。
主人公ではない鬼は、主人公の為に戦う一人の登場人物に過ぎない。
故に、後は物語の主人公に任せる事にしよう。
人の為に走る、友の為に動く、妖の物語を信じて。

さぁ、戦争を続けよう







時間は少しだけ遡る。
九鬼達がカーチェイスを続けているぐらいにまで時間は戻る。
海鳴のオフィス街を空を滑る様に飛ぶ魔女、スノゥはこれから叶うであろう自身の願いを想い、嗤っていた。
あの人間達の邪魔はない。自分を追ってくるのはわかっていたが、この街には自分が作りだした異形やゴーレムの他にも、夜の一族とかいう愚か者達がいる。彼等を騙し、こちらに引き込んだのは都合が良いからであり、別に彼等の願いを叶えるつもりはまったくない。それでも彼等は己の妄念を達成できると本気で信じ、魔女に力を貸してくれた。
高町なのはのデータを改ざんする事にも手を貸してくれたし、高町なのはの両親のデータも、家族のデータ。個人を個人とする為に必要な全てを改ざんしてくれたおかげで、ここまでこれた。
その点から見れば感謝の言葉の一つも送っても良かったが、所詮は二度と遭う事のない者達の事など知った事ではない。
もうすぐだ。
もうすぐ、願いが叶う。
【鍵】はある。
【鍵】の力を解放し、門を開くのだ。
そうすれば、そうすれば、
「漸く、私はこの小さき箱庭から出る事が出来るのですね、我らが王よ」
光悦に浸る顔を張りつかせ、魔女は空を飛ぶ。
だが、そんな魔女の瞳に奇妙な物体が写った。
「―――――?」
小さな点、だった。
「あれ、は……」
小さな点が徐々に大きくなり、
「アレはッ!?」
それが巨大な物体だという事に気づいた。
「――――クッ!!」
巨大な物体はスノゥ目がけて真っ直ぐに飛来してきた。最初は小さな点であっても、近づけばそれが何か一目でわかる。それは―――タンクだ。貯水タンクが虚空の彼方からスノゥ目がけて飛んできたのだ。
それを避ける。
背後にあったビルに貯水タンクが激突し、割れた窓ガラスや崩れた壁が地面に落下する。幸い、ビルの中にも下にも誰も居なかったのだろう。騒がしいサイレンの音がビルの中から響いているが、人の悲鳴は聞こえない。
「な、何なんですの!?」
疑問が浮かぶが、答える者はいない。それどころか、鼓膜を刺激するヒュンヒュンという風切音に気づいた。その音は先程貯水タンクが飛んできた方向から聞こえ、その方向に視線を向けると――――今度は、巨大な看板が縦回転で向かってきていた。
それだけではない。
次々と巨大な物がスノゥ目がけて飛んでくるではないか。
避ける、避ける、避ける。
避ける事によって飛来物は次々とビルに突き刺さり、ビルは見るも無残な姿に変わりはてる。
何者か知らないが、確実に相手は自分を狙っている。
スノゥは魔法で反撃する。
相手は見えないが、とりあえず飛んでくる物を壊す事は可能だろう。手から雷や炎、風を巻き起こし、次々と飛来物を破壊していく。
そして、何も飛んで来なくなった瞬間――――今度は、小さな何かが飛んできた。
それは今までの様な巨大な物ではない。
小さい。
小さな点は近づいても小さいままだ。
だが、その速度は今までの飛来物の数倍は速い。
気づいた時には、

既にそれは目の前に現れた。

「―――――ッ!!」
衝撃はスノゥの身体に叩きつけられる。防御する事も出来ず、魔法による障壁を張る暇もなく、何か小さな物で大きな力を叩きつけられた事に気づいた瞬間、スノゥの身体は近くに聳え立つビルの中に激突した。
ビルの中にある机や椅子、オフィスの一端となっていた部分を根こそぎ破壊して、壁に叩きつけられる。
何が起こったのか理解するのに、時間は掛らない。
わかった事は自分が開けた壁に、満月を背に立っている小さな影。
腕を組み、仁王立ちしているソレは、スノゥが帝霙を名乗っていた時に見慣れた誰かの姿。
「こんばんわ、先生」
だが、その姿が知らない。
闇夜に光る赤い瞳。
肉食獣に似た獰猛な笑み。
「夜空の散歩は楽しかった?でも、駄目ね。飛行許可もない飛行機とか箒は問答無用で落しても良いって法律で決まってるのよ」
「ど、どうして……アナタが」
「どうして?それは先生が聞くの?」
おかしいのだろう。ソレは笑っている。
目が一切笑っていないのに、笑っている。
「答えなんて知ってるでしょうに……アナタが、アンタが、お前が、貴様が――――テメェがやった事を知った上で、テメェを野放しにしておく馬鹿が何処にいるってのよッ!?」
その言葉で十分だった。
先程から自分目がけて飛んできた物を投げつけたのは―――この少女だ。
あの小さな身体で、自分の何倍も巨大な物を兇器に変えて、投げつけて来たのは、この少女だ。
「―――――そう、ですか……アナタも、私の邪魔をするのですね……」
「邪魔なのはそっちよ。アンタのせいでこっちはいい迷惑してんのよ。アンタが何をしたのか大体わかったけど、何を目的としたのかは知らない―――けど、知る必要もないってことだけは知ってるつもりよ」
お前は怒らせた。
獣に怒りを抱かせた。
「アンタのせいで私の友達が泣いたのよ。アンタのせいで私の大切な人達が傷ついた。それだけあれば、アンタをぶん殴る理由は十二分にあるわ」
「あらあら、女の子がそんな酷い言葉を使っては―――いけませんよッ!!」
腕を振るうと同時に、少女の立っていた場所が爆破する。
が、
「アンタに一つだけ教えてあげるわ」
その声はスノゥのすぐ近くから聞こえる。
爆発した場所よりもずっと前、スノゥの目の前に瞬間移動した様に現れた少女。
「魔法使いが私みたいな奴と戦うのってさ、結構大変なのよ」
当然の事を口走り、拳を振り上げる。
ズドンッと、スノゥの背後に巨大なクレーターを作り出す。それを寸前で交わし、スノゥは箒を取って夜空に飛ぶ。
「飛べば逃げれると思ってんの?」
声は飛んだ自分の上から響く。
見上げれば、少女が脚を大きく振り上げ―――叩きつけてきた。
振り下ろされた蹴りが身体に叩きこまれた。今度はちゃんとガードする事が出来たが、その威力を完全に殺す事は不可能であり、スノゥの身体は真っ逆様に地面に落下する。
地面に叩きつけられる寸前に体勢と整え、何とか地上に激突する事は回避するが、
「おらぁぁあああああああああああああああああああああああああ――――ッ!!」
衝撃は地面を穿つ。
コンクリートは捲り上がり、地面が吹き飛ぶ。
それを成すのは少女の小さな拳。
小さくとも、絶大な威力を秘めた拳。
そんな光景を前に、魔女は言葉を失くす。
砂埃を切り裂き、少女はゆっくりと立ち上がる。
「最初に言っておくわ」
金色の髪を靡かせ、
「手加減はしない。アンタは私の全力全開でぶっ壊す」
深紅の瞳が輝き睨む。



「私の【群れ‐友達‐】に手を出した事を、地獄の底で後悔させてやるわ」


魔女の前に人狼が立つ。
アリサ・バニングスという、一匹の獣。



さぁ、戦争を終わらせよう






次回『人妖編・最終話』


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