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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/08 00:12
良い子でなくてはいけない。
悪い子になってはいけない。
どうしてそうしなくてはいけないのか、その理由は最初はわからなかった。でも、周りは良い子には優しくしてくれし、悪い子は叱られる。
そんな当たり前の事を私は普通な事だと思っていた。
なんて事はない。
私にとって良い子であろうと悪い子であろうと、どっちでもいいのだ。私という存在がどちらであろうとも、家族のみんなは私の事を家族として扱ってくれる。
問題なんて何もない。
私がどんな子でも、みんなは私を愛してくれる。
子供ながらにそんな事を想っていた。
それが間違いだと思った事はない。だから私もみんなに好かれる様になろうと思った。極端な良い子でもなければ、行き過ぎた悪い子にもならない。
つまりは、普通という一言。
それが私、高町なのはという子供だった――――気がする。
全ては過去の話でしかない。
綺麗な過去、楽しい過去、忘れる事すら出来ない過去は思い出すのではなく【想像】する事しか出来ない今、私はそんな過去に縋りついている。
過去の私は、どんな子だったのだろう?
思い出せない。
きっと普通な子だったんだ……でも、どんな風に普通だったんだろう?
わからない。
思い出せない。
頭に霞みが掛ったように何も見えなくなり、形があったはずの思い出はパズルのピースの様に細かく分かれ、崩れていく。
わからない事が怖い。
思い出せない事が嫌だ。
過去なんて嫌いだ。
今が良い。
今よりも未来が良い。
過去なんて嫌いだ。
過去は過去でしかない。今、目の前にあるモノではなく、記憶から消えていく過去なんて嫌いだ。
だからだろう。
私は今を生き、今は未来へと進み、進んだ後に残るのは過去。
過去と今と未来は常に一定のペースで進む。
私の嫌いな過去は私と共にあり、私の好きな今と未来は過去と共にある。そんなジレンマに陥りながらも生きているのは、

私が【過去から未来を奪い返す為】だ。

返して欲しい。
私の大切な存在を返して欲しい。
その為になら自分なんて要らない。
自分という存在も、周りという環境も、他人という陽炎も差し出す。
だからお願いです、神様。
「私の、大切な過去を返してください……」
祈る夜空に星はあっても綺麗に思えない。
祈る先にいるであろう神様は沢山の人を見ていても、見ているだけで何もしない。だから私は誰よりも神様に祈り、少しでも神様の心を動かす為の言葉を吐き出す。
「一人は嫌なんです……だから、返してください」
神様は何も答えない。
どうして神様は私のお願いを聞いてくれないのだろう?
どうして神様は私から大切なモノを奪っていったんだろう?
どうして、



どうして――――私の前から家族は消えてしまったのだろう?



誰も居ない。
私の周りには誰も居ない。
お父さんもいない。
お母さんもいない。
お兄ちゃんもいない。
お姉ちゃんもいない。
誰もいない。
誰一人としていない。
こんなの変だよ、おかしいよ。
だって約束したんだ。
お母さんはちゃんと言ってくれた。お父さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、明日になったら沢山のお菓子を持ってきてくれるって。病気で入院した私の為に沢山持ってくるって、毎日お見舞いに来るって、そう約束してくれたんだ。
だから苦しいけど頑張れた。
薬は苦いし、夜は怖くて寂しい。でも、明日になればきっと家族が来てくれる。
我慢した。
我慢した。
うん、我慢したんだよ?
頑張ったんだよ?
苦いお薬は我慢して飲んだ。病院食はお母さんの料理と違って美味しくないけど、残さず食べた。お医者さんの言う事もちゃんと聞いたし、同じ病室の人に迷惑をかけない様にずっと静かにしていた。
ほら、なのはは良い子なんだよ?
なのに、どうして来てくれないの?
どうして、明日になったら来てくれるって言ったのに、どうして来てくれないの?
時計の針は朝、昼、そして夜に進む。病院全体が暗くなり、みんなは眠りだす。結局、誰もお見舞いに来てくれなかった。どうして来てくれないのかわからず、布団の中で一人で泣いた。
でも、もしかしたら理由があったのかもしれない。
きっとお店が忙しいのかもしれない。
きっとお兄ちゃんもお姉ちゃんもお手伝いしなければいけないくらい、もの凄くお店が繁盛しているのかもしれない。だったらしょうがない。だったら来れなくてもしょうがない。でも、明日はきっと来てくれる。来てくれるに違いない。きてくるよね?きてくれるんだよね?こないわけないよね?こないの?きて、くれないの?だいじょうぶ、きてくれるよね?うん、そうだよね?そうだよね?ね?ね?ね?

―――――次の日、誰も来なかった。

苦いお薬は頑張って飲んだ。病院食は残さず食べた。お医者さんの言う事はちゃんと聞いたし、病室の人に迷惑かけなかった。

――――でも、今日も誰も来なかった。

苦いお薬に慣れてきた。病院食の味は感じられなくなった。お医者さんの言う事は聞いて流した。病室の人なんて目に入らなくなった。

――――そして、今日も誰も来なかった。

薬は飲んだ。食事はとった。誰かの言う事は聞いた気がする。周りの人は知らない。

――――結局、今日も来なかった。

飲んだ。食べた。聞いた。考えなかった。

―――――当然、誰も来なかった。

わからない、知らない、聞かない、考えない。

―――――来ない。

誰も来ない。
誰も来てくれない。
私の病室には誰もこない。
お母さんもこない。
お父さんもこない。
お兄ちゃんもこない。
お姉ちゃんもこない。
誰もこない。
周りの人には誰かが来るのに、私には誰もこない。誰一人として来てはくれない。どうして誰も来てくれないのだろう。どうして誰も私のお見舞いに来てくれないのだろう。寂しい、悲しい、虚しい、苦しい、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして…………どうして、来てくれないの?
そんな事を一日中考えていた。そんな時だった。お医者さんと看護婦さんが何かを話しているのを聞いた。
看護婦さんが尋ねた。
どうして私の両親はこないのか?
お医者さんが言った。
私の両親は居なくなった。
看護婦さんが驚いた。
どうして?
お医者さんは仮面みたいな顔で答えた。
わからない。でも、もしかしたら――――
聞きたくない言葉を聞いた。
嘘だと叫びたい衝動にかられた。
お医者さんは言った。
私が聞いる事に気づかないのか、これが当たり前だと言わんばかりに口にした。

「この街では良くあるんだよ。病院に入院させた子を――――そのまま【捨てる】親がね」

捨てる?
捨てるってなに?
捨てるって、なのはを捨てるって事?
誰が捨てるの?
私の家族が私を捨てたの?
なんで?どうして?どういう意味があって私を捨てるの?わたし、何か悪い事した?わたしがわるいの?わたしがわるいこだから、捨てるの?わたしがじゃまだから捨てるの?捨てる?すてる?すてられた?わたしが?わたしが?わたしがすてられたの?どうしてわたしがすてられたの?おかあさんは?おとうさんは?おにいちゃんは?おねえちゃんは?どうしてきてくれないの?どうしておみまいにきてくれないの?すてられた?こどもなのに?おかあさんのこどもなのに?おとうさんのこどもなのに?おにいちゃんとおねえちゃんのいもうとなのに?かぞくなのに?
あぁ、そっか……嘘なんだ。
お医者さんも看護婦さんも嘘をついてるんだ。
駄目だなぁ、大人が嘘吐いちゃだめなんだよ?
だめなんだよ?
だめ、だめ、だめだめだめだめだめだめだだめ――――だめなんだよ?
私は私の家族を信じる。
誰かの言う事なんて信じない。
良い子にしていれば、きっと来てくれる。
もうすぐ退院できるんだ。それまで良い子にしてれば、きっとその日に家族が迎えに来てくるに違いない。
私は良い子になった。
何時も笑顔の子になった―――悲しい。
何時も優しい子になった―――苦しい。
誰にも迷惑をかけない子になった―――寂しい。
そうして良い子になり、退院の日を迎えた。
着がえて、荷物をまとめて、病室を出て、お医者さんと看護婦さん、同じ病室の人に挨拶した。みんなが変な顔をしていたのは意味がわからなかったけど、気にしなかった。
そして、私は病院のロビーで待った。
ずっと待った。
ずっとずっと待った。
そして、暗くなった。
誰もこなかった。
誰一人として来てくれなかった。
そこにきて、漸く気づいた。
「そっか……私、捨てられたんだ」
自分でも驚く程に冷静な思考と声。それが嘘でも偽りでもない、本当だという事を私はあっさりと認識し、受け入れていた。
なんだ、そうだったんだ。
私は捨てられたんだ。
捨てられたから、誰も迎えに来てくれなかったんだ。
笑えてきた。
嗤ってしまう。
哂って壊れてしまいそうになった。
目の前が真っ暗になり、何もかもが壊れて死んでしまえという妄想が湧きあがり、それに呼応するかのように身体の奥から奇妙な何かが浮かんでくる。それを解放すればきっと全てが壊れて、全てが死ぬ―――壊して殺せる。
なら、そうしよう。
とうせ捨てられたんだ。
壊しちゃえ、殺しちゃえ。
良い子にして何の意味もないのなら、此処で全部を壊して殺して滅して潰しても誰も文句は言わないよね?
「みんな、みんな……大っ嫌い」
そして、私は引き金を引いた。

「――――――ねぇ、どうしたの?」

だが、引き金を完全に引き絞る前に声をかけられた。
誰だろう?
知らない人だ。
でも、優しそうな人だ。
「一人?」
一人。一人というのは孤独という意味。孤独なのは誰も無いという意味。なら私は一人で孤独で誰も無いという高町なのは。私がその問いに頷くのは当然の行為だったのだろう。
だから、私は言った。
「一人なの……一人ぼっちなの」
「お父さんとお母さんは?」
「いない。私、捨てられたの」
「そうなの……」
同情するように目を細め、それからすぐに優しい笑みを作る。
「それじゃ、お父さんとお母さんに会いたいよね?」
「…………うん、会いたい」
「なら、私が会わせてあげるわ」
「本当に?」
「えぇ、本当よ。でも、それには条件があるの。それはアナタが私の言う事をちゃんと聞く、誰の言う事もキチンと聞いて、誰にも優しくしてあげられるような優しい【良い子】にならなくちゃ駄目なのよ」
できる?とその人は言った。
私は出来る、と言った。
そんな【簡単な事】でいいのなら、幾らでも出来る。
だって私は何時もそうやっていたから。この病院で家族を待つ間、誰にも迷惑をかけない良い子を【演じてきた】のだ。そんな事は今更何の問題もない。
「私、良い子になる」
「そう、よかった……それじゃ、行きましょう」
そう言って私はその人の手を取った。
「そういえば、名乗ってなかったわね。私は霙、帝霙」
「なのは……高町なのは」
「なのはさんね。うん、良い名前だわ」
こうして私は私になった。
過去を取り戻す為、家族にもう一度会う為、今の私を創り上げた。
私は良い子だ。
良い子でいなくちゃ駄目なんだ。
例えそれが、



【本当の私】を捨て去る事になったとしても











この世に奇跡なんてありはしない。
奇跡なんて言葉は綺麗に聞こえるかもしれないが、その反面として奇跡が起きない時にどれだけ人を傷つける言葉になるのか、理解しているのだろうか。
奇跡を願う人は、奇跡が起きない事に絶望する。
奇跡を信じた人は、奇跡に裏切られ絶望する。
奇跡なんて嘘っぱちで、誰もを傷つけるナイフでしかない。
そう、自分自身がそれを身を持って体験した。
「…………奇跡なんて、ない」
すずかはそう言って薄暗い部屋に座り込む。
そう、奇跡なんて存在しない。
元々、無理な話だったのだ。
自分の様な存在が誰かと共に歩み、誰かと友達になろうとする事自体がおこがましいのだろう。なにせ、自分は化物なのだ。人間でも人妖でもない、妖という名の化物。この海鳴の街の【力】を支配する月村の家に生まれた化物。
それでも夢を見ていた。
小学校に上がったら沢山友達が出来ると。
友達に囲まれて、楽しい毎日を過ごすんだと。
歌の様に友達を百人作れるんだと。
そんな甘い幻想、妄想を本気で信じていた。
しかし、それは自分の中にしか存在しない世界であり、現実というすずかを包み込む世界においては妄言でしかないと知った。
裏切られたのか―――違う。
裏切られたんじゃない。最初から、裏切る必要もないくらいに、絆というモノが存在しなかっただけに過ぎない。当然の事だ。化物と人間の間にそんな関係を結ぶ事なんて奇跡でも起きない限り―――否、奇跡が起こっても不可能な事柄だ。
奇跡は起きなかった。少女の小さな、そして大切な望みは友達だと思い込んでいた少女の言葉によってバッサリと切り捨てられ、その心を元の冷たい心に戻そうとしていた。
あの頃、ほんの一か月前と同じ冷たく、孤独で悲しい心に戻りかけていた。
誰も信じない。
自分も含め、誰も信じる事なんて出来ない。
でも、家族だけは信じよう。
家族だけを信じて生きて行こう。
姉の忍も、メイドのファリンもノエルも、自分を含めた四人さえいれば十分だ。化物は化物の中でしか生きていけない。
「そうだよ……そうするしか、ないんだよね?」
誰に問いかけるまでもない。
すずかは目の前の現実を受け入れる。
受けれて前に進めばいいだけだ。
前に進み、この小さなフィールドの中の一人として存在し続ければいい。
必要なのは自分と同じ家族だけ。家族以外の者なんていらない、必要性を感じない。
この手は化物故に孤独に、心は化物の様に孤独に、頭は化物らしく孤独の思考を

手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に

不意にあの男の言葉は蘇る。
魔法の呪文だと男は言っていた。
手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に――――どうしてか、今はこの言葉の意味がさっぱりわからなくなった。好きな言葉だと思っていた。今でも嫌いではない。だが、その言葉が今はどうしょうもないくらいに冷たく、意味のない言葉に想えてならない。
自分の手を見て、思う。
人の手に見えてるが、この手の握力は常人の握力を平然と上回る。傷つける事も、壊す事も、殺す事も簡単だろう。それが化物だ。化物としてあまりにも常識的なスペックを持っている。
ただ、あの時。
「なのはちゃん……」
あの時、すずかは感情的になっていた。
感情的になったすずかはなのはの頬を叩いた。
普通なら自分の力ならなのはの頭部を壊すくらいの事は平然と出来ただろう。だが、それをしなかった。
殺す事だって出来た。
自分の傷つけた相手を、他人を消し去る事だって簡単に出来たはずだ。
でも、しなかった。
どうしてしなかったのか、と考えた事はない。でも、無意識の内に自身にリミッターをかけていたのだろう。相手を殺してはいけない、化物である自分が誰かを傷つけてはいけない――――もしくは、

相手を、傷つけたくないという想いがあったのかもしれない

「手は綺麗に、」
この手は血に染まっていない。
「心は熱く、」
だが、あの時の自分は完全に怒っていた。
「頭は……冷静に」
それでも、その力は誰かを傷つけてはいけないと身体を止めていた。
わからない。
どうしてそんな事をしたのだろう。
いや、そもそもの話。
どうして自分は、まだその事を引き摺っているのだろうか。
忘れればいい。
化物として生きると決めればいい、というより決めたはずだ。なのに、未だにすずかの脳内ではあの時の事が鮮明に蘇る。
忘れたいのに、忘れられない。
忘れたくないと想わないのに、忘れてくれない。
自分で自分の心が軋みそうになっているのに、考えを止めようとしない。
「私、どうしちゃったんだろう?」
こんな時、自分はどうしたらいいのか――――そう考え、すずかは立ち上がる。
薄暗い自分の部屋を出て、忍の作業部屋に向かう。
こういう時は姉に相談してみよう。今のすずかにとって唯一味方である家族こそ、頼るべき存在。この先もずっと、すずかの味方は家族だけ。なら、今の内からしっかりと家族を頼り、家族に頼られる存在になろう。
そんな事を考えながら、地下に続く階段を下りる。
忍は自室の他に様々な作業をする特別な部屋がある。中には多くのコンピューターや機械類は所狭しと並んでいる為、あまり入りたいとは思わない。というより、少しは片付けろと言いたい。
そんな忍の作業部屋のドアを静かに開き、
「お姉ちゃん、い――――」
止まった。
言葉も動きも止まった。

異常な光景がそこにあった。

部屋の中には沢山のディスプレイとキーボードが置かれ、とてもじゃないが一人では扱いきれないだろう。だが、その全てが動いている。
そう、全てが【同時に動いている】のだ。
それを成しているのは姉である忍。
真剣な表情ではなく、普段は見せない必死な形相で作業をしている。
全てが同時進行。
ディスプレイには様々なデータが高速で映し出され、キーボードを叩く音がさながら打楽器だけのオーケストラの様に思えてならない。その演奏を可能としてるのは忍は滅多に見せる事がない【月村としての能力】を行使しているからだろう。
無数のコンピューターを操作するのは忍一人。だが、それを同時進行するのは不可能に近い。それも本当の意味での同時進行は不可能だ。
だが、忍はそれを行う。
見れば忍の手が―――消えている。
消える程の速度で動いているのではなく、完全に消失しているのだ。その代わりに、キーボードを叩く音は確かに忍の手。それも【宙に浮いている手】が作業を行っている。人間の様な手ではなく、まるで影が手の形を作っているかのように、それを人間の手の様に器用に動いている。
その数は十本。
影の手の全てが全力でキーボードを叩き続けている。
「お姉ちゃん……」
姉の異能を見るのは初めてではない。だが、滅多に見るものでもない。忍がそれを行使するのは己の身を守る時だけであり、こんな作業に使う事なんて一度もなかった。それ以前に一体なんの作業をしているのかもすずかにはわからない。
呆然としているずずかの存在に気づいたのか、
「あら、すずか。どうしたの?」
忍は背中越しにすずかに声をかける。その間も忍の無数の手は止まることなく、視線も沢山のディスプレイを凝視している。
「え、えっと……忙しい?」
「忙しい事には忙しいけど……まぁ、すずかと話す事くらいは出来るわ」
「本当に?邪魔じゃなかな?」
「邪魔じゃない邪魔じゃない。すずかの事を邪魔に思う時なんて一度もないわよ」
視線はすずかに合わせないが、言葉は何時もの忍と同じ優しい声だった。その姿に安心したのか、すずかも少しだけ肩の力を抜き、空いている椅子に腰かける。
「それで、どうしたの?」
「うん……あのね」
すずかは語った。
これから自分がどうするか。
どういう生き方をするのか。
それを決めたのに、どうしてかなのはの事が頭から離れない。
自分はどうしたらいいのか、どうしたらなのはの事を頭から離れるのか。
「すぐには無理だけど、ちゃんと忘れなくちゃ駄目だと思うの……でも、どうすれば忘れられるか、わからないの」
カタカタと動く指先が、一瞬だけ止まる。しかし、すぐに再開する。
「――――すずかは、なのはちゃんの事を忘れたいの?」
「…………」
忘れたい、という本音もある。だが、それが本当に良い事なのかわからない。
「忘れた方が良いに決まってるよ……だって、私みたいな子が友達なんて無理だし、なのはちゃんだってそう思ってる」
自分の事を好きでもない。でも友達になって欲しいと言ったから友達になった。そんな冷たい、どうしようもない現実を突き付けられた今、諦めて忘れるか、踏ん切りをつけるしかない。
「どうしようもないもん……しょうがないよ」



「それ、ただ甘えてるだけよ」



鋭いナイフの様な言葉だった。
「お、お姉ちゃん?」
「それは甘えよ、すずか。別に甘えるのは悪い事じゃないけど、それは誰かの力を頼ってるだけ。誰かの力だけを頼っているだけ――――そうね、今のアナタの場合は【月村という存在】に甘えているのかしら」
予想外もしない言葉にすずかは言葉を失い。
家族だからわかってくれる。
家族だから理解して力になってくれる。
少なくとも先程までそう思っていた。だが、ソレは今、掌を返すかのように裏切られた。
「確かに記憶操作の力は存在するから、アナタが本気でなのはちゃんの事を忘れたいと思うのなら、それをしてあげてもいい。なのはちゃんという子の全てを忘れ、今まで通りのアナタになる事は出来るわ。けど、それは本当にすずかが望んでいる事なの?」
「…………望んじゃ、駄目なの?」
「すずかが本当に望んでいるのなら、ね」
でも、違うだろうと忍は言う。
キーボードが叩く音が完全に止り、影の手が消えて忍の手が現れる。椅子を回転させ、視線をすずかに向ける。
「もう一度聞くけど、すずかは本当になのはちゃんの事を忘れたいの?」
家族なのに、どうしてそんな事をいうのだろう―――どうしようもなく怒りに似た感情が湧きあがってきた。
「どうして、どうしてそんな事を言うの?お姉ちゃん、昨日言ったじゃない!?私の力になってくれるって、私の言葉を聞いてくれるって!!」
叫ぶ様な声を受けながらも、忍は冷静な顔―――すずかにとって冷徹な顔を崩さない。
「確かに言ったわ。けど、別にアナタを甘やかすとは一言も言ってない。それとも何?家族なら家族を甘やかしていいっていう理屈になると思ってた?」
「違う!!そんな事を言ってるんじゃ―――」
「私にはそう聞こえるわね……そうとしか、聞こえない」
忍は小さく息を吐く。
「いい、すずか。私達は確かに人とは違う。人間でも人妖でもないかもしれない。けど、それはあくまで【存在】だけの話よ。そもそも、存在なんて言葉はすごく大雑把な言葉なのよ。良識的な存在、悪しき存在、憎むべき存在、生きるべき存在―――存在という言葉は分類出来ているようで出来ていない。どんな存在という言葉を作り出そうと、存在という一括りである事に変わりは無いの」
忍は自分を指さし、
「私は月村という存在であり、アナタの姉という存在」
それから今度はすずかを指さす。
「アナタは月村という存在あり、私の妹という存在」
そして最後に、背後にディスプレイに写っている―――なのはの写真を指さす。
「すずかに質問よ―――この子は、どういう存在なのかしら?」
すずかは言葉に詰まる。それ以上に、どうしてここでなのはの写真が出てくるのか、それ以前に一体自分の姉は何を調べているのか。様々な疑問がグルグルと頭を廻り、言葉を紡ぐ事が出来ない。
「答えられない?それとも、答えたくない?」
「…………」
「なら、代わりに私が答えてあげるわ。この高町なのはっていう子はね―――異常な存在よ」
その言葉が、心を抉る。
「い、異常……」
「そう、異常な存在。化物の私達よりも尚化物って感じかしら。この子自身に力があるわけじゃないけど、この子の周りが明らかにおかしい。それによって人の記憶やデータが次々と書き換えられ、正常なデータが存在しないくらいにおかしい存在よ」
キーボードを叩き、ある映像を出す。
「例えば、これはこの子の家族のデータ。人間っていうのは生きてるだけで足跡を残す生き物よ。近代的な時代になってからその性質は高くなる。街に住むにも住民票は必要だし、仕事をするにも個人の情報が必要になる。さらに言えば指先一つにも指紋という個人の情報があり、皮膚や髪の毛、血液にもDNAという情報が存在する―――なら、その情報が一切存在しない、もしくは書き換えられているとしたらどうする?」
簡単だ。
それは目の前にいる人物が本物であるかどうかもわからない。
もしくは、嘘で塗り固められた存在だとも言えるだろう。
「高町なのはは、正にそれなのよ。生れた時から現在まで、この子の正確なデータなんて【一つとして存在しない】のよ」
存在しない人間。
目の前に居るに存在していないゴーストの様な存在。
「これを誰が行ったかは知らないけど、随分と大雑把な事をしてくれたものだわ。なにせ、一つの情報に対して偽りが二つも三つも存在する。まるで高町なのはという存在を知った者にそれぞれ間違った情報を与えているかのような感じかしら」
忍の提示したデータは誰が見てもおかしかった。
例えば彼女の親が経営していた翠屋という店がある。
この店は数年前から経営している。いや、経営している様に見せかけている。
市への申請や光熱費の料金、食材費などは何度も何度も様々な講座に振り込まれている。だが、それが時々おかしい事になっている。
振り込まれているはずの料金が引き落とされていない。もしくは振り込まれた相手が存在しない。振り込まれる側も振り込む側も存在しない。
「おかしいでしょう?いいえ、おかしいなんてもんじゃないわ。こんな異常な状態であるのなら誰だってすぐに調べるわ。けど、調べた結果として何もなかった。【何も無かった事が無かった事にされている】のよ」
「えっと……言いたい事が良くわからないよ」
「そうね……ある店があり、その店がある事を誰もが知っている。けど、誰もその店を見た事がない。見た事がないから探す。けど探しても見つからない。だけど見つからないのに探した者は見つかったと口にする。結果、誰もその店を知らない――――正直、私も言っていてわからなくなるけど、言いたい事は一つだけ」
「おかしいって事、かな」
「そういう事。そして、そのおかしい事の中に彼女の両親も含まれている。市への登録情報として確かに彼女の両親や家族、彼女自身のデータは存在している。けど、それだけ。データはあるが本人は存在しないというおかしな状態なのよ」
連続して使われる【おかしな状態】という言葉。
よくはわからないが、とにかくおかしいという事だけは理解した。
理解したという事にした。
「まったく、こんなデータで良く今まで隠し通してこれたわね。もしくは、それを隠す為の協力者がいたのかしら?いるとしたら、私達の身内か、配下という線が一番打倒だけど……生憎、敵が多すぎて誰かまでは絞りきれないわね」
忍は言う。
高町なのはは、存在しているが存在していない存在。
彼女のデータが多すぎて、逆に全てが嘘に思えてしまう為に存在しているか怪しい。
だが、現に彼女は確かに存在している。
しかし、データ上では奇妙過ぎる。
「だからね、私としてはこの子は完全に異常なのよ。私が直接見たわけじゃないけど、データバンクに登録されたあまりにも多すぎる偽情報から、とてもじゃないけどまっとうな存在だとは言えないわね」
「…………」
嘘に嘘を塗り固め、何時しかそれが嘘であるかどうかもわからなくなった。高町なのはという少女の周囲はそういう情報によって塗り固められ、データ上では完全にわからない状態になっている。
だからこそ、最初の質問に戻る。
「こういう点から踏まえて、よ。すずか、アナタは高町なのはをどういう存在だと思ってるの?」
存在という言葉。
存在という単語を別の言葉につなげれば一つの個となる。だが、それは結局は大きな存在というモノの一つにしかならない。
「化物に見える?」
思い出す。
「私は化物に見えるわ」
思い出す、日常を。
「あんな化物じみた子を、アナタの隣に立たせていた自分が情けないわ」
思い出す、日々という今を。
「まぁ、アナタが忘れた言っていうのなら、別にいいけどね。だって、こんな化物を――――」

「なのはちゃんは化物なんかじゃない!!」

嘘だったかもしれない。
裏切られたかもしれない。
信じた自分がバカみたいで、それを裏切ったなのはを許せないかもしれない。
けど、信じたいたのは事実。
だから、大好きだったのも事実。
その事実が高町なのはの存在という意味に繋がるのなら、
「化物なんかじゃない……化物なんて、言わないで」
「ふぅん、アナタはそう思うんだ」
「なのはちゃんは……なのはちゃんは、」
思い出そうとする行為すら馬鹿らしい。思い出す前に勝手に思い出が止めどなく溢れ出てくる。
それは嘘で塗り固めた真実かもしれない――――だが、虚実で悪いのだろうか。
それは下劣な笑みを隠した仮面かもしれない――――だが、その仮面に救われたのは誰だ。
「私の……大切な友達だった――――ううん、違う。友達なんだよ」
「でも、アナタを裏切ったわ」
「それでも友達なの。友達だったなんて、そんな過去の話にしたくない」
「向こうはそう思ってないんでしょう?アナタの事なんて好きでも何でもないって言ってたんでしょう?」
「私は大好きだから」
「それはすずかだけの話よ」
それに何の問題があるというのだろう。
相手は好きじゃない。でも、自分は好き。
それに何の問題があると、すずかは姉に向かって言い放つ。
「嫌われても、好きになって貰えなくても、なのはちゃんをどう思うかなんて私の勝手だよ。迷惑だと想われても構わない。相手にされなくても構わない……顔も見たくないって言われても、構わない」
本当はそんな事を言われたくない、思われたくない。
だが、それでも構わないと自分は言っていた。
簡単に、あっさりと言ってしまっていた。
なのはの事が好きだという言葉を、あっさりと今言った様に。あの時、自分は大嫌いという言葉をあっさりと言ってしまっていた。
「確かにあの時、私は心の底からなのはちゃんの事が嫌いになったよ?でも、時間が経って、嫌いだっていう気持ちから悲しいって気持になった。悲しい気持ちが苦しくて、涙が止まらなくて……それでも、まだなのはちゃんの事が好きで……それで」
わかってしまった。
そうなればもう止まらない。止まる事なんて出来はしない。

「それで……もう一度、なのはちゃんに会いたいと思った」

「それはどうして?」
「会って話をしたいから」
「話してどうなるの?」
「どうなるかなんてわからないよ。わからないけど、逃げたくないから。今の自分から、逃げたくない。昔の自分になんて戻りたくない。昔の自分のあの気持ちを抱くよりも、今のこの苦しい気持ちを持っていた方が――――生きてるって気がするから」
月村すずかは過去も今も生きてた。
だが、今は生きている。過去は生きていた。生きていただけに過ぎない。
生きる努力は生存するという意味ではない。生きる努力をするというのは前に進むという意味だ。それを放棄していた過去の自分は死んでいるのとなんら変わりは無い。
そして今の自分は――――生きている。
「死んだ風には生きたくない。諦める事しか出来ない生き方なんてしたくない!!化物なら化物らしい領分で生きれば良いなんて諦めは、私自身が大嫌いになりたい!!」
「…………」
好きの反対は嫌いではない。
好きの反対は無関心。
すずかは小さな手をグッと握る。
無関心なんて嫌だ。目の前の人達を前に無関心でいる事を良しとする事は、自分自身を否定する事になる。
「それに……私はまだ、なのはちゃんの為に何もしてない」
確かに自分からなのはに友達になって欲しいと言った。それだけで十分だと思っていた。それだけで全てが変われたと本気で思っていた。しかし、それは違う。
言っただけ。
友達になって欲しいと言っただけではないか。
そして、それから自分は一体どういう努力をしたというのか。
何もしていない。
ただ、友達というポジションに胡坐を掻いているに過ぎなかった。
「何が出来るかなんてわからない。でも、何もしないなんて嫌。なのはちゃんの事を何も知らないままでいるのは、絶対に嫌だよ!!」
「その結果、また傷つくとしたらどうするの?」
その言葉の通りになるのは考えるだけで怖い。
「その時は……」
怖い。
怖い。
怖い――――怖いのは、大好きだから嫌われるのが怖い。怖いのは相手が自分に無関心でいられる事が怖い。
「その時は、きっとまた泣くと思う……泣いて、泣いて、泣いて――――泣き止んだら、またなのはちゃんに会いに行くよ」
その言葉に、忍は安堵する。
「そう……なら、それで良いんじゃないの?」
前のすずかではなく、今のすずかが目の前にいる。
傷つく事は怖い。拒絶される事は怖い。怖いがそこで終らない。終る事がどういう意味か理解しているから絶望にも立ち向かう。
「アナタが泣いている時は、私が抱きしめる。だから、遠慮なくなくぶつかって粉砕されてきなさい」
「粉砕するのはちょっと……」
「馬鹿言ってんじゃないの。粉骨砕身って言葉があって、これは肉を切らせて骨を断つという意味あるのよ」
「違うと思うよ!?」
二人は笑い合う。
家族として、姉妹として、笑い合う。
それは今になって手に入れた大切な宝物だ。だが、これからも宝物は増えて行く。失いもするが、得もするだろう。笑い合う相手は増えるだろう。そうに決まっている。そうであると決めつける。
一度壊れた仲は直せない。
奇跡でも起きない限り無理だ。
そんな決めつけがあるのなら、奇跡なんて随分と安っぽいモノだ。

奇跡など、この世界には日常的にあるのだから

忍は時計を見て、すずかに言う。
「今ならまだ、間に合うんじゃない?」
時計の針は四時を差している。もうすぐ下校が始まる時間で、恐らく教室では掃除の時間となっているだろう。
なら、まだ彼女は教室にいる。
「行きなさい、すずか」
「うん、行ってきます」
遅い登校時間になるが、構いはしない。
先生に怒られる事なんて怖くは無い―――いや、本当は少しだけ怖いけど、怖いという感情を前にしても、その先にある目的の方が何倍も大切だ。
だから、走る。
勢いよくドアを開け、階段を駆け上がり、家の扉を開いて外に出る。
夕暮れは近い。
今は黄昏時。
人と妖が混じり合う、特別な時間。
人に会う為、妖は走る。
友達という人の為に。
海鳴の街を、ひた走る









【人妖編・十一話】『人間‐教師‐』









学校に向けて脚を進めるすずか。
不思議と身体は軽い。
昨日からろくに食べ物を口にしてないし、あまり寝ていないとはいえ、少しも疲労感を感じない。人ごみを縫って走る事にもなんら苦痛は感じなる。
まるで周りが止まっているかの様にさえ、思えてくる。
自宅から学校までは走ってもそれなりに時間は掛るだろう。それ故に止まっている時間はあまりない。むしろ、こうして走っている時間でさえもったいない。
「早く、早く行かなくちゃ」
今日でなくてもいい、なんて考えは捨てる。
今すぐに会いたい。
今すぐに会わなければいけない。
会って自分の想いを、本当の想いをぶつけたい。
その為に走る。
繁華街を抜け、住宅街を抜け、ようやく学校が見えてきた。
だが、そこで妙な事に気づいた。今は下校時間だというのに、どういうわけか周りに帰る生徒の姿がない。それどころか、人の気配すらない。
その事に気づいたせいで、流石に脚を止めた。
進む事は重要だが、これを逃してはいけないという想いが脚を止めた。
「…………」
ざわつく。
心が不安と言い様のない感覚によって震える。
一歩一歩、慎重に歩くすずか。まるで地雷原を歩いている様な気分になる。足下には爆弾が埋まっており、どこか一つでも踏み間違えれば一瞬で身体をバラバラにさせる。
そんな言い様のない恐怖が身体を支配する。
自然と心臓の鼓動が激しくなり、冷たい汗が背中を伝う。
肌に感じる風すら生ぬるい。春だというのに冷たくも熱くも無い、丁度良くも無い。不快だと率直に口に出せるような嫌悪感を抱かせる空気に抱かれながら、すずかは目の前の学校に向けて歩く。
走れば近い、歩いても近い。
しかし、この感覚のせいで手が届きそうな距離の学校が酷く遠く思えてならない。
近づくな、と本能が言っている。
そんなはずはない。近づかなければ、学校に行かなければ、そうしなければなのはに会う事が出来ない。
自分の身体にだけ重力が数倍になる様な感覚を押し殺し、すずかは進む。
そして普通に歩けば十分もかからない距離を、気づけば二十分もかけて歩いていた。

結果、それを後悔しそうになった。

「―――――ッ!!」
校門を潜った瞬間――――昼と夜が逆転した。
外は夕焼け、黄昏時だというのに、校門を潜った瞬間に電気を消した様に真っ暗闇が襲いかかってきた。
「なに、これ?」
恐怖、その一言が心と体を支配する。
世界の時間が一瞬にして進み、その光景を自分一人が確認した。誰も気づかない。誰も気づかない以前に誰もいない。
この暗闇の校舎の中には、自分一人しかいない。
校舎には電気の光はある。だが、その光すら影という化物を作り出す為の材料であり、あの中に入った瞬間に自分の影が襲いかかる―――なんてお伽噺の様な光景を想像する。それどころか、この暗闇の学校に入った時点で、自分は化物の身体の中に飲みこまれたのかもしれない。
「…………」
それでもすずかは―――脚を踏み出す事を選択した。
もしかしたら、自分が居ない間に学校で何かが起こったのかもしれない。そして、その何かになのはが巻き込まれた可能性だってある。念の為、時間を確認する為に校舎の壁に備え付けられた大きな時計を目にして、
「――――え、八時?」
その時間を見て、言葉を失った。
すずかが家を出たのは午後四時。これは確かだ。街中を走る際にも何度か時間を確認した。確認したはずなのに、どうして四時間も時間が進んでいるのだろう。まさか、自分一人がタイムスリップをして未来に来たわけではあるまいし。
しかし、その考えがあっさりと覆される。
「―――――月村さん?」
校舎から誰かが出て来た。
「教頭先生!!」
「どうしたんですか、こんな時間に?」
そう言いながら近づく教頭は、心なしか怒っている様だった。恐らく、こんな時間に学校に来たすずかに対して怒っているのか、もしくは呆れているのだろう。無論、それは遅刻という面ではなく、野外外出という面での話でだ。
「あ、あの……これは」
「前にも言いましたよね?こんな時間に出歩くなんて危険だと。しかも、今日は前よりもずっと遅い時間に出歩いて……親御さんが心配してますよ」
叱る口調で言うが、すずかにはその言葉が巧く入ってこない。
これではまるで、本当に自分だけがタイムスリップをした様ではないか。
「教頭先生。今、四時……ううん、五時ですよね?」
「何を言ってるんですか。今は午後八時、アナタの様な子供が外を出歩いて良い時間ではありませんよ」
教頭はやれやれと首を振り、
「とりあえず、中に入りなさい。一人で帰すわけにはいきませんから、私がお自宅まで送ります。いいですね?」
わけがわからない。
すずかは混乱して周囲を見回す。
空は当然の如く星空、満月が光輝いている。
背後を見れば街には人工の光が灯り、それが完全に夜である事を示している。
「なんで……どうして?」
呆然とするすずかの手をとり、教頭は校舎の中に入っていく。
「荷物をとってきますから、ちょっと待てなさい」
そう言って教頭は職員室へ向かって行く。
残されたすずかはどうしようもない不安感を抱きながら、一人佇む。
本当にわけがわからない。
気づけば時間が進んでいる。外も暗くなっている。
「…………」
不安が大きくなる。それ故に一人で廊下にいる事が怖くなってしまった。
「あ、そうだ」
もしかしたら、という想いですずかは歩き出す。
目指す先は壊れた壁がある教室。
そこなら誰か、あの壁を直すオジサンがいるかもしれないという想いから、すずかはその教室に向かったのだが、
「……いない」
そこにあるのは、綺麗に補修された白い壁があるだけだった。まわりには何時もの様に工具などが置いてあったのだが、今日はそれはがない。完全に修復作業を終わらせたのだろう、そこにはあの男の気配は一つもなかった。
大きな溜息を吐き、仕方なく元の場所に戻る事にした。何が起こったのかはまるでわからないが、とにかく此処になのはがいないという事だけはわかった。
今日は会えない。
なら、明日なら会えるかもしれない。
「うん、そうだよね。明日、明日があるから大丈夫」
今日の勇気を明日まで継続できるかはわからないが、それでも諦める気はまったくない。自分自身に気合を入れる意味を込めて、頬をパンッと叩き、
「い、痛い……」
力を入れ過ぎたらしく、涙目になっていた。
「何をしてるんですか?」
そんなすずかを奇妙な者を見る様な眼で教頭が見ていた。
「ちょっと気合を……」
「気合を入れる意味がわかりませんが……まぁ、いいでしょう。それでは、帰りますよ」
そう言って教頭がすずかの手を掴んだ―――瞬間、



背筋が凍る程、悲鳴を上げそうな程、強烈な殺意を感じた。



「キャァッ!!」
悲鳴を上げながら、反射的にすずかは教頭の手を振り払った。
「月村さん?」
「あ、あ、あの……」
しまった。
こんな失礼な事をしてはいけない。謝らなくては、そう思って謝罪の言葉を口にしようとするが、何故か脚が勝手に後ろに下がる。
怖い。
どうしようもなく、怖い。
「どうしました、月村さん?」
怖い。
目の前の見慣れた人間が【別人の様で怖い】。
「どうしました、月村さん?」
教頭の顔は変わらない。
「どうしました、月村さん?」
能面の様に、一切の表情を浮かべず、
「どうしました、月村さん?」
同じ言葉を羅列し、すずかに歩み寄る。
目の前の存在が本当に教頭なのか。それ以前に人間なのかわからない。唯一わかる事は、手を掴まれた時に感じた圧倒的な殺意という恐怖。それだけは気のせいであるはずがない。
だから、すずかは背を向けて走り出す。
「どうしました、月村さん?」
だが、捕まった。
手を掴まれ、皮膚に感じる温度は完全に零。
氷の様に冷たく、人間味の欠片も感じられない程に冷めきった体温。
人間の温度ではない。
まるで、人形の様な体温。
「は、は……放して!!」
反射的に力を行使する。
すずかの手を掴んだ教頭の身体は浮き上がり、天井に叩きつけられ、床に頭から落下する。
瞬間、すずかはしまったという顔をした。
仮にこれが人間だとするのなら、今のは完全な致命傷。
しかし、その心配はまるで必要がなかった。
「どどど、どうしま、どうしままま、まししたたた、つきむ、むら、むらむむむらさんんんんんんんん?」
置き上がったソレは人間ではない。
首が九十度に折れ曲がり、手足があり得ない方向に曲がりながら立ち上がる。天井から糸を垂らし、それによって操られている人形の様な動きをしながら、壊れたレコーダーの様に声を吐き出し続ける。
「―――――――ッ!!」
言葉にならない悲鳴をあげた。
逃げる。
逃げるしかない。
生存本能がそう叫び、走りだす――――が、脚はすぐに止まった。
「―――――――」
目の前には人がいた。
一人ではなく、何十人も。
廊下の幅を埋め尽くし、軍隊の様に規則正しく並んだ人々。しかも、それは全員がこの学校の生徒と教師。
ただし、その全員が教頭と同じ様に人としての意識など存在せず、人形の様に―――人形その物の様に一斉に無機質な瞳ですずかを見据え、
一斉に
「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」
と、呪詛をまき散らした。
今度こそ、今度こそ、本当の悲鳴を上げた。
その恐怖に、異常性に、立つ事も出来ずに尻もちをつく。
「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」「どうしました、月村さん?」
逃げる。
立ち上がる事は出来ないが、這ってでも逃げる。だが、逃げようとした先には壊れた人形となった教頭の姿がある。
逃げ場はない。
恐怖から逃れる場所すらない。
「あ、ああああ、ああああ……」
絶望、その言葉がすずかを支配する。
どうして、こんな事になった。
自分はこんな事を望んだわけじゃない。
自分はただ、なのはと話がしたかっただけ。
話して、話して、もう一度友達になりたかった。
それだけなのに、
「た、たす……けて……」
誰でもいい。
誰でも良いから、このホラー映画の様な世界から自分を助けて欲しい。
誰か、誰か、誰か、
「誰か―――――助けて!!」
壊れた教頭の手がすずかに伸びる。
終りだ。
そう思った。
そう思った瞬間だった。
ガンッという鈍い音が響いた。
その音は教頭の背後から、鉄パイプの様な物で何かを殴打した音だった。それを証明するように、教頭の身体がグラリと倒れ、
「月村さん、大丈夫ですか!?」
倒れた教頭の背後から、もう一人の教頭が姿を現した。
「教頭、先生?」
新たに現れた教頭は壊れた人形の様に壊れては無かったが、頭から血を流し、身につけている服にまで血が付着している。それでも目の輝きは人形ではなく、人の意思を宿した光がしっかりと写っていた。
教頭が手を伸ばし、すずかの手を取る。
手の体温を、人の温もりは確かに感じられた。
「立てますか?」
そう言われ、立とうとしたが立ち上がれない。
無理だと首を振って伝えると、教頭は人形を殴った鉄パイプを放り捨て、すずかを抱えて走り出した。
「怪我はありませんか?」
「は、はい――――それより、教頭先生、頭から血が!!」
「大丈夫です。ちょっと殴られただけですから……」
問題は無いと言ってはいるが、その顔には明らかな苦痛の色が浮かんでいる。抱きあげられた事でわかったが、服に付着した血は頭から流れた血ではなく、服の下から出血している傷だった。
「わ、私、自分で走ります!!」
「腰が抜けて走れないのでそしょう?なら、私がこのまま――――」
そう言って教頭は走る。背後からはゾンビの様に人形達が追ってくる。
「何なんですか、あれは?」
「わかりません。ですが、先程まであんなモノは校舎の中にはいなかったはずです。私も職員室に戻った時、自分と同じ姿をしたアレに襲われましたが――――多分、人間ではありません」
走る度に床に血が堕ちる。それだけ重傷だということだろう。走りながら、しかもすずかを抱きながら走るという行為はそれだけで傷を悪化させる。だが、完全に走る事が出来なくなった今、すずか自身で走る事は不可能。
情けない。
心の底からそう思った。
結局、自分はまた誰かに甘えている。
こんな傷だらけの人にまで甘えて、自分でも何も出来ない。
あまりにも情けない自分に、涙が込み上げてきた。
「ごめんなさい……」
「何を謝るんですか?」
「だって、私……教頭先生のお荷物で」
すると、教頭は普段は見せない様な顔で、
「馬鹿を言わないでください……私は教師です。教師は、教師である私が、生徒をお荷物だと想うわけないじゃないですか」
「教頭先生……」
笑っていた。
こんな状況だというのに、教頭はすずかを安心させる様に微笑み、
「大丈夫ですよ。どんな事があろうと、私は【生徒の為に命をかける】なんて事はしません」
その言葉は冷たいとは思わない。
言わなくてもわかる。
これは、誰かの為に自分が犠牲になるなんて行為は絶対にしないという決意だった。
子供の自分でも、その意思はしっかりと理解できた。
だが、

「――――――随分と冷たい事を仰るのですね、教頭先生」

子供にすら理解出来る事を理解しようとしない愚かな者もいる。
聞きなれた声に、教頭は油断した。
それが決定的な油断を作る。
轟ッと廊下を駆け巡る嵐。
人の身体などあっさりと吹き飛ばす轟風によって二人の身体は宙に浮かび―――校舎の外、グラウンドに放り捨てられた。
その事を理解する間もなく、教頭は限られた理性を総動員して腕に抱いているすずかを庇う様に自分が下になり、地面に背中を打ちつけた。
「うぅ―――――ぁ」
「教頭先生!?」
「だ、大丈夫で、す……この、くらいは……」
背中を強く打ちつけた事で身体が動かないのか、教頭は転がる事も、立ち上がる事も出来ない。
そんな教頭をあざ笑うかのように――――魔女が舞い降りた。
「あはははははは、教頭先生。随分と情けない恰好ですわね」
知っている声だった。
だが、知らない声でもあった。
グラウンドの一人立つのは闇の色をした魔女。
普段の姿とはかけ離れている恰好をした女教師。
「帝先生……」
すずかに呼ばれ、
「はい、そうですよ。月村さん」

帝霙は―――スノゥ・エルクレイドルは嗤った。

スノゥの姿を見た教頭は目を見開き、すずかも同じ様な顔をする。その顔が面白いのか、スノゥはケタケタと耳障りな音を響かせ嗤う。
「痛そうですわね、教頭……痛いですよねぇ。えぇ、痛いですとも……でも、駄目ですよ?あの場で抵抗なんてしなければ、明日の朝には何時も通りの日常が待っていたのに、生徒の為に立ち上がる熱血教師ぶるなんて――――無様ですわぁ、無様無様無様……無様の一言ですわ」
「帝先生、どうして……どうしてそんな酷い事を言うんですか……」
普段の霙なら決して言わない言葉だった。だが、今の彼女こそが本当の帝霙であり、スノゥ・エルクレイドルなのである。
「酷い?あら、そんなに酷い事を言いましたか、私……う~ん、あんまり酷い事を言ったつもりはないんですのよ、私は?」
雰囲気が違った。
姿は勿論、何もかもが普段の、すずかの知っている教師の姿ではなかった。
教頭はなんとか身体を起こし、すずかを守る様に背に隠す。
「帝先生、これはアナタが行った事なのですか……だとすれば」
「だとすれば、何ですか?許しませんか?いいですよ、許さなくても。でも、許してくれると嬉しいですわね。だって、アナタ達みたいな害虫に許されないなんて、エルフの誇りが汚された気分ですわ」
エルフという言葉に二人は眉を顰める。
それはお伽噺、童話に出てくる架空の種族の名前だ。
だが、目の前にいるスノゥの耳はそれを現すかのように長く、尖っている。
「何故、こんな事をしたんですか……」
「理由は簡単です。その子のせいです」
スノゥはすずかを指さす。ここで自分に矛先が向くとは思ってもなかったすずかは、呆然と自分自身を指さす。
「私、の、せい?」
「そうです。アナタのせいですよ、月村さん。アナタが調子にのって学校なんかに来なければ、なのはさんに近づこうとしなければ、何の問題もなかったのですよ……」
なのは、という名前が出た瞬間、すずかは鈍器で殴られた様な衝撃を受ける。
「困るんですよ。今日は大切な儀式があるんです。その為にアナタみたいに希望をその手に~みたいな顔であの子に会ってもらっては困りますわ」
「どういう、意味ですか、それは……」
「そういう意味ですわ。正直に言えば、アナタの役割なんて三年前から既に無いんですけど、もしかしたら面白い事になるかもしれないから、特別になのはさんの【友達】として残してあげたんです。でも、駄目ですね。面白いから残すと、先日の様になのはさんに無駄な衝撃を与える事になってしまいます」
反省してます、とスノゥは溜息を吐く。
だが、すぐに元の不気味な笑みを作る。
「ですから、これ以上なのはさんに余計な衝撃を与えない様に、アナタの中の時間をちょっとだけ進ませてもらいましたの。気分はどうですか?疑似タイムスリップをした感想はどうですか?」
「あれは、アナタの仕業だったんですか!?」
「えぇ、その通りですわ。と言っても別に本当にタイムスリップしたわけではなく、単にアナタの意識を一時的に時間という感覚を失わせ、同時に同じ所を何度も何度も回る様にしただけなんですけどね」
カラクリは三つの暗示で十分だった。
一つは時間の感覚を麻痺させるという行為。
すずかの中で時計を見た記憶は確かにある。だが、それは何度も見たというわけではない。たった一度だけ見た時間を暗示によって【時間が進んでいない様に想わせた】だけにすぎない。
そしてもう一つは、目的地に近づけないという暗示。
これも時間の感覚を狂わせると同様に、無意識に遠回りさせる、もしくは同じ道を何度も通らせるという二つを植え付けるだけ。
「そして最後は、視覚の暗示ですかね。アナタが学校の前についた時、最初の二つの暗示は解除して、新しい暗示をかけました。それは【明るさを逆転させる】という暗示ですわ。簡単に言えば、明るい昼を夜だと思いこませ、暗い夜を昼だと思いこませるのです」
自慢げに説明するスノゥだが、二人には理解できない。
確かに人妖能力はそういった魔法の様な事を可能とする。だが、それは決して魔法の様な力ではない。
そして、スノゥの言ったソレはまさに魔法。
教頭は信じられないという様に、
「まさか、魔法だとでも言うのですか……」
「えぇ、魔法ですわ。アナタ達の様に人妖能力でしか異能を知らない方々には、少々びっくりしますでしょうけど……」
魔法は存在する。
この世界には無くとも【何処かの世界】には存在する。
そして、この魔女はその世界から来た存在。
「ちなみに、ですが……」
パチンッと指を鳴らすと同時に、校舎の中にいた人形達が一斉にグラウンドに現れた。
「これも魔法の一種。ゴーレム生成の応用というか、単純な操作魔法なので、それほど驚くべき事でもありませんわ」
「アナタは、何者なんですか!?」
「何者と言われても、通りすがりの魔法使いですわ」
当然の事を聞くなと言わんばかりに、スノゥはほくそ笑む。
「そして、そんな魔法使いの邪魔をするクソガキを恐怖に陥れて、絶望させて殺してあげようとわざわざこんなセッティングまでしたのですが――――まさか、教頭先生が邪魔をするとは思ってもみませんでしたわ」
スノゥ自身、すずかの事はどうでも良い存在だった。しかし、彼女のせいで【鍵】であるなのはに無駄な衝撃を与え、尚且つまた何かをしようとしている彼女を目触りだと思っていた。
「邪魔しないでくださいね、教頭先生。その子を殺せば、もう私の鬱憤晴らしも終わります」
「…………子供を、何だと思ってるんですか!?この子は、月村さんはアナタの生徒ではないのですか!?」
「生徒ですよ。だから【教師である私は生徒をどう扱おうと自由】なんですよね?」
絶句した。
この魔女は本気でそんな事を言っている。
本気で子供を、生徒をそういう存在としか思っていない。
「教師にあるまじき発言ですね」
「教師になったのだって、単に手に職を付ける為。というより、色々な人妖を観察する為の手段ですわ。私としては、教師というか先生というか師匠というか、そういう偉ぶっている連中が大嫌いですの」
漸く理解した。
すずかも、教頭も。
この魔女は自分達の知っている帝霙ではない。そして、自分達は帝霙という存在を一つも理解していない。
仮面の下の素顔はこんな存在。
残忍であり狡猾であり、教師という職業についてはいけない人間だということだ。
「私も、人を見る眼が無いようですね。アナタの様な人間を教師の一人だと本気で思いこんでいました」
「買被りすぎですわ、教頭先生。私、最初から教師が大嫌いで生徒も大嫌いな、ただの魔法使いですから」
「私の生徒の前で、そんな事を言うのはやめなさい」
「――――命令しないでほしいですわね」
スノゥの手がサッと上がると同時に、二人の周囲に小さな爆発が起こる。
「わかりますか?現状の優勢は私です。最初からこの先も、アナタ達が死ぬまで永遠に私が上、そっちは下ですのよ?」
ケタケタと嗤う。それに釣られた人形達も同じ様にケタケタと嗤う。
真夜中の響く人形と魔法使いの嗤い声。
背筋を凍らせるには十分すぎるほどの、怪異。
そんな魔女から生徒を守る教頭を見て、スノゥはこんな事を尋ねた。
「前々から思っていたんですが……どうして教頭先生は教師なんて下らない職業を続けてるのですか?」
「…………」
「私は三年ほど教師をしておりましたが、どうも楽しいと思えないですよ。むしろ、無駄な事を積み重ねている様な気がしてなりません。幾ら教師が生徒に勉強や人としての何かを教えたところで、生徒が本当にその通りなるなんてあり得ませんよね?」
「…………」
「無駄ですよ、無駄。教師なんて存在は無駄の一言。第一、この学校を巣立った者達が何時まで教師という存在を覚えているんでしょうね?きっと、半分以上は教師の事なんて覚えてもいないでしょうね。覚えているのはくだらない学校生活を謳歌したという勘違いと、それを邪魔する教師という厄介者。名前も覚えず、厄介者に邪魔されたという記憶しかないでしょう――――そんな存在に、価値などあるのでしょうか?」
教頭は答えない。
「教頭先生……」
不安そうに教頭の背中を見るすずか。
そんな事はないと言ってやりたい。だが、この問いに答えられるのは教頭だけ。自分は生徒であり、卒業すらしていない三年生だ。
だから、わからない。
もしかしたらスノゥの言う事が正しいのかもしれない。
でも、否定してほしかった。
そんな事は無いと、力強く否定してほしかった。
「―――――確かに、それは正論ですね」
その願いは、あっけなく崩れ去る。
教頭は苦笑しながら答えた。
「アナタの言う通りでしょうね、魔法使いさん。生徒は教師の思う様には育ってくれない。今は良い子であっても時間が立てば犯罪者になるかもしれない。そして私達の様な教師の事なんて名前すら忘れ、あんな邪魔者がいたなという程度の存在に成り下がるでしょうね」
「えぇ、そうですわ」
「教師なんてその程度なんです。勉強を教えるだけ、人としての当たり前だけを教える程度のつまらない存在。家族でも友人でもない全くの他人……そんな者を覚えている生徒なんてきっといなでしょう。特に、私の様な堅物の事なんて尚更覚えていないでしょう」
「まったくですわ。私の師匠は教頭先生の様な堅物でしたから、名前も思い出せないくらいに忘却させていただきました」
教師は聖職者ではない。
唯の人間だ。
何時から教師は聖職者などと呼ばれる様になったかはわからないが、今となってはそれは迷惑以外の何物でもない。
唯の人間が唯だの人間に何かを教える、そんな事は誰にでも出来る事はだと教頭は思っている。
「うふふ、そういう点から見れば、教頭先生は私の師匠よりも少しはマシですわね。本当に、殺すには惜しい方ですわ」
楽しそうに嗤うスノゥ。
ソレを見て悲しくなるすずか。
そして――――笑みを消した教頭。

「ですが―――――それの何処に問題があるのですか?」

「は?」
立ち上がる。
ボロボロの身体で、立ち上がる。
唯の人間、唯の教師。人妖でも魔法使いでもない。武術の心得があるわけでもなければ、何の変哲もない唯の一般人が、立ち上がる。
「良いではないですか、それで……」
嗤いには、笑いを返す。
教師は嗤わない。
教師は子供の為に笑うのだ。決してあんな下種な笑みは浮かべない。
「教師など記憶に残らなくて構わない。生徒が思い出すのは学校で培った経験と、友人との楽しい思い出、もしくは辛くとも誰かと分かち合った何か……それだけあれば十分だと思いませんか?」
教師という意味とは何か。
教頭は心の中で再度確認する。
「教師は記憶に残らなくて良い。教師は生徒が先に進む為の土台であり踏み台であり、階段であれば良い……」
どうして自分が教師になったのか、それを思い出す。
「伝えるべきは想いと言葉。それが伝えれば私達は思い出にすらならなくても構わない。アナタの言う様に、楽しい思い出を邪魔した愚か者として記憶してくれば万々歳。私はそれ以上の【幸福】を望みはしません」
一人の教師がいた。
普通の教師だったが、人妖だった教師。
皆から白い目で見られながらも、皆に何かを残そうとした教師がいた。
結局、その今日は人妖だという事で学校を辞めさせられた。
誰もがその教師を人妖としか見ようとせず、教師として見てはいなかった。
だが、数年が経ち、その時の生徒達が同窓会という事で集まった。
そして、誰かがぽつりとこんな事を言った。
『先生……来ないな』
その一言に誰もが驚き、誰もが同じ事を想っていた。
人妖だった。だが、教師だった。
教師が教えてくれた事が今の自分を作っていたのは否定できない事実。だから、今になって、それがはっきりと理解できた。
なんて様だ。
教師を追い出したのは自分達だというに、どうして今になって教師の存在を、教師を教師だと認める事が出来たのだろうか。
悲しかった。
悔しかった。
謝りたかった。
でも、全ては遅い。
心に残ったのはそんな重すぎる後悔だけ。
だから、
「忘れられて良いのよ、私は……」
自分が教師になったら、誰にも思い出されない様な教師になろう。だが、それでも教える事だけは忘れないようにしよう。
自分という教師は忘れても、伝えた事だけは忘れないでいて欲しかった。
「――――だから、私は生徒の為に命はかけない」
重みを背負わせない。
「自分の為に死んだなんて事は想わせない。だからアナタには殺されない。そして月村さんも殺させない!!」
重みを生徒に仮せる、記憶に残る教師になんてなりたくない。
これはきっと強がりだ。
あの教師、加藤虎太郎という教師はきっと自分とは違う。
この学校を育った生徒はきっと彼の事を覚えているだろう。生徒の為に動き、生徒の為を想って行動できる強い教師。あんな教師なれたら幸福だろう。だが、全ての教師、全ての人間が彼の様に強いわけじゃない。
唯の人間には、ソレに相応しい領域がある。
自分はその領域で、精一杯足掻くだけ。
大きく手を広げ、後ろにいる未来ある子供を守る。
「あの……教頭先生?私の勘違いでなければ良いのですが……アナタは私と戦う―――そう言ってます?」
心底呆れた顔でスノゥは教頭を冷めた目で見つめる。
ソレに対しての返答は決まっている。
「聞き間違いではありません。戦ってやる……そう言ってるのですよ」
「矛盾してません?」
「矛盾してるでしょう。おかしいでしょう」
自分でわかっていると、教頭は小さく微笑み、



「それでも私は――――教師ですから……」



何故、立つのかと問われれば。
何故、立ち塞がるのかと問われば。
何故、そんな思いを持って矛盾した思いを貫くと問われれば。
彼女は何度もでも同じ問いを返すだろう。
己が教師だから。
悔しい事が一つあるとすれば、きっと殺される。
あの力はもちろん、自分達を囲んでいる人形を前に力もない人間がどう足掻いても勝てるわけがない。
それでも、教師である限り―――いや、一人の大人である限り、子供だけは絶対に守る。
「教頭、先生……」
「馬鹿げてますね。心底馬鹿げてます」
スノゥの顔に笑みはない。むしろ、蔑む様な下劣な視線を教頭に向けている。
「アナタも結局は私の師匠と同じですわね。そんな押し付けがましい願いを生徒に向ける時点で、聖職者とは呼べません」
「……そういえば、私も一つだけアナタに尋ねたい事があります」
教頭はスノゥを見据え、
「先程から師匠師匠と言っていますが……結局、アナタもアナタの師匠を、先生を忘れられないのではなくて?」
「――――――ッ!?」
初めて、スノゥの顔に驚愕の色が浮かぶ。
しかし、それはすぐに憤怒の表情に変わる。
「あ、あな、な、アナタは……私を侮辱するのですか!?」
「今のアナタを肯定する所なんて一つもありません。アナタは教師失格です。そして、アナタの先生である方に詫びるべきです」
「…………えぇ、そうですか。良いですよ、良いでしょう……」
人形達が震える。
ガタガタ、カタカタと震えると同時に手が鋭い刃へと変化する。そして、その背後の地面から巨大なゴーレムが出現する。
「殺しますね?殺しますけど、良いですよね?大丈夫です、すぐには殺しませんわ。まずは手足を何度も何度も突き刺し、その後に切断してあげます。そしたら身体の内臓という内臓全てに刃を刺し込み、抉り取り、それから脳髄をぶちまけて殺して差し上げます」
最早、スノゥの顔に遊びに表情はない。
本気で殺しにかかる。
本気で惨殺の限りを尽くす。
「―――――月村さん。私が時間を稼ぎますから」
「嫌です!!」
「月村さん……」
「絶対に嫌です!!絶対に、絶対に……先生を、置いていくなんて、逃げるなんて死んでも嫌です!!」
「別に死ぬつもりはありませんよ」
嘘だ。
すずかでもわかる。
教頭の目には生きる意思はなくとも、すずかを守るという意思はある。
そして、そんな教頭に守られる自分は一体何なんだろう。
力もない。
弱虫で意気地なしな子供でしかない。
守る事もできない。
何もできやしない。
「…………助けて」
誰でも良い。
神でも悪魔でも良い。
「誰か、助けて」
奇跡の様な偶然でも良い。
漫画の中に出てくるヒーローが突然現れても文句は言わない。
この場で、自分を、教頭を助けてくれる誰かが欲しい。
それが叶うなら、もう泣かない。それを叶えてくれるのなら、努力だってする。これから先、同じ事があったら誰かを守れるくらいに強くなる。強くなって誰かを救ってやれる存在になる。
月村としてでも良い。
月村すずかとしてでも良い
この血を受け入れ、この力を否定しない。
だから、
「誰か……助けてよ!!」
叫ぶ。
「ふん、こんな時に都合の良い奇跡でも起きるとでも?残念ですが、この辺りに【人妖は近づけません】。そういう仕組みを作りましたので――――諦めて死になさい」
人形の刃が一斉に牙を向く。
その後に続いてゴーレムが動き出す。
教頭はすずかだけでも守ろうと彼女を抱きしめる。
奇跡は起きない。
奇跡は起きない様に出来ている。
如何にこの世界に奇跡が日常茶飯事にあろうとも、誰の手にもそれが預けられるわけではない。
魔女は嗤い。
教師は死ぬ。
そしてすずかも死ぬ。
それがこの世の摂理であり、運命。

現実に神も悪魔もいるかもしれないが、此処にはいない。
現実にヒーローはいるかもしれないが、此処にはいない。
此処にいるのは、魔女と教師と少女。














そして、鬼が一匹

















爆音は響く。
猛獣の様な唸り声が響き、巨大な機械の化物が姿を見せる。
それは夜の闇を切り裂くハイライトを煌かせ、校門の柵を速度と重量によって生み出された威力をもって粉砕する。
宙に舞う鉄の柵。
その真下を潜る様に疾走する怪物。
「――――――ッ!?」
魔女の驚愕。
そんな雑音など知った事かと、怪物はまっすぐに一点を目指す。
グラウンドで公演されている無慈悲な人形劇は、大型バイクの突進によってあっさりと崩壊する。人形の部品が宙に舞い、教師と少女に振りおろされた刃は無残にも砕ける。
バイクは突っ込んだ衝撃によって横倒しになるが、勢いは殺せない。地面を激しく擦りながら真っ直ぐにゴーレムの元へ向かう。
その時、バイクに乗っていた者はどうなったかと言えば。
「――――――ッハ」

【横倒しになったバイクの側面に乗り、嗤った】

男は長い白髪。
男は隻眼。
男は作業服。
それは男という人間でありながら――鬼。
鬼の笑みに命無きゴーレムは迎撃態勢を作る。
相手に武器はない。
武器といえば横倒しになったバイクだけ。あれが爆発すればそれなりのダメージになるだろうが、完全破壊は不可能。よって、その上に乗っている者を迎撃し、撃破する。
生ぬるい考え、その一言に尽きる。
横倒しになったバイクは真っ直ぐにゴーレムの元へ突き進み、その上に乗った男は一切動かない。恐らく、激突と同時に飛び降りるつもりだろうとゴーレムは推測する。
よって腕は大きく振り上げるが、バイクが激突し、爆発炎上する時に振り降ろしても遅い。この一撃を振り下ろすのは、バイクから相手が跳んだ瞬間に叩きこむ。
その瞬間は近い。
男は降りない。
男は飛ばない。
それどころか、バイクの上で構えを取る。
脚はしっかりと【バイクの上に固定】して、迫りくる巨体を隻眼にて捉える。
拳は握らない。
拳は開き、掌を突きだしている。
右手を前に突きだし、左手は弓を引く様に引き絞る。
そしてその瞬間は訪れる。
ゴーレムは腕を振り下ろさない。
男が跳ぶ瞬間は待つ。
待つ。
待つ
待つ。
待つ
待――――――跳ばない。
「阿呆が」
小さな呟きは確かにゴーレムに届く。
よって、これにて決着。



男はバイクから跳び下りず、バイクの速度と掌の速度を合わせて、引き絞った掌をゴーレムの身体に叩きこんだ。



男の掌はゴーレムの身体に植え付けられた赤い宝石に直撃する。その宝石自体がかなりの強度を持っているにも関わらず、宝石は男の一撃を受けた瞬間に―――【内部】から破壊された。
そして爆発。
男とゴーレムを巻き込みながら、巨大な炎が上がる。
「なに?自殺志望者ですの?」
当然の疑問だろう。
だが外れだ。
巨大な炎が上がると同時に――――巨大な人の影が飛び出した。
炎を浴びながら、着ている作業服を微かに燃やしながら、それでも一切のダメージを感じさせない疾風の如き疾走。
人間とは思えない速度で男は次の獲物へと襲い掛かる。
ゴーレムの次は人形。先程何体かバイクで轢き壊したとはいえ、全てではない。現に今にも教頭とすずかに襲いかかろうしている。
「させるか―――ッ!!」
演武が始まる。
まず最初に餌食になったのは教師の人形。
男の蹴りの一撃で人形の首は吹き飛ぶ。自分の首が無くなった事に気づきもせず、男に襲いかかる人形に、首を吹き飛ばしたハイキックをそのまま円を描く軌道にて、脚に叩きつける。
この人形の強度は並の人間よりはかなり高い――はずなのだが、男の蹴りは人形の脚を折るどころか【切断】した。
脚を失った人形が地面に倒れる前に次の獲物へ。
今度は学校の生徒を真似た人形。
先程の教師の人形よりは小さい。よって、脚を天に掲げ、断頭の如き踵落しを喰らわせる。
頭、胴体、股の全てを一撃で切断。踵が地面に落ちたと同時にそれを軸足として身体を回転させて体勢を低くしたままの低空掌打を別の生徒の人形に叩きこむ。
人形は吹き飛ぶ事はなかった。代わりに、震動を十割丸ごと浸透させた身体はその場で崩れ落ちた。
「な、何なんですか……アナタは!?」
蹂躙されている。
自分が作りだした人形があんなにもあっさりと蹂躙される。いや、それはまだ良い。そんな事は昨日の虎太郎の時点で大分驚かせられたので構わない。
問題は、どうしてこの男が校内に入って来れたか、という事だ。
「何故、何故!!」
「まったく、五月蠅い奴だ……」
人形の頭を掴み、握力にて握りつぶす。
「何をそんなに驚いている」
「どうやって入って来たのですか……この結界の中には入れないはずなのに」
「入れない?そうか、普通は入れないものなのか……いや、気づかなかったな」
「そんなはずは……そんなはずはないですわ!!この結界は人妖には絶対の効力持っているはずなのに―――――」
そう言って、スノゥは気づく。
まさか、あり得ないと思いながら、
「アナタまさか……人間、なのですか?」
「だとしたら?」
男は意地の悪い笑みを浮かべながら、ワザとらしく言った。
「まさか、人間程度なら入ってきても殺せる。人間程度ならあんな木偶人形の一体でもいれば余裕で殺せる――――なんて、間抜けな事を考えていたわけじゃあるまい」
正にその通りだった。
想定していなかった。
人間に、唯の人間にどうにか出来るゴーレムでも人形達でもない。
だが、現にそれはあっさりと覆された。
魔女は知らない。
魔女が知っているのは人妖という存在だけ。

【鬼】という存在など、知るはずがない

教頭、そしてすずかは漸く我に返った。
圧倒的な数を前に、圧倒的な力を持って撃破した男。
「オジサン……」
「アナタは、どうして……」
二人の質問に男はあっさりと答える。
「いやな、ちょっと忘れ物を取りに来ただけなんだが……まさか、こんな展開になっているとはな……ククッ、流石にこの展開は子供の姿をした神でも妖弧でも思わんだろうな」
忘れ物を取りに来て、校門をぶっ壊すとも思わないだろう。
「にしても、バイクはこれでオジャンか……請求書は誰に出せばいい?」
親指でスノゥを指さし、
「アレに出せばいいのか?」
「アナタ……何者ですか!?」
「何者と聞かれても……通りすがりの土木作業員だが?」
「ふざけているのですか!?名を名乗りなさい……名を、名乗りなさい!!」
男は面倒そうに頭を掻きながら、ふとある事を思い出す。
「そういえば、お嬢ちゃんには名乗ってなかったな」
ワザとらしく―――というより完全に、そして見せつける様に、名乗れと言ったスノゥに背を向け、
「自己紹介が遅れてすまない」
男は言う。
すずかに向け、己が名を口にする。



「九鬼耀鋼だ――――まぁ、今までと同じ様にオジサンでいいぞ」








次回『海鳴‐みんな‐』






あとがき
あと一話で終わるわけがない。
というわけで後二話です。
今回の主役はすずか――――ではなく、教頭先生というオチ。
そして真打ち登場。
九鬼先生、戦線復帰です。
書いてて楽しいね、こういう人って。

にしてもあれですね、この海鳴の街においてなのはさんの戸籍はかなりめちゃくちゃンになっている様です。
作中で忍が言っていた事を要約すると、
真実を隠す為に嘘を作り上げ、嘘を見破ろうとした人に嘘を見せて嘘を本当に変えたけど、見破ろうとした人だけは騙されても他の人はそうじゃなくて、そうじゃない人がそれを知ったらまだ嘘を隠して……結果、何が嘘で何が本当かわからない状態になった、高町なのはという少女

俺、何言ってんだろう?
まぁ、いいか。

というわけで、次回は前回の次回題名の『海鳴-みんな-』です。
副題は『深夜の海鳴大決戦、殲滅戦だよ全員集合!!』です。
次回は完全にバトル回です。
圧倒的なバトル回です。
討って打って撃ちまくるバトル回です。
そんな感じで、さようなら~

















海鳴のとある中華飯店。
「ほい、チンジャオロースに天津飯、ついでにチャーハン大盛りいっちょあがり!!」
スキンヘッドの店主の粋の良い声でカウンターに器を乗せる。
「にしてもアンタ、そんなに食って腹は大丈夫なのかい?」
「問題ない、なにせ一週間以上まともに食事してなかったもんで……ん、美味い」
幾ら一週間もマトモに食事をとっていないからといっても、と思いながら店主は先に出した巨大チャーハンとマーボー丼をトンデモない速さで食す男が食べたどんぶりタワーを見る。
山の様に、という言葉が似合いすぎる程の山を作りながらも、男の食事スピードはまったく変わらない。
「おっちゃん、あと餃子とラーメン追加」
「お、おう……食材持つかな?」
頭を掻きながら厨房に戻る。
厨房ではバイトの蒼髪の少女が一心腐乱にネギを斬り、その隣でオレンジ色の髪をしたツインテールの少女が中華鍋を振るっている。
「二人とも、悪いんだけど追加オーダーだ」
「はァッ!?今でも十分に大変なんですけど!!」
「そうですよ店長。これはバイト二日目の私達にやらせる量じゃないですよ……」
「それはそうなんだけどね、あのサラリーマンっぽいお客さんが偉い勢いで食べるもんでね」
蒼髪の少女は目を細めて客を見る。
「あの人、堅気の人なんですか?なんか、来ているシャツに血がついてますけど」
中華鍋を振るう少女は特に興味も無さそうに、
「止めときなさい。あんまり見てると――――取られるわよ」
「何を!?」
「あぁ、二人とも。そういうわけで餃子とラーメン追加ね」
「店長。私、今日でバイト辞めます」
「右に同じく」
「そんな事を言わないでよ、二人とも。確かに二人のバイト時間は終わってるけど、これも店の為だと思って……ね?」
必死に頼む店長だが、二人はまったくそんな気はないのか、
「これでも高校生なんですよ、私達」
「そうですよ店長。これ以上遅くなったらお父さんに外に放り出されちゃうし……」
「私は早く家に帰って兄さんの寝ているところを襲わないといけないんです」
「中島さんはごめんね。ランスターさんは……なんか、どうでもいいや」
「…………はぁ、しょうがないか。店長、残業代追加ですからね」
「これも兄さんの為。兄さんの為――――あ、思い出したら鼻血が」
蒼髪の少女は相方にティッシュを渡してさっさと餃子を焼き始め、相方はティッシュを鼻に詰めてはラーメンを作り始める。
「それにしても、変わった客だな」
見た目はどう考えても普通じゃない。
ボロボロのスーツにシャツは血だらけ。頭には応急処置な感じに適当に巻かれた包帯。とりあえず病院に行く事を進めたいのだが、
「血が足りないからな。食って取り戻すだけだ」
そう言って男は食事を進める。しかも、初めにボロボロの一万円札を三枚突きだし、
「これで食えるだけ喰わせてくれ」
と言ってきた。
「……俺としては問題ないんだが」
金は入る。
新しく入ったバイトには店の全メニューの作り方を教えられる。
幸いな事に客は男一人だけ。
「客は客だし、まぁいっか……」
結論をあっさりと出し、店主は腕まくりして厨房で調理を開始する。




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