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No.25741の一覧
[0] 人妖都市・海鳴 (リリなの×あやかしびと×東出祐一郎) 弾丸執事編、開始[散々雨](2012/08/03 18:44)
[1] 序章『人妖都市・海鳴』[散々雨](2011/02/16 23:29)
[2] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女(前編)』[散々雨](2011/02/08 11:53)
[3] 【人妖編・第二話】『人妖先生と月村という少女(後編)』[散々雨](2011/02/08 01:21)
[4] 【人妖編・第三話】『月村すずかと高町なのは』[散々雨](2011/02/16 23:22)
[5] 【閑話休題】『名も無き従者‐ネームレス‐』[散々雨](2011/02/20 19:45)
[6] 【人妖編・第四話】『人妖先生と狼な少女(前篇)』[散々雨](2011/02/16 23:27)
[7] 【人妖編・第五話】『人妖先生と狼な少女(中編)』[散々雨](2011/02/20 19:38)
[8] 【人妖編・第六話】『人妖先生と狼な少女(後編)』[散々雨](2011/02/24 00:24)
[9] 【閑話休題】『朽ち果てし神の戦器‐エメス・トラブラム‐』[散々雨](2012/07/03 15:08)
[10] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』[散々雨](2011/03/29 22:08)
[11] 【人妖編・第八話】『少女‐高町なのは‐』[散々雨](2011/03/27 15:23)
[12] 【人妖編・第九話】『人妖‐友達‐』[散々雨](2011/03/29 22:06)
[13] 【人妖編・第十話】『人間‐魔女‐』[散々雨](2011/04/06 00:13)
[14] 【人妖編・第十一話】『人間‐教師‐』[散々雨](2011/04/08 00:12)
[15] 【人妖編・第十二話】『海鳴‐みんな‐』[散々雨](2011/04/14 20:50)
[16] 【人妖編・最終話】『虚空のシズク』[散々雨](2012/07/03 00:16)
[17] 【人妖編・後日談】[散々雨](2011/04/14 21:19)
[18] 【閑話休題】『人狼少女と必殺技』[散々雨](2011/04/29 00:29)
[19] 【人造編・第一話】『川赤子な教師』[散々雨](2011/05/27 17:16)
[20] 【人造編・第二話】『負け犬な魔女』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[21] 【人造編・第三話】『複雑な彼女達』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[22] 【人造編・第四話】『金色な屍』[散々雨](2011/05/27 17:17)
[23] 【人造編・第五話】『弾無な銃撃手』[散々雨](2012/03/14 03:54)
[24] 【人造編・第六話】『Snow of Summer』[散々雨](2011/06/08 15:56)
[25] 【閑話休題】『マジカルステッキは男性用~第一次魔法中年事件~』[散々雨](2012/03/14 21:29)
[26] 【人造編・第七話】『無意味な不安』[散々雨](2012/03/14 21:33)
[27] 【人造編・第八話】『偽りな歯車』[散々雨](2012/04/05 05:19)
[28] 【人造編・第九話】『当たり前な決意』[散々雨](2012/06/21 20:08)
[29] 【人造編・第十話】『決戦な血戦』[散々雨](2012/07/02 23:55)
[30] 【人造編・最終話】『幸福な怪物』[散々雨](2012/07/02 23:56)
[31] 【人造編・後日談】[散々雨](2012/07/03 00:16)
[32] 【弾丸執事編・序章】『Beginning』[散々雨](2012/08/03 18:43)
[33] 人物設定 [散々雨](2013/06/07 07:38)
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[25741] 【人妖編・第七話】『人妖都市・海鳴の休日』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/29 22:08
人生とはなにか、加藤虎太郎は考える
勝つ事こそが人生なのか、幸せになる事が人生なのか、それともそれ以外の何かが必要だという事が人生にとってもっとも必要なものなのだろうか―――否、断じて否である。
狭い室内で虎太郎は答えに行きつく。
畳の部屋、デジタル放送が始まっているにも関わらずブラウン管のテレビ。
スーツは箪笥なんて上等な物が無い為、壁にかけてある。
ベッドなんて上等な物もないので布団である。
冷蔵庫は冷凍室なんて上等な物がない扉が一つなタイプである。
そして、丸いちゃぶ台がぽつんと置かれ、その上には今日の朝食。
「―――いただきます」
しっかりと食に対する礼を行い、口を付ける。

本日の朝のメニューはゆで卵―――――以上。

「――――――いけると思ったんだがなぁ」
たった一つのゆで卵を大事に大事に大事に一口ずつ食べる姿は、なんとも哀愁が漂う光景なのだろうか。しかし、別に好きでこうなっているわけではない。
「やっぱりアレだよな……あそこで突っ込まなかったらなぁ……いやでも、きっともう少しやってたら……あ、やれる金も無いな」
単純に自業自得なだけ。
昨晩、給料日から十日くらい過ぎた頃だろうか。クラスも授業も順調だという事で、もしかして俺の運も急上昇なんじゃね?的な事を思ってしまったのが原因だろう。
帰り道。
夜の闇に輝く桃源郷。
「設定が良い台があるって書いてあったのになぁ……やっぱり、あれって店のデマなんだろうなぁ―――いや待て、店の方を信用していないわけじゃない、そうじゃないんだ」
ふらっと入ってしまったのだ。
中に入ればジャラジャラと銀色の球やメダルが多量に吐き出される音。勝つ者の雄叫び。負けた者の慟哭。まさに此処は勝つ者にとって、戦う者にとっての桃源郷なのだ。
それから数時間後。
虎太郎の財布の中に在住していた諭吉さんが全員台の中に引っ越してしまった。
「今月の給料が……」
カレンダーを見つめる瞳は完全に負け犬の眼。残り十五日という長い様で短い月日をじっと見つめ、それから最後の一欠けらを口の中に放り込む。
そして、今日の朝食は終わるのだった。
加藤虎太郎にとって人生とはなにか―――という問いの答えはたった一つ。
「白飯が食べたい……」
真っ白なゆで卵ではなく、ホカホカの白い米が食べれる事こそが至福だと思えた。
白飯と味噌汁と焼き魚、それが貧しい飯だとは思わない。世の中にはこんな風にゆで卵で休日一日をすごさなければいけない教師だっているのだ。それだというのに世間ではコンビニ弁当を食っているだけで貧乏人扱いするとは傲慢すぎる―――という様な勝手な社会批判をある程度にしておき、虎太郎は着がえる。
残りの財産は後わずか。
冷蔵庫の中にはビールが数本と卵が一パック。
「―――――負けたままでは、師に申し訳が立たない」
虎太郎の師匠である妖怪がいたら、そんな申し訳なんぞいらんと温厚な顔を般若に変化させる様な事を言いながら、虎太郎は戦地へと赴くのだった。
ギャンブルという戦い。
コレに負ければ後はないという、正に背水の陣だった。だが、そこで素直に節約して生活するという考えよりも、負けた分を勝って取り返すという発想に行く時点でアウトだと気づかない初老教師、加藤虎太郎。
人妖隔離都市である海鳴の休日での本日の予定はギャンブル一つだけだった―――無論、これが勝てるとか勝てないかは神のみぞ知る、という事だろう。





アリサは顰めた顔で腕を組んで仁王立ちをしていた。
場所は彼女の自室。
大きなベッドの上に並べられた色とりどりで様々な衣服。
アリサはそれをじっと見つめていた。いや、見つめていただけではない。それどころか、次第に額から脂汗が滝の様に流れ出し、最終的に膝をついて崩れ落ちた。
「き、決まらない……」
かつて、これほどまで悩み、苦悩した事はなかった。目の前に並べられた衣服は彼女のお気に入りばかりで、恐らく着れば似合うであろう代物ばかりだった。だが、自分に似合うなんて事は関係ない。
問題なのは一つだけ。

「――――友達が来る時って、何を着ればいいのよ!?」

本日のアリサの予定。
午前十時くらいに、なのはとすずかが遊びに来る。その後は外に遊びに出るという休日の子供ならなんて事のない普通な予定だろう。だが、問題なのはその普通な事をアリサはまったく【経験が無い】のだ。
勿論、知識としては知ってはいる。こんな事もあろうかと、少女マンガは大量に呼んでいるし、少年漫画も大量に呼んでいるし、アニメも沢山見ているし、ゲームも沢山しているし、ネットサーフィンだって沢山している―――しかし、それを見ても結局は知識になる程度でしかない。いわば、説明書を読んでいるだけで実際は一度も使った事が無い精密機械を扱う様なものなのだ。少なくとも、アリサにとってはそんな感じだろう。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……あぁ、もう時間が無いわ」
時計の針は午前九時を指している。二人が来るまで残り一時間。とりあえず、着がえる服はこの一時間でなんとかするしかないだろう。だが、気づけば問題はそれだけではないのだ。
アリサは改めて自分の部屋を見る。
「…………これ、普通の女の子の部屋かしら?」
疑問というよりこれは恐怖だろう。
歳の近い子と接した事がないアリサにとって、周りがどんな風に生活してどんな趣味をしているかなど知るはずがない。彼女がクラスメイトを観察しているのはあくまで学校の中だけであり、中味までは完全に把握しているわけではない。
むしろ、まったく知らないに等しい。
それ故、彼女はこの部屋にある物が【女の子として正しい】のかがわからない。
大きな部屋である事には確かだろう。
だが、アリサが心配なのはその中身だ。
恐る恐る近寄るのは、天井からぶら下がっている蓑虫、ではなくサンドバック。中に砂やら砂鉄やら、ともかく重量にして百キロを軽く超えるサンドバックには、何度も破れて修復した後がある。
「サンドバックって……普通かしら?」
普通の女の子の部屋にはサンドバックくらいあって当たり前―――なんて話は聞いた事がない。漫画でもアニメでも、バトル漫画以外では見た事が無い。そして現実はバトル漫画ではないのだ。
「そうよね、これは駄目よね……あれ、でも私の私生活ってバトル漫画っぽいし、あってるのかしら」
首を捻って考えるが、答えなどで無い。
模範解答をするのなら、別にこれがあっても二人は「へぇ」程度の反応を示すだろう。ただし、夜な夜なこれを叩き、百キロを超えるサンドバックを真横にする程のパンチを繰り出せるという点では多少は引かれる可能性もある―――あくまで、可能性だが。
そんなサンドバックの後ろを見れば、さらなる疑問が生まれる。
ゆっくりとソレに近づき、
「これも、普通よね?」
山の様に詰まれているゲームソフトと機種。
東西南北、和洋西中、新旧のゲームには乱雑に積み重なっていた。懐かしい物はゲームウォッチ、新しいのはゲーム機を超えている最新機種。
「なのはもゲームとかやるって言ってたから、これは普通よ、普通」
だが、果たしてコレだけ持っているのは普通なのだろうか。
大量のゲームウォッチ専用箱の隣には百科事典の様なゲームソフト。信じられないかもしれないが、これも一応ゲームソフトなのだ。軽く人を殴り殺せそうな厚さを持っているがソフトなのだ。ハードではなくソフトなのだ。
「メガド○イブくらい、普通よね……今でも普通にやるし」
最早、普通という言葉が精神安定剤となり始めている事にアリサはまったく気付かない。それどころか、果たしてこのワンダー○ワンとかゲーム○アとか、PC○ンジンとかネオジオポケ○トとかは普通に今でも復旧してるわよね?とか考えだして止まらない。
「あ、こんなところにドリー○キャスト……そういえば、シー○ンに友達が出来たって言って無かったわね、起動起動っと――――って違うわよ!!」
かつての親友?に会おうとしている時点でこれは立派な現実逃避だと気づいたアリサ。このままでは駄目だ。最早何が間違っているのかまるでわからない。
「どうしよう、どうしよう……」
周りに聞けばいいのに、と思う人も多いだろう。しかし、基本的に彼女が今住んでいる屋敷にはメイドや執事なんて者は一人も居ない。
炊事家事洗濯など、一通りの事は出来るアリサにとって、そんな人間はあまり必要ではない。現に、この広い屋敷を休日に掃除するのが彼女の楽しみでもある―――そんな悲しい事は彼女の中では当然普通なのだが、関係はないだろう。
「って、こんな事している間にもう三十分しかないじゃない!!」
時間は刻一刻と迫っている。
部屋を見回し、愕然とする。
一般常識はあっても一般的な経験の無いアリサにとって、日々過ごしている自室はまさにカオス空間だった。
サンドバックに大量のゲームの他にも、大量に詰まれたプラモデル(何故か城が多い)とか漫画本とかDVDとか通販で買った健康グッズとかアサルトライフルとか脱ぎ捨てた下着とかAIB○とかフ○ービィーとか道端で拾ったエロ本とかスナック菓子の袋とかナイフとか冷蔵庫とか教科書とか鞄とかが散乱している。
そこで彼女は初めて致命的な事に気が付いた。
普通とは何か、とか。
子供らしいとは何か、とか。
そんな事を考えるよりも、友人を招く以前に誰かを部屋に入れる際に行う最低限の礼儀を怠っていた。

「部屋、片付けてない……」

時間は残り二十分。
アリサは持ち前の決断力を無駄に発揮して部屋を出て、掃除機を抱えて戻ってきた。こんな事なら誰か使用人を雇っておけばよかったと心底後悔したが後の祭り状態。
幸いな事に今日は半月の日。
人妖能力を無駄に発揮して尋常ではない速度で部屋を片付ける。
最早普通とかなんて知った事ではない。とりあえずは人が入ってこれる部屋にしなければ駄目だ。
最新型の掃除機の性能をフルに活用。埃などは昔ながらの叩きを使用して、雑巾で拭ける場所は全て拭く。
そうしている間に時間は午前十時。
玄関のチャイムが鳴り響く。
「――――――ッ!!」
決戦の時は来た。
アリサは部屋を飛び出し、廊下を弾丸の如く駆け抜け、二階から一階まで階段を使わず一足飛びで着地し、ドアに手をかける。
大きく深呼吸し、意を決して扉を開けた。
扉の向こうには私服のなのはとすずか。
笑顔で、
「アリサちゃ――――」
と、言葉に詰まった。
「い、いらっしゃい」
と言ったのに、何故か二人は完全に停止していた。
はて、どうかしたのだろうかと思い――――気づいた。
致命的なドジをやらかしたのだ。
先程まで部屋で何を着ようか迷いながら、色々と着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返していたアリサの現在の格好は、とても客を迎える態度ではなかった。
「アリサちゃん、家の中でもその格好はどうかと……」
言い難そうに指を差すなのは。
「えっと……今日は暑かったからかな?」
とフォローするすずか。
そして、自分の今の格好に気づいたアリサは、落着きを取り戻した。人間、最早打つ手なしな状況になって初めて冷静になれるのだと知った、九歳の春。

アリサ・バニングスが初めての友人を家に招いた時の恰好は――――下着姿だった。





「…………」
「…………」
「…………」
嫌な沈黙が部屋の中を支配する。
なのははどうしようかという顔ですずかを見て、私に聞かないでな顔ですずかが答える。そして下着姿から適当な普段着に着がえたアリサは、居間のソファーの上で芋虫になっていた。
「…………」
肩か小刻みに震えている後ろ姿を見る限り、多分笑いを堪えているのか泣くのを我慢しているかの二択なのだが、とりあえず最初で無い事は確かだった。
「あ、あのね、アリサちゃん」
意を決して語りかけたのはすずか。
何を言えばいいのかわからないが、何かを言わないと始まらない。そう、全ては言葉にする事から始まるのだ。
すずかは大きく息を吸い込み、満面の笑顔で、
「可愛い下着だったね!!」
追い打ちをかけた。
「ちょ、すずかちゃん、それは逆効果!アリサちゃん、なんか痙攣しているよ!!」
「え?あれ?」
心のダメージは肉体に及ぼすダメージよりも痛いと知ったアリサ。なんかもう、色々と立ち直れなくなりそうだった。
「今のは無し、今のは無しだよ!」
最初の軽いジャブでまさかのダウンを取ってしまったすずか。今度は失敗しない様に、言葉を慎重に選んで、
「犬さんパンツは似合ってると思うよ?」
やっぱり追い打ちをかけた。
「すずかちゃん!?」
「え、また違った?」
「全然違うよ!ほら、アリサちゃんの周囲に暗い影が……って待ってアリサちゃん、その何処から出したかわからないロープを天井に引っかけないで」
「いいのよ、なのは……私なんて、子供の癖に露出狂の変態なのよ」
「誰もそこまで言ってないよ!!自信を持って強く生きようよ!!まずは自分を認めて、そこから新しい自分を始めるべきだよ!!」
なんとか励まし、首吊りを防ごうとするなのはだが、
「――――アンタも私の事を変態だと思ってたのね」
確かに、あの言葉を聞く限りではしっかりと認めている風に聞こえるだろう。
「あれ?」
「なのはちゃんも人の事言えないね。うふふ、私と同じだね」
「嬉しそうに笑ってないで、すずかちゃんも止めて!!」
しっちゃかめっちゃかな状況は、それから十分ほど続き、ようやくアリサが冷静さを取り戻して収集された。




とりあえず、なんかこの家にいるのは色々と不味い気がしたなのはの提案によって予定を繰り上げて外に出る事になった。
「それで、何処に行くのよ」
さっきまでの醜態なんてありません、幻です、思い出すな、忘れろ、じゃないと殺すぞ的な目をしながら、アリサは尋ねる。
なのはは若干その眼に怯えながら、
「そ、そうだね……ゲームセンターとかどうかな?昨日ね、可愛いぬいぐるみがクレーンゲームに入荷されてたの」
可愛いは正義というのは誰が言ったかは知らないが、可愛いという単語にアリサも少しだけ惹かれたのだろう、
「……そうね、ゲームセンターに行きましょうか」
さっさと歩きだしてしまった。
「私、ゲームセンターって初めてなんだ」
すずかはすずかで楽しそうだった。
「なにアンタ、ゲームセンターに行った事が無いわけ?」
「うん、あんまり外に出て遊ぶ事がなかったから……だから、凄く楽しみ」
そして、三人はゲームセンターに到着。
このゲームセンターはこの辺りでは一番大きな場所で、クレーンゲームやメダルゲームと言った万人受けするゲームが多くある。
「こんな場所があったのね」
「アリサちゃんは此処は初めて?」
「えぇ。私はあんまりクレーンゲームとかしないから。主に行くのは駅前の小さな所よ」
「へぇ、そうなんだ。あの辺りって格闘ゲームとかシューティングゲームとか多いよね、筺体のやつ。もしかして、アリサちゃんってそういうゲームとか好きなの?」
「対戦ゲームはそれほど好きじゃないわね……まぁ、暇つぶし位にはするけどね」
「それじゃ、シューティングゲームとか?」
アリサは首を横に振る。
「それ以外だと……ガンシューティングとかクイズゲームとか、音楽ゲームとかあるから……う~ん、何が得意なの?」
「苦手なゲームなんて無いわよ。でも、一番やってたのはパズルゲームね」
「あ、頭を使う奴だね」
「違うわ。一人で出来る奴よ……ほら、友達いなかったし」
その瞬間、なのはの脳内で薄暗いゲームセンターの隅に置かれたテ○リスを黙々と一人でやり続けるアリサの姿が浮かんだ。
「カウンターで表示できる最高得点、何回くらいやったかなぁ……」
哀愁漂う顔で空を見上げるアリサ。その眼に微かな小さな滴があった。
「無し!!今の無しで方向でお願いします!!」
「そう?それじゃさっさと中に入りましょう。さっきからすずかがクレーンゲームに連コインしてボタンを壊しそうな勢いで連打してるわ」
「うわっ!すずかちゃん、それやり方が違うから!!」



クレーンゲームで人通り遊べば、戦利品はそれなりの量になっていた。ゲームセンターが無料で配布している袋には大量のぬいぐるみが収まっていた。
「大量だね」
「そうだね。クレーンゲームって面白いね」
「面白いのは良いけど、アンタ等どんだけつぎ込んでるのよ、特にすずか」
少なく見ても千円札が六枚以上は両替機に消えていた気がした。
「その……つい夢中になってて」
「そういうお金の使い方してたら将来に確実に浪費家になるわよ」
初心者ではしょうがないだろうと思うのだが、お金はキチンと計画的に使うべきだ。
「その反対に、なのは……アンタのアレはどうかと思うけど?」
「ふぇ?」
なのはの両手には大量のぬいぐるみ。数は十個以上はあるだろう。その数を彼女はたった千円でゲットしていた。
「ここのクレーンの弱さで、なんであんな神業じみた事が出来るのか、私は凄く疑問に思うわ」
「そうかな?この程度のクレーンの強さなら簡単だよ」
弱いクレーンに対して強さという言葉を使う当たり、この少女がどれだけ玄人なのか良くわかる。まさか、こんあ近くにあんな神業を使う者がいるとは思ってもみなかった。
「で、次は何にする?」
「そうだね……あ、あっちの方に新しく格闘ゲームのコーナーができたみたいだから、そこに行こうよ」
「私、そういうゲームとはやった事がないなぁ」
「それじゃ、アンタはどんなのならやった事があるのよ?」
すずかは顎に指を当てて考え、
「マインスイーパーとかソリティアとか……あとはルービックキュウブにジグソーパズルとかかな?」
「ねぇ、アリサちゃん。ルービックキューブとジグソーパズルってゲームなのかな?」
「ゲームと言えばゲームね。ちなみに、私はプラモデルを何分で組み立てれるかっていうゲームを一時期ずっとやってたわ。マスターグレイトなら十分で組み立てられるわね」
友達がいなかった時代の黒歴史である。今になって思えば、自分はどれだけ一人遊びで時間を潰してきたのだろうかと頭が痛くなってきた。
「なんか、二人とも色々と間違ってる気がするの」
「そうかもしれないけど、それ以外に知らなかったからね」
これ以上話すと気分が最低になりそうなので、さっさとコーナーを移動する事にした。格闘ゲームのコーナーは休日という事で見事なまでに込んでいた。
「わぁ、凄い人だね」
「暇人が多いのね。私達が言えた事じゃないけど」
そう言ってアリサは相手いる筺体を見つけるとさっさと座り、百円を投入。
「とりあえず、乱入してボコるから、空いたらどっちか座りなさい」
「アリサちゃん、なんか男前だね」
すずかが目をキラキラさせながら言うのは良いのだが、向こう側でプレイしている赤の他人がやってやるぜ、な反応を示していた。
「一分でケリをつけるわ」
予告までするアリサは、よっぽどこのゲームに自信があるのだろう。
「凄い自信だね……対人戦なのにその余裕」
「対人戦は初めてね。基本的には乱入されたら止めるし」
「へ?止めちゃうの?」
アリサは頷き、
「別に人と戦いたくてやってるわけじゃないし、巧くなりたいわけでもないわ。ただの暇つぶし。相手はコンピューターで十分よ―――その方が遊ぶだけなら効率的だからね」
ゲームの世界でまで他人と争う気はない、それがアリサの想い。故に平静を保っているが初めての対人戦に内心ではドキドキしていた。
後ろで見守るなのはとすずか。
そして試合が開始された―――――そして終了。
「――――す、すごい……」
「ねぇ、なのはちゃん。私はよくわからなかったんだけど、どっちが勝ったの?というより、一方的な虐殺にしか見えなかったんだけど」
「虐殺してたのがアリサちゃんだよ。それも凄いハメ技で相手に何もさせずに勝っちゃった」
予告通りの一分KOだった。
筺体の向こうで相手が信じられないという顔で台を立って行った。その際、対戦相手がアリサの様な子供という事に眼を見開き、崩れ落ちていた。
「まぁ、こんなもんね」
「こんなもんっていうか……勝てる気しないよ、これじゃ」
「当然ね……私にこの格闘ゲームで勝とうなんて百年早いのよ……伊達に最高難易度でノーコンテニューしてないわ――――まぁ、一人でだけど。オンラインすらやった事ないけどさ」
そう言った瞬間、アリサの顔に影が堕ちる。
「ふふふ、所詮は現実でもネットでも何処でも孤独な私よ……あ、ちょっと死にたくなった」
「っていうか、なんでアリサちゃんはさっきから自分でトラウマスイッチを勝手に発動させるの?」
とか言っている間に、画面には新たなる乱入者の文字が。どうやら、今のプレイを見てゲーマー達の魂に火を付けてしまったらしい。
「もう、アンタが変な事を言ってるから乱入されたじゃない」
「私のせいじゃないと思うけど……向こう側、凄い人が並んでるよ」
少なく見ても十人はいる。という事は、あの十人を撃破しなければ向かいの台に座る事が出来ないという事になる。
「一人当たり一分ってところかしら……なのは、すずか。悪いけど十分くらいその辺をブラブラしててくれない」
「あ、勝つ気なんだね、全員に」
「当然。じゃないと、アンタ等と遊べないじゃない」
何故か眼には炎の様な真っ赤な瞳。こんな下らない事で人妖能力を爆発させる必要は限りなく皆無なのだが、ソレに対して突っ込む者は誰もいなかった。
「……すずかちゃん、あっちでメダルゲームで遊ぼっか」
「え、アリサちゃんの応援しなくていいの?」
必要はないと首を振る。
恐らく、アリサはわかっていなかったのだろう。あの十人は少なく見ても十人であり、一人が負ければ九人になるかもしれないが、その後にまた追加されるという可能性もあるのだ。とりあえず、アリサの背後には人の群れが出来ている。
「多分、お昼頃になったら迎えに来ればいいと思うよ」
「まだ一時間以上あるね」
「一時間経って迎えに来て、アリサちゃんが勝ってたら……私、アリサちゃんに勝てる気しないよ」
そう言って、なのははすずかを連れてメダルゲームのコーナーに向かって行った。



所変わって月村家。
月村家当主である月村忍は虎太郎に完膚なきまでに敗れ去った防衛システムの改良に励んでいた。
「やっぱり先生には鉄球よりは銃弾の方がいいわね。大きさよりも質と量よ、量。米軍から安値で買い上げたライフルを改良して、ついでに対戦車砲とかも良いかもね」
ウキウキしながらキーボードを神速で打ち込んでいる姿を見ながら、メイドは虎太郎が次回来た時の事を本気で心配した。
勝っても負けても、またあの庭を直す必要があるだろう、と。
そんなメイドの心配なんぞ知ってか知らずか、恐らくは知っていて放置している忍の視線が注がれた画面に新しいウィンドウが表示される。
「あれ、メールだ」
メールの着信を知らせるウィンドウを開くと、そこには最近知り合ったアメリカの大学生からだった。
「忍様、その方は確か……」
「ハンドルネームは【チャペック】。向こうのお偉い大学に在学している天才君よ。システムのヴァージョンアップの為に意見を聞いてたんだけど――――おぉ、そういう方法がありますか。流石は自称マッドサイエンティストの卵、やる事がエグイわねぇ」
誉めているのか貶しているのか、恐らくは両方なのであろう事を言いながら、忍はメールに送付されていたデータを開き、それをシステム構築の材料に放り込む。
「チャペック様も、忍様の作ったマシーンに興味があるようですね」
「そうね。あの人型ロボットのデータの代わりに、システム改良の意見を貰ってる感じだしね」
「…………あの、忍様。お言葉を返すようでも申し訳ないのですが」
メイドが次の言葉を繋ぐ前に忍が口を開く。
「アナタが何を言いたいのかくらいわかってるわよ、ファリン」
あの人型はどこからどう見ても兵器。なら、それに興味があるとするのならば、兵器に興味があるという事であり、何らかに応用したいという事だろう。
「なら、どうしてそんなデータを提供するのですか?いくら防衛システムを改良する為とはいえ、この様な方法を取らなくとも」
「まぁ、そうなんだけどね……」
「それに、防衛システムはあくまで仮初です。この月村家の本当の防衛システムは私とお姉さまですよ」
だからなんだけどね、と忍は言う。
「え?」
「だからなのよ、ファリン。私はファリンとノエルの事をそういう目では見てないのよ。確かにアンタ達は強いけど、強いからこの家にいるわけじゃない。強いから私やすずかの家族であるわけじゃない……わかる?」
忍はファリンに眼は向けず、画面だけをずっと凝視し続ける。
「色々あって、私やアナタ達は変わったわ。特に、アナタはね」
「それは……それが、必要だからと感じたからです」
冷たい声でファリンは言うが、表情は辛い事を我慢している様な仮面に見えた。
「多分、すずかは今のアナタしか知らないわ。アナタがそういう喋り方、そういう仕草をし始めたのは、バニングスとの冷戦の頃だからすずかは知らない。だからこそ、私は――――」
「忍様」
今度は、ファリンが忍の言葉を遮る。
「これは私が決めた事です……私が姉さんと話し合って決めた事です。だから、忍様にもすずか様にも」
「どうこう言われる筋合いは無いって事かしら?」
椅子を回し、忍はファリンを見る。
何を言っても変わらない、変わる気はないという確固たる意志がそこにある。
なら、無駄なのかもしれない――――なんて思うわけがない。
忍は小さく微笑み、
「――――世界には夢も希望もない」
キーボードを叩き、メールフォルダを開く。
「それが前までの私の信条って感じだったけど……あの人のせいでそれが壊されちゃったわ。そんな時にこのチャペックに出会った。もちろん、顔も性別もわからないけどね」
クリックして開かれたファイルには、忍が初めてチャペックとメールのやり取りをした時の物だった。
「多分、昔の私ならこんな話を聞かされても、鼻で嗤ってたでしょうね」
そこには夢が書かれていた。
ロボットに託した己の夢。
夢というには些か現実的な文章だが、それでも夢と希望だけは確かに感じられる。
その文章を見ていたファリンが、ある一文を読み上げる。
「ロボットと、人が友人になれる……世界」
「良い大人、偉い大学に行ってるのに、こんな事を平気で書くのよ、このチャペックって奴はね――――でも、その夢には私も同意する事が出来る。ううん、同意したいと思った」
忍はこの文章を読んだからこそ、自宅にあるロボットのデータを送った。もちろん、これがフェイクである可能性は高い。信じる方が馬鹿を見るなんて事はざらにあるだろう。しかし、そんな可能性の話は関係無しに思ってしまったのだ。
「だってさ、こんなロマンチックな事を書かれたら―――信じたいと思っちゃうじゃない?」
「…………」
ファリンは黙り込むが、先程までの堅い表情はない。
「ねぇ、ファリン。アナタはチャペックの夢をどう思う?」
「―――――絵空事ですね」
冷たく切り裂き、
「ですが――――――とっても素敵だと思います」
そして抱きしめる。
「私や姉さんみたいな【物】に預ける夢なんて、絵空事以外の何物でもないはずです……でも、忍様の言う様に、鼻で嗤うなんて事をするよりは信じてみたいと思ってしまいました」
「でしょう?」
夢は夢でしかない。希望は希望でしかない。だが、夢と希望なんて甘い言葉を信じ、馬鹿みたいに信じるモノが出来たのなら、それは素晴らしい事だと思う。
人じゃない己もそう思えるし、いつかロボットだってそう思える気がする。
人とロボットの違い。
生きる者と機械の違い。
「私も一枚噛ませてもらう事にしたのよ、馬鹿な夢って奴にさ」
違いなど、あるのだろうか。
大きく見れば同じ。
小さく見れば違う。
真ん中で見るのは―――人それぞれ。
「ファリン……」
忍はファリンに手を差しだす。
「私は何時か、このくだらない闘争を終わらせる。私だけじゃ無理だし、デビット叔父様だけでも無理だと思う……でも、いつかきっと終わらせられる日は来ると思うも。だからね、そんな日が来たら―――」
ファリンの手が、冷たい手がそっと忍の手を掴む。
「そんな日が来たら……私もきっと昔に戻っちゃいますね」
そう言ったファリンの顔は、久しく見ていない―――あの頃の笑顔があった。







「おやおや、こんな休日にも仕事とはずいぶんと仕事熱心じゃのう」
休日の学校で、校長は見慣れた男に声をかけた。
男は壊れた壁を直す為に派遣された建設会社の社員であり、平日休日問わず、遅くまで作業している仕事熱心な印象を校長は持っていた。
「そういう校長だって、休日に出勤ですか?」
「それ以外にやる事がなくてのう……どうじゃ、これから校長室で茶でも飲まんか?」
「そうしたいのは山々なんですがね、予定よりも作業が進まなくてな。このままじゃ、期限まで終わらない可能性もあるんだ」
教室をぶち抜いて出来た穴の殆どは既に修復されている。残りは二つという所だろう。だが、予定された作業日数から換算すれば作業スピードは若干遅い。
「そりゃあれじゃろ、お前さんが一人で作業しているのが原因じゃないのか?」
「こういう仕事はついでですからね。殆どの従業員はこの間倒壊した建設途中のビルの修復に当たってますよ」
「倒壊したビルというと……あぁ、あれか」
「えぇ、あれです」
建設中のビルが一夜にして倒壊したという事件は、一時期世間を騒がせた。原因は不明だが、建設を頼んだ商社に対する嫌がらせ行為にしては派手すぎるし、作業の手抜きという点から見れば、男の務める会社は断固としてあり得ないと主張している。
「どこの馬鹿がやったのか知りませんがね。調べて見ると、鋭い刃物で鉄骨を切断して倒壊させたらしいんですよ」
「ほぅ、というと人妖の仕業というわけですかな……」
同じ人妖である校長は心が痛む。
こういう行為をする結果、世間から人妖に対する弾圧は強くなる。その弾圧がいずれ自分の生徒達に及ぶ可能性とて否定はできない。
「なんとも言えない事件ですなぁ……アナタの会社も大変でしょうに」
「それがどうでもないですよ、これがね。ビルの再建築工事をする際に、この街のバニングスっていう所から費用の立て替えをするっていう申し出があってね。そのおかげで我が社の被害は評判を下げただけに住みましたよ。ビルの建築工事も、そのまま我が社で行うって事になりましたから……どうにか食いつなぐ事が出来そうです」
「そうかい、それは良かった」
「まったくです」
壁に塗料を塗り終えた所で男は休憩に入るのだろう。鞄の中から弁当箱を取り出す。弁当箱の中には色とりどりの食材が敷き詰められ、それと一緒に白いおにぎりが三つ。
「これは美味そうですね……もしや、奥さんの手作りですかな?」
男はおにぎりに食べながら首を横に振る。
「そうやって誤解する連中が多くて困りますよ、実際」
「じゃが、アンタが作ったと言うには……些か女っぽいじゃろ」
どうやら相手が誰か聞き出すまで逃がさないらしい。男は半分諦め、半分は―――小さな事を誇らしげに言う様に、
「昔の上司ですよ。色々あって同じ屋根の下に暮らしてますが……校長の思う様な事はまったくありませんよ」
「そりゃあれじゃな。アンタが奥手なだけじゃろ?向こうはそれだけじゃ満足してないかもしれんぞ」
「俺が奥手に見えますか?」
そう言われると、校長は否定するしかない。肉食やら草食やら、そんな話では済まない様な屈強な体つきをしている男が、女一人に手も出せない軟弱者だとはとても思えない。
「あっちは元部下。俺は元上司。男と女の関係になる事なんてないだろうさ……」
だが、本当にそうなのだろうかと校長は思う。他人の生活にどうこう口を出す気はあまりないが、
「――――長生きするとな、たまにわかってしまう事もあるんじゃよ」
校長は男の片方だけの眼を、両の眼で見据える。
「相手が嘘をついている事もわかってしまうし―――相手がそれを出来ない何かを抱いている事もな」
「…………」
「アンタのそれは嘘とは思えない。じゃから、その人に手を出せない何かがある様な気がしてならんのじゃよ。それがどういう理由かはわからん。もしかしたらこんな老いぼれが口を出していい事ではないかもしれんしな」
「…………」
「しかしな、若造」
校長はしわだらけの顔でニカッと笑う。
「後悔だけはするなよ。出来ない事を出来るのは素晴らしいが、誰にでも出来る事じゃない。だが、その反対に出来る事をしないのは……悲しくもあり、苦しくもあり、そして間抜け過ぎると思うんじゃ」
「――――若造と呼ばれる歳でもないんだがな」
「ワシよりも年下なら、誰でも若造じゃい。アンタがその見かけでワシよりも年上だと言うのなら頭を下げよう。ワシが間違った事を言ったのなら―――年寄りの頑固で通させてもらうさ」
男はしばし考え、息を吐く。
「校長。校長って奴はそんなにお節介が好きなのかい?」
「お節介が嫌いなら教師なんぞしとらんよ。他人に興味が無い者に教師は勤まらん。それと同時に他人を労われん者も同様。じゃから聖職者なんて肩書が付けられるんじゃが、ワシはそんな肩書が欲しくは無いのう」
「教師は聖職者じゃないのか?」
「聖職者など、所詮は周りが勝手に付けた肩書じゃ。教師とて人間。人間であるが故に間違いも犯すし、お節介にもなる。それとも何かい?聖職者でなければ教師じゃないと、アンタは思うのかい?」
男は違うと断言する。
「先生と呼ばれる奴等が聖職者なら、俺は絶対に違うだろうな……一時とはいえ、そう呼ばれていたが、聖職者なんてモンからは一番遠い事をしていた」
「じゃろう?なら聖職者なんてモンは要らんさ。人間が人に物を教える。聖職者は人に物を押し付ける―――ワシの勝手の思いこみじゃがな」
とんでもない事を言い出す爺だと男は思った。だが、それも悪くないと思う。そういう人間が物を教える立場になってるのなら、間違いが起こっても間違いでは終わらせないだろう。
そんな風に思えたからこそ、不意に家に帰った時の事を思う。
元上司は、彼女は今頃家庭教師としてあの子の家に行っているだろう。だから先に家に帰るのは自分だ。なら、今日は自分が飯を作ってみるもの良いかもしれない。
そして、こう言うのだ。
何時も美味い弁当を食わせてくれて、ありがとう――――と。
彼女はどんな顔をするのかはわからないが、多分悪い顔はしないだろう。
そして、そんな顔をする彼女の事を自分は――――そういう関係も悪くないと想っている。




気づけば夕暮れ。
終われば楽しい時間というものは、光陰の矢の如く過ぎ去っていくものなのだと知る。それほど楽しく、嬉しく、かけがえの無い時間だと知る事が出来た事は幸運以外の何物でもないだろう。
結局、格闘ゲームはなのはの想像した通りになり、ゲームセンター開店以来の勝ちぬき数を残し、対戦をしないまま終わりを迎えた。その後は適当に色々な店に入り、何かを買ったり食べたりして過ごすというなんて事のない時間が過ぎた。
だが、楽しかったと心の底から思えた。
なのはもすずかも、そしてアリサも、帰路を歩く足取りは軽やかで、まだ遊び足りないと言う様だった。それでも今日はもう終わり。明日は学校があるし、これ以上遊んでいたら親に迷惑をかけてしまう。
アリサは基本的に一人だが、なのはにもすずかにも待っている家族がいる。なら、今日はこの辺でお開きにするのが正解だろう。
ぬいぐるみの詰まった袋を両手に抱えながら、なのはは手を振って別れる。
「それじゃ、またね、アリサちゃん。すずかちゃん」
「気を付けて帰りなさいよ」
「また明日、学校でね」
なのはと別れ、途中まで帰り道が一緒なアリサとすずかは同じ歩幅で、速度で歩く。ゆっくりと歩き、他愛も無い事を話して笑う。
当たり前な事なのだろう。
誰にでもある、当たり前すぎる事なのに二人はそれを知らなかった。一人は諦め、一人は知らないままで過ごそうと決め、結果的に出来る筈の事をしなかった。
しかし、今は違う。
「少し持つ?」
すずかの両手には戦利品のぬいぐるみと、書店で買いこんだ大量の本がある。両方を持つには些か足取りがおぼつかない様子だった。
「大丈夫だよ。でも、少し買い過ぎちゃったかな」
「買い過ぎよ、十分に……まぁ、アンタが本が好きなのは知ってるけど」
「アリサちゃんは本とか読まないの?」
「読むわよ」
基本的に漫画なのだが、すずかの買った本の殆どは童話や小説という類だ。しかも、自分の趣味ではないメルヘンなものばかり。
「それじゃ、面白い本があったら貸してあげるよ」
楽しそうに言ってくれるのは嬉しいのだが、正直な話、微妙だ。嬉しそうに進めてくるすずかを想像し、趣味が合わないから結構だとも言えない。
趣味が同じではなく、人それぞれが違うというのに友人でいられるものなのだろうかと、少しだけ不安になるが―――多分、それは大した事では無いのだろう。
何となくわかった。
朝、何を着て出迎えるとか、部屋の中の物がどうだとか、そんな事ばかりを考えていた自分が馬鹿らしいと、今なら笑える。
「そうね……楽しみにしておくわ」
例え、相手がどういう相手だろうが、どういう趣味を持とうが、今日という時間の中で苦痛だと想った事は一度だって無い。それだけ楽しかったという事であり、それだけすずかやなのはと共に過ごす時間を大事に出来たという事になるのだろう。
大切な時間。誰かと過ごす大切な時間。失ったと勝手に思いこんでいただけの、手を伸ばせばすぐにどうにかなったモノが此処にある。それを手に入れるまで三年もかかってしまった。三年、三年だ。短いとは思えない。長いとしか思えない。空白としか言えない三年は、この関係が最初の時から手に入るとは思っていなかったから失った。
「まったく、無駄な時間を過ごしたわ」
「え?」
きょとんとするすずかに、アリサは苦笑した顔で答える。
「三年、三年よ?私もアンタも、あの子と友達になるまで三年もかかったなんて、間抜けだと思わない?」
「う~ん…………うん、そうかもね」
すずかも頷く。
「もっと早く出会えたら、もっと楽しかったのかもしれない」
「今日みたいな事を、三年前から出来てたかもしれない」
三年前から三年後――それは今。
「アリサちゃん、今日は楽しかった?」
「楽しかったわよ。多分、三年間で一番楽しかったわね」
繰り返される一年を三回、その重みを今になって噛みしめる。
「あ~あ、昔に戻れるなら戻りたいわね」
「そうだね。でも、そうしたら私達はもう一回喧嘩しないと駄目だね」
「それは勘弁してほしいわ。私、こう見て非暴力主義なのよ」
「それ、嘘だよ」
「うわぁ、速攻で否定したわね」
あの時の事は互いの中で何らかの決着が付いている。
胴切という怪物―――怪物になったアンネという少女の事件の際に、あの時の事は謝った。そして、謝った上でもう一度始められれば良いと願った。
理由もわからず、記憶も曖昧なまま殺し合いに似た喧嘩をした一年の頃。それは曖昧なままにしてはいけない事なのかもしれない。本当の真実というものを探す事が必要なのかもしれないが、今はどうでもいいとさえ思えた。
ただ、こうして隣を歩いていられる。
ただ、こうして冗談を言いながら話していられる。
ただ、友達というなんて事のない、大切な関係で在り続けようと想えれば、それで十分だった。
過去は過去、今は今。
あの日に出会った三人は、漸く好ましい形になったというだけ。ただ、それに少しだけ時間がかかり、少しだけ人とは違う大げさな事があり―――少しだけ、人妖だったという事なのだろう。
不意に思い出す。
アリサが虎太郎と話した会話。
この街が好きかどうか。わからないから好きになる。嫌いだから好きになる。虎太郎は今、この街を好きになっているかはわからない。あれだけ大口を叩いたのだ、アリサがどう思おうと勝手に好きになっているだろう。
「ねぇ、すずか……アンタは、この街の事……好き?」
「好きだよ」
即答だった。
「大好き。すごく大好き」
夕焼けに染まる街が、ゆっくりと薄暗くなっていく。太陽が沈む、星と月の時間が訪れる。それからまた太陽が上がり、もう一度沈み、また上がる。
「この街には私の家族がいて、クラスメイトがいて、先生がいて、なのはちゃんがいて、アリサちゃんがいる……こんなに素敵な人達がいるのに嫌いになるわけないじゃない」
すずかの言う素敵な人達に自分の名前が挙がっている事に、なんとなく恥ずかしさが込み上げ、自然と顔が朱色に染まる。
「ば、馬鹿。そんな恥ずかしい事を平然と言わないの」
「恥ずかしくはないよ。なんなら、これから大通りに出て今の台詞を叫んでも良いよ?」
「へぇ、そうなんだ。それじゃ、行きましょうか」
すずかの手を引いて大通りに戻ろうとすると、流石にすずかも抵抗する。軽い冗談のつもりだったのだが、アリサの眼が本気でかなり焦っている。冗談が言える様になったとは言え、中味は恥ずかしがり屋の少女である事には変わりは無い。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「待たないわ。ほら、さっさと行くわよ。アンタが街の中心で恥ずかしい台詞を言う場面を録画して、なのはに見せてあげるわ」
「勘弁してよぅ……」
変わっている様に変わっていない。変わる事は素晴らしい事かもしれない。だが、変わっていないからこそ、素晴らしいモノだってあるはずだ。
優しい心は一度は変わった。だが、変わったつもりで本当は何も変わっていない。ただ、優しい心を隠しただけ。その本質は何も変わっていない。
強い心は別の想いに変わった。だが、それは結局は最初から最後まで変わらなかった。ただ、それを受け入れる事ができなくて、変わったつもりになっていただけ。
多分、今の自分ならはっきりと言えるだろう。

アリサ・バニングスは、この街が好きだ。

虎太郎と初めてあった時、作文を白紙で出した。あの時は本気でこの街に夢も希望も無く、この街以上に最低な場所なんてあるはずがないと想っていた。想っていたはずだった。想っていようとしただけだった。
自分はすずかと同じで、この街には父がいて、クラスメイトがいて、なのはとすずかがいて―――ついでに、煙草臭い先生がいる。
大声で好きじゃないとは死んでも言えない。でも、照れくさいから嫌いじゃないとは言うだろう。その位はきっと許してくれるはずだ。
「しょうがないわね。まぁ、いいわ。その辺の事は明日学校で追及させてもらうからね」
「え、逃がしてくれないの?」
「当たり前じゃない」
「うぅ、アリサちゃんが苛める……虎太郎先生に言いつけちゃうよ?」
「虎太郎が怖くて意地悪ができるかっての」
動き出した歯車は止まらない。
止まろうとする事があっても、止まらせはしない。
一つの歯車が止まろうとしても、別の歯車が回っている。その歯車が動き続ける限り、他の歯車も休む事なく動き続ける。
歯車は自分であり、誰か。
誰かの歯車が止まろうとするのなら、自分という歯車が動かす。
自分の歯車が止まりそうな時は、誰かが動いて歯車を動かす。
そうして全て噛み合って動き続ける、一つの大きなカラクリが―――自分達の住む世界。
「それじゃ、私はこっちだから」
「うん、また明日ね」
「気を付けて帰りなさいよ」
今日は別れて、明日が始まる。
今日のさよならは、また明日という約束。
今日いう日より、明日が更に素晴らしい日で在る事を願いながら、別れの挨拶を。
「バイバイ、アリサちゃん」
「じゃあね、すずか」
そうやって、少女達の休日、海鳴という街の休日は終わりを告げる。








【人妖編第七話】『人妖都市・海鳴の休日』













そして、【魔女】が歯車を狂わせる。



幸福な日々は終わりを告げる。幸福な日々は終わりを告げろ。幸福な日々など必要がない。幸福な日々があるから終わりが来ない。幸福な日々が邪魔して不幸にならない、幸福な日々が続くから―――我らが【不死の王‐ノーライフキング‐】が目覚めない。
太陽が沈み、星と月の世界が訪れる。しかし、それと同時に闇の世界が目を覚ます。星の光は闇に飲まれ、月の光は闇に消され、静寂という深淵が口を開ける。
深淵の闇の中に沈むのは、生きる者の当然の義務。
生れた者は皆が死んでいく。
死ぬべき者も死なない者も、久しく全てが死に向かう。
【魔女】は嗤う。
ケタケタと嗤う。
馬鹿げたガキのママゴトに大笑いし、唾を吐いて、幸福をかみ砕く。
今宵は半月。
月は歪んだ笑みの様に歪み壊れ、その光を持って狂わせる。
しかし、光だけでは足りない。月の光は人を狂わせる事が可能だが、それでは駄目だ。そんなモノではきっとどうにもならない。
狂わせるのだ――――壊す為に。
狂わせるのだ――――歪める為に。
狂わせるのだ――――目覚めさせる為に。
狂わせるのだ――――幻想を砕き、真実という絶望を抱かせ、再開する。
さぁ始めよう。
再開を始めよう。

【三年前に失敗した事を再開しよう】

あの日、あの時、あの瞬間。本来ならアレで目覚めるはずの力は不発に終わった。それは確実にあの人狼のせいだろう。アレが下手な手加減をしなければ、アレが下手に強力でなければ完全に目覚めたはずだった。
だが、アレは【魔女】の失態だと素直に認めよう。
アレは単に運が悪かっただけに過ぎない。目覚めるにはアレでは足りない事はこの三年で学んだ。だからこそ、今度は的確に正確に最高に全てを進め、【魔女】は力を手に入れる。
その為に、狂わせるのだ。
【魔女】の計画を狂わせた、邪魔者を消す事から始めよう。邪魔者を消して再開を始めよう。
狂う。
狂う。
狂う。
狂う。
狂う。



「―――――さぁ、続きを再開しましょうか……月村さん、バニングスさん」



狂い、殺し合え。



「――――――――ん?」
アリサは脚を止めた。
何か奇妙な感覚を感じたのだ。それは嗅覚を刺激する様な感じでもあり、背筋を走る悪寒かもしれない。確かに感じ、明確に感じた。
振りかえり、視界に誰も写っていない事を確認して―――舌打ちする。
「今日はいい気分だってのに、何処のどいつよ」
殺意を感じだ。
黒い殺意でも冷たい殺意でもない、冷たい殺意。何もなく、人形が出す殺意という奇妙な感覚。違和感にまみれ、嫌悪感を抱かせる。人が抱く殺意よりもなお悪い、最低で最悪な殺意だった。
しかも、それと同時に奇妙な匂いを嗅ぎとる事ができた。
何の匂いかはわからない。だが、自分はこの匂いを一度嗅いだ事がある。どこで嗅いだのかは思い出せないが―――瞬間的に口と鼻を塞ぐ。
「……この匂い」
知っている。
どうしてかわからないが知っている。
この匂いは記憶として残らなくても、身体が覚えている。
嗅いではならない匂い。嗅いだら自分の中の何かを壊す毒薬。
普段なら嗅いでから判断する所だったが、今日は完全な満月ではない為、嗅ぎとるという行為よりも感情的がそれを拒否した。恐らく、これが完全状態であったのならあまりにも敏感になっていた鼻は、一息吸うだけで思考が【魅入られていた】だろう。
「何なのよ、この悪趣味なのは……!!」
常人よりも多い戦闘経験。それはこの三年間で爆発的に上がった。だからこそ、その経験が言っている。この匂いは自分を惑わし、全てを奪う匂いなのだと。
それが功を奏したのだろう。
三年という月日は決して無駄ではなかった。
もしかしたら、この時の為に三年間があったのかもしれない。
ズンッと頭が重くなる。
微かだが匂いを嗅いでしまった事が原因だろう。
気づけば周囲には奇妙な色の霧が発生していた。
血の様に紅い。
紅桜が舞い散る夜の世界。
その中に佇むのは人ではなく妖。

――――――少女が立っていた。

少女の形をした人外が立っていた。
少女の形をした化物が立っていた。
少女の形をした怪物が立っていた。
見慣れた姿で、見慣れた顔で、見慣れた髪で、見慣れた背丈で、見慣れた身体で―――先程別れた時と同じ恰好で、金色の瞳を輝かせた怪物が立っていた。
ゾッとした。
その存在に恐怖する。
その存在自体に恐怖するのではなく、その存在が自分に対して牙を向くのだと本能が悟ったが故の、恐怖した。
身体は無意識に力を宿す。
この霧に本能が引っ張られ、思考が獰猛な狼の様に変貌しそうになる。それを理性で押し留め、自我を保つ。
これも三年間で得た事だ。
やはり、この三年間は意味があったらしい。
しかし、こんな形でその成果を確認する事になるなんて、最低の一言だ。
事態は飲みこめない。だが、この状況がどんな状況なのかという事だけは理解できた。
アリサは乱暴に頭を掻き、
「あぁもうっ……!!だから気を付けて帰れって言ったのよ、私は」
相手に言うのではなく、自分に対して苛立つ様に毒吐き、
「―――――――で、冗談ならさっさと冗談だって言いなさいよ」
【魔女】は嗤う――――金色の瞳は虚ろの瞳。
「言いなさいよ、冗談だって……」
【魔女】は囁く――――金色の瞳は人でも人妖でもなく、妖の瞳。
「お願いだから……冗談だって言って……」
【魔女】は甘く命じる―――冷たい黄金。無機質な金。眩しい金色。
「……お願いだから……お願い」
怪物は、
化物は、
妖は、



――――――月村すずかは、吠えた



「■■■■■■■――――――ッ!!!!」
地面が爆発する。
距離は三十メートルは離れていただろう。だが、その距離は一瞬で零。
瞬き一つする間に、アリサの視界に狂った金色の瞳が目の前に映し出される。
「――――――チッ!」
繰り出される暴虐の一撃。我武者羅に、適当に振り回した様に動物的な一撃は人間の、少女の腕の振りでは収まらない程の速度と威力を持っていた。
ドガンッと背後にあった何かが吹き飛んだ。それが何かを確認する前に、アリサは変貌したすずかを飛び越し、背後に降り立つ。そして改めてすずかが何を吹き飛ばしたのかを見た。
「おいおい……」
呆れてしまった。
彼女が吹き飛ばしたのは―――地面だ。
地面に五つの巨大な爪痕を刻みつけ、コンクリートの地面を吹き飛ばしたのだ。その要因となったすずかの手には、先程までなかった鋭利な爪が五本、全てがすずかの手から生えていた。
しかも、それが両手に。
「■■■■■……」
すずかは口を三日月の様に歪める。そうやって歪めた事で異常に尖った犬歯が二本―――吸血鬼の様に生えていた。
「イメチェンするならもっと可愛くしなさいよ―――ねッ!!」
言い終わる前に飛び上る。地面に突き刺さる爪は胴切の刃と同じ様にスッと地面に刺さり、
「――――――ッ!?」
即座に上空にいるアリサへと伸びる。
すずかが飛び上ったわけではない。爪が伸びたのだ。十センチ程度だった爪が数メートル上空にいるアリサまで突き出す様に伸び、足を突き刺した。
爪はアリサの足を貫通し、そこから急に蛇の様に脚に絡みつき、アリサを地面に引き寄せる。
地面ではすずかが片手を、弓を引く様に引き絞り、貫手の構えを作る。
避ける事は不可能。
故に、
「■■■■■―――――!!」
「こ、のぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
受け止める。
貫手を両手で抑え込む―――瞬間、貫手の指先が杭打ち機の様に突き出し、アリサの顔面目がけて襲い掛かる。それを寸前で顔を背ける事で避け、
「いい加減にしなさい!!」
脚に刺さったままの爪、腕を巻き込んで身体を回転させる。アリサとすずかの身体が同時に独楽の様に回転し、すずかを背中から地面に落とし、押さえつける。だが、押さえつけられると思ったのは一秒にも満たないわずかな時間。
脚を絡め取っていた爪はシュルッと元の長さに戻り、金色の瞳が深い闇の如く輝く。
「―――――ッ!?」
反射的にその場から跳ぶ。
ガキンッと歯と歯が噛み合わさる音。
一瞬でも跳ぶのが遅れていれば、確実に噛みつかれ―――最悪、首の肉を持っていかれていた。
確実に殺す一撃だった。
自分を、友達だと言ってくれた自分を殺す一撃。
「…………」

【魔女】の囁きは音の無い呪。

頭の中が自然とクリアになっていく。
恐怖や不安、焦りも憤りもありはしない。身体が自然と動き、目の前の【障害】を打倒する為に全てを作り替えていく。

【魔女】の魔法は無意識に入りこむ呪。

闘争本能が膨れ上がり、相手を敵だと身体と意識が認識する。
「…………」
相手は本気で自分を殺そうとしている。
「…………」
なら、殺そうとする事に対する報復行動に出ても文句は言えないはずだ。
「…………」
血が躍る。
頭が赤く染まる。
相手を倒し潰し殺してミンチにしてグチャグチャにしても関係ないという、殺戮衝動に似た何かが内から湧き上がる。
それは相手も同じ、むしろ自分よりも前にそれを完了させ、こうして襲いかかってきている。
すずかは獣にも似た唸り声を上げ、四足歩行の動物が如く構える。
アリサは静かに呼吸を整え、半身を前に出し腕を突き出して構える。
互いが互いを敵ではなく、倒すべき対象でもなく―――殺すべき標的として認識する。
嗤っている。
吸血鬼の歪んだ笑み。
人狼の飢えた笑み。
そして【魔女】の楽しげな笑み。
そこには何もない。
三年間という月日を我慢し、漸く得た絆という存在すら消え去った。
殺すだけ。
殺して殺して潰すだけ。
それは三年前の再現。
消えた記憶が蘇り、あの日の続きを再開する。
再開しようとする自分を受けいれる。
そして、




そんなふざけた事を肯定する己を――――全力で殴る。




ガンッという鈍い音が闇夜に響く。
その音の発生源は、紛れもなくアリサ自身から発せられていた。拳を額に撃ちたて、力を入れ過ぎたせいか、軽くのけ反る。
「――――――ふざけんじゃないわよ……」
額がジンジンする上に、力を入れ過ぎてかなりのダメージを自分に負わせてしまった。だが、こうしなければこの匂いに負け、自分自身に負けてしまう。
額は紅く染まり、微かに割れた皮膚から血が垂れる。
だが、おかげで少しだけマシになった。
澄んだ思考などいらない。本能に身を任せた身体など必要ない。相手を殺し、潰し、標的などという他人行儀な事を考える全てを葬りさる。
どういう事かわけがわからない。
だが、一つだけわかる事がある。
この感覚は知っている。
三年前、すずかと殺し合いに近い喧嘩をした時のアレにそっくりだ。いや、むしろそのものだろう。
つまり、あの出来事が三年越しに目の前に現れたという事になる。
戦闘能力的にはアリサは昔よりも今の方が劣っている。あの時は満月だったが故に圧倒的な勝利を収める事が出来たが、今日はその半分以下の力しか出せない。しかし、それを補う程の経験がある。
そして、それ以上にあの時の自分とは、違う。
目の前にいる者は誰か――――友達だ。
「あの時とは違う……」
やっと得た友達だ。
すずかだけではない、なのはだってやっと得た友達。
友達だ、友達なのだ。
三年前と三年後。
その違いは此処にある。
再度構え、友を見据える。

姿形に偽り無し。
其処に立つのはかけがえの無い絆。
それを前に握る拳は必要無し。

握った拳を開き、掌を突き出す様に構える。
「すずか……」
友に語りかける言葉は静かで強く。
「アンタも変わったんでしょう?成長したんでしょう?」
優しく、そして誘う様に、
「なら、アンタも頑張りなさいよ。じゃないと、なのはが泣くわよ」
そして、絶対に争ってたまるかという激情を抱き、言葉にする。
しかし、すずかには届かない。



されど、【まだ】届かないだけ


地面を蹴ると同時に巻き起こる嵐。ソニックブームに似た衝撃がアリサの頬を掠め、微かに血が飛ぶ。
背後に出現したすずかの攻撃は見るまでもない。
背中に迫る死の気配へ腕を差しだし、突き出された貫手を掌で受け止め、弾き、流す。
流水の如く、死の一撃はあっさりと受け流された。
その事実に驚く事もなく、即座に攻撃に移る。
「■■■―――ッ!!」
風を切り裂く爪。
地を鋭く抉る爪。
しかし、アリサの身体には届かない。
全てを掌で受け流し、体勢を崩しに崩す。何度もそれを行い、何度も隙は生れた。だが、そのはっきりと撃ちこめる隙があったにも関わらず、アリサは自身から撃ちだす事はせず、同じ様に掌を前に突き出したままの構えを崩さない。
「どうしたの?さっさと来なさいよ」
手招きした瞬間に嵐の様な攻撃は始まる。
突き出された貫手は反らされる。
噛みつきに移れば優しく顎に手を当てられ、方向を変えられる。
爪を伸ばして突き刺そうとすれば、掌を上下に合わせて―――叩き折られた。
「――――全力で受けてあげる。アンタが止まるまで、アンタが目を覚ますまで、全部防いで避けて流してね」
そして、心の中で吠える。
自分達にこんな事をさせた者が近くにいる。姿も気配も無いが、確実にその者はこの光景を見ているに違いない。
許せない。
許せるはずがない。
故に絶対に殺さない。
故に絶対に殺されてやらない。
自分は言ったのだ。
さようなら、と言った。
また明日、と言った。
それが約束の言葉だとするのなら、それを守らねば嘘になる。自分のすずかの関係も、それを作ってくれたなのはとの関係も。
そして、アリサ・バニングス自身の、これからが嘘になる。
金色の瞳を見据える紅の瞳。
三年越しのリターンマッチ。
勝っても負けてもアリサの負けになる。
すずかに負けるわけじゃない。これを仕組んだ誰かに負けた事になる。
そんな結末なんてクソ喰らえだ。
アリサはすずかを手招きし、余裕の笑みを浮かべて言い放つ。
「でも、あんまり長くは付き合わないわ」
絶望に負ける事はあっても、挑む事は出来る。
挑み、必ず勝てるとは言わないし、言えないだろう。
だが、挑むべきだ。
挑み、破れ――――それでも立ち上がり、そして希望を掴む。
綺麗事を口にして、綺麗事を手にして、綺麗事を皆が口にして、絶望を口にする事が下らないと思えるくらいに―――普通に過ごす毎日が此処にあると信じ抜く。
まだ、終わっていない。
まだ、絶望するには程遠い。
如何なる逆境も、如何なる辛さも悲しさも――――そこで終わらない限り、明日は来る。
希望を胸に、希望を明日に、孤独から手に入れた絆を携え、

「ほら、遅くなる前に帰るわよ、すずか……じゃないと、明日―――寝坊して学校に遅刻するわ」

少女は希望を口にする。
【魔女】の絶望に、希望‐絆‐を持って立ち向かう。






次回『少女‐高町なのは‐』









あとがき
七話投稿です。
アリサ編が終わって、今度はなのは編です。
前回も言いましたが、多分四話で終わります。
あくまで、予定ですがね。
それでは、人妖編の最終章、がんばって書きますぜ。



先日の地震で自分は東京の部屋にいたのですが、それでも色々な物が堕ちて若干ビビりました。
ただ、本家が秋田なので大丈夫かな~と想って電話しても中々繋がらないので心配しましたが、夜には繋がって安堵です。向こうは停電しているだけと言っていましたが、毎日のごとく雪が降る地方なので心配と言えば心配でしたが、なんとか復旧した模様でひと安心。

あとは、被災地の方々が安心できる時が来る事を願う次第です。





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