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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 5「不協和音」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:19

事の発端は、もう本当に、純粋なまでに巡り合わせが悪かったとしか言いようがない。
それとも、もっと分かりやすくするのなら、「運が悪かった」と言った方がいいだろうか。
あるいは、身も蓋もない言い方になるが、結局人間は「血には逆らえない」と考えることもできる。

スバルやティアナを交えて白浜親子とギンガがミッドの街を観光してから3日。
その日、たまたま普段より早く仕事を終えたギンガは、ゲンヤや兼一より一足早く職場を後にした。

もちろん、折角早く帰れるのだから託児施設に預けている翔をそのままにしておく道理はない。
ギンガ自身、残り時間が限られている弟分との時間を大切にしたい思いもある。
故に、年の離れた仲の良い姉弟よろしく、二人は手を繋いで帰宅した。

「ただいま」
「ただいまぁ~!」

真っ先に帰宅したのだから家に誰がいる筈もない事はわかっているが、それでも二人はしっかりと帰宅のあいさつをする。
もしかするとそれは、家そのものに帰ってきたことを告げているのかもしれないし、単に習慣か気分の問題でしかないのかもしれないが……。

「じゃあ、着替えて居間に集合、って事で良い?」
「うん! 僕、お菓子の準備とかしておくね」
「御夕飯もあるんだから、あんまり食べ過ぎない様にね」
「? ギン姉さまはすごく食べてると思うんだけど……」
「わ、私はいいの!! この後ちょっと身体を動かすんだから!」

弟分の思わぬツッコミに、慌てた様子で自身の正当性を主張するギンガ。
翔に悪意も邪気もないのはわかっているのだが、それがかえって心と耳に痛い。

「そうなの?」
「そうなの!」

首を傾げる翔に対し、ギンガはやや語気を強めて押し通す。
そうしてギンガは私室に、翔は兼一と共に割り当てられた部屋に向かった。
基本的に着替えなんてものは、男は早く女は時間がかかる。先ほどのは、それを見越しての翔の進言であった。

やがて、予想通りに一足早く居間に戻った翔はテーブルの上に適当に菓子類を出していく。
短い付き合いだが、姉の方向性もわかっているので、どれもこれも量は多い。

「う~ん、これで足りるかなぁ? でも、ギン姉さまだとあっという間になくなりそう……」

そこに積み上げられたのは、これからちょっとしたパーティでも開くのではないかという量の菓子の山。
普通、これだけあれば十数人レベルで飲み食いできそうだが、この程度で足りるか翔は疑問に思う。
何しろ、相手はあのギンガだ。この程度の量、瞬く間のうちに胃袋におさめかねない。

少なくとも、翔は特にその想像に疑問を抱いてはいない。
もしこの場にギンガがいれば、図星をつかれながらも必死になって否定しただろう。
基本的に色気よりも食い気が先立つ彼女にも、そう言う意味での恥じらいだって少しはある、少しは。

そして、翔が姉の食欲とのバランスについて悩むこと数分。
ようやくギンガも居間へと降りてきた。ただし、その格好が普段の室内着とは異なっている。
それはオシャレなどとは無縁の、動きやすさのみを追求した機能的な衣服。
寄り端的に表現するなら、ジャージとTシャツである。普段見慣れないギンガのその格好に、翔は首を傾げた。

「? ギン姉さま、なに、その格好?」
「え? ああ、これね。折角早く帰ってこれたから、食べる前にちょっと型打ちでもしようかと思って……」
「かたうち?」
「う~ん、何て言ったらいいのかな……翔の世界にも、格闘技とかってあるよね?」

翔に対しどう説明しようかと僅かに悩んだギンガだが、まずはそんな事から聞いてみた。
何しろ、人間の歴史とは闘争の歴史でもある。形は様々なれど、人は周囲と争い競うことで発展してきた。
その多種多様な種類のある闘争の中でも、最も原始的なものの一つが格闘……殴り合いである。
およそ、この文化のない文明という物は存在しない。

ギンガは地球にどんな格闘技があるかは知らないが、それでも存在しない事はないと確信している。
故に、とりあえずそのあたりの外堀から埋めて見ることにしたのだ。
翔とていくら兼一が武から遠ざけているとは言え、完全無欠の無知ではない。
拳の握り方すら知らないとはいえ、有名どころの名前くらいは知っている。

「うん。空手とかボクシングとか……」
「実は、私もそう言うのをやっててね。
『ストライクアーツ』の亜流で、『シューティングアーツ』って言うんだけど……これはその練習」
「ふ~ん」

分かっているのか分かっていないのか、どこか気のない返事を返す翔。
まあ、幼児の彼からすれば、亜流だの何だのと言われても困るだろう。
だが、全く興味がないわけでもないらしく……。

「それって、スゥ姉さまもやってるの?」
「うん。私は母さんから教わって、それをスバルにね」
「他の人も?」
「あ~……ミッドの人がやってるのはほとんどストライクアーツね。こっちはミッドでは一番競技人口の多い…やってる人が一番多い格闘技だから。
シューティングアーツは使う道具が特殊で、やってる人はほとんどいないかな」

翔にもわかる様に言葉を選びながら、ゆっくりと噛み砕いてギンガは説明していく。
そしてその言葉通り、ギンガは自分と同じ「シューティングアーツ」を使う格闘技者を数えるほどしか知らない。
なにしろ、ローラーブーツ型デバイスを使う事を前提とした異色のスタイルである。
確かに機動力に優れるのだが、その分姿勢制御などの面で難易度の高い技術だ。
あまり好んでこれを習得しようとする者はいない。

ギンガの言葉通り、ミッドで格闘技をやるものは八割方ストライクアーツを学ぶ。
まぁ、そもそもストライクアーツ自体が広義的に「打撃による徒手格闘術」の総称なのだから、かなり大雑把だ。
とりあえずは、「総合格闘技」ということで認識しておくのが無難だろう。

「この前の怖いおじさん達をやっつけたのがそうなの?」
「うん、一応ね」

どうやら、あの時の一件から少しばかり興味を持っていたのだろう。
翔の眼には、僅かに好奇心から来る光が宿っていた。

「へぇ~……あの時のギン姉さま、ホントにカッコよかったなぁ……」
「あ、あはは……本当は、あんまり無闇に使うのはよくないんだけどね」

地球においても、空手の黒帯持ちやプロライセンスを持つボクサーの拳は凶器と同義と考えていい。
それはミッドでも大差はなく、優れた格闘型の魔導師が一般人に拳を振うのは御法度だ。
ましてやそれが、正規の管理局員、それも武装隊資格持ちとなれば尚更。
前回のそれは正当防衛やらなんやらで言い訳できるが、やはりあまり褒められたものではないのも事実だ。

そうして、ギンガは一端庭に出てストレッチを済ますと、足を肩幅に開いて深くスタンスを取った。
翔は翔で、縁側に座ってそんなギンガの様子を興味深そうに見ている。
ギンガはそのまま基本的な構えを取り、はじめはゆっくりと一つ一つの動作を確認していく。
段々と一つ一つの動作は速さと鋭さを増していき、素手のそれとは思えない風斬り音を響かせる。

翔はその音やどんどん激しくなっていく動きに首を竦め、目を閉じることもあった。
だが、時間経過と共に次第にそんな反応もなくなっていく。

そして、いつ頃からだろう。
その澄んだ眼は、ギンガの脚先から始まり、腰や背中、そして肩から腕へのスムーズな連動を確かに捉えていた。
常人、それも武術の初心者では考えられない事だが、遠目とは言え翔は確かにギンガの一つ一つの動作を認識しているのだ。
如何に魔法で強化していないとはいえ、それでもギンガの蹴りや突きの速度は充分早い。
それこそ、同年代の中ではトップクラスと言っていいだろう。少なくともミッドにおいては。
当然その一連の動きを『把握』するとなると、生半可なことではない。
しかし、もしここに翔の血筋について知る者がいれば、そのことに「納得」はしても「驚き」はしないだろうが。

とそこで、唐突にギンガの動きが止まった。
深く息をつき呼吸を整えたギンガは、おもむろに翔の方を見る。
顎に指をやって何かを思案する様に黙り込むこと数秒、ギンガは少し迷いながら尋ねてみた。

「……翔も、少しやってみる?」

ギンガの問いには、特別な考えなど欠片もなかった。
単に、翔がやけに熱心に見ているのに気付き、これからの話題と思い出の一つにでもと思っての提案に過ぎない。

後はまぁ、僅かな好奇心がなかったと言えば、ウソになるだろう。
もし筋が良さそうなら、少しばかり本格的に教えても良いかもしれない、くらいには思っていた。
なにしろ、ギンガは別に翔が自分の動きを正確に見てとっていたことには気付いていなかったのだ。
だが、それが大きな勘違いだったことに、ギンガもすぐに気付く事になる。

(でも、兼一さんには後で勝手に教えた事を謝っておかないと)



後から考えれば、ある意味でこの瞬間こそが、翔にとっても、ギンガにとっても運命の分かれ道だった。
もしこの言葉を翔にかけなければ、あるいは翔が頷かなければ、きっと彼らはそれまで通りでいられただろう。

しかしそれでも、この場この瞬間、二人は確かに自分自身の意思で選択した。
例え分岐点にいるという自覚がなかったとしても、それでも二人は選んだのだ。
これからの自分達の未来を。

そう、この一言で選択はなされた。
未来に待つものなど何も知らない無邪気な一言で。

「うん!!」



BATTLE 5「不協和音」



そしてその日の晩。
ナカジマ家の夕食後の団欒は、ある些細な出来事によって一変した。

【パンッ!!!】

響いたのは、鋭く澄んだ何かを叩く音。
その音の出所は幼い、まだあどけなさを残す幼児の頬と、それを打った父の掌。

ほんの少し前まであった、いつも通りの団欒、普段と変わらぬ日常、他愛のない話題と笑い声。
その全てが、この一音で脆くも崩れ去った。

翔は生まれて初めて父に叩かれた頬に手を添え、信じられないものを見る様な目で父を見る。
その眼には涙の気配すらない。だが、痛くなかったわけではない。
むしろ、痛いというのであれば今すぐにでも泣きだしたいくらいに痛かった。
それでも涙が出て来ないのは、ひとえにたった今父が自分の頬を打ったという事実に現実感がないからに他ならない。何しろ、兼一が自分を叩くなど、翔は夢にも見たことがないのだから。

当の兼一自身は、今までに見たことがないほど…それこそ別人の様な厳しい表情を浮かべている。
少なくとも翔をはじめ、その場に居合わせたギンガやゲンヤは兼一のこんな表情を見たことがない。
それどころか、兼一がこんな表情を見せる事自体に驚愕を隠せない。
当然、理想の父であろうとして、事実そう在ってきた兼一が息子を叩くなど、理解の外と言っても良い。
だが、もしこの場に本当の意味で兼一をよく知る者がいれば、彼らとは逆の反応を示しただろうが……。
あるいは、兼一がその瞳の奥に言葉にできない感情の揺らぎを見たかもしれない。
しかし、幸か不幸かそのことに気付けるほど、兼一を理解している者はここにはいなかった。

しばしの静寂。傍観者であるゲンヤとギンガの二人はあまりのことに微動だにできず、翔はジワリと浸透してくる痛みに今起こったことが現実である事をようやく認識し始めていた。
唯一この場で正常な思考力を保っているであろう兼一は、ひたすらに無言を貫く。
そうして、兼一をのぞいて真っ先に再起動を果たしたのはギンガだった。

「兼一さん! いきなりなにを!!」

ギンガは憤慨を隠すことなく、非難がましい視線と声を兼一に向ける。
だが、兼一はギンガの方に一瞥すらくれることなく、ただただ黙って翔の事を見下ろしていた。
まるで、ギンガと話すことなど何もないと暗に示しているかのように。

「身体の動かし方だけとはいえ、なんの話も通さず翔にシューティングアーツを教えたのは謝ります。
でも、だからこそ翔は悪くありません! 翔はただ、兼一さんに見てほしかっただけで……!」

今起こった出来事に思考が追い付き、ショックのあまり震え目に涙を浮かべる翔を抱き寄せ、ギンガは彼を弁護するように言い募る。
事の発端は、夕方にギンガから習った拳の握り方や突きの打ち方を翔が兼一に見せた事。
それは本当に極々基礎的で、ギンガの言う通り「身体の動かし方」以上のものではない。

正直、ギンガ自身保護者である兼一に話を通さずに…というのはどうかと思わないでもなかった。
だからこそ、あの時は数秒躊躇ったのだ。
しかし、やるのは所詮「さわり」とも言うべき軽い運動の範疇。
故に、彼女が降した「後でちゃんと謝れば大丈夫だろう」と言う判断は、不適切と言う程の物ではない。

だから翔やギンガの感覚では、その日あった出来事の報告くらいでしかなかった。
実際、普通の家庭であれば「そう言う事があった」という程度で終わる。
精々が、「じゃあ明日も頑張りなさい」で済む話だろう。
場合によっては衝突する事もあるだろうし、最終的な結論が「今日限り」となる事もありうる。
だとしても、その結論へと至る第一歩は父から子への平手などではない筈だ。
だが、教わったのが翔であり、見せられたのが兼一であったことが事態を複雑にしていた。

「……………」
「たった一日、ほんのさわりしか教えてませんが、それでもわかりました。翔には…………才能があります。
 トップファイターになれるかは分かりません。でも、元の世界に戻ってもちゃんと格闘技を習えば、きっと一角の格闘技者になれます!」

どれだけ言い募っても自分の方を見ようともしない兼一に、それでもなおギンガは言葉を重ねる。
それは翔の才能を惜しむだけでなく、父である兼一に翔の才能を知ってほしいから。
どうせなら最も身近な父に理解し応援してあげて欲しいと思うのは、至極当たり前の感情だろう。

なにより、ほんの数時間教えただけだが、それでも「スバル」という教え子を持ったギンガにはわかった。
翔に優れた「格闘」の才能があることを。一指導者として、一格闘技者として、その才能を埋もれさせることを「もったいない」と思う気持ちは当然のものだ。
しかしそれ以上に、可愛い弟の類稀な才能にギンガは魅せられていた。
できれば自分自身の手でこの才能を開花させてやりたいと、そう思わされるほどの才能を、翔は備えている。

だが、それはギンガの立場と翔の置かれている状況から叶わない。
遠からず離れ離れになる以上、これがどうやっても覆らないのはわかりきっている。
だからこそ、兼一に翔の才能を理解してもらい、その後押しをしてほしかった。
自分では磨いてやれない才能だが、それでも見出した才能が花開くのは喜ばしい。
ましてやそれが、大切で愛おしい弟分となれば尚更だ。
故にギンガは、有りっ丈の想いと言葉でもって兼一を説得する。

「私が教えたことなんて、拳の握り方と構えの取り方、後は少し動きを修正しただけ……。
 そんな基本とすら言えない様な基本を教えただけで、翔は爪先から始まった全身の力を拳に乗せて打つ事が出来ました! 一回教えただけの事を、まるで乾いた砂の様に吸収したんですよ!」

ギンガの言葉は熱を帯び、いっそ叫びに近いほどの力が籠って行く。
必然翔を抱く力も強まり、彼女がどれだけ翔の才能に衝撃を受けたかを如実に物語っている。
しかしそこで、唐突にギンガの語調が弱まった。

「……………………いえ、違いますね。きっと、全身の力を使う打撃の打ち方も、もっと効率の良い身体の動かした方も、翔は……はじめから知っていたんだと思います。私はただ、それに気付くきっかけをあげただけ。
 この年頃なら腕力と体格が全ての筈なのに、この子はそのずっと先に……はじめからいたんです。気の遠くなる様な反復と経験から得る筈の物を、最初から……。
 それは……本当に凄いことです。でも、だからこそ! 力の使い方を、力を使う心を、ちゃんと教えてあげなきゃいけません。翔に限ってそんな事はないと思いたい。だけど、力は……時に人の人生を狂わせるから……」

尻すぼみになって行く言葉。だがその一言一言には、言葉にできない想いが宿っている。
まるで彼女自身が、力に人生を狂わせられる恐ろしさを知っているかのように、その危うさを恐れているように。
それはただ魔法という特別な力を持っているからと考えるには、あまりに重い言葉。
それを現すかのように、翔を抱くギンガの方はよほど注意せねば気付かないほど僅かに…震えていた。

ギンガは言いたい事は言いきったのか、肩で息をしながら兼一を睨みつける。
翔はその腕の中で震え、涙を零しながら小さく嗚咽を漏らす。
ギンガの姿は、まるで我が子を守らんと立ちはだかる野生動物を彷彿とさせた。
そうして、長い沈黙の果てにゆっくりと兼一は口を開く。

「ギンガちゃんの言いたい事はわかった」
「なら……!!」
「だけど、僕から言う事は一つだよ。翔に…………武術は必要ない」
「っ……………!?」

その言葉に、ギンガの顔が激情に染まる。
これだけ言葉を尽くしても、これだけ想いを込めてもなお、頑として翔が格闘技を学ぶことを認めない兼一が許せなかったのだ。折角の才能、このまま潰してしまうなど愚の骨頂。
それも我が子の才能となれば、それを育てようとするのが親として当然の姿ではあるまいか。

いや、格闘技を学ぶ事を認めないと言うのなら、それも一つの考えだろう。
だが、せめてその理由を言うべきだというのに、兼一はそれ以上口を開こうとしないのだ。
これではギンガが納得できないのも当然だし、誰も納得させられない。
当然、十人中十人がギンガの恐らくは正当かつ当然な正論を支持するだろう。

ただ、ギンガは気付いていただろうか?
ギンガが「格闘技」と表現した部分を、兼一は敢えて「武術」と表現していたことに……。

「兼一、おめぇ……」
「父、様……?」

兼一が黙り込んだ事で重さを増した空気の中、二人の声が微かに響く。
それでも兼一は口を開こうとはしないし、ギンガの視線に込められた険は増すばかりだ。

擦れ違いと言う意味で言えば、先日の風呂での騒動の時もそうだった。
しかし、あの時は単にギクシャクしていただけだが、今回はまるで違う。
双方の意見が真っ向からぶつかりあい、どちらも妥協の意思を示さない。

いや、妥協の意を示さないのは兼一だけで、ギンガには多少譲歩の意思はある。
ただそれは、あくまでも「翔に格闘技を学ぶ機会を与え、その意思を尊重する」事が大前提。
兼一の主張は、そもそもその大前提を否定している。
だからこそ、二人の主張が折り合う事などあり得ない。

そうして二人が無言のうちに対峙する事しばし。
やがて、断固として説明を要求するギンガの視線に根負けしたのか、兼一は堅く閉ざした口を再度開いた。

「……聞こえなかったのかな? なら、もう一度言うよ。
 翔に武術は必要ない。だからもう金輪際、武術を翔に教えないで、翔の見ている前で拳を握らないで。
 この子はただ静かに、平穏に暮らせばいい。武術は……不要だよ」

今なおギンガの事を見ることなく、兼一は感情の消えうせた平坦な声でそう告げる。
それは明確な拒絶と否定、そして頑迷な意思を感じさせるには十分だった。充分過ぎた。
百万言を費やしたところで、兼一が認めることなどあり得ないことを皆に理解させるには。

「どうして……そこまで!!」
「言ったでしょ? 翔には必要ないからだよ。力なんて持つから、余計な争いが起こるんだ」
「確かにそうかもしれません。力が全てなんて言う気もありません。でもこの前みたいに、静かに暮らしたい人に暴力をふるう人もいます。自分の身を守って、周りの人を守るためには、力だって必要じゃありませんか!!」
「そんな人たちからみんなを守るのが、君たちじゃないの? なら、君達がちゃんと守ればそれでいい」
「それは…そうですけど!!」

平行線、という言葉がこれほどふさわしい状況もそうあるまい。
ようやく、兼一が口にした「理由」は正論ではある。だが、現実性に欠けていることも明らかだ。
確かにギンガ達管理局員やそれに類する治安維持組織の本分は、無辜の人々を守ることにある。
しかし、現実に全ての人々を守れているかと問われれば、残念ながら否だ。
それを管理局員の両親を持ち、自身もまた局で働くギンガは悔しいながらも知っている。
そして、それはどこの世界でも大差はない。だからこそ折角の才能を、せめて身を守れるくらいには育てるべきだと主張するのだ。翔の事を大切に、彼に健やかかつ平穏に生きてほしいと思うから。

「そう言う事だから翔。もうこんな事はしないって、約束できるね?」
「待ってください! まだ話は……」
「悪いけどギンガちゃん、きっとこれ以上話しても進展はないよ。君だって、気付いてるんでしょ?
 それに、今僕は翔に話してるんだ。君やゲンヤさんにはお世話になって、本当に感謝してる。
 だけど、僕と翔の間に割って入る権利が、君にあるの?」

なんとか反論しようとするギンガだが、兼一の言葉には口を噤まざるを得ない。
兼一の言う通り、いくら家族の様に振舞ってみたところで、結局彼らの関係は他人に他ならない。
権利というのであれば、確かに口出しする権利などありはしないのだ。
だが、ギンガが口を噤んだのはそれが理由というわけではない。
普段の兼一からは到底考えられない様なこの冷たい言葉が、ギンガをたじろがせ、その勢いを殺したのだ。
そこで、震えるほど拳を握って俯き、今にも唇をかみちぎりそうなギンガを見かねてゲンヤが口を挟む。

「ああ…ちょいといいか、兼一?」
「なんですか?」
「いやな、一応聞いておこうと思ってよ。もし坊主がおめぇの言う事を聞かなかったら、その時はどうするんだ?」

それは、ある意味当然の疑問だった。
翔は確かに兼一の息子だが、同時に独立した一個人なのだ。当然、どう生きるのか選択する権利がある。
まだ一人で生きていくための知性も判断力もないが、人権としてそれは保障されている。
ゲンヤが持ち出したのは、つまりはそういう話。
兼一が主張するのは自由だが、それを受け入れるかどうかも翔の自由。
こういう持って行き方をすれば、兼一も少しは妥協するだろうと考えたのだ。
だがその考えは、甘かったと言わざるを得ない。

「どうもこうもありませんよ。翔は武術をやめる、それ以外にありません」
「いや、だからよ……」
「『もし』とか、『たら・れば』の話をする気はありません。
 翔が僕の言う事を聞かずに武術を続けるという選択肢、そんな物は『はじめからない』んです。
 誰が何と言おうと、翔自身がどう思っているかも、関係…ありませんから」
「お、おいおい!? おめぇ、それはいくらなんでもよぉ!!」

兼一のあまりに頑迷過ぎるその言葉に、さしものゲンヤも狼狽を露わにする。
まさか、『あの』兼一がここまで頑なに、それこそ翔の意思すら無視してこんなことを言うとは思わなかったのだ。これではまるで、翔が「物扱い」ではあるまいか。

「いいね、翔?」
「でも父様! 僕……」
「いいから、君は僕の言う通りにすればいいんだ」

ギンガの胸に抱かれ、少しは落ち着きを取り戻した翔は兼一に何か言おうとする。
だがそれも、聞いたこともない様な父の強く押し付けるような言葉に潰された。
幼児でしかない翔に、そこまで強く父に反発する意思力などある筈もなし。
それが、ほんの少し前まで誰よりも好き、尊敬していた父となれば尚更だろう。
むしろ、翔からすれば父が突然別人になったかのような錯覚すらしている筈だ。

「さあ、もう遅い。今日は寝るよ」
「ぁ、父様!」

兼一は翔の意見など聞く必要もないとばかりに翔の腕を引き、ギンガから引き離した。
そのままギンガの事を一瞥する事もなく、翔を連れて居間を後にしようとする。
しかし、それを引きとめる声と腕がすぐに兼一へと伸ばされた。

「待ってください! まだ話は……!」
「もう、話す事はないよ」
「あなたにはなくても私にはあります! 私の言う事を否定するならそれでもいいですよ! あなたの言う通り他人でしかありませんし、私は翔でもありません!
 でも、翔の気持ちを聞きもしないで勝手に自分の考えを押し付けて、あなたは何様のつもりなんですか!!!」
「この子の父親、それ以上の理由なんているの?」
「だから、父親だからってそこまで勝手に決める権利があるっていうんですか!!」
「子どもは親の言う事を聞いていればいいんだよ。この子にはまだ、何が正しくて何が間違っているのか、その判断の基準さえ碌にないんだから」
「そうかもしれませんけど……!!」

最早、二人の軋轢はどうしようもないところまで来ている。
ギンガは怒りで顔を赤くし、兼一は感情のうかがえない無表情を貫く。
対象的な表情、対象的な主張。一から十まで何もかもが正反対であるが故に、その断裂が浮き彫りになっている。
だがここで、翔は兼一に腕を引かれながらも精いっぱいその場に踏みとどまろうと、足に力を込めた。

「翔? どういうつもり?」
「父様…僕今日、本当に楽しかったよ」
「なんの話を……?」
「ギン姉さまに教えてもらって、上手にできると気持ちよくて、褒めてもらえるのが嬉しくて……父様にも見てほしかったんだ。ギン姉さまに教えてもらった事を、褒めてほしかったんだよ」
「他の事ならいくらでもほめてあげるよ。だけど、武術はダメだ」
「それでも、すごく…すごく楽しかった。明日も、明後日も、毎日やりたいって思ったんだ!
 それって、いけない事なの? 父様を困らせる、悪い事なの?」
「…………………………………………ああ、そうだよ」

翔の幼いながらも必死な問いかけに、兼一はまるで絞り出す様にして答える。
それは、やはりどこまでも頑なな言葉。
その言葉を受けて、翔の中の未熟な天秤が揺れる。
大好きな父の言葉と、この世界で得た姉やおじが自分の為に言ってくれた言葉、そして今日初めて知った気持ちを天秤にかけているのだろう。
これまでは何よりも重かった父の言葉。今日までなら迷うこともなく、それこそ天秤にかけることもなく翔は素直に従っていた筈だ。
それに対し「天秤にかけて揺れている」時点で、もしかしたら翔の中で答えは出ていたのかもしれない。

「父様の言う事を聞かなきゃいけないって、分かってるよ」
「そうだね。翔は、いい子だから」
「父様の言う事だから、きっと正しいんだって思うよ」
「なら、僕の言う事をちゃんと聞いてくれるね」
「………………………………………でも僕は、ギン姉さまが教えてくれたことを、格闘技をやりたい!!!
 戻ったらギン姉さまが教えてくれたことはできなくなるけど、それでも…別の物でもいいから続けたいよ!!
 続けてればギン姉さまと繋がってられるし、いつか父様を守れるようになれるかもしれない!!
 だから、僕……!!」

それは、幼い子どもなりの精いっぱいの主張。同時に、生まれて初めての父への反抗。
ギンガは自分の思いをはっきり口にした翔を褒める様に、その肩に手を置く。
ゲンヤもまた、まさかここまで言えるとは思っていなかっただけに、その表情は驚きに満ちていた。
普通、この年頃の子どもがこんなことを口にするなど、まずあり得ない。
よほど、普段から兼一が翔の自主性を重んじ、しっかりと教育してきたのだろう。
まあ、今回はそれが裏目に出たのだろう……………表面的には。

「翔はまだ小さいから分からないだろうけど……」
「翔自身がやりたいって言っているのに、それでも否定するんですか、この…分からず屋!!」

なおも翔に言葉をかけようとする兼一に、ギンガの怒声がかぶさる。
ギンガは翔の腕から兼一の手を引き剥がし、改めて翔を抱き寄せた。
その目は確かな敵意に満ち、到底家族や知人友人に向けられるものではない。

とはいえ、これでは泥沼なのは誰の目にも明らか。
そこで場の最年長者として、ゲンヤが溜め息交じりに口を挟んだ。

「なぁ、もう遅ぇし、続きはまた今度にしようや。
 坊主もそろそろ寝かせてやりてぇだろ? おめぇらもちったぁ頭を冷やせ、な?」
「……………………うん」
「……………………わかりました」
「おし。翔はこの様子だし、とりあえず今日はギンガと寝る、いいな?」
「…………はい」

ゲンヤの言葉とあらば、さすがに兼一も無碍にできないのか。
だが、先ほどは明らかにゲンヤの言葉も退けていたのに、今度はやけにあっさりと引きさがったことに肩透かしを食らった。
今の兼一が相手では、この程度の事でさえ通すのは難しいと思っていたのだろう。

「それじゃ、僕はこれで……おやすみなさい」
「おう。明日も早ぇから、寝坊しない様にな。
ギンガ、坊主。お前らもさっさと寝な」
「うん」
「はい」

そうして、ゲンヤに促されるままその場は解散と相成った。
折角先日の問題が片付いたというのに、今度は先のそれとは比べ物にならないほど大きく重い問題が勃発して、ゲンヤは深々と溜息をつく。

「はぁ~…………ったく、どうなんだよ、これから」



  *  *  *  *  *



そんな事があって以来、ナカジマ家には未だかつてない重い空気が満ちることとなった。
正確には、兼一と他の面々との間に目に見えない境界線がはっきりと引かれたのである。
中でも、特に兼一とギンガの間に張られたそれは、一種の断絶と言ってもいいほどだ。

何しろ、朝顔を合わせた段階でギンガはことさら兼一を無視。
それどころか、一日通して二人が言葉をかわす機会など絶無に等しい。
まぁ、それでも敵意やら怒気やらを相手にぶつけているのはギンガだけで、兼一自身はそれほど目立って何かをしている様子はないが……。
一応二人とも職務は滞りなく処理しているので、それが救いといえば救いだろう。

しかしこれは、先日の風呂場騒動とはまるで勝手が違う。
あの時はゲンヤや翔からすれば「困ったなぁ」くらいだったのだが、これはそんな生易しいものではない。
はっきり言って、居心地の悪いことこの上ないのである。
気の弱い者なら、ギンガの放つ気配に丸一日晒されれば、胃に穴が空くのではないかと思うほどなのだから。

ゲンヤとしても今回ばかりは心情的にギンガ寄りなので、兼一にかける言葉がない。
客観的に見ても、あの時の兼一の主張は独善的に過ぎたと彼も思う。
いや、だからこそ若干の違和感を彼だけは覚えているのだが……。
そして問題の中心人物である翔はというと……

「じゃあ、軽く走ってストレッチをしたら昨日のおさらいをして、蹴り方の練習をしてみようか」
「うん!」

あの晩の言葉通り、ギンガの下で格闘の基礎を教わっていた。
あの言葉は彼なりに覚悟があったようで、アレ以来翔はほぼ毎日ギンガから続きを習っている。
当然兼一がそれを許す筈がないので、必然的に彼が兼一と過ごす時間は激減した。
つまり、翔は意識的か無意識的にかはともかく、兼一を避けているという事。

それこそ、以前ならギンガと兼一の部屋を行ったり来たりだったのが、今ではギンガの部屋に行ったきり。
もう何日も兼一の部屋には戻らず、言いつけを破っている後ろめたさからほとんど会話もできていない。
一応兼一自身は翔から話しかければちゃんと受け答えするのだが、翔がなかなか踏み出せないのである。
結果的に、翔は日々を格闘技の練習に打ち込むことで、父と疎遠になった寂しさを紛らわしている状態だ。

全く以って、非常に困った状態である。
そして、このことに最も頭を悩ましているのが、家長であり兼一達の身元引受人であるゲンヤだ。

(俺やギンガだけならともかく、坊主ともあれじゃあさすがにヤベェだろ。
 早けりゃ後1週間で向こうに戻るってのに、親子で家庭内別居するような状態のままにしておくわけにもいかねぇし……)

とはいえ、悩んでみたところで答えなど早々出る筈もなし。
翔が格闘技から手を引けば一応は解決するのだが、そこで翔自身の意思を無視してしまっては意味がない。
そもそも、それでは『臭い物に蓋』をしただけで、根本的な解決にはならないのだから。

そんな感じでゲンヤもまた頭を悩ましていたある日の深夜。
扉を控えめにノックする音が、自室で本を読んでいたゲンヤの耳を打った。

【だれだ?】
「あの、僕です」
【兼一か。どうした……あ、いや、とりあえず中に入れ】
「はい」

短期間とはいえ、簡単な受け答えくらいは覚えることができる。
扉越しでは例の装置が働かないが、たどたどしいミッド語でゲンヤに来訪を告げる兼一。
ゲンヤはある意味予想外の客に少し慌て、とりあえず彼を部屋へと招き入れた。

兼一はそれに従い、ゆっくりと静かにゲンヤの部屋に入る。
その手には、ある意味で彼にはあまり似つかわしくない物が握られていた。

「どうした、酒なんか持ってきてよ?」
「ちょっとお話したい事があったんですけど、お酒でもあった方がいいかと思って……」
「……そうかい」

ゲンヤはそんな兼一の言葉を「酒でもなければできない話」と受け取った。
それはつまり、腹を割って本心から話すという事だ。
今の状況下にあって、その内容など悩む必要はない。
なら、ゲンヤがそれを拒む理由などある筈もないわけで……。

そうして、ゲンヤの私室で男二人グラスを傾け合う。
ゲンヤはことさら兼一を急かすことはせず、兼一が口を開くまでただただ黙ってそれを待つ。
その間に兼一が持ち込んだ酒の残量は減って行き、気付いた時には半分を切っていた。

それだけならまあ、それほど問題ではないのだが、問題なのは酒の種類。
何しろ、兼一が持ち込んだのはかなり度数の高い蒸留酒。
それを二人揃ってロックで飲んでいるのだから、酔いなど回って当然だ。
つまり何が言いたいかというと、いい加減兼一の頭もぼんやりしてきたところなわけで、そろそろ口が軽くなってくる頃合いだった。

「その……………………………………………………………ごめんなさい」

第一声は、兼一の謝罪から始まった。
ゲンヤとしては謝られる憶えは多々あるのだが、はてさていったいどれを指しているのやら、と言ったところだろう。

「いきなり謝られてもなぁ……何に対してだ?」
「色々ありますけど……こんな空気にしてしまって……」
「ま、確かに居心地はよくねぇ……つーか最悪だな、どうしてくれんだよ、あ?」
「すびばせん……」

ゲンヤの歯に衣着せぬ言葉に、兼一は涙目になって深々と謝る。
自覚はあったのだが、さすがにこうもはっきり言われるとつらい。
まあ、それもこれも自業自得でしかないのだが……。

「で?」
「え?」
「謝るからには、自分に非があるって思ってんだろ?
 だからこそ聞くが、なんであんなこと言った? 正直、おめぇとの付き合いはまだ短いが、らしくねぇとしか思えねぇ。ギンガは頭に血が昇って気付いてねぇみてぇだがよ」

心情的にはやはりギンガ寄りのゲンヤだが、同時に長い年月をかけて培われた客観的な部分がその違和感を見抜いていた。
兼一の事を深く理解したと自惚れる気はないが、それでもあまりにあの時の兼一はらしくなかった。
その程度のことが分かるくらいには、目の前の男の事を知っているという自負がゲンヤにもある。
兼一はそんなゲンヤの言葉に小さくため息をつき、ポツポツ話し始めた。

「ギンガちゃんが言っていたことは………正しいと思います。
 僕自身、翔の父親って立場じゃなかったら、きっと同じことを言っていたと思いますから」
「……………」
「でも、ギンガちゃんはこうも言ってましたよね?
 翔には才能があるって…………わかってるんですよ、そんな事は」
「なに?」
「翔には才能がある、それこそ『逸材』とか『神童』と呼んでいいだけの才能が」

そう、そんな事は知っていた。ギンガよりも早く深く、恐らくこの世界のだれよりも。
知っていて、それを埋もれたままにしておきたかった。それが、他ならぬ兼一の本心。

「そうとわかってるんなら……」
「確かに、子の才能を伸ばしてやるのは親の務めでしょう。
 でも、才能に縛られて生きなきゃいけないなんて………おかしいじゃないですか」
「……………………」
「才能があるからそれをするんですか? 僕は、違うと思います。
 才能なんて、実はそれほど重要じゃないんですよ。本当に大切なのは、それを志す意思と理由……そして覚悟。
 纏めて言っちゃうなら、『信念』なんだと思います。才能がある人が大成するとは限りません。でも、僕の知る限り、大成した人はみんな何かしらの信念を持っていました」
「今の坊主には、その信念がない。だから、格闘技をやるのに反対したって事か?」
「……はい」

兼一がアレほどまでに頑なに、聞く耳持たずの姿勢だったのは、それが理由。
この程度で諦めるようならば、はじめから格闘技など学ぶべきではないと考えたからだ。
まだ小学校にも通っていない幼児にすることではないと承知しているが、それでも兼一はそれが必要だと判断した。他ならぬ、翔の才能を知っているからこそ。

「信念たって、んな強ぇもん持って格闘技やってる奴なんて、そう多くねぇぞ。ましてやあの年じゃ……」
「わかってます。もし、翔に欠片も才能がなければそれでよかったのかもしれません。
 でも、あの子には才能があるんですよ。信念なんてなくても、ある程度のところまで行けてしまう才能が」

それこそが、兼一の不安の正体。
並みの才能、あるいは自身の様に欠片も才能がなければ、きっと純粋に応援できた。
普通にやっている分には、きっとそれほど危険なことにはならないから。
しかし、翔の才能は普通にやっていても充分過ぎるほどに危険なのだ。
それを兼一は、親バカとか身内贔屓などではなく、客観的な武術家の視点で確信している。

「武術は、中途半端に覚えるのが一番危険なんです。
 普通はよほどのことをしなければ『殻』を破ることはできません。でも、あの子にはそれができる。
 いっそ危ういほど簡単にそれが出来てしまえるだけの才能があるから、翔には他の人より選択肢が少ない。
 翔にあるのは『極める』か『遠ざかる』か、この二択しかないんですよ。
 そして、信念なくして極めることはできません。だから、僕は……」
「必死になって、あんならしくねぇ真似までして遠ざけようとしたってわけか……」

ようやく合点が行ったとばかりに、ゲンヤは全身の力を抜く。
兼一が何か間違った考えを持っていると思った時は、殴ってでもそれを正そうと思っていた。
だが実際に聞いた兼一の本心は、ゲンヤをして納得させるには十分すぎるほどの重さと正当性がある。
ゲンヤには兼一の言う「極める」だの「殻」だのの意味は正確にはわからない。
兼一がどのレベルを指して「中途半端」と言っているかも。

しかし、兼一は心から翔を思い、その将来を案じている。それだけで十分だった。
ただ、一つだけゲンヤは兼一の言う「極める」という言葉に繋がる情報を持っていた。

「一つ聞かせてくれ」
「?」
「もしかしておめぇも、その『極めた』人間なのか?」
「どうして……そう思われたんですか?」
「一つはおめぇの言葉の重さと熱の籠り様だ。
ありゃあ、それがどれだけ険しい道なのか知ってなきゃ出せねぇだろ?
 もう一つは、おめぇの体だ」
「もしかして……」
「悪ぃとは思ったんだが、最初の検査の時にな。健康状態やらなんやらを調べてたら、いろいろ出て来たぜ。
 筋肉の発達の仕方は異常、内臓器官はどれもこれも常軌を逸した数値を出す、これだけ揃えばな」
「確かに、僕が健康診断なんて受けたらそうなりますよね……」

ゲンヤの言葉を聞き、得心の言った兼一は小さく苦笑を洩らす。
考えてみれば、自分達の様な人間が健康診断など受ければ、そんな結果が出るのは目に見えている。
何しろ、自分達は肉体のスペックという意味では現代科学の常識を根底から覆す存在なのだから。
どうやら、それは遥かに進んだ技術を持つこの世界であっても変わらないらしい。

「ゲンヤさんには、全てをお話しします。聞いて、もらえますか?」
「おう、口は堅ぇから安心しとけ」
「……はい」

頼もしいゲンヤの言葉に、兼一はこの巡り合わせに感謝し、その喜びをかみしめた。
そうして兼一は語りだす。自身の身体の秘密、どんな人生を送ってきたのか、亡き妻との約束。
無論、ゲンヤの常識からそれらの話はあまりに飛びぬけ過ぎていたし、彼なりにその辺は適当な解釈をした。
恐らく、彼の中での達人の位置づけは未だ魔導師には及ばないだろう。
さすがに、その辺りは実際に目の当たりにしないことには難しい。

しかし、普段ならあまりそう言った事を兼一が簡単に話すとは考えにくい。
それはもしかしたら、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
翔がギンガから武の基礎を学んだと知った時、兼一の胸の奥には小さな、だが確かな喜びがあった。
それを押し殺し、翔の思いを潰し、我が子を思ってくれる人の気持ちを踏みにじった罪悪感。
兼一はずっと、その罪悪感に苛まれてきたのだ。
それでも慣れない嘘をつき続けたのは、ひとえに亡き妻との誓いと我が子の為。

全てを語り終えた時、ゲンヤの顔に浮かんだのは複雑な表情だった。
何しろ、ある意味そもそもの原因は娘にあると見ることもできるわけで……。

「なんつーか、悪かったな。ギンガが余計なことしちまったみたいでよ……」
「あ、いえ。むしろ、ギンガちゃんにはいくらお礼を言っても言い足りないくらいですよ」
「だがよ……」
「子どもの才能を見出して、買ってもらって、子どもの為に本気で怒ってくれる。それって、親からしたらやっぱりすごくうれしいじゃないですか。『ああ、この子はこんなに恵まれてるんだ』って思うと……」
「ま、気持ちは分かるがな……」

そう、兼一にギンガへの悪感情など微塵もない。
彼女にひどい言葉を口にした罪悪感はあれど、恨み事など……。
むしろ、どれだけ感謝の言葉を口にしてもこの思いを伝えきれないほどに、兼一はギンガに感謝していた。

「それに、血は争えないって、事なのかもしれません」
「?」
「どれだけ遠ざけてみたところで、翔は武に関わらざるを得ないじゃないかって、そう思うんです。
 あの子の才が、出自が、そして僕という存在が、それを許さない。
 それならいっそ、あの子が運命に抗えるようにその為の力と技、そして心を授けるのが、僕の役目なのかもしれません……げふっ!?」

遠い目をしてそんな事を語る兼一だが、その時兼一の背中を力強い掌が思い切り叩く。
ダメージなど皆無だが、酒を口に運んだところだったので若干むせた。
そんな彼に向け、ゲンヤは励ます様に叱咤する。

「おめぇが逃げてどうすんだよ。今の今まであの坊主が武術と無縁でいられたのは、おめぇがしっかり守ってきたからだろうが。なら、おめぇが諦めるんじゃねぇよ。
 確かにいずれは、アイツはそれを選ぶかもしれねぇ。だがそれは、別におめぇの力不足とか運命のせいなんかじゃ断じてねぇだろ。おめぇはちゃんと、敵からも運命からもアイツを守ってきたじゃねぇか。
 アイツがそれを選ぶとすりゃぁ、他ならねぇアイツ自身の意思なんだからよ。
 そん時は、自分の生き方を自分で決められる奴に育てた事を…………ちゃんと誇れ」
「……………ありがとう、ございます」

礼を口する兼一の目尻には涙が浮かび、ゲンヤの言葉を噛みしめた。
尊敬する人は? と聞かれれば、兼一はいくらでも名を挙げることができる。
それは自身を導いてくれた師たちであり、共に切磋琢磨した友人達。
だがこの日、兼一は新たに尊敬できる人を得た。武とは無関係に、人として尊敬できる相手を。

「ところで、ギンガには話さねぇのか?」
「今は、まだ。正直、ゲンヤさんに話すのも結構悩んだんですよ?
 それに、出来ればギンガちゃんには翔の味方でいてほしいですから」
「ま、無理もねぇか。こんな話を聞かされちゃ、頑固なアイツも折れるだろうしなぁ……。
 そうなると、確かに坊主が不憫だわ」
「ええ。でも、いつか翔が本当に武の道を行く覚悟を持ったその時には……必ずギンガちゃんに謝りに来ますよ。御礼と一緒に」
「そうしてくれるとありがてぇな。いつまでも仲違いされたまんまじゃ、こっちも寝覚めがわりぃ」

兼一の言に一理ありと見たゲンヤは、基本的に兼一の方針でいくことを了承する。
いつになるかは分からないが、出来ればその時が早めに来てほしいと願った。
彼には兼一の言う「信念」がどれ程のものかわからないが、それでも翔の武へかける思いは本物だと思う。
だから本当に、ここから先の事は時間の問題なのだろうと。

しかし、さすがの二人も思いもしなかっただろう。
まさか「いつか来る」であろうその時が、二人が想像しているよりずっと早く来るなど。



おまけ

「あ、それとですね、ゲンヤさん」
「ん? どうかしたのか?」
「実は…ほら、郊外で岩とか車とかが壊されてる事件があったじゃないですか」
「ああ、アレな。さっぱり何の進展もねぇんだが、それがどうした……………って、まさか」

兼一の言葉にグラスを傾けながら答えるゲンヤだが、その顔が見る間に引きつっていく。
まあ、無理もあるまい。
つい先ほど聞いた話が事実なら、あの事件と結び付けることはそう難しくない。

「ええ。あれやったの、実は僕でして……」
「マジか?」
「言ったでしょ? 達人なんて呼ばれてる人間を常識に当て嵌めちゃいけないって」
「いや、だがよぉ……」
「さすがに腕を鈍らせるわけにはいかないんで、ちょっと修業を……」
(あれで、ちょっとか?)

一応達人の世界について漠然とした話は聞いたが、まさかここまでとは思っていなかったのだろう。
ゲンヤはまさに「空いた口がふさがらない」という状態で茫然としている。

「あの、やっぱり僕って逮捕されるんでしょうか?」
「あ? ああ、いや、その心配はいらねぇ。質量兵器を使ったとか、やったのがどこぞの犯罪組織ってんなら話は別だが、それは単に『尻尾をつかんだ』って意味でしかねぇからよ。
 別に、殴って岩を砕いて罰せられる法はねぇ。公共物とか私有地の代物でもねぇしな。廃車のことにしたところで……そこまで目くじらを立てる事じゃねぇって」
「すみません、御迷惑をおかけして」
「ま、この件に関しちゃ素直に謝罪を受け取っとくか。こちとらヤベェ事件に繋がるんじゃないかって気が気でなかったんだからな。それくらいは迷惑料のうちだ。
 とりあえず、捜査の方は適当になんとかしとくから、おめぇはもう少し控えめに頼むぜ」
「はい」

とまあ、こんな感じで、兼一の深夜の鍛錬は一応ゲンヤによって黙認されることとなった。
どうせ遠からず治まり、その内皆の記憶から消えて行く。
なら、別に事を荒立てる必要もないというゲンヤの判断だった。






あとがき

今回はいつもに比べればやや短めですね。おかげで早く更新できましたが……。
まあ、それでも思っていたより長くなったんですけど。
実際、書き始めるまではもう少しまで話を進めないと量が物足りないかも、と思ってましたし。

それにしても、やっぱりと申しましょうか、案の定荒事には発展しませんでした。
ただ、これで一応やりたい事は一通りやり尽くしたので、やっと荒事に入れます。
どんな内容になるかは、まあ次の更新をお待ちください。


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