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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 45「絆」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:48

聖王のゆりかご内、玉座の間。
ガジェットを撃破しながら突入口を確保し、内部への侵入を果たしたなのはとヴィータ。

二人の任務はゆりかごの停止、ないし高度上昇の停滞。
その為に最も有効な方法として考えられるのは二つ、動力源である駆動炉を破壊するか、ゆりかご起動の鍵であるヴィヴィオの保護。どちらか一方を果たせば止まるかもしれないし、両方果たさねば止まらないかもしれない。
だが、肝心要の玉座の間と駆動炉は艦首付近と艦尾後部の真逆の位置。
片方を止めてからもう片方を…それでは時間が足りない。
かと言って、二人に続く突入隊の編成には時間がかかる。
そこで二人は已む無く二手に分かれ、なのはが玉座の間に、ヴィータは駆動炉へと向かう事となった。

そして今、なのはは玉座の間にいる。
道中、ガジェットや防衛設備、あるいはディエチの妨害もあったがそれら全てを薙ぎ払って。
しかしここに、最後にして最悪の障害が立ちはだかっていた。

「ママを、帰して!」
「くぅっ! ……あぁ!?」

雷撃を纏った拳の連打がなのはの防御を砕き、彼女の身体を大きく殴り飛ばす。
なのはは巧みな姿勢制御技術で体勢を立て直し、反撃すべく愛機を構える。

だが、砲口を向けるべき相手を視界にとらえたその瞬間、なのはの瞳が大きく揺らいだ。
十年来の愛機…レイジングハートを握る手が震え、腕が鉛のように重くなる。
ゆりかご内を満たす、強度のAMFとは違う。
もっと精神的な理由で、なのははこの相手に砲口を向ける事が出来ない。

(こんな攻撃、そう何度も受けてたら体が保たない。
止めるには……撃つしか、ない。でも撃つって、だれを……)

視線の先にいるのは、黒い装備で身を包んだなのはと同年代と思しき金髪の女性。
長く豊かな髪を片側で結えたサイドテールと、見慣れた紅と翠の鮮やかな虹彩異色。
背格好や年齢などの差異は多くあれど、それはなのはが誰よりもその身を案じていた少女の特徴と合致する。

しかし、全身に虹色の魔力光を纏う女性から向けられる視線に込められたのは、冷たくも激しい怒りと敵意。
彼女は決してそんな眼でなのはを見たりしない。
なのはを見る彼女の眼に宿るのは、いつだって無条件の信頼と愛情だ。
だが、それでも受け入れ難くとも受け入れなければならない事実として、あれは……

「やめて…やめて、ヴィヴィオ! 私だよ、なのはママだよ!」
「違う! あなたなんか、ヴィヴィオのママじゃない!」

悲痛な説得も虚しく、強くなのはの言葉を否定する。その言葉が胸に痛くて、なのはの心をかき乱す。
しかし、相手はそんななのは胸中に構うことなく、正面に収束させた魔力の塊から砲撃を放つ。

そう、あれは紛れもなくヴィヴィオだ。レリックによるものか、あるいは『聖王の鎧』とやらの作用によるものか、原理は不明だが…なのはは幼いヴィヴィオが今の姿になるのを目の当たりにしている。
そのヴィヴィオが、今なのはに向けて敵意と拳を向けているのだ。

「くっ……」

なのははそれに、自身もまた砲撃で相殺するが…………その先に続かない。
洗脳の類によるものか、今のヴィヴィオになのはの言葉が届かない事はわかっている。
止めるなら、力づくで止めるしかない事も。
だが、どこの世界に子どもを撃つことのできる親がいる。
例え血の繋がりはなくても、共有した時間は短くても、なのはの胸に芽生えた思いが本物であるが故に撃つ事が出来ない。

それも、あの子はいま敵によって操られている。
ならばなおさら、撃てる筈がないではないか。

「ヴィヴィオ……」
「勝手に、呼ばないで!!」

無駄とわかっていても、手を差し伸べずにはいられない。
この子に向ける砲口などあるものか。あるのは愛情の籠った言葉と、温かい手、そして優しい眼差しだけ。
しかし、ヴィヴィオはその全てを躊躇なく拒絶する。
洗脳によるものとはわかっているが、『偽りの母でしかない』という棘が彼女の心を苛む。

「だぁあぁぁぁ!」

その隙を逃さず、ヴィヴィオは一息に間合いを詰めて飛び膝蹴り。
辛うじてレイジングハートで防ぐが、その間にヴィヴィオは身体を反転させなのはの横っ面に肘を入れる。

(今のは…ムエタイの技。そう言えば、なんだかんだ言って翔の練習をよく見てたんだっけ……)

抉りこむ様な一撃の痛みに耐えながら思い出す。
ヴィヴィオは兼一の事が苦手だったが、それでも大体翔の近くにいたこともあって、その練習風景を目にする事は多かった。思い返してみれば、ヴィヴィオの使う魔法はどれもこれも覚えのある物ばかり。
先ほど腕に電撃を纏わせたのは、フェイトの「サンダーアーム」だったし、砲撃もなのはの物とよく似ている。
これもまた、その一端なのだろう。だが、そうだとすれば……まだ終わらない。

それに気付いたなのはは急ぎヴィヴィオにバインドをかける。
だがそれは、瞬く間のうちに破られてしまう。

「ぃやぁぁあぁぁぁ!!」

バインドを容易く引き千切ったヴィヴィオはなのはとの距離を詰め、双掌打から前蹴りへ。
辛うじてそれらをプロテクションで防ぐも、プロテクションを張る為に突き出した右手を取られてしまう。

「あぐっ!?」

そのまま投げ飛ばされ、強か地面に叩きつけられた。
投げられた際に捻ったのだろう、右肩に鈍い痛みが走る。
利き腕でないのが幸いだが、これでは動きが鈍らざるを得ない。

だがそこへ、さらに追い打ちを駆ける様に放たれる魔力弾。
速度は速いとは言えないが、それはなのはの付近まで飛んでくると突如分裂。
なのはの身体を包みこむ様に、無数の魔力弾が叩きつけられる。

「はぁはぁ…はぁ……」

咄嗟に球形のバリアを張る事でダメージを軽減したが、一方的に攻撃に晒されたのが不味い。
如何に装甲の堅さに定評のあるなのはとは言え、そのダメージはすでに深刻なレベルに達しようとしている。
そんな、情に囚われされるがままのなのはの前に、安全地帯で眺めるクアットロが映るモニターが出現した。

いつの間にかクアットロはメガネを外し、髪をおろして雰囲気が一変している。
その顔には以前とはまるで違う、嘲りに満ち満ちた笑顔が浮かんでいた。

「ほ~んと、おバカな悪魔さん。さっさと攻撃しちゃえば、そんな痛い目を見ることもないでしょうに…ねぇ?」

出来る訳がないと分かっているからこその挑発。
なのはは腸が煮えくりかえりそうな怒りにかられるが、相手の位置すらわからなければそれをぶつけることすらできない。

「さぁ陛下~、その悪魔を倒して早く大事な大事なママを助けてあげましょ~」
「ママ…ママ! あああああああああああああ!!!」

クアットロの言葉に誘導され、再度ヴィヴィオがなのはに対して牙を向ける。
身体は反射的にそれに対応するが、心は置き去り。
なのはの心は、敵意と怒りを剥きだしにするヴィヴィオを前に……折れてしまいそうだった。

(私、どうしたらいいの? ねぇ、フェイトちゃん、はやてちゃん、みんな……)

手は打ってあるが、いつ結果が出るかわからない。
むしろ、その結果が出るより速く……。
そんななのはの脳裏をよぎるのは、彼女の支えとも言うべき友人や仲間達の姿。
今までであれば、どんなに辛く苦しい時も皆の顔を思い浮かべるだけで力が戻ってきた。
しかし今は、今だけはそれすらも気休めにならない。彼女の運命を変えた、幼馴染の姿さえも。

(ユーノ君!)

なのはの防御を粉砕し、頭蓋を砕かんばかりの勢いで振り下ろされる拳。
それを前に、ついになのはの眼が閉じる。

(あ、れ? なんで……)

だが、幾ら待てども来る筈の衝撃が来ない。
それどころか、ダメージと疲労を癒す様な温もりが肩からジワジワと伝わってきた。
晴天の日溜まりを思わせる温もりを全身で受け止めながら、なのははゆっくりと瞼を開ける。
すると、そこには……

「ふぅ、間一髪。よかった、今度こそ……………間に合った。助けに来たよ、なのは」

決して見間違える筈のない、薄い翠の光に照らされる青年の横顔があった。



BATTLE 45「絆」



時間を幾らか遡り、次元の海に浮かぶ時空管理局本局は『無限書庫』。
ミッド地上で発生した地上本部襲撃から始まった未曾有の大事件と、それに伴い姿を現した「聖王のゆりかご」。
それらの危機に際し、本局が誇る巨大データベースであるここ無限書庫では、つい先ほどまで少しでも多くの情報を前線に立つ仲間達に送ろうと、司書総掛かりでの情報収集が行われていた。

だがそれも、つい先ほど完了し報告し終えた所だ。
こうなってくると、資料探しが役目の彼らにはもう出来る事がない。
あとはただ、仲間達を信じ座して待つのみ。なのだが……

「………………」

上も下もない無重力空間を漂いながら、その責任者たるユーノは一人難しい顔で腕を組んでいた。
彼の部下たる司書達も、普段は温厚篤実の生きた見本とも言える上司のただならぬ様子に、遠巻きに様子をうかがっている。
ユーノは落ち着きなく首の後ろで束ねた薄い金色の髪や、細い縁取りの眼鏡を弄ぶ。
皆は一様に何か声を駆けるべきではないかと思いながら、誰もそれが出来ずにいた。
そんな中、見るに見かねた十歳前後と思しき燈色の髪の少女がユーノの前に立つ。

「なぁユーノ、そんなに心配なら行ってくりゃいいじゃないか」

誰の事がとも、どこへとも言わない。二人の間では、今更そんな事を言う必要などないからだ。
外見的にはエリオ達とそう変わらない様に見える少女が、一部門の長にこの物言い。
普通であれば異様、あるいは無礼と取られるのが当然だろう。
しかし、彼女の頭から覗く一対の犬の様な耳と尻から生える尻尾が、彼女が外見年齢通りの相手ではない事を証明している。

「アルフ……」

少女の声に、のっそりと緩慢な反応を示すユーノ。
上げた視線の先には、両腕を組み小さな体で仁王立ちする少女…アルフの姿。
その額には、これでもかと言わんばかりに皺が刻まれ、明らかに不機嫌そう。

彼女の名は「アルフ」。
フェイトの優秀な使い魔であり、ユーノにとってもなのはやフェイトと並ぶ十年来の友人。
数年前まではフェイト共に前線にも出ていたが、今ではもっぱらハラオウン家の家事手伝いや育児が仕事。
時に、今の様に旧知のユーノの手伝いをすべく無限書庫にも顔を出している。
本来は成人女性の姿のなのだが…現在このような姿を取っているのは、フェイトの負担軽減のためだ。

「行くって……」
「どこに…なんて聞き返したら、幾らアンタでも頭から齧るよ」

アルフは狼を素体とする使い魔だ。そんな彼女が言うと、「齧る」と言うのが冗談に聞こえない。
いや、実際冗談ではないのだろう。理由は特にないが、長い付き合いでユーノはそれを理解した。
理解はしたが…………今度は堅く口を閉ざしてしまう。

「言っとくけど、心配してないって嘘なら言うんじゃないよ。
 そんなツラしてたら、エリオやキャロだって騙されないっての」
「…………」
「心配なんだろ、なのはの事が」

アルフの言葉に、ユーノの肩が僅かに強張る。
心配しない訳がない。ユーノとなのはは九歳の頃からの幼馴染で、十年間に渡る親友だ。
それを言えばフェイトやはやてもそうなのだが、そもそもなのはと出会っていなければ二人と友人となる事はなかっただろう。そう言う意味でも、ユーノにとってなのはは特別なのだ。

心配なら、いつだってしている。
なのはは強く、技術的・経験的にも優れた超一流の戦闘魔導師だ。
戦闘技能に特化し過ぎているきらいはあるが、彼女の職種的に特にそれで問題はない。
そんな事は百も承知だが、理性ではなく感情がお構いなしになのはの身を案じる。
なのはが如何にエースオブエースの名をほしいままにするとは言え、彼女は神様ではなく人だ。
疲労もすれば怪我もする、些細なミスや偶然一つで落ちる可能性を孕んでいる。
それを知る…8年前のあの日に知ったユーノは、どれほど安全な任務でもあってももう楽観することはできない。

ユーノは依然無言だが、そんな心中を表情から悟ったのだろう。
アルフはだんまりを決め込む友を無視し、更に言葉を紡ぐ。

「もう一度言うよ、今度は言い逃れできない様にはっきりと。
 なのはの事が心配なら、ミッドに行ってくりゃいいじゃないか。
 渡航規制が掛かっているとはいえ、アンタなら問題なく行けるだろ」

局員待遇の民間人とは言え、ユーノは局内にあって高い地位を持つ。
そんな彼ならば規制など素通り同然だし、そもそも補助系の魔法に長ける彼なら止められても関係ない。
十年前、彼はロックが掛かった艦船の転送ポートを起動させたこともある。

「僕は無限書庫の責任者だよ、早々持ち場を離れる訳には……」
「別に関係ないだろ。資料探しが終わっちまえば、もうここで出来ることなんてないんだからさ。
 こんな時にこみいった資料の請求をしてくるバカもいないだろうし」
「でも、前線に僕みたいな訓練不足の後方要員が……」
「それこそアンタには関係ない話じゃないか。確かにアンタより強い魔導師は掃いて捨てるほどいるだろうさ。
 だけど、アンタを倒せる魔導師ってなれば、武装隊の中にもそうそういないんだからね」

戦闘魔導師としては後方防御型に属するユーノの戦闘能力は、はっきり言って高くない。むしろ低い部類だ。
勝敗を競えば、武装隊の魔導師の大半に負けるだろう。しかし、それはあくまでも「勝敗」を競った場合の話。
もし「倒すか倒されるか」の闘いになれば、ユーノに勝てる者は激減する。
彼の防御性能は一級品だ。それこそ、エースオブエース高町なのはをして称賛せしめる程に。
そんな彼の防御を突破し、打倒できる者はそう多くない。

確かに他の司書達では前線に出ても足手まといにしかならないだろう。
戦闘向きではないことに加え、戦闘訓練自体ほとんど受けていない半素人の出る幕などないからだ。
だが、ユーノは違う。日夜訓練に明け暮れているという訳ではないが、彼の防御性能は未だ戦場で通用する。
またアルフ同様、かつてはなのはと共に前線に出ていた事があった。

故に、彼ならば前線に出ても大きな支障はない。
むしろ、こういう状況ならネコの手も借りたい筈だ。
後日、無限書庫の運営に穴が出るかもしれない。敢えて懸念を上げるなら、それくらいだ。

その程度の事を、ユーノがわかっていない筈がない。何しろ自分自身の事だ。
彼が言っているのは、全て自分を誤魔化す為の言い訳に過ぎない。
しかし、それを突きつけられても尚ユーノは首を振る。

「…………ダメだよ。僕はもう…随分前にその資格をなくしちゃったからね。
いや、そもそもなのはを巻き込んだ時点でそんな資格があるわけないんだ。
それに、なのはの周りには僕なんかよりもずっと……」

頼りになる仲間がいる。そこまで言いかけた所で、「パンッ!」と澄んだ音が広大な無限書庫の中に響き渡った。
音の出所は赤く染まったユーノの頬。
原因は、たった今彼の頬に向けて振り抜かれたアルフの掌。

「アンタ、いい加減にしなよ!
 前々からいつか言ってやろうと思ってたけどね、『巻き込んだ』? ふざけんじゃないよ!
 なのはが一度でも『後悔してる』『あの時の事は、元はと言えばお前のせいだ』『お前が人生を歪めたんだ』とでも言ったのかい? え!」

怒りに顔を赤く染め、アルフは鋭い目つきでユーノを睨む。
そんなアルフの真っ直ぐな目を直視できず、ユーノは自然目を逸らす。

「言うわけないじゃないか、なのはがそんなこと……」
「わかってんじゃないか。だったら、なんでいつまでも昔の事でウジウジしてんだい」
「簡単さ、それが事実だからだよ」

平穏かつ平凡に暮らしていたなのはを、魔法の世界に引き込んでしまった事への負い目。それがユーノの心の澱。
当たり前に享受する筈だった穏やかで幸福な日々を、ユーノが奪った。
ユーノと出会わなければなのはが魔法の存在を知ることもなく、そこから派生する闘いに巻き込まれることもなかっただろう。そうすれば彼女が管理局に所属することもなく、8年前の事故もなかった筈だ。

それはつまり、二十歳にもならぬ身で重い責任を負わされることもなく、殺伐とした闘いへ赴く事もなかったという事。
今頃彼女は、アリサやすずかと共に大学に通っているか、家業を継ぐ勉強をしていたに違いない。あるいは、自分なりの道を進んでいただろう。

その全ての可能性が、ユーノと出会った事で歪められてしまったのだ。
なのは本人はユーノとの出会いに感謝していると言うが、それもまた紛れもない事実だとユーノは思う。

「違うね、アンタはそれを言い訳にして逃げてるだけだ。
本当の意味でなのはと向き合うのが怖くて、逃げて、自分の殻に閉じこもってる引き籠もり。
だけど、そんな情けないアンタになのはは今でも昔と変わらずに接してる。
だってアンタは、なのはの………一番最初の相棒だから」
「っ……」

有りっ丈の思いを込めたアルフの言葉に、思わず息をのむ。
言われなくても、そんな事はユーノとてわかっている。わかっていても、彼は怖いのだ。
自分のせいで人生を狂わせてしまった、密かに思いを寄せる少女。
もしかしたら、彼女も本当はユーノが懸念する通りの事を思っているのかもしれない。幾ら自分に言い聞かせて覚悟しても、身勝手な事にそれを向けられるかもしれない事が怖くて怖くてたまらないのだ。
だが、なのはがまた彼の手の届かない所で落ちてしまうかもしれない事と、いったいどちらの方が恐ろしいのだろう。

「もう一度聞くよ、ユーノ。アンタはその相棒の想いにどう応えるんだい?
 ここから情報面でサポートする? ああ。それに誇りを持って、信じられるんならいいさ。ここにいるみんな同じ気持ちだ。だけど、ほんのちょっとでも迷いがあるんなら…今すぐ出て行きな!
ここはあたしたちの戦場だ。たとえどれだけ能力があろうと、そんな半端者は要らないんだよ。
それが、天下の司書長様だろうとね」

アルフの言う事は正論だ。自分の役目に疑問を持つ者など、この状況下にあっては害悪にしかならない。
いや、疑問を持つだけならいい。その疑問を押し殺し、職務に専念できるなら。
しかし、それができないのならアルフの言う通り……彼に、この場にいる資格はない。

つまりアルフは、「どうせこの場にいられないのなら、いっそのこと行って来い」言っているのである。
ユーノは改めて思う。この十年来の友人は、本当に厳しい(優しい)と。
だが今は、なによりもそんな厳しさ(優しさ)が彼の心を責め苛む。

「これだけ言ってもまだわからないって言うんなら、今度はグーで……」

どうにも煮え切らないユーノに業を煮やしたのか、アルフの手が握りこまれる。
とそこで、それまでの空気などお構いなしに、聞き慣れぬ声が割って入った。

「テメェか、司書長とか言う大層なガキは」
『えっ……』

気が付くと、いつの間にかユーノのすぐ隣に姿を現していたフードを被った全身黒尽くめの男。
まるで気配を感じさせずに出現したその男は、さもそれが当たり前のようにユーノの襟首を掴む。
そして、ユーノの事情など一切考慮することなく単刀直入に命令した。

「ミッドチルダとやらに用がある、運べ」
「は、はいぃ!?」

必要最小限、有無を言わせぬ断定口調。
誰もが唖然とする中、男はユーノの返事を待つことなく、有言実行とばかりに彼を引き摺るようにして出口へと向かう。
その様は、まるでこの施設の王者の如く威風堂々。
ユーノ自身ですら、突然の事態に目を白黒させている。

だが、相手は明らかな不審者。
そんな相手に、黙って拉致られる訳にはいかない。

「な、なんなんですか、あなたは!?」
「ああ、悪いな少年。俺ら、別に怪しいもんじゃねぇ…よ?」
『自信ないのかよ!!』

フードの男の影から、ひょっこり顔を出す第二の不審者「網メガネ」。
自分達の風体が怪しい事を自覚しているのか、怪しくないと語る言葉にも自信が感じられない。

「ちょ、待ちな! ユーノをどこに……」
「キャンキャン吠えんじゃねぇよ、犬っころが!!」

一早く我に帰り、ユーノを取り戻そうと後を追うアルフ。
しかし、振り向き様にフードから微かに見えた視線に晒された瞬間、その身体が凍りつく。
身体を駆け廻るのは、本能的な恐怖。並々ならぬ気当たりに当てられ、思わず一歩アルフは後ずさる。

「待て待て! もう少し穏便に行こうぜ、なぁ?」
「フンッ!」
「悪いな、お嬢ちゃん。こいつは昔から短気でよ。
 だが、こいつの気当たりに耐えるとはたいしたもんだ」
「あ、あぁ」
「心配しなくても、悪い様にはしねぇよ。
 さっき言った通り、ミッドチルダに運んでもらうだけだ。それは、お前さんにとっても悪い話じゃないだろ」
「そ、そりゃまぁ……」
「よし、交渉成立。わかるか、何でもかんでも力づくってのはスマートじゃねぇ……って待て、待てってば!
 おいこら、ハーミット!! ちょ、マジで待ってください! 置いてかないで!?」

一応アルフを説得して振り返ると、既にそこにフードとユーノの姿はない。
網メガネは慌ててその後を追う。そんな珍妙な一行を呆然と見送り、アルフは呟いた。

「なんだったんだ、今の……」

事実上、ユーノを拉致られたも同然な状況にもかかわらず、もう彼女には後を追うという発想がない。
ふっとアルフが足元を見ると、そこには網メガネが残して行ったと思われる「新白連合」と書かれた一枚の名刺。
それが、アルフもよく知るなのはの兄や姉と関わりのある組織である事を思い出し、ようやく彼女は「まぁ、なら大丈夫なのかな?」と自信なさげに首を傾げるのであった。



それから幾らか時間が経過して、第一管理世界ミッドチルダは首都クラナガン。
その中央部にそびえ立つ、地上本部ビルの前に三人の男が姿を現した。

「ほぉ~、ここがミッドチルダねぇ~」

フードの男と共に、エイリアンよろしくユーノの両脇を抱えながら、お上りさんの様に感心する網メガネ。
体格的に二回り以上大きい二人に両腕を抱えられているせいで、今のユーノは引きずられているも同然。
もちろん逃げることなどできないし、特にフードの方にはそんな発想自体浮かばせない凄味がある。
だが、フードの男はそのどちらにも全く興味がない様で、なんの前触れもなくユーノの腕を解放した。

「ぁいた!?」
「御苦労、後は好きにしろ」
「は、はぁ……」

打ちつけた尻を摩りながら、ユーノはフードの男を下から見上げる。
その横では、網メガネの男が懐から何やら取り出してブツブツと一人で呟いていた。

「さてっと、後はミッド全体にかけられた渡航規制プログラムとやらをちょいといじれば……こういう時、二十号がいると楽なんだが…しょーがねーか」

何やら犯罪臭い事を言っているが、ここは聞かなかったフリをするのが利口だ。
特に根拠はないが、ユーノは直感的にそれを理解する。
とそこで、それまで無言の圧力を発していたフードの男が何かを思い出したように口を開く。

「おい、小僧」
「は、はい!」
「どんな野郎だろうと、何か一つくらいは譲れねぇ…譲っちゃならねぇもんがある。
人か、物か…あるいは信念か。それは人それぞれだがな、その譲っちゃならねぇもんの為に闘えなかった奴は…………もう、男じゃねぇんだよ」
「え、それって……」
「いつがテメェの闘うべき時か、テメェの譲れない物は何か……良く考えてみるんだな」

それだけ言い残し、フードの男はユーノの傍から去っていく。
気付くと、網メガネの男も姿を消していた。
一人残されたユーノはしばらくぼんやりと先の言葉を反芻してから、ゆっくりと緩慢な動作で立ち上がる。

「闘うべき時、か。それがいつなのかはよく分からないけど……」

成り行きとはいえ、ここまで来てしまったのなら覚悟を決めるしかない。
さすがに、今から引き返すのでは………………恰好がつかなさすぎる。

「偶には後先考えずにバカになるのも良い、か…………………よしっ!」

かつて言われた言葉を反芻し、ユーノは両手で自分の頬を叩いて気合を入れる。
流されるままにここまで来てしまったが、せめてここから先は自分の意思で。
迷いは未だに燻ぶっているが、ここまでお膳立てが整っていては背を向ける訳にもいかない。

ユーノは覚悟を決め、懐かしき大空に向けて飛び立つ。
そんな彼を、物影から見送る二つの影があった。

「どうやら行ったみてぇだな。にしても珍しいじゃねぇか、お前があんなこと言うなんてよ。なぁ、ハーミット」
「ケッ、あのガキがあんまりにもヘタレ過ぎて見るに堪えなかっただけだ!」
(見るに堪えなかったんじゃなくて、見てられなかったの間違いじゃねぇか?
 こいつ、なんだかんだで面倒見いい所あるし……)
「なんか思ったか」
「いんや、な~んにも」

この男を相手に喧嘩をして勝つ自信はもうないので、網メガネは両手を上げて降参のポーズ。
そう言えば、今飛び立った少年は彼とも旧知の少女の関係者だった筈。新島もそれを見越して彼に会いに行けと言っていただろう事を考えると、この男があんな事を言った理由もおおよそ想像が付く。

「それじゃ、俺はちゃっちゃと仕事を済ませるとしますかね。お前はどうする?」
「あの宇宙人が何をしようと俺の知ったこっちゃねぇ。精々見晴らしのいい所から……」

見物でもしようかと思ったのだが、妙な気配につられて空を見上げた所で気が変わった。
視線の先には、空中でぶつかり合う山吹と紫、二つの光が衝突している。
恐らく、何者かが闘っているのだろう。
それに興味を魅かれたのか、フードの男はそのまま網メガネを無視して歩きだす。

「言うだけ無駄だとは思うが、ほどほどにしておけよ」
「さぁな」

それだけ言って、二人は別々に動き出す。
網メガネは地上本部のビル内へ、フードは二つの光の衝突がより見やすい位置へ向けて。



  *  *  *  *  *



見紛う事なき穏やかな横顔、聞き間違う事などあり得ない優しい声音。
それらを全て正しく認識していながら、なのはは咄嗟にその意味を理解する事が出来なかった。

かつては背を預けて闘ったこともあるが……それはもう、何年も前の話。
もう、彼と自分が同じ戦場に立つ事はない。だから、彼がこんな所にいる筈がないのに……。

本来なら、迷いも疑問も今は全て頭の隅に追いやり、今は目の前の戦場に意識を集中すべき時。
だが、戦場にありながらなのはの頭の中は堂々巡りの疑問と否定が渦巻いている。
いや、それを言えば彼が現れるより前から、なのはの精神状態は平常とは言えなかった。
これは単に、彼の存在が引き金となってより顕著になっただけの話。
そして、なのははゆっくりと口を開いたかと思うと、自分自身にすら意図の不明瞭な問いを漏らす。

「なんで……」
「…………なんで、だろうね」

自嘲するように……しかし、どこか懐かしむ様にユーノは静かに微笑む。
理由を上げようと思えば色々捻り出す事は出来るだろう。だが、ユーノにはそのどれもが本質から外れているように思えた。むしろ、理由を口にすればするほどに本質から外れて行くと言った方が正しいかもしれない。

だからこそ、湧き上がる感情に従って浮かべた微笑み。
恐らく、これが一番今の自分の気持ちやここにいる理由を正しく表現できる方法だろうから。
例えそれが、傍からはいったいなぜ笑っているのかさっぱりわからないとしても。
ユーノには、これ以外の表現方法が思いつかなかった。

しかし、それが結果的には最良の選択だったのだろう。
何しろ、ユーノの左腕で包み込む様に肩を支えられているなのはの心には、確かに何かが伝わっていたのだから。

「……………」

そこが戦場である事を忘れ去ったかのような…それどころか、まるで帰るべき我が家に帰って来たかのような安堵の表情。そんななのはの頬を、一滴の涙が伝う。

だが、幸か不幸かユーノがそれに気付く事はなかった。
何しろ、どれだけ状況をわきまえていないやり取りをしていても、ここは紛れもない戦場。
なのはの肩に回した左腕とは逆、右腕で展開しているシールドは、今まさにヴィヴィオの猛攻に晒されている。
当然、ユーノの視線もそちらに向けられ、先ほど浮かべていた笑みも消え苦渋に歪む。

「っ! ユーノ君、下がって!」

重厚な打撃音によりようやく我に返ったなのはは、ユーノを下がらせようと腕に力を込める。
だが、なのはがどれだけ力を込めても、ユーノは微動だにしない。
それどころか、逆になのはの肩に回した左腕の力が増し、ヴィヴィオから守る様になのはの身体を引き寄せた。
肩から伝わる温もりが、強い決意を以って正面を睨む眼差しが、なのはの意思を鈍らせる。

「くっ……!」

とはいえ、どれだけ強がってみた所で、このゆりかご内部は強力なAMF空間。
如何にユーノのシールドがなのはも認める強度を誇るとはいえ、それにも限度がある。
既にシールドはヒビだらけで、いつ砕け散ってもおかしくない。
しかし、ユーノはそこで力強く床を踏む。
すると床から伸びたチェーンバインドが瞬く間のうちにヴィヴィオに絡みつき、その動きを封じる。
その間にユーノはなのはを抱えたまま飛び上がり、ヴィヴィオとの距離を離す。

「こんなもの!!」

ヴィヴィオは即座にバインドを引きちぎろうとするも、予想外に頑丈なそれに苦戦している。
先ほどまでなのはのバインドは軽々と引き千切っていたが、それと同じ要領でやろうとしたのだろう。
だが、それは上手くいかなくて当然だ。そもそも、なのはのバインドを容易く破壊できたのは、高速データ収集による学習で、バインドの構成の穴を突いていたからだ。

しかし、今彼女が相手にしているのはなのはではなくユーノのバインド。
それも、後方防御型に属しサポートを得手とするユーノのそれは、なのはのものとは質が違う。
同じ要領で破壊しようとしても、上手くいかなくて当然だ。

「さて、この様子だと…………あの子が、ヴィヴィオって子で良いのかな?
 金髪に紅と翠の虹彩異色……『聖者の印』で間違いないと思うし……」
「ぁ…うん! どんな方法かは分からないけど、なんだかおっきくなっちゃって……」
「……身体強化系の一種かな? 確か、そんな魔法があるって昔読んだ事が……。
でも、なんでなのはの事を? アルフからは、『本当の親子みたいに仲が良い』って聞いてたんだけど……」
「それは、たぶん洗脳されて……」

ヴィヴィオがバインドから脱するまでの間、出来た時間を使って手早く確認を取って行くユーノ。
攻撃するなら今がチャンスだが、そもそもユーノは攻撃系を不得手としている。
全くできない訳ではないが、AMF空間では尚更効果は期待できない。
なにより、あれがヴィヴィオであるかもしれない以上、あまり迂闊なことはできない。
ヴィヴィオが傷つくのはなのはの望む所ではなく、ひいてはユーノの望みからも外れるのだから。

「でも、そっちは確か解除プログラムがあったんじゃ……」
「あ~、それでしたらちゃ~んと書き変えさせていただきましたわぁ~」

ユーノがアノニマートからもたらされた解除プログラムに言及しようとした所で、甘ったるい声が割って入る。

「ほ~んと、アノニマ~トちゃんにも困ったものだわぁ~。
おかげで、余計な手間が一つ増えちゃったんですもの~♪」
「そうか、君が……」
「はじめまして、穴倉住まいの本の虫さん。
まさかあなたの様な貧弱なモヤシさんが、こんな所まで来れるとは思ってもみませんでしたわぁ~」

明らかに侮蔑を込めた物言い。しかし、ユーノの顔に浮かんだのは怒りではなく笑み。
ただし、なのはに向けられたものとは全く別種の、それは「失笑」に類するものだった。

「いや、事実だから別に否定する気はないけど……君、あんまりオリジナリティーがないね」

口元を隠すように手を添えながら、ユーノは控えめに指摘する。
だが、クアットロはそれがお気に召さなかったらしく、明らかに空気が変わった。
ユーノとしては、殊更クアットロを挑発したつもりはない。ただ純粋に、思った事を口にしただけだ。

無限書庫は管理局が誇る次元世界最大のデータベース。
調べれば出て来ない資料などまずないし、その有用性は図り知れない。
しかし同時に、ほんの十年前まで碌に活用されていなかったのも事実。
探せば見つからない資料はないが、見つかった頃には不要になっているというのもザラだった。
そのため、未だ管理局内部でも無限書庫に対し「あれば便利だが無くても困らない」という認識が根強い。
故に、中には司書達に心ない言葉を発する者は後を絶たない。
十年前から無限書庫に努めているユーノにとって、クアットロが言った言葉など聞き飽きていると言ってもいいだろう。

「フ、フフフフフ…強がりも結構ですけど、あなた一人増えたからってどうだと言うのかしらん?
 本より重い物を持った事がありますの? むしろ、足手まといになってしまうんじゃない事?
 そもそも、あなた如きが陛下に傷一つでも負わせられると? もし、一度くらいタイミング良く割って入ったことで調子に乗っているのでしたら、痛い目を見る事になりますわよ。
 陛下~、先のその虫けらからプチッと潰しちゃってくださ~い♪ それもあなたのママを苛める悪い人、早く駆除してママを助けましょ~」
「ユーノ君!」

見れば、丁度ヴィヴィオがバインドを破壊して二人に迫っている所だ。
実際にヴィヴィオの攻撃を幾度も受けたなのはにはわかる。
ユーノの防御魔法ならある程度は持ちこたえられるだろうが、AMF空間内では長くは続かない。
なのはのように日々トレーニングを積んでいる訳でもなく、魔力量も膨大とは言えないユーノでは、一撃受けるだけでも十分に危険だ。しかし……

「訂正と注意を一つずつしておこうか。
 まず訂正、僕は別にあの子を傷つける気なんてさらさらないよ。
 次に注意だけど……とある管理外世界には『一寸の虫にも五分の魂』って言葉がある。虫を侮るものじゃない。それに、これでも僕は……なのはの魔法の師匠って事になってるんだからね」

ユーノが右腕を横一文字に一閃すると、ヴィヴィオの正面に無数のバインドが展開され絡みつく。

「無駄ですわ。陛下の学習能力なら、一度触れた魔法の無効化くらい……」

砲撃を始め、なのはの魔法も悉くそれによって対処してきた。
ユーノ自身の戦闘魔導師としての力量は、決して高くない。
そんな男のバインド程度、早々に無効化できると踏んでいるのだろう。
だがそんな予想は……夢想と消える。

「壊…れない? なんで、こんなの簡単に!」
「な、なにをやっているんです、陛下!?」
「良い事を聞かせてもらったよ。学習して無効化するって事は、恐らく構築プログラムの穴を突いてるってことなんだろうけど……なら話は簡単だ。展開している間、ずっとプログラムを改編し続ければ良い。
 これならそう簡単に穴を突かれる事はないし、何度でもバインドを使えるよね?」

ユーノの問いかけに、クアットロの息が詰まる音が僅かに返ってくる。
理屈としては確かにそうだろうが、あまりにも非現実的だ。
戦闘という状況下では、僅かな隙、一瞬の判断ミス、些細な行動の遅滞が命取りになる。
そんな状況で、魔法のプログラムを書き掛け続けるなど正気の沙汰ではない。

常に一定のプログラムで発動させるのは、一々はじめから組み上げるのでは果てしなく効率が悪いからだ。
マルチタスクがあるとはいえ、これに割く思考領域は戦闘に支障をきたすレベルに達するだろう。
はっきり言って、いかれてるとしか言いようがない。

「そんなに驚く事かな? 無限書庫じゃ、読書魔法で一度に10冊以上の本を読むのなんて当たり前だ。
これくらいなら、まぁなんとか許容範囲だよ」

無論、無限書庫の司書達なら誰でもこんな離れ業ができるというわけではない。
無限書庫で最も優れた能力を有する彼だからこそ、辛うじて可能な裏技だ。
マネしようとしてもなのはには絶対できない、元の資質と合わせて日々脳を酷使し続けたユーノだからこそできること。まぁ、そもそも本来ならマネする意味すらない代物ではあるが……なのはも、さすがにこれには唖然とせざるを得ない。

「なのは」
「え?」
「なにか、手は打ってあるんでしょ?」
「え? う、うん」
「そっか。じゃ、なんとか時間を稼ぐから、なのははそっちに集中して」
「だけど、そんなの……! これは私が、私がなんとかしなきゃいけない事で……ユーノ君がそんな危ないこと」

確かに、ポジション的にはバックス相当するユーノが前に出るのは大間違いだ。
ユーノはあくまでもサポートがメイン。なのはの後ろで、彼女が戦いやすいように動くのが本来の形。
普段ならユーノもそうするだろうが、今回の彼は首を横に振る。

「なんで……」
「理由はまぁ、色々あるけど………………僕が、そうしたいから…かな?」
「そんなの、理由になってないよ」
「そうだね。だって、なのははヴィヴィオと戦えないんでしょ?」
「だから、ユーノ君が戦うの?」
「いや、闘わないって言うならこれは戦闘じゃないし、それなら戦闘のセオリーなんて関係ないでしょ?」

それは、いっそ清々しいまでに無茶苦茶な屁理屈だ。
あまりにもユーノらしくないその暴論に、なのはは一瞬返答に窮する。
彼女の知るユーノは、もっと理性的に動く人物だった筈ではなかったか。

「ま、情けないことに『なのはを守る』なんて言える程僕は強くないけどさ。
それでも、『盾になる』くらいはできる。きっと…………うん、それが今一番したい事なんだ」

黙ってしまったなのはを尻目に、ユーノはいっそ晴れやかな表情でバインドを突破しつつあるヴィヴィオへと向かう。
そこでふっと、なのはは身体に回復系の魔法がかけられている事に気付く。
肩を抱いた時か、あるいは今の離れ際か。いつかはわからないが、ユーノが残して行ったのだろう。

視線の先には、ヴィヴィオと対峙するユーノの姿。
一方的に攻撃に晒されてはいるが、その悉くを防御魔法で受け止めている。
また、時折バインドやケージを織り交ぜ、防御し切れない大技を出させない。

ただしそれは、明らかにスタミナ配分という物を無視している。
シールドやバリアには込められる限りの魔力を込め、バインドの数は明らかに過剰。
これでは、いつゴールが来るともしれない道を全力疾走で走りぬけている様な物だ。
しかし裏を返せば、そこまでやらなければヴィヴィオの攻撃に耐えきれないという事を意味している。
前線を離れて久しいユーノでは、これだけやってやっと持ちこたえられるかどうか。
後先を考える余裕など、元からありはしない。
だが、それでも彼があのような無茶をする理由もまた、なのはにはわかっていた。

「…………レイジングハート」
《All right》

なのはの声に応じ、レイジングハートはその機能の大半をある目的のために注ぎ込む。
それこそが、ユーノの決意に対し示せる、唯一の者とわかっているのだろう。

ユーノはなのはを信じている。自分が持ち堪えている間になのはがそれを成し遂げる事を、ではない。
自分の事など元から計算から外している。彼が信じているのは、なのはなら必ずそれを成し遂げる、という一点。

(そう言えば、最初の頃はこれが当たり前だったんだよね。
 ユーノ君に守ってもらいながら、私が本命。そうやって、一緒に闘ってたんだっけ……)

思い出すのは、もう十年も昔の頃のこと。出会って間もない、最初の事件に共に挑んだ日々。
あの頃は常に傍で守ってくれる存在に、背中が暖かいと思った物だ。
しかし、今ならそれが少し違った事が分かる。
本当に暖かかったのは、背中ではなく心の方だったのだ。



  *  *  *  *  *



時間はまたもやや遡り、クラナガン市街上空。
眼下には人気のない街並みが広がる空で、二つの光が交錯していた。

「はぁぁぁぁ!!」
「おおおおおおおおおおお!!」

片や、紫基調の騎士服に青い瞳、薄いピンクの髪の女剣士。
片や、金色の鎧を纏った同色の髪の騎士。

両者は空中で激しく衝突を繰り返し、その度に両者の剣と槍が火花を散らす。
だが、切り結ぶ二人は激しく動けども、状況は膠着状態に陥りつつある。
それを察したのか。やがて、二人は状況を動かし得る大技を放つ為、一端距離を取った。

「レヴァンティン!」
《Schlangeform》

女剣士…シグナムが愛機を一端鞘に納めると、レヴァンティンはカートリッジを一発ロード。
続いて、シグナムともレヴァンティンとも違う少女の声が響く。

「炎熱加速!」

声と共にシグナムがレヴァンティンを抜き放つと、紫炎を纏った蛇腹状の刃が対峙する敵へと牙を剥く。

「「飛竜一閃!!」」

炎を帯び、自身へとまっすぐのびて来る切っ先。
それを見てとった騎士…ゼストは愛機を握る手に力を込め、振りかぶる。
それに呼応するように、槍の石突部分からカートリッジが一発排出された。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!」
「炎熱消去、衝撃加速!!」

これまたシグナムの時同様、ゼストの物とは違う声が響き渡る。
ゼストはそのまま槍を振り下ろし、放たれた衝撃がレヴァンティンの切っ先とぶつかりあう。

結果は相殺。切っ先の進行は止まり、衝撃はそれ以上先へは届かなかった。
だが、槍を振り抜いただけのゼストと、伸ばした切っ先を撃ち落とされたシグナム。
どちらがより分が悪いか、誰の目にも明らかだ。

「ぬぁぁぁぁあぁぁっぁぁぁ!!!」

シグナムはなんとかレヴァンティンを戻そうとするが、それよりゼストの接近の方が早い。
咄嗟に鞘で防御する。
しかし、ゼストの一撃により鞘は両断され、受けた衝撃によりシグナムは地上目掛けて墜落していく。

「くっ……」

辛うじて地面と激突する前に落下速度を軽減し、着地には成功した。
だがその代わりに、仰ぎ見た空には地上本部へと向かっていくゼストの姿。

「しまった……」
「ロストはしてません。追いかけるです」
「ああ」

内より響く声に応じ、立ち上がって後を追おうとするシグナム。
しかしそこで、彼女は背後より迫る不穏な気配に気づく。
振り向くと、そこには二機のガジェットⅢ型。

見て見ぬフリを決め込む訳にも行かず、シグナムは即座に間合いを詰めて一機を一刀の下に両断。
続いて返す刀でもう一機を斬り伏せようとした所で、異変が起こる。

「っ!?」

反射的に、思わずガジェットから距離をとる。
ガジェット如き恐れるには足らない筈だが、二機目を視界にとらえた瞬間、彼女の勘が警鐘を鳴らした。
それだけは、間違えようのない事実。

「シグナム?」
「なにか、いる。ガジェットではない、その先に途轍もないなにかが……」

ガジェットから放たれる光線を回避しつつ、シグナムはガジェットのさらに先を睨み据える。
レヴァンティンを構え、いつ何が起こっても対処できるように気を張り詰めていく。
正直ガジェットが邪魔だが、迂闊に斬りに行けばその瞬間に隙が生じるだろう。
その程度の隙すら命取りになる、彼女をしてそう確信させるほどの何かがこの先にいる。

「何者だ、姿を見せろ!!」

焦れて来たのか、シグナムはガジェットの先にいるであろう何かに向けて声を張り上げる。
するとその瞬間、丸形のガジェットが突如として真上からアルミ缶のように叩き潰された。
いや、それどころではない。ガジェットを潰してもなおその一撃の威力は衰えず、アスファルトで舗装された地面を撃ち、クレーター上に大きく陥没させたのだ。

(なんと言う一撃……何者だ!)

二つに割られたガジェットは僅かに火花を散らした後、爆発。
爆炎から身を守ることすら危ういと判断したのか、シグナムは吹き荒ぶ爆風に正面から対峙する。
やがて風と炎は徐々に収まり、その先に何かの影が見えて来た。

「ふん。なんだ、頑丈そうなのは見かけだけか」

炎の先から姿を現したのは、全身を黒衣で包みフードを被った男。
その手に武器はなく、そもそもまともに魔力すら感知はできない。
こんな状況でなければ、風体が怪しい事以外には特に特筆すべきことなどないようにも見える。
だが、シグナムには一目でわかった。無造作に歩いているように見えてこの男、まるで立ち振る舞いに隙がない。

(魔力なしにこんなことをやってのけるとは、確実に達人級の使い手。何よりこの気当たり…白浜にも劣らんぞ)
「……悪くない面構えだ。あのバカの仲間と聞いていたが、少しは骨のある奴もいるらしい」
「白浜を、知っているようだな。貴様、何者だ」
「拳豪鬼神」

簡潔に紡がれたその異名に、シグナムとリインの顔色が変わる。
当然だ。なにしろそれは、以前兼一から聞かされた、『月』のエンブレムを持つ中国拳法の使い手に冠された異名なのだから。

「一影、九拳……」
「なるほど、確かにその名に恥じない使い手だ。対峙してみれば、より顕著にわかる。
 まったく、本当に丸腰の男なのか、この目で見ても疑いたくなるぞ」

わかっているつもりでも、相手から感じる尋常ならざる戦力には戦慄を禁じ得ない。
武器を持たず、魔法を用いず、人はこれほどまでの力を得られる物なのか。
戦慄と共に、一人の武を修める者として、憧憬の念を抱いてしまう。

「だが、なぜこんな所に……」
「なに、ヒマ潰しがてらに観戦させてもらってたんだが……少し、あの男に興味がわいた」
「なに?」
「見た所、お前…いや、お前らはあの男を止めるつもりなんだろ」
「だとすれば、なんだというのだ」
「あれは覚悟を、死に場所を決めた武人の眼だ。余計な邪魔は野暮ってもんだぜ」

それは幾度も刃を交え、視線を交わす中でシグナムもまた気付いていた事だ。
地上にいながらそれを見抜いた事は正直信じがたい物があるが、相手が一影九拳では「あり得ない」と否定するだけ無駄か。

しかし、彼女にはだからと言って「はい、そうですか」と言うはできない。
シグナムの任務は地上本部の守護。事と次第によっては通すことも吝かではないが、相手はその事情すら話そうとはしなかった。これでは、彼女には阻む以外の選択肢などありはしない。

「言わんとする事はわからんでもない。だが、それは聞けぬ相談だ」
「別に相談なんかしちゃいねぇよ。俺は単に、野暮なマネはするなと言ってるだけだ」
「ならばそこを通してもらおう。邪魔をすれば……」
「斬ってでも押し通るか? だが生憎、俺はなにもしちゃいねぇぞ」
(何が何もしていないだ、この男……!)

確かに一見すると、夏はシグナムに対して何ら妨害らしき行為をしていない様に見える。
立ち塞がっている訳でもなく、そもそも構えすら取っていない。
だがその実、気当たりと四肢の些細な動作による牽制で、シグナムの身動きを封じているのだ。
迂闊に背を向ければ命がない。そう思わせる程の殺気が、シグナムを釘づけにしている。

ここで強引に斬りかかる事が出来ればまだマシなのだが、夏の言う通り一見すると彼は何もしていない様に見える。公務執行妨害を適用しようにも、第三者からはとてもそうとは思えないだろう。
しかし、それだけならば後々の問題に目をつむって強硬手段に出ることもできる。

問題なのは、仮に強硬手段に出たとしても、この敵がそう簡単に突破できるような相手ではないという事。
更に言えば、夏の目的はあくまでもシグナムの足止め。無理をせずに時間稼ぎに徹してくれば、尚更突破は難しい。時間をかければ話は別だが、今はその時間がないのだ。

(押し通る以外に選択肢はないが……その場合、奴に追いつくのは絶望的か。
 ならば……リイン、ユニゾンを解いてお前は先に行け)
(な、何言ってるですか、シグナム!? そんなことしたら……!)
(突破は尚の事難しくなるだろうな。だがその代わり、お前だけは追いつく事が出来るかもしれん)

今は夏がシグナムを足止めしている形だが、リインが向かうとなれば立場が逆になる。
シグナムが夏を足止めすれば、リイン一人を行かせるくらいはできるだろう。
彼女を一人にするのは少々心配だが、ここで二人揃って足止めされるよりはマシだ。
ただし、シグナムを一人残して行く事に、リインは僅かに逡巡を見せる。

(で、でも……)
(なに、そう心配するな。相手が一影九拳の一角とはいえ、やられるつもりは毛頭ない。
 それとも、お前達の将の力は一影九拳には及ばないか?)
(……わかりましたです。シグナム、無理はしちゃダメですよ!)

リインがユニゾンを解くと、シグナムの髪や目、騎士甲冑の色彩が本来のそれに戻る。
その背からは勢いよくリインが飛び立っていくが、夏はそれを追おうとする素振りは見せない。
ただ黙って、油断なくシグナムと対峙し続けている。

「妙な気配だとは思っていたが、本当に二人だったとはな。これが魔法か……。
 だが良いのか? 二人がかりなら、万が一にも勝ち目があったかもしれねぇってのによ」
「大層な自信だな。確かに二人の方が勝率は高くなるだろうが、私一人でも充分に勝機ありと見ているぞ」
「驕りは身を滅ぼすぞ、女」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ、殺人拳」

張りつめた空気を纏いながら剣を構えるシグナムと、一見すると無造作に立っているようにも見える夏。
しかしその実、両者の間の空気が「ギチリ」と軋みを上げる。
常人には呼吸さえも困難に感じさせる圧迫感が世界を満たし、不可視の圧力が街灯やアスファルトに亀裂を生む。
そんな中、シグナムは険呑な眼差しのまま慎重に口を開く。

「一つ…いや、二つ聞かせろ。なぜ、彼を行かせようとする……イーサン・スタンレイとの繋がりか?」
「? なんだ、あの野郎こんな所で油売ってやがったのか」
「知ら、ないのか?」
「一々野郎の動向なんぞを把握するほど暇じゃねぇんだよ、下らねぇ」
「だが、それなら尚の事わからん。お前はあの男、ゼスト・グランガイツとはなんの繋がりもない筈だ。
 ならば、なぜそうまでして彼を行かせようとする」
「言ったろ、余計な邪魔は野暮だってな。テメェの事情も、奴の事情も知らねぇが…………ここと決めた死に場所にさえ到達出来ずに果てるのは、不憫だとはおもわねぇか?」

夏はゼストの事情など露ほども知らない。
だが、遥か上空で交錯する彼の眼を見て理解した。あの男が向かおうとしているのは『死に場所』だ。
ゼストは、その場で自分の命が尽きることを前提に向かっている。
なら、行かせてやればいいというのが夏の考えであり、その為に彼はここに立っている。
見ず知らずの男を、死に場所へと送る為に。

(どうやら、外道の類ではないようだが……)

共感か憐憫かは分からないが、見ず知らずの男の誇りの為にこんな事が出来る者はそういない。
殺人拳の者とは言え、そこには武人として一本の芯が通っている。
この点に置いて、シグナムは夏に対して純粋に好感を覚えるが……根本的な認識そのものが的外れである事を、彼女は知る由もない。

「では次の問いだ、なぜ……構えようとしない。
 まさか、構えを取るまでもないというつもりではあるまいな」

無論、夏もそこまでシグナムを侮ってはいない。
むしろ、闘うとなれば一瞬の油断が命取りになることをよく理解している。
そうと理解していながら未だに構えを取らないのは、出立前の妻とのやり取りが原因だ。

「行き先は言えねぇが、しばらく出る。飯は外で食うか、出前でも取れ。
 それと掃除や洗濯をはじめ、諸々のことはハウスキーパーを雇ったからそっちに任せろ。
 くれぐれも…良いか、お前は絶対に手を出すな。いいな、絶対だぞ」

出立の前夜、童顔で背の低めな嫁に念入りに言い聞かせる。
なにしろ、彼女の家事能力など期待するだけ無駄。掃除をすれば破壊活動になり、料理をすれば劇物を精製してしまう。大企業の総帥だけあり金ならいくらでもあるが、それでも意味のない散財などすべきではない。
なにより、久しぶりに帰ってみたら我が家が廃墟になっていた…では、あまりにも切なすぎる。
まぁ、どれだけいい含めた所で、自由人な彼女が相手ではどこまでわかってくれたか怪しい限りだが。

「ふ~ん、まぁちみがふらっとどっか行くのはいつもの事だから良いけど…いつ頃帰るの?」
「さぁな、行ってみねぇ事にはわからん。だが、当分は帰らねぇと思っとけ」
「おっけー、じゃその間は存分に羽を伸ばすとするじょ」
(普段からこの上なく好き放題してるくせしやがって、これ以上どう伸ばす気だ……)
「でも、なのはちゃんとこ行くんだったらあんまり迷惑かけちゃダメだじょ」
「ああ……………って、てめぇ、どこでそれを……」

あまりにもサラッと言われたからつい頷いてしまったが、聞き捨てならないその内容に詰め寄ろうとする。
だが、そこで即座に思い出す。夏の行き先を知っていて、彼女にリークしそうな者など一人しかいない事に。

「あんの地球外野郎……!」
「ほらほら、抑えて抑えて。そうやってすぐ腕っ節で解決しようとするのは、なっちーの悪い癖だじょ」
「テメェに正論言われると無性に腹立つな、オイ……。つーか、詳しい行き先までは知らねぇだろうな」
「うん」
(新島の野郎も、さすがにそこまでは教えてねぇか)
「ま、とりあえずなのはちゃんに迷惑かけちゃダメだじょ。オッケー?」
「ちっ!」

とまぁ、こんなやり取りがあったわけで……。夏は他人には冷徹だが、ほのかには果てしなく甘い。
彼女にああ言われてしまった手前、なのはにあまり迷惑をかける訳にも行かない。
別になのはが困る分には一向に構わないのだが、それがほのかに知れるとまずいのである。
特に、こちらには兼一までいるのだ。ここであまり派手に動くと、兼一からほのかにバレてしまう。

故に、シグナムの足止めはしたいがあまり事を大きくしたくない。
それが夏の本音であり、だからこそ中々構えを取る事が出来ずにいるのだ。
シグナムの方から斬りかかってくれば言い訳も立つかもしれないが、相手が相手だけにそんな理屈が通じるかは激しく心許ない。なので夏としては、このままずるずると時間を稼ぎたい所。
彼の流儀からは程遠いが、ほのかの不評を買うよりはまだマシと言う事らしい。

「………………………………………………一身上の都合だ」
(何があったか知らんが、哀愁が漂っているな……)

フードに隠れて表情はわからないが、全身からどこか疲れた雰囲気が滲みでている。
そんな様子に、知らずに親しみを覚えてしまったのは秘密だ。

だが、それが結果的に功を奏したのだろう。
それまでの緊迫感が緩み、酷く曖昧な空気が醸成されている。
先ほどまでとは別の意味で斬り込むに斬り込めなくなったシグナムは、夏の一挙手一投足に警戒しながら対峙し続けざるを得なくなっていた。



 *  *  *  *  *



場面は戻り、ゆりかご内部『玉座の間』。
つい先ほど、ゆりかご全体が揺らいだ。恐らく、駆動炉に向かったヴィータが役目を果たしのだろう。
だが、今のなのは達にそちらへ意識を割く余裕はない。

「邪魔を……しないで!」
「ぐがっ!?」

徐々にプログラム改編の傾向を掴んできたのか、瞬く間のうちにバリアが砕かれ、重い拳がユーノの身体を殴り飛ばす。
その間に、ヴィヴィオは何事かに意識を集中するなのはを叩こうとする。
しかしそこで、床に叩きつけられた筈のユーノから伸びたバインドが腕に絡みつく。

「また……しつこい!」

鬱陶しい羽虫を振り払うようにバインドを砕き、虹色の砲撃がユーノを襲う。
ユーノはそれを恥も外聞もなく床を転がってかわすが、その間に伸ばしたバインドで四肢を封じる。
だが、ヴィヴィオは魔力を電気へと変換し、バインド越しにユーノへと送り込む。
結果、強力な電撃がバインドを伝ってユーノの身体を駆け廻る。

「が、あぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁ!?」

全身を駆け廻る衝撃に、一瞬意識が遠のきかけ腕から力が抜けそうになる。
しかしユーノは歯を食いしばり、電撃の痛みに耐えながらバインドを握る腕にさらに力を込める。
行かせないと、なのはの邪魔はさせないと、なによりもその眼が雄弁に物語っていた。

「こ…のぉ!!」

電撃では効果が薄いと見切りを付け、無数の魔力弾がユーノに襲い掛かる。
咄嗟にユーノはその場から離脱しようとするが、既に疲労困憊の彼にはもうほとんど足が残されていない。
間もなく魔力弾の雨に呑み込まれ、舞い上がる粉塵の中に取り残される。

今度こそ沈んだと確信し、ユーノがなのはの周りに展開した防御と肉体・魔力の回復を同時に行う高位結界魔法『ラウンドガーダー・エクステンド』を破壊すべく、ヴィヴィオは砲撃の準備に入る。
だが、ヴィヴィオが砲撃の体勢に入っている事に気付いていない筈がないにもかかわらず、なのはは微動だにしない。このままでは狙い撃ちにされる事は明らかなのに、それでも……。

「これで…っ! そんな……!?」

ヴィヴィオが砲撃を放つ寸前、彼女を包みこむ様に立方形のケージが発生。
視線を巡らせれば、粉塵の中にはヴィヴィオの方に向けて腕を伸ばす青年の姿。

「はぁ、はぁ…まだ、まだ………」

身に纏ったバリアジャケットは最早見る影もなく引き裂かれ、割れた額から零れた血が彼の顔の右半分を赤く染めている。突き出した右腕とは逆、左腕は特にひどい有様だ。
痣や火傷で皮膚は変色し、その上に裂傷から滴る血が化粧を施している。
恐らく、先の魔力弾のいくつかを腕を盾にしてしのいだのだろう。

体力の限界など、とうの昔に迎えている。
元々、後方勤務のユーノになのは程の体力もタフネスもない。
肉体的な限界で言えば、とうの昔にそれは超えている。

しかし、それでもユーノは倒れない。否、倒れても倒れても立ち上がる。
彼を突き動かすのは、たった一つの執念と……遠い日の後悔だ。

(今ので、アバラの他に左腕も完全に逝っちゃったかな? だけど、あの時のなのはに比べれば、これ位……)

数年前、なのはが墜ちたあの時。
彼女が追った傷に比べれば、この程度が何程のものだろう。
疲労も苦痛も怪我の度合いも、全てあの時のなのはのそれに比べれば足元にも及ばない。
ならば、この程度の事で休む訳にはいかないのだ。

「く……」

幾度も拳を叩きつけ、ケージを破ろうとするヴィヴィオ。
それに耐えながら、ユーノはケージの位置を動かしなのはから遠ざけた。
同時に、距離の空いたなのはとヴィヴィオの間に立ちふさがる。
先の言葉を実践するように、なのはの「盾」となるべく。

そんなユーノの様子を、なのはは頭の隅で捉えていた。
正直、彼のその痛ましい姿には心が痛む。出来るなら、今すぐにでも彼を休ませてやりたいと思う。

(でも、それは違うよね)

もし、なのはがユーノの想いに応えようと思うのなら、それは違う。
ユーノがなのはの盾になっているのは、彼女がよりよいコンディションで“その時”を迎えられるようにするためだ。ならば、なのはは少しでも早くその時に手を伸ばさなければならない。
それこそが、彼を休ませる最良の方法であり、彼の想いに応える唯一の方法なのだから。

(ワイドエリアサーチも、もうすぐ終わる。そうすれば……)

先ほどからヴィヴィオの足止めをユーノに任せ、なのはがやっているのはゆりかご内部の精査。
散布した複数のサーチャーを操り、ゆりかご内部の安全ないずこかに隠れているクアットロを探しているのだ。

ヴィヴィオを操っているのは、ゆりかご内部にひそんでいると思われるクアットロ。
つまり、彼女をどうにかすればヴィヴィオを止められるかもしれないという事。
なのははゆりかごと突入直後より、戦闘と並行しながら彼女を探し続けていた。
さすがにヴィヴィオと闘いながらでは効率が悪かったが、ユーノのおかげで今やレイジングハートの性能の大半をこの魔法につぎ込む事が出来ている。

ユーノが無限書庫から調べ上げ、またアノニマートからもたらされた内部構造のデータのおかげでもあり、想定以上に探索は進んでいる。
未だクアットロの所在はつかめていないが、もうじきゆりかご内部の探索は終わる。
そうすれば、ユーノが着て行こう温存してきた魔力と体力の全てを用いて、クアットロを撃つ。
それで、全てが終わる筈だ。なのはは、まるで縋る様にその未来に望みを託す。
しかしそんな願いは…………無情にも砕かれた。

「そ、んな……どうして、だってこんなの!」
「なのは? がはっ!」
「ユーノ君!」

動揺を露わにするなのはに気を取られた一瞬の隙を突かれ、ユーノの鳩尾にヴィヴィオの膝がめり込む。
ユーノの身体はくの字に折れ曲がり、その身体からいよいよ力が抜けて行く。
前のめりに倒れそうになる彼に、なのはは思わず届かぬと知りながら手を伸ばす。
だが、ユーノは倒れかけながらも腕を伸ばし、ヴィヴィオに抱きつく事で動きを抑えようとする。

「は、な、せぇぇぇえぇ!!」
「ぐっ、は、離す…もんかぁ!!」

とはいえ、ユーノのこれは好手とは言い難い。
密着状態では拳も蹴りも充分な威力が乗せられないが、魔法は別。
むしろ、シールドやバリアを展開する空間的余裕がない分、魔力弾や電撃による攻撃をもろに受けてしまう。

やがて拘束が緩んだ所でユーノは引きはがされ、勢いよく壁目掛けて投げ飛ばされる。
ユーノの身体は強く壁に叩きつけられ、間もなく落下を開始。
なんの偶然かなのはのすぐ傍に落下。まだ意識が残っているらしく、ユーノは弱々しい挙動で身を起こす。顔を上げると、そこには今にも泣き出しそうな程に表情を歪めたなのはがいた。

「見つからない……」
「え……」
「ゆりかご全体を精査した筈なのに、影も形も見当たらないの! これじゃ、もう……」

見落としなどない様に、ゆりかご内部を隅々までくまなく探した筈だ。
ユーノとアノニマート、二人から得た内部構造のデータと照らし合わせても、やはり見落としはない。
それなのに見つからないという事は、クアットロはゆりかご内部にいないという事。
即ち、唯一ヴィヴィオの洗脳を解除できる術がなくなった事を意味する。

(フフフ、おバカさん。アノニマートちゃんが情報を漏らしたことなんて、私にはお見通しよん♪ まさか最深部にまで乗り込んでくるとは思えないけど、内部構造がばれてるのに悠長にしてる筈がないでしょうに)

そう、元々クアットロは最深部に隠れ、成り行きを見物するつもりでいた。
だが、アノニマートが内部構造を漏らした事で、用心深い彼女は念には念を入れる事にしたのだ。
最深部まで到達されるとは今でも思ってはいない。
しかし、構造を知られている以上そこも絶対の安全地帯とは言い難いだろう。
隠れ場所として最適だからこそ、敵もそちらに踏み込んでくる可能性があるのだから。

(まぁ、ここはあそこほど安全と言う訳ではないけど、見つかる心配はない。さあ、何をするつもりだったか知らないけど、最後の希望も消えた事だし……いい加減、消えちゃってくださいな)

モニターに映るなのは達の様子に、残忍な笑みを浮かべるクアットロ。
だが、圧倒的優位にかまけて、彼女は一つ見落としをしている。

(ゆりかごの内部構造データと照らし合わせた上で見つからないとなると……確かにそうかもしれない。
 だけど……………………………………そうじゃないかもしれない)

痛む身体に鞭打ち、なんとか立ち上がりながらユーノは考える。
『聖王のゆりかご』は、全長数kmほどある巨大戦艦だ。
しかし同時に、聖王一族が生まれ、育ち、死んでいく…言わば城としての側面もある。
古代の城は、現代で言えば遺跡だ。そして、遺跡の類には必ずと言う訳ではないが時折見られる物がある。
これが質量兵器である事を考えると、絶対とは言い切れないが……可能性は捨て切れない。
これだけの巨大な構造物。そう言った物を作る余裕くらいは充分にある。

「なのは、レイジングハート」
「もういい、もういいよ! もう立たなくていい! あとは、後は私がなんとかするから!」
「サーチャーのコントロール権を僕に回して。少し、気になる事があるんだ」
「え?」

クアットロがゆりかごに乗り込んでいた事は、ゆりかご発見時から続く監視で明らか。
だがその後、彼女がゆりかごから降りたという報告は受けていない。
もちろん、その眼を掻い潜って降りた可能性はある。しかし……

「もしかしたら、もしかするかもしれない」
「ユーノ、君……なにか、あるの? ヴィヴィオを、助けられる方法が……」
「わからない。でも、あるかもしれないなら…………必ず、見つけてみせる。
探し物を見つけるのは、僕達の得意分野だからね」
「……………うん! じゃ、ポジション交代。ここからは、私がヴィヴィオを止める」
「ごめん、やっぱり僕なんかじゃ……」
「……信じてるよ、ユーノ君」

それだけ言い残すと、ユーノにサーチャーのコントロールを譲渡し、今度は再度なのはがヴィヴィオと対峙する。
たった一言、なのはが残した「信じてる」と言う言葉。
その一言だけで、最後まで「盾」としての役割を全うすることすらできなかった事への負い目が消えた。
『やっぱりなのはは凄いな』と思う反面、その信頼に応えようとボロボロの身体に小さな熱が灯る。

(全部を一から洗い直す時間はない。
思い出せ、ゆりかごの構造図を! これだけの大きさなら、きっとある筈だ!)

外界からもたらされるすべての情報を締め出し、頭の中に描くのはゆりかごの詳細な構造図。
どこに何があるのかその配置を、それぞれの空間の大きさを、全て正確に描き出す。

探すのは空白。通路や部屋、あるいはパイプやケーブルなど、構造上の空白を洗い出す。
探せば見つかるもので、大小様々な空白が次々に見つかって行く。

だが、その全てが彼の探しているものとは限らない。
見つけ出した空白から特に小さい物を除外し、その他に借り受けたサーチャーを動員してデータを採取する。

(違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う)

脳裏に描く構造図に示された空白の一つ一つに、次々と斜線が引かれて行く。
まぁ、傍から見るとユーノが一人座りながらただ目を閉じて気を失っているように見えるだろう。
例えばそう、モニター越しに嘲るような視線を向ける性悪女などには。

「あらあら、ほ~んと頼りにならない応援ですこと。
 あのチビ騎士が壊した駆動炉も、自動修復でその内元通り。無駄な努力、ご苦労様。
 ふふふ、あはははははははははは…「ここ!」…ん?」

それまで目を閉じていたユーノが突然顔を上げ、バインドでヴィヴィオを拘束。
手の空いたなのはに、何事か指示を出している。

「なのは、ここを狙って! この先に、戦闘機人がいる!」
「はぁ? 何を言っ…て……っ!?」

ユーノが指し示すのは、玉座の間の入り口のほぼ直下。
妄言としか思えないその断定に、失笑が漏れる。
だが……その顔から笑みが消えるのに、さして時間はかからなかった。
クアットロにもわかったのだ。ユーノが指し示すその一点は、丁度彼女の頭の上なのだという事が。

(サーチャーが潜り込んだ? いえ、そんな反応はなかった。
 だいたい入口は一つきり、その入り口も専用のコードがないと開きもしない。
 例え通路を見つけても、それがどこに通じているかなんて分かる訳が!!)

そもそもここは、どこのデータにも載っていない隠し部屋だ。
それをいったいどうやって目星をつけたというのか……。

そこでクアットロは思い出す。ユーノの本名は「ユーノ・スクライア」。
確かスクライアとは、遺跡発掘を生業とする流浪の一族だった筈。
彼、ユーノ・スクライアはその一族の出なのだ。
結界魔導師としての腕や無限書庫の司書長としての能力ばかり着目されがちだが、むしろこちらこそが彼の原点。

必ずとは言わないが、時に遺跡には隠し通路や隠し部屋が存在する。
そして、幼い頃から遺跡発掘に参加してきた彼にとって、遺跡は遊び場であり、隠し部屋の類を探すのは遊びの一環だった。そんな彼だからこそ……

「構造図とサーチャーを使って集めたデータから考えて、ここで間違いない!」
「で、でも隠し部屋は伊達じゃないわ。
専用のコードなしには入れないし、外から攻撃しようにも一体何枚の壁があると……」

動揺を抑える様にそこまで口にした所で、クアットロの脳裏をある光景がよぎる。
バカげた威力の砲撃が、強固な壁を薄紙の如く貫通する悪夢のような光景を。

「ユーノ君、ターゲットまでの距離は!」
「大丈夫、遠慮はいらない! 全力全開、手加減抜きで…ぶち抜いて!!」
「さっすが、わかりやすい! いくよ、レイジングハート……ブラスターⅢ!!」

なのはの宣言と共に、レイジングハートの先端に発生した光球の規模が跳ね上がる。
マガジンに込められたカートリッジを根こそぎ使い切り、更に次のマガジンを装填。
次々にカートリッジを消費し、更に威力を底上げしていく。
ユーノの言った通り、全力全開の一撃を叩きこむ為に。

「ディバイ――――――――――――――――ン…バスタ―――――――――――――――!!!」

莫大な魔力の負荷に身体がバラバラになりそうになるのを耐えながら、なのはは渾身の一撃を放つ。
放たれたバカげた大きさの魔力砲は、次々に壁を突き破り、一直線にクアットロ目掛けて突き進む。
クアットロは本能的恐怖に突き動かされ、悲鳴を上げながら逃げ惑う。

「イ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

しかし、時すでに遅く。
射線上から逃れる事かなわず、桜色の暴威に呑み込まれた。

「はぁはぁ、はぁ……こ、これで……」

サーチャーごとやってしまったので詳細はわからないが、手応えはあった。
これで、ゆりかご内のナンバーズは全て機能停止した筈。
つまり、残すは……………ヴィヴィオを連れて帰る。最初にして一番の目的だけ。

「ヴィヴィオ……」

見れば、ヴィヴィオは拘束していたバインドを引きちぎり、頭を抱えて僅かに呻いている。
まだ洗脳が解けたと決まった訳ではないのに、気付いた時にはなのははヴィヴィオに向かって駆けだしていた。

「ヴィヴィオ!」
「ぁ…なのは、ママ……ダメ、逃げてぇ!!」

駆け寄ってくるなのはに向け、大きく拳を振り抜くヴィヴィオ。
先ほどまでと違い、確かになのはの事を「ママ」として認識しているにも拘らず、身体が勝手に動いてしまう。
洗脳は解けたようだが、どうやら呪縛はそれだけではなかったらしい。

「くぁっ!」

辛うじて防御が間にあったなのはだったが、重い一撃を受けて数m押し戻されてしまう。
同時に玉座の間の空気が一変し、アラームと共に「自動防衛モード」の発動が告げられる。
主だった内容としては、艦載機を全て起動させ、艦内の異物…つまりは突入部隊を排除するという物。
玉座の間にガジェットが来ないのは、その必要がないからなのだろう。

「ヴィヴィオ……」
「ダメ、来ないで!」
「ぁ……」
「わかったの。私、もうずっと昔の人のコピーで、なのは…なのはさんも、フェイトさんも…ううん、本物のママなんて、元からいないんだよね。ゆりかごを動かす為の唯の道具で、玉座を守るための…………生きてる兵器」
「違う……」
「守ってくれて、魔法のデータ収集をさせてくれる人を……探してただけ」
「違うよ!」
「違わないよ!!」

身体と共に、精神構造にも何らかの変化が生じているのだろう。
その為に気付いたのか、あるいはクアットロ辺りがふきこんだのかは分からない。
だがそれでも、ヴィヴィオが真実を知ってしまったのは事実だった。
そして、それ故に彼女は泣いている。

「痛いのも悲しいのも…全部作られた偽物。私が兵器だから、近くにいるみんなを傷つける。
ママも、翔も……だから、こんな私なんていない方が良い…いちゃいけないんだよ!!」
「違う!!」
「っ……」
「生まれ方は違っても、そうやって傷ついて…泣いてるヴィヴィオは、偽物なんかじゃない。
 甘えんぼですぐ泣いて、ピーマンが嫌いで……私が寂しそうにしていれば、傍にいてくれる。
 それが、私の大事なヴィヴィオだよ。
 確かに、ヴィヴィオには本物のママはいないかもしれない。でも今からでも、『本当』のママになりたいって思う。だから、いちゃいけないなんて…言わないで」

一歩ずつ距離を詰めながら、なのはは思いの丈を言葉にしてぶつけて行く。
もう、隠す事も偽ることもできない。自分は、こんなにもヴィヴィオの事を愛おしく思っている。
『空の人間』だとか『いつまた落ちるかわからない』とか、そういう言い訳はもう意味を為さない。
全て承知の上で、それでもなお……ヴィヴィオと共に生きたいという思いが抑えられないのだ。
だから、ヴィヴィオに自分を否定して欲しくない、泣いてほしくない。
ただそれだけが、なのはの身体を突き動かす。

「帰ろう、みんなの所に。フェイトちゃんもはやてちゃんも、ヴィータちゃんもザフィーラも……みんな、みんなヴィヴィオを待ってる」
「だけど、私は…私のせいで翔が……」
「翔なら大丈夫。怪我はしたけど、でもちゃんと治る。それとも、翔が怒ってると思う?」
「っ!?」
「だとしたら、それは違うよ。翔と約束したんだ。必ず……ヴィヴィオを助ける、連れて帰るって。
 翔はヴィヴィオの事を怒ってなんかいない。今も、きっとヴィヴィオの事を心配してる。それでも謝りたいなら、一緒に謝ってあげる。また、誰かがヴィヴィオを傷つけようとするなら、今度こそ…私が守る。だから……!!」

恐る恐る差し出した手。その手を、ヴィヴィオは揺れる瞳で見つめている。
取ってはいけない。そう自分に言い聞かせるが、それでも……気持ちを抑える事は出来なかった。

「教えて、本当の気持ちを」
「わた、しは……なのはママの事が……………大好き。ずっと一緒にいたい!
帰り…たいよ、みんなの所に…もう一度、翔に会いたい! 助けて…ママ……」
「……助けるよ、必ず。約束したから!!」

レイジングハートを一振りすると、なのはの足元に魔法陣が出現した。
だが、ヴィヴィオの身体が自動的にそれを阻もうとする。
しかし、彼女が動き出すその直前……

「ストラグルバインド!!」

もう動けないだろうと思っていたユーノのバインドにより、その動きが封じられる。

「ユーノ君」
「やって、なのは。こっちは僕が抑える」
「………うん! ヴィヴィオ、ちょっとだけ…痛いの我慢できる?」

なのははその場から飛び上がり、二機のビットと合わせて3つの魔力砲の収束を開始。
高町なのはが誇る、最強の切り札。魔力が拡散する環境下では最悪の相性だが、それでも散布された周辺魔力を収束。
疲労とダメージで維持すらも苦しいが、ユーノが守り、僅かに回復してくれたおかげでもう少し保つ。

「……うん」
「防御を抜いて、魔力ダメージでノックダウン。行けるね、レイジングハート」
《Clear to go》

目の前で、加速度的に大きさと光度を上げていく桜色の光球。
わかってはいても、それでもヴィヴィオの身体が僅かに震える。
だがそれも仕方がない。こんなものを前にして、恐れるなと言う方が無理な話だ。
しかし、突如として手から伝わった温もりが、総身を駆け廻る恐怖を和らげた。

「ぇ?」
「って、ユーノ君! そんな所にいたら……!」
「いや、まぁ危ないってのはわかってるつもりなんだけどさ。昔は、何度もブレイカーの試し打ちにも付き合ったし。それ以前にもう魔力だってほとんど残ってない訳だけど……。
でも……ほら、怖くて震えてる子がいるんだから、手くらいは…握っててあげたいでしょ?」

満身創痍の身体を引き摺って、ユーノはいつの間にかヴィヴィオの傍らに立っていた。
傷ついた左腕を力なく垂らしながら、辛うじて動く右腕でヴィヴィオの手を握ってやる。
せめて、この子の恐怖が和らぐようにと。

「……もう、しょうがないなぁ。じゃ、ヴィヴィオの事、お願い」
「うん、任された」
「それじゃ、いくよ!…………全力、全開!! スターライト……ブレイカ―――――――――――――!!!」

天高く掲げたレイジングハートを振り下ろすと同時に、桜色の巨砲が放たれる。
視界を埋め尽くす光の奔流を前に、ヴィヴィオは咄嗟に手を握る男の方を向く。
するとユーノは、ヴィヴィオを安心させるように優しい頬笑みを浮かべていた。

「……パパ…………」

思わず、消え入りそうな声でヴィヴィオはそんな言葉を口にする。
そして間もなく、二人は桜色の光に呑まれた。



全てを終えた時、玉座の間には一つの巨大なクレーターが生じていた。
その僅かに手前では、レイジングハートで辛うじて体を支えながら、荒い息を突くなのはの姿。

「…ヴィヴィオ、ユーノ君……」

弱々しい足取りで、なのははクレーターの中心部分を覗き込む。
そこには、元の5歳前後の姿に戻ったヴィヴィオと、砕け散ったレリック。
そして、物の見事に伸びたユーノの姿。

「えっと…………大丈夫?」
「ぅん」
「……あんまり」

どうやらなんとか意識は残っているようだが、ヴィヴィオと違い声に覇気がない。
まぁ、満身創痍でアレの直撃を喰らったのだから、当然と言えば当然だが。
しかし、こうして直接受けるとより強く思う「なのは、幾らなんでもこれはやり過ぎ」と。

とはいえ、ヴィヴィオも相当身体に来ているらしい。
立ち上がろうとするも、フラフラとして中々思う様に立ちあがる事が出来ない。
なのはは駆け寄って助け起こそうとするも、ヴィヴィオは『一人で立てる』『強くなると約束した』と口にし、本当に一人で立ち上がる。
その姿と言葉に感極まったのか、ヴィヴィオが立ちあがると堪え切れなくなり駆け寄ってヴィヴィオを抱きしめるなのは。そのまま片手でヴィヴィオを抱き上げると、苦笑しながらユーノにも手を差し伸べる。

「立てる、ユーノ君」
「あぁ…うん、なんとか」

さすがにヴィヴィオが一人で立ちあがった中、自分だけ起き上がらないのではバツが悪い。
もちろんなのはの手を借りたりはしない。
だが、なのはとしてはどうにもそれが少々不満の様だが。

「もう、別に掴んでくれていいのに……」
「いや、さすがにそれは格好が付かないし……」

カッコつけている場合ではないとはわかっているが、男とはそういう生き物だ。
ましてや相手が、長年密かに思いを寄せる相手となれば尚の事。

不満そうななのはとそれを宥めるユーノ。
どこか和やかなその雰囲気は、最早『二人の空間』と言っていいだろう。
しかしそこで、交互になのはとユーノの顔を見比べていたヴィヴィオが突然こんな事を言い出した。

「なのはママ……」
「うん。おかえり、ヴィヴィオ」
「じゃ、こっちがパパ?」
「「え”?」」

ヴィヴィオの何げない一言により、和やかだったその場の空気が凍りつく。
一瞬ヴィヴィオの言ったことの意味がわからず、眼を白黒させ、次に顔を見合わせる二人。
だが、徐々にその言葉の意味が浸透してくると…なのはの顔が途端に赤く染まった。

「ヴィ、ヴィヴィオ! ユーノ君は、えっと…その……なのはママの友達で、魔法の先生で、今は無限書庫の司書長さんをしてて、その傍ら考古学者さんもしてて忙しいだろうから、そんなこと言ったら迷惑だろうし……でも確かにヴィヴィオにはパパが必要かなとは思ってはいたわけで、それはとてもいいことなんだと思うけど…でもでもそれはやっぱりちょっと恥ずかしいって言うか、まだ心の準備ができてないって言うか……ユーノ君の気持ちとか都合とか色々あるわけで……」

慌てて何事かまくしたてるなのはだが、支離滅裂でなにが言いたいのかわからない。
どうやら完全にテンパっているらしい。しかし、当のユーノはと言うと……

「あ、いや……僕は別に、パパでも良いかなぁ、何て……うん」

照れながらも、はっきりと自分の気持ちを言葉にしていた。

「ぇ……ユーノ君、それって……」

思いもよらないユーノの告白に、まんざらでもない様子で更に赤面するなのは。
百面相を演じるなのはと、照れつつ顔を逸らすユーノ。
そんな二人を不思議そうに見ているヴィヴィオだったが、そこへどこか呆れた調子の声が割って入る。

「あ~、お二人さん? イチャつくのはええんやけど、TPO位わきまえてくれへん?」
「しっ! ダメですよはやてちゃん、邪魔をしちゃ! あ、お二人とも気にせず続きをどうぞです。
私達の事はカカシかお地蔵さんとでも思ってくださいです」
「は、はやて!? いつからそこに!」
「リインまで! っていうか…い、イチャつくって、ちょ、はやてちゃん!?」
「ほうほう、これだけバカップル臭巻き散らしといてまだ言うか。どない思う、リイン?」
「どっからどう見てもイチャイチャラブラブしてたですよ~」
「せやなぁ、イチャイチャラブラブやったなぁ」
「二人とも、なんでここにいるのとか、いつから見てたのとか色々聞きたい事はあるけど、とりあえず……それ死語だから」
「はやて、言ってる事がまるで中年オヤジみたいだよ……」
「こんな華の乙女捕まえて、中年とはなんやぁ!!」
(否定できないですよねぇ……)

ちなみに、いつから見ていたかと聞かれれば……なのはがユーノに手を差し伸べた辺りからである。

「ぁ、部隊長。パパ会えた!」
「せやなぁ、良かったなぁヴィヴィオ」
「……待って、もしかしてヴィヴィオに吹きこんだのって……」
「はい、はやてちゃんですよ」
「あ! リイン、それは秘密やとあれほど……」
「は~や~て~ちゃ~ん?」

『ギリギリギリ』と、まるで油の切れたロボットの様な動きではやての方を向くなのは。
その形相は、最早言葉にできない程に壮絶だ。端的に言うと、正に「悪魔」そのもの。

「怖っ!? 怖いでなのはちゃん!
 ヴィヴィオやユーノ君の前でええんか、そんな顔して! ほんま悪魔みたいになっとるで!」
「いいよ、悪魔で。悪魔らしいやり方で、頭冷やしてもらうから」
「勘忍や―――っ!? ぁ、そんなぶっといのはらめ~~~~~~っ!?」

鬼の形相を浮かべるなのはと、あられもない嬌声をあげるはやて。
ユーノはユーノで知らぬ存ぜぬを通しながら、ヴィヴィオとリイン、二人の眼をそそくさと掌で隠す。
アレは、子どもたちが見るにはまだ早い、情操教育的に。






あとがき

更新が遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
なんだか途中からどうにも筆が進まなくなってしまいまして……まぁ、どうにか書けたから良いんですけどね。
いや、ラストが何故かこんな事になってしまい、ちょっと悪ノリし過ぎたかなぁと反省はしてますけど。

それと、実は常々不思議だったことがありまして……なぁ~んでクアットロがやられたらガジェットが止まったんでしょうね。ヴィヴィオの洗脳が解けたのはまぁいいですし、同様にルーテシアの洗脳も解けたんでしょうから召喚獣達の暴走も止まるのは別にいいんですよ。
でも、ゆりかごから降下してくるガジェットは普通に動いているのに、なんで地上に降りてた分は止まったんでしょうね。それがず~っと不思議でした。いや、割とどうでもいいことなのですが。
ただ、私としてはいまいち釈然としないので、一応クアットロがやられた後もガジェットは普通に動いている事にしています。


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