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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 43「無限の欲望」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:47

そこは、時空管理局本局の最深部。
最早人の出入りもほとんどない、古い時代の遺産が鎮座する場所。

その名を『管理局最高評議会』。
旧暦の時代、次元世界を平定し時空管理局設立後一線を退いた3人。
彼らが、その後も次元世界を見守るために作った事実上の最高意思決定機関。

だがここ数十年、いるとされながらも顔を見た者すら存在しない、半ば忘れ去られつつある者達でもあった。
それもその筈。何しろ彼らはとうの昔に肉体を捨て、脳髄だけの姿になって生体ポットに浮いているのだ。
そんな現実を知られれば、何かと不都合が生じる。

彼らは影。裏方に徹し、表舞台に立つ役者たちに時に助力し、時に助言し、あるいは手を回すが役目。
しかし今、「世界の為」を想って進めてきたプロジェクトに陰りが落ちている事に、ようやく彼らは気付いた。

「ジェイルは少々やりすぎたな」
「レジアスとて、我らの重要な駒の一つであるというのに」
「我らが求めた聖王のゆりかごも、奴は自分の玩具にしようとしている」
「止めねばならんな」

暗い虚空に足場だけが浮かぶ空間。そこに並ぶ三基の生体ポット。
声帯を持たない彼らは、機械により合成された感情を感じさせない声で淡々と会議を進めている。

「だが、ジェイルは貴重な個体だ。消去するにはまだ惜しい」
「しかし、彼の人造魔導師計画もゼストは失敗、ルーテシアも成功には至らなかったが……聖王の器は完全な成功の様だ。そろそろ、良いのではないか?」

ジェイル・スカリエッティ、またの名を開発コードネーム「アンリミテッドデザイア(無限の欲望)」。
最高評議会が失われた世界の技術と知恵を使って生み出した、アルハザードの遺児。
彼すらも、最高評議会が秘密裏に推し進めて来たプロジェクトの一つに過ぎない。

だが手駒の一つでしかない彼が、いまその手から離れ反旗を翻そうと画策していた事に、彼らはようやく気付く。
とはいえ、例えスカリエッティがゆりかごを擁そうが、それすらも掌の上の事。
自分達の絶対的優位という認識に揺らぎはなく、彼らの様子に『焦燥』の色はない。

「我らが求むるは、優れた指導者によって総べられる世界。
我らがその指導者を選び、その陰で我らが世界を導かねばならん」
「その為の生命操作技術、その為のゆりかご」
「旧暦の時代より、世界を見守る為に我が身を捨てて永らえたが、もうさほど長くは持たん」
「だが次元の海と管理局は、未だ我らが見守って行かねばならん」

それは、今を生きる人々ではそれが為せないと考えているという事。
つまり彼らは、本質的に今を生きる人々を信じていないのだ。
それが酷く傲慢な考えである事に、彼らは気付かない。

元は崇高な理念と意思で歩んできたのかもしれないが、それも今は昔。
いつから歪んでしまったのかは定かではない。
一つ言えるのは、彼らは最早時代の残党であり、今の時代に必ずしも必要不可欠な存在ではないという事に対する認識が欠如している。残念ながら、それだけは間違いないのだろう。

いや、彼らにしてみれば、管理局や今の世界は自分達の子どもの様な物。
その今を心配し、未来を案じるのはある意味当然だ。
これはその一つの形であり、それが行き過ぎてしまった結果。
だからこそ、彼らは自分達の行いが「正しい」と信じて疑わない。

「ん?」

淡々と進行する会議の途中、『書記』役が何かに気付く。
それは、評議会三名が浮かぶ生体ポットにゆっくりと近づく移動式の床であり、その上に立つ一人の男。
あまりにも自然かつ唐突に表れたその男に、三人の思考が止まる。

「な、何者か!」

思わず口をついたのは、そんな今となっては無意味の極みとも言える問い。
それに対し、男は厳かな調子で宣言する。
長きに渡り君臨してきた彼らにようやく訪れた、死神の名を。

「『無』の一影九拳、イーサン・スタンレイ」
「一影、九拳だと? バカな! 何故闇人がここに……」

彼らの驚愕も無理はないだろう。
闇と管理局は協定を結んでいる訳ではないとはいえ、片や管理外世界にほとんど干渉はせず、片や世界の外にさほど興味がない。そんな両者が交わることなどまずなく、故に敵対する理由も存在しない筈だった。

いや、そもそも如何に闇人、それも最高幹部たる一影九拳とはいえ、ここまで気付かれずに侵入できる筈がない。
何しろ、彼らが鎮座するこの部屋は管理局内の最奥にあり、なおかつ最高水準のセキュリティーに守られている。
その全てを掻い潜るなど、特殊な能力に頼らない彼らだからこそ余計に不可能だ。

「き、貴様、どうやってここまで……」
「ミーが丸腰の、魔力を持たないただの人間だからでせう」
「バカなことを言うな、そんな事を言っているのではない!」
「そうだ、ここに至るまで一体いくつのセンサー、何枚の扉があると思っている!」

確かに、無手を旨とする彼らなら、魔力や金属を検知する類のセンサーに引っかかる事はないだろう。
だが、問題はそう単純なことではないのだ。
金属類、あるいは魔力を検知するセンサーは素通りできても、他にも多種多様なセンサーが設置されている。
その全てをだまくらかすことなど不可能だし、無数に並ぶ扉をどうやって通ったのか。

一切警報が鳴らなかった頃からすると、力づくという線はない。
かと言って、あれらを開けるには桁外れに厳重なセキュリティーシステムを解除しなければならないのである。
そのどちらも、技術的に遥かに遅れを取る彼らの世界の人間にどうこうできるものではない。

「ソーリー、先にクライアント(雇い主)からのメッセージをお伝えするでござるます。
『今の時代の礎は、確かにあなた方が築き上げた物だ。だが年寄りの冷や水はその辺りにして、あとのことは若い者に任せ隠居なさるがよろしい。僭越ながら案内人をご用意した。後の事は万事滞りなく処理してくれることでしょう。無限の欲望より、冥福を祈って』以上だ」

それだけで、最高評議会の三人は全てを理解した。
彼らの疑問も、どうして一影九拳の一角たるこの男が彼らの前に現れたかも。
なんのことはない。掌の上にいたと思っていた男も世界も、ずっと昔に彼らの手を離れていた。
本当に、ただそれだけの話。

「貴様…ジェイルの……!」
「おのれ、痴れ者めがぁ!!」

抵抗する為の肉体を捨てた彼らに、最早この運命を覆す術はない。
不届き者を制圧・排除する為の設備も、この男の前では無意味。
それらが起動するより速く、この男の拳は彼らの命を断てるのだから。

「何故だ、何故我らを討つ! 我らは世界の為、この身を捨てて尽力してきた。その我らを討つ道理が、貴様にあるのか! 答えろ! 貴様、いったいジェイルに何で雇われた!!」
「恨みはない、マネーも受け取ってはいない。ミーがユー達の命で買ったのは、一人の少年の自由で候」

イーサンがスカリエッティと交わした取引は単純明快。
いくつか彼の頼みを聞く代わりに、アノニマートを自由にするという物だ。
とはいえ、正直イーサンにとっても抵抗すらできない彼らを殺めるのはあまり気乗りしなかった。
だがそれ以上に、今目の当たりにした彼らの在り様は見るに堪えない。
特にそれが、過去に多くの功績を残した者達であればなおの事……。
しかしそれを、評議会の三人は最後まで理解できなかった。

「ウィル(遺言)があるのなら聞こう。さあ、何か言い残す事は……?」
「ま、待て! まだ世界には我らが必要だ!」
「今我らを欠けば世界がどうなるか、貴様わかっているのか! その責任を貴様は……」
「…………ユー達、もう喋るな。これほどの組織を作り上げた功労者が、晩節を汚す姿を見るのは忍びない。
今の世界を築いた者としてのプライドがあるのなら、せめて最後は……………潔く逝きやがりなさい」
「やめろ…やめろ―――――――――――――――――っ!!」

そうして数秒後。
もはや人と呼べるかすらわからなかった評議会の面々は、今度こそ本当に物言わぬ肉塊となり果てた。

「ミッション、コンプリート」

腕から滴る薬液を振り落としながら、イーサンは静かに宣言し、誰にも気付かれることなく闇に消える。
残されたのは、砕かれた生体ポットと不出来な標本の様な三つの人の脳髄だけ。
この日、最初で最後の侵入者の手により、長年時空管理局を見守ってきた最高評議会は、人知れずその歴史に幕を下ろしたのである。



BATTLE 43「無限の欲望」



時を同じくして、スカリエッティのアジト最奥部の一室。
大勢の人質を盾に、已む無くスカリエッティと向かい合う形で椅子についた兼一。
彼は差し出された紅茶を、なんの躊躇いもなく口に運ぶ。

「おや、いいのかね?」
「何がですか?」
「いや、君はもっと慎重な男だと思ったのだが……」

言うまでもなく、ここは兼一にとって敵地。
その敵地で出される飲食物だ、毒の一つや二つ入っていても不思議はない。
むしろ、入っていて当然と考える警戒するのが普通だろう。
如何に達人と言えど、決して不死身ではないのだから。
暗にそう語るスカリエッティに、だが兼一は至極当たり前のようにそれを否定する。

「この期に及んで、そんなセコイ真似はしないでしょう」
「ふむ、まぁ実際それは正しい訳だが……」
「それに」
「ん? なんだね?」
「『話をしたい』と言ったのはあなたでしょう? それとも、あれはウソだったんですか?」

思いもしなかった兼一からの切り返しに、一瞬呆気にとられる。
やがて、徐々にその意味が頭に浸透してきたのか、スカリエッティの表情に変化が現れた。

「くっ……くっくっくっくっくっく…ハハハハハハハハハハハ! なるほど、確かにその通りだ。
 いやはや、わかってはいたつもりだったが…つくづくキミは私の想像を越えてくれる。
 しかし、だからこそこの時を待ち望んだ甲斐があったというものか」

兼一の返答がよほどツボに嵌ったのか、心底愉快そうに破顔するスカリエッティ。
それは、今までフェイトなど考えて来た彼のイメージからは程遠い、まるで子どもの様に邪気のない笑い。
もしこの場にフェイトが居合わせれば、そのギャップに驚きを隠せなかっただろう。
だが、当の兼一は先のスカリエッティの言葉に一つの確信を得ていた。

「さっきから気になっていたんですが、あなたは…………………僕の事を知っているんですか?」
「…………なぜ、そう思うのかね?」
「この部屋を封鎖してすぐの時、あなたは僕にこう言いましたね。
『ポットの中の人達を見捨てられない様に、無力な人間に対して直接力で訴える事もできない』と」
「ふむ、一語一句同じとは言わないが、その様な趣旨の事は言ったね」
「ただ知っているだけでそんなにはっきりと断言できるとは思えません。ましてや、僕が次元世界と関わるようになってほんの数ヶ月しか経っていないのに、あなたの言い様には理解以上のものを感じました。
そして今、『つくづく想像を越えてくれる』とも」

それらの意味する所とはつまり、兼一が次元世界と関わる様になるより遥かに以前から、彼は白浜兼一と言う男の存在を知っていた可能性を示唆している。
いや、別にその可能性自体はそれほど驚くべきことではないだろう。
スカリエッティは、形はどうあれ以前より闇との間に繋がりがあった。
そこで兼一の事を知ったとすればおかしなことなど何もない。

しかし、それはあくまでもただ「知っている」だけであればの話。
それで済ませるには、スカリエッティの態度はあまりにも不自然なのである。

「ふふふ、簡単な話さ。意外に思うかもしれないが、私はずいぶん昔から君に憧れていたのだよ」
「は?」

思いもよらないスカリエッティの告白に、眼を丸くする兼一。
そんな彼の反応に気をよくしたのか、スカリエッティは滔々と語り出す。
また、それ証明するように彼の背後に今起こっている事態とは別の、過去の映像が映し出される。

「発端は、かつて次元世界で勇名を馳せた無敵超人を知った事だ。あの頃の私は、純粋な知的好奇心から達人と言う生き物を知りたいと思い、第97管理外世界『地球』に目をつけた。ジュエルシードや闇の書にまつわる事件が起こるよりも、ずっと前にね」
「……」
「そこで私は、二つの勢力を観察対象として選んだ」
「それが闇であり、梁山泊」
「その通り。武術界の二枚看板であり両極。殺人拳と活人拳、永久に対立する二大派閥の代名詞。観察対象として、これ以上はないだろう?」

確かに、具体的にいつから両者を観察していたのか定かではないが、それでも目の付け所としては妥当な線だ。
地球には他にも大小様々な武術組織があるが、『最強』と認められていた梁山泊とその称号を狙う闇。
冷戦時代もあるにはあったが、いずれ衝突する事は目に見えていたのだから。

「恐らく、彼らは『眼』の存在に気付いた上で害なしと見て放置していたのだろう。何しろ、本当に重要な所……秘伝を伝授する時などは、近づくことすらできなかった。
 だが、私にとってはそれで充分だったよ。彼らの日頃の鍛錬風景や時に武を振るう姿は、とりあえず私の好奇心を満たしてくれていた。
 そうして数年が過ぎ、一向に両者の間で動きがない事に私が物足りなさを感じ始めた頃だ…………………君が梁山泊の門を叩いたのは」

それまでどこか平坦だった声音に、突如熱が籠り瞳に光が宿る。
その光と熱は、なのはの武勇伝を我が事の様に嬉しそうに語るスバルを彷彿とさせた。

「失礼を承知で言うと、最初私は君が三日…いや、それこそ初日で梁山泊を辞めると思っていた。
 急いで集めた資料から得られた結論は…………どこにでもいる凡人。それどころか、全てにおいて平均以下の負け犬と言うものだったからね。
 そこは君の様な凡夫の行くような場所ではないと、嘲笑いすらした」

それに対し、兼一は特になにを言うつもりはない。
なぜなら、スカリエッティの言う事は酷く当たり前な一般論だからだ。
兼一も、もし武門…より正確には梁山泊に入門していなければ、一笑に伏していたことだろう。

「しかし、君はそんな私の予想を覆し、梁山泊に通い詰めた。
 それどころか内弟子となり、次々と現れる敵を退け、何度逃げ出しても舞い戻り、彼らの期待に応え続けた。
 気付けば、独り虐げられていた君の周りには多くの友と仲間が集まり、ついにはYOMIと渡り合うまでに至っていた。そこに至って、恥ずかしながら私はようやく理解したのだよ。人は…変わることができるのだと」

万感を込め、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
それまで彼は、極一部の限られた命以外は等しく無価値だと思っていた。
特別な物など何もなく、自分の未来すら満足に切り開けない弱者であり低能。
そんないてもいなくても同じ命など、どう使い捨ててもかまわないではないか。
むしろ、技術と知識の進歩のために犠牲となるなら本望だろうと。
だが、そんな考えは白浜兼一と言う男の生き様によって覆された。

「それからだ、私にとって闇も梁山泊もどうでもよく思えたのは。それまで輝きを放っていた達人達は色褪せ、私の眼は君に釘づけになった。波乱の予兆があれば心を躍らせ、強敵との闘いに手に汗握り、仲間や師との絆に胸を熱くし、君がどこまで行けるのかを少年の様に目を輝かせて見つめていたものさ」

それは、それまでのスカリエッティからは想像もできない様な感情の奔流だった。
世界は彼の遊び場であり、そこに生きる人々はおもちゃも同然。
神の如く遥かな高みから見下ろしていた筈のそれらに、感情を揺さぶられることなどなかった筈なのに。
気が付くと、どうでもいい無価値な筈の命の躍動から目が離せなくなっていた。

「らしくもない事に、『立て』『負けるな』と声を嗄らして応援したこともあったほどだよ。
 それほどまでに、私は君と言う男に魅了された……っと失礼、少々熱くなり過ぎていたようだ」
「ぁ、いえ……」

際限なく熱の籠って行く自身の語りに気付いたのか、紅茶を口に含んで一息入れる。
兼一も、そこでようやくここまで語られたスカリエッティの言葉を咀嚼する余裕を取り戻す。
正直、彼にこんな一面があったというのは、純粋に驚きだ。
嘘の可能性もあるが…それは薄い様に思う。時に心の奥底さえ見通す彼の眼力を以てしても、スカリエッティの言葉と眼に嘘は感じられない。ただ、代わりに別の暗い何かを彼は見出していた。

「ふっ、そんなに私のこんな一面が意外だったかな?」
「そう、ですね。あなたはもっと、命を何とも思わない人だと思っていましたから」
「いや、それは間違いではないよ。表面的な事実を並べればそう思うのは当然だし、事実過去の私はそう考えていた。だがね、今や私にも人並みの倫理や道徳観念くらいはある」

どこか憂いを帯びた口調で語られるそれは、まるで叶わない懺悔に似ていた。

「人間とは、理性と欲求の狭間で揺れ動く生き物だ。とはいえ、たいていの人間は理性で欲求を抑制する。
 だが、私はどうもその機能が欠如しているらしい」
「…………」
「自分が人として許されない事をしている自覚くらいはあるし、罪悪感がないわけでもない。君のおかげで、私はそれらを得る事が出来た。その点に置いて、私は君に深く感謝している。
しかし救い難い事に、ようやく得たそれら以上に好奇心と欲求が優先される獣、それが私の本質だった。アンリミテッド・デザイア(無限の欲望)とは、よく言った物だと思わないか」

それはつまり、はじめから釣り合いのとれていない天秤と言う事だ。
あらかじめ天秤の片側に乗せられていた物が重すぎて、逆側に新しくどれだけ乗せられたとしても揺れ動かない。
むしろ、次々と新しい物が乗って行くからこそ、苦しみが増していったのだろう。
いっその事、はじめから何も乗っていなければ楽だったのに……。

「わかるかね? 君と言う男を知り、その生き様を見て、私は変わりたいと願う様になった。願える様になった。
だが、私は変われなかった! 何度やっても、私は己が欲望を制することができなかった!
 私の心が弱いから? ああ、全く以ってその通りだ、反論の余地がない! だが、世界を見たまえ! この世には私と同じ、変わろうとしても変われなかった者たちで溢れ返っているではないか!!
 だからこそ、私は知りたい!! 人は変われる。しかしそれは、強い心を持ったほんの一握りの人間にだけ許された特権なのか! あるいは、万人に与えられた権利なのかを!」

変われなかったのは、単に自分が弱かっただけだからなのか。
それとも、変わる事が出来た兼一こそが特別だったのか。
飽くなき好奇心の向け所が、今はそこだ。
いったいどちらであってほしいのか、それすら本人にはわからない……。

「あなたの言わんとする事はわかりました。ですが、それと僕と会う事になんの関係が?」
「自覚がないと言うのは、時に恐ろしいな」
「どういう意味ですか?」
「自覚しているかどうかはさておき、君は敵味方を問わず、ただその場にいるだけで周囲の人間に大きく影響を与える。君の友人たち然り、ライバルたち然り、だ。
老若男女、主義主張、洋の東西を問わず、多くの人生を君は変えて来た」
「僕は、そんな……」
「大層なものではないと?」
「仮にもし、僕と出会った事で何かが変わったのだとしても、僕自身もまた多くの出会いによって変わってきました。僕一人が、一方的に影響を与えたと言う事はない筈です」

兼一自身としては、スカリエッティの言う事には素直に頷く事は出来ない。
そもそも人とは、お互いに様々な影響を与えあう生き物だ。
影響を与えない人間なんていないし、同様に受けない人間もまたいない。
故に、まるで兼一一人が一方的に影響を与え、他者の人生を変えて来たかのような言われようは受け入れられない。

「なるほど、君の言う事にも一理ある。他ならぬ君自身が、誰よりも大きく変わった存在なのだからね。
だが、あるいはだからこそ、君と他の者ではその影響力の大きさが違う。
 他の者が1の影響を与えるのに対し、君が与える影響は10を優に超える…とでも言えばいいだろうか。
 ある者は君を通して忘れたものを思い出し、またある者は大切な物に気付く。私もまたその一人だ。
そして、君を見続ける中で、それが私一人だけではない事も知ったのだよ」
「……」
「まだ納得がいかない、といった様子だね。しかし、同時にもう気付いているのだろう。
 私が、君とこうして直接向き合う事に拘った、その理由を」

そう、兼一とてここまでのスカリエッティの弁から、彼が何故リスクを冒してまで兼一の前に姿を現したか、その理由を理解していた。
最初に述べたように、娘達だけでなく己もまたリスクを負うべきだから、というのもあるだろう。
だがそれ以上に、彼は本当に兼一と出会い、言葉を交わしたかったのだ。
その理由は、唯一つ。

「傍観者のままでも、多くの事に気付く事が出来た。
しかし、結局私という人間を変えるには至らなかった。
ならば、もし直接君という人間と出会う事が出来たのなら、あるいは……」

今度こそ、自分の中の何かが変わるかもしれない。そう期待して、彼はリスクを承知で兼一の前に立ったのだ。
幼い子どもを攫い、身勝手な目的の為に利用する自分を、言葉を交わす間もなく打ち倒すかもしれない。
あるいは、相手にする価値もないと、完全に無視されてしまうかもしれない。
それらの可能性を全て承知の上で、彼は兼一の前に己が身を晒したのである。
とてもではないが、行っているのが違法研究でさえなければ、歴史に名を残すと言われた天才的な頭脳を持つ男のすることではない。

「さっきも言ったろう。どれだけ倫理や道徳を備えようと、結局私は全てにおいて『好奇心』を優先してしまう。研究者とは難儀な物でね、重要なのは『答え』を出すことであって、その中身も結果も二の次なのさ」
「あなたは……」

そんな彼に対し兼一が抱いたのは、深い悲しみ。
兼一にはわかってしまったのだ。なんと言った所で、自分の行いに最も怒り苦しんでいるのは、彼自身なのだと。
情を知ってしまったが故に、欲望に抗えない自分を自覚してしまったから。

だから彼は、最後の希望として自分との出会いを望んだのだろう。
計画の成否、自身の未来。何もかもを捨て、変われるかもしれない、その可能性に縋ったのだ。

「やれやれ、困ったな。別に、道場を求めてこんな話をしたのではないのだがね。
先ほど君も確認したように、私は君と話せる時を待ち望み、楽しみにしていたというのに……」
「そう、ですね。でも、僕とあなたには共通の話題なんてありません。一体、何を話すと言うのですか?」
「色々とあると思うが…………ふむ、まずはこれだ。人は本当に誰もが変われるのか否か、君の意見を聞きたい。
 どうかな、一人多国籍軍殿?」

無論、兼一から語ることのできる意見など一つしかない。
ならば、改めて聞く意味などない筈だが、すぐに気付く。
きっとこの男は、その『わかりきった答え』をこそ求めているのだろう。

「僕は……」



  *  *  *  *  *



なんの前触れもなく背後から伸びた手に襟首を掴まれ、光に包まれると共に一変した景色。
それまでいた高速道から遠く離れ、運ばれたのは廃墟に等しいビルの中。
しかし、連れ去られたのが一瞬の出来事なら、思考が停止していたのも一瞬だった。

「くっ!」

即座に思考を復旧させ、襟首を掴んでいた手を払いのける。
同時に、飛び跳ねる様にして相手から距離を取り、愛機を構えた。
裏をかかれこそしたが、ティアナは動揺していない。
正確には、動揺を押し込め平静を保っていると言うべきか。
『静』のタイムであるティアナにとって、動揺をはじめとした心の揺らぎは死活問題。
いついかなる時も、あらゆる揺らぎを呑み込んで静の気を練ってこその静のタイプなのだから。

(ふぅ~……じゃ、まずは状況分析から始めようかしら)

視線の先の敵に気取られないよう注意しながら大きく息をつき、さりげなく周囲の様子に気を配る。
場所はコンクリートで囲まれた屋内。恐らく、壁や床の傷み具合などからして、先ほどまでいた区画の廃ビルのうちの一棟だろう。正確な位置まではわからないが、幾ら準備していたとしても、アレだけの短時間の間に発動した転送魔法では、そう遠くまで運ばれていない筈だ。

つまり、戦場からはそう引き離されていない事になる。
仲間と分断され、孤立してしまった今の状況では貴重なプラスの情報だ。
この場所を切り抜けさえすれば、仲間たちとの合流は難しくない。
まぁ、問題はどうやってこの場を切り抜けるかなのだが……。

「私の相手は、アンタって事で良いのかしら?」

警戒を怠ることなく、ティアナは静かにたたずむ甲殻の鎧で総身を覆った敵に向けて問いかける。
とはいえ、前回の戦闘でアレが言葉を発した事はなかった。
発声機能の有無はわからないが、返事は元より期待していない。
どちらかと言うと、平静を取り戻す為という意味合いが強い。

しかし、抑え込んだ動揺も徐々に消え去ろうかとしたその時、ティアナは再度予想外の事態に直面した。
なんと、自身をこの場所へと誘った(正確には違うのだが)敵の脚元に再度転送系の魔法陣が発生し、その身が光の中へと消えて行く。

「待ちなさい!」

警告と射撃はほぼ同時。
だが、放たれた魔力弾はガリューの身を捉えることなく、遥か後方の壁面を穿つに留まった。
どうやら、タッチの差で敵の転送が完了してしまったらしい。

「どういうつもり? まさか、籠の鳥にするのが目的ってわけでもないでしょうし……」

敵の意図が奈辺にあるのか判然とせず、怪訝そうにティアナは呟く。
確かに、ビル周辺には緑色の結界が張られ、脱出は容易ではないだろう。
しかし、時間さえかければ結界を抜ける事も不可能ではない。
故に、こうして閉じ込めておく事にそれほど意味があるとは思えないのだ。

そもそも拘束という意味で言えば、スバルやギンガ、あるいはエリオの方が優先順位は高いはず。
ティアナを捕まえても、こう言っては何だがあまり意味があるとは思えない。
むしろ、敵からすれば殺してしまっても良い相手として数えられている筈だ。

(動くべきか、それとも状況が分かるまで待つべきか……ったく、やり辛いったらないわね)

敵の狙いがわからない中、無闇に動くのは下策。
かと言って、敵の狙いによってはジッとしていてもはじまらない可能性もある。
こうして悩ませる事も狙いの内だとすれば、随分と嫌らしい策を練って来たものだ。
それだけ警戒されているとすれば、ティアナとしても士気が湧くと言う物なのだが……。

(人の気配がまるでしない。となると、警戒されてるんじゃなくて軽んじられてるって感じかしら…っ!?)

そこまで考えた所で、ティアナの耳が斜め後ろの柱の影からの僅かな物音を捉えた。
反射的にクロスミラージュの銃口を向け、いつでも引き金を引けるように指を掛ける。
先ほどは人の気配がしないと思ったが、ティアナはそれほど自分の気配を読む能力を当てにしていない。
一応ある程度はわかるつもりだが、自分程度を出し抜く隠行の使い手などいくらでもいるだろう。

それを正しく理解しているからこそ、銃口を向けながらも周囲への警戒も怠らない。
もしかしたら、あの物音自体が囮という可能性もある。
そう思って警戒していたのだが、良くも悪くも外れだったらしい。

ゆっくりと柱の影から姿を現したのは、これまでの任務で何度か遭遇したガジェット0型。
これだけならば、主力である戦闘機人も召喚士もぶつけない手抜きと判断し、多少なりとも憤りを覚えただろう。

だが、正確には少し違う。
確かに柱の影から0型が現れたが、それだけではない。
その周囲から、1体や2体ではない、次から次に現れるそれらは計9体にも及んだ。

「……ったく、手抜きなんだか手厚いんだか、いまいち判断に困るわね。
 しかも、全部エンブレム持ちじゃない」

そう。柱の影から姿を現した9体の0型は、その全てが胸部にYOMIのエンブレムを備えていた。
それも、描かれた紋章は『空』『炎』『水』『鋼』『氷』『王』『流』『月』『無』と全て違う。

(流石に一影の弟子まではデータが取れなかった…って事かしら?
 まぁ、全然気休めにもならないんだけど……)

確かに主力である戦闘機人をぶつけて来ない辺りは手抜きと言える。
が、続く戦力である0型の大盤振る舞いとなると、楽観視はできない。
一応対策は一通り叩き込まれているが、纏めて相手にするとなれば分が悪いどころではない。

(無策で相手にしていい質でも量でもない。となれば……)

策を練って、一体ずつ各個撃破していくのが望ましい。
しかし、そうは問屋が卸さない。
ティアナが僅かに重心を後ろに下げるのとほぼ同時に、0型の内『流』と『空』の二体が踏み込んできた。

咄嗟に誘導弾を放って牽制するが、両者はそれを掻い潜り速度を落とすことなく接近。
そのまま直撃すれば致命傷となりうる掌打と貫手がティアナ目掛けて放たれる。

防御魔法は間に合わない。そう見切りをつけたティアナは、床へと倒れ込んで回避。
だがそこへ、続いて『月』が大きく腕を振った掌打を叩きこんでくる。
立ち上がる時間すら惜しみ、床の上を転がって逃れるティアナ。

とはいえ、ティアナとて逃げ回るだけではない。
先ほど撃ったのは誘導弾。ティアナは床を転がりつつそれらを操作し、仕掛けて来た3体の背を狙い打つ。

(いけっ!)

ティアナへの攻撃でがら空きになった背後に迫る誘導弾。
しかしそれらは、いつの間にか追い縋っていた『氷』と『炎』によって撃ち落とされる。
それどころか、残る4体が後方より光線による攻撃まで仕掛けて来た。

僅かな間隙の間に立ちあがったティアナは、柱の影に飛び込む。
放たれた光線は、老朽化しても未だ堅牢な柱に阻まれ、ティアナには届かない。

「ハッハッハッハ……ったく、多勢に分勢にも程があるっての!」

悪態をつきながら、乱れた呼吸を整える。
一体一体でも厄介な相手なのだが、それが9体。
それも、しっかりと連携を取って仕掛けて来るのだから、その危険性はかなりの物だ。

(ってまぁ、幾ら実在の人間のデータを使っているとはいえ、所詮はプログラム。
 連携のやり方を追加する位、そう難しくはないんでしょうね)

ギンガが複数の0型を相手にした時にもそれらしい事をしていたが、今の0型の連携はあの時以上だ。
ここにきてようやく本腰を入れたのか、あるいは連携のためのデータが揃ったのか。
理由は不明だが、今までとは一線を画すと思っていい。
何しろ、少なくとも以前であれば僚機をフォローすることなどしなかった筈なのだから。

「これは、出し惜しみなんかしてられる場合じゃないわね。いける、クロスミラージュ?」
《All,right》
「うん、じゃ行こうか。幾ら凄腕のデータが入っているとはいえ、こんな三下相手に手古摺ってられないのよ!」

覚悟を決めて飛び出すのとほぼ同時に、隠れていた柱が粉砕された。
飛来する礫の向こうからは、エンブレムこそ判然としないが、2機の0型が接近してきている。

だがティアナはそれらには目もくれず、何もない床へと次々に燈色の魔力弾を叩きこんでいく。
バカ正直に狙っても、エンブレム持ちのガジェット相手には効果が薄い。
それも、互いにフォローし合うようにプログラムされているとなれば尚更だ。
唯でさえこう言った閉鎖された空間では、格闘戦に秀でるあちら側に分があると言うのに、これ以上不利な要素を増やすなどバカらしい。

敵の接近に怯むことなく、ティアナはひたすらに床目掛けて撃って撃って撃ちまくる。
やがて、0型が後一歩でティアナを間合いに捉えようとしたその時……0型を支える床が抜けた。
二体の0型は咄嗟に対応できず、あっという間に階下へと転落。
ティアナはその後を追い、自ら開けた穴へと飛び込む。

敵が複数いるのなら、分断して各個撃破に持ち込むのがセオリー。
それは、ティアナが最初に敵にやられた事と同じ事だった。

落ちた0型の追って階下へと飛び降りたティアナは、即座に体勢を立て直す0型へと照準を合わせる。
今この時、敵の数は9体から2体となった。
その状況を最大限に利用し、できれば2体とも、少なくとも1体は仕留めておきたい。
こんな手が、早々何度も使える筈がない事を、他ならぬティアナ自身が理解しているが故に。
同時に、クロスミラージュの引き金を引きながらも、ティアナは胸中である思いを吐露していた。

(白状すると、今でもあんまり……………私は自分を信じられてない。
 兼一さんって実例を知っても、自分があの人みたいになれるってイメージが、いまいちわかないのよね。
 まったく、この期に及んで何をグジグジ悩んでるんだか。自分で自分に呆れちゃうわ…………でも!)

こんな自分に、手放しの信頼を寄せてくれる相棒がいる。
凡庸な自分に、命を預けてくれる仲間達がいる。
そして、愚かな自分を見捨てず、高みへと引き上げようとしてくれる恩師たちがいる。
なら、その人達が諦めるまで、自分もまた諦める訳にはいかないのだ。

胸に芽生えた確信を捩じ伏せ、顔を上げる。
腹に力を込め、立ち上がり跳びかかってくる敵へと相対した。
反撃の狼煙を上げるために。



  *  *  *  *  *



晴天の下、空中で縦横無尽に張り巡らされる空色と黄色の光の道。
時に離れ時に交差するその道を、二人の少女が疾走する。

「だぁぁあぁっぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぅおりゃああぁぁぁぁっぁぁぁぁあぁぁ!!」

疾走の勢いを殺すことなく放たれる上段回し蹴り。
ノーヴェもまたそれに合わせる形で蹴りを繰り出すが、そこで変化が生じた。
右足に装着された固有武装「ジェットエッジ」のスピナーが唸りを上げて回転し、更に踵部分の噴射機構によって蹴り足が加速する。

結果、後から放たれたにもかかわらず二人の蹴りはほぼ同時にガードの上から互いの頭部を打ちすえた。
だがこの勝負、着弾は同時なれどもその先で明暗を分ける。

「おおおおお、らぁっ!」
「うぁっ!?」

体勢を崩しながらもノーヴェは脚を振り抜き、スバルの身体を蹴り飛ばす。
マッハキャリバーと違い、ジェットエッジには威力と速度を底上げする機構が搭載されている。
ただでさえノーヴェは蹴り技を得意とする上、そんな武装の差が出た形だろう。

ノーヴェはその隙を逃さず、打ち下ろし形で拳を振り下ろす。
しかしスバルもまた、伊達に今日まで過酷な訓練を耐え抜いてきた訳ではない。

《Wing road!》

スバルの足元から発せられる、女性を模した合成音声。
その瞬間、左の足元に丁度マッハキャリバーの車輪が乗る程度の太さの道が発生する。
マッハキャリバーはその道を一気に駆け上がり、今まさに相棒に振り下ろされようとしていた拳を蹴りあげた。

「なっ!?」
《Go!》
「おうっ、相棒! リボルバー……キャノン!」

思わぬ反撃に面喰らったノーヴェに向け、スバルは衝撃波を纏った右拳を叩きこむ。
ノーヴェの身体は「く」の字に折れ曲がり、続く左拳が降りて来た顎目掛けて放たれる。

息を詰まらせながらも、辛うじてそれを避けるノーヴェ。
右手の甲に装備したガンナックルから次々に光弾が吐き出され、その隙に距離を取ろうとする。
だが、スバルは自身の前面に展開したシールドでそれらを弾き、強引にも見える進撃で距離を空けさせない。

「こいつっ!」
「でやぁ!!」

下がるノーヴェと進むスバル。
左右のコンビネーションでノーヴェを攻め立て、反撃の隙を与えない。
大振りの一撃は威力がある分隙も大きく、カウンターを貰う恐れがある。
狙うは、本当に必倒を期したトドメの一撃の時のみであるべきだ。
その教えを守り、小さいが基本に忠実な連打を打ち込んでいく。

このまま行けば、スバル優勢のまま決着を見ることもありうるだろう。
あくまでも、このまま行けばの話だが。

「やはり、ノーヴェ一人では分が悪いか……」

陸戦型にもかかわらず、空中で立体的な格闘戦を繰り広げる二人を見守りながら、チンクは一人判断を下す。
可愛い妹のたっての願いで手出しをしてこなかったが、待っていたのは予想通りの結果だった。

「蹴りとスピードではノーヴェに分があるが、それ以外では全てにおいてセカンドが上回っているな。
 これでは、いずれ押し切られる」

何より大きいのは、これまでの経験をはじめとする蓄積の差。
ナンバーズは姉妹が活動した動作データを共有・再編して自らの動作にフィードバックし、活用することが可能だ。

だが、それにも限界がある。どれほど姉妹間でデータを共有した所で、やはり生の経験には及ばない。
この点において、稼働時間の短いノーヴェなどは分が悪いと言わざるを得ないだろう。

「すまんな、ノーヴェ。やはり姉には、お前がやられる姿を黙って見ている事は…出来そうにない」

両手の指に挟みこむ形でスティンガーを構え、二人の距離が僅かに開いた瞬間を見極めて投げ放つ。
一端は空いた距離を詰め、追撃の蹴りを放とうとしていたスバルだったが、寸での所でそれに気付く。

このままだと、ノーヴェに蹴りを入れる代わりにスティンガーの餌食となる。
その能力は既に前回の戦闘で判明している以上、みすみすそれを受ける愚を犯す理由はない。
とはいえ、既に体勢は蹴りを放つ姿勢を取っている。これでは、今更引っ込みは付かない。

「マッハキャリバー、ウィングロード解除!」
《Yes!》

蹴りを戻すことはできないと判断し、スバルは咄嗟にウィングロードを消す。
その結果、スバルの身体は支えのない空中に投げ出され、落下を開始。
誰もいない空間を蹴る事にはなったが、これによりスティンガーを回避することに成功した。

スバルは再度ウィングロードを展開・着地。
ノーヴェとチンク、二人の位置と動きを把握できる場所まで移動する。

「チンク姉、なんで!」
「……」
「こんな奴、あたし一人で充分だって言っただろ!」

戦闘機人は闘う為に産まれた兵器、闘って勝ち残って行く以外の生き方などない。
だからこそ、ノーヴェは一人で闘い一人で勝ちたかった。
自分と同じ戦闘機人であり、同じ遺伝子から生まれたスバルに勝つ事で、自分達の優位性を証明する為に。
その思いは、チンクにも理解できる。出来れば、ノーヴェの想う通りにさせてやりたいとも思う。
しかし、それ以上に……妹一人戦わせることなど、出来る筈がない。
それが、一人では敗色濃厚な敵となれば尚の事。

「認めろ、ノーヴェ。セカンドは強い、少なくとも現段階のお前より」
「っ……!」
「ここからは姉がサポートする。私が隙を作りお前が仕留める、出来るな?」
「……………クソッ、クソッ!!」

戦闘機人にとってスバルのIS「振動破砕」は最悪の相性と言っていい。
対抗するには、相手を近づけずに遠間から叩き伏せるのが最善。
ナンバーズ内にあってもその意見が大勢を占め、本来スバルの相手はチンクがする予定だった。

それを、チンクの身を案じたノーヴェが無理を言って彼女と組んで対する事になったのだ。
その為さすがのノーヴェも、これ以上我儘を通す事は出来ない。
特に、相手が姉妹間で最も絆の深いチンクとなれば尚更。

(あたしが、あたしが弱いからだ!
 あたしがもっと強ければ、チンク姉にこんな危ないマネさせなくて済むのに……)

もし、そんなノーヴェの内心を六課の面々が知れば、スバルとの相似点に多少なり驚いたことだろう。
口は悪いが、ノーヴェは人一倍仲間への思い入れが強い。
表面的な部分はともかく、そういう内面的な部分でノーヴェはスバルとよく似ていた。

(違う。今からでも遅くない、あたしがしっかりやれば良いだけだ! だったら……)
「行くぞ、ノーヴェ!」
「おう!!」
(……来る)

放たれたスティンガーには誘導性が付与されており、様々に角度を変えてスバルへと殺到する。
また、それにやや遅れてノーヴェも疾走を開始。
迫りくるスティンガーが炸裂するより速く打ち落とそうと、右腕を構え「リボルバーシュート」を放つ。
ナックルスピナーの回転により生じた衝撃波に煽られ、包囲網に僅かな穴が生じる。
スバルはそこ目掛けてマッハキャリバーを唸らせながら駆け抜けた。

そこへ、スティンガーに続いてノーヴェが迫る。
とはいえ、この程度は想定の範囲内。
スバルは急速に動の気を昂ぶらせ、渾身の一打で迎え撃とうとする。
だが、当のノーヴェはと言うと……スバルを目前にした所で臆病風に吹かれたかのように進路を変えた。

(え……)

あまりの呆気なさに、一瞬思考が停止する。その為僅かに気付くのが遅れた。
進路を変えたノーヴェが残して行った置き土産。視界一面を埋め尽くすほどの……大量のスティンガーを。

「不味」

い、と言うより速く、スバルの視界が眼を焼く程に強烈な白一色の光で塗りつぶされる。
反射的に張ったシールドのおかげで辛うじてダメージは最小限に抑えられた。
代わりに、至近距離からの閃光と爆音で視覚と聴覚が一部遮断されている。
スバルは一端下がりながら攻めて視覚だけでも取り戻そうと、僅かに眩む目を強引に開く。

そこに写ったのは、つい先ほど進路を変えた筈のノーヴェの姿。
それも、ジェットエッジに搭載されたスピナーを唸らせながらの蹴りを振り抜きながら。

「おらぁぁぁぁぁぁ!」
「ぐぅっ……!?」

いっそバカ正直と言ってもいい程の一撃だが、万全とはいえない体勢で受けた事で大きく後方に飛ばされる。
続いてくるであろう追撃に備え、なんとか体勢を立て直そうとするスバル。
しかしそこで、昂ぶらせた動の気が別の危険を感知する。

「はっ!」

咄嗟に左腕を真横に振るうと、軽い何かを弾く感触と硬質の接触音。
だがそれの正体を認識するより速く、二度目の爆発がスバルの身体を煽った。

度重なる衝撃で、どこが上でどこが下なのかも定まらない。
とはいえ、ここにきてスバルはようやく敵の戦術を理解した。

あちらは、元から危険な能力を持つスバルを相手に真っ向勝負をする気はない。
スティンガーとISを駆使する事で隙を作り、そこでようやくノーヴェが一撃離脱で攻める戦法。
これならば、スバルとの接触を最小限にとどめられるため、リスクは最小限で済む。

ノーヴェの性格上、多少強引でも突っ込んできそうだが…それを抑え込む自制心があったという事か。
あるいは、チンクだからこそノーヴェを上手く制御できているのかもしれないが…スバルからすればどちらでも同じこと。
二対一と言う数の不利。スバルは今、これ以上ない程その意味を痛感していた。



  *  *  *  *  *



決して広いとは言えない、薄暗い廃ビル内。
ビル中央の天井まで続く吹き抜けを、燈色の光の帯が真っ直ぐ上に向かって伸びて行く。
それに続き、ティアナがクロスミラージュで光の帯を巻き上げ、少しでも上へと向かう。
高所を取り、地の利を得ようという算段なのだろう。

その後を追って、未だ健在の7機のガジェットが手すりや壁面を蹴って追随する。
ティアナは肩越しに構えたクロスミラージュの引き金を引く。
一機、また一機と放たれた弾丸によって足止めされ、ティアナを追う脚が鈍る。

しかし、ティアナが丁度ビルの中腹当たりに来た所で、最後に残った一機が追いついた。
追いついた0型は、ティアナの頭部目掛けて鋭くも重い蹴りを放つ。
ティアナはそれを肩で受け止めるも、あまりの威力に進行方向が斜め上から真横に変換。
蹴り込まれた形のティアナは床の上を転がりながらも器用に体勢を立て直し、追撃を掛けて来る0型に銃口を向ける。

次々と放たれる銃撃を、時に受け、時に弾き、時に撃ち落としながら『無』のエンブレムを刻んだ0型は標的との距離を詰めていく。
未だ必殺の間合いには至っていないが、曲がりなりにもガジェットである0型には光線という遠距離攻撃手段がある
距離を詰めるまでのつなぎとして、放たれた光線。

標的…ティアナはダガーモードの左のクロスミラージュでこれを防御。
空いた右のクロスミラージュで撃ち返す。

だが、AMFと装甲の2重の防御により、並の魔力弾では決定打になりえない。
今のティアナでは、よほどの魔力を込めねば撃破には至らないだろう。
そう、それが唯の魔力弾であったのなら。

「よし、次!!」

ガジェットの胸部から腹部へと次々に刻まれる弾痕。
四肢や頭部などの末端部分は的として小さく、実戦で狙うのには向かない。
狙うならば、的としても大きく、多少外れてもどこかしらに当たる胴体部分が望ましい。
そう言う意味で言えば、ティアナの銃撃は手本と呼べるものだろう。

とはいえ、重要なのはそこではない。
本来ならダメージを与える事にすら難儀する、この状況。
にもかかわらず、容易くガジェットの装甲を撃ち抜いたティアナの銃撃。
その秘密は、至極単純。彼女が撃っているのが、魔力弾ではなく実体弾だからだ。

より正確には、『物質加速』の魔法を用いて銃口から射出した弾丸状の金属である。
ガジェット…正確には、ガジェットの使うAMF相手には発生した効果で倒すのが、有効な手段の一つ。
それを踏まえて、ティアナなりに用意したのがこの方法だった。

AMF空間内で一々周囲の物体に『物質加速』を使うのは効率が悪い。
しかし、自身の手足も同然の愛機に弾を装填する機構を組み込み、その内部で加速だけするのであれば、難易度はグンと下がる。
誘導弾のように自由に操作…とはいかないが、そこは出稽古でジェニーより学んだ銃の技の見せ所。

誘導弾は確かに強力かつ使い勝手の良い魔法だが、直射弾には直射弾の長所がある。
どちらも使いこなせてこその射撃型である事を、ティアナは正しく理解したのだ。
故に、状況に合わせてそれらを使い分け、時に複合させるのはむしろ必然。
そして、今この時はこちらの方が有効だったと言うだけの事。

「はぁはぁ…はぁ……あと、6…っ!?」

首筋に走った悪寒に従い身を屈めると、先ほどまで頭のあった位置を何かが高速で通り過ぎる。
あまりの鋭さにより幾本かの髪が断ち切られて宙を舞うが、ティアナにそれを見届ける猶予は与えられていない。

屈んだ姿勢のまま、曲げた膝を一気に伸ばして水平に跳躍。
背後で何かが砕かれる音が聞こえる。
あと僅かに跳ぶのが遅ければ、今頃はどうなっていたか考えたくもない。
ティアナは床の上を一回転して起き上がったところで、ようやく敵の姿を確認する。

「もう少しゆっくりして来なさいよね、ホントに」

そこにいたのは、案の定、置き去りにして来た筈の残りガジェットの半分にあたる3体の機影。
早くも追いついてきた敵の存在に、ティアナは思わず舌打ちする。

(引き離してから追いつかれるまでの時間が、どんどん短くなってる。こっちの狙いだけじゃなくて、やり口も把握してきたってのもあるだろうけど……多分、それだけじゃない)

大方、廃ビル内の構造データを元に、ティアナがどうやって分断するかを予想しているのだろう。
数が半分なのは、二手に分かれて行動した方が効率が良いとの判断か。

そして、その判断は間違っていない。
だからこそ、ティアナが分断したガジェットを連れ込む場所をある程度絞り込めるようになり、こうして追いついてくるまでの時間が短くなっている。
恐らく、この先は分断しての各個撃破も一層難しくなるだろう事は想像に難くない。

(ここまでで倒せたのは、『無』の他に『王』と『氷』。
出来ればこのやり方で半分まで減らしたかったんだけど、3体潰せただけでも上出来とすべきね)

本音を言えば、さすがにそこまで謙虚になる事は出来ない。
だが今は、無理にでもそう考えて気持ちを切り替えることが先決。
いつまでも効果の薄くなった戦術に固執していては、かえって命取りになる。

とはいえ、二手に分かれてくれたのは不幸中の幸いだ。
6体同時となると流石に苦しいどころの話ではない。
二手に分かれた事で効率は良くなったのだろうが、その分戦力は文字通りの半減。
合流される前に叩く、ないし更に戦力を削るのが望ましい。
その為には、後手に回るのではなく先手先手を打っていかなければならない。
しかし、ティアナがその決断をするのとほぼ同時に、クロスミラージュが警告の声を上げる。

《警報! 背後より敵影、数は3!!》
「しまっ……」

半数で行動していたのは、効率を重視したのではない。
挟み撃ちにし、あわよくば片方を囮に不意を打つ為だったのだ。

それを理解し振り向こうとするティアナだが、目の前の敵に集中し過ぎていたのが仇になった。
判断から行動へと移る一瞬の間隙。その隙を逃すことなく、何かがティアナの腕を取った。
取られた腕を起点に、形容しがたい異様な感覚が全身を駆け抜ける。
ほとんど力を加えられた感覚すらなかった筈だ。
にもかかわらず、気付いた時にはティアナの視界では天地が逆転していた。

「っ!? この!」

ティアナは咄嗟にダガー形態の愛機を一閃し、自身の腕を掴むガジェットの腕を切断。
投げの途中で敵のコントロール下から逃れた事で、なんとか床へ叩きつけられる事だけは回避できた。

だが、如何に武術を操ろうと、敵は所詮物言わぬ、何も感じぬ機械人形。
腕を切断された所で動揺はなく、痛みに苦悶することもない。
残された腕で、『水』のエンブレムを持つガジェットは正確にティアナの眼を突いてきた。

空中で姿勢を制御し、辛うじて身を捻る事でそれを回避する。
しかし、それすらも次の一手への布石。
人間が外界の情報を取得する上で最大の役割を担うのが眼、視覚である。
当然、そこを攻撃されれば反射的にその防衛を優先してしまう。
結果、ティアナの意識が一瞬、その他の敵から外れた。そこへ……

「―――――――――――」
「ぐふっ!?」

ティアナの腹に、体重と勢いの乗った膝蹴りが叩き込まれる。
完全なクリーンヒットに加え、元々ティアナの守りはスバルやギンガのそれほど厚くない。
加えて、敵は肘や膝による攻撃を得意とするムエタイ使いの『炎』。
必然的に、受けるダメージは甚大。
口内には鉄の味が充満し、嘔吐感が喉元をせり上がってくる。

それらを意思の力で無理矢理飲み下し、苦悶の声すら上げずにティアナは顔を上げた。
見れば、『月』のエンブレムのガジェットが掌打を振り下ろして来ている。

「な、め、るなぁ!!」

体当たりの要領で間合いを詰め、肩で受け止める形で掌打の威力を殺す。
とはいえ、『月』のガジェットは遠距離用の劈掛拳だけでなく近接型の八極拳も修得している。
密着距離は、決して安全地帯とは言えない。
むしろ、八極拳が真価を発揮する土俵と言っていい。

だが、それがわかっているにも拘らず、ティアナは離れようとしない。
その間にも、『月』は腰を深く落とし、がら空きの鳩尾へ肘打ちを放とうとしている。

「この距離じゃ銃は使えない…そう思った? 甘いわよ」

静かな声でティアナが告げると同時に、ガジェットの顎から金属音が響く。
そこにあったのは、いつの間にかティアナと『月』の間に滑り込んでいた、クロスミラージュの銃口。
ティアナは躊躇なく引き金を引き、加速された弾丸が顎の装甲を突き破ってガジェットの脳天を貫いた。

人間を模しているだけあって、制御機構は頭部に集中しているのか。
ガジェットの身体からは力が抜け、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
その姿があまりにも人間臭かったため、ティアナの胸中を苦いものがよぎった。
そんな筈もないのに、まるで人間の頭を撃ち貫いた様な気がして……。

ティアナは頭を振ってその余韻を振り払い、敵の追撃に備える。
六体から一体減って、残す敵は五体。
順調に数は減らしているが、状況は明らかに不利。
特に、未だ挟撃の形は崩れておらず、前に3体、後ろに2体のガジェット。
ただし、後ろの二体のうち、一体は片腕を失っているので、戦力半減と言っていいだろう。
なにしろ、『水』は『技十にして力はいらず』という独特な柔術流派を使うらしいが、だからこそ片腕では投げるにしても極めるにしても不自由な筈。
それが、せめてもの救いと言えば救いだった。

(一端逃げて体勢を立て直すって言う手もあるけど……)

その場合、数も少なく、片腕を失った機体もいる後ろが狙い目だろう。
ただ、残る四体は特に今のところトラブルは抱えていない。
抜ける事は出来ても、ティアナの走力では振り切るのは難しい。
逃げながらではできる事も限られる以上、仕切り直せるかは分の悪い賭けだ。
いや、一つだけ、一度敵の目から逃れる方法がティアナにはある。

(……ううん、ダメ。幻術はまだ、使えない。そう、今はまだ……)

かなり絶体絶命の状況だが、今はまだ使い時ではないと言うのがティアナの判断。
それで命を落としては元も子もないが、ティアナの想定が正しければ、真の使い時は後で必ず来る。
その時まで温存しておけるか否かが、土壇場でのティアナの生死を分けるだろう。
だからこそ、今はまだ幻術抜きで踏ん張らなければならない。
敵に、その存在を意識させてはならないのだから。
とはいえ、ティアナとてなんの策もない訳ではない。

(それに、仕込みは済んでる。あとは、例の場所さえ行く事が出来れば……)

闘いながら、気付かれないよう地道に施した仕込み。
ようやく整った準備を活かす為にも、ここでは場所が悪い。
これ以上、直接的な戦闘でガジェットを潰していくのが難しい以上、どちらにしても場所を変える必要がある。

決断を降し、ティアナは振り向き様に両手のクロスミラージュを連射。
走りながら故に狙いは甘く、ガジェット周辺で次々と着弾による火花が上がる。
四分の三が二体のガジェットに、残りは床や壁、あるいは天井に着弾。
二体のガジェット達は次々に飛来する弾丸を防ぐ為、その場から動けない。
代わりに、背後から三体のガジェットが猛スピードで追撃してくる。

辛うじて、二体のガジェットの脇をすり抜けるティアナ。
しかし、その背後からは合流した五体のガジェットが迫ってきていた。
予想通り、その走力はティアナを上回っている。
瞬く間の内に彼我の距離が詰まりっていく。

ティアナは自身の周囲に誘導弾を展開。
背後を振り返ることなく、廃ビル内で手に入れた鏡の破片で背後の状況を確認。
特に距離の近い『炎』と『鋼』に向けて、誘導弾を浴びせかける。

『炎』が僅かに前に出て飛来する誘導弾を叩き落とし、その後ろで『鋼』が飛んだ。
『鋼』は三角飛びの要領で天井を蹴ると、両腕を交差させながらティアナの背後に迫る。
そのままティアナの首を間に挟む形で、腕を鋏の様に動かす。

『ディエゴティカ・クロスギロチン』。
一影九拳が一人、ルチャ・リブレの達人『笑う鋼拳』ディエゴ・カーロが使う、空中で腕を交差させ、相手の首を中に挟んで腕を鋏の原理で高速で動かすことによって首を切断する殺人技だ。
しかも、ご丁寧なことにその腕と手刀部分には鋭利な刃が備えられている。
まともに受ければ、本当にティアナの首が飛ぶ。

やむを得ず振り向いたティアナは、二丁のクロスミラージュでこれを防御。
だが、想定以上の威力により弾き飛ばされてしまう。
即座に起き上がったその額からは、今の攻撃で切ったのか、あるいは倒れた時にぶつけたのか、少なからぬ血液が滴っていた。
悪い事に、流れ落ちる血液が左目に入り、ティアナの視界を奪う。

慌てて視界を塞ぐ血を拭おうとするが、その間に『空』が距離を詰めて来る。
狙うは、大きく引き絞る様にして構えた貫手。
無論、唯の貫手ではない。強烈な回転を加えることで貫通力と殺傷力を跳ね上げた『ねじり貫手』だ。
しかし、ティアナの脳裏をよぎったのは、そんな情報ではなかった。
彼女が思い出していたのは、かつて一度己を完膚なきまでに打ちのめした男の姿。

「ったく、やなもん思い出させんじゃないわよ!!」

当然と言えば当然だが、そのあまりに酷似した動きがティアナに火をつけた。
ティアナはその場から大きく後ろに飛び、『ねじり貫手』から逃れようとする。
だが、その射程は思いの外長く、逃れきる事かなわずティアナの腹を貫いた……かに思われた。

「―――――――――――っ!?」

感情を持たない筈のガジェットから、驚愕にも似た気配が伝わってくる。
しかし、それも当然。確実に捉えたと思われた貫手に、未だ手応えが返ってこない。
『空』の貫手は、確かにティアナの腹部を貫いているにも拘らず、だ。
その原因は、無論ガジェットの故障などではない。

幻術魔法の真髄は、相手の眼を騙すことにある。
それはなにも、姿を消したり虚像を生みだしたりすることだけに留まらない。
つまり、光の屈折を利用して像を実体よりほんの少し前に映し出すことも可能。
そうすることで距離感を狂わせ、必中の一撃を回避することに成功したのだ。

本来はこんなもの、幻術とさえ呼べないささやかな作用。
反面、闘いにおいて距離感を狂わされるという事態は非常に大きな危険を伴う。
もし事前に一度でもティアナがこれを使っていれば、ガジェットがこの策に掛かる事はなかっただろう。
粘って粘って、存在すら忘れてしまう程に粘った末に切ったとっておきの手札。
それが今、見事に嵌ったのである。

(はぁ…結局使っちゃったかぁ。でも、これ位ならたぶん……)

それほど問題はない筈。
機械兵器であるガジェットに距離を見誤るなどというミスはない以上、多少違和感は持たれるかもしれない。だが、ささやか過ぎる程の効果しかない分、外野からはなにが起こったか分からないだろう。
ならば、これ以上使わなければ、まだ致命的なものにはならない。
それに、今は目の前の事態への対処が最優先。

(身体が伸び切ってる、やるなら…今!)

渾身の一撃により、全身を伸ばしきった今の『空』は言わば死に体。
身体が伸び切っているが故に、一端戻さなければ次の行動に移れない。

ティアナは眼前の敵が体勢を立て直す前に勝負に出た。
銃口を向け、最速で引き金を引けば終わる。
だがそこで、『空』はティアナの予想を上回る行動に出た。

「―――――――」

身体が伸び切った体勢のまま、なお倒れこむようにして前に出る。
しかし、そんな弱々しい一撃が入った所で、ティアナにとってはなにほどのものではない。

ただしそれは、本当に倒れこむ勢いだけだったらの話。
倒れこみつつ左の貫手を構える、それでもってティアナを貫こうというのだろう。
その先端には、やはり鋭利な刃…いや、この場合は爪と呼ぶべきか。
こんなものをで突かれれば、容易く胴体を貫通、死に至る。
それを理解しているからこそ、ティアナはこれを受ける訳にはいかない。

「こんのぉ――――――――っ!」

鳩尾目掛けて伸びて来る貫手を、ティアナはクロスミラージュの底で殴りつける。
そのまま自身は半歩斜め前へ。
鋭利な刃により脇腹を斬りつけられるが、それを無視して体を動かす。

左手のクロスミラージュを消し、体勢の崩れたガジェットの首を掴み、自身もまた倒れこむようにして押し倒した。
背中から床に落ちた『空』の腹に馬乗りになり、頭部と腹部に銃弾を2発ずつ撃ち込む。

(偽物だけど、あの時の借り…少しは返せたかな?)

元になったデータはアノニマートの物ではないし、そもそもこれになにをやってもアノニマートには何の影響もない。
だが、このデータそのものがアノニマートの使う技の元、そう言う意味では共通していると言える。
ティアナの気持ちの問題ではあるが、少しはいつぞやの溜飲が下がると言う物だ。

しかし、そうして息をつく間もなく、『流』のガジェットが間合いを詰めて来る。
どうやら、『空』を倒すまでの僅かな間に、残る機体が追い付いてきたようだ。
次々に放たれる掌打を懸命に防御しようとするが、なぜか防御をすり抜けて来る。
結果、面白い様に掌打の数々がティアナの顔や胴体を打ち据えて行く。

堪え切れず、体勢を崩すティアナ。
そこへ、『流』の影から姿を現した『水』がティアナに組み付く。
柔術はなにも『投げ』だけの武術ではない。『極め』や『絞め』、時には当て身などの『打撃』もある。
故に、こうして組み付かれれば相手の土俵。煮るなり焼くなり、なんとでもなる。
嫌というほどそれを叩きこまれたティアナは、懸命にその拘束から逃れようともがく。

だがそこで、違和感に気付く。
関節を破壊する『極める』系の技を使うでもなく、かと言って『締め』技の類も使ってこない。
本当に単純に、ティアナの身体に抱きついてきているだけだ。
この機体に組み込まれたデータなら、ティアナを容易く投げ飛ばすこともできるだろうに…それをしない。
その違和感が頂点に達した所で、残る三体のガジェットが攻撃してこない事に気付く。
今更、多対一はしないなどと武人の様な行動をとるとは思えない。
攻撃してこない、より正確には近づいてこないからには、それ相応の理由がある。
そこまで考えた所で、いくつかの情報が混ざり合い、一つの答えを導き出した。

「っ!! クロスミラージュ! バリアジャケット、パァ……!!」

指示しようとするや否や、言い切るよりも早く『水』のガジェットから光が放たれ……次いで、爆発。
そう、これがティアナの抱いた違和感に対する答え。
恐らく、機体に欠損が生じた段階で、敵に対して自爆攻撃をするようにプログラムされていたのだろう。
だからこそ、残る三体のガジェットは追撃を仕掛けて来なかったのだ。
爆発の巻き添えを食わない為に。

格闘型にとって、四肢の欠損は大きな問題。
故に、いっそ自爆して敵を道連れに…というのは、そう悪い話ではない。
少なくとも、それをするのが命なき機械人形なら。

決して広いとは言えない空間に、濛々と立ち込める爆煙。
唯でさえ長年風雨に晒され、老朽化により脆くなった壁や柱が軋みを上げる。
廃ビル内部での激しい戦闘により、大分崩壊までのリミットが迫ってきている事を伺わせた。
残されたガジェット達も、さすがにこの状況では動くに動けないらしい。
少なくとも、標的の状態という情報を取得できるようにならなければ。
その為には、煙が晴れるのを待つのが最も手っ取り早い。
しかし、それより速く情報は得られた。なぜなら……

「げほっ! げほっ!! はぁ、はぁはぁ……」

煙の中から転がり出る様にして姿を現すティアナ。
その全身は間近で爆発に晒された事により、見るも無残なまでにボロボロ。
身に纏ったバリアジャケットは破れが目立ち、髪留めは消え去り、髪も乱れ切っていた。
全身には煤や薄らとだが火傷の跡があり、所々にはガジェットの破片による出血も見られる。
だがそれでも、ティアナは確かに生きていた。
その理由は、失われたジャケットとスカートにある。

(なんとか、バリアジャケットのパージが間にあった。
 じゃなかったら、さすがに死んでたかもしれないわね……)

壁に背を預け、ボロボロの我が身を見下ろしながら「なんとか生き残れた」と安堵する。
あの瞬間、なのはのバリアジャケットをベースに造られた白色のジャケットとスカート周りを爆発させ、辛うじてガジェットの自爆による衝撃や飛来する破片を防いだのだ。
そうでなければ、今頃死ぬか、あるいは身動きすら取れない状態になっていた事は確実だろう。

とはいえ、いよいよもって満身創痍。
なんとか身体は動いてくれそうだが、疲労はピークに達しようとしている。
出来れば、少しで良いから体力を回復させたい所だ。
しかし、そんなティアナの状態を斟酌することなく、ガジェット達は床を蹴って迫ってくる。

(敵が弱っている今こそ好機、ってところかしらね。
 イヤになるくらい合理的…だけど、こっちもここまでくれば充分なのよ)

迫りくる敵の姿を視界の端で捉えながら、ティアナは右手でフィンガースナップの形を作る。
ここまでの戦闘で、大分ビルもガタが来ているし、これで確実にいける筈だ。
そう考えながらもその表情には苦笑が浮かび、これから起こるであろう事態を予見して肩を竦めた。

「はぁ……正直、こういう大味なやり方はあんまり趣味じゃないんだけどな。
 でも背に腹は代えられないし、しょうがないわよね」

皮肉っぽい口調で溜め息をつきながら、ティアナは勢いよく指を弾く。
澄んだ音が響くと同時に、廃ビル全体が鳴動した。

「このビルの至る所にカートリッジを仕込んでおいたわ。
 カートリッジ一発炸裂させる衝撃は微々たるものだけど、唯でさえ老朽化している上にこれだけ暴れれば、それで充分。ビルの中心から一定範囲だけ崩落する様に、ちゃんと計算もしたしね。
 で、私のいる所は安全地帯だけど、そっちは違うわよ」

ニヤリと、人の悪い笑みを浮かべるティアナ。
前後する形で、ガジェット達の天井が崩れ、ついで足元も崩壊。
今いる場所は地上十階程度の高さだが、そこから地面まで真っ逆さま。
その上、上階のコンクリートやら鉄筋やらが後から後から降ってくる。
重量と落下の勢いで、幾らガジェットと言えど圧砕は確実。

廃ビル内を走り回っていたのは、何も敵を分断することだけが目的ではない。
計算に基づいて各所にカートリッジを仕込み、戦闘の余波で中心部を脆くする事が目的だったのだ。
結果、廃ビルの中心には屋上まで続く見事な吹き抜けが生じることとなった。

「どんな、もんよ。才能がなくたって、実力が足りなくたった、しぶとく諦めず、頭を使えば意外となんとかなるのよ」

会心の笑顔を浮かべながら、ティアナは壁に手をついて立ち上がる。
そのまま天井を見上げると、小さく右手を強く握りこむのだった。






あとがき

とりあえず、第一戦目決着。
大まかな流れとしては、はじめにティアナ、次になのは、三番目にギンガで最後に兼一の下りにする事に決定。合間を縫うようにスバルをはじめ他の面々の話を入れて行くつもりです。
ただ、エリオとキャロに関しては基本的に原作との変化がほとんどなさそうなので、あんまり触れる事はなさそうですが。
当初は全部同時進行で…とも思いましたが、さすがに手に負えなさそうなので却下し、こんな形で進めて行く事にしました。
多分、今回を含めてあと6話…多くて8話位で終わるんじゃないかなと思います。まぁ、そう言う予想が全く当てにならないのが私でもあるんですがね。

それでは、出来れば連休中か連休明けにもう一話出せるよう頑張ってみようと思います。
残念ながら、遠出する予定も特にない物で……。


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