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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:46

第97管理外世界『地球』、極東地区『日本国』は首都『東京』。
次元世界レベルで見れば、辺境世界の更に片隅にあるような国の首都にそびえる一棟の巨大建造物。

その名も『新白連合本社ビル』。
地上36階地下5階という威容を誇るその最上階に、世界中に散っている筈の全幹部が集結していた。

「しかし、こうしてわしらが勢揃いするのは何年振りかのう?」
「おいおい、『勢揃い』じゃないよ、トール。兼一君がまだ戻ってないんじゃな~い」
「おお、わしとした事が……確かにそうじゃった。すまんのう、突きの」
「そうだよなぁ。折角武術界に戻ったんだし、兼一の奴も遠慮なく顔出せばいいのによ。ったく、水臭ぇ」
「まぁ、白浜には白浜なりの考えがあるんだろう。そう言ってやるな、宇喜多」
「にしてもだ、いきなり呼び付けた新島の野郎はまだ来ないのかよ。ジーク、アンタ何か知らないのかい?」
「総督のグラディオーソ(壮大)なお考えは私如きにはとてもとても……ララ~♪」

基本、誰もが思い思いに武を磨き、己が信念に従って力を振るっている為、こうして一応とはいえ全員が一堂に会するのは非常に珍しい。
実際問題、個々ではなんだかんだで顔を合わせることもあるが、全員が1ヶ所に集まったのは3年振りだ。
その幹部たちが、上座も下座もない円卓を囲う様に座している。

いや、その表現は正しくないか。
より正確には兼一以外にもう一人幹部がいるのだが、彼……ハーミットはこの手の会合に顔を出す性格ではない。
闇における立場もあるので、こればかりは仕方がないが。

「そう言えばジーク、君はもう一足早く兼一君達に会ったって聞いたじゃな~い」
「マジか、武田! おいジーク、一人で抜けがけかよ、ずりぃじゃねぇか」
「申し訳ない。ここは、心よりの謝罪を……歌に乗せて!!」
『いや、それはいい』
「…………はい」

突然立ち上がったジークに、全員からツッコミが入った。
よほど残念だったのだろう、ジークは「シュン」となって再度席に座る。

「それで、実際のところはどうだったんだ? 白浜の同僚と言う子どもから少し話は聞いたが……」
「はい。兼一氏は5年の空白を埋めるべくコン・エネルジア(精力的)に修業に励んでおられます。
 また、翔や弟子にもアモローソ(愛情豊か)に修業をつけていらっしゃいましたね~~~」
「はっ、坊やらしいじゃないか。こりゃ、私らもうかうかしてられないね」
「そうじゃのう。兼一に会うのもそうじゃが、その弟子や息子に会うのも楽しみじゃわい」

ジークから語られる古き友の近況に、皆は一様にその日を待ち遠しそうにする。
とはいえ、その声音に宿るのは懐かしさだけではない。
懐古と同時に、一人のライバルとしての対抗心も覗かせている。
この辺りは、例え武を極めたと言っても…いや、だからこそ昔以上に血が沸き立つのだろう。
とそこで、扉を開けて最後の一人が姿を現した。

「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! そうか、そりゃ丁度良い。ならいっちょ、会いに行ってみるか?」
「それはいったいどういう意味なんだ~い、新島」
「実はな、昨日兼一の奴からおめぇらや梁山泊の連中を向こうに送る手引きを頼まれた。
 どうも、あっちはあっちで中々きな臭い事になってるみたいだぜ」
「なるほど、それでわしらを呼びだした訳か」

新島の言に、得心がいったとばかりに頷くトール。
このやり取りからもわかる通り、兼一は地上本部襲撃後、即座に新島と連絡を取った。
はやてが指示し、自らも参加するヴィヴィオの護衛体制を不足に思った訳ではない。
とはいえ、相手は鉄壁を誇った筈の地上本部内部にあっさり侵入してくるような連中だ。
およそ警戒し過ぎるという事はない。

そこで、新島の汚れた頭脳と旧友や師の力を借りようと考えた。
ヴィヴィオ達を地球に送ることも考えたが、それは相談したはやてにより却下。
理由はいくつかあるが、移動中の安全確保の難しさが主な理由である。

何しろ、ミッドから地球に行く方法は主に二つ。
次元航行艦で時間をかけて移動するか、転送ポートを利用するかだ。
ただ、どちらも一度は本局という人口密集地を経由せねばならない。
そこでもし襲撃された場合、護衛側はヴィヴィオだけでなくその場にいる人々まで守らなければならなくなる。
これは、正直あまり望ましくない状況だ。

また、ミッド地上は大きく混乱し、いつスカリエッティ側が再度何かしらの動きを見せるかわからず、前線組にも負傷者が出ている状況では、随伴できる護衛は決して多くない。
その危険を冒す位なら、仮設隊舎内に軟禁しガチガチに警備を固める方が安全と判断したのだ。
結果的に、敵の偽装能力の高さが想像を上回った訳だが……。

「事情は良くわかんねぇけどよ、なら急いだ方が良いんじゃねぇか?」
「そうだな、こんな所でのんびりしている場合ではない」
「まぁ、待て。実はな、最新のニュースだと護衛する筈だったガキが結局攫われちまったらしい」
「おいおい、兼一の坊やが付いてたんだろ? マジなのかよ、宇宙人」
「大マジだ。ま、幾ら腕っ節が強くても、裏をかきゃなんとでもならぁな。んで、その際兼一んとこのガキがそいつを守ろうとして傷を負ったらしい……まだ詳しい情報はねぇが、結構な深手だったようだぜ」

この口ぶりからすると、こちらは新島独自の情報網から得たものらしい。
どうやら、先日ミッドに行った折、ちゃっかり独自のネットワークを作り上げていたようだ。
とはいえ、それを聞いた面々は兼一が出し抜かれたという事実に驚くと同時に、もう一つの情報に感心もする。

「へぇ、さすがは兼一君とハニーの息子なんじゃな~い」
「全くじゃ、子どものくせに良い根性しとるわい」
「ラッラ~! 私は翔はやる時はやる子だと信じておりました~!!」
「とはいえ、そうだとすれば尚更悠長にはしていられんな」
「フレイヤの言う通りだぜ。おい新島、どうやったらその『ミッドチルダ』ってとこに行けんだ、早く教えろよ!」
「そう焦んなって。どの道、真っ正直に行っても通しちゃくれねぇぞ」
「あん? そりゃどういうことだい」

簡単な話だ。今のミッドチルダは未曽有の大事件により、渡航規制が掛かっている。
犯人一味を外へ逃がさない為の処置であり、これに乗じようという犯罪者や外部からの支援を防ぐ狙いもあるのだろう。とはいえ、これにより局員でもない者がミッドに渡ることは不可能に近い。
兼一がはやてに相談したのも、彼女のコネを使い規制の網を潜り抜けようと考えたからだ。

だが、渡航規制をかけているのはあくまでも地上本部の側なので、はやてのコネも効き辛い。
ヴィヴィオ達をミッドの外に逃がす事が出来なかったのも、護衛以外にこれが理由の一つに挙げられる。
ミッドの外に逃がすのも、ミッドの外から新たな戦力を補充するのも難しい。
だからこそ彼女は、アースラ内に囲い込むという策に出るしかなかったのだ。

「はっ、それで…てめぇがその程度の事で黙ってる訳もねぇんだろ」
「おやおや……」
「なんだ、結局来てんじゃねぇか」
「久しぶりだねぇ~、ハーミット」

『困った困った』とばかりに肩を竦める新島にかけられる、本来この場にいない筈の人物の声。
しかし、その場にいる誰一人として驚きはしない。
みな、彼がこの場に現れる直前からその気配に気づいていたのだから。

「ふんっ! 兼一のバカが出し抜かれたって聞いてな、そんな面白れぇ見せ物を見逃す理由なんぞねぇってだけだ」
(はいはい、ツンデレツンデレ。よっぽど兼一達の事が心配だったんだな、こいつ)

とは、皆が思っていてもあえて言わないでいてやる本音である。

「それで新島、我々はいったいどうすればいい。ハーミットの言う通り、無論考えがあって呼び出しのだろう?」
「ま、おめぇらはとりあえず旅の支度でも整えてろ。ちゃ~んと手は考えてあっからよ。何しろ……これは好機!! 正義の武術集団『新白連合』が、地球を越えて次元世界にその名を轟かす時が来たんだからなぁ!!!」

新島の宣言に、誰もが「そんなこったろうと思った」と言わんばかりの笑みを浮かべる。
最近は連合も安定期に入り、彼の野心もナリを潜めたかに見えた。
だが、次元世界という新たなフロンティアが彼の野心に再度火をつけたのだろう。

「戦乱の時代が今! 新たな勢力の時代を告げるぅ~~~~~!!!
 ヒャ―――――――――――――――ッハハハハハハハハハハハハハハ!!」



BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」



先日発生した前代未聞の大事件から間もない、第一管理世界ミッドチルダ。
未だ混乱の渦中にある為、テレビ画面に映し出されるのは「地上本部襲撃」のニュースばかり。
無理もないが、大事件の影に隠れる形でとある部隊で保護されていた保護児童が誘拐されたことなど、僅かでも報じられる素振りはない。
当然、一人の幼子が大切な友達を守る為に血まみれになった事を知る者は少ないだろう。

仕方がない。鉄壁を誇った筈の地上本部が壊滅とはいかないまでも、手玉に取られてかなりの被害を出したのだ。
人心は不安に押し潰されそうになり、未だ事件解決の目途さえ立っていないのだから。

そんな事件から数時間後の聖王医療院。
先日の事件による負傷者を多く受け入れている為、一夜明けてなお病院内は慌ただしい。

だが、その一角だけは例外。
日当たりのいい個室は、まるでそこだけは静寂に包まれている。
少し耳を済ませれば聞こえる喧噪も、壁一枚隔てている事でまるで別世界であるかのようだ。

そんな、個人用にしては広く静かな病室で、斜陽により赤く染まったベッドで眠る一人の子ども。
顔の右半分には白く清潔な…しかし、見る者に痛々しさを感じさせる包帯を巻いている。

この傷を、この子はどう思うだろう。
大切な人を守る為に負った名誉の負傷と誇りに思うだろうか。
あるいは、友人をみすみす攫われてしまった弱さの証と思うだろうか。
もしくは、その両方かもしれない。

そして、今そのベッドの傍らに、一人の女性が力なく佇んでいた。
直接間接を問わず、彼女を知る者達からすれば信じられない程の弱々しさで。

「…………」

そっと優しく、包帯の上からその下にあるであろう傷をなぞる。
胸を占めるのは、眼の前で眠る少年への言葉にできない程の後悔と自責。
さらに、攫われてしまった少女が置かれているであろう状況への不安と恐怖。

「…………………私の、せいだ」

顔を俯かせ、肩を震わせながら絞り出す様にしてこぼれた呟き。
誰に向かって発した訳でもない。あるいは、自分自身に向けられた断罪の言葉。

「あの時、私があんな事を言ったから……」

拳を堅く握りしめると、爪が掌に食い込む。
握る力が強過ぎたのだろう。爪は容易く皮を裂き、拳から数滴の滴が滴り落ちた。
しかし、彼女は気にすることなく、ただただ『あの時』の事が鮮明に思い出される。
むしろ、無意識のうちに思い出してしまうあの時の情景こそが、辛く苦しい。

「無責任に、『ヴィヴィオをお願い』なんて言ったせいで……!」

零れそうになる涙と嗚咽を辛うじて抑えながら溢れだす後悔。
別にその先に待っている事態を明確に予見して言った訳ではないにしろ、それでもヴィヴィオが普通の子どもでない事はわかっていた。
そのヴィヴィオを任せるという事は、起こるかもしれない事態に巻き込むも同然ではないか。
こんな…まだ5つになったばかりの、小さな子どもを。

普通ならそこまで気にする様な事ではない。
だが眼前の少年は、ヴィヴィオを守る為に闘ったのだ。
勝ち目のない敵に……無謀にも、勇敢に立ち向かい…敗れて心と体に深い傷を負った。
守ろうとして負った顔と足の傷と、大切な人を守れなかった事で負った心の傷。
それらの傷の責任の一端が、自分の無責任な言葉にあると思えてならないのだろう。

彼の父親の事は良く知っている。
誰よりも優しい彼の血を引き、誰よりも甘い彼の薫陶を受けて育ってきた。
この子ならそうすることは、きっとわかっていた筈だ。なにより……

「私が、守らなきゃいけなかったのに……!!」

それが約束だったのだ。
『自分がママの代わり』『守っていく』と約束した。
本来、この子が負った傷も苦境も、全て自分が背負うべきものだった筈なのに……。

その場にいなかった、いられなかったのだからどうにもならない。
どうしようもなかったこととわかっている。
わかっていても、傍にいてやれなかった己の不甲斐なさが許せない。

「なのは。今、シャマルから……なのはっ! 手から血が……」
「ぁ…フェイトちゃん」

音を立てない様に入ってきた親友は、彼女を一目見て異変に気付き駆け寄る。
急ぎハンカチを取り出し、石の様に握られた手を開かせて巻いて行く。
その傷が、まるで彼女の心を映し出している様で…フェイトの顔もまた悲しみに曇る。

「これでよし。でも応急処置だから、後でちゃんと消毒とかしないと……」
「うん、ごめんね……」
「……ヴィヴィオの事、考えてた? それとも、翔の事?」
「両方……かな?」

心配そうに翔となのは、二人を交互に見るフェイト。
親友の気遣いに、なのはは苦笑を浮かべる。

「翔には、悪いことしちゃったなぁ…って」
「そんな、翔はそんなこと……」

なのはの懺悔に、フェイトは首を振って否定する。
どっち道、なのはからの頼みがなくとも翔はヴィヴィオを守る為に闘っただろう。
アレはそういう子であり、そうあろうとして武門に入ったのだから。
きっと、敗れ守れなかった事を悔いこそすれ、闘った事を悔いてはいない筈だ。

兼一にした所で同じ。
彼もまた、なのはの事を責めはしないだろう。
己が信念の為、友の為に闘った翔を褒め、後一歩と言う所で手が届かなかった自分の未熟を恥じているに違いない。彼はそう言う男なのだから。

なのはもそれがわかっているのだろう。
だからこそ、あえてそれ以上言及せずに次なる懺悔を口にする。

「それに…ヴィヴィオとの約束も、破っちゃった……」
「……」
「大変な時に、いつも一緒にいてあげられなかった。守ってあげられなかった。あの子……きっと、泣いてる!」

ついに堪え切れなくなったのか、なのはの眼から大粒の涙が溢れだす。
涙を流し、肩を震わせるその姿はまるで幼い子どもの様に弱く儚い。
そんななのはの事が見ていられなくなったのか、フェイトはその背に手を回して抱きしめる。

「なのは……」
「ヴィヴィオが一人で泣いてるって…悲しい思いとか、痛い思いをしてるかもって思うと……体が震えて、どうにかなりそうなの! 今すぐ助けに行きたい!! でも、私は……」

彼女は機動六課スターズ分隊の分隊長であり、皆を鍛えて導く戦技教導官であり……そして、空のエース。
その立場と責任を自覚しているからこそ、彼女は軽はずみな行動に出る事ができない。

身を呈してヴィヴィオを守った翔と比べて、そんな自分が卑小に見える。
口ではなんと言った所で、実際に涙を流した所で、それらがポーズの様に思えてならないのだろう。
本当にヴィヴィオの事が大切なら、全てかなぐり捨ててしまえばいい。
それができないのなら、所詮それらは上辺だけの物に過ぎないと、別の彼女が囁くから。

「大丈夫、ヴィヴィオは絶対大丈夫だから!」
「ぅ、あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「助けよう。みんなで、きっと……」

なのはを励ます様に、更に抱きしめる腕に力を込める。
すると、なのははフェイトの腕の中で縋りつくように声を上げて泣いた。
だがそんな親友の声を聞きながら、フェイトは思う。

(やっぱり、私じゃ力不足かな……今のなのはに必要なのは、きっと私じゃなくて……)

至らない自分に肩を落とすと同時に、この場にいない『彼』に少々理不尽な怒りを抱く。
本当の意味で彼女を支えてやれるのは、彼女がまだ弱かった頃から共にあった、彼以外にいないと思えばこそ……。
とそこで、二人は視界の隅で何かが蠢いている事に気付く。

「ん、んぅ……」
「翔?」

呟いたのはどちらだったろう。
二人はパッと身体を離し、ほぼ同時にベッドに横たわる翔の方へと視線を向ける。
するとそこには、緩慢な動作で上半身を起こす翔の姿。

「ここは……つっ…」

傷が痛むのか、身体を起こすと同時に包帯で覆われた右目を押さえる翔。
縫合から数時間。鎮痛剤が切れ始めているのかもしれない。

「大丈夫、翔?」
「傷、痛くない? いま、兼一さんを呼びに……」
「なのはさん、フェイトさん……? っ! ヴィヴィオ……ねぇ、ヴィヴィオは!」

覗きこむように身を屈める二人に、一度はきょとんとした視線を向けていた翔。
だが、すぐについさっきの事を思い出したのか、二人の袖を掴んでヴィヴィオの安否を問うてくる。
自分とて大怪我を負ったというのに、それでもヴィヴィオの心配が先。
まったく、こういう所は本当に父親そっくりだ。

とはいえ、下手にウソをついた所ですぐにわかる以上、問われたのなら答えねばならないだろう。
例えそれが、彼にとって残酷な現実を突きつける事になっても……。

「ヴィヴィオは、その……」
「いいよ、フェイトちゃん。私が言う」
「なのは…でも……」
「きっと、私から言わなくちゃいけないんだ」

それが、例え言葉の上だけでもヴィヴィオの事を託した自分の責任。
これだけは、誰かに頼る事は許されない。

「いい翔、良く聞いて。ヴィヴィオはね……ここには、いないんだ。
翔と闘った人の仲間に、連れてかれちゃった。だから今は…………………会えない」

身を斬るような思いに苛まれながら、なのははその言葉を口にする。
改めてヴィヴィオがいない現実を再確認し、守れなかった自分を突きつけられる事が、どうしようもなく苦しい。
フェイトには、そんななのはの姿もまた痛ましくて見ていられない。

「ウソ…そんなの…………」

しかし、二人にとって何よりも辛かったのはそれを聞いた翔の顔だ。
言葉にできない程の絶望と失意に沈んだ顔は、とても5歳の子どもがする様なものではない。
それは、この子がどれほどヴィヴィオを大切に思い、決死の想いで闘ったかを如実に物語っていた。

「僕が…僕のせいで……」
「違う、違うよ! 翔のせいじゃない! 翔はヴィヴィオを守る為に闘ってくれた。そんなに怪我して、それでも守ろうと闘ってくれた!」
「そうだよ。悪いのは、ダメだったのは私の方。翔が悪い事なんて……何もない」

自責の念に襲われそうになる翔を、フェイトはなのはの時と同じように抱きしめながら慰める。
なのはもまた、少しでも翔の心が軽くなればと言葉を紡ぐ。

だがそこで、翔は再度二人の想像を上回る。
ゆっくりと伸びた手がなのはの袖を掴み、涙ながらに彼は懇願した。

「助けて……」
「「ぇ……」」
「ヴィヴィオを…助けて!」

自分では守れなかった。弱い自分では助けに行く事が出来ない。
それがわかっているのだろう。出来る事は唯一つ…出来る力を持ち、それが為せる人に願う事だけ。

どこまでもどこまでも……思い願うのは大切な人の事ばかり。
同時に、翔はなのはがヴィヴィオを助けいくと信じているのだろう。
その純粋無垢な祈りと信頼……この子に対し責任を感じるのなら、必ずや応えて現実にせねばならない。

「……………………助けるよ、必ず。どんな所からでも、誰からでも…必ずヴィヴィオを連れ戻す。約束する!」

この約束は絶対に違わない。堅く誓いを立てて、なのはは翔の手に自分の手を重ねるのだった。



  *  *  *  *  *



同じ頃、聖王医療院内で人を探してさまよう影があった。
それは、陸士制服の上から白衣を羽織るも、頭に包帯を巻き、顔にガーゼをつけたままの女性。
先日の先頭で負った傷は比較的軽かったが、それでもまだ全快とはいかないのだろう。

(兼一さん……いったい、どこに……)

ヴィヴィオを攫われたのが昼過ぎ頃。
確保した新たな戦闘機人「ドゥーエ」をシグナムに任せ、兼一は翔をこの病院まで運んできた。
職業柄…と言うべきか、ある分野においては『専門家』レベルの医学知識と医療技術を持つ兼一だが、それでも限界がある。
専門的な設備どころか原始的な道具にも事欠く状況、その上彼の持つ技術力では、翔の負った傷…とりわけ顔の傷の縫合は手に余った。
そこで已む無く、数少ない所在の分かっているこの病院に担ぎ込んだのである。

その後は、偶々まだ病院内に残っていたシャマルが縫合を担当。
顔・足ともに何針も縫う大怪我だったが、命に別条がなかったのは幸いと言うべきか。
今までは念のため行われた検査の結果を待っていたのだが、それも先ほど出た。
そんなわけで、出た検査結果を保護者に知らせるべく探しているのだが、一向に見つからない。

「まさか、ヴィヴィオを探しに行ったんじゃ……」

兼一の性格を考えれば、あり得ない話ではない。
すぐ目の前でヴィヴィオが攫われてしまった事を、大層後悔していた様子だったのも記憶に新しい。

元々、兼一は組織というものに馴染んでいるとは言い難い。
むしろ、組織人としての意識はなのはなどより格段に低いと言えるだろう。
自分の立場も責任も自覚している。だがそれらは彼にとって、武人としての自分、あるいは個人としての自分より優先されるものではない。なのはと違い、彼はいざとなれば組織内における責任を放棄し、場合によっては組織に反してでも自身の想いを貫く筈だ。ヒラの兼一と高い地位を持つなのはの違いもあるのだろうが、どの道…どれほど高い地位にあっても兼一の在り方は変わらないだろう。
また、翔の想いを汲むとすれば、確かに今はあの子の心配をするよりヴィヴィオを助けに行くべきかもしれない。

(でも、だからって……)

なのはと兼一、どちらが正しいかと言えば………客観的に見れば、なのはの方が正しいだろう。
本人が「自分」というものをどこに置くかは自由だが、それでも今は組織の一員。
一人で勝手に行動すれば、周りに大きく迷惑をかける事になる。
特に、今は色々な意味で正念場。そんな時に、勝手な行動を取るべきではないのだから。

とはいえ、ほぼ病院中を隅々まで探している筈なのに見つからないとなると……だいぶ現実味を帯びて来る。
そんな具合にシャマルの中で焦りが大きくなってきた所で、ようやく彼女は探し人を発見した。

「ぁ……兼一さん!」
「え、シャマル先生?」

兼一を発見したのは、聖王医療院を出て直ぐの所の雑木林。
『なんでそんな所にいるのか』とか『どうして道着姿なのか』は問い質したい所だが、そんな事は後回し。
いま重要なのは、まず伝えるべき事を伝える事だ。

「良かった、探しましたよ」
「……」
「翔の検査結果が出ました。とりあえず、顔と足の傷以外に異常は見当たりません。
 また、眼球や足の腱を始め神経・筋肉・血管、諸々全部無事です。
たぶん、後遺症が出たり失明したりと言った事はないでしょう」
「そうですか……」

優れた武術家は、医師に並び得るほどの人体のエキスパートだ。
人体を破壊する術を突き詰めて行くと、どこかで己の身体を創って行く事に行き当るが故だろう。
傷の具合を見て、兼一も大まかな診断はできていた筈だが……それでも安堵した事に変わりはない。
全盲の達人もいないではないが、それでもやはり『失明』や『四肢に不自由が残る』と言った事態は、父として起こってほしくない事態だったのだから。

「とはいえ、だいぶ深い傷でしたから……ミッドの形成外科学なら消せるとは思いますけど、かなり時間がかかると思ってください」

余談だが、形成外科学とは先天的あるいは後天的な身体外表の醜状変形を、機能だけでなく形態解剖学的にも正常な物にする事で、個人を社会に適応させる事を目的とする外科学の一分野の事だ。
要は、翔の負った傷は深く、通常の縫合だけではかなり大きな痕が残る。
これを消す為には、ミッドの優れた医学でも長期的かつ専門的な治療が必要と言う事だ。

「わかりました。まぁその辺りは……追々と言う事で」
「?」
「いえ、あの子が消したいというのならそれでいいんですけど、もしかしたら……」
「消したくない、と言うかもしれないと?」
「可能性の話ですよ。あの子に取ってあの傷は、大切な友達を守る為に負った名誉の負傷であり、同時に自分の弱さと敗北の証です。なら、敢えて残す…っていう選択肢もあるんじゃありませんか?」

兼一自身、その身体には過去幾多の闘いの折りについた傷痕が残っている。
彼はそれらを殊更消したいとは思わない。一つ一つ、その全てが彼にとって過去の闘いの証なのだから。
まぁ、さすがにそれらを消したくないが為に、敢えて再度刻むなどと言う事はしないが。
本人としては、敢えて消そうとは思わないけれど、自然と消えるならそれも良し…と言う具合か。
もしかすると、翔も敢えてその傷を残す事を望むかもしれない。
なんとなく、兼一はそう思った。

「あの、それともやっぱり消さなきゃダメなものなんでしょうか?」
「あ、いえ…別にそう言う訳じゃ……」

確かにそう言う訳ではないのだが、シャマルが気にしているのは別の事。
脚の傷はともかく、顔の傷はとにかく目立つ。
なので、脚は残しても顔の方は消しておいた方が、将来的にいいのではないかと思うだけだ。

(まぁ、その辺りの事は良く説明すればいいだけね。さしあたっては、その事よりも……)
「? どうかしましたか?」
「話は変わりますけど、兼一さんはこんな所でなにをしていたんですか?」
「え? それは、その……」

話題が変わった瞬間、明らかに兼一の眼が泳ぐ。
それだけで、シャマルには兼一が何を考えていたのかすぐにわかった。

「ヴィヴィオを、探しに行くつもりなんですね?」
「……」
「やっぱり……お気持ちはわかります。でも、今は待ってください。
 今はまだほとんど手掛かりがないじゃないですか。闇雲に探しても……」

見つかる筈がない。確かにシャマルの言う通りだ。
次元世界全体からみれば、ミッドチルダも小さな世界の一つに過ぎない。
だが、それでも人間レベルの視野から見れば、一つの世界は途方もなく広大だ。
とてもではないが、兼一一人が走りまわった程度で見つけられる可能性は限りなく皆無に近い。
せめて、もう少し情報を収集・整理し、ある程度目星をつけない事には話にならないだろう。

「わかっています。だけど、僕が不甲斐なかったせいで……」
「私は…そうは思いません。あれは、向こうの能力を甘く見ていた私達にも責任があります。
いえ、例え兼一さんの言う通りだったとしても、当てもなく探しても仕方ないじゃありませんか。
苦しいかもしれませんが、今は…翔の傍にいてあげてください。どれだけ気丈に戦ったと言っても、あの子だってまだ5歳なんですよ」

今にも飛び出しそうな兼一を引き留めるように、握り締められた手を両手で包みこみ懇願する。
兼一がその気になれば、シャマルに彼を止める事は出来ないだろう。
それがわかっているからこそ、僅かに高い位置にある顔を見上げて、ただただ心に訴えかける。

「…………………」
「それに、今兼一さんにしかできない事もきっとある筈です。
 行くのは、それをやり切ってからでも遅くはないんじゃありませんか?」

シャマルの言葉に、兼一の肩が僅かに震えた。
彼女の言う通り、確かに今兼一にしかできない事がある。
他の面々は、その高い地位と責任が故に忙殺されているが、地位の低い兼一だからこそできる事があるのだ。
それに気付いてしまったからには、彼にはもうその手を振りほどく事は出来ない。

「…………そうですね。確かに、僕にしかできない事がある。
 ありがとうございます、シャマル先生。おかげで、大切な事を思い出せました」
「いえ、どういたしまして」

もうその必要はないと判断したのか、潔く兼一の手を話すシャマル。
ただ内心では『もう少しあのままでもよかったのに』と、ちょっとだけ未練を残しながら……。

「ああ、だとしたらちょっと時間がいるか。
 出来れば急ぎたいけど、みんなまだ体調が万全じゃないし……」

と、思いとどまったと思ったら途端に自分の世界に没入する兼一。
そんなに兼一に、シャマルは「ホント、しょうがない人だなぁ」と嬉しそうに苦笑するのだった。
まさか兼一が考えている事が、あんなとんでもない事だったとは思いもせずに……。



  *  *  *  *  *



それから数日後。
上層部との交渉は上手くいき、晴れて機動六課は廃艦予定だったL級巡行艦「アースラ」に本部を移した。

とはいえ、状況は決して芳しいとは言えない。
地上本部による事件への対応は、相変わらずの後手。
また、未だメンツに拘っているのか、地上本部だけでの事件捜査の継続を強硬に主張し、本局の介入を堅く拒んでいる。そのため本局からの戦力投入は行われず、同様に本局所属の機動六課への捜査情報の公開も不可。

実に頑迷な話だが、それでも一部隊長でしかないはやてにこれを覆す力も権限もないのが実情だ。
しかし、それで八方手詰まりと言う訳でもなかったりする。
物は良い様と言う奴で、機動六課が追うのはテロ事件でもその主犯格としてのジェイル・スカリエッティでもない。ロストロギア「レリック」、その捜査線上にスカリエッティ一味がいるだけの話。また、その過程において、なのはとフェイトの保護児童である「ヴィヴィオ」を捜索・救出する。
とまぁ、そんな具合の詭弁だ。元々六課はレリックに関わる事件を担当しているので、これならば地上本部から文句を言われる筋合いはないという訳である。

今は、アースラに必要な人とモノの搬入が急ピッチで行われている真っ最中。
そんなアースラの廊下を、リインがフワフワと飛びながら移動していると、見慣れた人影を発見した。
首から下げた布で右腕を吊るしたその人物は、何かを探す様にキョロキョロと辺りを確認しながら歩いている。

「あれ? あれは……ギンガ!」
「あ、リイン曹長。よかった、ようやく人に会えました」
「もしかして、迷ってたですか?」
「あ、あははは……」

リインの声に振り向き、どこか安堵した様子で息をつくギンガ。
どうやら、慣れない船の中で道に迷っていたらしい。
リインはギンガのすぐ前まで飛んでいくと、その肩に腰をおろしながら吊るされた右腕に目を落とす。

「腕、まだ治ってないですか?」
「ぁ、いえ、神経系はほぼ元通りなんですけど、これはマリーさんが念のためにって。
 もう全力で動かしても大丈夫なんですが……」

心配し過ぎな主治医を思い出し苦笑が浮かぶ。
まだ治ったばかりなのだから、少しは大人しくしておけという事なのだろう。

「それだけ、ギンガの事を大切に思っているって事ですよ」
「わかってはいるんですが、何日もジッとしてると、こう……体がなまってしまいそうで」
(だから治っても敢えてこんな風にさせてると思うですけど……)
「それに、翔とヴィヴィオにあんな事があったと思うと、ジッとしてなんていられませんよ」
「ギンガ……」

思えば病院にいる間、ギンガは足繁く弟分の個室に通い詰め、無力感に苛まれる心を支えてやろうとしていた。
いや、それは他の面々にしても同じ事か。
兼一もまた多くを語る事はしなかったそうだが、代わりにただ黙って傍にいてやることが多かったと聞く。
その時の事をシグナムは『時には、何も言わず傍にいてやる事も必要だ』と言っていた。

「それで、スバルが今どこにいるかわかりますか?」
「スバルですか?」
「はい。本局で検査を終えた後、この子を預かってきたものですから」

そう言ってギンガが取り出したのは、本局へ修理に出されていたスバルの愛機「マッハキャリバー」。
聞く所によると、マッハキャリバーは修理ついでにと強化プランを提出し、それスバルも受諾。
その為、予定以上に時間がかかってしまったのだったか。

「ああ、それじゃ丁度良いですね。なのはさんから、みんなのファイナルリミッターの解除をお願いされて、まだ終わってないのはマッハキャリバーだけですから、今のうちにやっちゃいましょう」
「そうですね。それでいい、マッハキャリバー?」
《Yes, of course(はい、もちろん)》
「それでは早速、やっちゃうですよ~♪」

ギンガからマッハキャリバーを受け取り、手早く最後のリミッターを外す作業を進めるリイン。
とはいえ、いい加減居場所を教えてもらわないと困る訳で……。

「あの、それでスバルは……」
「あ、ごめんなさいです。今スバルは、みんなと一緒に兼一さんに呼び出されて訓練スペースにいる筈ですよ」
「え”、師匠に?」
「はい。まぁ、幾ら兼一さんでも、さすがにこの状況でそう無茶な事はしないでしょう」
(そ、そうよね。幾らなんでも……………だけど師匠の事だからなぁ……)

あり得ないと言い切れないのが恐ろしい。
兼一が皆を集めた意図はなんとなくわかる。急遽最後のリミッターを外したのは良いが、当然まだそれに慣れていない。いきなり武器の性能が向上し、それを確認しないまま闘いに赴くのは危険だ。
そう考えて、早めに慣れる為になにかするつもりなのだろう。

それはいい。上層部は多忙を極めているのだから、出来る人間がやるしかないのだ。
問題なのは……………あの男が、本当にただの『確認』で済ませるだろうかと言う事。

「ぎ、ギンガ?」

果てしなく嫌な予感を覚え、知らぬうちにギンガの足取りが早まる。
そして、その予感は…………………ある意味、最悪の形で現実のものとなるのであった。



急ぎ足で辿り着いたのは、訓練スペース全体を見渡せるやや高い位置にある小部屋。
しかしそこには既に先客の姿があった。

「ん? ギンガ、それにリイン。どうした、そんなに慌てて」
「シグナム副隊長?」
「どうしてシグナムがここに……」
「ああ、白浜がエリオ達に修業をつけると聞いてな」

様子を見に来たという事か。
しかし、シグナムのこの様子だとまだそれは始まっていないらしい。

「だが、良い所に来た。丁度始まる所だ」

シグナムの視線を追い、訓練スペース中央を見る。
そこには、兼一の前に整列するスバル・ティアナ・エリオ・キャロの姿。
緊張した面持ちの4人に対し、兼一もまた普段以上に真剣な様子で言葉をかけている。

「さて……みんなももうわかってるだろうけど、多分近いうちに大きな動きがある筈だ。
 それで全てが決するかまでは分からない。でも、一つの節目になるのは間違いない。
 残念ながら、その時に備えて新たな技を…と言うのは難しいだろうね」
『……』

皆もわかっているのだ。今から付け焼刃で技を身に付けようとしても、かえって身を滅ぼす事になりかねない。
今やるべき事は、急ぎ新しい物を身に付けることではなく、今ある物をより高めること。

「だから、僕はここで君達に一つ試練を与える。
 今日まで、僕らはみんなの中にできる限り多くの物を詰め込んできた。だが、それだけでは足りない。
ダイヤモンドが形成されるには強い圧力が必要なように、この試練を以って…築き上げてきた膨大な基礎、それを一つに結晶化させよう!」

本来は長い時間をかけて噛み合わせる歯車。しかし今は時間がない。
そこで、力技で歯車をかみ合わせようというのだ。

新たな技を授けるのとは違う。
今までに詰め込んできた全て、それらを一つの機構として完成させる為の修業だ。
とはいえ、そんな物が生半可な物なわけもないことは、想像に難くない。

(う、嬉し恐ろしい……)

いったい何をする気かは知らないが、根源的かつ本能的な恐怖に身を震わす4人。
そしてそれは、傍から見ているリインも同じ。

「し、死なないでくださいです、みんな」
「ほう、何をする気か知らんが………興味深いな」
「そんなこと言ってる場合ですか! きっと何かすごい事やらかす気ですよ!!」

あまりに悠長なシグナムの言に、眼をひん剥いて食ってかかるリイン。
とはいえ、シグナムは一向に動じた風もなく、むしろ「ワクワク」した様子で見ている。
だがその中にあって唯一ギンガだけは、兼一が何をしようとしているのか…それに思い当たる節があった。

「まさか師匠……こんな時にあれをする気なんじゃ……」
「あれ? ギンガ、何か知ってるですか……」
「不味い、非常に不味い」

リインの声が聞こえていないのか、顔を青くしながら肩を震わせるギンガ。
そのただならぬ様子に、リインはそれ以上問いかける事が出来ない。

「そうだ、せめて…………スバル! これを!!」

部屋の窓を開け放ち、預かっていたマッハキャリバーをスバルに投げ渡す。
スバルはそれを咄嗟に受け取り、慌ててセットアップ。
それを確認した所で、兼一は自身の首に手を回す。

「みんな、準備は良いね。僕から言う事は後一つ………………………なんとしてでも生き延びてくれ!」
『何やらせる気なんですか!?』
「それじゃ、幸運を祈るよ」

そう言い残し、自分自身の首を『キュッ』と締めた。
その瞬間、兼一の全身から力が抜けおち、両腕はダラリと下げられ頭を垂れる。

『え?』

あまりにも予想外な事態に、みなは呆けたように目を丸くしている。
やがて、たったまま全身から力の抜けた兼一をいぶかしむように、注意しながら距離を詰める4人。
だがそこへ、上から見ていたギンガからの叱責が飛ぶ。

「何してるの! みんな離れて! 来るわよ!!」
「いや、でもギン姉…来るって言っても……」
「兼一さん、意識がないんじゃ……」
「だよねぇ?」
「う、うん」

ギンガの言っている意味がわからず、顔を見合わせて首をかしげる。
とそこで、不用意にスバルが兼一の制空圏内に入った瞬間、それは起こった。

「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!!」

問答無用、情け容赦なく放たれた拳。
当然、警戒を解きかけていた所に放たれたその拳を防げるはずもなく……4人は木っ端の如く吹き飛ばされる。

何が起こったか理解する間もなく、気付いた時には訓練スペースの端。
いきなりの大ダメージに混乱しながら見を起こすと、視線の先にはまるで再起動したターミネーターの如き動きを見せる兼一の姿。
とはいえ、それを見て混乱のそこに叩き落とされたのは、なにもティアナ達だけではない。

「な、何なんですかアレ!?」
「ふむ…………自ら意識を断ったように見えたが、気のせいか?」

確かに、真に武を身体に叩きこんだ者は、時に意識を失っても闘い続ける。
しかし、兼一が放ったあの一撃は、とても意識がない物に放てるような類のものではない。
だが、そんなシグナムの疑問を、脂汗をダラダラ流しながらギンガが肯定する。

「いえ、ないですよ、意識」
「む、やはりそうなのか?」
「っていうか、なんで意識がないんですか? いや、そもそもどうして意識を?
 もうどこから突っ込めばいいですかぁ!?」

リインの絶叫も無理はない。
もうほんと、一から十までわからない事だらけなのだ。
いい加減、達人と言う生物に慣れ始めて来た彼女でも、今目の前で起こっている事態は理解を越えている。

「あれは……………………無想組手です」
「無双…」
「…組手?」
「いえ、無双ではなく『無想』。
読んで字の如く、心に何も思わない…即ち、敢えて自らの意識を断って行う組手です」
「いや、そもそもなんで意識を断つ必要が!?」
「お二人もご存じの通り、師匠は優しい人です。いっそ、甘いと言ってもいいでしょう。
 ですが、それも時に修業の妨げとなります」

古来より、血の繋がった者が肉親に武術を伝えるというのは、情が邪魔するため想像以上に難しいものだ。
故にある者は姿を変え、またある者は実践の中で学ばせ、稀有な例になると『自身の力をある一定ラインまで制限した上で、一切の情を捨てて闘う』などと言う場合もある。

白浜兼一と言う男は、ただでさえ情の深い男。
その甘さが彼の強さの一端である事は確かだが、その甘さは武術伝承の妨げとなる。
相手が肉親であるかどうかなど関係なく、彼は「情」を捨てる事は出来ない。
ならば話は簡単。捨てる事が出来ないのなら………情を抱く意識そのものを断ってしまえばいい。

「はっきり言って、あれは『組手』とは名ばかり。
 今の師匠は意識がないが故に躊躇がなく、ただ相手を追い詰め攻撃する正真正銘の戦闘マシーンも同然です」
「っていうか、どうして意識がないのに闘えるですか!?」
「いや、驚くべきはそこではないぞ。真に武を体の芯まで叩き込んだ者ならそれくらいは可能だ。
 問題なのは、一切情け容赦のない攻撃などされれば、アイツら程度では……死ぬぞ」

そう、元々彼我の力量差は天と地に等しい。
もしギンガの言う通り兼一が全力で殴っていれば、先の一撃で全員絶命することは間違いない。
しかし思い出してほしい。先の一撃を受けた4人は、死んでいただろうか?

「じゃあ、なんで4人とも粉々になってないと思いますか?」
「む……」
「お二人は、師匠の甘さを甘く見てますよ。あの人は、意識がなくても技が鈍る事のない真の武術家であると同時に、例え意識がなくても決して相手を殺さない…………根っからのお人好しなんです」

白浜兼一と言う武術家にとって、それは最早魂の方向性にも等しい『性』。
意識の有無にかかわらず、彼の拳が人を殺める事はない。正真正銘、彼は活人拳を極めている。

「なるほどな……あまりの気当たりに惑わされたが、そうでなければアイツらが生きてる筈がないか」
「でも、なんかいつもよりのびのびしてる気がするのは気のせいですか?」
「ああ、師匠はむしろ意識がない方が技のキレが良くなる人なんで………そのせいですね」
((おいおい……))

意識がない方が技のキレが良いとは、一体普段どれだけその甘さで技を鈍らせているのやら……。
いや、そもそもあれで鈍っているというのだから信じ難い話である。
まぁ、意識がない方がより高いパフォーマンスを発揮できるような人間に、そんな常識を説いても仕方がないか。

「ま、まぁ…それならみんなが大変な事になる心配は……」
「の~~~~ん」
「ひでぶッ!?」
「も”!?」
「うきゃぁっぁあぁぁぁぁ!?」
「こ、こんな所で死んでたまるかぁ!?」

一度は安堵しかけるも、眼下で繰り広げられる地獄絵図に言葉を失うリイン。
無理もない。ギンガの言う事が正しければ、皆が死んだりする心配はない筈だ。
だが当の兼一は、文字通り機械的に4人と闘っている。
それこそ、本当に殺されないのか疑いたくなるような激しさで。

「エリオ!」
「はい!」
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「「ぐわ―――――――――――っ!?」」

反撃に出ようと迫る前衛二人を桁外れの気当たりで容赦なく薙ぎ払い、その隙を逃さず後衛に肉薄。
一瞬の判断ミスも逃さず、躊躇なく急所に向けて放たれる突きと蹴り。
それらは、本当に意識がないのか改めて疑いたくなる正確さで…いや、ギンガが言うには意識がないからこその容赦のなさなのだろうが……。

「……」
「何しろ意識がないので、殺さない程度の手加減以上の事はしてくれません。
 むしろ、死ねない分地獄かもしれませんね」

あんぐりと口を開けるリインに、ギンガは死刑宣告にも等しい経験談を口にする。
そう、彼女は知っている。何しろあれは、六課に来る直前に彼女もやった修業なのだから。

「えっとぉ……ちなみに、どうやったら終わるですか?」
「とりあえず、師匠が意識を取り戻すまでですね。
それまで耐えきるか、あるいはなんとかして起こすしかないでしょう」
「アレを相手に、ですか?」
「う~~~~」
『ぶろろろろろ……!?』

言うは易し、行うは難し。
誘導弾や炎弾は間合いに入るや否やかき消され、拳も槍も触れたと思ったらそれは残像。
即座に来る反撃はあまりに容赦がなく、まるで交通事故の様に皆を弾き飛ばす。
幻術でだまくらかそうにも、当たり前の様に幻は無視して本体に向かって一直線。
正直、リインにはあんな大魔神みたいなのを相手に耐えきれる気も、起こせる気も全くしない。

「クロスファイアー……シュ―――――――――ト!!」

四方八方から迫りくる誘導弾。
それら全てを、まるでシャボン玉に触れるかのような繊細な手捌きで逸らす。
それどころか、軌道を逸らされた誘導弾は全てティアナに向かって帰って行く。

「いやぁっ!」

続くエリオの槍撃に「白刃流し」を合わせ、いなすと同時に拳が鳩尾に突き刺さる。

「ぜりゃぁああぁぁ!」

スバルのディバインバスターを正拳突きの拳圧で相殺。
逆に拳圧に耐えようと踏ん張るスバルの襟を取り、先の一撃で打ち上げられたエリオに投げつけられる。
結果、二人は空中で衝突。そのまま絡みあいながら床へと落下した。

「アルケミックチェーン!」
「ぐぅおおおおおおおおおおお!!」

無機物操作によって操られた鎖が絡みつき、動きを封じる。
そこへ巨大化したフリードの口から吐き出された火炎が迫り、兼一の身体を炎が包む。

されど、直撃の確信は一瞬だけの幻。
気付かぬうちに気当たりによる残像と入れ替わっていたのだろう。
鎖は力なくその場に落ち、炎は鎖以外に何もない空間で燃え盛る。

「え…それじゃ、兼一さんはどこに……」
「キャロ、下!」

兼一を探すキャロに向け、ティアナからの警告が発せられるが既に遅い。
フリードの真下に陣取った兼一は、一度の跳躍でフリードへと迫り首に手を回す。
そのまま、跳躍の勢いを殺すことなく「カウ・ロイ」が突き刺さる。
フリードはそのあまりの衝撃によって空を飛び続ける事かなわず墜落していく。

「フリードの巨体を、一撃で……」
「本当にのびのび戦っているな、あれが白浜の本当の姿か」
「…………」

唖然とするリインと、勉強になるとばかりに観察するシグナム。
そんな二人を横目に、ギンガは自身の右腕を吊る布に手をかけ、躊躇なく取り払う。

「って、ギンガ何する気ですか!?」
「すみません。ちょっと…行ってきます」
「行くって、まさか……!」
「無理はするな…と言うのはあれが相手では言うだけ無駄だな。まぁ、精々揉まれて来い」
「し、シグナム!?」
「はい。行くよ、ブリッツキャリバー」
《All right》

窓を開け放ち、訓練スペースに向けて身を躍らせるギンガ。
その身体を光が包みこんだかと思うと、着地する時には既にバリアジャケットが展開。
臨戦態勢でその場に降り立つと、亡者の如き声を漏らす兼一もギンガの方を向く。

「師匠、私も一手……お願いします!」
「あ~~~~、う~~~~」

今のうちに、出来る限りの事を。
こんな時だからこそ、本物の修業になるのだから。

「やれやれ、血気盛んな事だ。だが……」

少しばかり、羨ましく思う自分がいる事も自覚する。
人に物を教えるのは苦手だし、ベルカ式にして武器使いであるエリオに対してすら何を教えてやれる訳でもない。
教えてやれる事があるとすれば、ただ一つ「届く距離まで近づいて斬れ」程度。

しかしここ数日、エリオに請われて刃を交えることが多かったせいか、少しばかり考えが変わりつつある。
想像を上回る成長速度に驚かされ、基礎しか知らない子どものくせに見切りと覚えの速さは凄まじいと思った物だ。また、何を教えた訳ではないにしろ、どんどん吸収していくその姿に…喜びの様な物も感じている。
そのせいか、つい自分も「弟子の一人もとってみるか」と言う気になってしまう。

「そうだな、弟子と言うのも悪くはないか」
「シグナム?」
「だが、それはそれとして……今の白浜と刃を交えるというのも良いかも知れんな」
「え”」

どうやら、シグナムの決闘趣味に火がついたらしい。
だが考えても見よう、もしこの場にシグナムまで乱入したらどうなるか。
ただでさえ今の兼一は意識がないせいで普段の甘さがなく、技のキレが増している。
そんな所に色々な意味で「やる気」満々なシグナムが割って入れば……大変な事になるのは間違いない。
普段の兼一なら「女性に拳は向けられない」とか言って勝負を避けるだろうが、今はそれも無理だろう。

そうなれば……………あの5人、本当に命が危ない。
それどころか、アースラそのものが……。

「だ、ダメです! これはあくまでみんなの修業なんですから、そこに乱入なんて大人げないですよ、シグナム!」
「む、止めるなリイン。こんな機会は滅多に……」
「だからこそダメなんですよぉ!?」



  *  *  *  *  *



その後、だいぶ危ない所で兼一の意識を引き戻すことに成功した5人。
もうほんとに、かつてない程に死ぬかと思ったが………それでも無事生き残った。
まぁ、もう全身ガタガタで、数週間は身動きが取れないのではないかと思うほどのダメージを負ったが。

だがそこはそれ、弟子や教え子のメンテナンスは師の仕事。
というわけで、六課における隊員たちの健康管理の二枚看板。兼一とシャマルによる整備により、どうやら2日で万全な状態に戻るとの事。

あれだけやられてなお2日で回復するとは、どんな方法を使ったのか逆に怖くなるレベルである。
ちなみに、何故かリインがそんな5人に匹敵する程憔悴し、シグナムが非常に悔しそうにしていたのだが……真相は闇の中。
そうして、弟子たちへの最後の修業とメンテナンスを終えた兼一は、ある人物の下を訪ねていた。

「どうしても、行くんですか?」
「すみません……」

最早、兼一がアースラに残って出来る事はない。
ギンガをはじめとした子ども達には、今できる限りの事をしたつもりだ。
とはいえ、本来なら自分もまた来るべき時の為にアースラで待機するべきだとは理解している。
理解して尚、兼一はこれ以上「待つ」事が出来そうにない。

それをはやても理解しているのだろう。
溜め息交じりに、それでも彼を引き留めようとはしない。

「この後、スカリエッティ一味がどんな行動に出るかわからへん。
 出来れば、兼一さんにはそれに備えて残ってて欲しいんやけど……」
「……」
「とはいえ、そうなる前にスカリエッティを見つけ出して、確保できるんならその方がええ。
 幸い、ナカジマ三佐とフェイトちゃんの捜査のおかげで、ある程度目星は付いてる。
 ある意味、ここからは時間との勝負や。私達がアジトを見つけるのが先か、それとも向こうが動くのが先か……確かに、兼一さんが降りて捜索を手伝ってくれるんなら、意味もあるんやろ」

それは、どちらかと言えばこじつけに等しい論法だ。
兼一が捜索に参加した所で、それで格段に早く結果が出るとは限らない。
ある程度目星がついているとは言っても、その捜索範囲は広大だ。
兼一の場合足を使っての地道な捜索になる為、魔法による広域探査をするのに比べれば効率面では劣る。
はっきり言ってしまえば、気休め以上にはならないだろう。

だが、全くメリットがない訳でもない。
もし上手くスカリエッティのアジトを見つけた時、兼一がいれば突入隊が駆けつけるのを待つ必要がない。
スカリエッティのアジトとなれば、相当な強度のAMF空間である事が予想される。
しかし、彼はAMFの影響を受けることなくその力をいかんなく発揮できるのだ。
そんな彼が即座に踏み込めたとすれば、確かに行かせる意味はあるのだろう。

「……はぁ、しゃーない。ええですよ、こっちの方は私達でなんとかします。
 今はロッサ達が地上で動いてくれてますから、そっちに合流してください。話は私の方から通しておきます」
「すみません」
「兼一さん、こういう時は謝るのはちゃうんやないですか?」
「……そうですね。ありがとうございます、部隊長」
「ん。兼一さんが頑張ってくれれば、私らも楽できるかもしれませんから。期待してますよ」
「はい」

はやての配慮に深く感謝し、兼一はその場を後にする。
限りなく我儘に近い申し出にもかかわらず、それを許してくれたのだ。
なら、それに答えなければ男が廃るというものだろう。

そうして、兼一はアースラから下船するべく動きだしたのだが、途中ある人物と遭遇する。
それは、負傷して入院しているヴァイスの代わりに、ヘリパイロットの任を任されたアルト。

「あれ、どうしたんですか兼一さん?」
「ああ、アルトちゃん。いや、実はちょっと地上に降りてアコース査察官達と合流する事になってね。
 あ、そうだ。ねぇ、悪いんだけどヘリに乗せておろしてくれないかな?」
「は?」

兼一の頼みに、どこか間の抜けた表情を浮かべるアルト。
しかし、兼一の頼みはそんなに意外な物なのだろうか。

「えっと………どうしたの?」
「あ、いえ、兼一さんならそんなことしなくても、ハッチから直接飛び降りればいいんじゃないですか?」

アルトがそう言った瞬間、周囲の空気が凍りつく。

「ねぇ、アルトちゃん。今アースラがどのくらいの高さにあるのか…知ってるよね?」
「はい。ヘリで来れたんですから、確か……高度7・8000mくらいですかね?」

アースラは他の航空機などの邪魔にならない様、可能な限り高い位置を飛んでいる。
だがそれを言えば、本来なら高度数万m当たりを飛ぶべきだろう。
しかし、空気の濃さの関係でヘリなどのプロペラによる上昇ではその辺りが限界。
その為、高度7~8000m辺りに留まっているのだ。

「あのね、この高さから落ちたら、さすがに死ぬかもしれないとは思わないの?」
「え? 兼一さんって……………死ぬんですか?」

至極真面目に、心の底から不思議そうに首を傾げるアルト。
まったく、この子はいったい人をなんだと思っているのやら。

「アルトちゃん…………それ、どういう意味?
 まさか僕の事、どんな事があっても死なない怪物だと思ってるの?」
「あ、いえ、そう言う訳じゃないんですけど、兼一さんって……死んでも生き返る生き物なんじゃないんですか?」
「そんなわけ……」

言いかけて、あまり「ない」と声高に否定できる材料がない事に気付く。
考えてみれば、イーサンに敗れた際に心臓が止まった。それも、決して短くはない時間。
これは、一般的に言って充分「死」の範疇に入るだろう。
兼一はそこから、自力で鼓動を再開して立ち上がった。
それは確かに「死んでも生き返る」と言われても仕方ないのではないだろうか。

ちなみに、返答に窮していると他の六課の面々が「何事だ?」とばかりに集結。
一応皆に意見を募った所、全会一致でアルトの意見が支持され、大層兼一が凹んだりしたのは…………全く以ってどうでもいい話だろう。

こうして、再度地上に降りた兼一はスカリエッティのアジト捜索に参加する。
だが、数日に及ぶ懸命の捜索も虚しく、ようやくアジトへ続く洞窟を発見した時にはタッチの差でことが動き始めた後だった。
結果論だが、兼一の行動は裏目に出たのかもしれない。



  *  *  *  *  *



地上本部襲撃から彼是一週間。
その間にヴィヴィオの拉致、アースラへの機動六課本部機能の移転、兼一による総仕上げとその後地上へ降下してのスカリエッティのアジト捜索への参加など、様々な事があった。
そして今、その全ての総まとめとも言うべき事態が起こり始めている。

最初に起こったのは、地上本部が地上防衛用に建造していた巨大魔力攻撃兵器「アインヘリアル」への襲撃。
先日に続き現れた戦闘機人「ナンバーズ」により、防衛ラインを突破され指揮管制系及び一号機~三号機は大破・機能喪失。
続いて、撤収した戦闘機人達と先日ヴィータと闘った騎士が地上本部へ進攻を開始。
更に、山間部より出現した古代ベルカ戦乱期の巨大船「聖王のゆりかご」と、その中心部らしき場所に拘束されたヴィヴィオ。回線をジャックしたスカリエッティの言が正しいのなら、「ゆりかご」を起動させる鍵は聖王。
つまり、ヴィヴィオはその聖王のクローンと言う事になる。
ヴィヴィオが執拗に狙われたのは、全てこの為だったのだろう。

300年ほど前の人物がオリジナルであろうという事までは六課も掴んでいたが、それにはさすがに驚きを隠せない。捕らえたドゥーエがだんまりを決め込みつつも笑みを零していたのは、これを知っていたが故だろう。
そのヴィヴィオは玉座と思われる場所に捕らわれ、痛みと恐怖を訴えながら泣いている。
ヴィヴィオ自身を知る六課の面々は、その光景に胸を痛め、救いの手を差し伸べられない不甲斐なさに歯噛みしていた。とりわけ、その映像を見たなのはの様子は言葉にできるものではない。
そんな中で吉報があるとすれば、これらと時を同じくしてヴェロッサ達がスカリエッティのアジトを発見した位か。

「アコース査察官から直通連絡です!」
「はやて、こちらヴェロッサ。スカリエッティのアジトを発見した。
 シャッハが今、迎撃に出たガジェットを叩き潰している。教会騎士団から戦力を呼び寄せてるけど、そっちからも制圧戦力を送れるかい」
「うん、それは大丈夫やけど……でも、兼一さんは? 一緒やないの?」
「彼は、一足先にアジト内部に突入した。既に後手だけど、スカリエッティを確保すればゆりかごも止められるかもしれないからね。ただ内部は通信妨害が酷いのか、さっきから連絡が取れないんだ。正直、安否は……」
(兼一さんはAMFの影響を受けへん。あの人に限って、ガジェットや戦闘機人に早々遅れを取るとも思えん。
となると……達人級を多数ぶつけたか、あるいは……)

ヴェロッサからの報告を聞きながら、はやては急ぎ頭を回転させる。
あちらは、以前より闇との繋がりがあった。ならば、多数の達人を借りることもできるだろう。
それが出来なくても、あちらは達人と言う者を自分たち以上に理解していると考えた方が良い。

はやて達も最近わかってきた事だが、達人相手に力で対抗するのは得策ではない。
同等以上の力を持つ魔導師ならもちろん対抗…ないし打倒も可能だ。
ただ、わざわざそんな事をするより、策を練り彼らの力をいなす方向に持って行く方が効率が良い。

彼らの力は、一つを極めているが故に特化している。
魔導師ほどの幅広さがないからこそ、状況とやりようによってはそれを封じることも不可能ではない。
特に兼一の場合、何かと自分を縛るルールが多い男だ。
良くも悪くも愚直な男であるが故に、搦め手の類は不得意だろう。

「さて、となると……」

正直、一番なってほしくない事態になりつつあると言わざるを得ない。
しかしそれでも、まだ全てが終わった訳ではないのだ。
報告によれば、本局はゆりかごを極めて危険なロストロギアと認定し、これを破壊すべく艦隊の派遣を決定。
既に動きだしているが、到着には時間がかかるだろうとの事。

正直、機動六課の反則的な戦力を以てしても、ゆりかごの撃墜は現実的ではない。
ならばはやて達の任務は、艦隊到達までの間ゆりかごの上昇を妨害し、同時に地上本部へ向かう戦闘機人達の迎撃。そして、主犯であるスカリエッティの逮捕……と言ったところか。

「…………よし。私となのは隊長、ヴィータ副隊長はゆりかごへ。フェイト隊長はスカリエッティのアジトへ、アコース査察官と合流してアジト内部にいると思われるスカリエッティの逮捕に向かってください。
 残るシグナム副隊長と前線メンバーは、地上本部へ向かう戦闘機人と騎士の迎撃を!」
『了解!』

はやての指示に従い、各々出動の為に動き始める。
だがこの時、スカリエッティ一味の側でも、一つの異変が起きていた。



  *  *  *  *  *



場所は移って、上昇を続けるゆりかご内部。
ゆりかご及びその鍵たるヴィヴィオが安定状態に入るまでを見届けたウーノと入れ替わりにやってきたクアットロとディエチ。
二人が、ヴィヴィオに更に何らかの調整を加えていると、そこに彼が現れた。

「アノニ…マート?」
「あらぁん? アノニマートちゃんってば、そ~んなところでなにをしてるのかしらん?
 あなた、確か地上本部の方の担当でしょう?」

本来の役割から外れ、何故か玉座の間に姿を現したアノニマート。
そんな彼にディエチは驚き、クアットロは相変わらずの笑顔。
それに対し、アノニマートはただクアットロだけを見つめながら同様の笑顔を浮かべている。

「いやぁ、実はね…ちょっとこっちに、忘れ物があったのを思い出してさ~♪」
「あらぁ、そうね~。忘れ物はちゃ~んと持っていかないといけないわん」
「そうそう、前からず~っと気になってたんだぁ。いやぁ、気持ち悪いったらなかったよ」
「わかるわぁ~。私もそうだものぉ~」

そこにアノニマートがいる事が当たり前であるかのように会話を続ける、クアットロとアノニマート。
だがディエチには、二人の会話がどうしようもなく白々しく、同時にうすら寒く思えてならない。
まるで、二人とも本当はそんな事これっぽっちも思ってなくて……。
それどころか、あの笑顔自体が相手を欺く仮面に見えて仕方がない。

(二人とも、いったい何を……)
「そ・れ・で、アノニマートちゃんの忘れものって何かしらん?
 なんなら、私とディエチちゃんも手伝ってあげるけど~?」
「いやいや、それには及ばないよ~。だって、忘れ物はすぐ目の前にあるからね。
 まぁ、そんなことよりさ………知ってる、クアットロ?
 僕さ、ず~っと前から君の事……………………………………………………殺したいと思ってたんだ~♪」






あとがき

最後の修業パート終了。別に何か新しく技を覚えたとかではありませんが、最後の仕上げとしての組手でした。
結構前、確か13話の時にちらっと出した兼一なりの修業法の答えがこれです。と言っても、あの時の時点でだいぶ分かっていたと思いますけど。
兼一に情を捨てるとか無理なので、ならどうすればいいかと考えた結果……だったら自分から意識を断てばいいという結論に。幸い、逆鬼なんかは意識がなくても活人拳を貫いていますし、充分いけるでしょう。

同時に、いよいよ最後の最後、大詰めの開始……………に伴い、何故かクアットロを殺しに来たとのたまうアノニマート。まぁ、理由なんて言うまでもありませんけどね。
こいつの美意識とかからすると、クアットロとスカリエッティは思いっきりアウト。ただ、当方のスカリエッティはちょっと性格弄ってるので、ギリギリセーフのラインだったりするのです。

まぁ、詳しい事とか兼一の現状とかはまとめて次以降。
さあ、もうここから先ギャグとのほほんの入る余地は(多分)ありません。
目標は夏完結。上手くいく自信はありませけどね!!


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