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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 36「お子様散策記」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:44

ヴィヴィオが機動六課、より正確にはなのはの所に身を寄せて早数日。
僅かな時間ではあるが、その間にいくつかの変化があった。その一つが、ヴィヴィオの処遇。

当面、ヴィヴィオは六課で面倒をみる。これは確定だ。
なにしろヴィヴィオは人造魔導師素体。その生まれを考えれば、幼い身の内にどんな潜在的な危険を内包しているかわからない以上、安易に「身元不明の子ども」として施設に預けるのは得策ではない。
またレリックを所持していた以上、此度の事件と無関係と考えるのは楽観が過ぎる。
周囲だけでなく、本人の身の安全も考えれば高い戦力を保有する六課で預かるのが適切なのだ。

とはいえ、だからと言ってそう簡単に事は進まない。
なにしろ機動六課は児童福祉施設などではないのだ。故に、子どもを預かる為に必要な設備も人員も機能もない。
そうである以上、本来なら身元不明の子どもを預かる事など出来る筈もなく……。
ただでさえ突っ込み所の多い六課だ、近く予定されている地上本部からの査察でこの点に言及されれば、場合によってはヴィヴィオは「然るべき施設」に送られてしまう。
それは、色々な意味でよろしくない。

だが同時に、裏を返せばこじつけでも一時凌ぎ何でもいいから「理由」さえあれば回避できる問題でもある。
どのみち、その生まれから身寄りなどある筈もない彼女だが、いつまでも宙ぶらりんのままではいられないと思っていた所だ。便宜的にしろ建前にしろ、理由をつけることは難しくない。
例えばそう、暫定的ではあるがヴィヴィオの保護者が六課にいると言うことにしてしまうとか……。



朝方、機動六課隊員寮内のとある一室。
その職務の関係から機動六課の朝は早く、中でも連日戦闘訓練に明け暮れる前線メンバーは特に早い。
当然、そんな教え子たちを指導する立場にあるなのはも同様だ。
また、フェイトも時間さえあれば訓練に参加しているので、朝から部屋を開ける事は良くある。

そうなると、必然的に掃除などをはじめとした雑事に割ける時間などないに等しい。
故に、六課ではバックヤードと称して、寮内の掃除や洗濯などを受け持つ人員が確保されている。
その一人「アイナ・トライン」は、今日も今日とて朝から主不在となった部屋の掃除に勤しんでいた。

そこで小さな音を立て、スライド式のドアが開く。
アイナが振り向くと、そこには小走りで部屋へ入ってくる小さな人影が。

「アイナさん、おはようございます」
「はい、おはようございます」

可愛らしくぺこりと頭を下げるヴィヴィオに対し、アイナも膝を折って目線に合わせながら返す。
その後ろからは、色々と事情のあるヴィヴィオの警護役を仰せつかった狼形態のザフィーラが付いてきている。

「顔はもう洗った?」
「うん!」
「じゃ、お着替えして、それからママ達のお迎えに行こうか?」
「うん!」

『ママ』と言っても、別に引き取り先が見つかったとかそう言うわけではない。
今のところは行き先もないし、六課で預かるのが無難である以上六課のだれかが書類上の保護者になるのが妥当。
そして現状、ヴィヴィオが最も懐いている相手はなのはだ。

そんな流れで、あれよあれよという間になのはが保護責任者となってヴィヴィオと一緒に暮らすようになり、同室のフェイトが後見人という事で監督することになった。
その中で、ヴィヴィオにもわかりやすいように「しばらくはなのはがヴィヴィオのママ」という具合の内容をスバルが口にした結果、すっかり二人の呼称が「なのはママ」と「フェイトママ」で定着してしまった次第である。

「さぁて、今日はなにを着ていこうか?」

ヴィヴィオの為に用意された箪笥を開け、今日来て行く服を物色するアイナ。
ただ、さすがに六課に来て数日では如何せん物が少ない。
何しろ、今着ている寝間着自体碌がなのはの私物のシャツで代用している様な有様だ。
それは他の物品も同様で、ほとんど調達できていないも同然。

いや、他の日用品、例えばコップやタオルなどはまだ支給品でなんとかなる。
しかし、服はさすがに中々代用できない。

だが、運よく六課には他にも子どもがいた。
二人は背丈もそれほど変わらないので、とりあえず一時凌ぎという事で翔の服をいくつか借りているのが現状。
とはいえ、いつまでもそればかりというわけにはいくまい。

(う~ん、これは早くヴィヴィオの服を買いそろえてあげないとダメかしら?
 フェイト隊長の御実家とかから子ども服を送ってもらえる事にはなってるけど……)

フェイトにはヴィヴィオとそれほど年の変わらない甥と姪がいる。
他にも何人かはお古のあてがあるようなので、今はそれを送ってもらう手筈だ。
しかし、出来るならヴィヴィオを連れて試着などしながら選んでやりたい。

それだけならアイナが連れていくと言う手もある。
だが、折角の初めての買い物ならなのはやフェイトと一緒に…せめてどちらか一人と一緒に出かけさせてやりたいと思う。しかし、二人とも中々休みが取れないので、中々に難しい問題だ。
そんな感じに買い出しの事や今日来て行く服の事でアイナがあれこれ悩んでいると、ザフィーラが扉の方へ視線を向けた。

「……そんな所で、なにをしている?」
「…………」

話しかけても返事はない。
ヴィヴィオを狙った誰かかもしれないと警戒したアイナは、手を止めてヴィヴィオの傍に移動する。
しかし、それにしてはザフィーラの様子には警戒が乏しい。
不思議に思うアイナを余所に、ザフィーラが扉の前に向かう。
すると、勢いよくスライドしその向こう側の人物の姿が露わになった。

「まったく、隠れていてもしょうがないだろう」
「ぁぅっ…ヴィヴィオ、いる?」
「いるぞ。だが、まだ着替えが終わっていない、中でもう少し待っていろ」
「うん……」
「なんだ、翔だったの……」

気が抜けた様子で、肩から力を抜くアイナ。
扉の向こうにいたのは、機動六課にいるもう一人の子どもである翔の姿。
どこかモジモジとした様子なのは、なんと言ってはいれば良いかわからず迷っていたからだろうか。

日本にいた頃は幼稚園などにも通っていた筈だし、同じ年頃の友達がいなかったわけではない筈だ。
しかし、ここ最近は周りにいるのは年上ばかり。
久しぶりの同世代相手に、色々と手探り状態なのかもしれない。
だが、そんな翔の気持ちなど斟酌せず、ヴィヴィオは元気いっぱいに声をかけるのだった。

「あ、翔もおはよう!」
「う、うん。おはよう、ヴィヴィオ」

翔の手を握り、ご機嫌な様子でブンブンと振り回すヴィヴィオ。
その勢いに圧倒されたのか、翔は眼を白黒させながら為すがままだ。

「ほーら、仲良しなのは良いけど、ヴィヴィオはこっちに来て着替えちゃいましょ。
 ごめんね翔、すこーし待っててくれる?」
「うん」

そうして、ヴィヴィオから解放された翔はザフィーラのすぐ傍に腰をおろして窓から外を見る。
眼に映る空は、今にも雨が降り出しそうな重い曇天。
天気予報でも、降水確率は高めという予報が流れている。だが……

「この様子では、今日は外には出られそうにないか」
「ん~ん、晴れるよ」
「なに?」

ザフィーラの言葉に、翔は控えめに首を振って否定する。
その無垢な視線は真っ直ぐ空を見上げており、彼もこの曇天を確かに見ているにもかかわらず、だ。
普通に考えれば子どもの言葉と聞き流す様な内容。
しかし、ザフィーラはそうはせず、真剣な面持ちで首肯した。

「……そうか、お前がそう言うのなら晴れるのだろう。ならば、今日も外で遊ぶとするか」
「ん」

そうして、翔はそのまま飽きることなく重い雲に閉ざされた空を見上げ続けるのだった。
まるで、雲に隠された太陽を透かし見ているかのように。



BATTLE 36「お子様散策記」



「はい、出来あがり」

元は翔の持ち物だった短パンとシャツに着替え、最後に藍色のリボンで髪を結えて完成。
ヴィヴィオは元々素材が良い上、子ども服は基本的に可愛く作られている。
おかげで、少々ボーイッシュな感じではあるが、充分に可愛らしい装いとなった。

「うん、可愛く出来たわね」
「えへへ♪」
「翔はどう思う?」
「ふぇ!?」

ボーッと外を見ていた所で唐突に話を振られ、間の抜けた声を漏らす翔。
慌てて視線を転じヴィヴィオを視界に収めるが、今度はなにを言えばいいのかわからずアワアワしている。
まぁ、五歳児に気の利いた事を言えと言う方が無理という物なのだろう。
特に翔は、ある一点を除けば色々な意味で器用とは言い難いのだから。

「えっと、えっと……」
(とりあえず、可愛いと言ってやれ。そうすればヴィヴィオも喜ぶ)
「う、うん。えっと……か、可愛い…と、思う」
「んふ~♪」

イマイチ煮え切らなかったが、とりあえずそれでもヴィヴィオ的には満足らしく、実に上機嫌だ。
ただ、言った本人は割と恥ずかしかったらしく、耳まで真っ赤にして俯いているが。

「じゃ、ママたち迎えにいこ!」
「え!? 待ってよ、待ってよ!」
「ほら、早く早く♪」
「ヴィヴィオ、待って~……」

ヴィヴィオは翔の手を取り、引き摺り様にして引っ張りながら廊下に出る。
どうも、すっかり主導権(イニシアチブ)はヴィヴィオが握っているらしい。
そんな二人の後を追いかけるべく、ザフィーラも外に出ようとするが、そこでアイナから待ったがかかる。

「あの、でも今日はこんなお天気ですし、中にいた方が……」
「いや、どうやら雨の心配はいらんようだ」
「でも今朝のニュースでは……もしかして、翔ですか?」
「ああ、あの子の勘は良く当たる」
「ですね。そう言う事なら、洗濯物も外に干しちゃいましょう」
「それが良いだろう」

どうやら、翔の勘の良さは六課内では公然の事実のようだ。
何しろ、過去に何度となく翔の勘は見事に的中している。
まぁ、主に天気予報に使われている辺り、激しく宝の持ち腐れな気がしないでもないが。
とはいえ、早々都合よくは使えないからこその勘なのだろう。

「では、行ってくる」
「はい、二人の事お願いしますね」
「任せておけ」

そうして、今度こそ二人を追って廊下に出るザフィーラ。
今のやり取りで少々距離が空いてしまった事だし、少しばかり歩調を速めながら。



ザフィーラが二人に追いついたのは、丁度寮の玄関のすぐ外。
いや、正確には二人が玄関のすぐ外でザフィーラを待っていたと言うのが正しいか。
その意味を正しく理解しているザフィーラは、無言のまま二人の前で伏せの体勢を取る。

「気をつけろ、落ちないようにな」
「「うん!」」

二人は元気良く返事をし、慣れた動作でザフィーラの背中にまたがる。
順番としては案の定と言えば案の定、ヴィヴィオが前で翔が後ろ。
ヴィヴィオはザフィーラの毛皮をしっかりと掴み、そんなヴィヴィオを後ろから翔が抱きしめている形だ。
色々と試した結果、これが一番バランスが良いのである。

「では、立つぞ。ヴィヴィオはしっかり掴まれ」
「は~い♪」
「よし。翔、ヴィヴィオを頼むぞ」
「う、うん、頑張る!」
「良い返事だ」

二人の体勢を確認し、ノソノソとややゆっくりとした速度で動きだすザフィーラ。
一歩踏み出すごとに、背中のヴィヴィオが揺れのは中々に心臓に悪い。
しかし、後ろから抱き締めている翔が支えてくれるおかげでそれも和らぐ。

基本ヴィヴィオに引っ張り回されている翔だが、やはり運動能力の開きは大きい。
子どもにしては強い力でしっかりとヴィヴィオを支え、自分とヴィヴィオ二人分のバランスを取っている。
この年にして日頃から武を磨き、その気になれば走っているザフィーラの上に立つこともできる彼からすれば、このくらいは朝飯前なのだろう。

(このペースなら、着く頃には丁度良い頃合いか)

あまり早く着き過ぎても、今度は訓練が終わるのを待たなければならない。
翔はまだしも、感性的には普通の子どもであるヴィヴィオにそれは退屈な時間だろう。
ならばこうして、朝の散歩がてらゆっくりと向かう方が良い。

ザフィーラがそんな事を考えている間、背中のお子様二人はぺちゃくちゃと他愛のないおしゃべりの真っ最中。
まぁ、主にヴィヴィオがしゃべってそれに翔が控えめに相槌を返すと言う形が基本だが。
それも、話題の大半はヴィヴィオの大好きなママの事である。

「でね、なのはママが今度のお休みにお洋服買いに行こうって!」
「へぇ~」
「ねぇ、翔も一緒に行こうよ!」
「ぇ!? ぼ、僕も? で、でも……」
「良いでしょ、ねぇ行こうよ!」
「えっと、その……じゃ、じゃあ…うん」
「やった―――――――――――!!」

ほぼヴィヴィオに押し切られる形で、一緒に出かけることになってしまった翔。
とはいえ、本人もまんざらではないだろう事は、はにかむ様な笑みからして間違いない。

「なのはママとぉ、翔と一緒にお出かけお出かけ、えへへ~♪
 あ、でもフェイトママも一緒だったらいいのになぁ」
「そ、それなら…ギン姉様も……」
「うん! それいい、すっごくいい!」
(明らかに一人、除外されているのだが…………無理もないか)

何しろ第一印象が最悪だったのだから、仕方がないと言えばそうなのだろう。
あれから数日、ヴィヴィオも概ね六課に慣れてきてくれてはいるが、例外が少なからずいる。
その一人を前にすると、活発なヴィヴィオも途端に物影に隠れてしまう。
翔の関係者だと言う事は良く分かっている筈なのだが、それでも怖いと思ってしまうらしい。
翔もなんとなくその辺りを察して兼一のことを話題に上げない…のではなく、単に何度も話題に上げて失敗した経験からである。
と、ようやく訓練場が見えてきた所で、見知った6つの人影が視界に入った。

「あ、ギン姉様たちだ」
「うん」
「どうやら、丁度訓練が終わった頃の様だな」

概ねザフィーラの予想通りのタイミングだったらしく、訓練場から戻ってくる面々。
ティアナ、スバル、エリオ、キャロの新人四人は仲良くおしゃべりに興じ、少し後ろでそんな四人を微笑ましそうに見守るギンガ。
実にそれぞれの立ち位置がはっきりと分かる光景だ。
そこで、あちら側でも翔達の存在に気付いたらしい。

「あ、あれってヴィヴィオ?」
「翔も一緒みたいだね」
「やれやれ、あっちのチビッココンビも仲良いわねぇ」
「良いじゃん、折角年も近いんだから」
「まぁね。少なくとも、なのはさんとか兼一さん的には一安心なのは確かだし」

何しろ、お互い丁度良い遊び相手だ。
預けている間、寂しい思いをさせることが少ないと言う意味では、二人の仲が良好なのは確かに有り難い。

「翔――――――! ヴィヴィオ――――――!」
「「は―――――――い!」」

ギンガが二人に向けて手を振ると、二人もそれに元気良く返事を返す。
だがそこへ、白く小さな物体が二人目掛けて勢いよく飛んできた。

「きゅく~♪」
「へぶっ!」

白い物体…フリードは真っ直ぐ翔に飛び付き、その顔にへばりつく。
普段なら、後はフリードと翔が軽くじゃれて終わり。
しかし、この状況だとちょっとした出来事が大事に発展する。

「もう、フリードってば…え?」

顔にひっついたフリードを引っぺがした所で、翔は異変に気付く。
その身体が、大きく傾いているのだ。フリードがぶつかった事で、僅かにバランスが崩れたのだろう
当然、そうなればヴィヴィオもまた一蓮托生。
翔とヴィヴィオは揃ってザフィーラの背からずり落ち、地面に向かって真っ逆さま。

『ああ!?』
「いかん!」

遠目で見ていたフォワード陣(一名除外)は揃って驚きの声を上げ、ザフィーラは急ぎ対処しようとするが間に合わない。
二人はそのまま為す術もなく地面へと落下し、当然の如く激突した。

「無事か、二人とも!」
『翔!』
『ヴィヴィオ!』

慌てた様子で振り向くザフィーラと駆けよってくる5人。
そこで彼らが目にしたのは、ある意味では少々予想と違った光景だった。
なにしろそこには、地面にうつ伏せになった翔と、その上に乗っかる形のヴィヴィオの姿。

「ふえ?」
「ぐえ…お、重ひ……」

ヴィヴィオは至って無傷のようで眼を丸くし、翔はその下で軽く目を回している。
どうやら、咄嗟に翔がヴィヴィオを庇ってこんな体勢になったらしい。
まぁ、本人としてはちゃんと支えてやりたかったのかもしれないが、子どもにはこの辺りが限界だろう。
むしろ、子どもながらによくやったと言うところか。

「大丈夫、翔?」
「うぇ~、早くお~り~て~……重いよぉ~、苦しいよぉ~」
「庇ったのは偉いけど、あんまり女の子相手に重いなんて言うもんじゃないわよ」
「あ、あはははは…まぁ、確かに。でも、翔くらいの子にそんなこといっても、ねぇ?」

ヴィヴィオを助け起こしながら、翔のコメントに微妙な表情を浮かべるスバルとティアナ。
翔は割と肉体的なダメージには強いし、普段の訓練の賜物か上手くヴィヴィオを庇っていた。
この様子なら当の本人も怪我はしていないだろう。
まぁ、微妙にデリカシーがないのは子ども故ということにしておこう。
血筋とかだったりすると、色々将来が不安になる。

「ほら、翔もいつまでもそうしてないで立ちなさい、男の子でしょ」
「う、うん」

顔を覗き込みながらも手は出さず、翔に立ちあがるよう促すギンガ。
翔がもぞもぞと立ち上がると、軽く汚れを落としてから抱き上げる。

「エリオ、ヴィヴィオは?」
「大丈夫、翔が守ってくれたから怪我ひとつないよ」
「そうか……む、キャロはどうした」
「あ、キャロだったら」

ヴィヴィオの様子から、続いてキャロの事を探し始めるザフィーラ。
それに対し、エリオは何とも微妙な表情でキャロの居場所を視線で指し示す。
それを追ってみると、そこにションボリとうなだれるフリードとその正面に仁王立ちするキャロの姿が。

「もう、ダメでしょフリード! 反省、めっ!」
「きゅくる~……」

ペットの不始末は飼い主の責任、同様に躾もまた飼い主の責任。
そんな感じにフリード相手にお説教を始めるキャロ。
フリードも悪いと思っているのか、地面につきそうな程に頭を垂れていた。
そこで、それまで状況の変化について行けずにぼんやりしていたヴィヴィオは、何かを探す様に周囲に視線を配り、それから手近なところにいたスバルに尋ねる。

「ママは?」
「え? ああ、なのはさんだったらもう少ししたら戻ってくるよ」
「そっか……」

どうやら、スバル達を見かけた段階でなのはもすぐ近くにいると思っていたらしい。
当てが外れ、少し残念そうなヴィヴィオ。
だがそこで、翔がおもむろにこんな事を尋ねてきた。

「ねぇねぇ! なのはさんが、ヴィヴィオのママ?」
「うん!」
「フェイトさんも、ヴィヴィオのママ」
「うん! 二人ともママ!」
「ある意味、それってすごい話よね」
「ヴィヴィオ、なんだかすごい無敵な感じです」
「いやぁ、それ言ったら翔も良い勝負だと思うけどね」
「ですよねぇ……」
「何しろ両親揃って達人なわけだし、フェイトさんとなのはさんにも劣らない組み合わせなのは確かね」

二人のやり取りを聞き、苦笑交じりにそんな事をぼそぼそと話しあう5人。
しかし、確かにことメンツの豪華さで言えば翔もヴィヴィオも良い勝負だ。
エース級魔導師二人がママのヴィヴィオと、両親が揃って達人の翔。まさしく甲乙つけがたい。
いや、非常識さで言えば歴然たる差があるのだが……。

とそこで、翔は自身の内に流れる血の片方。
父の血を確かに引いている事を、よくない意味で実証するのだった。

「じゃあ……………………………………パパは?」
「ぱ、ぱ?」
(な、なんでそう無意識に地雷踏むかなこの子は―――――――――――っ!?)

誰もが言ってはいけないと思って決して口にしなかったその一言。
それを何の躊躇もなく放り込んだ翔に、皆の心が一つになった。

翔の父『白浜兼一』最大の悪癖、それは無意識のうちに「人の心の中心に直接攻撃をかます」こと。
艶やかな黒髪を始め、色々な物と一緒にそれも翔は受け継いでしまっている。

本人に悪意はない。悪意はないが、これは決して触れてはいけない話題だ。
何しろデリケート過ぎる。今までは基本「ママ」の事しか頭になかったヴィヴィオだが、これで「パパ」の事も気にかけるようになるだろう。だが、その生まれを考えればヴィヴィオに血縁者がいる筈もなく、遺伝子上の繋がりのある人物はいるだろうが、喜ばしい結果になる可能性はあまり高くない。
だからこそ、みな敢えて触れずに来たと言うのに……。
その全ての努力が、翔の一言で見事に粉砕されてしまった。

「パパ、いない…ふぇ……」

途端に寂しく、そして悲しくなったのか。
ヴィヴィオはその左右色違いの瞳一杯に涙を浮かべる。
なんとかフォローしようにも、いったいどうすればいいのやら。

だれか、適当な人物をパパとしてでっちあげるか。
しかし、ならばそれは誰? 兼一……は論外。ヴィヴィオはまだ兼一に対して苦手意識がある。
エリオもまた同様だ。ただしこの場合、十歳の彼がパパなのは無理があると言う意味で。
もちろん翔も話にならない。となると、ザフィーラ……は種族が違うので除外。

あとはグリフィスやヴァイス辺りがいるが……なのはやフェイトがママという状況だと、どうしても役者不足な感が否めない。
そんな感じに皆が悩んでいる間にも、ヴィヴィオの臨界点まであと僅かに迫っている。
このままでは、初日以来のガン泣きが再び響き渡ることだろう。

「ど、どうしようティア!」
「どうしようたって……こんなのどうすればいいってのよ」
「エリオ君…頑張って! 子どもに見えるけど、実は二十歳って事にすれば!」
「ええ!? 幾らなんでも無茶でしょ、その設定!」
「なんだってこの子はこう……似なくていい所で師匠似なのかしら?」
「ギンガ、それは現実逃避ではないか?」
「だって、他にどうすればいいって言うんですか?」
「? みんな、どうしたの?」

慌てふためく面々に対し、自分が何をしてしまったか全く理解していない翔がうそぶく。
それに対し、皆の心がまたも一つになった。

(諸悪の根源が他人事みたいに何言ってるの!!)

五歳の子供に責任能力を問うのが間違いかもしれないが、それでも思わずにはいられない。
しかし、今はそんな事よりもヴィヴィオをなんとかする方が先だ。
だからと言って、打つ手もこれと言ってない八方塞がり状態。
だがそこへ、一条の光明が差し込んだ。

「ふふふふ、みんなお困りの様やね。ここは………みんなの頼れる部隊長、はやてちゃんにお任せや!!」
『え”?』

脈絡もなく、唐突にその場に出現したはやて。
皆は眼を点にし「え? なんでこの人ここにいるの? 暇なの?」という感じで見ている。
しかし、さすがにそれを正面切って言う事も出来ず……ただただ『ジト~ッ』とした目を向ける事しかできない。

「どないしたん、みんな? そんな、まるで何か変なもんでも湧いて出て来たかのような目してからに」
『いえ、別に……』

あまりにも鋭すぎるはやての指摘に、自然返答は素っ気ないものになる。
だが、はやてはそんな素っ気ない部下の返事の中から、何かを感じ取ったらしい。

「むむ、その眼は……『仕事ほっぽり出して何やってんだろ、この人』って目やな!!」
(鋭すぎる!?)
「ふふふ、部隊長の眼力舐めたらあかんで~。このくらい、部隊長の嗜みや!」
(んな、バカな……)
(そうなんですか、ギンガさん?)
(少なくとも、父さんにそんなマネは出来なかったと思うけど)
(ですよねぇ~)
「あ、ちなみにこれはちょっとした息抜きなんで、悪しからず。決してサボってなんかないで」
「朝から息抜きですか……」

正直、良いのかそれでと思わなくもないが、それ以上は突っ込まない。
悪びれた様子が一切ない…そもそも悪いとは全く思っていない様子なので、言うだけ無駄だろうと悟ったらしい。

「とりあえず………話は全部聞かせてもらったで。あ、『よっぽど暇なんだな。とりあえず、話しを聞く前に働けよ』ちゅうツッコミはノーサンキューやから」
『はぁ……』
「ともかくヴィヴィオ、ヴィヴィオはパパのこと覚えてるか?」
「…………ん~ん」

俯きがちに、小さく首を横に振るヴィヴィオ。
だが、そんな事はとうの昔にわかり切っていた事。
では、なぜはやてはわざわざそんな事を聞いたのか。
答えは簡単。はやてはこの返答を待っていたからに他ならない。
そうしてはやては懐に手を入れ、ゆっくりとヴィヴィオに言葉を紡いでいく。

「そうかそうか~、パパがおらんのはさびしいなぁ~。
 せやけど、寂しがることはないで。実は私な、ヴィヴィオのパパに心当たりがあんねん」
「ぇ……」
(ヴィヴィオの…パパ?)
(でも、そんな人いる筈が……)
(だけど部隊長、物すごく自信満々だよ)
(まぁ、泣かないでくれるならだれでも良いけどね、この際だし)
(そうね、翔には後できつく叱っておくにしても、泣かないでくれるならとりあえずは……)
「ええか、それは……この人や!!」

背後でぼそぼそと話しあう面々を余所に、はやては懐に突っ込んだ手を勢いよく引き抜く。
そして、手に持った何かをヴィヴィオの眼前につきつけた。

(主、それはスクライアの写真では?)
(うん。なのはちゃんがママなんやったら、パパはユーノ君以外あり得へんやろ)
(まぁ、確かにそれは……ですが、本人の了解は……)
(実はな、ザフィーラ。今まで黙っとったんやけど、私四文字熟語が好きやねん。
例えば『既成事実』とか、ええ言葉と思わへん?)
(はぁ……)
(ユーノ君もこの十年、色々苦労してきたからなぁ。そろそろ報われてもええ頃の筈や。
 言わばこれは、十年来の幼馴染からのご褒美っちゅうとこかな?)
(押し売り、の間違いではないかと)
(ん~、はやてちゃんからのご褒美にクーリングオフ制度ないなぁ、残念ながら)

ヴィヴィオに聞かれない様、念の為に念話でやり取りする二人。
それはつまるところ、ヴィヴィオをネタに二人の仲を進展させようとか言うアレなのだろう。
本人の了解? その手の権利ハナから認めてすらいませんということらしい。

「パパ?」
「せやで。ほら、髪の色とかもうそっくり。ちなみに、声もそっくりなんやで」
「この人が、ヴィヴィオのパパ」
「うんうん。ただな、パパはいまお仕事が忙しゅうて、中々会いにこれへんのよ。パパもきっと、今はヴィヴィオに会えへんのを寂しく思ってる筈や
 せやけど、いずれきっとママと一緒に暮らせるようになる。せやから、ヴィヴィオも今は我慢して、会えた時は一杯……………『パパ』って呼んであげるんやで~、クックックック……」

言ってる内容に反し、邪悪な笑みを浮かべるはやて。
『私、こういう親切(悪巧み・悪戯)大好きです』とその表情が何よりも雄弁に語っている。

そして、それを見ていた面々は等しく思った「あくどい、部隊長!」と。
ただし、これが十年来の付き合いになるなのはを除いた上層部になると「はやて(ちゃん)GJ!」ということになるのだが。
こうして、ヴィヴィオを中心に着々と二人の外堀は埋められていくのであった。
誰一人として、そんな事頼んでいないと言うのに……。



  *  *  *  *  *



その後、なのは達と合流し食堂へと移動した子ども達。
今は、揃ってそれぞれの保護者と一緒に朝食の準備の真っ最中。

「ママ~、はやくはやく~」
「今牛乳持ってくから、もう少し待っててね」

朝食の乗ったトレイをテーブルに置き、一足先に席についたヴィヴィオがなのはを急かす。
やや遅れて、自分とヴィヴィオ、それにフェイトの分の飲み物を持ったなのはも席につく。
そうして、三人そろったところで……。

「お待たせ。それじゃ……」
「「いただきます」」
「いっただきま~す! あむ! あむ! んふふふ♪」
「ああヴィヴィオ、そんなに急いじゃダメだよ。
 ほら、ゆっくりでいいからちゃんと噛んで」
「だって、お腹すいてたんだもん。あむ!」

挨拶するや否や、待ちわびたとばかりにたっぷりジャムを塗ったトーストにかじりつくヴィヴィオ。
フェイトは落ち着くよう言い聞かせるが、ヴィヴィオは構わずトーストや目玉焼きをほおばっていく。
そんなヴィヴィオに少しばかり慌てた様子のフェイト。
なのはは二人のやり取りに苦笑を浮かべながら、ヴィヴィオの頬についたジャムを指先でふき取り口に運ぶ。

「まぁまぁ、フェイトちゃんもヴィヴィオのことばっかりじゃなくて、自分の分を食べないと。
 早くしないと、食べる時間なくなっちゃうよ」
「そ、それはそうだけど……あ! ヴィヴィオ、そんな慌ててると服にお醤油が!?」

なのはの忠告も虚しく、結局ヴィヴィオの事が気になって自分の食事に手がつけられない。
そんな根っからの世話焼きな親友に「やれやれ」と思いつつ、ちゃっかり自分の分を咀嚼するなのは。
とはいえ、このままだと一向にフェイトの食事が進まない。そこで、なのははある事を閃いた。

「そうだ。ねぇ、ヴィヴィオ…このままだとフェイトママ、いつまでたっても食べられそうにないし、ヴィヴィオがあ~んってしてあげたらどうかな?」
「えぇ!?」

突然のなのはの提案に、眼を向いて驚きを露わにするフェイト。
なのはは至って真顔なので、それが果たしてからかう為なのか本気なのかは測りかねるが。

「で、でもなのは、こんな人がいっぱいいる所で……」
「じゃあ、やめとく?」
「フェイトママ……ヴィヴィオがあ~んってやるの、イヤ?」
「天地がひっくりかえって次元震が起きてもそれだけはあり得ないよ! むしろご褒美だし!
 ヴィヴィオにあ~んってしてもらえたら、私は、私はもう!!」

不安げなヴィヴィオに対し、フェイトは妙に血走った眼で「ハァハァ」言いながら力説する。
ともすると、だいぶ危ない人に見えてしまうのは秘密だ。
ただ、勢いに任せて行ってしまった以上、どんなに恥ずかしくてももう引っ込みは付かないわけで……。

「それじゃ…はい。フェイトママ、あ~ん!」
「あ、あ~ん……」
「美味しい?」
(い、生きててよかった……私の人生、一片の悔いなし!!
 もういつ死んでもいい! ううん、むしろ絶対死なないけどね、勿体無い!!)

プルプル震えながら、感動の涙を滝のように流すフェイト。
で、そんなフェイトの背後には、若干呆れた様子の新人達がいたりして。

「ねぇ、もしかしてフェイトさんって、昔からああな訳?」
「えっと、その……」
「フェイトさん、とても感激屋さんですから……」

ティアナの問いに、顔を赤くして俯く被保護者二人。
人としては間違いなく尊敬しているが、こういう時は少しばかり恥ずかしく思ってしまっても仕方がないだろう。

「あの調子だと、アンタ達の結婚式とかには生きた噴水になるんじゃない?」
「ティア、それ割とシャレになってないよ」
「け、結婚!? な、何言ってるんですかティアさん! べ、別に僕とキャロはそんなんじゃ……!」
「ん? 私は別にアンタとキャロが結婚するって言ったつもりはないけど?」
「え……」
「へぇ~、エリオってば…ふ~ん、そ~なんだ~」
(…………………………………嵌められた)

まんまと言葉のマジックに引っかかり、見事に墓穴を掘ってしまったエリオ。
はっきりとした恋愛感情を抱いているかはともかく、少なからず異性として意識しているのは明らか。
スバルを始め、周りからは「もうそんな事を意識する年かぁ」とか、「やっぱりエリオの本命はキャロかぁ」とばかりにニヤニヤとした視線が送られてくる。

概ね、その視線に込められた意味がわかるのだろう。
純朴な少年はさらに顔を真っ赤にして重い影を背負うのだった。
ただし、その相方の少女はというと……全然気にした素振りもなく平然としているが。

「はぁ、私とエリオ君がですか」
「あれ、キャロはあんまり乗り気じゃないの?」
(それはそれでエリオが哀れなんだけど……からかい過ぎたかしら?)

まさかここまで反応が薄いとは思わなかっただけに、若干の罪悪感が芽生える。
さすがに、こんな形での失恋というのは……悪乗りし過ぎたかもしれない。

「いえ、ただ…………大変だろうなぁって」
「「大変?」」
「あ、ル・ルシエ族にはいくつか掟がありまして」
「「ふんふん」」
「私にはフリードの他にもう一騎『ヴォルテール』って言う竜がいるんですが、アルザスでは『大地の守護神』として崇められる存在なんです。
そのヴォルテールの加護を受けた女性は『巫女』と呼ばれ、伴侶として一生を捧げなければなりません」
「「え”」」

なんだか、初っ端から重い話が飛び出した。
だがそれだと、そもそもキャロには結婚という選択肢そのものがないと言うことになる。
そりゃまぁ、宗教的に一生を信仰の対象に捧げ、生涯誰とも結婚しないと言うのはそれほど珍しい話ではないが。

「なので、巫女は生涯独身で過ごすのが基本なんです」
「ん? って事は、例外もあるって事?」
「はい。巫女を娶る方法は只一つ、ヴォルテール以上の加護を巫女に与える事です。
 つまりヴォルテールと一騎打ちをして倒し、実力で奪い取るって事ですね」
「「……」」

真竜相手に一騎打ちで撃破しろとか、それはいったいどんな無理ゲーだろうか。
あまりにも無茶なその条件に、二人とも空いた口が塞がらない。
しかし、確かにそれならル・ルシエの巫女が基本的に生涯独身なのも頷ける。
そりゃ真竜相手に一騎打ちして勝てる者など早々いないのだから、そう言うことにもなるだろう。

「ちなみに…負けたらどうなるの?」
「罰当たりな愚か者という烙印を押されて村八分にされますね。
もちろん、二度とその女性の前に出る事は許されません」

まぁ、信仰の対象から伴侶を奪い取ろうとしたのだから、そう言う扱いにもなるか。

「き、厳しいわね……」
「はい、鉄の掟なんです」

重々しく頷き返すキャロ。この様子だと、「もう部族から離れてる事だし」という論法も通用しそうにない。
部外者であるティアナやスバルにはよくわからないが、ル・ルシエ族的には相当重い掟の様だ。

だがそれなら、先ほど見せた反応にも納得がいく。
こんな掟があるのでは、妙に恋愛事への意識が薄いのも仕方がないか。

「一応聞くけど、キャロはエリオのことどう思ってるの?」
「? 大事な友達でパートナーですよ、これからもずっと良いコンビでいれたら素敵ですね」
「これからずっと?」
「はい、ずっと」
「いつまでも友達のまま?」
「いつまでも友達のままです」
(これって、遠回しに見込みがないって言ってるのかしら?)
(いやぁ、キャロだからねぇ……)

この天然娘の事なだけに、いまいち判別がつかない。
とりあえず言える事は……エリオは頑張ってヴォルテールを倒せるようになるしかないと言う事だ。
ただ、あまりにも現状は望みが薄過ぎて、エリオへ同情を禁じ得ないが。

((エリオ、なんていうか………………………頑張れ、超頑張れ))

もうほんと、それしかかける言葉が見つからない。

「あっちはどうしたんでしょうか?」
「どうしたんだろうねぇ?」

で、そんな感じにやや消沈気味の新人達の席を見て、首をかしげる師弟。
なんと言うか、隣り合っているなのは達の席とあまりにも対照的だ。

「ところで翔……苦手な物があるのは仕方ないけど、そうやって人に押し付けるのは感心しない」
「ピッ!?」
「翔~……あなたって子は性懲りもなく!」
「アイタタタタタタ!? ごめ、ごめんなさい姉さま――――――っ!
 もうしません、約束するからグリグリはや~め~て~……!?」

余所見をしている隙をつき、こっそり二人の皿にピーマンを移そうとしていた翔。
だが、ギンガはまだしも兼一相手にそんな手が通用する筈もなく、そしてギンガがそれを知って見逃してくれる筈もなし。『おしおき』とばかりにギンガは両の拳をこめかみに押し当てゴリゴリと捩じりこむ。
もちろん加減はしているのだが、翔が涙目になっている辺り決して緩くはないらしい。

「ご~め~ん~な~さ~い~!?」
「あ~あ~、翔もホンマに懲りんなぁ。
 ほれ、観念して食べ時。せやないと、兼一さんみたいにカッコよ……………強くなれへんでぇ」
「あの~、部隊長? その間が激しく気になるんですが……っていうか、明らかに切りましたよね?」

別に、はやてとて兼一の顔立ちが悪いと思ってはいない。
ただなんというか……周りに美系が多かったせいもあり、不必要に基準が高い。
その基準に照らし合わせると…やや見劣りしないでもないと思ったが故の言い直しである。

「気のせいです」
「でも……」
「気のせいったら気のせいです。なぁ、みんな?」
「はいです、リインはなにも聞いないです!」
「すまんな、白浜。騎士は主に従うものだ」
「あれだな、たとえ白でもはやてが黒って言えばそいつは黒だ」
「ごめんなさい、兼一さん」
「賛成多数に付き兼一さんの聞き間違いで決定! いやぁ、民主主義って素晴らしいなぁ」
「し、しどい……」



  *  *  *  *  *



朝の訓練と朝食を終えれば、しばらくは前線メンバーも事務仕事のお時間。
ただ、今日はどこか皆の様子が慌ただしい。

それもその筈、つい先ほどはやてと親交のあるヴェロッサ・アコース査察官より緊急連絡があった。
内容は、数日後に予定されていた地上本部からの査察が、急遽今日行われることになったと言うもの。
だが、普通に考えて査察なんてものの日程が早々変更になるとは思えないし、それがこんなに急など尚更だ。
恐らく、あちら側は元々この日程で行うつもりであり、所謂「抜き打ち」に近い形で行う為にわざと嘘の日程を伝えていたのだろう。

よほどこの査察で、近く行われる公開意見陳述会で本局を叩く材料を見つけたいらしい。
そもそも、本来機動六課は「地上部隊」とは言ってもその所属は本局。当然、その査察も本局がやるのが普通だ。
そこで敢えて地上本部が出張ってきたという事は、あからさまなまでに叩く気満々の粗探しに来たと言う事。
ヴェロッサのおかげで先んじて察知できたとは言え、急ぎ少しでも体裁を整えなければ。

いや、別に普段が悪いと言うわけではないのだが、それでもあまり外には見せられない物の一つや二つあるわけで……慌ただしくしているのはそれが理由である。

兼一の方は、とりあえず彼所有の怪しげなトレーニングマシン類は全てちょっと離れた倉庫に押し込んで、ハイ終わり。
今は空いた時間を利用し、一人息子に稽古をつけている所だ。

「さ、早く早く! 突きだけじゃなく、引きも意識するんだ!
 どんなに速くて重い突きも、戻りが遅ければそれっきり。コンビネーションには繋がらないぞ!」
「はい!」

当初の天気予報は大きく外れ、代わりに翔の勘がおおいに当たった快晴の下、「パンッ! パンッ!」という小気味よい音が庭に響く。
兼一の手にはやや大きめのミットが嵌められ、翔は構えられたミット目掛けて拳を、蹴りを放つ。
ただ単純に強く打つだけではなく、拳や蹴り足の引きを意識し、次に繋がるよう心掛けて。

「シッ! シッ!」
「まだまだ、もっと早く! そこで首を取って膝!」
「やぁっ!!」

間合いが近づいた所で、鳩尾に構えられたミットに渾身の「カウ・ロイ」。
とはいえ、一方的に打ち込むだけがミット打ちではない。
ミット打ちとは、避けるのも同時に練習するもの。
たとえば、こんな具合に……

「そこで避ける!」
「ヒュ…せりゃ!」

下から迫りくるミットに対し、僅かに身体を引く事で回避。
と同時に、体重が後ろ脚に乗ったのを利用し、兼一の顎の真下に構えられた逆のミットを思い切り蹴り上げる。

「よし、次!」

『スパンッ』と、軽いが鋭さを感じさせる蹴りに僅かに顔を綻ばせながら、兼一は脇腹にミットを置く。
それは、丁度人体の急所の一つである肝臓の真上。
それを見て取ると、翔は反射的に身体を回転させながら肘を入れる。
体重の軽さを補うべく回転を加えた一撃は、この時ばかりは「バンッ!!」という重い音を響かせた。

そして、今の翔には最早師であり父である兼一の構えるミットしか見えていない。
無心に、的確に人体の急所とされる箇所におかれたミットを打ち続ける。

「りゃあ!」
「うん、良い蹴りだ。だが……そこ!」

ムエタイのローキック「テッ・ラーン」が兼一の膝裏を捉え、その体勢を僅かに崩す。
だがそこへ、顔をガードしていた右腕に衝撃。
衝撃を受け、翔の身体が揺れた瞬間…気付くと、視界は黒いミットで覆われていた。

「攻撃した瞬間、この時は特に隙ができやすい。
 だから形としては防御していても、心に隙があるとこういうことになる。気をつけなさい」
「はい……」

父の注意に、翔はどこかしょんぼりした様子で頷き返す。
形としては確かに翔の「テッ・ラーン」はほぼ完璧と言えるだろう。
腰が入り、膝の裏を打ち、顔もちゃんとガードしていた。
しかし実の所、攻撃を意識するあまり僅かに最後のガードが甘い。

ケンカ百段の異名を持つ空手家「逆鬼至緒」曰く「殴ることなど誰にでもできる。空手の真髄は防御にある」。
それはなにも空手だけに限った話ではない。これはおよそ、全ての武術に対して言える真理。
少なくとも兼一はそう考え、何よりもまず防御の重要性を重視する。
だからこそ、翔や一番弟子であるギンガには重ねてこの点を言い聞かせてきた。

「覚えておくんだ。武術はあくまでも自衛の技、大切なのは『勝つ』事ではなく『負けない』こと。だから翔、僕は君に敢えて『勝て』とは言わない。ただ、誰が相手でも、なにが相手でも……『負けるな』。いいね?」

それはかつて、翔自身が涙ながらに叫んだ思い。

『勝てなくてもいい、でも負けたくない。
ただ、正しいと思った事をできるくらいに、守ってくれるみんなを守れるくらいに強くなりたい』

この子はもう、兼一が伝えたかったことの意味を知っている。
言葉でその意味を説明することはできずとも、漠然とした形でも、彼は理解しているのだ。
それこそが翔の初心。故に、何度も言い聞かせる。初心というのはえてして忘れやすい物。
だからこそ、決して忘れない様に、もし忘れても思い出せるように、深く刻みつける。

「さあ、続きを始めようか」
「はい!」

心機一転、再度ミット打ちを始める親子。
そして、そんな父と子の拳による交流を寮の一室から見下ろす影が二つ。

(まったく、また難しいことを要求しているな、奴は。
 あれは、5歳の子どもにするような話ではなかろうに)

影の片割れ、ザフィーラは僅かに聞こえた兼一の話にその様に思う。
確かに兼一らしい考え方だとは思うし、彼もまた共感を覚えたのは事実。
そう、自分達はなにも敵に対して『絶対』に『勝たなければならない』訳ではない。
重要なのは、兼一が言ったように『負けない』事。大切な人を、守ると決めた人を守り、自らも生き抜く。
それが大前提であり、その前には「勝つ」事など二の次だ。
必要なのは、敵を倒し勝つ為の「攻撃の技」ではなく、守り通す為の「防御の技」なのである。

翔が父同様活人の道を行くのなら、いつかは彼自身も悟る時が来るだろう。
だが、さすがに今から言い聞かせる様なものではないと思うのだが……。
ただザフィーラの傍らの影にとっては、そんな事はどうでも良いらしい。

「む~……」

ザフィーラに身体を預ける様にして窓から翔達の姿を見降ろしていたヴィヴィオは、頬を膨らませて不貞腐れている。
理由など考えるまでもない。数少ない…というか、日中はほぼ唯一に近い遊び相手である翔が、自分の事をほっぽり出して別の事にかまけているのが面白くないのだ。

「ぶ~……」
「怒ってやるな。翔にとっては、あれもお前と遊ぶことと同じくらい大事なことだ」
「だって~、つま~んな~い! つまんないったらつまんないったらつまんな―――――い!!」
「そう言うな。翔がああして修業に励むのも、ある意味ではお前の為なのだぞ」
「?」

ザフィーラの言葉に、ヴィヴィオは不思議そうに首をかしげる。
彼女からすれば、自分と遊ばずに怖い変な人(ヴィヴィオ主観)と遊ぶことのなにが自分の為なのかと思うのだろう。ましてやそれが、ああして時折痛い思いをするとなれば尚更……。

「ヴィヴィオ、翔はお前のなんだ?」
「? 翔は、ヴィヴィオの友達だよ」
「ならば、翔は大事か?」
「うん」
「そうだな、翔も同じ思いだろう。あれは、正しいと信じた事を貫く為…そして、大切な者を守る為に武門に入った。それはつまり、お前を守ると言う事でもある。ならば、少しくらいは許してやれ」
「む~……」

『少し難しかったかも知れんな』と、まだ納得のいかない様子のヴィヴィオに苦笑する。
叶うなら、翔がヴィヴィオの為に拳を振るう機会などあってほしくはないのだが……。
なぜならそれは、ヴィヴィオの身が危険にさらされると言う事でもある。
それも自分たち大人の手が、何らかの理由で届かない時に。正直、それはあまり楽しい未来図とは言えない。

(しかし、こうして見ると……つくづく恐ろしい天禀(てんびん)だ。白浜が危惧したというのも頷ける)

眼下で繰り広げられる、とても5歳の子どもを相手にしたものとは思えない修練のレベルに、さしものザフィーラも舌を巻く。
未だ身体が小さく、それに伴い体重が軽い為に一撃に乗せる重さが物足りないのは仕方ないだろう。

だが、一撃一撃の鋭さが尋常ではない。
兼一の弟子育成能力の高さは、ギンガの急激な成長を見ても明らか。
しかし、それだけでは説明できない物があると感じるほど、翔の技のキレは年齢に対して不相応だ。
あれが、武を学び始めて数ヶ月の子どもの動きだろうか。
なにより、翔の恐ろしい所は……

「あっ!? また翔のこと殴ったぁ! もう~!」

ミットを嵌めた兼一の一撃を受け、翔の身体がその場で大きく回転する。
ヴィヴィオには兼一が翔をいじめている様にでも見えているのか、大分憤慨している様子。

ただ、ザフィーラは全く別の点に着目している。
なにしろ、かなりいい形で一撃もらってしまった筈の翔は、半回転ほどすると停止。
何事もなかったかのようにミット打ちを再開しているのだから。

(さすがに、完全には受け流せてはいないようだが、あの動き……不死身の作曲家のものか)

あの動きを見ると、以前僅かな期間六課に逗留していた兼一の古い友人を思い出す。
円運動を特徴とする彼の秘技は、敵の攻撃を受け流す事を得手とする。
今翔がやって見せたのは、その極々初歩に相当する技術の筈。

確かにあの時、翔は彼からも手ほどきを受けていた。
だが、あの短期間で不完全な初歩とは言えそれを体得するとは……。
過去、誰ひとりとして付いて行く事の出来なかった彼の修業に付いて行き、曲がりなりにもその技を身に付ける。
それがどれほど凄い事なのか、きっとあの子は理解していないのだろう。

(まさしく、神童か……)

天賦の才を持つ者が「天才」なら、幼くしてその道のコツを知り得てしまった者を「神童」と呼ぶ。
この点から鑑みて、翔は「天才」で済ますには行き過ぎている。
恐らく、あの子には他の者にはわからない何かが見える、ないし感じ取れているのだろう。
それが何かまでは、今の所ザフィーラにもわからないが。

「はい、白浜ですけど。 え? あ、はい、わかりました。すぐ行きます。
 ごめん、翔。ちょっと隊舎に戻らなきゃならなくなったから」
「うん、いってらっしゃ~い」

どうやら何かの緊急通信が入ったらしく、修業と中断して隊舎へと戻っていく兼一。
それに手を振って見送る翔だが、兼一の姿が見えなくなると僅かに寂しそうに見えたのは気のせいではあるまい。
とはいえ、これで翔が戻ってくると思ったのか、ヴィヴィオの機嫌は良くなっているが……長続きはしなかった。

「ん! せい! やぁ!」
「ええ―――――――――――――! なんでそうなるの―――――――!」

意を決したように拳を握り、一人で型の稽古を始める翔。
当てが外れたヴィヴィオは、窓ガラスにへばりつくようにして抗議しているが、翔は全く気付かない。
この女心がわからない辺りも、どうにも血筋の様なものを感じさせる。

その後、我慢の限界に達したヴィヴィオが翔を引き摺って行くまで、彼は黙々と一人稽古に勤しむのだった。
ちなみに……

(あれは、将来頭の中が武術一辺倒で周りを苦労させるかも知れんな)

とは、そんな二人のやり取りを見守っていたザフィーラの感想である。



  *  *  *  *  *



しばし時を遡り、機動六課隊舎玄関。
やや緊張した面持ちで機動六課の長、八神はやてはある人物と向かい合っていた。

「機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐です。お待ちしておりました」
「オーリス・ゲイズ三等陸佐です。よろしくお願いします」

査察にやってきたのは、見るからにお堅そうな眼鏡の女性とその随員が数名。
言葉にはせずとも、ビシバシと「重箱の隅まで突いてやるから楽しみにしていろ」という空気が伝わってくる。
地上本部からの風当たりが強いのは覚悟していたはやてだったが、ここまで敵意満点だとさすがに怯まざるを得ない。

「では、ご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
「はい。時間もない事ですし、急がせていただきます」

わざとらしく眼鏡の位置を直し、言わなくていい事まで言ってくれる。
階級的にははやての方が上だが、ここにいるのは地上本部の総大将「レジアス・ゲイズ」中将の代理人と考えるべきだ。実の娘を送り込んでくる辺りに、「そう思え」と言う意図を感じる。
なら、階級などという安いプライドは捨て、下手に出ても良いからこれ以上印象を悪くしないよう努めるよう。

(まぁ、明らかに焼け石に水っちゅう感じやけど)

正味な話、はやてもそれで効果があるとは全っ然思っていない。
多分…というか間違いなく、彼女らがはやて達に向ける感情は不可逆だろう。
悪化する事はあっても、今より良くなる事はないに違いない。
まぁ、だからと言って公然と開き直れるほど、さすがにはやても図太くはないが。

そうして査察が始まったわけだが…………急場にしては六課の面々は良くやったと言えよう。
本当に見られて困る物などほとんどないが、出来れば見られたくない物なら少しはある。
それらを上手く隠し「私達、今日も誠心誠意仕事に励んでますよ」とアピール。
眼鏡が反射する室内灯の光には何か言葉にできないプレッシャーを感じるが……耐える。

「…………ところで、八神二佐。隊舎の掃除についてなのですが」
「ああ、みんな小まめに整理整頓してくれてますし、中々綺麗でしょ」
「ほう……これで?」

良いながら、オーリスはすぐ傍の窓枠を『ツーッ』と指でなぞり、指先に視線を落とす。
そこには、薄らとだが彼女の指先を白く覆う埃が付着していた。

「なるほど。あなたには、これは『掃除がされている』状態というわけですか」
(どこの小姑や、アンタ!? リアルでそんな事する人、初めて見てわ!?)

どう見てもいちゃもんをつけるためのこじつけなのだが、だからこそ厭味ったらしいと言ったらない。
明らかな挑発とわかっていても、はやてのコメカミには青筋が浮かんでしまう。
『クール、クールになるんや、私』と自らに言い聞かせ、なんとか体裁を整えるはやて。

しかし、この場にいる全員が全員、そんな内心を綺麗に隠し通せるほど器用ではない。
中には、完全には隠しきれずにオーリスに対し舌打ちや不満げな視線を向けてしまう者もいた。
それを目敏く確認すると、更なる追い打ちが掛けられる。

「ふん、上司が上司なら部下も部下という事ですね。
この有様では、部隊長だけでなく隊員の程度も知れると言う物でしょう」
(殴りたい、今無性にこの人を殴りたい……!)

オーリスのこの一言には、流石のはやても「カッチーン」ときた。
別に自分の事を悪く言うのは一向に構わない。
諸々の事を覚悟した上で局に入り、全て承知の上で上を目指すと決めたのだ。
やっかみも偏見も、全て呑み込む度量を持とうと心に誓っている。
故に、どんなに頭にきてもそれを表に出す様な事はしない。

だが、自分への評価や印象を部下達にまで波及されるとなれば話が別。
自分の過去と関係がある者も六課にはいるが、大半が無関係だ。
その人達を「“あの”八神はやての部下だから」と思われるのは心外の極みである。
そんな色眼鏡で見ず、本当の彼らを見ればわかる筈だ。彼らは皆、掛け値なしに優秀な人材だと言う事が。

(ダメですよ、はやてちゃん。ここで癇癪を起したりしたら……)
(やめてください、部隊長!)
(我慢、ここは我慢ですよ!)
(わかっとる、そんな目で見んでもわかっとるって。
 す~~~~、は~~~~~~……よし、もう大丈夫)

リインやグリフィスといったロングアーチの面々が視線に込めた思いを汲んで怒りを飲み込み、頭の中で数十回オーリスをぶん殴る情景を妄想する事で溜飲を下げたはやて。
そうして、彼女は満面の笑みでオーリスに向き合い……

「いえいえ、みんな私なんかには勿体無い子たちばかりです。
 ほんまに、私の隊ばっかり優遇してもろて申し訳ない限りですわ」
「む……」
(部隊長―――――――っ!? アンタ何言ってるんですか!?)
(ええやん、これ位。私は単に自分の部下を自慢しただけや)

確かにその通りではあるが、実質嫌味スレスレである。
何しろ、地上部隊は優秀な魔導師のほとんどを本局に取られてしまっているのが現状。
故に、はやては敢えて「魔導師」と限定しなかったが、捻くれた見方をすれば充分に嫌味として通じるだろう。
実際、ここまで人材を惜しげもなく投入している部隊などまずないのだから。

「まぁ、良いでしょう。では、次に……」

そうして、その後もはやてとオーリスは気の弱い者の胃に悪いこと甚だしい雰囲気をぶつけ合いながら、査察を続ける。
だがある所に至った瞬間、はやての顔色が一変した。

(アカン、ここは!?)
「どうかなさいましたか? 早く開けていただけませんか?」

その変化を目敏く見逃さず、追撃をかけるオーリス。
はやてはしどろもどろになりながら、なんとかこの場から移動しようと持ちかける。

「え、ええっと、ここは単なる倉庫でなにもありませんから…………………つ、次行きましょう、次!
 時間も押してますし、まだまだ見る所は沢山あります!」
「構いません。どうぞ開けてください」
「で、でもほんまに見る様な物はなにも……」
「でしたら、見られて困ることもないのでしょう?」
(うぅ~、しもた!? まさかこんな所まで見るやなんて、こんなことならいっその事海に沈めておくんやった……)

自分が優位に立った事を確信したのか、オーリスは不敵な笑みを浮かべている。
が、彼女は知らない。この先にあるのは、何もはやてだけにとって都合の悪いものではない事を。
ここは機動六課におけるパンドラの箱。明けてはならない災厄の部屋なのだから。

「後悔、しても知りませんよ?」
「構いません。時間が押していると仰ったのは二佐と記憶しておりますが?」
「はぁ~~~~~~、ホンマに知りませんからね」

渋々、はやてはその扉の鍵を開けて解放する。
そして、一歩踏み込んだオーリス達が見たのは…………ある意味、この世ならざる光景。

「こ、これは!?」

壁際には数えきれない程の、大小さまざまな地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵、地蔵。
整然と並んでいるにもかかわらず…いや、むしろそれが見る者を圧倒する一種異様な雰囲気を生み出している。

これらは全て、兼一が修行用に持ち込んだり送ってもらったりした「投げられ地蔵ぐれ~と」。
今朝方、大急ぎでこの部屋に押し込んだのだが……すべてが無意味だったと言うことらしい。

オーリスはあまりの光景に呆然とし、続いて部屋に入った随員達もはやての言葉の意味を理解する。
ここにあるのは六課や本局が不利になる要素などではない。
ただ単純に、見る者に強制的に後悔を強いる何かだ。と、思っていたのだが……

「な……」
(まぁ、そらこんなもん見たら正気でいられる筈が……)
「なんという豪快にして繊細な……彫り!!」
「え~~~~~……」

思っても見ないオーリスの発言に、他でもないはやての眼が点になる。
オーリスは大急ぎで地蔵群に歩み寄るや、しげしげとそれらを観察、感動に打ち震えるのだった。

「八神二佐!」
「は、はい!?」
「私は二佐の事を誤解しておりました。まさか、その若さでこの様なコレクションをお持ちだったとは……このオーリス、感服いたしました」
「はい?」

恭しく頭を下げるオーリスに、はやては間の抜けた顔で問い返す。

「あの…それはいったいどういう意味でしょうか?」
「おや? これは八神二佐のコレクションではないのですか?」
「ああ、いや、うちの隊員の私物…と言いますか……」

なんでも、聞くところによるとオーリスは美術品の鑑賞が趣味なのだとか。
一人美術館に赴き、閉館時間までじっくりたっぷり観賞するのが休日の過ごし方。
見た目に違わないというか、とてもらしい趣味と思ったのは秘密である。

で、なんやかんやと紆余曲折があり、どういう訳かこれらの所有者に会わせてほしいと頼まれた。
その結果、本来顔を合わせる筈のなかった兼一が呼び出された次第である。そして……

「無粋な申し出とは百も承知ですが、恥を忍んでお願いします。
 是非ともこちらの作品を、お一つ譲ってはいただけないでしょうか?」
「あ、いや……これは、その…師匠からの貰い物なんで、お譲りする訳には……」
「そこをなんとか!!」

そうして始まった、当初の目的からズレにズレまくった商談。
金に糸目はつけないと語るオーリスに、貰い物をさらに誰かに譲るのは気が引ける兼一。
双方譲らず、話しは平行線をつき進む。
だがさすがの兼一もオーリスの熱意に負けたのか、別案を提示した。

「あの、これらはお譲りできませんが、うちの師匠と直接交渉してはいかがでしょう?
 話くらいは通しますけど……」
「……わかりました。それでお願いします」

幸い、今の時間帯なら地球の日本でもそう非常識な時間ではない。
なのは達の関係もあって、地球への連絡手段もある。
兼一ははやてに話を通し、急ぎ梁山泊へと電話を繋ぐ。

「はい、オマエのコドモはアズカッタよ!」
「アパチャイさん、ですからその応対は間違ってますって……もういいです、岬越寺師匠います?」
「おーい、秋雨ー! 兼一から電話だよ――――!」

そうして待つ事しばし。

「やぁ兼一君、久しぶりだねぇ。いったいどうしたんだい?」
「実はですね、かくかくしかじか……という訳でして、とりあえず代わりますね。ゲイズ三佐、後はどうぞ」
「ありがとうございます」

兼一と交代し、秋雨との交渉を始めるオーリス。
彼女は暑く、熱く、アツク自らの情熱と投げられ地蔵から受けた感動を語る。
秋雨は静かに「ふむふむ」と聞いているが、いまいちなにを考えているかわからない。

ちなみに、兼一が去った後の隊員寮。
ヴィヴィオに引きずられるようにして部屋に戻った翔は、二人で仲良くアイナのお手伝いの真っ最中。
お日様の匂いのする洗濯物を、それぞれ丁寧に丁寧に畳んで行くのだが。

「できた? できたー!」

ザフィーラに確認を取り、アイナに報告するヴィヴィオ。
ベッドメイクをしていたアイナはそれを見て、にこやかに褒める。

「ああ、上手上手。ありがとね」
「えへへ♪」

ヴィヴィオも嬉しそうにそれに笑顔で返し、次なる洗濯物を手に取る。
で、もう片割れの翔はというと……。

「アイナさ~ん」
「ん?」
「できな~い……」
(な、なんて不器用な子……)

涙目になりながら、なぜかぐちゃぐちゃになった洗濯物を掲げる。
単に半分に折っていくだけなのに、どうしてこんな有様になるのやら。
つくづく、不器用な子である。

そうして場面は戻り、いまだ熱心なアピールを続けるオーリス。
そんな彼女の後ろでは、はやてがようやく安堵の息をついていた。

「ふぅ、とりあえずこれで大丈夫そうですね」
「ですね。あれだけ熱意をアピールすれば、多分大丈夫でしょう。
 岬越寺師匠、芸術は売り物じゃないって人ですけど、同時に芸術を真に理解している人にはポンと譲っちゃう人でもありますから……」
「というわけで、是非とも先生の作品を譲っていただきたいのです!」

と思っていたら、一頻り語り終える良い汗をかいたオーリス。
そんな彼女に返ってきた秋雨の返答は、皆の予想を大きく裏切るものだった。

「……………………………………え~~~~~~、やだ~~~~~~~」
『は?』
「ま、不味い!?」
「な、なにが不味いんですか、兼一さん?」
「岬越寺師匠の『え~、やだ~』が出た!!」

『え~、やだ~』一見すると子どもの様な口ぶりだが、岬越寺秋雨が一度これを言ったが最後、彼を説得するのは難攻不落の要塞に挑むのも同然。
なにしろ、かつて『漬物石』のために眼も眩む様な莫大な金銭を積まれても首を縦に振らず、それどころか一国の国家元首クラスの権力、もしくはどれほどの暴力を持ってしても彼の態度を変えることは不可能だった。
曰く、岬越寺秋雨が「え~、やだ~」モードに入った時の頑固さは……国士無双!!!
そしてそれを証明するように、オーリスが提示するどんな条件も秋雨はこの一言の下に拒絶する。

「お、お金でしたら幾らでも!」
「え~~~~、やだ~~~~~」
「それなら全管理世界へのフリーパスと次元航行船のセットはいかがですか!
 これさえあれば、どの世界に行くのも自由ですよ!」
「え~~~~~~~~~~~~、やだ~~~~~~~~~~~~~」
「も、もし譲っていただければ無料でどなたでも鑑賞できるよう取り計らいます!!
 ですから、どうかお願いします!」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、やだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

力づくと言う手段に出ない辺りは好感が持てるが、それでも決して首を縦に振らない秋雨。
見れば、オーリスはよほど秋雨の作品に感銘を受けたらしく、もうなんか涙目だ。
さすがにはやても、あそこまで必死になられると哀れに思えて来る。

「兼一さん、なんとかなりません?」
「いやぁ……僕が言った位で考えを覆す人じゃないですから」

一番弟子の兼一ならあるいはと思ったはやてだが、それは見通しが甘いと言うもの。
兼一の言う通り、それくらいで考えを覆すような生易しい相手ではないのだ。

そうして、二人の交渉は日が暮れるまで続き………………結局、最後はオーリスが根負けする形で決着。
ただし、本人はもう一度条件を整えて再挑戦する気の様だが。
なので、とりあえず梁山泊への連絡方法だけ教えてもらい、オーリス達は帰っていくのだった。

そして、その晩。
ようやく一山越えて少しは枕を高くして眠れると布団を被った所で、はやてはあることに気付く。

「…………………………あれ? そういえば査察は?」






あとがき

ふぅ、これでようやくちゃんとヴィヴィオが出せたかな?
そして、ヴィヴィオと翔の関係性は大体こんな感じ。概ね仲が良いのですが、第一印象の関係からヴィヴィオは兼一が苦手で、その兼一が翔を時々奪って行くのでより一層敬遠しがちなのでした。

あとは、秋雨の「え~、やだ~」が出せて楽しかったです。いつかやりたいネタでしたから。
さて、次はまだ地上本部襲撃ではなく、その前にもう一つ挟みます。内容はまだ秘密ですが、前回の伏線という程のものでもありませんが、それの回収です。大一番を前に、ちょっとした飛躍の時、みたいな感じで。

では、次はもう少し早く出せるようにしたいと思います。
一ヶ月近く更新しないなんて、最近では少なかったのになぁ……ちょっと反省。


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