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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 34「I・S」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 20:50

空と地下、双方で繰り広げられる殲滅戦と争奪戦。
自体が刻一刻と混迷の度合いを深める中、更なる因子が動きを見せる。

管理局の魔力探知の網から逃れ、コンクリートジャングルにたたずむ大柄の黒い影が一つ。
目深にかぶったフードのせいで顔は見えないが、その筋の者なら一目でわかる程に研ぎ澄まされた佇まいだ。

だがその実、彼の心中は穏やかとは言い難い。
なにしろ、ツレの者との待ち合わせ場所に到着してみれば、影も形も見当たらないのだから。
それどころか、遥か遠方では盛大に戦闘が行われている始末。
挙句の果てに、その参加者達は彼にも見覚えのある面々と来た。

「あの幻影、ナンバーズ達も動いているのか。となると……」

見る限り、空で戦っている機動六課の面々は良くやっている。
かなりの数にのぼる敵性兵器と、未知の敵が仕掛ける幻影による撹乱。
それらに対し、敵を決して市街地に近付けず、広域攻撃が始まってからは一方的な戦況だ。

その手際には純粋に称賛の念を覚えるが、だからこそツレの事が気にかかる。
機動六課とガジェット、それにナンバーズが絡んでいる以上、「レリック」が関与している可能性は高い。
もしそれを持ちだされれば、幼い被保護者はこの件に踏み込んでしまうかもしれない。
普段なら自分が傍にいて諌めるなり、相手方を牽制するなりするのだが……。

「やはり、別行動などとるべきではなかったのだ……」

本人は『大丈夫』と言っていたし、先の事を考えてその自主性を尊重したが……。
やはり無理にでも傍にいるべきだったと、今更ながら後悔する。
とそこへ、遥か上空より小さな……リインフォースと大差ない背丈の小人が空気を裂きながら急降下してくる。

「旦那――――――――――――っ!!」
「アギトか、ルーテシア達はどうだった?」
「ダメだ、やっぱりアイツらに頼まれてレリックを探しに行ったみてぇだ」
「そうか……」

案の定と言えば案の定であり、出来ればそうであってほしくなかった現実。
ルーテシアも、せめて自分達と合流するまで待ってくれればよかった物を。
まぁその場合、高確率で出遅れてしまうのは間違いない。
その意味では、迅速に動くにはこうする以外になかったのはわかる。わかるが、それでもと思ってしまう。

「ったく、あんの変態医師めぇ~!!」
「文句を言っていても仕方がない、俺達も潜るぞ」
「ぉ、おう!」

旦那と呼んだ男に促され、アギトは慌ててその肩にしがみつく。
男はアギトが振り落とされない様に軽く支えながらビルの屋上の床を蹴り、その身をコンクリートジャングルに踊らせる。

魔力は極力使用しない。
この状況ではよほど目立つ事でもしない限り追手がかかる事もないだろう。
特に彼の場合、そもそもが「死んだ」事にはなっているが、念には念をだ。
彼自身の目的の為にも、ルーテシアとの合流を邪魔されない為にも、今は『急がば回れ』の時だから。

男はビルの壁面を一気に駆け降りながら、地下へと潜る為のマンホールを探す。
その過程で、チラリと空で繰り広げられる壮大な殲滅戦に眼がいく。
丁度そこから視線を眼下に戻そうとした時、マンホールを見つけるより先に……それと眼があった。

(あれは……)

眼が合ったと言っても、彼我の距離は未だ一キロ近くある。
普通なら互いの顔すら認識出来ない程の距離だ。『眼が合う』などと言う自体がそもそも起こり得ない。
しかしそれでも、彼には見えた。尋常ならざる速度で大地を移動する人影と、その顔が。
そして気付いていた、その人物もまた自分の方を見ていた事に。

そんな相方の変化に気付いたのだろう。
アギトは不思議そうにフードの中の厳めしい顔を覗き込んできた。

「旦那?」
「アギト、お前は先に行け」
「え、でも……」
「俺の事は気にするな、後から必ず追い付く」

逡巡するアギトに対し、安心させるように声音を意識しながら語りかける。
こう言ってはいるが、そう簡単にいくとは思っていない。
何しろ相手は、彼も一目置くあの男と互角に戦い、あの男もまた勝利してなお敬意を惜しまなかった武人だ。
立ち会うなら、自身もまた相応の覚悟がいる事を、彼は良く理解している。
だが、そんな内心はおくびにも出さず、男はアギトに対し不器用な言葉を紡いだ。

「それとも、俺が負けると思うか?」
「っ! そ、そんなことあるわけねぇだろ!
 旦那が…旦那が管理局のやせっぽち共なんかに負けるかよ!」

よほど男の強さを信頼しているのだろう。
アギトは即座に反論するが、それで逆に引っ込みがつかなくなった。
そう信じているからには、これ以上その身を案じる事などできる筈もない。
しかし、そんな男の考えがわからない程、アギトも馬鹿ではなかった。

「そう言う事だ。なら、何も迷う事はない」
「………旦那、そう言うのってすっげぇズルイと思う」
「すまんな」

憮然とするアギトに謝りながら、巌の様なゴツゴツとした手でその頭を軽く撫でる。
アギトは少し気恥ずかしそうに頬を染めるも、やがて男から距離を取った。

「……わかったよ。あたしはルールーの手助けをして、旦那は局の連中を適当にあしらってから合流。
 それで良いんだろ?」
「ああ、頼むぞ」
「任せろって! 何しろあたしは、烈火の剣精アギト様なんだからな!」
「そうだったな、いらん世話だった」
「おう! じゃ、後でな旦那!」

威勢良く啖呵を切り、アギトは男と別れルーテシアを追って地下へと潜る。
男は行き先を真下から横へと変え、ビルの合間を移動していく。

これだけの距離があれば振り切る事も出来たかもしれないが、問題なのは追いつかれた時。
あれと闘えばルーテシア達を庇う余裕は期待できない。
むしろ、近くで闘えば巻き添えにする恐れすらある。だからこそ、男はアギト達との別行動を選び、足止めを選択したのだが……胸を熱くする高揚があった事もまた、否定できない事実だった。
強者と手合わせしたい、それは武人が等しく持つ欲求だから。

(この身は既に死人、そんな事はわかっている……だが、この熱はまだ冷めてはいなかったか)

久しく感じて来なかった体を駆け巡る血の熱さ。
腕が疼き、得物を握る手が汗ばみ、口腔が乾き、粘性の高い唾を飲み込む。

しかし、悪くない。
それどころか、もしかしたら自分はずっとこの時を待っていたのではないかとさえ思う。
あの日、消えずに燻ぶり続けた命の火を燃やせる、そんな相手との邂逅を。

そうして、二人は対峙する。
片や、地球にあっては「一人多国籍軍」の異名で名を馳せた武人、白浜兼一。
片や、ミッドチルダにあっては希少な古代ベルカ式の使い手にして、地上部隊にあっては貴重なS+ランクの「ストライカー」、ゼスト・グランガイツ。

兼一は名乗りを上げ、相手に何事か問いかけようとするが抑え込まれる。
眼を見れば、相手が己を敵として認識し、何を言っても退きはしない事が一目瞭然だった。
聞きたい事があるのなら、腕づくで聞きだしてみろと、その眼が語っている。
兼一は説得をはじめとした諸々を諦め、心身ともに臨戦体制へと移行。
ゼストはそれに僅かに感謝し、自身もまた長年愛用したデバイスを振り上げる。
瞬く間に彼我の距離は詰まっていき、やがて両雄は互いを間合いに捉えた。

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

ぶつかり合う、槍の柄と手刀。
衝撃と裂帛の気迫が大気を揺さぶり、名乗りも上げぬ決闘の開幕を告げた。



BATTLE 34「I・S(インヒューレント・スキル)」



場所は移って地下。
ロングアーチの誘導に従ってフォワードの4人が地下道を駆けたその先に待っていたのは、いくつもの石柱が並び立つ開けた空間。
恐らく、大雨の時などに都市の洪水を防ぐために設けられた、調圧水槽の一種だろう。

「すごい……」

漏れたのは、誰のものともしれない呟き。
巨大な物と言うのは、ただそれだけで人を魅了する力を持つ。
ましてやそれが、数えきれない程の数の石柱が整然と林立する、どこか荘厳な雰囲気を放っているとなれば尚更。
四人は僅かな時間、眼前に広がる光景に圧倒され足を止めたが、ティアナはいち早く気を取り直す。

「ほら、いつまでもぼーっとしてないの。手分けしてケースを探して、即封印。いいわね?」
「「「うん(はい)!」」」

ティアナの指示に従い、四人はそれぞれバラけてレリックの捜索に当たる。
おおよその目星は付いているとはいえ、縦横共に200mを優に超える巨大な建造物。
水の流れによってここまで来た事を考えれば、今も少しずつ動いている可能性だってある。
隅から隅まで探そうとすれば、それだけで大変な労力を必要だ。

その上、僅かな光源しかない為に薄暗い。
例えば柱の影にあったりすれば見落としてしまう可能性も高いだろう。
故に見落としのない様に注意深く探すとなると、当然その歩みは遅くならざるを得ない。

そうして無言のまま、たっぷりと十数分の時間が経過する。
急いで、しかし慎重に柱の陰などを丹念に調べながらの捜索は遅々として進まない。
これでは皆の胸に苛立ちと焦燥が芽生え始めたのも、無理はないだろう。
だが丁度その時、四方を壁に囲まれた空間ならではの反響を伴いながら、キャロの声が響き渡った。

「ありましたぁ!!」

その声を聞きつけ、キャロの下に集まる仲間達。
レリックを収めていると思われる黒色のケースは、水に濡れてはいるが傷一つない。
これなら、後は簡単な封印処理だけで問題ないだろう。

目的のブツの発見に、僅かに場の空気が緩まる。
しかしそこで、どこか緊張を孕んだ声音でティアナが先を急がせた。

「それじゃ、さっさと封印してズラかるわよ」
「ティア、なんかそれ悪役っぽい……」
「うっさい!」
「でも、どうかしたんですか、ティアさん?」
「ごめん、説明してる時間も惜しいの。できるだけ急いでくれる?」
「え、ぁ、はい」

エリオの問いに対し、ティアナはキャロに封印処理を急がせた。
その表情は硬く、ピリピリと当たりを警戒している。
そんな相棒をいぶかしみながら、スバルは再度ティアナに問いかけた。

「ティア?」
「……こう薄暗いと、何かあった時に対処し辛いでしょ、それだけ」
「そう?」
「そう。あと、ギンガさんに連絡入れておいて、エリオはロングアーチに」
「あ、はい」

もっともらしい事を言いながら、どこか無理矢理に話を切り上げるティアナ。
二人はとりあえず指示に従い、スバルはギンガに、エリオはロングアーチへとレリック発見の報を入れた。
それに対し、ロングアーチからは急ぎギンガと合流するようにとの指示が入り、ギンガからは今こちらへと向かっていると言う報告が返される。

「よし。ほら、私達もさっさと……っ!?」
「ティア、この音!」
「キャロ、上!!」
「ぇ、きゃ!?」

鋭く、コンクリート製の柱を幾度も蹴る音。
それは瞬く間に4人に接近し、四条の黒い光がキャロ目掛けて放たれる。

すぐ傍にいたエリオはキャロを抱きかかえて飛び、四条の黒い光弾を回避。
同時に、ティアナは気配を頼りに姿なき襲撃者目掛けて魔力弾を放つ。

「そこ!!」

放たれた数発の燈色の光弾。狙いは良かったが、襲撃者はそれらを危なげなく回避し、うち一つを弾いてそのまま床を転がるエリオとキャロに追撃をかける。
だがそこへ、スバルが真横から襲撃者を思い切り蹴り飛ばした。

「ぜりゃああぁぁぁぁぁぁ!!!」

重い打撃音と共に、何かが大きく弾き飛ばされる。
元々、先の魔力弾は相手へのダメージを狙ってのものではない。

あれは、敵のおおよその位置を絞り込む為の布石。
感覚的に「あの辺り」と目星を付ける事は出来たが、それだけでは心もとない。
そこで、適度にバラけさせた魔力弾を放って位置を絞り、そこへスバルが割り込んだと言う事だ。

「大丈夫、二人とも?」
「はい、なんとか」
「ありがとうございます。エリオ君も」
「うん」

スバルの背後では倒れていた二人が起き上がり、間もなくティアナも駆けよってきた。
四人は僅かに視線を交わして無事を確認すると、続いて姿なき襲撃者が蹴り飛ばされたであろう方向を見る。
光学迷彩か、それに類するものをかけていたのだろう。
そこには、徐々にその姿を露わにする人間大の、甲殻の鎧に身を包んだ生き物がいた。

「あれは……」

眼前に立つ、異形の存在に警戒心をあらわにする四人。
しかしそれは、思わず前方へと注意が傾き、背後がおろそかになるということ。
それを見透かしたかのように、背後より静かに忍び寄る人影がいた。

「……ぁっ!?」
「しまった……!」

最初にキャロ、続いてティアナが気付いて後ろを振り返る。
そこには先の奇襲で取りこぼしてしまったレリックと、それに手を伸ばす紫の髪の少女。
ティアナは反射的に引き金を引こうとするが、相手の容姿が目に移った瞬間それを自制してしまう。

キャロと同い年くらいと思しき背丈と、どこか人形の様に整った顔立ち。
だがそこには感情の様な物は見受けられず、人形という印象をより一層強くする。
そして少女は、ティアナの一瞬のためらいを見逃さなかった。

「邪魔」

その一言共に放たれる、紫の光の奔流。
二人は急ぎバリアを展開。押されながらもなんとか耐えきるが、同時にその背後でも異変が起こっていた。

光の奔流が放たれると同時に、魔力弾を伴って鎧に身を包んだそれが突っ込んでくる。
スバルとエリオはそれを迎え撃とうと身構えるが、その直前魔力弾がそれを追い越した。
ここで回避すれば、魔力弾は後ろの二人に向かってしまう。
スバルはそれを受け止めるべくシールドを展開、続いてエリオはそれを僅かに迂回する形で飛び出そうとする。
しかしその直前、突如放たれた魔力弾が炸裂した。

「なっ!?」
「これは、煙幕!」

エリオの言葉通り、二人のすぐ前には魔力弾の爆発と同時に酷い煙が発生。
鎧に身を包んだそれの姿を覆い隠してしまった。

そこから、計6発の魔力弾が煙幕を貫いて飛来するも、二人は即座にそれらを撃墜。
この程度の奇襲が成功する様な、生ぬるい訓練はしていない。
しかし敵もさる者。魔力弾の撃墜につかった僅かな時間を利用し、二人の頭上を飛び越える。

それは少女の前に着地すると、彼女を抱えて再度跳躍。その場からの離脱を図る。
もちろん、4人にそれをみすみす見逃す理由はない。
スバルとエリオは急ぎその後を追い、ティアナとキャロからも魔力弾が放たれた。

少女もまたそれらを迎撃しようと魔力弾を放つ。
だが奇怪な事に、真っ直ぐに二人の追撃者と二色の魔力弾へと向かった筈のそれは、何の結果も引き起こすことなく素通りしてしまう。それどころか、まるで陽炎のように揺らめき、消滅してしまった。

「え?」

一瞬、何が起こったかわからず硬直する少女。
その表情には、初めて「困惑」という感情が浮かんでいた。

とそこで、少女を抱えた鎧をまとったそれの脚が止まる。
当然だ。右手には槍を構えた赤毛の少年、左手には拳を突きつける鉢巻きを巻いた少女がいたのだから。

先の追撃してきた二人と放たれた魔力弾はティアナが作った幻術「フェイク・シルエット」。
本当の二人は、見つからない様にこっそり迂回して回り込んでいたという寸法である。

「ごめんね。だけどそれ、本当に危険なものなんだよ」
「僕達は管理局の者です。どうか、それを渡してください」

幼い少女に武器を突きつけるのが忍びないのだろう。
二人の声音にはどこか逡巡の様なものがあり、表情には苦い。
だが、そんな二人に少女は敵意に満ちた視線だけを返す。

「あんま乱暴な事はしたくないけど、仕方がないか。とりあえず拘束を……」

どこからどう見ても、協力的という言葉とは無縁の少女。
已む無く、ティアナとキャロの二人はバインドで拘束しようとするが、その時……

「スターレンゲホイル!!」

あらぬ方向より飛来する薄紫の光弾。
しかし、寸での所でそれに気付いたティアナは即座にそれを撃墜。
いったいどのような効果を狙った物かは定かではないが、とりあえず不発に終わった。

「ティア!」
「その子から目を離さないで!
 敵の狙いはその子の奪還の筈、ならその子とレリックの確保が最優先よ。良いわね!!」

一瞬浮き足立ち、少女への警戒が緩みそうになる相棒に指示を飛ばす。
僅かでも隙を見せれば、その間に少女自身が離脱してしまうかもしれないからだ。
スバルとエリオはその言葉に気を引き締め、少女に対する包囲を固め直す。

同時に、ティアナはキャロと共に先の光弾の射手を見つけようと視線を巡らせる。
そこで、キャロが暗闇の中に何かを発見した。

「ティアさん、あそこ!」
「…………アンタは」
「ヤッホー、助けに来たよ、ルー」
「大丈夫かルールー、ガリューも。
あたしたちに黙って勝手に行っちまって、あたしも旦那もすっげぇ心配したんだからな!」
「アギト、それにアノニマートまで。どうして?」
「ん? 丁度すぐそこでアギトと合流したから」
「ううん、そうじゃなくて……」

上手く質問の意図が伝わらなかったらしく、的外れな返事が返ってくる。
だが、ルーと呼ばれた少女が改めて問い返そうとする前に、アノニマートの視線が移された。

「それにしても………ずいぶん成長したみたいだね。
ルーを助けるついでに、あわよくばと思ってたんだけど……ちょっと予想外♪」

口元に指をやり、心底嬉しそうに微笑むアノニマート。
忘れる筈がない、見間違う筈もない。
些か前、四人が手痛い敗北を喫した男なのだから。

しかし、それだけではない。
アノニマートのすぐ横には、フワフワと宙に浮く一対の羽を生やしたリインフォースとほぼ同じサイズの小人。
アギトと呼ばれたその小人は、何やら苛立った様子でアノニマートの耳を引っ張っている。

「って、何余裕ぶっこいてんだ! ここからどーやってルール―を助けるんだよ!!
 姿まで見せちまって、何か考えがあるんだろうな!!」
「アハハハ♪ うん…………どうしようね? 予想以上にみんなが成長しててさ~。いやぁ、困った困った♪」
「ほんとに困ってんのか! つーか、困ってねぇでどうするか考えろよ!!」

あっけらかんと能天気に笑うアノニマートと、その襟首に掴みかかる小人。
一瞬「苦労してるなぁ」と同情してしまいそうになるが、それをなんとか振り払う四人。

「そうだねぇ~……じゃあ、こうしよう。
 ねぇ、君達。ルーを離してくれたら僕達は大人しく帰ろうと思うんだけど、どうかな?」
「それは、レリックは置いて行くって取っていい訳?」
「いやいや、もちろんレリックとルーはセットだよ、うん」

アノニマートの返答に対し、ティアナはあからさまに肩を竦めて溜息をつく。
元々見逃す気などなかったが、あまりにも一方的なその要求には呆れるしかない。
全く、こんなものはとても交渉と呼べるものではないだろうに。

「はぁ、そんな事だろうと思ってはいたけど、話にならないわね」
「あ~、やっぱりダメ?」
「って、お前まさかそんなのが通ると本気で思ってたのかよ!
 バカか? バカなんだな! お前、やっぱりバカなんだろ!!」
「そんなバカバカ言わないでよ、悲しくなるじゃないか」
「悲しいのはあたしだ!! あ~、なんでこんなのを一瞬でも信じまったんだぁ――――――――っ!!」

己の浅はかさを悔い、頭を抱えて唸る小人。
そんな小人に対し、アノニマートは軽く頭を撫でながら身の程知らずな台詞を口にする。

「ほらほら、そんなに怒らないで。すぐ熱くなるのはアギトの悪い癖いだよ。
 ここは冷静に、慎重にルーを助ける方法を模索しないと」
「う~! そうかもしれねぇけど、怒らせてる張本人にだけは言われたくねぇ!」
「まぁ、それはそれとして……交渉は決裂、って事で良いのかな?」
「あれが…交渉とでも言うつもり?」
「でも、悪い話じゃないと思うんだ。だって、それなら………………君達は無事に外に出られるわけだし」
「くっ……!」

傲慢な、成層圏レベルからの上から目線の物言い。
正直、非常に頭に来ているティアナだが……彼女はその怒りを深く呑み込む。
多少成長した所で、アノニマートとの力の差が逆転したと思いこめるほど、ティアナは楽天家ではない。
さすがに、管理局の人間が人質を使うわけにもいかず……。

「どうするの、ティア?」
「全員を確保…は、私達だけじゃさすがに欲張り過ぎね。
 任務はあくまでケースの確保よ。ケースは一応こっちにある以上、死守しながら撤退する」
「その間に、こっちに向かっているギン姉や兼一さん、ヴィータ副隊長にリイン曹長と合流できれば……」

その欲張りも可能になる筈。
この場合、一端少女を手放さねばならないだろう。
さすがに人一人を抱えたままでの離脱は困難だし、手元に置く事で危険が増す可能性もある。
とそこへ、件の面々からの通信が入った。

(よし。中々良いぞ、スバルにティアナ)
((ヴィータ副隊長))
(私もいるですよ)
(リイン曹長。お二人とも、今どちらに?)
(そこから南東に少し離れた所です。だいぶ近づいてますですが、まだもう少し時間がかかりそうですね)

つまり、合流するにはなんとかしばらく時間を稼がなければならないと言うことだ。
無論、自分達だけではかなり難しいだろうこともティアナにはわかっている。
叶うなら、すぐ近くに援軍がいると言う都合のいい状況だと助かるのだが……。

(そうですか………ギンガさんと兼一さんは?)
(兼一さんは地下に潜る前にその人達の仲間と思われる人物と遭遇して、今は戦闘中です。ギンガは……)
(私はあと少しで合流できるわ。だからみんな、なんとか持ちこたえて)
((((了解!))))

これで方針は決まった。ケースを死守しながら時間を稼ぎ、ギンガやヴィータ達と合流する。
それまではなんとしてでも時間を稼ぎ、ケースを死守しなければならない。

「さて、そろそろ時間切れだけど、どうする?」
「良いわ、この子は返す。でも、それが最大限の譲歩よ」
「ダメダメ、ちゃ~んとケースも付けてくれないと」
「二つともなんて欲張りすぎじゃないの? どっちか一つで諦めなさいよ」
「値切るねぇ。この状況でそれをする胆力はたいしたものだけど、残念ながら時間切れ。
 まずは、ルーから返してもらおうかな」

宣告した瞬間、アノニマートはルーテシア目掛けて一直線に疾駆する。
四人は同時にルーテシアを置いて飛び退き、一端大きく距離を取った。

無論、タダでルーテシアを解放するつもりもない。
置き土産とばかりにその四肢にはバインドによる拘束を施し、その上で腕力に優れるスバルがその手にあったケースを奪い取っていた。
スバルはそれをキャロに預け、三人がキャロを守る様に密集隊形を取る。

目的は時間稼ぎであり、ケースの死守。
バラバラになればまずケースが狙われるだろうし、同時に各個撃破の良い的にもなる。
それを警戒しての密集隊形だ。

「大丈夫か、ルールー。怪我とかねぇか?」
「うん、大丈夫。でも、これ……」
「そっか、待ってろ。すぐにあたしがぶっ壊してやっから」
「なら、あの子たちの相手は僕がすればいいってことかな? 
 あ、ガリューはルー達の傍にいてね。ルー達に何かあったらゼ…あの人に悪いし」

甲殻の鎧を纏ったそれ…ガリューは静かに首肯を返し、アギトとルーテシアを守れるように位置取りをする。
これで状況は事実上の1対4だが、それでもアノニマートの余裕は崩れない。
前回、一撃も入れさせることなく圧倒したのは事実。
確かにあちらも成長したようだが、それはアノニマートにも言える事。
『成長する』それが弟子クラスの本分、それ故の自信である。

「それにしても………ねぇ、ランスターさん」
「……」
「言った筈だよね、ここは君の居場所じゃないって。
 君は優秀だ、努力もしてるし覚えも悪くはないんだろう。だけど、やっぱりこっちでやっていくには足りない。
だから足手まといになる前に、ついて行けなくなる前に…分相応に生きるべきだって、僕は忠告した筈だよね。
未練があるのはわからないでもないけどさ、それは不毛だよ」
「うるさい! 黙ってれば言いたい放題……」
「そうです。あなたに、ティアさんの何が分かるって言うんですか!!」
「ティアさんの事、何も知らないくせに勝手なこと言わないで!!」

アノニマートの心ない言葉に、我が事の様に怒りを露わにする三人。
その瞳には仲間を侮辱された事への怒りが満ちている。
アノニマートはそんな三人の反応に好感を覚えるが、同時に気付く。
当の本人であるティアナが、全く反応を示さない事に。

しかも、俯いて表情が見えないと言うのとは違う。
彼女は毅然と顔を上げ、真っ直ぐにアノニマートを見据えている。
その眼に、以前の様な卑屈さ、不安、焦燥といった、諸々の感情の混沌はない。
三人は、そんなティアナの代わりとばかりにアノニマートを非難しているが、それすら彼女は気に留めていなかった。ただ黙って、平然と……いっそ泰然とした表情のまま、義憤に燃える三人をなだめる。

「ほら、別にあんた達が何か言われたわけじゃないんだから、私を置いて熱くならないでよね。恥ずかしい」
「で、でもティア……」
「良いから、ここは私に譲りなさいって」
「う、うん……」

当人であるティアナにそう言われては、三人も引き下がらざるを得ない。
スバルに続き、エリオとキャロも気勢を収め、一歩下がってティアナにその場を譲る。

「さて、とりあえず…………忠告には感謝するわ、って言っておいた方が良いのかしら?」
「あれ? 前みたいに怒らないの? ぶっちゃけ、刺されてもしょうがないなぁと思ってたんだけど」
「別に。アンタの言ってる事は……一応事実なわけだしね。一々そんな事で怒る程、子どもじゃないわよ」
「この前は激昂してたと思うんだけどなぁ……だけど、男子三日会わざれば刮目して見よって言葉もあるか」
「私は女だっての。まぁ、別に許した訳じゃないし、頭に来ないわけでもないわよ。
 ただ、ムキになって否定する様な事でもないって、考え方が変わっただけ。身近に、あんな人がいたんじゃね」

ずっと勘違いしていた、自分が目指す先に辿り着いた男の存在。
話しに聞いたその道程を思い出すと苦笑いしか浮かんでこない。
あれと同じ道を歩み、その先に辿り着けるかと聞かれれば………正直自信はない。
自信はないが、それでもその道を歩もうと思う。
無駄かもしれない、道半ばに果てるかもしれない。それでも、その先があるのだと知ってしまったから。

「そっか、知ったんだ。それなら、やっぱり君は」
「ええ、諦めるつもりなんて毛頭ない。残念ながら、コロコロと生き方を変えられるほど器用じゃないし、望みが薄いからって諦められるほど利口でもないのよ」
「バカだねぇ……分相応に生きれば、それなりに幸せになれるだろうに」
「他人に言われるとムカつくけど、大バカなのは否定しないわ。
もしかしたら、兄さんもそっちを望んでるのかもしれないけど…これは凡人で頭の悪い、私の精一杯の意地よ」
「いいや、それはもう意地じゃなくて…………信念って言うんだよ!!」

言葉を切ると同時に、アノニマートが疾駆する。
目指すは、たった今確固たる信念を表明した少女。
最早、視線の先の少女を「虫けら」と侮る事はしない。

知っている。彼に植え付けられた、元となった人物の記憶が知っている。
あの眼の奥に秘められた光を、大樹を想わせる覚悟を、あらゆる苦難を撥ね退けんばかりの意気を。
その姿が、記憶の中に残るどれだけボロボロになっても立ち上がった男と被る。
それが見間違いでないかどうか、それを明らかにするべくアノニマートはティアナを標的に絞った。
しかし…………………………そうは問屋がおろさない。

「スバル!」
「おう!!」

アノニマートが動くと同時に、ティアナへの進路を阻む形でスバルが前に出た。
コンクリートの床を削るかのように、マッハキャリバーが唸りを上げる。

スバルは右拳を引き絞り、アノニマートもまた貫手を構える。
間合いにとらえても、双方ともにスピードを緩めない。
最高速度を維持したまま、両者は同時に右腕を振り抜く。

「シッ!」
「ぜりゃぁあぁぁ!」

同時に放たれる鉄拳と貫手。
だが、同時に放たれながらも拳速がまるで違う。
スバルの拳が届くより遥かに早く、アノニマートの貫手がスバルへと迫る。

前回の闘いを経て、アノニマートは驕りを捨てた。
如何に力量で上回ろうと、そんなものは自身が思うより遥かに儚く覆されてしまう物なのだと知ったのだ。

故に、適当にあしらうなどと言う温い事はしない。
初手から、一撃で叩き伏せるつもりで打った。

狙いは喉。当たれば戦闘不能は必至、最悪致命傷にもなりかない鋭さだ。
しかし、それを目前にしてもなお、スバルは突進を止めない。

(捨て身…………良い覚悟だ!)

無論、アノニマートとてそれで手を緩めるようなマネはしない。
互いの力量差を考えれば、それくらいはしてきても不思議はないのだから。
だが、そんな予想をスバルは覆す。

あと数ミリで貫手が喉を貫くと言う所で、スバルの姿が掻き消える。
指先に残ったのは、僅かな手ごたえと微かな血糊。
また、空振りに終わった貫手と唯一残されたスバルの右腕が肘のあたりで絡みあっていた。

「おおおおおおおおおおおお!!」

裂帛の気合は、自身の右側面から。
目の端で捉えたのは、大きく腰を落としたスバルの姿。

元々、機動力の大半をマッハキャリバーに委ねているだけに、彼女の脚は走ると言う動作から解放されていた。
そのおかげで、移動しながら別の準備を行う余裕がある。
スバルはそれを利用し、アノニマートの眼前に迫った所で左足を大きく外へ踏み出した。
そうする事で、貫手をギリギリのところまで引き付けた上で僅かに進路を変え、致命の一撃を回避したのだ。
ギリギリまで引き付けた代償に、僅かに首筋に赤い線が刻まれているが、そんな物は些細な事。

スバルが踏み出した左足を力強く踏み込むと、マッハキャリバーがコンクリートの地面に深々と食い込む。
その反動を利用し、硬く握りしめた左拳を脇腹目掛けて拳を振り抜く。

迎撃しようにも、たった今貫手を振り抜いたばかりの右側面では、腕が邪魔をする。
その右腕で防御しようにも、スバルの右と絡み合っているがために咄嗟には動かせない。
防御も迎撃でもできないなか、スバルの左がアノニマートの肝臓目掛けて伸びて来る。
体勢的に回避もできない中、スバルは直撃を確信した。だが……

「……」

アノニマートは体を脱力させ、しなだれかかる様にスバルの方に倒れて来た。
その結果着弾地点がズレ、威力は半減。同時にスバルとアノニマートの体が密着する。
体勢としては、アノニマートの側面にスバルが、スバルの正面にアノニマートがいる形。
互いに手の出しようのない密着状態だが、アノニマートにはその状態から打てる技がある。

「いてて…今のはちょっと痛かったよ。これはそのお返し…さっ!!」

いつの間にかスバルの背には腕が回され、引き寄せられると同時に絶大な衝撃が正面から叩き込まれる。
八極拳の一手、「擠身靠(せいしんこう)」。
本来は相手の半身に回り込み、向こう側の脇腹を手で押さえて肩の内側で当たり、内部に打撃を与える暗勁の技。それをアノニマートは、側面ではなく正面から打ち込んだ。

「あぐっ……」

苦悶の声を漏らすスバル。しかし、互いに密着した状態のまま。
万全な状態ではなかったとはいえ、スバルは今の一撃に耐えてみせた。

(なんともまぁ……頑丈な)

アノニマートはその頑丈さに素直に感嘆する。
指導者の一人に兼一がいる事を考えれば、尋常ならざるタフさも納得がいくが、それでも大したものだろう。

しかし、あまり悠長に驚いてばかりもいられない。
気付けば、いつの間にかエリオが猛スピードで刺突を繰り出してきている。

「っとと!?」
「逃がすか!」

慌ててその場を飛び退くアノニマートだが、彼を追ってエリオもまた刺突の軌道を変える。
互いに斜め上に飛ぶが、体勢不十分のアノニマートと勢いを利用して飛んだエリオ。
さらにその後には、燈色の魔弾をひきつれている。
如何に速度に優れるアノニマートとはいえ、これでは分が悪い。
間もなく完全に追いつき、再度刺突を繰り出す。

「はぁっ!!」

眼前に迫る穂先とその後ろの魔力弾。だがそれらを、アノニマートは冷静に観察する。
当たれば必倒とはいかなくとも、ある程度のダメージは避けられない。
なら、当たらなければいいだけの話だ。

左拳でストラーダの横っ面を殴りつけ、僅かに軌道を逸らす。
そのまま行けば、空中で二人の身体が交錯することになるだろう。
それを見越したアノニマートは、擦れ違い様にムエタイの飛び膝蹴り「ティーカオ」を放つ。
だが、エリオが目の前まで迫った所で、彼の身体が突如後方に引かれた。

その正体はエリオの胴体に巻き付いたピンクの鎖。
キャロのアルケミックチェーンによって、エリオは危機から脱し、アノニマートの膝は空を切る。

そこへ、エリオが引きつれていた魔力弾が殺到。
膝が空振りに終わり、今の体勢では迎撃も間に合わない。
已む無く、アノニマートは体は小さくまとめ魔力弾の間の隙間に身体をねじ込む。

数発の魔弾が体を掠めるが、なんとかやりすぐことには成功した。
だがそこへさらに燈色の魔弾が飛来し、上からは火球が降り注ぐ。
その上、いつの間にかアノニマートの周りにはピンク色の鎖が展開され、彼を拘束するべく蠢いていた。

(やられたなぁ……今のは全部、この布陣を整えるための布石か)

前回と違い、エリオとスバルがとったのは同時攻撃ではなく、僅かにタイミングをずらしての波状攻撃。
まず頑丈なスバルが前に出て、危うくなった所でエリオが隙をつく。仮に一人が突破されても、もう片方がフォローに入る事で、この布陣を潰されるリスクを軽減したのだ。
もちろん二人が成長しているからこそ一時でも単独で戦える訳だが、御蔭でまんまと策に乗せられてしまった。

落下の間でも、魔力弾と火球、そして蠢く鎖に容赦などない。
次々と迫りくるそれらを撃ち落とすことも可能だが、それでは受け身に回ることになる。
それは、正直あまり望ましい状況とは言えない。

アノニマートは足元に展開した魔法陣を蹴り、布陣からの脱出もかねてエリオに迫る。
エリオに近づく程に、敵の攻撃の手は緩んで行く。
当然だ。あまり派手にやれば、エリオに流れ弾が行く可能性が高まるのだから。

勢いをそのままに飛び蹴りを放つが、そこへスバルが割って入る。
スバルはシールドで蹴りを受け止めると同時に、その威力に逆らわずに後方へ飛んだ。
見れば、エリオも既にその場を離脱し、安全圏へと退避している。

近くに二人はおらず、そうなれば後衛が攻撃の手を緩める理由もない。
再度放たれる弾幕を掻い潜り、先に後衛の二人を仕留めようと少々強引に前に出る。
だが、再度それを阻む形でスバルとエリオが前に立つ。
それも、またも僅かにタイミングをずらして。

前にいるスバルを突破しても、すぐにエリオに阻まれるだろう。
その間に、後衛はアノニマートから距離を取りまたも弾幕の雨霰か。

(なるほど、前よりもずっと連携がうまくなってる)

決して後衛にアノニマートを近づけさせず、同時に前衛は無理せず接敵と離脱を繰り返し、後衛の支援で離脱の時間を稼ぐ。これでは、前衛・後衛ともに思う様に崩せない。
しかし、それならそれでやり様はある。

(押してダメなら引いてみろってね)

そう、例えば向こうの方から誘い出すとか。
手を変える事を選択したアノニマートは、前進をやめて後ろに下がる。
その後を追ってエリオが前に出かけ、それを狙ってアノニマートが動こうとした瞬間、鋭い声が飛んだ。

「エリオ、深追いしないで!」

エリオは一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐさま元いた位置まで引き返す。
後衛との距離を開け、孤立させた所で叩くつもりだったのだが、当てが外れた。
互いの力量差をよく理解した上で、功を焦らず、状況を読んだ上での判断だろう。

正直、4対1で戦っていると言うよりもチームと言う名の一つの生き物を相手にしている気分だ。
そして、その要は……

(ティアナ・ランスター……)

後方から全体を見渡して前衛に指示を出し、絶妙のタイミングで弾幕を入れているのは彼女の手腕。
だがそれは、少し前までのティアナにはできなかったこと。
結果を求め、成果を急いでいた頃にはなかった柔軟性が、今の彼女にはある。

(モンディアル君とルシエさんも成長してるし、ナカジマさんも拳筋が伸びやかになってる。
 だけどやっぱり、ランスターさんから以前はあった硬さが取れているのが一番の変化かな?)

動きだけではなく、思考においても今の彼女には以前の様な硬さがない。
しなやかで、柔軟に事態に対応するその様は、見事の一言だろう。

(まさか、ここまで化けるなんてね……)

この短期間にいったい何があったか知らないが、その目覚ましい進歩には驚きを隠せない。
技術的な向上もさることながら、それ以上にその硬から柔への心の変化が素晴らしい。
これでは、以前とはまるで別人だ。その上……

「おい、大丈夫なのか!」
「だ~いじょうぶ、大船に乗ったつもりでいなって」

いつの間にか、炎による囲いが出来てルーテシア達と分断されてしまっている。
恐らく、先ほどからのフリードによる支援自体が、この布石だったのだろう。

だが、正直有り難く思う部分もある。
個々の能力ならば、ルーテシアやガリューがそう簡単に遅れを取るとは思わない。

しかし、ティアナの戦術能力が想像以上に高かった。
ルーテシア達が加われば実質4対4だが、拙い連携では翻弄されてしまう可能性がある。
それならいっそ、単独で闘う方が他に気兼ねする必要がない分上手くやれるだろう。
少なくとも、誰かを守ったり庇ったりしながら闘うよりかは、遥かに。

「認識を改めるよ、『ティアナ』さん。君は……………危険だ」
「ぇ?」
「僕は君が怖い。ある意味、ギンガさんよりもね。
君は、僕が世界で一番怖いと思うタイプになりつつある」

アノニマートがそう口にした瞬間、空気が変わった。
『ギシリ』と、空気の質量が数倍になったかのように錯覚する。
重く、苦しく、そして冷たい。

今のアノニマートの眼には、ギンガに向けられたものと同種の光がある。
先ほどまで、アノニマートはティアナを姓で呼んでいたが、今は名で呼んだ。
それは、眼前の相手を「強敵」と認め、この場では見逃すなどと言う温い考えを捨てた事の証。

「だから、君と君が指揮する仲間にはもう……………手は抜かない」
「はん、上等よ! それならこっちも遠慮はしないわ!
 クロスファイアー………シュ―――――――――――――ト!!!」

言い返すと同時に、ティアナの周囲に展開されていた魔弾が一斉に放たれる。
それも、一度撃って終わりではない。
撃った後も弾は残り、次々に魔力弾が放たれていく。

その隙間を縫って突き進むアノニマートだが、そんな彼を阻む形で再度スバルが立ちはだかった。
が、アノニマートはあえてそれを無視し、大きく跳躍する事でスバルの頭上を飛び越える。
スバルの背後に控えていたエリオはその後を追い、真下からアノニマート目掛けてストラーダを突き上げた。

それに対し、アノニマートはストラーダの穂先を蹴る事で軌道を逸らそうとする。
しかし、振り抜いた蹴りは虚しく空を切った。
原因は単純明快。ティアナのフェイク・シルエットである。
予想外の展開と、思い切り振り抜いてしまったが故に今のアノニマートは隙だらけ。
そこへ、この好機を逃さないとばかりにエリオとスバルが躍りかかる。

「うわぁ、これはさすがにヤバいなぁ……」

魔法陣を展開し、足場代わりに蹴って回避するか。
否、その為には最低でも「魔法陣を展開」「跳躍」の2つのプロセスを踏まねばならない。
だが、それでは到底間に合わないだろう。
となれば、選べる選択肢は一つしかない。

「まさか、こいつを使う程に追い込まれるなんて……ホントに、君はおっかない」

最大級の敬意を込めて、アノニマートは呟く。
その瞬間、アノニマートの身体から赤い光が漏れたかと思うと、突如軌道を変え、ティアナ目掛けて一直線に飛ぶ。
結果、エリオとスバルの挟撃は失敗に終わる。

無論、それだけでティアナに辿り着ける訳ではない。
アノニマートは前面にシールドを展開し、次々に飛来する鎖と火球を防ぐ。
また彼の衣装は、元々スカリエッティが開発した特殊素材性の防護服でもある。
着地までに数発ほど掠めたが、この程度なら問題ない。

着地と同時にティアナ目掛けて疾駆する。
要がティアナである以上、彼女を仕留めればこの連携は機能しないからだ。

しかし、そこではたとアノニマートは気付く。
そう言えば、少し前からティアナからの攻撃がなくなってはいなかったかと。

幻術魔法は、何も幻影を生みだすだけの魔法ではない。
他にもいくつかの種類がある。例えばそう、姿を見えなくするとか。

「っ!? やられ……」

背筋に悪寒が走り背後を振り向くと、そこには燈色の光の刃。
アノニマートが危ういところでそれを回避すると、そこには徐々に姿を現すティアナがいた。
その周囲は未だ僅かに陽炎のように揺らめいているが、間違いない。
どこからかは定かではないが、途中でフェイク・シルエットと入れ替わり、自らは姿を消す魔法である「オプティック・ハイド」で隠れていたのだ。

正直、それには驚かされた。
だが、ここに来てティアナは使いどころを誤った。
同じ姿を消すにしても、白兵戦など挑むべきではなかったのだ。
純格闘型のアノニマートと、基本中・後衛型のティアナ。
奇襲が成功していたならいざ知らず、失敗してしまえば一転して自らを危機に陥れてしまうのだから。

「惜しかったね。だけど、それは悪手だよ!」
「そうね。でも、これを見てもそんな事言える?」

ダガーを振り抜いた左手とは逆側。
右手に握られているのは通常形態のクロスミラージュ。
しかしその銃口には、強い輝きを放つ燈色の光の塊。
しかも、周囲に浮かぶ魔力弾が収束し、さらにその輝きを増している。

「いぃ!?」
「こんだけ近けりゃ、幾らアンタでもよけられないでしょ!!」

元々、ティアナはダガーでアノニマートを倒す気などなかったのだ。
それはあくまでも体勢を崩す為の布石。
本命は、あくまでも得意の射撃魔法。それも、なのはから教わった応用法だ。

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

しっかりとアノニマートに照準を合わせ、引き金を引く。
放たれるのは、砲撃と遜色ない程の威力を秘めた渾身の一撃だ。

(うわっちゃ~、こりゃ避けらんないぞ……)

視界を埋め尽くす燈色の輝きを前に、アノニマートは悟る。
やられるとは思わないが、それでもこの威力だ。かなりのダメージを覚悟しなければなるまい。
双方ともに直撃を確信したその瞬間、思いもしない横槍が入る。

まず感じたのは衝撃。ただし、魔力弾の直撃によるものではない。
真横から、まるで何かに弾き飛ばされる様なそれ。
同時に、アノニマートその正体を理解する。

「ガリュー!?」
「え!?」

思わぬ救援に、アノニマートとティアナはお互いに驚きの声を上げる。
ガリューはアノニマートにタックルする形で飛びつき、その身体の位置をずらした。
結果、ティアナの一撃はアノニマートに触れることなく、代わりにガリューの鎧の一部を吹き飛ばすに留まった。

とはいえ、あれだけの一撃だ。
直撃しなかったとはいえ、直に身を晒したガリューへのダメージは思いの外大きい。
アノニマートを助けた彼は、その場に膝をつきダメージの深刻さをうかがわせる。
良く見れば、その鎧の所々に焦げ目があった。恐らく、あの焔の壁を強引に突破してきたのだろう。

「まさか、君に助けられるとはね……」

守るつもりが守られた。そんな自分に苦笑する半面、悪くないという気にもなる。
アノニマートはガリューを担ぎあげるが、フォワード達は追撃をかけようと迫っていた。

とそこへ、炎の壁を突き破る形で薄紫の火球が次々と放たれる。
その余波が敵味方双方の身体を煽り、キャロの帽子やティアナの髪止めの片方が宙を舞う。

「おい、大丈夫か!」
「アギト?」
「おし、無事みてぇだな。一人で突っ走ってねぇで、ちょっと一回もどれ! わかったな!」
「ぁ、うん」

なんとなく圧倒されてしまい、大人しくアギトの指示に従いルーテシア達の方へと引き返す。
フォワード達も後を追おうとするが、ばら撒くかのように放たれる火球に足止めされてそれもかなわない。
その間に、ガリューを担いだアノニマートは背後を警戒しながら炎の壁を飛び越え、ルーテシアと合流する。

「ありがと、助かったよ。やっぱり、持つべきものは友達だねぇ」
「は? 友達って誰がだよ?」
「いや、そんな真顔で聞き返さないで。悲しくなるじゃん……ってか泣くよ?」

心の底から「なに寝言言ってんだこいつ?」とばかりに聞き返すアギトと、憐れみを誘う程に肩を落とすアノニマート。
ルーテシアは何も言わず、そんな彼を励ます様に背中を「ポンポン」と数度叩いてやる。

「大丈夫?」
「ガリューが助けてくれたから、ね。まぁ、アギトのおかげで心は重症だけど。でも、ガリューが……」
「うわ、結構派手にやられたな……」

アギトの言う通り、ガリューが負ったダメージはかなり大きい。
無理もない。防御も何も無視して、アノニマートを庇ったのだから。
これは、一度戦線から離脱させねばなるまい。

「まったく、何が『手は抜かない』だ。カッコ悪ぅ……」

どうやら悪癖と言うのは、そう簡単には治らないらしい。
驕りは捨てたつもりだったが、それでもまだどこかに「格下」という意識があったのだろう。
いや、あるいはそれこそ驕りなのかもしれない。
油断でも慢心でもなく、純粋にティアナ達の力量がアノニマートの予想を上回った結果だとしたら。
どちらにしても、アノニマートは自身の認識の甘さを反省する。その上で……

「ここは、一端退いた方が良いかもしれないね」
「お、おい!」
「ここで闘うのはちょっと分が悪いよ。場所を変えて仕切り直して、それからの方が良い。
 それにあの子たち、目的は時間稼ぎだ。なら、いつ援軍が来るともわからない。
 体勢を立て直さないと、ちょっときついよ……」

そこまで言いかけた所で、アノニマートとアギトの二人が天を振り仰ぐ。
とはいえ、二人が感知した者はそれぞれ別だが。

「魔力反応!?」
「この気配、ゼストさん…じゃないね。こりゃ、急いで場所を変えた方が良さそうだ。
 僕が殿になる、ルーとアギト、ガリューは急いで!」
「で、でもよぉ!」
「今日はいい所がほとんどないからさ、これ位カッコつけさせてよ。ほら、急ぎなって!」

そうしている間にも、気配はどんどん近付いきていた。
それに気付いているアギトもやがて折れ、ルーテシアを促してその場から離脱する。
アノニマートもそれに続いて離脱するが、それと前後して気配の主が姿を現した。

「みんな、大丈夫!」
「ギン姉!」
「はい、まぁなんとか……」
「割と綱渡りでしたけどね」
「ティアさん、あれバレたらなのはさんにまた怒られますよ」
「う…だ、大丈夫よ! 別に、そんな危ない無茶ってわけでもないし……」

とはいえあまり自信がないのか、ティアナの眼は若干泳いでいるが。
一頻り皆の無事を確認したギンガは安堵のため息をつき、そこで僅かに逡巡する。

アノニマート達を追うべきか、それともヴィータと合流して指示を仰ぐべきか。
だが、レリックの封印もせずに追うのはリスクが高い。
かと言ってヴィータ達の到着を待つか、封印処理をしてから追うのだと、最悪アノニマート達の行方が分からなくなる可能性がある。場合によっては、敵に罠を張る時間を与えてしまうかもしれない。
しばしの逡巡の後、ギンガは決断を下した。

「私はアノニマート達を追うわ。みんなは封印処理をした上でヴィータ副隊長達と合流して」
「でも、ギン姉! いくらなんでも一人でなんて……」
「だけど、誰かが追わないと。追うだけでもプレッシャーになって罠を張る余裕はなくなる筈よ。
 大丈夫、深追いはしないから」

ギンガの言う事にも一理ある。
放置する時間が長い程に不利になるし、場合によっては取り逃がすことになるだろう。
それを防ぐ為にも、誰か一人は追手をかけるべきだ。
暗い地下水道の中では、ジャミングをかければ人数の全容を把握するのは難しい。
何人で追っているかわからないように工夫すれば、あちらも迂闊なマネはできないだろうから。

「…………はい、お願いします」
「うん。それじゃ」

言って、ギンガは慌ただしくアノニマート達を追う。
しかし、彼女達は一つ失念していた。
人数の全容を把握し辛いのは、なにも相手側だけに限った話ではない事に。



  *  *  *  *  *



「……………………やられた。まさか、途中でわかれてたなんて……」

ギンガがアノニマート達を追って地上に出た時、そこにいたのはアノニマート唯一人だった。
それはつまり、どこかのタイミングでアノニマートがルーテシア達から離脱して単独行動を取ったと言う事。
人数が把握し辛い事が災いし、すっかり騙されてしまったと言うわけだ。

「それはこっちの台詞だよ。まさか、餌に掛かったのがギンガさん一人だけなんて。
 これなら、いっそルー達と一緒にいるべきだったかなぁ?」

アノニマートとしては、もっと大勢で追っているとばかり思っていただけに、当てが外れた気分だ。
だからこそ囮となり、ルーテシア達に掛かる追手を減らそうとしたのだが……。
まぁつまり、お互いにまんまと裏をかかれあったと言う事だ。
そう言う意味では、上手くバランスが取れてしまったとも言えるだろう。

「だけどそう言う割には、あまり残念そうじゃないのね」
「そうだね。正直に言うと、ある意味希望通りだし。
 思っていたよりも早く、この前の借りが返せそうだしさ。
 嬉しいよ、今度こそ………僕が勝つ」
「それはこっちの台詞よ。この前の事に納得してないのは私も同じなんだから」

あの時、決め技を放った瞬間の事をギンガはあまり覚えていない。
後から何が起こったかは知ったが、それでも釈然としないものがあるのも事実。
師の秘技を会得できた喜びとは別の所で、彼女もまたあの一戦には心残りがある。

「ははは、そいつは良いや。なら、今度こそじっくり、心ゆくまで武を競おうじゃないか」

口ではそう言いながらも、アノニマートの表情に笑みはなかった。
口元は引き締められ、眼差しは鋭く、その表には一切の油断も慢心もない。
その赤と青の虹彩異色の双眸からは、初手から全身全霊を持って叩き伏せる気概が見て取れる。

しかし、「心ゆくまで武を競う」というのなら、それこそギンガもまた望む所。
ついさきほど、スバル達がヴィータやリインと合流した旨を伝える通信があった。
ギンガからの報告で、ルーテシア達が別行動を取っている事を知った彼女らは、既にその後を追っている。
スバル達だけでは気を揉む所だが、ヴィータやリインがいるのなら心配はいるまい。
故に、今のギンガは自身の全てをこの一戦に集中させる事ができる。
だがそれは、逆を言えばアノニマートは全く逆の立場にいると言う事。

「と言いたいところなんだけどね。
 ルー達が気がかりだ。残念ながら、悠長に闘っている余裕はなさそうかな……」

アノニマートとしてもこれは折角の好機、気兼ねなく雌雄を決したいのが本音。
しかし、その為にルーテシア達を見捨てる事は出来ない。
ガリューが負傷している今、二人は自分の身は自分の力だけで守らなければならないのだ。
直接フォワード達と手合わせをしたアノニマートは、4対2では分が悪いと判断している。
ましてやそこに、さらに加勢が入れば尚の事。

「そう、あなた……思っていたよりもずっと仲間思いなのね。
 殺人拳の人は口ではなんと言っても、もっと冷たいと思っていたわ」

アノニマートの瞳の奥に『情』の光を見てとったギンガは、素直に感想を口にした。
『非情』を旨とする殺人拳の使い手が、『友』の為に待ちに待った勝負を後回しにする。
だが、思い返してみれば…イーサン・スタンレイもまた、友の為に心を砕いてはいなかったか。

彼らの様なタイプは少数派なのかもしれない。
しかしそれでも、『殺人拳』だからと偏見を持つべきではないのだろう。
ギンガは自らを戒めると同時に、友の為にリスクを追おうとする眼前のライバルに、初めて好感を抱いた。

「否定はしないよ。実際、そう言う人もいるからね。
 ただ僕の場合………………………ちょっと別のアプローチをしてみようと思ったんだ。
 別に宗旨替えをする訳じゃないけど、あの人たちとは違うやり方を……」
「…………それは、あなたにオリジナルの…叶翔の記憶があるから?」

新島による兼一の過去の一部が暴露された後、ギンガはアグスタで抱いた疑問を師にぶつけてみた。
一番弟子という立場にありながら、自分は師の事をあまりにも知らなさすぎる。
その手始めとして、「叶翔」と言う男の事を聞いた。
そこで兼一が語った事柄の一つに、彼の瞳の奥に「壮絶な孤独」を見たと言う事。
それが、アノニマートのあり方に深く影響を及ぼしている気がしてならない。

「そうだね。と言っても、引き継いだ記憶自体が穴だらけで、DofDのことだって良くは知らない。
 そんな僕が………いや、仮に記憶を完璧に引き継いでいたとしても、きっと僕はあの人にはなれないんだろうね。だけど、それでも僕はあの人の血を継いでいる。この血に、遺伝子に、記憶には誇りを感じているんだ。
そんな僕があの人にしてあげられる事があるとしたら、それはきっと…あの人の無念を晴らす事なんだろうね」
「それが、友達を作る事?」
「うん。まぁ、そういうこと」

別に、義務感に駆られているわけではない。
偶々自身のやりたい事と、彼の無念を晴らす事が合致したと言うだけの話。

「それともう一つ………あの人の夢、『最強』の名…かな? 正直、個人的にもその称号には心惹かれてるんだ」
「ダメよ、その称号は……梁山泊のもの。いずれは師匠に、そしていつかは私が貰うつもりなんだから」
「なら、無理矢理にでも奪うだけさ。っていうか、はじめからそのつもりだし」
「やれるものならやってみなさい!」

その言葉と共に、鋼で覆われた左拳を叩きつけるべく、一息に間合いを詰める。
無論、アノニマートとて受け身に回るつもりはない。
ギンガに刹那遅れ、アノニマートもまた打って出る。
放つのはムエタイの「カウ・ロイ」。
両者の拳と膝は真っ直ぐにお互いの顔面へと伸びていき、空中で激突した。

「くぅっ……」

拳と膝、互いに小細工抜きでぶつけ合うが、元より脚の力は腕の三倍。これでは拳の方が分が悪い。
必然、突きを放ったギンガは力負けし体が流れ、アノニマートはその隙を逃さない。

「猿臂落とし(えんぴおとし)!!」

全体重を乗せた両肘をギンガの脳天に打ち下ろす。
上半身は流れ、これでは前後左右どちらにも回避は不可能。
仮に防御しても、全体重を乗せたこの一撃。どんな防御も押し潰す自信がある。

入れば一打必倒もありうるそれ。
防御も回避も困難な状態……にもかかわらず、アノニマートは咄嗟に股を閉じ、足で股間を守る。

その瞬間、アノニマートの脛に重い衝撃が走った。
何が起こったかなど、見ずともわかる。
上半身は確かに流れた。しかし、ギンガの強靭な下半身は微動だにせず体勢を維持し、左右のどちらかまでは分からないが、金的目掛けて思い切り蹴りあげたのだ。
もし気付かなければ、逆にこの一撃でアノニマートの方が沈んでいただろう。
日夜、イーサンより「金的」への注意を組手を通して説かれていることが幸いした。

とはいえ、防いだと言ってもギンガの蹴りは強烈だ。
アノニマートの体は浮き上がり、僅かにできた着弾までの間を逃さず、ギンガは体勢を立て直す。
流れが上体を戻す勢いを利用し、「烏牛擺頭(うぎゅうはいとう)」の要領でどてっ腹に頭突きを叩きこむ。

「……っ! これは……」
「あいちち……脚癖が悪いなぁ、もう~」

確かに入ったにもかかわらず、手応えがない。
それどころか、アノニマートは体がくの字に折れ曲がった事を利用し、背中側からギンガの胴へと腕を回す。
そして、着地同時に一気に抱え上げ、逆回しをするように脳天から垂直に叩き落とした。
プロレスで言う所の「パイルドライバー(脳天杭打ち)」である。

通常のプロレスならば、リングの床は木の板がクッションとなる為よほどのことがない限りは大事には至らない。だが、これは試合でもなければリングの上でもない。
足元を固めるのは、堅固なコンクリート。
如何にバリアジャケットがあるとはいえ、充分過ぎるほどに致命的だ。

「…………ちぇりゃあああああああ!」
「おっと……さすがは一人多国籍軍の弟子。見事な受け身だ……」

両手でコンクリートの床を鷲掴みにし、両足を開いて旋回。
寸での所で離れたアノニマートだが、爪先が掠ったのだろう。
衣服の胸元がぱっくりと裂けていた。

ギンガが生きていた理由は単純明快。
兼一…遡っては梁山泊の指導方針が「守り」を重視する点にある。
兼一はかつて自身が師にされて来たように、毎日毎日ひたすらギンガを殴り、蹴り、投げてきた。
その結果、弟子入りから数ヶ月という短期間のうちに、ギンガの受け身の技術とタフネスは非常に高いレベルに至っていたのだ。
それが功を奏し、咄嗟に両手で頭を抱えこむようにして守っていたと言う次第。

両者は一端間合いを取り、それぞれに気を落ち着ける。
わかっていた事だが、お互いそう簡単には決定打を入れさせてはもらえない。
しかし、それとは別のところでギンガは驚きを隠せずにいた。

先ほど、手応えなく終わってしまった頭突き。その訳が理解できないからではない。
理解できるからこそ、彼女は驚いていた。

「さっきのはまさか………流水?」
「太極拳では『捨己従人』とも言うね。だけど、僕が使うのはそんなに意外かな?
 別に、活人拳だけの技ってわけでもないでしょ?」

確かに、アノニマートの言う事はもっともだ。
だが、ギンガが問題にしているのはそんな事ではない。

「そうね、あなたが使ったのが『ただの流水』なら驚きはしない。
 でもあれは、師匠の『流水頭撃』を意識していた」
「正解。殺人・活人を問わず、優れた技、優れた使い手を敬うのは当然だよ。
 今のは、僕なりの『一人多国籍軍』に対するリスペクトってところかな。
 とはいえ、理屈はシンプルだけどやってみると意外に難しいね。正直、攻撃技に転じる程に自分の身を捨てるのは、僕にはちょっと難しそうだ」

『流水頭撃』とは、太極拳極意の一つ『捨己従人』を利用し、敵の力に逆らわず完全に身を任せた結果、体がくの字に折れ曲がり敵の脳天に頭突きが入れるという、白浜兼一独自の技。
本来ならば、あのままギンガの背に頭突きを入れていたところだろう。
そうならなかったのは、頭突きを受けた際に、まだ体に僅かに強張りがあったから。
この技をよく知るイーサンに再現・指導を頼んではみたが、やはり完全にとはいかなかったと見える。

(だけど、まさかここまで腕を上げているとはね。
 この短期間でこの成長、やっぱり彼の弟子育成能力はかなり高い……)

元々の地力で言えば、アノニマートはギンガを幾らか上回っていた。
しかし、僅か数合の手合わせではあったが、それでも彼は彼我の力量差がかなり埋められていることに気付く。
ギンガと違い、連日連夜指導を受けているわけではないとはいえ、この進歩。
元の素材が良いと言うのもあるだろうが、兼一の弟子育成能力の高さのなせる技だろう。

だが、そうなってくると厄介だ。
普通に真っ向勝負をしていては、闘いが長引く可能性が高い。
ルーテシア達が気がかりなこの状況では、闘いを長引かせる訳にはいかないのだ。
そして、ギンガはそんなアノニマートの焦りを看破している。

「捨て身の特攻でもするつもり? それとも、また『静動轟一』?
 正直、あなたのそうやってすぐに自分を蔑ろにする闘い方が……私は嫌いよ」
「はは、手厳しいね。ま、そう何度も静動轟一を使いたくないのはこっちも同じ。
 体はともかく、心はそう簡単には治らないからね。
凶暴化して戻れなくなる、って言うのもできれば避けたい」

それは、アノニマートの嘘偽りのない本心。
静動轟一の真の恐ろしさは、肉体ではなく精神の崩壊だ。
肉体だけならば治療すれば治るかもしれない。治らなくとも、まだ何らかの形でやり直しがきく。
しかし精神が崩壊してしまえば最悪廃人、運よくそれを免れても人格が豹変するかもしれない。
武術家生命だけではなく、人格の危機が付きまとう技。それが静動轟一なのだ。
この前は調子に乗って使ったが、あの後イーサンと家族に大層怒られたものである。
アノニマートは深く反省し、滅多なことでは使わない事を誓っていた。

とはいえ、静動轟一なしでルーテシア達の下に向かうのは至難。
ギンガを倒すか、倒せないにしろ振り切らねば話にならない。
何しろ、最悪ルーテシアとアギトを抱えての撤退も視野に入れなければならないのだ。
敵の数は、少ないに越した事はないのだから。そうなってくると、アノニマートにもそう選択肢は多くはない。

(こっちもあんまり使うなって言われてるけど、そんな事言ってられる状況じゃないか……)

つい先ほどトーレに言われた事を反芻し、苦笑が浮かぶ。
心配してくれる家族には申し訳ないが、こうなってはやむを得ない。

(目の色が変わった? 何を考えているの……)
「先に謝っておくよ。うっかり殺しちゃったら、ごめんね。
 ここでその命を断つのは本意じゃないんだけど、正直……上手く加減できる自信はない」
「あなた、何を言って……………っ! そんな、なんでそれが……」

アノニマートの言葉をいぶかしむ様に眉を寄せたギンガだが、その顔色が一変する。
原因は彼の足元に出現した真紅のテンプレート。
見覚えのある、見覚えのあり過ぎるそれにギンガの思考が一時停止した。

「君ならわかるでしょ、だって君は…………僕達の同胞なんだから」
「あなた、まさか……」
「気を入れて、死んでも知らないよ。I・S(インヒューレント・スキル)……イグニッション・スキン、発動」

アノニマートが宣言すると同時に、ギンガは反射的に守りを固める。
全身の筋肉をしめあげ、右腕で首を、左腕で頭を守り、有りっ丈の魔力を展開したシールドに回す。
そして、なにかが破裂するような炸裂音がしたと思ったその時には……すぐ目の前にアノニマートの姿があった。

(そんな、幾らなんでも速すぎる……!?)

眼前の敵がどんな予想外の事をしても対処できるように、ギンガは最大級の警戒をしていた。
一挙手一投足、何一つ見逃さぬとばかりに注視していたにもかかわらず、容易く接近されたのだ。
以前であれば、辛うじてだがその挙動を目で追う事が出来た筈なのに。
しかし、いまいったいアノニマートはなにをしたのか、ギンガにはまるでわからない。

だがギンガがどれほど混乱していようと、アノニマートに彼女を慮り手心を加える理由はない。
アノニマートは二人の間に展開されたシールドに掌打を押し当てる。
その瞬間、再度なにかが破裂するような音が響いた。

「っ……!?」

シールドは容易く粉々に砕かれ、ギンガが体は水平に飛びビルの外に放り出される。
しかし、ギンガは即座にウィングロードを展開。
停止するまでに数メートルを要しはしたが、辛うじて踏みとどまった。

「……凄いね。シールド越しだったとは言え、今のは並の魔導師なら充分致命傷を狙えるくらいの威力があった筈なんだけど。それを受けて倒れもしないなんて、君の体は鉛か何かで出来ているのかな?
 って、君や僕の場合冗談にならないか」

そんなギンガにアノニマートは鋭い目つきのまま感嘆するが、ギンガとしてはそれどころではない。
確かに倒れはしなかった。だが、アノニマートが言うほど余裕があるわけではない。
むしろ、シールド越しでありながらたった一撃で膝に来ている。
得体のしれない先の一撃が、知らずギンガの肝を冷やしていた。

(意表をつかれたとはいえ、何て威力。
 もし防御に専念していなかった、一撃で沈んでいても不思議じゃない)

だが、逆を言えば防御に専念すれば耐えられない程ではないと言う事だ。
もし防御を固めてもなお、意識を刈りとられる様な一撃だったらと思うとゾッとする。
それは不幸中の幸いなのだが、代わりに決して無視できない疑問があった。

(打撃…じゃない。いえ、そもそもあの初速の速さはいったい……。
 師匠との組手に慣れていなかったら、近づかれたことにも気付かなかったかもしれない)

体に残る感触から、単純な打撃によるものではないことが分かる。
確かに衝撃は掌打が触れた箇所からだったが、まるで衝撃の質が違った。

そしてもう一つ無視できないのが、あまりにも急過ぎる加速。
走ると言う動作において、初速からトップスピードを出すなどあり得ない。
程度の差はあれ、徐々に加速しトップスピードに持って行くのが常識だ。
にもかかわらず、アノニマートはその常識を無視し、最初からトップスピードで接近してきた。
それこそが、ギンガが意表をつかれた最大の理由である。

「悪いけど、謎解きの時間をあげる気はないよ!」

だが、それ以上思考を巡らせる前に、再度アノニマートが仕掛けて来る。
しかし、今度は先ほどの様なでたらめな挙動ではなかった。
確かに速いが、先ほどの様な常識を無視した急加速ではない。

とはいえ、体の奥深くにダメージを負った状態では応戦も難しい。
なにより、防御を解いた瞬間に先の様な攻撃をされれば、それこそ耐えきれないだろう。
故に、今はとにかく守りを固めて耐え凌ぎ、攻撃への未練を捨て、敵の分析に神経を集中させる。
覚悟を決めたギンガは全身の筋肉をしめあげ、話木と内またを閉じた。

「三戦立ち(さんちんだち)か……まったく、良い判断をする!」
(「ピンチの時にこそ焦ってはいけない。
今までの教えを思い返し、できる事を一つ一つ実行する」、師匠から散々言われた事だもの)

師の教えを反芻し、どんな突きや蹴りが来ようともジッと耐え忍ぶ。
本音を言えば、ガードも解き全神経を分析に費やしたい所。
だが先の様な攻撃が来れば、回避できる確信がない以上ガードは解けない。

(さっきの接近と掌打の共通点は……)

打たれながらでは、やはり中々思考が纏まらない。
それどころか、打たれれば打たれる程に体にダメージが蓄積し、防御が崩れかける。
それを、ギンガは歯を食いしばって持ち直す。
この程度で値を上げていては、白浜兼一の弟子を名乗る資格はないとばかりに。

「良い悪あがきだ。でも、そろそろ終わりにさせてもらうよ!」

その言葉と共に、再度何かの爆ぜる音共に体に尋常ならざる衝撃が叩きつけられた。
今度は脇腹への蹴り。あまりの衝撃に体が浮き上がる。
しかも今度は一発では終わらず、続く頭上からの掌打からも同様の衝撃。

(ぁ、やば……)

一瞬遠のきかける意識を辛うじて引き戻す。
体はコンクリートの床に横たわっているが、まだ動く。
だがそこへ、倒れたギンガに追い打ちをかけるように踵が落ちてきた。

ギンガは恥も外聞もなく床を転がり、危ういところで難を逃れる。
しかし、トドメの筈の一撃はただ床に放射状のヒビを入れるだけに留まった。

(なんだろう、何かが引っかかる……)

トドメだと思って、特別な事はしなかったということか。
だが、それだけでは釈然としない物を感じる。
しかし、それ以上ギンガが分析を進める前に、アノニマートが追撃をかけて来た。

ギンガは起き上がると同時にウィングロードを展開し距離を取ろうとするが、アノニマートは攻撃の手を緩めない。
勢いと体重を乗せた中段突きが迫り、ギンガは両腕を交差してそれを防ぐ。
そして、これまた強烈ではあるが特別なことなど何もない通常の一撃。

僅かに体勢を崩したギンガは、またも良い様に突きと蹴りに晒される。
しばらく耐え凌げば、またも襲い掛かる慮外の衝撃。

ガードした腕を貫き脳を揺さぶる裏拳。
続いて襟を取られ、背負い投げで思い切り宙に放り出される。
そこで再度炸裂音と共に異常な加速で接近してくるアノニマート。

体勢を立て直すには時間が足らず、防御は間に合わない。
できる事は、ただ歯を食いしばってその時が来るのを待つだけ。
だが、トドメの筈の一撃はまたも強烈なだけの通常の膝。
おかげで、喉をせり上がる不快感をなんとか押し戻し、震える脚で着地に成功する。

(もしかして、これって……)

いったい何をしているのかはまだわからない。
しかし、朦朧とする意識の中でもわかった事がある。
どのみち、このまま守りに徹してもジリ貧。
ならばせめて一矢報いる為にも、予想を確信に変える為にも、ここは敢えて前に出る。

「はぁぁぁぁっ!」
「っと……」

基本技に重点を置く兼一の教えのおかげか、こんな状態でも力の乗った拳が出せる。
それまで受け身に回っていたギンガからの反撃に、驚いた様子でアノニマートは回避。
そのまま、ギンガは畳みかけるように遮二無二間合いを詰めて拳を振るう。

最早特別な技を使う余力はない。
ただ基本に忠実に、付け入る隙を与えない回転重視で打ち続ける。

「ハァ、ハッ……まさか、まだそんな余力があったなんてね……」

そこでふと気づく、アノニマートの息が異常なまでに荒れていることに。
それどころか、動きのキレが悪い。これと言って、大きなダメージなど負っていない筈なのに。
本来の彼なら、如何に我武者羅に打ちこんでいるとはいえ、カウンターの一つや二つ入れられそうな物なのだが。

とそこで、アノニマートの体勢が崩れた。
元々場所は廃棄都市区画であり、建物の状態もあまりよくはない。
劣化したコンクリートが、これまでの戦闘で脆くなり、そこが僅かに崩れたのだろう。
ギンガはその好機を見逃さず、右腕による「腕刀」でアノニマートの頭を薙ぎ払った。

(入る!)
「ったく、頭には使いたくないんだけどな……」

直撃を確信したギンガだが、気付けば薙いだはずの腕は弾き返されていた。
体とは逆方向に腕が流れた事で、肩に無理な力が加わり激痛が走る。
幸い脱臼はしていない様だが、これではしばらく右腕は使い物にならない。

ギンガは右肩を庇いながら、崩れかけた体勢を無理矢理戻す。
しかしそこへ、炸裂音と共に両腕で頭を守りながらアノニマートがつっこんできた。

二人は衝突し、そのまま背後のビルの一室へ。
部屋の中を粉塵が舞い、お互いの姿が視認できない。
そんな中、アノニマートは頭を押さえながら愚痴をこぼす。

「ああもう、頭がクラクラする。だから嫌だったんだよなぁ……」

ギンガは壁に背を預けながら立ち上がり、自身の中で何かが形を為していくのを実感する。
アノニマートが使っている何か、それがようやくわかった。

「反応装甲、とでも呼べばいいのかしら」
「…………」
「たぶん、体の一部分にエネルギーを集中、炸裂させる能力なんでしょ。
 移動時には足か背中辺りで炸裂させて推進力に、攻撃時には打撃箇所を炸裂させる事で威力を底上げする。
 これなら初速からマックススピードを出せるし、上手く使えば普通は無理な方向転換も可能だわ。
 防御はもっと簡単ね。本来の反応装甲と同じように、炸裂の衝撃で攻撃を弾き返せばいい。
 それなら攻撃、防御、移動と色々な場面で使えたことも納得がいく」

反応装甲、それは戦車などに使われる機構の一種。
本来は、鋼板の間に爆発性の物質を挟み、装甲が内部から爆発する力によって攻撃をはじき飛ばし防御するというもの。これを元に、攻撃や移動にも応用できるように調整したのがアノニマートのI・Sだ。
イグニッション・スキンとはよく言った物である。

「…………はぁ。ヤダヤダ、まさかこんな早くバレるなんて……」
「幾らなんでも使いすぎよ。そう何度も使われれば、嫌でもわかるわ」
「なるほど。奥の手は勿体ぶってこそか……あ~あ、これはまたみんなに叱られそうだ……」

あまりにも正しいその指摘には反論の余地はなく、代わりに苦笑が浮かぶ。
確かに、先を急ぐあまり連続して使い過ぎていたようだ。

また、ギンガは敢えて口にしなかったが、この能力は連続使用に向かないことにも気付いている。
エネルギーを集中・炸裂させる性質上、消耗が激しいのだろう。
そのため、連続使用はおそらく2回まで。
そうでなければ、もっと畳みかけるようにして使えばとっくにケリがついていてもおかしくない。
アノニマートが息を切らしていたのも、消耗の激しさが原因の一つだろう。

「確かに名推理だよ。だけど、少し遅かったね。
 それだけダメージを受けてたら、種がわかっても攻略は難しい」

そう、アノニマートの言う通りだ。
能力の概要はわかったし、「二度使った後はしばらくの間使えないと」言う弱点もわかった。
しかし、それがわかっても今のギンガにはこの状況を覆す余力がない。
既にエネルギーのチャージも終わっているだろうし、二回使わせてからチャージが終わる前に撃破。

正直、望みは薄い。
たとえ二回使わせたとしても、それでアノニマートがギンガより弱くなる訳ではない。
自力が拮抗していた状態に戻るだけだ。

「早くルー達の所に行きたい。だからこれで終わりにしようと思うんだけど……下がるなら今のうちだよ?」
「私が、それで諦めると思う?」
「いいや、君の先生も大層諦めの悪い人だったって聞いてるからね。
 立ち上がれる限り、君は立ちふさがるんだろう?」
「そういうこと!!」

空元気ではあるが、それでもギンガは残り少ない体力を総動員して構えを取る。
ここで心が折れては「白浜兼一の弟子」ではない。

「時間が惜しい、この一撃で……!」
「!!!」

アノニマートの気迫に呼応し、ギンガは決死の覚悟で前に出る。
だが、確かに前に出た筈なのに、アノニマートとの距離が縮まない。
それもそのはず。一度は前に出ると思わせたアノニマートは、背中から全速力で後ろに下がっていた。

「せいっ!!」

二人がつっこんできた時に半壊した壁を、背面部による突進技「靠撃(こうげき)」で完全に粉砕し、表に出る。
ギンガを叩き伏せるとばかりに放った気迫はブラフ、元より逃げの一手だったのだ。
『してやられた』とばかりに苦渋の表情を浮かべながらも、ギンガは大急ぎでウィングロードを伸ばしその後を追う。

「ここであれを使われたら……」

イグニッション・スキンは、攻撃や防御だけでなく移動にも使える能力。
もしこの場で使い加速されれば、今のギンガでは追いつけない。
そうなる前になんとか捉えようと、ブリッツキャリバーを唸らせる。
そうして、あと少しでアノニマートに手が掛かるという寸前……

「勝負は預けるよ。決着はまたいずれ、ね♪」

背でエネルギーを炸裂させ、一気に加速した。
惜しくも、後一歩と言う所でギンガの手は空を切る。
これではもう追いつく事は叶わないだろう。しかし、だからどうした。

「逃がすもんですか! こうなったら最短ルート!!」

ロングアーチにヴィータ達の位置を送ってもらい、方向転換。
ここから向かうには多少回り道をしなければならないが、そんな時こそ役に立つのがウィングロード。
遮蔽物を全て飛び越える形で展開し、ギンガは一直線に向かうのだった。



  *  *  *  *  *



場所は変わって廃棄都市区画の一角。
予期せずして遭遇した、屈強な体格の槍術使い。

目深に被ったフードのせいで顔はうかがい知れないが、ザフィーラと同等かそれ以上の技量の持ち主だ。
潤沢な魔力と精緻な技量を両立した、その槍撃は恐ろしくも素晴らしい。

「ちぇりゃぁぁ!!」
「ぬぅん!!」

股下から切り上げて来る槍の柄を、自身の右の手刀で弾く。
返す刀で手刀を横薙ぎに払うが、今度はそれを槍の柄でいなされる。

僅かにできた隙を見逃さず、槍の穂先が胴を薙ぐ。
だが、兼一の腕は二本、当然手刀も二つ。
いなされた方とは逆、左の手刀出受け止め、そのまま鍔迫り合いへと持ち込む。

どうやら膂力では兼一の方が勝っているらしく、徐々に押し返す。
そして、引き戻した右腕で敵の首を取り、一気に引き寄せ膝蹴りを放つ。

「カウ・ロイ!!」

しかしそれを、男は自ら前に出る事で打点を殺す。
密着距離ではお互いにできる事は少ないが、長柄の得物である槍よりも、この距離は徒手空拳の間合い。
兼一はさらに体を密着させ、渾身の寸勁(すんけい)を打ち込もうと地震を思わせる力強さで床を踏む。

だがその瞬間、二人の間に槍の柄が刺しこまれ、兼一の身体が押し返される。
拳は虚しく空を切り、再度間合いが開かれた。

こうなると、今度は長柄の武器の領分。
長さに物を言わせた広範囲の薙ぎ払いは、迂闊に踏み込めば命取り。
かと言って、先ほどの様に手刀出受け止めようにも、槍の先端には遠心力が加わる。
回転が上がれば上がる程に、それは困難になるだろう。
そして、今まさに兼一が置かれているのがそういう状況だった。

旋風と言うよりも、鎌鼬の大群が渦巻いているかのように次々と放たれる斬撃。
兼一をして回避に専念しなければならないそれは、まさに超一流の業だ。

とはいえ、徒手空拳の兼一からすれば間合いを詰めねば話にならない。
この距離では、兼一の拳も蹴りも決して届かないのだから。
ならば、選択肢などただ一つ。
危険を承知で、敢えて間合いの中に踏み込む。

意を決して、大きく踏み込む兼一。
本来なら、槍の柄により肋骨を砕かれることだろう。
だが、「一人多国籍軍」の異名は伊達ではない。
薙ぎ払いからの切り返し、一瞬にも満たないその隙を見逃さず、兼一は懐に潜り込む。

槍が戻ってくる前に、頭部に向かって当て身を一つ。
軽い一撃ではバリアジャケットは破れないが、僅かな間を稼ぐにはこれで充分。
その間に、組技に持ち込む為、蛇の如く背後へと回り込む。

しかし、兼一の狙いはあちらも読んでいたらしい。
丁度首に回されようとする腕目掛け、槍を突いてくる。
兼一は危ういところで腕を引くが、見れば槍は喉元寸前のところで止まっていた。
かなりの勢いで付いていたにもかかわらず、薄皮一枚で止めるとは並大抵のことではない。

とはいえ、これで一時でも腕が離れてしまった。
その隙を逃さず、男は兼一の腕を取って引きはがす。
だが、柔術を収める兼一にとってこれは決してマイナスではない。

「甘い!!」

腕を取られた状態は、柔術家にとって「取られた」とは言わない。
取られたのはむしろ逆に男の方。それを示す様に、気付いた時には男の天地は逆様になっていた。

瞬く間の内に二度三度と体が地面に叩きつけられる。
なんとか受け身を取りつつ、男は六度目の前に急ぎその手を離す。

(くっ、なんと言う男だ。まさか、あの一瞬に五度も投げられるとは……)
(反応が早い。やっぱり思った通り、この人は只者じゃない!)

互いに相手の力量を再確認し、仕切り直しとばかりに間合いを取る。
見れば、兼一の道着には所々槍が掠めたのだろう。
体は無傷だが、道着の一部に切れ目が入っていた。

「素晴らしい技術をお持ちですね。
 どなたかは存じませんが、さぞ名のある方とお見受けします。
 僕は『一人多国籍軍』白浜兼一。あなたは?」
「そう大層なものではない。一度は死に、再び土に還るまでの僅かな時間を生きているだけの、ただの死者だ。今更、名乗る名など持ち合わせてはいない」

兼一は怪訝そうな面持ちで、その一言を咀嚼する。
いったいどのような意味かは分からないが、その声音にはどこか深い悲しみが宿っていた。

(恨めしいな。この不安定な体では、存分に武を競うこともかなわんか……)

別に、実力が発揮できない事を悔いているのではない。
不安定なことも含めて、この場で発揮できる力が今の自身の実力と考えるからだ。

恨めしいのは、そう長くはない闘いの中で、既に体が悲鳴を上げている事。
今の彼にとって、自身と同等かそれ以上の力量の者との戦いは、大きな負担を伴う。
長引けば長引く程に彼の命数は減っていき、最後まで闘うことすら困難な現実が恨めしい。

それに、彼はまだこんな所で止まるわけにはいかないのだ。
今更死が恐ろしいわけではない。だが、決着をつけなければならない事がある。
それを果たすまでは、彼は止まるわけにはいかないのだ。

「あの…いえ、なんでもありません」
(心遣い、感謝する)

兼一も、彼の体調がおもわしくないことに気付いたのだろう。
しかし、そんな気遣いを相手が求めていないこともわかってしまった。
武人として、相手に体調を気遣われるなど恥辱でしかない。
それを察してくれた兼一に心のうちで感謝を述べる。

だがそこで、男の表情が凍りつく。
彼の視線の先、兼一の背後に広がる風景の一点。
広々とした道路で、管理局の魔導士と思われる面々に包囲されるルーテシアとアギト。

彼には果たさなければならない目的がある。
しかし、それと同じくらいに…あるいは、それ以上に大切な生にしがみつく理由である二人。

その二人が危地にある。
今すぐにでも救援に向かわなければならないが、眼前の敵はそう簡単に通してくれる程生易しくはない。
男は無茶を承知で、捨て身の勝負に出た。

「おおおおお!!!」
「っ!」

決死の気合と共に、男は突進と同時に刺突を放つ。
兼一はそれに対して腕をコロの原理で動かす「化剄」を用い、軌道を逸らす。

が、自身より二回り近く体格で勝る突進だ。
その上、相手は元より捨て身。
これを完全にはいなしきれず、兼一の体は大きく弾かれた。

しかし、兼一とてただで行かせるほど未熟ではない。
それ違いざまに、男の脇腹に肘を入れていた。
だが、それなりに痛手を被っておきながらも、男の勢いは緩まない。

「ぬぅ……すまんが、こちらにも事情がある。この勝負、預けるぞ!」

そう言い残し、男は瞬く間の内にルーテシア達の元に駆けつけるが、そこでヴィータ達も異変に気付く。
しかし、時すでに遅し。男の接近に気付き、迎撃しようとした時には男は槍を薙いだ後。
充分に力の乗った穂先から、魔力の刃が放たれ土煙を巻き上げる。

土煙が晴れた時、そこには男も、ルーテシアやアギトの姿も消えた後。
同じ頃、ギンガが追っていたアノニマートも突如ビル群に姿を消してしまった。

レリックの入っていたケースは奪われたが、幸いにもティアナ達の機転で中身は無事。
また、保護した少女を乗せたヘリが敵からの砲撃に見舞われたりもしたが、なのはが割って入った事で事なきを得た。
犯人の確保とはいかなかったが、レリックを確保し市街地にも大きな被害が出なかったのは、よしとすべきなのだろう。
こうして、久方ぶりの休日に発生した事件は終息した。






あとがき

どうも、ちょっとお久しぶりです。
なんとか1月中に更新出来て、何よりでした。
とりあえず、これで今回の一件は終わり。
辛うじて予告通りにできて一安心です。

さて、次回はまた日常編。ただし、いよいよというか、ようやくというかヴィヴィオが登場。
さぁて、翔とどうやって絡ませましょうかね。

ああ、あとアノニマートのI・Sの補足説明を。
基本的には本文中に書いた通りなのですが、実を言うとあまり使い勝手のいいものではありません。
それと言うのも、連続使用に対する回数制限の他にも弱点があるのです。
それが、体にかかる負荷の大きさ。
体表で炸裂させるために体に直接負荷がかかるので、使う本人は結構大変なのですよ。
特に頭や胴体に使えば、脳震盪や内臓へのダメージになる諸刃の剣です。本文中、アノニマートが「頭には使いたくない」と言っていたのはこれが理由。
アノニマートはだいぶ頑丈な部類ですが、それでもダメージを完全に無視することはでませんから。
スカリエッティが彼に格闘術を習得させたのは、なにも趣味や興味だけではなく、この能力を活かし同時にこの能力に耐える肉体を作り上げる為だったわけです。
ちなみに、「自爆」が得意な翔なら似たようなことができそうですが………できません。翔の自爆はそんな融通のきく類のものではありませんので。

さて、最後に一応今回の投稿を持ちましてリクエストの募集は終了とさせていただきます。
とりあえず、やっぱりvivid編のサワリでも書こうかなぁと思います。
まぁ、それがプロローグ的な物なのか、それとも別のものにするかはもう少し考えますが。
とりあえず、2月中には書きあげるつもりですので、少々お待ちください。


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