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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 33「迷い子」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 20:50

蒼い空、白い雲、日を追うごとに高まる気温と肌を撫でる涼風。
絵に描いた様に爽やかな朝でありながら、訓練場は相も変わらずに―――――――――――――――暑苦しい。

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……」
「う~ん、う~ん……」
「も、ダメ……」
「…………」

地面に倒れ伏し、身動き一つ取れない新人達。
機動六課が始動して既に三ヶ月が立とうとしているが、未だにあまりの運動量に体力が追い付かない。
訓練が終わる頃には、こうして精根尽き果てるのが日常だ。
まぁ、最近はだいぶ肉体改造も進んできているようで、回復も早まっているのだが。
はてさて、それは救いなのか、それともダメ押しなのか。いったいどちらなのやら……。

「はい、今朝の訓練と模擬戦も無事終了。お疲れ様」
『お、お疲れ様…です』
「と言いたいところなんだけど、ちょっと延長戦行ってみようか」
『え”……』

なのはの一言に、四人の声が引きつる。
これだけしごいておいて、まだ追い打ちをかけようと言うのか。
そんな四人を気にすることなく、なのはは笑顔のまま四人の後ろへ場を譲る。

「じゃ、お願いしますね」
「ぬぅん!」
『っ!?』

誰もいないと思っていた背後から返ってきた声に、四人は弾かれたように起き上がる。
そこには、両腕を腰のあたりで構えた兼一の姿。
即座に何が起こるのかを理解するが、今からでは退避も間に合わない。
已む無く、四人は大急ぎで衝撃に備え身構えた。

「梁山…波(気持ち弱め)!!!」
「うわぁぁあっぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁあぁぁぁ!!」

諸手による熊手打ちが放たれると同時に巻き起こる暴風。
あまりの拳圧で僅かに体が浮き、非常識な気当たりが意識を遠のかせた。

間もなく突風は止み、重力に従い浮いた体が落下する。
技の性質を考えれば、四人は為す術もなく崩れ落ちていた事だろう。
しかしその実、僅かにたたらを踏みながらもなんとか地面を踏みしめ立っていた。

「ほぉ……」
「わぁっ♪」
「うん」

それを確認し、ヴィータは感心したように吐息を洩らし、フェイトは口元で小さく拍手、なのはも満足気に頷く。
だが、まだ状況への理解が追い付かないティアナは突然の暴挙に抗議した。

「い、いきなり何するんですか!?」
「そ、そうですよぉ~! 幾らなんでも、こんなバテバテの時にしなくても良いじゃないですかぁ!?」
「気当たりで、心臓が止まるかと思った」
「わ、私も……」
「きゅくる~」

ティアナと共に涙目で抗議するスバルと、胸を抑え未だ早鐘を打つ心臓をなだめる年少者達。
しかし四人は気付かない。自分達が立っていられる事がどういうことか、そしてなのはやフェイト、ヴィータが向ける嬉しそうな視線の意味に。
その間にもなのはは両脇に立つ二人へ、確認の意味を込めて答えの分かっている問いを投げかける。

「どうかな、二人とも?」
「合格♪」
「ま、ギリギリだけどな」
「へ?」
「あの、それってどういう……」

とはいえ、いきなりそんな事を言われても何が何やらわからない。
スバルとキャロがその真意を問うと、答えは兼一の方から返ってきた。

「いや、実はね…今のが第二段階クリアの最後の見極めテストだったんだよ。
 はじめの頃のみんななら今ので気絶してた筈だけど…………成長したね」
「言われてみれば、確かに……」
「ま、あんだけ毎日絞ってんだ、これで問題あるようなら大変だっての。
 それこそ、丸一週間全部兼一メニューで行かなきゃなんねぇところだったからな」
(良かった、そんな事にならなくてホントに良かった!!)

エリオは兼一の言葉に納得し、ティアナは実現しなかった最悪の未来予想図に戦慄する。
ただでさえなのはのメニューはかなりきついのだが、兼一のメニューはその比ではない。
その上、兼一が張り切るとなのはもそれに触発されるので、こちらのメニューも輪をかけてきつくなる。
さらに、そんななのはに対し兼一も「これは負けていられない」と頑張る物だから、尚の事エスカレート。
この地獄のスパイラルが構築されつつあるだけに、ティアナの心の叫びはかなり切実だ。

「私も問題ないと思うし、兼一さんはどうですか?」
「うん、いいんじゃないかな」
「それじゃ、これにて第二段階終了」
「やった――――――っ!」
「生きてる! 私達生きてるよ、エリオ君!!」
「うん!」
「人間、意外となんとかなる物なのねぇ……」

なのはの宣言に対し、各々喜びを露わにする新人達。
そんな面々に、フェイトとヴィータから大まかな今後の予定を聞かされる。

「デバイスリミッターも一段解除するから、後でシャーリーのところに行ってきてね」
「明日からはセカンドモードを基本形にして訓練すっからな」
『はい!』
「え、明日?」
「ああ、訓練再開は明日からだ」

ヴィータの言葉に引っかかりを覚えたキャロの問いかけに、ヴィータはその内容を繰り返す。
四人は僅かな時間その意味を租借し、徐々に理解の色が浮かんでいく。
それを見計らい、なのは達ははっきりとした言葉でそれを告げる。

「今日は私達も隊舎で待機する予定だし」
「みんな、入隊日からず~っと訓練漬けだったしね」
「ま、そんなわけで」
「今日はみんな、一日お休みです。街にでも出かけて、遊んでくると良いよ」
『わぁい♪』

なのはの一言に目を輝かせ、歓声を上げる新人達一同。
しかしそこで、エリオがある事に気付く。

「あの、師父」
「ん?」
「ギンガさんは……」
「ああ、今日は隊舎で通常業務。
 さすがに、ギンガまで空けちゃうと手薄になっちゃうからね。
 そっちの休みはまた今度って事で」
「そうですか」
「まぁ、エリオ君たちは気にせず思い切り羽を伸ばしてくると良いよ。何しろ」

自分達だけ休みとなると気が引けるのか、エリオの表情には少々迷いが見える。
そんなエリオに対し、兼一は一端言葉を切った。
そしてやや間を置いてから、兼一は眼から怪光線を放ちながら地獄の片道切符を叩きつける。

「明日からはもっとゴージャスになるから、思い残すことのない様にね♪」
「ぎゃぴぃ……」
(これは、いっそのことこのまま逃げちゃった方が良いのかな?)
(逃げられると思う?)
(無理、ですよねぇ……)

というか、それ以前に管理局員である彼女達が逃走すれば、それは充分な処罰の対象だ。
まぁ、そんな処罰よりも兼一の特訓メニューの方が怖いと言うのは、わからないでもないが。
何はともあれ、こうして機動六課フォワード四名、晴れて一日の休暇と相成ったのであった。



BATTLE 33「迷い子」



その後、スターズはヴァイスから借りたバイクでツーリングに。
ライトニングは保護者に見送られて、シャーリー原案のプランで仲良くお出かけ。
で、残された面々はと言うと……

「むーっ、つまんないよーっ! 僕も行きたーい!」
「ダメだよ、翔。人の恋路を邪魔すると撲殺されちゃうんだから」
「えっ! 殺されちゃうの!?」
「そうだよ」
「なんだか微妙な覚え方してるね、シャーリー」

エリオとキャロが二人だけで出かけてしまったのがよほどつまらないのか、頬を膨らませる翔。
そんなお子様に対し、シャーリーはなんだか妙に生々しい言い回しを駆使して諌める。
別に間違っているわけではないのだが、正解とも言い難い。
まったく、いったい誰に教わったのやら……。

「で、フェイトちゃんも少し落ちついたら?」
「だってだって! 二人ともミッドの街は初めてなんだよ!
 道に迷っちゃうかもしれないし、良くないお店に入っちゃうかもしれないんだよ!!」
「いや、まぁ……」

確かに、絶対にあり得ないとは言い切れない可能性なのは認めよう。
しかし、だからと言って二人を見送ってからと言うもの、仕事も手に付かない程にオロオロと心配するのは行き過ぎだ。あり得ないわけではないが、可能性としては非常に低い。
それに、あの二人はそんじょそこらの大人よりよほど腕が立つ。
仮に何かあっても、ある程度は自力で解決できるだろう。
もし自力でなんとかできないようなら、その時はきっと頼ってくれると思うのだが。

「でもでも!」
「ああ……まぁほら、とにかく落ち着いて。どーどー……」
「あぅ、あぅ~……」

不安のあまり涙目になるフェイトの頭を、優しく撫でてやるなのは。
全く、これではどっちが子どもかわかったものではない。
そこへ、曲がり角を猛ダッシュで駆け抜けて来る赤い小さな影が。

「だぁーっ、やっベぇ遅刻する!」
「って、ヴィータちゃん?」
「おう、なのはか。悪ぃ、時間が押してるからまたあとでな!」
「? 行っちゃった。どうしたんだろ?」

自身の副官が何をあんなにも慌てているのかわからず、フェイトの事をなだめながら首をかしげる。
とそこで、折よく端末を手にシグナムが姿を現した。

「あ、シグナムさん。外周りですか?」
「うむ、108部隊と聖王教会にな。
ナカジマ三佐が合同捜査本部を立ち上げてくださることになって、その打ち合わせだ」
「もしかして、ヴィータちゃんも?」
「いや、ヴィータは向こうの魔導師の戦技指導だ。本人は『教官資格などとるものではない』とぼやいているが、あの様子だと満更ではないのだろう。ただ、急遽その前によるところが出来たとかで……」

あの慌てようと言うことか。
最悪、飛行許可を取れば間に合うだろうが……難しい。
何しろ、そんな瑣末事で飛行許可が出るかはかなり怪しいのだから。

「で、それはいったいどうした?」
「ああ、まぁ…いつものアレです」
「……なるほど、いつもの病気か」
「まぁ、そんな感じで……」

なのはのコメントは実に切れが悪いが、それでもシグナムには充分だったらしい。
呆れた様子でフェイトを見やり、やれやれとばかりに肩を竦めて頭を振っている。

「まったく、仕事とプライベートでの落差が激し過ぎるのがそれの欠点だな。
 いい加減良い年だ、そろそろなんとかならんものか……お前も苦労するだろう」
「にゃははは……えっと、捜査周りの事なんですよね。なんでしたら、起こします?」
「いや、準備はこちらの仕事だ。普段がどれだけポンコツでも、私はそれの副官だからな」

辛辣なコメントに、なのははただただ苦笑いを浮かべるばかり。
出来ればフォローしてやりたいところだが、出来ないのだから仕方がない。
なので、なのはは已む無く話題の転換を図るのだった。

「でも、ヴィータちゃん間に合うでしょうか」
「その点は大丈夫だろう。ある意味、六課最速が脚になってくれることになったからな」
(フェイトちゃん、じゃないとすると……)

六課最速と言うのなら、間違いなくフェイトだ。
が、そのフェイトはこの有様。これではとてもとても……。

しかしそうなると、シグナムが言う「ある意味」での六課最速とはいったい。
とそこまで考えた所で、なのははシグナムの言わんとする事を理解する。

「もしかして……」
「まぁ、そう言う事だ」

遅刻などと言う理由での飛行許可はおそらく出ない。他の魔法による移動もまた同様だろう。
ミッドにおいても、基本的な移動手段は徒歩か車や電車、あるいはヘリや飛行機と言った乗り物が主流。
原則、ミッドでも魔法の使用による移動は緊急時と面倒な手続きを経て許可を取得した場合を除き禁止なのだ。
この辺りには、ミッドの交通事情やら運転する側への配慮やらと、細々と理由があるのだがここでは割愛する。

では、魔法さえ使わなければいいのかと言うと………面倒なことにそうもいかない。
地球に限らず、ミッドにも「法定速度」と言うものがある。
たとえ魔法を使わなくても、車やバイクでその速度を越えれば立派なルール違反だ。

そう、ルール違反だが……要はバレなきゃいいのである。
魔法を使えば、残留魔力などを計測された場合ほぼ確実にヴィータへ辿り着いてしまうだろう。
何しろ、魔力光などからもわかる通り、魔力は個々によって僅かに質が異なる。
そのため、計測された魔力の質と言うのは指紋や虹彩と同域の証拠物件なのだ。

つまり、魔法を使えばバレるのは確実。だが、他の手段ならまだ可能性がある。
面さえ割れなければ、シラを切ることも不可能ではない…………………かもしれない。
非常に分の悪い賭けだが、使った道具を処分して証拠を隠滅したりすれば、あるいは……。

とはいえ、ブッチギリで法定速度を破ったとしても車やバイクではかなり厳しいのが現状。
普通に考えれば、トンデモ級の無理難題だろう。
しかし、生身においては問答無用で六課最速の生き物なら……不可能ではない。

「準備できてっか、兼一!」
「あ、はい、ヴィータ副隊長」

そうして、大急ぎで隊舎前のロータリーに出たヴィータ。
そこにはなのはが想像した通り、ヴィータを送り届けるべく準備していた兼一の姿。
だが、そこでヴィータの脚が止まる。
無理もない。何しろ彼女の眼に飛び込んできたのは……

「って、ママチャリかよ!!」
「ああ、すみません。いまこれしか空いてなくって。
 でも、これでも充分いけますんで乗ってください」
「……………だぁもう、しょうがねぇ!!」

どの道、最早兼一に縋るよりほかないのがヴィータの現状だ。
仕方なく、ヴィータは兼一の後ろに腰かけ、その身体にしがみつく。

「行きますよ! しっかりつかまってくださいね!」
「おう、とにかく急いでくれ!!」
「了解です!!」

上官からのGoサインを受け、兼一は眼から怪光線を放ちながら一気にペダルを踏み込む。
同時にチェーンが、歯車が唸りを上げ、タイヤの焦げる匂いが鼻を突く。
それを認識した時には、既に自転車はスポーツカーも真っ青な速度で疾走を始めていた。

「お、おわぁぁっぁぁあぁぁぁぁっぁぁ!?」
「まだまだ行きますよ――――――っ!!」
「ちょ、ちょ、まっ!?」

普段、空ではこれと同等か、あるいはそれ以上の速度でヴィータは飛んでいる。
しかし、その時と今では大きく異なる点があった。
まず高度。普段のヴィータは地上十数mから数百mの高さを飛んでいる。
対して、今は地上から1mと数十cm。普段より圧倒的に地面から近い分、体感速度は遥かに速い。
さらに、兼一が常識外れの勢いで漕いでいるものだから途方もなく揺れる。
増した体感速度、激しく揺れる車体。さらには限界以上の駆動を強いられた車体から漏れる「ギシギシ」「ミシミシ」と言う異音。これらが相まって、ヴィータの本能的な恐怖を叩き起していた。

「マ、ママチャリでドリフトすんな―――――っ!?」

ゴムの焦げる匂いと共に濛々と煙を上げながら、アスファルトの上を真横に滑って行くママチャリ。
ちなみに、その速度は既に時速200キロを軽くオーバーしている。
それを、呆然とした表情で見送る二人乗りの赤い単車が一台。

「ティア」
「なに?」
「……勝負、してみる?」
「絶っっっっっっっ対にイヤ!!!」

自転車、それもママチャリに負けると言うのは屈辱的だが、それも相手があれなら仕方がない。
むしろ、あんなのの後ろに乗っている上司の蛮勇に涙が溢れて止まらない二人であった。

「どりゃあぁあぁぁぁぁ!! ウルトラショートカットォ――――――っ!!」
「わっ! ばか、どこ突っ込む気だ!?」

道路から外れ、突如森の方へと突っ込むママチャリ。
もちろんこれはオフロード仕様などではないので、そんな所を走る様にはできていない。
いや、走れない事はないだろうが、この速度で突っ込むなど自殺行為以外の何物でもないだろう。
ただ、それ以前の問題として……

「直線距離を突っ走った方が早いに決まってますから!! って、あ……」
「あ、ってなんだよ! あ、って!!」
「すみません…………………………ブレーキが壊れました」

握れど握れど「スカッ! スカッ!」と手応えのないブレーキ。
どうやら、あまりの酷使により早速ワイヤーが切れてしまったようだ。

「遅れても良いから普通に行けばよかったよ、こんちくしょ――――――――っ!」

ちなみにその後、ブレーキは全て脚によって行われたのは言うまでもない。
ただ、刻一刻とママチャリの崩壊も進んで行ったので、目的地にたどり着いた時にはハンドルくらいしか残っていなかったのだが……。
しかしそれでも、なんとか時間通りに着きはしたから、当初の目的だけは達成したと言えるだろう。



  *  *  *  *  *



場所は移って、クラナガンの海の見えるとある公園。
シャーリーの「成功を祈るわ」という激励の意味もよくわからないまま、プランに沿って行動するエリオとキャロ。まぁ、とりあえず二人ともそれなりに楽しんでいるようなので問題はあるまい。
二人は休憩がてら、公園のベンチに腰掛けのんびりと昔話などしながら過ごしていた。

「はぁ、なんだかこんなにゆっくり過ごすのも、凄く久しぶり」
「うん。六課に来てからは、訓練と出動で忙しかったから」
「だね」

のんびりとした空気でよほど気が抜けたのか、まったりと身体の力を抜く二人。
年不相応な様相ではあるが、普段のしごきの反動と思えばそれも納得。
毎日毎日あれだけ絞られれば、たまの休日くらいこう陽だまりのネコのようになるのもいたしかたないだろう。

「でも、翔には少し悪いことしちゃったかも。
最後まで『一緒に行くーっ』って言ってたのに、結局置いてきちゃって」
「うん。それは、確かに……」

一応、シャーリーやギンガからは「気にせず行ってきなさい」とは言われたが、やはり気になってしまう。
身の回りで唯一の年下な事もあり、二人にとっては最早「弟」も同然だからかもしれない。
まぁ、あちらには構ってくれる人も多いので、それほど寂しい思いをする事もないだろうが。
ただ、それでも……

「今度は、三人で遊びに来ても良いかもしれないね」
「それ、すごくいいかも! 翔、きっとすごく喜ぶよ!
 あ、でも…私とエリオ君だけで翔の面倒をみるのは、ちょっと危ないかな?」
「ああ、それは確かに……」

何しろ、幾ら日夜厳しい訓練を積んでいるとはいえ、二人はまだ十歳。
二人で出掛けるだけならともかく、五歳の子どもも連れてとなると……。

「誰かに保護者って事で着いてきてもらえたら、大丈夫…かな?」
「うん。でも、忙しいのにそんなわがままを言うのも……」
「そうなんだよね」

もし他のだれかが聞いていたなら、その程度は気にする事ではないと言ってくれただろう。
しかし残念ながら、この場には年不相応に気を回し過ぎる二人にそれを言ってくれる大人はいない。
いるとすれば、二人と同じようにのんびりと過ごす家族連れか恋人同士。
あるいは、道行く女性に無節操に声を掛けまくるバカくらい。

「お嬢さ~ん! ちょっと僕とお茶しない?
 ……………あら、残念。じゃあ、またの機会で。
 っと、新しい出会いを発・見! そこの道行くお姉さ~ん♪」
「…………………………………………ねぇ、エリオ君。
 もしかしたら私の気のせいかもしれないんだけど」
「き、奇遇だね。僕も、ちょ~っとなんか見覚えのある人を見かけたような気が……」

どこか表情をひきつらせた二人は、油の切れたブリキ人形の様な挙動で声の方に眼を向ける。
するとそこには、軽いフットワークと無駄に冴えた体捌きでナンパをする空色の髪の青年が。

「ん? おお! 機動六課の子達じゃないか。やっほー、久しぶり! 元気してた?」

ようやくあちらもエリオとキャロの存在に気付いたのか、一瞬目を見張り、続いて親しげに手を振って歩み寄ってくる。
律義な二人はついそれに答えそうになるが、慌てて居住まいを正す。
何しろ相手は、以前自分達四人を軽くあしらった相手だ。
たとえどれだけフレンドリーでも、相手は立派な犯罪者。油断は禁物である。

「確か…アノニマート、さん」
「あ、覚えててくれたんだぁ。嬉しいなぁ、感激だなぁ♪」

よほど二人が名前と顔を覚えていた事が嬉しいのか、相貌を崩すアノニマート。
やがて二人のすぐ目の前にまでやってくると、キャロの隣のベンチの空きスペースを指差した。

「ここ、座っても良いかな?」
「え、あ、その……ど、どうしよう?」
「ぼ、僕に聞かれても……」

まさか、歩み寄ってくるだけでなく横に座ろうとするとまでは思わなかったのだろう。
なんと答えたものか、二人はオロオロとした様子で慌てている。
そんな二人をアノニマートは実に微笑ましそうに見やり、続いてちゃっかりキャロの隣に腰を下ろした。

「じゃ、ちょっと失礼して」
「ええ!?」
「まぁまぁ、気にしない気にしない。僕も今日はプライベートでね、ことを荒立てる気なんてないんだ。
それにさ、こんな所で会ったのも何かの縁だし、ちょっとお話ししようよ」
「「は、はぁ……」」

まるで親しい友人の様な振る舞いに、すっかりペースを狂わされた二人。
純朴な二人の困り顔がよほど楽しいのか、アノニマートは終始満面の笑みを湛えている。

(と、とりあえず、みなさんに知らせておいた方が良いよね?)
(う、うん。僕達だけじゃ、多分この人を捕まえられない。今はとにかく、時間を稼がないと……)

徐々に冷静さを取り戻してきたのか、二人は念話で今できる事を相談する。
キャロはアノニマートに気付かれないよう注意しながら、急ぎ全体通信の準備を進めていく。
同時に、エリオはアノニマートの意識を逸らすべく話題を振った。

「それなら……こんなところで何を?」
「え? 見てわかんない?」
「女の人に、手当たり次第に声をかけてる様に見えましたけど」
「うん、所謂ナンパだね。広い人間関係は大事だよ、心と人生を豊かにしてくれる」
「は、はぁ……」

アノニマートのあけすけな態度に対し、エリオは曖昧な表情。
ナンパに対しあまり良い印象がないのもあるが、何か裏があるのではないかと思ってしまうのだろう。

「あ、その顔……もしかしなくても、信じられない?」
「え、いえ、その……」
「まぁ、無理もないか。僕みたいなのが白昼堂々ナンパしてるなんて、自分でも笑えて来るし」
「そういえば、ギンガさんにも声をかけた事があるんですよね」
「まぁねぇ~。あ、もしかして偵察の為とか思ってる?
 それは穿ち過ぎだよぉ。あの時会ったのは本当に偶然なんだから。
 まぁ、興味があったのは否定しないけどねん♪」

その時の事を思い出したのか「クックック」と笑いを堪えるアノニマート。
挙動からはどうにも真意が読み取り辛く、本音と嘘の境界線が見えてこない。
それは二人の経験不足故か、それとも……。

「じゃ、今度はこっちの番。二人は…………………………デート?」
「「えぇっ!?」」
「あ、もしかして図星? ごめんごめん、それはお邪魔しちゃったね。
 お邪魔虫は引っ込むから、あとは二人でお幸せに…プププ」
「ちょっ! べ、別にそんなんじゃありません!」
「そ、そうですよ!」

からかう気満々の顔で二人を煽るアノニマート。
エリオもキャロもすっかり顔を真っ赤にし、大慌てでアノニマートを止めようとする。

「照れない照れない。良いじゃないか、僕はその辺寛容だよぉ。
 あ、ところでエリオ君…………………彼女の食器とか舐める時はばれない様にこっそりね♪」
「ぶはっ!?」
「え、食器? あの、それってどういう……」
「いやいや、恋する男の病気みたいなものだよ。
 好きな女の子の唾液がたっぷりついた品を、こうドキドキワクワクしながら舐めたりしゃぶったり……」
「わぁ―――――――――っ!! な、何言ってるんですか、あなたは!」
「え、エリオ君?」
「ち、違うよキャロ! 僕は別にそんな事……!!」
「ははは、隠す事はないよ。
男なんてどんなに取り繕ったところで、どいつもこいつも本質的にはサカリのついた変態なんだから」

その後も、いくつかの変態的行動を提示して二人をからかい倒す。
徐々にキャロの二人を見る目が冷たくなっていくのは、出来れば気のせいであってほしい。
特に、全く身に覚えのないエリオとしては冤罪もいいところだろうから。
まったく、自分の価値観をいたいけな子どもに押し付けないでほしい物である。

「ま、頑張ってね♪ 僕は君達を応援してるよ、第二次性徴前の交合万歳!」
「「交…合?」」
「あれ、知らない? 交合って言うのはね……」
「子どもに何を吹きこむ気だ、このド変態がぁ!!」
「オフゥ!?」

子どもに余計な性知識を吹き込もうとする変態の首が、大きく仰け反る。
二人が後ろを振り向くと、そこには背の高い青い髪の女性が一人。
彼女は、背後より般若のオーラを立ち上らせながらアノニマートの襟首を掴んだ。

「貴様、通信が繋がらないと思って探しに来てみれば……!」
「いや、トーレちょっとタンマ! っていうかさすがに延髄に膝はヤバいって、マジで死ぬから!!」
「良い機会だ、いっそ死んでしまえ! お前の様な色情狂の姿を見るだけで目が、声を聞くだけで耳が腐る。
いや、そもそも存在するだけで世界が腐る」
「おおう!? 家族へ向けたとは思えない暴言!? 愛がないよ、愛が!」
「ほぅ、ではお前には愛があると? いや、確かにあるのだろうな。年端もいかぬ子どもへの、歪んだ愛が!」
「ちょっと訂正、今週の僕のモットーは『揺り籠から揺り椅子』まで!
 乳児と高齢者には慈愛を、その他には劣情を! ロリも熟年もそれぞれいい物だ!!」
「先週は『ロリっ子万歳』、その前は『巨乳サイコー』だったが……貴様には節操と言うものがないのか!!」
「失礼な! 人様のものに“だけ”は手をつけた事はないよ!」
「自慢にならんわ!!」

未だ延髄への膝蹴りのダメージが抜けきっていないのか、トーレに良い様に踏まれまくるアノニマート。
二人はすっかりその光景に圧倒され、止めようなどとは露ほども思わない。
それどころか、なんとか足止めしなければならないと言うことすら失念している。
それほどまでに、一連のやり取りの衝撃は大きかった。

「はぁはぁ、少しは反省したか」
「………………………………良い♪ トーレ! いや、女王様! もっと踏んでください~」
「ええい、よるな変態!!」

本気で引いているトーレに対し、アノニマートは恍惚とした表情で縋りつく。
だが、そんな不毛なやり取りは始まるのも唐突なら終わるのも唐突だった。

「っと、冗談はこれ位にして」
「………待て、その冗談はどこからどこまでだ」
「いやいや、それは企業秘密だよ? まぁ、結構楽しかったしここまでにしとこうか」
「って、人を置いて勝手に行くな!」

そうして、二人はそんなやり取りを続けながらその場を去ろうとする。
しばし呆然としていたエリオとキャロだが、ギリギリのところで当初の目的を思い出す。
そう、皆が急行するまであと少しの筈。それまでの間、なんとかこの場にあの二人をトドメなければ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
「そ、そうですよ! まだ話は……!」
「いやぁ、出来ればもっとお話ししたいのは山々なんだけどね。
 でも、もう少しするとおっかない人達が来るんでしょ?」
「「っ!?」」
「今日はそう言うつもりで出てきたわけじゃないからね、ここは兵法三十六計逃げるに如かずなのさ!!
 さあ、行くよトーレ! 夕陽の向こうへ」
「今はまだ昼過ぎだ、バカ者が……」

どうやら、二人の考えはすでに読まれていたらしい。
アノニマートはトーレを伴い、足早に公園を後にする。

エリオとキャロも慌ててその後を追うが、路地を一つ曲がったところでその姿を見失ってしまった。
その後も辺りを捜索するも、二人の影も形も見つからない。
やがて、スバルとティアナに合流するのだが……

「すみません」
「見失っちゃいました」
「ま、まぁ、ほら、あんまり気にしないで」
「そうよ、相手が相手だしね。遭遇したのが私達でも大差なかったと思うし」

何しろあのギンガでさえ、完全な流水制空圏を会得した事でようやく対等に戦えたような相手だ。
現状エリオとキャロ、あるいはスバルとティアナだけで対処できるとは思えない。
キャリアの分もう少し足止め出来たかもしれないが、それでもだ。

「それより、ロングアーチと連携して……」
「ねぇ、ティア。ティアってば……」
「ああもう、なによスバル!」
「なんかさ、変な音聞こえなかった?」
「スバルさんもですか?」
「じゃあ、エリオも?」
「はい。ゴリッというか、ゴトッというか……」

スバルとエリオ、二人が視線を向けたのはとある路地裏。
二人は駆け足でその奥へと向かうと、そこにはなんの変哲もないマンホールが一つ。

しかし、その極々ありふれたマンホールに、異変が起きる。
重々しくその蓋が下から押し上げられ、姿を現したのは翔と同年代と思しき少女。
少女はマンホールからはい出した所で力尽きたのか、そのままアスファルトの上で倒れ伏した。

エリオとキャロ、それにスバルは急いでその少女へと駆け寄る。
ティアナは事態を報告すべく六課本部との通信回線を開き、現場状況の報告を始めた。

「スターズ4から、ロングアーチへ。
 アノニマートとその仲間と思しきトーレと呼ばれた女性を見失い、周辺を捜索中に身元不明の少女を発見。
 場所は3rdアベニューF23の路地裏。少女は意識不明、またレリックと思しきケースを所持しています」
「……本格的に不味いね。ごめん、みんな。悪いけど、今日のお休みは諦めて」
「いえ」
「大丈夫です!」
「救急の手配はこっちでする。みんなはその子とケースを保護。それと応急手当もお願い。
 あと、アノニマート達が戻ってくるかもしれないから注意して」
「「はい!」」

こうして、ようやく得たと思った休日は儚くも荒事によって塗りつぶされた。



  *  *  *  *  *



時を同じくして、とあるビルの屋上。
トーレと共にエリオ達から雲隠れしたアノニマートは、そこで事のあらましを聞かされていた。

「ふ~ん、マテリアル…ねぇ」
「ああ、恐らくだがドクターの探しものでまず間違いない」
「確か、『聖王の器』だったっけ。それにルーも?」
「レリックも絡んでいる。お嬢も捜索に協力してくださることになった」
「オッケー、それなら僕も行くよ」

本人はあまり興味がないらしいが、ルーテシアが動くと聞いて重い腰を上げる。
そんな彼に対するトーレの視線は、どこまでも冷たい。
まぁ、先ほどまでのやり取りを考えれば無理もないが。

「わかっていると思うが、お嬢に手を出すなよ」
「いや、さすがにルーやアギトには出さないけどね」
「どうだかな」
「だって、さすがにそれは犯罪でしょ? って、いっけない、僕たち犯罪者だったっけ。アーッ、ハハハハー!」
「そう言う所が信用できんと言うのだ、お前は」

実に頭が痛そうにするトーレ。
日頃の苦労がしのばれる限りだ。

「ま、それは置いておくとして、僕はどうすればいいの?」
「私は念の為の保険だが、お前は好きにしろ」
「いいの? なら、好きにやっちゃうけど」
「だから、はじめからそう言っている。
ただ、あまりあれは使い過ぎるな。私達と違って、お前のそれは負荷が大きい」
「なんだかんだ言って、トーレって実は優しいよねぇ。そう言う所、結構好きだよ」
「無駄口を叩いてないで、行くならさっさと行け」
「はいは~い。じゃ、とりあえずルーと合流するところから始めようかな、それとも足止めかなぁ……」
「まったく……」

明確な行動方針さえも決めないまま、その場から姿を消すアノニマート。
それを溜め息交じりに見送り、トーレもまた敵の索敵範囲外から状況を把握できるポイントへと移るのだった。



   *  *  *  *  *


ヴィータを陸士108部隊に送り届けた後。
少々久しぶりとなる108の面々との旧交を温め、そろそろ帰路に付こうと表に出た兼一。
だが、そんな兼一を慌てた様子でゲンヤが呼びとめる。その内容は言わずもがな……

「レリックが?」
「ああ、街に出てたスバル達が見つけたらしい。いまは身元不明のガキの応急処置とブツの封印処理をして現場を確保しつつ、六課からの応援を待ちながら周辺を警戒してるみてぇだな」
「ヴィータ副隊長は?」

戦技指導の為に来たヴィータだったが、開始早々の緊急事態。
本来は海上での演習の予定だったが、最早それどころではない。
こういう時、ゲンヤは話しが分かるので有り難い。
彼はヴィータに対し、即座に応援に向かえるように手配してくれていた。

「八神んとこの嬢ちゃんにはもう許可は出してある。今頃、海上をかっ飛んでる筈だ。おめぇも急げ」
「はい!」
「車……はいらねぇな。経路は指示するからそれに従え、いいな?」
「いえ、方角だけ指示してもらえれば大丈夫です。真っ直ぐ行けばいいだけですから」
「?」

兼一の言葉に、眉をしかめるゲンヤ。
空を飛べない兼一では、どうやっても海が邪魔で直線距離を進む事は出来ない。
故に、どうしても海を迂回する形で移動しなければならない筈なのだが……。

「それで、方角は?」
「向こうだけどよ。まさか、泳いでいくつもりか?」
「泳ぎにも自信はありますけど…そんな悠長にはしていられませんから、もっと早い方法で行きます。
 まだあんまり長い距離は出来ないんですけど、向こう岸くらいまでならなんとか」
「って、お前まさか……」
「すみません、急ぎますので!!」

言って、兼一は大海原へとその身を投じる。
足から海面へと飛び込み着水する寸前、力強く水面を“踏んだ”。

「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「…………水の上まで走れんのかよ、おめぇは」

白い飛沫を上げながら海面を蹴り、瞬く間に小さくなっていく兼一の背中。
兼一の非常識にはだいぶ慣れたつもりのゲンヤだったが、まさか水面を走って移動できるとは……。
まぁ、これまでの数々の非常識を知る身としては、呆れこそすれ最早驚く気にもなれないようだが。
とはいえ、兼一とてさすがに海を走って渡ると言う荒技は決して簡単なものではない。

(っとと、やっぱりまだまだ長老みたいにはいかないか。どうもまだイマイチ力の加減が……)

兼一にこれを教えた長老ならば、海を走って国境さえも超えられるだろう。
だが、そもそも彼は液体と言う非常に不確かな足場の上を走っているのだ。
その上蹴るべき水面は波と共にユラユラと揺らめき、不規則にその流れを変えると来た。

舗装されたアスファルトや、ある程度の硬さのある地面とはまるで要領が違う。
地面を走るのと同じ感覚でいると、たちまち水中に沈んで行ってしまうだろう。というか、普通は沈む。
おかげで、まだ不慣れな所のある兼一としては、海を走って渡ると言うのは中々に神経を削る作業なのだ。
そうして彼なりに沈まないよう注意しながらある程度の距離を進んだところで、通信が入る。

「兼一さん、こちらロングアーチのアルトです…………わ、ホントに海の上走ってる」
「あ、アルトちゃん。ごめん、出来れば手短にお願い! これ、結構きつくて」
「は、はい! えっと、六課からの応援は間もなく現場に到着。ですがレリックのケースはもう一個あったようで、応援が到着し次第フォワード達は地下に潜ってレリックの捜索に当たる予定です。
レリックと女の子に関しては、安全が確認でき次第ヴァイス陸曹のヘリでシャマル先生とリィン曹長が護送します。ただ、シグナム副隊長も聖王教会から向かってくださっている様ですが、距離がありますので……」

到着には、些か時間がかかると言うことか。
隊長二人については、状況に合わせて臨機応変にといったところだろう。

「ギンガは?」
「ギンガさんは別ルートからの捜索です。
 まだ場所が特定できていませんし、現場付近でアノニマートの姿も確認されていますから」

近くに敵がいるのなら、レリックの事は相手も察知している可能性が高い。
そうなれば、ここから先は早い者勝ちの争奪戦だ。
相手側はわからないが、六課側はまだ目当ての品の場所を特定できていない。
そうである以上、一か所にかたまっているよりある程度バラけていた方が都合は良い。

理由はいくつかあるが、狭い地下道で大勢が固まっていてもかえって動きを阻害する可能性があるというのが一つ。なにしろガジェットだけならいざ知らず、素早いアノニマートが相手だと命取りになりかねないのだ。
もう一つが、バラけていればレリックを発見できた時にいずれかのグループが近くにいる可能性が高まるから。
その分グループあたりの戦力は低下するが、ギンガなら一対一でもアノニマートをある程度足止め出来るし、今の新人達ならチームでなら不可能ではないとの判断。
もし地下で遭遇しても2グループのいずれかが足止めし、もう片方が状況に合わせて救援か、あるいはレリックの捜索に当たればいい。

「そうか、彼が……」
「っ! ガジェットの反応を補足! 地下水路に数機ずつのグループで総数……20!
 また、海上方面にも12機単位が5グループです! スターズ1ライトニング1は海上の北西、スターズ2とリイン曹長が南西方面を制圧。兼一さんは地下のフォワード達の支援に向かってください!」
「了解!」

状況が動き出したのに合わせ、兼一も速度を上げる。
対岸はもうすぐそこだ。
海上よりよほど動きやすい陸地に上がってしまえば、障害物は多いがぐっと動きやすくなる。
ロングアーチからの誘導があれば、兼一の脚力なら極短時間のうちに合流できるだろう。

(そう言えば、手短にって言ったのに全然短くなかったなぁ……)






あとがき

明けましておめでとうございます。
新年第一回目の投稿、ようやくヴィヴィオの登場です。と言っても、台詞の一つもありませんがね。
ヴィヴィオに台詞がつくのは、多分次の次辺りでしょうね。
まぁそれも、予定通り次で今回の戦闘が終わればの話ですが。


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