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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:41

ホテル・アグスタでの任務から端を発した騒動が終結して数日。
宇宙人が襲来したり、そのお付きが兼一と派手に暴れたり、ティアナが暴走したり、でもスバルと一緒に一皮むけたり、それに触発されたギンガや年少組が奮起したり、黒歴史を白日のもとに晒された兼一が鬱になったりと色々あったが、とりあえず事なきを得たのも記憶に新しい。
アレからしばらくは兼一が凹みっぱなしだったのは……まぁ、余談だろう。

では、今の機動六課は通常体制に戻ったのか。
もう何の問題もなく、至って順風満帆なのかと言うと…………………案外、そうでもない。

「あれ、シャーリー?」
「ああ、リイン曹長」

ふわふわと浮かびながら廊下を移動していたちんまい上司は、訓練場を望む窓の辺りでシャーリーと出くわす。
彼女の手には情報端末と思しきものが握られ、リインは僅かに首をかしげる。

「お出かけですか?」
「あ、いえ、みんなセカンドモードでの訓練も始まりましたし、ちょっと様子を見ようと思って」

これから訓練場に向かう所、という事か。
本格的なデバイスのリミッターを外し、セカンドモードに重点を置いての訓練はまだ先だが、試運転がてら慣れるために使い始めた所だ。
新しいモードと言う事で、まだまだそれぞれに合わせての調整が必要らしい。

「そうですか。御苦労さまで……」
『きょわぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!!』
「ぁ、悲鳴……」

遥か彼方、訓練場より響くどこか切迫した印象を受ける悲鳴が。
誰のものかなど考えるまでもない。なんでそんな事になっているかなど論ずるに値しない。
こんなもの、ここ数日で嫌という程聞きなれた日常のBGMも同然なのだから。

「なんか、最近多いですね」
「本当にです……」

回数が、と言うよりも種類が。
以前は一つ、多くて二つ程度だったのが、最近は多い時には五つか六つ。
早い話、新人四人も悲鳴を上げるような訓練に参加していると言う事だ。
以前はいくつかの武術への対策訓練だけだったのが、本格的に兼一が関与し出している事が原因である。
とはいえ今日は三つなので、まだ少ない方だが。

「兼一さんが例のアレの憂さ晴らしにきつくしてるって噂、どう思います?」
「ええっと……」

そんな物は根も葉もない噂なのだが、絶対にないと言いきれないと思ってしまうリイン。
なにしろ、あの時の兼一の凹みっぷりと言ったら……。
アレを知る身としては、もしかしたら本当かも知れないと思ってしまうのである、大変失礼な話だが。

「みんな、死んでないと良いのですが……」
「ま、まぁ、兼一さん優しいですし」
「ギンガは『修業では人が変わる』と言ってたですよ?」
「……」

一番弟子の経験に基づくコメントは……………とてもリアルだった。
幼い頃に虐待された人間は、子どもを持った時に同じように虐待に及ぶ事があるとか。
つまり、自分自身が身をもって経験した事を基準にしてしまうのが、人と言う生き物なのだろう。
その論理でいくと、なのは曰く同じような…あるいはそれ以上の修業をしていた兼一がアレくらいやってしまうのも、ある意味納得がいく様ないかない様な……。

「で、でもあの(怪しげな)薬もありますし!」
「それはむしろ、死ぬ事すらできないと言う事ですよ?」
「「……………………」」

あまりに悲しい現実に俯くシャーリーと、自分で言っておいて黙りこむリイン。
なんというか、それはあまりにも救いがなさすぎではないか。
が、それが現実なのである。

「……………成仏してね」
「……………成仏してくださいです」

やがて、二人は訓練場の方を向いて手を合わせる。
せめて安らかに、そんな事を想っていたのかもしれない。



BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」



四方八方から自身目掛けて襲い来る礫の雨霰。
それらを死にもの狂いで撃ち落としていたティアナだが、徐々に涙目になっていく。

無理もない。一つ一つは直径1cmもない小石だが、その破壊力は甚大。
何しろ、まともに受ければバリアジャケットを貫通する程だ。
当然、受けると大変痛い事は、幾度となく受けて真っ赤になったおでこが教えてくれる。
だが、そんな奮戦も長くは続かない。いくら耐えても終わらない苦行の果て、彼女の中で何かが切れた。

「ぐわぁぁぁぁぁ!? いっそ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ほら、叫んでないで心を落ち着けなさい! 明鏡止水だ!!」
「そんな無茶な…うきゃ!?」

叫んでいる隙に、誘導弾の防御網を掻い潜った礫が額に突き刺さる。
いったいどんな威力が秘められていたのか、ティアナは直立したまま丹田を中心に後方宙返り。
気付いた時には、彼女の視界には青い空が広がっていた。

(ああ、なんでこんな事に……)

兼一の訓練が解禁になったと聞いた時は喜び勇んだのも今は昔。
今更なのはの訓練に不満があったわけではないが、それでも彼女と違って兼一は無茶推奨派。
更なるレベルアップの為それも必要な事はなのはも渋々認める所だし、何より兼一はある意味無茶のスペシャリスト。この間の様な失敗をしない為にも、彼の指導はありがたいと思っていた。

思っていた、過去形だ。
では、今はどう思っているのかと言うと……

(後悔してるに決まってるじゃいの!!)

はっきり言おう、無茶と言う物を甘く見ていた。
自分がやっていた事など、無茶の第一段階に過ぎなかったのだ。
真の無茶は、先に繋がる無謀は…………………地獄だった。
なんでギンガが時折脱走を計画していたのか、その意味をようやくティアナは理解する。
それどころか、今となっては率先してギンガに協力したい気持ちでいっぱいだ。

(兄さん、私も逃げちゃっていいかな?)

一瞬、空に死んだ兄の無駄に爽やかな笑顔を垣間見る。
その兄はこう言った…………「達人からは逃げられない。だから、一思いに死んでしまった方が楽になるぞ」と。
以前のティアナなら絶対に突っぱねただろう甘い(?)誘惑だが、今は無理。
正直、どんな形でもいいから楽になれるのならさっさと楽になりたい。
だが、この相手はそんな「死んで楽になる」何て事を許してくれるような相手ではない。

「さあ、寝てる暇はないよ!!」

叱咤と共に、黒い影に青い空が覆い隠される。
その正体はティアナの身の丈ほどもある巨石。
もう身動き一つできないと思っていたが、命の危機に本能が勝手に身体を動かし地を転がってそれを回避。
染み着いた動作に従い跳ねるように起き上がると、そこには全方位から襲い掛かる礫。

「ぬぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!! もうどうにでもなれ――――――――――っ!!」
「ははは、その調子その調子。よし、ドンドン行こう」

やけっぱちになり、再度魔力弾を放つティアナ。
その周りでは兼一が手に小石を握り、至る所から親指で小石を弾いて飛ばしてくる。

たかが指で弾いただけと侮るなかれ。
バリアジャケット抜きで受ければ、頭がトマトになる事間違いなしの威力がある。
はっきり言って、下手なマグナム弾よりよほど恐ろしい。
ホント、たかが小石が致命傷クラスの速度で飛んでくるのはトラウマ物だ。
挙句の果てに、なんか兼一が何人もいる気がするのだが……。

(違う! アレは単に速過ぎて錯覚してるだけ! 断じて分身なんかじゃない!)

途轍もないスピードでしょっちゅう視界の中を出たり消えたりしているのだと、堅く信じるティアナ。
というか、そう思ってないと色々やってられないのだ。
魔法抜きの体術で分身とか、もう理解の外にも程があるのだろう。
だが、もし兼一にその辺りを可能かどうか聞けば……

「気当たりの扱いに長けた人ならできるよ。僕も一人か二人くらいならなんとか」

と言う答えが返ってきただろうが、ティアナにそれを聞く心の準備はまだできていない。
幻術魔法の使い手として、そこは譲れないのだ。いずれ譲る事になるとしても、今はまだ。

ちなみに中国拳法の一派、少林拳に「指弾」と言う技法がある。
これは指の力で弾を弾くと言う物なのだが、実を言うと兼一がやっている事とは微妙に違う。
兼一は手にいくつかの弾を握り、それを人差し指を曲げて作ったくぼみに乗せ、親指で弾いている。
このやり方は弾の再装填がしやすいのだが、実は本来の「指弾」とは別物なのだ。

本来の指弾は、人差し指と薬指で弾を挟み、中指を使いデコピンの要領で弾きと言う物。
これは中指の方が親指より長く、瞬間的な力に優れているからだとか。
まぁ早い話が、威力では劣るが連射のできる親指(マグナム)と、単発式だが威力で勝る中指(ライフル)と言ったところなのだろう。で、この場合はとにかく数が重要なので、親指を使っていると言う事だ。
以上、余談終了。



ところで、ティアナだけでなく他の面々にも視点を移そう。
まぁ、いまは兼一が組んだメニューの時間なので、どこも似たり寄ったりだが。

「うわぁぁぁぁっぁぁ! も、もうダメ―――――――!!」

『ドガン! ドガン!』と、周囲に響き渡る重い打撃音と共に、スバルが悲鳴を上げる。
その胴体と四肢から頑丈そうな革のベルトが背後へと伸び、巨大な鉄板へと繋がっていた。
どうやら、鉄板の方へ向けてベルトが強く引かれる構造らしい。
その状態で、スバルは前へ前へと進みながら正面にある板を殴る。
スバルの移動手段は主にマッハキャリバーなので、それに合わせて足元はベルトコンベア状態になっているが。
おかげで、思い切りマッハキャリバーを走らせてもそれに合わせて足元が回転し、ほとんど前に進めない。

突進力と突きの威力を上げる、そういう訓練器具なのだろう。
ただし、もちろんただの訓練器具ではない。
なにせ、スバルが引っ張られている鉄板からは「バチバチ!」とかなりヤバい音がしている。

「ほら、スバル! 少しずつ後ろに下がってきてるよ! もっと早く前にいかないと!」
「もう痺れるのはイヤ――――――――――――――――――――――っ!?」

なのはの叱咤に、スバルははっきりと涙を流してイヤイヤと首を振る。
それも当然。何しろこの訓練器具、突進力と突きの威力を上げる“だけ”のものではない。
同時に精神力もまた鍛えると言う、『梁山泊のドラえもん』こと岬越寺秋雨作の一度で3度おいしいお得な素敵発明なのである。
具体的には常に後ろから強く引かれ、少しでも全身を怠ると鉄板の電撃がカツを入れる仕組みなのだ。
しかも、その電力自体は使用者発電なので電気代は一切かからないスグレもの。

さらにさらに、これを受け続ければ必然的に電撃への耐性もつく。
魔力変換の中には電気もあるので、耐性があると大変便利なのだ。

「イヤなら早く進まないと」
「行けるんなら行ってますよ!? 心配してくれるなら止めてくれてもいいじゃないですか!
 私、ただでさえ電気苦手なのに!?」

体質的な諸事情から、スバルやギンガの体は大変電気を通しやすい。
それとこれにどんな因果関係があるかは不明だが、スバルは体が痺れるあの感覚がとても苦手なようだ。
ついでに言うと、これまた体質的な事情から沈みやすいのだが、泳ぎは苦手ではないらしい。不思議な事に。

「いや、私も止めたいのは山々なんだけど、スバルのそれってフェイトちゃんとかエリオ相手には凄い弱点でしょ? 今のうちに克服しておいた方がいいと思うんだ」
「なんのかんの言ってもやっぱりなのはさんって…兼一さんの同類ですよね!!」
「む、それはさすがに失礼なの。私はあそこまでじゃないもん。そんな失礼なこと言う子には……出力アーップ!」
「そう言う所が同類だって……あ、ダメ! ホント、ホントもう限界なんで…きゃあぁあぁぁぁ!?」
「頑張ってスバル。これも、可愛い教え子の為の愛の鞭なんだよ」

目尻に浮かぶ涙を拭いながら、なのははスバルに想いを告げる。
しかし、今まさに電撃を浴びているスバルには届かない。
まぁ、届いた所でなにがどうという事でもないのだが。
何しろ、現在進行形で愉快な叫び声を上げているのだから。

「ア”~ビバビバ!!」
「は~い、気を抜いちゃダメだよ。良く反省して、もう一回行ってみようか」
「お、お助け―――――――――――っ!?」

と叫んでみたところで、助けが入る筈もなし。
スバルの叫びは、虚しく蒼穹へと消えていくのであった。

「お~お~、あっちも飛ばしてんなぁ。なら、こっちも手を抜く訳にゃいかねぇか。
つーわけで、あたしもそろそろ始めてぇんだけどよ」
「っ!? だ、ダメ! ダメだよ、ヴィータ! そんな事しちゃダメ!」
「「ふぇ、フェイトさん……」」
「大丈夫だよ。二人は、ちゃんと守るから」
「あのなぁ……」

被保護者(エリオ&キャロ)を庇いながら、子を守る親犬の様に立ちふさがるフェイト。
そんなフェイトに、ヴィータはどこかうんざりした顔で頭をかく。
当の本人達も困り顔なのに、一人で勝手にクライマックスな雰囲気を醸し出す上官には頭が痛いのだろう。
子煩悩なのは知っているが、別に危害を加えようとしているわけではないのに。
いや、危害と言うか危険と言うか…そう言うのが全くないと言えば嘘になるのは否定しないが……。

「いい加減少し子離れしろってのに、これじゃ訓練になんねぇだろうが!」
「だ、だって二人ともまだ10歳の子供なんだよ!」
「その頃にはなのはと派手にドンパチやってたお前が言うか?」
「で、でもぉ~……」

ヴィータの正論に涙目になるフェイト。
彼女もわかってはいるのだ。ここで何をした所で、それは二人の為にならない事くらい。
しかし、理性では分かっていても心が拒否する。なにしろ……

「ヴィータの言ってる事はわかるよ」
「だったら……」
「でも…でも、“あんな”のまだ二人には早すぎるよ!!」

叫んで、フェイトが指し示したのはちょっと…だいぶ頭のいかれた訓練器具。
『どこの古代遺跡だ!』と言わんばかりに宙から吊り下げられる刃物の数々。
『ブン! ブン!』と風を裂きながら揺れるその合間を縫って光弾を発射するスフィアが設置されている。
以前の回避アクション訓練の発展なのは分かるが、いきなり飛躍し過ぎにも程があるだろう。
それに関してはヴィータも同感なのか、その表情には戸惑いが見て取れる。

「いや、あたしもそう思わねぇでもねぇんだが……」
「ほら! ほらぁ!」

畳みかける隙を見つけ、「それ見た事か」と言わんばかりのフェイト。
だが、意外にも敵は彼女の後ろにいた。

「あの、フェイトさん!」
「私達だって、いつまでも守られてばっかりじゃないんですから……」
(ガ―――――――――ンッ!?)
「あ、石化した」

キャロの一言と共に、「ブルー○ス、お前もか!?」な感じにフェイトの背後で雷鳴が轟く。
まさか、まさか守ろうとしていた二人にそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。
フェイトはこの世の終わりとばかりに凍りつく。

「ふぇ、フェイトさん!?」
「ふ、ふふふふふふ…そうだよね、二人ももう10歳だもんね。
 思春期に入り始める頃だし、こんなのは鬱陶しいだけだよね。ごめんね、こんな重い女で……」
「し、しっかりしてください! べ、別に僕達、そんなつもりじゃ!」
「ったく、面倒臭ぇ奴だな……もういい。ほら、始めるぞ」
「「は、はい……」」

言ってもいない事で勝手に凹むフェイトを余所に、いい加減付き合うのが面倒臭くなったヴィータは二人を促す。
しかし、やや遅れてそれに気付いたフェイトは、錯乱しているのか妙な事を口走り始める。

「え、エリオが………キャロが大ピンチ……。二人を………二人を守らなきゃ……」

その手に現れるのは起動形態のバルディッシュ。
フェイトは震える手でその柄を掴み、虚ろな瞳でヴィータを見る。
その瞬間、ヴィータの背に壮絶な悪寒が走った。

「な、なんだぁ!?」
「……バルディッシュ!!!」
《s,sir?》
「おま、フェイト何を…っおわ!? いきなり何しやがる!?」

ヴィータの頭を傍らん勢いで振り下ろされるバルディッシュだが、寸で気付いたヴィータはなんとかそれを防ぐ。
本来、フェイトとヴィータなら体格では劣るもヴィータの方がパワーでは勝っている。
故にフェイトを押し返す位彼女なら可能な筈なのだが、幾ら力を込めてもそれができない。

いったいどこからこんなパワーがと不思議に思うヴィータだが、その顔が徐々に青くなる。
体勢的に下からフェイトの表情をうかがう形になったのだが、フェイトの顔は俯いていてよく見えない。
だが、それが逆に怖い。前髪で隠れた紅玉の瞳が、髪の毛の隙間からどんよりとした輝きを放つ。
僅かに垣間見える表情は虚ろで、どこか病的な笑みが浮かんでいた。

「フ、フフフフフフフフ……」
「おい、大丈夫か? 主に頭の方なんだけどよ」
「そうだよ、簡単な事なんだ。ここで…………ヴィータの息の根を止めちゃえばよかったんだよ」
「怖ぇ事を呟くな!!」
「ううん、それどころか世界に私達だけになっちゃえば……」
(うっわ…こいつ、もう色々ダメだ……)

そんな感じにヴィータがフェイトの人間性を諦めた所で、フェイトが動く。
ヴィータを、そして世界から自分達(範囲は不明)以外を排除する為に。

脈絡もなく繰り広げられる無駄に高度なバトル。
それを前に、エリオとキャロは途方に暮れていた。

「ど、どうしようエリオ君?」
「ど、どうしようって聞かれても……」

むしろ、どうしたらいいのか教えてほしいのは彼の方だったかもしれない。
とそこへ、皆の様子を見に来たらしいヴァイスが姿を現す。
その隣には……………………ジークが来て以来、良く回る様になった翔も一緒だ。
ついでに、ジークに貰ったオカリナを吹いているが……音が外れているので妙な事になっている。
というか、緊張感に欠けること甚だしい。

「おい、ありゃ一体どういう事だ?」
「「ヴァイス陸曹……」」
「ぷぴ~♪」
((気にしたら負け! 気にしたら負け!!))

精一杯の自制心を動員して翔が回っている事は見ていない事にし、二人はヴァイスに事のあらましを説明する。
話が進むにつれヴァイスの顔がなんとも言えないものになっていくのは…………当然だろう。
その間にも、上空ではフェイトとヴィータのバトルが規模を広げていく。
はじめはフェイトを抑え込むつもりだったヴィータにも、どうやら余裕はないらしい。
所々で「いい加減にしろ、この親バカ!?」「ああもう、面倒臭ぇ! ぶっ潰しちまえ!!」という具合に、本気で叩き潰しに行っている様な怒声が聴こえるのは気のせいにしておきたい。

「なんじゃそりゃ……」
「キレ~♪」
「翔、そんな呑気な……」
「私、今だけは翔が羨ましい」

飛び交う金と赤の光は確かに綺麗だが、それに感想を述べる気には3人はどうしてもなれない。
というか、いい加減ホントにこれはどうしたらいいのだろうか。

「いや、どうもしようがねぇだろ、ありゃ」
「でも……」
「じゃあ、聞くがよ。お前ら、アレ止められるか?」
「無理です」
「だろ?」

確かにヴァイスの言う通り、今更アレを止められるとは思わない。
フェイトの暴走は加速する一方だし、ヴィータはヴィータで当初の目的を忘れている気がチラホラ。
あんな所に飛び込んでも、巻き添えを食って5秒と経たずに撃墜されるのが落ちだろう。

「それなら、見てたらどうかな? 見るのも修業だって、父様言ってたし」
「「「…………………………じゃあ、その方向で」」」

最終的には翔の案が可決され、4人は特に手も口も出さずに二人のバトルを観戦する。
間違いなく勉強にはなったのだが、どこかエリオとキャロは尊敬する保護者の弾けっぷりに、なぜか虚しい気持ちになるのであった。

とまぁ、新人達はこんな具合にそれぞれ訓練に励んでいる。
では、4人よりも幾分先を行くギンガはどうしているのか。

以前より兼一にかかりっきりで指導を受けていたギンガだが、彼女は今、兼一以外との訓練に費やす時間が増えている。
とはいえ、内容そのものは兼一からの要請によるもの。
丁度いい具合に兼一の求める修業にうってつけの人がいたのだ。

「し、シグナム副隊長! ちょ、ちょっと待って!」
「実戦で待ったはないぞ、ギンガ!!」
「あたっ!?」

ギンガの頭に振り下ろされる、魔力によって構成された刃。
衝突と同時に魔力刃は粉々に砕け散るが、シグナムが構えると再度魔力刃が現れる。

ただし、衝突と同時に砕けた事からもわかる通り、その強度はガラス並みに脆い。
元々、シグナムはこの手の魔法が苦手だ。愛剣であるレヴァンティンに魔力を注ぎ、自身の身体能力を強化し、真っ向から斬りかかるのが基本スタイル。
その彼女に、本来なら魔力刃を出力してどうこうと言うのは向かない。
が、それが良い。

「そら、ちゃんと手で捌け! 実戦ならヒラキになっているぞ!」
「そ、そんな美味しそうなものにはなりたくありません!!」
「イヤなら捌け! 出来なくても捌け! とにかく捌け!」
「んな無茶なぁ――――――――っ!?」

次々と斬りかかられては、同じだけ粉々になるの繰り返し。
しかしもし真剣や頑丈な鈍器だったら、今頃ギンガは切り身か餅の様になっていただろう。

それこそが、脆い位の魔力刃がちょうどいいと言う理由だ。
同時に、その脆さが刃の危うさの代わりにもなる。
つまり、捌き切れずに砕けた時は、真剣なら斬られていたと言う事。

これはかつて兼一もやった、対武器戦の技の修業だ。
当時は蛍光灯を使ったが、アレは砕けると一々掃除が面倒。下手に取りこぼしがあると事故や怪我の元だ。
その点、魔力刃は一度砕ければ魔力に返って跡形も残らない。
掃除の手間が省け、破片で怪我をする心配もない優れ物なのである。

「で、でもなんでいきなり対武器戦? アノニマートの事を考えるなら……!」
「しゃべってる暇があるなら捌かんか!!」
「うきゃぁぁぁぁっぁあぁぁぁ!?」
「まぁ、ギンガの言う事も一理ある。だが、前回の事であちら側にも相応の人員がいる事がわかった。
 場合によっては、武器を使う者もいるだろう。とまぁ、そういうわけ……だ!」
「おぶ!?」

シグナムの刺突が入り、体がくの字に折れ曲がる。
しかし、確かにそれなら対武器戦も視野に入れた修業が必要だろう。

とはいえ、相手は歴戦の古代ベルカの騎士。幾らリミッター付きとは言え、それが情け容赦なく斬りかかってくるのだ。普通なら命がいくつあっても足りはしない。
そんな弱気がギンガの胸中に滲みだすと同時に、ふっと一つのイメージが脳裏をよぎった。
それは、先日辛うじて退ける事が出来た、自身と同等以上の力量を持つ男の軽薄過ぎる笑顔。

『え~、こんなこともできないの? こんなの簡単にできるのにねぇ~? ふっしぎ~。
 あ、ごっめ~ん。別にできないからってバカにする気はないんだ。 うん、ホントだよ?
 人それぞれペースってものがあるしね。僕は先に行くけど、自分のペースで頑張って♪ ファイト、オー!!』
(…………………………………ムカッ)

実際に本人からそんな事を言われた事がある訳ではないが、なんとなくナチュラルに見下された気がした。
そして、その腹立たしい事といったらない。
気付けば、ギンガの胸中では対抗心という名の炎が燃え上がり、弱気の影は払拭されていた。

「シグナム副隊長!!」
「む? なんだ、言っておくが緩くやったのでは修業にならんぞ」
「いえ、もっとじゃんじゃんお願いします!」
「良く分からんが……良い目になったな。よかろう!!」

何故突然ギンガの意欲が増したのかは、無論シグナムにはわからない。
だが、それでもギンガの眼に強い意志の光が灯っているのは確か。
これに答えねば、「烈火の将」の名が廃る。故に、自然、剣を振るうシグナムの腕にも力が籠っていく。

いみじくも、ギンガの心に火を灯したのは、かつてシグナムが「ギンガに足りない物」として挙げた存在によるもの。即ち、己の殻を破る棘、ライバルの存在である。
『負けたくない』『負けられない』、そう一人の武術家として思える相手に、ギンガは出会ったのだ。

先日の勝負、形の上では確かにギンガの勝利。
しかし、当のギンガにとっては決して納得のいく勝利ではなかった。
勝負を決めた一打を入れた実感は乏しく、どこか夢の中の出来事のよう。
また、アノニマートもまた何か奥の手を秘めている様子だった。

もしあの時それを使われていれば、負けていたのは自分だった。
その確信があるからこそ、修業へと臨む心にも熱が籠る。

(彼も今頃腕を磨いている筈。立ち止まっている時間なんて、ない!!)

この場にいないライバルを強く意識し、対抗心がメラメラと燃え上がる。
とはいえ、幾ら奮起した所で、やはり無茶な物は無茶な訳で。
御蔭で、実戦なら一日でかるく百回は死んでいるのではないかと思う程、ギンガは叩きのめされるのであった。



  *  *  *  *  *



「じゃ、午前はここまで。お昼を食べて事務仕事が終わったら、また訓練場に集合ね」
「「は、はい」」

なのはの指示に、戸惑いがちに答えるエリオとキャロ。
二人はチラチラと横に視線を向けながら、苦笑いを浮かべている。
なのはもその気持ちは分かるのか、曖昧な表情でそちらを見た。

『……………………』

屍の様に倒れ伏すティアナとスバル、それにギンガ……の他に、なぜかヴィータとフェイトもいた。
前者の三人は訓練で徹底的に叩きのめされたからだが、残る二人は違う。
勝手にヒートアップし周りが見えなくなっていた所で、それぞれの上司と副官に仲裁(制裁)されたのだ。

ただし、なのはの場合は砲撃で、シグナムの場合は直接斬りかかって。
不意打ちに等しいその一撃で、二人は見事撃沈したと言う次第である。
うむ、やはり「仲裁」というより「制裁」の方が正確だろう。
で、そんな5人を見て父を見上げて翔は言った。

「埋めるの?」
「埋めないよ、死んでないからね」
(死んでたまるか!)

とは思っていても、口に出して言える余力のない面々。
死んだら埋めるが梁山泊のデフォルトだが、すっかり翔もその基準を持ってしまったらしい。

「ん~、それじゃ元気が出るおまじない」

取り出したるは毎度おなじみ藁人形と五寸釘。
明らかにそれは「呪い」なのだが、未だに翔はこれがおまじないだと信じている。
訂正しないのではない、出来ないのだ。
純粋に相手を想っておまじないをしている子どもに、どうして「それは呪いだよ」と言えようか。
翔は手近な木へと駆け寄り、勢いよく五寸釘を……

「ああ、そうだ。その前にちょっと水を持ってきてあげようか」
「…………うん♪」
『ふぅ……』

父の頼みの通り、水を汲みに駆けていく翔。
一同はそこで安堵のため息をつく。訂正できないのなら話を逸らす、それが目下の対策である。
潔いまでの問題の先送りで、なんの解決にもならない方法だが。

「お前な、アレって呪いなんだろ? 早く教えてやれよ」
「じゃあ、ヴァイス君やってよ」
「やだ。つーか、そんなのは親の仕事だ」
「それはそうだけど……」

確かにヴァイスの言っている事はもっともだが、言い難い物は言い難い。
あのキラッキラとした眼で見られると、とても真実は言えないのだ。

「…………………………………なぁ、一つ聞いてもいいか?」

それまでとうって変わり、神妙そうな様子でヴァイスは兼一に問いを投げかける。

「え? ああ、文字の有無が文明に及ぼす影響について?」
「いや、そうじゃなくて……つーか、なんでそんな話になる?」

それまでの話題ともまるで違うそれがなぜ出て来るのか、溜め息交じりに斬って捨てるヴァイス。
生憎と、彼が聞きたいのはそんな小難しい話題に関する意見ではない。

「お前、武術の世界に入って長いんだよな」
「まぁ、それなりに。でも、十代の後半からだから遅い方だよ。
 はっ!? まさか、またあの話をほじくり返すの!?
 え~、え~、どうせ僕は凡人だもん。みんなみたいな才能なんてなかったよーだ」
「だぁもう! 一々話の腰を折るんじゃねぇ!!」

どうやらまだあの時の影響が抜けきっていないらしく、座り込んで「の」の字を書き始める兼一。
ヴァイスはいい加減痺れを切らし始めたらしく、兼一に掴みかからないように自制しながら怒鳴る。
掴みかからないのは当然。下手な事をすると、投げられるか組伏せられるか、あるいは関節を外されるか。
いずれにせよ、どうせ碌な事にならないと言うのが六課での共通認識だ。

「ったく、俺が聞きてぇのは…アレだ。
 お前、敵を殴れなくなった事って……あるか?」
「……」

兼一にだけ聞こえるように、小声で問いかける。
他人に話して楽しい話題でもないし、出来ればあまり聞いてほしくはない。
だが、同時にどうしても兼一に聞いておきたかった。
長く闘い続けてきたこの凡人は、自分と同じ葛藤に苛まれた事があるのだろうか。
あったとして、それをどう克服したのだろうか。

「……あるよ」
「っ!? なら、なんで今は闘える」
「師匠に……………………………かなり無茶させられて」
「そ、そうか……」

どこか虚ろに空を見上げる兼一に、若干引き気味のヴァイス。
この男をしてそこまで言わせる無茶とは、果たしていったい如何なるものか。
考えるだに恐ろしく、精神衛生上よろしくない。

「武術家は、技を極める程にその身を凶器へと変えていく。
この拳が相手を殺してしまうかもしれない、それが怖かった事が僕にもある。
ヴァイス君が言ってるのは、そう言う事でしょ?」
「……………まぁ、似たようなもんではあるな」

『闘えなくなった』ではなく、『敵を殴れなくなった』。
その問いの意味する事は、つまり「誰かを傷つける事への恐怖」だ。
兼一にも経験がある。だからこそ、ヴァイスの問いの奥にある意味が理解できる。
ヴァイスからは過去の事はあまり聞いていないが、彼もまた闘争の技術を収めている事には気付いていた。

「僕は早いうちに克服できたから深刻なトラウマにはならなかったけど……」
「俺は手遅れ…か。悪ぃな、変な事聞いちまった」
「……ぁ、これは僕の師匠達の方法論だけど」
「?」
「恐怖に打ち克つには恐怖、更なる恐怖でトラウマを拭い去れれば」
「ホントに無茶だな、オイ!?」

いくらなんでも、それはない。
確かに理屈はわからないでもないが、それは下手をすると精神が崩壊して廃人になるのではないか。
この自他共に認める凡人の壮絶な道程が、また一つ明らかになった瞬間だった。

(こいつ、よく生きてたな……)
「あ、翔がかえってきた」
「ぉ…おお。って、おいおい足元ふらついてんじゃねぇか」

バケツの取っ手を掴み、ふらふらと頼りない足取りで歩いてくる翔。
どうやら、許容量いっぱいまで入れてしまいバランスがうまく取れなくなってしまったらしい。
このままだと、何かの拍子に転びかねない。
と、大人たちが心配していたら……………早速それは起こった。

『あっ!?』

ズルッと、バランスを崩して倒れる翔。
当然、バケツはひっくり返り水がぶちまけられる。

しかも運の悪い事に、水は盛大に翔の方向へぶちまけられた。
その結果、翔は全身ずぶ濡れの濡れ鼠状態。
上手く倒れたおかげかけがはないらしく、特に泣き出しそうな様子でもない。
ただ、よほどこぼしてしまった事がショックらしく、打ちひしがれた様子でしょんぼりしている。

「まったく、ごめんねヴァイス君」
「ああ、さっさと行ってやんな」

『シッシッ』と手を振りながら、兼一を促すヴァイス。
兼一がゆっくりとした足取りで翔の元へ向かうと、翔はのろのろと立ち上がり所在なさげに顔を伏せる。
そんな翔の頭に手をやり、軽く撫でながら兼一が何やら話しかけているが、ヴァイスからは聞こえない。

(恐怖に打ち克つには恐怖、か。参考になったんだかならないんだか……)

天を仰ぎ、どうしたものかと困り果てる。
置いた銃に未練がないと言えば、嘘になるだろう。
出来るなら、また銃を取ってこの力を活かしたいと思う。

だが同時に、銃を握ると震えてしまう自分がいる。
銃を握る度にあの時の事が、人質に取られた妹の片眼を誤射してしまった時の事がフラッシュバックするのだ。
これでは、再び銃を取る事等出来ない。

(本当に、どうしたもんかねぇ……)



  *  *  *  *  *



時間は過ぎてお昼過ぎ。
書類仕事が一段落ついたスバルが、唐突にこんな事を尋ねてきた。

「え、翔の魔力資質?」
「うん。そう言えば、翔って魔法使えるの?」

見れば、スバルの後ろには興味津々な様子のエリオとキャロ。
どうやら、二人も弟分の資質には興味があるようだ。
それどころかティアナもまんざら興味がないわけではないらしく、素知らぬ顔で聞き耳を立てている。

「兼一さんはリンカーコアもないってのは聞いてたけど、そう言えば翔については聞いてなかったなぁって。
なのはさんとか八神部隊長みたいに突然変異的に凄い魔力を持ってる人もいるわけだし、どうなのかな?」
「一応、108にいるうちに検査はしたからわかるけど……」
「じゃ、どれくらい? やっぱり、なのはさん達並とか?」

ギンガの返答に、スバルが盛大に食いついてくる。
こと、武術に関しては既に才覚を現している翔だ。
もしかすると、魔法にも才能があるかもしれない。それが興味深いのだろう。
天は二物を与えずと言うが、実際にはそんなケチくさくはない。
むしろ、与える人には盛大に色々与える物なのだ。
だが、翔に関しては案外それほどではない。

「期待してる所悪いけど、それほどじゃないわよ。一応人並み程度にはあるけど、特別多いわけでもないし、どちらかと言えば普通よりやや少なめってところじゃないかしら?」
「でも、それなら普通に魔法を使う分には問題ないんですよね」
「まぁ、資質的には……」

キャロの確認に、どこか歯切れの悪いギンガ。
それをどう取ったのか、エリオが若干心配そうに尋ねて来る。

「あの、もしかして師父が反対してるとか?」

本格的に兼一が訓練メニュー作りに関わってきた所で、意を決してエリオは兼一の事をこう呼ぶようになった。
はじめは兼一も戸惑っていた様子だったが、エリオがそう呼びたいならと了承。
ちなみに、他の面々はまだ呼び方は変えていないが、キャロとティアナが若干怪しいとギンガは睨んでいる。
と、それはそれとして兼一のスタンスだったか。

「ああ、そっちは大丈夫。師匠は『翔に学ぶ意思があるならかまわない』って」

別に悪事の類でもないのだ、学びたいと言う意欲があるのなら反対する理由がない。
そもそも、学びたいと言う意欲がある事自体は褒めるべき事だろう。
武術家的に魔法を使うのはどうかと言うのがないのかどうかは若干疑問だが、兼一はその辺りにはおおらかだ。

というか、そもそもそんな事を言っていてはギンガを弟子にするわけがないのだが。
なにより、才能がある事を知りながら武術から遠ざけようとすると言う、ある意味人生を歪める様な事をしていた(と本人は思っている)兼一としては、これ以上息子の人生を歪めたくない。
可能な限り、あの子の意向を組んでやるのが兼一の方針だ。

「なら、教えても大丈夫って事だよね!」
「ま、まぁ……」

スバルの勢いに押されるまま、頷き返すギンガ。
それに気をよくしたスバルと年少組二人は、勢いよく立ちあがると早速行動に移った。

「よぉし! じゃ、善は急げだ!」
「「行きましょう、スバルさん!」」
「うん! ギン姉、そんなわけだから少し翔借りるね!」
「あ、うん」

それまで一応第三者的に傍観していたティアナも「やれやれ」と言った様子でその後を追う。
しかし、隠しているようだがその足取りは若干軽い。
なんだかんだで、彼女も楽しんでいるようだ。

それは別にいいのだが、ギンガには一つ懸念がある。
結局タイミングを逸して言えなかったが、追い掛けてでも教えてやった方が良いだろうか。
そんな事を考えていると、ちんまい上司が声をかけて来る。

「行っちゃったですね」
「あ、リイン曹長。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様です。まぁ、スバル達が興味があるのはわかるですけどね」
「はぁ、まぁ確かに……」

確かに興味があると言うのもあるだろうが、可愛い弟分を構いたいと言うのも大きいだろう。
特に、魔法は兼一にはどうやっても手がつけられない分野だ。
なら、自分達が教えてやれると言う辺りも魅力的には違いない。
何しろそれは、かつてギンガも通った道なのだから。

「どうかしたですか? なんだか渋い顔をしてるですが」
「あ、いえ、これは……」
「ははぁ~ん、それはもしかして………………やきもちですね!!」
「はい?」

突拍子もない上司の指摘に、失礼な反応を返してしまう。
とはいえ、そこはアットホームな機動六課。
リインはそれを気にした素振りもなく、自身の推理を高らかに語る。

「ですから、弟分を取られる事へのやきもちですねと言ってるのです。
 ホントは自分が教えたいのに、みんなに取られるのが面白くないのです。
 ほらほら、早くいかないと翔の魔法の先生の座を取られてしまうですよ」

何がそんなに面白いのか、くすくすと笑いながらたきつけて来る妖精上司。
だが、それは的外れにも程がある。
別に、ギンガは今更翔に魔法を教える気なんて更々ないのだ。
しかし、それはそれとしてこのまま放っておくのはさすがにまずいかもしれない。
そう判断し、ギンガは少々重い動作で立ち上がった。

「………………そうですね。とりあえず、様子だけは見ておきます」
「おやおや~、そんな消極的で大丈夫ですか?
 うかうかしてると、大変な事になるですよぉ~」
(変な所で八神部隊長に似てきたなぁ……)

こういう、ちょっとしたイベントを煽って楽しむあたり、どことなくはやてを連想する。
というか、部屋を出てもこのちんまい上司は後を追ってくるのだが……。

「あの……」
「あ、私の事は御気になさらずです」
「絶対覗いて楽しむつもりですよね」
「そんな事はないですよ~」

バレバレな嘘だが、あえてそれ以上は突っ込まない。
むしろ、彼女が期待している様な事にはならない事を教えてやるべきだろうか。

とそこで、ギンガはある事を思い出す。
兼一は午後から隊舎を留守にしている。いや、兼一だけではない、はやてもだ。
急な呼び出しがあったとは聞いたが、詳しい事を聞いていなかった事を思い出したのである。
リインははやての副官兼秘書みたいなものだし、もしかしたら知っているかもしれない。

「そう言えば師匠と八神部隊長って、どこに呼ばれたんですか?」
「さあ? 私も聖王教会のシスター・シャッハから兼一さん込みで呼び出しを受けた、って位しか知りませんが」
「それはまた……」

おかしな組み合わせもあったものだ。
兼一とはやて、兼一と聖王教会、どれもかなり珍しい組み合わせである。
特に、兼一と聖王教会など接点はほぼないに等しい。
呼び出し先がわかれば少しは何かわかるかもと思ったが、むしろ謎が深まるばかりだ。

「っと、話しを逸らそうとしてもだめですよ! さあさあ、ギンガ的には今どんな気分ですか?
 微に行り細を穿った告白を要求するです!」
「いえ、別にそんなんじゃ……」

実際、そんなつもりで話題を変えたわけではないのだが。
だが同時に何かを言い淀むギンガに、リインは我が意を得たりとばかりに詰め寄ってくる。

「さあさあさあさあ!」
「し、強いて言うなら」
「強いて言うなら!?」
「心配、かなぁと」
「心配? 翔がですか?」
「いえ、むしろスバル達が…【チュド―――――――――――――――――――――――ン!!!!】」

と、そこまで言ったところで二人の鼓膜を強烈な爆音が叩く。
隊舎全体が揺れたのではないかと錯覚する振動が発生し、危うくバランスを崩しかける。
窓ガラスも盛大に揺れ、割れなかったのが不思議な位だ。

「な、何事です!? 空爆ですか、それともなのはさんですか!?」
「リイン曹長、それ割と失礼ですよ。でも………………遅かったか」

慌てふためくリインを余所に、音の出所をと思われる方角を向いて、ギンガは僅かに後悔する。
こうなると分かっていたのに対処が遅れてしまった。4人には、本当に申し訳ないと思う。

「ぎ、ギンガは今の原因が分かるですか?」
「ええ、まぁ。とりあえず、急ぎましょう」
「は、はいです!」

ギンガに促されるまま、リインはその後を追う。
その道中、ギンガは唐突にまるで関係ないと思われる話題を振ってきた。

「リイン曹長も、翔がアレで変に不器用なのは知ってますよね?」
「へ? ああ、はい。お皿を落として割ったり、苗木を植えたら曲がってるくらいは良くあるですね」
「ええ、掃除中に物を壊す位はざらです」
「むしろ余計に散らかる位ですからねぇ……」

運動神経と手先の器用さは別、と言うだけの話かもしれない。
とはいえ、それでも翔がかなり不器用な部類なのは事実だ。
一度、料理の手伝いをさせた事があるが、アレは悲惨だった。

後ではやてに話したら「シャマルの再来や!」と慄き、兼一は「昔のほのかを思い出すなぁ」と語ったほどに。
一見するとまるで父親の血を継いでいないように思える翔だが、実は武術以外は割と父方の血が濃い。
まぁ、家事全般に関しては父と言うよりも叔母似だが。

「でも、それとこれに何の関係が……」
「行けば分かります、行けば」

この先に待ちうける光景を想像し、暗澹たる気持ちになりながらもペースを上げるギンガ。
彼女の予想が正しければ、今頃翔は訳も分からずに呆然としている筈だ。

そして、彼女の予想は………大当たりだった。
眼前に広がるのは何かが爆発したかのような痕跡。
より具体的には、爆心地を中心にアスファルト以外の全てが吹っ飛ばされている。
クレーターが出来ていないのは幸いだが、考えてみればさすがにそこまでの出力はなかったかと思いなおす。

ただし、その周りには爆風によって弾き飛ばされた大小さまざまな物体が転がっている。
小さなものは木の葉や石、大きなものは…………人間まで。

「スバル、ティアナ! エリオにキャロまで! って、フリードも!? だ、大丈夫ですか!?」
『…………………………』

返事はない、屍の様だ。
確認した所まだ息はある、当然だが。
だが、どうやらそれなりにダメージを受けているらしく意識が飛んでいた。
大方、油断していた所に思いもかけぬ攻撃を受けたとかそんなところだろう。
攻撃した本人には、その自覚すらないだろうが。

で、その本人はと言うと。
案の定、何が起こったのか理解できていないのか、爆心地で呆然としていた。

「お~……」
「お~、じゃないの! まったく、あれほど私達の見てない所で魔法は使うなって言ったのに」
「あぅ~、ごめんなさい」
「まぁ、スバル達を止めなかった私にも責任があるから、あんまり強く言えないけど」

翔の頭を軽く小突き、反省を促すギンガ。
翔は良く分かっていないなりに反省したのか、しょんぼりと肩を落とす。

「って、じゃあやっぱりこれは翔がやったですか!?」
「やったと言うか、なんと言うか……」
「どういう事です?」

どうもギンガの反応を見る限り、翔がやった事に違いはないようだ。
同時に、それでは説明として不十分らしい事もわかる。
ホントに、いったい何が起こったと言うのか。

「さっき、リイン曹長も肯定しましたよね、翔が不器用なこと」
「はぁ、それは確かに」
「翔、いったいなんの魔法を使おうとしたの?」
「? 『ねんわ』って姉さま達は言ってた」
「はぁ、念話ですか……」

確かに、魔法の初歩としては妥当なところか。
と納得しかけ、リインは周囲の惨状を思い出す。

「って、なんで念話を使おうとしてこんな事になるですか!?」
「それが翔なんです」
「いや、だからどうして!」
「ですから、この子は……………不器用なんですよ」
「そういう次元の問題じゃないですよ!?」

不器用と言うのはわかったが、これはもう不器用がどうこうという問題ではない。
強力な魔法を使おうとして暴発させればこんな事にもなるだろうが、翔が使ったのは念話だ。
なんで念話と言う、ただ意思疎通するだけの魔法で、こんな惨状が引き起こされるのか。

「噛み砕いて言うと、翔は…………安全弁のない火炎放射機なんですよ」
「え”……」
「あるいは、歩く魔力爆弾と言った方がいいでしょうか」
「そ、それはつまり……」
「どんな魔法を使おうと関係なく、翔が魔力を使おうとすると…………………必ず爆発するんです」
「う~わ~……」

それは、なんと迷惑極まりない事だろうか。
なんでも、翔は魔力を「制御」する事が死ぬほど下手らしい。むしろ、そういう能力がないも同然とか。
そのため、どんなに簡単かつ少量の魔力で使用可能な魔法でも、最大出力で暴発する。いや、むしろ自爆する。
もちろん指向性などないので、彼を中心に全方位に爆発は広がるのだ。

結果、近くにいた人間は無条件に巻き添え。
いくら魔力量が人並みやや下とは言え、後先もへったくれもない最大出力での暴発の威力は割とシャレにならない。
ちゃんと防御すれば話は別だが、全く予想していなかった四人と一匹が撃沈したのは必然だろう。
ちなみに、これらはギンガが身をもって体験した事実でもある。

「ギンガも、教えようとしたですか?」
「はい。でも、もう諦めました。師匠が言うには、魔法に関する才能は師匠並みだとか。
 教えるには、梁山泊の豪傑並みの根気と指導力、そして無茶が必要だろうと。
 正直、今の私にはそれができる自信は“全く”ありません」
「ですよねぇ~」

はっきり言おう、ここまで才能がない人間も珍しい。
せめてどこぞの「ゼロ」の様に、少しでも自分から離れたところで爆発させられればまだ使いようもあるのに。
翔の場合、単なる魔力の暴発なので必ず「自分」が起点。これは絶対不変の定理だ。

「不幸中の幸いなのは、単なる魔力の暴発なので火事の心配がない事くらいですね」
「す、救いの欠片もないですね。って、ならなんで翔は無傷?」

そうだ、良く見れば爆心地まっただ中にいたくせに翔は完全に無傷。
怪我がないのは良い事だが、ここまで来ると理不尽に思えて来る。

「さあ?」
「さ、さあって……」
「調べてもらったんですが、さっぱりわからなくて」
「はぁ……」

どうも、ギンガには最早その辺りを深く考える気力がないように見える。
恐らくだが、解明しようとして散々爆発に巻き込まれたのだろう。
それはまぁ、誰だって「もういいや」と諦めたくもなる。

「と、とりあえずみんなを医務室に」
「そうですね。でも、もう少し放っておきましょう」
「え、でも……」

リインの視線の先には、倒れた皆を解放しようとうろちょろ動きまわる翔の姿。
まさか、彼一人にこれを全て押し付けると言うのか。
それは、罰にしてもさすがに酷過ぎるのではと思う。
だが、別にギンガとてそんな理由で放置しているわけではない。

「みんなが倒れているのは魔力ダメージと、爆風の余波による衝撃です。
 放っておけばその内眼を覚ましますし……」
「し、どうしたですか?」
「翔には絶望的に魔法を使う才能がありませんが、一つだけ特技があるんです」
「特技?」
「あの子、他人への魔力供給が得意なんですよ」
「はい?」

魔力を相手に供すると言うのは、それほど難しい技術ではない。
なので、この程度ではレアスキルとは到底呼べないだろう。
だが、これを積極的に使う場面は途轍もなく少ないのが現実だ。
何しろ、なのはも過去に数度しか使った事がない程、使用する機会のない技術である。

「普通、使い魔との間でもない限りは多少ロスがあります。でも、あの子のそれにはほとんどロスがありません。
 あの子にとって、魔力はあるだけ無駄と言ってもいいものですからね。自分じゃ使えない魔力を、他の使える人に使ってもらう。そう言う事だと思います」
「それはまぁ、理に適っていると言えなくもないですね」

翔は自分の意志では魔法が使えない。だから、使える人間に代わりに使ってもらう。
本人が自覚してやっているわけではないが、確かにそれが一番無駄がない。

「ついでに多少の回復促進効果もあるので、あのまま放っておけばみんなそのうちに何事もなかったように起きますよ」
「兼一さんはこの事を?」
「もちろん知ってます。だから、結構頻繁に訓練場に来させてるんですよ。
 まだ自分の意思で制御できてませんけど、あの子が意識を向けるとそちらに流れていくみたいですから」

調べてみた結果、一応自分の意思でのコントロールができるようになる可能性はあるらしい。
無意識でやっているのだから、自覚すれば案外すんなりできるようになるだろうとの事だ。
まぁ、当の本人としては何の利益にもならない能力だが。

「与えられるのではなく人に与える、どこの聖夜精神ですか」
「聖夜?」
「いえ、こっちの話です。でも、それなら魔導士としてのポジションだとフルバックあたりですか」
「狙われたら防御魔法の一つも使えませんけどね」
「う”」
「その上、持ってる技術は純格闘型……」
「恐ろしく扱いに困るですね。バリアジャケットくらいはデバイス任せでなんとかなるですが……」
「全部デバイス任せ……って、それもう魔導師じゃありませんしね」

つまり、魔力はあっても徹底的に魔導師に向かないと言う事か。
まぁ、わかりやすいと言えばわかりやすいのだが。

後年、必要に迫られた事もあり、努力の末になんとか一つだけ魔法を使えるようになるのだが、その数が増える事は生涯なかった。
その魔法にした所で、大成して以降は「やっぱり向いてない」と言う事で封印し、魔力の使い道は完全に他人への供給に絞るのだが。
つくづく、魔導士と言う生き方と縁のない親子である。



  *  *  *  *  *



場所は移って医務室。
医務室と言えば、普通は怪我をしたり具合が悪かったりしない限りはよりつく事のない、閑古鳥が鳴いているに越した事がない場所だ。

ただここ機動六課の場合、とある翠の医務官と黒髪の達人のおかげで、お茶会の場としての側面がある。
なので、怪我や病気でなくとも割と人が集まってくるのだが…………何故か今日は、そこに不気味な笑みを浮かべる不審者がいた。

「ふ、フフフフフフフフフフフフ……」

デスクに肘を乗せ、頬杖を突きながら「ニヘラッ」とだらしのない笑みを浮かべる白衣を着た薄い金髪の女性。
視線は窓の外に広がる蒼穹に向けられながら、その実なにものも写してはいない。
仮に唐突に気の狂った小鳥が窓にぶつかろうと、天文学的な確率で隕石が真っ直ぐ向かってこようと、彼女の笑みが崩れる事はないだろう。
つまり、それだけ自分の世界にどっぷりつかってしまっていると言う事だ。

(あの時は咄嗟だったから意識してなかったけど………………アレって、やっぱり…その、キス……よね、よね?)

はっきりとした言葉にして意識すると、その時の事が鮮明に思い出された。
それまでボーッと空を見上げていたシャマルは顔を真っ赤に染める。
ホテル・アグスタでの任務の折り、兼一は決闘に敗れ心肺停止状態に陥った。
その際、セオリー通りの蘇生処置を行い、その一環として人工呼吸をシャマル自らが行ったのだ。

別に、そこに何かやましい感情があったわけではない。
緊急事態であり、医務官であると同時に機動六課の仲間として、彼女は無心に救命処置を行った。
だが、人工呼吸をする以上は「マウス・トゥ・マウス」する事になる。
……つまり、あの時確かに二人の唇は合わせられたと言う事だ。

状況が状況だったので、当然甘い雰囲気も睦言の一つもありはしない。
それどころか、そもそも片方には意識自体がなかった。
これをキスとか接吻とか言う言葉にするのは憚られないでもないが、一応そういう見方も出来ない事もない。

(キス…そっか、キスかぁ……それも奪われたんじゃなくて、奪っちゃった?
 なんちゃって! なんちゃって!!)

顔を真っ赤にしながら、手をパタパタさせつつ「キャー! キャー!」言いながら照れるシャマル。
彼女とていい歳をした大人だ。別に、性的な事と全く縁がなかったわけではない。

だが、過去のそれらは全て一方的なものだった。
彼女は「守護騎士」と呼ばれる、とあるロストロギアとその所持者を守護する役目を負ったプログラムである。
過去に多くの主に仕えてきたし、優れた人格を持つ主もいれば、野心に燃える主などもいた。
そんな人達は比較的に彼女らを騎士として、あるいは優れた戦力として遇した方だろう。
しかしそれでも、その容姿から性的な事を求められた事はある。

主な対象は成人女性の姿のシャマルやシグナムだったが、女性の主にはザフィーラが求められた事もあった。
中にはあまり一般的とは言えない嗜好の持ち主もおり、例えば幼い容姿のヴィータを好む者、同性でなければという者もいたものだ。

だが、それはまだマシな部類だろう。
何しろ、守護騎士たちの人格を認めず、奴隷か道具同然に扱う者も少なくなかった。
そんな主達にとって、彼女らは単なる性欲の捌け口でしかなかったから。

故にシャマルにとって、性的な事と言うのは基本的には「一方的」なものだった。
ただ命ぜられるがままに行為を行う、それだけのもの。「自分から」や「自分の気持ち」などありない。
いや、自分から行った事がないわけではないだろうが、それとて「自分からしろ」と命ぜられただけの事。
そこに彼女の意思がなかった以上、やはり自分の意思で相手を想って口付けをするのとはまるで違う。

まぁ、より端的に言ってしまえば、彼女は性的な事に耐性はあっても、「男女」という関係における感情に関しては初心もいいところなのである。
この辺り、「可愛い」という単語で揺れてしまうシグナムも似た様な物なのかもしれない。

(考えてみれば、武術家なんて体をいじめるのが仕事みたいなものだし、その意味だとお医者さんとは相性が良い? それに、兼一さんって優しいし面倒見も良いし、家事もできるのよね………………………っ!? それ、なんて優良物件! 普段は優しく奥さんのサポートをしつつ良く子ども達の世話をして、いざとなれば身体を張って家族を守ってくれる旦那様……………………………い、良い! それ凄く良い!!
 そしてそして、傷ついた旦那様を優しく癒す美人でお医者さんな奥さん…………キャ―――ッ!!! 絵になる! なんだかすごく絵になるわ、それ!!)

なんだか思考がずれてきている気がしないでもないが、本人はとても楽しそうだ。
これまで、シャマル的には兼一は「良く一緒にお茶を飲む友人」くらいだった。
それが一度の口付けで、大いなる意識改革がなされてしまったらしい。
特に「された」のではなく「した」と言う辺りが重要らしく、彼女の眠れる積極性に火がついたようだ。

それだけでなく、エイミィや忍の結婚などに触発されていた部分もあるのだろう。
『恋に恋する』ではないが、まるで縁のなかった方面への憧れが思考を暴走させているのは否定できない。
まぁあれだ、経験不足と言うのは恐ろしい。一度走り出すと、遥か彼方まで突っ走ってしまう辺りが。

「確か、アノニマートって子は昔のライバルのクローンらしいけど、兼一さんは普通に受け入れてた。
 なら、私の事も受け入れてもらえる可能性は高い……こ、これは逃せない、絶対に逃せないわ!!
 あの人を逃したら、『結婚』って言葉とは永遠にサヨナラかもしれないもの!
 子どもを作れるかは分からないけど、そこは翔がいるから全然問題なし。私的にも翔なら全然オッケー、むしろばっちこい! 翔も、どうせなら家庭的で優しいお母さんの方が良いわよね?」

徐々にイタイ方向に暴走を始めるシャマル。
これではまるで、婚期を逃しそうで必死になっているかのようだ。
いや、「まるで」ではなく「そのまんま」か。
だが、シャマルを家庭的と言っていいのかどうか…外見的には否定しないが、スキル的にちょっと……。
しかし、今だれかがその点につっこんだ所で、シャマルの耳には入らないだろうが。

「ギンガは強敵だけど、そこは大人の魅力で………って、肉体年齢では兼一さんの方が年上だった!?
となると、強調すべきはむしろ若さ? 若さなの!? それだと、ギンガの方が有利!!」
「あれ? だけどシャマル先生って、十年経ってもあんまり変わりませんよね」
「あ、そう言えば。そうよね、ギンガは普通に年を取るけど私はおそらくずっとこのまま。少なくとも、十年で特に大きな変化はない。
なら、最終的には若さでも私の勝ち! これは大発見だわ! 行ける、これなら行ける!!」
「はぁ、何が行けるのかよくわかりませんが…良かったですね」
「ええ!! それに師弟関係な分、むしろ距離が近過ぎてそう言う関係に発展しない可能性も高いわ。他に怪しいのはシグナムとフェイトちゃんだけど……」
「ああ、そう言えばフェイトちゃん、夜中に兼一さんに勉強教えてるんですよね」
「くっ、フェイトちゃん…恐ろしい子! なんて抜け目のない。なのはちゃんと子ども達にしか興味がないふりをしておいて、着々と外堀を埋めているなんて!」
「いやぁ、あのフェイトちゃんに限ってそんな事はないと思うんですが……」
「シグナムはシグナムでギャップ萌えを狙ってコスプレに手を出してるし。
やっぱり時代は『萌え』なのね、思わぬところで見せる恥じらいにやられちゃうのね……強敵揃いだわ」
「都合の悪い話は無視ですか? というか、あれはシグナムさんも本意じゃないと思うんですけど。
どちらかと言えば、はやてちゃんの趣味の様な」
「こうなったら私も何かキャラ立てを考えないと。貧弱な個性は埋没してしまうわ。
ギャップ萌えは二番煎じになるし、ここは語尾かしら? それとも……」
「一見家庭的だけど実は料理が下手って言うのも、中々インパクトがありますよね」
「でも、シャマル先生負けない! 全ての障害を蹴落として…目指せ、純白のバージンロード!!」
「むしろ、血で真っ赤に染まりそうな気がするんですけど……」
「ふっ、優雅に湖を泳ぐ白鳥も水面下では必死に水をかいているものよ。
 最後に表に出る綺麗な結果の為には、努力を怠ってはいけないの」
「でも白鳥って、実は尾の部分から出る脂肪を羽根に塗って防水した上で、羽毛の間に空気をためて浮いてるらしいですよ」
「聞きたくない! そんな、夢を壊す豆知識聞きたくない!!」
「夢ですか?」
「リーチの掛ってるなのはちゃんにはわからないのよ! いつでも上がれる人の余裕なのよ!
 私なんて、肉体年齢は21歳だけど実は『ピ――』歳なんだから! もう後がないの!!」
「あ、シャマル先生って『ピ――』歳だったんですね。
って、闇の書時代の記憶って結構怪しいって聞きましたけど、わかるんですか?」
「うん、まぁその辺は割とノリで。あと、結構サバ読んでるんだけどね」
「そ、そうですか……」
「なのはちゃんも、もっと年を取ればわかるわ。そうやって年を気にしないでいられるのは若いうちだけ。
 アンチエイジングは大事なのよ。後になって後悔しても遅いんだから」
「ま、まぁ、お母さんやリンディさん、それにレティ提督は凄いですけどね……」
「なのはちゃんも、若さと遺伝に頼ってると危ないわよ……………って、なのはちゃん。いつからいたの?」
「わぁ、すっごい今更……」

あれだけの間がありながら、ようやっとなのはの存在に気付くシャマル。
よほど没頭していたのか、それとも単になんだかよくないものにかもされていたのか。
できるなら、先の暴走は一時の気の迷いと言う事にしておきたい。

「どうしたの?」
「いえ、偶々前を通りかかったらシャマル先生が盛り上がっていたみたいなので、どうしたのかなぁと」
「えっと………どこから聞いてた?」
「キャーキャー言って悶え始めた辺りからですけど」

つまり、ほぼはじめからと言う事だ。
シャマルは今更ながら自分が何を口走っていたか思いだし、先ほどまでとは違った意味で赤面する。

「私、何言ってた?」
「確か、前の任務の時に兼一さんとキスをしたとかどうとか」
「キャー! キャー! い、言わないで、お願い!!」
「もがっ!?」

ようやく正気に戻ったようで、慌ててなのはの口をふさぐ。
その上、心のうちで呟いていたと思っていた事は、しっかりはっきり口から漏れていたようだ。
冷静になった事で、あまりの恥ずかしさにシャマルは頭から湯気を上げ始める。
そんなシャマルに対し、「ミス朴念仁」ことなのはは口をふさがれながら……

(キスって、そんなに恥ずかしいのかなぁ?)

などと内心首を捻る。
考えてみれば、昔短期プログラムの中で人工呼吸のやり方は習ったが、実際にやった事はなかったか。
もちろん、公私の両方でキスの経験などもないので良く分からない。

「なのはちゃん」
「?」
「もし今聞いた事を誰かにしゃべったら……」

なのはの口をふさぎながら、シャマルは右手で何かを握る…もとい、握り潰すジェスチャーをして見せる。
その瞬間、なのはの顔が一気に青ざめた。

シャマルの手札の中には『旅の鏡』なるものがあるのだが、これ自体は一種の転移魔法だ。
空間を繋ぐ「鏡」により、離れた場所の物体を「取り寄せ」する魔法。
これだけなら特に問題はないのだが、問題なのはその応用法。
シャマルはこれを使い、標的のリンカーコアに直接接触してくる事が可能なのだ。
つまり、もししゃべったらリンカーコアを握り潰すと脅しているのである。

なのはは昔、それで大変酷い目にあった。
トラウマを刺激されて顔を青ざめ、油の切れたロボットの様にカクカクとした動作で頷くのも当然だろう。

(で、でもそこまで?)

試しに、自分自身で想像してみる。
まず思い浮かべるのは自分自身。続いて、とりあえずかなり適当な顔の様な物を。
徐々に近づいて行き触れ合う…………その寸前、適当だったはずの顔がユーノになっていた。

【ボッ!】

なのはは慌てて想像を中断するが、その顔は先ほどまでの青から赤へ。
想像の中にもかかわらず、ユーノの顔が目の前にある所を想像するだけでもう限界だ。
何が限界なのかわからないが、これ以上は許容量をオーバーすると言う確信だけがあった。
同時に、なのははシャマルの反応の一部を理解する。

(な、なるほど。確かに、これは恥ずかしい……かも)
「? どうしたの、なのはちゃん?」
「な、なんでもありません、何でも! ホントに何でもないんです!」
「そう? 具合が悪いなら診るけど」
「だ、大丈夫です! 失礼します!!」

シャマルから大急ぎで距離を取り、そそくさと医務室を後にするなのは。
なんだか、とても悪い事をしてしまった気がして仕方がない。

(はぁ、なんでユーノ君の事を考えちゃったかなぁ………ちょっと、頭冷やそう)

医務室を出て一息つきながら、そんな事を思う。
とそこで顔を上げると、そこにはなぜかシグナムとフェイトがいる。
それも、二人して何やら牽制し合うようにチラチラと相手の様子をうかがいながら。

「フェイトちゃん、それにシグナムさんまで」
「ぁ…な、なのは! 奇遇だね、こんな所で! ですよね、シグナム!」
「そ、そうだな! 本当に奇遇だな!」

明らかな挙動不審。
確かにこんな所でばったり出くわすのは奇遇なのには違いないが、それを強調し過ぎである。

「どうしたの、こんな所で?」
「あ、いや、その……」
「なにやら、妙な物音を聞いて、それで……」
「シグナム、シッ!」
「ハッ!? イヤ、なんでもない! 忘れてくれ」
(あぁ、二人も聞いてたんだ……)

まず間違いない。二人も、医務室の外からシャマルの暴走を聞いていたのだろう。
あれだけ大声でまくし立てていたのだ、外からでも十分に聞こえるに違いない。
おかげで、互いを必要以上に意識してしまっているのだろう。
もしかすると、兼一への認識にも影響を及ぼしているかもしれない。

(これは、いろいろ大変だなぁ……)

さて、それはいったい何に対する呟きか。
標的にされている兼一か、それとも競わなければならないギンガか。
あるいは、もっと広い範囲に対する呟きだったのかもしれないが……それはなのは自身にもよくわからない。

ちなみに、六課に戻った兼一は何故か余所余所しい三人と、妙に棘の感じる弟子についてなのはに相談したとか。
どうやらギンガもどこかで聞いていたらしい。



  *  *  *  *  *



ミッドチルダ北部ベルカ自治領内、聖王教会本部。
深い緑が生い茂る山々の中、都会とは比べ物にならない程に澄んだ空気に包まれた場所にそこはある。

そびえ立つは近代建築とは一線を画す長い歴史を感じさせる静謐な建造物。
道行く人々もまたその雰囲気に合わせてか、飾り気のない質素な服装に身を包んでいる。
その中に、街中であれば完全に浮いてしまう、しかしこの場だからこそ溶け込めるローブを身に纏った二人組がいた。

「ヘックシュン!」
「風邪ですか?」
「……いえ、誰か噂してるのかもしれません」
「アハハハ、それやったら二度ですよ」

むずむずする鼻をかむ兼一と、笑いながらやんわりとツッコミを入れるはやて。
ちなみに、彼の『哲学する柔術家』はくしゃみで噂をした個人を特定できる事を、彼女はまだ知らない。

「でも、初めてきましたけど凄いところですね」

おのぼりさんよろしく、壮観の一言に尽きる風景にキョロキョロと辺りを見回す兼一。
本局とは真逆のベクトルだが、これはこれで中々に見応えがある。
素人眼にはよくわからないが、建物一つ、石畳一枚とっても精緻に造りこまれており、美術品としての品格を感じさせた。秋雨辺りがいれば、目を輝かせていたかもしれない。

「でしょう? 観光地としても人気やし、ミッドの学校なら一度は社会科見学が組まれる所ですから」
「へぇ~」
「敷地内には教会の他に騎士団の本部に病院もありますし、別の所には聖王教会系列の学校とかもあるんですよ」
「もしかして、そこって魔法系ですか?」
「はい。初等教育を行う初等部が5年制、中等教育を行う中等部が3年制で設置されとって、更に上位の教育も2年おきに進学が可能。最終的には学士資格も取得可能…だったはずですよ。
 どないです、翔を通わせてみるのも面白いんやないですか?」
「いやぁ、確かに魔力資質はあるらしいですけど……」

『あれだけ才能がないのでは難しいだろう』と思う。
才能が全てではない事を体現している男とは言え、努力で全て解決できるものではない。
努力しなければ解決しないが、努力すれば必ず解決するわけでもないのだ。
恐らくは試験もあるだろうし、それまで一年を切っている。梁山泊の豪傑に匹敵する魔法方面の指導者にも心当たりがないし、入学可能なレベルに仕立て上げるのは非常に困難だ。

しかし運命とは皮肉なもので、これより数日後翔は少々特殊な生まれの幼馴染と出会う。
その幼馴染が件の学校に通う事になるので、翔本人もそれを機に頑張ってみる事を彼はまだ知らない。

「でも部隊長はわかりますけど、なんで僕まで呼ばれたんでしょう?」
「さあ? それは直接聴いてみんことには……」

二人揃って首をかしげていると、修道服に身を包んだ女性が駆けて来た。
女性ははやての前で立ち止まると、僅かに息を整えてからはやての手を取って心の底から安堵する。

「あぁ、騎士はやて! 良く、良く来てくださいました!」
「シスター・シャッハ、いったいどうしはったんですか?」

見れば、シャッハと呼ばれた女性の顔には濃い疲労と憔悴の色が見られる。
急な呼び出しとあって何かあると予想していたはやてだが、彼女のただならぬ様子から事態は相当に逼迫しているらしい。
居住まいを正すはやてに対し、少し落ち着いたシャッハは律義に深々と頭を下げる。

「急な呼び出し…誠に申し訳ございません。失礼とは存じましたが、火急の問題でして。
 謝罪の方は、改めて……」
「あ、いえ、シスター・シャッハにもカリムにもお世話になっとりますし、それはええんですが」
「ありがとうございます。それと、そちらが白浜陸士ですね。
騎士はやてや守護騎士のみなさん、それにロッサ…ああ、ヴェロッサからお噂はかねがね」
「ぁ、白浜兼一二等陸士です」
「聖王教会所属、シャッハ・ヌエラです。
こんな時でなければ、ぜひともお話を聞かせていただきたかったのですが、残念です。
慌ただしい限りで申し訳ないのですが、こちらへ。あまり、人の耳に入れていいものではありませんから」

どうやら自体は一刻を争うらしく、僅かに顔を見合わせた二人はシャッハに促され、聖王教会の奥へと通される。
教会の内部は外観にそぐわず荘厳で、じっくり見れば全体を見て回るだけでも数日費やしそうな程だ。
こんな時でなければゆっくりと見て回りたいと思う。
宗教や芸術にはあまり精通していない兼一でさえ、そう思わせるものがあった。

しかし、今はそれどころではない。兼一も余所見をする事なく二人に続きく。
その道中、人目がない事を念入りに確認してから、シャッハはようやく事のあらましを話してくれた。

「ことは、数日前に遡ります。
 騎士はやての計らいでセッティングされた、新島氏との会談の後です」
「「へ?」」

まさかの名前に、兼一とはやてからは揃って間の抜けた声が漏れる。
確かにはやては新島の求めに応じ、カリムやクロノと言った後見人達との会談の席をセッティングした。

とはいえ、皆それぞれに忙しい人達だ。そう簡単に時間を捻出できるものではない。
特に、それが急な申し入れとなれば尚更だ。会談の時間は一時間も取れず、精々が数十分程。
しかも、取れた時間帯によっては会談間のスパンが数分しかない事もあった。
実際、本局でカリムとの会談を終えた5分後に、リンディとの会談をこなしたのだ。

余談だが、本局での会談は新島の要望である。
あれは聖域に入ると具合の悪くなる体質なので、その辺りを考慮したのだろう。
その為、ただでさえきついスケジュールが余計きつくなったのは言うまでもない。

(せやけどクロノ君からは、なんやおかしな事があったとは聞いとらんかったんやけど……)

念の為、はじめに会談したクロノからはどんな事を話したかは聞いた。
だが、特に気になる事もなく、クロノ自身も中々興味深い会談だったと漏らしていた筈だ。
会談を設定した他の面々からも特に何も言われなかったので安心していたのだが、新島は何かやらかしたのだろうか。その嫌な想像に、はやてと兼一は揃って胃がシクシクと痛む思いに苛まれる。

「会談は他の用件の合間を縫って30分程、時間もないので私はカリムに先行して先方をうかがっていたのですが……」
「「……」」
「はじめは特に違和感もなく進みました。しかし、場を辞する段になってカリムは……」

それ以上は言葉にならないのか、シャッハは僅かに涙の滲んだ眼を伏せ口元を手で押さえる。
よほどその時にカリムについていなかった事を悔いているらしく、深い悔恨と悲壮が滲んでいた。
はやてはカリムの身に起こった何かに堪らない不安を覚え、兼一は悪友がしでかした悪事(決めつけ)に頭を抱える。

「……失礼。今のところ対外的には体調不良としていますが、真実は違います。
カリムの異変に気付いた私達が…………已む無く軟禁したのです。
 教会にいらっしゃるみなさんや、管理局の方々に見られるわけにはいかなかったものですから。
 この事は、今のところ近しい僅かな者しか知りません」

つまり、下手に知られれば教会の威信や信徒からの信頼に関わる事態になっていると言う事か。
シャッハの話では、カリムの異変に気付いた時点でヴェロッサが調査を開始。
なんとかカリムを元に戻す方法を探すべく、寝る間も惜しんで駆けずり回っているとか。
普段はサボる口実ばかり探している様な男だが、義姉の危機とあってはサボり魔の仮面を被ってはいられなかったらしい。

「あのロッサがとなると、相当切羽つまっとるっちゅう事か……くっ、私があんな事してへんかったら」
「いえ、騎士はやての責任ではありません。私やロッサも、気を抜いていたのです。
 あの時、私がカリムの元を離れていなければ……護衛の身でありながら」

揃って後悔する二人を余所に、だらだらと脂汗を流す兼一。
彼は、新島春男と言う男の正体を誰よりもよく知っている。
なのに、ティアナの事で頭がいっぱいで、あれが何かしでかす可能性を失念していた。

あれは、決して油断してはいけない宇宙人だと言うのに。
だれに責任があったかと言えば、半分以上はこの人だろう。

そうして、やがて三人は一つの重厚な木製の扉の前で止まる。
シャッハは涙を堪えながら、扉の取っ手に手をかけた。

「いま、カリムはこの部屋にいます。
 私の口からは、とてもではありませんが説明できません。
 なので、直接ご覧になってください」
「「………ゴクッ」」

唾液を嚥下する音が、酷く大きく聞こえた。
シャッハはゆっくりと扉を開き、その中の光景が露わになる。
そして、その先に待っていたのは……

「し~~~~~ン…ぱぁく!!」

右腕を胸の前で回転させ、続いて胸を叩き、最後に『ビシィッ』と前につきだすカリムの姿。
ちなみに脚は肩幅に開き、左手は腰の後ろ。まごう事なき、新白連合流の挨拶である。
さらにその後ろには、デカデカと連合の旗が掲げられていた。

その後も、ツボにはまったのか飽きる事なく「し~ん…ぱぁく!」と繰り返すカリム。
シャッハは見るに堪えないとばかりに視線を逸らし、兼一は唖然とし、はやては叫んだ。

「カリム――――――――――――――――――――――っ!!??
 い、いったいどないしたんや―――――――――――――――っ!?」
「あラ、はやて。し~ん…パぁく!」
「しんぱく…やなくて! な、なんでこんな事に!? ちゅうかなんやねん、その変な挨拶!」

姉同然の人の変わり果てた姿に、ワナワナと震えるはやて。
だが、カリムはそんな事など毛ほども気にする事なく、恍惚とした…だけどどこか虚ろな目で語る。

「はヤて、私は目覚メたのよ」
「ぇ?」
「あノ日…そウ! 新島総督に出会っタ記念すべきあの日! 私は天啓を得たノ!
 総督は滔々ト世界のあるベき姿を語り、私達の目指す先を示してクださったわ。
 そう、世界は新白連合を中心に回ルべきなのよ。そレこそが真の平和への道にナるでしょウ!
 コれぞまさに聖王さマの思し召しよ!!」
「んなアホなぁ――――――――――――――――――――――――っ!?
 しっかりしぃ、カリム! それは夢や! はよう悪夢から覚めなアカン!
 現実を、本当の自分を思い出すんや!!」

カリムの肩を掴み、ブンブンと揺さぶりながら正気に戻れと呼びかける。
それは天命に背く悪魔の誘いだ、そちら側は人の道からも外れた魔道だと。
しかし、どれだけ言葉を費やしてもはやての言葉は届かない。

「ちがウわ、はやて。今の私こソが本当の私、今まデの私が偽りだったのよ。
 コれから私は、新島総督と共に真の正道を歩ムの!」
「あ、アカン……こんなん、どないすればええんや……」

うちひしがれた様子で絨毯に跪き、絶望の底に叩き落とされる。
シャッハが何故ああまで憔悴していたのか、はやては今全てを理解した。
きっと彼女も、なんとかカリムを正気に戻そうとあらゆる努力をしたのだろう。
だがその全てが徒労に終わり、残ったのは虚ろな目のカリムだけ。
それは、確かにもう何をどうしていいかわからないだろう。

「なんで、なんでこんな事に……」
「あら、そチらはもしや白浜隊長でハ! ああ、いツかお会いしたいと思っていた生きた伝説、新白連合結成の立役者にお会い出来るなンて………………今日は、なんと素晴らしイ日なのでしょう」
「は、はぁ……あの、カリム・グラシアさん、ですよね?」
「まぁ、そんな他人行儀ナ……気軽にカリムとお呼ビください、白浜隊長」
「はぁ……」
「ソうそう、シャッハ。白浜隊長とハやてにお茶とお菓子をお持ちして。
 折角オいでくださったんですもの、誠心誠意おもテなししないと。
 ああ、そうダ。白浜隊長、もしよろしけれバ是非とも数々の武勇伝をお聞かせください。
キっと、我が家の子々孫々ニ至るまでの栄誉となるでしょう」
「新島の奴、カリムさんを洗脳したな? あの宇宙人め、何を考えてるんだ……」

恍惚とした表情で兼一との対面を喜ぶカリムを余所に、苦々しそうに呟く。
兼一は理解したのだ。カリム・グラシアの身に起こった悲劇の正体に。

「洗…脳? 洗脳とはどういう事ですか!?」
「兼一さん、何か知ってはるんですか!?」
「ブレイン・ウォッシュ、新島の得意技ですよ。アイツは長時間相手を理詰めにする事で、他人を意のままに動かす事が出来るんです。特に、一本筋の通ったいい人ほどよく効くみたいでして」
「では、カリムはそれで……」
「おそらく」

しかし、兼一が知る頃よりも格段にレベルアップしている。
まさか、僅か三十分足らずの間にここまで洗脳しきるとは。

それもカリムは教会の人間、即ち聖職者だ。
新島の天敵と言っても良い人種なのに、この洗脳の完成度と言ったら……。

「やはり、あなたをお呼びして正解でした。
お願いします! カリムを、カリムを助けてください!」
「私からもお願いします! お礼なら、お礼なら何でもしますから!!」
「えっと…その……」

まるで余命幾許もない家族の延命を請うかのように、兼一に縋りつく二人。
気持ちは分かる。兼一とて助けてやりたいとは思うし、自身の身内がこうなったら同じ事をするだろう。
故に、彼に拒む理由はない。それに、どうにかする手がなくもないのだから。

「……わかりました。全力を尽くします」
「「あ、ありがとうございます!!」」
「ですがその前に……カリムさん、新島の奴に何か頼まれたりしませんでしたか?
 できれば教えていただけると……」

そう、新島が洗脳したからには何かしらの指示があった筈だ。
洗脳を施した事は、遅かれ早かれ兼一に知られる。
そうなれば、いずれは対処されるだろう。
それを予想しない新島ではないし、ならその前に手を打っている筈だ。

「……申し訳ありまセん。総督カら、決して誰にも話してはいケないと」
「そうですか……」

申し訳なさそうに顔を伏せるカリムに、兼一もそれ以上追及はしない。
予想はしていたが、やはり予防線を張られていたか。

「あの、そんなあっさり引き下がってええんですか?」
「どの道、今のカリムさんは答えてくれませんよ」

はやての問いに、兼一は眼を伏せて首を振る。
洗脳による支配は完全だ。何をした所でカリムが答える事はあるまい。
なら、さっさと洗脳を解くだけだ。

「ですが、どうやって解くのですか?」
「まぁ、見ていてください。カリムさん」
「ハい?」
「忘…心……………波衝撃!!!」
「「ああ!?」」

名を呼ばれカリムが兼一の方を向いた瞬間、こめかみの辺りを両手で挟んで叩く。
強烈な振動に頭部が左右に激しく揺れ、続いてカリムの体は力なく倒れる。
絨毯に倒れ伏す直前、差し挟まれた兼一の腕がその身体を救いあげ、近くにあったソファにその体を横たえた。
一瞬の出来事に硬直していたはやてとシャッハだが、我に帰るや慌てた様子でカリムに駆けよる。

「カリム……カリム!」
「兼一さん、何を……!」
「これで大丈夫です」
「「え?」」
「カリムさんが洗脳されてから今までの記憶を、まとめて消しました。
 新島に何を指示されたかはわかりませんが、これで洗脳は解けた筈です」

『忘心波衝撃(ぼうしんはしょうげき)』、それは無敵超人が誇る百八つの必殺技の一つにして、ある程度任意に記憶を消去する超技。
兼一では長老ほどの繊細なコントロールはできないが、それでも一定範囲の記憶を消す位はできる。
今回の場合、洗脳を受けていた期間も短く、その影響を完全に取り除くためにその間の記憶の全てを消した。
結果論だが、その間の記憶がない事はむしろカリムにとっては救いだろう。

「ぁ、ありがとうございます。ありがとうございます!」
「私からもお礼を言わせてください。カリムの事、ありがとうございました」
「いえ、悪友のしでかした悪事ですから……本当に、あのバカがご迷惑をおかけしました」

シャッハとはやては感謝を現す為に、兼一は謝罪の為に頭を下げる。
その後、カリムが目を覚まし洗脳が解けている事を確認してから、兼一とはやてはその場を後にするのだった。



  *  *  *  *  *



カリム・グラシアが長い悪夢から解放されたのと同じ頃。
とある、人が立ち入る事のない山中の洞穴の奥深くに、外見からは想像もできない機械装置で構築された空間が広がっていた。

洞窟の奥に造られた「悪の秘密基地」的な立地に恥じず、明かりは暗く重々しい雰囲気が漂う。
左右の壁には管理局から目をつけられた数々のガジェットがずらりと並び、さらにその上にはポッドに入った人間が多数。
そんな通路を、いっそ場違いにも思える三人の少女が歩いている。

内訳は赤毛が二人に青髪が一人。
だが、お揃いのボディースーツの様な装いが、彼女らが一般人でない事を示している。

「ったく、いつまでこんな陰気な所にいなきゃなんねぇんだよ」
「そんな腐るなって、ノーヴェ。アノニマートの奴がしょっちゅう外に出てるのが羨ましいのはわかるけどさ」
「べ、別に羨ましいわけじゃねぇよ! ふざけんじゃねぇぞ、セイン!」
「っとと、わかったわかった。だからその拳をひっこめろよな。ウェンディも何か言ってくれよ」
「そうっスよ、ノーヴェ。それに、あたしらももうすぐ出られるんスから、もう少しの辛抱っスよ」
「ちぇっ……」

赤毛の一人、ノーヴェと呼ばれた少女を残る二人、青髪のセインと赤毛のウェンディの二人がかりでなだめる。
ノーヴェは渋々拳を引き、つまらなさそうに堅い床を一蹴りした。

「そういや、今日はアノニマートの奴見ねぇな」
「ああ、そう言えばそうっスね」
「どーせまた外だろ。いいよなぁ、アイツはしょっちゅう出られて」
「ドクターもウー姉達も、アイツには甘いっスからねぇ。
 ノーヴェが焼餅やくのもわからねぇでもないっスけど」
「なんか言ったか?」
「「べっつに~」」
「フンッ!」

不機嫌そうに鼻を鳴らし、そっぽを向くノーヴェ。
そんな姉妹を、二人はやれやれと言った様子で肩をすくめながら見やる。

ノーヴェがアノニマートに必要以上に食ってかかるのは、何も頻繁に外に出ているからだけではない。
彼は一応土産なども買ってくるし、それは姉妹たちにとっても数少ない娯楽だ。
故に問題なのはあの性格と、同じく格闘ベースに闘う身でありながら一度も勝てない事。

「あの野郎、次こそ負かしてやる!」
「その『次』は、いったいいつになるんスかねぇ……」
「次ったら次だ!」
「いいねぇ、楽しみしてるよぉ~」
「おう! 必ず吠え面かかせてや…る?」

唐突に、それまでと違う声が背後からかけられる。
同時に、胸部に発生した違和感。ノーヴェはゆっくりと視線を落とし、その正体を確認する。
そこには自身のまだあまり大きくない胸部を鷲掴みにし、「ふにふに」と揉みしだく手が……。

「て、てめぇ……」
「ん~、ちょっと物足りないなぁ……掌に収まるサイズって言うのも良いけど、いっそ溢れる位って言うのも捨てがたい」
「い、言いたい事はそれだけか、アノニマート?」

肩をプルプルと震わせながら、絞り出すように問うノーヴェ。
その両脇では、セインとウェンディがそそくさと距離を取る。巻き添えを食わないためだ。

「そうだね、無理に減らすのも非生産的だし…………頑張って育ちなよ、ノーヴェ♪」
「よし……死ねぇ!!!」

振り向き様に硬く握りしめた拳を振り抜いた。
しかし怒りの鉄拳は虚しく空を切る。
その後もアノニマートを追いながら「ブン! ブン!」と拳と蹴りを振り回す。
だが、その悉くが回避され、あまつさえ……

「おしぃ! もうちょい!
 いやぁ、前よりキレが良くなってるねぇ~」
「そのうぜぇプラカードを捨てろ、このお気楽極楽野郎!!」

【ビックリだぜぃ!】と書かれたプラカードを手に笑っているのだ。
それはまぁ、気の短いノーヴェでなくてもバカにされていると思って怒るだろう。
というか、確実にバカにしているとしか思えない。

「てめぇ、やっぱりバカにしてんだろ!」
「そんな事ないよぉ~、単にからかってるだけ」
「同じじゃねぇか!!」
「なんか、すっかりおなじみになってるっスね、これも」
「そうだなぁ……良く飽きないよな、アイツら」
「ホントっスねぇ」

通路の隅に移動し、傍観する二人は完全に他人事の様子でコメントする。
とはいえ、別に二人は実害がないから他人事なのではない。
この場合、単に諦めているだけだ。

なにを? アノニマートのセクハラをだ。
何しろ、ノーヴェの猛攻をよけながらちゃっかり二人の尻やら胸やらを撫でて来る。
元々近接戦型ではない二人には、この距離でアノニマートのスピードには対応できない。
できるとしたらノーヴェの他には3番の姉と7番に12番、後は経験豊富な小さい5番の姉くらいか。
ムキになるだけバカを見る。それがわかっているから二人ともスルーしているのだ。

「だぁ、いい加減観念して殴らせろ!!」
「う~ん、これもまた乗り越える試練なのだぁ! ってのはどう?
 フェイト…じゃなかった。ファイトだよ、ノーヴェ!」
「うっせぇ! そもそも、そこは『闘う』じゃなくて『考える』だろうが!!
 わざとらしいぼけも大概にしろ、このアホ!!」

ツッコミの理由は、相変わらずニコニコと笑い続けるアノニマートがいつの間にか持ち替えていた、【人は闘う葦である】と書かれたプラカード。
『フェイト』と『ファイト』を間違えたのと同じく、わかっていて間違えているのは疑うべくもない。
当然、ダメ押しとなる荷連続のおちょくりにより、さらにノーヴェはヒートアップするのだが…………アノニマートは一向に捕まらない。
とそこへ、奥から大小二つの人影が姿を現した。

「騒がしいぞ! いい加減にしろ、お前ら!」
「そうだな、ノーヴェも少し落ち着いたらどうだ」
「でもチンク姉、こいつが!」
「アノニマートもだ、あまりノーヴェをイジメてやるな」
「まだ続けるなら、私が相手になるぞ」
「……ちぇ~、わかったよトーレ」

背の高い方の女性、トーレの言葉に肩を竦めるアノニマート。
ノーヴェもそれで一応は諦めたのか、拳を納める。

「で、今度はなんだ。食事でも取られたか? それともイタズラか?」
「胸部触って物足りないって言われた」
「そうか。なぁ、アノニマート…………………一度死ぬか?」
「やだなぁチンク、一度死んだら終わりだよ?」
「それでも良いから死ぬかと聞いている。というか、覚悟は良いな」
「うん、チンクのを触らせてくれたら死んでも良い」
「なら……「やめろ、チンク。お前まで熱くなってどうする」……すまん」

トーレに諌められ、チンクと呼ばれた眼帯少女は懐から取り出しかけたナイフを戻す。
一時でも熱くなってしまった事を恥じているのか、ただでさえ小さい身体がなお小さくなっている。
ただし、アノニマートは全然懲りる様子がないが。

「まったく、お前らが暴れると被害が大きいと言うのに……」
「あ、もしかして色々小さいの気にしてた?
 大丈夫! 先生みたいな病的な嗜好の持ち主からはむしろ大人気だよ!」
「お・ま・え・は! まだ言うか!!」
「イヒャイ(イタイ)! イヒャイっへは(イタイってば)!」

【ドンマイ!】【でも、ロリっ子万歳】と書かれたプラカードを手に、余計な事を言うアノニマートの頬を、思い切り引っ張るトーレ。
その後ろでは、いよいよ本気で爆殺してやろうと、チンクがナイフを構えている。
しかし、こんな所でそれをされては他の者もただでは済まない。
トーレとチンク、アノニマートを除く三人は死にもの狂いでチンクを止めに掛かった。

「チンク姉ストップ! こんな狭いとこでそれは不味いって!」
「そ、そうっスよ! アノニマートは別にいいけど、あたしたちまで巻き添えになるっス!?」
「え~、どうせなら一緒に死のうよ~」
「ふざけんな!! ……あ、あたしは潜っちゃえばいいんだっけ」
「「一人で逃げるな!!」」

ズブズブと地面に沈んで逃げようとするセインの腰に、ノーヴェとウェンディの二人がタックルをかます。
これによりセインは通路に組伏せられたが、代わりにチンクが自由になる。

「死ねぇ―――――――っ!!」
「「「わぁ―――――――っ!?」」」
「IS発動、イノーメスカノン…ファイア」

今まさに大惨事が起こる寸前、冷めた声と共に投じられたナイフが極太の閃光に飲まれて消える。
閃光は壁に激突する手前でその直径を縮め、やがて消滅。壁には焼け跡一つ残ってはいない。
その閃光の出所に視線を向けると、そこには身の丈以上の巨大な砲を構えた栗色の髪の少女。

「はい、そこまで。やめてよね、家族喧嘩で死人が出るなんて笑い話にもならない」
「ディエチか、助かった……」
「さっすがディエチ、そんなクールな所に痺れる憧れ…あたっ!?」
「アノニマートも、みんなをからかうのはほどほどにね」
「ごめんねぇ~悪気はないんだよ」
「まったく……」

安堵のため息をつくトーレと、はしゃぐアノニマートの頭を長大な砲身で小突くディエチ。
普通なら回避される筈だが、少しは悪いと思っているのか。アノニマートも大人しくそれを甘んじて受けている。

「チンク姉も…って、言うまでもないよね」
「ああ、すまん。姉とした事が……どうも、こいつに言われると無性に腹が立ってな」
「アノニマートは人を怒らせるのが得意っスからねぇ……」
「酷いなぁ。別に、悪気がないのはホントだよ。
 おっきいのも良いけど、僕的には…「おっと、取り込み中だったかな」…って、先生?」

何か言おうとしたところで、皆の前にモニターが出現する。
そこには、紫髪の白衣の男…スカリエッティが映し出されていた。
彼は何やら興味深げに状況を尋ねると、愉快にそうに笑う。

「クックック…やれやれ、君達は仲が良いな。まぁ、良い事だが」
『はぁ……』
「ところでアノニマート、君に見てもらいたいものがあるのだが」
「え? なんです、面白いものですか?」
「ああ、君はきっと気に入るよ」

そう言って、スカリエッティはモニターにとある画像を出力する。
現れた画像には………………………頭にシャンプーハットをつけた裸のチンク。

「チンクたんwithシャンプーハット……特価500でどうだい?
 今ならチラリズムの極致、湯煙ガードバージョンも付けようじゃないか」
「買った―――――――――――――――――っ!!!」
『いい加減にしろ、この変態(ロリコン)!!!』
「あいた!? やめて、物を投げないで!」

近くにあった小石やら鉄材、あるいは靴などが一斉にアノニマート目掛けて投げられる。
その場にいる家族全員からの総攻撃に、さすがにアノニマートも手も足も出ない。
モニターの向こうでは、スカリエッティが「ハッハッハ、やはり君とは趣味が合うなぁ」と笑っている。

「な、何するのさ……」
「てめぇ、胸部はでかい方が良いみたいなこと言ってたのにそれか?」
「え? そう言うのも良いかもって言っただけだよ?
 僕的には、こう掌よりなお小さい位が……」
「うむ。愛でるもよし、育てるもよしと言う奴だ。
 あ、私は等しく愛しているから気を悪くしないでおくれよ」
「ああもう! ここにまともな男はいないのか!!」

つまり、先ほど言っていた「病的な嗜好」と言うのは当の本人の事を指していたらしい。
まぁ、アノニマートの言う事は割といい加減なので、どこまで信じられた物か怪しい限りだが。
とはいえ、それでもトーレに激しい頭痛を覚えさせるには十分らしい。
他の面々も、それは冷ややかな視線で二人を眺めているが、図太い二人は一切気にしない。
とそこへ、スカリエッティとよく似た髪色をした女性が現れた。

「あら、みんな勢揃いでどうしたの?」
「うちの変態共をいい加減抹殺しようか検討していた」
「そんな事は今更でしょ」
「……ウーノ、嫌な事を平然と言わないでくれ」

家族の長女、ウーノの言にいよいよもって頭を抱えるトーレ。
苦労人、そんなテロップが一瞬流れた気がした。

「そうだ、美味しいお菓子が手に入ったからルーテシアお嬢様をお呼びしようかと思うのだけど」
「今お嬢を連れて来るな、貞操が危ない」
「そう。あまり日持ちもしないし……それじゃセイン、ちょっとお使いをお願いね」
「おいーっす」
「くれぐれも尾行には気をつけろ。ドクターとこのバカを近づけるなよ」
「わかってるって!」

ウーノから包みを受け取り、再度地面に潜り始めるセイン。
トーレは一つため息をつくと、セインの後を追おうとするアノニマートを止める作業に入る。
その間に、非戦闘員のウーノは現在動ける最後の妹に回線を繋いだ。

「クアットロ? ちょっと今すぐ来て頂戴」
『え~、でもウーノ姉さま。私ちょっと忙しいんですけど~』
「良いから来なさい。ここがなくなるのに比べればマシでしょう」

繋がった先には、甘ったるい言葉遣いの眼鏡をかけた女性。
みなまで言うまでもないのか、多くを語る事なくクアットロは状況を理解する。

『ああ、またですか?』
「またよ」
『わかりました~。ところで、トーレ姉さまはどれくらいもちそうですか?』

その問いに、ウーノは激しい戦闘音の響く背後を振り返る。
そこは既にトーレを筆頭にした女性陣とアノニマートが激戦の真っ只中。
戦力差は如何ともしがたいが、アノニマートの背後ではスカリエッティが知恵を授けているので中々捕まらない。

「ええい! これだから頭の良い変態(バカ)と腕の立つバカ(変態)が組むと始末に負えん!!」
「精神的には…………限界は近いわね」
『了解で~す。出来る限り急ぎますわ』

通信が切れれば、あとウーノにできるのは待つ事だけ。
ところで、トーレの発言は割と問題だ。
アノニマートだけならともかく、スカリエッティにまであの言いよう。
だが、何しろ事実なので注意すべきか真剣に悩むウーノであった。






あとがき

ちょっと久しぶりの日常編です。
たぶんこれが今年最後の更新になるので、次は新年になるかと。
皆々様、今年も一年間お世話になりました。また来年も御贔屓にしてくだされば幸いです。

それとですね、当SSを書き始めて1月の終わりで一年になります。
今まではRedsの方でやっていたリクエスト企画ですが、あちらはただいま絶賛休止中なので見送りました。
代わりに、今回はこちらでやりたいと思います。
締め切りは…………………………「BATTLE 0」を投稿した1月31日で、感想板の方への書き込みでお願いします。

内容は一応当SSにまつわるもので、その範囲なら基本制限はありません。
なんでしたら、vivid編に先取り的な物でも結構です。
出来れば、大雑把なシチュエーションなどを記入していただけると書きやすいですね。
選び方につきましては、毎度の事ながら私の独断と偏見で選ばせていただきます。
場合によっては二つ以上選ぶ事もありますので、いくらでもどうぞ。

それでは、最後に……皆さま、少し早いですがよいお年を。


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