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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 31「嵐の後で」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:40

場所は機動六課隊舎前。
そこには一台の車が止められており、新島は悠然とした足取りで歩み寄る。

「お待ちしておりました、総督」
「おう、待たせたなジーク」

運転席の前に陣取っていたジークフリートは新島に深く頭を垂れる。
どうやら、新島だけでなく彼も今日を以って六課を離れる様だ。
とそこへ、隊舎より姿を現したはやてが新島を呼びとめる。

「あ、間に合った! 新島さん、ちょう待ってください!」
「ん、なんだチビダヌキ?」
「ども! 『ポン』と『ポコ』、語尾をどっちにするか、割と真剣に悩んでるチビダヌキです…って何言わせんねん!!」
「さすがです、はやてちゃん! 見事なノリツッコミです!」

新島の一言に、一端乗ってから鋭いツッコミを入れるはやて。
肩の上のリインは、そんなはやてに惜しみない喝采を送る。

「用件がそれだけなら行くぞ」
「ちょ、ちょう待ってくださいって! って、無視!? 待って、行かないで~!」

縋りつくはやてを無視し、どしどしと進んで行こうとする新島。
が、逃げ足はともかく筋力はたいした事のない男だ。
さすがにはやてが縋りついていては歩き辛いことこの上ない。
なので、仕方なく足を止めて話を聞いてやることにする。

「んで、なんの用だ。俺様は忙しいんだ、手短に話せ」
「そんなん、セッティングした私が一番知ってますって。
 まぁ、それはともかく。ティアナはアレでもう大丈夫なんですか?」
「まだ大丈夫ってわけじゃねぇが……俺様が関与する必要もねぇだろ。
 必要なもんは用意してある、後はアイツらだけでも何とかならぁな」

自身の策に絶対の自信があるのか、新島には不安の欠片も見受けられない。
はやてとしても、こうまで自信満々に言われてはどうしようもないだろう。

「で、ジークさんも行くんですか?」
「はい。総督のおわす地こそが私の居場所。
 このジークフリート、地獄の果てまでもお供する所存! ラッラ~♪」
「「はぁ……」」

ホントに、この守護騎士も真っ青な忠誠心はどこから来るのやら。
余人にはいまいち理解できないが、新島にはそれほどの人徳があるのだろうか。
正直、兼一ならまだ納得できるが、新島のどこが良いのか二人にはさっぱりである。

「そういや、どうだったんだ? アイツらはよ」
「二人とも中々筋がよろしかったですねぇ~。特に、翔は素晴らしい」
「なるほどな、さすがは美羽ちゃんの子どもってところか。親父に似なくて幸いだったな」
「そこまで言うですか……」

遠慮の欠片もない新島の評に、リインは兼一が哀れでならない。
兼一に才能がないと言うのはわかったし、確かに母の才能を受け継げたのは良かったと言えるだろう。
だがしかし、だからと言って「似なくてよかった」とは……。
なんというか、本人がいないとはいえもう少し言い方がないのだろうか。
まったく、本人がいないから良い様な物の……

「いや、兼一の奴がいても同じ事を言うぜ、俺様は」
(心を読まれたです!?)
(この人も、兼一さんに負けず劣らず人間離れしとるなぁ……)

驚愕するリインと呆れてものも言えないはやて。
しかしそんな二人を無視して、新島はこちらで手に入れた端末を兼一とつなげる。
そして、先の言葉を実行した。

「おう、兼一。ジークが言うには、おめぇのガキは中々筋が良いそうだぞ。
 よかったな、武術関係ではお前に『全く』似てなくて」
「「ホントに言った!?」」

文字通りの有言実行。
長い付き合いの悪友とは言え、歯に衣着せずここまではっきり言ってのけるとは。
だが、これにはさすがの兼一も気を悪くすることだろう。
と、そう思っていたのだが……

「お前なぁ、藪から棒に何を言い出すかと思えば……」
「なんだ、文句でもあるのか?」
「むしろ、僕に全く似てないからこそあんな回りくどい事をしてたんだぞ。その辺わかってるのか?」
「お、そう言えばそうだな」

兼一は特に気にした素振りもなく、むしろさもそれが当たり前の様に応対している。
どうやら、今更この程度の事は目くじらを立てるに値しないらしい。

その後もそれぞれ歯に衣着せぬ言い合いが続く。
はっきり言って、それははやて達にはできないやり取りだ。
相手の気持ちや心情を慮って言葉を選ぶのがはやて達の『普通』。
だが、兼一達の『普通』は言葉を選ばない事を指す。
全く以って、面白い程に逆の方向性だ。
知らない人間が二人のやり取りを聞けば、仲が悪いのではないかと思ってしまいそうなほどなのだから。

「迷惑をかけるな…なんて言うのは無駄だな。
 なら、せめて少しで良いから自重しろ。危険物として封印処理されても知らないからな」
「ケケケ、まぁ善処してやらん事もない。安心しろ」
「できるか!!」
「へっ。それじゃな、相棒。また近いうちに会うだろうが、それまでしぶとく生きてろよ」
「お前こそ、やり過ぎて駆除されるなよ」

そう締めくくり、通信を切る二人。
こうして長いようで短かった滞在期間を終え、新島とジークは六課を後にする。
たつ鳥が跡を濁したのか濁さなかったのか、いったいどちらだったのやら。

一つ言えるのは、新島の本領はこれから。
最初の面会相手と会うべく、二人ははやてが手配させたタクシーに乗り込むのだった。



BATTLE 31「嵐の後で」



ティアナ・ランスターが眼を覚ますと、その眼にまず飛び込んできたのは……真っ暗な闇だった。

「……ん」

ティアナは上体を起こし、周囲を確認する様に首を回す。
しかし、完全な闇の中にあっては何も見る事は出来ない。
結局、彼女はなにも見つける事が出来ず、その場で自身にかけられていたタオルケットと思しきものを握りしめる。

(やっぱり夢…じゃ、ないのよね)

言葉にせず反芻するのは、思い出せる範囲で最後の記憶。
模擬戦でスバルと共になのはと闘い、密かに習得した魔力刃で奇襲を仕掛けるも失敗。
その何かがなのはの怒りに触れ、自身が得意とする「クロスファイア」で叩きのめされた。
だが、気付いた時には人が変わったようになのはに挑むスバルがいて、心の赴くままに相棒を支援し、なのはと撃ち合った。

しかし、その時の自分にまるで実感がわかない。
確かに覚えているのに、まるで別人の様な錯覚に襲われる。
無理もない。ティアナ自身の認識として、あれは今の自分にできるレベルとは思えないのだから。
だが、僅かに残る感覚が、あれが確かに自分自身だったと教えてくれた。

(あれが、私……?)

本当に自分がやったのか疑わしい程に洗練された、銃撃の数々。
同時に、確かに自分がやったのだと確信する手応え。
まるで、一挙に階段を数段飛ばしで駆けあがったかのような感覚に……覚えるのは戸惑いばかり。
ティアナはただ、暗闇の中で判然としない靄の様なそれに困惑する。

しかしそこへ、軽く空気が抜けるかのような音が横手から届いた。
続いて、暗闇に慣れた目には痛いとすら感じる光が飛び込んでくる。

「ああ、起きてたんだ」

聞き覚えのある男の声。彼は手近な所にあったスイッチに触れ、部屋に明かりを灯す。
ティアナは一瞬腕で光を遮るが、次第に眼も光に慣れて来る。

腕をどけると、そこにいたのは少し前までのティアナには直視できなかった筈の相手。
だが、今はなぜか真っ直ぐ見る事の出来る男、兼一がいた。

「兼一、さん?」
「うん。ここがどこか、わかる?」
「……」

兼一の問いにより、ようやく再度周囲の確認を始めるティアナ。
そこは清潔感あふれる白い床が光を反射し、いくつかのベッドと素人には用途の良く分からない機材が並ぶ部屋。

「医務室…ですか? でも、それならシャマル先生が……」
「ああ、シャマル先生は休憩中。中々起きそうになかったし、3時間交代で様子を見ることにしたんだ」
「はぁ……」

まだどこか寝ぼけているのか、ティアナの返事には普段のキレがない。
兼一は、そんなティアナに右手に持つ缶コーヒーを手渡す。
どうやら、これを買いに行く為に部屋を開けていたらしい。

「ほら、これでも飲んで」
「ありがとう…ございます」
「うん。じゃ、僕はまた少し部屋の外にいるよ。そこに着替えがあるから、終わったら呼んで」
「え?」

頭に疑問符を浮かべるティアナだが、兼一はティアナを放ってさっさと部屋から出ていく。
しばし呆然とするティアナだが、やがて特に意味もなく視線を落とした。
その瞬間、ティアナの表情が僅かに強張る。
そこには、下着姿……とはいかないまでも、だいぶラフな格好の自分の体。
一応白無地のシャツを着て短パンを履いているが、ちょっと人前に出るには問題のある格好だ。

「…………………………………着替えよ」

とりあえず兼一に言われた通り手近な所にあった衣服を取り、ティアナは着替えを始める。
今までは気付かなかったが、どうやらだいぶ汗をかいたらしく肌に密着する布の感触が気持ち悪い。
なるほど、確かにこれは着替えた方が良いだろう。

しかも気の効いている事に、大きめのバスタオルまである始末。
ティアナは下着を含めて服を全て脱いでからタオルで汗をふき、用意された服に着替える。
全て自分の持ち物だが、さすがに兼一が部屋から持ってきたとは考えにくい。
スバルかギンガ…あるいはだれか女性局員にでも頼んで持ってきてもらったのだろう。
というか、そうでないとイヤ過ぎるのだが……。

そうして着替えを終えたティアナは、医務室の扉から顔を出す。
すると、扉のすぐ横には文庫本を読みながら壁に背を預ける兼一の姿。

「あの……」
「ああ、終わった?」
「…はい」
「じゃ、もう一度ベッドに横になって。少しほぐしておこう」

ティアナは兼一に言われるまま、再度医務室のベッドに横になる。
兼一は慣れた手つきでティアナの身体をほぐし、続いてやけに長い針を取りだす。
はじめは僅かにギョッとしたティアナだが、兼一は彼女が何か言う前に次々と針を刺す。

思わず緊張したティアナも、徐々に身体から力を抜いていく。
針を刺された所が痛みを伝える事はなく、それどころか何やら心地よささえ感じたのも一因だろう。

そして、その間兼一は無言。
ティアナも同様に無言を貫いたのだが、やがて沈黙に耐えきれなくなったのか口を開いた。

「私がして来た事って……なんだったんでしょう?」
「…………」

それは、小さな独白。
別に兼一に聞いてほしくて言っているのではない。敢えて言うなら、誰でもよかった。
偶々目を覚ました時に兼一がいたから、結果的に彼に向けて言っているにすぎない。
ただ今の彼女には、強がって弱音を抑え込む事が出来なかっただけ。

「強くなりたくて必死に努力して……でも、それだけじゃ全然足りなくて。
 だから、多少無茶でもって思ってたのに……」

今度は、それをなのはと…………自分自身に否定された。
確かに、なのはのクロスファイアを受けた後の自分の動きはまるで別人のように冴えていたと思う。

しかし同時に気付いてもいた。
その冴えていた動きの全てが、必要と思ってやった無茶とはなんの関係もない事に。
必要と思ってやった無茶はなのはの怒りを買い、これじゃダメだと思って見限った努力が無茶を上回った。

なのはに否定されただけなら、『天才に凡人の苦悩はわからない』と言えただろう。
だが、自分自身に否定されてしまえばそれもかなわない。

「私の夢、知ってますよね?」
「ああ、うん…まぁ……」

と言うより、知らない方がおかしい。
別にティアナはことさら自身の夢を声高に口にしている訳ではないが、六課では最早割と有名な話である。

「兄さんの夢、執務官になるって夢をかなえたくて。
 兄さんの魔法は、役立たずなんかじゃないって証明したかったんです。でも……」
「……」

何故かやけに心が落ち着いている今ならわかる。前回も今回も、自分は大切な相棒を危険にさらした。
本当はそんなつもりじゃなかったのに。大切な人の為に目指す夢の筈が、別の大切な人を危険にさらすなど……。
鬱憤を吐きだし、自身の可能性を再認識した事で生じた余裕が、ティアナにその事実を突きつける。

「何が正しいのか………わからなくなっちゃいました」

伏せられた目に、僅かに涙を浮かべながらティアナは漏らす。
兼一はそんなティアナの独白に対し、ゆっくりと口を開いた。

「そう…だね。確かに、難しい問題だ。でも、仲間を無闇に危険にさらすのは問題外なのは分かるよね?」
「……」
「それがわかっているなら十分だよ。それに、別にいいんじゃないかな? 多少無茶でもさ」

だが、その無茶がなんの意味もなさなかった。
それを知ってしまったティアナには、無茶の意味と価値がわからない。
『無茶でもいい』と兼一は言ったが、ではどうすればいいと言うのか。

「ティアナちゃん、君は少し欲張りすぎだよ」
「ぇ?」
「君はまだ何一つ完成していない未熟者、その自覚はある?」

優しい声音で、兼一は突き刺さるような言葉を紡ぐ。
そんな事は、言われなくてもわかっている。
技を極めた兼一や、圧倒的な才能を誇るなのは達からすれば、自分は何もかもが未熟だろう。
しかし、それを自覚しているからと言ってなんだと言うのか。

「いいかい? 未熟者が失敗するのは……当たり前なんだ」
「当たり、前?」
「そう。無茶一つとっても、君達には何をどう無茶していいかだってあやふやだ。
 時には、いっそ無意味とも言える様な事をして自滅してしまう事もある。
 でもね、だからこそ僕たちがいるんだよ」
「…………」
「君がいる場所は、かつて僕たちが通った場所だ。なら、君は知らなくても僕たちが知っている。
 そう言う時に無茶をするとして、いったいどんな無茶をすればいいのかを。
 君が無茶をして失敗しそうになるのなら、僕たちが止める。だから君は恐れず、躊躇わず、必要と思う事をしなさい。そして、そこから学ぶんだ。何事も経験、一見無意味な無茶の積み重ねが、君に境界を見極める力を養う筈だよ。『若いうちの無謀は買ってでもせよ』って言うのは僕の師匠の言葉だけど、僕はそういう意味も含んでると思ってる」

『まぁ、止めても聞かない時は、さすがに手荒な手段で止めるけどね。今回みたいに』と付け足す事も忘れない。
思えば、兼一に限らず何人もの人が自分を止めようとしてくれた筈だ。
なのに、自分は止まらなかった。誰の言葉にも耳を貸さず、ただ盲目に自分の考えを実行してきた。
無茶の良し悪しとは別に、それだけでも叱責には十分すぎる。
むしろ、無茶に関してだけでも「もっとやれ」というほうが、本来はどうかしているのだ。

「だから、これからも思う存分無茶するといい。フォローは僕たち大人の仕事だ。
 ああ、もちろん大前提を忘れちゃいけない。それはもう、無茶うんぬん以前の問題だしね」

つまり、その大前提を守る分においては幾らでも無茶をしろと言うことか。
なんというか、この男も結局は「梁山泊」と言うことらしい。

「ただ、できればその前に相談して欲しかったかな。なのはちゃん達との間に壁を感じるのは無理もないし、それをなんとかし切れなかったなのはちゃん達にも非はある。
だけど打ち明けていれば、きっと他の結果もあったと思うよ」

何故相談しなかったのかと聞かれれば、なのは達にはわからないと思い込んでいたからだ。
それを払拭できなかったのは確かになのは達の責任だろう。
しかし、今のティアナには最早そんな事は言えない。なぜなら……

「もう分かってるんでしょ? あの時、ティアナちゃんを動かしたのはなのはちゃんの教えだ」

そう。一見地味で、強くなっている実感の湧かなかった訓練の日々。
だがそれこそが、あの場において追い詰められたティアナを支えてくれた。

無茶を必要としない、堅実で正確で、確実な闘い方をなのはが仕込んでくれていたから。
その結果が、今までにない程の動きの冴えであり、あの善戦だった。
同時に、自分に更なる高みとその可能性を見せてくれた。
そのおかげか、少し前まで胸を焦がしていた焦燥が、今はなりを潜めている。
我ながら現金だと思うティアナだが、それが紛れもない事実だった。

「なのはちゃんが帰ってきたら、一度ゆっくり話してみると良い。
 君達は、ちょっとコミュニケーションが足りないよ」

それは、なのは自身もまた猛省している事だ。
彼女はこれまで、ここまで長期の教導を受け持った事がない。
つまり、長期的な教導のノウハウに乏しいと言う事だ。
短期的な教導なら、確かにひたすら詰め込み、とにかく打ちのめしてやる方が良いだろう。
しかし、長期的な教導はそれだけでは足りなかったということ。
故に今回の事は、ティアナだけでなくなのはにとっても痛い教訓となった。

「あの!」
「ん?」
「帰ってきたらって言うのは……」
「ああ、ティアナちゃんが寝ている間に緊急出動があってね。場所が海上だったから、隊長さん達は揃って出撃。
 他のみんなは、今は隊舎で待機してるよ。
相手が海の上じゃ、陸戦型の出る幕はないも同然みたいなものだしね」

思いもしないその内容に、ティアナは大きく目を見開く。
とはいえ、ある意味寝過ごしていてよかったと思う自分もいる。
まだ自分の心を整理し切れていない状態でその場にいたら、何を言ったかわかったものではない。
しかし、それはそれとして一つ確認しておきたい事がある。

「え………って、今何時ですか!?」
「え~、もうそろそろ日付が変わるかな?」
「そ、そんなに……」
「疲労の蓄積に睡眠不足、これだけ不摂生が続けば当然だよ。その点に関しては厳重注意だね」
「うっ……」
「というわけで、そんな悪い子はこれを飲みなさい」

取り出したるは、一際異臭を放つ毒々しい色の液体。
その瞬間、ティアナの顔が引きつった。
効果の程は承知しているが、それでも本能が忌避する。これは、決して人が飲んでいいものではないと。

「ぇ、まっ…!」
「問答無用!」
「実はやっぱり怒ってるんじゃないですか!?」
「そんな事はないよ。ちょっとムッとしてるだけ」
「それって同じ…がぼっ!?」

そうして、ティアナは再度深い深~い眠りにつく。
代わりに、次に目覚めた時にはだいぶ回復している事だろう。
だが、果たしてそれがどの程度救いになるのやら。



  *  *  *  *  *



ティアナが次に目覚めた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは……蒼い瞳と黒い髪の幼子。
一瞬呆気にとられたティアナだが、なんとかその名を呼ぶ。

「…………………………………翔?」
「うん! おはよう、ティア姉さま」
「う、うん。おはよう……」
「ん! じゃ、行ってくるね!」
「って、行ってくるってどこに…行っちゃった」

ティアナが目覚めたのを確認すると、翔はさっさと相変わらずに軽やかな身のこなしで医務室から出ていく。
状況を飲み込めぬままのティアナだが、周囲を確認すると、既に夜は明けていた。
身体の具合をチェックすると、兼一の薬とメンテナンスのおかげか、妙に全身がすっきりとしている。

「おはよう、ティアナ」
「なのは…さん」

やがて、少々控えめに顔を出すなのは。
どうやら、翔はなのはを呼びに行っていたらしい。
その後姿を見せないことからすると、一応気を使っていると言うことか。

ただ、なのはもティアナもまず何を話していいのかわからず、お互いに黙りこむ。
とそこで、なのはは突然天井を仰ぐとこう言った。

「…………困ったな。色々考えてきてたのに、いざとなったら飛んじゃった」

実際、コミュニケーションの必要性は感じていても、何を話せばいいかがはっきりしない。
裏を返せば、それは今までどれだけそれが足りなかったかの証左でもある。
改めてその事を理解したなのはは、自身の未熟を恥じた。

「とりあえず私の考えとか、その辺からかな。ティアナの気持ちは、もう聞かせてもらったし……」
「……はい」

あの時の事を思い出して気恥ずかしくなったのか、ティアナはどこか居心地悪そうに小さくうなずく。
そんなティアナになのはは一つ頷くと、天井の一角に向けて声をかけた。

「そっちのみんなも、ちゃんと聞いておいてね」
(げっ……)

別室で事の様子を見ていた面々。
スバルにエリオ、キャロ、シャーリー、フェイト、ヴィータにシグナム、シャマル、そして白浜親子。
うち、年若いスバル達は揃ってバツの悪そうな表情を浮かべる。
ちなみに、覗き見の主犯はシャーリー。

「兼一さんの事だから、幾らでも無茶をしろ…みたいな事を言ったかもしれないけど、私としてはできればあんまり無茶はさせたくない、って言うのが本音かな?」
「……」
「私もね、昔は結構無茶もしたんだけど、それで…………ちょっと失敗しちゃったから」

あまり、自分の失敗談を話すのは楽しいものではないのだろう。
それはなのはも例外ではないのか、苦笑を浮かべながらもあまり詳細は語ろうとしない。

「その時、凄く後悔した。自分がすごい痛い思いをしたって言うのもあるし、そのせいで……もう飛べない、歩けないかもって言われたりもした。何より、周りのみんなにたくさん…凄くたくさん心配と迷惑をかけちゃったから……だから、私みたいな失敗をさせない。それが、私の大前提」

なのはは努めて明るくふるまうが、その言葉尻にはどこか暗い影が付きまとう。
今でも、彼女に取ってそれは小さくないトラウマなのだろう。

同時に、ティアナはなのはが「失敗」したと言う事実に、思いの外驚いている自分がいる事に逆に驚いていた。
高町なのはとて一人の人間、失敗をすることだってあると思っていた筈なのに……どうやら自分は、本当は全然そんな事は思いもしなかったらしい。その事に、他でもないティアナ自身が驚いていた。

「無茶をしても、命を賭けても譲れない場面って言うのはあるよ。
 あるいはそう言う時の為に、普段の練習から無茶をするって言うのもね。
 だけど、やっぱり無茶って言うのはどこかに歪みが出る。兼一さんの場合はその歪みを最小限にする為に、ああやって肉体改造とか、メンテナンスとかをしてる訳だけどね。
 でも、ティアナがやってたのはその歪みがどんどん蓄積していくやり方。そんな事を続ければ、いつか……」

自分の様になると、言外になのはは語る。
過去のなのはがいったいどんな失敗をしたか、ティアナは知らない。
それがどれほど彼女の人生に暗い影を落としているかなど、知る由もないだろう。
だがそれでも、声音に宿る重さから感じ取れるものはあった。

「無茶をするなとは言わない。ただ、もう少しティアナは自分を大事にしよう。
 お兄さんの夢をかなえたいって言う思いは尊し、ティアナが頑張ってるのは知ってる。
 でもね、それは……ティアナ以外にはかなえられないんだよ。ティアナが潰れちゃったら、誰にもかなえられなくなる。誰にも、お兄さんの無念は晴らせないんだから」

『夢よりティアナが大事』なのではなく、『夢とティアナは一蓮托生』なのだ。
夢をかなえられるのはティアナしかいない以上、彼女が潰れる事は許されない。
今更、ティアナに夢の優先順位を下げさせる事は出来ないのだとしても、それは知っておいてほしかった。

「それに、今回の事でわかったんじゃないかな?
 ティアナが自分の事をどう思っていようと、ちゃんと成長してる。どんなにゆっくりでも、はっきりとは実感できなくても、みんなと一緒に前に進んでるんだってこと。
 ………でも、あんまり成果が出てない様に感じて、苦しかったんだよね。その事は、本当に…ごめんね。
 私の教導が地味で、そのせいで……」
「そ、そんな……!」

確かに地味かもしれない。だが、その成果を感じる事が出来た。
だからわかる。単に自分一人が焦って、無茶をしてしまっただけの事。
本当は前に進んでいたのに、気付けなかった自分の責任だ。

「……ありがと」

首を振って必死に否定するティアナに対し、なのはは優しい笑顔で礼を言う。
そう言ってもらえると、少しだけ救われると。

それからも、なのははこれまでの事を取り戻すようにティアナと色々な話をした。
理想とするチームの形やティアナの射撃魔法の真価、これからの彼女に必要になるであろう力の準備。
いつ出動があるかわからない中で、まず今ある武器をより高めてやりたいと言うその思い。

自分の今だけでなく、ちゃんと「先」も見据えた上でのその計画に、ティアナは打ちのめされた。
自分が焦って手をつけた力は、いずれちゃんとした形で手にする筈のものだった事。
いずれ執務官を目指す以上、個人戦も多くなる。その時の為にクロスやロングでの闘い方の習得も、ちゃんとなのはは考えてくれていた。
全く…兼一の言う通り、もっと互いにコミュニケーションを取っていれば、そんな行き違いにはならなかったのに。

だがそれでも、こんなにも自分の事を心配して、未来を案じてくれている事が嬉しかった。
そんな優しい人に、心配をかけてしまった事が申し訳なかった。
様々な感情が入り混じり、ティアナはなのはに縋りつくようにして泣き出す。
弱々しい声音で、ただただ「ごめんなさい」と嗚咽しながら。



ティアナが落ち着くまでの間、なのははその背を優しく撫でながら待った。
そうして、徐々にティアナの嗚咽が治まってきた所で声をかける。

「ヒック……」
「……落ちついた?」
「………………はい」

なのはの問いに頷き返し、ティアナは顔を上げた。
泣き腫れた目は赤く、頬にはまだ涙の筋が残っている。
酷い顔と言えない事もないが、そこに以前の様な暗さはない。
むしろ、何もかもを吐きだしすっきりした心の内を現す様に、その瞳は晴れやかな光を宿している。
その事を確認したなのはは満足そうに小さくうなずき、こう言った。

「じゃあ……ティアナ、後でちゃんと兼一さんに謝っておこうか」
「え? 謝る…ですか?」
「そう。前兼一さんに、『凡人の何が分かるのか』って言ったんだって?」
「ぁ……」

確かに、今思えばあれはだいぶ失礼な発言だった。
話の内容はアレだったが、仮にも自分を心配してくれたと言うのに…それはない。
なのはの言う通り、一度ちゃんと謝罪すべきだろう。

「そう、ですね。失礼なこと言っちゃって、ちゃんと謝らないと……」
「あぁ~、まぁそれもあるんだけど……」
「?」
「さっき、ティアナ達を原石にたとえたでしょ?
 まだ凸凹だらけで本当の価値も輝きもわからないけど、磨けばドンドン光っていくって」
「はい」
「だけど、陶器ってあるよね。あれはさ、土から出来ているのに宝石にも匹敵する価値がある。
名工の技を惜しげもなく注ぎ込む事で実現する価値であり、美しさ」
「……まさか」

ティアナとて、ここまで言われてその意図に気付かないほど鈍くはない。
つまりなのはは、兼一がその陶器であると言いたいのだ。
元は何の変哲もない土くれ。その土くれを名工の技で昇華させた存在が、白浜兼一であると。

「信じられない?」
「でも、だって……」

よほど信じ難い事実らしく、ティアナはまるであり得ないものを見たかのような反応だ。
画面越しに様子をうかがっていた面々も、隊長達を除けば信じられないと言わんばかり。

「まぁ、今の兼一さんしか知らないと無理もないのかな。となると、やっぱりこれしかないか」
「なんですか、それ?」
「新島さんがね、もしティアナが今の話を信じなかったらって言ってくれたんだけど……」

なのはは自身の前に一つのモニターを展開し、それを操作して一つのデータファイルを呼び出す。
それは、新島とジークが六課を立つ前に残して行った置き土産。
もしティアナが信じなかった時はこれを使えと言っていた物だ。

「あの人が…ですか?」

一応新島が今回の件に深く関与し、その意図を知ったティアナだが、相変わらず反感は根強い。
理性で理解はしていても感情が納得してくれないのだ。
そういう風な立ち振る舞いをしたのだから当然だが、なのはとしては苦笑するしかない。

「まぁまぁ、とりあえず見るだけ見てみようよ」

そうして、なのはは件のファイル…映像データを再生させる。
それがまさか、あの様な内容だったとは露知らず。



  *  *  *  *  *



場所は移って、兼一達が居座る部屋。
なのはが立ちあげたものと同様の映像がこちらでも再生され、皆は固唾をのんで見守る。

「全くあいつ、いったい何を置いて行ったんだ?」
「え? 師匠も知らないんですか?」
「というか、初耳なんだけどね……」

言っている間に、モニターに何かが映し出される。
それは、兼一にとっては良くも悪くも見慣れたもの。

『し~んぱぁ~く!!』

最初に出てきたのは、どっかで見た事があるようなマークに似ている新白連合のマーク。
ずいぶんと手の凝った作りに、一同揃って意味もなく「ほぉ」と感心したような声を漏らす。
が、その中にあって、兼一だけは僅かに顔色を変えた。
まるで、何か良くないものを見つけてしまったかのように。

「父様、どうしたの?」

何故かわからないが、途方もなく嫌な予感がする。
今すぐ自分はこれを止めなければならない。
その直感に突き動かされ、兼一はシャーリーへと要請する。

「シャーリーちゃん、コレ止めて! 今すぐ!」
「え、でも……」
「いいから早く!!」
「は、はい!」
『?』

訳がわからないまま、兼一の剣幕に押されてシャーリーは一時中断の操作をする。
皆は兼一が何を焦っているのか不思議な様子で首を傾げるが、すぐに異変に気付いた。

「あ、あれ?」
「どうしたの、シャーリー」
「それが、操作を受け付けなくて……」

本来なら決してあり得ない事態に、困惑を露わにするシャーリー。
仮にも情報畑の人間である彼女が操作を失敗するとも思えない。
ならば、そこには何か理由がある。
とそこへ、この場にいないある人物からの通信が入った。

「ん、はやてから?」
「あ、ヴィータ。ちょうええか、なんや突然モニターが開いてこんなんが流れ出したんやけど」
「って、おいおい。これって……」
「こちらで流しているものと、同じ内容の様ですね」

はやてが示したモニターには、なのは達が見ているものと同じ新白連合のCM。
その後も、同じ映像が突然現れ消せないと言う報告が六課の各所からもたらされる。
つまり、六課全体で同じ映像を共有していると言う事だ。
普通に考えて、そんな事はあり得ない。
ましてや、それが全く消すことも止める事も出来ないとなると……

「まさかこれって、ウイルス!?」
(アイツ、まだそんなものを作ってたのか……)

思えば、学生時代から特製ウイルスを使って闇の情報を入手していた新島だ。
故に、ウイルスを使う事自体は驚くに値しない。

だが、ここは地球とは比べ物にならない技術を誇る次元世界。
その中にあって最高水準のセキュリティを誇るであろう管理局相手にウイルスを仕込むとは……。
いや、盲点とも言えるポジションにいた以上、仕込む事は出来るだろう。
しかし、仕込んだ所で瞬く間の内にセキュリティに引っかかって弾かれる筈なのに……。

「どうにか駆除できないの、シャーリー?」
「それが、ウイルスを仕込まれたんだろうとは思うんですけど…一向にそれらしきものが見つからないんです!」

フェイトの問いに、シャーリーは忙しなくキーを叩きながら悲鳴交じりの声で答える。
最も怪しい新島からもらった映像データを解析しても、それらしきものは見つからない。
已む無く探索範囲を広げてはいるのだが、やはり結果は同じ。
見つかりさえすればやりようもあるだろうが、これでは手の打ちようがない。

「局のセキュリティの眼を掻い潜るって……んなもん、超一流のハッカーレベルだぞ。マジで何者だ、アイツ?」
「しかもこちらに来て日も浅いだろうに、どこでそんな技術を……」
「ほ、本当にユニークなお友達ですね、兼一さん」
「すみません! あのバカがホントすみません!!」

口々に驚愕を露わにする守護騎士たちに、兼一は激しく頭を下げる。
管理外世界出身で、こちらに来て日の浅い人間にあっさりセキュリティを破られるなど、管理局の沽券に関わる事態だ。ウイルスの性質が特定の機能の隔離と強制起動だけだから良い物の…もし情報を抜きとったりする類のものだったらと思うとゾッとする。
いや、今の段階でもかなり不味い状況ではあるのだが……とりあえず六課内だけで完結している事態なので、もみ消す事が出来ない事もないのが不幸中の幸いか。

そうしている間に、モニターの方ではようやく新白に関するCMが終わる。
続いて浮かび上がったのは…兼一にとってある意味最悪の悪夢。

「ねぇ、エリオ君。あれって……ミッド語だよね?」
「う、うん。えっと……『新白連合プレゼンツ 新白連合創成秘話 史上最強の弟子ケンイチ 予告編』?」

いまいち意味のわからないテロップに、首をかしげる年少者達。
だが、それを見た兼一の顔色が、かなり危険なレベルで青ざめる。
むしろ、ここまで来ると蒼白と言ってもいいかもしれない。

「ま、まさか…新島、お前ぇ……」
「師匠?」
「父様?」

そんな師と父の様子に、弟子と息子はとても心配そうだ。
が、やがて二人もそれどころではなくなる。
なぜなら、テロップが消えると同時に映し出される映像が、あまりにも衝撃的だったから。

まず映し出されたのは、極々平凡な学ランに身を包んだ二人組。
片や見る者によっては、あるいは、もしかすると、万が一ではあるが、それなりには整っているように見えない事もない顔立ちの、一見しただけでもわかる位気弱そうな少年。
その少年が、見るからに性格が悪そうなおかっぱ頭の怪人…と言うか、どう見ても兼一が新島に絡まれている。

「これって、もしかして……」
「あ、あばばばばばば……」
【彼の名は白浜兼一、当時16歳。またの名を……………………フヌケの兼一、略して『フヌケン』!!】
「ふ……」
「フヌ、ケン?」

なんの脈絡もなく、唐突に刺しこまれるナレーション。
いったいその呼び名にどう反応していいのかわからず、静かに復唱するスバルとギンガ。

とりあえず、あれは兼一で間違いないらしい。
しかし、いったいなぜこの男が「フヌケン」などと言う不名誉極まりない呼ばれ方をしているのか。
その理由は、すぐに明らかになる。

【あのさぁ新島、そのフヌケンって言うのやめてくれない?】
【ぬぁにぃ~!? ぬぁんだと~!!】

兼一の当然の抗議に対し、新島の反応は不穏その物。
それまで背を向けて何やら端末を弄っていた新島は突然振りかえり、兼一に攻撃を始めた。

【があ!! だまれえぃ! フヌケンの分際でええ!! 黙りおろう!!】
『ああ!?』
【フヌケの兼一!! 略してフヌケン! これは貴様の本名!! 貴様の正式名称!! それを使って何が悪い!! 生まれながらの名が、いつまでも通用すると思うなよ、クズ!!】
「み、見ないで! お願い、見ないで――――――――――!!」

倒れた兼一に対し、尚も蹴りを見舞う新島。
その暴挙に皆が呆然とする中、兼一は必死にモニターを消そうとする。
だが、如何に達人とは言え、空中に投影された実体無きモニターは破壊できない。
その拳も蹴りも、虚しく空を切るばかり。その間にも、モニターでは兼一の過去が赤裸々に映し出されていく。

【お前のデータを読んでやる!! 有り難く聞きやがれ!!】
【ぐぬぬ……】

偉そうに、だがどこか小物っぽく兼一を足蹴にする新島。
兼一はなんとか這い出そうとしているが、その手脚は虚しく床の上を滑るだけ。
皆の知る兼一なら、それは決してあり得ない筈の事態。
しかしそれが、確かな映像として映し出されている。
そんな兼一を嘲笑う様に、新島ははっきりきっぱりと彼への客観的評価を叩き付けた。

【白浜兼一……成績、中の下! 運動神経、中の下! ルックス、中! 体格、中の下! ケンカ指数、下!! 根性、下の下!! があ!! 総合評価E-!! ランク、虫けら級だ!!】

断言すると同時に見舞われる素人丸出しの蹴り。
だが、それを受けた兼一は滑稽なほど無様に地を転がった。

【ぐわーっ!!】
「む、虫けら……」
「ひでぇ言われようだな、おい……」

シャマルはあまりの評価に空いた口が塞がらず、ヴィータはその散々な言われように顔をひきつらせる。
この二人、曲がりなりにも友人の筈ではなかったか。
しかし、今見る限りにおいて…これではいじめっ子といじめられっ子そのものではないか。

【君の成績は僕以下じゃ……】
【黙れ虫!】
【ケンカだって弱いだろ!?】
【黙れカトンボ!】
【運動なんて……】
【まだ言うか! ばかちんがーっ!!】
【っ!!】
【俺はなぁ…俺にはなぁ……俺には、強い者に媚び諂う能力があるんだよぉぉぉぅ!!】
(さ、最低だぁ―――――――――――――――――――――――っ!?)

あまりにも堂々と言う物だから感心しそうになるが、言ってる内容はクズである。
しかも本人、それを全く恥じる様子がない。

【フッ、負け犬に言ってもわかるまい…お前、入学早々に空手部に入ったそうだな?
 イジメ対策と言ったところだろうが、やめておけ……。
 どうせ続きやしない! そしてまた中学の時の様にいじめられるさ。そう、お前はフヌケンなのだから……。
 これまでも……そして、これからもな!】
「お、終わった…なにもかも……」

これまで築き上げてきた、父としての、師としての威厳。
それが、砂上の楼閣の様に崩れ去る音を聞いた兼一は力なく膝を折る。
その様が、何よりも雄弁に今の映像が真実である事を教えてくれた。

皆は今知った真実をどう消化していいかわからず、また打ちひしがれた兼一にどう声をかけていいかわからず、ただただ呆然と立ち尽くす。一応兼一に才能がない事を知っていた隊長達もそれは変わらない。才能がない事は知っていても、こんな過去までは知らなかったのだから。

そして、兼一に次いでショックが大きいのが翔とギンガの弟子コンビ。
二人は、父と師の知られざる過去に目を白黒させている。
だが、映像はそれだけでは終わらない。

場面は移り、映し出されているのはどこかの道場。
先ほども思ったが、角度からするとどうも盗撮臭い。
やけに情報が速いとは思っていたが、どうやらこっそり学校中に監視カメラを設置していたらしい。
これは、その内の一つの記録と言うことか。

で、そこには複数の白い道着を身に付けた男たちがおり、それぞれ思い思いに稽古している。
しかし、その中にあって一点おかしな部分があった。
道場の中央。頭に防具をつけた細身の少年が、一方的になぶられる姿。

【いいぞ~! ぶっころせ~!!】
【ま、まいりました!!】
【うらーっ!】
【ぎゃ!!】

ギブアップを宣言しているにもかかわらず、構うことなく繰り出される前蹴り。
周りからは嘲笑と揶揄が当たり前の様に飛び交い、誰もが一様に性根の腐った笑みを浮かべている。

【次俺ね】
【ヒッヒッ、新しい必殺技試してみろよ!!】
【うぅ……ゲホゲホ…ま、待ってください! 今日こそちゃんと基礎を……】
【やかましい!! てめえみてーなチビのもやしが空手やったって、ぜってえー強くなんねーんだよ!!
『そこをなんとか入れてくれ』って言うから、入部させてやったんだ。
サンドバッグ役くれーやってもらわにゃ~】
「酷い……」

その後も繰り広げられる、練習の名目の下に行われるリンチ。
あまりに一方的で理不尽なその仕打ちに、誰もが汚物を見るような表情を浮かべる。
この場にいる者のほとんどは闘いの場に身を置く者。エリオやキャロでさえ、年は若く共それなりの腕を持っている。

だからこそわかる。はじめは信じ難かったが、あの兼一に武術の心得はない。
本当にずぶの素人で、そんな相手を曲がりなりにも格闘技を修めた者達がいたぶって喜んでいる。
武道の精神からは遠くかけ離れたその光景は、あまりにも度し難い。

【小学生の頃からいじめられ続ける事、約9年。いじめっ子から身を守ろうと、一念発起して空手部に入ったはいいが、結局これまで通りのいじめの日々。そんなある日、フヌケの兼一に運命の時が訪れる!】
【いいかい、白浜くぅ~ん! 前から言おうと思ってたんだけどさぁ~…俺はおめーみてぇな奴が、空手をやる事自体気にいらねぇんだ! 武術ってのは強者の世界なんだよ!! おめーみてえな軟弱者に、遊びでやってられるとあったまくんだよ!!】

その道の者たちからすれば、見せかけだけの駄肉としか言いようのない身体を誇示する男が兼一の胸倉を掴む。
皆の知る兼一なら、容易く一蹴できそうな相手。だが、当兼一の顔には明らかな怯えが浮かんでいる。

【そこでお願いなんだけどさ~っ……今日限りで空手部をやめろ。さもないとぶっ殺す!
 男と男の約束だよ! …………………………なっ!!?】
「武道家…いや、男の風上にもおけん奴だな」

力を背景にした恫喝に、シグナムは吐き捨てる様に言う。
それはみなも同じ想いらしく、一人打ちひしがれている兼一を除けば、誰もが険しい表情でモニターを見ていた。
いや、それは何もこの場にいる者達だけではない。六課全体に流されているこの映像を見た誰もが、思いは同じ。
とはいえ、同時に兼一はこのまま押し切られてしまうのではないかとも思う。
なぜならモニターに移る兼一の顔は……はじめから戦う事を放棄している「負け犬」の顔だったから。

しかし、流されるままに巨漢の手を握ろうとした兼一の瞳に、突如別の光が宿った。
兼一は寸での所で手を引き、巨漢の手は空振りに終わる。

【おい、なんの真似だコラ!?】
【つ、つまり僕が強ければ……空手やってもいいって事だよね?】
『ほぉ……』

その言葉に、どこからともなく感嘆の声が漏れる。
あそこまで精神的に不利な状態にありながら、それを言える者は中々いない。
そこには確かに、今の兼一に通じる意思の強さが垣間見えた。

【こうして白浜少年は、同学年の中でも指折りの問題児と退部を賭けて闘う破目になったのでした。
 その結果は…………………………本編を買ってのお楽しみ】
『ええ!?』

と、それまでの雰囲気を台無しにするナレーション。
その内容に嘘偽りはないらしく、これまでの事が嘘のようにバッサリと映像は途切れた。
代わりに映し出されたのは、全二十巻にも及ぶ『史上最強の弟子ケンイチ』とやらの告知。
もちろんしっかり値段は請求されるらしく、かなり高い。
そして、未だにたったいま見せられた情報を受け止めきれないギンガは、恐る恐る師に真偽を問おうとする。

「あの、師匠。今のは……」
「おのれ、新島ぁ―――――――――――――!!
 一度ならず…二度までも――――――――――!!
 よりにもよって、よりにもよって翔とギンガになんて物を見せるんだ――――――――!!」

だがそれよりも早く、ようやく復帰した兼一が爆発した。
それはまぁ、最悪の黒歴史とも言うべき物を一番知られたくなかった息子と弟子に知られてしまったのだ。
温厚な兼一とは言え、激怒して当然というもの。
とそこで、ティアナ達の方を映していた別モニターでなのはが先の映像を懐かしむ。

「うわぁ、なっつかし~。あれ、昔兼一さんの結婚式で流した奴だ」
『結婚式でアレを流したの!?』

それは、いったいどんな羞恥プレイなのか。
結婚式という人生の晴れ舞台。にもかかわらず、最も付き合いの長い悪友から送られたのは、祝辞でもなければ祝儀でもなく……過去の恥部の暴露映像。しかも、ほとんどいいとこなし。

美羽は一応あの頃の兼一を知っていたとはいえ、列席者の中には知らない者も多かった。例えば高町家とか。
あまりにも、あまりにも性質の悪い贈り物である。
ビデオレターだとしても、もう少しソフトに出来なかったのだろうか。

「父様、いじめられてたの?」
「っ!? し、翔! あ、あれは…その……」

可愛らしく首を傾げ昔の事を尋ねて来る息子に、兼一はしどろもどろになりながらあとずさる。
そこで兼一は、ようやく周りから視線が集中している事に気付く。

「み、みんな!?」
『……』

みな、あまりにも意外過ぎるその過去になんと言葉をかけていいかわからず、沈黙を保つ。
その沈黙がかえって兼一には辛いのだが、どうしようもない。
中でも、兼一にとってダメージが大きかったのは翔とギンガに知られてしまった事。

二人の目標として、立派な武術家としての自分であろうとしてきた兼一にとって、此度の事はその全てが水泡に帰した事を意味する。
いずれはばれる事だったかもしれないが、それでももう少しと思わずにはいられない。

しかし、時すでに遅し、と言う奴だ。
兼一は見るからに意気消沈したように肩を落として、暗い声音で愛弟子に問う。

「失望、させちゃったかな?」
「そ、そんな事!」

兼一の問いに、ギンガは必死に否定する。
確かに驚いたし、信じられない者を見た思いは今も同じ。
だがそれでも、今の兼一に対する憧れや尊敬の念は変わらない。
それは他の面々も同じらしい。が、それはそれとして兼一へのダメージが大きい事に変わりはない。

「父様、大丈夫?」
「うん、まぁ…ね。フ、フフ…フフフフフフフフ……」
「師匠が、壊れた……」
「ごめん、ちょっと一人にさせて。う…………………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

さすがに限界に達したのか、兼一は大粒の涙をこぼしながら走りだす。
その先には壁があったのだが、兼一はそんな事意に介すことなく壁を突き破って走り去って行った。

「まぁ、しばらく一人にさせてやろう」
「だな」
「そうね……」

兼一の心中を慮り、とりあえずその方針を他の面々に徹底する守護騎士たち。
とそこで、フェイトがある事に気付いた。

「ちょっと待って! みんな、これ……」
『え?』

彼女が指差す先には、映像が終わり黒一緒にとなった筈のモニター。
確かに消えた筈のモニターに再度明かりが灯り、また別の映像が映し出される。
そして、そこにはこう書かれていた。

「『おまけ』?」
「なんていうか……」
「無駄に凝ってるよね」
「はい……」

フェイトが読み上げたその内容に、何とも微妙な表情を浮かべる新人組。
だが、その間にも映像は進み、映し出されたのは古ぼけた道場。
そこには異様な雰囲気を放つ人影が計六つ。
その全てと面識のある翔が、全員の名を口にした。

「曾祖父様に、ひげのおじ様? それに逆鬼おじ様にしぐれ姉さま」
「アパチャイさんに剣星さんまで。ギンガ、もしかしてこの人達って……」
「はい。みなさん、師匠の先生たちです」
「この人達が……」
「兼一さんの、先生」

フェイトの問いにギンガが答えると、エリオとスバルが噛みしめるようにその意味を反芻する。
ギンガと翔、それになのはを除けば、アパチャイと剣星以外はみな直接の面識はない。
それでも、白浜兼一と言う武術家を育て上げたその顔ぶれに、何か感じるものがあったのだろう。
と、突如画面の外から耳に馴染んだ声が飛び込んできた。

【新島、お前カメラなんかもっていったいどういうつもりだ?】
【なに、気にすんな。ちょいと、記録を残しておこうと思ってよ】

先ほどまでのいじめっ子といじめられっ子の関係とはまるで違う、対等の口ぶりによる会話。
どうやら、この頃には今と同じかそれに近い関係になっていたようだ。
しかし、いったいこの二人の間で何があり、どうやって友情が育まれ今日に至ったのか、全く想像がつかない。

【記録?】
【ああ、お前の師匠達に聞きたい事があってな。
 ったく、でたらめなスピードで強くなりやがって。
 一応こういうもんを残しとかねぇと、信じねぇ奴も出て来るだろうからな】
【? 何を言ってるんだ、お前?】
【だから気にすんなって、すぐに終わる。
 さて、唐突ですが………………………こいつに才能ってあります?」
【ないよ(ね)!!】
『ハモった!?』

脈絡も何もない突然の質問に対し、間髪いれずに帰ってきたのはそんな答え。
考えるまでもない。悩む必要もないと言わんばかりの即答が計六つ。

【ぐっ…相も変わらずの即答ですか】
【おや、兼一くん。何か不服でも?】
【いえ、別に……】
【まぁ、兼ちゃんが気にするのも仕方がないのかのう。
確かに、兼ちゃんの友達はみんな才能豊かじゃ…兼ちゃんと違って】
【ぐはっ!?】
【確かにね。みんな元の素材が良いんだろーね…うちと違って】
【げふっ!?】

ボソリと呟かれた一言が槍となり、兼一の胸に突き刺さる。
口ではもう諦めているという口ぶりではあったが、こうしてはっきり言われるとまだダメージがあるらしい。
まぁ、普通はそうだろう。

【確かに兼一の奴、才能だけは自慢できねーからなぁ】
【そう言う言い方…やめ。事実でも】
【そうよ! それに兼一はちゃんと、やられる才能と努力する才能だけは豊かよ!】
【ぐわー! 毎日毎日弟子の命を脅かしておいて、他に言う事はないのか、師匠ども――――――――っ!!】
【だがね、兼一君。武術家として、自分の弱点を正しく理解することは大切だよ。
 いいかい、『才能がまるでない』それが君の弱点だ】
(も、元も子もない事を……)

嘘……ではないのだろう。
弟子を増長させない為に言っていると言う可能性もあるにはあるが、どうもそういう雰囲気ではない。
奇妙な話だが、いっそ兼一に「才能がない」事を楽しんでいる気配さえある。

【そもそも、僕の人生をどん底に突き落としてる原因の八割はあなた方にあるってわかってるんですか!?】
【ふっ、武術とはそういう物だよ、兼一君】
【それにあれじゃな、わしの若い頃のどん底に比べればまだまだじゃて】
【がははは、ちげーねー! 俺なんかもっとどん底だったぜ!】
【アパチャイ、もっともっとどん底だったよ!!】
【ま、いずれもっと底まで落ちるんだから、今のうちに落としてやるのが師匠心と言うものね】
【う…ん。遅かれ…早かれ】
【な、なんの救いもない……】

先の「予告編」とやらとこの「おまけ」を見ては、最早理解せざるを得ない。
武術と出会う前の、才能の片鱗すら感じられない兼一の立ち振る舞い。
そして、師匠達からは太鼓判まで押されていた事実。
白浜兼一には、本当に…………才能がなかったのだ。

【だがね、兼一くん。全く才能のない君が、今日まで生き残れたのはなぜだい?】
【……】
【確かに兼一、おめぇには才能がねぇ。だが、代わりに強い信念があるだろうが】
【そうね。それに良き友、良きライバルがいる。なら、それで充分ね】
【ま、あれじゃな。兼ちゃんは才能は残念じゃが、それ以外は恵まれとるっちゅうことじゃ】
【う…ん。そう悲観する…な】
【アッパッパ~♪】

これを聞いて、皆の胸に去来した感情はいかなるものか。
才能の差を努力と信念、良き友や良きライバル、そして師と共に乗り越えてきた男の存在。

苦難に満ちた茨の道の果ては…………確かにある。
ならば、白浜兼一という前例がいるのなら…その最果てに挑むことは無意味ではない。
それを、この映像を見た全員は確かに共有していた。

同時に、なのはと共に医務室にいた筈のティアナが、気付けば姿を消している。
その事に、皆が気付くのはもう少し後のことだった。



  *  *  *  *  *



「ハッハッハッハッハッハ……」

走る。走る。走る。
新島の置き土産であるあの映像を見た後、弾かれた様に医務室を飛びだしたティアナは、ひたすら六課の敷地内をかけずり回る。
焦りのあまり暴走する自分を案じ、なんとか力になろうとしてくれた彼を探して。

(…………謝らなくちゃ)

自分は、なんと浅はかだったのだろう。
彼の力を、彼の技術を、彼の道程を…その全てを「天才」という不適切極まりない言葉で断じてしまった。
本当は誰よりも自分の気持ちを理解してくれていたのに。それこそ、自分自身以上に。
なのにその言葉に耳を傾けず、その優しさを踏み躙ってしまった。

今なら、なのはの言った事の意味が分かる。
あの時は綺麗事の様に思えた言葉は、全て彼がその人生で見出した真実だった。
それこそ、自分の様な小娘が語るそれとは比較にならない重さが籠った言葉だったのだ。

だから、謝らないと。
なのはに言われたからではなく、けじめをつけなければならないから。

「ハァハァ、ハァ…………いた」

そうしてたどり着いたのは、訓練場からもほど近い海辺。
ようやく見つけた兼一は、一人体育座の形で不貞寝していた。

「新島の奴め…悪友でも友達だと思ってたのに……。
 よりにもよって、翔やギンガまで見せることはないじゃないか……。
 というか、それならそうとはじめからそう言っておけよな、ホントにもぉ~……。
 ばらすにしても、もう少しやり方ってものがあるだろうが……」

この場にいない悪友に向けて、兼一はぶつくさと不毛な文句を言い続ける。
その背中は驚くほど小さく、あの暴露にどれだけ兼一が傷ついたかを物語っていた。

ただ不謹慎かもしれないが、その姿にティアナはどこか親しみの様な物を覚える。
『この人にも恥ずかしい過去の一つや二つあって、いろんなコンプレックスを抱えているんだ』と。
どこか遥か遠い、自分とは別種の生き物のようにさえ思っていた人のそんな一面が、ティアナの中にあった蟠りをまた一つ溶解させる。

「ふんだ、ふんだ……土台、僕なんかがあの子たちの前だけでも理想的な人間でいようって言うのが無理なんだって言いたんだろ? え~、え~、わるぅございました。どーせ打たれ強さしか取りえのない凡人ですよーだ。
 もういーよ、どーせ無駄な努力だったんだよ。でも、少しくらい見栄を張ったっていいじゃないか、三十路前でも男の子だもん。男はいくつになってもカッコつけたい生き物なんですよーだ。
むりむり、あーむり。もー生きていけない。きっと二人とも失望したよ……」

というか、もう完全にヘタレてしまって立ち直れなくなってはいないだろうか。
爽やかな朝だと言うのに、今の兼一の周りだけはひたすら暗い。
ついでに、とことんネガティブな独り言は、全て口から抜け出たエクトプラズムの呟きだ。

正直、声をかけづらいにもほどがある。
かけづらいにもほどがあるのだが、声をかけない事には始まらないのも事実。
これだけ近くまでくればティアナの存在に気付きそうなものだが、今の兼一にその様子はない。
となれば、あとはティアナの方から動くしかないだろう。

「あの、兼一さん?」
「やぁ、ティアナちゃん」

ティアナが声をかけると、兼一に代わってエクトプラズムが返事をする。
最早、今の彼には体を起こす気力すらないらしい。

「………………………あの時は、ごめんなさい!」
「? ……まぁ、そんな所に立ってないでこっちに来て座りなよ」

いまいちティアナの謝罪の意味がわかっていないらしく、首をかしげながら手招きをするエクトプラズム。
ティアナははじめ近寄りがたいものを感じていたようで、僅かにためらいを見せる。
しかし、それでは意味がないと自らを叱咤すると、意を決して兼一の隣に腰を下ろした。
そうして、ティアナは改めてポツポツと自らの心中を吐露する。
というか、だらしなく身を横たえた男とその隣に折り目正しく緊張した様子で座る少女と言うのは、少しばかりシュールだ。

「この間は、すみませんでした。わざわざ声をかけてくれたのに……」
「いやぁ、でもあれは僕の言い方も悪かったし、こっちこそごめんね。ホントは『気付いていないだけで、少しずつでもちゃんと成長してるんだよ』って、言いたかったんだけどさ……」
「兼一さんも、不安になったりしたんですか?」

エクトプラズムの言葉に、ティアナは控えめに尋ねる。
自分と同じ不安を、努力で才能の差を覆したこの男も感じていたのだろうか。
それとも脇道に逸れることなく、自己の練磨に邁進していたのだろうか。
というか、エクトプラズムで会話するとは、変なところで器用な男である。

「うん、僕は覚えが悪くてね。いつも全然進歩してないんじゃないかって、不安だったよ」
「……」
「確かに、才能のない人間が『才能がある上に努力してる人』に追いつくのは生半可な事じゃない。
 不安になるのも当然だし、足が止まりそうになるのも仕方がない。だけどね、追いつくには立ち止まってる時間なんてないんだ。ただでさえ差が開きやすいんだからさ。
 なら、とにかく鍛えるしかないんだよ。不安も何も、全部抱えたままね。目標は、悩む脳と修業の脳を切り離せるようになる事かな。これなら悩みながらでも修業出来るから結構便利だよ」
「は、はぁ……」

聞いているとマルチタスクの一種の様な気がしないでもないが、ずいぶんと器用な話である。
何しろそれは、思考だけでなく感情も分割すると言う事。
どれほど優れたマルチタスクの使い手でも、そこまではっきりと線引きできるものではない。

だが、確かに自分にはそういう物が必要かもしれないとティアナは思う。
不安にかられ、つい歩みを止めてしまいそうになる自分には。

「僕達の道は山登りじゃないからね、登り続ければいつか頂上に辿り着くとは限らない。
 だから、ティアナちゃんが言う様に多少無茶なやり方も必要だ」
「……」
「師匠達からも『命懸けと言う諸刃の剣を使わなければある一線を越えられない』って言われて、しょっちゅう無茶な修業をさせられたものさ。でも、そのおかげで今の僕がある」

そんな兼一だからこそ、ティアナが無茶する事を止めようとは思わない。
自分程ではないにしても、ティアナが壁を越えるには似た様な無茶が必要になるだろうから。

「だけどね、安易に自分の身を危険にさらす事は、決して勇気じゃない。
 それは無茶でも無謀でもなく、ただの『自棄』だ。それを履き違えちゃいけない」
「……わかります。もう、私一人の問題じゃないんですもんね」

ティアナの言葉に、兼一は静かにうなずく。
ティアナが自棄になって無茶をすれば、まずその巻き添えとなるのがスバルだ。
彼女は、たとえ何があろうとティアナの味方であり続けるだろう。
だからこそティアナを一人にはしないし、最後までティアナと運命を共にしようとする。

自分一人だけならまだいい。だが、それで誰かを巻き添えにするなどティアナには許容できない。
ましてやそれが、かけがえのない親友となれば尚更だ。

いや、スバルだけではない。
ティアナが自滅して悲しむ人は、きっと少なくない。
大切な人を失う悲しみを知るからこそ、それを誰にも味あわせたくないと思う。
なら、自分は決してこの命を軽んじてはいけないのだ。

(昔は、一人だった筈なのにな……)

それは、訓練校に入って間もない頃にはなかった荷だ。
あの頃の自分なら、幾らでも命を投げ出す事が出来ただろうに。

今となっては、そんな事は出来ない。
しかし、自分の事を想ってくれる人がいると言うのは…温かかった。

叶えたい夢がある。失いたくない温もりがある。
その為に強くなろうと、ティアナは志を新たにする。

「兼一さん」
「ん?」
「これからも、ご指導ご鞭撻…よろしくお願いします」

おもむろに立ち上がったティアナは、兼一に向かって深々と頭を下げる。
白浜兼一の存在は、数々の不安やコンプレックスに惑ってきたティアナにとって標だ。
歩む道は違えども、才なき身で、祝福されぬ身で、一つの究極へと至った存在。
それを知ったティアナの内に、最早「努力しても届かないのではないか」という不安はない。
努力する価値と意味を証明し、体現する存在を知ったのだから。






おまけ

「ところで、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「どうしてアレと友達でいるんですか?」
「ああ、アレ?」
「そうです、アレ」

二人の語るアレとはだれの事か、考えるまでもない。
散在ティアナを追い詰め、かつては兼一をイジメていたあの男。
いったい、どうして兼一はアレの友人などやっているのだろう。
それだけは、本当に心の底から理解できない。

「だってあの人、兼一さんの事いじめてたんですよ。
 仕返ししてやろうとか思わなかったんですか?」
「ん~……正直、縁を切ろうと思った事は数えきれないかな。
 連合も元々はアイツが勝手に作ったものだったし、しょっちゅう人を利用してくれたしね」
「だったらなんで……!」

これだけは譲れないとばかりに兼一に詰め寄るティアナ。
まぁ、ティアナがそう言う反応をするのも無理はない。
アレだけ好き勝手言われ、色々と酷い事も言われたのだ。
現状において、ティアナの新島への印象が最悪なのは仕方がない。
仮に、全てがティアナの為の演技だったと教えたとしても、根本的な反感は消えないだろう。

そんなティアナの気持ちも理解できるだけに、兼一は答えに窮する。
正直、兼一としてもどうしてあの男との友人関係が続いてきたのか不思議に思う。
新島が縁を切らせなかったというのも大きいが、それだけではない。
アレは確かに救いようのない男だが、太陰大極図が示す思想の通り、完全な悪一色と言うわけでもないのだ。
が、その辺りを言葉にするのも中々に難しい。
仮に、「あれで案外良い所もある」と言ってもティアナは信じないだろうし、兼一自身どこか空々しいものを感じる。故に、返せたのはなんともはっきりとしない内容だけ。

「あ~…………………何でだろうね。成り行き…だけじゃないけど、何て言ったらいいか……」
「大体あの人、何様のつもりなんですか。人を一方的な価値観で分類するとか……」
「ああ、人類分類学ね。まぁ、確かにあれはねぇ……ん? そう言えば……」

と、兼一は突然自身の懐を探り始め、一つの携帯端末を引っ張り出す。
怪訝そうなティアナを余所に、兼一は端末を操作するとそれをティアナに渡した。

「見て見ると良い。僕が握ってる、あいつの数少ない弱みだよ」
「え?」

新島の弱みと言う言葉に、よほど興味を引かれたのだろう。
ティアナは食い入るように端末の画面を注視し、その内容に眼を通す。
そうして数分。全てに目を通し終えたティアナは言った。

「……すみません、読めないんですけど」
「あ、ごめん」

そう言えば、内容はすべて日本語だった。
ティアナに日本語の文章を読解する知識などない。
と言うか、専門家や現地に住んだこともないのに管理外世界の言語に精通している方があり得ないのだ。
その意味では、これは兼一の不注意と言う奴だろう。
なので、端末を返してもらった兼一は、ティアナにもわかる通りその内容を音読してやる。

「ん、『前から言っておこうと思っていたが、お前には驚かされてばかりだ。
 今まで俺様は、人間には生まれ持った分ってもんがあると信じてきた。
 いじめられっ子はなるべくしていじめられっ子になる…人の上に立つ人間、人に顎で使われる人間、これらは全て生まれ持っての分によって決まると……』」

それは、いつぞや新島がティアナに語って聞かせた彼の持論。
ティアナにとっては到底受け入れられない思想であり、同時に抱き続けてきた不安を射抜くものでもあった。

だが、今となっては心が揺さぶられる事もない。
その階級を覆した人間が、今彼女の目の前にいるからだろうか。

しかし、そこでティアナは気付く。
白浜兼一と言う、隔たりを覆した男の存在を、新島はティアナ以上に知っている事に。
ならばなぜ、この男はこんな思想を持っているのだろうか。

「『だが、お前の存在がこの考えを大きく揺るがしてしまった。
 お前は俺様が研究している人類分類学上の虫けら人間に属する奴だった。
 しかしお前は今、カリスマ人間にまでその地位を高めようとしている。その呆れた努力と根性によってな』」

そう。ティアナが気付いた様に、新島もまたその格付けが絶対出ない事を兼一によって知ったのだ。
だが覆された持論を受け入れ、同時に興味を抱いた。
その革命は、兼一以外にも起こりうるのかと。

ならば、新島がティアナの件に手を貸したのは必然だったのかもしれない。
ティアナもまた、かつて兼一が起こしたような革命を目指す者。
彼にとっては、格好の観察対象だろうから。
何しろ新白連合自体、その為の実験場としての側面がある。

「『その時、俺様には一つの壮大な夢が浮かんだんだ……いつかお前を中心に武術の総合団体を旗揚げし、世の中の虫けら人間たちがどこまで変化できるのか、実験場にしようと……』とまぁ、こういう内容だね」
「じゃ、新白連合って……」
「野心とかがないわけじゃないだろうけど、根本はここなんだろうね。
 といっても、これを知ってるのは連合でも本当にごく一部だけど」

武田などの隊長達は…………知っていただろうか?
あえて話題に上げる必要もないと兼一も特に話した覚えがないので、もしかすると知らないかもしれない。

「でも、これのどこが弱みなんですか?」
「新島はね、死んでも自分の策を人にばらすような奴じゃないんだ。
 そのあいつが、どんな事情があったにせよこうして自分の策を漏らしたんだよ?
 アイツからすれば、一生ものの不覚だろうね」

他者からすればそのいったいどこが弱みなのか理解できないが、新島のプライドの問題なのだろう。
漏らしてしまった秘中の秘とも言える策。
その事実こそが策士としての彼にとっては弱みなのだ。

「なら、それを使って優位に立とうとか思わないんですか?」
「アイツと違って僕にはこれぐらいしか手札がないからね。いざという時の為にとってあるんだよ」

ティアナの問いに、兼一は微苦笑を浮かべながら答える。
だがティアナには、兼一がそのカードを切る気がないように思えた。

必要ないから……ではないだろう。
あの悪魔と付き合っていく以上、手札などいくらあっても足りはしない。
ではいったい、どんな理由で……。

(ホント、変な関係……)

ティアナには到底理解できないその形に、彼女は小さくため息をつく。
理解できないのは若さからか、それともそんなものとは無関係にこの二人の関係が奇怪なのか。
そのどちらなのかの判断すらできない程、ティアナには二人の関係が奇異に映るのだった。






あとがき

さて、連続投稿の2話目もこれでお終いです。
同時に、これにてStsも前半戦が終了、ようやく折り返しです。
まぁ、話数的には違うんでしょうが、気持ち的に。

しかし、兼一と新島の関係ってつくづく不思議。
はじめのうちはいじめっ子といじめられっ子、新白ができる前後は利用する者とされる者だった筈なのでしょうが、話しが進むにつれてそれだけでは収まらないものがあるんですよね。
他の面々は割とシンプルな関係なのですが、この二人の間にある物だけは良く分かりません。
なので、わからないものはわからないままが良い場合もある、という風に締めさせていただきました。

はてさて、次回は日常編をやって、それからいよいよヴィヴィオかな?
正直、ヴィヴィオをなのはの養子にせず、いっそ白浜家に放り込むと言う案もあるのですが……どうしよう?
それはそれでやるとしたらvivid編とかが面白いそうなんですけど、ヴィヴィオが大変そうなのが……。

とりあえず今回の話で悔いがあるとすれば、一番はジークですかね。
丁度いい出演理由もあったので出しましたが、やはり扱いが難しい。というか、描写が大変。
あのキャラを掴んで表現するのは至難の業ですね。
正直、完全に満足がいく形に出来なかったのは不完全燃焼だったかも……。

あとはシグナムの鉄拳制裁を扱いかねたので、理由をつけてカットした事かな?
前回でティアナは一応噛みついたので、二度やるのもどうかと思った結果でもありました。


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